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今日は久しぶりのつーじいパン教室です。幼稚園仲間なので上の子供達は春休み預かり保育へ預ける事にしました。アユムはおじいちゃんの所に泊まっていたので9時前に呼びに行って、お友達のH君のパパの車で幼稚園まで連れて行ってもらました。それから、パン教室です。今日のメニューは『シナモンロール』です。それと、イチゴ大福も作りました。映像がないのが残念!夕方、お兄ちゃん達をまた、Hくんのママが車で迎えに行ってくれました。園バスがない日は助かります。そして、夕方からみんなで中華ディナーです。セレブな夕食とは程遠いけど、みんなで夕食の外食はうれしいです。総勢16人でワイワイとほんと、楽しく過ごせました。子供達は食べ終わると広い部屋を走り回るし、それを叱る、ママ達の声も大きいし、お店の人、ごめんなさい!ほんと、今日も一日充実した楽しい一日でした。明日は植物園へお花見です。くまぴょんの妻さんも行くってメールがありましたが、会えるといいね。また、向こうでメールします。
2006年03月31日
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今日も保育所の園庭開放は園外で『御所』でした。今日は天気はよさそうなものの、あいにくの寒そうな日です。家にいるときに何度も窓を開けてはどれぐらい寒いのかを感じながらどうも、お弁当を外で食べられそうな日ではないのでお弁当は作らずに、御所へ向かいました。アユムは昨日からおじいちゃんの所でお泊りで今日は梅小路公園へ大好きな汽車を見に行く約束をしていたようで、アユムは御所は欠席です。夢ちゃん、なかなか寒さに弱いのか元気一杯に遊びません。でも、先生の読み聞かせは大好きです。まだ、この時は日差しもあったのですが、お弁当をみんなが広げたとたんに、いきなりの雨?いや、これはあられのようでした。みんな、大急ぎでまたシートをたたんで解散!です。昨日も今日も天気には恵まれず、お友達のJちゃんと家でお弁当の続きです。夕方遅くに歩夢がうれしそうな満足げの顔で帰ってきました。2階の子供部屋で汽車を走らせて遊んでいるのですが、大きな『ポー』と言う汽笛の真似をしています。すっかり、汽車が乗り移って帰ってきました。
2006年03月29日
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連日お弁当を作って公園へ行っていたのですが、今日も近くの鴨川公園で保育所の園庭開放です。晴れ間もあって大喜びで遊んでいたのですが、お弁当を食べ初めてちょっとしたら雨です。夢ちゃん、早弁していてよかったね。みんな、大急ぎでシートを片付けて、解散です。いつもなら夕方ぐらいまではみんなでおしゃべりしながらすごすんだけど、今日は持って行った、2本の水筒もそのままで、持ち帰りです。子供達はおじいちゃんの家で昼から過ごしています。私は久しぶりに家でゆっくりとパソの時間です。外は、真っ暗の雨と雷です。パソに落ちたら怖いんで、電源を切ってちょっと、お昼寝タイムに入ります。おやすみなさい。
2006年03月28日
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春休みに入って、ママ友とメールをながして近くの公園に集合するのですが、昨日の土曜日は11時に集合して、その日は携帯も忘れていたので、時間もわからないまま、家に帰ると、6時でした。と言う事は、児童公園に7時間?こりゃ、新記録です~。もちろん、お弁当持ち、水筒2本のお茶もなくなり、「おやつに...」といつも、冷凍庫に眠る食パンの両端の耳をフライパンで砂糖でからめたのをもって行くのですが、子供達は最後の砂糖までたいらげる始末です。大人達のアフタヌンティーも120円の缶コーヒーと家からもってきたおやつです。明日はちょっと電車に乗って『宝ヶ池こどもの楽園』へ行ってきます。本当なら、自転車でもいけるんだけど、子供達も電車よろこぶし、臨月ぱんぱんのお腹の妊婦さんもいはるし~。天気もよさそうです。日焼け止めしっかり厚塗りして行ってきます~。私は子供たちに恵まれ、その子供達を通して出会ったママ友たち、夢人を亡くした頃、こんな毎日を送れることすら、想像できませんでした。夢人がめぐり合わせてくれた弟妹が目の前にいてくれることで私の毎日は幸せに包まれた毎日です。ありがとう。
2006年03月26日
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結婚して、すぐの春に近所の魚屋さんで行列を作って買っている不思議な魚がありました。それが何かは次の年の春にわかりました。神戸で有名な「いかなご」だったのです。いかなごのくぎ煮は知っていたのですが、炊く前ののグロテスクな小さな魚ははじめてみました。そして、あの人から、この人からと各家庭のご自慢の味のくぎ煮をもらいました。この時期のスーパーではいかなごコーナーができ、ところ狭しと、しょうゆ、みりん、お酒、しょうが、砂糖、それを入れるタッパーやお鍋が並びます。それを見ていると、炊かずにはいられなくなる心境になります。私も知り合いのおばさんたちに教えてもらいながら、見よう見真似でキロ単位で炊いていました。「いかなご宅急便」とやらもあって、専用のパッキンケースもあり、地方の知り合いに送ったりする事もできます。お義母さんや、京都の親戚にもおくっていました。昨日、神戸に行っていたので、いかなご2キロを買って帰りました。かなり重かったけど、疲れていたけど、神戸の生活を思い出しながら炊きました。この匂い!きっと、神戸の人は知っていると思うのですが、この時期は、家の前を通ると、どこかしらの家からいかなごを炊いている匂いがします。懐かしいな~。これが、炊く前のいかなごです。 大き目の鍋に調味料を合わせて沸騰した所に一気にいかなごを入れます。 炊くこと40分、いい感じに出来てきました。 いかなごのできあがりです。こんな感じに入れて、おすそ分けです。 いつもは「ザラメ」で作るのですが、普通のお砂糖でつくったので、「くぎ」のようにピンとした感じがでませんでした。が、おいしいいかなごのくぎ煮でまた、一杯余分にご飯がすすんでしまいます。
2006年03月23日
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今、パパは神戸に仕事で単身赴任しています。届け物があって、急遽、子供達と神戸まで届ける事になったのですが、神戸のあっちも、こっちも行きたい所はあるのですが、子供と一緒ではなかなか、私の好きな所へはいけそうもありません。学生時代の友達が神戸にいるので朝から連絡を取って、遊びに行く事にしました。なんかのテレビ番組じゃないけど、兄妹で単身赴任のパパの仕事場へ会いにいく、そんな、雰囲気の出発でした。京都駅から出発です。新長田、ここは以前住んでいたところの最寄の駅です。懐かしいな~。この近くがパパの仕事場です。パパに届け物(パパの薬です)をして今度はお友達の家へ向かいます。神戸の北の端です。アユムは初めて乗る、神戸電鉄にも大喜びです。お友達も駅までHちゃんRくんとお出迎えに来てくれました。今日はお友達のおうちでお泊りです。子供達は大喜びです。ママもお友達と久しぶりにおしゃべりが出来てうれしいです。お友達のご主人はミャンマーの人です。10歳年下です。次の日の今日、また、いっぱい電車に乗って帰りました。帰りは阪急電車です。夢ちゃんもたくさんの電車乗ってもおりこうさんでした。ちょっと前まではお菓子やおもちゃを出して、何とか乗っていたのですが、すっかり、おねんさんです。そして、いつも私と一緒の時は「だっこ、だっこ」と、あまり歩かないのですが、今回は、抱っこは出来ないからね...とベビーカーも持参しないで行ったのですが、一度も抱っこは言いませんでした。これなら、また、どこへでもいけそうな...。次は、TDL?
2006年03月22日
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昨日はあいにくの雨のため、「手作りおもちゃ」というものを作ってみました。手芸は嫌いじゃないけど、もともと、洋裁のできる母の子供のせいか、家庭科の宿題も母に、最近でも子供の帽子のゴムを替えるのも母、パパのズボンのすそあげも母、と、私が家で針を持っている姿を子供達はほとんど、見た事がありません。今回、押入れの奥から裁縫箱を出してきて、ボタンつけなんてはじめると、子供達は目が・・・で...。でも、結構喜んでいました。牛乳パックの中にすずも入れて、なかなか、子供達もママが作った!と喜んでくれていました。がんばって、もうひとつ、作ろっと。この裁縫箱を久しぶりに開けたら、夢人がお腹にいた時に作った、長着、短着の生地の残りが入っていました。一瞬、心臓がドキドキしたけど、こんな所にも、夢人の思い出があった事にすごく幸せを感じる事ができました。夢人の生きた証が欲しいとあの頃は必死に探していたけど、あの子は私のお腹の中にいた事、私の子供であったことがしっかりと、残っていた事がうれしかったです。
2006年03月19日
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今日は幼稚園の終園式です。思い出せば、入園式の日は朝から下痢が止まらずにそれでも、大人たちの期待にこたえて『幼稚園楽しみ~』と笑顔で行った入園式。でも、小さな小さな体と心は緊張してたんだよね。いつもママの傍にいた歩夢が幼稚園と言う世界を歩き出した一年。いろいろと成長した事、うれしく思います。今日は幼稚園で辞められる先生のお別れ会もありちょっと早めに、アユムの精勤の表彰式を見に行きました。名前が呼ばれると、大きな声で返事をし、立派に賞状をもらう姿は、母も誇らしかったです。この間から卒園式で花束をもらっているシーンを見てか『僕も花束が欲しい』と言っていたので、大急ぎで花束を買いに行ってきました。プレゼンター夢ちゃんが花束を渡しました。アユムはちょっと涙ぐみそうになりながらうれしそうな顔で誇らしげにもらっていました。兄妹っていいな~。今日の日の事、忘れないでいて欲しいな~。明日から春休みです。みんなとは、大変だね~なんて話すのですが、実は、大好きな歩夢と毎日一緒に過ごせるのがうれしい、まだまだ、子離れできない母なのでありました。
2006年03月17日
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今日は朝からの雨です。自転車にさすベーがあるので、午前中はゆめちゃんと園庭開放へ行ってきました。お昼からは中華まんを久しぶりに作ってみました。以前、作ったときに数はたくさんできるものの、子供達はどうもあの、ジューシーな熱さが苦手でうけがあまりよくなかったのですが、思い切って、10個作りました。4個がぶたまんで、6個があんまんです。いつもは冷凍肉まんをチンして食べている歩夢にはこの、出来上がるまでの時間が長かったようです。きれいな照りが出るように、子供達にうちわでパタ、パタしました。あ~、中華せいろが欲しいけど、あまり、使わないかな?嫁に持っていった○趣会の蒸し器も結構、重宝してるしな~。
2006年03月16日
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明日、アユムの通っている幼稚園の卒園式です。人数の多い幼稚園なので、式に参列できるのるのは、卒園児の兄弟と皆勤、精勤(一日、二日しか休んでいない)お友達です。歩夢は気がつけば、2日しか休んでいませんでした。幼稚園嫌いの体の弱かった私から見れば、年少さんで2日しか休んでいないなんて、すごい!立派!とすごく感動しています。その式に出るために、何日も、普段のクラスから抜け出して、予行練習にも参加していたみたいです。このところ、よく『君が代』をうたっているとおもったら...。夢人は2000年の早生まれだからお空の幼稚園でも卒園式です。夢人は4日間と言う、短い一生だったから、あの子の生きた証がほとんどありません。夢人の名前を探しても、どこにも残っていません。だから、アユムの幼稚園でも夢人が入園したわけでもないし、あの子の卒園式なんかじゃないんだけど、歩夢が明日、弟として式に参列してくれるような、そんな、母としての思いがあります。今日、歩夢に「明日の卒園式、本当ならにーやんも卒園だから、 ポケットに、この写真もって行ってくれる?」って、小さな写真を見せたのですが、歩夢から返ってきた言葉は、「にーやんもお空で先生と、卒園式してるし、 明日の幼稚園に一緒についてくるように言うわ、 何時から?」と。そして、『明日、10時からやし、 僕と一緒に、幼稚園ついて来るんやで~』とやさしい声でその写真に話しかけていました。そう、あんな小さな子供に夢人の写真を持たせようと思った事、それは無理な事で、ちょっと、反省です。でも、歩夢の中ににーやんを思う気持ちはすごく伝わって来て、うれしかったです。ゆーと、お空の幼稚園も卒園式ですね。お母さんは見に行く事も出来ず、あなたの姿も想像しているだけですが、きっと、りっぱな礼をして賞状を誇らしげにもらっている事でしょうね。ゆうと、卒園おめでとう。
2006年03月13日
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そう、車酔いです。子供じゃなく私です。 小さなときから、ちょっと出かけても車酔い!遠足も必ずビニール袋持参、観光バスは教頭先生の横に座ってました~。飛行機も酔い止めを飲まないと乗れません。もちろん、遊園地の乗り物もダメでした。最近ではセスナに乗ったときも、家族でただひとり、空港のソファーでしばらく横になってました。子どもを膝に乗せて、ブランコもすぐに気分が悪くなります。三半規管が弱いんでしょうね。昨日はお義母さんが京都の南の端の城陽市に来ていたので、会いにパパの車で行きました。一時間ちょっとです。大人になってからは車に酔うことはほとんどなかったのですが、昨日は調子が悪かったのか、ずっと、気分が悪かったのでした。帰り、その気分の悪さをすっかり忘れて、マックのドライブスルーでポテトを買って食べ終わった頃に、やっぱり気分が悪い!寝ようと思っても、やっぱいダメ!助手席で吐いてしまいました。後ろで子供達から、「おか~さん、なにしてるの?」子供達は車酔いはいまだかつてしたことがありません。私に似なくて、よかった。ほんと、助かります。車のなかで、『お茶~』だの『おやつ欲しい~』だのそんな事、私に言われても、絶対に、子供の世話なんていたら気分が悪くなるので車の中では子供達もいつの間にか私には何も言わなくなりました。私の両親、どこへ行くのも大変だったんだろうな~と改めて、感謝いたします。
2006年03月11日
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「誕生死」 とは流産・死産・新生児死などを指し、たとえおなかの中で亡くなったいのちでも、出生後どんなに早く亡くなったいのちでも、私たちの子どもは、確かにこの世に誕生したのだという思いを込めた、造語です。今から2年ほど前の2003年11月に京都での誕生死のシンポジウムに参加した事があります。『誕生死』著者の、流産・死産体験者の話、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院周産期センター・橋本洋子氏(臨床心理士)、宮崎神経科嵯峨病院・田中啓一院長による講演、フリーディスカッションなどが行われました。このセミナーが京都であることを知った時に、ただ、経験した人たちが集まって、自分達の思いを話すセミナーではなく、医療関係の人たちにも参加するようなセミナーの内容でした。そして、ネットで申し込みをし、すぐに、私はあの、夢人の時の担当医、産婦人科の教授あてにメールでこのようなセミナーがあることを伝えました。最後の話し合い以来、会うこともなければ、こうして、メールアドレスを探してまで話す事はありませんでした。是非、先生に子供を亡くした後病室での孤独、病院を退院してからの子供のいない母の気持ち、次の妊娠への不安な気持ち、また、病院でのケアの事についてもしってもらいたく、指導する立場の教授として、京都でこのようなセミナーがあると言う事を医師だけではなく、看護師、助産師さんたちにも伝えて欲しいと、メールしました。一方通行のメールになってもしょうがないと思っていたのですが、その教授から返事が来ました。そして、その日は学会があるが、京都駅に○時に着くので、遅れてでも行かせてもらう...との事でした。そして、その誕生死セミナーの著者のMさんにも大学病院の医師も参加してくれることを伝えると、医療関係者の男性の方から出席があって、びっくりされている所でした。その当日200人というたくさんの人が参加されていました。休憩を挟んでその医師を探すと、大きなかばんを横に置き、座られていました。3年ぶりに見る顔、あの時の事が甦ってきました。いろんな思いが、私の体の中でいっぱいになりました。勇気をだして、今日来てくださったことの御礼をいいに近寄りました。そして、横に座わるように勧められ後半はずっと隣に座って、セミナーを聞いていました。そして、いろいろと話しをしました。夢人がどうして亡くなったことではありません。私が病院を退院してからの今日までの気持ち、次への妊娠の不安、そして、病院選び、医師選び、出産への不安がどれほどだったかを話しました。教授は「どうして、次もうちの病院へ来なかったんだ~」と苦笑いされた顔は今で忘れられません。先端医療を求める医師と、心のケアを望む患者とはなかなか、話しは交わる事はありませんでした。でも、あの時勇気を出してメールをし、そして、会って話しが出来た事はよかったんだと思っています。ひと区切りついてまた、新しい一歩を歩き出したそんな一日でした。あの日、教授と話しをしている時にたくさんの看護師さんたちが教授の傍に来られました。ある看護学校の教授も来られ、『どうして、先生がここに~、先生も変わったわね~」と言われていました。歩夢が生後10日間保育器に入った小児科の看護師さんにも会うことができました。教授がこのセミナーに参加されたことで、患者さんの気持ちに寄り添う、そんな先生になっておられる事を願っているのですが...。誕生死の著者の方も何人か来られていました。夢人を亡くして、まだ日が浅い頃、ネットのなかでだけど、メールで話したり、メーリングリストで気持ちを聞いてもらった思い出の人たちです。もう、しばらくネットででも話す事がなくなっていましたが、はじめて会うことが出来て、初めてなのに、久しぶりに再会したような、不思議な気持ちでした。一昨日の日記に教授の話を書いて、この誕生死のセミナーでの出来事を思い出して書いてみました。誕生死した、子供達がお空では苦しむことなく、楽しく過ごしていますように...。
2006年03月08日
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子供を寝かしつけながら今日の新聞を読んでいました。その見出しに、『産科医の不足深刻』『府北部の公立病院、出産予約相次ぎ休止』『訴訟激増、将来不安…若手医師ら敬遠』と大きく書かれていました。この間から、お邪魔させてもらっている、琴吹つかささんやひまわりぽやさんの所で医師たちの声を読ませてもらって、京都の北部でも話されていた医師不足が出ているんだと読んでいました。でも、最後の大学病院の教授の名前を見て心臓が飛び出るほど、ドキドキしてしまいました。このような、言いようのないドキドキした不安な感情は久しぶりです。というのも、この大学病院の教授は長男夢人を産んだ病院の検診からずっと見てもらっていた担当医です。夢人の出産はフリーページの夢人の記事を読んでもらえると、どんな出産だったか、わかると思います。出産した次の日、私のベットに来て、その教授から『今見てきたけど、あかんわ~』と、首をかしげながら夢人の様子を話しました。そして、夢人のがんばった4日間、何度も病室に来ては、出産の経緯を話しにきていました。小児科の医師から、「どうして、ここまでお腹の中でほって置いたのか?」見たいなニュアンスの事を言われました。だから、教授が話した事は、できるだけメモをしました。夢人が亡くなった瞬間も、その医師は立ち会っていました。そして、私達夫婦に、「すまんかった」と言いました。それから、私はその「すまんかった」の意味が理解できずにずっと、悶々としていました。6年たった今でも理解はしていません。そして、医師や看護師達病院側と私、母、姉と話し合う日がありました。主人とは裁判をするそんな気力なんて、なかった気がします。私が納得できるようにとその話し合いの場に行く事を薦めてくれました。そして、誰かを責めれば最後には夢人を責める事になる...とそう、釘を刺されて話しを聞きに行きました。そう、結局いくら話しても病院側は自分達を守ることを言い、そして、私の事も妊娠中も管理も行き届き、何も悪くない...とそういってもらい。そして、結局は主人の言っていた通りに、死んでしまった、何も言えない夢人の生命力のなかった事に、行き着きました。教授は言いました。陣痛促進剤を使えば、裁判に負けるから私は使わない!その言葉で夢人は、医師が自分を守るための医療しか受けられなかった、それ以上、何も言葉が見つかりませんでした。その話し合いが終わってわかった事は私の大切な夢人はココにはいない、いくら恨み言を言っても、話しても絶対に戻ってこない、もう抱くとも、おっぱいをあげることも、あの子の成長を見ることも出来ないそんな現実でした。そして、今日の新聞のその教授の最後の言葉は「今の学生は医療ミスや勤務条件に敏感で、 報酬や環境面で他診療科と産婦人科医の待遇の差をつけないと なり手がいなくなる」と締めくくられていました。医療ミスに敏感?あなたはその医療ミスに敏感だったのですか?そして、これからの産婦人科医を育てる立場として、どのように私のような悲しいお産を伝えているのですか?私のような出来事はあなたにとって、なんでもない過ぎ去ったひとつの出来ことなんでしょうか?そして、裁判に負けない医療を学生達に教えているんですか?
2006年03月06日
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3月3日のひな祭りは終わったのですが、本日、お雛様パーティーをしました。夢ちゃん、3回目のひな祭りです。初節句は実家で過ごしていて、ちょうど4月の新築工事に向けての引越しの準備真っ最中で、初節句どころではありませんでした。去年は我が家の新築工事の為、またもや実家で居候と言う事でひな祭りももかんたんに済ませました。今年はお雛さまも飾る事ができて、おじいちゃん、おばあちゃん、そして、私の姉家族と一緒にパーティーです。お料理も...。いろいろとメニューを考えていたのですが、まずは、お決まりのおすし、デコレーションの型でケーキ寿司をパパと歩夢が作りました。菜の花の辛し和えや、から揚げ、いろいろと作ったのですが、昨日、パパの実家からたくさんのカニが届いたので、どちらかというと、「かにすき」がメインディシュになってくれて、ちょうど、よかったです。子供達はお客さんが来て、一緒に食事が出来るのがうれしくてたまらないようです。「うれしいひな祭り」を歌ったり、大はしゃぎです。来年もまた、みんなに来てもらって、パティーしようね。かには元気に泡を出して、はさみを動かしていました。アユムは怖がりです。夢ちゃんは面白そうにずっとさわっていました。
2006年03月05日
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4歳の歩夢はこの一年でずいぶんと成長したな~と感じる事がよくあります。にーやんのことに関してもいろいろと私に質問したり、自分から話しかけては、私に報告してくれます。今朝、何かテレビを見ていたときに、「にーやんもお墓にいるの?」って聞いてきました。実はまだ、納骨はしていません。『まだお墓に入ってないよ、そこに、いはるやろ~」ってお仏壇ではない、遺骨を置いている所を指差しました。お母さんが寂しいから、まだお墓に入れてない事を言うと、「にーやんは、お空の神様がいるからいいんや、 寂しいって言うてるよ」って、私の事じゃなく、にーやんがいつまでもお空に行けないで寂しがってるようなそんなニュアンスの事を歩夢が言いました。心臓がドキドキしました。そう、あの子を納骨しないでいつまでも私のそばに置いているのは私のエゴです。最近は周りから言われなくなったけど、早く納骨しなさい、あの子が浮かばれない、生まれ変われない、次の子を授からない、とさえ言われてきました。あの子を小さな小さな棺に入れるときに剥製でも良いから、私の傍においておきたい!と叫んでも、誰も聞き入れてくれませんでした。だから、せめてこの遺骨は私のそばに置いておきたい。誰にも何も言わせたくない!そんな思いから、6年が経ってしまいました。今日のアユムの声が、夢人からのメッセージだったんでしょうか?4歳の歩夢が納骨した方がいい、なんてそんな会話が出来るはずなんてないのに、お墓に入れてあげたほうがいいよ...なんて言われたら、最近になって、納骨はしない、私の遺骨と一緒にお墓に入れてもらうつもりでいたのですが、ちょっと、気持ちがゆらいでしまいました。ゆうと、ごめんね、お母さんはまだ夢人だけ遠くのお山のお墓に入れることが出来ません。そこにはきっと、たくさんの守ってくれるご先祖さんがいてくれるはず、おじいちゃんもいてくれるんだよね。ごめんね。
2006年03月03日
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お友達の家へ遊びに行くので大急ぎでパンを焼きました。仕上げ発酵が終わって、今からオーブンで焼成です。マヨネーズパンロールパンぶたさんのパンそして焼く事12分こんなん焼けましたけど~今日はお雛様パティーと題して、お友達の家へ遊びに行きました。幼稚園バスが3時半、それから着替えて、今日の園でのお楽しみ会で見た『マジックショー』を歩夢が再現するのを見て、大急ぎでお友達の家へ自転車で行きました。大人たちはおすしを頼んで、子供達はお友達の作ってくれたご飯を頂いて、結局、8時まで話し込んでしまいました。明日、幼稚園があるのにね!子供達は暗くなるまでお友達の家にいられたことがすごくうれしかったみたいです。まあ、たまにはこんな日もあってもいいか!
2006年03月02日
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今日はあいにくの雨です。今日の「つーじいパン教室」のメニューは山形食パンとチーズ、レーズンバンズです。このところ夢ちゃんが非常に朝寝坊です。ほって置いたら10時でも寝ています。でも、今日は10時からのお教室なので、早めに起こさないといけません。でも、起こせば、いろいろとぐずぐずと手がかかるしー。山形食パンは一番シンプルなパンですが、私は一番難しいと思っています。そう、ごまかしがきかなのです。こねあげ温度、発酵時間なんか全部、正直に出てきます。レーズンバンズ、チーズバンズも上をはさみでカットした所からレーズンや、とろとろチーズが顔を出して、おいしいパンが焼きあがりました。みなさんで試食してネスプレッソのコーヒーをのんで、幸せなひと時を過ごしました。
2006年03月01日
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