やはり美味しい。
こういうところは、彼の選択に間違いはない。
程なく、アンティパストが運ばれてくる。
間違いない美味しさ。
ワインも合う。
順に運ばれる料理を楽しみながら、彼が、相変わらずの軽口を披露する。
肉料理の前に、少し型の違うグラスに赤ワインが注がれる。
彼が、またグラスを掲げる。
応えるように、自分のグラスを軽く上げる。
一口含む、やはり美味しい、そしてワタシの好み。
間違いのない選択を称賛するように、食事中は大人の受け答えを続ける。
やがて、デザートが運ばれてくる。
辺りにカカオとマスカルポーネの香が漂い、口にする前から美味しいことが分かる。
彼が、ウェイターに何か囁く。
グラスが二つ運ばれてくる。
琥珀の液体が、微かに揺れている。
「覚えているかい」
彼が答えを待たずに続ける。
「今も、この組み合わせが好きでね」
言いながら、ティラミスを一口運ぶと、続けてグラスから琥珀の液体を含む。
満足気に微笑む彼。
初めて彼に、仕事の話を打ち明けられたとき、教えられた組み合わせ。
束の間、ティラミスの甘さとともに、甘い記憶が蘇る。
何年前のことかしら…。
ハッとして、グラスのブランデーを呷るように飲む。
甘さと記憶とを打ち消して言う。
「そろそろ本題に入ったら、食事しに来たワケじゃないでしょ」
「それだけでもいい、と思い始めているんだが」
「ワタシにそんな気はないわ、分かってるでしょっ」
言いながら、半ば自分に言いきかせていることに気づく。
言葉でそう言わないと、心地よさに流されてしまいそうになる。
今は、付かず離れずの距離がいい。
ワタシの心を察するかのように彼が言う。
「そうだな、本題か、まぁ君とは、また」
「…」
それには応えずに、彼の言葉を待つワタシ。
「頼みたいのは、こういうことだ」
彼の声に、黙って聴き入る。
彼が話し終える頃合い、見計らうように、ウェイターがエスプレッソを運んでくる。
彼が、グラニュー糖をたっぷり入れる。
ワタシは、軽く一匙だけ。
苦味を楽しみつつ拭い去るamberカラーの思い出。
【このカテゴリーの最新記事】
- no image
- no image