濫読屋雑記

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2006年01月18日
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カテゴリ: 手に取った本
昨日、仕事の帰りに図書館へ寄って予算消化用の図書を見繕っている最中に目に止まった 原田一美 みやこうせい 解説『 ドイツさん 』(未知谷、2005年)を今日は取り上げてみます。

この本の題名にある「 ドイツさん 」とは、 日本が1914年に日英同盟を理由として第一次世界大戦に参戦した際、当時ドイツ領であった中国青島(チンタオ)にある要塞と軍港を攻略した時に捕虜としたドイツ陸海軍の将兵の事を指します

この時、日本は太平洋戦争時のような事は行わず、日露戦争のロシア捕虜(この辺りの事を知りたい方は、 司馬遼太郎 大先生の『 坂の上の雲 捕虜の待遇を定めた戦時国際法、ジュネーブ協定を厳格に遵守して対処していました

そして、 この捕虜たちが収容されたのが四国、徳島県の坂東という片田舎の小さな町でした (今の徳島県鳴門市大麻町坂東)。当時の日本といえば、 東京・大阪のような大都市と横浜・神戸・長崎・函館のような開港場を除いては直に外国人と接する機会が無かった時代です 。また、外国人を写真ですら見たことが無い人が大半。さらに言うと、自分たちの住む地域から歩いていける範囲へは出て行かない、いけない、というのがこの大正初期という時代でした。

そんな片田舎に突如として捕虜収容所が出来て千人もの交戦国・ドイツの捕虜たちがやって来たのですから、 女子どもは夜、外へ出すな!自警団の編成だ!と、町は蜂の巣を突いた様な大騒動となります 。そして、 実際に紅毛碧眼で大男のドイツ兵たちがやって来たのですが、彼らは楽隊を先頭に胸を張って堂々と行進してやって来ました この光景を見た時の、坂東の人たちの驚きはいかほどのものだったでしょうか 。当時はまだ日露戦争の記憶が鮮明な頃。外国人に関する知識も庶民には皆無といってよい時代。また、「生きて虜囚の恥を負うべからず」と言う様に、この頃から「捕虜」は恥の代名詞でした。(日露戦争の時、統計を見ると日本の捕虜の数がロシアと比較して、極端に少ないことからも理解できるでしょう。)それなのに、ドイツ兵は、規律正しく誇りを持ってやって来たのですからね。

このように、この本では祖国から遠く離れた異郷の地で戦わされた(極東方面のドイツ軍は、急遽、現地中国や日本等アジア地域で「皇帝陛下と祖国のお危機のため」に動員された召集兵が大半だったそうです。そんな軍隊で、本国からの援軍も来ない、武器弾薬の蓄えも無い要塞に立て篭もらされたのですから…。) ドイツ兵たちと四国・徳島の坂東の人々との交流をフィクションを交えて描いた作品です 。ドイツ兵たちは、兵役に就く前の職業、大工・機械工・仕立屋・時計職人等々の手に身につけた技術や知識を生かして、図書館や病院、果ては製パン・製菓工場まで作って、文明の先進地ヨーロッパから本国の生活をそのまま収容所に持ち込みました。また、印刷所まで作り新聞を刷り、本まで作ってしまいます。収容所内では、 ドイツ人の合理精神と合目的を信条とする規則正しく時間を無駄にせず、様々なスポーツや音楽を楽しむという快適な生活を築きあげてしまいます

ドイツさん 」と親しみを込めて接することが出来たのは、 坂東収容所の所長 陸軍中佐 松江豊寿 の寛容な精神と慈悲の心のお陰でした 。この人は、 明治政府からは賊徒扱いされた賊軍の会津出身者です 。その後、陸軍に入ったのですが、陸軍は官軍・長州出身の山県有朋が「長州閥」という派閥を作って人事を牛耳っていたので、さぞかし苦労したと思います。その後、日露戦争開戦の1904年から韓国に駐在し、抑圧されている韓国民衆の姿を目にし、苦悩しています。そんな松枝中佐は、 先に述べたドイツ人の国民性を重視して、力による抑圧を避けて自由な気風を尊重して、温情を持って捕虜に接します 。また、捕虜も大半が職業軍人ではなかったので、そのような環境に順応して収容所の生活を築いていったのです。

そのような和やかな雰囲気の中で、「 ドイツさん ドイツさん 」たちから音楽を学び共に楽しみ( 日本で最初にベートーベンの第九が演奏されたのも、この坂東収容所だったそうです 。)、本職からのパンやケーキ作りが伝授されます。( あの有名な神戸のユーハイムも、青島で捕虜となったドイツ人の製菓職人、カール・ユーハイム氏が戦後、日本に定住して始めたお店です。ついでに、名古屋の敷島製パン・パスコも同じく捕虜仲間のハインドリッヒ・フロインドリーブが主任技師となり製パン事業に着手、後にフロインドリーブは独立して、神戸にお店を出しています。以上、ドイツと日本のパンに関する豆知識でした。 )面白いな、と思ったのが「 ドイツさん 」たちと本国の家族との手紙や荷物のやり取り(ジュネーブ協定で認められている捕虜の権利です。中立国を通してなら、通信は可能ですから。ただ、本国・日本双方で検閲されていたでしょうが。)が活発で郵便物が多くて、文明の利器・自転車が公用で購入されたという件です。当時、町には町長さん、お医者さんしか自転車を持っていなかったそうです。今で言うと、自動車のようなものですが、 それも捕虜収容所が設置されてから起こった変化の風の1つでしょう

そのような、 変化の風で象徴的なのが地元の農家に建てられたドイツ式牧舎でしょう (現存しています!)。ドイツといえばお隣のスイスやデンマークのように酪農が盛んな国です。当時の日本は、米と麦中心の農業で、一部地域でしか茶や藍のような商品作物を生産していませんでした。酪農も、北海道で国や道庁が支援して行われている程度でした。坂東では、牛は農作業用に飼われてだけです。そこに松江中佐の「農業の近代化を!」勧めで(このような発想1つとっても、この時期の軍人が如何に広い見識を持っていたか理解できるでしょう。この後、時代は視野の狭い頑迷な軍人が幅を利かせていくようになります…。)、「 ドイツさん 」から酪農技術と経営を学び、「 ドイツさん 」の協力と地域の有志の力を得て牧舎を作り(完成の時には知事が来たそうです。この時代の知事は、内務省の高級官僚。雲の上の人です。)さらにバター・チーズ・ハム・ベーコンの作り方を学ぶ。また、ドイツ式の野菜の栽培法を学ぶ際には、ドイツ式の科学的考察に基づく知識と栽培方法を学んで「農業は学問である」ということを会得していきます。このように、坂東の地にやって来たドイツ兵たちは、 地元の人たちから「レイヤー(Lehrer、先生という意味。)」と呼ばれたように、青い目の先生として地方の日本の近代化に力を貸したのです また、「 ドイツさん 」たちも 積極的に日本語や日本についての知識を学び、果ては土地の陶器作りを習得する者まで出てくるほど、探究心旺盛でした

このような、 歴史の教科書に書かれていない日本史の裏側にある、世界を知らない日本の片田舎に暮らす素朴で善良な人々と、祖国から遠い異国の地で捕虜として暮らすドイツ兵たちとの友愛と異文化交流を描いた物語を読んでみて如何でしょうか? この本を読んでみると、 現代日本の生活にどれほどドイツの影響が染み込んでいるか驚かれると思いますよ

ドイツさん
↑この本の表紙のコスモスは、本国へと帰還する「ドイツさん」が坂東の地にこっそりと撒いた種から咲き、広がったそうです。

最後に、本文中で「 ドイツさん 」たちが行進しながら歌っているドイツの民謡のCD『 リリー・マルレーン~ドイツ名行進歌集 』を紹介しておきます。『ドイツ名行進歌集』とありますが、ドイツで人は行進曲が大好きで、さらに合唱も大好きです。行進曲=軍歌と連想される方もいらっしゃるかもしれませんが、これは誤りです。このCDに収録されている曲は、民謡やその当時の流行の曲から編曲したものが大半で、本当に行進の途中、退屈紛れにみんなで歌うといった陽気なものばかりです。残念ながら楽天には無かったので、別のところで探してみてくださいね。





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最終更新日  2006年01月19日 00時46分02秒
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