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巷では媚びっと感染拡大の日々なのに、馬鹿の一つ覚えのように、オリンピック開催に血眼になっているアホバカ利権爺たちをみて、かつて原爆を落とされるまで、敗戦を宣言できなかったこの国の指導者たちを思い起こさせる。日本人というのは自国つまり日本史の解析も非常にいい加減である。現代でも森友加計のような公文書改ざんが行われているのに、100年前やまして戦国時代にも行われてないなどあり得ない話なのに、まるで、いま自分が見ているかのように、空理空論を歴史家が語るのには呆れてしまう。権力者の言いなりなのに呆れてしまう。権力者が権力を使って自分に都合の悪い文書を廃棄し、御用学者に自分の英雄談を書かせるのは、古来から行われてきた醜い所業である。時事の当事者やその利権に間接的に関わる者たちではなく、第三者的な立場から少なくとも、客観的に査定しなければ、歴史などフィクションで、権力者の自慢話にすぎない。だから、日本史については、隣国や外国のほうが利害関係が少ない立場から判断できるので、外国の文献から探ったほうが、より真相に近いと考えるのが妥当である。勿論、隣国や外国の権益があるので、それなりのバイアスがかかっているのは当然だが、隣国のまた隣国、利害が関わらない外国からみれば補完できるはずである。だから、戦国時代などは、ポルトガルやスペインの宣教師と、当時日本では、唐(から)と呼んでいた中国などの史料のほうが、日本に残っている史料よりは真相に近いはずである。それも状況証拠だけをみていても、犯罪に辿りつけないように、解析力や推理力、つまり情報処理能力がなければ猫に小判である。各外国の史料や、日本の史料と照らし合わせて、大局的に、総合的に解析しないと意味がない。回りくどくなったが、今回話したいのは、「本能寺の変」についてである。というのも、このブログでも何度も紹介してきた八切史観にようやく近い新説がでてきたからである。それはTBSの「ふしぎ発見」でやっていた、「信長は家康を殺そうとしていた」という話である。八切史観では、その理由もしっかりと述べられているのだが、そこまでは辿りつけなかったようである。そもそも、日本史には、現代にも身分制度が残っているので、いまでは上級国民と下級国民と巷ではいわれているが、当時には、更に厳格な身分制度があったわけである。江戸時代の士農工商などは絵に描いた餅にすぎない。そんなわかりやすい差別は漫画の世界にしかないだろう。当時は大別すると、天上人と、地下人に分かれていたのである。地下人のなかでも、特に卑賎民と呼ばれたエタヒニンの身分を「さんか」と呼び。八切氏は、その「さんか」の口伝をまとめて歴史にしたので、少なくとも権力者のウソよりは信憑性がある。弱者の視点から書かれた歴史なので、少なくとも権力者の自慢話よりは奥が深い。さて、それにまた八切史観が他と違うのは、ポルトガルやスペインの宣教師の史料まで言及しているところである。「ふしぎ発見」でも紹介していたが、信長は家康を殺そうとしていたのは、明らかで、実際、インチキ糞正史では、本能寺を襲った1万三千の兵は、光秀の兵とされているが、実際は、信長から貸し与えられている兵なので、光秀に服従しているわけではない。光秀配下の兵は、坂本と亀山城の三千で、それを動かすだけの軍資金が必要なので、光秀は、愛宕山の吉田神道の神社に金の工面に行っているときに、本能寺の変が起こったという。一万三千は、家康を殺すために、信長が、斎藤利三に与えた兵だから、信長が丸裸同然だったのである。一万三千の兵を動かすのには、それだけの金が必要で、しかも領地の境界には関所があって、勝手に通行できるわけではない。楽市楽座で関所がないというのは嘘で、領地には交通を制限し、領主に貢ぐための関所があり、楽市楽座とは、関所が当時の坊主の権益だったのを、坊主から取り上げて、誰でも関所を監督できるように、身分制度を取っ払ったことである。信長が比叡山を焼き討ちしたのも、この理由であることがわかるだろう。逃げ込んだ浅井朝倉を匿い、比叡山を解放しないから、坊主が監督する関所を取っ払うために、焼き討ちしたわけである。当時の軍資金や、領地の通過などに言及せずに、光秀が1万3千の兵を簡単に動かせて、信長を簡単に殺せるなんて、漫画以外の何物でもない。現代だって、総理大臣を簡単に殺せないでしょ? アホかい。それに当時の身分制度も、光秀謀反説では、いい加減である。光秀は、臣下を離れたとはいえ、足利義昭の家臣で、格式名目上は、信長とは、同等のはずである。それに当時の信長軍とは、寄り合い所帯なので、信長は命令はするけれど、軍資金と兵は自前で用意しないといけないわけである。だから、信長の家臣への褒美は、位階であって、だから、信長の家臣は、〇〇守と役職で呼ばれたわけである。だから、信長は、坊主から位階を取り上げて、家臣に与えて、身分制度を変革することが目的だったわけである。つまり、身分制度改革なわけである。それが天下布武の目的である。簡単にいえば、実力主義である。信長は義昭を追放してしまった段階で、旧来の秩序が崩壊しているから、しかも、朝廷の位階を拒絶し、朝廷の前で軍事パレードをして威嚇しているので、軍事による新しい身分制度でもつくろうとしたのかもしれない。朝廷でも、信長に歯向かえば、義昭のように追放するということなのだろう。いまでいう亡命である。だから実力がある者が天下の王になればいいという理屈なので、もし、光秀に信長が討たれたのなら、謀反にはならないわけで、信長が実力がなかっただけのことにすぎない。この理屈から、朝廷が懐柔するための位階に、信長がなんの関心も示さなかったことがわかるだろう。つまり、信長は、軍事で、日本を統治し、軍事力で、身分制度を改めようとしたわけである。軍事力が一番強い者が王になれば、反抗できないので、平和の世がくるというわけである。ある意味、単純明快である。力がある者が支配する、というわけだから。これを覇道というわけである。この理屈に危機感を抱いたのが、隣国の中国や、中国で商売をしようとしていたスペインやポルトガルの宣教師たちであるのは自明の理だろう。日本国内の軍事力を超えて、海洋まで進出されるとなると話は別である。信長政権は、外国にとっては非常に危ない政権であることがわかるだろう。軍事力が巨大になり過ぎては困るわけである。誰もが信長を脅威と感じていた。それは安土城で明らかとなった。恐らく、信長は日本を軍事大国にして、世界に進出し、世界を支配しようと考えていたと思われ、その記録が安土城にあったのだろう。軍事を動かすには軍資金が必要である。信長が当時「戎」と呼ばれた堺を支配権にしたのは、海洋支配に都合がいいからである。そして、当時の金融を担っていたのが吉田神道で、拠点が四国にあった。信長の四国討伐の先には、海外進出がある。吉田神道は、銀資本の金貸しをしていたので、配下にして、海外資金の獲得を目指していたのだろう。当時の銀は高価で、金は安かった。だから金閣寺は有り余る金に輝き、銀閣寺には銀はおろか、みすぼらしい風情なのである。いまでは、「わびさび」と誤魔化すが、当時は、銀が高価で手が出なかっただけである。つまり、信長は身分制度改革と、金融改革を行おうとしていたので、当時の秩序が逆転してしまうわけである。 で、なぜ信長が、家康を殺そうとしていたのか、の理由を話す。それは、徳川家康が、松平元康ではないからである。江戸時代になって、松平元康と徳川家康を同一人物にしようと改変がなされたようだが、一番の辻褄が合わないのが、元康の子の信康を、信長の命により殺したという話である。大名が跡取りを殺すことはありえない。でなければ、人質の意味がないだろう。しかも信長と家康の関係は主従ではなく、あくまで同盟で対等である。その理由がまたウソ臭い。信康が、武田家に内通し、謀反を企てたからというのだが、では誰に対する謀反なのか? 主従関係にない信長ではないことは明らかである。つまり、家康に対しての謀反であることがわかるだろう。当時、織田家と武田家の関係は敵対的ではなく、織田家から、勝頼の嫁が嫁いでいるし、信康の「信」も、信長が与えた「信」であり、信長の娘の五徳を、信康に与えたくらい可愛がっていた。武田と敵対していたのは家康であり、それは、松平元康を殺して、成り代わったのが徳川家康だからである。だから家康は常に駿府城にいて、隣国の武田家の助力でいつ謀反が起こるかわからない三河にはいなかったわけで、江戸幕末の江戸城明け渡しで、領地が三河でなく、駿河になったのも、家康が、三河出自の元康でない証拠である。東照宮が、日光に建てられたのも、徳川家の出自が、現代の栃木県日光市の近くであることを明かしているわけである。だから徳川家は三河とはほとんど関係がなく、関係あるのは松平家の元康なのである。つまり、信長は、元康の子の信康を、三河の王にしようとしていたのであろう。それを家康が信長に相談せずに、勝手に殺してしまい、信長の不興を買ってしまったわけで、信長は、家康家臣の酒井を呼びつけ、詰問までしている。だから、信長は、この家康という男を利用するだけ利用して、用済みになったら、殺そうとしていたわけなのである。実際に、この時期に、信長は、軍事政権を信忠に移行し、その障害となる人物を追放している。信長の正室の奇蝶も自分が始末されるのではないかと思い、本能寺の変に加わっている。当時は、奇蝶が首謀者と思われたので、その記録がほとんど残っていない。信長の正室なのに、記録がほとんど残ってないのである。つまり秀吉により廃棄されたと考えられる。奇蝶が犯人だと、光秀謀反説は破綻し、秀吉の弔い合戦の正当性が失われるから、信雄を唆して、安土城もろとも奇蝶を葬ったので、その恩賞のために、清州会議で、信雄を第一等の働きとしたのである。そして生き証人として信雄を生かしたおいたのである。それが気に入らなかったのか、秀吉に騙されたと思い、家康に味方したりして、信雄は、秀吉を困らせている。だから、家康の伊賀越えというのも、秀吉の大返しというのも、創作の可能性が高い。秀吉が大返しできるほどの軍資金を持っていたとするのなら、誰が貸したのか?である。途中で何の障害もなく、山崎近くまで辿り着けるのは、チームプレーといえるだろう。だから、本能寺の変は予め計画されていたと考えないと現実的でない。今だって総理大臣をそんな安易に殺せるわけないじゃない。いまはネットで、ある程度、いま総理がどこにいるかわかるけど、戦国時代に信長がいまどこにいるか、なんて、近習の裏切りでしかわからない情報でしょ?現代の歴史家が語るほど安直な歴史だったら、何だって問題は簡単に解決しちゃうよね。歴史は複雑怪奇なのが現実でしょう。一人では何もできないよ。
2021年05月15日
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GWで時間ができたのでまた書きたい。純粋インドア派にとって、自宅待機でストレスが溜まることはほぼないので、世の中も全てテレワークになるのを待ち望む今日この頃でもある。久しぶりにもはや化石番組と化した朝生をみたが、この騒がしいだけで、何の解決策も提案できない討論番組、もはやコメディの路線を逸脱して、路頭に迷う司会者の私物化番組から、この国の情けなさ、政治の崩壊からはじまった、この国の経済崩壊は、福島原発事故のように、水面下でジワジワと進んでいることがわかる。巷は相変わらず、論理的思考に従えば、できもしない東京オリンピックで喧々諤々と騒がしいが、スポーツと医療を両立し得ない現在の状況において、医療を優先せざるを得ないのは、理性があれば即座にわかることである。医療とスポーツを両立する策があるならまだしも、確かにスポーツ医学というのもあるが、そういうものが発明されない限りは、医療崩壊を防ぐのが最優先の課題であるのは自明である。世界の有識者は日本人は馬鹿ではないのか?もしくは、未来を生き抜く知性に欠けているのではないか?と口には出さないが、無能で口先だけで、馬鹿で何もできない政治家たちをみて、内心思っているはずである。というか、媚っとコロナによって、他国の窮地を助けられるほどの余力を持つ国は皆無となってしまった。だから日本が沈没しようがそんなことに関心をもつ外国人は日本列島に住む人だけだろう。だからといって、日本に住む外国人に質問しても時間の無駄であろう。とにもかくにも、馬鹿な政治家やその裸の王様を忖度する官僚たちを真面に戻すには、何をすべきか?そもそも第4波の襲来を招いた責任はスカ総理と厚労省にあることは理性があれば明白である。スカ総理のやったGOTOトラブルや、そのための厚労省のインフルと同じという楽観論の垂れ流しにある。この人たちは、第4波の襲来を招いた張本人といってもよい。このようなデマを流した人たちを処罰しないと信用がなくなるだけである。いくら手練手管を駆使しようと、信頼できる人がその地位につかない限りは無駄である。国民全体から信頼を得られる人物が出ない限りは現状は益々悪くなっていくだろう。ウイルス感染には隔離が必定である。第2波のときに東京都の繁華街、歌舞伎町を生活保障をして、ロックダウンもしくは完全封鎖していれば、このような現状を招くことは恐らくなかったように思われる。中国政府が武漢にやったことをやっていれば、少なくとも医療崩壊を招くことはなかっただろう。今更、既に手遅れなので、とにかく、ウイルス感染には隔離が必定である。ワクチンは救世主とはならない。というのも開発に時間がかかる。それに変異株ができればまた打たなくてはならない。中国や米国のような大国には有能な人物が沢山いるので可能でも、資源の乏しいこの小国日本には、人海戦術しかない。もはやオリンピックどころではなく、既にウイルス感染に対する防疫オリンピックが始まっているのだ!日本はいまのところ、最下位といってよいだろう。この時期に、将来を見通して、可能なことを、例えば人口密度を下げるような遷都など、米国のように政治や経済や文化を分離し、東京に一極集中してきたのを分離し、各々をネット回線でつなぐように、日本列島改造第2版でもやったらいい。東京は経済だけ残し、政治は、感染者の少ない都市に、汚職を防ぐために、5年交代制で回すのがいいと思う、5年遷都制度などをつくり、文化は例えば京都に移すなどすべきだろう。日本列島ネット改造計画である。その方が防疫体制もできるように思える。移住をすみやかにするような政策を、感染対策万全の紫外線のついたキャンピングカーをマイホームにするような、家ごと移動できるような、日本列島を桃太郎電鉄のようにしたらいいと空想してます。馬鹿でアホで無能な政治家たちをみていると、未来展望が全くないことに呆れてしまう。このままでは第4波以降の波に押しつぶされてしまうよ。医療オリンピックははじまっているんだよ。皆で医療崩壊を招かないように知恵を絞ることである。隔離生活をしながら、人生の楽しみを見つけることである。防疫に対する医療体制つくりに、政治は最下位、経済も最下位、PCR検査最下位、ワクチン開発最下位というところだろう、データ改ざんだけはトップかもしれない。相変わらず「世界一の病床数」が独り歩きしているが、何度もいうが、ハードがあっても、ソフト、つまりスタッフがいなくてはダメなんだよなぁ。スタッフ数を問題にしないと、冷蔵庫があっても、電気がないのと同じなんですよ。アホですか?そのうち、外国で起こったように棺桶が足りなくなるよ。現状の問題を解決するためのデータの録り方をしなくて、先の大戦の大本営発表のように、世界一の軍隊とデマを流すのと同じである。GHQが日本の統計はインチキばかりだと吉田茂に言ったら、だから敗戦したんだよと開き直ったのと同じである。インチキ水増しデータ加工は日本のお家芸といってよい。データを改ざんするには、統計確率は役に立つ。本物の数学者は統計確率などを信じないし、そもそも非線形現象を線形化する手法に疑問をもつ。騙しの手法、詐術だけは、この国は、中国や北朝鮮とともに、トップかもしれない。肝心な行動力に欠けている。真実を探求する精神に欠けている。東洋哲学の胆力、胆識に欠けている。スポーツも医療も、この世を生きるのは、全て真実を探求する道なのである。医療をスポーツと考え、医療とスポーツを融合し、医療アスリートを育成する時代なのかもしれない。最後にいっておきたいが、科学を学んだことがないモノにかぎって、「科学的」、「エビデンス」という用語を頻繁に語るのは滑稽である。真実探求の道に、科学も、宗教もない。それはただ正直にこの世を生きる、ということに尽きる。政治の要諦も、勝海舟がその書で言うがごとく、誠心誠意で、正心正意の探究に他ならない。嘘をつくな、人を騙すな。人道を外れてはならない。福島事故を誤魔化すためのオリンピック招致に神様が鉄槌を下されたと考えるべきである。いつまでオリンピックに執着しているのか?次のスポーツを考えるべきである。それが真実への探求の道であり、未来への知性への前進なのである。このままでは人類は神様の与えた試練に不合格、日本人は落第である。
2021年05月03日
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