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こんなタイトルを見たらなんだと思っちゃうでしょうね。実は今さっきSUNRUN ソーラーパネル会社からメールがありました。それには、あなたのソーラーパネルは、この一年で6423キロワット生産しました。これを続けることによって、505ガロンの石油を使用しない計算になる、うんぬん・・・あなたのために木を一本うえました。きれいな空気を未来に残す協力をありがとうございます。みたいな文章でした。2年前のガス代がべろぼうに上がって、冬の3か月は平均$700だった事件ここにも書きましたが、覚えてますか?その時、私は署名運動を起こして近所を歩き回り、ガス会社、知事、コミッショナーに抗議書を送りました。その返事などきませんでしたけどね、ネットや新聞に大々的に取り上げられてましたから、他からもたくさんの講義がきたのでしょう。腹が立って、「電気代も上がる一方だけどガスは最小減にして、電気暖房に切り替えよう」と去年の今頃13のパネルをとりつけたのです。「さて、電気代はどうなるだろう?」とこわごわと最初の請求書をみると$98、「え?うっそ~!これじゃちっとも倹約にならないじゃないの!」と思っても一度みると、小さなマイナスのサインがあったのですよ。つまり。ー$98だったのです。それからというもの、温かい季節(7,8カ月)は毎月ーがついているので、経験者のお隣さんに「これどういう意味?」と聞いたら、「毎年4月くらいに、電気会社から$1,000近い小切手がくるよ」というのです。つまり、使い残りを電気会社が買ってくれてるのですね。それと、もう一つうれしいのは、周りが停電だったとき我が家は電気があったことです。普通の半分の電力になるので必要な場所だけ使えるように設置してもらたわけでパソコン、冷蔵庫も、魚の水槽も、テレビも消えません。つまり、電気が戻るまでのスペアの蓄電池があるのですよ。これは便利ですね。一軒につき一本の木を植えてくれるそうなので、この会社では100万本の木を植えたようです。未来のために協力してるようでうれしいです。
2024.04.23
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アメリカに来て60年になるんですが、国の大統領が刑事訴訟で裁判になるのは、アメリカの歴史始まって以来はじめてなんでびっくりしてるんです。しかも日本だったら政治家と芸者との不倫とかあっても「しょうがないなあ、またかよ」で消えてしまうんでしょうけど、トランプ氏のやることには、違法がからまってくるんですね。しかも自分の強欲からなんです。皆さんもう知ってると思いますが、トランプ氏の不倫二件ね、ポルノスターのストーミー・ダニエルさんと、プレイボーイクラブのキャレン・マックドゥーグルさんとセックスした話ね。しかも、奥さんのメラニアさんが妊娠、出産、子育て中に起きたことで夫婦間に亀裂がはいってますけど、事件そのものは別に違法ではなかったんですよ。ところが、大統領候補になったでしょ?そういうことがバレちゃうと選挙に響くとおもったんでしょう、慌てて口止めにかかったんですよ。で、だまって現金で払っておけばわからなかったかもしれないんですけど、彼は自分のお金をつかいたくないもんで、選挙資金で払ったらしいんですね。それもばれないように、自分の弁護士に彼の小切手で払わせて、弁護士に払い戻した分は、経営費として落としてるのですね。所得税からひけるように。。。。それが、法律違反なんです。でその裁判が15日からはじまったんですけどね、彼はもう有名すぎて事件を知らない人なんて人、まずみつからないですよね。世界中に知れ渡ってるんですから。それで、陪審員を選ぶのにも大変なんです。で、トランプ氏はマフィアのボスのような人ですから、彼に不都合な人(反対意見者、裁判官、証人とか)は子分たちや、彼を応援する超右派の人たちをつかって恐喝をせるらしいのです。電話や、メッセ、メールで、「殺すぞ」みたいな脅しをするのです。もう、何百件ではきかないでしょう、脅された人たち。しかも、本人だけでなくその家族、兄弟、親戚にもわたって脅すのだそうです。そういうわけで、こわがって誰も陪審員になりたがらないのですよ。そりゃそうですよね。それで、すったもんだ時間がかかってます。すると、すぐそれを理由に「公平な裁判はできないはずだから、この裁判をやめろ」というわけです。国会は混乱するし、議題はすすまないしで、今のアメリカ嵐の真っ最中で、11月の大統領選挙のことも、「俺が負けたら、壮絶な戦いが起きるだろう」みたいなことをいってますからね、皆戦々恐々としてますよ。元の保守党員はどんどんやめて、バイデン大統領を応援するといってる人もいるし、トランプ派は、またバイデンになったらこの国は亡びるだろうなんて言いふらしたりね。もう、24時間 トランプのニュースに明け暮れてます。だから、無料宣伝になってるから選挙運動しなくても大丈夫だとか、言ってますけどね。どうなるんでしょうね。アメリカがこんな国になるとは思ってませんでした。
2024.04.19
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何年まえだったか、東京の文京学院大学で「プラス思考の導き」というタイトルで、英文科の新入生達に講義をしたことがあります。2003年くらいから、このブログを書いてるので、覚えていらっしゃるかたも大勢いるでしょうが、この世の中の繋がりを中心にして話しました。最近、グレッグがどういうわけか、観音像に凝ってしまい、立て続けに3個も注文、最初の一個は私の誕生祝だといってくれたという話、ここでも書きましたが、自分のも欲しいといって、また注文したらそれが届かず、売り主と2月からやりとりしてます。それが待ちきれずに、また次のを注文。それが、下の写真です。 彼は、私がいつも観音教を唱えてるのをしらなかったから摩訶不思議なのですが、彼がこの陶器のを買ったときに「この世は全部原因と結果でできていて、良いも悪いも全てがつながってるから、愛、慈悲と真をもって人と付き合うようにということをおしえてるのよ」「例えば、今たべてる、この朝食も世界中とつながってるのよ」と説明したら、「パンケーキがか?馬鹿らしい、そんなことどうしてわかる?」と言いました。「そういうと思った。あなたにもパンケーキしかみえないんでしょう?だから、生徒たちにも、タコスの写真を見せて、あなたが見えるもの全てを言ってごらんなさいと生徒にもきいたのよ。そうしたら、案の定、タコスが二個、といった生徒が過半数、タコスと、それをのせた皿といった生徒が数人、テーブルも見えるといった生徒もさらに少数だった。でもね、これ、世界中がつながってるのよ。と言ったら、皆、え~?と言ったんだよね。あなたみたいに。」 で、私説明したんだね。人間はね、目に見えることだけで判断する人が多いわけ。でも、このタコスのなかには、ひき肉、トマト、レタス、チーズなどなどが入ってるんですよ。で、そのタコスの皮だけをとって考えてみましょう。これは、トウモロコシの粉でできてるのね。トウモロコシは畑に種まいてそだてるよね。肥料も水も必要ね。その肥料はどこからくるだろう。大きな袋にはいってるなら、その袋を作る会社もあり、その袋に印刷する会社があり、その印刷のインクをつくる会社、機械をつくる会社、それを運送する車もあるでしょう。車はだれが作るのだろう?車は何で走る? 石油?石油はどこから、どうやってその町に来る?と他のものと一緒に考えてごらんなさい。タコスの皮だけでもそうですからね、チーズは?レタスは?お皿は?と考えたら世界中つながってるのがわかるのよ。「と、生徒たちに説明したんだな。わかった?」とグレッグに言ったら、「なるほど」と納得してくれました。(下に続く)きっと、皆さんもやっていらっしゃるでしょうが、数日前にバナナ・ナッツ・ブレッドを二斤焼きました。それを、半分近所の未亡人にあげたら、彼女の木から50個くらいのレモンをとって、持ってきました。おとなりの、イラン人のカップルにもブレッドとレモンをわけたら、5人分くらいものイラン料理を持ってきました。そして、昨日はラナにも1ダースのレモンをわけました。こうやって、どんどんつながっていくのですよね。ですから、ちいさなことでもいいから、毎日よい種をまくことですよね。
2024.04.14
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(これ、二月ころの写真)スピードウォークをするラナとは、2000年からですから、24年になりますが、毎週金曜の朝8時に一緒に歩いてます。今朝は、「私たちが長続きする理由はなんだろうって、考えてるのよ。」と言って、二人で考えたんです。お互いに話題が豊富で、話が尽きないことが第一かな。それと、相手の話をよく聞くこと。質問がたくさんあって、互いに学べることもあるなあ。彼女はブッククラブに属してるくらいですから、ものすごい量の本を読むんですよ、私と交換したりすると、また本の内容の話になったりね。。。又、二人とも旅がすきだから、旅の話ね。彼女は絵描き、私の夫も絵描きだから絵の話題も多いしね。それと数ある友達の中でも、お互いなんでもかんでもはなせる相手なんです。それから、二人とも、あっさりしてるなあ。スピードウォークの他は、互いに独り占めせず、別々の友達とパーティーしたり、食事したり、その話をシェアしたりで、嫉妬もないですね。。。それでいて、困った時はいつでも知らせてね。。。という感じで、我々が旅行中は花に水まいてくれたり、彼女の鉢植えのレモンの木が何年たっても実をつけないというので、「じゃ、私が育ててあげる」と我が家の土に植えて、レモンがなった時にあげたり。去年など、私が呼吸困難で入院したときも、退院したら食事を持ってきてくれたりね。こういう友達、いいですねこれは、今朝のスピードウォークの途中です。
2024.04.13
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孫がスカウトされたアメリカン・アイドル、結果的には彼のステージは放映すらされませんでしたので、しめくくり話をさせてください。そうです、ライアンは応募したのではなくスカウトされたそうです。歌うために生まれたような子で小さいころから人前でうたうのが大好きで小学生から自作自演をしており、大学(USC Thornton School of Music)でperformance科に属しSpotifyでも既に3万人以上のステディーの視聴者がいますから去年の9月ごろアイドルから「番組にでてみないか」という連絡が入った時は『たなぼた』と本人も喜んでいたのです。「誰にも詳細を公開しないこと」という契約書に署名させられただけでなく、ハリウッド版が終わるまで新曲を公開してもいけなかったみたいだし、家族に口外した時点で外されるのことでした。Santa Barbaraで行われた最初のテストでは三人からYesが出て「君には輝かしい将来がまっている」みたいなことを言われたそうですがいくつかのシリーズにパスすると、自作の曲は全てアイドルの持ち物となるのを知ってハリウッド版でやめる計画だったみたいですからそれほど落胆はしていませんでした。最後ですが応援してくださった皆様に、心からお礼を申し上げます。ちなみに彼が歌った曲のリンクを入れておきますので、興味のおありの方はどうぞ。自作自演です。Ryan Mitchell - "Ruin My Life" (Official Music Video) (youtube.com)
2024.04.04
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水 私は今ベランダに雨が降るのを見ながらこのエッセイを書いている。年中乾燥している南カリフォルニアにとっては恵みの雨。人間の体の大半はH2Oで出来ており、故に水が無くなると生きてはいられない事を本能的に感ずるからだろうか、雨をみると妙な安心感が湧く。 水と聞くと小学二年生の時の教科書『みずのたび』を思い出す。水さん達が空から水滴(雨)として地球のあちこちに降りてきて、草木を育てたり人間や動物の生きる元となり、やがて地下水、池、川、海などに紛れていつかは水蒸気となってまた空にもどって行くのだよ、というサイクルをイラストしたものであった。今の地球はそのサイクルに狂いがきていて、近年はあちこちで恐ろしい大洪水がおきている。被害者の方々のスピーディーな復活を祈らせていただく。 現代では水は日本でもアメリカでも当たり前に水道からでていて、トイレやシャワーで流し、庭に撒き、洗濯機を使い恐らく誰も感謝などしていないだろうが、戦争を経験した私には実に有り難く思える。敗戦後何十年かの日本の都会は節水、節電、節ガスで大変だった。何故なら敵の爆撃で水道管、ガス管、変電所も破壊されたからで、「なおせば、いいじゃん」と現代人は思うだろうが、敗けると国家全体が貧乏になるわけで材料費、工事費を工面するだけでも簡単な事ではなかった。 疎開先の借家には台所に井戸があって水は使い放題であったが、1952年頃の東京は瓦礫から半分も立ち上がっていなくて水の出る短い時間がきまっており、やかん、なべ、空き缶、ばけつ、たらい等に汲み取っておき、家族全員がそれで顔を洗い、歯を磨き、料理をし、食器を洗い、洗った水も埃だらけの道に撒いたりした。お風呂がある家庭でも自宅で沸かせた人が少なかったのは、配給制になっていて燃料など一般家庭では手にはいらなかったからだ。 私が中学の頃、疎開先から東京に戻って来て間借りをしていた事は前に書いたが、真冬などそこの大家さんが毎朝やかんにお湯をいれたものを洗面所に持ってきて「ヒロコちゃん、タライに水を入れたら手が凍らない程度に熱湯をいれてあげるから」と親切に歯磨き分のコップとタライに熱湯をそそいでくれ、「顔を洗った残りで、ハンカチなり下着など洗いなさい。洗濯は翌朝、風呂水を使いなさい」と教えてくれたものである。 その家には大きな風呂場があり七家族がお金を払って順番にはいったのだが、三畳を借りていた貧乏大学生とか、四畳半に住んでいた母娘三人などは、そういうお金さえ惜しんで週に一度くらいしかお風呂にはいっていなかった。それでも屋根と畳のあるちゃんとした家の一部屋に住める人はラッキーであった。そういう事さへ出来ないホームレスは、地下道とか、電車のガードレールの下、駅の構内などにむしろとか、新聞紙を敷いて寝泊りするしかなく虱がはびこったので学校では強制的に男生徒は坊主刈りにされ、女生徒はDDTという殺虫剤を髪に吹き付けられスカーフを被った。 水の話から虱の話に移ってしまったが、この世は全部繋がっているから一つが狂うとこのような連鎖反応も起きるのである。因みに何十年もたってから、そのDDTが原因で癌になったらしいと疑われた人が続出したニュースが流れた事もあるが幸い私は大丈夫であった。ただ、あのDDTの臭いは今だに忘れられない。 冬の間どうやって暖をとったかというと、厚着の他に石油ストーブや火鉢が主で、炬燵も使用していたが小さな部屋を借りていた人はそんな場所さえなかったから、湯たんぽか大抵は必需品の火鉢であった。人々はその火鉢の上に鍋をおいて料理したり、網をおいて魚や餅をやいたり、湯を沸かしたりすることで部屋を暖めていた。ところが狭い部屋で炭火をつかった為に二酸化炭素中毒で死者が続出したり火事も少なくなかった。練炭コンロもあったが高熱で危険のため室内では使用しなかった。 終戦直後は東京の代々木にあった元帝国陸軍の練兵場を没収され米軍士官家族専用に塀をめぐらせた小さな町を作りワシントン・ハイツと呼んだ。そこは洋式トイレやキッチン暖房もある家、スーパー、教会、学校、プール、テニスコート等もあるミニ・アメリカであった。 1964年に最初の東京オリンピックが行われたのだが、海外からやってくる選手のために突貫工事でそのワシントン・ハイツを選手村に変身させた。同時に水道、電気、ガス等の配管やら電話線やら下水管が都内に出来上がり、やっとその頃から殆どの家で水道が普通につかえるようになったが、まだ冷水だけでトイレも汲み取り式で下が見える不潔なものであった。終戦から二十年も経っていたのにである。 その年に日本を脱出して来た私は、ホノルルで蛇口からでる水の美味しさに感激し、ふんだんに湯水を出して浴びるシャワーがとてつもなく贅沢に思えた。人々は長い事水道水を飲んでいたのに、いつの間にか飲料水を買うようになり今ではそれが当前の時代になっている。その習慣は世界中の国々に広がり食べるのにも事欠いてる人までペットボトルの水を飲むようになっているのが不思議でならない。その為に世の中が汚染されだした。水は命の元だがペットボトル廃止の時が来たような感じがする。
2024.04.02
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雨の日が好きなんて書くと、雨ばかりの地方の方からは叱られそうですが、私は南カリフォルニアに、1969年から住んでいて年に数日しか雨がふらない砂漠地方なのでね、とくにこの数十年干ばつ続きで水不足だったので、雨がふるととっても安心できるのです。カリフォルニアのあちこちの湖の水域が半分、またはそれ以下とか、まったく枯れてしまったところもあるので、豪雨続きで、洪水参事もありますが、生物の生きる糧である水がふんだんにあることは、ありがたいものです。4月号に書いた、その「水」のエッセイを明日載せますね。雨模様の日は、二階の私のデスクの横のガラス戸のShadeを広げられるから、自然に深呼吸まで出ちゃいます。晴れの日は、まぶしすぎてフルに開けられないのです。
2024.04.01
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