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点滴の準備しながら、退院後の食事の注意点を看護師さんが話し出した。「高血圧の時の食事の注意点を覚えていますか?」もちろん。すごく苦労したから忘れるわけない。「大量の野菜、果物、水分です!」「もっと大事なことがあったでしょう!」少し怒ってる。「あ、減塩ですか?」「そうだったでしょう!どうして高血圧になるかは知ってるの?」「はい!副腎腫瘍のアルドステロンのせいでした。カリウム製剤を飲んでもひどい低カリウムだったので、野菜、果物の大量摂取したうえ、野菜ジュースも毎日500mlパック飲んで、お水も1L以上飲んでいました。大変でした。」大変でしたね、とか同意してくれるかと思いきや、「私はカリウムには詳しくないけど、これからそんなに食べてはいけません!」怒ってる(;_;)もう治ったので普通の食事してるよ。高血圧の時の事を正直に答えただけた。私の以前のカルテで病歴確認したんでないの?前の病棟の真下です。って言ってたじゃないか。気まずくなって後日資料を用意するから、インターネッが使えるなら見ておくように言われた。後日、看護師さんがペーパーを持ってきた時、既に患者用PCでプリントアウトしていた資料を広げていた私。基本は同じだが、指向が違っていた。患者用PCは病室フロアにないし、安定剤でボンヤリした脳梗塞のおばさんが他所のフロアまで行ってインターネット使うとは思ってなかったようだ。熱心な若いナースさん(^人^;)原発性アルドステロン症っていう高血圧だったんだよ。ネットで調べてね。
2011.07.31
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私はナースさんたちにとって、我が儘で良くない入院患者だ。態度や言葉の端々でわかる。きちんと言い付けは守り治療に専念してるつもりだが、看護記録には否定的な記述が並んでいる。MRlや検査を嫌がり一度帰ったこと。入院を嫌がって、早く帰りたがっていること。すべて病棟ナースさんの勘にさわっているらしい。「そんな我が儘なあなたでも、受け入れてちゃんと治療してもらえているんですよ、自覚してくたさいね」という調子だ。せっかく親身?で丁寧?な看護を頑張っても、「帰る帰る」ではそれを全否定してるように感じるのだろう。神経内科の主治医も看護師さんも「長い人生のうちの1・2週間の休憩じゃないですか」というけど、10年以上の難病との付き合いを一年がかりで検査治療、半年の間に五回も入退院。しまいに手術して落ちついたばかりだ。全くちょっとの休憩ではない。カルテは共用されてるようだが「前回なんで入院したの?ときかれる」くらい。今朝は悪夢で目が覚め、たまらず安定剤を飲んだ。脳梗塞という病気のショックと、病院に関する嫌なことが思いだされて、それに毎日の入院のストレスが加わり、心が日に日に壊れて行く。デパス、マイスリー、デパス、デパス。病状が悪化しそうだ。麻痺が軽くなっても、精神が壊れるようだったら・・・(前回原発性アルドステロン症回復後、復職したら、ごっそり記憶がなくなっていて愕然とした)明日で発症8日目。退院の予定ではある。デパス。デパス。デパス。今夜は大丈夫だろうか?
2011.07.31
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入院の目的に治療、リハビリときいていたが、一向にリハビリがない。ベッド上安静が続いていた。今日、主治医から病室フロア内の散歩とシャワーの許可が出た。これがリハビリ?一応マヒは左足を軽く引きずるだけだからなのかな?半年以内は回復が進むけど、それ以降マヒが固定すると後遺症となります。と先生。4日ぶりのシャワーは気持ちいいけど、びっくりするくらい疲れた。やっぱり左半身全体がかすかに麻痺している。顔は大丈夫。左手は携帯を打つのに不便はないくらいの動き、お茶碗は持てるけど重たい。歩くとマヒが目立つ程でもないが左膝から下が怪しい。これ以上は贅沢かもしれないが、なんとか元通りになりますように(*^_^*)
2011.07.30
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起きると頭がすっきりクリアになっていた。左側の麻痺は少しずつ軽くなっているが、左足は相変わらず引きずる。それでもかなり軽症なのを喜ばなければならない。朝、主治医に聞く。点滴は発症後1週間まで続ける。先週月曜日発症したので、次の月曜日まで。点滴が終わったら退院していいって言われました(*^_^*)症状が安定するまで2週間かかるから、それまで入院していたほうが良いらしいけど、心が壊れて安定剤飲み続けるより、自宅安静の方が良いかもとのこと。この期間に再発する人もいるそうです(運が悪いと病院で安静にしていても再発するらしい)。突然休んだので、月末の片付けだけでも仕事に出たいなあ。
2011.07.30
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カタクロット40mg朝晩点滴6本目。朝食後バイアスピリン100mg。脳血栓に対する抗血小板剤治療がよく効いています。朝起きると少しずつマヒが弱くなっています。この点滴治療中は安静第一。歩いて行けるのはトイレだけ。検査には車椅子で連れて行ってもらいます。発症後1週間続けるそうです。この間お風呂、シャワーもだめらしく、タオルが配られます。ああ、お風呂に入りたいなあ。
2011.07.29
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閉所恐怖症の私はMRIが怖い。シンチグラフィーも潰されそうでダメ。以前検査入院した時、気軽に検査に向かった。そして、閉所恐怖症がやって来た。「狭いですー、怖いですー、止めて~!」大騒ぎ。今ほど患者に優しくなかったし、担当者の性格もあっただろう。検査はしっかり行われた。終わった後の私は涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。ショックで左半分が数時間マヒ。しかもその後、人と話ができなくなり、精神科に行った。パニック発作後のうつ症状とのこと。回復に半年以上かかった。こんな経験があるとMRIへのハードルはものすごく高い。しかも救急外来で脳梗塞の疑いで検査=入院だ。お医者様は検査の必要性を説いたかもしれないが全く覚えていない。いかにMRIが怖いか、入院したくないかを切々と語って強引に帰った。すでにパニック状態だったと思う。翌日、心を守る為、安定剤デパスを2錠飲んでMRl検査した。薬の影響でぼんやりふわふわしながら検査結果をきいて、脳梗塞の治療開始。気づいたら入院して病室にいた。安定剤デパスは入院生活の必需品となってしまった。
2011.07.29
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初めは左手がしびれて目が覚めた。以前肘を痛め、肘部管症候群になってしまい、左手がしびれるのはよくあること。午後から、足にも違和感が出て来たけど、重度高血圧の後遺症で、これも時々あること。どちらも半日ぐらい続いて治るので気にしなかった。ここで既に6時間のタイムリミット超過。その夜は左側が不便な日だったな。と眠りにつく。24時間経過。翌日の午後も、左側マヒが続いているのが気になって、診察予約の電話すると、救急外来にくるように言われた。CTでは異常なし。手足のマヒも自分では感じるけど、検査で明らかという程でなかった。救急外来ののんびりした若い先生は、うーん、もう2日経ってるしなぁ、MRI撮りましょうか。と言う提案に、恐くて撮れませんと拒否。応援に来た神経内科の医師と二三日中に再度検査に来ることを約束した時点で36時間経過。3日めの朝、左足にはっきりマヒがでてた。状況の理解はできていたので、諦め・覚悟・絶望等々と一緒に入院用品をまとめて朝一番で病院の受付をする。一番で診察、検査、すぐ治療開始。そのまま病室が空き次第入院。自分で車を運転して病院に行ったけど、こんな時は救急車を呼んだ方がいいらしい。看護師さんたちが「自分一人で来てる」「車運転して来てる」とささやきあっていた。診察後はずっと車椅子に乗せられて、すっかり病人になった気分だ。もし、普段左手足がしびれることがなかったら、CTだけで脳梗塞がわかっていたら、MRIを無理やりでも撮っていたら、もっと早く治療開始していただろう。それは終わったことなので仕方ない。納得はしている。もし、これを読んだ人が異常を感じたら、すぐ病院に行くようにださいね(; _ ;)/~~
2011.07.28
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脳梗塞になってしまった。左半身マヒ。昨日朝来院、検査後、カタクロット点滴開始。発症48時間ぐらい。昨日2本。今朝から3本目の点滴中。今朝起きたら、麻痺が弱くなっていた(*^_^*)少し引きずるけど、歩けるし、携帯も打てる(私は左手で打つ)本当に間に合って薬が効いて良かった。3時間、6時間以内だともっと劇的に回復するらしい。しびれや麻痺がでたら直ぐ病院へ行くのだ!
2011.07.28
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一昨日から左側マヒ。普通にあるいたり、作業はできるけど、多少へんなかんじ。昨日救急外来でCT異常なし。MRIを閉所恐怖症の不安感が強すぎ断念。マヒが強くなって来たので、諦め・覚悟・仕方なしに診察に来た。MRIには小さな脳梗塞が映っていた。入院して、カタクロット点滴中。やれやれ。
2011.07.27
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原発性アルドステロン症(難病)がほぼ確定したある日、それまで通院検査をしていた小さな総合病院の診察室。「手術の確定検査と、手術はこれから紹介する・・」と主治医が言ったとたん、 「大学病院には絶対に行きません!!!!!」 (その時、山陰の片田舎では最終検査の副腎静脈サンプリングと 腹腔鏡副腎摘出手術は大学病院か横浜労災病院の他は選択肢がなかった) 「絶対に行かないのはどこの大学病院ですか?」 「地元大学病院にはつらい思い出がありすぎて 心理的に絶対無理。ムリムリムリ!!です~!!」絶叫。私の病状はかなり進行して、血圧は200/120以上、高血圧による諸症状、1日30錠以上も飲む薬の副作用でふらふらしながらも地元大学病院絶対拒絶。死んでも行かないのは明らかだった。横浜労災病院の順番待ちが検査3ヶ月、その後手術3ヶ月待ちということで、高速バスで通える(日帰りは無理)都会の大学病院を紹介してもらった。まあ、都会の某大学病院も同じのはわかってたんだけど、それでも大学病院らしさがオブラートに包まれていてさすが人口が多いってステキ☆だった。大学病院のウラは墓場から はじめに p4 ある大学病院の関係者は、「大学病院、患者の期待に応えることはできない」 ときっぱり言った。さらに「そもそもそんな期待には応える必要がない」とも。第一章 「大学病院だから安心」ではない p29 大学病院の主な役割は、診療、教育、研究の三つである。大学病院のウラは墓場30年ほど前、母は当時かなり珍しい症状で地元大学病院に紹介された。ちょうど年度末を挟んだこともあって、担当医師がころころ代わり、新人医師が入れ替わり立ち代り、さんざん「研究」の対象となった。「診療」されても「治療」されることなく悪夢のような半年間の入院を終え、冷たくなって帰ってきた。その大学病院はまさに「白い巨塔」だった。[DVD] 白い巨塔 劇場版
2011.07.21
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一口おかきが8枚、今回は22袋の缶京の四季あられ八撰をぐら山春秋 中缶(8ヶ入り22袋)人数に応じて分けれるのも、食べ切りなのも、もちろんとってもおいしいのもGOOD。百人一首の包装紙ですぐわかる、「あ、おいしいおかきだ!」受け取る前からうれしくなってしまう。
2011.07.20
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我が家のかかりつけのお医者さんは田舎のおじいちゃん先生。子供2人は妊娠、出産、を経て生まれる前からかかりつけ。風邪をひいても、蕁麻疹が出ても、怪我をして縫うの全部このお医者さん。何でも診てくれるけど、本来は内科の先生。ヤブのうわさも高い。けれど、夜8時まで開いている医院に夜7時ころから来る人たちは、6時までに市内の病院へ通ったり、大きな病院に行けるような家庭の人ではない。あまり早くよくならなくても、赤ちゃんはどの病気でも薬が同じじゃないか、変だなあと思っても(乳児期は必ずオレンジ色のシロップ3日分、症状で多少色が違った)縫合が荒くて、縫目が傷跡に残っても、夜8時まで診てもらえるというのはすごくいい。なかなか症状が改善しなければだまってよそのお医者に行けばいいのだ。大きな病院に行っても、先生を指名するだけの知識はないし、大学からの先生ってこともあるだろうし、夜間救急で行くとアルバイトの研修医ということも大いにありうる。いい先生でも人間同士では相性もあり、ある程度、何かを割り切るのは大事だと思う。偽善の医療
2011.07.18
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20数年前、子供たちを産むときお世話になったのは、我が家のかかりつけのお医者さんおじいちゃんおばあちゃんや、赤ちゃんや子供たちと一緒に妊婦さんもときどき交じっていた。旧郡部、田舎のおじいちゃん先生の婦人科は設備は古く、悲しくなるような診察室だった。友達もできず、入院設備も一部屋だけ。自分(と生まれた子)だけで一週間。けど、その医院は夜8時まで診察していたので、仕事を休むことなく産前検診に通えてとても助かった。産後も、乳児健診も予防注射もすべてそこ、当時のアパート、保育園のすぐそばという立地はワーキングママにはとてもとてもありがたかった。松江市内で病児保育の面接をしたとき、「あの先生、まだお産扱ってるんですか!」と大きな病院のお医者さんが驚いておられた。【ガラスオブジェ 宇宙庭園】
2011.07.16
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二十数年前生まれた時から、子供のかかりつけは医は、保育園・小学校すぐそばの某医院。高血圧から怪我、結膜炎まで何でも診る、昔ながらの田舎のおじいちゃん先生。かなりアバウトで「ヤブ」のうわさも高い。それでも夜8時まで診察してて、電話すれば夜中も診てくれる、ワーキングママには頼りになる先生でした。かれこれ20年、医院を改築して息子先生が院長さんに変わっても先生はまだまだ、お元気で現役です。受付で「おおせんせい」と指名する患者さんがいるからです。娘もその一人。「あのね、他の病院に行くより早く良くなる気がするの」赤ちゃんの時からずっと通院してたので、お互い様子がよくわかってるし、「おお先生に診てもらうとよくなる」と条件付けがされている。たとえば風邪だと「いつもの風邪だね、これを飲んで早く寝ると治るからね」そんな風に、薬だけでなく、「これで治る」という安心感も処方してもらうのだ。銀河の雫 オブジェ【ガラスオブジェ 宇宙庭園】
2011.07.14
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娘は顔を十数針縫ったことがある。高校生の、ある日曜日の午後、近所の側溝で2メーター程を自転車と一緒に落ちた。携帯連絡受けて行くと、ドロドロべちゃべちゃで血だらけ。下頬から顎にかけて10×1.5センチくらい、かなり深く、顎の骨が見えるくらいの重傷。一緒にいた友人は「もうだめ?」とべそをかいてる。「あ~これはいかん、救急だよ!」夫婦で救急病院に連絡しながら車で向かった。15分ほどで到着した病院で、若い救急のお医者さまは傷を見るなり、「僕は、女の子の顔は縫えません」と静かに断言。「連絡しますので、他の病院へ行ってください」連絡してもらった病院に着くと、先生が待っててすぐに処置してくれた。傷跡は少し残るけど、落ち着いてから目立たないよう治療しましょうと言われた。我が家からは少し遠く、消毒やガーゼ交換に通うのが大変だった。顔に大きな傷跡が残ることを覚悟していたけれど、思いのほかきれいに治って、ほとんど目立たず、一番ひどかった顎のあたりに跡がはっきり見える程度。高校卒業の時、傷跡を消しに病院に行こうか?と聞いた返事は「めんどくさいから、いや!」全く気にしていない様子なので、親のほうも不憫だとか、思うことをやめました。最初に行ったのは松江生協病院、縫ってもらったのは松江赤十字病院。どちらの先生にも大変感謝しております。かわいいからだの救急箱
2011.07.10
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前回、知りあいが乳癌で乳房を全部摘出してから、病院を選ぶ、情報を集めるということの大事さを改めて感じたので、私の病院履歴を書いておく。今から30年以上前、10代の頃、皮膚移植をした。練炭あんかでできた低温やけどが、深く化膿したのだ。むこうずね、短いソックスのゴムのあたりに、ふとももの皮膚を切って、丸く縫いつけ、ばってんにしばって縫ってもらった。傷跡は汚く、なかなかきれいにならず、新しくできた皮膚は毛穴もなくつるつるで、何年も変な違和感とうずきを感じ続けた。五百円玉程度の傷、自分の皮膚移植でもこれなら、他人の臓器移植の拒絶反応の凄まじさはいかばかりだろうと想像してしまって移植のニュースがやけに生々しく感じられた。病院の上手なつかい方一昨年、大学病院に入院した際、担当の研修医さんにふと足をだして植皮の後を見てもらった。「これはきれいについてますね~、 上手な人にやってもらったんですね」と言われた。「これ」は当時「切ったり、貼ったりは◎◎さん」と有名な地元の病院で処置してもらったもの。近所の人はけがをすると100%そこに行っていたと思う。口コミは正く、名医だったわけです。もう当時の先生はいらっしゃらないだろうけど、今もその病院は外科を中心に発展していて、小さいながら、山陰で唯一のガンマナイフセンターになっています。米子市の高島病院なのでした。手術数でわかる いい病院(2011)
2011.07.08
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ここんとこ、精神的引きこもりが続いてる。知り合いが乳がんで手術したので衝撃をうけたのだ。私が内視鏡手術したとき、同室は乳癌の人で、内視鏡で乳房温存の方たちばかりだった。乳房を残してもそれほど術後生存率が変わらないとか、ごく初期はもちろん、進行していたら少し治療して、がんを小さくしてから手術すると聞いた。知り合いは、健康診断で胸のしこりが見つかり、検査の結果、ごく初期のがんで転移もしてない、もう大きな孫もいる年なので、思い切って、早々に、ざっくり乳房を全摘したのだそうだ。命には代えられないからと。。。。。しかし、術後、乳房がなくなったことが思いのほかショックで精神的にものすごく不安になってるそうだ。そんなんで、回復もものすごく遅い。話を聞くに、乳房保存する手術を知らなかったか、がんを体内から一刻も早く取りたかったのか、ここいらは田舎なので、乳房温存の術法を取り入れてない病院だったかもしれない。実は私も以前から、体のあちこちに精密検査要の「何か」を抱えてる。けれど、長年の原発性アルドステロン症(難病)を手術して1年。ようやく落ち着いたばかり。当分、これ以上の精密検査や治療には肉体的・精神的に私が耐えられそうもないため、主治医同意であえて精密検査をやめてる。ほんとに人ごとではないのでショックだった。一日も早い回復を毎日お祈りしている。
2011.07.06
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長期保存の豆腐。5月10日に買ったのもが12月14日の賞味期限。半年くらい余裕で大丈夫。内容は160g。 200mlの紙パックジュースと比べると同じくらいの体積で、ずんぐりむっくり。上下をハサミで切って開けます。ツルっとしっかりした絹ごしで豆腐の味が十分美味しい。冷奴で1人前には多く、2人前に少し足らないか、一品足らない時にはちょうどいいくらい。保存は10℃以下。夏は冷蔵庫に入れなきゃなんないけど、冬は大量に買って物置にでも置ける。何より冷蔵庫にお豆腐が常備されてて、賞味期限を気にしなくてもいいというのは気分的にかなりうれしい。
2011.07.02
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春から地デジ対応のため、我が家にケーブルテレビが来た。びっくりしたのはチャンネルがいっぱいあるってこと。今まではNHK、NHK教育、民放3社。ほとんどテレビを見ないのでこれでも十分過ぎるくらいだった。節電の夏といわれてるけど、テレビ局輪番休業にしてもまったく問題ないと思う。マスプロ電工/maspro MCT2B(BK)(UHF卓上アンテナ/ブラック) / MCT2BBKアナログ受信は共同アンテナだったけど、デジタル電波はアナログより入りやすかったようで、周りのおうちはどんどん屋根にアンテナ設置。特に電波状況の悪い我が家は、仕方なしにケーブルテレビを申し込んだ。
2011.07.02
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