2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全2件 (2件中 1-2件目)
1

端布で9センチ角のコースターを作っている。てづくり市で文袋を買ってくださったかたにおまけでつけてみて、好評だったのでそれなら、と山ほどある端布の始末にもなる、と暇があれば作っている。今はこれを作っている。実を言うとこの布はかつて、わたしの夏服だった。お気に入りで、なんだか捨てられなくて端布にして残してあった。これを着ていたのは横浜に引っ越してすぐのころだからまだ30歳になっていなかった。夏休みだったかこの柄が全体に散っているワンピースを着て息子ふたりと山下公園へ出かけて遊覧船に乗った。マリンタワーにも上った。眩しいひざしのもと船の上に波しぶきが飛んできて「ひやあ」と言った。マリンタワーの上のほうで南方の鳥を見たような断片的な記憶もある。傍にいた息子2にそんなことを話すと「それ、覚えがあるよ」と言う。その時まだ幼稚園にも入っていなかった彼がその柄を覚えているとは思えないのだがそれでも、幼い彼が、歩き疲れ、ぐずって抱き上げられたその胸にこの模様があったから覚えているのかもしれない。若い母親だったな、と思う。今の息子2と同じ年くらいだ。山梨から横浜へ引っ越して背伸びしたり落ち込んだりしていた遠い日々。コースターを作りながらそんな夏服の日々を辿っている。
2009.04.17
コメント(0)
ご主人を亡くされた横浜の知人から大きな封筒が届いた。中にはピンクの表紙のA4版の同人誌が入っていた。「つるべ21」第16号。井上ひさしさんの文章教室から生まれたグループで氏が名誉顧問なのだそうだ。「井の上に引き上げていただきたい」という願いを込めての「つるべ」であり、その題字は井上氏の直筆だという。課題文と自由文があり、彼女の作品も載っている。課題文のほうは小説風だ。食べると嬉しくなるという中国の飴、高興糖(カオシンタン)のお話。病気の母親がそれを食べて元気になるというメルヘン風になっている。それは、一生に一回飲めばいいのだという。自由文は「あとひとつ」というタイトルで「れんげ菜の花この世の旅もあと少し」という時実新子さんの川柳を引用しながら自分たちの結婚生活を振り返った文章だった。この原稿を書いていたころ、ご主人は存命だったらしい。最後の介護していた日々だったのだろう。紆余曲折あった人生航路を振り返りながらいいことばかりではなかったと文章は告げる。「愛情の裏返しかもしれないが」という添え言葉があるものの憎悪や絶望という言葉が何度か出てくる。具体的なことは書かれてないが「悲嘆はとてつもなく大きいなもの」だったらしい。が、その最後は「お互い禿げたり、白髪になったりだけど、明日人生は終わるかもしれない。あと少しになったこの世の旅を大切に慈しみ合って生きて行きたいと思う」と締めくくってある。病気を発症し、医者からもう治療のしようがないといわれたご主人と最後の時間をこんなふうに過ごしたいと彼女は思っていたようだ。その死がこんなにも早いとは思っていなかった、と以前電話で彼女は言っていたがその最後の時間にお互いを「大切に慈しみ合う」ことが出来たのだろうか。そして、それで彼女自身の傷ついた結婚生活の帳尻をあわせることはできたのだろうか。添えられた手紙の文面のなかに、また「夫の死後、書くことがあって本当によかったと思います」という一文があった。文章を書くことで今ここにいる自分を俯瞰して眺めることやどうしようもない現実から一時でも逃げることが出来ると言いたいのだろう。文面の最後に「4月16日に横浜から福岡に引っ越します」とあり博多の住所が書かれてあった。夫婦ふたり暮らしだった彼女が福岡で誰と暮らすのだろう。詳しいことはなにも書かれていない。最後に「お元気でね」とあった。こちらこそ、の思いが湧いた。きっと彼女は病気のご主人に高興糖を食べさせたいと願ったことだろうが今の彼女には高興糖が必要なのかもしれないなんて思ったりする。
2009.04.09
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1

![]()
