【小説】瀬戸内夕凪ドロップス

2016.11.28
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カテゴリ: 小説


 休憩時間の女子トイレで、鏡を前にまたもやひとり溜息をつく。
「なんか痛いと思ってたのよねー」
 前髪を上げ、おでこにぽつんとできた赤い小さなニキビを恨めしく見つめる。これまでニキビとは無縁の肌だったのに、栄養バランスの乱れ――いや、ストレスか? 
「まぁ、隠れるからいっか……」前髪を手櫛で整えていると、
「えれぇ気合い入れて、そねーに男子にモテてーんかのー」
 突然トイレ内に、呆れたような女子の声が響き渡った。ハッと振り返ると、入り口のところでユミを始め女子数人が、クスクスと肩を揺らし立っていて――、今朝、あたしのことをすごい形相で睨んでいたあの女子生徒の姿もある。
 ユミは鏡の前に立つと、あたしの方を見ることなく髪の手入れをし始めた。
 なんなのよ、一体……眉をひそめつつ、トイレの外へと足を向ける。と、ひとりの女子があたしの行く手を遮った。

「――――」
 ひょっとしてあたし、これからシメられようとしてるのか? しかもお決まりの女子トイレだし。
 ユミは手入れしていたはずの髪を鬱陶しそうに払いのけると、徐にあたしを振り返った。
「うちのワタルが、えろーあんたんこと気に入っとるようじゃけど……あんた、ええ気になっとったらおえんで」
「は? いい気になるもなにも……あのねぇ、あたしほんっとに関係ないから。っていうか、なんであたしにあんなちょっかい出してくるのかこっちが訊きたいわ。あんたたち、ほんとに付き合ってるの?」
 取り澄ましていたユミの顔色がさっと変わる。
「つ、付きおーとるわっ。ワタルたぁ小学校ん時からの仲じゃっ」
 小学校……。付き合うって何するんだ? トランプ? オセロ? ゲーム機で対戦? ちょっと古風に交換日記とか――
「ブッ……」
 想像すると妙におかしくて思わず吹き出す。
「なっ、なん笑よんなら、あんたっ……」

「あんたなぁ、ユミは女子の鏡じゃけぇね。昔っから小野っち一筋、ずーっと一途に想い続けてきたんよ」
 隣の女子が友情厚く弁護する。
「はぁ……」
 あの軽い男のどこにそんな魅力が――首を傾げるあたしに、ユミが不服げに続ける。
「ワタルは今じゃあすっかり赤点男じゃけど、昔ぁようできょーたんじゃ。こん学校入るんに勉強頑張らにゃおえんかったんはうちの方じゃったし……。ワタルは今ぁちぃとやる気がのーなっとるだけで、やりゃーできる男なんじゃ」

「純愛、だねぇ」
 その言葉にユミが意外に可愛らしく頬を染める。シメられている(?)最中にも拘らず一瞬ぽわんと甘酸っぱい空気が流れ、ユミはハッと我に返ったように慌てて口を開いた。
「あ、あんたと馴れ合うつもりはねぇけーな」
 ハイハイ、こっちもないですよ。
「せーであんた、シュウヤとなんじゃあ親しゅうなっとるみてぇじゃけど、どねー思よん、シュウヤんこと」
「委員長? どねー……って、別にどーもこーも……まぁ、結構いいヤツだとは思うけど」
 首をぽりぽり掻きながら言うと、ユミの後ろにいた割と可愛い系の女子生徒が不意に声を荒げ突っかかってきた。
「あんたまさか、あわよくばシュウヤと――やこ、思うとるんじゃねぇじゃろーなぁ!?」
「ハイ?」
「来たばーでなんも知らんとって、いきなり抜け駆けとかっ? ほんま、マジありえんけぇーな!」
「抜け駆けって……」
 いきなり何なんだ――ぽかんとしているあたしに女子生徒は一方的に捲し立てる。
「このカズエやこー、どんだけなげーこと片思いしとる思よん、5年じゃ5年! そねーなんがいっぱいおるんじゃ。ぽっと出ぇのあんたやこー、みんなが認めるわきゃねかろーがっ」
 こ、こわ……。いや、何が怖いって――激しく息巻いてる女子よりも、さっきからずっと黙ってあたしを睨んでる情念深そうなそのカズエとやらが不気味に怖い。
 に、したって――
「それは委員長が決めることじゃ?」
 思わず言ったこの一言が火に油を注いだ。
 声を荒げていた女子にどんっと肩を突かれる。
「あんた、なん!? 自分が選ばれるとでも!?」
「ハァッ? いやいやあのね、選ばれるとか選ばれないとか意味がわかんな――」
「疫病神」
 や、疫病……はいぃ⁉
「これまでなんも問題ねかったのに……」
 気の強い女子は唇をギリリと噛み締めると、憎悪に満ちた目であたしを睨んだ。
「他ん男子もあんたが来てからなんじゃあソワソワしょーるし――、じゃけどせーって、ただ物珍しゅーて浮かれとるだけなんじゃけぇっ。ちぃーと都会から来たからっちゅーて、えらっそうに調子乗っとったらおえんで、あんた!」
「ちょっと、あたしがいつそんな――」
――おい、女子便、なんじゃ揉めよるぞっ。
――ほんまじゃ、きょうてぇ~。
 廊下から聞こえてきた男子の声に、ユミが興奮冷めやらぬ女子生徒の肩をポンポンと宥めるように叩く。
「もうこの辺にしとかれぇ、ミホ。話大きゅうなったら面倒じゃけ、シュウヤこういうん嫌いじゃろ? ほれ、みんなも行こ」
 その言葉に女子生徒たちはあたしを睨みつけながらも渋々踵を返す。去り際、ユミは念を押すように口を開いた。
「あんた、あんまいろいろ掻き回さんとってよ」
「な……」
 嵐が去った後の枯れ木のように、よろりとその場に立ち尽くす。
 な、なんなの寄ってたかって……一体あたしが何したっていうのよっ。
 あまりに理不尽な言われようにぷるぷる拳を震わせていると、ギギィ~と鈍い音を立て個室の扉が開いた。
「わっ……え? 遠藤さん?」
 い、いたんだ……。
「あの……で、出られんで……」
「あー、ハハッ……ね、ちょっとぉ今の聞いた? いくらんなんでも疫病神はないよね~」
 気まずい空気を変えるべく、少しおどけた口調で話を振ってみる。遠藤さんはうつむいたまま洗面台に近寄ると、蛇口の栓を捻り、ぼそぼそと呟くように言った。
「……みんな、高槻さんの存在がこえーんじゃ……」
「え……」
 あたしが……怖い?
「高槻さんは、なんとのぅみんなとは違うけぇ……。代わり映えせん単調な学校生活に思わぬ新しい風が吹いて、みんな戸惑うとるんじゃと思う……」
「あたしがそんな、大層な……」
 遠藤さんはハンカチで手を拭くと、黒縁眼鏡を外し、レンズを拭きながらこちらを振り返った。あまり見えていないのか、眼鏡を掛けている時にはない力強い眼差しで。
 それは、コンタクトにしたらいいのに――と残念に思える程、綺麗な瞳だった。
「高槻さんは……くんのこと……」
「え?」
 ぼそりと呟かれた言葉を訊き返す。
「あ、いや、なんでも――ごめんなさい……」
 眼鏡を掛けなおし、おどおど顔を伏せると、
「あの、じゃ……」 
 遠藤さんは長い三つ編みを揺らしながら、パタパタと慌ただしく出ていってしまった。
「えぇ~?」
 ……もう、何がなんだか。
 ぽつんとひとり取り残されたトイレで、あたしは今日何度目かの大きな溜息を吐き出した。


      photo by little5am





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Last updated  2016.11.28 16:04:09
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千菊丸2151 @ Re:【88】目を向ければ見えてくる(2)(05/05) 周りが敵ばかりと思い込んでいた沙波でし…
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