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1年先輩のMYさんIYさんが昨年12月でシニア継続社員を辞められ、完全に退職された。 この4月で65歳になるので、どのように上司から言われるのかと思っていた。3月に入った頃、5月以降は週5日の勤務は無理だが、週3日の勤務なら可能と言われた。上司が人事への伺いを作成し、提出したところ、人事のガイドラインでは週2日なら、職場の意向でそのまま通るが、週3日の場合、それなりの理由と事業所長の決裁までが必要との指示が返ってきた。 以前から週3日(火、水、木)は今の仕事を影響なくこなせる最善の働き方だと思っていたので、よかったと思っていたが、週2日は中途半端な感じがして、上司からこのことを言われた時すぐに「了解しました」と言うことができず、「考えさせてください」と、態度を保留した。カミさんと相談。「2日でもいいじゃない,3日出たければボランティアで出ればいい」との言葉で翌日上司に了解した旨、回答した。その後、この件については何の話もないので、5月からは週2日の勤務になると思っている。 現在、60歳で定年となった人で、退職するのは2割、8割はシニア継続社員となって残っている。年金の満額支給までの空白を埋めるための企業の対応だが、シニア1人で若い人は2人雇えるので高齢者の人件費負担も相当なものだと思う。企業もずるずる、高齢者を置かないという姿勢が見えるようになってきた。 週3日なら現在の業務にそんなに支障は出ないと思っていたが、2日では業務を引き継ぐ必要があるため、先週はA3 1枚の作業項目毎の引継ぎリストを完成させた。リストを作成しながら、この業務をさらに発展させるには、いつまでもシニアが抱え込んでいてはだめだという思いを強くした。 引き継ぐ先は計画業務は40代の社員。実務は請負会社の40代と20代の派遣社員。 来週、この引継ぎリストに基づき、上司と打ち合わせ。その後、関係者に説明し、了解を得る予定。引継ぎリストの出来栄えに自己満足している。これが一つの転向点になるので、いままでとはまた違ったことができそうな予感がして楽しい。 今日は18時からスナック『みく』のママの慰労会がある。今週は今日で3回目になる。28日(水)はKMさん、OTさんと『みく』が店じまいするのでと二人を誘った。『みく』の常連、IMさんも自分の定年祝賀会の二次会で、一緒に定年祝賀会をおこなったEMさんと来た。一人一人、ママとの2ショットの写真を撮った。 29(日)はYHさんの定年祝賀会。某原子力プラントの現地責任者。さかんに現地に見学に来るように言われる。カミさんにこのことを話したら、是非行くべきだと後押しされた。帰省を兼ねて行ってきたらと言われので、2日勤務で拘束されるものも少なくなるので、計画しようと思う。 今日は『みく』の常連が楽しい集いの場を与えてくれたママに感謝し、10数名で最後のカラオケ。どんな展開になるのか、チョット予想できないとこもある。
2012.03.31
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一昨日、大飯原子力発電所の第一次ストレステストに対する、原子力安全委員会が開かれ、斑目委員長の委員会後の記者会見のニュースが流れていた。斑目委員長の会見内容は何が言いたいのか、よくわからなかった。きっと、こう言いたかったのではないかと思う。1.ストレステストはあくまでもコンピュータ上のシミュレーションで、今までの知見で得られた範囲の中で人が設定した境界条件の中での検討で、境界条件が変われば、結果は異なるため、ストレステストで原発再稼動の安全を保障することはできない。ストレステストの手順、内容については、現在の知見で、技術的に問題ないと。2.そもそも、安全とは「許容できるリスク」であり、「許容できるリスク」のレベルを決めるのは国民一人一人であって原子力安全委員会が決めることはできない。人が係わる技術においてリスクゼロはありえないし、「許容できるリスク」か否かの判断は国民一人一人すなわち政治的な判断にならざるを得ないと。 「許容できるリスク」は同じシステム、製品であっても時代とともに変わり、「許容できるリスク」のレベルはどんどん、厳しくなってきている。技術者はリスクアセスメントをおこない、その時代の消費者が期待しているレベルを把握し、リスクが顕在化しないような設計を行う。リスクを取り除くための対策には当然コストがかかるため、消費者が受ける便益とリスクを対策するためのコストとを比較し、便益に対し、対策のためのコストが余りに大きい時はリスク対策を行わなくてもよいとされている。 この時、どこで対策するかしないかの線を引くかは、そのシステム、製品に係わっている技術者とその技術者の属する企業・組織の倫理観に依存することになる。 飛行機は100年の歴史の中で、現在、100万回離陸当たりの死亡事故は1件以下になっているが、毎年、世界のどこかで死亡事故は起きている。自動車は240年の歴史を持つが、国内で約5000人方が交通事故で亡くなられている。飛行機も自動車も毎年、死亡者が出るリスクはあるが、その利便性のため、「許容できるリスク」=「安全」ということで、飛行機、自動車を排斥する声は聞こえてこない。 原子力の歴史は50年しかない。昨年11月に世界の人口が70億人に達したという。餓えや貧困それに起因したテロ・戦争をなくすには、エネルギーの確保は必須条件であり、70億の人を一定の生活レベルに持ち上げ、維持するためには、力学的エネルギー、化学的エネルギー、風力・太陽光エネルギーではまかないきれない。エネルギー密度の高い核エネルギーにたよるほかないと思う。
2012.03.24
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この3月末でスナック『みく』が店じまいする。5年前の定年祝賀会後の二次会の場所がなく、1年先輩のMYさんに相談、紹介されて、この店を知り、5年間、平均週1回は顔を出した。ママから店を3月で止めると聞いたのは、2月17日『みく』に行ったときだった。 このため、IMさんの『みく』での定年(還暦)祝賀会は3月16日に行った。3月21日にはこのスナックの常連客を主なメンバーとした最後の第18回懇親ゴルフコンペが行われた。前回12月に行われたコンペでブービーになり、幹事をやった。受付、スタート前のミーティング、表彰式の司会と色々、気をつかうことは多いが、12名と人数も多くなく、気心がわかった人ばかりなので、プレッシャーにはならない。 懇親会でスナック『みく』はなくなるが、ゴルフはこのメンバーで続けようということになり、5月末に新たな形でスタートすることになった。今回、またブービーになってしまったので、常任幹事のMYさんのてことなって動かなくてはならない。 来週はスナック『みく』の最後の営業週になる。水曜日、木曜日そして金曜日の3日お店に顔を出そうと思っている。 金曜日はママの『みく』の退職の日。定年の時、花束を貰っているので花束を渡そうと思っている。 【なぜお店を辞めるのか(本人談および推測)】 1.お店の売り上げが少なく、赤字ラインすれすれ。気を使い、苦労している割には利益が 出ない。 2.昨年中に店を辞めるを考えていた。時々、病気にもなり、店を休むことも多くなった。 髪は茶色に染めているが、本当は真白。若い頃はスタイルもよかった。 3.子供(1男、2女)を育て、結婚させ孫も一人できた。バブルのはじけた17年前、周囲 から何で今の時期に水商売をはじめるのと言われた。何もわからないままこの世界に 入り、カウンターの影で泣きながら、今までやってきた。 4.客層は悪くはないが、あまりに家族的になり過ぎて、客にも甘えが出て、商売として 成立しなくなってしまった。 スナックは客にボトルを入れさせ、カラオケを1曲200円で歌わせることによりお金 を稼ぐが、『みく』は客が自分の好む酒の持込が可能。カラオケ代はとらないので、 何曲歌ってもタダ。 飲み代はほぼ定額制。5000円、6000円、2000円~3000円。 5000円と6000円では料理の内容に差がある。18時からはじまり、ママの手料理を 食べ、お酒を飲み、3時間から長いときで4時間のカラオケが標準のパターン。 2000円~3000円は8時以降、二次会の場合の値段。 5.故郷にいる母親から苦労して、体を悪くしてまでお店をやってもしかたがないので、 帰ってくるようにと言われた。
2012.03.24
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