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頼りにされるって うれしいね私は今、週3日だけアルバイトをしています4月の半ばから始めましたが、なんとか仕事は続いています。と言っても、今日は体調が悪く、風邪ということにしてお休みしているのですが・・・私はもともと仕事にやりがいを感じる性格です。病気になり退職した後、家で療養していた7ヶ月半は、本当に働きたくて仕方がありませんでした。やっぱり、できるのであれば外に出て仕事がしたいですよね家にいると考えが悪い方悪い方に傾いて身体にも良くないし、余計にストレスがかかってしまいます週3日とはいえ、普通に出勤して、仕事をして、心地良い疲労があって、それに見合ったお給料がもらえて、“頼りにしてるよっ”と言われる・・・。すっごくうれしい病気のためにもこの方が良いに決まってますよねいつまで続けられるかわかりませんが、がんばりすぎない程度にがんばっていけたらいいなと願っています↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/31
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よくばったら、 ダメ みたい4月半ばから、週3日だけアルバイトをしています。今まで休むことなく、なんとか続けていたのですが・・・。でも、ついに今日、早退してしまいましたバイト先の人には、多発性硬化症MSのことは話していません。見た目には普通の人と何一つ変わるところはないし、言えば、絶対に雇ってもらえないと思ったからです。ちょっと歩き方が変かな?ぐらいにしか感じていないと思います。でも、最近とても暑いし、ちょっと身体の調子がおかしい日が続いていましたまだMS歴1年ですし、再発もしていないので、自分の身体のことがいまいちわかっていません。(ちょっとゆっくりしよーっと。)欲張りたいけど、欲張っちゃダメな身体でした↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/30
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変わったもの。 それは、 私自身かもしれません去年の6月に多発性硬化症MSを発病してから、ありとあらゆることが180度変わりました。健康な体を失い、職を失い、歩けなくなり、夢や希望も失いました。当時はあまりの環境の変化に気持ちが付いていけず、つくづく恐ろしい病気になってしまったんだと痛感したのを覚えています。だけど・・・。先日、別に何てことなく病気になる前に好きだった絵本を開いてみました。その絵本は、イラストとポエムが一緒になった、大人を対象とした勇気や希望を与えるような小さな小さな絵本です。(・・・あれ・・・??)あれだけ好きだったのに、読んでも何も感じない・・・。むしろ、疑問を感じる・・・。病気になる前に読んだっきりの絵本です。病気になってからの私は、何か『生と死』について考えるようになった気がします。それまでの私は死についてはよく考えていましたが、生きることについては無頓着だったように思います。自殺したいと思ったことは数え切れないほどあります。でも、今は、『生きる・・・』ということの方に比重がかかっている自分が存在するのです。多発性硬化症MSは、命に問題のある病気ではありません。でも、やっぱり難病になったことはまぎれもない事実であり、これからもそれを背負って生きて行くわけです。生きる、死ぬ・・・、考えて当然ですよね。長生きしたいとか、一生青春などとおっしゃる方がいますが、それには興味はありません。そうではなくて、『生きる』ことにもっと真剣に向き合おうと思う今日この頃なのです。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/29
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また一人、 仲間が 増えました秋に、中学生からの仲のいい友達たちと旅行に行く約束をしていますこの間、その友達たちと旅行のことを相談するため集まりましたもちろん、みんなには私の病気のことを話しています。みんな私のことを気にかけてくれて、本当に本当に良くしてくれます『ありのままの私でいられる場所』みんなとはどれだけ会っていない時間があったとしてもそれを感じさせないし、何をしていても楽しいです。そんな友達たちの一人に、赤ちゃんが産まれました今1歳。とってもとってもかわいいですそして、1歳にしてパパと離れて私たちと一緒に旅行パパと離れて大丈夫かなママ一人で大変じゃないかな・・・私がめんどう見る赤ちゃんもいるし、私もいるので、のんびりゆったり旅行ですこうやって仲間が増えていくのって本当に微笑ましい次、旅行に行く時は何人になるかなー(笑)↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/28
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きっと、 すべてに 意味が あるのです私は昨年の6月に多発性硬化症MSを発病した時、小学校の講師をしていましたが、その時お世話になったY先生が、先日メールを下さいました。その小学校に勤めていたのはわずか1学期間だけでしたが、Y先生とは他のどの先生方よりもたくさん話しをしましたし、担任を持つのが初めての私を助けて下さって、一番頼りにしていた先生でした。でも、Y先生には病気のことは話さずに退職しました(でも・・・、Y先生にも知ってもらいたい)そう思い、このブログのURLをメールに添付して返事を送りましたすると、Y先生はすぐ私のブログを見て下さり、昨日の夜返事を下さいました。『あなたには いえ あなただからこそ 教師になってほしいと思っていました。退職の時 教師の夢も諦めたことを聞いて 大きな壁が立ちはだかってるんだろうなあって思いました。でも その壁は 想像を絶するものでした。 ブログのひとことひとことを かみしめながら そして 涙で 文字が 見えなくなり 生きて!生きて!って 心で叫びながら 読み進めました。ブログを紹介してくれたこと あなたには つらいことだったでしょ?紹介してくれて ありがとう。 病気のつらさは共感できなくても あなたの考えに共感することはできます。あなたの歩んだそしてこれから歩む人生に勇気づけられることを幸せに思います。こどもに関わる仕事をされてるとのこと何よりです。あなたは あなたと関わったそしてこれから関わる人に幸せを運んでくれる女神です。それは つらい人生を歩んでいるあなただからこそなんです。自信をもって 今を楽しんでください。ブログ 楽しみに 見させてもらいます。 もっと いろいろ伝えたいけど うまく言葉になりません。ごめんなさい。また メールしますね。』私は涙が止まりませんでした。私のブログを読んで、“勇気づけられる・・・、幸せに思う・・・”と、感じて下さるなんて・・・。とてもとてもY先生に逢いたくなりました。と同時に、初めて自分のことを誇らしく思いました。Y先生、ありがとうやっぱり、私がこの多発性硬化症MSという特定疾患指定の難病患者になった意味があったんだ↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/27
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次はいつ? 次はどこ? 考えない日は ありません私は昨年の6月に多発性硬化症(たはつせいこうかしょう)MSという特定疾患指定の難病を発病しました。現在、日本では10万人に7、8人の病気らしいです。簡単に言うと、脳と脊髄の中枢神経があちこちケガをしている状態・・・、そのケガは自分で自分を傷つけたケガ・・・、といったような感じです。今いろいろな研究が進んでいるようですが、まだちゃんとした治療法はありませんそして、この病気は再発を繰り返します。目が見えにくくなったり、手が動きにくくなったり、歩きにくくなったり・・・、麻痺したり・・・。人によって症状や再発の時期も異なるので、誰にも予測することができません。今の私には歩行障害があります。とは言っても、私はMSの中でも比較的症状が軽かったらしく、自分の足で歩けています。ただ、足がひたすらビリビリとしびれていて上手く力が入らないので、歩き方が少し変で遅い、というだけのことです。でも、今後いつ再発するのか、どこに症状が現れるのか・・・、不安はずっとつきまとうのです。医者は“あまり考えすぎないように”“上手く付き合って下さい”と言いますが、やっぱり考えない日はないんですよね。明日すぐにでも再発するのか、それとも5年後なのか・・・。この病気は暑さに弱いので、少しでも体調が悪くなるとすぐマイナスに考えてしまうんですよね・・・あーこの不安感が消え去ればどれだけ楽か(笑)↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/26
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あの頃に 戻れる 魔法 ないのかな?・・・みなさんは、もし魔法が使えたら何をしますか?私は、間違いなく小学校の担任をしていた元気な頃に戻してとお願いします。去年の6月に多発性硬化症(たはつせいこうかしょう)MSを発病した時、私は小学校の講師をしていました。5年3組の担任。この間、ふと思いたって、集合写真を見てみました。(あーみんないい笑顔してる・・・)(もう6年生で卒業か・・・)(いろんな行事一緒にしたなぁ~)(全部が楽しい想い出やなぁ~)(1学期だけの担任やったけど、みんな覚えててくれてるかなぁ~)いくら時が流れても、私の中にはずっとあの時のままの子どもたちが刻まれています。1学期間の想い出がキラキラと宝石のように輝いているのですできるものなら、ちゃんと1年間担任として子どもたちを見届けたかった。巣立って行く姿をこの目で見たかった。魔法が使えたらいいのにね↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/25
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はなれていても つながってるよ 心と、心私には、大学の頃からの親友がいます。名前はナオピ。私と同じ漢字で、同じ名前で、ピアノ友達ですこのブログを始めるきっかけをくれました。何か通じ合うものがあったのか、自然に仲良くなっていました。ナオピはもちろん私の病気のことを知っています。私がこのブログに書いているような心の内も知っています。正直なところ、ブログにはなかなか言葉じゃ言うことのできないことばっかり書いていますので・・・私はあまり自分のことを話さない性格ですが、ナオピだけは特別本当の私をさらけ出しているような気がしますナオピはいつも私のことを気にかけて心配してくれます。仕事が大変なので、そう頻繁には会えませんが、メールや電話で何気ないことを話したり、本当に私にとってはかけがえのない存在なのです。ナオピもいろいろな悩みを持っていますが、ナオピにはこの先、心から幸せになってほしいと願っています。ナオピの幸せは尚の幸せこの間、おそろいの赤いハートのキーホルダーをプレゼントしてくれましたありがとうナオピ、大事に使ってるよ↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/24
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無理になったら 辞めればいいよ私は大学の音楽科を卒業しています。もともと専門はピアノ学生の頃は朝から晩までピアノを弾いていました。卒業してからも地元の子どもに教えたり、私も今でも先生に習っているので、発表会に出たり、趣味としてピアノを続けていますでも、さすがに多発性硬化症MSを発病してからはピアノからも遠のいてしまって・・・手は普通に動くので弾くことには何の問題もありません。ただ、ペダルが・・・。ピアノって両足でペダルを踏むのですが、このペダルを踏むのがちょっと苦痛なのです。昨年6月にMSを発病し、今でも歩行障害が遺っています。特に太ももとひざに上手く力が入りません。指ではピアノを弾けても足がついていかないというか・・・。どうしてももたついてしまうんですよねじゃあ、ペダルを踏まなければいいじゃないと思われると思いますが、そういう訳にはいかないんです。ある程度の難しい曲を弾くのにペダルを踏まないなんてありえません9月にある発表会に出ようと思いずっと練習してきましたが、ここ最近は無理かなぁと思ったりしています。せっかく出ようと思っていたのに、なんか悲しいなぁ・・・でも、仕方ないですよね。今回は聴くことに徹します。また来年出よう↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/23
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『君』は 私のお友達私は昨年の6月に多発性硬化症MSを発病しました。これは、特定疾患指定の難病です。難病ですので、手術や確固とした治療法がありません。当初は病気になってしまった自分を責めたりもしましたが、もうなってしまったんだし、どうすることもできない医者が言うように、上手く付き合っていくしかないと覚悟を決めています行動する時は余裕を持って早め早めの行動をする。絶対に無理はしない。楽しみを見つける考えすぎない。マイペースに『今』を生きる。もう、一番身近なお友達のようなものですね。毎日病気と相談し合って生活しています。無理しちゃいけない日。お出かけしても大丈夫かな?という日。一休みする日。だんだんその度合いもわかってきましたもう~やっかいなお友達だけど、一生付き合うよこれからもよろしくね↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/22
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私にも 叶えたい夢が ありました“はるかより 尚先生へ”このブログのプロフィールに載せている絵は、当時1年生だったハルカという女の子が私にプレゼントしてくれたものです私は多発性硬化症MSを発病した時、小学校の講師をしていました。夢は教員採用試験に合格することそう、私が教師を夢見たのは、ハルカとの出逢いがきっかけでした当時の私は教師になる気なんてさらさらなく、なんとな~く子どもが好きだからという軽い理由で小学校に勤務していました。でも、ハルカとの出逢いがきっかけで私の気持ちは180度変わります。ハルカは、一度手をつなぐと絶対に離さない。必死でしがみついてトイレにも行かせてくれない。勉強はまったくできない。というより、勉強どころではなく、自分の名前さえ書けない。服はいつもボロボロ。教科書も持って来ない。えんぴつは全部折れていて使えない。ほぼ毎日遅刻。夏になると体臭がする・・・。それは、ハルカの家庭に問題がありましたお父さんはJRの職員で仕事はきちんとしていたようですが、家庭には無関心。お母さんはふらふら夜通し遊びまわり、あまり帰って来ません。高校生のお兄ちゃんが家事をしていたようですが、そんなお母さんに暴力を振るって施設行き。残された2年生のお姉ちゃんとハルカはいつもほったらかしでした。つまり、育児放棄の状態だったと聞いています。私は幼い子ども二人でどんな生活を送っていたのか、想像しただけで私は胸が苦しくなってしまいました私はいつの間にかハルカの専属になっていました何でも一から教えました。がんばったら大げさに誉めました抱きしめもしました。もちろん叱りもしました。ハルカは基本的に性格は明るく、元気で活発わがままでしたが、それは仕方がないです。毎日一緒に過ごしていると、情が沸いてきて本当にかわいくて、できるものなら家に連れて帰ってずっと面倒を見てあげたいとも思ってしまいました。と同時に、こんなに小さな我が子をほったらかして遊びに走る親が信じられません。怒りがこみ上げてきましたでも、ハルカは「ママ大好き」と言います。私は何と返事をすればいいか、正直言葉が出てきませんでした。私に何ができるだろう?“ハルカみたいな子どもを少しでも助けてあげたい!”これがきっかけで私は教師を目指すようになりました。昨日とおとといは教員採用試験の試験日でしたね。本当はまだ教師になる夢を諦め切れていない私がいるようです。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/21
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散歩をしてみよう いろんな発見 あるよ昨年6月に多発性硬化症MSになってから今年の2月ぐらいまで、本当に歩けない状態でした。だけど、徐々に回復していき、家の中の生活は何不自由なくできるようになっていった頃・・・。(そろそろ外歩く練習してみよっかな)そこで、家の周りを散歩することに決めましたやっぱり初めは、すぐ前の通りを行って帰るだけで精一杯・・・。ペンギンのような歩き方で、歩く速さも普通の人の5分の一・・・。家の中と外とでは、全然違います。屋外での距離感がつかめなくなっていました。すぐそこに見えているのになかなか辿り着けませんでも、散歩の回数を重ねるごとにだいぶん慣れていき、少し遠くまで歩けるようになっていったのです。(今日はこっちの道から行ってみよう)(今日は駅まで行けるかな)そこで気付いたことは、地元なのに知らない場所やお店が多いんだなぁということです。ここに住んで10年が過ぎましたが、知らないことだらけでした。(ここにこんな看板ある)(この細い道はどこにつながるんやろ)(きれいなお花ー)みなさんも一度ゆっくり地元を歩いてみてはいかがですか?思いがけない発見があるかもしれませんよ↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/20
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この もどかしさは どうやって 解消すれば いいの?昨年の6月に多発性硬化症MSを発病しましたが、今も歩きにくい状態が続いています。何もしていなくてもすっごく疲れるようになりました。頭痛も続いていますその症状も日によっていろいろです。そして、病気になってから、ずーーーーーーっと感じていることがあります。nao「今日さぁ、ちょっとしんどいねん・・・。」***「あーそうなんやー。でも、私も最近しんどい日続いててなぁ~」nao「今日は朝から頭痛いわぁ。」***「私も生理痛でさぁ~」nao「今日はちょっと足動きにくいわぁ・・・。」***「ってかさぁ、毎日暑すぎやな!」いくら症状を訴えても、なかなか理解してもらえない・・・。言ってしまう私も私なのですが、いまいちこの病気のことをわかってもらえないもどかしさやいらだちを感じてしまいます。わかってもらおうとするのはわがままだとはわかっているのですが、やっぱりこの身体のことをわかってほしい。・・・そう、思ってしまうんですよねそういう意味でも“難病になるってこういうことなんだ”と思い知らされます。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/19
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それも 全部 ひっくるめての 『私』です私は、もともと極度のマイナス思考で、コンプレックスの塊。劣等感もあり、自分のことが嫌いですいつもグチグチと悩み込みます。だから、家での私はとても暗いです。でも、外に出るとまっっったく違います例えば、買い物に行けばショップの店員さんと、美容院に行けば美容師さんと、自分から話しかけてベラベラベラベラ・・・子どもに関わるアルバイトをしていますが、子どもの前ではいつも明るい自分がいます。職場の人には、楽天的・脳天気などと言われます。でもこれは、無理にそうしてるわけではなく、どれも自然な私なのです私は、自分は嫌いですが“人”は好きです。いろんな人と会話をするって世界が広がりますよね。自分では考えもしないようなことが知れてとっても楽しいし、基本的にわいわい楽しくおしゃべりするのが好きですじとーっと悩むのも『私』外で明るいのも『私』どっちも『私』で、どっちがほんとの私なんて決められません。『全部』私なんです(笑)↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/18
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せかせか せかせか みんな せかせかしすぎだよ昨年の6月に多発性硬化症MSを発病しましたが、おへそから下すべてが今でも四六時中ビリビリとしびれっぱなしです。もう1年以上も毎日・・・。発病時よりか遥かにしびれの度合いはましになっていますが、違和感はずーっと遺ったままです上手く歩けなくなってから、休憩がてら、よくカフェに入るようになりました。私はスポーツはしませんが、もともと歩き回ったり、ショッピングをしたり、とにかく動くことが好きですでも、今はなかなかそういうこともできず、ゆったり生活・・・。今ではカフェ通になってきて、それが今の密かな楽しみでもありますメニューもカフェによって様々だし、雰囲気も全然違う。自分好みのカフェを更新中です(笑)平気で1、2時間は休憩タイム。読書をしたり、何か思いついたことを書きとめたり・・・。とっても有意義な時間を過ごせますでも、窓からふと外の景色を見ると、みんな慌ただしく我先にっとせかせか急いでいるわけです。どこを見ても足、足、足・・・。ひたすら足・・・。まぁ、私は関西に住んでいるので、特に・・・かもしれませんが・・・ほんとにみんな急ぎすぎですよね。誰にでもその人のペースというものがあるのに、みんな一緒になって急いでる。こんな社会だから仕方ないかもしれませんが、もう少し自分のペースで生きられたらいいのにねと思ってしましました↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/17
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私の声 私の言葉で どうしても伝えなきゃならないこと ありました私は21歳の時に父を解離性大動脈瘤で亡くしていますが、実は、看取ってはいません。もう時間の問題だと医師からは聞かされていたので、朝から晩まで父に付きっきりでしたが、そうは言っても、“いつか”は誰にもわかりません。「1回家に帰って休んだらどうですか?」私たちが身体を壊したらどうしようもないので、母と妹と3人で、一端帰宅しました。すると、帰宅してまもなく、病院からtel。「すぐ来て下さい!」私たちは急いで病院へ戻りました。「・・・お父さんは、先ほど、永眠されました・・・。」父は私たち家族に悲しい想いをさせたくなかったのでしょう。静かに眠りについたそうです。(なんか、お父さんらしいな・・・。)「お父さん、尚の声、尚の言葉で言わないといけないこと、あるんだ。」 今まで育ててくれて、ありがとう↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/16
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ほんね と たてまえ 『あー病気になってもう1年になるんかぁ~・・・』た なってしまったんやし、しゃーないよなぁ~ほ なんで尚が病気になったんかなぁ~た 今を楽しまないとなぁ~ほ ほんまは小学校の担任続けたかったなぁ~た ゆっくりゆったり生きないとなぁ~ほ 子どもたちと走り回ったり、プール入ったり、遠足行ったりもっといっぱい動きたいなぁ~た 違う夢、探さないとなぁ~ほ 小学校の教員採用試験に合格するのが夢やったのになぁ~ 『妹のハナが結婚決まったから、来年家出て行くんかぁ~』た 心から祝ってあげないとなぁ~ほ 病気になった今、素直に喜べないんよなぁ~た ハナの人生やし、旦那さんと2人で力合わせてがんばってほしいなぁ~ほ ハナがおらんくなったら、尚は何を頼りにすればいいんやろなぁ~た かわいい赤ちゃん産んでほしいなぁ~ほ 尚はこの先、結婚・出産なんてあるんかなぁ~た ハナには素敵な未来が見えてるんやろなぁ~ほ 尚は今生きることしか考えられへんねよなぁ~ 『誰とも比べなくてもいいんやんなぁ~』た 尚は尚やんなぁ~ほ いいな~いいな~みんなうらやましいなぁ~ほんとは、病気になった自分が認められないんよなぁ~↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/15
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歩き出しても すぐ ぶつかっちゃうよ私は去年の6月に多発性硬化症(たはつせいこうかしょう)という難病を発病しました。発病時は、おへそから下全部がしびれて歩けなくなり、排泄障害も起こりました。今でもしびれは後遺症として遺っていますし、足も上手く力が入らないので、上手に歩けません。身体も疲れやすくなり、体温調節も上手くできなくなりましただけど、4月半ばから、週3日だけのアルバイトをしています別に何てことなく3ヶ月が過ぎ・・・。でも、今少し身体の異変を感じています。ここ最近、毎日起きた時から頭が重く、鈍い痛み・・・。太ももとひざに力が入らない・・・。しびれがひどい・・・。何もしていないのに身体が疲れてる・・・。背中の一部分だけしびれるようになった・・・。たまに、腰の背骨辺りに針をチクッとさされたような感覚がある・・・。また少し歩きにくくなってきてる・・・。普通の人の足で10分のところが、30分かかりますこれはただ単に多発性硬化症MSの後遺症なのか、気候のせいなのか、身体の疲れなのか、それとも、再発の予兆なのか・・・。まだMS歴1年で再発という再発はしていないので、自分でもよくわかりません。やっとバイトが決まり行けてたのに・・・でも多発性硬化症MSはこういう病気なんですよね。調子が良くなりかけた頃に次の症状が現れる・・・。またか、という感情です。正直、不安で押しつぶされそうです。でも、仕事は辞めたくない。絶対に↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/14
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それでも、 私には はっきりと 見えているものが あります漠然と、私は一生子どもに関わる仕事をしていくんだろうなぁと感じていました。でも、多発性硬化症MSになって1年が過ぎましたが、最近、少しずつ方向性が違ってきている自分に気付くのです。人に役に立つ仕事がしたいせっかくと言ったらおかしな言い方かもしれませんが、不登校やMSになったその経験を生かさないと意味がないような気がするのです。だって、私は選ばれて不登校や難病になったんですもの絶対何か人に役立つことができるように思えてならないのです。でも、やっぱり子どもは外せないので、子どもに関係することが絶対条件なのですが・・・。とにかくこの経験を利用しなくっちゃね↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/07/13
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経験は 人生の糧になるよ自分で言うのは変かもしれませんが、私は同じ年齢の人に比べていろいろな経験をしてきているように思います。 不登校 引きこもり・うつ 大切な人の『死』 そして、難病の発病・・・。特に高校生で引きこもりになった時は、人生初のどん底を経験し、真剣に自殺を考えました。昨年難病になった時は2度目のどん底で、やっぱり死を考えました。でも・・・、でも、なぜかその選択をしないで今ここに生きてる自分がいます何が私をその気持ちから引き止めたのかはよくわかりませんが、自分なりにその時々の気持ちに整理をつけて、乗り越えてきているのかなぁ・・・その時その時はどうしようもなく辛くて、悲しくて、自分は必要ないんじゃないかという想いをしました。でも、今は、それらがあってこその『今の自分があるんだ』と確信しています。今の私があるのは、不登校・引きこもり・うつ・大切な人の死・難病、があったから。これは、間違いありませんこれらの経験は私にとって何事にも変えることのできない『人生の宝物』です。すべての経験がプラス+として働いているのです。そういう意味では、病気になったことに対しても、“ありがとう”なんですよね。今いろんな辛い想いを抱えていらっしゃる方がおられると思いますが、それは必ずこれからの人生の糧になることを信じてみましょうね
2008/07/12
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あたたかい 贈り物ちょうど1年前に多発性硬化症MSを発病しましたが、その時、私は小学校の先生をしていました。5年3組の担任。担任を持つのは初めてでした。それまでは音楽の先生をしていたので、とにかく、自分のクラスを持てたことがとても嬉しかったのを覚えていますでも、初めての担任だったので、要領もわからないし、毎日本当に忙しい・・・。12、13時間労働は当たり前になっていましたし、何と言ってもひたすら子どもたちと一日を共にするので、一人になれる時間がないのです。お昼ご飯も給食、やっと一人になれるのは4時頃。そこから学校全体の会議や、学年だけの会議、その他もろもろの雑用・・・。自分の仕事を始められるのは、だいたいいつも6時頃からでした。私が勤めていたのは、公立の小学校でしたが、間違いなくどこの公立小もこんな感じです。家には寝に帰るだけ・・・でも、そんな毎日でしたが、私は“超”がつくほど楽しかったのです。なぜなら、それは、 『子どもたちの笑顔があるから』子どもたちの笑顔はなんて素敵なんでしょう子どもたちには、無限の可能性があって、明るい未来が広がっています。みんなそれに向かって、一生懸命生きています。私はそんな子どもたちのためなら、どんなに辛いことでも、何だってできちゃうんですよね。教師はそんな瞬間があるから、明日もがんばろうと思えるのです。だから、教師をやめられないんだ
2008/07/11
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目線を 合わせてみませんか?私は21歳の時に、父を解離性大動脈瘤で亡くしています。手術の麻酔で眠ったっきりで、手術終了後は3日間植物状態でした。母と妹と3人で、ICUで生死をさまよっている父をずっと見届けていた時のこと・・・。父の兄夫婦がいらっしゃいました。もう時間の問題だということは医師から聞かされていたので、私たち家族は覚悟はできていましたが、父のお兄さんはたった2人兄弟の弟がもうすぐこの世を旅立つと聞かされ、精神的にショックを受けてしまったようで、ずっと泣いてらっしゃいました。・・・それに比べて、義理のお姉さんは・・・。なんと、父の前でお葬式の話を始めたのです“どこの葬儀屋にする?”“私がいろいろ調べるわね。”“・・・。”母は返す言葉もない様子・・・まだ父は必死で病気と闘ってるのに、ちょっとひどすぎますよね。あまりに自分勝手な発言にお姉さんという人物を疑いました。こんな人間にだけはならないようにしようと思うばかりでした。
2008/07/10
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なんで? なんで? ・・・なんで? 私のハテナは どこまでも昨年の年末のことです。今でもはっきりと覚えています。地元の駅で電車が来るのを待っていた時のこと・・・。向かい側のホームにある家族が下り立ちました。パパとママと1歳ぐらいの赤ちゃん一見、普通の家族です。ただ、一つを除いては・・・。パパが押してるのは、ベビーカー。と、・・・車いす。(・・・え!?)そう、パパが押してるのは、赤ちゃんが乗ったベビーカーとママが乗った車いすなんです。しかも、右手と左手で同時に。(あ・・・、ママ車いすなんや・・・。 え?でもなんでやろ・・・。 けがか何かかな? もしかしたら今だけちょっと調子悪くて? ・・・もしかしたら、ずっと前から? 赤ちゃん産む前から? 妊娠する前から? ・・・結婚する前から? ・・・・・??????)だけど、3人ともまぶしいぐらいのはじける笑顔です。幸せなのが伝わる表情でした私もあんな家庭が持ちたいと夢見てしまうのでした・・・。
2008/07/09
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誰のために生きる・・・って 何ですか?“家族のため。”“愛するパートナーのため。”“愛する子どものため。”そう、応える方が多いと思います。でも・・・、私は当たり前のように、“自分のため。”私も自らの手で愛するパートナーとの家庭を作っていたならば、間違いなくこんな応えは出てこないでしょう。だけど、私は独身です。母と妹はいますが、やっぱりもともとある「家族」と、自ら作った「家族」とではまったく別のものだと思います。自分の手で作った家族・・・!こんな素敵なことって他にないと思うのです。自分のために生きる・・・なんて、これっぽっちも思っていません。私もできることなら、“誰かのため”に生きてみたい。・・・でも、病気になってしまった今、そういうことから遠ざかっていることを思い知らされてしまうのです。
2008/07/08
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願い事は 願うと 叶うんだよ☆「もしよかったら、短冊書いてね」昨年、多発性硬化症MSを発病して入院していた時、ちょうど七夕前だったので、看護士さんが短冊を持ってきてくれました。願い事・・・。願いは、たった、一つ。『子どもたちの健康と平和』当時、小学校の担任をしていたのですが、毎日病室で考えていたことは子どもたちのことばかりでした。“元気にしてるかなー?”“ちゃんとけんかしんと、仲良くしてるかなー?”そんなことを考えていると、子ども一人一人の顔がポワンッポワンッと頭に浮かんできます。みーんなかわいい私のクラスの子どもたち短冊には、そんな大好きな子どもたちの名前を、縁に二重にも三重にも重なるように、ぐるっと書いていきました。“haruka. aki. hiroyuki. naoka. gaku. mina. ryuu. ・・・”そして、真ん中には、大きく“PEACE”これ以上の願いはありません。心から子どもたちの平和を祈りました。今、子どもたちは誰一人病気やけがをすることなく、元気に学校に通っているそうです。みんな、このまますくすくとたくましく成長するんだよ
2008/07/07
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本当はね 認められたいだけなんだ私は高校生の時、引きこもり・うつでした。志望していた高校に入学したものの、この先どういう道に進みたいのかわからない。いまいち仲の良い友達ができない。勉強に身が入らない。もともと持っていたアトピーが急激に悪化。母がC型肝炎で入院。それと・・・。とにかく、いろんなことが重なってしまい、しんどくなってしまったのです。脳のMRIを撮った時に、おそらく中学生か高校生の時にできた炎症がある、と、主治医に言われました。たぶん、私が思うにこの頃のものでしょう。結局、2年間引きこもりました。うつになり、どうやって2年間も家で過ごしたのか思い出すことができません。でも、引きこもり経験者である私が言えることは、『ただ、認められたかった』それだけのように思います。時に、人間は、生きることに疲れます。でも、そんな時こそ、決して否定されるのではなく、丸ごとすべてを受け止めてほしいものなんですよね。「がんばれ!!」や「外に出てみない?」などという言葉は、前向きでいい言葉のように思われますが、引きこもりやうつの患者にはとても負担になります。“これでもがんばってるのに・・・”“なんでこのがんばりをわかってくれないの?”“今の状態が精一杯なんだよ・・・”なりたくて引きこもりになったわけではありません。自然とそうなってしまったのです。その時の私は、“ちょっとその場に立ち止まって、自分を見つめ直す時”だったのです。だから、もしご家族に引きこもりや不登校の方がいらっしゃるなら、「そのままのあなたでいいんだよ。」と、すべてを受け止めて認めてあげて下さいね。
2008/07/06
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息抜き 息抜き また、 息抜き1年前に多発性硬化症MSを発病し、今も上手く歩けないという後遺症が残っています。以前よりは遥かに上手く歩けますが、今でも歩く速さは普通の人の3分の一ほどです。身体も疲れやすくなりましたし、体温調節も上手くできなくなりました。長時間の立ち姿勢はもちろん長く続きません。・・・すぐ休憩。長時間の外出も身体がだるくなり、疲れます。・・・すぐ帰宅。太陽の照る日向も、暑さで足がビリビリしびれてくるので、長時間いれません。・・・すぐ木陰。少し何かしては、息抜き。また何かしては息抜きという毎日です。発病前には、息抜きなどする間もなく働いていました。でも、今になって気付くのは、忙しい時にこそ“質”のいい息抜きが必要だなということです。最初の内は、何度も何度も息抜きをしないと身体が持たない自分に対して苛立ちやもどかしさでいっぱいでしたが、今となっては息抜きっていいものです。自分の気持ちの整理をして、振り返る時間。身体と心をリラックスさせる時間。仕事とは関係のないことをして、・・・例えば読書とか・・・、リフレッシュする時間。絶対に1日の中で必要な時間だと思うのです。息抜きをすると効率も上がりますしね。一緒にホッ、とため息つきませんか?
2008/07/05
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う・・・ん、 う・・・ん、 私には 足りないものが いっぱいです階段を上っていた時のことです。足に上手く力が入らないので、特に階段の上りと、坂道の下りが足に負担をかけます。いつものように、手すりを持ってよいしょ、よいしょと階段を上っていると、上から杖をついた目の不自由な男性が下りて来ました。見る限り、全盲に近い状態だということがわかります。もしかしたら、知的に障害があるかもしれません。その人が、階段と階段の間の踊り場で1段踏み外してこけてしまいました。階段の途中ではなかったので、下に転げ落ちることはありませんでしたが、尻もちを付いて、杖は横にコロコロと転がっていきました。「大丈夫ですか!?」私は、とっさに、声をかけました。・・・、でも、心の中で声をかけただけで、音にはなっていません。私はただ呆然と立ちつくしているだけ。2人連れの男性が手をさしのべていました。とっさに歩み寄ることのできない足。声をかけることすらできなかった自分。私ができたことは、その男性がちゃんと一番下まで下りれたか、見届けることだけでした。あの時、せめて声だけでもかけられていたらなーと悔やまれて仕方ないのです。
2008/07/04
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ほんの、 ほんのちょっと ゆずる気持ちがあれば 人は 争わずにすむのにね今、アルバイトをしているのですが、今日はその話です。社員のAさん。歳は若いのに大きな仕事を任されています。結婚はされていますが、子どもさんはいらっしゃいません。長所 ・責任感があり、何が何でも自分の意見を貫きます。短所 ・それを通すばかりに、人と衝突します。 ・口調もキツイです。バイトのBさん。Aさんのご両親ぐらいの年齢で人生経験豊富です。4人の子どもさんを育てていらっしゃいます。少し前までしていたパートをお辞めになって、私と一緒に新しく入りました。長所 ・明るくおしゃべりが好きで、誰とでも仲良くなれます。短所 ・少し考え過ぎてしまうところがあり、肝心なことになると、なかなか自分の意見が上手く言えません。そんなAさんとBさんにひともめあり・・・。今までAさんに従ってきたBさんがついに我慢できなくなってしまいました。プッツンときて号泣し、今までのうっぷんをひたすら吐き出し、もう訳がわからない状態に・・・。Aさんはびっくりしていましたが、口が上手なので何を言われたとしても決して引き下がりません。勝ちます。Bさんはまたそれに対して不満を爆発させます。一向に収まる気配なし・・・。Aさん「私は社員。私の指示に従って下さい。」Bさん「私は人生の先輩。今まで従ってきましたが、もう限界です。」端から見ている私はどっちの見方もできませんでした・・・。お互いもう少し譲り合えたらいいのにと思うばかりでした。
2008/07/03
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キラキラ ピカピカ ニコニコ ルンルン 囲まれてる私は 幸せです「あんなー、今日なー、プール入った。でなー、パンツ1枚でなー、先生がなー、水シャーってしてなー。」「そかー。プール入ったんかー。楽しかった?」「うん!!!」「ヒロくん、ジェッコトースター(笑)乗ったトキある!」「ふふふ。そうなんー。怖かったやろー?」「そんなん、怖くないしぃ~」「おちっこ!」「はいはいー。」今は週3日だけアルバイトをしていますが、幼稚園の子どもたちに関わる仕事です。子どもは本当にかわいい!天使です。どんな辛いことがあっても、ぜーーーーーーーーーんぶ吹っ飛んでしまいます。もちろん、病気のことも唯一忘れられる瞬間でもあります。ずっと、子どもたちに囲まれてたいなぁ。病気さん、お願いです、私から子どもを取らないでね・・・っ!
2008/07/02
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1日 1回 自分のことを ほめてあげましょう私はコンプレックスの塊です。人一倍劣等感がありますし、自分のことを好きになれません。どうしても他人のことをうらやましく感じてしまいます。「尚、がんばってるなー。」たとえ周りの人に言われたとしても、もちろんうれしいですが、自分ではもっとがんばれる気がしてしまいます。何か勉強して資格を取ったり、何かをしていないと自分がダメになってしまいそうな気がするのです。たぶんそれは、高校生の時に不登校・引きこもりだったせいかと思います。2年間家にこもりっきりで、本当に何もない生活でした。嫌になるぐらい毎日暇でした。暇で暇で、時間が過ぎるのをただひたすら待っている感じ・・・。だから、もう何もないのは恐怖なのです。あの頃には決して戻りたくありません。時間の許す限りは自分を高めるために時間を費やそうと思っていました。でも、病気になり、がんばれる度合いも以前の20%ほどで精一杯です。がんばりたいのにがんばれない。てきぱき動きたいのに動けない。バリバリ働きたいのに働けない。夢に向かって勉強してたのに、その夢も叶えることができない。初めの内はそのもどかしさで落ち込んだりしましたが、今は何でもいいから昨日より一つがんばったことがあれば、「今日はこれをがんばった!」と、自分のことをほめてあげることにしました。そうすることで、自分に自信が持てたり、気持ちが楽になったり、笑えたりするよ。
2008/07/01
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