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2026.02.27
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カテゴリ: I write
きのうのアクセスのあったブログ(14年前記述)を確認したら、
コメント欄に『イロケゼロトプス』という語彙が登場した。

自分で書いたものだが、
うまいネーミングだと思った。

恐竜の時代にも、オス・メスがあり、
求愛行動もあったかもしれないので、
恐竜が色気ゼロという意味ではない。

虫けらが化石級に色気がないという意味だ
(解説せんでもわかるわい)。

そのブログでも言っているのだが、
「自分を客観視できていない」という事実。

他人が自分をどう見ているか、ということに
全く興味がないという生き方はいまもそのまま。

多分、子供のころからずっとそうだったと思う。

そんな自分の生態を自覚して、
ふと怖くなって書いたのが
「​ もしいま、私が変死したら…… ​」
である。

自覚しているにもかかわらず、
それを改善することも、誤解を解く努力もせず、
漫然と過ごしてしまった2年半後、
再び恐怖して書いたのが
「​ 誰も死んではならぬ ​」。

そのときにはまっていたPavarottiの
「Nessun Dorma 」(誰も寝てはならぬ)に
当てはめてつけたタイトルだが
(この一つ前のブログに、これに至る経緯が書かれている)、
この感覚はいまもある。

人々が話す虫けらへの評価は随分変化していると思うが、
虫けらのことをきちんと知っている人はほぼいないので、
「噂話」の域を出ない話が積み重ねられる感じは
同じであろう。


今週、姪家族を招いてホテル宿泊旅行を遂行した。
招いて、というのは、虫けらの自宅のすぐ近くの
ホテルを取ったので、虫けらに旅行気分はなく、
こちらの目的を遂行するためには、
姪家族に少しでも楽しんでもらわねば、
という下心というか、叔母心というか…。

姪というのは、姉の娘。
家族は、ご主人と娘二人の計4人。

姪には、虫けらの死後に身辺整理を任せようと
思っている(簡単には承認済み)。
虫けらに関する作業の全権委任をするために
公正証書をつくろうと考えているのだが、
こちらでできる作業は進めているものの、
最終的に姪家族に関係することは
了承を得なければならぬということで、
詳しい話をするために招待したというわけだ。

ホテル宿泊の2日前に上の子がインフルエンザに
かかったり、宿泊当日に下の子が発熱したりと、
以前から「伝染病一家」と虫けらが命名するほど
感染症にばかりかかっている一家の本領発揮と
なったわけだが、
とりあえず全員で参加してくれたことと、
十分ではないものの、話ができたことは
大事な仕事が一つ解決できたと安堵しているところ。

そのとき、ふと虫けらの経歴のことを話したら、

「知らんで」

と姪に言われ、
よく考えたら、そんなことは親にはもちろん、
兄弟に話したことなどないなと思い至って、

「生きているうちに話しとくわ」

となり、人には話していない経歴や事実を
幾つか話した。

自分の自慢につながるようなことは、
一切人に話さない人間なので、
唐突に話されても、証拠がないと信じないだろう。
しかし、賞状や盾、トロフィーなどには全く執着しないので、
全て実家に置いてある関係上、
証拠なしでも話せる話を幾つかした。

このブログにも一度書いたことがある。

このまま死んだら、虫けらの実績を
誰も知らないという状況になってしまう。
それはそれで仕方ないのだが、
ちょっと虫けら自身が哀れに思うので、
3つほどだったが、自慢話を披瀝した。

高校2年生のとき、全国学芸コンクールの小説の部で
2席になったことと、
高校3年生のとき、福武の模擬テスト(大学入試対象)の
現代国語で全国2位になったこと。

なんで2位ばっかりなんや!
と嘆いた記憶がある。

まだ2位はある。
小学6年生の連合運動会(市単位の運動会)の
幅跳びの部でも2位になった。
記録的には1位を余裕で獲得することができたのだが、
大会2日前に練習し過ぎてひどい筋肉痛になっていた。
実力が発揮できず……こういうアクシデント的なものも
実力のうち。

2位の呪縛はここから始まったのかもしれない。

虫けらは、進学校(高校)に通っていたが、
2年、3年のときは常に席次が一桁だったことも
姪に話したが、やはり知らなかった。
父親と兄は知っているはずだが、
姉には話したことがなかったようだ。

大学進学を諦めたのは、家が貧乏だったからと、
四大(4年制大学)を出た女性の就職率が
まだ26%ほどしかなかったからで、
そういう時代だったので仕方ないが、
もう少し後の時代に生まれていたら、
違った人生を送れたかもしれないと思うと言うと、

「まだそんな時代やったんやな」

と気の毒がってくれたが、
姪の生きた時代は女性の権利が
どんどん拡大していった時期で、
実感はないだろうと思う。

仕事の実績は幾つもあるが、
ここで書くと身バレするので伏せておくことにする。

仕事で関わった企業の話をすると、
姪が目を丸くして、

「えーっ! そんな会社と付き合ってたん?」

と驚愕する。
虫けらが社長をしているという大阪の零細企業が
そんな大きな有名企業(東京本社)と取引できるはずがない
というのが世間の見方だろうが、
虫けらの会社は幾つもの有名企業と取引をし、
口座を持っていた。

そういう事実も、
変な噂話を捏造される所以になったのだろう。

しかし、仕事の実績以外の理由で取引を開始した企業はない。
全て、虫けらの企画力、文章力、営業力、統率力を
評価してもらった上での仕事関係だった。

そんなことは、口で言わなくても実績を見て理解してくれる
と思っていたが、世間はそうそう甘くない。
いつまでも噂話の方があらぬ虫けら像をつくっていく。


間もなくこの世からいなくなるので、
変な噂話は、否定や修正をしてくれる人がいない限り
固定化してしまうのだ。

現在のところ、否定や修正をしてくれる人はいない。

やるせない気持ちになるが仕方ない。

死ぬまでに、真実をできるだけ多く書き残しておこう。


自分のことを大切にしなかったツケがここにきて
後悔のタネになっていると実感する。

もっと自分を守ってやらなければならなかった。

もっと自分の正しさを主張しなければなからなかった。


と思ってみても、
虫けらはそういう人間なのだから仕方ない。


……イロケゼロトプスの話はどこへ行った?

「ストレスザウルス」というネーミングも気に入って、
一時期よく使っていた。

いまの虫けらは、さしずめ「シニギワノドン」あたりか。




人の人生は儚いものだ。

生きた数十年は、やがて忘れ去られる塵芥(ちりあくた)。

ま、その方が楽に死んでいけるのかもしれない。

何も残さない生き方。


それを実践するのもいいのかもしれない。



                  諦 観





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Last updated  2026.02.27 16:54:14
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