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『無言館』という本を連れ合いが借りてきて、読んだらと渡され、いつもあまり本を読まない私ですが、つい引き込まれていました。立場は違いますが、今のウクライナに派遣されているロシア兵と重なるものを感じて。。。兵隊といえど、本当に戦いたい人はいないんじゃないか、なぜ兵隊さんになってしまったのか?いや、兵隊さんになるのはいいとして、なぜ、この戦争が自分にとって正しいのか、考える自由はないのか?命令されたら拒否する権利がないのが兵隊さんなんだけど。。でもロシア兵の中には自傷行為をしてまでも戦闘に加わることを拒否する勇気ある方たちもおられるとか。士気が全く違うという話をベトナム戦争のときに聞いたことがありました。ベトコンの方たちと、遠いアメリカからやってきて、なんのために戦っているのかわからなくなっている兵隊さんたちと。その話と今回のウクライナ兵とロシア兵の士気の違いがやはり重なります。士気の上がらない戦いを無理してやらなくてもいいように、”戦場から逃げることをバックアップするようなシステム”ができないものだろうか?と夢みたいなことを考えてしまいます。本来、人は戦いたくないものだと思うから。士気が上がらないということはそれだけで人間らしいことだと思うから。家に帰れば皆よき家庭人であり、そして皆よきその後の人生の展望がある普通の人間である、という共通項をもつ人々。誰もその死を望んでいない。
2022年03月23日
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この世界に、たった一人の人を止められないなんてことがあるのかしら。不思議。ま、一人だけの問題じゃないのでしょう。確かに両国の過去には複雑な歴史はあるのでしょうが、とにかく今行われている殺戮を今すぐ止めて!と思うのが普通の感覚だと思います。止めたあと、なんぼでも話し合えばいいのに。素人のたわごとでしかなくてもつい、なにか言いたくなっています。民族なんかどうでもいい、宗教の違いなんかどうでもいい、とすぐ思ってしまうのはものを知らないから、かもしれません。偉大な国を取り戻したいのだという理屈がそもそも理解不能です。ついこの間まで米国でも前大統領が偉大なアメリカをと何度も繰り返し叫んでいたような気がします。日本でいえば、万世一系の天皇が続いている神の国で、こんな民族は地球上どこにもない、と有難がっている人たちも同類に思えます。自分たちの帰属する国の立派さ?を自らのアイデンティティと勘違いしているのか、わけがわかりません。国というよりも、そこに住んでいる人たちはどうでもよくて、ただただ、そこの領土が手に入ればいい、みたいなことではないでしょうか。人が大事なら、人の命が粗末に扱われざるをえない戦争などという手段は使えないはず。戦争犯罪人を裁く法廷があれば。。多くの人の命が失われる前に国際社会にそんな機能があれば、誰も戦争を起こそうというダイソレタことは考えられないというようにならないかな。頭がおかしくなって、支離滅裂になってきたかも。軍隊は国を守るためにあるのでしょうが、自分の頭で考えて今回は戦わないという判断をしてもいいというようになるとしたら、きっと自己否定になるのでしょうね。
2022年03月07日
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