仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2005.09.20
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カテゴリ: 雑感
 河北新報の今日20日付けの朝刊。最終テレビ面に誤植。「旅の香り時の遊び」という夜の番組についての、4行だけの短い解説の末尾に「する。」が重複しています。版によっては直っているかも知れません。

 これは単純な誤植でしょうが、他に、記者の観念的な誤りや編集上のミス、あるいは不適切な表現を見かけることがあります。
 例えば、先月あたりの記事で、都道府県毎の何かの率(忘れた!)が発表された記事で、「全県で低下」との見出しがありました。しかし、「全県」というと、特定の1つの県の全体、つまりオール宮城県、という意味になるのが普通で(「全国」も同じ)、趣旨からは「全都道府県で低下」というべきでしょう。小学生の頃、「全国」と「万国」の違いを父親に聞いたことがあります。確か、夜8時か9時頃の番組で「万国びっくりショー」というのがあって家族で見ていました。
 また新聞第一面の「今日の主な記事とページ」の欄に紹介があるのに、中身に全く該当記事がないという事もありました。確か毎日新聞だったと思いますが、支社に電話したら、編集上落ちちゃったのだろう(良くある事よってな感じ)、という答えでした。
 相当昔ですが、「執行猶予○年の実刑判決」という記事もありました。確か河北。
 表面的な誤りのレベルを越えて、新聞紙面の構成の適切性の観点から問題と思う例では、同一日付の新聞紙面の投書欄と番組感想欄に同一人物の投稿が出ていること、がありました。これも河北新報です。偶然そうなっただけで問題ではないと言えるのかも知れませんが、広く意見を紹介するという観点では適切ではないと思います。全体を見渡す責任者がいるのではないのか。
 これと同列の問題ですが、昨日実家で見た19日付けの岩手日報。第1面の下部に国勢調査の政府広告のようなのが出ていて、岩手県内の女性が「私も調査員です」という風に写真で出ている。新聞論評のようなコーナーに、その同じ方の書いたものが掲載されている。おそらく地元の有識者なのだろうが、これはどうだろうか。広告は編集担当者も事前にわからないから、仕方ないのかも。
 毎日相当の情報量を処理して時間との戦いで紙面を作るのだから、いろいろ難しさもあるのでしょうけれど。

 ところで、私は新聞や書籍で誤植を見つけると、なるべく新聞社や出版社に連絡しています。ただし新聞は、最近はやっていません。
 かつて首都圏に住んでいた20代の時分、わざわざ毎日郵送で取り寄せていた河北新報の記事に疑問を持って、書簡で質問したことがありました。質問の内容は、確か地元の経済人だったか新聞記者だったかに匿名で(イニシャルが最後に出るだけ)書かせる記事で、実は結構おもしろいことを書いているのだが、こんなのはちゃんと実名で書くべきでないか、そもそも実名でするか伏せるか、社としての考えはどうか、という内容でした。私の底意としては、社の意見か記者の見解か民間人の投稿か、ハッキリすべきだ、何となく本質はこうだみたいな世論誘導になりかねない、だいたいこんな内輪の意見をしゃあしゃあと表にさらすのが田舎新聞の証拠じゃないか、というものでした。
 これは悪口になってしまいましたが、当時河北新報社が力を入れていた過疎問題の取組みは賞賛すべきで(たしか新過疎時代という本もあった)、他県の友人にもほめられました。あの頃、河北は「日本のクオリティ・ペーパーをめざす」なんて公言していましたから、なおさら、同族会社や仙台経済人サロン雑誌を乗り越えて欲しい、と若い私は勝手に思っていたのです。本当は比肩すべき新聞社がもう1つあれば良いのですが。伊達藩以来、あらゆる点でモノカルチャーな県ですね。
 このとき、もちろん住所氏名を書いて出したのですが、返事は来ませんでした。期待もしませんでしたが。
 今はそのような記事はないようです。新聞社もアカウンタビリティを考えているのでしょう。毎日などはかなり前から記者名を表示しています。
 家では河北新報を購読。学生時代は朝日や読売を購読し、一時期新聞配達していた毎日新聞も読んでいた。あの頃は何となくプライドもあって河北なんて考えられなかった。しかし、就職してからは仕事柄もあって河北と毎日を併読したりしていた。そして10年前くらいからは遂に河北一本。よく言えば、人生根が生えて定着した感、というところ。

 ということで、新聞社にはあまり相手にされない私なので、最近は書籍で、セコセコと連絡しています。

 誤植通知の効用は3つあります。(1)編集者から直筆の御礼の手紙や葉書をもらう。たまに新刊の本、図書券、クオカードが添付されることも。(2)我が国の言論出版の発展に貢献している?という満足感。(3)こちらも本を真剣になって読む。これが最大の効用です。
 たまに、表面的誤植だけでなく、前後の文脈から表現が誤っているのを見つけることもあります。多い場合だと1冊で20カ所くらい見つける。一般に文庫本より単行本が多い。なお出版社は大手ほど丁寧に対応してくれるように思います。

 そういえばテレビも頻繁にありますね。バラエティなどで、10年くらい前から出演者の発言をテロップでも表示することが多くなりましたが(何とか効果と言うはず)、「適性」を「適正」と表示しているなど、週に1度は見かけます。数分後に訂正のアナウンスがある場合もあります。しかし、チェックすべき人が見過ごしているのか、それとも訂正するコスト(時間の点、頻繁に間違っていると思われるリスク)を意識して知らんぷりを決め込んでいるのか、訂正されない場合が多いです。





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最終更新日  2005.09.20 21:54:09
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