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この国は法治国家だとおもったのですが、ひょっとするとアベ法というものがあって、それが憲法よりもどの法律よりも幅をきかせているのではないか?と思えてきました。公文書改ざんやら税金の私物化やら国会軽視、憲法軽視、あったことがなかったことになるし、都合の悪いものはどんどん廃棄するし、そして今回、あろうことか、山口某氏の逮捕状の執行停止!まで。アベ法に従うものはいくらでも法律を犯しても!罪に問われることはなく、守られる。日本の法律で裁いてほしいと願う人の当然の権利は奪われたままです。伊藤詩織さんのことだけではなく、他にも犯罪が正当な理由なく裁かれずに済んでいる、例えば公文書改ざん一つとっても誰も責任をとらない等、アベ法の下では多くのおかしなことが当然のように行われてきました。こんなことでは、“アベ法”を唯々諾々と受け入れていたなら、長いものにまかれることが普通のことになり、戦争反対の声も最後まで上げ続けることができるのかしら?と心配になります。自分のことです。ポストアベになったとき、またその次の『○○法治国家』にならないとも限りません。今日BSテレビで後藤田正晴氏の推進した小選挙区制が失敗だったと、きっと天国で考えておられる、みたいな話を聞きました。もっと民度が高いだろうとお考えだったとのことです。そのままではありませんが、保坂正康さんの言葉です。民度が高ければ○○法治国家にはならないだろうと勝手に思いました。
2019年12月23日
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伊藤詩織さんの件に関して、また何か言いたくなりまして。事実関係を無視して、ただ単に映像だけを見て、記者会見の映像のみですが、背景に見えるものがあります。それは人間性というべきものかわかりませんが、何かそんなようなものです。必死に何か訴えているというようでもなく、ただ淡々と事実を述べているというだけでもなく、何か一生懸命さがあるのに、必要以上に言いたいことを強調しているわけでもない、何かしらの強さを感じます。その背景にあるのが、自分のためだけでなく、大げさに言えばすべての女性の、いやそれどころかすべての人間の尊厳のために!闘っているのだという自負があるからではないか?と私は勝手に推測しております。無論、彼女自身がそう思っているということではなく、私が彼女の自負?を拡大解釈しているだけなので、そんなこと勝手に思っては迷惑なことかもしれません。しかし、なぜ今回立ち上がることになったかと言えば、性暴力の被害にあった方々が泣き寝入りしなくて済むよう、そして性暴力そのものが社会からなくなってほしい、との願いがあるからにほかならず、そこは否定しがたいところです。それは男女間の相互理解を促すことであり、ひいては全女性のため、全人類のためでもある、と私はすぐ大上段に構えてしまうわけでありまして。あの凛とした記者会見の様子は、どんないやな現実にも立ち向かおうという気概にあふれていて、感動しました。
2019年12月21日
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16年目になるブログですが、最近はほとんど書く元気もない状態。今日だけは何か書こうかなと思ったら、伊藤詩織さんの裁判の話を置いてほかにないのではないか?という声が。あまり書きたくないのに無理に書いているので、変な表現しかできないかも・・いや、言いたいことだけを言えばいいのですね。一言。“自分は何一つ法に触れることはしていない”という言葉を、どの面下げて(ヤツは)のたまっているのか!という怒り。自分が逆の立場だったら同じように言えるのか?防犯カメラの映像からも、目撃者の証言からも、ホテルの自分の部屋に(ヤツが)無理矢理連れ込んだのは明らかで、その時点ですでに!当該の行為に合意があったとは言えない、と考えます。―私の考えでは、その時点ですでに犯罪で、それを目撃したら直ちに110番通報してほしいくらいのものです―法律がそうなってくれていたら、大勢の性犯罪被害者が生まれずにすむのにな~なんて考えは甘いでしょうが、法律がなんとかならないものでしょうかね。以前、性を大切にすることと生きる生を大切にすることは同じだと書いたような気もしますが、まだまだ人間そのものを大切にすることが軽んじられている社会だなと感じています。
2019年12月19日
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