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前回は、ゴリ押しの建築行政が行われる理由を考えてみました。今回は、現状のような建築行政が経済に与える影響を考えてい見たいと思います。まず、一点目は、行政コストの肥大化が考えられます。同じ建物でも、行政に確認申請を出す場合と、民間に確認申請を出す場合で判断が違うことはこれまで書いてきました。取り扱い件数が少ない行政では判断にブレが生じることが多いことから、これがリスクととらえられ、9割ほどが民間に出しているのが現状です。民間の確認申請料は行政よりも高額になっているにも関わらず皆民間に出しているのです。例えば100㎡程度の住宅の場合、民間だと確認申請、中間検査、完了検査の合計で20,8000円、行政だと合計で31,400円。民間の1/6の金額です。申請料だけで17万円も違います。17万円もあればエアコンを省エネ型にしたり、断熱材の性能を上げたり、CO2削減に有効なことがたくさんできますね。民間の申請手数料は、審査する人の人件費、事務所の経費等を積み上げた結果必要になる金額です。一方、行政は、税金により職員の給与が支払われています。本来住民が受けるべきサービスとして税金を支出し職員を雇っているから行政の確認申請料は安くなっているのです。ここで、一つの疑問が起こります。我々の経済、社会のインフラの一部でもある建築をつくるため確認申請が必要なことはわかります。そのために税金を使い行政職員を雇っているのもわかります。しかし、ほとんどの確認申請を民間が行い確認申請料を民間に払っている現状では、国民は、建築確認に二重に費用をかけていることになります。日本において建築行為(新築、大規模な改修・修繕、用途変更)を行うものは、審査の部分で二重に費用を負担し、しかも、民間と同一の業務を行う経験の少ない行政職員が、民間を監督、是正命令を出す立場にあるという非常に捻じれた構造になっています。前回のグラフでは、平成23年度時点で、建築行政職員一人当たりの確認件数は年間12件となっています。つまり、行政職員一人は月に1件の審査をしているだけという状況です。私の住む東京都墨田区の平均年収は740万円です。退職金、年金を考え、生涯のコストを考えると倍の金額がかかっていると考えられ740万円×2=1440万円1440万円÷12か月=120万円/月となり、家一軒分の確認申請を行うために区民は約120万円のコストを負担していることになります。冒頭の説明で、一見安いように見える行政へ確認申請手数料でしたが、民間に出した場合20万円/件、行政の場合120万円/件、ということは、行政の確認申請は民間の6倍のコストで申請業務を行っていると考えられます。こうなると、インフラ整備のために職員を雇っているのか、職員を雇うために仕事をあてがっているのか分からなくなってきます。こういうことが、日本の高コスト体質の一因になっているのだと思います。今回は、建築行政が経済に与える影響の一点目として行政コストの肥大化について考えてみました。次回は、二点目として、そういった建築行政が経済を失速させていることについて考えてみます。かなや設計 環境建築家 2017.6.27
2017年06月30日
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前回は、行政の法律解釈のゴリ押しの事例を紹介しました。今回は、何故、このようなことが起こるのかもう少し理由を考えてみたいと思います。理由を探った結果、改善されれば良いな。という、希望を込めての考察になります。まずは、話が分かりやすいように、建築行政が行政の他の仕事と大きく違う点を理解してもらうために、民間検査について少し説明しようと思います。このブログの「民泊から見た・・・4」で少し説明しましたが、以前は、確認申請は役所のみで行っていましたが、1998年の建築基準法改正により、民間による検査が始まりました。民間と言っても、建築審査の経験がある者が審査をしなければならないということで、初めは役所の建築指導課に居た経験者が民間に転職して申請に当たっていました。ご存知のかたも多いかと思いますが、役所では、2~3年毎に部署が移動します。移動するということは、それまで別の事を担当していた者が、建築確認申請の担当になります。それは、実際の担当者、建築主事、係長等、その部署の全ての職員が新米(言い方が失礼かもしれませんが)になるわけです。新米ゆえの問題点は「手術件数の少ない外科医に手術をお願いするようなもの」前回書きましたが、今回は、客観的なデータを見ながら考えてみたいと思います。そもそも、確認申請が行政と民間の両方で確認申請を行っているのならどちらを利用すべきかと考えると、多少申請手数料が民間が高くても民間に頼むことになります。統計でも民間が8~9割を占めています。確認申請が必要な建築数はそうれ程大きく変動していませんので、当然行政の申請業務は減っていきます。データを見てみるとスゴイ勢いで減っているのがわかります。平成12年(2000年)時には建築行政職員1人当たりの確認件数が102件だったのが、平成23年(2011年)には12件ほぼ1割になっています。これが、逆だったらどうでしょう?民間の検査期間の職員一人当たりの処理件数が1割になるということは、収入が減るので人員を削減しなければなりません。しかし、行政では人員を減らすようなことはしていません。行政職員は皆机に向かって仕事をしているように見えますが、仕事が1/10に減って何故同じように仕事が続けていられるのでしょうか?経済や社会構造の変化により仕事の種類も多様化していき、新しく生まれる仕事がある一方、なくなる仕事があるのは世の常です。しかし、建築の確認申請業務は、民間に開放されているにも関わらず残っているのです。碁の格言に「下手の考え、休むに似たり」という格言があります。下手な人が考えているのは曲面を何とか打開しようとしているのでしょうけど、それは、休んでいるに等しいということです。行政の確認申請がこれににています。つまり、不慣れな行政職員が確認申請を見るのは、時間ばかりかかり、実際にはさほど効果的に審査を行えていない。場合によっては、間違いまで起こすのですから、休むどころか下がっているようです。碁の格言に習うなら、「行政の確認申請、経済失速の元」となるでしょうか?ゴリ押しの建築行政の温床は、仕事が激減したにも関わらず減らない行政職員がいる現状ではないでしょうか。仕事量が1/10になったにも関わらず、人数が減らない職場でどういうことが起こるか想像できます。重箱の隅をつつくような不毛な「指導」。簡単な事柄も上に決済を繰り返す非効率な事務処理。慎重な判断をすると言えば耳触りは良いですが、過度な慎重な姿勢は、日本の経済の減速、国際競争力の低下につながりかねません。次回は、その辺のことを考えたいと思います。かなや設計 環境建築家 2017.6.27
2017年06月27日
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前回は、区が法の解釈を間違えた例について書きました。その後どうなったかをお知らせします。驚いたことに、区は、間違えた解釈のまま廊下を広くしなければ確認申請を下ろさないと言います。理由は「今回解釈に誤りはあったが、今まで、区では、このように解釈してきたので、今回だけ変えるわけにはいかない。」とのこと。驚きです。よくもまあ、こんなことが言えるものです。間違ったのは、役所の責任なのに訂正せず、今まで間違いを押し付けられた人と同じように被害を被りなさい。という事!誤ったことをやめることができない。正誤の感覚が麻痺しているのでしょうか?一人ひとりの職員はそんなことは無いと思うのですが、何故なのでしょう?間違いでも一度決めたことは変えられない。という事なのでしょうね!悲しいけど。特に建築行政にこういった傾向が感じられるのは私だけでしょうか?ある意味真面目?でも、これぞお役所?こういう組織と付き合っていると、言っている言葉の中のどれだけが真実なのか?どれだけが誤りなのかが分からなくなってきます。本来市民に対して誠実であるはずの行政職員が、実は、組織のために働いているという一面を垣間見ました。同じ区に建つ建物でも民間の検査機関に確認申請を出したとしたら、不必要に廊下を広くする必要はありません。廊下が不必要に広いということは部屋が狭くなるということです。区の建築主事に「民間と区で判断が違い、区に確認申請を出した場合には、使う人が不便になってしまいます。」と聞いたところ、「それは仕方がない」とのこと。この区の対応は、どうにかしていると思います。こういう体質のところは、判断が分かれる微妙な部分はすべて悪い方に考えます。こういう体質の役人が実質的な裁量権を持っている自治体では、多くの事業者が事業のチャンス、本来得られる利益を失っていきます。すべての自治体がそうだとは思いませんが、建築確認申請については行政の判断が違っていることが多いと思います。これは、建築の確認申請が完全な羈束行為ではなくある程度の裁量行為とならざるを得ないことによる制度的な結果なのかなと思います。その解決策として、裁量する人の技量をもっと高めるべきという議論もありますが、私はそれは違うと思います。同じことを官民で行うこと事態が問題なのではないかと思います。つまり、建前は羈束行為ということになっていながら、実際には、一義的に決まらない判断に悩むことが多いのがそもそもの原因です。今は民間検査が増えてきているのですから、確認申請は民間にゆだねるべきなのではないでしょうか?民間の検査員は、その取扱い件数も多いため、判断する技量も手馴れて早いです。取り扱いが多ければ正しく判断するのか?と訝(いぶか)る方もいるかもしれんせんが、例えば、あなたが外科手術を受けるときに、年に10件しか手術をしない外科医と年に100回手術をする外科医ではどちらが安心でしょうか?応えは明白です。手馴れた外科医の手術の方が安全ですよね。行政の確認申請は年に数回しか手術をしない医者にメスを握られているような恐ろしさを感じます。しかも、間違っても、直さないというのですから、手術に失敗してもそちらが我慢してくださいというお粗末さなのです。「行列のできる法律相談所」「行列のできる〇〇」というように、一義的に決まらないサービスは人気のあるところに集中するのは理由があります。大切な家やビジネスの拠点を作る時、間違いのない確認申請にしたいもの。そう考えると経験が多くブレのないところに取り扱ってほしいですよね、それが自分や自分の会社の資産を形成しビジネスの拠点となるのならなおさらです。かなや設計 環境建築家 金谷直政 2017.6.26
2017年06月26日
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前回は、消防法のことを考えましたが、今回は、建築基準法について考えてみたいと思います。建物を建てるとき、大規模の修繕や模様替え、建物の用途を変更するときは確認申請が必要になります(建築基準法6条)そして、この確認申請を受理し、審査し許可するのが行政の確認検査部署、一般的には建築指導課がそれにあたります。また、1998年の建築基準法改正により民間の建築確認検査機関(以下、民間機関)による審査も可能となり、現在では、民間の検査機関によるの確認申請が圧倒的に多くなっています。2012年の国交省の調査では民間:行政=8:2との事でしたが、民間の伸び率からみると現在は9割がた民間になると思います。ここで問題になるのが、確認申請の際の判断のブレについてです。建築基準法6条では「確認」を受けなければならない。となっており、これは、羈束行為(きそくこうい)にあたります。羈束行為とは「行政庁の行為のうち、自由裁量の余地のない行為。法の規定が一義的であって、行政庁はそれをそのまま執行しなければならない行為。(小学館 大辞林)」とされています。因みに対義語としての「裁量行為」は「行政庁の行為のうち、法規が多義的なため、行政庁に一定範囲の裁量の余地があるもの(小学館 大辞林)」です。つまり、確認申請は、だれが判断しても同じで、行政だろうと、民間だろうと、法律が変わらない限り10年前だろうと昨日だろうと同じ判断が出るということになるのですが、現実はかなり違います。判断が分かれる部分が結構あるのです。例えば、面積や避難に関わる部分などを一義的に判断などできないのはしばしばです。こういった判断のブレによっては、計画自体が成立しなくなることさえあります。私が経験した、行政による判断のブレの実例を一つ紹介します。都内のある区で、建物の設計をしました。法令、条文を読み込み計画したつもりなのですが、その行政の担当者が、避難上の解釈から廊下の幅が狭いというのです。法令の主旨も含め何度も説明しますが、納得してくれません。結局、行政は法令を考えうる厳しい側に解釈し、ありえないような解釈にたどり付く埒が明かないので、法令の解釈のこともあるので、法令を作った上位の役所にも相談もかねて確認すると、区の判断が誤りであることがわかりました。上位の役所からその区に連絡してもらい、ようやく間違いを認めてもらいました。このように明らかに間違いであると認められるケースはまれで、実際には、行政の裁量によって判断が決まってしまうのです。この後話は、これで終わらず、結果的に事業者の利益を損なう結果になりました。それはまた次回に。かなや設計 環境建築家 金谷直政 2017.6.24
2017年06月24日
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前回は、街の中の空き家、空きスペースを民泊に活用することで、市街地活性化、空き家問題等を解決することを考えました。総論ではとても良いことですが、実際にこういったことを実行するには、いくつものハードルを越えなければなりません。旅館業法、消防法、建築基準法などの法律。近隣住民への理解。が大きなところになるでしょうか?今回は、こらのうち法令について考えてみたいと思います。まずは、旅館業法では、宿泊室数や人数の違いにより、ホテル、旅館、簡易宿所に分けられます。洗面所、便所、リネンの収納等、必要な設備が整っていればほぼ認められます。次に消防法について考えてみます。消防では大体予防課という所で審査をしますが、ここの職員は実際に消火活動も体験し、火災の際にはどういう危険が起こり、どのように救助、避難が行われるかの実地訓練、現場の場数を踏んだプロです。消火、通報に必要なもの、場合によっては不要なものを現場目線で、適切に指導してくれます。ホテル等の場合、自動火災報知設備の設置が求められますが、これは通常のものを設置すると100万円程度かかってしまいますが、300㎡を超えないような民泊のような小規模な物件の場合、特定小規模施設用自動火災報知設備の設置が認められていますので、これを付ければ、10万円前後で設置が可能になります。ただ、ここに一つハードルがあります。ほとんどの消防設備業社は、特定小規模施設用自動火災報知設備の設置は、「認められていない」と「やったことがない」等の理由で通常のものを設置させようとします。どうも、この業界のオキテのようなものがあるのか、不慣れな設備を扱いたくないのか?工事金額が小さくなるのでやりたくないのか?それとも所轄の消防署との折衝を避けたいのか?消防設備については新たなものはナカナカ受け入れたがりません。しかし、通常の自動火災報知設備が高額なため、この設置を躊躇することから、法律の規制を逃れた非合法の民泊として開設するケースが多いのではないかと思います。こういった危険な状態の宿泊視閲が巷に存在することはとても危険です。そこに宿泊する人ばかりでなく、火災が起きた際に初期の消火が間に合わず火が広まって町全体に不幸が襲い掛かってしまうのです。法律に適合し、火災時の初期発見に有効な設備を設置した民泊が増えて欲しいものです。次回は、建築基準法に関わる問題点について考えてみたいと思います。かなや設計 環境建築家 金谷直政 2017.6.23
2017年06月22日
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前回は民泊を取り巻く法規について書いてみました。今回は、民泊の必要性、可能性、日本経済への貢献について考えてみたいと思います。我が国への観光客数は、ここ5年余りで大きく変化しています。皆さんも自分のまわりを見てみると実感することがあるのではないでしょうか?観光地、東京の銀座、新幹線の中、外国人が増えてきたと感じませんか?実は、5年前の2012年までは年間835万人程度だった観光客数は、2013年には1036万人、2014年には1341万人、2015年には1973万人、2016年には2403万人観光客数推移(日本政府観光局統計からJTB総合研究所作成)と、急激に増加しているのです。他の産業では、売上微増、もしくは横ばい、減収と、どうも冴えない日本全体にはびこる閉塞感とは全く別の世界が展開しているのです。また、別の見方として、GDPに占める観光収入の割合で日本の観光収入を見てみましょう。世界の観光客のベスト3は、一位フランス8473万人、二位アメリカ6977万人、三位スペイン6066万人、ちなみに日本は26位1036万人です(2013年世界銀行データ)。日本の観光客が他国に比べ極めて少ないことがわかります。これをGDPに占める観光収入で見てみると、一位アメリカの観光収入は214,772百万ドルであり、GDPに占める割合は1.2%。二位スペイン67,608百万ドル4.8%。三位フランス66,064百万ドル2.3%。日本は21位16,865百万ドル0.4%です。つまり、他国に比べ観光客数が少なく、同時に観光収入低くなっています。別の見方をすれば、それだけ伸びしろがあると考えられると、デービッドアトキンソン(元ゴールドマン・サックスアナリスト)は「新・観光立国論」で述べています。この本は、我が国の観光の問題点、可能性などを、客観的なデータを元にわかり易くまとめていますので、日本の観光のみならず経済、まちづくりに関心のある方は是非、読むことをお勧めします。増え続けている観光客を受け入れて更に、他の成熟した先進国並みに観光収入を上げるためにはどうすれば良いか、考えていきたいと思います。では何故、日本には海外からの観光客が、これほど少ないのでしょうか?一つには閉鎖性があると思います。観光客に対しておもてなしをするとは言っていても、街中のサイン、メニュー、観光地での案内等の表記が日本人相手の表記で他の国の方には分かり難くなっています。更に、宿泊施設の不足もあると思います。現在国内出張でビジネスホテルに泊まろうとしてもなかなかホテルが取れない状況にあることからもわかると思います。まず、街中のサイン、メニュー、観光地での案内等の表記については、多言語化を進めるのは必須と考えます。サインに頼らない絵文字のようなピクトサインを増やし、感覚的に情報を伝える手段を考えても良いと思います。因みに、ピクトサインとは、トイレのマークを男女の簡単な絵を示すことでその場所を案内するようなサインで、どの国のどの年代の人も理解することができるサインです。これは、1964年の東京オリンピックで日本人が考案したものです。日本人は、こういうことを本気で取り組めばとても上手く作り上げる感性を持っています。そして、観光客を受け入れるための宿泊施設が必要です。この部分については、既存のホテル等の施設が担うのか、今回のテーマとして考えている民泊を活用するのかということになると思いますが、日本の現状の姿から考えると、民泊の整備を積極的に進めることによるメリットが大きいと感じます。現在、日本には820万戸の空き家があり空き家率は13.5%(2013年時「老いる家 崩れる街」野澤千絵)と言われ、更に毎年100万戸づつの新築住宅が建設され、同時に空き家も増え続けています。一方、人口は2008年をピークに減少し続けており、女性の合計特殊出生率が2016年1.44(厚生労働省調べ)であり2016年の出生数は97万人であることを考え、今後人工が増加する見通しがないことを考えれば、空き家がますます増えると予想できます。そうなると空き家が増え続け、更に新しい家が建ち続けるという、国を挙げての「ゴーストタウンづくり(苦笑)」が着実に進行していく事になります。実際、関東周辺の町では業社主導の宅地開発が進み、旧市街地の空洞化が進行し、シャッター商店街がアチコチで見られます。私が住む墨田区でも、土地が足りないと言いつつも、高齢者が無くなった後の空き家がそのまま残り続けているのを多数見かけます。このように未利用の居住空間が市街地には多く残っていながら、新たな住宅が郊外に建つという事は、更に空き家が増え続けることに繋がります。こういった空き家を観光客用に活用できれば、空き家問題、商店街の活性化、観光客の受け入れ施設の整備を同時に進めることができるわけです。総論では、理解できるのですが、こういった古家や住宅、商店などの小規模な敷地の活用を考えると、一筋縄でいかないことに直面することになります。次回は、こういったことを阻害する要因について考えていきたいと思います。かなや設計 環境建築家 金谷直政 2017.6.22
2017年06月22日
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海外旅行者の増加に伴い、各地で宿泊施設の不足が問題化しています。今までは、ホテル、旅館等の宿泊施設が主な宿泊先でしたが、新たに宿泊施設として民泊(みんぱく)が注目されてきています。今年(2017年)の6月9日には、民泊新法が成立したところです。このブログでは、民泊の法律上の位置づけと、その解決方法、そして、最前線で起きている問題を何度かに分けて書いていこうと思います。民泊とは、今まで住宅として利用されてきた建物の一部を宿泊者に貸す形態で、自分の家の一部を貸すことから始まった新たな宿泊形態です。現在、広まっている民泊の多くはAirbnbというサイト上で、ホスト(宿泊させる側)、ゲスト(宿泊する側)の間でお互いに合意し宿泊が成立します。さて、ここで、問題があります。このような民泊という形が、いままで我が国には無かったため、日本の法律にはあてはまらない部分があるのです。ここで言う法律とは大きく分けて「旅館業法」「建築基準法」になります。まず、旅館業法の方ですが、継続的に宿泊させるためには「旅館業法」の届け出を出して認可されなければなりません。たとえ自宅の一部を細々と貸すとしても、金銭を受け取り継続的に貸す場合には届出が必要になります。また、次に建築基準法も継続的にお客さんを宿泊させる場合には建築基準法の用途が、「ホテル」「旅館」「簡易宿所」(以下ホテル等)のいずれかに該当することになります。そしてホテル等の扱いになると「特殊建築物」となります。特殊建築物とは、建築基準法のなかでも特に安全性に留意しなければならない建築です。ホテル等の他に、劇場、病院、共同住宅、学校、百貨店等などが特殊建築物となっています。これらの建物は、不特定多数(ふとうくていたすう)の人が利用するために安全にしなさいということになるのです。不特定多数とは建物に不慣れな色んな人を指し、これらの人の使用も想定していているため、避難のしやすさ、耐火性等の基準が厳しくして、より安全な建物としています。つまり、ホテル等の特殊建築物は、ある意味、民泊として考えられている住宅とは正反対の種類の建物ということになります。ですから、民泊でいう自分の家の一部を「民泊→ホテル等」にする際には、今まで家族という特定の人が使っていた我が家を特殊建築物に変えることになるので、建築基準法の制限が強化されるのです。ですから、ほとんどの場合住宅を民泊としてそのまま利用することは建築基準法上違法ということになります。問題点の入り口は、ここまで、次回はこういうことから見えてくる行政の対応とその問題点を考えて行きたいと思います。かなや設計 環境建築家 金谷直政2017.6.21
2017年06月21日
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