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心の 引き出しの 中にある 『絆』ここ何日かで思うことがあります。多発性硬化症MSを発病して退職してから、ずっと、孤独感・疎外感というものを感じていました。でも今、私はそうじゃないと思えます。確かな『絆』ってあると思う。毎日会っていなくても、何年も会っていなくても、たとえ天国へ行ったとしても・・・、心のつながりが感じられる人は必ずいるはずです。よく考えると、私にはそういう人がいっぱいいた。この1年ほどは、そういうことを感じられるような状態ではなかったのだと思います。でも今はそれを手に取るように感じられる。そんな『絆』・・・、これからも大切にしていきたいな↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/30
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友達へ 『ありがとう』6/28、7/28のつづき・・・この土日で旅行に行ってきました女4人+1歳4ヶ月のゆぃちゃん。8月は足の調子が本当に悪く、もう行けないんじゃないかと思っていましたが、徐々に歩けるようになってきて、なんとか無事に行くことができました。かなり、久しぶりの旅行・・・、本当に本当に楽しかったみんなとは中学の時からの友達で、何度も旅行に行っているので、気心知れた仲です。ちゃんと4人で良いバランスが取れていて、言葉にしなくても上手く役割分担ができる関係。そして、ゆぃちゃんが来たことで2倍も3倍も楽しい旅行になりましたいっぱい遊びいっぱい食べ笑いの絶えないゆったり、まったりの2日間みんな、ゆぃちゃん、どうもありがとうまた行こうね↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/29
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あなたの夢は 私の夢昨日の余韻に浸って・・・。子どもたちは、限りない可能性を持っています。これから輝く未来が待ってる。夢を見つけ、大きく羽ばたいてほしい。そして、心から世界中の子どもたちの幸せを願います。※お知らせこのブログを読んで下さってるみなさん、いつもありがとうございます。27,28日はお休みします。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/26
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みんなの キラキラと輝く がんばりに 感動したよ8/31のつづき・・・子どもたちに逢いに行ってきました運動会の組体操の練習の見学です。ドキドキドキドキ・・・。(うわぁ・・・みんな・・・)“そこにある”みんなの姿に感動し、涙が出てきました。退職して約1年。初めて担任を持ち、さぁ今からという時に多発性硬化症MSを発病してしまい、退職。辞めたかったわけじゃない。辞めざるを得なかった。たった3ヶ月間だけの担任だったけど、どうしてもどうしてもみんなに逢いたかったのです。必死でクラス作りをしてた3組の子どもたちの顔を一目でいいから見たかったのです。今日はみんなのがんばっている姿に感無量でした「尚先生」練習が終わった後に私のところに来てくれました。たった1学期だけの先生だったけど、覚えててくれて本当に嬉しい。退職してから、ずっとずっと心残りだった子どもたちのこと。今日みんなに逢えたことで、何かすっきりしたというかモヤモヤしていた気持ちが晴れました。そして、先生方の温かい声かけ。1時間半ほど学校にいただけですが、とてもとても素敵な時間でした私もがんばれそうな気がする。みんな、運動会、がんばるんだよ。今日は、感動の涙をありがとう↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/25
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ふとした 出逢い今まで27年間生きてきて、“先生”と名の付く人に恵まれていると感じます。その先生たちは、私の進む道が良い方向に向かうきっかけを与えて下さいました。ピアノの先生私にとって、何を言っても、ピアノの先生の存在は大きいです。不登校で何もなかった私がピアノの方に進むことができたのも、先生の熱心な指導があったおかげです。教頭先生大学を卒業して2年目に、小学校で音楽の先生をしていた時の教頭先生です。私は21歳の時に父を亡くしましたが、教頭先生は父親のような存在でした。本当にいろいろなことを教えて下さいました。y先生小学校の免許を取るための教育実習の担当教官です。心のきれいな方でした。y先生のような学級経営を目指そうと思いました。Y先生多発性硬化症MSを発病した時に勤めていた小学校の先生です。このブログも読んで下さっています。Y先生は、今の私の心の支えです。そして、最後に、O先生私は、高2になってすぐに不登校になりました。その後2年間引きこもった後に結局退学をしたので、つまり留年し、2回高2をしたことになります。その2回目の高2の担任の先生です。O先生は、いつでも私のことを応援して下さいます。今でも年賀状での交流はありますが、今年のお正月は調子が悪かったので、年賀状も出せずじまい。ふと、O先生の顔が思い浮かびました。お手紙でも書いてみようかな~↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/24
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はじめの 第一歩私は子どもの頃から髪の毛を長くしていたことが多く、今もずっと長いです。ピアノをしていたので、舞台に立つ時などはアップするのにやりやすいな~なんてことが理由だったのかもしれませんが、今はそんな機会も少なくなり、むしろ最近はうっとうしかった。「ばっさり切って下さい。」そこで・・・、20cmほど切りました私にとっては少し勇気のいることです。何か、多発性硬化症MSを発病してから今までの1年3ヶ月を共に過ごしてきた髪の毛にさよならしたかったというか・・・、髪の毛を切ることで前を向けるような気がしたというか・・・、そこに新しい自分があるような・・・思った以上にスッキリと軽いです。そりゃ20cmですものね。髪の毛を短くしただけですが、気持ちが明るくなった気がしますまだまだ、頭痛とおへその下から足の先までビリビリジンジンとしびれる感覚は相変わらずですが、何か一つでも前向きになれることができたことを、嬉しく思います↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/23
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幸せって なぁに?よく考えてみたら、尚はみんなの悩みの種やったんやろなぁ~不登校なった時も、就職活動しんかった時も、んで、難病なった時も・・・。お父さん、毎日一生懸命働いてくれてたのに、高校休むようになってどう思ったやろうなぁ・・・。お母さん、そんな尚に何言うわけでもなかったよなぁ・・・。そういや、休み始めてもずっとお弁当作って置いててくれてたっけ。どんな思いで毎日お弁当作ってたんやろ妹のハナ、病気になってからの尚を一番近くで見守り続けてくれてるな・・・。決して出しゃばることなく・・・。これまでの尚のこと支えてくれてんのは、他の何でもない、家族。ただただ、時が解決してくれるのを辛抱強くこらえてくれてる。もっともっと感謝しな・・・。こんな自由で気ままな人生歩めてんのも、家族の理解があるからやん。尚は幸せ者。もっともっと家族に感謝して、謙虚に生きなあかんね。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/22
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終点は ありません最寄りの駅から家まで帰る帰り方は2通りあります。静かでまーっすぐな道を半分以上通る帰り方。コンビニやスーパー、薬局が並び、道もカーブが多い帰り方。どちらの帰り方もかかる時間はそれほど変わりません。多発性硬化症MSを発病する前は、で帰ることがほとんどでした。でも、病気になってからはを好んで選んでいる自分がいます。それは・・・、だと、自分のペースで時間が流れ、誰と比べることなくゆっくり歩けるから。そして、まーっすぐな道を歩くことで、私の未来が明るく開かれたような気持ちになれるから。病気になるまでは、そんなことは思ったこともありませんでした。でも、自分が重い病気になるとそういうことにも気付けるようになるみたい。この先、私には一体何が待ってるんだろうそこに、明るい未来がありますように・・・↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/21
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悩みは みんな 人それぞれ私は幼い時からヘルペスがよくできる体質です。おそらく、多発性硬化症MSと何らかの関係はあると思っていますが、とにかく今まで何十回と数え切れないぐらいヘルペスができています。粘膜の辺りかリンパ腺の辺りに、1ヶ月から3ヶ月間隔で。でも、身体の中心線上にはできないものなのだそうです。まゆげの回りにできる時目ばちこみたいに目の回りにできる時鼻の中にできる時鼻の横にできる時鼻の下にできる時口の回りにできる時口の中にできる時あごの辺りにできる時鎖骨の辺りにできる時・・・もうヘルペスに関しては大ベテランですできる前からなんとなくわかる(笑)そして、またできちゃいました・・・。今回はまゆげの上。(あ~あ~、またできた。痛いなぁ~~)皮膚科の医師曰く、ヘルペスはできなくなるようにはならないらしいです。ということは、ヘルペスとも一生付き合っていく・・・。もちろん、病気も。そして、私はもともと軽いアトピーがあるので、これも・・・。付き合っていくもの、多いね↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/20
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今を、 この瞬間を、 楽しまないとね台風・・・、ですね・・・。こんな日は外出をしないのが一番最近涼しくなってきて、少しずつ歩けるようになってきています。8月前半は本当に暑かったですよね。いくら暑いと言ってもあれほど暑くなることはもうないし、朝晩は爽やか。私にとっては嬉しい限りですよく考えてみると、普通に夏バテをしていたのかもしれません。まぁ、頭痛は相変わらず続いていますが・・・。重い痛みの日。ガンガンして抱え込むぐらい痛い日。グラングラン回る日。そして、最近気付くのは頭の右側の痛み。(なんで右だけなんやろう??)でも、身体のしんどさはすごく良くなりましたやっぱり身体の調子が良くなってくると、気持ちも明るくなり、自然と前向きになれます。食欲も出てきます病気にもとても良いこと。秋はおいしいものもいっぱい出てくるし、蓄えられる時に蓄えておこう↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/19
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わたぼうし、 私も フワフワ 飛びたいな「何でよ 行かへんよ」多発性硬化症MSになってから、何かを人にお願いすることにますます臆病になっている自分がいます。例えば、ごめん、ちょっと座らしてほしいごめん、もうちょっとゆっくり歩いてほしいごめん、今日はしんどいから、また今度にしてほしいごめん、車で迎えに来てほしい車で迎えに来てほしいなんてお願いはめったにしません。ちょっとぐらい歩けないなぁ~と思っても、自分の力で帰ります。それは、相手に対して迷惑だと思ってるから。でも、この間、疲れてどうしても上手く歩けなかったので、妹に駅まで迎えに来てほしいとメールしました。すると・・・、やっぱりこの返事・・・。このメールを見た瞬間、涙が出そうになりました。というか、半分泣いてたなんか、辛くて、辛くて、辛くて・・・妹のめんどくさい気持ちもわかっています。妹の仕事が忙しくて疲れていることもわかっています。でも・・・、妹なら来てくれると心のどこかでは思ってた。歩ける時ならなんてことない返事でも、歩けない時には、ショックを受けちゃうんですよね。そして、歩けない自分を客観的に見て、傷つく・・・。結局その日は、駅から家まで普通の人の3倍ほど時間をかけて、とぼとぼ帰りました。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/18
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できることから ぼちぼちと『疲れないように』『ストレスをためないように』『風邪を引かないように・・・』医師からいつも言われていることです。特に風邪は再発を引き起こすかもしれないので、とにかく風邪だけは引かないようにとのこと。私は以前から身体が強い方ではないので、風邪を引くことがよくありました。去年の6月に多発性硬化症MSを発病したきっかけも、もともとはインフルエンザだったように思っています。そこで・・・。もちろん手洗い、うがいは徹底してるのですが、3月から鼻ウガイを始めていますこれが、結構いい(笑)最初は抵抗があって、鼻から液体を入れて口から出すなんて考えられませんでしたが、やってみると痛くないですし、慣れると普通のうがいと同じ感覚です。これを始めてから、ずーっと鼻がスッキリと通っていて、爽快しかも、まだ風邪を引いていません。自分でできることには限度がありますが、自分でできることがあるならしていきたい。やっぱり、再発の可能性だけは、つみ取っておきたいので・・・。後は・・・、よく寝ることかな(笑)↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/17
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な か ま今のピアノの先生に習い初めてもう10年。年に1回の発表会には、社会人になってもずっと出続けていました。でも、去年、多発性硬化症MSを発病してしまったので、さすがに断念・・・。今年こそは・・・と思っていたのですが、やっぱり人前で披露できるほど弾きこむことができなかったので、今年も残念ですが断念しました発表会というものには、写真撮影が付き物です。まだ小さい女の子なら、ヒラヒラフリフリのお姫様。男の子は少し気取った王子様。大人の女性なら、パーティードレス。みんな一日限りのヒーロー・ヒロインです。(みんなきれい~)私は出演者ではなかったので、そんなみんなのきれいな姿を眺めていました。すると、先生から一声・・・。「尚ちゃん、あんたも入りなさい。」でも私は普段着だし、なんてったって、弾いてない。「私は、いいです。」お断りしました。「何言ってんの~。たまたま今年は出ーへんかっただけじゃない。あなたもここの仲間なんだから。」『仲間なんだから』なにか、とてもとても嬉しかった。(なかま・・・。)隅っこにちょこっと写らせてもらいました↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/16
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「今 幸せ」と 思える 時に 死ねたら いいのにね7/29、8/10、8/21、9/13のつづき・・・これは誰しもが持っている願望だと思います。自分で幸せだと感じられる時に死ねたらどんなにいいでしょう。そして、苦しまずに安らかに眠りにつきたい・・・。でも、人生はそう思うようにはいかないものです。今日は、あくまで私の願望は・・・、ということでした。つづく・・・↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/15
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夢を 見続ける人に なりたいな「老後は絵描くねん。」7,8年ぐらい前からずっとやりたいなぁ~と思っていることがあります。『絵を描くこと』幼い頃に少しだけ絵を習っていた経験があったことと、美術館に行くことが趣味なことが影響していると思いますが、些細な私の夢です多発性硬化症MSを発病するまでは、よく好きな画家の美術展などに行ったりしていましたが、病気になって歩きにくくなってからはめっきり行かなくなってしまいました。本当は行きたいのですが、美術館の中では結構歩き回るので、ストレス発散のはずが余計にストレスが溜まるかな・・・と(でも、やっぱり自分で描いてみたいな~)(新しい発見がありそう・・・。)そんなことを考えていると・・・。よく考えてみたら・・・、私もやりたいこと、あるみたい病気になったからって、できることはたくさんたくさんあります。今までの私はそれに気付こうとしていなかっただけかもしれません。自分の殻に閉じこもって全然前を見れてなかった。私にも夢だってあるし、やりたいこともありましただったら・・・、やらないと損ですね。以前、“せっかく生まれてきてんから、長生きしな損”と言った知り合いの方がいました。今は、ほんの少しだけ・・・、その気持ちがわかる気がします↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/14
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それでいい7/29、8/10、8/21のつづき・・・精神面ってどうやってケアしたらいいんやろ~もし今の身体の状態で、毎日楽しくて笑えたらさっさと前みたいに歩けるんやろかでも、それは心のケアじゃない。人ってある程度は変われるかもしれへんけど、やっぱりその人の本来持ってる本質ってそう変われるもんじゃないと思う。誰もが悩みとか、不安とか、いろんなこと抱えてて・・・。でも、それって当たり前のこと。悩みのない人なんかおらへん。それでもみんな毎日前に向かって歩いてる。でも、それは時間の流れで、自然とそうなってることで、みんなちゃんと歩けてる。いつの間にかみんな毎日を生きてる尚もそう。やっぱり病気になってからいろんな環境とか感情の変化があったけど、それでもMSになってから1年3ヶ月、ちゃんと今、生きてる。ちょっとずつ、ちょっとずつ、これでも前に進んでるもしかしたら、これでいいのかもしれへん。今は先のこと何もわからへんけど、このままゆっくり歩いていけばいいんかもしれへん。まだまだ尚には人生わからんことばっかりやけど、そう、これからもこうやって生きてけばいいんやよ↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/13
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“病は気から” 本当に そうみたいだよ昨日の続きですが・・・。確かに足の調子と精神的なものとは切っても切り離せないことを感じています。友達と会う約束をして待ち合わせ場所に行く時などは、歩けないなりに足どりは軽く、気分も前向きです逆に、通院する時などは気持ちも沈み、足が重くてなかなか前に進まない・・・そして、一度気分が落ち込むと足の具合も悪くなり、それに対してまた落ち込む・・・、結局悪循環に陥り、回復するまで時間がかかります。神経内科の先生がおっしゃるように、ある程度の感覚障害と歩行障害は仕方がないとして、それらをひどくさせてしまう精神面のケアは本当に必要だと感じました。まぁ、それにももちろん限度はありますが・・・。多発性硬化症MSになり、1年3ヶ月。自分が思っている以上に精神的ショックを受けてしまったのでしょうね改めてそれを感じます。でも、私の苦手な暑さももうすぐ終わりますし、脊髄のMRIも良くなっているのが事実です。ということは、今のところ、感情を挟まない限り、これ以上歩けなくなることはないということそういう不安は診察を受けたことで表面上取り除けたように思います。(・・・なんとなく、ちょっだけやけど前向いて歩けるような気してきたかな)それから・・・、もう一つ気付いたことがありました。これは今更ですが、私にとってはものすごい発見です。それは、これからも“病気と上手く付き合っていく”ということの、本当の、意味。それがどれだけ難しいのかということ。MS歴1年3ヶ月にして、初めて、その意味を理解できたような気がしました。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/12
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一緒に 時を 刻みましょう実はこの間、定期検診に行ってきました。「お酒、たばこはやってませんね?」「はい、やってません。」「足の具合はどうですか?」「ぼちぼちです。・・・あの・・・、なかなか歩けるようにはならないものですか?」「あなたの場合、精神的なことだと思いますよ。というのは、(脊髄のMRIを見て)あなたには歩けない要素はないと思っています。」「・・・???」去年の入院当初から、足のしびれの原因の脊髄の病巣は小さいとは言われていましたが、脊髄のMRIで判断する限り、私は“歩ける”んだそうです。「雅子様のように元は良くても根本原因を取り除かないとね。あなたも精神面だと思いますよ。根本原因を取り除いて下さい。」「・・・はぁ・・・。」・・・って言われても・・・、根本原因って・・・、そんなものはただ一つ。『自分が多発性硬化症なこと』なんだか、とても複雑な気持ちでした。(こ・ん・ぽ・ん・原因・・・、・・・、・・・。・・・。)(取り除けたらいいよなぁ~)(ぷぷ、そんなん無理やん~)↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/11
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求めてばかりじゃ ダメなんだ まずは 私が動かなきゃ“気軽に病気の話しができる人がいたらいいのになぁ~”去年の6月に多発性硬化症MSになってから今まで、ずっと思っていることです。あくまで、大げさに神経内科の医師やカウンセリングなどではなく、気軽に。でも私は、講演会に行ったり、患者会に入ったり、なかなかすぐには行動できない性格なので、結局思っているだけですでも、そんなんじゃダメだと思い、自分から一歩踏み出してみることに・・・。MSを発病した時、急に両足の裏がしびれ始めたのですが、どこの病院に行ったらいいのかもわからなかったので、とりあえず近くの整形外科へ行ってみました。結果、その整形外科の先生の紹介のおかげで、病気の早期発見につながったのですが、先日そのお世話になった整形外科の先生のところへ・・・。約1年ぶりです。先生は私のことを覚えてて下さいました。(そりゃそうか・・・笑)1年前から今までの経過を話し、今の症状なども伝えました。特に何てことのない会話でしたが、病院を出てみると心なしか少し気分が晴れたような・・・?もしかしたら、私はこれを一番求めていたのかもしれません。「いつでも、おいで。」帰り際、先生が言って下さいました。とても嬉しかった(行ってよかった。)(また話し聞いてもらおう)↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/10
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心を癒してあげましょうこのブログは多発性硬化症MSになったことがきっかけで始めましたが、早いもので、もう半年になります。知らない間にこのブログには・・・、いろいろなことを書いちゃってますね(笑)暗い内容の日が続くこともありますが、病気になってからはストレス発散方法も自分なりに考えるようになりました。今ある生活の中で、何か自分を上手くコントロールする方法を知っておく必要があると思っています。『私の家でのリフレッシュ方』寝る 寝ることは私にとって一番大事なことかもしれません。ピアノを弾く 仕事でもあり、趣味でもあります。 ポロロンと弾いて、自分で自分を癒します。コーヒーを自分で作って飲む コーヒーは多発性硬化症MSの再発予防に効果があるとかなんとか・・・ もともとコーヒー好きなので、よかったです(笑) “自分で作る”のが、ポイントです手作業する 手先が器用な方なので、何かを作ったりしてそれに没頭します。 いろいろな物を作りますが、 この間は、かわいいけど使えない紙袋をブックカバーにしてみました。 我ながら上出来読書 文庫本や絵本、雑誌、写真集など本全般好きです。片付けをする 少し片付けるだけでスッキリします。 いつもは汚いですが、ふと思いたって片づけをし出すと止まらなくなります(笑)パソコンを見る やっぱりこれはないと困ります。 みなさんには、いつも励ましていただいています。・・・みなさんのリフレッシュ方法は何ですか↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/09
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何が できるかな?多発性硬化症MSを発病してからもうすぐ1年3ヶ月。発病前と比べて、明らかに自分自身と向き合う時間が多く、長くなりました。まぁ、良くも悪くもですが・・・。それは、病気になっていなかったら絶対に通り過ぎていただろうと思うようなことばかりです。でもそれは、実は人として一番大切なことなのかもしれないと、最近思うようになっています。いろんなことの中から、今日はピアノの先生について・・・。私はピアノ歴23年(?)になります。ただ、家にピアノがあっただけで、好きでしたが、ピアノの方に進むなんてことはまったく考えていませんでした。でも、私の人生はピアノの先生と出逢ったことがきっかけで開かれるのですひきこもっていた高校生の頃、何もなかった生活の中で唯一ピアノを弾く自分に気付き、ピアノの方に進む決心をしました。そこで紹介してもらったのが、先生。実は、怖くて有名だったそうです「大学入りたいの?あんたにその気持ちがあるなら、私は入れたげます。だから、弾きなさい。言われたことをちゃんと家でやってきなさい。やってきたら、やってきた分だけ見たげます。」とにかく、必死でした。本当に先生の言葉通り、見てもらえる時は2時間にも3時間にも及びます。でも、自分でもあまり弾けてないなと思う時は30分で終了・・・もう何が何でも弾かざるを得ませんでした。自分で大学に入りたいと言ってしまったので、後にも引けません。そんな生活が続き、私は無事に大学へ入ることができたのですそんな先生との付き合いももう10年・・・。先生には心身共に育てていただきました。その時の私は人との会話を恐れていて、ほとんど言葉を発さない状態でしたが、先生はそんな私でも根気よく指導してくださいました。決して特別扱いなどはせず、みんなと同じように・・・。今はそのお礼として、何か恩返しがしたいと考え中です。先生はもう70歳なので、身体が付いていかないと言います。先生の娘さんは生まれつきの重い病気を抱えていて、余命数年と言われています。少しでも先生の力になれることがあればしてあげたいな・・・。・・・なんてことを今日は考えていました。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/08
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1年後の私へ・・・最近、少し気分が落ち込んでいます。特に何があったというわけではありません。ただ、いつも頭がモヤモヤしていて、満たされないというか・・・。だから、自然とブログの内容も暗くて重いものになっていますね(笑)いつも、こんなブログにお付き合い下さってるみなさん、本当にありがとうでいっぱいですそして、みなさんのコメントに日々励まされています。私がこのブログで一貫して伝えていきたい事は、その時の『出来事』ではなくて、その時の『心の中』です。だから、そんな落ち込んでいる時の気持ちも、ありのままこのブログに残しておこうと思います。その時その時の自分に向き合って感じた素直な感情を・・・。この7年ほど、毎日ほんの数行だけ日記を付けるのが習慣になっているのですが、ちょうど1年前の日記を読み返してみました。恥ずかしながら、昨日のような日記でも1年前に比べれば少しばかり成長しているみたいです(笑)何せ、1年前は自分の存在そのものがうっとうしくてたまらなかったので・・・これは私のいけないところで、どうしても今ある状況だけを見てしまいがちなので、もっと長いスパンで自分自身を見つめていけたらいいなと思っています最近の日記を1年後に読み返した時、成長できている自分に出逢えることを信じて・・・。1年後の私、成長してるかな↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/07
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本当はね、 あれも これも 手に入れたいの昨日の続きです。ごめんなさい、もう少しお付き合い下さいね。そんな私でも孤独感を忘れられる瞬間はありました。それは、子どもたちとわいわい笑っていられる瞬間私は、多発性硬化症MSを発病した時小学校の先生をしていました。でも、大学を卒業した時は小学校に勤めるなんて、実はこれっぽっちも考えていませんでした。今でも不思議なぐらいです。本当に、ひょんとしたことがきっかけで・・・。私は、大学はピアノの方に進んだので、すでに学生の頃から子どもにピアノを教える仕事はしていました。でも、ピアノのレッスンなんてものは、子どもたちが学校から帰ってきてからのことです。だいたい、3時か4時頃から始動。・・・ということは、私はそれまで暇ということです。(よし、もう一つ仕事しよ)そこで、たまたま見つけた『小学校の補助員』をすることになったのです。簡単に言うと、副担任のような仕事でした。しかも、子どもたちが帰る時間に私も帰れるとのこと。こんな条件のいい仕事はありませんでした。それが、思いの外どっぷりはまってしまい、小学校の楽しいこと、楽しいこと。子どもたちと勉強したり、遊んだり、走り回って汗をかいたり、いろんな行事に向けて結束力を高めたり、遠足に行ったり・・・・・・、とにかく私にはとても新鮮で毎日仕事に行くのが待ち遠しいぐらいでした。おそらく、高校生の時に2年間ひきこもっていたので、そのような人との触れあいや温かさに飢えていたのだと思います。ピアノは完全に個人プレイです。子どもとはいえ、肌と肌とが触れ合うことの素晴らしさ、私も“仲間なんだ”と思える瞬間、こんな私のことでも必要としてくれる子どもたち・・・。孤独を感じることは一度もありませんでした。でも、今の私にはそんな子どもたちの笑顔がありません。病気になってからも、どうしても子どもへも思いを吹っ切れなかったので、子どもに関われるアルバイトを始めました。でも、今は休職中・・・。自分でも、心の中ではわかっていたのです。“子どもに関わる仕事をするには、身体が健康じゃないとできないということ”それをわかった上でもそんなバイトを選んでしまった私がいけなかったんですよね。ただ、もっともっと子どもたちの輪の中にいたかっただけなのです。・・・今の私が欲しいもの。それは、子どもたちの笑顔とそんな笑顔と一緒に走り回れる足、それから、こういうことを話せて、心からわかり合える人の温もり・・・、かな↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/06
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つないでみない? 見えない 手と手私は今、母と妹と3人で暮らしています。でも、妹は結婚が決まり、来年家を出ます。母と妹は、毎日結婚話しに花を咲かせています。今日は、そんな家族のことについて・・・。私が病気になるずっとずっと前から感じていること。それは、家での違和感、居づらさ、孤独感、疎外感・・・などです。私が、母のことを受け入れられなくなってしまったのがもともとの原因だとは思いますが・・・。私は、高校生の時に不登校・うつになり2年間引きこもっていましたが、おそらく、事の発端は『ここ』でしょう。引きこもり始め、だんだん私が自分の殻に閉じこもるようになっていった頃、母はそれまでの接し方とは180度態度を変えた接し方をするようになりました。まるで、赤ちゃんに話しかけるような口調。私はとても戸惑いました。(私は一体何歳なんだろう?)(こんなんじゃ悩みも言えない、今後の話しもできない・・・。)そんなある日、誰かに紹介されたカウンセリングを受け始め、私との会話をそっくりそのままメモに残すようになりました。会話を頭に残しておいて後でまとめるといった風に・・・。そこで、母が取った行動は、私の発言したことをオウム返しのようにもう一度繰り返すこと。そうしないと、覚えていられないのでしょう。メモに残していることを私には隠しているようでしたが、私はすべて知っていました。そんなことばかりに神経を集中させ、会話は一向に成り立ちません。空回りもいいところ。母は結局、私の心に耳を傾けてくれることは、ありませんでした。・・・そんな生活がひたすら続き、だんだん私は母を信じられなくなっていったのです。そして、父の病死。そして、私が多発性硬化症MSを発病。医師から病気の説明を受けた時、医師はこの病気が特定疾患指定の難病だということは一切話しませんでした。その夜、妹が家に帰りインターネットで検索して、やっと妹が最初に知ったことです。妹は、難病だとは知らない母にちゃんと伝えないといけないと思ったらしく、簡単にまとめてあったページを印刷し、母に渡したそうです。でも、母は読もうともしなかったといいます。母は今でも私の病気のことはまったくわかっていません。“今はしんどくてもその内良くなる”と言われたこともあります。母の中では、病気のことよりも私が仕事を退職したことの方がひっかかるらしく、家にいる私のことを他人に隠すような態度もします。妹は妹で、結婚まっしぐらです。今の私には、病気のことと家族のこととが二重に重なってのしかかっているのです。母も辛いことが立て続けに起こり、自分を保つことで精一杯だったということはわかっています。妹も人生の一大イベントの結婚で、幸せなのはわかります。でも、そんな母と妹の中で暮らす私の存在って・・・。とにかくどこに居ても孤独感から逃れられることはありません。・・・これが、長年、病気以上に抱えている私の苦しさなのかもしれませんね。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/05
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この思い、 どうやって 伝えたら いいのかな?多発性硬化症MSを発病し、1年2ヶ月余りが経ちました。が、私の病気のことを知っている人はほとんどいません。友達も、親戚も、その他の知り合いも。自分の口から伝えた人もほんの数人だけです。このブログを知っている人も・・・、3人・・・でしょうか。私はもともと自分のことをあまり話さない方ですし、性格も大らかではないので、敢えて自分から連絡をして言う必要もないかと思っています。ただ、みんな、いつ、どのタイミングで知るのか・・・。知れたら知れたでいいとは思っていますが、それを聞いた時のみんなの反応がどんなものなのか・・・。実際に病気のことを初めて伝えた人は、みんな同じように今まで見たことのないような驚きの顔をしました。そりゃそうでしょう。何せ、私は難病になってしまったわけですから、そのような表情になるのは当たり前です。でも・・・、私はその表情を見て落ち込んでしまうんですよね・・・それは、どうしようもできないことなのですが・・・。あ~あ、なんかしんどいよ↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/04
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考えすぎたら キリ ないね昨年の6月に多発性硬化症MSを発病しました。今は、おへその少し下辺りから足の先までがビリビリしびれていて、上手く歩けません。普通の人の足なら5分ほどで歩けるところが、20分ほどかかってしまいますでも、自分の足で歩けていますし、以前より足に力が入るようになってきているように思いますこのブログには“今日○○へ行った”などの日記は書いていませんが、気分のいい時などは、ちょこちょことお出かけもしています私はもともと単独行動を好みます。女性特有の付き合いのようなものはあまり好きではありません。でも、病気になってからますますそういう傾向にあるような気がするような・・・もし、友達と買い物に行くことになったとしても、私のペースに合わせてゆっくり歩いてもらうのも悪いなぁ~、とか、すぐ休憩したいって言うのも気が引けるなぁ~、とか、私のペースに合わせてもらってたら、行きたいところにも行けないかなぁ~、とか、病気の話し聞かされても、おもしろくないだろうなぁ~、とか、そんなことばかりを考えてしまうのです。何せ、妹でさえも気を遣ってしまうので・・・それなら、誰に気を遣うことなく自分のペースでゆっくりとと思うと、やっぱり一人行動になってしまうんですよね。悲しい気もしますが、最近はずっとそうです。考えすぎたらいけないとは思うのですが、やっぱり余計なことばかりを考えてしまうみたいです。↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/03
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一度きりの人生 それは その人次第で どうにでもなるんだよ私の家のお隣さんに、Aさんという男性が住んでらっしゃいます。おそらく、年齢は30代後半から40歳ぐらい。ここに住んで10年以上経ちますが、その前から住んでらっしゃるので、ずっとお隣さんです。一見、めがねをかけていてキリっとした真面目そうな方・・・。玄関のチャイムの下には、『○○企画』と書かれたプレートが貼ってあり、何かわかりませんが、現代風の仕事をされているような雰囲気が漂っています。ところが・・・。実はこの方、ずっと、ニートなんですここに引っ越してきた時、とてもきれいな奥さんがいらっしゃいました。赤ちゃんも出産され、端から見れば、幸せいっぱいに包まれたご夫婦ですそんなある日、奥さんが大型の引っ越し屋さんのトラックを呼び、必死になって荷物を運び出している姿が・・・。(え引っ越し)周りに住んでいる私たちは、とてもびっくりしました。(なんでまた、奥さんと赤ちゃんだけ・・・)Aさんは家にいらっしゃるようです。後に、奥さんは“だまされてた”とおっしゃいました。私からすれば不思議なのですが、奥さんは結婚するまでAさんがニートだということにはまったく気付かず、家の名義や車の名義、その他もろもろのことはすべて奥さんの名前で契約し、一緒に住み始めて初めてニートだということがわかったそうなのです。しかも、赤ちゃんを妊娠したことを告げると態度が豹変し、“おろせ、おろせ”の連発しばらくは家庭内別居状態で我慢していたようなのですが、ついに我慢できなくなり家を出ることを決断されたということでした。どうも、働く気はまったくなく、かと言って主夫をするわけでもなく、本当のニートです。あれから、もう7,8年は経つと思いますが、今のそのままの生活が続いているようです。もちろん、奥さんが出て行かれてからすぐに、新しい女性が来られましたが・・・。(う・・・ん、こんなんでいいんかなぁ・・・)(みんなこんな世の中でも、必死になって働いて生きてんのにさ・・・。)(ずっとこの生活続けるつもりなんやろか・・・)(こんな毎日でいいと思ってるAさんが信じられへんわ・・・。)この世に生を授かったのなら、やっぱり自分の手で自分の人生を作り上げないといけないと思います。私は、“こんな人生を送ることができた”と納得できるような生き方がしたいなぁ↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/02
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お願い! どうか、このままで・・・もう9月ですね月日は知らない間に過ぎていきます・・・。多発性硬化症MSを発病し、1年2ヶ月余りが経ちました。今の私には歩行障害が遺っていますが、体調にはつくづく気候が影響するんだと感じる今日この頃です。病気を発病してから1年以上経ったので、一応一通りの四季はこの身体で生活したことになります。そこでわかったことは、自分で調子が良いと思える時期はなんて短いのということ(笑)この病気は暑さに弱いので、夏は暑すぎて症状が悪化する。秋は夏の症状がなかなか回復せずに、終わる。冬はまだ過ごしやすい方だが、かと言って寒すぎるのもあまり嬉しくない。唯一、冬の終わり頃から春が私にはベストシーズン・・・こんな感じです。この病気は人によってそれぞれ症状も違うので、感じ方もそれぞれだと思いますが、私としてはずっと春の気候が続いてほしい限りです。そして、できれば夏は無くしてほしい(笑)8月前半のあの猛暑の頃に比べれば、今は暑さもだいぶん落ち着いていて、私も少しは歩きやすくなっているように思いますが、まだまだ暑いですよね。足のしびれ具合と身体のだるさ、頭痛は相変わらずのまま・・・。(早く春けーへんかなぁ~)今年の春は、足の調子も良くなり比較的楽に過ごせたから、春が待ち遠しいよ↑もしよろしければポチッとお願いします!
2008/09/01
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