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青空を 見上げておととしの秋に花粉症になり早1年半が過ぎた。やっとその季節に合った過ごし方がわかった気がする。花粉のひどい春と秋は外出時にめがねはもちろん、きちんとマスクをし、うがいと目を洗うことを徹底する。息苦しいので本当はマスクはしたくないが、そんなこと言っていられない。比較的症状がましになる今の季節は、コンタクトを入れて少し楽しむようにする。今年は去年の教訓があったので、かなり楽に過ごすことができた。だが、これから長い付き合いになりそうなので、自分自身で管理していこうと思う。
2012/06/30
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夢が 生まれた 場所5年前に突然両足の裏がしびれ始めた時、私は無知だったので、どこの病院へ行けばいいのか見当も付かなかった。内科でもない、おそらく皮膚科でもない、大きな病院と言っても何科へ行けばいいのかわからない。そこで、地元にあり、何度か行ったことのあった整形外科へ行ってみた。すると、たまたまその先生が、学生時代に何を専門に学ぼうかと考えた時、整形外科と神経の方面で迷った、と言った。そんなこんなで、先生は私の主治医がこの辺りでは名医だと知っていたらしく、その場でアポを取ってくれて、今もこうして主治医の診察を受けて元気に過ごせている。私はつくづく運が良かったと思う。整形外科の先生の迅速な対応のおかげで、私は他の病院に助けを求めることもなく、すぐ診断が下った。今日で病名告知されて5年。この恵まれているあらゆることに、感謝する。あら、かわいいベンチ。
2012/06/29
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月夜に 交わした 約束あの歌手の歌詞が好き。歌詞の世界観が素晴らしい。などと、よく言われるのを耳にする。ずっと歌詞のないピアノを弾いてきたせいか、私にはそれがよくわからない。流れてくる歌から私の耳に届くのは、その声と、そのメロディーだけ。言葉としての歌詞が耳に届くことは、ない。だから、私の良い歌、好きな歌の基準は、歌手の声質とメロディーだけで構築されるのだ。ふ~~~っ。
2012/06/28
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無人島で ふたりきり持ち物には、とんと無頓着になった。多発性硬化症(MS)になったこの5年で、部屋は大掃除され、物は三分の一程度に減った。最近は服などはほとんど買わなくなったし、というより、実用的なものが数枚あればそれで十分着回せる。元々髪の毛を染めたりすることもしていない。メイクも、最近はめがねなので薄く塗るだけだ。生活変われば思考も変わる。私の趣味はもっぱらカフェと美術館と図書館で借りる本。それに尽きる。
2012/06/27
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夜は 闇じゃない「絵と写真とはちがう。 絵のなかの形象には意図がある。 写真の形象には意図がない。 絵の意図を知るためには、よく研究しなければならぬことがしばしばある。」「われわれはまず意図の発展の線を見つけねばならない。 それから、その構図の補足的な形象をそれに結びつけてゆくのだ。」「人生は思ったより、ひどく単純なものなんだよ。 単なるカメラの機構でもって人生は記録することができる。」もう今年も半分が終わるね。
2012/06/26
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そよそよ風と うとうと。近くのいつも利用している図書館が1週間整理休館でお休みなので、たんまり借りておいた。本が積み上げられているのを見ると、それだけで気分が上がって嬉しくなる。
2012/06/25
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夜は明け、日は昇るこの間、大学の頃からの友達とランチを食べてきた。その友達はピアノを生業としている。ついにピアノの先生から離れることにしたこと。ピアノを弾くことも、一端お休みするということ。次に弾きたくなった時には、誰の力も借りず、自分の力で仕上げてみたいということ。そんなことを話した。すると、答えは案外あっさりしたものだった。先生に頼らなくても、私たちはもう十分自分の力で弾けるよ、と。先生のレッスンを受けると、何か注意してもらえる、指導してもらえる、何かを得られると思っているけど、もうそんな段階じゃないよ、と。確かにそうかもしれない。友達のたったそれだけの言葉が、やけに響いた。そして、もう私は私だけの力で弾けると、確信した。玄関でお出迎え。
2012/06/24
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今日の 風のにおいを 知る夏なので、やっぱり歩く速さは落ちているものの、それでも歩くことは楽しい。ゆったり景色を見ながら歩を進める。暑い時はさほど歩けないけど、外を歩くことで身体がリセットされ元気になる。歩くと、『私』が保たれる。夏でも冬でも、魔法瓶に熱いお茶、持ち歩いてます。
2012/06/23
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その向こうに 何が見える?実は、今月の初めに、左胸と左腹がぴりっと電気が走ったように痛くなり、左足首から下が、靴下を履いているかのように急にびりびりとしびれた。排泄にも少しの違和感。多発性硬化症(MS)を発病して5年、再発という再発はなく過ごせていて初めての出来事だったので、戸惑い、焦り、「ついに来たか…」と『再発』の2文字が頭にのしかかる。だが、しばらくすると落ち着き、今はこれまで通りの身体に戻っている。とても不安になり、怖くなったが、とりあえずほっとした。覚悟はしつつも、やっぱり再発だけは避けたい。一瞬で甦るあの日の記憶。神様、どうかこれからも穏やかに過ごせますように。
2012/06/22
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水の 恵み雨の日は読書三昧。雨音をBGMにするのもいいものだ。
2012/06/21
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一人で 旅したい何が正しいとか、何が正しくないとか、そんなものどこにもない。自分の目で見、自分の耳で聞き、自分の頭で判断したことを、とことん貫けばいいと思う。2匹とも耳が…。
2012/06/20
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ここまで 届いたよ私は10年以上も美術館へ行くことが趣味だ。今までいろんな展示を見てきた。だが、その好みはだんだん変化してきている。以前は、有名な画家の絵画を見ることが好きだった。でも、最近は平面の世界より立体の世界に魅かれる傾向にある。変わらないのは、繊細で細かいものに魅力を感じるということ。「○○時代の職人技」などという手仕事を貫く匠が大好きだ。特に、陶器や仏像や昔の調度品、嗜好品といったものの装飾なんかを見ると、もう嬉しくてたまらない。そういった芸術品と美術館という空間で向き合う一瞬。それは私にはなくてはならない時間。生きる勇気をもらえる時間。すべてのことに感謝する時間。台風、お気をつけくださいね。
2012/06/19
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やってみたら いいと 思うよ。やっぱりお散歩は楽しい。少し歩いて身体を活性化させるだけで、心も元気になる。夢を叶えるんだった。まだやりたい事がたくさんあるんだった。少し後ろ向きだった気持ちも前向きに。
2012/06/18
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春夏は 街が 色づく私はカフェでゆっくりと過ごすことが好きだが、最近はめっきり大きなチェーン店と言われる所へは行かなくなった。たった1杯のコーヒーでも、丁寧にゆっくり淹れてもらいたい。コーヒーのいい香りが漂い、じれったく待っている時間もまた愛おしい。あつあつの湯気が昇るコーヒーが運ばれてきて、一口目を飲む瞬間ほど幸せなことはない。淹れてくれた店員さんの優しさも味になる。本とコーヒー。私の幸福時間。左から、次女、三女、そしてちょっと前のめりな長女。
2012/06/17
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身体は 静かに 物語る雨が続けば、私の頭痛も続く。雨の日、部屋からぼーっと外の景色を眺めながら、小鳥のさえずりに耳を傾ける。と言っても、目の前には某大学の寮がでんとそびえ立つ私の家。もう少し、田舎に住みたい。
2012/06/16
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軒下で 雨宿り一人だけピアノを教えている男の子。今年も9月にある発表会に出演したいということで曲を練習させていたが、高3で受験なので結局出演しないことになった。おそらく秋頃からは受験に専念すると思うので、ピアノも休むだろう。実は、それを機に、私も先生業を辞めさせてもらおうかと考えている。これまでの人生、ピアノと共に歩んできた。だが、一端、少し、離れてみる。もちろんピアノへの愛情は変わらない。ただ、そんな時が訪れただけだ。離れてみてわかることもでてくるだろう。そしたらまた始めよう。これからも私のすぐ隣にはピアノが在り続けるはずだから。
2012/06/15
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月を見るのが、すき。「病気だから、幸せじゃない」それは違う。私はとても幸せだ。にこにこにこにこ。
2012/06/14
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お花たちの合唱が 聞こえてくる。大学の頃からのピアノ友達と久しぶりに会うことになった。普段はいつも一人で行動しているので、とても楽しみだ。満月みたい。
2012/06/13
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つまり、そう。「ともかく、過ぎたことを思い出して感傷的になるなんて無駄なことだわ。 わたしたち、生きていかなければならないんですもの。 それがわたしたちの仕事よ。 生やさしいことじゃあないわ。」あたしが一番乗り。
2012/06/12
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土のにおい 雨のにおい妹夫婦がたまに帰ってくる。大体お昼過ぎに来て、昼ご飯と夜ご飯を食べて帰るというパターンだ。私はその間必ず出かける。雨が降ってようと、少々体調が悪かろうと、家にはいられない。そして頃合いを見計らって帰宅するが、最寄りの駅から家に向かうに連れてだんだん足取りは重くなる。やっとの思いで家のすぐ側まで帰り、角を曲がって見慣れた車がまだそこに止まっているのを確認すると、どうしても大きなため息が一つ出てしまう。私は母と上手くいっていない。いつもしんと静まり返った家で暮らしているので、久しぶりに妹夫婦が来ると、母はここぞとばかりに日頃のうっぷんを爆発させるかのように大きな声でしゃべりまくる。外にいても母の声だけがこだまし、なんて近所迷惑なことかと思ってしまう。とは言え、一番辛い思いをしているのは妹夫婦だ。こんな母と姉を持った妹。それを不思議そうに見届けるが一切口を挟もうとしない大人しい旦那さん。年に数回憂鬱になり、自分の存在を責める日が訪れる。
2012/06/11
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目印は、 塔 と 星座パートナーは、最初から、どんな時も私の歩幅に合わせてくれた。
2012/06/10
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ひっそりと咲くお花に 魅せられて10代の頃は、自分が20代になるなんて思ってもみなかった。20代の頃は、30代なんて果てしなく先のことだと思っていた。10代の頃には、30代は何一つできないことのない完璧な大人だと思っていた。20代の頃、身近な友達がちらほらと結婚や出産をするようになり、私はもうちょっとちゃんとした大人になった30代以降じゃないと務まらないな、と決めてかかっていた。現在30代まっ只中。1ミリ程度はずっと思い描いていた大人像に近づいたかとは思うが、今の私はそれにはほど遠い。随分前に知り合いの方が、幼い頃から精神面はさほど変わっていない、と言っていたのを思い出す。幼い頃に好きだったことは今でも変わらず好きで、気の合う友達になる人も似通った雰囲気の人ばかり。食べ物の嗜好だってさほど変わらない。そういやそういうものなのかもしれないな、とここ数年で納得した。完璧じゃなかった母を憎み、傷ついた心を今も癒せずにいる私は、未熟な心を持ったままの30代。完璧という言葉は一体どこから来たのだろう。人はみな情けない自分の心と向き合い、日々格闘しながら生き続けているのだ。最期を迎える日、昇天するその直前まで…なのだろうか。私は大きな思い違いをしていた。この頑固で分からず屋の心が丸くなってくれる日は訪れるのか…。
2012/06/09
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飛び立つ 飛行機を 眺めながら5年前の6月10日、私は多発性硬化症(MS)になった。ある日突然両足の裏がしびれ始めた不思議。それに股のしびれも加わり、日に日にしびれが上昇していく恐怖。その内に、全身がしびれてしまうんじゃないかと不安で眠れなかったあの頃。職場の風景や身体の感覚、その時の精神状態までも事細かに鮮明に思い出すことができる。あの時のことは一生忘れない。毎年6月になると、あの頃に綴っていた日記を読み返したくなる。いつ読み返しても胸に込み上げてくるものがあり、涙がほろりと頬を伝う。この日記は私の宝物。これを胸に、私はこれからも歩んでいく。警戒中。
2012/06/08
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お気入りが またひとつありとあらゆる、いろいろな人や物に助けられ、支えられ、今の自分が存在する。それはまぎれもない事実。以前は「私は一人でいい」なんてやさぐれたことを言っていたが、人は決して一人では生きてはいけない。だが、私だって自分なりにここまでがんばってきた。そこで、多発性硬化症(MS)になり5年間をがんばって乗り越えた自分へのご褒美に、一泊旅行のプレゼントを考えている。(旅行と言っても、大学の方が遠かったです…。)そこは私のお気に入りの場所でもあり、素敵な想い出が詰まった場所でもある。贅沢旅行にはほど遠い。その土地の匂いを感じ、一期一会を楽しみ、ぶらりと立ち寄った美術館で芸術品を堪能し、そこにしかない老舗の喫茶でおいしいお茶をいただいて、二日間だけ現実逃避する。近くても、私にとっては修学旅行気分だ。いつ行こうか。いろいろと企画中だ。この写真、結構気に入ってます。
2012/06/07
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雲一つない 快晴何ヶ月ぶりだろう。ピアノの蓋を開けた。子どもが弾くような曲を数曲ぽろりと奏でる。さすがに頭も指も鈍っていたが、それでも一応曲をさっと弾ける手があることはありがたい。たった30分ほど楽しんだだけだったが、気持ちが少し高揚し、じんわりと汗をかいた。翌日、お隣さんの家からベースのぼぼぼぼんと底深い音が聞こえてきて、何やら無性に嬉しかった。忙しそうにひらひらしてたけど、ぴたっと止まってくれたよ。
2012/06/06
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せせらぎぼっこ最近、洋書の絵本がお気に入りだ。と言っても、私は英語はまったく理解できない。ただ英語が読めない分、絵だけを見て話しの内容をあれこれ想像することがおもしろい。時々、自分の思い描く結末と真逆の結末で幕を閉じている絵本もあったりして度肝を抜かれるが、目下、図書館の子ども本コーナーは私の楽園である。「お待たせしました。…僕のお気に入りのカップなんです。」
2012/06/04
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てくてく るんるん私は方向音痴だ。真反対の方向に進んでいても、一向に気付かない。でも、そうやって目的地に辿り着くまでにうろうろと歩き回るおかげで、路地裏にカフェや雑貨屋さんを見つけたりする。またそういう所に限って私好みなのだ。ただ目的地に一直線に向かうのではなく、迂回し、時に道草をし、それこそがお散歩の醍醐味。まるで私の人生を映し出しているかのようだ。
2012/06/03
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お花が キラキラ 輝いておそらく昭和の頃から営んでいるであろう商店街のお店は、人間味が溢れる。「はい、おつり200万円ね!」昔なじみの常連客相手に冗談を言い合って笑い飛ばす。きっと、商店街のような人との繋がりが一番大切なんだ。
2012/06/02
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一人で、どこへでも。大学生の頃は、片道2時間の電車通学をしていた。今はもうそんなことできそうにない。だが、ここ数年でちょっとした遠出は難なくできるようになった。多発性硬化症(MS)になった時は、たかが2分の一駅区間でさえ立っていることができなかった。だから、まず座れることが前提でないと電車には乗れなかった。それ以前ももともと乗り物に弱かったので、揺れに酔って吐いたり、頭の中がもやもやしてきて気分が悪くなったり、満員電車のむわっとした流れのない空気に息切れ動悸がしたり…。そして、車両という密閉された入れ物に何分も閉じこめられて出られないといった恐怖心もあったので、途中下車も何度となく経験した。精神的に耐えられなくなり、全身に冷や汗が吹き出し、震えることさえもあった。今は、そんな症状はまったくでない。おそらく精神的に安定しているからだろう。揺れに身体を任せうとうととしてみたり、本を読んだり、車窓から景色を眺めてみたりする余裕もある。だから最近は躊躇うことなくお出かけができるのだ。いろいろな所を旅してみたい。いずれ海外にも行ってみたい。もっと見るものを広げていきたい思う。
2012/06/01
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