全3件 (3件中 1-3件目)
1
あいみちていきるためこそうまれけりえんめいなどておぼしめさるる(愛する対象というものがなんであれ、あるということが生きる幸せだとすると、その力がなくなったらもう、生きる意味がない、ゆめゆめ、延命などという言葉は浮かんでこないよね?)これはもちろん、私の今♪の個人的考え♪また改めて考え直してみたいと思います。
2012年05月19日
コメント(2)
あんずるないろうえんめいおことわり「う」が出てこないので・・・胃ろうのうで手を打つことに。。2~3日前から考えてちっともいいのが出来ないので、ここで募集しようかしら?と・・うふ。というのは、月曜日から胸が苦しく、なかなか痛みがひかないので、万が一ということが今日・明日にもあった日には間に合わない、、といくらか焦って考えていたということでして。しかし、この痛みは20年位前にもあったような覚えのある痛みで、そうした場合はすぐどうということはない、とはネットの情報です。どのみち、来月は診察の予約していることもあり、痛みも治まってきたので万が一はないと判断しました。今日のNHKの『クローズアップ現代』でまさにその問題をとりあげていたので、ついこんなことを書いている私です。
2012年05月17日
コメント(0)
ゴールデンウイークの一日、娘夫婦のどちらにも仕事が入り、保育園も休みということがあり、急遽、私が留守番をかってでたのですが、不安な船出でした。孫と二人で長時間留守番するなんて初めてのことで。。ところが、1才8ヶ月の孫娘は母親が出かけるとき大泣きするかと思いきや、―いってらっしゃい―と力なくではあれ、はっきり言って、私たちをびっくりさせました。あとは寂しさをがまんするのだ、とどうやら自分に言い聞かせているように、何をさそっても、たとえば絵本をみようとか、歌をうたおうとか、テレビをみよう、そしてあろうことか、散歩に行こうという誘いにすら、気乗りがしない素振りでした。なんとか、散歩に連れ出したものの、いつもは帰りたがらないのに、すぐ立ち止まり、目的の公園に着かないうちに後戻り。家に帰って、それでも何とか自分で自分を奮い立たせよう、と(思ったのでしょう)カーテンに隠れて、勢いよく出てくる動作を、“きゃはは”と楽しそうに言うのですが・・その顔はほとんど泣き顔です。あまりにもいじらしくて、けなげで、こちらが泣いてしまいました。それと同時に、こんなに周りに気を遣っていて大丈夫なのかしら?私が気を遣わせてしまったかな?という不安もわいてきたのでしたが。そこでまた、思い出したのは、最近、何かでみたか、聞いたかしたのですが、胎児はほほえむ能力がある、ということ。誰かに向かって、対人関係でほほえむというのでなく、誰のためでもなく、自分のために?自然ににこにこしてしまう、というのはすごい能力であり、神が人間に与えてくれた贈り物だ、というような内容のことでした。赤ちゃんも、笑顔で接すれば笑顔で返してくれたりします。いつまでも、そんな笑顔が見られるように、守ってあげられれば、また、それは大人の責任ではないか?とまたまた、考えた次第です。(幸いにも孫は午後には元気になりました。気を遣っていたとしても♪)
2012年05月09日
コメント(4)
全3件 (3件中 1-3件目)
1

![]()
