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秋田県の北東部、鹿角市のとある火山灰台地上に、遥か4000年前の配石遺跡があります。「特別史跡大湯環状列石」といいます。1931(昭和6)年、耕地整理を行っていたところ発見されました。縄文時代後期の遺跡で、当時周辺に暮らしていた人々のイベント広場的要素を持つ施設であったと考えられています。史跡指定区域を分断するように県道が走っており、県道よりも北西側の配石遺構を「万座遺跡」、県道よりも南東側の配石遺構を「野中堂遺跡」といいます。2つの遺跡(配石遺構)はほぼ同じスタイルで、互いの距離は100m程しか離れていません。写真は万座遺跡で、こちらが1931年に農民によって発見されました。戦後、文化庁と秋田県教委による本格的な調査が実施されました。この遺跡の発見は大発見でした。それまでの考古学の常識では、縄文人の文化レベルはきっちりした社会を作れない程度のものだと思われていました。しかし、この遺跡を調査した結果、死者をきっちり埋葬した形跡があること、他所で発見されている土器や石器が出てきたこと、住居のものと思われる柱跡が発見されたことなどから、歴史を塗り替える結果となりました。同じく万座遺跡です。この遺跡のイメージを形成している「日時計状組石」です。環状列石を重要な遺跡たらしめるパーツの一つで、大湯ストーンサークルといえばこれを思い浮かべる方が多いようですが、これが「環状列石そのもの」ではありません。円を描くように、大小の石が帯状に置かれている状態を、「環状列石」といいます。そして、この「日時計状組石」ですが、夏至の日にこの日時計状組石から環状列石の中心を見ると、ちょうど太陽が沈む方向になっているそうです。この遺跡が4000年前頃のものであると、どうして分かるかですが、既に年代が判明している他の遺跡から出土しているものと同じ、あるいは酷似した遺物が出土しているので、それを手がかりにしているようです(つまり、交流があった)。もちろんC14年代測定なども使用されたでしょう。また、915年の十和田大噴火による火山灰の堆積層「大湯浮石層」よりも下から発見されました。それで、この配石の目的ですが、「葬祭を含め、マツリを総合的に行う広場」であっただろうとの説が有力です。先に述べた「住居跡」は、ここの管理人の家ではなかったかと言われているそうです。実際、環状列石周辺ではほかに住居跡は見つかっていません。人々は、何らかの大掛かりなイベントを催行するために別の場所に形成されていた複数の集落から定期的に集まり、死者と先祖を弔い、収穫に感謝し、一族の無事を確かめていたもようです。なぜ、一族はまとまってここに住まわなかったのか。ガイドさんの説明によると、天災などで皆が一度に亡くなって一族が滅びるのを防いだものだということです。今流にいうと、「リスクの分散」ですね。万座遺跡は最初に発見されてから本格発掘まで長い空白期間がありました。そのため、地元の住民によって石が持ち去られているので、完全な形は残っていません。実は「つけもの石」に最適な大きさと形なのです(笑)。そのため、一部は、同じような大きさの石を探してきて、新たに配置しています。野中堂遺跡は発見が遅く、発見後直ぐ本格調査が実施されたので、円形の組石配置がよく残っていて、ほぼ全て発掘された石が置かれています。近年、傍ら(史跡区域外)に「大湯ストーンサークル館」という展示館ができました。ここでは、発掘の経緯、発掘して判明した古代大湯の人々の暮らし、人々の交易範囲などを分かりやすく、実物や複製品を交えて展示しています。資料館を先に見てから実物を見に行くか、その逆にするか、それは皆さんにお任せです。この大湯環状列石は、まだ未発掘区画があります。そこには、更に大きな環状配石がある可能性も残っていて、現在も発掘調査が続いています。特別史跡大湯環状列石秋田県鹿角市大湯JR花輪線 十和田南駅からタクシー15分 ※最寄り駅は十和田南駅ですが、環状列石を経由するバス路線はありません。 十和田南駅から大湯温泉へ行くバスはあります。JR花輪線 鹿角花輪駅から大湯温泉行きバス25分、「環状列石前」下車東北自動車道 十和田ICから20分。旅で触れる古代浪漫お気に召していただけたらワンクリック下さい大湯温泉 ホテル鹿角大湯環状列石より車5分ちょっと(遺跡内の県道を北上する)大湯温泉随一の規模を誇る大旅館。国際興業グループ。大湯温泉 龍門亭 千葉旅館手入れの行き届いた格調高い館内、各賞受賞歴を誇る定評の料理。
2007年05月27日
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秋田県大館市の曲田(まがた)というところに、小さな教会があります。北鹿(ほくろく)ハリストス正教会曲田福音聖堂(通称「曲田聖堂」)といいます。明治25年、東京復活大聖堂(ニコライ堂)を手掛けた東京神田教会シメオン貫洞を棟梁に、地元の大工が秋田杉をふんだんに使って建てた聖堂です。ビザンチン様式の建物で、現在、国内に存在するハリストス正教会の木造平屋建築の中では、最古のものです。昭和60年に一部部材の解体修理が行われ、その姿を留め、今も教会として使われています。昭和41年には秋田県の有形文化財に指定されています。当時、曲田地区の信徒は個人(畠山市之助)宅で祈祷を行っていたが、信者が増えて手狭になったためと、布教の中心人物であった畠山が東京ニコライ堂の成聖式(落成式)に出席して感銘を受け、自分の敷地内に聖堂を建てようと決意したものだそうです。棟梁がニコライ堂を手掛けた人物である事もあって、内装には随所にニコライ堂の意匠が見えているということです。また、建物を真上から見ると、十字になっています。当日はガイドさん付きで行ったので、内部を拝観できました(画像はありません)。通常は行事が行われている時のみ内部を拝観できます。外観はいつでも散策できます。教会の鐘は、よくある塔屋の鐘楼ではなく、入口脇にあります。なお、関係者以外手を触れてはいけません(この方はガイドさんで、教会の関係者です)。北鹿ハリストス正教会 曲田福音聖堂 秋田県大館市曲田字曲田80-1国道103号線大滝地内JR花輪線 大滝温泉駅より徒歩10分JR奥羽本線 大館駅または秋北バスターミナルより秋北バス別所ゆき、花輪ゆきで約50分 (下車停留所は運転手にお尋ね下さい)盛岡~大館間高速バス「みちのく号」大滝温泉バス停より徒歩5分北東北観光情報ブログランキング(地域情報 東北)参加中大滝温泉 千歳ホテル大滝温泉には他に数軒あり。いずれも大滝温泉駅より徒歩圏内。プール併設の日帰り温泉「湯夢湯夢の里」あり。ネットで簡単やど予約&楽天スーパーポイントが貯まる楽天トラベル支払いは現地で現金でもカードでもOK(一部の宿を除きます)「お客様の声」評価でハズレなしの宿選び☆当ブログ主も常連
2007年05月16日
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仙北市、国土交通省秋田河川国道事務所、JR東日本秋田支社のウェブサイトによると、秋田県仙北市田沢湖刺巻の「刺巻湿原ミズバショウ群生地」と、最寄りのJR田沢湖線刺巻駅との間に、仮設の遊歩道が設置されたそうです。刺巻湿原は、新幹線「こまち」が開業した1997年頃からミズバショウの群生地として脚光を浴びており、売り出し12年目の今年も、週末を中心にイベントが開かれ、大勢の見物客が訪れています。「植物群生湿原」というこの種の観光地としては珍しく、国道および鉄道線路沿いで集落の外れにあるためアプローチが容易で、年々見物客が増えています。しかし、列車を利用して訪れる場合、交通量が非常に多く歩道が無い国道46号線を歩かねばならず、人身事故の危険性がありました。このため、今年はJR刺巻駅と湿原との間に、作業用足場を応用した仮設歩道が作られました。事故の危険性が無くなると同時に、国道を歩くよりも距離が短くなりました。JR田沢湖線刺巻駅より徒歩15分※「こまち」は止まりません羽後交通バス 急行田沢湖秋田線「刺巻駅前」より徒歩15分※予約不要の路線バスです 「角館桜まつり」期間中は遅延が考えられます列車、バスとも本数が少ないところですが、両者を組み合わせて計画的な移動をしましょう国土交通省 秋田河川国道事務所←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2007年04月25日
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昨日の記事で、「千秋公園も満開でしょう」とお知らせしましたが、今朝の朝刊では、「五分咲き」となっていました(魁新報社・JR秋田支社調べ)。そんなもんなのかなぁ?さて、昨日はもう1ヶ所桜を見てきました。秋田市八橋 草生津川(くそうづがわ)土手の桜並木です。「くそうづがわ」とはマル珍な名称ですが、これは、かつて「臭水川」=くさい水の川と呼ばれたのが転化したと言われています。その「臭い水」の正体は、「油」つまり地中から湧き出た「原油」です。この川の地下は「背斜」と呼ばれる、油がたまりやすい地中構造になっていて、地表に染み出してきていたと言われています。明治以降、かつて国策企業であった帝国石油による本格的な採掘が昭和30年代終わり頃まで盛んに行われました。現在は、同じ帝国石油が細々と採掘していて、草生津川に沿って何箇所かの採掘ユニットが稼動しています。昨夏撮影さて、その草生津川の土手には、2km弱にわたる桜並木があります。前はもっと長かったのですが、新国道~奥羽線にかけては護岸工事により伐採されてしまいました。土手はずっと散歩道(自転車道)として舗装されていて、多くの人が行きかいます。犬の散歩をしている人や、帰宅途中の女子高生も、携帯カメラで撮っていました。満開の桜の下でのウォーキングは、気持ち良いでしょうね。ベンチが設置されているところもあります。黄色い花は、菜の花でしょうか。この道は「コスモスロード」という愛称がつき、秋にはコスモスが咲き誇ります。ショッピングモール「八橋パブリ」(マルダイ、ユニクロ、文教堂…)のところです。JR秋田駅前(西口)より、「寺内土崎線」「将軍野線」「泉山王環状線(山王回り)」で約10分 「帝石前」下車ブログランキング旅に出たくなったらポチっとよろしく秋田市内のホテル・旅館検索ユーランドホテル八橋
2007年04月24日
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秋田市で桜が満開になりました\(^O^)/気象台の標準木よりも30mほど標高が高い千秋公園でもそろそろ満開かと思われます。今夜辺りは花見が大勢繰り出していることでしょう。千秋公園の観桜会は30日頃までです。こちら、天徳寺地下道の保戸野側の入口です。例年通りの桜のトンネルになりました。こちら、同じく地下道脇の夜桜です。当ブログでは、今日からこの画像を背景画像にしております(背景画像の方はトリミングしてあります)拙宅では、あんず(梅に近い)も満開(盛りは過ぎました)。秋田では、梅と桜が同時期に咲きますが、今年は少し早く咲き始めました。秋田市浜田梅林園にて。ちらほら咲いております。野鳥に食われたか塩害に遭ったかで、近年どの木も樹勢が衰えています。あれれ、こういうことをする人もいるんですね。いけません。梅林園の梅は市民みんなのものです。
2007年04月23日
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暫く振りの更新です。別に更新できる環境になかったわけではないですが、いわゆる「mixi疲れ」みたいなものですね(管理人はミクシイほかSNSはやっていませんが…楽天のを除く)。何だかふと更新が途絶える。でもまた、更新を再開しますよぉ~さて、先日、秋田市でも開花宣言が出ました。こちらは、秋田市新屋の大川端帯状近隣公園(あらやさくら公園)です。旧製紙工場の排水路跡を公園化したところで、排水路時代からの桜並木が延々連なっています。今夜7時前頃の取材です。開くか開かざるか…微妙ですね。秋田市内、咲いているところは咲いていますが、ここはまだのようです。「あらやさくら公園さくらまつり」は13日から25日まで。今日はもう20日で、会期はあと5日しかありません。15日にイベント開催…と案内がありましたが、おそらくはつぼみを見ながら開催した事でしょう。ぼんぼりがほのかな明かりを発しながらさがり、民謡ドンパン節のテープ演奏が流れていますが、だ~れもいません(^^;天気は、あすからまた下り坂。満開が早いか、観桜会終了が早いか…微妙です。JR羽越本線 新屋駅 徒歩5分秋田駅前(西口)より秋田中央交通「新屋線」約20分、「西中前」下車東北はいま、桜の季節ブログランキング参加してます楽天ブックス東北花の旅秋田キャッスルホテル現在、秋田市内で一番の格式を誇る 桜の名所「千秋公園」目の前秋田温泉さとみ秋田駅から4km、郊外の清流・田園・丘陵に囲まれた秋田の奥座敷
2007年04月20日
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4月6日。4月に入ってもすっきりしない天気が続き、3日の夜には(みぞれ)が降ったほどでしたが、ココに来て春らしい天気になってきました。そろそろタイヤを取り替えてもいいかナ???雪国の皆さん、取り替えましたか??ニュースも、一昨日は美術工芸短大と日赤短大の入学式、今日はノースアジア大の入学式、小中学校の始業式と、新年度スタートの話題でございます。私の大学入学はもう12年も前のこと…(遠い目)桜前線は、仙台まで北上。今朝開花宣言したと、午前中のNHK東北地方向け番組でやっていました。秋田は15日頃の予想が出ています。例年、桜と梅が同時に咲きますが、先日お話したお坊さんの話では、今年の梅は早いとのこと。長い冬(今年は厳しくなかったが)が終わり、短い春を駆け足で抜けて、夏に突入…春コートを脱いでから半袖を着るまで1ヶ月余り。こういうスピード感溢れる季節を感じる土地です。 その中、仙北市(旧田沢湖町)刺巻の湿原では、ミズバショウが咲いたということです。雪解け水の中に春を告げるミズバショウ。5月の連休頃まで楽しめそうです。今年こそは行ってみたいものです。秋田新幹線の車窓からも、チラッと見えます。田沢湖線刺巻駅国道46号線刺巻地内自然な甘さで大好きです。管理人おすすめ。角館駄菓子 黒糖がけ落葉かりんとう仙北市角館・ゆかり堂 とっても薄い「落葉かりんとう」木の葉形で本当に薄い「落葉かりんとう」(ゆかり堂)もあるが、あまりに薄く壊れやすいからか、楽天通販には出てないですね。秋田県内有名スーパー等でお求め下さい。各地の情報はるるぶ東北’08でチェック!楽しい旅行は事前の調査を入念に!結構、いろんな情報が載ってます大型連休は東北桜めぐり人気ブログランキング地域情報「東北」で開花情報チェック
2007年04月06日
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本文の一部を訂正しました(2007.3.30 20:10)ホテルルートイン北上駅前に宿泊した夜、街を散策しました。目的地は前回紹介した「さくら野北上店」北上の街は、駅から徒歩15分ほど離れた場所に中心商店街があります。どうやら「十字街」と呼ぶようで、十字型に商店街が連なっています。その中心に、「さくら野百貨店」があります。うち1本は東北初の全蓋アーケード街になっています。岩手初というだけあって、かなり老朽化しています。雪国東北は、意外にも全蓋アーケードが少ないのです。仙台の「名掛丁~クリスロード~おおまち」の通り、これに交差する「一番町」、秋田の「駅前大屋根」、盛岡の「サカナチョウ」(肴町)くらいしか思い浮かびません。←旅に出たくなったらポチっとよろしく※当初、アーケードを「東北初」と記載しましたが、「岩手初」であるとのご指摘を頂戴いたしました。
2007年03月30日
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列車は鳴子温泉駅を出て新庄へ向かいます。この先、鳴子峡<鉄道写真撮影地で比較的有名な「一瞬だけ列車が見える陸羽東線の鉄橋」>、奥羽山脈で最も低い鞍部と言われる堺田を経て、山形県側の向町盆地(最上町)、新庄へ至ります。およそ1時間で新庄着。鳴子は曇り空、最上は吹雪、新庄は晴れ。山形新幹線新庄開業に伴い改築されました。駅ビルは「ゆめりあ」というそうでして、最上地方の自然を中心にした展示館「もがみ体験館」があります。ほかに、喫茶店、ピザ屋(テン・フォーピザ)、土産品販売所、イベントスペースがあります。おそらく東北一有名な(?)駅前食堂「急行食堂」入ったことはないし、今回も入りませんでしたが、種々の旅行本に登場している食堂なので写真を撮りました。駅前通を進み最初の交差点にあります。新庄駅構内。新幹線と山形方面の在来線が同じホームに入ります。ホームは、上から見ると(実際には見られませんが)H型をしています。秋田方面の在来線、陸羽西線とは向かい合う形になっています。陸羽東線は外側に到着します。従って、新幹線-在来線間に乗換改札はなく行き来可能、更に、駅正面玄関-切符売場-改札-各ホームに一切の段差は無いという、究極の「バリアフリー駅」。駅弁は、当駅独自の商品はなく山形駅のものが2種だけ、待合室内のキヨスクで販売。ほかに、待合室奥にはコンビニ「NEWDAYS」があり、コンビニ弁当なら入手可能です。ローカル線で街めぐり地域情報(東北)送料無料!カップ酒!贈り物にはやっぱり日本酒!山形を飲み尽そう!ワンカップ10本プラス一本...山形伝統の和菓子くぢら餅(くじら餅)黒砂糖餅粉にくるみ、みそ、しょうゆ。伝統の保存食。
2007年03月15日
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東北新幹線と陸羽東線が交わる「古川駅」宮城県大崎市(古川市と周辺町村が合併)にあり、新幹線では仙台の一駅北です。正面口です。もともとは「陸前古川」駅といい、地方小都市のローカル駅だったそうですが、東北新幹線のお陰で今の大きな駅になりました。その時に駅の位置が若干移動しているようです。(Wikipediaによると、旧駅跡地は現在JR貨物がオフレールステーション:トラック代行駅として使用中)構内には、みどりの窓口、びゅうプラザ古川、NEWDAYS、観光案内所、市民窓口、駅ビル「PIVOT」があります。改札付近は一風変わった造りで、新幹線改札と在来線改札が△に配置されています。乗換改札口はなく、一旦改札を出る形になっています。1階は陸羽東線が(新幹線に対し)直角に交わっているので、2階コンコースが陸羽東線を跨ぐ自由通路代わりにもなっています。こちら、南口です。駅舎の東側にあり、陸羽東線を挟んで南側なので「南口」。ちなみに、駅舎西側の「南口」は、「中里口」というそうです。また、陸羽東線の北側かつ東側にある出入口を「東口」というそうです。ややこしいですね。この「南口」は、いかにも高架下と言う飾り気の無い造り。しかも、道路の高架の影になってますます存在感の薄い玄関です。旅行貯金派の方へ…古川駅前局があります。5年前に行っているので今回は行きませんでした。その時は「お宝」でしたよお寿司・まぜご飯に宮城産ささにしき5Kg袋【玄米】この辺は宮城有数の穀倉地帯。【平成18年度産】 宮城産「ひとめぼれ玄米」 30kg 徳用サイズのたっぷり30kgダイエー仙台店古川は「ひとめぼれ」誕生の地。古川農業試験場でコシヒカリと初星を交配して…←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2007年03月04日
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月~水と、宮城県北部へお出かけしてきました。いろいろとネタを拾ってきましたので、明日以降順次UPいたします。但し、明後日土曜日に、某パソコン検定があるので、本格更新は土曜日以降と致します。内容としては、「高速道路」「郵便局」「駅舎」「温泉」「ローカル線」…といったところでしょうか。さて、今日は手短に、秋田市内のマンション密集地のお話です。先週ご紹介した「ホテルはくと」に程近い、千秋矢留町というところがあります。そこは20年ほど前からマンションが建ちはじめ、狭い区域に密集している県下最大のマンション密集地です。秋田における都市型近代型マンションの先駆けともいえるライオンズマンション千秋公園を皮切りに、地産、ランドシティと次々建ちました。確か、ライオンズマンションは2棟あったような…。マンションではないですがアパート形式の県職員住宅も隣接しており、面積の割りに人口が多い都市型居住地になっています。老舗の「ライオンズマンション千秋公園」は、既に昨年、大規模改修が行われた模様です。外壁一面に足場が組まれていた事がありました。そして、「ライオンズ…」の隣接地(写真で言うと手前)は、一昨年辺りまで老舗旅館「榮太楼旅館」でしたが、その跡地もマンション(穴吹工務店サーパス)になります。「伝統ある榮太楼を受け継ぐ…」とかという宣伝で入居募集をしています。ちなみにこの写真で、奥に写っている高層マンションは、県内最高30階建て、最上階には温泉大浴場があるという「ベルドゥムールランドマーク秋田」(リベレステ)です。(「ランドマーク」の工事写真:間組ホームページ)川(旭川)を挟んだ高級住宅街「保戸野」にも数棟マンションが建ちました。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2007年03月01日
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明日から宮城県北部へお出かけしてきます。1泊乃至2泊の予定。ただし、「くりでん」ではありません。用事で行くので大したものは見てこれませんが、もしかしたら、どこかの温泉に寄るかもしれません。往路は乗用車ですが帰路は陸羽東線の予定。古川、中新田(陸東線は通っていません)、岩出山、鳴子といったところでしょうか。
2007年02月25日
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22日の記事で取り上げた、秋田市の通町橋の袂に、小さな石碑を見つけました。「秋田地方海軍人事部跡」と刻印されています。戦時中、当該施設がこの地にあったようです。写真では見づらいですが、昭和16年(1941年)4月1日から昭和20年(1945年)11月30日まで設置されていたことが、標されています。この辺は、昭和30年代に八橋の官庁街が計画造成されるまで国、県、市の主要機関が集まっていました。その中に、当然、軍のオフィスが置かれたことは想像に難くありません。ここから徒歩7~10分の秋田駅前地区には陸軍がありました。軍の施設は終戦後解体されましたが、県庁、市役所、裁判所などは引き続きこの地区(千秋、中通)に置かれていました。いま、当地に残る司法・行政施設は秋田中央警察署だけです。かつて、秋田県の屋台骨を支えた司法・行政のオフィスがここに集結していたことの一端を伝える石碑です。通町橋、「ホテルはくと」と「海軍人事部跡」石碑の位置(マピオン使用)ちなみに、写真で石碑の背後に写っている鉄柵は、「ホテルはくと」建設工事現場の柵です。めるへんかまくら通町「勝月」 ホワイトカステラをホワイトチョコで包んだ逸品。通町橋近くの菓子店が製造販売。赤れんが館同じく「勝月」 杏ジャムを白あんで煉りこみ、パイで包んだ逸品ちなみに、「赤れんが館」とは秋田市大町にある秋田銀行旧本店のこと。さあみんなで街歩きしようブログランキング「地域情報(東北)」
2007年02月24日
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秋田市の中心を流れる一級河川「旭川」。数ある橋の中で、江戸時代から親しまれてきた「通町橋」があります。今の橋は何代目でしょうか。およそ15年ほど前に先代の橋から架け替えられ、幅員が広がり快適な橋になりました。その橋の袂に、「ホテルはくと」という、古いビジネスホテルがありました。以前は、東北地方各地で総合スーパーを開いていた「協働社」の関連ホテルでした。鉄筋コンクリート造りで最上階には展望レストランもあり、500円でランチをやっていたそうですが、部屋が狭く冷蔵庫がないなど、設備は古く、評判のいいホテルではありませんでした。昨年、遂に解体され、現在、新しいビジネスホテルの新築工事が行われています。建て主は、「協働社」から受け継いで旧「ホテルはくと」を経営していた札幌のマンション業者「フナコシヤ」(「クルーザーバレー」と言えば分かるか)。同社は、秋田にゆかりのある会社だそうです(江戸末期、土崎湊の回船問屋「船越谷」)。新築される新しいホテルの名称も「ホテルはくと」。現在、盛んに工事中。開業は、今年7月の予定だそうです。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2007年02月21日
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秋田魁新報によりますと、秋田県雄勝地域振興局では、JR東日本とタイアップして「雄勝冬の旅」イメージアップ広告(車内天吊り)を作成しました。湯沢市は、秋田県に最南部、山形県との県境にある町で、旧雄勝町、旧皆瀬村を合併して大きくなりました。この辺は、「秋の宮温泉郷」「泥湯温泉」「小安峡温泉」等の温泉場が点在するいで湯の里。秋田県(本庁)が展開している観光キャンペーン「冬の秋田路」に合わせて作成されました。あきたファン・ドットコム(画像あり)来る1月13日から15日(土~月)までの3日間、首都圏を走るJR東日本の通勤電車全車両に1セットづつ、つまり、10両編成なら10セット掲出されます。この期間に東京で電車に乗られる方は、見てみて下さい。秋の宮温泉 スパ&リゾート 秋の宮山荘小安峡温泉 旅館 多郎兵衛泥湯温泉 奥山旅館(旅館オリジナルサイト)※泥湯温泉のみ、冬季は奥山さんだけ営業。他の温泉場は冬季も営業行き方山形新幹線新庄駅、または秋田新幹線大曲駅より奥羽本線に乗換。湯沢駅下車。羽後交通バスに乗換。<小安峡温泉>「小安温泉」ゆき<秋の宮温泉>「秋の宮温泉」ゆき(横堀駅でも乗換OK)<泥湯温泉>「泥湯温泉」ゆき(冬季運休)←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2007年01月11日
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食べ物ネタが続きましたので、博物館ネタにしましょう。昨日、秋田県立博物館に行ってきました。もう何度目の訪問か分かりません。それなのに、なぜまた足を運んだかといえば、入館無料だから…というのもありますが、実は、かの「忠犬ハチ公」の剥製が展示されているからです(今日まで)。忠犬といわれるようになった由縁は、「ほんとうのハチ公物語」等の童話や道徳の教科書で、全国的に知られるところ。渋谷駅前の銅像を思い浮かべる人も多かろうと思いますよ。普段は東京の国立科学博物館に収蔵されている標本で、今度、同館の常設展示に組み入れられることになったため、秋田県内で展示されるのは最後になるだろうと言われています。ほかに、明治以降生きている個体が見つかっていない「ニホンオオカミ」の骨格標本等も展示されていました。この話を聞きつけた県民が大勢訪れて、盛況でしたここだけ撮影可←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年12月17日
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みなさんこんばんは。もう夜更けの1時です。いがかお過ごしでしょうか。さて、皆さん。「博物館」を見学されるとき、どの位の時間を費やされますか?…といっても、博物館の大きさも千差万別ですから、一概には答えにくいでしょう。旅行会社の団体旅行のチラシやパンフレットを見ると、博物館を見学する場合は、だいたいどこも「45分~1時間」が相場のようです。もちろん、バスを降りてからバスに乗るまで。私は、よほど小さいところでない限り、どうも1時間では足りないんです。9月に行った「新潟市歴史博物館」では2時間、「秋田県立博物館」に至っては、2時間滞在して半分しか見れず、後日、残りの半分を見に行きました。(両方ともその時のblog記事にリンクしております)高校の修学旅行で見に行った「国立民族学博物館」(大阪・吹田市)は見学時間1時間でしたが、見足りず、同じく修学旅行で自主研修時間に見に行った「奈良国立博物館」の「正倉院展」(ちょうどやっていた)も、1時間位いたような気がします。大学に入ってから見に行った「江戸東京博物館」には半日。ちょうど、「伊能忠敬展」をやっていたんですね。伊能図(江戸時代の日本地図で、明治以降現在も政府機関(国交省国土地理院)の責任で刊行されている「地形図」の基礎にもなったという)の現物がみれるとかで。一緒にいった友達は、休憩所で居眠りしていたくらいです。よっぽど小さい館でない限り2時間は欲しいですね。←ブログランキング参加サイト 博物館に行きたくなりましたか?
2006年12月05日
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12月になりまして、急に寒くなりました。昨夜は10時ころは雪がちらついていただけだったのに、12時には車の雪下ろしが必要な位積もりました。でもすぐ雨に変わり、雪は溶けました。さて、雪と言えば、スキーシーズン奥羽山脈、秋田駒ケ岳の西麓に広がり、辰子姫伝説で有名な日本一深い湖「田沢湖」を見下ろす県下最大のスキーエリア「田沢湖」。このうち、麓から2番目で、最大規模の「たざわ湖スキー場」(旧・県営田沢湖)が、今季オフにリニューアルしたそうです。詳しいことは、公式ページをご覧になればわかりますが、いくつか挙げてみましょう。まず、駐車場。水沢エリアゲレンデ脇の「銀嶺駐車場」への進入経路が変わりました。「かもしか駐車場」へは、従来どおりのようです。(いつも空車の「水沢駐車場」も従来どおりゲレンデまで遠いんだよね)つぎ、スキーハウス・レストラン・ロッジ「田沢湖高原ロッジ」が、「田沢湖スポーツセンター」移転新築工事のためなくなりました。ゲレンデ中腹の「ぎんれい」がリニューアル。ここ、眺めが良い食堂ですよね。水沢ゲレンデベースの「スキーセンターレラ」と、かもしか駐車場脇の「かもしか」は変わらず。最も変わったのは、たぶん、リフト「かもしかロマンス」と「駒ケ岳第2ペア」がなくなって、「かもしかクワッド」に。「銀嶺第2」「駒ケ岳第3」廃止。ゲレンデ頂上まで行くリフトが、「銀3」だけになってしまいました。(以上2項目は、昨年からのようです)「銀嶺第1」路線変更。ちょっと伸びて、かもしかに行きやすくなった…らしい。これまでは、水沢からかもしか駐車場へ行くには、「銀嶺クワッド」に乗ってかもしかコースを滑走するか、黒森山リフトに乗って、黒森山コース裏の急な1枚バーンを下りる他ありませんでした。コースは変わりないですね。かつてのような、大混雑は再来するでしょうか。最近元気がない各地のスキーエリアです。田沢湖スキーエリア最上部の「乳頭スキー場」は既に休業中。たざわ湖と乳頭の間の「田沢湖高原アッスルスキー場」も厳しいと聞いています。ウインターシーズンは、雪と戯れぜひスキーエリアへ繰り出しましょう宿泊案内 田沢湖エリアのお宿(自作の紹介ページへ)ウェルハートピア田沢湖(厚生年金)…ロビー・レストラン・露天風呂から田沢湖を一望!←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年12月02日
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全国ニュースでも取り上げられて、すっかり全国区になった「招き猫のチャンスセンター」こと「広面チャンスセンター」「年末ジャンボ」発売からもう数日経ちますが、ごらんの通りの長蛇の列です。列の真後ろから撮ったので、どれほどの列か分かりにくいですが、大型食品スーパー店舗正面の端から端まで。ざっと、70~80人。結構広いショッピングセンターの駐車場は満車。お店(スーパー)にはお客さんはあまりいなかったので、おそらく皆宝くじ目当て。ここは、宝くじ売場の基礎コンクリに猫の足跡が残っていて、これに宝くじをかざして祈ると大当たりする…というジンクスをもつ売場です。招き猫のイラスト、招き猫の置物がある売場はよくありますが、ここは、ホンモノのネコの足跡工事の際、打設したてのコンクリートの上をネコが歩いてしまって、足跡が残った。関係者は「縁起がいい」と、足跡をそのまま残したところ、高額当選が続々。今年のドリームジャンボで2等1億円など、99年以降、1000万円以上の高額当選7回他サイトの情報では、ロト6のキャリーオーバーでも2億幾らかを出したことがあるとか。招き猫の足跡は計14個、売場の目の前の足元に、白いペンキが塗られています。遠方からも駆けつけるファンがいるとか。ぜひ、招き猫チャンスセンターで福を呼び込みましょう※ご注意※必ずしも当選するとは限りません…当たり前ですが。 場所の案内 「広面チャンスセンター」秋田市広面(ひろおもて)字堤敷19 「マックスバリュ広面店」正面左側(資料によっては「ウェルマート広面店」になっています。店名変更されました)お車の方秋田自動車道 秋田中央ICより10分地図:ちょうど+のところ列車・バスの方JR秋田駅西口(駅前)「4」より、秋田中央交通「手形山経由大学病院線」で、「広面小入口」または次の「秋大糠塚官舎前」下車JR秋田駅西口(駅前)「13」より、秋田中央交通「赤沼線」「太平線」「下北手線」「松崎団地線」「木曽石線」で、「大学病院前」下車 ※「大学病院」を経由しない便がありますのでご注意JR秋田駅東口(駅裏)「1」より、秋田中央交通「駅東線」「赤沼線」で、「大学病院前」下車←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年11月28日
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油断しているとアクセス数が落ち込み、平均アクセス数の数字も「1」減っちゃいました。さて、西武HDのスキー場売却問題。今朝の新聞で、売却予定のスキー場は一括売却することになったそうです。秋田県内の対象スキー場は、「森吉山森吉」(今季は休業)、「森吉山阿仁」(今季は営業)、「千畑」(今季も休業)。隣県の「鯵ヶ沢」「雫石」(ともに今季営業)はどうなのだろうか。秋田県内では「田沢湖プリンスホテル」も別途売却予定とのこと。←旅に出たくなったらポチっとよろしく追伸サブブログ更新。ひとことだけですが。下のほうに、また、左の方にリンクがあります。FC2ブログに飛びます。
2006年11月23日
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さて、ネタがありません。そこで…(というわけでもないですが)昨日、びゅうプラザで貰ってきた「駅からハイキング」のパンフレット。12月17日(日曜日)、青森駅集合・解散で「八甲田雪上ハイキング&雪遊び」なるコースを発見。青森駅から専用バスで八甲田山へ向かい、ロープウェイで山に登って、雪の田茂谷地岳(田茂萢岳)をスノーシュー(西洋かんじき)で散策しようという、異色のコース。田茂萢岳散策、要はロープウェイの山頂駅周辺散策ということです。この季節、樹氷は…まだ見れないと思うけど、一面白銀の世界に身を置くのもいいですね。当然、案内人つきです。帰路、寒水沢温泉の入浴付き。費用は、青森駅発着バス代2000円、ロープウェイ代1800円、スノーシューレンタル1000円、入浴料500円。各自現地払い。12月13日締切、定員100人だそうです。集合時間はお昼(11時40分~12時10分)なので、東京から日帰り可能!駅からハイキング 東北・12月(JR東日本)←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年11月10日
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今朝の秋田魁新報によりますと、先ごろ、男鹿市の男鹿温泉郷で、親子でナマハゲ行事を体験するツアーが実施され、子供のしつけに一役買ったということです。このツアーには、秋田市や仙台市、東京都から12家族が参加。男鹿温泉郷の「男鹿萬盛閣」に宿泊し、男鹿市一帯で大晦日に催行されるナマハゲ行事を体験したそうです。大人(親)は、予めなまはげのもてなし方を勉強。夜、夕食を終えた各家族の部屋に順番にナマハゲ2匹が乱入し、「泣く子はいねがぁ~」「悪い子はいねがぁ~」。「ちゃんと勉強しているがぁ~」「親の言う事きいてるがぁ~」子供たちは驚き泣き叫び、「なまはげさんの言うとおりにしますから」。一行は石焼料理(木桶に入った食材と汁に、熱した特殊な石を投入する)、わかめ種付け、ナマハゲ太鼓鑑賞と、男鹿の魅力も満喫。来年度も実施の検討をしているようですから、男鹿市観光協会に問い合わせてみてください。男鹿市以外の人が参加できます。秋田魁新報:なまはげ乱入、大騒ぎ 男鹿市で「子育てなまはげ宿泊ツアー」(原記事:10/30朝刊)←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年10月30日
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昨日、森吉山の紅葉(黄葉)を見に行ってきました。阿仁スキー場のゴンドラが運行しているので、それを利用しました。山麓から約12分の秋の空中散歩。ゴンドラからの紅葉は昨日の記事へ最近は「花の百名山」として有名になり、夏期のゴンドラ運行が始まった事から、大勢の観光客が訪れるようになりました。ゴンドラ山頂駅近くでお弁当を広げる人々ゴンドラを降りると、山頂、または他の方向の麓へ降りる登山道が整備されています。中でも、山頂を見渡せる「石森」と、その先森吉スキー場側への経路の途中の「森吉神社」までは、晴れた日中なら比較的軽装で行けます(革靴やハイヒールでいける…ということではありません。スニーカー程度は準備してください)。山頂駅~石森の間から、森吉山頂を望む石森は小高いピークになっています。ピークと言っても、登山道(木道)からほんの十数メートル外れるだけです。ここからは、山頂をきれいに見渡せるので、パトロールの人が双眼鏡を持って立っていました。石森直下より森吉神社・避難小屋を望む石森より5分くらいで、森吉神社に到着します。森吉神社は森吉山の守り神。山開きの祈願祭もここで執り行われます。避難小屋は無人でシーズン中は常時開放。お手洗い(汲取式・紙なし)があります。この神社と小屋の裏手に、「冠岩」という奇岩があります。森吉神社の御神体です。ちょっとミステリーチックに撮ってみましたこれまでに何度も地震に見舞われたものの、江戸時代の紀行作家で地誌の大家であった菅江真澄が見た時と、形が変わっていないと言われています。成因も謎ですが(多分、火山の火道内で溶岩が固まり、その後周囲の土砂が風化等で無くなったのでしょう)、この謎めいた物体の存在が、普通は山頂に鎮座する神社が、この場所に開かれた理由かもしれません。ちょうど、石森と一の腰(森吉スキー場がある山)との鞍部になっています。国土地理院地形図閲覧サービス「1:25000 森吉山(北西)」冠岩の横から、(たぶん)阿仁銀山(阿仁合)方向を望むここから眺める景色は、まさしく「錦秋のジュータン」ほぼ同アングルを縦構図&望遠で地理屋は高いところに登りたがる…と、僕が存じ上げているある先生が言っていましたが、こうして山の上から見下ろすと、日本はなんて凸凹で、皺だらけなんだろう…と思いますね。今回の森吉散策はここまで。これより先へ進む場合、石森から山頂を目指す場合は、それなりの装備が必要です。昨日の日記でも述べましたが…この「ゴンドラで行く森吉山紀行」開催場所は、阿仁スキー場です。山名につられて森吉スキー場へ行ってしまう方がいるようです(昨日も実際にいました)が、森吉スキー場ではありません。ご注意ください。熊除け(鈴、ラジオ等)があったほうが良さそうです。今年のブナの森は凶作だったとの由気軽なピクニックのスタイルで行ける散策コースとして、石森経由森吉神社までのコースを紹介しましたが、これ以外のコース(森吉神社~一の腰~こめつが山荘 はじめ他の登山口へ出るコース)はそれなりの装備が必要です。登山道によっては沢登りの装備と技術が必要なところもあるようですので、十分な下調べと携行品、食料の準備、登山届の用意をしてください。特に、ゴンドラ終了時間までに下山しない予定の場合、山中で宿泊する予定の場合は、必ず登山届を交通機関秋田新幹線「角館」で秋田内陸縦貫鉄道に乗換、「阿仁合」下車。タクシー約20分。阿仁合駅より周遊タクシーあり、片道1人1000円(2人以上、要予約)23日まで、鷹ノ巣駅(大館能代空港、阿仁合駅)より、ゴンドラ往復、弁当、入浴込みの定期観光バスあり(要予約、予約なき場合運休)。←晴れの週末は紅葉見物
2006年10月17日
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秋田県中央部に聳え、「花の百名山」として知られるようになった複式(トロイデ&アスピーテ)火山の森吉山では、紅葉(黄葉)が見ごろを迎えています。阿仁スキー場のゴンドラが紅葉運行を行っているというので、今日行ってみました。昨年からスキーシーズン以外の営業運行を秋の週末を中心に始め、今年は冬以外の運行日がぐんと増えました。国道105号線の阿仁銀山(内陸縦貫鉄道「阿仁合」のある集落)から山道を走ること約20分、「森吉山阿仁スキー場」に到着。お昼頃に到着。駐車場は既に満杯…とまではいかず半分強程度の入りでしたが、それでも「スキーシーズンの平日よりは入っているのでは?」なるほど、スキー場(西武鉄道グループ)が平日もゴンドラを運行する気になったのもうなずけます(補助金等があるんでしょうけど)。チケットは、往復1,700円ですが、「阿仁スキー場」のホームページに割引クーポンがあり、それを持参すると100円引きです。(片道設定や市民割引、北秋田市内に宿泊した人限定割引等もあります。)。こちら、山麓駅舎内。大きく横断幕が出ていました。レストランも営業。団体さんも入っておりました。すっかり、紅葉名所になりました。チケットを買って、ゴンドラに乗り込みます。下のほうは、まだあまり色づいていません。ゴンドラは登る一方ではなくて、谷越えのため2・3度の登り下りをします。稜線を越えるたびに、緑から黄色、赤色へ、木々の色が変わっていきます。そして、全線のおよそ2/3くらいの辺りが、ちょうど見ごろ、盛りでした。ここ森吉山は、白神山地とならんでブナの森が広範囲に残っています。ブナの色づきは、鮮やかな黄色になります。北国の山の暮らしに恵みを与え続けたブナの森。猟師「マタギ」をはじめ、独特の文化を育んできました。山頂駅に到着です。所要時間は約12分。標高1,167m。ブナの森も終わって、トドマツ、クマザサが生い茂る高山帯。ここから森吉神社(森吉避難小屋)まで25分。そこまでなら軽装でも行けるので、行ってみました。(つづく)続きは明後日になるかもしれません←紅葉見物 ポチ 阿仁ゴンドラについて 今年の「森吉山紀行」ゴンドラ運行日は、10月29日(日)までです。それ以降は、スキー営業開始まで休止しています。スキー営業は12月14日~3月25日までの予定。それ以降は未定。1月13日~3月4日は「樹氷まつり」が開催(予定)詳しくはこちら阿仁ゴンドラ「森吉山紀行」2006-2007 阿仁スキー場(どちらもプリンスホテルWebサイト)ゴンドラは「阿仁スキー場」です。 「森吉スキー場」ではありません。間違う方が多数います。 両スキー場間は、車で急いでも1時間位かかります。
2006年10月16日
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明日は休みなので、紅葉見物に森吉山に出没阿仁ゴンドラで阿仁スキー場の上に上がるか、太平湖の方へ行くかは、あすの天候をみて決めます。帰ったら写真を載せますのでお楽しみに
2006年10月15日
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今日は超ローカルネタ、バスの終点シリーズ2回目です。秋田中央交通「外旭川市営住宅前」秋田駅前から出ている「旭野団地」ゆきバス(神田旭野線)の終点です。(一部の便は、組合病院前まで)文字通り、市営住宅の前にバス停があります。ここに来るバスは全便折り返し秋田駅前行きになります。組合病院前行きのバスはここには入らず、一つ前のバス停から組合病院へ向かいます。以前は、土休日に限りここを経由して土崎駅へ向かう(土崎駅から来る)便もありましたが、今はここへは入りません。私の記憶が確かなら、回転地の場所も変わりました。現在の回転地は、バス停から少し奥に入った団地の中、草生津川のほとりにあります。この辺は、中堅の住宅団地で、市営の集合住宅の他に戸建て住宅も立ち並び、「土崎のはずれ」的感じの将軍野の住宅団地とつながってしまいました。地域内をJR奥羽本線が通っていますが駅が無いので、秋田駅~旭野団地間のバスは頻繁に運行されています。列車では秋田駅から5分くらい、土崎駅から3分くらいの位置なので、旅客駅があってもよさそうですが、出来る気配はありませんね。秋田~土崎間約7~8分、運賃190円。市街地の中なのに、隣の駅まで初乗り運賃では行けない特異な区間。付近の地図…地図の中心が、およその位置。南東が秋田駅方向。←バスで行こう ポチ
2006年10月15日
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今日は情報です。秋田県の中央部に聳える、標高1454mの楯状・鐘状複式火山「森吉山」では、紅葉見物にスキー場のゴンドラが運行されています。白神にも負けないブナの森、その紅葉はとても美しく、ゴンドラの紅葉運行が始まってからはより多くの人が、森吉の紅葉を見に訪れるようになりました。森吉山「紅葉鑑賞」(PRINCE HOTELS)色鮮やかな紅葉鑑賞(北秋田市)列車・飛行機でお越しの方は、「定期観光バス」、通常のタクシーよりずっと廉価な「周遊(観光)タクシー」が便利です。バスは鷹ノ巣駅・大館能代空港より、10月23日まで運行、要予約。タクシーは秋田内陸線阿仁合駅より、10月29日まで運行、2名以上で(乗り合い可)10分前までに予約。(詳しくは、上記「色鮮やかな紅葉鑑賞」を)近隣の宿泊施設阿仁スキー場のすぐ近く(ペンション村)…ホテル フッシュ 阿仁の森 ぶなホテル打当(うっとう)温泉…打当温泉「マタギの湯」(一度山を下りて国道へ出る必要があります)太平湖・小又峡方面…妖精の森コテージラウル(一度山を下りて国道へ出る必要があります)←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年10月14日
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今日の朝日新聞「アサヒ・コム」によると、大手旅行会社の「JTB」が、映画「男はつらいよ」の寅さんやさくらの案内で柴又帝釈天などを巡るツアーを売り出したということです。ガイド役の寅さんやさくらには若手の俳優、タレントが扮し、地元の商店街の協力の下、観光客を案内して回るということです。観光客を都内に誘致したい旅行会社側と客数減に悩む地元商店街の知恵の結晶。成功するといいですね。寅さんの案内で葛飾・柴又歩こう JTBがツアー企画(朝日新聞)←街歩きは良いですよ… blog ranking
2006年10月13日
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30日・1日と仙台へ宴会に行きました。時間があったので、ちょっとマイナーな観光地ですが「晩翠草堂」へ行きました。パンフレットによりますと…詩人 土井晩翠(どいばんすい※)は、1871年(明治4年)に、いまの仙台市青葉区木町通(当時は北鍛冶町)に生まれ、幼い頃から漢学を学ぶとともに英語も学び、23歳で東京帝大へ。在学中から多くの作品を発表し、島崎藤村とともに一時代を築いた人物。滝廉太郎の作曲で知られる『荒城の月』の作詞者としても知られる。1901年仙台に戻って仙台二高の教授となり、海外留学時を除き生涯を仙台で過ごした…配布パンフレットの内容を参考※本来の苗字は「つちい」だが、後に「どい」と改名晩翠は、戦災で居宅も蔵書も失い、失意の底へ。市民有志が旧居跡に建てたのが、いまの晩翠草堂です。晩翠はここで、亡くなるまでの数年間を過ごしました。内部は見学可能で、資料や、彼が愛用したベッドなどの日用品が展示されています。晩翠草堂仙台市青葉区大町1-2-2開館時間 9時~17時 月曜と年末年始休館入館料 無料JR仙台駅から徒歩15分程度JR仙台駅西口バスプールより観光シティループバス「るーぷる仙台」で、「晩翠草堂前」下車JR仙台駅西口より、路線バスで「晩翠草堂前」下車系統が複雑なので、下記HPでご確認下さい仙台市交通局←秋は文学の旅
2006年10月05日
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深夜ですが頭が冴えているので更新します。~今回は、携帯向け画像は設定しません。携帯の方ごめんなさい~さて、新潟大和で「へぎそば」を美味しく頂き、大和の前のバス停から路線バスに乗り込みました。新潟駅に到着です。これで、新潟めぐりは御仕舞いです。この後、お恥ずかしながら、「新潟駅忘れ物センター」へ…「そば」を食べたばかりですが、旅に出たら「駅弁」とばかり、弁当を買い込みました。新潟駅万代口には、改札の前、ニューデイズの隣に駅弁コーナーがあります。駅弁コーナーではSuicaは使えません。隣のNEWDAYSはOK買い込みましたるは、「万代押寿司」。酢飯の上に、昆布と蒸し海老&紅鮭&小鯛がのった押寿しであります。売価920円。味は良いですが、ちょっと酢がきつい。土産に良い品です。さて、帰りの列車は「いなほ7号」。新潟から青森まで、遠路6時間13分かけて走破する列車で、上りの「8号」とともに今の所、日本で最も長距離を走る昼間の特急列車となっております。KING OF 昼行特急であります距離はキングなんですが…新潟発車時の客入りはまあまあ、さらりと座席が埋まる程度(自由席)。新発田・中条・坂町・村上…と降りる一方で、酒田に着く頃には空席が目立ち、時間にして中間の羽後本荘ではもうガラガラ。車内販売も、秋田で終わりです。さて、新潟→秋田では「笹川流れ」という景勝地を通ります。ちょうど、村上を過ぎたあたりから、あつみ温泉を過ぎた辺りまで。行きの時の記事でも紹介しましたが、帰りは見事な晴天でしたよ粟島がくっきり見えました。飛島と間違えそうですが、飛島はもっと平べったく、列車からは見えにくい。それに、飛島が見えるのは酒田より北です。画面右手に見える岩もいい感じ画面下に見えるのは窓枠です(笑)つまり、こんなに間近に日本海を望めるんです。五能線にも負けない羽越本線この写真の方が、列車から見えるんだってのが分かるかな?本当に海岸縁を走っています。ちょうど、夕陽の時間いい時間に乗り合わせました。上り(新潟へ向かう)よりも、下り(新潟発)の方が、幾分景色はよろしい。基本的に単線ですが、一部複線で、上りはトンネルになっているところがあります。ちなみに、この「笹川流れ」を含む新潟~酒田間には、JRが力を入れている「着地営業」で、リゾート列車「臨時快速・きらきらうえつ」が不定期に走っています。「いなほ」の同型車を改造した車両ですが、とても立派で可愛い電車です。コンセプトとしては、「リゾートしらかみ」と同じ、乗ることを楽しみ、風景を楽しむ列車。詳しくはJR新潟支社のHPへ。東日本旅客鉄道株式会社 新潟支社これで、新潟シリーズはおしまいです。2週間近くお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。当「旅の綴りかた」最長のシリーズになりました。後日、別途インデックスを作りトップページに掲載します。9月30日~10月1日と宮城県へ行きました。次回からは、その様子を少しUPします。メインは、「くりでん」。おたのしみに。←どうか、ワンクリックお願いします
2006年10月04日
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新潟めぐりシリーズも、今回を入れてあと3回で完結の予定です。今日、明日とお付き合いくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。前回の「みなとぴあ」で同行の一行と別れ、再び循環バスに乗って白山神社へやってまいりました。白山神社は平安時代中期の創建とされ、1492年~1500年の間か江戸初期の1644年頃に現在地に遷されたとされています。本殿は、1648年の建立とされています。「一ノ宮」ではありませんが、新潟総鎮守として厚い信仰を集め、弥彦神社(越後国一ノ宮)、新潟県護国神社とともに、新潟県を代表する神社とされています。立派な楼門です。この日も、境内には多くの参拝客の姿があり、拝殿(一番上の写真)では、企業の方かご家族かが祈祷を受けられていました。参道はちょうど、古町通の突き当たりから始まるようになっています。白山神社の北側には新潟市役所がありますが、ここに市役所が出来るまでは県庁がありました。さらに、白山神社と市役所の間の交差点は緑地が整備された広い交差点ですが、ここには1992年まで新潟交通の「白山前」駅がありました。現在は路線バス専業の新潟交通ですが、かつては白山前(旧・県庁前)~JR弥彦線の燕まで電車を運行していました。特に白山前から次の東関屋までの間は路面を大型電車が走る区間となっていて、非常に珍しい運行形態でしたし、白山前駅は交差点のど真ん中に2階建ての駅舎が立っていました。廃止前に乗った事があるので、又の機会に写真をUPしたいと思います。←ブログランキング参加中次は、「へぎそば」。すぐUPします。
2006年10月04日
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新潟市歴史博物館。新潟市発展の歴史を、「水(Water)」との関連を用いて紹介している専門博物館。テーマは「郷土の水と人々のあゆみ」それは、新潟市の発展が、信濃川の水運や洪水の歴史、阿賀野川の流路変化と密接に関わっているからです。「水がつくる」「水がむすぶ」「水にいどむ」「水とともに生きる」を4大サブテーマに…・新潟砂丘と後背低湿地での暮らし・低湿地で暮らす技術、収穫・水運(海・川)がもたらした他所との交流、信仰等々、新潟に暮らす人々が水とともに生き、水に対峙し、克服して豊かな暮らしを得た過程をリアルにかつ分かりやすく紹介しています。展示物:ハザ架け(稲を乾燥)「みなとぴあ」敷地内には、9月24日の記事で紹介した「旧第四銀行住吉町支店」の他、明治初期開港5港の税関の中で唯一建物が現存し、1966年まで使用されていた「旧新潟税関庁舎」(国重文指定)があります。「みなとぴあ」内で唯一、復元でも移築でもない建物旧新潟税関庁舎さらに、新潟は堀の町でもあったことから、戦後まで街中に存在した「西堀」(いまの西堀通)をイメージした堀が復元されている他、荷上場、石庫(保税倉庫)が復元されています。博物館本館の建物は、旧新潟市役所をイメージしているそうであります。みなとぴあ博物館本館の常設展示大人300円、中・高校生200円、小学生100円。旧第四銀行、旧税関は無料。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年10月03日
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越後線で新潟駅に到着。新潟駅前から、新潟観光循環バスに乗車して、「みなとぴあ」へ。専用の小型車両で、「犬夜叉号」「ドカベン号」。何れも、新潟出身の漫画家の作品キャラクターをデザインした小型ノンステップバスで、新潟市と新潟交通が共同で運行しています。運賃は1乗車180円、乗り降り自由の1日券は500円。ただし、新潟交通の100円区間は観光循環バスも100円万代シティ・朱鷺メッセ・みなとぴあ・新潟市美術館・マリンピア日本海・日本海タワー・白山公園等をめぐります最寄り停留所名はご確認下さい新潟市観光循環バス(運行経路・時刻等:新潟市)新潟交通←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年10月03日
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新潟シリーズ再開します。さて、宿を出た我々一行は、最終目的地である「新潟市歴史博物館」に向けて移動を開始しました。宿から、最寄り駅の「岩室」駅まで、送迎バスで約10分。小さな無人(簡易委託)駅に到着。古い時代の観光地の駅前の雰囲気を残しているが、侘しい駅前です。歓迎広告塔が、かつて大勢の温泉客が降り立ったことを物語っています。JRが新たに設定した「新潟近郊区間」内。2駅西の「吉田」駅まで「Suica」が使えます。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年10月02日
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柏崎刈羽原発からの帰り道、トイレ休憩で立ち寄りました。ネットで検索して見ると、いろいろな施設(美術館とか!)があるようですが、なんだか良く分からなかった…。売店を物色しておしまいでした。↑旅に出たくなったらポチっとよろしく携帯でご覧の方にも画像をお楽しみいただけるよう、1枚目のみ携帯でもご覧になれるように設定します
2006年09月29日
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首都圏のライフライン、電力をつくる「東京電力柏崎刈羽原子力発電所」。展示公開施設「原子力サービスホール」が、発電所の隣接地にあります。JRで言うと、越後線の「刈羽」から車で10分ほどです。実際には、信越本線の柏崎からバスが出ていますここでは、原子力発電の仕組みを、5分の1模型を中心に解説してくれます。説明内容は書くと長いので省きますが…発電所は柏崎市と刈羽村にまたがる420万平方メートル(東京ディズニーリゾート5個分)の広大な敷地に7基の原子炉・発電機があり、最大で821万キロワットの発電が可能。(実際には定期点検に時間がかかるため、7機全てがフル運転している事はないと思われます。当日も2機が停止中のようでした)現在、世界最大の原子力発電所です。原子炉の5分の1模型。白い人形を人間と見立ててみると、随分大きいマシーンであることが分かります。外側のオレンジ色の外板が「原子炉格納容器」、内側に見える灰色の寸胴型容器が「原子炉圧力容器」。圧力容器の中にいわゆる「燃料棒」が入っているそうであります。こちら「燃料棒」の実物大模型。この中に「燃料べレット」というさいころ型のウラン燃料が詰まっていて、これを束(燃料集合体)にして原子炉の中に入れているそうです。そうすると、隣同士の燃料が反応しあって核分裂に至り、熱を発する。その熱で蒸気を作ってタービンを回す…。運転を止めるときは燃料棒の間に制御棒というのを差し込んで、核分裂を抑える。そういう仕組みらしいです。早い話が。ちなみに、通常停止の場合に制御棒の作動にかかる時間は約1日とゆっくり作動させるが、緊急停止の時には1~2秒で遮断させてしまうそうです。この他、原子力発電全体の説明や、放射線の人体への影響の説明等がありました。発電所ゲートこの後、係員添乗により、原子力発電所構内を一周しました。写真を何枚か撮りましたが、特別警戒区域内ですので掲載は控えます。発電所のHPやパンフレット等をご覧下さい。構内の道路は事故防止のため一般道路と同じ作りになっていて、一部は片側2車線。信号機つきの交差点がが3ヶ所、右左折レーンもちゃんとありました。私企業の敷地内なのでもちろん道交法の適用はないです。上の写真が正面ゲート。警備会社員が出入りを厳重にチェック。目の前を国道352号線が走っていますが、国道から直接正面ゲートに入ることはできない構造になっていて、立体交差になっています。これも保安上の理由かな?我々はバス乗車時に身分証チェック。次に放水口へ。蒸気を冷やした冷却水が放出されるところ。水温が高いのでお魚が集まるそうですが、危ないので遊魚禁止。次に専用埠頭。発電所建設時に使用され、3000t級の船舶の入港可。9.11テロ以降は海上保安官が常駐。次に1~4号機(建屋)。柏崎市側にある。次に7~5号機(建屋)。刈羽村側にある。建屋はいずれも、蒸気を作る原子炉建屋と、蒸気でタービンを回し発電するタービン建屋に分かれているそうであります。次に展望台。原子炉はやわらかい地層を取り去って固い岩盤の上に建てられます。よって、建設時に大量の土砂がでて、それで谷を埋め立てたところ、なんと丘になったそうです。最後に協力会社の事務所群。日立製作所、関電工をはじめ500社4000名が出入りしているそうです。あ、最後の最後。ゲート内側に、新潟県警の装甲車が常駐。この見学コースは要予約で、ホール見学をあわせて約1時間半。「極端な話、1名様からでも受付」だそうです(係員談)。なお、ゲートを入ってから出るまで途中降車見学はなく、全て車窓見学です。現在、途中降車(原子炉建屋内への立ち入り)を伴う見学コースは休止中とのことです。柏崎刈羽原子力発電所(東京電力)←ブログランキング参加中
2006年09月28日
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昼食を終えた一行は、バスの出発まで土産品を物色。再びバスに乗って次の見学場所「大河津分水資料館」へ向かいました。JR線の駅では、越後線の「分水」から車で5分。 大河津分水は、荒れ狂う信濃川の洪水から流域を守るため、1909(明治42)年に着工し1922(大正11)年に完成した信濃川の人工流路。 それまで全ての水が新潟港に流れ込んでいましたが、通常の川幅で流せる水の量には限りがあるため出水時には水が溢れ、特に1896(明治29)年には今の燕市横田で「横田切れ」という大破堤が発生し空前の被害が発生。 それまでも幕府~明治政府には何度も陳情があったものの、この大被害で政府が重い腰を上げて工事に取り掛かり、13年かけて約9kmの水路を掘削したものです。 途中で東頸城丘陵の鞍部を削る大工事だったと伝えられて、「東洋のパナマ運河」いわれたそうです。楽天ブックス:明治の国土開発史資料館屋上から撮影 これが本流と分水との分岐点。 画像奥(南方)が上流。そして、右手前方向(北方)かってに流れているのが分水で、画面中央で波立って瀬のようになっているところから左(西方)が本流、つまり新潟港へ流れ込む本来の信濃川の流れ。 そして、画面中央に大きく見える堰堤は、2000(平成12)年まで使われた「洗堰」でして、当時の最新技術を駆使して建設され、現在の「洗堰」が完成した2000年まではこの堰堤で信濃川本流の流量を調節していたそうです。 現在、国の登録有形文化財に指定されています。 なお、旧「洗堰」と分水路との間の芝生張りの斜面は、2000年の改築後に完成した堤防です。旧洗堰を上流側から撮影旧洗堰はいまでも水を通していますが、これは別の小河川へ流れているそうで、その流量調節は別の水門で実施、旧洗堰は稼動していないようです。旧洗堰の周囲は少し埋め立てられ、芝生の広場になっています。こちらは、分水路です。 こちらにも堰があります。 本流の堰と分水の堰、この2つの堰を操作することによって、洪水時にはより多くの水を分水へ流し、渇水時にはより多くの水を本流へ流すようになっております。分水の堰は一旦完成したものの予想以上の水のエネルギーで破損し、現在の可動堰は1931(昭和6)年に完成したそうです。 こちらも改築が行われていて、まもなく新しい可動堰が完成するようです。楽天ブックス:物語分水路信濃川大河津資料館(国土交通省)信濃川河川事務所(国土交通省)信濃川大河津資料館は、国土交通省大河津出張所の建物内にありますこのへんの地図(マピオン)←お役に立ちましたら、ワンクリック下さい次は、新潟に立つ首都圏のライフライン。本日中に更新。
2006年09月28日
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続いて更新いたしましょう昼食は寺泊というところ。意外に大きな観光集落で、国道402号線沿いに水産物土産店が立ち並んでいます。魚のアメ横というそうです。観光客が大勢来ていました。魚の浜焼きがたっくさんどういうわけか、どの店も「サバ」の丸焼きを売っているんですよ。この辺の名物料理なんでしょうか。サバ丸焼きは初めて見ました。JE2LUZさんからご指摘がありまして、沿岸部ならどこでもあるそうです。ありがとうございます。あと、「いかやき」は、「いかぽっぽ」なんですね。秋田~青森沿岸(五能線・国道101号沿い)の土産品店で売っている「いかやき」は、おなじ「いかやき」でも開き干しを焼いたものですので、地域差が見られますね。あと、焼きアナゴもありました。関東方面からの観光客多数。このへんの地図(マピオン)←ブログランキング参加中
2006年09月27日
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ラムサール条約湿地「佐潟」を出た我々一行は、次の立ち寄り地で昼食場所の「寺泊」に向かいました。バスは、角田山(佐潟の写真でバックに写っていた山)と弥彦山との鞍部を越えて海沿いへ。国道402号ですが、新潟市巻~長岡市寺泊までを「越後七浦シーサイドライン」といいます。ずっと海沿いを走り、険しい断崖や奇岩、青い日本海が望めます。ずっと素晴らしい景色が続きます。(メモリ容量の都合で、画像はこの1枚だけです)道路は急カーブ、トンネル、アップダウンが多いので、運転される方は十分注意しましょう。それにしても、一度自分の運転で走ってみたい道路です。この先、信濃川の大河津分水路を高い橋で越えると、寺泊です。大河津分水路については、次々回の記事で紹介します。この辺の地図(マピオン)←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年09月27日
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今日は時間に余裕があるので(というより、目の前で道路工事をしていて車を出せない)、新潟シリーズをもう1本書いちゃいましょう。新崎の「栗山米菓 せんべい王国」を出た我々一行は、次の目的地「佐潟」に向かいました。新潟市街地を挟んで西の向こう側です。分かりやすくJR線の駅で説明すれば、越後線の越後赤塚(徒歩40分)です。国道7号~8号のバイパスを快走。新潟の道路はなんでこんなに立派なんだろうやっぱカクエイさんのおかげ?さて、およそ35分で「佐潟」(「さがた」・「さかた」どちらでもOK)に到着。ここは、国内に33箇所あるラムサール条約登録湿地のひとつで、1996年に登録されました。新潟砂丘の砂丘列の間の低地に湧水が湛水している潟湖で、国内最大の「砂丘湖」と言われています。水源は全て湧き水で、流入河川はなく流れ出る川が1本あるだけです。ハクチョウ、マガン、アオサギ等、水鳥各種、さらに植物としてはミズアオイにオニバス。ラムサール条約は「賢明な利用」をモットーとしているそうです。つまり、世界自然遺産と違って利用や立ち入りが厳しく制限されていることはなく、従前から利用されてきた湿地の環境を、持続可能な形で利用していこうということだそうです。ですから、人間の手が加わります。それが、湿地保全に重要な役割を持っていたりするわけです。泥揚げ・枯葉さらいをして湧水を出やすくし、泥は有機肥料として農業で利用しているのです。佐潟パンフレット金賞を首席で突破した蔵、技術の結晶の純米大吟醸酒!純米大吟醸【柳都】限定品 1800ml[桐箱入...佐潟の近くの酒蔵 湧水あるところに銘酒あり…ですね。←ブログランキング 気に入っていただけたらクリックを!
2006年09月26日
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さて、夜が明けて2日目。今日は貸し切りバスでポイントを巡ってまいりましょう。エージェントが手配した新潟中央観光バス。コーヒーとおしぼりサービスつき。「運転手さんも大変ですね~」と訊ねたら、「サービス良くしないと○潟交通に負けちゃうからね」とおっしゃっていました。観光バスの世界は競争が厳しい。さて、東堀通の「WITH」前からバスに乗車した我々一行は、新津屋小路→西堀通→「みなとぴあ」の前を通って、信濃川の対岸に出ました。信濃川を渡るのは「新潟みなとトンネル」という海底(川底?)トンネル。そこから、国道113号を東へ。一帯は砂丘になっておりまして、水田はなく、畑ではイモ類が栽培されている様子が見えました。阿賀野川を渡り、国道7号のバイパスをくぐると、栗山米菓「せんべい王国」に到着です。JRの駅でいえば、白新線の新崎(徒歩15分)です。手焼き煎餅の生産ライン。残念ながら、職人さんはいませんでした。栗山米菓さんの主力商品は何と言っても「ばかうけ」で、広く流通しております。ばかうけ 青海のりしょうゆ味 1ケース12袋入り(POLE POLE)ばかうけデラックス(イージャパンアンドカンパニーズ)「星たべよ」という、お星様の形をした煎餅もあります。【栗山米菓】星食べよ 1ケース12袋入り(POLE POLE)あいにく、「ばかうけ」「星食べよ」とも、生産工場は別のところにあるそうですが、お土産コーナーでは、限定ばかうけ、栗山米菓キャラクター米菓セット等々。ストラップやクリアファイルなどの「ばかうけ」グッズ、さらに、競合他社(亀田製菓、三幸製菓等)の商品も販売しています。有料ですが、煎餅手焼き体験ができます。焼き上がったら、タレにつけていただきます。バリンボリンと記念写真「星食べよ」バージョンもありますよ。栗山米菓「ばかうけホームページ」(アクセスマップあり)←お煎餅を食べたくなったらどうかワンクリック
2006年09月26日
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この度の宿泊先、1泊目は、新潟古町の「大野屋旅館」さん。入口から廊下をずずっいっと進んだ先に、フロントではなくてエレベータがあって、フロント(帳場)は3階。老舗ビジネス旅館の佇まい。建物が古いので古さを否めない(この点は、楽天トラベルの掲示板でも多々指摘あり)のは致し方ないが、手入れは行き届いており、快適に過ごせました。夕食の膳。通常よりも料金を下げてもらっていたらしいので、これで十分。「料理定評」とあるので、お金次第でもっと豪華になるでしょう。なお、繁華街の真ん中にあるので、外食には事欠かしません。ちょいと外にお散歩に出てみました。古町よりも1本北西よりの小路。料亭・割烹が軒を連ね、よい雰囲気。この小路にはピンクの薫りはほとんどありませんでした。1本南東よりの小路(新古町版画通りの続き)は「鍋茶屋通り」といい、こちらも小料理店や割烹が、昔のままの佇まいで残っています。この界隈にお泊りなら、裏通りの散策をオススメしたいです。翌朝。部屋からなにやらこんな立像が拝めました。どうやら、良寛さまのようです。←夜の古町を散策したくなった方、どうかワンクリック下さい
2006年09月25日
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新潟市の中心は、駅前ではなくバスで10分程度離れたエリア。新潟駅前から信濃川を萬代橋(万代橋)で渡った更に北側にあります。古町・本町と呼ばれるエリアです。この辺は、江戸時代には遊郭が発達し、当時の遊郭番付では京都・大坂・江戸の三都に続く規模だったということです。明治以降、遊郭は鳴りを潜め、徐々に花街、あるいは商業の街になったということです。なかでも、商店街「ふるまちモール」は国内有数の「距離が長い」商店街で、最も市役所側(県庁跡)・白山神社に近い一番町から最も遠い十二番町まで、およそ2kmあるそうです。いちばん南西端の1番町は、新潟駅よりも越後線の白山駅の方が近い。うち、「ふるまちモール5」「~6」「~7」が全覆アーケードになっていて、車両の通行が規制されています。このような、小さな商店が軒を連ねています。大型店は百貨店の「新潟大和」(本店:金沢市)だけです。この商店街の中心に大型店があるという構造が、地方においては商店街繁栄の鍵になっているような気もします。仙台では一番町に三越、藤崎がありますね。オレンジ色ですが、ローソンです。サッカーJ1「アルビレックス新潟」、地元の専門学校グループとのコラボで新潟市内に複数出店している、通称「オレンジローソン」。アルビレックス新潟のチームカラーオレンジ色を使った店舗が登場!(ローソンプレスリリース)「ふるまちモール5」は、「マンガストリート」として、水島新司氏作の漫画「ドカベン」などのキャラクターの銅像が建っています。また、「6」の1本東側は「新古町版画通り」となっていて、小学生たちの版画が飾ってあります。本日の宿泊先は、この「新古町版画通り」に面した「新潟大野屋旅館」さんです。次回、多分今日中に更新するでしょう。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年09月25日
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次の観覧地は、新潟市歴史博物館「みなとぴあ」。信濃川の左岸にある博物館で、本館、旧第四銀行住吉町支店、旧新潟税関庁舎等がありますが、この日は休館日でしたので、本館は3日目に再訪しました。旧第四銀行住吉町支店昭和2年竣工。移築。鉄筋コンクリート部分のみ新築。第四銀行は新潟県下最大の銀行で、1873年に「第四国立銀行」として発足し日本銀行設立後に普通銀行に転換。現在、日本国内で最も古い歴史を持つ銀行だそうです。※一番最初に開業したのは「第一国立銀行」だが、同行はその後日本勧業銀行との合併時に勧銀が存続会社となったため、第一銀行としての歴史は途切れている。ちなみに、現在の銀行コード「001」番は、第一勧業銀行>みずほ銀行が持っているなぜ、休館日なのに訪れたかというと、旧第四銀行住吉町支店だけは内部がレストランに改装されていて、原則年中無休となっているからです。内部は銀行として利用されていた当時の面影を色濃く残しています。窓口が残っていますね。手前にワインラックが載っている台は、カウンター跡です。みなとぴあ←旅に出たくなったらポチっとよろしく次は、中心地古町の夕方。レンタサイクルで移動しました。2007-10-04 画像を低画質のものに入れ替えました
2006年09月24日
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新潟駅万代口(在来線口) 右のビルはJR新潟支社新潟駅に到着後、近くの地下駐輪場でレンタサイクルを借りて、「朱鷺(とき)メッセ」に向かいました。新潟市内ではボランティアが中心となって市内各所でレンタサイクルを貸し出しています。会員登録(即時・無料)し、1回3時間まで100円(以降追加負担)を「協力金」として支払えば、貸し出し取扱場所ならどこへでも返却できるスグレモノ。にいがたレンタサイクル(利用方法、貸出返却場所)駅前から、万代シティの前を通って、信濃川沿いに15分ほどで到着。信濃川の中州であった万代島(いまは陸続き)に建つ、ホールやオフィスを持つ大型複合コンベンション施設。メインはなんといっても、高さ140mを誇る展望室を擁する「万代島ビル」。展望室からは、新潟市内が一望です。展望室より古町・白山地区方向眼下の川が信濃川。かつては、700mもの川幅をもち、日本一の大河にふさわしく、洪水時には荒れ狂う川だったそうですが、現在は上流に出来た2本の分水路によって流量が調節され、新潟市が洪水に襲われることはなくなりました。中央に見える高層ビルが、中心商業地「古町」の「NEXT21」です。展望室より新潟港眼下は、コンベンションホール。その先は、佐渡へ向かう客船のターミナルです。さらにその先、水路を1本隔てた突堤に、例の北朝鮮貨客船が接岸するそうです。こちらが、朱鷺メッセの全容です(対岸より撮影)。船をイメージしたシルエット…なるほど、確かにそうですが、しかし、オフィス棟(万代島ビル)にオフィスがある方の話では「軍艦」だの「空母(航空母艦:軍艦のひとつ)」だの言われているそうです。しかしまあ、このコンベンションホールは、非常に分かりにくい構造。あるオフィスを訪ねて行ったのですが…まず駐輪場は建物の裏手の信濃川沿い。我々は川沿いを先に走ったのですぐ見つけましたが、他の一行は大きく遠回り。どうやら、コンベンションホールにチャリで来る奴などいない、「幕張メッセにチャリで行く奴いるか?それと同じだ」という思想の下に設計されたようです(某関係者談)。次に、自転車置場からの入口が見つけづらく、挙句の果てには「コンベンション」と「オフィス」は1階ではつながっていないどうやら、2階ではどこか細い通路でつながっているようですが。案内表示もない(少なくとも一見者には見つけられない)。コンベンションホールのEVには、オフィスには行かない旨の表示は…ない。ついでに言うと、ホール利用者の利用が多い観光循環バスのバス停は、オフィスビルの手前。ホールへ行くには、オフィスビルを突き抜け、一旦お外へ出なければならない。…ということで、「素晴らしい施設」というには、ちいとこ難しいかも。綺麗で立派なんですけどね。朱鷺メッセ:新潟コンベンションセンター新潟万代島ビルディング朱鷺メッセにはお泊りできます 新潟の夜景を…ホテル日航新潟(新潟国際コンベンションホテル)ホテル日航新潟を予約する!ちなみに、ホテルのお客さんも、フロントを探してウロウロ…ウロウロ…だそうです。←旅に出たくなったらポチっとよろしく次回は、旧第四銀行住吉町支店(みなとぴあ内)※2007-10-03 画像を低画質のものに入れ替えました
2006年09月23日
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新潟の旅から、昨夜帰ってまいりました。大人数グループ旅行(巡検:研修旅行)でしたので、酒を浴びるように飲み、おかげさまで3日目は頭痛。ネタが多いので、もしかしたら1日2項目更新するかもしれません。忘れないうちに。さて、今回の旅程は下記の通り。1日目:新潟市内(朱鷺メッセ・みなとぴあ・ふるまちモール) 宿泊地:新潟市中心部2日目:栗山米菓・ラムサール条約登録湿地「佐潟」・寺泊・大河津分水・柏崎刈羽原発 宿泊地:岩室温泉3日目:新潟市内(みなとぴあ・白山神社・ふるまちモール)毎年1回あるこのグループの旅行は、現地集合・現地解散。集合場所の新潟駅まで、各自移動。秋田8時51分発の特急「いなほ8号」で、新潟に向かいます。特急「白鳥」(初代)廃止後、下り7号とともに、「日本最長距離昼行特急」となっております。全区間、ほぼ「白鳥」(初代)時代の停車駅、時刻で運転されています。485系1000番台という、国鉄時代に製造された「こだま型」の流れをくむ特急電車。耐寒・保安などの設備の都合を別にすれば、全国のJR電化路線どこでも走れる「交直両用」電車。いなほ8号 停車駅 青字が乗車区間青森6:07-弘前-大館-鷹ノ巣-二ツ井-東能代-秋田8:51-羽後本荘-仁賀保-象潟-遊佐-酒田10:31-余目-鶴岡-あつみ温泉-府屋-村上12:05-坂町-中条-新発田(しばた)-豊栄-12:59新潟時刻をご覧の通り、新潟→秋田間に4時間以上かかります。この間に大きな「都市」は、せいぜい酒田くらいです。車内はご覧の通りで、少々くたびれた車両です。それもそのはず、この車両、私が高校生の頃の1994年、修学旅行で京都まで「白鳥」に乗った時にはもうすでに「リニューアル済み」だった車両(当時の時刻表表記は「デラックス車両」)で、当時の在来線車両としては画期的な「セミハイデッカー(床を嵩上げ)」「フリーストップリクライニング」「電光掲示」(これは現在撤去)の設備があった車両です。そして、この車両自体の製造は、車内壁面の銘板を見ると「昭和51年」。私が生まれる前から走っていたベテラン車両。全国的には相当数廃車になっていて、もう少数しか走っていません。「いなほ」には、最近リニューアルした「3000番台」もあって、こちらは内装が最近の特急電車(中央線方面、房総方面の特急や東日本の新幹線)に合わせられているそうですが、あいにく、往復とも旧来の型でした。秋田~遊佐間、鶴岡~村上間では、羽越本線は海沿いに走っています。なので、車窓から日本海が存分に望めますが、あいにく台風13号の接近で日本海は大荒れ。こちら、秋田・山形県境付近(停車駅で言えば、象潟~遊佐間)。もうなんだか、厳冬の荒れ狂う日本海といった趣です。ちなみに、崖っぷちを走っている細い道路は、実は大動脈国道7号線。日本海側を北上する時には、まず必ず通る難所です。昨年12月に発生した「特急いなほ脱線転覆事故」の現場となった最上川の鉄橋を通ります。周囲には風除けになりそうな丘や建物は一切なく、ただだだっ広い水田が広がっていて、そこに線路を載せた築堤が伸びています。列車はいまも天候に関わらず徐行運転を実施しており、線路際には多数の風速計が建てられたほか、急ピッチで防風柵の設置工事が行われています。こちらは、鶴岡発車後。今年7月に発生した「土砂崩れ」の現場となった小砂川の海岸です。この事故では怪我人はありませんでしたが、鉄道はおろか、国道まで不通になり、高速道路やバイパスが全くない区間のため、日本海側の物流が大混乱に陥りました。ここでは補強工事が進められています。ここも、天候に関わらず徐行運転です。こちらは、「笹川流れ」。屏風岩、恐竜岩など奇岩が続く風光明媚な海岸線で、笹川集落を中心におよそ11kmの海岸線が、今からおよそ80年前に「名勝天然記念物」に指定されています。羽越本線のハイライトといっても過言ではなく、同じ磯浜海岸で知られる五能線にもひけをとらないと思います。復路は快晴。この新潟旅行記シリーズの最後に取り上げます笹川流れ観光汽船:http://www.sasagawanagare.net/笹川流れ夕陽会館(国道345号線 道の駅笹川流れ):http://www.sasagawanagare.jp/※JR桑川駅を併設しています越後寒川で行き違いのため運転停車。粟島が見えます。笹川流れを過ぎると、新潟県下最北の都市「村上」です。村上駅到着直前、電力の交直切替のため、照明を含む全ての機器がしばらく停止します。聞こえる音はジョイント音(ガタンゴトン)のみ。つかの間の静寂が、車内を包みます。「坂町」からは、ローカル線の米坂線が、山形県の米沢に向かっています。中には、懐かしい「国鉄一般色」の「キハ52」も走っています。「新発田」からは新潟近郊区間・Suica対応エリアに入ります。新発田~新潟間は特急券を別買いすればSuicaでも「いなほ」に乗れます。(50km圏内で特急料金が安いので、結構利用者がいる)同時に、羽越本線を離れ、白新線に入ります。最後の停車駅「豊栄」は、もう新潟市です。4時間8分かけて、新潟駅に到着しました。次のポイントは、新潟コンベンションセンター「朱鷺メッセ」です。その前に、次の旅行記は「駅弁」です。←旅に出たくなったらポチっとよろしく2007-10-03 画像を低画質のものに入れ替えました
2006年09月22日
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今季はじめての「氷」…うぬぬ、タイトルが…紛らわしいか。ビックリした方、ごめんなさい。氷は氷でも、「かき氷」(氷水)のことです。そりゃー、いくらなんでもまだ水溜りに氷は張りませんわ。今年の夏はあんなにクソ暑かったのに、まだお店の氷水を一度も食べていなかったのです。(スーパーのカップ入り「みぞれ」は食べたけど)大仙市大曲散策の時に、ちょっと入った横道で見つけた小さな定食屋さん。そこには、「氷」のタペストリーがかかっておりました。歩き続けて暑かったので、吸い寄せられるように店内へ。我々が吸い寄せる驚異の看板、それは「氷」と「ビール」写真では良く分かりませんが、昔ながらの手回し式カキ氷機。おばちゃんがガリガリ…ガリガリ。モーター音とは無縁の氷マシーン。カキ氷はやっぱ、スプーンでザクザク頂きましょう。先が平べったくなったストローで食べるのは、風情と満足感に欠けますよね。これは、あずきミルク。氷屋さん アンティークかき氷器 シルバー ←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年09月15日
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本日2回目の更新です。本日1回目の記事の花火通り商店街から南へ、丸子川の橋を渡ると、今度は大町・上大町と呼ばれるそうです。こちらも、哀愁漂う商店街です。秋田銀行旧大曲支店。郊外の住宅街に移転しました。花火通りの端っこに北都銀行が、この大町界隈に信用金庫があり商店とともに商都の繁栄を支えてきましたが、こういうところでも地盤沈下が感じられます。移転後、もぬけの殻になった建物にはATMだけが残り稼動しています。こりゃまた、物凄いスポーツ用品店。もちろん営業中。営業しているかどうか分からない食堂・・・あ、御菓子屋か。「駅弁」の看板が出ています。かつて駅弁を製造していたのでしょう。現在、大曲駅で売られている駅弁は、秋田市の業者が製造している製品で、秋田駅でも手に入ります。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年09月14日
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昨日紹介した月岡シネマがある「花火通り商店街」を、もっと奥まで歩いてみましょう。「花火通り商店街」は、全国トップクラスの花火大会「全国花火競技大会」が当地で開かれていることから、以前の「サンロード商店街」から改称されました。市内には「尺玉通り」というストリートもあるようです。年季を感じる建物が多い商店街です。仕立て屋さん(テーラー)や、ハンコ専門店、おもちゃ屋、ブティック・・・秋田の地酒を揃える酒屋ですが、店名は「大阪屋」。この商店街の核店舗は、長らく「タカヤナギ」という地場百貨店でした。商店街の入口に映画館、最も奥に最も集客力がある百貨店があるという、地方商店街としては一種理想の構造でしたが、駅前にある別の地場資本のGMS(総合スーパー)と競合していたことや、中仙町(現大仙市中仙)にイオンが県南最大のGMSをオープン、モータリゼーションに伴ってタカヤナギ自社が商圏を郊外に移すことに決め、2000年に百貨店営業をやめ、建物を解体・新築してSM(スーパーマーケット)になりました。秋田県南日々新聞(有志運営のWeb新聞)「大曲市のタカヤナギ本店解体へ」(2000年1月28日)タカヤナギグランマート中通店ただ、タカヤナギの百貨店撤退は、この商店街に大打撃となり、今は歩く人も疎らです。同社は仙北平鹿地域に何店舗ものSMやSSM(※)を展開しているので、SM業態では遠くから客を呼べず、近隣顧客中心になってしまっているのでしょう。花火通り商店街は、ほぼこのタカヤナギ前で終わりです。この先、丸子川と言う雄物川の支流の橋を渡ると、大町・上大町の商店街に入ります。※:SSM=スーパースーパーマーケット。郊外・バイパス沿いに店を構える売場面積2000~2500平方メートル以上の超大型食品スーパーのこと。イオンが全国展開している「マックスバリュ」の大型店が好例。イオン以外にも、大手流通グループはたいてい手掛けている(ヨークベニマル、ダイエーグルメシティ・・・など)。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年09月14日
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大仙市大曲は花火の町。毎年8月第4土曜日に開催される「全国花火競技大会」には、毎年大勢の見物客が訪れます。駅前の目抜き通りは「花火通り」と言います。後ろの建物はJR大曲駅その花火通りに1軒の映画館があります。「月岡シネマ」といい、ここで60年余り営業してきた2スクリーン館です。かつてはどの町にもあった映画館ですが、現在定期的に上映している館があるのは秋田市と能代市、大館市、小坂町とここ大仙市だけになってしまいました。一部の館は、平日は休業したり成人映画(現在、県内に成人作品専門館は無い)を上映したり、かなり厳しい経営状況のようです。シネコンにはない風情が感じられます。ここで幾多の思い出、出会い、感動が生まれた。青春時代を懐かしがって来館するご夫婦などもいらっしゃるとか。あとひと月あまりで閉館です。最後の上映には大勢の市民が集まることでしょう。←旅に出たくなったらポチっとよろしく
2006年09月13日
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