昼間見かけた秘書の一人が、扉を開ける。
ワタシを見るや、待ってましたと言わんばかりに招じ入れる。
オフィスは、議員にしては意外と狭い印象。
入り口脇のソファ、掛けて待つよう言われる。
スーツケースを横に置いて、ソファに浅く腰かける。
タイトなスカートの膝を合わせて、やや右に傾ける。
左内腿のスリットのおかげで、いつでも左脚を上げられる態勢。
待つことなく、彼女が奥の部屋から出てくる。
ワタシを見るなり言う。
「時間通りね、助かるわ」
「…」
黙って頷くワタシ。
彼女が続ける。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
応えてソファから立ち上がる。
彼女が、二人の秘書に向かって言う。
「後はよろしくね、じゃあ、お先に失礼しますね」
「はい、気をつけて」
男女の秘書が、声を揃えて応える。
チームワークは良いようね、思いながら、彼女の後を追うようにスーツケースを引いて歩く。
事務所のあるビルを出て、彼女の一歩斜め後ろを歩く。
歩きながら彼女が言う。
「いつも、健康のためにも歩くようにしてるの、今日は、タクシー拾うわね」
ワタシを振り返り、スーツケースに目をやって言う。
思わず口をつく。
「ありがとうございます、でも大丈夫ですよ」
そう言うワタシに手を振って言う。
「気を遣わないで、あなたの仕事だけ考えて、それに、雇い主の言うことはきくものよ」
最後は、悪戯っぽく笑う。
ネットやテレビに流れる議員の姿からは、想像もつかない程あどけない表情をする。
何となく、彼女を好きになりそうな自分がいる。
空車を待ちながら歩いていると、黒い外車が、彼女の横に滑るように停まる。
不意のことに、二人して脚を止める。
後部席のウィンドウが下がる。
何かで見たことのある顔。
彼女に向かって静かに言う。
「ちょっと、つきあってもらえないかな」
穏やかな顔つきに似合わぬ有無を言わさぬ口調。
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