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と思うことは今何を思うのか?理想の「美しい国」はどんな国だったのか?国としてはー私は国家だから(?)ー韓国に対して少しも謝っていないのだから、日本の国の信者の女性たちがどんなにお金を巻き上げられようと知ったこっちゃない、国として税金を使って韓国に貢いでいるわけじゃない。国さえ厚顔に振る舞っていれば、少し位自国の国民が踏みにじられても仕方ない、大事なのは「国民」ではなく、「国」だ。私が権力を握っている間は統一教会に日本の国を乗っ取られるはずはない。そんなことより、私が権力を握り続けることの方が日本の国にとって大事なことであり、それが美しい国作りのために必要なことなのだ。そのためにはどんな手を使っても私の子飼いの議員を増やさなくちゃ。統一教会に利用されているんじゃない、利用しているのだ。尊敬するお祖父さんが開いてくれた道だと信じて。って?違うなら違うと言ってくれ。どうして韓国に日本からの献金が求められているのか、それが統一教会の原理になっているのか知らないはずはない、と思って、そんな安倍さんがなんで統一教会なんかにエールを送っているのか不思議だったのですが、いや、それだからこそ、”国としては断固謝るものか”と、硬い決意をしておられたのかしら?とふと思ったことでした。
2022年08月19日
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国会議員あるいは地方議員の方々の中でも反共的な方には近づいていた、なんてことを旧統一教会のお方がさも正しいことのように仰る(それはいかにも誰からも反論が来ないだろうという見通しの元での言葉かにきこえます。共産党員とか他の一部の方たち以外には)。のを聞いて、なんで共産党とか共産主義とかは日本でこうも良くないものとして扱われるのか?叩いてもいいもののように扱われるのか?不思議に思いました。戦争中、戦争反対などと言おうものならアカとか非国民とか言われて忌み嫌われていた、ことの名残であるはずもなく?・・共産主義といえば、「人は能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という言葉を思い出すのですが、これこそが人類のあるべき姿、理想だと思えます。実際にはそんな話は夢物語という捉え方が一般的で、相手にされてない、というのが現状でしょう。そこでそこに少しでも近づくために何ができるか?ということを模索するわけですが。答えは見つかりません。資本主義では強い立場に立つ人、弱い立場に置かれてしまう人、はそれぞれ新たに作られ続ける、ようになってしまっている、と思います。その体制をみんなが助けあう体制に変えていくにはどうしたらいいのか?共に生きる、共に助け合う、共に分かち合う、というように、共に、という言葉が人類には必要であると考える私にはその言葉が入っている共産、共産主義等を忌み嫌うのはなんでなのか、残念に思ったりします。もちろん、昔のソ連や今の中国の共産党を拒否したいという気持ちは私も同感です。日本の共産党については昔の子供の頃は貧乏人の味方と思って期待していましたが、今は少し疑問に思うところもあります。今も貧乏人の味方であるとは思いますが。ただ、日本社会の中で、自民党の人は大きな顔で会社の中で選挙運動しても誰も文句言わないのに、共産党の人はそれはできない、ことになっているのはどうなのか?別に今すぐ体制が変わることを求めていないのに?そんなに怖がることなのかしら。
2022年08月12日
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