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塾の春期講習の中休みに、ピアノの発表会がありました。ヤマハはグループレッスンの発表会と、個人レッスンの発表会は別で、個人は担当の先生によって発表会の日が違います。今年は偶然、都合のいい日に決まってラッキーでした。午前の部は50人程。20人位の幼児達の発表会は、演奏はたどたどしく、服装は一番豪華。うちも始めてすぐに発表会があったんだっけ。年中の年で、グルリットの曲を弾いていました。その翌年は年長さんで、リヒナーの「舞踏の時間に」。小1の時は、ブルグ(この言い方はもりのりママのところで知りました)の「貴婦人の乗馬」。小2の時は、バッハの「前奏曲(平均律第一巻第一番)」小3の時は、湯山昭の「レーシングカー」「ジャズ」。これは最後までなじめなかった.....私が。聞いていて苦手な曲。小4の今年は、ベートーベンの「月光」。うちが18人の小学生の部の、最後でした。うちの4人位前から、みんなとても上手で聴き応えがありました。長男も、今年は今までに比べて練習時間が少なかったのにもかかわらず、失敗がひとつもなく弾けていました。毎年のことながら、本番に強いのはうらやましい性格。 (↑ピアノは、ね)名曲が、何度も自宅で聴けてよい気分の私でした。私はピアノのことを全然(本当に申し訳ない位)わかっていない親ですが、ピアノを弾いている私が好きな子ピアノを続けているから今ここで弾いているという子ピアノを弾くことで自分を評価してもらえる子が少なからずいる中で、ピアノが好きな子の音はやはり違うなぁと思いました。あと、ピアノのセンスがある子のピアノは違った。また、ていねいに弾いている子の音は、好感が持てました。小学生の男の子は2名だけ。一方、中学生の部は9人中4人が男の子で、センスある子が多かったです。特に、ジャズっぽいタッチで「エンターテイナー」を弾いた子が、聴いていてとてもおもしろかった。ミスタッチが多少あってもかまわずにノリノリで、弾いていることがとても楽しい、というのが伝わってきて、生「カイくん」? 少年のだめ?という感じ。「軍隊」をしっかりと弾いていた子のピアノもよかったです。ピアノが上手い男の子を久しぶりにたくさん見られて、まだまだがんばってくれぇ、息子!と思い直しました。発表会が終わってすぐに(実は、その前から)、次の曲選びが終わっている長男。毎年恒例の、私の誕生日にプレゼントしてくれる曲です。「ふたつのアラベスク」。当日まで私は聴けない、お楽しみなんです。
March 31, 2005
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はじめに。ばっちぃお話でございます。では。今日、長男が「前のトリビアで、 『小便で6リットル、大便で8リットルの水が流れる』 っていうのがあったでしょう。 あれ、どうやって区別するんだろう。」と聞いてきました。区別?はて?と、そこで私と夫が気がつきました。「君、もしかして、小便大便って、モノのサイズだと思ってる?」すると、「え? 違うの?」えって、えー!?あのね、小と大って、液体か固体かという区別なの。大きさじゃないんだよ。あー、びっくりした! 今までずっと知らなかったのかしら?失礼しました~。::::::::::::::::::::::::::::::さすがにその話だけでは。今日はチビ助が7時半頃に、すぅすぅと寝始めてしまいました。そこで、久しぶりに長男と夫と3人で、トランプをしました。一人っ子だったら、ゆっくりこうして相手ができるのにね。以前、一人っ子だった時は、私も全然怒る回数が少なかった気がする。今は、「自分は小学生よりもちょっと下」と大きな勘違いをしているチビ助に3人とも振り回されっぱなし....。大貧民をしてみました。こうして、ちゃんと遊べると、楽しいなぁ~。さ、寝る前に基礎トレ、していただこう。明日から春期講習だし。
March 27, 2005
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週末に、地球儀を買いました。塾の社会科で、ここ数回は海外について学んでいるからです。楽天のお友達、プレーリーママさんもちょうど地球儀のお話をされていましたね♪ということで、今日は小学生日記です。まずは地元で探すと....。たった3種類。しゃべる地球儀、私は好きじゃありません。子どもは興味津々でしたが、即却下。タマタカに行くと、文具売り場に5点ほど学習タイプがありました。リプルーグル社製と、帝国書院のもの。別館の伊東屋にまで足を運ぶと、こちらは品揃えがけっこう豊富でした。学習から遠ざかって、ステキなインテリア小物に近いものも多かったけれど。もう一度、文具売り場に戻ってから、リプルーグル社製を買いました。息子に持って帰ってもらいましたが、カサがあるわりには軽いので、最後までがんばってくれました。リプルーグル地球儀 チャレンジャー型(和文) (東急ハンズ楽天ショップ)息子が気に入ったのは、山の高さに応じた山岳隆起加工による立体構造。触るとぼこぼことしています。アメリカなどは、州毎に区分けがされています。表示も見やすいと思いました。買ってから知った、アフターサービスにも感心しました。「国際情勢の変化により行政地図の変化があった場合、製品の半額程度価格で球の交換サービス。」だけど、大きいです。直径:30cm、高さ:41cm、重量:2.5kgそして、高いです。17,000円。しかし、伊東屋に並べられていた他のものに比べて、やはり見やすかったこと。安いものは安い色づかいだったのが、あんまり私の気に入らなかったこと。なによりも「これで社会の点数が上がれば安い」という、選んでいる間にすっかりマヒした私の感覚....かなりバカな親。で、家の子どもの部屋に置き場所を探しました。パパが、本棚の上にひょい。ちょっと。誰も背が届かないし、地震の時に危ないよ!ということで、小さい置きだなを用意することにしました。さっそく、みんなでのぞきこんで見ます。えぇーと。イギリスは....くるくるくるっと、軽く5回転くらいします。回り続けます。イギリスが回り続けます。えぇーい。チビ助、その手を止めい。当然、泣きます。大人達、立って地球儀見ます。やれやれ。私、自信を持って、「ドイツ住んでいる時に、北海道と同じ緯度って聞いて意外だなーって思ったんだよね」と言いながら、見てみました。パパと長男。「.....全然、違いますよ?」 ひゃぃ! 北海道と同じ緯度でヨーロッパって....皆様、地球儀か地図で確かめてみて♪で、息子に「ヨーロッパの国を5つ挙げてごらん」と聞くと、「イギリス!」 ふむ。「....フランス!」 ふむ。「ポルトガル!」 おぉ。「マレーシア?」 もしもし?「チリ?」 ちょっと。地球儀、買ってよかったね。さ、しっかり元を取ってもらいましょうか。これは手頃な学習タイプという感じです。120(W)×162(H)mm と小さいしね。小型地球儀 WS 12cm 行政 シルバー台 2700円(UnDigital科学博物店 )3-D球体パズル 2024-103「地球儀240ピース(日本語版)」2240円(ベルハウス)パズルなので、組み立てる間に否応なしに覚えるのではないかしら....帝国書院・地球儀(天球儀付) N26-5WS 地球儀直径:26cm 価格 7,800円 (東急ハンズ楽天ショップ)学校で使う地球儀と同じ地図を使用。約 直径26×40cm学習地球儀(日本地図付)4,286円 (いいもの発見商店)
March 23, 2005
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今日は救命病棟の最終回でした。小児患者さんの回復と、都市再生とを、重ね合わせたテーマでした。悲惨な状況が続くと、もうだめかもしれない、と思いたくなる気持ち。とても、よくわかります。あきらめた方が、簡単かもしれない。だけど、必死に「生きたい」という気持ちを、子どもが全身で表している。信じよう。信じ続けよう。そう思うには、それを受け止める側にも、絶え間ない覚悟が要求されます。「説明室」で、ドクターから両親へ、現状の説明があります。親は、うちの子が助かるかどうか、大丈夫なのかどうか、それが一番知りたい。医者は、経過を説明し、処置を説明し、現状を述べる。聞きたいのは、助かるかどうか、という親の気持ちと全然かみあわない。「今はなんともいえません」。医者がそうとしか言えないのは、今は理解できるけれど、当事者としてはなかなか納得できないものでした。子どもの病気を前に、親は、なんにもできないんです。ただ、ただ、無力なんです。念を送るしかないっていう感じ。だけど、それでも、「信じましょう」って言ってくれると、それだけでとても救われる。言える医者は、すばらしいと思います。うちの場合は、看護婦さんが「いっぱい、がんばっていますよ。おかあさんもがんばりましょう」って言ってくれた。なにをどう、がんばるのか。わからなかったけれど、ただ、励まされたように思います。ドラマの最終回ということで、最後になかなか過酷な労働環境の設定になっていました。医局長の表情、一番よかった。(対する、進藤先生が変わらずかっこいいのは....)現実としては、あれは医療ミス多発につながるでしょうね。総合病院なら、まずは他科からの応援があるべきでは?というつっこみはとりあえず下げておき、「やっぱり、とにかく人を助けたい」という医者が増えてくれればと思います。お勉強が上手なことの延長ではなくって、ね。私は、次男の主治医との相性はとても悪く、なんども言い合いになったりしました。そりゃぁ、親はとにかく一喜一憂するんです。とにかく、助かってほしかった。少しでもよくなれば、もっとよくなってほしかった。悪化すると、どうしてなんですか、と詰め寄った。ある時、「患者は、よくなれば自分の快復力のおかげだと思い、悪くなると医者のせいにするんだ」と言われました。けっして、患者に言う言葉ではなかったと思うけれど、医者業の本音なんだなぁって、だいぶ経ってから思い出されます。一方、つきっきりで処置をしてくれた研修医の先生には、出会えて本当によかった。息子の死に、絶句し、涙を流して下さった。できれば、退院し、ありがとうございましたと元気な姿を見せることで先生達に答えてあげられるとよかった。きっと、いい先生になって下さい。そう、思いました。医者と患者は、病気にならないと出会えない。患者がよくなれば、感謝の言葉とともに患者は去っていく。患者が悪化すれば、亡くなって患者は去っていく。ずっと続けていると、やりがいを持ち続けることが難しい職業なのかもしれません。希望を持って、明日からも生きる。とてもよい、ドラマだったと思います。ふだんは本当にテレビを見ることがない私でしたが、このシリーズはよかったです。ICUでお世話になった看護婦さん。今年の春に病院を辞めていたことがわかりました。今は長野で研修中。4月から、海外青年協力隊でグァテマラに行くんだと聞いて、びっくり。そして、心から、応援したいと思いました。霊安室で、たくさんたくさん泣いていた、当時はまだ新人だった看護婦さん。お料理教室で再会したら、消防士さんと結婚していて、病院ではベテランとして引き続き活躍中でした。「がんばってますよ」と言われました。うん、私もがんばろうっと!まずは、ファイリング.....家計簿....幼稚園グッズの作成(もうすぐ入園式だってば!)またまた、思い吐き出し系の日記になってしまいました....。ところで、進藤先生が言っていたのはWe are starting to see some kind of hope.で合っているかしら?・3/16救命病棟感想文・救命病棟・フジTV広報によるドラマ設定)・おまけ:秘書の青木さん(小須田康人さん)のブログ・日大医学部によるER医療用語解説救命病棟でもかなり役立ちます
March 22, 2005
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さて、思い吐き出し系の濃ゆい日記から、薄くて軽い?読書感想文をしばらく続けます。小説やマンガ、雑誌記事など。また、手持ちの学童保育やワーキングマザー系の本を手放す予定なので、皆さんの参考までに、そして自分の記録のためにも、本の内容などを書き留めたいと思います。で、そのスタートがマンガかい、っていう「監督不行届」。安野モヨコといえば、ハッピーマニア。けれども私が気に入っているのは、モーニングで連載中の「働きマン」。編集やっている主人公が、お仕事モードになると「くそー!」「ったくー!」とわしわしと仕事をして、その間は「寝食恋愛衣飾衛生の観念は消失」状態で、校了直後に「うっしゃぁ!」と雄叫びを吠える。いや、実際これを地でやっている女性って多いと思うよ。うちの会社にも、たくさん。育児介護専門委員会のメンバーも「きょぉは徹夜でしたぁ」と、きれいな顔の目元が真っ青で眼はうつろ~ということもあったし。いや、ご苦労様でございます、と言いつつ、会社の評価にも給料にもつながらんボランティアな仕事を割り振っていた私。鬼だったなぁ~。もーしわけなかった(と今頃、スマンの手)働く人には、「働きマン」、オススメです。
March 21, 2005
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今日は子どもも学校に行き、夫も会社に行き、私は小康状態で病院に入院している、祖母の自宅の片付けに行きました。そんな、少しずつまた日常生活を回そうという時に好きなジュディマリのYUKIちゃんの男の子くんが亡くなったというニュースに非常な衝撃を受けてしまいました。1歳11ヶ月。次男と全く同じ月齢です。この、桜がもう少しで咲くという季節に、YUKIちゃんが悲しい思いをするなんて。ホームページには、手書きのメッセージがありました。短くて、切なくて、でも一生懸命で。ただ、ただ、手を合わせたいと思います。昨日、一昨日の連日の濃ゆい日記におつきあい下さり、ありがとうございます。メッセや、メール、コメント、大事に読まさせて頂きました。長男、チビ助、今は4人+1人の家族として、これからもがんばります。子ども達は、なんといっても健康であってくれればいい。そう、思っているのですが....現実の私はとても欲張りで。元気で、学校生活も楽しんでくれて。そして基礎トレはやはり毎日やってほしい....塾の宿題も自主的にやってほしい....結果もしっかりついてきてくれると、なおうれしい...朝はきびきびと動き(だんだん、かなりずぅずぅしい願いになる)、ゲームは1時間、目薬は忘れずに差し、挨拶は大きな声で、友達とも仲良く(ここら辺になると無謀なお願い).....。価値観のぶれが大きい、人間的に未熟なハハを持ったことが、大きなハンデとなっている長男でした....。現実生活にずずぃと私を引き戻してくれたのは、今日返された組み分けテストの結果でした。
March 18, 2005
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昨日に続けて、コメントをつけにくい文章ですのでスルーして下さい。昨日の文章に続けて、一気に書いたものなので、アップしようと思いました。そうか、こう感じる人間もいるのか、と読んで頂ければと思います。17日は次男の命日でした。雨が降り出す中、お墓参りに行きました。横型で、ピンク色の花崗岩に、大好きだったクマちゃんのぬいぐるみが彫ってあるお墓です。チビ助は保育園に行ってもらって、学校を休んだ長男と、夫と、3人でお参りしました。次男が亡くなった当時。長男は、5歳でした。小児病棟は感染防止のため、子どもの入室を禁じています。次男は一瞬たりとも人工呼吸器が離せなかったため、婦長による特別な計らいという扱いでもって、次男にごくわずかな面会を2回しか許されませんでした。毎日長男の写真を見つめていた次男。なのに、実際に会うと興奮して泣いてしまって呼吸器のバッキング(呼吸器から送られる空気をタイミング良く取り込めなくなってしまう)を起こし、すぐに引き離されてしまったのでした。一方の長男は、まだ幼かったためとはいえ、珍しい病室の風景にきょろきょろするばかりで、「感動の対面」を期待していたバカな私は、あっさりと裏切られた思いをしたものでした。冬になって、風邪を引いたり、わずかな鼻水をたらしていたなどと、細かい理由をつけては長男との再会のタイミングを見つけ損ねてしまいました。結局会わせてあげることができないままになってしまった。深夜の、病院からの電話。病棟の入り口の、真っ暗なロビーのソファに長男を一人置いて、私たち夫婦はICUへと急いで入り込んだのですが。そこで、ありえない光景を見て、とても現実のものとは思われない一連の結末を迎えて、それからまるでテレビでも見ているかのような時間の流れがあって。長男を置き去りにしていることに気がついたのは、1時間以上経ってからかもしれません。亡くなった次男に会わせて、それからおばあちゃん達に連絡して、死体解剖の方に回したり病室の私物の撤去をさせられたり、葬儀社の手続きをさせられたり。いったい、長男はその長い1日をどのように過ごしていたのか。長男がどんな表情だったのか。全く、私には思い出せないのです。お人形のようになってしまった次男を抱っこして連れて帰り、1年ぶりの部屋に寝かせてあげて。たくさんお話をしてあげて。だけど、その間、長男は何をして、何を思っていたのでしょう。お葬式の間、私達の席とは反対側の、私の親族の側におとなしく座っていた長男の姿は思い出せます。長い時間だったのに、静かにおとなしく、ずっといい姿勢で座っていて、「なんてお利口さんにしている坊ちゃん」という、その姿を、ぼーっと遠い思いで私は眺めていました。母親がおかしくなってしまっていても、彼は、静かに、凛とした姿勢で、日々を過ごしていました。育児休職なのに育児するべき子どもがいなくなってしまったので、会社の人事部と相談したところ、四十九日が過ぎてから出社することになりました。理由消失から2ヶ月以降になると、社会保険的になんらかの手続きが必要らしいので、その前に戻れば、ということでした。お葬式が終わると、とたんに人の気配が家から無くなります。いったい、いつから夫が出社したのか、その記憶も定かではないのですが、気がついたら、私は家に一人でいました。朝、無意識にだったのかもしれませんが、長男を登園させて、日中を過ごし、また夕方にお迎えに行って、二人で夕ご飯を食べて、寝る。当時の、断片的な日記には、人がお焼香にきて下さっていたり、私がお仏壇を買いに行ったりしていることが書かれています。だけど、その日常生活をどう過ごしていたのか、全く私の記憶にありません。ガン患者のご家族の方で同様の経験をされることも多いそうですが、それまでの、濃密な看病生活を、突然に、心構えがないままに断ち切られてしまう。毎日病室に行き、隣のベットの人や看護婦さんたちと話をしていたのに、ぽつんと家の中に置き去りにされ、やるべきことが失われてしまう。その喪失感は、非常に激しいものでした。そんな毎日の中、長男はそれまでと変わらずに、ずっといい子で過ごしていました。わからないのかな。そんな風にも、思えてきました。まだ、5歳だもの.....。わからないのも、無理がないのかな。1年の間の入院生活の間に、弟の記憶も、だんだん薄くなってしまったのかな。それも、仕方がないことなのかもしれない。そう、思っていたある日のこと。ちょっと早めにお迎えに行ったところ、園庭で、園長先生から聞いた一言が。「毎日ね、泣いているんですよ。」....え?「楽しそうにしていても、気がつくと、園庭の端で空を見ていたりして。 声をかけようとすると、涙を浮かべているんですよ。 『ボクのオトウトが死んじゃったんだ』って言って。 そうなんだね、亡くなっちゃんたんだよね。さびしくて、涙が出ちゃうね。 そう言うと、 『うん。だけど、ぼく、お家では泣かないんだ。 だって、世界で一番かわいそうなのは、お母さんだから。 だから、ぼく、家では泣かないの。』 そう、言っていましたよ。」と。本当に、驚きました。そんなことを、言っていたんですか。全然、そんなそぶりは見せなかったのに。5歳の子が、そんなことを言うだなんて。5歳でも、男の子は、男の子なんですね。そんな男の子のやさしさに、当時に私はすっかり甘えてしまっていました。本当は、我慢している長男の気持ちをしっかり受け止めてあげればよかったのかもしれない。できなかったけれども。後になって「本当は、もっと会いたかったのに」と言われました。会わせてあげればよかったね。ごめんね。「どうして、死んじゃったの?」と聞かれたこともありました。どうしてなんだろう、お母さんもわからない。そうとしか、答えられませんでした。このお家には、子どもがボクしかいなくなっちゃった。そうか。最初から一人っ子なのと、一人っ子になってしまったのとは、ずいぶん違うものなんだろう。夫婦二人だったら、亡くなった子どもの思いでと共に生きるという人生もあったかもしれない。けれども、兄弟がほしいという長男の気持ち、私の年齢的な限界。いろいろ考えて、兄弟がいてもいいかもしれないな。そう、思うようになりました。
March 17, 2005
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夜中にふっと起きたら夫がちょうど見るところだったので、救命病棟の第11話を見ました。・救命病棟・フジTV広報によるドラマ設定)・おまけ:秘書の青木さん(小須田康人さん)のブログ・日大医学部によるER医療用語解説救命病棟でもかなり役立ちます今シリーズの救命病棟は、医療設定がしっかり行われ、処置もスピード感があり、ERの真似と言われつつも、私はER並に臨場感があると思いました。医局内の「ウェルパスを無駄にしない」という、壁の張り紙に、細部までの注意を感じました。学校の保健室以下だった「おたんこナース」などの医療ドラマとは、格段の差です。松嶋さんや他の出演者が、撮影の空き時間にオペの手技を何度も空で練習していると聞き、医療関係者が見ても違和感のないドラマになっているんじゃないのかな、と思いました。今回は、進藤先生(江口洋介)は全体統括者に徹していて、他の医師それぞれや、寺泉(仲村トオル)議員の成長物語として各話が描かれています。社会的メッセージ性も強く、阪神大震災の忘れかけられていた教訓や真実がこめられているのを感じます。震災前の備えは十分だったか、医療スタッフや消防隊等助ける側の燃え尽き症候、ボランティアは自己責任、クラッシュ症候群、震災後に水で暴利を得る業者.....。ひとつひとつ、今の生活を見直すきっかけとなりそうです。(以下コメントつけにくい内容になってしまったので、スルーして下さいませ。 でも、これを見ている、私を知る数人には、そういうことだったのか、と思って頂ければとも思います。 また、子どもを亡くしてこう感じる人間もいるのかと読んで頂ければと思います。)救命病棟の今回は、現金仕入れのやり手社長が搬送され、応急のオペは成功したものの...という内容でした。緊張性気胸で片肺の呼吸音が聞こえない、サチュレーション(血液中の酸素飽和度)が上がらない、ベット脇でごぽごぽという、チェストチューブ....亡くなった次男は、大学病院のICUで1年近く凄惨な闘病生活を過ごしました。肺がつぶれてしまったので、病院でも3台しかなかった高性能の人工呼吸器で圧をかけてサポートするのですが、状態が悪化するとすぐに血液中の酸素飽和度が下がってしまうのです....気胸という、肺に穴が空いてしまう症状にも悩まされ、まさに今回のドラマで使われていた医療機器の数々が次男のベット脇を占領し続けていたのでした。もう、5年も経つのに。この春が近づいてくる気配、季節感は、あっさりと時を超えて、あの時の辛さを呼び戻します。毎年、3月はとても気が重い時期です。あと、もう少しで春がくる。そういう季節感が、とても私を打ちのめします。春がくる匂いや、雰囲気は、何年経っても、あの時の私をよみがえらせる。残酷なまでに。せっかく、日常生活を回すことで埋もれさせていた、記憶まで。ICUの病室から見える、もうすぐで春だ、という風景。毎日見ていたのに、ある日から突然、もう見ることがなくなるなんて。3月の17日が、次男の命日。働いていた時は、2週間休暇をあてて、ゆっくり休みながら次男のことを思いだしていました。たくさんの方にお焼香においで頂き、まだ次男のことを思いだして頂けることに感謝し、そして命日が過ぎるとふっと軽くなる心に、また、現実の生活を回す努力をするのでした。育児休職後に配属された部署と、その上長は、そういう私にとても理解のある人でした。次男が亡くなって復職した時も、会社の人は、みんな暖かかった。なんにも聞かず、なんにも言わず、ただ、業務のことだけをきちっとやっていればよかった。家にいて、ただただ涙を流すだけの私もふつーの会社員でいさせてもらえた。その時は、うちの会社の社員でいてよかったと思いました。だけど、辞める時の配属部署と、その上長は、全くそういうことに理解がなかった。会社にいれば、そういう時もある。そういうこともある。だけど、この1年2年が、どうしても我慢できなかった。命日の日の前後と、長男のピアノの発表会は休みたかった。その時こそが、年度の中でも最も繁忙期に重なる業務への配転。よりによって、その時期に休むなんて。という無言の圧力。この時期だからこそ、どうしても休みたい私。会社を辞めた今、この時期に、もう、あの上司と顔を合わせなくてもよいのが、救いです。次男は、1歳になった直後に麻疹を移されました。長男の、スイミングの観覧室で、です。「熱が出ちゃっているんだけどさぁ、上の子がどうしても休みたくないっていうから」と、ぐったりしている下のお子さんを連れてきていた、仲良しのママ。お大事にね、といったその翌週。小さい子がいるママがこぞって休んでいました。そして、うちの次男も熱を出していました。症状から、突発性発疹だと診断されていながら、引き続き、麻疹にかかっていると診断されました。突発と、麻疹を、併発するということがあるのでしょうか。4月産まれだったため、ポリオの2回目と、麻疹の予防接種時期が重なっていました。仕事復帰が念頭にあった私は、年に2回しか受けられないポリオを優先し、麻疹を次月にまわすことにしたのです。麻疹が、命取りになるとも知らずに。1歳直後の麻疹罹患は、重篤になった場合はほとんど助からないのだそうです。ネットで調べまくっても、やはり、重篤になった状態から命が助かった例は見あたりませんでした。ところが、次男は、入院して3日後に状態が悪化した以降、危篤状態を繰り返しながら1年闘病していました。そういう例は、たぶん、他でもなかったようです。ムンテラという、担当主治医の説明の時に、私は3度倒れています。人の話を聞いている最中に、気が遠くなるなんて、人生で初めての経験でした。あんなにがんばっていたのに。死んでしまいそうな状態なのに、奇跡的に一命をとりとめたという翌朝の次男。まだ、言語を習得していない時期に、口に人工呼吸器用のチューブを取り付けられてしまって。私や夫になにも言わないのだけれども。生きたい。どうしても生きたい。生きて、おうちに帰りたい。そういう、言葉を獲得できる前の年の子どもの、言葉によらない必死な生きたいという気持ちを助けてあげられなかった。何をしていても、突然くる脱力感というか、こんなことをしている自分ってなんなんだろう。大事なものも守れずに。と思うことがあります。一方、やっぱりそれでも生きなければいけない。生きるしかないんだ。そう思ったりもします。3月は、そんな季節です。
March 16, 2005
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入試分析会内進生のみ対象の午前中がいいと聞き、まだラッシュの残る9時過ぎの電車に乗って入試分析会に行きました。ホールを埋め尽くす「お母様方」のお姿は、壮観。私、実は今回が初めての参加です。(今まではずっとパスしてました....)どんなありがたい資料が頂けるのかと思えば、毎年頂いている分析資料の冊子のみでした。まぁ、こんな機会でもなければ目を通さなかったかもしれません。分析会は、広報室長による今年の中学受験の全般傾向の話からスタートしました。塾雑誌でくどい程お見かけする、あの方です。数字大好きな、うちの塾らしい早口滑舌トーク。お話が終わる頃には、既に私がぐったり、ごちそーさま。外部の方が少ないためか、塾宣伝の内容はほとんどなかったのが救いです。中から私の関心を引いたのが・千葉埼玉勢が、1月受験で合格を確保した上で、1日に超難関への強気受験の傾向 (三多摩神奈川勢は1月受験が難しいんですよね。)・大学ランクとして、慶応VS早稲田では慶応が上となったため、中学受験にもその傾向 (うちとしては、早稲田には教育学部があることが捨てがたい 長男は先生志望♪)最後に、塾としては御三家だけに力を入れているわけではないということを言われました。おぉ、中堅もきちんとフォローしてくれるの?一緒に参加した学校ママによるとうちの校舎は、開成コースがほぼ全員合格だったそうで、コース入りが既にひとつの入試かと。麻布も駒場東邦も人数が多かったので、がんばってαに留まり、最後の志望校選びを間違わないと明るい結果が期待できるのかなと思いました。もっとも今日のメンバーは名簿常連者ばかりなので、いかにαに留まるかという肝心の対策については情報交換できず。続いて、算数の副担という先生のお話。分析週にあるお話の発展系でした。まとめは1)わからないことはわからないままにしない、2)自分で考えていくことをするという基本でした。ん~、うちの場合は、わからない問題の解答を見て、わかった気になって、やらせてみるとやはりできない、というところですが。だからそれがわかっていない、ということなんだって!というのを、いかに本人に自覚させるか、なのですが。宿題を回すのにせいいっぱいの状況だと、なかなか弱点フォローまで手が出せないのが現状です。一番話がおもしろかったのは、国語の副担の先生。えぇ、あの、フォロー電話そのまんまの口調で壇上に!大事なポイントは、4点。これと、あれと、それと、あれ。私が考えさせられたのは、メメントモリというキーワードでした。君はどのように生きるのか。死と向き合う中でどのように生きるのか。ということで、死を実感していく文章、死や喪失を小道具として描く文章が多く取り上げられている傾向にあるそうです。うーん。12歳の子には難しいでしょうね。だけど、その話を聞きながら、子どもには話しても仕方がないとどこかで思っていた私のおばぁちゃんへの想いとかを、本当は息子にしてあげてもいいんじゃないかな。もしかして、日常生活の中ではなかなか伝えられない私の思いを、少しずつ息子に伝えてあげるのも、遠回りかもしれないけれど、悪くないかな。そんな風に思いました。大人が勉強以外でどのような会話をしてきたかが問われている、例えば今だったら「ホリエモンについてどう思うか」という、どっちの方にもそれぞれに言い分があって、正解がどちらとは言い難い、そんな多面的視点についての会話 の重要性もお話されていました。「とはいえ、現実には、そんな暇があれば算数の問題解いてほしい、というのが親心でしょう」と笑いがとれるフォローも、しっかり。さすが。理科くらいになってくると、会場に連れられてきたちびっ子達も飽き気味に。あぁ、うち、連れてこなくてよかった。問題の文章をていねいに読む、選択肢も全て検討するという用心さも大事、という点には、なるほどと思いつつ、それができれば苦労はしないけれど??台所関係・図鑑・動物などのテレビ番組も大事だそうで、圧力鍋でモノが煮えるのは何故?という問題が例に挙げられていました。季節感とか、生活感とか、そういうことを今からでも積み上げていくことが大事なんですね。私も、低学年のうちは意識して、例えば生協の宅配注文を一緒にしたりなんかしていました。すっかり忘れているんだろうけれど...。たしかに、料理って一種の科学実験ではあるので、もう少し参加させてもいいかも。社会は、分析集ですら「よーするに、もうなんでもありってことで、対策できません」という結論のようにお見受けしました。そりゃー、開成のように地下鉄について聞かれても。受かった子はみんな答えられたんでしょうか?長男に、開成で今年こんな問題が出たんだよ、と笑い話のように言ってみると「へー、じゃ、鉄道好きには有利だったんだね。」という素直な答えが。....いいね、その君の視点。そうか、開成は鉄っちゃん小僧が欲しかったのか(違うって...)。でも、マニアくらいの観察力とこだわりがある子どもを採りたくなるということなのかも。他の中学は、麻布が「時間と豊かさに」について書かせる問題、栄光が日本文化の特徴についてなど、もう、学校によって全然聞くことが違っている。4年から5年にかけて必死でやっている地理とか、歴史とかっていうのは、意味があるんでしょうか?もしかすると、小学生ですでに株やドル預金で儲けるとか、地図マニアとか、そういうクセのあるお子さんの方が、強いのかもと思ってしまいました。当たれば、だけどね。
March 14, 2005
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目の錯覚で、おもしろいネタをBBSで見たので。コニア画コニア画コニア画コニア画コニアコニア画コニア画コニア画コニア画コニア画アニコ画アニコ画アニコ画アニコ画アニ画アニコ画アニコ画アニコ画アニコ画アニコニア画コニア画コニア画コニア画コニアコニア画コニア画コニア画コニア画コニア画アニコ画アニコ画アニコ画アニコ画アニ画アニコ画アニコ画アニコ画アニコ画アニすごいでしょ?動いて見えるのは、立命館大学助教授の錯視のページというのがあるそうです。初歩的なものは、1年生の時の通信教育ぴぐまりおんの理科で、同じようなものがあったのを思い出しました錯覚が起きる仕組みについては、イリュージョンフォーラムで説明が詳しくされています。モノが見える仕組みについて、NIDEKのホームページで紹介しています。理科の傾向から、こういうのもなかなかバカにできないかもしれません。
March 13, 2005
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双子のお話、をもう少ししてみます。母が心房中隔欠損症だったため、大学病院で私たちを通常分娩で産んだ母は「若い男の子の研修生が部屋中にぞろりと揃う中で産むのは、本当にイヤだった」と言っていました。姉が先に3200gで産まれ、私が20分後に2450gで産まれましたが、この体重差は、ずっとそのまま続き、今も私が9号、姉は13号の服。双子なのに、子ども時代は姉のお古を着ていましたね。父の「なるべくそれぞれ違った個性として育てたい」という方針のもと、あまりお揃いの服とかは着ていなかったようですが、やはり頂き物はお揃いが多かったようです。二人で遊んでいると、よく知らない人から声をかけられました。「双子? いくつ? へぇー」聞きたいことだけ聞いて、満足して、どこかにいっちゃう。遊びを中断させられたこちらは、いちからまた遊び直しです。すると、また、見知らぬ人から「双子?」と聞かれるのです。なんでそんなことを聞くんだろう。聞いてどうするんだろう。いつも、そう思いました。とってもイヤでした。子どもの集中力も続かなくなるのではないでしょうか。双子のお母さんは、余裕があれば、そういう大人の声かけは遮ってほしいですね。「今、せっかく遊んでいるところなんで」とか言って。双子だと、それだけで覚えられてしまいます。小学校で、見知らぬ子から「2年の、双子の片割れだ」などと、指を指されます。それも、あんまりいい気分ではなかったです。高校に入って、「双子の片割れ」から「実は、双子」に代わったのは嬉しい気分でした。双子、というと、ちょっと驚かれます。人によっては、すごく驚き、こういうのです。「えー! こういう人があともう一人、家にいるの!」おい。素直で失礼だよ。「家、もしかして、すごくうるさい????」とも。にぎやかはにぎやかだけど、おしゃべりで大きな声の母と、うんちくたれ好きで大声の父と母によく似た私がうるさいだけです。生後1年位から、すでに私が二人分しゃべり、姉は私に全部言わせていました。生後すぐにオランダに海外転勤となり、3歳で帰国してからも長い間、私と姉は日本語がほとんど話せませんでした。今思うと、母はそのあたり無頓着だったように思います。あまり、帰国子女教育という概念も普及していなかったのかもしれません。二人で会話が成立してしまうので、他の友達とのコミュニケーションの必要性もなかったです。本当はそれぞれの友達がいれば、ずいぶん違ったのかもしれません。だけど、いつも二人一組でまとめられてしまう。他の友達の家に一人で行こうとすると、必ず「じゃぁ、お姉ちゃんの方もご一緒に」となる。それも、不満でした。私一人で行くのも悪いような気がしたので、仕方がなく一緒に行ったりしますが、なんだか行きづらかったように思います。そんなふうに、当事者である時は双子であることに負担感があったのですが、今おもえば、たぶんイジメにあっていたであろう小学校時代がそんなに辛くなかったのはやっぱり双子だったからかもしれません。というのも、一生懸命思いだしてみたら、クラスで学級委員を選ぶ時とかに無視をされていたような記憶がぼんやり、あるからです。ペースが違う双子を育てることは、とても大変だったと母は言っていました。2歳下には、弟がいます。私がチビ助に振り回されていると、自分はもっと大変だったと言います。大変だっただろうなぁと思います。でも、今の私より10歳若かったよ?とも。今は、姉も結婚して関西に住んでいます。会うのは、お正月くらい。電話もまったくしません。趣味がバードウォッチングの専業主婦。子どもはできないそうです。産まれてから一度も、二人で一緒に買い物に行ったりしたことはありません。もしかして、すごく変わっている姉妹かも。ちなみに、外見もまったく似ていなくて、私の結婚式の二次会で友達が必死になって探していました。
March 10, 2005
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はじめに。日記リンクを復活させて頂いてます。現在、PCのお気に入りに登録している日記リンクですが....更新状況がわからないので、見に行くといつの間にか更新されていたり逆に更新していないのに何回も見に行ってしまったり...と不便なので。以前日記リンクさせて頂いていた方のリンクを復活させて頂きます。よろしくお願いします~。さて、今週は病院仲間のともちゃんの家にお邪魔したのですが。ブログを持っている友達って、話題がいきなり本題に入れるからいいですね。久しぶりに会う友達って、どうしても「最近どうしてる~?」から始まりついつい説明がちになるけれど、「あ、この前書いてたよね~、見た見た」と、話題がすぐに次のステップに入れる。こういうとき、やっぱりブログしていてよかったなぁと思います。とはいえ、実生活でつながりのある友達でこのページを教えている人は、実はすごく少ないのです。固定ハンドルで地域系掲示板や大手小町に出入りしているし、たぶん、私の内容から「同じ学校の、あの人だ....」と思う方も少なくないとは思いますが...。まぁ、隠すつもりもないので、このスタイルでしばらくいきます....。で、ともちゃん家で話していた、自分の小学生時代の想い出について。言われてみると、私、学校の思い出が全然、ないんです。小学校5年生で転校してからは、5年間、全部担任の名前も言える。だけど、小学1年~4年の担任は、誰のことも思い出せないことに気づいたのです。運動会とか、メインのイベントも、全然思い出せません。驚きました。楽しかった想い出も、なにひとつ浮かんできません。いったい、どうしてなんでしょう。「帽子に練馬区のバッチをつけるんだよねぇ」という、あきちんの話を聞いてバッチのことは思い出せました。その時は思い出せなかったけれど、たしか、よい歯のバッチも毎年もらっていてそれをつけることがステータスだっだぞ。学校の様子、校舎のこと、友達のこと、全然思い出せません。仲が良かった友達もいないと思う。たぶん、それは双子だったから、友達が必要なかったんだと思います。学校外のことは、少し思い出せます。お友達の家の前で「○○ちゃん、あーそーびーまーしょ」と叫んだこと。(でも、双子の姉といつも一緒に行っていた)。プールに通っていて、それはすごく嫌いだったこと。ピアノはもっと嫌いだったこと。母親がシュークリームやプリンをよく作ってくれたことは覚えているけれど。学校の記憶が無いのは、なぜ? 不思議だなぁ~。息子とテストのことでケンカした時、「じゃぁ、お母さんは小学校の時にどうだったの!?」と泣いて聞かれたことがあります。お母さんはねぇ。百点しか、取ったことがなかった。(塾に行ってなかったしね)。体育以外はオールAだったと思う。それは、頭がいいというよりも、カンがよかったから。勉強しなくても、百点が取れていた。それって、小さいうちはいいんだけれど、本当に勉強が必要な中二位から、すごく困る。ちなみに双子の姉は、百点は、小学生時代に1回しか取っていないらしい。あとは、全部ゼロ点。学校の面談で「二人を足して二で割れませんか?」と言われたらしい。今思えば(母には言ったことがないけれど)、姉は一種の学習障害があったと思う。カンがいいというのは、海外で生活する時は便利だった。でも、外国語は上達しない。May I? Is it? Really? OK!で乗り切っているようじゃぁねぇ。また、カンが強いということで、母にとっては育てにくかったみたい。長男は、私に全く似ない、こつこつ型。一方、三男は、驚く程私に似ている。先日、パズルと一緒に買った、くもんのドリルをやらせてみた。斜めの線を引くページ。ぐるぐると、縦のらせんを引くページ。その後に、「し」や、「つ」が登場する。今のドリルは、いきなり難しい「あ」からは始まらない。ところで、チビ助、縦にジグザグを引くページになって。ジグザグを思いきり、ショートカットした線を引いてきた。長男だったら、ジグザグをていねいにジグザグとなぞっていた。ところが、端の角ではなくって、上の出発点から下の到着点まで、なるべくジグザグいかずにショートカットできるように、くねくねとなぞったのである。うーむ。変なところが似るんだなぁ。と妙に感心してしまった。チビ助、カンはよいのである。人の顔色を見て、これ?などと言ってくる。君ね、たぶん、そのカンのよさで後になって苦労するよ。
March 8, 2005
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今年の花粉症、3日前からきてます。ハナの奥に綿詰められたような感じで、犬呼吸している私。女捨てて、すっぴん眉ナシマスク着用メガネの顔で耳鼻科に行ったら....こんな日に限って、知り合いに会うわ会うわ。学童仲間、下の子の幼児サークル仲間、次男の同級生、みんな2年ぶり、5年ぶりとか、そんな人たちばかり。この顔が、また数年ぶりにインプットされちゃうんだ~。さて、長男、昨日は新コースになって初めての授業。今までと講師が変わってしまったものの、授業はかなりていねいだったようです。なんといっても、月曜日にあった国語が金曜日に移動したのは、正直ちょっとほっとしました。こんなことじゃいけないなぁ....なんて思っていたのですが。息子が帰宅後、電話が。遅い時間に誰だろう? パパが夕食いるっていうこと?と思いつつ「はぁ~い」と電話を取ると、うちの校舎の学年担当の先生からでした。ぎゃ!思わずその場で正座をして(よくわからん、自分の行動!)、お返事しました。フォロー電話でした....。そういえば、去年もアル落ちした時に頂いたような記憶も....。「驚きました」から始まり、・授業前テストをしっかり90点以上はキープするように(4年まではできていたけれど、5年になってから 漢字のハネハライの採点が厳しくなって....)・A 問題を1日で一気にやっているならば、3回に分けて解くこと・問題文を読む時に、必ず鉛筆を持たせ(息子によると、これは授業中にもよく言われていて、持たないと「読書」だぞ、 と言われているそうです) 場面の変わり目、話題の変わり目に小見出しをつけさせる 関連する表現をつなげる、つなぎ言葉に印をつけさせる あらすじを口述させる(つまり親は聞かなくちゃいけない!)などのアドバイスと、1週間の国語の学習を具体的に提示して頂きました。がんばって下さい、といってお電話は切れましたが.....どう聞いても、本人もがんばって、もちろん親もがんばって勉強させましょう!という双方への激励でした....。がんばります.....。父母会では、上位コースにいるためには理社で点数を取ることがマストと言われました。前回テストでは理科は取れていたけれど....やはり、算国をしっかりおさえておかないことには始まらんという結果でした。今月は国語の読解をポイントにすすめていくことにします。....まぁだ、宿題をまわすのにいっぱいいっぱいなんですけれど....。さっそくことこさんに見習って、計画表をエクセルで作ってみました。あとは息子がしっかり実行すること!私がファイルをしっかり実行すること!(自分、ほんとに事務職だったんでしょうか???)私の出身高校では、英数国で習熟度別クラスを採用していたのですが、数学はトップクラスで入学したものの、すぐに二番目クラスに転落。そのショックはとても大きかったものの、三番目クラスに転落する時はショックも半減。最下位クラスに転落した時は自暴自棄状態。いやぁ、落ち止まるのは早いほうがよいという、大昔の教訓です。
March 8, 2005
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しかし、この楽天日記ではめっきり登場率が低い。ん~、亡くなった次男よりも低い?いや、だって、そりゃ、長男の時に比べて感動率は半減以下。長男の時のお遊戯会なんて、どんなに業務が忙しくても、よそ様に迷惑かけても、出席!なんて、うちの子って上手なの!かわいいの!と超親ばかしておりました...。が、チビ助の時は「おぅおぅ」と目を細める程度。かなり、ばーばに近い心境です。いや、これだから年を取ってから産んじゃうとねぇ。今日のお遊戯会では、20人くらいでオペレッタ。2歳児クラスは、ただたっているだけでかわいい舞台でしたが、3歳児になると....やっぱりたっているだけでした(笑)。チビ助は、いちおうお話のストーリーにのっていろいろ★がついた棒を振り回してみたり、セリフをつぶやいたりしているようでしたが....ストーリーはさっぱりわからず、セリフも聞こえず、ま、本人が達成感はあったのでよしとしようか。という感じです。夫とも「なんの話かわかった?」「いーえ」と。チビ助といえば、最近パズルに凝りだしたので、公文で新しいものを買ってあげました。24・35・48ピースセットをあっという間にマスターしたので、では50~100ピースのものをと探してみたら、案外ないの。以前は豊富に揃えてあった東急にも、全然。ボードタイプがあったので、あんぱんまんを買ってみたら、変形ピースばかりで難しい!同じサイズのものが縦横に展開しているものじゃないと、さすがに無理。ということで、楽天で探すと「くもんのたから箱」さんでバッチリありました。Cステップ(24・35・48ピースの3枚セット)一箱が2300円定価が2070円。5000円以上が送料無料。DとEそれぞれ一箱ずつとドリルも一緒に買っちゃいました。Dステップ(54・70・88ピースの3枚セット)チビ助が買ったのは、この電車タイプ。他にも乗物と動物が。Eステップ(96・117・140ピースの3枚セット )チビ助、54ピースはなんなくクリアしましたが、70でいきなりやる気が止まっているよう。しばらく、苦戦しそうです。毎朝と帰宅後、せっせとパズルを広げるチビ助。家族はそれを片付けてはいけないのです....。掃除の邪魔。でも、パズルは集中力がアップすると思う。長男もよくやっていました。幼稚園の時代には500ピースとかに挑戦していたと思う。
March 3, 2005
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