2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全31件 (31件中 1-31件目)
1
赤子の名前をプリントしたワッペンを市販のベビーリュックに縫い付けたものに使い勝手のよさそうなガーゼのハンカチをつめたものを出産祝いに、友達の家へ行ってきた。最近かすみ目が悪化していて番地表示がよく見えず、家を探すのに難儀していたら「おんぎゃぁ~」とめっちゃくちゃ元気な赤子の泣き声が。あっ、と思って表札を見たら大正解。玄関先に自転車をとめて鍵をかけていたら犬まで吠え出した。と、「あ、いらっしゃーい」との声。旦那さんだ。程なく友人が玄関先に出て来て、家に招き入れられた。出産祝いのプレゼントを渡し(思った以上に喜ばれてよかった)、いざ、赤子とご対面!…なんか、えらいでっかいよ?とりあえず1枚写真を撮ってから抱き上げてみると…うーん。育ってるねぇ。なんかこう、生命感が高濃度でみっちり詰まってる感じ。これは間違いなく元気に育つわ。なんでも1ヶ月で1.7kg増えたらしい。それはすごい増えっぷりなのだそうだ。友人は愛児に向かってでぶでぶ言うが、実に幸せそうだった。また近いうちに、あやつの幸せそうな顔を見に行こう。でもな、ひとつだけ言っとく。顔合わせる度に「浮いた話ないの?」はやめようや。ってか30過ぎて新しく恋愛始めるなんてありえないから。そんなみっともない。なんぼ世間体を気にしない道産子だって言っても、そのぐらいの分別はあるよ。
2003/08/31
コメント(0)
なかなかまとまった時間が作れなくてここ最近ちゃんとギターを弾いていなかったので、出掛けたい気分を抑えて部屋に篭り、久々に弾いてみた。…うわー、あの曲もこの曲もコード忘れまくってるー。結局譜面を見ないで1曲まるごと弾けたのはたった2曲。そのうち1曲はものすごく簡単なコード3つ(D・G・Aの繰り返し)しか使わない曲。いや、まぁ、もともと音楽的才能なんてこれっぽっちもないのわかってるから仕方ないけど、なんだか情けない。マンション住まいで夜は弾けないから、というのもあるが…どうしても弾けるようになりたい曲があるから、なんかちょうどいい太さの棒っこ買ってきて6本線ひいて練習しようかな。サイレントギターが欲しいところだけど、あれ結構高いもんなぁ…とほほ。ああ、今ラジオで『精霊流し』がかかって思い出した。クラシックギターしか知らなかった子供の頃この曲を聴いて、「錆びついた糸で薬指を切りました」のところを疑問に思っていたんだ。なんぼ錆びてたってあんな太い弦で指切れるかぁ? と。今ならこの曲に出てくるのがアコースティックギターで、1弦や2弦が錆びていたなら充分切れるな、と思うが。
2003/08/30
コメント(0)
仕事中、雨が降り始めた。傘持ってきてよかったー、と会社の人と話していると、携帯にメールが着信。…あら、これは急いで帰らないと。でもこんな雨じゃ傘さしても走ったら濡れ鼠になっちゃうな、バス間に合うかなと思っていたら、終業時刻になる頃には雨が止んでいた。帰りのバスには余裕で間に合い、帰宅してひと任務完了!自宅に着いてしばらくしてからまた降り始めたが、止んでて欲しい時だけきっちり止んでてくれた空模様に大感謝。3人の仲間と共に続けているこの“任務”、このように幸運に助けられることも少なくない。以前ラジカセが壊れた時も、ぎりぎり家電屋の営業時間に間に合ったし。幸運がついて回るということは、きっとこの活動は運命の神様に好意的に見守られているのだろう。どうかこのまま、何事もなく続けて行けますように。
2003/08/29
コメント(0)
小学校に侵入し、輝かしい未来があった筈の子供達を殺傷した男に死刑判決が下った。「いかなる者も人の命を奪う権利はない」として死刑廃止を訴える向きもあり、その気持ちも理解出来ないではないが、やはり遺族の無念を思えば死刑は廃止されるべきではないと思う。本当なら、自らの手で仇を討ちたいに違いない。しかしそれが叶わない以上、司法がそれを代行するしかないのではないか。国は国民を守る義務がある。いつもと同じように学校へ送り出した子供が、見るも無残な姿で無言の帰宅をするなど誰が予測できよう。そんな、予測不能だった事件においても、親は我が子を守ってやれなかったと自分を責めるのだ。そんな親たちの心を、国が守らずして誰が守るというのだ。しかし、死で加害者の苦痛が終わってしまうのは生ぬるい、という点では死刑制度に諸手を挙げて賛成というわけにもいかない。100%冤罪の可能性がなくて、加害者側に反省の色のかけらもないというのなら、拷問刑とか磔刑に処してもいいぐらいだ。どんなに残酷な罰を与えても、加害者の残酷さには到底及ばないのだから。被害者の心の傷を蔑ろにしてでも加害者を擁護するのは、日本人の最も恥ずべき特性だ。それが重大な犯罪であっても、個人対個人のもめ事程度のものでも。少しずつでも、ゆっくりでもいいから、この悪癖を治していかなくては、日本人は蔑まれるべき民族になり下がってしまうだろう。今心配なのは、正当な判決を聞いた遺族の皆さんが、張り詰めていた糸が切れたことで身体を壊したりしないか、ということだ。つらいでしょうが、もし可能ならば、子供を作っていただきたい。もしかしたら、天国からもう一度、あの子はあなた達の元へ生まれて来るかもしれないから…。
2003/08/28
コメント(0)
高校時代からの友達が先月末に赤子を産んだ。そろそろ見物に行こうと思い、まずは出産祝いのプレゼントを買いに仕事が終わってから遠回りして駅前のデパートへ。最初は、こじゃれた銀のベビースプーンにでもしようかと思っていたのだが、私とあやつの間柄でこじゃれたプレゼントなどよそよそしいったらないな、と思いなおして実用品を購入。重さの割りに嵩張る荷物を抱えて帰宅し、電話して見物に行く日を決めた。きっと可愛いらしい顔立ちの赤んぼなんだろうなーと今から期待大。早く日曜日になんないかな。22:45 プレゼント完成! 手縫いなんて久々だから指に穴あきそうだった。
2003/08/27
コメント(0)
ぶっちゃけた話、私はブサイクだ。しかしブサイクであることを自覚しているのは救いだと思う。ブサイクなんだからせめて笑顔でいよう、せめて清潔感だけは損なわないようにしよう、と自らを戒め、心がけることが出来るからだ。ブサイクが不機嫌そうな顔をしていれば、それはブサイクを通り越してブスになる。ブサイクが不潔にしていたら、それはもう目も当てられない。まぁ、顔の造りが整っていても、常にムスッとしていたり、笑ってもいやらしい笑顔だったりでは「人に不快感を与える」という点でブスと同じだが。ひとに不快感を与えないよう心がけること。見た目についてもそうだし、言葉の選び方などもそうだが、マナーというものの本質は他者に対する思いやりだと思う。…というのは大人になってから気づいたこと。子供の頃は綺麗な子をひがんだり、逆に成績が少しばかりいいことにあぐらをかいて人をバカにしたりしていたから、正真正銘のブスだった。小学生の頃、よく男子にブスと言われて喧嘩していたが、恋する勇気を失った代わりに思いやりを手に入れられたのだから、ちょっとは感謝してやることにしよう。
2003/08/26
コメント(0)
私は朝雨が降っていないと、雨の予報を聞いても傘を持って出ないたちなのだが、今日珍しく折りたたみ傘を鞄に入れて出勤したらものの見事に傘ささなきゃ歩けないレベルの雨が降った。雨具を持っているといつにも増して晴れ女になる筈なのにおかしいな、と思わないでもないが、予感が的中したのはちょっとだけ嬉しい。自分では行き当たりばったりに生きているつもりだが、たまたま非常時に備えた時にそれが役立ったりする。なんだか効率的だ。普通のひとより野性が濃く残っているのか、はたまた運命の神様を味方につけているのか。このまま大きなトラブルなく最期の瞬間まで行って欲しいもんだ。頼んます、運命の神様。 ★ところで24時間テレビ。山田花子の110kmマラソンがあった。時間内にゴールは出来なかったが、そこはそれ天下の日テレ。花ちゃんがゴールする時、放送時間を数分割いてその瞬間を中継した。花ちゃんの我慢強さ、頑張り屋なところ。それはわかった。でも、本当は、我慢強い子に我慢させちゃいけないんだ。頑張り屋さんに、頑張らせちゃいけないんだ、本当は。子供の頃はいじめられっ子だったという。きっと、普通なら我慢できないことを言われたりされたりして、怒ったらその怒る様子をもからかわれただろう。エスカレートしてゆくいじめから身を守るために、心に鎧を着込んだのではないか。それが傍から見たら“我慢強さ”とされたのではないか。そして、甘える方法を忘れてしまったのではないか。無謀に見える程頑張ることでしか、誰かに認めて貰えない。そう思い込んで、自分を痛めつけているのではないのか。幸い花ちゃんの周りには、花ちゃんを大切に思う人がたくさんいる。花ちゃんもそれに気づいている。それはとても素晴らしいことだ。今年の24時間テレビのテーマは「あなたを一番愛する人」。ゴールした花ちゃんは「あなたを一番愛している人は誰ですか」と問われ、自分を待っていてくれた人たちを見渡して、「今ここにいる人たちです」と力強く言った。彼女の姿が、言葉が、心に鎧を着込んで“我慢強さ”を強いられている人たちに、その鎧から心を解き放つ勇気を与えてくれることを切に願う。
2003/08/25
コメント(0)
とあるゲームサイトで、アバターアイテムを買う時の“通貨”を、24時間テレビに募金できる、というのがあった。募金額は100円、300円、500円、1000円の4種類で、それぞれ『募金箱』というアイテムを買う、という形になっている。もちろん金額が高いほど、募金箱のグレードは高くなる。100円のは白黒。300円のは『銅の募金箱』で、静止画。500円が『銀の募金箱』。ちょっぴりだけアニメーション付。で、1000円のは『金の募金箱』で、きらきらしたハートが募金箱に入っていくアニメーション付の豪華なやつだ。おんもしれー、と思った私は、web moneyを買い足して“通貨”を購入、『金の募金箱』を買った。ついでにアバターに服とペットも買ったけど。こんな風に、顔の見えない場所からゲーム感覚でできるチャリティって気楽でいい。募金したぐらいで感謝されるなんて恥ずかしいからだ。基本的に面と向かって感謝されるのって照れくさくてイヤなんだけど。いつか宝くじで3億円当たったら、全額匿名でユニセフあたりにどかんと寄付してみたいもんだ。気持ちいいだろうなぁ。追記:今その24時間テレビを見ていたら、手話で『翼を下さい』を歌ってる女の子がいて、その笑顔がすごく可愛かった。出演者たちは感極まって泣いていたが、私は単純に「いい笑顔だなー」と、彼女の笑顔につられて笑っていた。身体の“部品”がひとより少なかったり、ちょっと形が違っていて、見当違いな差別や憐憫を受けながらも、笑顔と元気と勇気を振りまいてくれる人もいる。一方で、何の不足もないどころか、むしろひとより恵まれているのに更に欲をかき、他人を理不尽に羨んで不愉快にさせる者もある。生物として、あるいは物質としてはなんら変わりない筈なのに、どうしてこうも違うのだろう?
2003/08/24
コメント(0)
昨日、仕事中に腕時計が1分遅れているのに気づいて、合わせるために外した時にベルトが折れている(ウレタンのベルトだから“切れる”のではなく“折れる”のだ)のに気がついた。あぶなかったー、と鞄に仕舞い、今日、新しいベルトを買いに行ったのだが、自分がいかに腕時計に頼っているか思い知らされた。まず昨夜のこと。うっかり転寝をしてしまい、ぱっと目覚めた時、まず掛け時計を見た。0時。ん? と携帯を見る。やっぱ0時。そんな時間かぁ? と、鞄の中の腕時計の針が0時を指しているのを確認して、ああ、0時なんだ、と漸く納得した。次。今朝起きてから出かけるまでの間に何度となく左の手首に目が行く。しかし腕時計は鞄の中。時刻は携帯の画面や掛け時計で確認できるものの、落ち着かない。そして駅前の店で散々迷った挙句500円(定価は1000円)のウレタンのベルトを買い、付け替えて貰って時計を腕にはめ、やっと落ち着いた。落ち着いてふと気づいたのが、どうも私はこの腕時計しか信用していないんじゃないか、ということだ。街を歩いていると、そこかしこに時計がある。買い物に夢中になっていたりするとつい時間を忘れ、街頭の時計を見て「うわっ、もうこんな時間!」と慌てることもある。そんな時、私は“こんな時間”を必ず自分の腕時計で確認するのだ。「えっ、もう5時?(腕時計を見る)わっ、ホントに5時だ!」個人の腕時計と街頭の時計、どちらが正確かと言えばそりゃ街頭の時計の方が正確なのに決まっているのだが、どうも自分の腕時計で確認しないと気がすまないのだ。もう何年前に買ったかも忘れてしまったし、特に便利な機能がついているわけでもないただのアナログ時計だが、私にとって“大切なもの”のひとつであることは間違いない。『大きな古時計』のように、私の命が消える瞬間まで一緒に動いていてくれるといいな。
2003/08/23
コメント(0)
私は人間の赤ん坊も含め、動物が好きだ。この気持ちはどうやら相思相愛らしく、赤子から幼児、犬猫も小動物から馬や鳥にもなつかれることが多い。そんな私のお気に入りのテレビ番組は、やはり動物を扱ったもの。中でも「ポチたま」は笑いあり涙あり、ためになる話もあって特にお気に入りだ。ところが。さっき見ていて、「おいおいおいおいおい、そりゃーーーないべ」というワンシーンがあった。まさおという犬(ラブラドールレトリーバーだったかな)が面白ペットを探す旅をするというもので、今日の舞台は北海道だった。目的地は富良野。まぁそれはいい。ラベンダーの季節だし。しかーし。なんで札幌から富良野行くのに小樽に寄るんじゃ。逆方向じゃないかー!そんなら素直に小樽の埠頭から上陸したことにすりゃいいのに。テレビでああいう無茶な移動をするから、一般の旅行客も無茶なプランをたてるんだ。飛行機で千歳に着いて、札幌2泊3日で、ラベンダー畑と函館の夜景が見たい、小樽のお寿司も食べたいんだけど、とか言われる道産子の身にもなってみろってんだ。あれ、学校で使う地図帳のせいもあるのかな。実は他のページより、北海道のページは縮尺率が高いのだ。つまり、北海道だけ他より小さく描いてあるということ。それを見た子供らが、自分の都府県と北海道を比べて、「なーんだ、北海道は大きい大きいって言うけど、たいしたことないんだ」なんて勘違いをしてるんじゃないのか。以前神戸の友人に「兵庫県やって結構大きいねんで。端から端まで車で2時間かかるんやから」と得意げに言われたことがあったが、苦笑いするしかなかった。北海道横断しようと思ったら、高速使っても6時間以上かかるんだから…ちなみに面積で言うと、北海道は兵庫県約10個(個?)分。言えなかったけど。
2003/08/22
コメント(0)
このクソ暑いのに(といっても漸く夏日、程度だが)日長一日熱転写作業。午前中は、寝不足だし変則出勤で肉体的にも精神的にも疲れがたまってるから気をつけなくちゃ、と慎重にやっていたので何事もなく、能率よく作業を進められたのだが、そこはそれ生身の人間、どうしても途中で気の緩む瞬間が来る。ところで今、私が仕事で使う機械には「黄色い三角形にエクスクラメーションマーク」とか、「真っ赤なエマージェンシーボタン」とかがついているものが多い。今日使っていた機械にも、黄色い三角形が4つぐらいついている。昼食を済ませ、さ、午後の作業もサクサクやっちまおう、と思ったところに気の緩みが来た。ふっとした瞬間に、「高熱危険」のアイロン部分に左の人差し指の第二関節が「ぢゅっ」っと…そりゃもう180℃でこんがりと。1秒にも満たないような一瞬だったし、ま、大丈夫でしょ、と思ってほっといたのだが、作業を進めるにつれてだんだん痛くなって来た。なんというか、「あ、今徐々に火が通って行ってるわ」という感じ。こりゃあかん、と流しに走り、流水でしばらく冷やしたら炎症の進行は止まった模様。ひとまずは安心、安心。火傷なんぞでこの“伝家の宝刀”を失ってたまるもんか。私はこの指で、あのミュージシャンの言葉という『消えてしまうもの』を、文字という『形』にしている。それは今の私にとって最大の『プライド』。彼は以前、「リアルタイムで自分の考えていることを発表できる場があるのは、ものを作る人間として幸せなことだ」と言っていた。北海道でしか聴けないラジオで話している「考えていること」を、形を変えて世界中に発信し、わずかでも彼のサポートをすること。それが出来るのは私を含む文字起こし隊の面々だけだ。私個人のうっかりミスで戦力ダウンを呼ぶわけにはいかない。とにかく機械を使う時は細心の注意を払わなければ。
2003/08/21
コメント(0)
仕事の帰り、家のすぐそばの公園の脇を通ったら、子猫の声がした。夕暮れの薄闇に目を凝らして見ると、ちみっちゃいにゃんこが鳴きながら何かを探している。母猫とはぐれてしまったのだろうか。ちびにゃんこはにーにー鳴きながら車道の方へ進んでいる。やばい。多分あの子は車なんか見えてない。あのまま進んで行ったら…とっさに大人猫の声でちびにゃんこを呼んだ。公園の中の方に導くように。はぐれただけなら、そのうち母猫の方から探しに来るだろう。でも、車に轢かれでもしたらそれでTHE END。ちびにゃんこを騙す罪悪感が、小さな命を失いたくない感情に勝ってしまった。ちびにゃんこは私の目論見通り、私の鳴き真似に騙されてくれた。安全な公園の中に進む向きを変え、一層切ない声で鳴き続ける。母猫が現れるまで見守っていたかったが、そうもいかずその場を立ち去った。どうか、母猫が死んだのではありませんように。
2003/08/20
コメント(0)
今日はなんだか頭が痛かった。かといって頭痛薬をのむ程でもない。こんな時は身近な人を笑わせて、笑いのエネルギーで頭痛を吹き飛ばして貰うに限る、というわけで昼休み、盆休み中にやらかしてしまった「勧善懲悪譚」を話して大笑いして貰った。特にエセ阪神ファンを怒鳴りつけたくだりは、「かぁっこいい~!」と大ウケで大満足。おかげで頭痛は仕事の能率が下がる程ではなくなった。まぁ「勧善懲悪」といいつつも、心のどこかでは「独善に走る正義のヒロイン気取りかよ」と自ら思わないでもない。それでもまぁ、身近な人に笑って貰えるネタに出来るのだからいいか。同じ「ヒロイン気取り」でも「悲劇のヒロイン気取り」の方は鬱陶しいことこの上ない。あれってどう対処すればいいんだろう?同情すれば付け上がるし、かといって「要するに『私はこんなに罪の意識に苛まれているのよ』とアピールすることで他に責任転嫁したいんだろう、卑怯者め」と正論をぶつけでもしようものならヒステリー起こされて益々鬱陶しい思いをしなきゃいけなくなる。巧い手を見つけられない私は、結局はシカトして嵐が過ぎ去るのを待つのみ。三十何年間生きてきて、そういうタイプのオナゴにも何度か遭遇しているが、未だに「これ!」という決定打を見つけられないでいる。ああ、「あたし男脳だから女心って理解出来ないんだよね」とでも言って逃げるか。それも卑怯か。シカトするよりゃマシか? うむぅ。そう言えば男脳・女脳の診断チャートで男脳と診断された私だが、その説明のところに「同性愛に走る場合もある」みたいなことが書いてあった。だが、私はどちらかと言うと女同士でべったべたするのは気持ち悪い、と思う質だ。勿論恋する相手は男性only。それも男らしいというか、男くさい男に惚れる傾向が強い。今流行りの、中性的な容貌の優男なんざ「ケッ」という感じだ。これは何か、私は身体はともかく、精神的には男性同性愛者ってことなのか? 世の中まだまだ謎が多いのぅ…
2003/08/19
コメント(0)
今週は1日置きに3日間、早朝から売店勤務だ。直で行ける公共交通機関はないし、エンジンついたものに乗るほどの距離でもないし、今週は雨降らないという予報が出ているので自転車で行くことにした。その自転車に去年貼ったステッカーが大分剥がれてきたなくなっていたので、一旦全部はがして新しいのを貼った。全て自作。それも、今応援しているミュージシャンのオフィシャルサイトのURLとか、番組公式HPのURLなどをあしらったデザインだ。駐輪場などに停めている間にそれを見た不特定多数の誰かに、何のURLだろう、という興味を持たせようという目論見。これ別に私独自のアイデアではなくて、同じミュージシャンのファン仲間もやっている。そいつのは車のリアウィンドウにカッティングシートでロゴマークを貼っているのだが、ま、考えていることは大同小異だろう。私のは自転車だからあまり大きな面積を使えないのが難点だが、少しでも宣伝の助けになればと思う。なにせあのミュージシャンには売れて貰わなければ困るのだ。「北海道で売れれば全国で売れる」というジンクス(ホントはジンクスって悪い意味に使うもんだけど)を守って貰うために。道産子の誇りにかけて、自分にやれることは何でもやるぞー。
2003/08/18
コメント(0)
自転車で中心街へ出かけた帰り道、前を走っていたATBのライダーが煙草の吸殻を投げ捨てた。怒鳴りつけようかと思ったが、今日は趣向を変えて煽ってみた。投げ捨てをしてすぐに信号で並び、まずは氷の眼差しで「投げ捨てに怒っている」ことをアピール。信号が青になり、追跡開始。真後ろにぴったりとつけ、細かく加速・減速を繰り返しながら煽ってやった。相手はちょろちょろこちらを振り返りながら、端に寄ったり加速したり。6段(多分)変速のATBの3速(ぐらい)で一生懸命漕いでいるのに、3段変速のママチャリの女が無表情で煽って来るんだからさぞかし怖かったのだろう。これで反省して投げ捨てをしなくなればいいが、まぁ、ナントカは死んでも治らない(「死ぬまで」だっけか)というから無駄だろうな。
2003/08/17
コメント(0)
昨日一日外に出なかったから、今日は歩かなければ、と思い普段あまり履かないサンダルを履いて出かけた。マンションを出ないうちに足が痛くなる。やばいなぁと思いつつ歩いて20分程のドラッグストアへ。店に着く頃には明らかに靴擦れを起こしている感触が…。買おうと思っていたものの他に、靴擦れ用の絆創膏を買って店を出、駐車場の片隅でサンダルを脱いでみると案の定見事な水ぶくれが出来ていた。って、いてえよ。歩き方が悪いんだろうか。靴の選び方が下手なんだろうか。どうもちょっとヒールの高い靴を履くと、もれなく靴擦れを起こしている気がする。大人のくせにみっともないなぁ、我ながら。絆創膏を貼って痛みをごまかし、なんとか帰宅してすぐに消毒&水抜き。あとは水ぶくれの下の皮膚が再生してくれるのを待つことしか出来ない。足の皮膚なんて“やわ肌”じゃない方がいいよー。
2003/08/16
コメント(0)
たった今北海道の高校球児の夏は終わった。勝っていた試合が豪雨で流れ、再試合で負けてしまった南北海道代表。9対0で負けていた9回裏、2アウトから一矢報いた北北海道代表。よく頑張ったな、と思う。半年雪に閉ざされるハンディキャップ。行ってみなきゃその重苦しさがわからない内地の蒸し暑さ。相手チーム以外にも闘わなければならないものがたくさんある道産子球児たち。きっとその暑さと汗と悔し涙は、あなたの人生の核になる。お疲れ様。これからの人生を雑音に惑わされることなく、まっすぐ歩いて行ってください。誰が何と言おうと、あなたにとっての真実はあなた自身の感動だけなのだから。
2003/08/15
コメント(0)
一昨日、おまもり代わりに持ち歩いていた北海道神宮のおみくじ(毎年初詣の時にひいたおみくじを持ち歩いている)を失くしてしまった。これは身代わりになってくれたのだな、と思い、御礼と、新たにおみくじをひくために北海道神宮へ行ってきた。まず本殿にお参りし、挨拶とお礼をしてからおみくじをひいた。小吉。うまくいきそうでも落とし穴があるから気をつけなさい、という内容のことが書かれていた。ふむふむ、慎重に日々をすごせばいいのね、と思いつつ読んでいくと、最後に「女難にことに注意」。 じょなん ぢよ― 0 【女難】 女性関係によって男にふりかかる災難。 「―の相」 三省堂提供「大辞林 第二版」より あのー、神様? あたくしこれでも女なんですが。確かに男脳だし、酒の飲みっぷりは男らしいってよく言われるけど。もちろんストレート(非同性愛者)だから女になんか変な興味ないぞ。なんで女性関係によって災難なんかふりかからなきゃいけないんだー。それとも見当違いな嫉妬でもされて酷い目にあうんだろうか。何にしてもおとなしくしとくに越したことはないな…
2003/08/14
コメント(0)
今日は内野席での観戦だったのだが、周りはイカレ阪神ファンばかり。札幌ドームは座席が可動式なため、機械に巻き込むと故障の原因になるという理由でジェット風船禁止なのだが、イカレ阪神ファンはそれが理解できないらしく、堂々と風船を飛ばしている。昨日の試合でもそれがあってむかっ腹が立っていたため、今日6回の裏に風船を膨らまし始めた連中に「禁止なんですからやめてください」と再三注意した。我が愛しの札幌ドームを壊されたり汚されたりするのは許せないからだ。しかし案の定、イカレ阪神ファンがそんな警告など聞き入れるわけはない。それどころか「うるっさいなー」と睨んでくる始末だ。で、とうとう本気で怒鳴りつけてしまった。「あんたらみたいのが阪神ファン全体の評価を下げてるのがなんでわからないんだ!」私の友人にも何人か阪神ファンがいる。根っからの神戸っこのトラキチもいる。しかし彼らはまともな阪神ファンであり、野球そのものが好きな者が多い。勿論わざわざ人に迷惑をかけるような奴はいない。しかしながら世の中の評価は「阪神ファンはタチが悪い」が一般的だ。勝てば往来妨害、負ければ器物損壊。一部のイカレたファンが悪目立ちするがゆえ、ファン全体が悪く見られる。まともなファンはいい迷惑だ。それ以上に、そんなタチの悪いのに応援されている選手が気の毒だ。それと、現監督の星野さん。あの人ほど野球を愛している人はいないのに、彼の率いるチームのイカレたファンはといえば一流の選手だけが踏むことを許されるグラウンドにものを投げ込んだり、禁止されている場所で風船を飛ばしたり。帰り際に見たら持ち込み禁止の筈の缶飲料の空き缶が転がっていた。持ち込み禁止の場所に持ち込んでいるだけでも悪なのに、空き缶をゴミ箱に捨てる程度の常識も持ち合わせていないのだ。私は、まともな阪神ファンは、本当に野球を愛する人たちだと知っている。知っているからこそ、彼らの評価をいたずらに下げるイカレ阪神ファンが許せないのだ。ちなみに私のマジギレの一言には、さすがのイカレファンも何も言い返せずに黙り込んだ。風船は飛ばしてやがったけど(怒)追記:やっぱり星野さん、怒ってたらしい。しかしそんな星野さんに対して「ファンあってのプロ野球なのに何様のつもりだ」などとほざく勘違いファンがまたいるらしい。そんな奴にはこう言ってやろう。「何様ぁ? 監督様や、ドアホ! 誰のおかげで泣いたり笑ったり、毎日の生活にメリハリつけて貰えてると思うとるんや! お前こそ何様のつもりや!!」野球に限らず、勘違いなファンというのはどこにでもいるが、その対象に不愉快な思いをさせて、どうして「ファン」だなんて言えるのか。全く勘違いも甚だしい。
2003/08/13
コメント(0)
中途半端な都会の札幌に生まれ育ったせいか、表立っては恥ずかしくて言えないが実は都会への憧れは強い。私が憧れる“都会”というのは東京ではなく、横浜のことだ。今日はベイスターズの札幌2連戦の初日。仕事を終えてドームに駆けつけた私の前で、東京では余り見かけない(勿論札幌には絶対いない)こざっぱりと垢抜けた人たちが旗やメガホンを振っている。遠征してきた応援団の、横浜本部の方々だ。一通り応援が終わるのを待って友人と一緒に空席を探そうとしたら、「座るところある?」と声をかけてくれた。例のユニホーム柄アロハを着ていたからだろう。声をかけてきた人の横の人は、好意的に大笑いしているし(いや、これは小柄な私が男性用サイズのアロハを着ていてワンピースのようになっているのがおかしかったのかもしれないが)。「あ、いえ、これから空いてる席探そうと思って…」と答えたら、「ああ、じゃ、ここどうぞ」と言って、ガムテで目印をした明らかに応援団の方々で確保している席をすすめてくれた。ご好意に甘えて席に落ち着いてみたら、そこは応援団のど真ん中。勢い応援にも熱が入る。試合は負けてしまったが、そして喉は腫れて熱っぽいが、いい気分で席を立った。と、最初に声をかけてくれた人が、「お疲れ様、また明日!」と声をかけて来た。私もそれににこりと笑って「はい、また明日!」と答える。人懐っこいが近づきすぎないこの距離感。実に気持ちいい。やっぱ横浜の人って垢抜けててかっこいいなぁ、と思った。
2003/08/12
コメント(0)
様々な事情で普通の高校に行けなかった人を多く受け入れて来た高校が、交通の便のいい中心街から、郊外に移転するらしい。その高校には、働きながら勉強している人や、かなり年配の人も通っている。そういう人から、学ぶ機会を奪い去るつもりなのか。道教育長と現在の生徒との間で話し合いがもたれたが、平行線をたどるばかり。というか、道教育長が頭悪すぎ。中心街から直線距離で10km離れていて、これから公共交通機関を引くと言っても雪に弱いバスを通すしかないような場所(しかも移転予定地周辺は冬場ブリザードが吹くような場所だ)を、「遠いと感じるかどうかですよね」と嘲笑を含んだ口調で言いくさった。教育長の心の深いところには、こんな意識があるのだろう。「まともに普通高校にも行けなかった連中が偉そうにごたく並べてんじゃねぇよ。俺はエリート様なんだから俺の言うことをハイハイって聞いてりゃいいんだよ」。実際には、知能指数の貯金だけで“一流の学校”を通ってきたエリート連中より、自らの意思で学ぼうと思って学んでいる人の方が、深くものごとを理解できるものだ。エリートにあるのは知能指数だけ。ゆっくりと、しかし自ら望んで学んだ人には、本当の知識、知性や教養が身につく。もちろんエリートと呼ばれる人の中にも、努力に努力を重ねた人はいるだろうが、どうも“エリート”という言葉には「偏差値が高いだけの馬鹿」というイメージがある。まぁ、“エリート”がやらかす犯罪が、あまりにも非人道的であったり、人間のクズとしか思えないようなものであったりするから、そういうのが悪目立ちするだけなのだろうが。一握りのクズを見て全体に偏見を持つのはよくないことだが、偏見を呼ぶような態度はそれぞれが己を戒めるべきだろう。“エリート”に限ったことではなく。頭の悪い道教育長に、誰かの傀儡に見える高橋はるみ知事。本当に学びたいと思ってその高校へ行こうとしている人が、学ぶ機会を奪われることのないよう祈ることしかできない。
2003/08/11
コメント(0)
青森市内の友人宅に1泊お世話になり、JRで帰宅した。その、青森から函館までの車中で、前の席の子供達が「アルプス一万尺」を始めた。が、歌っている歌詞を聴いてみたら…♪アルプス一万尺 こよりの上で…子供というのは、歌詞の意味も考えず、ただ聞こえた通りに覚えて歌っている、ということがよくある。この子たちはまさにそれなのだろうが、「あんな細いもんの上で踊れるもんなら踊ってみなさい、キミたち」と心の中だけでこっそり突っ込んでいた。子供って面白いなぁ…
2003/08/10
コメント(0)
応援しているミュージシャンが出演するライブイベントのため、八戸へ出向いた。地元の人にこそ楽しんで欲しい、盛り上がって欲しいと思っていたヨソモノの私は、PA卓の遥か後方、ステージから100mは離れているだろうという場所にちんまりと座っておとなしく聴いていた。ライブは進み、ある曲をマイクを通さずに歌い始めた。さすがにここまでは聞こえないんじゃないかな、と思った矢先、私の耳と心に彼の声が届いた。ボディの小さいエレクトリックアコースティックギターだったため、ギターの音は余り聞こえなかったが、歌声ははっきりと聞こえた。「こいつはこの人が売れて自分の手の届かない存在になるのが嫌なんだろうな」としか思えないような発言を、てっきり同志だと思っていた奴にされて荒んでいた心に、その真摯な歌声はよく効く傷薬のように沁みた。涙が止まらなかった。誰が何と言おうと、私にとってはこの歌声だけが真実なのだと、心の底から思えた。私はもう、雑音に惑わされたりしない。
2003/08/09
コメント(0)
私はよく待たされる。約束をすれば時間より早く着いて、約束を守れない友人をぼんやり待っているのはいつも私だし、カウンター越しに何か買うような時はだいたい私より後に来た客が先に接客されている。店員に声をかけたのが私でも、他の客が先にされることが多い。若い頃は怒って買い物をやめたりしたが、最近はただ店員を白い目で見るにとどめている。逆上するのは大人気ない、と思っているからだ。今日も近所のダイエーに入っている三星で、明日世話になる友人への手土産のケーキを買おうとしたら、2組の客に追い越された。視界に入らない程小柄なわけでもないと思うのだが…。ちなみに、待ち合わせで待たされることについては、「あいつはどうせ時間通りに来ないんだからあんたも遅れて行けばいいじゃない」と言われることもあるが、遅刻は社会人として最低最悪にだらしないと思っている私としては、どうせ相手が遅れるとわかっていても出来ない。他人のだらしないのは、別に私には関係ないから許せても、自分がだらしない人間になるのはとうてい許せないのだ。こういう心の傾向は、あんまり長生きしないそうだ。別にいいけど。
2003/08/08
コメント(0)
どうも右手首の軟骨がずれたようだ。いつものように文字起こし作業をしていて、なんだか時々チリッと微電流の流れるような痛みがあるなぁと思って観察してみると、右と左でちょっと手首のシルエットが違う。ためしに痛みのない左の手首を内側に向けてひねってみると、手首のでっぱり(足首のは踝というが手首のはなんだっけ?)が平らになる。同じように右の手首をひねってみたら、でっぱりがひっこまず、なんとなくとんがっている。押すと微妙に痛い。こりゃずれたな。昔印刷屋で働いていた時も、マウステーブルの高さが合ってなくて軟骨がずれたのを、医者に行く暇も金もなかったためそこらへんの資材からウレタンの板を失敬してでっぱった軟骨のところに当て、スポーツ用のテーピングテープでがっちり固定して自力で治したものだ。今回もそうやって治すことにしよう。なんか手製ギプスの材料になるようなものないかな…
2003/08/07
コメント(0)
応援しているミュージシャンの、ファンクラブの更新の案内が来た。勿論更新するのだが、どうも会費が安すぎて心もとない。会報のクオリティは高いし、webの方でもちょこまかと楽しませてくれるのにこれっぽっちしか金とんないの? ホントにいいの? 大丈夫? というぐらい安い。他のファンクラブに入っている人に話しても、皆口をそろえて「そりゃ安すぎるわ」と言うのだから間違いない。出来ることなら5割増しぐらいで払って「釣はいらねぇぜ、とっときな」とでも言いたいものだ。郵便振替だから出来ないけど。なんとかもっと彼の活動のために金を遣う手段はないもんかな…
2003/08/06
コメント(0)
仕事道具を入れて持ち歩いているトートバッグ(100均で買ったもの)の外側に透明なビニールのポケットがついているので、そこにペットボトルのドリンクのおまけについてきた紙風船を入れて、ちょっとした飾りにしている。今朝バスに乗り込んで膝の上にバッグを置き、見るとそのビニールポケットに黒い点が2つ。何だ? と思いよく見ると…ぺったんこになった羽虫だった。いつの間に入り込んでいつ潰れたんだ、こいつ。触るのが嫌なのでナイロンの袋に静電気を起こして、ひっつけて除去。朝っぱらからうんざりさせられた。
2003/08/05
コメント(0)
「友達」のより親密度の高いのを一般的に「親友」と言うが、私は「心友」という漢字をあてる方がぴったり来るような気がする。私にとっての「心友」は、ベイスターズファン仲間(というか、私をベイスターズにはめた張本人)の、同い年のある女性だ。彼女にだけは本当の本音を話せるし、かなりえぐい悩み事も話せる。もちろん彼女の話も、親身に聞こうという気になれる。人と食事をしたり酒を飲んだりするのが苦手な私が、こいつとは食事したり飲んだりしても一向にストレスを感じない、と思うのは彼女だけだ。私と彼女は似ているのだろうか。それとも正反対なのだろうか。ひとつだけ確実なのは、私は彼女に、彼女は私に、意識して「気を遣う」必要がないということだ。何も意識しなくても、相手の嫌がることはしない。言わない。言わせない。それが当然になっている関係。彼女が私のことをどう位置づけているのかはわからないが、私にとって彼女は確実に「心友」だ。
2003/08/04
コメント(0)
私はいくつかメールマガジンをとっているが、そのうちのいくつかは「美容・健康」に関するものだ。役に立つものもまぁまぁある。しかしダイエットについてのものが多いのにはうんざりだ。よく痩せる必要のない人が強迫観念にかられて無理なダイエットをし、身体をこわすとか、リバウンドでもっと太った、という話がもちあがるのには、「痩せなきゃいけない」という恐怖感にも似た感情を煽るメディアに責任があるのではないか。「痩」という字は、病気の意味を持つ「やまいだれ」の漢字だ。一方太るという意味を持つ「肥」は「にくづき」、単に身体を意味する部首の漢字。昔の人は、痩せることは病を含む身体的変化だと考えたのだろう。心肺に負担をかけるような太り方をしている人が医者の管理のもとでダイエットをするのはともかく、普通の体格の人がヒステリックに痩せた身体を求めるのはどんなものだろう。特に女性は、体脂肪率が下がりすぎると女性としての身体機能が低下するという話だ。(産婦人科に勤めていた看護婦の友達が言ってたのだから間違いないだろう)だいたいあまり痩せてたら着れる服売ってないし。私は幸い小器用なので「着れる服が売ってないなら作っちゃえ」と、自分で縫って作ったり出来るが、そういった作業が苦手な人は服飾費(特にボトムス)にかなり収入を割かれてしまっているのではなかろうか。使ってる布少ないのに、なんで小さいサイズの服ってあんなに高いんだろう…
2003/08/03
コメント(0)
取り寄せて貰ったアロハを受け取りに行った後、中心街での買い物がいくつかあったのでそれを済ませ、最後にサッポロファクトリーに寄った。もうすぐ七夕ということで、今アトリウムには自由に書いていい短冊と、それをくくりつける、ひもを張った支柱が立っている。去年書いた願い事がおおむね叶ったので、今年も書いて来た。私が応援しているあのミュージシャンの許から彼の足を引っ張るファンがいなくなり、今の100倍ぐらい売れますように、と。私は応援するからには売れて欲しいと思っている。高い金を出してチケットを買ってもゴマ粒ぐらいにしか見えないようなでっかい会場を、発売から1時間でSOLD OUTに出来るぐらいになって欲しいと思う。しかし中には、いつまでも手の届くところにいて欲しいと願う者もいる。これ以上ファンが増えないようにネガティヴなことばかり言い、新たにファンになりかけた人が去って行くように(意図的にか、無意識にかは知らないが)仕向ける者が存在するのが事実だ。そういった存在が、去るか悔い改めるかしていなくなってくれれば、彼はもっと売れると思う。どうか、願いが叶いますように。
2003/08/02
コメント(0)
私はおまけに弱い。ペットボトルのドリンクのおまけのフィギュア付ボトルキャップとか、試供品がついて5枚お得な湿布薬とか。中でもめっぽう弱いのは酒のおまけのグラスだ。今日は欲望に打ち勝ったが、バーボンのラベルと同デザインのオールドファッショングラスなんぞがおまけとしてついていると欲しくてどうしようもなくなる。ちなみに私の携帯のストラップはベイスターズのもので、あまり取り替えたりしないのだが、予備としてストックしてあるストラップの中にはアーリータイムスのおまけのストラップがある。
2003/08/01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1