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娘のお友達のお家で、ハロウィンパーティーがあるというので、お菓子をラッピングして、お土産に持たせることにしました。オレンジのオバケカボチャに、黒いコウモリ、そしてオバケの表情も楽しい、カラフルな、お気に入りのペーパーナプキンに、キャンディーやグミ、チョコレート等を組み合わせ、一つ一つ包んでいきます。子ども達が喜ぶ顔を思い浮かべながら、ささやかなプレゼントを、こっそりと用意している時は、何だかとても、ワクワクした気分になります。お友達のお母さんが焼いてくれる、美味しいカボチャのケーキを頬張りながら、きっと、おしゃべりも弾むことでしょう。秋の実りを感じさせる、暖かいオレンジの色。いよいよ10月も終わりです。
2006年10月31日
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一日も夕方に近づき、既にベランダも陽が翳って、暗くなっています。しばらくしてそのベランダが、ほんのりと明るくなりました。見ると、薔薇の紫燕飛舞が、薄いベールの様な光を浴びて、輝いています。それはリビングの窓ガラスの、反射光のなせる業でした。一分でも長く、美しい薔薇の姿を見ていたい、そんな気持ちが伝わったのか、ガラスがレフ板の役を、買って出てくれたのです。夕陽が直に射していれば、それもまた、美しい色になるのでしょうが、反射光の優しさは、花の繊細さを際立たせます。帰り来る光は柔らかに、薔薇の美しさに息をのみながら、カメラを構える私をも、そっと包んでくれるのでした。
2006年10月30日
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「早くお入り。ぬれてしまうよ。」中から元気な声がして、木の下で、雨空を恨めしそうに見上げていた旅人は、宿屋のおかみさんに招き入れられました。カンナおばさん。いつの頃からか、おかみさんは、そう呼ばれる様になっていました。陽に焼けた健康そうな頬には、ソバカスが浮かび、腰骨の張ったどっしりとした身体は、力強さにあふれ、明るい緑色の、たっぷりとしたスカートが、良く似合っています。女手一つでこの宿を切り盛りし、居心地の良い部屋と、美味しい料理で、たくさんの旅人をもてなしてきた、その全ての時間が、彼女を形造ったのです。カンナおばさんのユーモアは、丘を渡る風、朗らかな笑い声は、地中海の太陽の匂い。暖炉の傍に座り、雨でぬれたマントを乾かしながら、旅人は憩いのうちに、いつしか眠りに就き、きらめく海の夢を見るのでした。これは、道沿いのカンナの花で、雨宿りをした蝶が、そっと教えてくれたお話です。
2006年10月29日
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リサイクルきもの屋さんの店頭で、その着物を見かけた時、一瞬にして目を奪われました。昭和初期の物らしく、ディスプレイ用のボディも、おはしょりがやっと出る位の着付け。かなり小柄な人でなければと、一度は諦めましたが、後日、改めて見てもらって、ラベルの身丈から、何とか152cm位までなら、ぎりぎり着られることがわかった時の嬉しさ!そう言えば、NHKの前回のテレビ小説『純情きらり』でも、昭和初期の銘仙などのヴィンテージが、使われていたそうです。やはり、着物の身丈が短いので、女優さん達の身長に合わせ、帯に隠れる部分を切り、その布で継ぎ足して、裄丈をのばす等、衣装さんが工夫をしていたとか。何とか、ぎりぎりで着られる私は、前時代的な体型だという事ですね・・・。先日、この着物で出かけ、帰ってからは襷がけで、夕食を作り、後片付けまでしてみました。慣れないことゆえ、やっぱり疲れましたが。美しいもみじ葉が散るまでに、せめて、あと数回は袖を通したいものです。
2006年10月28日
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ベランダの秋明菊が、今を盛りと、たくさんの花を咲かせています。細く長い茎の上で、風に揺られる姿は繊細で、澄み切った青空のもと、白い花びらと黄色いおしべが、よく映えています。その中で、肩を寄せ合って、空を見上げている、仲良しさんを見つけました。2人は、天真爛漫な子ども達、いえ、未来を語らう恋人達、それとも、老境のおしどり夫婦でしょうか。輝く秋のひと時を、いつくしむ様な、幸せな、楽しい会話が聞こえてきそうです。彼らと同じ目線になったら、会話に加わらせてもらえるでしょうか。光と風の中で、秋明菊と同じ様に、どこまでも高い空を眺めていると、美しい秋の残像が、まぶたに焼きついた気がしました。
2006年10月26日
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ピアノの発表会での、娘との連弾をきっかけに、遠い昔、習うのをやめてしまったピアノに、再び触れる生活が始まりました。と言っても、弾きたい曲の楽譜を買っての、気ままな自主練習です。夏から弾いているのは、モーツァルトの『きらきら星変奏曲』。ABCの歌、またはきらきら星で知られるこの曲は、1770年頃にフランスで流行した、「ああ、お母さん聞いて」というシャンソンが原曲です。娘が、想い人のことを母親に打ち明ける、恋の歌だとか。でも、私にはやっぱりきらきら星のイメージ。テーマを引き始めると、紫紺に染まり行く空に、一つ、また一つと、星が輝き出すのです。この16分音符の連なりは流れ星、ここのスタッカートは星の瞬き。そして短調の部分では、しばらく薄雲がかかり、星達の光も弱まります。心に描いたものを、音に表現できない、そんなもどかしさを抱えつつ、ピアノの前に座るのです。うす汚れたベールに閉ざされた、大都会のわびしい星空がかき消え、満天の星空が広がるのを、思い浮かべながら。
2006年10月24日
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夕闇が少しずつ、大気に溶け始めました。街に明かりが灯る頃、それは魔法の時間。藍色の中に封印された力は、今や甦り、無機質な、動けぬ者達に、命を吹き込むのです。いくつもの傘の花は、夕闇の底に沈み、もう輪郭が消えかけています。そぼ降る雨の糸は、人の声や足音を絡め取って、側溝に流し去り、運河の水の冷たい指先は、闇の調べを奏でています。その時、街灯が一つ、装飾の施された細い腕を上げて、伸び上がり、石畳の道は、音も無く進む蛇の様に、身をくねらせました。命を持った彼らの、別の顔を見ることができるのは、魔法の目を持つ者だけ。夕闇が作り出した不思議の国は、行く道もおぼろげなのでした。
2006年10月23日
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先日、『ダ・ヴィンチ・コード』の前作で、シリーズ第1作になる『天使と悪魔』を読み終えました。天使の導きのままに、悪魔の所業が明らかになり、限られた時間との闘いの中で、物語は衝撃的に展開します。今や、世界的なベストセラー作家となったダン・ブラウンの、キリスト教の重みのある歴史と、西洋美術への造詣の深さには、驚かされます。それもそのはず、父は数学者、母は宗教音楽家、そして、妻は美術史研究家であり、画家だとか。幼い頃より、美しい素数や数式と、ラテン語の敬虔な響きに囲まれて育ち、絵画や彫刻の真の美を、語らい合ってきたのでしょう。ダ・ヴィンチの暗号を、鮮やかに解き明かす前に、ラングドン教授は今回も、大活躍しています。でも、映画の印象からか、読んでいて、どうしてもトム・ハンクスの顔が、浮かんでしまうのですが。秋の夜長もあっという間に更ける、そんな読書の時間でした。
2006年10月21日
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ベランダの花達の手入れをしていて、「あっ」と思った時には、もう、茎が折れていました。鉢を動かす際、ぶつけてしまいそうだから、この小さな苗は、別の場所に移動させなくては、と思った矢先のこと。元気に、こんもりと育ち始めたオレンジミントは、無惨な姿になってしまいました。不思議な事に、こんな事件の前には、たいてい、失敗をやらかしそうな予感がするのです。一瞬、もしかしたら、映画の主人公達さながら、特別な能力があるのかしら・・・などと思ったりしますが、そんなはずはないのです。決して予知などというものではなく、うっかり者だと、強い自覚があるゆえに、警告の様に、イメージが浮かんでしまうのでしょうね。折れたオレンジミントは、部屋に飾りました。水をぐんぐん吸い上げて、良い挿し穂になってくれるでしょうか。あたかもそれが、予定されていたことのように。
2006年10月20日
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ここ数日前から、少々風邪気味です。何となく喉が痛いし、鼻もつまるし。そこで、簡単な吸入を試してみることにしました。呼吸器系に良いというユーカリの中では、香りが穏やかな、ユーカリ・ラディアータが好みです。普段使っていないマグカップにお湯を入れ、ユーカリ・ラディアータ2滴をたらして、目を閉じ、蒸気を吸い込みます。一気に流れ込む清冽な香り。他の五感は全てなくなり、今、嗅覚だけが残されている、そんな感じです。しばしの間、喉も鼻もすっきり。昨夜は、寝室にアロマライトを灯しました。ユーカリ・ラディアータ、ベルガモットと、ローズウッド。あたためられた香りが、ふんわりと漂います。今日は、自治体の図書ボランティア講座の、絵本の読み聞かせ実習の1回目。アロマの力のお蔭でしょうか、痛みも少し楽になり、無事に読み終えられました。
2006年10月18日
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秋分の日から、早いもので3週間以上になりました。みるみる日没が早くなり、いつの間にか、部屋の奥まで、光が差し込むようになっています。室内の中で、今まで日の当たらなかったものが、突然、表舞台に躍り出てきたようで、はっと驚かされることがあります。今日の主役は、ワイヤークラフトの籠入りの、小さなガラスの花器におさまった、恥ずかしがりやのお嬢さん。薔薇のスーブニール デリゼバルドンです。夕陽のオレンジがかった光は、彼女の仄かなピンク色を、そっと包み隠し、ベージュを際立たせて、大人っぽいレディに演出しています。限られた夕刻の、ひと時の舞台、スポットライトを浴びて、眩しそうにしているお嬢さんを見ながら、ふと、季節の傾きを感じるのです。
2006年10月17日
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中にはドイツ語や、フランス語のものもありますが、音楽用語の多くは、イタリア語です。forte フォルテ「強く」、adagio アダージョ「緩やかに」、espressivo エスプレッシーヴォ「表情豊かに」等。そのイタリア語で、cantabile カンタービレは、「歌うように」の意味。そう言えば、音大生が主人公の人気コミック『のだめカンタービレ』がドラマ化され、今日から放送開始ですね。普段から、コミックやドラマにほとんど縁がないけれど、これは見てみようかと思ったりします。好きなコーラスからも、しばらく離れている日々ですが、人が生きていくのも、音楽のようなもの。時にはallegro アレグロ「速く、楽しげに」、時にはandante アンダンテ「ゆっくりと歩くように」、そしてある日突然、もの悲しい短調に転調する時もあるでしょう。でも、歌うように、毎日を送りたいのです。楽器も、鳥も、人も、歌うために、今在るのだから。
2006年10月16日
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その薔薇には、前から目を付けていた。淡い卵色のたくさんの蕾が、明るい緑色の若い枝に、房になっている。細い花びらは、華奢で可憐だ。ふわっとした優しい香りも、花容に似つかわしい。街の目覚めが遅い今朝、蕾の紐がようやく解け始めた。今だ。みずみずしい枝の折れる手応え。二本目の少し太い枝を、ようやく捩り折ると、たくさんの蕾がついた素晴らしい枝が、目の前にある。これもだ。フェンスの内側に手を伸ばして、力任せに枝を折り取る。つと腕の内側に、鋭い痛みが走った。一本の線となって、うっすら血が滲み出る。向こうから人が来た。だが、何食わぬ顔で行けばいい。薔薇は初めから、自分のものだったのだから。夏の初めの、ある土曜日の朝、大好きな薔薇が盗られました。あの3本の枝が、全部咲いていたら、素晴らしい香りと風景だったでしょうに。花ぬすびとはどんな風に、どんな気持ちで、手折っていったのでしょうか。アリスター ステラ グレイは、その時の傷を今も枝に残しつつ、また可愛らしい花を咲かせ始めています。
2006年10月14日
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大阪の難波宮跡で、万葉仮名で書かれた最古の木簡が、発見されました。書かれているのは、「はるくさのはじめのとし」の11文字と、判読不能な12文字目。「春草の」は、春の草が茂る「しげき」、また春の草が愛らしい「いやめづらし」にかかる枕詞です。読むことのできない12文字目と、折れてなくなってしまった続き。大化の改新の後、新しい首都の宮殿と、御代の繁栄を寿ぐ、そんな歌の一部だったのでしょうか。「春草の はじめのとしに」、いえ、「春草の はじめのとしの」でしょうか。いにしえに思いを馳せ、続きの美しい言の葉を、心のうちで、さがしてみるのです。
2006年10月13日
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いったい、いつの世に生を受けたのか、想像もつかないほどの大木。高尾の登山道に沿う杉木立には、そんな立派な杉がたくさんあります。巨木達の中では、四方に伸びた根が、工事の邪魔となり、伐採される寸前、根が曲がって、それを免れたという伝説を持つ「蛸杉」が、よく知られています。その杉を後にして、頂に向かう途中、巨木の王に出会いました。彼は、艶やかなビロードの、緑の衣を身にまとい、ただ静かに、空に向かって聳えています。気高く賢い王の、徳を讃えるため、長い時間の流れの中で、自然に、衣が織り上げられたのでしょう。名前やいわれのない、無名の王。でも、美しい緑の衣は、人の心に鮮やかに残ったのでした。
2006年10月11日
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平日は静かな山の頂も、秋晴れの週末は、たくさんの人々でにぎわい、お昼時ともなれば、どこもかしこも、レジャーシートでいっぱいで、お弁当の花が咲きます。いつもなら、蝶達もお好みの場所で、翅を開いたり閉じたりしながら、ゆっくり休めるのですが、こんなに日は、静かな所はありません。1匹のツマグロヒョウモンが、ひらひらと飛びながら、注意深く下を眺め、休む場所を探していました。そして蝶が選んだのは、主人の帽子の上。しばらく留まって、一度飛び立ったものの、再び帽子の上に降りてきました。何だか、安心できそうな気がしたのでしょうか。帽子に蝶を乗せたまま、主人もそろりそろりと歩いています。まるで、蝶のリボンのよう。可愛い飾りのついた帽子を、娘達も嬉しそうに見上げていました。
2006年10月09日
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秋晴れのお出かけ日和、家族で高尾山に行きました。以前学校の遠足で来た時の事を、娘達があれこれ話してくれるのを聞きながら、一歩一歩登っていきます。ゆったりペースの約2時間で頂上へ。こうして頂にたどり着くと、10月にしては強い陽射しや、ほの暗い杉木立を吹き抜ける風、そして、息があがる様な急坂さえも、全てご褒美の様な気がします。美味しいおにぎりは何よりのご馳走、青く美しい富士山の姿は、目のご馳走。途中の山腹で見かけたもみじは、ほんの少し色づき始めています。紅葉はこうして、枝の先からやって来るのですね。秋を満喫した一日でした。
2006年10月08日
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大荒れの天気の後、秋の爽やかな一日がやって来ました。昨日の嵐の忘れ物の、強い北風が残ってはいましたが。夕方、素敵な贈り物がありました。日の落ちかけたベランダに出て、ふと空を見上げたその時、隊列を組んだ、鳥達の渡りが見られたのです。彼らは北からの風に乗り、南へ向かっています。何の鳥なのでしょうか。高い空に映える残照の中、隊列は三日月の様に、また波頭の様に形を変え、羽ばたきの度に、白くきらきらと輝きます。ほんの数十秒間の煌めき。小さな芥子粒になって、遠い空に消えて行く彼らを見送っていると、ありがとうの気持ちが溢れてきました。今この瞬間を忘れずに、大切に一年を過ごしたいと思います。
2006年10月07日
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出かけた先で、大賀蓮の鉢を見かけました。元気な緑の葉は、大きな器となって、雨のしずくを受け止めています。2000年前の泥炭層の中から、発掘された3粒の種。その中の1粒が、長い長い眠りから覚め、花を咲かせたのは、奇跡と言えるでしょう。人々のささやかな喜びや、悲しみ、そして、いにしえの晴れやかな祭りや、幾たびもの戦。蓮の種は、夢の中でまどろみながら、どれほど多くのことを、見聞きしていたのでしょう。葉が風に揺れて、雨のしずくが転がるたびに、蓮が遠いむかしの話を、静かに語ってくれている様な、そんな気がしました。
2006年10月03日
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駅へ向かう途中に、西洋朝顔が咲いています。まだまだ小さなつぼみをたくさんつけ、これから本領発揮と言わんばかり。日本の朝顔が、儚げな、たおやかな風情で、夏の朝を涼し気に彩るのに対し、こちらは晩夏から秋にかけて、色を冴え渡らせ、凛とした雰囲気です。ヘブンリー ブルーの名は、この美しい色。それは、明るく無邪気な空色ではなく、言い知れぬ悲しみを秘めた様な、天空の深い青。冷たい雨にも、打ちしおれてしまう事なく、青い花は顔を上げ、午後まで咲き続けていました。
2006年10月02日
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秋の風が吹き始めてから、ずっと感じていました。もう夏のもとは、別れなければならないと。そうして、人は自然に、さらっとした綿や、しゃっきりとした麻よりも、艶やかでなめらかな絹や、ぬくもりのあるウールの手触りを、求める様になるものなのですね。お友達のうさこさんのキットで作った、ビーズ刺繍のグラニーバッグ。涼しげな色と、可愛い形がお気に入りで、夏の間、大活躍したこのバッグも、もうお休みです。つぶれない様に形を整えて、収納ケースにしまいます。来年の初夏まで、ゆっくりおやすみなさい。
2006年10月01日
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