男の拳が、頭の上で空をきる。
そのまま男が前にのめりこむ。
透かさず、男の身体を横に躱して高く跳ぶ。
空中で、大きく腰を捻る。
左の飛び回し蹴り。
深いスリットのおかげで、男の後頭部にきれいに極まる。
男に背を向けるように着地する。
着地したピンヒールでターンする。
男に向き直る。
男が、ゆっくり歩道に倒れこむ。
しばらくは、動けないはず。
男を跨いで後部ドアに詰めよる。
政治屋が、顔を振りながらウィンドゥを上げる。
ドアを試すが、ロックされている。
スモークを貼ったウィンドゥを睨みつける。
「あなた…」
声に振りかえる。
彼女が目を丸くして、ようやく言葉を続ける。
「…あなた、強いのね…」
倒れている男を跨いで、彼女に近づく。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんともないわ」
「警察呼びますか」
一応訊いてみる。
彼女が笑って歩きだす。
「無駄よ、すぐに揉消すわ、寧ろ悪用されるかも」
慌てて、スーツケースを掴むと、彼女を追って横に並んで歩く。
歩きながら思わず訊いている。
「よくあるんですか?」
「今日みたいに強引なのは、はじめてね、いよいよ本気ってことかしら」
笑顔のまま話す彼女の顔を、訝しげに覗き見る。
ワタシの様子に気づいて、彼女が言葉を続ける。
「今は、あなたがいるから」
「…」
「いい人がいるって奨められてよかったわ」
「奨められた?誰に奨められたんですか」
思わず訊いている。
彼女は、それにはこたえず、ウィンクすると不意に手を上げる。
並んで歩く二人の脇に、タクシーが滑りこむ。
後部席のドアが開く。
彼女が運転手に向かって、タクシーの後部を指差す。
運転手が降りてくる。
トランクを開けて、スーツケースに手を伸ばす。
片手で制して断ると、自分でトランクに入れる。
運転手が、ゴム製のネットでスーツケースを覆う。
上から押さえて、がたつかないことを確認すると、トランクを閉める。
彼女に続いて、後部席に乗りこむ。
彼女が運転手に行き先を告げる。
タクシーが、発進する。
後方に小さくなる黒い外車と政治屋。
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