世間でよくある話。たんに仕事がうまくいっていない。
メイン担当として推進しているプロジェクトの進みが極めて芳しくない。
スケジュールは間際まで迫っている。にもかかわらず一向に終結に向かっていない。
むしろ、新たな問題が噴出し、考慮漏れ、管理漏れ、そういった負の事柄だけが次々と発覚していった。
器用ではないが、今までいくつものプロジェクトに参加し、わからないこと、知らないことそういった働くうえではごく普通の出来事に対して、失敗しながらも解決してきた。
携わったプロジェクト自体は成功と呼べるところまで持ってきた自負はあった。
今回のプロジェクトは自分が主として物事を決めていく立場で、自分で決定する立場にあった。
キャリアや年齢を考えても、ごく当たり前の仕事というべきものだ。
そう、ごく当たり前の仕事。
それが今、宇宙の真理を追究するがのごとく、先が見えない膨大なもののように思われた。
診療所に向かおうとするこの期に及んでも、まだ仕事のことを考えていた。
診療所の前につくと、大きく一呼吸した。
一刻も早く自分の気持ちを吐き出したい。そしてすべてが好転するかのような言葉を聞きたい。
そう思っていたが、いざ診療所を前にすると、怖気づいてしまう。
「本当に、俺はどうなっているのだ…」そう思った。
しかし求めているものが目の前にあるのだと言い聞かせ、診療所の入口へと入ろうとしたとき、患者と思われる年齢30歳半ばの男性とすれ違う。
その男性は口元が下がり、眉間にしわを寄せていた。
目に光が無いというのはこういうことを言うのか。彼の表情から受けた感想であった。
そう思うと、自分の表情も彼と同じようになっているのだろうと、察することができた。
待合室で待っている人はみな、先ほどすれ違った男性とおなじように、気力を感じられない人たちだった。
仕事中に心療に訪れたのだろう、スーツを着た華奢な男性。
半袖にカーゴパンツをはいた体格のよい男性。
老人をつれたキツネ目の気のつよそうな女性。
ほどなくして、看護師から名前を呼ばれ、診察室に向かうよう伝えられた。
診察室のドアは開いており、恰幅の良い男性の医師がカルテとおもわれる書類から目をはなし、顔を上げた。
診察が始まる。
「はじめまして」
丸顔に切れ長の目をした医師は臼井と名乗った。
診療所を訪れた理由を聞かれる。
眠れないこと。食欲が全く体重が5キロ減ったこと。体重が減ったにもかかわらず、3年前からときおりぶり返す腰痛のこと。
それらを話した後、臼井医師は切れ長の目を一瞬さらに細め、見つめていった。
「体の異変がひどいことになっているね。それはうつ病の入口にきているか、すでにうつ病になっているよ。急をようするよ。あなた、あすから2か月会社を休みなさい。診断書を書いてあげるから、明日から2か月間は決して出社してはいけないよ。」
臼井医師はそう告げた。
この言葉に困惑した。
確かに自分が仕事について思考がまとまらず、人とのコミュニケーションがいままでのように取れなくなっていることは自覚していた。
ストレス障害とか、そういった診断で、仮に休みを言い渡されるとしても1週間やそこらだろうと考えていたからだ。
臼井医師から、うつ病は投薬と休養で治療できることを説明をうけ、最後に質問された。
「今後どうなりたいですか?」
決まっている。自分の仕事についても自信をもって判断できるようになりたい。それができないのだから。
しかし、臼井医師の質問とはかけ離れた回答が不意を衝いてでてきた。
「頑張ったんです。必死に」
その言葉を口にしたとき唇がふるえて、涙があふれて、続く言葉が出てこない。
「それができないのが、うつ病なのですよと。このまま仕事をつづけたとしても、症状がよくなることは決してない」と臼井医師は静かにそう言ったのだった。
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