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今日はひねもす大きなくしゃみが出てひねもす鼻水が出てそれはもうもう溢れんばかりに出て・・・マイッタ。ヒノキも来たか、と舌打ちしたりして。そうはいっても家事は家事。なさねばならぬなにごとも、と玄関の掃除をすればくしゃみ数回鼻ずるずる。いかん、とドアを閉めて部屋に戻れば空気清浄機が大慌てで唸り始める。だよね。飛んでるよね~。こんな日はひねもす引きこもっていたいのに郵便局と銀行へいかねばならない。引き出し、振込み、お支払い。帽子被って大きなマスクしてめがねの出し子のような怪しい人物がいく。連休明けでATMはえらく込んでて待ってるあいだもくしゃみの連発。並んでいる人にマスクのひとはいない。いいよなあ。抗原抗体反応のないひとは。人類淘汰の際には、こういうひとが生き残るんだろうなあ。ようやく番がきて、振込もうとしてへんなところを押してしまったのかATMがイケズなのか、画面の表示が英語になっている。あのなあ、といいながら元に戻すがその際のアナウンスも英語で言われる。パードンとか言ったりして。しかもそれ、2回も繰り返したりして。ガッデム!だあ。日本語で振込みを済まして、現金引き出してヨーカドーで電球とエマールと絆創膏を買った。レジで前にいた若い背広姿のおにいさんが整腸剤、ビオフェルミンをいくつも買っていた。ああ、きっとストレスが腸にくるひとなんだな。このひとも淘汰の際には・・・なんてことを思う。それからガランとしたヤマダ電機で紙の売り場がわからずうろうろしてから郵便局で保険の振込みしてその帰り道でため息をつく。立ち止まったわたし傍を通るひとがみんな急ぎ足に感じられた。春の扉が開いたから、じっとしてはいられないのかな。そういう元気なひとが世界を救うんだな、きっと。わたしはといえば、いつもよりもゆっくりとくしゃみの合いの手いれながらコンビ二横の坂を上る。教会の前で左に曲がって、2棟ある都営住宅のあいだを抜けていく。そこには二本、桜の木がある。その二本はどこより先に花を開く。今日はずいぶん咲いていた。春です、と告げているようだ。桜の花が救うものもあるなあと思ったりする。わたしはといえば、その桜の下で立ち止まり、また大きなくしゃみをしたのだった。
2009.03.23
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久しぶりに千鶴子さんに会った。待ち合わせ場所である横浜の高島屋の太い柱の影に杖を片手に立っている千鶴子さんはほんとうに小さなおばあさんになってしまっていた。その小ささが胸に堪えた。ふっと消えてしまうような気がしてきて小走りになって、寄っていくとそんなわたしをみて「走ってくるからわかったわ」と言い静かに微笑んだ。その微笑の静かさもまた胸に堪えた。「ジョイナスへいきます」そういって千鶴子さんは歩き出したのだけれど左の足は右の足のようには動かない。右足が前に出て、杖を共に左足がそれを追う。追いつくが、追い越しはしない。丁寧な運針のような歩き方。気の利かないでくの坊のようなわたしはなにをどうしていいかもわからず「だいじょうぶですか?」と聞き「だいじょうぶよ」という答えにただ頷く。「じいさんが下見をしてきてうまいからここにしなさいっていう中華屋へ行きましょう」とわたしの肩先のあたりで千鶴子さんが言う。茶髪の鬘の分け目をみながら「はい」と答える。お昼時で人通りの多いレストラン街をゆっくりゆっくり進む。「元気でしたか?」「元気よ」そんな言葉を交わしながら進む千鶴子さんの背中がますます丸くなっているのに気づく。また胸の辺りが落ち着かない。「なかなかじいさんが外へ出してくれないからどっこにもいけなくて、いやになっちゃう」お座敷でビールを一口のんで千鶴子さんが言う。「やっぱり心配なんじゃないですか?」「わたしが外にでるなら家のことしてやらないっていうのよ。自分でやれって。ずっと家にいるならやってやるって。意地悪でしょ?」「ほんとにしてくれないんですか?」「そう。わたしが倒れててもほっといて出かけちゃうの」「まあひどい」「ほんとに毎日毎日喧嘩ばっかりしてるの」「ふふ、そのエネルギーはすごいですねえ」「だって腹がたつことばっかりいうんだもん」「困りましたねえ」そんなことをいいながら千鶴子さんが普段は飲まないというビールを空け、前菜のチャーシューやくらげに箸を伸ばす。わたしといるとなんだか知らないうちにいろんなものを食べてしまうのだという。しかし、家では食欲がなくて、栄養失調で2回倒れたのだと言う。千鶴子さんはほとんど肉を食べない。18歳の時、それは戦争中の食料難の時代だったのに食堂にぶら下がっていた牛肉に無数の蝿がたかっているのをみてもう一生牛肉は食べないと誓いその決意を81歳の今まで守ってきた人なのだ。とはいえ、このところ大きな病気をしたこともあって大好きな主治医に「食べてくださいよ」と言われて少しは食べるようになったそうだが。そんな千鶴子さんは短歌のサークルと文学散歩の会と芭蕉の本を読む会に参加している。その外出がご主人の気に障ることらしい。今でも会場の予約や、会報の割付、校正の仕事も引き受けている。なんで千鶴子さんばかりがしなくてはならんのか、とご主人はおかんむりなのだそうだ。「85歳まではやるけど、そこで全部お役ごめんにしてもらうわ」それまで、ご夫婦の戦いは続くのだろうか。そういう会以外は外出しないので家でひとりで源氏物語を原書(?)で読んでいる。今は41帖まで読んで、源氏が雲隠れしてそのあと2帖ほどあってそれから宇治十帖にはいるのだそうだ。わたしにはさっぱりわからないのだがあの主語もなく「思し召し給いて」ばかりの文章をなんの手がかりもなく読み進んでいるだけでもすごいと思うのにそのなかの短歌を抜き出して集めて万葉集との比較などしてまとめてみたいと思っているそうだ。「源氏物語が終わったら太平記を読もうと思うの」小さく小さくなっていく体の中でそんな野望が野火のように広がっていく。すごいなあ。千鶴子さんには山形にお友達がいてこまめに文通をしているのだという。そのひとのニックネームがシュガースプリングで千鶴子さんにもニックネームをつけましょうということになった。昔々、チータと呼ばれていたからそうしましょうということになっていたのだが千鶴子さんが子供のころおにいさんが食べ物を横取りしようとするので絶対にあげなかったらお兄さんに「チケ!」と呼ばれた。反対からいえばその意味がわかる、というエピソードを知ったシュガースプリングさんがふたつをまぜっこして「チケチータ」に決めたのだと千鶴子さんは嬉しそうに言った。しかし、千鶴子さんは決して「チケ」などではなくお世話になったひとのお礼にしたいからと10個も文袋を買ってくれた。そして、お昼も奢ってもらった。そんな、申し訳ないです、というと同居している息子さんが糖尿病予備軍になって食事制限をしなくてはならなくなってずいぶん食費が浮いたからいいのだという。「風吹けば桶屋が儲かるようなもんよ」とチケチータが愉快そうに笑った。
2009.03.05
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