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今日は地域団体のメンバーとして、「子どもたちと地域の人が昔遊びで交流する」イベントのお手伝い。コマ回し・・・まわしたことがありませーん。ベーゴマ・・・それも、見てるだけでした。あやとり・・・わすれました。うちの子どもの方が上手です。お手玉・・・2個までなら。けん玉・・・大皿、中皿、小皿それぞれ単独でなら。竹馬・・・乗れません。ゴム段とび・・・寄る年波で、とても一緒に出来ません。私って、一体小学校時代、何をして遊んでいたんでしょうか???
2005.11.30
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子どもクラブ代表者会議へ。例によっての行政報告。たしかにこの1年というよりは3年前から言っていることがちっとも具体性を帯びてこない。いかにも行政的というか。で、意見交換の方は、これまたいつもの面々がいつものように指摘をする楽しい図式に(さらに今回は、行政の押し付けばっかりで、私たちの身にもなってよ!という悲痛な叫びが交錯するにぎやかな進行に。)行政も一生懸命回答しているんだが、結局一般論に終始したり、行政ががんばりますが、苦労も察してくださいよに落ち着いたり。だから、みんなからつっこまれるんだぞ、それが行政の限界なんだけれど、もちっとがんばれ!そういう展開のおかげで、一体この会議は、そして子どもクラブ事業は、どこへ行っちゃうのかなぁ?って興味津々。私としては、どんなにトップダウンで降りてきた事業であろうとも、保護者ないし地域が学校を向くための良い機会にはなっていると思っている。だから、性急に「行政が公平な環境作りを目指します」なんて断言して欲しくない。行政が行うこと、各学校を囲む人が行うこと、それをちゃんと区別して、「誰に何が出来る」「誰に何が出来ない」を語り合う場が欲しいと思う。今日できることの話し合い、今日できることを実行に移すことも大事。でも明日のことを、未来のことを話し合ってゆくとも大事。ずっと未来のために働きかけてゆけたらいいね。かいちょーさんご紹介の「中高年パワーが学校とまちをつくる」を読みました。学校を要として地域が作られてゆく姿。義務や責任感からではなく「楽しさ」から参加が続いてゆく、そういう環境作りの背景にある理念と工夫。急がない、あわてない、でも働きかけ続けることの重要性をかみしめました。では、自分たちにも同じ手法が導入できるかだろうか?筆者をコーディネータに呼んできたら、同じ事が実現するだろうか?たぶん答えはNO。結局は、同志を増やす、語りかける、自分たちの地域で手探りするという地道な道以外には無いんだなぁ。でもちょっと助言がほしかったりして(たとえば、おなじ子どもクラブの運営に携わっていても、期待するものは全然違うんだよね)。
2005.11.29
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笑っちゃいられない状態(11/22の日記)になっております。来年度の選出活動。第1次募集で、副会長と書記に空きが出ました(つまり、他の席はすべて埋まった)。2次募集をかけ、様子を見ていたところ、3名の副会長枠に、4名の立候補が。さて、このうちの1名は、今年一緒に副をやってくださっていて、私が残留を口説き落とした方。他3名も顔見知りではあるが、未知数。過去に委員などの未経験者も含んでいる。でも、「≪あそびすと≫が会長に立つなら、せっかくのチャンスだからやってみようと思って・・・」という熱意に勝るものもない。個人的には出来ることなら、3名の中に経験者が混ざっていて欲しい。その方が運営はラクだろうと思う。出来れば私が個々の現場に携わることは控えようと思っているので、逐一、どうやるんですか?みたいな業務相談に対応していては、私の性格上それは叶わない(つい、口も出し、手も出しになっちゃうだろう)。なによりも、相談相手として頼むことが出来る。この一年、共にいろんな課題にあたり、理念をぶつけ合い、共有してきた相手であるから、それをふまえて話しを出来ることが(本当に、個人的に)来年度の続投を引き受けるに当たって頼りになると思っている。しかし、経験者がいなくちゃ全く立ちゆかない等という状態であるとしたら、それは今年の運営の責任でもある。困ったこと、新しく起きてきた課題は、随時役員会で協議して、その年々の人たちが自分たちなりの対応をしてゆけばよい、「前年の踏襲をするのではなく、自分たちで考え、事に当たる。」それを徹底することにこの一年を費やしてきた。だから、やらなくちゃいけない実務についてわかる人が副のうちのうち一人でも引き継いでいれば、あとは野となれ山となれという程度に腹をくくってもいた。最終的に誰が3名の枠を埋めることになっても、それを受け入れてやっていくことになるのだけれど、みんなが「やってくれる」という気持ちをどうやって大事にしていったらいいのか、全くもって回答が出ない。副会長席を4名に・・・。という融通がきいたら良いのになぁ(そりゃ無理だ)。○○さんと○○さんを是非・・・ってこちらの希望を言うべきなのか、言わない方が良いのか(言わない方が良いんだろうなぁ)。ホント、贅沢な頭痛の種。もう一つの頭痛の種は、来年以降やり手が残っているか?ってことなんだけれど、それこそ野となれ山となれ!
2005.11.28
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どんでん返し的急転直下の月曜日がすぎてからこれを書くのは、ちょっとヘン。本当は、正しく日曜日の晩にこれを書いているべきだったのだが・・・。(27日を穴埋めしてます。現在日時は2005.11.29 2:00)*****************************************副の慰留をしている。責任感がある彼女のことなので、家庭のことも、Pのことも中途半端になってしまうというジレンマがよくわかる。一緒にやってもらいたいと思うのが私の我が儘であることも。ただ私一人のことであるならば、「自分から言い出したことだから背負っていこう」とそれを重荷と考えないように発想を切り換えることが出来るが、さすがに、この荷を誰かに負ってくださいとは言いにくい。ただ、確かに誰かが一緒に荷を負ってくれる方が、もっとよい結果が得られることもわかっている。で、相手の苦境はさておき私の我が儘が通らないだろうか・・・と思うわけだが、うけてくれたなら、きっと私はその人に重荷を背負わせた罪悪感と、恩義を感じてしまうだろうと。でも、本当に?それって相手を信じていないことにはならないかな?一緒に荷を負うよっていうとき、それは相手もまた「荷」を自分の責任において背負ってくれる覚悟が出来たと言うこと。それにたいして私が罪悪感や恩を感じてしまうのは大層失礼なことではなかろうか。
2005.11.27
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エイクマンさんのところで、脳の性別判断が盛り上がっていたので思い出したサイトを一つ。http://marylou.m78.com/lastword/ ≪あなたがつぶやく最期の言葉≫私は、朦朧とした意識の中で「もうなにがなんだかわからない・・・」とつぶやくんだそうです。なんだそりゃ?いただいたコメント: あなたは実に崇高な魂の持ち主です。たとえ満員電車で寿司詰状態であったとしても、閉じられたあなたの眼の裏では、壮大な大宇宙が広がっているのではないでしょうか。あなた独自の生命論、世界観はなかなか聞き応えのあるもので、密かなファンも少なくないことでしょう。ただし、お酒の席での披露は禁物ですよ。>う~ん、鋭いご指摘かも。 そんなあなたの最期は、ずばり、オーバードーズ。眠りの前に瞑想をする習慣が災いして不眠症ぎみなあなたは、つい飲みすぎた睡眠薬によって永遠の眠りにつきます。枕もとに重ねられたツルゲーネフやニーチェの背表紙が徐々にぼやける中、『もう、何がなんだか分からない』と解かれなかった己の人生の真理をつぶやきます。>え?ネットしながらモーローとしているのかと思っちゃいました。 凝り性なあなたは、学者肌なのですが、熱しやすく冷めやすいという生来の性格上、デイタイムは堅実な仕事に、アフターファイブは趣味にと、二足のわらじを履くのが良いでしょう。定時の仕事が引けてからは何をしようとあなたの自由ですが、法治国家に暮らすことをお忘れなく。 >熱しやすく冷めやすい。はいその通りです。常に堅実とはほど遠い世界を歩いております。 あなたにとっては、恋人としての他人の気持ちほどどうでも良いものはないのかもしれませんが、それはあまりに寂しすぎやしませんか? つれないあなたを慕う恋人のことをもう少し考えてあげることで、きっとあなたの囚われているレーゾンデートルから開放されるはずです。 > そこまでよってたかって無神経だ、無頓着だっていわれてもねぇ。あまりのご指摘に、笑っちゃいました。
2005.11.26
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もうすぐ宴会の季節が到来する。つきあいの多い方じゃないから、宴席は少ないが、気の置ける(気の置けない、の反対って、気の置けるなんだろうか?)人たちとの席はちょっと苦手かも。大昔、酒を飲んで失敗したので、以後酒とはご縁を断っている。酒に飲まれて、自分がコントロールできなくなってしまうのが怖いので。まあ、素面でもテンション高いらしいので、飲めなくて困るということはない。わからないのは、飲むとブルーになったり荒れたりする人々。そんな気持ちになりたくて酒を飲むんだろうか?酒って、おいしくて楽しいものじゃないの? これ、どーでもいいけど永遠の謎。
2005.11.25
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エイクマンさんから人間性バトンなるものを受け取ってしまいました。いったい誰が、こんな恐ろしいテーマを考えるんだ?自分の中の暗闇をのぞき込む勇気は私にはない。まして、それを白日のもとにさらけ出すなどということは。私は、臆病にして小心者。っておもっていたけれど、皆さんの回答があまりに楽しいので。<項目>1.回してくれた方に対しての印象をどうぞ こんなアンチャンが、身近にいたら、さぞかし日常が溌剌とするでしょう。ダメなものはダメ、イイものはイイ。そういわれて、こちらの背筋も伸びる気がします。「よーし、一丁やるかぁ」そんな、得体も知れない(?)やる気がわいてきます。近所にこんな居酒屋があったら、下戸じゃなかったかも。 2.周りから見た自分はどんな子だと思われますか?5つ述べてください 1)典型的なA型几帳面できっちりしている典型的なA型だと多くの人は思っている。だがそれは大きな間違いだとつきあいの長い連中は口をそろえて言う。こんな丼勘定かつ極楽トンボなやつは見たことがない、自分の興味あることにしか真剣にならない、と(だって、当然でしょ?)。 2)社交的表向きはちゃんと社交的。実は単なる儀礼的。会議の席や壇上で台本もなしに(かつ、もっともらしく)しゃべるからすごい、と言われるが、形式的なことはヘロヘロといえても、自分の気持ちを表現しなさい、等と言われたら句が継げない。舌先三寸で相手を煙に巻いて、速攻逃げ出すだけだな、たぶん。 3)人の陰口を言わないこれは事実。冗談で相手をこき下ろす場合であろうとも、本気で相手に苦情があるときも、本人を目の前にしてしか言わない。欠席裁判のような場に同席すると、つい、「そんなことはない。○○さんは、××という点で、筋を通しているんだ。それは理解できる」なんて弁護したりしている(そこまでする必要もないんだが、何となくね)。とにかく、陰口は非生産的だと信じている(悪口は、相手に伝わらなくちゃ意味がない)。んでも、ブログで愚痴がこぼせるようになって、ちょっと人間変わった? 4)つきあってみると、意外にヘンな奴。何が意外なんだかわからないが、よく言われる。一体何が意外?1に同じかな?エイクマンさんにも言われたが、MLなどではよく男性だと思われている。 5)無愛想その昔「あなたは無愛想なのではなくて、愛想がないだけなのよ」と先生に言われた。どう違うんだ?去る者は追わない、興味のないことには首をつっこまない(私の興味を惹かない人は私に無縁である)、そういうところを指摘されたのかもしれないなぁ。最近では、ちゃんと社交できるようになったが、根っこの部分は変わっていない気がする。3.自分の好きな人間性について5つ述べてください。好きな人間性って、自分がこうありたいと思うこと?他人がこうあって欲しいと思うこと?おつきあいしていくならば・・・ 1)過去に囚われない人あのときこうすれば良かった、○○のせいでこうなった・・・この手の繰り言は、生理的にダメ。過去は反省して前進するためにあるのであって、後悔するためにあるのではありません。 2)主語がはっきりしている人I think. ここから対話が始まる。 3)笑うことのできる人笑う門には福来たる。 4)泣くことのできる人自分のために、他人のために涙を流すことが出来る・・・。そういう人は、自分のために喜び、他人のために喜ぶこともできるはず。そういう共感能力は、羨ましい。 5)一生懸命であることのできる人何かのために、誰かのために、一生懸命になれることはすごいことだ! 4.では反対に嫌いなタイプは?嫌いな人はいません。苦手な人は多少います。苦手であるということは、その相手と関係を築きたいと思っているということに通じます。それ以外の人は、私にとって関心のない人です。そういう人たちともおつきあいは出来ますが、私の心の中にいるわけではありません。ということで、この問題は解答不可。5.自分がこうなりたいと思う理想像とかありますか?自分にリーダーシップがあるとはちっとも思っていないのだが、つい、おもしろそうなことには首をつっこむ、口も手も出すの結果、こんな状態になっている。あれこれ自分で抱え込むのをやめて、支え合う、ゆだねる、一歩下がって全体を取る、そういうことができるようになるのが当面の課題。いろんな視点からものをとらえることの出来るバランス感覚も必要だなぁ。永遠の課題は・・・恥ずかしくていえません。6.自分の事を慕ってくれる人に叫んでください。言いたい放題の脳天気で、後先も他人の迷惑も省みず暴走している節がある(亥年じゃないんだが)。慕ってくれる、くれないにかかわらず、ご迷惑おかけしてます!誰か私を止めて!だれか私にガツンと言って! 7.そんな大好きな人にバトンタッチ15名!(印象つき)何で15名も?スミマセン、ここにおいておきますので、だれか拾っていってくださいませ。
2005.11.24
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力のない子どもたちを襲う狂気。親の願いも、地域の願いも、彼等の努力にもかかわらず、犠牲になる命。ご本人と、そして親御さんの胸中を察するに、涙が出るほどの憤りと、悲しみと、戦慄と、自分の無力を感じます。彼女の冥福とを祈らずにはいられません。なのに。自分の中に、この冒涜が「特定の誰かによる」「特定の理由があってのこと」であって欲しい、と願う気持ちがあることが何より哀しく、恐ろしい。それは、このことを出来れば他人事として見ていたい、自分とは無縁であると信じたいという気持ちの表れだから。命は等価であると口先では唱えながら、自分が当事者でなかったことを安堵してしまう自分。被害にあわれた方に寄せる思いが、それでも「こちら岸」からの思いでしかないという、ごまかしようのない事実。共感ではなく同情。自分の中の身勝手さ、醜さ。只今の悲痛の中にある方々に、申し訳ない、こんな風に思うことが冒涜である、と思いながらも、私はその自分の醜さから逃れることが出来ない。一体、私に、誰に対して何か出来ることがあるというのだろうか?
2005.11.23
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うちでは、1.立候補 2.推薦で立候補を了承 3.埋まらない役職は各クラス1名の代表者を選んでから、そのなかで話し合い(立候補者が1名も出ていないクラスが対象)。という仕組みで役員と委員長が決まることになっている。立候補(自薦・他薦)が少なければ、当然クラスから選ばれてくる人が増える事になる。で、このクラスから一人選ぶには、出来るだけ話し合いで、どうしても決まらなければくじ引きで。ということになっている。このシーズン誰と顔を合わせても「くじ引き」の話しになる。違うでしょ?話し合いが先でしょ?なんて、つっこみたくなるぐらい「くじ引き」だ。こちらとしては、くじ引きではない方法で出てきて欲しい。まあ、当たりくじをひいちゃった人が、ちゃんと覚悟をしてきてくださればそれで十分とはいえ(昨年も、今年も、その点皆さんちゃんと、期待以上に任を果たされてこられているので大感謝なのだけれど)、いつもこううまくいくとは限らない。貧乏くじひいちゃったという思いで一年間を過ごすことがないように、働きかけることがこちらの仕事だと思っているが、じゃあ、会長以下全員くじ引きだったらどうするの?なんて考えたら・・・笑っちゃうぐらい怖い(そうなったら、なんのためのPTA?って事が課題になるんでしょうけれど、だれがその課題を俎にのせるんだ?その機能がすでになかったりして)。とおもうと、来年、再来年の人事を念頭に置きながら今年の選出活動に臨まなくちゃいけないんだな。さて、今年も、何人かの立候補があったらしい。候補者名は非公開なので(会長に対してさえ)、直接話を聞いたケース以外、誰が立候補しているのかわからず、今後一緒にやっていく集団として、ちょっと不安はある(それで立候補を尻込みする人もいるだろう)。「こんな風にしよう、ここは問題かも」という話しをしながら、バトンを渡す人達が決まってゆくほう方が良いと今でも思っている。それでもこの仕組みが導入される前、推薦が胃に穴が開くおもいで、推薦活動していた頃に比べると、「今のうちにやっちゃおうか」という立候補が増えてきたことは、成果なんだろうな。だとしたら、誰が一緒に活動することになっても何とかやっていける仕組みと、立候補が出来るだけ多くなり、自発的に責任を果たしていこうとする人が増える環境を整えていくことが、課題になるのだろうなぁ。さて、立候補者名の公開は12月。誰が出てるかな?(鬼?蛇?)
2005.11.22
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昨日は、クリーン作戦となうっての校舎、地域清掃。担当学年委員が企画し、準備し、実施し、なので、こちらは定期報告を受けるだけ。低学年は校舎内を、高学年は学校の周囲を清掃。大変なのは校門外回りのグループ。掃き集める→吹き散らかされる→破棄集める→はらはらと降ってくる→掃き集める・・・。キレイになったね、というよりは、これが秋なんだねって体験になってしまったが、まあ、それでいいんだよ。今年は、例年に比べて保護者の参加が少ない。担当学年委員が、学年に動員をかけなかったためだろうか。土曜であるから、無理は言えないが先生方の参加も今年は少ない。先生の土日の行事への参加については、また日を改めて考えてみたい。
2005.11.20
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空を見上げるのが好き。晴れの日も、曇りの日も、雨の日も。朝も、昼も、夜も。ビルの谷間から見上げる空も、高速道路や電線に区切られた空も。一瞬たりとも同じ表情でとどまっていない、これを逃したら、一生見ることの出来ない風景。私の心が閉じているときには、それを押し開き、目の前の悩みとは別の次元があることを、私がその次元も属していることを示してくれる風景。自分の躰も心も宙に融け、四散し、そしてまた凝って私となる。空を見て私は安心する。自分の内なる受信機が、未だ動作していると。
2005.11.19
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現職の会長に対して、そりゃ問題じゃろう?と思う点はたくさんある。自分があとを継ぐならば、そんな点は補っていこうと思っている。しかし一方で、とても私には真似できない(見習わなくちゃイケナイ!)資質を持たれていること、そういう資質が重要であることもわかる。私は歴代の会長を越えることは出来ない。誰かのための理想の会長を演ずることも出来ない。私は、今の私としてしか、その職に就くことしかできない。私にできるのは、「自分がこうありたい像」を出来るだけ多くの人にアピールし、そのなかで自分の出来ること、出来ないことを正直に周囲に受け止めてもらう努力をするということだけなのかもしれない。それが、周囲の期待する会長像とは違うかもしれないし、現実はなお「自分がこうありたい像」からも遠い。が、問題はどんどん指摘してください、どんどん補ってください、問題があればどんどん直してください、是非(あなたが)その点に挑んでください・・・。そういう良い意味でのいい加減さが許されるのが、P活動なんじゃないだろうか?決まり切ったことを決まり切ったように粛々と行ってゆくだけの活動なら、私はそんな一端を担うことにそんなに興味を持たないだろう。子どもと保護者と学校と地域と行政の関係は、変わりゆくもの、変えられるもの。そうしたプロセスにしっかりと関わってゆきたいと思うから、Pの活動に参加している。そう。Pの活動が単なる事務局仕事で、きっちりとしたマニュアルにしたがって事が進んでゆけばいいと期待されているものなのであれば、そんな期待に私は応えられない(といいつつ、マニュアルの作成を進めている私)。いろんなひとが知恵と力をよせあい、ぶつかり合いながら、世界を変容させようとする「動き」に私は惹かれる。短期的に見れば失敗もあるだろうけれど、それは、誰かが乗り越えてゆける課題。そう念じながら、でも、続発する課題に天を仰いでいるんだな。
2005.11.18
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Pとは直接の関係はないがおやじ達が野球チーム作ったりして盛り上がっているらしい。それを受けて、そんなら、私たちも何かする?って。チア・リーダー?おおっ、誰がやるんじゃい?!とーちゃん達の試合の応援かい?見物料というよりは慰謝料取られちゃったりして。 → 却下。手芸サークル?結構みんな、ビーズ細工だの籐工芸だの多才らしい。私のような、不器用なくせに日曜大工の方が性に合っているタイプはお呼びじゃない。 → 却下。コーラス?おお、良いねぇ。とひとしきり同意の声。意外にみんなコーラスに想いがあるようだ(高校時代音楽専攻っていう程度に?)。音楽の○○先生に指導してもらおうか?発表会で披露しちゃおうかなんて話しまで出てきている。その場はそれでおしまいだったけど、今度また盛り上がったら、意外に次へつながるかも(^^)bって、ちょっと楽しみが増えたかな?でも、「ママさんコーラス」っていうところはどうもいただけないなぁ。はなっから女性だけって限っちゃうのが寂しいぞ。どうせなら、混声にしておくんなまし。
2005.11.17
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★のん★きっずさんの日記にトラックバックします。PTAの人事に、学校がそこまで関与するということが驚きではあります。家では、学校がそうしたことに関わることはないだろうと思われます。が、学校とは関わりないところで、やれ、会長は土地の人であれ(まあ、土地の方々との連携は大事なので、パイプは太い方が良いかも)とか、自営業じゃないと(これはまあ、しょうがないか)とか、男性であるべしとか・・・本人の資質以外にそうした資格を満たすことが暗に要求されているようです(確証はありません。私の単なる先入観かな?)。でも、現実はといえば、ここ数年、土地の人を会長や役員候補としてあげることは出来ていません。世代交代のため、そういう人が少なくなってきているし、数少ない有資格者?もなかなか会長職を引き受けてくださらない。土地の人手はあっても、サラリーマンであれば時間的余裕はつかないし・・・。となると、これまでのような暗黙の引継ぎでは立ちゆかないのは自明です。団地、マンション、分譲住宅がどんどん出来て、この地区の人口は社会増。土地の人と新参者の比率は変わってきています。今は、PTAの変容期なのだと思います。PTAとして関わりを持つ人が、新しい世代の「土地の人」になっていけばそれで良いじゃないか、と。土地をもって結びつくことのない新しい住民は、地縁社会のかわりに、学校と子どもいう縁をもって結びつくことが出来るかもしれない。そんな期待を抱きつつ、来年と、そしてもっと先のことを考えたりしています。
2005.11.14
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久方ぶりに、水族館へ。子ども達がちょっと大きくなって、このコーナーを好きに見ておいで、個々で待ってるよ、といえるようになったのはとてもラク。でも、結局自分のペースで水槽をゆっくり眺めることが出来るようになるのは、もう少し先だろうなぁ。水族館といえば博物館、美術館に寺社仏閣。子どもが生まれてから、ほとんど行っていない(行くのは科学博物館だの科学技術館だの・・・)。寺の境内でぼーっとしていた時代が懐かしいけれど、きっと今だと時間をもてあましちゃうだろうな。水族館だって、一人でゆっくり見ようなんて機会があったら、きっと寂しくて、すぐ家に戻っちゃうだろうな。ま、子どもたちに置いてきぼり食うようになったら、またどこかのんびり旅をしよう。
2005.11.13
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多忙につき、ROMに徹するこのごろ。書くことはいっぱいあるような気がするんだけどなぁ。早くしないと忘れちゃうよぉ。
2005.11.11
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初めて、役員連でランチを共にした。PTA室で打合せの機会はたくさんあるけれど、ワイワイと雑談することって、あまりない(ちょっと苦手)。PTAの事を離れてうなずいたり、腹を抱えて笑ったり。去年は、そんな機会を持とうともせずに一年を過ごしてしまった。もし、こんな機会があれば、役員同士の関係って変わってきていたかもしれない。今年も、こんな時期になってようやく。でも、まだ半年ある。大丈夫。雑談の中から、相手の顔や想いが見えてくるし、あ、一緒にがんばっている仲間なんだな、という気持ちも強くなってくる。それって、とても不思議な効果だ。私は人付き合いが苦手なので(!)、そんな場には久しくご無沙汰だったけれど、こんなつきあいも良いじゃない?って、それだけで少し肩がラクになったような気がする。そんな機会をありがとう。
2005.11.08
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久々に、科学技術館へ行ってきた。自分が子どもだったころ、良く連れてきてもらったものだ。きっかけは、テレビ。人が入れるぐらいの、巨大シャボン玉を見たこどもたち、ここへ行く!と大騒ぎ(3年まえに行ったことをすっかり忘れてる!)企業協賛ブースが多く(○○ガス、○○電力、等)、展示自身は、最近の、あるいははやりの施設に比べると、素朴な、原初的な感じがする。どのコーナーも体験型ではあるのだけれど。だが、ここの5Fはおもしろい。体験型学習施設の草分けの面目躍如?廊下にはいろんな体験道具がおいてあるのだが、なんと、全く解説がない!これ、なんだろう?なんて手を出すと、突然微弱電流が流れたりする。廊下にはしごがあって、壁の高いところの穴をのぞき込めるようになっている。で、登っていくと突然、壁がうなり出したりする。ボウリングボール大の鉄球を、てこを使ったり、歯車を使ったりしながらどんどん先に送っていく仕掛けは子どもたちに大人気だ。重たいハンドルを一生懸命に回している。もちろん、お約束の実験コーナーもある。大人の方が真剣だったりする。最先端の技術満載とかCGシミュレーション満載、ではない分、「原理」が直接五感に触れて来るような気がする。こういうのも良いなぁ。今時の施設はなんだか、どれもブラックボックスって感じがするものなぁ。
2005.11.07
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昨日は、庭の穴掘りぐらい大目に見るなんて悠長に構えたことを言っていたが、今日にいたって、掘った穴に水を流し込んで池にしているのには、さすがに笑っちゃうやら、あきれちゃうやら、である。昨日とうってかわった肌寒い空の下、全身ずぶ濡れで水遊びってどーよ?「寒くないの?」と聞いたら「寒い。」とふるえながら答えた。ばかもの~!早く風呂にはいれぇ。と思ったが、真っ昼間に風呂の準備もすぐには出来ない、家に上げるにも全身泥まみれ。蒸しタオルで全身を拭きまくって、まだ湯が十分にたまっていない(家は給湯式)風呂に追い込んだ。で、庭中泥水だらけ、水浸しの落とし穴、家の外壁は泥だらけ、靴も服も泥まみれ、で時ならぬ大掃除で午前中がすぎていったのだった。私も、子どもの頃、ずいぶん怒られながら遊んだよなぁ、親も同じように後始末をつけていてくれたんだよなぁ、なんてちょっと感慨にふけりながら。
2005.11.06
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本日のアニマシオンは、「エルマーと16ぴきのりゅう」子どもたちが、得点競争に走るので、ここ2回ほど得点なしにしてみた。得点を取ることよりも、発言すること、やりとりすることが楽しい、っておもえるようになる道のりは、平坦ではないと感じた。
2005.11.05
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今日は振替休業。子どもたちは庭で騒いでいる。最近穴掘りがマイブームらしく、掘っては埋め戻され、掘っては埋め戻されのいたちごっこ。公園での穴掘りなんてとんでもないご時世なので、自宅の庭にささやかな穴を掘るぐらいかまわないんだが、そのまま放置されると、夜帰ってくる家人にとっては落とし穴。なので、穴が広がって盛り上がってきたころに、さあ埋め戻せ!となるわけ。穴掘りも、秘密基地も、その日限りじゃなくちゃイケナイのは子どもにとっては寂しいだろうなぁ、と思うので、自室にかぎり秘密基地を作ったら、その一角だけは飽きるまでそのままにすることにしてある(って、自室に作ったら秘密じゃないでしょ?)いずれ、ダンボールハウスなのですぐ壊れて飽きちゃう、という見込みがあるからこんな対応でいい。子どもたちは、いつかもっと大きな秘密基地が作りたいと思っている。そうだねえ、夏休みになったら、どこかキャンプに出かけて、一緒に竪穴式住居、作ろうか(一緒に作ったら、秘密じゃないでしょ?)本当は、身近に子ども同志でそんなことが出来る場所があればいいのだけれどね。どうしても、イベントでやろうとすればその日限りが条件だし、そういうことの許される場所も無い。来年は、そんなことがちょっとでも体験できるような企画・・・できないかな?
2005.11.04
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今日は発表会。子どもたちの発表(劇仕立ての発表だったり、音楽発表だったり)を見るにつけ、しみじみと、それでも成長してるんだなぁと思います。そりゃ今日が祝日だからということもあるのだけれど、男性の姿がたくさん見られました。そしてその多くが、ビデオやカメラを抱えて・・・。そりゃ、せっかくの晴れ姿ですもの、シッカリ記録に残していただいてもいいけれど、全体像もしっかり心に焼き付けてね。子ども一人をクローズアップでなく、全部の子どもたちとその中でがんばっている我が子をまとめて見てあげてね・・・。そうしたら、もっと他の機会にも学校に足を運んでくれるようになるかしら?
2005.11.03
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PTAどーもくんさんから、バトンを受け取りました。■イメージバトンの説明■1 バトンを回してきた人のキーワード2 その人が回してきたキーワードから連想するものを一つあげてね。3 最後にバトンを回してきた人に一言4 次にバトンを回す人3人を決めてね。1.受け取ったキーワードは・・・「中島みゆき→わかれうた→失恋→涙→青春→どきどき→初対面→学校→部活→放課後の出来事→告白→初めてのチュ→はにかみ→笑顔→ひまわり→麦わら帽子→ルフィ→木綿→ハンカチ→黄色→お星様→希望→祈り→片思い→サクラ貝→乙女→長い髪→ジョン・レノン→ジャン・レノ→スポーツカー」スポーツカー?ハンドル握ってン十年。車は走ればいいという人なので、スポーツカーのイメージが無いかも。ひえぇぇぇぇ。スポーツカー → 唯一知ってる車種名:ポルシェ → 山口百恵スポーツカー → 高速道路 → 松任谷由実・・・。古いっ!古すぎっ!あ、でも、こうして浮かんできた2曲、どちらも勝手なイメージが「夜」なので、スポーツカー → 【夜景】ということでいかがでしょう?3.バトンを渡してくれた方へのメッセージ♪日本のどこかに~(まだ山口百恵から抜けてません)、ブログでつながっている人がいるなんて、本当に不思議な気持ちです。顔も知らない人達だけれど、あ、きっと向こうでがんばっているな、こちらもがんばろう、なんてシンパシイ感じられるのって、本当に感謝です。怒りたいときは大声で、とすっぱり仰ってくださって、なんだか肩の重さがとれたような気がしています。悩んでいれば解決できることと、悩んでいても解決できないことがあるんだよね、ぶつかって、切り直すのも解決方法の一つなんだよ、と。で、私の好きな言葉は、「強引にMy Way」だったりします。これからも、よろしくお願いします。4.次にお願いする方3人是非皆さんの「おおっ!」というようなキーワードがお聞きしたいので。 まめのゆさん かいちょーさん oribe77さんご迷惑かしら・・・。
2005.11.02
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やってきました、年賀状のシーズン。これが終わらないと来年がこないぞ!って脅迫をこれから2ヶ月受け続けるんですね。大昔(結婚前)は、家族総出で木版。ちょっと前までは、以前の木版を転用して、木版+プリントゴッコ去年はついに挫折して、以前の版画を利用してPC加工・印刷。せめて宛名だけは手書きを!と思っていたけれど、それも去年挫折。昔っから、年賀状には文字を書き込むスペースはない、という前提で作ってあるので、ホントに手書きの場所が少ない。以前は、心を込めて手作業しているのだから、個別の一言は勘弁!といいわけしていたのだが、PCにお任せになっても個別の一言が復活しないのだから、結局は「言い訳」だったのよね。
2005.11.01
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