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もしもおついでがありましたらちょっとエキュート品川の2階をのぞいてみてくだされませ。「品川てづくり市」のメンバー約100組かたがたの作品が 3週間にわたって展示・販売されます。 文が作った文袋たちも委託という形で 参加させていただくことになりました。 詳しくは以下の通り日 時 2009年9月28日(月)~10月18日(日) 10時~22時/日祝は20時まで 場 所 JR品川駅構内 『ecute品川』 2階シーズンプレゼント
2009.09.28
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他所で書いた作文、褒めてもらって「お礼を言いたい」って言ってもらってすごくうれしかった。単純な人間だからいい気になって、それを転載。これで日記記入率も上がる、かな。♪ 打男 (2009.9.21)世田谷パブリックシアターにて鼓童のライブを聴いた。 この劇場は初めてだった。 黒のごつごつした壁を伝って視線を上げていくと 天井に青空が描いてある。ふふん、という気分になる。 舞台にいるのは7人の男。 いつものはっぴや鉢巻姿ではない。 黒のタンクトップ。 胸の辺りにDADANときらめくスパンコール。 髪も肌もなにやらきらめく粉が振られていて これはなにやら、いつもと違う。坂東玉三郎の演出。 まず最初に、ツツツと舞台に現れたのは 古代の戦いに使われたような あるいはパイプ爆弾のような細工した竹が並ぶ楽器だ。 音階があって旋律が響く。 それには、森のなかに導かれるような響きがある。 ここから、ここではないところへ、時を遡る。 森の奥の奥、ひとがひとである前、耳に響く音があった。 それはなんだ、と追いかける。 これか、と叩いてみる。叩けば鳴る。 どんどん叩く。気持ちが踊る。 そんなふうに太鼓は響く。 太鼓の音が消えないうちに 火を継ぐように竹の楽器が鳴る。 その旋律はその後も 「展覧会の絵」の回廊のように舞台を繋ぐ。 太鼓の大きさがだんだん大きくなる。 と、男たちは黒の衣装を脱ぎ捨て その下にきていた白い衣装になる。 上半身は肌をさらす。 鼓童が現れる。 大きな太鼓に向き合う背中。 ああ、太鼓を叩く男たちの体は なんて美しいのだろう。 素晴らしい。見惚れる。 それは音が作った筋肉なのだと思う。 バチを持つ手を振り上げ振り下ろす。 と、滑らかで体脂肪の少ない背中の 肩甲骨の下のくぼみが生き物のように動く。 あ、そのくぼみには、かつて羽があったのかもしれない。 そんな気がしてくる。 彼らは失われた羽を求めている。 天に向かって振り上げられた腕は その速さゆえに弧を描くかのように見える。 あ、そこの羽がある。 と、勝手な思いはまた角度を変える。 その弧は炎のようにも見えてくる。 魂が燃えているのだと思えてくる。 身のうちにある猛々しいものが その出口を求めているのだ、とも。 その命を削るような太鼓の響きは とんがった欠片になって胸を突く。 次から次へとやってくる欠片を しっかり受け止める。 ああ、自分も生きてるんだ って感じられる瞬間がやってきて、 自然に涙が流れる。 メンバーのなかに見留知弘さんがいる。 一番のお気に入り。 7人のなかでは一番小柄で年上だと思う。 太鼓を叩く背中もいいのだが このひとが天を仰ぐ姿がいい。 自分をなにかに預けて願っているかのようで それはひとである身の謙虚さでもあるようで こころに残る。 そして、笑顔がいい。 あったかな笑顔。そこぬけにいいひとの笑顔。 緑の風景のなかに置きたい笑顔。 見留さんの大太鼓、また泣いてしまった・・・。 舞台に言葉はない。 あるのは交わす視線と 腹のそこから湧き出るような掛け声だ。 わたしは掛け声フェチで その掛け声にまた泣かされる。 泣きながら思いっきり拍手して エンディングを、迎える。 アンコールで、背広姿の玉三郎が現れる。 一瞬頭の形がイチジクみたいなだなと思う。 全身を見ると、おもいっきりなで肩で 今まで舞台で躍動していた肉体との違いを思う。 男でありながら女になることを選んだ人が 男たちの見せ方の演出をすることを思う。 そして行き当たる。 つまりは「美しさ」だ。 終演後、響き渡る拍手の中で お隣の席の見知らぬ世田谷マダムが 独り言のように言った。 「すばらしいですわね」 「はい」とうなづいた。 ********そうそう、これまでに書いたライブ感想文こちらにまとめました。
2009.09.23
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金平糖の真ん中にあるのは芥子の実だ。そいつをころころ転がして砂糖をまとわせてあんなふうなとんがりをこしらえる。芥子の実がなければ、そんなふうにはならないんだろうな。それは、当たり前に見えてなんかすげえなと思うことのひとつだ。楽天日記の記入率が30パーセントを切ってしまってこれはいかんな、と思った。いや、何も書いていないわけではないのだが書いたものはあちこちに散らばっていてここではそういうことになってしまってる。いろんな店のポイントカードのように用途別ブログをいくつか持っている。写真用、とか、文袋用、とか、いろんなひとのこと、とかミクシィとか、あと、ひみつの、とか。ははは。そんなにいろいろやってなんて暇だったんだろうねえ、わたしはと思ってしまうのは自分が文袋を作り始めて、ここのところ、それはもう熱心でなにしろ売るほど作っていてネットに振り分ける時間が少なくなってきたからだろうな。文袋屋をやるっていうのはただ単純に手を動かしている、というだけでなくあれをこうして、と自分なりの意匠を思案してそこから販売に至るまでのことをひとりでするわけでそれをこの不器用でめぐりの悪い文さんがやってるわけで試行錯誤の時間を含めて、なんだか忙しい。と、物理的な時間配分からも精神世界からも、作文は遠景に遠ざかる。どのブログもインターバルが長い。なにしろ、頭の構造が変わってくるのだ。作文頭から文袋頭へ。あれしてこれして、あれしてこれして・・・嘘みたい。忘れぬようにと書き留めることと作文書いてやる!という攻撃的な思いで書くものは意味がちがう。小説なんぞは、いよいよ。「文の文」に書くものはどちらかというと、文章に仕立て上げると目論んで書いてきたつもりだから文袋頭になるとそういう言葉の構築がうまくいかない。なんかものすごい阿呆になってしまったような気さえしてしまう。たかがブログなのになにもそんなにムキになって書くこともないのにねと苦笑したくなるのだがたぶん、自分の書いたものに自分が失望してしまうのがいやなんだろう、と思う。・・・しょってるなあ・・・ともかくも自分にとって作文を書くってことは自分の背骨の何番目かなんだって思ってたわけでま、それしか取り得がないと思ってたりもしたわけでそれが自分の背骨には文袋もあるんだと思えたらなんかふっと気持ちが楽にもなったんだな。作文って自分を追い詰めるとこがあるもんな。しんどくもなるって。じゃ、作文書くの、どうするの、と聞かれたらなんて答えよう、と思案して冒頭の芥子の実が浮んだ。作文には芥子の実が必要なんだと思うわけだ。芥子の実、めっけたら、ガンガン書くよ。いっぱい書くよ。たぶん。・・・なんて、長い言い訳なんだ!!!!
2009.09.22
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空気に秋の気配を感じたら、ふっと誰かに会いたくなる。懐かしい顔を見たくなる。今日は横浜まで、年上の友人千鶴子さんに会いに行った。伊勢佐木町の有燐堂前で待ち合わせた。久しぶりの伊勢佐木町がなんだか懐かしく、また新鮮でデジカメを持ち出した。見知った店がなくなって見知らぬ店になっている。文明堂のそばの生地屋さんがなくなっていた。団地の友人の友人の実家だったのにな。横浜を離れてからの時間を思った。お祭りがちかいらしく、有燐堂脇の道にはみこしが飾られて通りにお囃子が流れていた。25年を越えて横浜に住んでいたのにこんなおみこしを見るのははじめてた。どこにいても、出不精なんだからなあ。自分の見てきた世界は狭いもんなんだなあと感じ入る。その向かい側は松坂屋だったはずだがもうデパートは営業していない。ただ「ゆず」路上ライブで紅白歌合戦に出たおりの写真が大きなパネルになって貼られてあった。祭りのお囃子は変わらない。ゆずはご活躍だ。しかし上手くいかない店は消えていく。今はもうない店ばかり思い出す。それも秋の気配のせいだろうか。千鶴子さんはますますちいさなおばあさんになって杖を突いて、足を少し引いてゆっくり歩く。「だいじょうぶですか?」と訊くと「痛み止めを飲んできたから大丈夫」と答える。日常的に痛んでいるらしい。行き先はかに道楽で、2ブロックほど先だった。互いの近況など話しながらゆっくり歩く。「もう、おやじさんとけんかばっかりしてるの」憤懣やるかたなしの口調で千鶴子さんが言う。「自分が材料買ってきて、あれ作れこれ作れって言うもんでわたしは、4時間も台所でたちっぱなしだったのよ」「それはたいへんでしたねえ」といいながら、それをこなせたのなら、元気だってことだなと安心する。こちらは「最近、輪をかけてバカになってしまいました」と告げる。「そんなことないでしょう?」「いいえ、わたし、財布捨ててしまったことあるんです」「まあ」「スーパーの袋に入れたまま、ゴミに出してたんです。いくら探してもなくて嘆いていたら息子が捨てたんじゃないの?なんていうんでそんなばかな!といいながらマンションのゴミ部屋で探したらあったんです・・・。「ふふ、ばかだったのね」「はい」そんな話をしていると通りのおねえさんが色紙を出して「今、ありがとうって言葉をみなさんに書いてもらってるんですけどよろしかったらお願いします」と言った。はい、と言って書いているとおねえさんが「親子なんですか?」と訊いた。「いいえ、30歳も年の違う友達です」と千鶴子さんが答え「親友です」とわたしが言った。「まあ、いいですね」と言ったおねえさんは聖書を持ち出して、これをめくってくれたら今日の聖句が出てきます、続けた。なんとなく、うへえという感じになってそれはご遠慮申し上げた。「いろんなやり口があるもんねえ」と千鶴子さん。「ありがとう詐欺だったりして」「ふふ、そうかもしれないわね」勝手なことを言いながら「かに道楽」へ向かった。毛蟹をせせると無口になるかと思ったらそうでもなかった。「わたし、今が一番頭がいいような気がするの」と千鶴子さんが言った。こちらはあれもこれも忘れてしまって日々阿呆になっている身なのでそれはすごいなあと素直に思う。「わたしなんか、細かいことが覚えてられないです」「そりゃあ、わたしだってどうでもいいようなことは忘れてしまうけどもっと大事なこと、大切なことは若いときよりもずっと深く考えられるようになったと思うの」千鶴子さんのその言葉は閃光になってこころに刺さった。日頃気にかかっていることの答えがそこにあるようなきがした。日常生活に埋没していては、思案できないことがある。それが大切なのか、そうでないのかは、個人の問題だけど思案しなくてはいられない人種がいるのだと思う。そういう人間が現実の境界線をふっと越えるときこちら側の瑣末な記憶は大気圏の摩擦に溶けるように消えてなくなるのかもしれない。アルキメデスが裸で風呂場から飛び出したみたいに他人から見たら首を傾げたくなるような失敗も実は向こう側で思案をしているゆえのことだとしたらそれは言い訳になってしまうのかもしれないけどそれでも、なんとなく、このごろの自分の阿呆な日々に納得がいくような気もしてくる。千鶴子さんは来月また個人誌を出す。今回のは自分でも上手く書けたと思うと言っていた。たのしみだ。たっぷり食事と会話を楽しんだ後の支払いの時、割り勘にしましょうといっているのに千鶴子さんはなんとしても聞き入れてくれない。「じゃ、この次はわたしが」というと「これはわたしの道楽だから」と笑った。
2009.09.18
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