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2008.08.24
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カテゴリ: Movie
<きのうから続く>

1年前、マレーの腕の中で泣いたジョルジュ。数ヶ月前、プールサイドで泣き出したジョルジュ。マドレーヌの家で部屋に閉じこもり、泣いていたというジョルジュ――だが、イカロスたちはもう一緒に飛んではいけないのだ。2人の間に生じてしまった軋轢すべてに眼をつむり、再び天を目指したとしても、暖かすぎる太陽がまた彼らの翼を溶かすだろう。

マレーは黙ってカーテンを閉め、使用人のようにジョルジュの服をたたんで、静かに部屋を出て行った。

マレーはアトリエに行き、灯りをつけると、クロッキーブックを取り出した。次の芝居の舞台装置を考えなければならなかった。しばらく鉛筆を走らせてみたが、気分は乗らなかった。集中しようとしても、落ち着かなかった。といって眠る気にもならない。いたずらに時間だけが過ぎた。マレーは、舞台装置のアイディアを練るのは諦めて、たまっていたブロマイドのサインを始めた。このほうが頭を使わずにすむ。かつては母に代筆を頼んでいたが、今は自分でやるようにしていた。

気がつくと、空が明るくなり始めていた。窓の向こうから鳥のさえずりが聞える。庭の木々はいつの間にか、秋の色だった。
マレーの寝室のドアを開ける音が聞え、足音がバスルームのほうへ遠ざかっていった。

しばらくして、アトリエのドアがゆっくり開き、バスローブを着たジョルジュが顔をのぞかせた。マレーから声をかける。
「やあ……」
「おはよう」
そう言ってジョルジュは腕を組み、ドアの脇の壁にもたれた。髪が少し濡れて光っていた。
「朝帰り?」
「いや――」
「飲みに行ってた?」
「ああ……」
マレーが夜1人で外出したのは、昨夜が久しぶりだったのだ。
「サインしてたんだ」
「うん…… たまっていたからね」

2人の間に沈黙が流れた。ジョルジュは片足を少しもちあげ、足の裏を壁につけている。うつむいて、何も言わない。
かつては、マレーとジョルジュは話すことがたくさんあった。
だが、今は…… 
2人はまるで、舞台で台詞を忘れた役者と振付を忘れたダンサーのようだった。互いの言葉の貧しさと縮まらない距離は、愛の負った傷の深さを否応なしに見せつけた。

マレーが愛し、尊敬してやまない詩人が、昔作った詩が浮かんだ。貝の殻が海の響きを懐かしむように、マレーの耳はかつてジョルジュと交わした、なんということもない会話やばか騒ぎを懐かしんだ。今の自分は、波打ち際でころがっている貝殻のように孤独だと、マレーは思った。

やがて、ジョルジュは口を開き、床を見つめたまま、バレエ・カンパニーは解散するつもりだとぽつりと言った。そうか、とマレーは答えた。――また沈黙が流れた。それからジョルジュは、恋人ができたと言った。……そうか、と再びマレーは答えた。――マドレーヌの家は、もう出てる。……そうか。

本当は、ジョルジュが誰を愛そうと、自分たちの関係はまったく毀損されないと言いたかったのかもしれない。だが、いつの間にか忍び込んできた猜疑心は、深くマレーの心に根を張ってしまっていた。あるいは、それは臆病な自尊心だったかもしれない。ジョルジュの恋人は、とりわけ若いのだろうと思った。夏に愛された春がやがて夏となり、新たな春を愛しても、秋になったかつての夏に何が言えただろう。

ジョルジュはしばらく動かなかった。彫像のようなシルエットに向かって、キュランヌを連れて行くか、とマレーが尋ねた。
「いや……」
ジョルジュはうつむいたまま、マレーを見ない。
「もしよかったら、ここで飼ってくれないか。君なら可愛がってくれるし、それに……」
ジョルジュは一瞬、言葉を詰まられせた。
「……それに――ぼくは、アメリカに帰るかもしれないから……」
アメリカに帰るかもしれないから、アメリカに帰るかもしれないから、アメリカに帰るかもしれないから――それはあるいは、ジョルジュが差し伸べた、最後の和解の希望だったのかもしれない。
だが、マレーはその手を取らなかった。
ただ一言、かまわないよ、と答えた。
再びジョルジュは黙り込んだ。それから、聞えないぐらい小さな声で、
「キュランヌのこと、可愛がってよ……」
と言った。
「大切にするよ。約束する」
と、マレーは答えた。
「サン・クルー公園を一緒に散歩してくれる?」
「もちろん、するよ。ここにいるときは毎日……」
「たまには砂糖をあげてよ、喜ぶから。――それから首を撫ぜて、耳を噛んであげて」
「そうするさ」
「君がバカンスで南に行くときは、連れてってくれる? ムールークみたいに」
「ああ……」
マレーは耐え切れなくなって、庭のほうへ顔をそむけた。
――ジョルジュ、残酷だよ……
2人が別れることは決まっていた。
もう、行ってくれ――と、マレーは心の中で呟いた。

やがてジョルジュは、静かにアトリエを出て行った。再びマレーの部屋のドアが閉まる。服を着ているのだ。マレーは息を詰めた。ジョルジュの着替えが、このまま永遠に終わらなければと願った。だが、再びドアを開ける音がして、足音が玄関のほうへ遠ざかっていった。マレーはジョルジュの足音とともに歩いた。廊下を進み、サロンの横を通り、市松模様の大理石を敷き詰めた玄関ホールへ――それから重い木の扉を開ける…… ドアの閉まる音がかすかに床から響いてきた。

とうとう「希望」は出て行ってしまった。マレーはまっさかさまに闇に落ち込んだ。

どのくらい時間がたったのかわからない。マレーがようやく立ち上がったときには、外はすっかり朝になっていた。

アトリエを出るとき、きのうまではジョルジュの肖像が掛かっていたマレーの背後のイーゼルに、コクトーの肖像画が立てかけてあったことに、今さらのように気づいた。

台所から音がする。ジャンヌが朝の支度をしようとしているのだ。マレーは台所に顔を出し、徹夜をしてこれから休むから朝食はいらないと言った。
いつもと変わりない朝だった。
寝室に戻って、服を脱ぎ、そのままシーツにもぐりこんだ。ジョルジュの匂いをかすかに嗅いだように思った。
そのまま昼過ぎまで眠った。

午後の日差しがまぶしくて眼が覚めた。起きぬけの痺れた頭のまま書斎に入り、開戦を知ったときにコクトーといたサントロペで買った、水夫用の貴重品箱を開ける。そこには、南仏でのバカンスを中断して出征を余儀なくされたマレーへ宛てて、スカラベ号からコクトーが書いた手紙が束になって入っていた。
マレーは手紙を読み返す。
戦場のマレーの危険を思って身を震わせていること。なんとかマレーのもとへ行けるよう、通行証を求めて八方手を尽くしていること。手持ちの金がほとんどなくなったこと。マドレーヌ広場の2人のアパルトマンの家主から家賃の催促が来たこと。イヴォンヌが、恋人のヴィオレットと喧嘩をして家出したこと……

コクトーは書いていた――マレーがジョルジュに期待し、ジョルジュに言いたかった言葉を、すでに20年近く前に。

「ぼくたちが、2人して不愉快な質問を投げつけ合い、疑い、嘲り合って暮らしているさまを想像できますか。ぼくの天使、ほかの人たちの暮らしぶりの一刻一刻が、ぼくの幸運を教えてくれます。君の魂の美しさを教えてくれます。ぼくたちの空はいつまでも晴れ晴れと保っておきたい。たとえぼくのことを変わらぬ愛のまなざしで見られなくなっても、君の大いなる炎と秘密だけは、ぼくたのために抱きつづけていてほしい」

――君はジャン・コクトー教の信者…… 
ジョルジュは正しかったのだ。――キリスト教徒が聖書に救いと道しるべを求めるように、マレーはコクトーが送ってくれた昔の手紙を読みふけった。それから眼を閉じて、薄い便箋から、泉のように湧き出る愛の言葉に身をゆだねた。その泉が力となり、からっぽになった心を満たすまで――

<明日へ続く>





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最終更新日  2008.08.24 00:26:02


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