全21件 (21件中 1-21件目)
1
昨日書いた日記 「亀田バッシング 卑怯な日本人はいじめが得意」においても引用したが、会津藩の藩士の子弟の教育組織での武士道の教えとしての訓辞に、「什(じゅう)」という、素晴らしいものがある。現代日本人の疫病である「いじめ」に関して、下記のように教えているのである。 四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ 五、弱い者をいぢめてはなりませぬ ~~~~~~~~● 什 (会津藩)出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』什(じゅう)は、会津藩における藩士の子弟を教育する組織。同様の組織に薩摩藩の「郷中」がある。町内の区域を「辺」という単位に分け、辺を細分して「什」という藩士の子弟のグループに分けた。什では「什長」というリーダーが選ばれ、什長は毎日、什の構成員の家の座敷を輪番で借りて、什の構成員を集めて「什の掟」を訓示した。什の掟は7ヶ条からなる。なお、什の掟は藤原正彦のベストセラー『国家の品格』でも紹介され、会津出身の衆議院議員の渡部恒三も度々引用したことから全国的にも知られるようになり、学校でのいじめなどが社会問題化する中、教育関係者の注目も集めた。なお、最後の一節「ならぬことはならぬものです」から、NN運動が福島県を中心に展開されている。什の掟一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ三、虚言をいふ事はなりませぬ四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ五、弱い者をいぢめてはなりませぬ六、戸外で物を食べてはなりませぬ七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ ならぬことはならぬものです ~~~~~~~~私の家系は、この会津藩ではない。逆に、維新の合戦がゆえに会津藩から未来永劫に恨まれる長州藩である。それに加賀藩+徳島藩なのである。だから諸藩士の子孫として、一応、時代が違うとはいえ、この武士の心得の什の掟を、どの程度、守り、達成できたか? 私の人生をふりかえって、実地に検証してみよう。● 一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ親にはそれほど反抗した覚えはないが、社会人時代、どちらかと言えば上司に逆らう部下だったと思う。上司はだいたい年長者なので、達成率5割としよう。● 二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ親に家庭内でお辞儀をする時代ではないが、上司には、どうだったかな?車内で会えば、心の中は別にして、お辞儀はした。達成率10割としよう。あっぱれ!● 三、虚言をいふ事はなりませぬ虚言をいふという事は、一切無かったと思う・・・。いや、こういう事を言うこと自体、虚言か?(泣)それに、高校生時代、親に「有名国立大学に合格する自信がある」と安心させた虚言がある。達成率0割● 四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ「据え膳を喰わずに失礼してしまう」という、大変、卑怯な振る舞いをしてしまったことが、ある。据え膳を食べて、その後は、あっさりと別れてしまったと言う、大変、卑怯な振る舞いをしてしまったことも、残念だが・・・、ある。達成率0割、反省込み● 五、弱い者をいぢめてはなりませぬベッドで、弱い者?を、いじめてしまったことがある。だから、達成率0割。ただし、相手は、非常に喜んでいたのだが。● 六、戸外で物を食べてはなりませぬマックにおいてでも、店内で食べる小心者ゆえ達成率10割● 七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ戸外では、婦人と言葉を交えることは少なかった。室内ではいつも、一方的にしゃべる婦人の言葉を聞くだけで、言葉を交えるヒマもなかった。無事に達成率10割みなさんも、反省して欲しい。
2007.10.27
コメント(10)
「自尊心を潰す記者会見」というテーマで、cozycoachさんが意見を書いている。「自尊心を潰す記者会見」 亀田一家の事についてはあまり詳しく知らないが、パフォーマンスで闘争心を掻き立て実力もかなりのボクサー兄弟達だ、くらいに理解している。今回、内藤選手(この人についてもほとんど知らないが)との試合で反則行為があり、それを指示したのが父親と兄であった、というような話だと思う。その後のやり取りを、朝青龍事件などとともにヤフーで読んでいて、だんだん違和感が膨らんできた。今日の、亀田興毅君の記者会見でのやり取りを読むと、いじめとしか思えない。深く反省しているという興毅君に対して「反則の指示をしたのかしていないのか。お父さんはなんて言っているんですか?」と指示したことを認めるまでしつこく追求するのだ。法廷や警察の尋問ならいざ知らず、記者会見の席でここまで人の自尊心を傷つけることをするか?これでは逆に世間に対する恨みを植えつけるようなものではないだろうか。反社会的な行為を犯した企業の幹部を、記者会見の席で横並びで頭を下げたりさせるとのと同様の、共同体の側からのいじめだと思う。朝青龍に対する相撲協会や横綱審議会の対応もいじめである。女性をいつまでも土俵に入れることを拒否するような時代錯誤のプチ共同体に、巡業をズル休みした横綱をそこまでいじめる資格はないだろう。日本人力士がだらしない時機に大相撲を支えてきた一人横綱を、人間的に日本人好みの新横綱が誕生したからといって、追い落としにかかるとは少し虫が良すぎないか。(だからといって、僕は朝青龍を好きなわけではない。ジミー・コナーズやジョン・マッケンローよりもピート・サンプラスやビヨン・ボルグの方が好きな人間である、僕は。)共同体の規律を犯した人たちの頭をここまで押さえつけ鼻頭を地面に押し付けるような行為は、共同体というわけのわからない存在の溜飲を下げ、他の共同体のメンバーに「君達も真似をしたらこうなるよ」と脅かしているわけだが、いじめられる方にとっては逃げ道を与えられない自尊心破滅の道である。こうやって、日本社会の和が保たれてきたのは、よくわかるが、外部から見ていると、そろそろ個人の自尊心を育てるような方式に変えたほうがいいんじゃないの、と思うのである。人の非を責める時には、追い詰めてはいけない、どこかに脱出口を作ってあげて、そこから静かに逃がしてやるのが一番いいと思うのだ。いじめは見てて気持ちよくないよ。 ~~~~~~~~もとより(笑)私は、今回の亀田家バッシングを、極めて不愉快に受け止めている。日記にもそう書いた。● 亀田大毅 突進するサンドバック● 世間をさわがせた罪? ~~~~~~~~だから、cozycoachさんのブログに、こういうコメントを書き込んだ。● 私は日記にも書きましたが、大毅選手の反則は、その試合で3ポイントの反則点が内藤選手に与えられた事により、処分済みという意見です。確かにこういうわかりやすい反則はめったにないが、いままでろくにボクシングを見てこなかった一般人があれほど興奮するようなものでは無いと思います。私はボクシングのテレビ観戦半世紀以上というボクシングファンですが、プロスポーツ・格闘技としてのボクシングは、きれい事ではありません。いろいろレフェリーの目を盗んで反則をしていますが、大毅選手は未熟がゆえに目立つ反則しかできなかった。それはそうと、今回の大騒動は、特にマスコミの記者会見でのリンチぶりは、JR西日本の事故の際のそれを想い出させますね。彼等は一体何様だというんでしょうね。それに今、日本は「亀田謝れ!」の大合唱ですが、他の重大事を放っておいて、こんなバカな事に狂奔する一般国民のレベルも最低ですね。私は常々、日本人は、権力には弱いくせに、溝に落ちた犬を叩く卑怯な民族だと思っています。それにメディアは創価学会などの真のタブーには屈服したまま沈黙を守っているが、そのせいでこういう瑣事に欲求不満をはらしているのではないかとさえ思います。 ~~~~~~~~それに対して、cozycoachさんから、下記のレスが返ってきた。● alexさんの日記、今読みました。まさに「世間」の規律を守るための法律とは別のシステムですね。西欧で言えばキリスト教の倫理観みたいなものでしょうか。これを守らなければ破門になる。ボクシングもサッカーもそうですが、審判に見つからない範囲で反則はいくらでも行われている。そういうスポーツを輸入した日本は、反則をするのもゲームのうちという精神は輸入しなかったんでしょうね。>私は常々、日本人は、権力には弱いくせに、溝に落ちた犬を叩く卑怯な民族だと思っています。卑怯とまでは思いませんが、単なるシステムの違い何じゃないでしょうか。個の意識を剥き出しにすることを嫌う共同体主導のシステム。 ~~~~~~~~しかし、しつこい私は、(笑)さらに下記のコメントを入れた。● それでも私は、卑怯だと思っています。システム、つまりいわゆる村八分の精神的構造でしょうけれど、私はその「多勢で個人を叩く」という行為そのものが、卑怯の極致だと思います。会津の武士道でもやってはいけない事のひとつに数えられているし、今日の「いじめ」の根底にあるものでもあります。今回の「事件」においても、私はこの「集団暴行」を極めて不愉快に思っていましたけれど、メディアを先頭とする「大衆」は、サディズムに燃えて、自分たちの卑怯さ・異常さに気づいてもいなかった。 ~~~~~~~~今、これらを読んでみると、cozycoachさんは、この「いじめ」現象を冷静に、「日本型の社会システム」と見ている。それに対して、私は、その村八分体質を「卑怯だ」と、より「人間性の問題」として捉えているように思う。私の方が、感情的・・・という図式かもしれない。
2007.10.26
コメント(15)
死刑制度は「廃止」すべきだと思う。 ~~~~~~~~その理由だが、それは、現在の日本の警察の取り調べ制度や、裁判制度の下では、、冤罪を産む可能性が高いからである。日本の警察の取り調べ制度というものは、おおよそ近代国家のそれとは思えないような、恐ろしいものである。これについては、いつか書きたいと思うが今日は省略しよう。死刑制度の存在理由は、大きく分けて、四つあろうかと思う。それは■ 犯罪抑止効果または威嚇効果の期待■ 社会正義の実現■ 被害者側からの犯人への報復の実現■ 犯罪者の社会からの末梢つまり、これらがあるから、犯罪者を死刑にすべしということだ。説得力があると思う。私も、今まで、こういう理由があれば、それに実に冷酷非道で卑怯な犯罪者の実例を知ったりすると、これはやはり、死刑にせざるを得ないな~、と思ってきた。わかりやすい例は、大阪府池田市で起こった、小学校乱入、児童無差別殺傷事件の犯人、宅間守だろう。私も、こいつだけは、単なる絞首刑以上の方法で殺してやりたいと思う。こいつは、抵抗不可能な子どもを無差別に大量虐殺した。しかも、その殺人行為に、なんの理由もない。しかも、公衆の面前での現行犯である。だから、冤罪である可能性は全くない、しかし、この宅間の事件とちがって、冤罪で死刑囚にされたケースが、歴史上、結構あるのである。冤罪で、国家が、誤って人を殺める・・・。これは絶対にあってはならないことである。例え、死刑を是とする上記の四つの理由があっても、福田元首相ではないが、このケースでは「人命は地球より重い」と思う。例の光市母子殺害事件の被害女性の夫であり、被害女児の父である本村洋(もとむら ひろし)氏は、裁判の経過中、死刑判決を望むことを強く表明し続けてきた。しかし私の場合は、もし私の肉親を殺されても、その報復として、犯人が死刑になって、それで無念が晴れるか? 心が晴れるか? と言えば、どう考えても、そんなものではないと思う。むしろ、事件そのものの殺人に加え、犯人も絞首刑になるという事態は、それはそれで、極めておぞましいことであり、被害者家族としても、寝覚めが悪い事であると思う。また一人死ぬなんて、気持ちが悪いではないか?死刑が解決策となるとは思えない。ただこれは、人によってちがうのかも知れない。
2007.10.26
コメント(3)
セックス四十八手昨日は、相撲の四十八手を調査?したので、今日は、いよいよ? セックスにおける「四十八手」を調査してみる。何が「いよいよ」だか、わからないが・・・。実は、あのアカデミックな(いいかげんなものもあるが)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にちゃんと、この四十八手の名称の解説があるのだ。ただし、相撲の決まり手としての四十八手とは、関係が無さそうだ。そこに、『現在でも使われているのは「松葉崩し」「茶臼」(騎乗位を参照)位であろう。』という説明がある。ま、こ~ゆ~四十八手というような「ややこしい事」を、ひとつひとつ地道に試してみる人も、少ないだろう。ここでは「風雅な名称」を教えてくれるだけで、謎のままである。そこで私は、無理に独自の勝手な解釈をしてみた。 ~~~~~~~~出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』四十八手とは、性行為における体位を表したものである。これも体位の数を示したものではなく、相撲の四十八手を真似て名付けられたものである。表裏合わせて九十六手ともいわれる。(例)うしろやぐら (後背位の一種か?)つり橋 (ツインベッドの間で・・・なのだろうか?)寄り添い撞木ぞり (エビぞり体位に近いか?)(撞木ザメというサメがいるが)獅子舞 (バック転などをやるのだろうか?)第一文字 (第一文字とは、あいうえお、の「あ」だろうか? いろは、の「い」だろうか? 女性が「あ~!」と言うのだろうか? 女性が「いい!」というのだろうか?)こたつかがりテコかがり (何か?をテコにするのだろうか?)岩清水 (こんこんとわき出るのだろうか?)時雨茶臼 (茶臼とは騎乗位の一種らしい)(うしろすがたの しぐれてゆくか 山頭火)理知らず茶臼のばし (時間延長なのだろうか?)こたつ隠れ乱れ牡丹 (乱れることは、善いこと也 武者小路実篤・・・言ってない)帆かけ茶臼 (金毘羅船々 追風に帆かけて シュラシュシュシュまわれば 四国は讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり・・・)象頭山(ぞうずさん) 金毘羅大権現(だいごんげん) ・・・ もういいか?)本駒駆け (馬が駆けてゆく・・・早漏なのだろうか?)百閉 ( ひゃくへい と読むらしい).(パチンコで赤いタマが出る状態か?)雁が首しがらみ (しがらみがあるほど興奮するもの)二つ巴 (三つ巴よりひとり少ない)御所車松葉崩し (松葉を引っかけて引っ張り優劣を競う幼児の遊戯・・・ではないな)碁盤攻め (碁盤を使って何をどうするのだ?)首引き恋慕 (この段階で恋慕などしているヒマは無いと思うが)しぼり芙蓉 (芙蓉の花は美しいが、しぼるの? 縛るんじゃないの?)仏壇返し (相手を先ずひっくり返してから料理するのか?)手懸け椋鳥窓の月 (かわやの窓から 満月見れば これがほんと「ウン(雲古 あるいは 運)の月「あるいは 尽き」という戯れ歌がある かわや、厠とはトイレの古名なり)鳴門 (渦潮のようにグルグルぐるぐる回転の業か?)しめ小股 (小股とはどこか?永遠のなぞである)千鳥 (ちんちん千鳥の啼く夜さは、啼く夜さは、硝子戸しめてもまだ寒い、まだ寒い。 )(どうして、ちんちんと啼くのだ?)抱き上げ (抱き上げ段階以降を知りたい)流鏑馬 (騎乗位の一種か?)立ちかなえ鵯越えだるま返し (だるまのように太った女性相手の決まり手か?)千鳥の曲 (吉沢検校作曲の、箏と胡弓のための楽曲・・・では無いだろうな)抱き地蔵 (冷感症の女性相手の手か?)浮き橋 (ウォーターベッドに浮きながら?)立ち松葉 (立ったままでは無理だろう!)(ぶら下がり健康器でも使う?)鵯越えの逆落とし (ベッドから落ちるほど?)つばめ返し宝船押し車 (押してどうなる?)深山 「奥山に 紅葉踏み分け 啼く鹿の 声聞くときぞ秋は哀しき」(猿丸太夫)立ち花菱 (花菱とは、唐花菱のことで、唐花は実在する植物では なく、大陸伝来の「唐風」の空想の花です。 古くからお庭焼の絵柄に多く用いられている文様で、 縁起ものです。)(これだけ)鶯の谷渡り (『てふてふが1匹 韃靼(だったん)海峡を渡って行った』安西冬衛 を想い出すが、同時に、私のおぼろげな?理解?では、単数の男性が複数の女性が横たわる部屋で、その女体の上を次から次へと、谷を渡ってゆく鶯のように、ホーホケキョと啼きながら、な訳はない 義経の八艘飛びのように移動する様・・・のはずだが) ~~~~~~~~こういうサイトを見つけた。昔、ベストセラーになった『性生活の智慧』謝国権博士著という本があった。四十八手であったかどうかは覚えていないが、木製の人形を使って、体位を具体的に視覚的に説明した色気のないものだった。このサイトのものは、映像をそえて、くわしく解説したものだ。こういう世界もあるのかと、感嘆するのみである。江戸文化は深い。GEISHA & UTAMARO 江戸風俗店性交体位集
2007.10.25
コメント(13)
調べてみたら、相撲四十八手はこんなに多彩なのだ。「外掛け」や「押し倒し」だけでは、ダメなのだ。(なにが?)(笑)女性相手に!想像をたくましくすると、面白い。(失礼) ~~~~~~~~L主な決まり手 突き出し手のひらをもって相手を突き、土俵外に出す。 寄り切り四つ身になって相手を土俵外へ出す。 押し出しもろはず、片はず、あるいは両前まわしから相手を押し上げて土俵外に出す。 上手投げ上手まわしを引いてその側から相手を投げる。 下手投げ下手まわしを引いてその側から相手を投げる。 小手投げ相手の差し手を抱え込んで投げる。 掬い投げ差し手でまわしを引かずに相手を掬い上げるようにして投げる。 出し投げまわしを引いた手を返すことなく、肘を脇につけたまま出すようにして投げる。 首投げ相手の首を巻いて投げる。 二丁投げ 掛け投げ 櫓投げ 内掛け 外掛け 切返し 蹴手繰り 渡込み 二枚蹴り 足取り 居反り 突き落とし相手が出てきた場合、相手の差し手の外側から脇の下に親指を入れ、他の四指を肩に当てて下におっつけるようにして倒す。 巻き落とし とったり 肩透かし右(左)差し手で相手の左(右)腕の付け根を引っ掛けるようにして体を右(左)後ろへ開くと同時に左(右)手を上から回して相手の肩を叩いて引き倒す。 外無双右(左)差し手を抜いて相手の右(左)膝の外側に手のひらを当て、左(右)手で相手の右(左)差し手をしっかりと抱えて捻り倒す。 上手捻り上手まわしを引いて捻り倒す。 下手捻り下手まわしを引いて捻り倒す。 鯖折両まわしを取って引き付け、あごを相手の肩に当てて前に引き、相手の両膝をつかせる。 網打ち相手の差し手を両手で抱えて、体を上手の方に開いて逆に捨てるように投げる。 引き落とし相手の手や前まわしを掴んで前に引き倒す。 叩き込み相手が前に出て来る時、体を開いて相手を前に落とす。 吊り出し四つ身から相手を吊り上げて土俵外へ出す。 送り出し相手の後ろに回って土俵外へ出す。 一本背負い 五輪砕きもろ差しの体制から、相手の首を自分の腹に付けさせておいて、差した両手を組んで相手の両腕を極める。五臓=五輪を砕くほどの苦痛を相手に与えることからその名がある。内臓よりも首が折れる危険があるため、現在ではこの体勢になった瞬間に行司は取り組みを止めなければならない。技をかけた側の勝ちとする。 仏壇返し(呼戻し) 禁じ手相撲規則で定められている禁じ手は次の通りで禁手を用いた場合は反則負けとなる。握り拳で殴ること。 頭髪を故意に掴む事。 目または水落等の急所を突くこと。 両耳を同時に両手で張ること。 前たてみつを掴み、また横から指を入れて引くこと。 喉を掴むこと。 胸、腹を蹴ること。 一指、または二指を折り返すこと。
2007.10.24
コメント(2)
気まぐれだが、また【復刻日記】を ~~~~~~~~「墨を塗ったような暗闇」とか、「鼻をつままれてもわからない」とか「漆黒の闇」とか・・・。昔の夜の暗さはいろいろに表現される。現代の日本の夜は明るい。どの部屋も蛍光灯が煌々と隅から隅まで照らす。しかし、この世の中には、本当の暗闇というものがあるのである。もちろん太古の昔、原始時代の夜は深かったはずだ。そんな暗闇の中ではただただ、星空を仰ぎ見て、星座などを空想するしかなかっただろう。比較するものと言えば、日本の昔の夜の闇。「耳なし芳一」が、耳を平家の落ち武者の亡霊にとられてしまった頃の「暗闇」である。私も一度、太古の昔のような、漆黒の暗闇を経験した。 ~~~~~~~~私が30代の頃、私の会社の女性の先輩が信州に別荘を持っていた。私のお願いに対して、その先輩の別荘をただで貸してくれるという。当時、私にはガールフレンドがいて、アメリカ人の女性だったけれど、なんとか彼女ともっと intimate な仲になりたいと思っていた。intimate と言う言葉はいちおう日本では一般的に「親密な」と言うことになっているけれど、男女間で使うと、「一線を越えた」という、大変な意味の仲を指し示す言葉になる。私としては、ここで「一線」も「ニ線」も越えて、(もっと越えてもいいんだが・・・)(相手次第かな?)、彼女との男女間関係の、「成層圏安定水平飛行」に入りたい気持ちがあったので、この信州の別荘は絶好の舞台だった。二人で人里離れた信州の別荘で過ごせば、なるようにしかならないではないか?極めて自然に intimate relatioanship に収斂することがヴィジュアルにシミュレーション出来る。ジグゾーパズルというものがある。凸というものがあれば、凹が応える。魚心あらば水心。これをいくら強調しても空しいかも知れない。凸よりは凹が好きな私ですが・・・。~~~~~~~~~ビジネスの関係でつきあっていた他社のポン友に、「この檜舞台でどういう効果的な、端的な性的行動を取ったらいいのか?」という、哲学的アドバイスを求めたら、『alexさん、別荘では、有無を言わせず彼女を【外掛け】で一気に倒しなさい!』という、貴重なアドバイスをいただいた。果たして【外掛け】が四十八手の中で、一番有効な業かな?という素朴な疑問はあったが、とにかくワクワクした。軽井沢からはちょっと遠いが、信州の、白樺の林に囲まれたフィンランド直輸入の白木のコテッジでの、【外掛け】という人為的な、恣意的な、革命的な(それほどでな無いね)、運動によって、相思相愛の?男女の愛が結晶するのだ。【内掛け】 の方が、目的完遂には早いのではないか?(内側だから)、という現実的な事も考えたが、【外掛け】の方が豪快なイメージがある。【あびせ倒し】とか、 【押し倒し】も【倒し】業だからいいとは思ったが、そのへんの細かい差異は、いざ、現場に立ってみるとあまり意味をなさないのではないか?業をかけられる相手側の感情も勘案しなければならない。とにかく【すくい投げ】だけはいけない。相手に屈辱感を与える。【一本背負い】は致命的にイケナイ。相手に逃げられてしまう。それに【寄り切り】だけだと、水平移動だけで、何も起こらないので、この決まり手も避けたい。一応は、そういう、プラクティカルな考察もしてみた。とにかく、【業をかける】という積極性が大事なのではないだろうか?さもないと、【教育的指導】を言い渡されて、【効果】【技あり】と、立て続けに不利な体勢になるかも知れない。【消極的とは、善くないことなり】と武者小路実篤さんも言っている。(言っていないか?)とにかく、【外掛け】 なら、ガールフレンドが「あれ~~! ご無体な・・・」といいながらも、素直に!私の言うことを聞くような気がしてきた。日本の伝統業の威力を知って、歴史の浅い米国の現在の不条理な優位を反省してくれればもっといいかも知れない。彼女にすぐ、この、「別荘で水入らずプラン」を話したら、「ハウ・ナイス!」と喜んだ。そのあどけない表情にウソはない。彼女も【外掛け】を、心の底では望んでいるのだ。もう怖いものはなんにもない。一人で、足をとばして【外掛け】の練習もした。~~~~~~~~~しかし、世の中そんなに甘いもんじゃない。いろんな事情で、彼女は米国に急遽帰国することになった。で、私はむさ苦しい会社の後輩を引き連れて、信州の別荘におもむいた。確かに信州だけれど、ここには堀辰雄が保証したような「麦わら帽子をかぶった憂愁の美少女」なんてどこを探してもいない。ここは「美しい村」ではないらしい。「菜穂子さん」とつぶやきながら雑貨屋に入って、今夜の食材を買い込んだ。別荘で食事を作った。山岳部にいた人間だからキャンプ食は女性より上手だ。とりあえずは、腹が一杯になったが、野郎ばかりではその後に何もすることがない。それでも、時間は散文的に、自動的に経過する。まもなく、日が暮れて、もう眠ろうということになった。林の中にある別荘は、室内の灯を消すと、本当の漆黒の闇になった。耳がシ~~ンと鳴るほどの無音の世界でもある。「ふ~~ん、昔の人間はこんな夜の中で、ドップリすごしたのか」しみじみ、そう思った。座頭市が有利な世界だと思った。私のそんな深遠な哲学的な思索に感応したのか、いつもはがさつな後輩達も、言葉少なである。【外掛け】の他にも、有効な業として、【内無双】とか、【小股すくい】とか、手を使う業の方が有効かも知れない。今ごろ、決まり手の思いをめぐらしても、空しいか?
2007.10.23
コメント(9)
県人気質というテーマで、何度か日記を書いたが、こういう面白い本があるそうだ。真説 県民大図鑑 (扶桑社文庫) (文庫) 「ニッポンジャーナル」編集部 (編集), 堀 五朗 (翻訳) 下記に部分引用するが、身に覚えのある人もいるだろう。(笑)ただ昔は移動や交流が限られていたから、廃藩置県以前の「藩」が、本来の気質という文化を産んだ単位なので、同じ県でも、二つの藩が統合されて県となったいたりする場合は、その地域(元の藩)によって気質が異なる。例えば、庄内人としての愛郷心の強い庄内さんの出身県・山形県は、恐ろしく複雑なようだ。山形藩と庄内藩だけじゃないのだ。■ 山形県江戸時代には庄内藩そして現在の酒田市にある支城の亀ヶ崎城、米沢藩、米沢新田藩、新庄藩、山形藩、上山藩、(出羽)松山藩(→松嶺)、天童藩、長瀞藩の各藩があった。明治時代の地方区分では、羽前国全域と、羽後国の飽海郡が、現在の山形県に相当する。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』) ~~~~~~~~真説 県民大図鑑 (扶桑社文庫) (文庫) 「ニッポンジャーナル」編集部 (編集), 堀 五朗 (翻訳) 出版社/著者からの内容紹介語り継がれた県民性の大誤解を解く!!埼玉県 本当に実在するの? カフカ的不条理のダサイタマ千葉県 漁師的な呪力とラテン的な楽天性、ナガシマサンの国神奈川県 東京は田舎者の集まりと喝破するハマッコ群馬県 カカア天下はゲイシャガール・スピリット栃木県 ギョーザを宗教にまで高める、日本の北京茨城県 問答無用の直情径行、三ぽい人々の甲高い怒声三重県 風光明媚、お伊勢様のおかげで「覇気ないでなあ」滋賀県 近江商人と武闘派ニンジャの影京都府 イチゲンサンにブブヅケの古都、その陰険なる罠大阪府 東京スタンダードを脱構築するボケとツッコミ兵庫県 初物食いのプライド高き女子大生奈良県 いつも寝ているブッダの商売和歌山県 近畿のオマケからの脱出新潟県 コマコサンと育たない杉の木富山県 一戸建て、仏壇、結婚、教育のためなら何でもする!?石川県 ハラキリ忘れてヤクニンに成り下がったサムライ福井県 シャチョーサンの口八丁手八丁山梨県 牛糞の形状にたとえられたメチャカモン長野県 女人禁制でディベート好きな聖職者たち岐阜県 他人の不幸を喜ぶワジュースピリット愛知県 偉大なる自主独立の“田舎”、ナゴヤ静岡県 すべてが平均的、マーケティングな人々福島県 陽気なショースケサンとサッチョー憎しの頑固者山形県 芋煮会は清貧の思想、リーブ・ミー・アローン秋田県 ギオン、ヨシワラを無視して角館に直行しよう宮城県 脱東北的で屋台の嫌いな伊達男岩手県 日本の聖地に生まれた聖なる人々の無言のギョウ青森県 時空が歪む、驚異とミステリーのワンダーランド北海道 下水の逆流と逆ナンパの街、札幌鳥取県 砂丘のほかには何がある? ハワイがある!?島根県 古代神話に生きるモンロー主義者岡山県 クール打算的ずる賢い、小早川のトノサマが代表広島県 熱しやすく冷めやすい、進者往生極楽、退者無間地獄山口県 明治維新しか誇れないチョー保守主義者徳島県 ヘラコイ金権主義者がたくらむ阿波ダンスの陰謀香川県 猿まね人間は全員うどん評論家?愛媛県 サトリを開いたシブミのタツジンは野球挙がお好き高知県 大酒飲みのイゴッソウに「ナメタライカンゼヨ!」福岡県 九州トップのプライドと、京都人の底意地の悪さと佐賀県 ハガクレの里は変人ばかりで、日本一マイナーか?長崎県 ガイジン慣れのDNAと中途半端なエキゾチシズム熊本県 頑固なヒゴモッコスにヘッドロックかます火山の女大分県 レッド・キャット・スピリットの足の引っ張り合い宮崎県 ヨダキーノサンのイモガラボクトに日向のパンプキン鹿児島県 九州マッチョのボッケモンはオゴジョにヒッカブイ沖縄県 テエゲエ主義で不老長寿、痛いときには「アガー!」
2007.10.22
コメント(17)
2007.10.20
コメント(0)
映画女優・デボラ・カーが亡くなった。彼女は、私の好きな女優のひとりで、このブログにも彼女に関して日記を、三回ほど書いたので、それらを【復刻日記】としてみたい。【復刻日記】初恋の人【復刻日記】デボラ・カー 映画千夜一夜【復刻日記】デボラ・カー PART TWO バレリーナだったデボラ・カー ~~~~~~~~なお、私が日記でふれている三人の女優の映像を下記にコピーしました。PIER ANGELI ピア・アンジェリDEBORAH KERR デボラ・カーCYD CHARISSE シド・シャリース
2007.10.19
コメント(2)
【復刻日記】「わび・さび」のおわらい部分だけをフィーチャーしたが、せっかくだから本文の方も【復刻日記】としてプリントしてみようと思う。日記本文に対して、リンク諸氏から興味深いコメントもいただいた。それも読みたい人は、下記をクリックしてください。【復刻日記】 わび・さびとはなにか ~~~~ 【復刻日記】本文 ~~~~懸案の「わび・さび」を調べてみたいと思った。小西甚一先生の「古文研究法」を、何十年の時を経て、また買い求めたからである。この受験参考書で、わび・さびが明解に説明されていたからである。「わび・さび」といえば、「幽玄」とか「花」とか、「粋」とかいう言葉とならんで、日本文化のキーワードである(と思う)。「粋」については、二三冊の本を持っているが、「侘び・寂び」については白紙状態である。と思っていたらポンボさんから、岡倉天心の「茶の本」にそれに関しての記述があるとの指摘をいただいた。私もこの本は以前読みかけたが、その箇所にまで至っていない。その後、英和対照の同じ本を買ってあるので参照しようと思ったが、残念ながらすぐには見つからないので、見つかったときに加筆しよう。 茶の本 対訳 岡倉天心 講談社バイリンガルブックスまず、国語辞書で調べるのが順序だろうけれど、現代語の普通の国語辞書でひいてみたら、定義があいまいなようで、言葉の輪郭がハッキリしないし、言葉のエッジが立っていない。侘び・寂びは古語だから、古語専門の古語辞書でひいてみた。『角川 新版 古語辞典』 久松潜一・佐藤謙三 編 ★ ★ ★ ★ ★ ★● さび【寂び】 名詞さぶ(上二)の連用形名詞。元来は閑寂な趣のあること、古びて味わいのあることの意。芭蕉俳諧の根本理念。無常を感じ取り、世俗を超越した作者の人間性が、しみじみとにじみ出た句(=作品)の情調。中世の幽玄の展開したもの。「―は句の色なり。閑寂なる句をいふにあらず」〔去来抄〕 ★ ★ ★ ★ ★ ★● わび【侘び】 名詞侘ぶの連用形名詞。(1) 思い煩うこと。悲しむこと。寂しがること。「今は吾はー(和備)にぞしにける」〔万四・六四四〕(2) 中世以降、茶道・俳諧などで、渋み・閑寂・閑静などの趣を言う。「利休は、―の本意とて、この歌(=見わたせば、花ももみじもなかりけり浦のとまやの秋の夕暮れ)〔新古今・秋上・三六三〕を吟じ」〔醒睡笑} ★ ★ ★ ★ ★ ★「古文研究法」がいくらすごい本だとと言っても、基本的にこの本は大学受験生への参考書であり、侘び・寂びについての説明も、先生は受験生(高三)を意識して、かんで含めるように説明している。それをそのまま紹介すると冗長になるので、まず私なりの【わび・さび】および日本文化にかんする独断と偏見をまず書いて見ようと思う。 ★ ★ ★ ★ ★ ★西洋の美は、ベルサイユ宮殿やバチカンの宮殿を見ても分かるように絢爛豪華の極致である。金をふんだんに使い、壁や天井はミケランジェロなどの目もくらまんばかりの絵画が描かれている。建物も豪奢で壮大で、大理石などもふんだんに使われている。極度の権力・財力と、これでもか!という豪奢な芸術が美の裏打ちとなっている。これは現在の西欧文明の直接的な先祖ではないが、あのギリシャ・ローマの地中海文明から一貫した性格のものだと思う。いやそれ以前の、クレタ文明・エジプト文明においてもそうだと思う。クレタ島のクノッソスの迷宮に行ったことがあるが、時代が離れすぎていて迷宮も当時の姿ではなかったので、豪奢さを充分うかがい知るというところまでは行かなかったが、その当時の文明レベルでは、とてつもない富貴レベルであったのではなかろうか?詰まるところ、欧州文化は『富貴の文化』と言っていいともう。富と権力が集中して、そこは原始・平等な世界ではなくなるのだから、まことになるようになった、自然な流れとも言える。 ★ ★ ★ ★ ★ ★これに対して日本の美は、京都二条城の豪華さと日光東照宮のキッチュなゴテゴテを例外として、基本的には質素な美である。信長は伝説の安土城と、後継者、豊臣秀吉は聚楽第とか桃山城を築城するなど、日本人としては桁外れな豪奢を好んだと言う。もちろん、日本でも富と権力はどんどん集中し、信長時代以降は全国的なレベルに至る。しかし、この希代の傑物達にしても、どこかにが、豪奢一辺倒なものに対して、すわりの悪い感覚を持っていたのではないだろか?人臣の位を極めた秀吉が「侘び茶」の創始者である千利休に文化的に心酔している部分がある。私がよく知らない世界なのだが、茶道でこの上なく珍重される銘器の一部は、名もない朝鮮の百姓が日常使っていた茶碗であるという。さらに茶室も、基本的に朝鮮の百姓家を模したものだというのである。これ以上ない栄華を極めながら、底辺の生活における閑寂な小さな世界を同時に味わうことによって、権力者は自分の富貴を、底辺のレベルから仰ぎ見て、さらに大きいものとして味わったのではないだろうか?また、満月の欠けることのない富貴の極みにいながら、いつかは落ちる運命を予感し、なんとはない不安感にかられ、貧しいなりに平和な庶民の生活に身を置いてみて、一瞬の心の安らぎを感じていたのではないだろうか?また、利休の茶の湯の茶室は、ご存じのように二畳ぐらいの非日常的なサイズの小屋であって、おままごとのような虚構の空間である。このような閉所恐怖症になりかねない極小空間は、入ってみればそれなりに落ち着く。母親の子宮の中で胎児であった時代の完全に保護された、なんの不安もない、甘美な世界を想い出させる効果がある。また、茶室には、人間の入る入り口とは思えないほど小さな、【にじり口】があって、富貴の極みの貴人も、刀剣を捨ててこのにじり口から、犬のような格好をしながら入ってくる。そうしてそこは、侘びしい百姓家でありながら、貴人の儀式の場でもあるという、【虚構】の空間が茶人達を待っていて、皆が茶人というステイタスにおいて平等になる。 ★ ★ ★ ★ ★ ★簡素で何げない、むしろ貧しいものに美を見いだした日本人は、美の世界における「コペルニクス的転回」や「ガレリオ・ガレリーの地動説」とでも言うべき、人類史上における世紀の大発見を成し遂げたのでは無いだろうか? ★ ★ ★ ★ ★ ★小西先生の「古文研究法」の、【さび・わび】という項を開いてみた。まず、さびし「形容詞」や、さぶ「動詞」と同じ系統の言葉だという。先生の説明を読んでみると、この【さび・わび】は【基本的に寂びを理解すればいい】と考えて良さそうである。この二語は意味が近くて、【わび】の意味するところは、【さび】を土台にして、それがさらに簡略・質素になったヴァージョンといえるのだ。それではその土台の「寂び」とはどういう観念か?それは 陰性を基調とする美であって、 派手・花やかさ・にぎやかさ・豪快さ・たくましさ等とは反対の性質をもつ美である。 ~~~~~~~~~上記に引用した「角川古語辞書」の【さび】に関する定義をもう一度読み直してみよう。【閑寂な趣のあること】、【古びて味わいのある】ことの意。【閑寂な趣のあること】。これは【にぎやかさ】の反対概念である。【古びて味わいのある】これは【花やかさ】の反対概念である。小西先生の説明と、見事に符合している。~~~~~~~~~小西先生が、【さび】に関して具体例を示している。【さび】に該当するものには、○をつけることにする。年齢においては「青年」ではなく、○老年色においては「赤・紫」ではなく、○茶色・灰色声においては「ソプラノ・アルト」ではなく○男性の低音のバス季節では「春・夏」ではなく○秋・冬の季節建物では「一流デパート・大ホテル」ではなく○草庵みな、薄暗い・渋い美である。英語における【IN】みたいな感じかな?ちょっとちがうけれど。さびという【陰性の美」 をはじめて認知したのは、藤原俊成であるという。驚くべき感性だな~。なまこをはじめて食べた人と同じぐらい偉い。俊成の後に、連歌師の心敬(しんけい)・宗祇、俳人では芭蕉などが、さびの文芸を代表する。 ★ ★ ★ ★ ★ ★「わび」は、わびし「形容詞」や、わぶ「動詞」と同系統の言葉。ということで 【わびし】を調べてみよう。------【わびし】は、【わぶ】という動詞を形容詞にしたもの。【わぶ】という動詞の基本意味は、 be troubled にあたる。だから、 悲観する・つらく思う・さびしがる・困窮する等の意味となり、その形容詞【わびし】も、同じ様な意味になる。------つまり 好感を持てないような筋合いの形容詞なら、たいてい当てはまって、painful という感じで英語に訳す事が多いという。(小西先生はスタンフォード大学の客員教授も勤めている)代表的な訳語は(1) つらい・難儀だ・くるしい。(2) 閉口だ・困る・かなわない。(3) つまらない・おもしろくない・いやだ。(4) 心ぼそい・さびしい。(5) みすぼらしい・貧弱だ。このうち、【わび】は、(4)と(5)に関係がある。 ★ ★ ★ ★ ★ ★こういう、しょぼくれた、ネガティヴな意味合いの【わび】が、ひとつの美になったのは、成金趣味へのレジスタンスとして生まれた現象らしいというのが小西先生の意見である。日本の16世紀の戦国時代が終わると、成金が続出した。成金というものは、見かけの金ぴかのものを贅沢品だと思って茶の湯の道具にもそう言う金ぴか趣味を持ち込んだ。それに対して千利休のわび茶は、あり合わせの道具で、粗末な座敷で、本当に茶の味だけを楽しみのが正しい茶道だとした。このような「わび茶」に見られるような、【簡素な味】が【わび】である。【わび】は本質的に【さび】と同じものである。ちがいと言えば、【わび】の方がより【質素・倹約】という意味合いを強く持つ。一方、【さび】は、かならずしも【質素・倹約】には、限定されない。そこで、【わび】を【さび】に比較すると、【さび】が【簡略質素】な性質を含むときの美、ということになる。【わび】とは【しみったれ風のさび】と言い換えることが出来るかも知れない。ただし、行き過ぎは西洋人に【貧乏美】と笑われかねない。 ★ ★ ★ ★ ★ ★試しに、研究社の「和英大辞典」をひいてみよう。【さび】(1)[古色]patina ; an antique look(2)[老熟]ーのある声 a chestened[practiced] voice.(3)[枯淡・幽雅]elegant [quite] simplicity.「これだけかよ!」 と言うところだ。では、【わび】はどうか?taste for simple and quiet.またもや、これだけかよ! である。和英辞典が、国語辞典より役にたつことがある。国語辞典では、その細かいニュアンスまで説明しきれないのに、和英辞典で英語に直すと、分析的に多岐に説明が成される場合がある。しかし、少なくとも【わび・さび】については、全くダメ、というところだ。 ★ ★ ★ ★ ★ ★明日は幽玄について。
2007.10.18
コメント(4)
過去ログを読んでいたら、「わび・さび」という題名の、私としてはめずらしく、まじめな古文研究をした日記で、私は易経研究家の亜さんと、やや?ふまじめなやりとりをしたことがある。亜さんは実にさばけた方で、私の悪のりにもつきあってもらった。その内容を、ちょっと再現してみようと思う。 ~~~~~~~~● alex谷崎潤一郎は佐藤春夫と奥さんを取っ替えたりして、「やるな~」と言う人ですね。「畳と女房は新しい方が」と言いますが、交換した場合も「新品」なんでしょうか?それとも「新同」?おっと! 奥さんの交換が、古本みたいにネットで出来ればいいですね。それに古本の程度みたいな表示があると、わかりやすいんですが。例えば・・・「状態 まずます」「旧版です ただし実用には差し支えありません」「帯なし」「古いので、ややくたびれています」「多少変色あり」「二日以内に発送します」「できるだけ早く引き取って下さい」などなど・・・。 ~~~~~~~~● 亜さん>谷崎潤一郎は佐藤春夫と奥さんを取っ替えたりして、「やるな~」と言う人ですね。あの二人だと、佐藤春夫に軍配が上がるのでは?(二人とも好きじゃないけど・・・爆)送り状には>「状態 まずます」と書かれ添付書類には「できるだけ早く引き取って下さい」と書かれそう・・・(爆)でも、それって、面白いから書かれたい気も(爆) ~~~~~~~~● alex谷崎潤一郎と佐藤春夫って、似てる気が、何となくですけれど、しますね。車の程度表示も利用できますね。「高価美麗極上品につき惜譲!」「事故車につき超破格値!」「高級車 ただし燃費悪し」「完動品 車検済み」「ていねいに乗ってきました 最後まで愛情を持って使用してくれる人望む」「即日引き取り可能な方」「引き取りに来れる方」
2007.10.17
コメント(8)
ハワイ道中記は、後ほど書くことにするが、おもいつきなのだが、ちょっと書きたくなったことがある。私が理解できないことのひとつに、よく騒動の渦中の人物が「謝罪」する際に、『世間をおさわがせして、申し訳ない』というセリフを吐いて、深々と頭を下げて「謝罪」することである。私が考えるに、「謝罪」すべき事は、「世間をさわがせる」では無く、実体のある犯罪なり、それに近似した行為であるはずである。一応、日本人の好きな「決まり文句」なんだろうけれど、こんな事を「言う」または「言わなければならない」状況があるのが日本独特だと思うのだ。犯罪そのものに加え、「世間をさわがせた」罪というものが、法体系にはないが、日本の「社会通念」の中にある「罪」なのである。いったい、外国において、外国人の犯罪者が『世間をおさわがせして申し訳ない』などと、謝罪するものだろうか?あるブログにこういう一節があった。● ある人が『日本人の罪の意識は【世間の皆様おさわがせ罪】だけだ』と言われましたが・・・なるほど~、本当にそうだと思う。日本人にとっては、その犯罪を犯した罪の意識より、被害者への謝罪よりも、まず『世間様』に対して謝罪することの方が重要で本質的なことであるようなのだ。 ~~~~~~~~世間を騒がせると言うことは一体何で、どんなに申し訳ない罪なのだろうか?私からすれば、「世間が騒いだ」ことなど、そのほとんどの場合、世間やその代表者であるところのメディアは、その被害者ではなく、むしろその犯罪または準犯罪行為の発生を、大いにはやし、騒ぎ、いろいろ論じて、楽しんだものだと思う。例えば先日の亀田問題である。実質的に、亀田の反則や、公序良俗に反する一家の言動(笑)が、一体だれに被害を与えたのか?対戦相手の内藤選手には反則という被害があったが、それは私が主張するように、リング上でレフリーによって3ポイントの反則をとられている。つまり、リング上で反則に対する処分は終わっているのである。処分済みなのである。それに内藤選手も3ポイントもの反則点をもらって大量リードとなり、あとは足を使ってアウトボクシングさえすれば、勝利は間違いないものになったのだから、ありがたいことでこそあれ、ディメリットはほとんどない。まあ、強いて被害者と言えば、酒も煙草もやらず、身を削って減量をしながらランキング・アップを願って激しいトレーニングを続けている一般のボクサー諸君である。 ~~~~~~~~蛇足だが、私はボクシングこそ、最高のスポーツだと主張する者の一人である。私が幼児・少年期に、将来なりたい職業として考えていたものは○ モダンジャズ・プレイヤー○ 探検家○ ボクサーなのである。野球選手にはなれないことがわかっていたし、機関車の運転手を夢見るほどには幼くもなかった。そもそもボクシングは、スポーツの原点だと思うのだ。ボクシングは、「肉体でもって競う」と言う、スポーツの原点ではないか?『売春婦』が人類の歴史の中での最古の職業だといわれる。原始人の男が毛皮の衣類をまといながら、こん棒をふりまわしながら同じく原始人の女性を追いかける・・・というシーンは、一コマ漫画の常道であるが、中には、そういう精力がありあまった男を相手に、『営業』をした女性もいて、それが最古の職業として今に至る『発展』に至ったのだろうと思う。・ ・・とすれば、人類最古の職業とは、男性ではなく、女性によって開発されたものだということになる。う~~~ん!女性は偉大だ。・・・ということは、それはそれとして、その時代のスポーツと言えば、争いやケンカから発展した原始的なボクシングだったと思う。相撲やレスリングも同時に生まれたか?と思う人もあるかも知れないが、理論的に言えば、ボクシングの方が先だと私は思う。先ず、手が出て、殴り合いの「ボクシング」になり、それで決着が付かない場合に、亀田(弁慶)大毅のように相手を投げ飛ばし、それが相撲やレスリングになったはずだ。まあ、そんなことはいいのだが、古代ギリシャのオリンピックにも、やり投げ・円盤揚げなどに加えてボクシングが公式競技なのである。それに、ボクシングは、野球やサッカーなどとちがって、道具を使わないスポーツである。人間の肉体だけで競うスポーツである。やはり、スポーツの原点にまちがいはない。 ~~~~~~~~ボクシング賛美はこれまでにして、日本人が、グローバル・スタンダードに反して、実害の無い『世間を騒がせる』罪を、どうして糾弾したがるのであろうか?なぜ、日本人は、そのものは罪でもない『世間を騒がせる』ことを責めるのだろう?こういう疑問が生まれてくる。糾弾するのは、『世間を騒がせる』ことがけしからんと思っているからだろう。『世間を騒がせる』事は、法的に違法ではない。敢えて『世間を騒がせる』罪を法体系に探してみると、騒乱罪に行き着く。騒乱罪(そうらんざい、刑法106条)とは、多衆が集合して暴行・脅迫を行うことにより公共の平穏を侵害する罪である。しかしこれは『多衆』が『集合』して、『暴行・脅迫』を行うものである。例えば目的を持って組織された暴力的なデモのようなものである。しかもこのことにより、『公共の平穏』を『侵害』することが要件である。例えば、戦後の三大争乱事件とは、下記のものだという。 血のメーデー事件 大須事件 吹田事件しかしである。私の取り上げている「世間を騒がせた罪」は、騒乱罪の要件を満たすようなものではない。特に『公共の平穏』を侵害するものでもない。多衆・メディアが、『さあ! また面白い事件が起こったぞ!』と、舌なめずりをしながら熱中するスキャンダルに過ぎない。『世間』は『騒がされた』事で被害者になったわけでもなく、憤激しているわけでもなく、実はその真逆であり、その事件を大いに楽しんだのである。とすれば、『世間を騒がせた』犯人が、謝罪する必要など全くないはずである。世間を楽しませて、エンターテイナーとなったのに、頭を下げて、神妙な表情を作って、謝ることなど全くないのである。とすれば、なぜ『世間』は、『謝罪』を求めるのか?私の私見であるが、徳川の太平の世の中で、『世の中を騒がせる』ことは最大の罪であった。厳しく責められ、処刑されるべき事であった。なにしろ徳川幕府は、豊臣勢力を制し、天下を取った後、超長期政権をめざした。そのためには、大名を、親藩・外様などに区分けし、鎖国令を敷き外国勢力も締め出して、士農工商の厳しい身分制をしき、ひたすら平穏無事を願った。そのためには、農民に五人組などの密告・共同責任組織を強い、ほんの瑣事でも問題が起こらないようなシステムを構築した。そのせいで、長い徳川の御代は、戦乱に明け暮れた欧州とはちがい、世界史にもまれな、戦争のない平和な時代を実現したのである。加えて日本は基本的に農業本位の国であったから(以前にも言ったように江戸時代の士族の人口はたかが4%似すぎない)、武士の知行も石という米の収量で規定されていたほどであるから、あえて言えば、百姓の世界である。百姓の世界・農業の世界は『異常』が起こってはいけないのである。もし異常気象が起これば、農業は痛手を被る。毎日、毎週、農業暦にしたがって、決まった作業を決まったように進行させなければいけない。気象以外にも『異常』がおこって、『世間が騒がしく』なり、百姓が農作業に集中できなくなったり、田畑を捨ててしまっては農業本位の体制が成り立たなくなる。・・・と言うことで、(ちょっと強引かな?)、例えそれが犯罪でなくても、平穏な世界を騒がすような事件は、糾弾されてしかるべき事なのだ。その意識が長い間にわれわれ日本人のDNAに組み込まれ、例えそれが犯罪でなくても、実害の無いことでも、みんながそのスキャンダルを楽しんでも・・・、『世間を騒がせ』ることは、『けしからんこと』なのである。その他に、ルース・ベネディクトの指摘した日本人の恥文化というものも、影響しているのかも知れない。『たとえ犯罪では無くとも、世間を騒がせるなど、恥を知れ!』という意識が『世間』にあるのだろう。
2007.10.16
コメント(11)
ハワイ土産話に先立ち、まずボクシングの話題を。亀田三兄弟の次男、亀田大毅が完敗した。これはみなさんご承知の通りなのだが、メディアの掌を返したような亀田批判の嵐に逆らって、私の意見を(コホン!)述べてみようかな。 ~~~~~~~~亀田大毅の完敗に疑問の余地はない。だいたい、大毅のボクシングは未熟なのだ。私はテレビでのボクシング観戦歴、半世紀以上という脅威の観戦歴を誇っている人間なので、ボクシングにかぎっては「プロはだし」の目を持っているのである。これは本当なのである。私は自慢話は書くが、ウソは書かない。(どっちがいいのか?)私の父が新しもの好きで、洗濯機にしろ、テレビにしろ、カラーテレビにしろ、それが発売されたら即買う・・・と言う人間だったので、テレビは放映開始から二年目で我が家の茶の間に導入された。おかげで、テレビ創生期の珍しい番組もリアルタイムで見た。力動山とシャープ兄弟のプロレスなども見た。「日真名氏 飛び出す」とか「お笑い三人組」とか・・・も熱心に見ていた。その中でも好きな番組に「ダイナミックグローブ」というボクシング中継があったのだ。さすがに白井義男は見ていないが、ファイティング・原田のデビュー時代などはちゃんと見ているのである。「黄金のバンタム、エディー・ジョフレ」も見ているのである。それに大学でも高名なコーチにボクシングを教わったのだ。その時の大学のボクシング部の部屋には少なくとも三人の東京オリンピック代表選手が私と共に激しい練習に励んでいたのである。真実を話すと、このボクシングは単なる体育の単位だったのだが(泣)、とにかく高名なコーチに教わったのだ。私のブログのお約束事の高齢の・・・じゃなかった 恒例の・・・「自慢話」の前置きがすんだところで、本題に移ろう。 ~~~~~~~~あのクラウチング・スタイルで両手のグローブで顔を覆って、その間から相手をうかがいながら接近するスタイルは、peek-a-boo (いない いない ば~)スタイルというやつであるそうである。数年前だったかな?テレビで冬季オリンピックの滑降(だったかな?)(年をとると 「だったかな?」というのが増える)のアメリカの女子選手でpeek-a-boo というファースト・ネームの選手がいたが・・・。ご両親! ふざけるのもいい加減にしなさい!子どもがかわいそうではないですか!!女の子なのにこんな名前をつけられて・・・。(ブツブツ)それはそれとして、このスタイルは先ず守備を固めて、いわば専守防衛で、主に相手のボディーに打撃を与えて、相手を弱らせるという、フットワークはよくないし、あまりボクシングセンスは無いが、ただパンチ力に自信がある・・・という選手が採用するスタイル・・・だったかな?(またまた!)この亀田大毅という選手がまさにそういうタイプのボクサーなのだ。兄の高貴・・・じゃない弘毅選手がやはり、はじめはこのスタイルで、選りすぐりの?弱い選手をなぎ倒していた。ただ、例の疑惑の判定と言われた世界戦で、その限界を知って、次のリターンマッチからは、見違えるようなオーソドックスで多才なパンチを見せる選手に生まれ変わって、私は正直、この兄の亀田弘毅のボクサーとしての才能は買っている。しかし、この次男の大毅は18才でまだまだ発展途上。今までの相手が「選りすぐり」の弱い選手ならこの単純な戦法で、腕力で倒せたが、相手が世界チャンピオンとなれば、そうは行かなかったわけだ。いくら突進してもパンチは相手にあたらない。というか、フットワークが無いから、足が無いから、相手が先にパンチを放つから、自分でパンチを振るうまでの状況が作れないのだ。ついに、じれにじれて、最終回は相手を抱え上げて、レスリング状態になってしまった。しかし、あれほど相手のパンチを受けても、ほとんどダメージを感じさせないばかりか、相手を抱えて投げ捨てるほどの無尽のスタミナ?はすごい。しかし、相手の内藤もパンチ力が無いな~。あれほど当てても、亀田大毅はほとんどノーダメージではないか?それほど怖くもない大毅のパンチ(または突進)を恐れ?逃げ腰でのパンチだから効かなかった。 ~~~~~~~~さて、世間の亀田批判だが・・・。「汚い」だとか「レスリング」だとか、言われているが、私はそんなことはどうでもいいと思う。格闘技ではないか?プロの格闘技ではないか?昔のタイの世界チャンピオン、ポーン・キングピッチなど汚い極みだった。キックボクシング出身だからレフリーの見えるところ、見えないところでヒジ打ちを浴びせるなんて朝飯前。サミング(グローブの親指部分を相手の目に入れる)もうまかった!(ほめることじゃないけれど)投げ飛ばしたのが良くないと言われる。ルール違反だと言われる。それはそうだが、だからこそ、3点もの反則点をとられているではないか?それで、内藤は決定的な大きなポイントを得たじゃないか。もしその反則で亀田が有利になったのなら、内藤が試合続行不能になるほどのダメージをうけたのなら、それは問題だが、亀田がポイントを失っているのだから、何ら問題はない。 ~~~~~~~~私は、いままで亀田一家が大嫌いだったが、今回は同情に近いものを感じている。たしかに彼等は「悪(ワル)」だが、彼等はそれさえわかっていない。公序良俗なんて、わかっていないのだ。無理を言ってはいけない。(笑)三兄弟は、ワルの親父にそのように育てられ、兄弟愛?の中、一生懸命助け合って?、相手を口汚くののしりながら、がんばって?いるのだ。そのワル親父も、やはりワルの親に育てられ?、これは本当だが、若い頃は大阪の西成で、赤井英和と不倶戴天のストリートファイとのライバルだったという。赤井より強かったのではないかと言われている。 ~~~~~~~~話題は変わるが(本当は変わらないのだが)「傷だらけの栄光」という映画がある。 ~~~~ 続く ~~~~
2007.10.14
コメント(14)
ハワイから帰国した。いろいろ things to do がたまっているので、あとで書こうと思う。
2007.10.11
コメント(9)
そろそろ出発なのだが、出発前にブログをまとめて数本書いた。もっとも内容は、つまらないレベルの低いものだが、テーマは自分本位のものにすると決めたので、本来の私が出てしまうのである。楽天ブログが衰退化しているという現実を実感して、これからブログへの書き込みをどうすべきか?まだ考えているのだが。楽天ブログがにぎやかだった頃、それもほんの一年前までは結構にぎやかだったと思うのだが、このごろはまるで地方都市の、シャッターの降りた商店街である。リンクのみなさんも元気がある人が少なくなり、更新もときどきとなる。楽しみにしていたリンクのブログが更新されないと、楽天をのぞかなくなる。リンクの方々が楽天をのぞかないのだから、他人のブログへのコメント書き込みも少なくなる。コメントが無いと、反応が無いとモチヴェーションが無いので、ブログをのぞいたり、自分のブログの書き込んだりが少なくなる。まあ、こういう悪循環だろうと思う。こうなった原因は、複数あると思う。例えば、ブログで書きたいことを書く。それがほぼ一巡すると、それほど書きたいことが無くなる。または、ブログで書くということに飽きてくる。また以前は楽天ブログのライバルがそれほどなかった。ところが livedoor はてな、などがシステムの先進性などで勢力を伸ばした。相対的に楽天は、ださくて地味だというイメージになった。またミクシィなどの新種の会員制ブログが人気を呼んで、そちらへ移行する人が増えた。私も移行は考えたが、こういう会員制のブログでは、自分のテーマや趣味中心の小集団に分かれることになる。私のテーマは、一つや二つのテーマには絞れない。非常にばらけていて、いってみれば専門過程というより、一般教養課程みたいなものなので、そう言うブログにはそぐわない。また、自分の身分を明かして匿名性をはぎ取っておつきあいするというのも、私には向いていない。匿名でなければ、自分を正直に表現できないということが数多くあるのだ。また楽天でも、ジャンル分けがあり、私の属している「読書」ジャンルは、比較的、平均年令が高いと思う。「読書」ジャンルは、正確には「読書・コミック」ジャンルなのだが、若い人の中では読書という習慣を持つ人が減って、コミックの方に表現方法を求めているのだろうと思う。とすれば、ブログと一番近い「読書」ジャンルの人口が減ってしまった。私はこの「読書」ジャンルは、一番文化度の高い、知性の高い人びとだと思うのだが、その「読書」ジャンルの衰退は嘆かわしい。 ~~~~~~~~原因は納得したが、私はこれからどうしようか?客観的に見て、あまり動機付けのない状況である。書き込んでもあまり反応の無い状況を覚悟しなければいけない。そんな状況の中で相変わらず毎日、精力的に書き込んで、コメントも呼び込んでいるリンクの人もいて、立派だと思う。この人たちに共通しているのは、自分自身のテーマが一貫した骨太なものであり、あまり変化しないのである。これからの私には、以前のような更新はできない。そういう意欲や動機は衰えた。これからは、さらに自分本位に、さらに個人的な思いの書き込み中心となると思う。とりあえず、優先度の高いものは、記憶が遠くなりがちな自分史的なもの、私のジャンルでいえば、外国での想い出や日本での想い出を書くことかな?これで自分の人生について自分なりの納得ができる。時事問題について、自分勝手な低レベルなことを書き散らすのも、精神衛生上に非常に?いいはずである。読書の読後感を著すと言う日記は、私にフィットしない。私の読書は本来、精読派だし、感想もしっかり書かないと納得できないが、時間と効率の関係から、それはなかなか難しい。ただし、これからの私の読書は、ある程度妥協して、速読派への接近が顕著になると思う。重要部分を押さえれば、ある程度とばし読みをする。こうしないと、現在の蔵書を片付けることができない。現在ほとんどの蔵書はトランクルームに入れてあるのだが、タイトルを見るにつけ、実に魅力的な本ばかりである。私に才能があるとすれば?、魅力的な、価値のある本を収集することである。ただしそれを読破するのが年令と共に困難になりつつある。視力の低下と集中力の低下である。好奇心も知らぬうちに低下しているかも知れない。しかしもう一度、読書という人生の天国に挑戦してみよう。ブログに反映するか否かはわからないが、読んだ本のタイトルぐらいはブログに書こうか。
2007.10.02
コメント(11)
実は、この所の私のブログ更新のとどこおりには意外な原因があるのである。実は、ケーブルテレビの番組ばかりを毎日、視聴していたのである。その面白さに夢中になって、ブログなど忘れていたのである。ケーブルテレビの○ ディスカバリー・チャネル○ ナショナル・ジェオグラフィー○ ヒストリー・チャネル○ アニマル・プラネットこれらの歴史・科学関係の番組は素晴らしい。今まで知らなかった次元の新知識がつまっているのである。私は好奇心のかたまりである。「知ることの歓び」が私の人生の根幹である。それが、これらのチャネルで思う存分、充足できるのである。これ以上の歓びはない。おまけに視力が低下した私にとって、読書がつらくなった私にとって、ケーブルテレビは救いの神である。知ってどうするのか?という意見もあるだろうが、同じ死ぬにしても、知ってから死んでゆきたい。人間というものは、そんな存在だと思う。
2007.10.02
コメント(5)
またも中国で日本へのブーイングだそうだ。 ~~~~~~~~観客ブーイングにも…なでしこジャパン「謝謝」 称賛と反発 中国で論争女子W杯の対ドイツ戦後、「謝謝」と書かれた横断幕を掲げるサッカー女子日本代表イレブン=17日、杭州(共同) 【北京21日共同】日本の女子サッカーチームが中国で観客からブーイングを受けたにもかかわらず、試合後に「謝謝」(シエシエ)と中国への感謝を表した横断幕を掲げたことに対し、同国内では「勇気に感動した。見習うべきだ」と称賛する声と「過去の侵略を認めない日本の宣伝活動に感動するなど中国の恥だ」と反発する声が交錯、メディアも巻き込んだ論争に発展している。 日本チームが横断幕を掲げたのは、17日に杭州で行われた女子ワールドカップ(W杯)のドイツ戦。ドイツサポーターを装った圧倒的多数の中国人観客からブーイングを浴びる中、0-2で敗れたが、選手は試合後に観客席前で整列。「ARIGATO 謝謝 CHINA」と書かれた横断幕を広げ深々とおじぎした。 翌18日、四川省の成都商報(電子版)が写真付きで伝えると、話題は全国に飛び火し、主要サイトには「最大の敗者は日本選手でなく(マナーの悪い)観客だ」(中国網)と反省を促す書き込みが。しかし「日本に手心を加えるな」との反論も相次ぎ、一部ではののしり合いも起きている。 こうした中で20日付の週刊紙「国際先駆導報」は、歴史問題の重要性を認めつつ「中国には未来志向で健康的な大国意識が必要」と強調。歴史問題をスポーツに絡める態度をやんわりといさめた。=2007/09/22付 西日本新聞朝刊= 2007年09月22日18時23分 ~~~~~~~~女子サッカーだけでなく、レスリングでもブーイングだったそうだ。本気で北京オリンピックボイコットを考えてもいい、少なくともそういう運動をしてみせるのも必要だろうと思う。いや、逆に北京オリンピックで同様のブーイングが起これば、世界から中国への非難が巻き起こるはずだから、その方がいいかな?
2007.10.02
コメント(0)
協会が聴取、時津風親方が暴行認めるTBS NEWS より引用させてもらう。 ~~~~TBS NEWS~~~~ 17歳の力士が稽古中に急死した問題で、日本相撲協会は1日、死亡した力士の師匠・時津風親方から事情聴取を行いました。 今年6月、序ノ口力士・時太山、本名・斉藤俊さんが死亡した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長ら幹部は、師匠である時津風親方を国技館に呼んで事情聴取を行い、理事長が会見しました。 「ビール瓶でひざをこづいた、頭をたたいたということを聞きました。他の力士がバットで斉藤さんのお尻をたたいたと言いました。時津風親方はそれをと止めたということも聞きました」 (Q.師匠の口から、稽古がいきすぎだったとかは) 「その話は出ていません。ただ、私たち親方は、入って間もない弟子には自分の目で判断するべきですから、私はいきすぎがあったと思っています。尊い命がなくなっていますので、私は厳しく処分しなくてはいけないと思ってます。処分は理事会で決めることですが、厳しくするのが常識」 (Q.理事長の進退については) 「私ですか? 師匠が一番責任を取るべきだと思います」(日本相撲協会、北の湖理事長) ついに自らが暴力を振るった事を認めた時津風親方。しかし、報道陣の前ではいまだ真実を語らず。相撲協会は近日中に理事会を開き、厳しい処分を下す予定で す。(01日23:09) ~~~~~~~~以降、alexのコメント。上記が、あの北の湖理事長のコメントである。本件では、もうほとんど、「何が起こったか?」という実態が判明しているのに、当の時津風「被告」(まだ早いか?)、もとい! 時津風親方を聴取?しておきながら、時津風邪? いや、時津風親方から得られたコメントが、「ビール瓶でひざをこづいた、頭をたたいたということを聞きました。他の力士がバットで斉藤さんのお尻をたたいたと言いました。時津風親方はそれをと止めたということも聞きました」というもの。「ビール瓶でひざをこづいた、頭をたたいた」??・・・それだけで死ぬわけ無いでしょうが~!!「時津風親方はそれをと止めたということも聞きました」聞きましたって?時津風邪!親方は、止めていない。先頭に立って「みんな やれ!」と命令し、さらに、弟子たちを下がらせて、みずから一対一で、最後の「締め」をしたから死んだのじゃないか?相撲界の常識は、ヤクザ世界と同じで、一般世界と隔絶している。実際に相撲を観に行ってみればわかるけれど、相撲って、古い日本の雰囲気を残した泥臭い興行なんだ。次いでだけれど(笑)以前、例の横綱審議会のギョロリ目玉おばさん、いや、例の内館牧子委員が横綱審議委員会(横審)で、2場所連続全勝優勝を果たした横綱・朝青龍に対し、「(懸賞金を受け取る際)左手で手刀を切るのはおかしい」と注文をつけたことが話題になった。「おかしい」って、もしや太古の昔の神事(怪しいけどね)だった相撲以来の神聖な伝統だとでもいうの?この「手刀」ってのはね、戦後、人気があった北海道出身の(これはどうでもいいか?)名寄岩という大関になった力士が、かっこつけてはじめたことなんだよ。名寄岩は、それほど強くなかったが、礼儀正しいので人気があった。私が読んでいた少年漫画雑誌にも、名寄岩のミニ伝記みたいなものがのっていた。確か、映画にもなったはずだ。「名寄岩物語」だったかな?それは、いいか?手刀については、懸賞金の受け取りについては、それまでは、ただのわしづかみだった。手刀を三回切るけれど、どうして三回か言える?伝統だったら、その由来があるだろうけれど、たまたま名寄岩が三回にしただけなんだよ。それにくわえて内舘委員は、「朝青龍が左手で手刀を切るのはマナー違反だ」と言うようなことを言い立てているが、左手じゃいけないの?左手は不浄の手?イスラム教徒じゃないでしょう?左利きに対する差別じゃないの?(相手が反論できないから、気持ちがいいな~)だから手刀は伝統でも電灯でも、なんでもないんだよ。横審の委員になっている人物がそんなことも知らずに・・・。しかし、このおばさんはもっとおかしい。まだまだ、おかしい。例の、「日本でもっともガラの悪い」「品格の無い」ボクシングの亀田弘毅を援護しているのだ。「マナーが悪いというだけで国民的バッシングによって、あたら若い才能を殺してはいけない」と主張したのだ。あんた~~っ!神事?相撲道?ではマナーを異常なまでに言い立て、それでいて畑違いのボクシングでは「マナーはいいから」っておかしいじゃない?亀田三兄弟のマナーって、朝青龍がハダシで逃げる程、すごいじゃない?それに、あの亀田語は、ふつう「日本人」が使う発想する言葉じゃないと思うけれど。ガラが悪いとされる河内(かわち)の言葉も、勝新の「悪名」シリーズでたっぷりきいたけれど、それでも亀田語?とは比較にならないほど上品?である。 ~~~~~~~~七詩さんのブログで杉山さんがお書きになっていたが、今の大相撲は本場所だけで年間90日だそうだ。それに地方巡業や準本場所を入れたら、ほとんど毎日相撲を取っていることになる。その中で毎日ガチンコでやっていては身体が持たないし、スポーツ超人同士がぶつかり合うのだから、大けがもする。身体が資本の格闘技の闘士にとって、ケガをしたら終わりだ。つぶしがきく力士もそう多くないだろうし。だからある程度の馴れ合い・暗黙?の了解が出てくるのも当たり前でしょう?「ケガをしないようにやろうね」って。プロレスでは台本通りの筋書きが非難されないのに、大相撲では大犯罪のように取り扱われる。このままじゃ、ちょっと相撲取りが可哀想ですね。 ~~~~~~~~相撲は神事で土俵は神聖なものなどと噴飯ものの意見が横行している。なるほど発祥は神事らしいが、それは伝説の世界でのこと。特殊社会だが、品格を強調するような世界では無い。相撲界にも、テレビで解説している親方なんかは、頭のいい人が多い。それなのに、大横綱だったというだけの理由で理事長になるという相撲界の常識がおかしい。それに女相撲って、フンドシの下に、タイツをはいているよね。胸を隠すのはしょうがないけれど、タイツはおかしい。見ていてスッキリしないし、伝統をけがしている!これはよけいだったか?
2007.10.02
コメント(3)
2007/09/27-20:30 女教師が元教え子と性的関係=夫から捜索願、発見-佐賀県警 元教え子の16歳少年にわいせつな行為をしたとして、佐賀県警少年課などは27日、県青少年健全育成条例違反の疑いで、佐賀市立中学校教諭下村紀子容疑者(42)=小城市小城町畑田=を逮捕した。同容疑者は「3月ごろから性的関係を持っていた」と容疑を認めているという。 調べでは、下村容疑者は25日から26日にかけて、唐津市内のホテルで、佐賀市に住む男子高校生(16)にわいせつな行為をした疑い。同容疑者は、高校生が中学3年時の担任で、高校生は3月に卒業していた。 佐賀市教育委員会などによると、下村容疑者は「体調が悪い」との理由で、20日午後から有給休暇を取り、同容疑者の夫から25日に「20日ごろからいない」と捜索願が出されていた。26日夕、武雄市内の交通検問で、車に高校生と一緒に乗っているところを発見された。 ~~~~~~~~16才か?高校一年生だな。女の先生に「わいせつな行為」をされたのか。うらやまし~。これが本当の恩師だと思う。私の体験から言って、高校生時代は「相手がだれでもいい」「ただありがたい」時代である。性の衝動に苦しんで、勉強もまともにできない時代である。だから私は、この艱難辛苦の時代に、勉強に専念していい大学に入った生徒は、身体が悪いに違いないと信じているのである。まして「教える」のが専門の先生に教えてもらえるなんて、なんてラッキーなんだ。あ 先生の専門は音楽か。ホテルで先生が「わいせつな行為」をしたというが、実際には生徒も先生に「わいせつな行為」をお返ししたことは疑いがない。生徒の方は、罪に問われないのか?ちがいは年令的な問題かな?原始の時代には、平均寿命は30歳前後だったという。その時代には、16歳で子どもを産んでいないと、もう遅いはずである。武士の子は16才で元服、大人になる。だからセックスもできる。現代で16歳で子どもを産むと問題になる。私は先祖がほとんど武士だったから、特別に16才で先生と・・・しても問題ない・・・ということにしてもらいたかった。そうだとしたら・・・。夢のような想像がひろがるが、実際にはの私は、大学を出てから、会社への入社寸前に駆け込みで童貞を捨てたというおくてだったから、特別免許をもらってもだめだっただろう。(泣)
2007.10.02
コメント(4)
私が今日、買った本久しぶりに本屋に立ち寄ったら、また本を買い込んでしまった。カメラ雑誌 10月号ーーーーーーーーー1)日本カメラ2)デジタルカメラ3)カメラマンこれらはニコンの新発売、デジタル一眼レフD300の記事目当てである。健康関係ーーーー1) NHKテレビテキスト 今日の健康 10月号 注目記事は、「サインを見逃さない うつ病の対策」2) 脳外科が教えるボケ予防15ヶ条 天野恵市著五木寛之ーーーー1) 天命 東京書籍2) 21世紀 仏教への旅 インド編 上 講談社政治関係ーーーー1) 国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて 佐藤優著 新潮社刑事事件関係ーーーーーー1) 下山事件 最後の証言 柴田哲孝著 祥伝社2) 世田谷一家殺人事件 侵入者たちの告白 斉藤寅著 草思社
2007.10.01
コメント(0)
楽天ブログ振興のため?これからは主にH系の書き込みをする決心?をしたが、枯淡の境地に私だから、なかなか頭を切り換えることができない。・・・ということで、とりあえずそれらしき【復刻日記】でお茶をにごすことにする。 ~~~~~~~~西ローカルの番組で「中川家」という、火曜深夜の番組があって、面白い。と言うか、抱腹絶倒。今週のゲストは大竹まこと。大竹まことが「お前ら、男のセックスには「性欲派」と「征服派」があるんだぞ」と、説教している。「性欲派は、利己的なセックスを終えたら、ゴロンと背を向けて寝てしまう男だ」「征服派は、女性を征服するのが目的だから、女性が喜んでいるかどうか?考えながら一生懸命奉仕する 性欲が目的じゃないんだ」なるほど、私も、大竹まことと同様に征服派だから、この話はよくわかる。~~~~~~~~~昔、中東でプラント・プロジェクトを受注するために、合計数年間、現地のホテルに滞在していた。当時、外国人用のホテルはヒルトン・シェラトン・インターコンチなどと一流ホテルしかなかったから、居住環境はめぐまれていたのだが、外に出れば炎熱地獄だし、映画館も偶像崇拝と言うことでないし、もちろんバーやナイトクラブなどあるはずがない。退屈だった。本はかなり持ち込んでいたがそれでも限りがある。~~~~~~~~~ある時のホテルの一室で、ひまつぶしに数人でセックス談義になった。男性の滞空時間の話になった。若いころの私は、私自身の意に反して、テポドンがすぐ発射台で自動発火してしまって、あっという間に太平洋の彼方にテポドンは消えていったのだが、そのうち、なんとか、ほぼ自由に滞空時間をコントロールできるようになった。そのことを、ふと話したら、3人ほどが急に険しい表情になって、「alexさん、それはウソでしょう!」と、異常な敵意を見せながら迫ってくる。「本当だ」と言っても、聞いてくれない。「いくらなんでも、5分も経てば、暴発しませんか?」と、たずねながら、私の真意を探ろうとする。すると、それまで黙っていた重工メーカーの、いつもは謹厳な部長さんが、「いや、私もalex君とおなじだよ それが普通だよ フフフ・・・」と、満面の笑みを浮かべた。思わぬ方向から思わぬ援軍である。暴発テポドン組は、思わぬ方向からの発射コントロール組への参入におどろいて、顔を見合わせて戦意を喪失したらしい。~~~~~~~~~私が思うに、暴発組は、総じてガンコで、天上天下唯我独尊タイプが多い。せっかちで、わがままな人が多い。頭は良く高知能なんだが、単細胞というか、考えが比較的単純な人が多い。考え方に、幅と柔軟性に欠けている人が多い。ワンマンで、勝ちと言うことに、こだわる男たちでもある。言いかえればこれこそ、男の中の男と言えるだろう。しかし、相手の女性が今どういう状態にあるのか?と言うことには無関心で、せっせとテポドンに給油する結果、overdoで暴発するのだろうと思う。自分が気持ちよくなるのが眼目なのだ。~~~~~~~~~コントロール派は、軟弱な男ではあるが、相手の女性を喜ばせること=愛による征服(ちょっとかっこよすぎるな)が目的だから、相手を喜ばせようとする。そのためにはダッシュボードの、各種計器をいろいろモニタリングしながら、ハンドルをさばき、荒れ地ではクラッチを踏み、ギアを落とし、高速道路ではアクセルを強く踏みこまなければいけない。回転計や速度計などを見ながら、エンジンのうなり声にも、耳を澄まして、あまりスピードが出すぎだと思った時には、エンジンブレーキも使うことになる。ときどき、ボンネットを開けてチェック、ラジエーターに給水しないとエンジンが焼け付くこともある。エンジンオイルも、不足してはいけない。エンストした時は、クランクでスタートさせる時もある。アクセルの反応が悪い車もある。スポーツカーでもないのに、やたらに燃費の悪い車もいる。高級車なのに、サスペンションの悪い車もある。いくらギアを切り替えても重い車、前進一段だけの車もある。反対に、なにもしないでも、自動的にトップ・ギアに入って疾走する車もある。軽自動車に、きびきびした走りの車が多いと思う。整備の行き届いた、新同クラシックカーもある。運がいいとフェラーリやポルシェに出会えるかも知れない。とにかく冷静なドライバーでなければならない。~~~~~~~~~しかし、油断してはいけない。個人の能力にも限界がある。中にはパリダカ・ラリー車のような、何時間、高速で飛ばしてもエンジン快調という耐久車に出会うこともある。ナチスドイツのタイガー戦車のようなどんな荒れ地でも、凸凹道でも鬼神のごとくばく進する、強力な特殊車両にぶつかることもある。そういう時は、すぐに車を降りて、「ごめんなさい」と、素直に土下座して謝れば、瀕死の状態にまでは至らないだろ(と思う・・・)。
2007.10.01
コメント(4)
全21件 (21件中 1-21件目)
1


![]()