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今日は、言わずと知れた、モーツァルトの誕生日。美しくも優雅な旋律を聴いていると、ふと、天上界の音楽とは、こんな風なのかしらと、思う事があります。学生時代所属していた合唱団は、発足時からモーツァルトに縁のある団で、昨年の演奏会では、レクイエムが取り上げられ、OB・OG合同ステージで、久しぶりに歌う機会を得ました。学生時代に一度、5年前に一度、そして今回、歌う度に、出会えて良かったと思う曲の一つです。モーツァルトの音楽を聴くと、様々な素晴らしい効果がある、と言われています。実験では、植物も生育が良くなるとか。200年以上を経て、彼の曲が今なお輝きを失わず、癒しの力に満ちているのは、絶対的な美が音となって、織り込まれているからではないでしょうか。生誕250年の今年、多くの演奏会で、彼の美しい音楽が鳴り響く事でしょう。
2006年01月27日
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喜び、感動、思い出、そして言葉に出来ない深い想い。創り手の個性と祈りを込めて、布は裁たれ、針と糸はひたすらに、美しさと夢と時間とを、縫い込んでいきます。たくさんの素晴らしいキルト達。先日、東京国際キルトフェスティバルに行ってきました。今年は、日本を代表するキルト作家の方々の姿を、間近に拝見することが出来ました。黒羽志寿子さん、キャシー中島さん、岡野栄子さん、そして上田葉子さん。海外からのお客様と一緒に、写真撮影をしたり、来場者の熱心な質問に、丁寧に答えたり、著書にサインをしたり。どの方も本当に素敵で、前向きな、力強いエネルギーが感じられます。明るい色合いの布地の入った、バッグ用のキットは、創作意欲を掻き立てられた、この日のお土産。自分なりに一工夫して、春への想いを縫い込んでみましょうか。
2006年01月24日
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駅へと向かう朝の道、白く細かい物が、眼の前をよぎりました。澄みきった青空から、次から次へと、小さな煌めきが舞い降りてきます。遠い北の国から、上空の風に乗って、ここまで運ばれて来たのでしょう。朝日に輝いて舞う、たくさんの小さな雪の花に包まれていると、幻想的な不思議の国に、迷い込んだみたいです。それは、この冬一番の寒さがもたらした、美しい恩寵。コートの上に、留まるか、留まらないかのうちに消えてしまう、光を宿した、はかない花びらは、何度カメラのシャッターを切っても、画面に写す事が出来ません。それから程無く、雪の花びらは、跡形もなく消えてしまいました。穏やかな日の光と、都会の冬らしい青空の下、何事もなかった様に、冬の一日が過ぎていきました。
2006年01月23日
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規則的にリズムを刻む、水の音。幾分角度がついた陽射しは、少しずつ暖かく、力強くなり始めています。水はその力を借り、今や雪の魔力から解き放たれ、自由な姿に還る時を迎えました。ぎりぎり迄力を蓄え、雫の形になり、一つ、また一つと、順番に煌きながら宙に躍り出て、光の中に飛び散っていきます。至る所で聞かれるその音は、それぞれが重なり合い、一つのハーモニーを奏でています。それは、まだ遠い春に捧げる、水の賛歌。彼らの歌は地上に満ち溢れ、いつしか、命の春を呼び覚ます事でしょう。
2006年01月22日
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いつもとはどこか違う空気に、ふと目が覚めました。まるで、全ての音が消えてしまったかの様な、そんなしんとした朝。窓を開けると、ぼたん雪が舞っています。さっとコートを羽織って、外へ出てみました。聞こえるのは、靴の下で雪が軋む音だけ。他の音は、雪の白さの中に吸い込まれ、自分一人だけが、ここに取り残された気になります。「雪女」や「雪の女王」のお話があるのは、雪が白く美しい魔物だから。空を見上げていると、降ってきた雪のひとひらが、まつげの上に乗りました。危機一髪。もしも小さな結晶が、瞳を刺したその時は、雪の魔力に魅入られて、囚われ人になるでしょう。慌ててきびすを返して、家に入りました。背後に、美しくも冷たい、魔物の気配を感じながら。
2006年01月21日
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悲しい事に、彼女は、どうしても思い出す事が出来ないのです。自分がいったい、どこの誰なのか。そして、どうしてこの場にいるのかも。本当は美しく花開くべき、薔薇であるのに。記憶の糸口を見つけられず、凍りついた様に、彼女は同じ姿のまま、何日もそこに立っています。弱々しい冬の日の光が、何とかそれを思い出させようと、囁きかけようとするそばから、冷たい北風が、その言葉を吹き飛ばしていきます。失われた記憶は、いつか戻るのでしょうか。彼女の頬には、ただ曖昧な微笑みが浮かぶだけ。寒気のために、赤みが差した美しい衣は、頼りなげな彼女を守ろうと、しっかりと重なり合い、固く巻き付くのでした。
2006年01月20日
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以前、主人の母が紅茶を淹れてくれた時、目に留まったのがきっかけで、ティースプーンを買う事にしました。デパートの紅茶専門店の、ガラスケースの中で、何種類ものティースプーンが、綺麗に並んでいます。シンプルな丸い形、お洒落なシェル型、葉脈が浮き彫りになった、銀杏の葉の形など。迷った末、シンプルだけれど、まあるい形が可愛らしいものに決めました。買ったばかりのティースプーンは、美味しい茶葉の量を、良く知っているのですね。普段使いの紅茶に、いつものカップ、何年も前にドーナツ店でもらった、古いティーポット。それなのに、淹れた紅茶は何故か色も美しく、暖かくて、とても美味しい。全てがいつも通りなのに、ティースプーン一つで、違う紅茶になるなんて、不思議なものです。窓から差し込む光に、ぴかぴか輝く小さなスプーンは、幸せを掬って運んでくれました。
2006年01月19日
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その日、風は虫の居所が悪かったのです。何がきっかけになったのでしょうか。風のかんしゃくは、遂に爆発してしまいました。吼え、うなり、喚き散らし、通りすがりの人に、猛然とくってかかり、木々の枝を引き千切っては、風は見境なく暴れています。電線は、うなり声を受け止めながら、何とか風をなだめようとし、看板はガタガタ震えて、許しを請うています。それが更に風の怒りをかき立てたのか、風は小さな嵐になってしまいました。今となっては、一体何に対して怒っているのか、彼自身にもわからないのでした。まるで駄々をこねてかんしゃくを起こし、泣き喚くうち、どうしたいのか、わかならくなってしまった、小さな子どもの様に。夕方の空が美しく染まる頃、風の喚き声は小さくなりました。大暴れして、きっと疲れ切ってしまったのでしょう。雲の向こうで、風は静かな眠りに就きました。
2006年01月17日
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「あっ、虹!」こんな晴れた日にまさか、と思いつつ、娘達の嬉しそうな声に空を見上げると、水色の空の海の真ん中に、小さな虹の弧が浮かんでいました。日曜日の午後、家族で散歩に出た途中の、思いがけない発見。雨上がりの瑞々しい空の、大きな架け橋と違って、乾いた冬晴れの空に浮かんだ小さな虹は、どこか幻想的な感じがします。それはいつか見た、美しい夢のかけらなのでしょうか。歩きながら、透き通る様な空を幾度も見上げ、少しずつ淡くなっていく、七色の美しい光を見送りました。それから、一時間も経ってはいなかったでしょう。空は急に掻き曇り、薄墨色に低く垂れ込めた雲は、夢のかけらのあった美しい場所を、永遠に消し去ってしまいました。後で調べてみたところ、この小さな虹は、日の暈と言われるものの一種の様です。暈が出た後は、急速に天気が崩れるのだそうです。
2006年01月15日
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幹線道路沿いのスズカケノキも、枝が払われて、すっきりとした姿になっています。樹木を形作っていた枝葉がなくなると、今まで、その木が生きてきた時間や、本質の様なものが、白日の下に曝されます。何だか楽しげに、踊っている様なものや、辛酸をなめてきたのか、身をよじった様なもの、精一杯背伸びをする、初々しい若木の姿もあります。道路沿いに歩いていると、堂々とした一本が、一際目を引きました。冠を戴いた、凛々しく高潔な姿。それは、気高く若い王に間違いありません。立派な角を持つ、美しい牡鹿を思わせます。もしかしたら、邪悪な魔法使いに、姿を変えられてしまったのでしょうか。彼が元の姿に戻れるのは、心から彼を愛する、美しい姫の熱い涙が、根元に零れ落ちた時。その途端、緑白色の樹皮が全て剥がれ落ち、すらりとした美しい王が立っている様な、そんな気がしてならないのです。
2006年01月12日
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あけましておめでとうございます。生憎の曇り空となり、清々しい初日の出を拝む事は、出来ませんでしたが、穏やかな元日となりました。2006年は一体どんな年になるのでしょう。いろいろ考える事はあるけれど、まずは一歩踏み出して、行動を起こしてみましょうか。今年は戌年。案ずるより産むがやすし、と言うけれど、干支にあやかって、素晴らしい事がたくさん生まれ、大きな実りの年となります様に。昨年末は、自宅のPCが不調で、ネットに繋がらず、更新ができない状態でした。原因がはっきりしていないのですが、PCのご機嫌を見計らいつつ、また少しずつ更新していくつもりです。今年もどうぞよろしくお願いします。
2006年01月01日
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