2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全13件 (13件中 1-13件目)
1
母が初めてPETを受けた。CT上は異常ないが、頚部と肝臓に集積があるため、エコー検査をするそうだ。肺の原発巣には集積が見られず、化学療法がかなり有効だったという結果を物語っている。CTでは異常がないのに、エコーをやることの意味、というのは一般の方には判りにくいと思うので、少し判りやすく説明しよう。でも、どこかの何とか大臣みたいな説明になってはよろしくないが。CTというのは例えば人間の身体を、1センチ(または5ミリ)おきに輪切りにした画像が、出てくる。問題となる陰影が、例えば1センチ以上なら必ず写ってくる。だが1センチ未満の場合、それでも端っこのどこかが引っかかって写ってくる可能性がかなり高いが、時として、断面にうまく出てこないことがありうる。栗蒸し羊羹を1センチの幅で切った時に、断面に見えていない栗が内部から出てくるのを想像して欲しい。この内部の栗を、エコーで探すのである。エコーは、栗羊羹の上からプローブを当てて、それを左右、あるいは前後に振りながら、写るものを探していく。人間の手で連続的に断面を見ていく作業だから、かなり努力しないと見難い部位もある。全身をくまなくエコーで探すなどということは出来ない限界もある。一方でエコーは、一通り臓器を見て画像を記録するだけなら誰でも出来るが、それで検査してもらった気になってはダメ。埋まった栗を探すなら、まして、ここに栗がないと言い切るには、ターゲットの臓器内をくまなく探せる、上手い医者にやってもらわなくては意味がない。...うちの母は、栗蒸し羊羹の説明で、理解した。脳転移への放射線治療はスムーズにいったようで予定より1日早く退院になった。1日早まった理由は急に機械の点検が入って、患者さんを前倒し詰め詰めで治療することになったからだが。エコーが出ないと、安心は出来ないが、とりあえずイレッサも効いているようだ。PETを受ける前に母にかなりいろいろ訊かれたが、私が学生だった頃の大学に、研修医だった頃の総合病院にはなかったから、画像を写真で見たことがあるという程度しか知らない。「PETって新しい検査をやりましょう、と先生が言うのだけど、これって怪しいところがあるっていうことなの?」と尋ねる母に、「ああ、病院ってとこは新しい高額な機械を買うとね、早く減価償却しなきゃいけないから、やたらに片っ端から検査予約を入れたがるのよ。」と答える私。これは、本当。こういうことだけは、よく知っていたりする。
2007年01月30日
コメント(0)
以前の日記で触れているが、私は患者さんの再入院率が低い主治医だろうと思う。少なくとも、今の職場では一位二位だ。入院はともかく、外来治療の場合、患者さんにお願いして薬を「のんで頂く」しかない。自分でのむか、ご家族にのませてもらうかは別にして、私がついていって管理できるわけでないから、患者さんやご家族を信じるしかないし、逆に私を信じてもらうしかない。患者さんがお薬をのまなくなってしまうのには「薬をのむのをサボってしまう怠薬」と、「服薬を何らかの理由で意図的に中止してしまう断薬」がある。内容は違うが結果はどちらも同じ。うつ病を治療してきてある程度まで来たところで、「よくなったのでどうしてもお薬を止めてみたい」とおっしゃる患者さんがあった。私は「今中止すれば、まず間違いなく以前の状態に戻りますよ。私としてはとにかくのんでいただきたいし、中止すべきでないと思います」と説得を試みたが、ご本人の意思は固かった。結局どうしてももうのまないという薬を処方するわけにもいかず、のまずに1ヶ月後来るだけ来ますという無意味な診察予約も受けず、「これだけご説明してどうしても服薬を中止するというのなら、自己責任ですよ。後で悪化したときに、先生がもっと強く止めてくれれば、というのだけは、無しにしてくださいね。調子が悪くなったら、再受診についてはお断りしませんから、それは遠慮なくいらしてください」と念を押して、お帰りいただいた。どうなるかな、これでうまくいってしまえばそれはそれで患者さんの幸運だけれど、と内心思っていたが、1ヶ月経たず「やっぱり先生のおっしゃったとおり、ダメでした」といらっしゃった。統合失調症の患者さんで、かなり激しい症状で入院されたが、落ち着いて外来通院になっていた女の子がいた。およそ1年ほど経過したとき、怠薬をやってしまった。入院中から、様々な症状を薬の副作用ではないかと訴え、薬が強すぎる、減らして欲しいと訴える子ではあった。退院してからも、私が慎重に少しずつ薬を減らすのを、「もっと減らせないんですか」「最終的には、なくならないんですか」と待ちきれない様子が窺えた。それでもバイトができるまでに回復してきていたのだが、それだけ調子がよいと、もう薬がなくてもやっていけそうな気がしてしまうようだ。そして、ある朝1回薬をサボってみたら、普段よりシャキッとしていい、と気づいてしまう。抗精神病薬は鎮静作用があるから、それなりに眠気も出る。「あの先生がこんな薬を出すから、私は今まで思うように身体が動かなかったり、能力が発揮できなかったりしたのだ」と思ってしまう。そこが、落とし穴。その後はもう続けて薬をのむはずがない。人間だから、忘れることはあってもいい。1回のみ忘れたからと言って、即症状が再燃、ということはない。だが意図して数日続ければ、別だ。私は常々患者さん本人にも、ご家族にも「薬を止めたら、3日だからね」と伝えてきた。その患者さんはまるっきり私の予言どおり、3日後に病状悪化。慌てたご家族から電話がかかってきて、再入院。本人も気づいて、3日後に慌てて薬を再開した痕跡がゴミ箱に残っていたが、症状が坂道を転げ落ちかけた時には、もう維持量の薬で追いつくはずがない。診察に訪れた彼女はさぞかし私に怒られるだろうとおどおどし、涙さえこぼしていた。怒りはしなかったが、「残念だったね。苦しくても薬の多いところから、やり直さないとね。私もせっかくあそこまで行ってたのに、と思うと残念でたまらないよ。」と彼女に告げた。彼女は私が最初から診て再入院した数少ない患者さんの1人だが、相当懲りたらしく、退院後きちんと指示通り服薬してくれているし、薬を減らすのが遅いという不平も言わなくなった。副作用が気になったから薬を止めた、という患者さんは確かに多い。実際には副作用ではないのに、身体、あるいは病気が出すいろいろな症状を副作用と思ってしまうケースもある。精神科の薬なんて後まで残るのでは、のんだら娘が後まで結婚できないんではないか、子どもを産めなくなるのではないかと真顔で訊いてくるお母さんは本当に多い。のむのを中止すれば、身体からいずれ出ていってしまいますよ、出ていった後まで作用するということはありませんよ、という病院の薬ならみな当たり前の説明をこっちも真顔でしなければならない。薬よりも、精神科の病気が残す爪あとのほうが、よほど大きく深いのに。それでも、私は自分の患者さんたちに恵まれている。他のドクターの患者さんたちと見比べると、圧倒的に指示を守ってくれる患者さんの率が高い。恵まれているのも恵まれているが、副作用についての対応の仕方が、他の医師と違うらしいことが、少し分かった。私は基本的に、患者さんに薬の副作用が出ているのを診ると、もしくは聞くと、それが重篤なものでない限り「ああ、最初に話したとおり、これはこの薬で出ているんだよ。予想できる範囲内だから、大丈夫。少しのみ続けると気にならなくなる人も多いし、よくなってきていずれ止めたり減らしたりすれば治まっていくよ。(例)」という方向性で説明をする。軽い副作用なら「今は必要だから少し我慢してのめるかな」と勧めるし、「副作用だとは思うけれど、想定内だよ。ちゃんと私が分かって診ているから大丈夫だからね」さらに「あまり辛いようなら、副作用止めのお薬もあるよ。たくさん使うと病気を悪くしてしまうけど、少し使えば軽減できると思うよ」と話す。「これは薬の副作用で、分かっていることだから、変な病気じゃないよ。心配しなくて大丈夫」という話し方。全ての薬効のある薬には副作用がある。どっしり構えていればいい、慌てない。「ああ、これは副作用だから、大変だ。すぐに替えましょう」とか「副作用止めを多く出しましょう」という方向には、すぐ話を持っていかない。こういう方向で日頃話をしていると、何か気になる症状が出たときに患者さんがすぐ「副作用と思われる症状が出たのでその日から薬をのむのを止めて来ました」となってしまう。医師の側も、都度薬剤を変更していたらすぐに処方できる薬物が無くなり、手詰まりになってしまう。時々「精神科の薬である」ことに不安を持つご家族が、何か症状が出ると「薬のせいではないかしら」と患者さん自身の不安を煽ったり、服薬を止めさせてしまったりというケースも困る。症状の強い時には、若干の副作用を覚悟しても、先回りして封じ込めなければならない時がある。そのあたりも説明しているのだが、薬の副作用、と聞くと全て危険なものと考えてしまうようだ。疾患を放置するほうが、よほど危険なのに。
2007年01月28日
コメント(0)
慢性で長いこと経過してきた患者さんたちを退院させようとすると、ご家族の強い抵抗に遭う事がある。急性期と違って、短期間でこれだけよくなったから、とかいうキッカケに乏しい、というのも1つ。そういう意味では外来通院に切り替えるタイミングが難しい。ある程度のところで踏み切らないと、その時点より症状の改善が遅々として進まない、もしくは少しずつになってしまうタイミングを逃してしまい、ずーっと入院させざるをえない、退院を言い出すキッカケがもうない、という事態に陥ってしまう。慢性期で最初から私が主治医、というケースは少ない。ほとんどが、歴代主治医を経過して、私のところへ回ってきた患者さんたちだ。ご家族によっては、「前の先生は退院なんて言い出さなかったのに」「あんたは引き継いでから●年しか診ていないから(それでも年単位だ!)、知らないだろうが、本当にこれが家にいて大変だったんだからな」などとおっしゃる。過去に体験したひどいケースでは「前の事務長(あるいは院長)が、入院させるとき(30~40年前、場合によっては半世紀前なんてこともある)、この子は死ぬまでここで看ますからと言ってくれたのに!約束違反だ」と言われたケースがある。そんな、私が生まれていない頃とか、小学生の頃の約束を持ち出されても、困ってしまう。慢性期に移行してしまっていたが、目標を立てて「ここまでできるようになったら、ご家族に退院の話をしてみるからね」と言ったところ、頑張ってくれた患者さんがあった。もう何年も入院していたが、私が引き継いでから、たった半年余り。一応「(歴代主治医で)ちっともよくならなかったのを(私が)半年でかなりよくした」のだが。私が家族面談で退院の話を持ち出すと、大変な反対にあった。「今までだって、病院の中にいてもすぐ悪くなって、続かなかったじゃないか」「退院させると言うのなら、もっと長く状態が変わらないことを証明してみろ」「家にいる他の者が、納得しない」「(その患者さんが)帰ってきたら、私たちは外食にも行けなくなって、ストレスが溜まる」認知症と思われる患者さんに、外来で、とにかく薬をのませてまずやってみましょうと説明した時にも、入院させたい一心の、もしくは当然入院させてもらえると連れて来たご家族に、罵声を浴びせられる事がある。「あんたみたいなお医者様で、裕福で楽な生活をしていたら、私たちのキモチなんて、分からんだろうが!あんたたちは患者をここから外へ出せば終わりで、家族の苦労なんて他人事だろう!」こんな私事を漏らすわけにはいかないから黙って聞いているが...患者の家族のキモチは、痛いほど分かっている。小さい子ども2人を抱えて、楽でも、裕福でもない(もちろん、医師という資格を持っていることで、日本の母子家庭の平均よりは、正直恵まれた生活ができていると思う)。幻聴に左右されたり、徘徊してしまったり、家の中を滅茶苦茶にしてしまったりする家族は(今は少し落ち着いているが)私にもいた。そういう家族を仕事をしながら看るのがどれだけ大変か、もよく知っている。母も、化学療法中「ウイルスや細菌をもらうかもしれないから」「作っている人がカゼをひいているかもしれない」と言い続けたし、治療が済んだら済んだで、カツラで外に出るのを嫌がったから、外食はご法度になった。帰宅が遅くなったりすると外で夕食を済ませたい日もあったが、母が待っている以上、必ず家で食事の準備をしなければいけなかった。空腹を我慢する上、寝るのが遅くなる子どもたちも辛かったはず。自分もその経験をしているだけに、かえって患者さんのご家族に厳しい面も持ち合わせているだろうなと思う。家族の中に誰か患者がいたら、その人のために周囲も多少の犠牲を払うのは当たり前だ、と考えてしまうのだ。「これくらいなら、家で看られるはず」と思うラインが、私という医者は厳しいと思う。「外食に自由に行けないから、ストレスが溜まるって?何を甘えてるの?それくらい家族なら当たり前でしょ」と思う自分がどこかにいる。こういうことをおっしゃるご家族は、外に患者さんを連れて行くのを自分たちが(流涎が多いとか、食べるのが著しく遅いとか、顔つきで病気と分かってしまうとかいう理由で)恥ずかしい、ということから、「外食をみんなが我慢しなきゃいけない」と言っているのが分かる。今まで何の治療も受けずにきた患者さんに初めて薬物を処方する時、まずご家族でこれをのませてやってみましょう、と言っても「誰ものませられる人間はいない」と入院をゴリ押しされると(つまり入院させたら退院後も誰もいないということなのだ)、こっちも内心ムッとしてしまう。本当に口に出しては言えないから、患者さんのご家族に分かってもらえるとは思わないが、「私だって、この境遇の中、苦労して何とかやっているんだからさ」と思ってしまう。「お前みたいなお医者様は何不自由ない生活をして患者の家族の苦労も分からんだろう」と怒鳴られると、「私の生活を知りもしないで勝手なことを言うな」と叫びたくなってしまう。...冷たいかな。
2007年01月27日
コメント(0)
「妻はうつ病ではないか」と連れて来る男性、もしくはそう言って妻に受診を命じる男性は、増えている。以前にも書いたが、夫に連れられてきた女性が診察室に一人で入るなり、「私は病気なんかではありません。ただ、離婚したいだけなんです。でもその話をしようとすると、夫はそんなことを急に言い出すなんて心の病気だろう、と話し合いのテーブルにつこうともしないんです」と言い出すことは、よくある。こういうことを言い出された男性というのはかなりうろたえ、妻の言葉を現実として受け入れ難いようだ。一方で、夫がさして本気でもなく常套句のように「お前なんか出て行け!離婚してやる」と言っているのを、妻のほうが「いつも夫に言われてきたので、私もそれなら離婚と言い出したら、そんなことをお前が言うのは許さんと言われました」。別に思う女性がいるか、よほど経済的な事情で別れた方が有利でもない限り、男性のほうがいざ離婚となるとうろたえる率が高いようだ。さて、妻がうつ病ではないか、と一人で相談にやってきた男性があった。いくら受診を勧めても「私は病気ではない」と病院には足を向けないと言う。思春期の子どもを持つ共働きの父と母。妻である女性は仕事を問題なくこなし、家事も、子どものこともきちんとこなしている。だが仕事の帰りが遅いことが多く、無表情で、夫が話しかけてもうわの空。休日も気がつくと化粧をして、フラッと出かけてしまう...。ここ数ヶ月ほど急にそうなってしまって、今まではそんなことはなかったそうだ。多分、この方の妻が夫の前で見せる思考のまとまりのなさ、表情のなさ、はうつ病によるものではないだろうな、と思ったが、さすがにそれを告げることは出来なかった。ご本人が来て頂かないことには、お話だけから病気かそうでないかという判断は出来ませんから...と言葉を濁しながら、私はこの男性が分かっていないのは女心だなあ、と思っていた。
2007年01月21日
コメント(0)
昨日の診察で、母の再入院が決まった。イレッサはよく効いてくれている。原発巣は変わりない。脳への転移は1年前の時点で大きなものが1ヶ所、小さな陰影が2ヶ所あった。そのときの小さかった1つが、やや拡大傾向のため、もう一度治療をするということだ。治療も1回で済むので、3泊4日で帰れるはずだが。...残りの2つについては、完全に壊死しているようで、変化なしとのこと、少しだけほっとした。だが、母の身体の中ではまだ確実にガン細胞が動いている。「1回で済むのならやってサッパリしてくればいいじゃん。よかったね」と家で言いながら、なぜか職場へ来てから凹む。昨日の会議疲れもあって、午前中は何とか踏ん張って仕事をしたが、昼に医局で座り込んだら動けなくなってしまった。ボーッとして足取りが重くなってしまう。こんなんじゃダメなんだけどなあ。入院が決まったので、ここ暫くの予定をいくつか変更せねばならない。冬は出かけたくないと言う母を残して旅行をしたので、GW、夏休みと母を連れて行ける旅行を考えて気を紛らわせるくらいしかないなー。
2007年01月16日
コメント(0)
キッザニアに行きたい(タイトルどおり)。それも本当は子どもじゃなくて、私が行きたい!キャビンアテンダントの制服を着てみたい!防火服を着て火事を消してみたい(自治会のバケツリレーじゃイヤだ)!モスでテリヤキバーガーを、ピザーラでピザを作りたい!医者だけど、腹腔鏡手術や開腹手術もやってみたい!コカコーラでコーラを詰めてみたい!ニチレイでエビピラフが冷凍になるところを見てみたい!こんな話を看護師としていたら「私も行ってみたい!でも先生はお子さんが行ける年齢だから入れるだけいいじゃないですか。うちなんて行ける年齢の子どもがいませんよー。先生の子ども貸してください!」薬屋さんたちは「先生、月1回くらいずつモスとピザーラへバイトで行ったらいいじゃないですか。あっ、でも月1回じゃ全然仕事覚えませんねー」今日、2月分入場予約の増枠があった。2月の連休でお出かけになりたいというドクターに頼まれて(予想では、長距離出勤途中に予約開始になってしまう)、今朝は急いでゴミ出しを済ませPCの前で張った。そのために夕べはブログを書かずに早く寝た。そしてちゃんと、増枠される瞬間をキャッチ(キッザニアはWeb予約の更新時間を非公開)。頼まれた分を確保してもまだまだ時間に余裕があったので、暫く予約カレンダーのオール○印を眺めて迷った末、日程をずらして自分たちの分も確保。確保したけど、楽しめるのは子どもだけなんだよね...。私はパビリオンの外から写真を撮るくらい。つまんない、ブー。オークションで転売が問題になっている、キッザニアの入場予約番号。こんなものは、誰もが公平に手にする権利を持っているのだから、オークションなどで買ってはいけない、と思う。買う人がいるから、売る人がいる。ニーズがあるからこそ商売が成り立っているとか、どんな商売でも立派な仕事とかいう話は別次元。私だってやろうと思えば、今日のタイミングなら3連休を何家族分も自由に買える状態にあった。だが、そういう人たちがいるから、ますます入場の権利を手に入れることが難しくなる。オークションで高値の権利を買う人は、回りまわって自分のクビを絞めている。こんなものの横流しで、利ザヤを稼ぐのは、どうなんだ。まさに労働で対価を得るというキッザニアの考え方に反するように思う。ちなみに、キッゾ(キッザニアの通貨)も、オークションで売られているが、こんなものを大人が日本円で購入して子どもに渡したら、キッザニアでお仕事をする意味なんてないような気がする。同じように、誰もが公平に手にする権利があると思っているのが、列車のきっぷ。私は寝台特急が好きなので、カシオペア、北斗星、トワイライトエクスプレスは一通り乗った。カシオペアはメゾネットスイート(2年連続)、トワイライトはロイヤルまで経験済みだ。いずれも、夏休みという超入手困難時期。ほとんど全て希望通りのきっぷを普通に購入している。こういうものも、決してオークションで購入してはいけないと思っている。こういうもので稼げるという方法があるから、連日買いに行っては売る人が出て、ますます入手困難になってしまう。お金がある人はいくらでも出して買えばいい、というのが資本主義の原則だろうけれど、今これからも普通に売られるものにそれだけの上乗せをする価値があるとは到底思えない。私もオークションで物を買ったことはあるが、それはいずれももうそこでしか手に入らないもの。何年か前のどうしても欲しかった柄や色のスカーフ、製造終了になった香水や陶器。また、折に触れて寝台特急の話は、書きますね。
2007年01月15日
コメント(0)
先日動物病院で我が相棒の写真を撮った。動物病院のホムペに、長寿の子のページを作るので、掲載したいという。わが相棒がネットで公開されるのは、私がホームページを作って掲載していた8年前以来となる。その頃のゲストで、まだうちの子が元気にしているとは思っている人は少ないだろう。一年半前、食欲が落ちて体重が2/3になってしまい、生命の危険に晒された我が相棒だが、ここ数ヶ月、爆発的に食べている。100グラムくらいは増えたが、一番太っていた頃までには戻れそうにない。たかだか体重1.3キロの小型うさぎだが、ペレットを一日に1カップ半、平らげ、それでも足りないと朝は暴れている。うさぎといえば、牧草を多く食べさせてウェイトコントロールをすることが重要だが、ことうちの相棒に関してはもはやそのようなことは考えていない(もちろん、若い頃はしていた)。年を取ってきたせいか、燃費の悪いクラシックカーのよう。こんなに食べてもさすがに昔のようには太れないのだ。担当の獣医師にも言われている。「それだけ食べることを身体が必要としているのです。食べたいだけ食べさせてあげてください。食べて太れるのなら、まだまだ元気な証拠です。心筋梗塞や、糖尿病で死んだうさぎはいません。」太ったところでせいぜい、お尻の手入れが自分で出来なくなるくらいだ(舐めたくても、届かない)。もし、急に食欲が落ちたときでも、多少皮下脂肪の貯金があれば、時間の猶予ができる。我が家にはなんと、うさぎ用の部屋がある。うちに来たお客さんは、たいていこれにかなり驚く。もう一つ前の追い出された家にも、実はあった。人間の子どもが出来たので、子どもとうさぎを分けるのが目的だった。うさぎが子どもを引っかいてもどうってことはないが、子どもがうさぎを踏んづけたら、死んでしまう。床はタイル敷きで、糞などが転がり出ないよう、他より一段低くなっている。結果的に、落ちた毛が他の部屋に出るのも防げている。ちゃんと小さいエアコンも装備。留守のとき、エアコンのあるリビングなどに移すのはかえって不経済。夏の一番暑い時期に留守する時は29度で、今の季節は在宅時も最低温度設定(14℃)、微風で連続運転している。さすがに相棒も高齢なので、冬の寒さ、夏の暑さに体力を奪われやすい上、留守中もエアコンが動き続けているのは防犯的にも意味があるのだ。このごろ、涙管の詰まりやすい右目がますます白濁してしまった。もうほとんど見えていないと思う。毎回病院で、歯の手入れだけでなく、涙管洗浄も処置に加わった。この間、動物病院で、「私って、何年通ってますか?」と訊いてみた。カルテを調べた受付のオネエサンに「初めていらしたのは...1998年からですね」と言われた。私はもう8年間、2~3週間に一度、相棒を連れてほぼ休むことなく通院し続けていたのだ。相棒は、多分飼い主とデート♪くらいに思い、待合室で身体が自分の数十倍あるラブラドール相手に「よぉ、お前、何だよ。胆据わってないなー」と眼を飛ばしているが。動物と暮らす、というのはお金もかかること。動物の病気や怪我には基本的に保険も利かない(今はアニコム、があるがうちの相棒が事故で歯を折る前までは、なかった)。動物病院にかかってお金がかかる、とこぼすくらいなら最初から飼うべきではない、と思う。
2007年01月13日
コメント(0)
私自身は普段いい年をして化粧っ気もないが、わずかに香りをまとっていることは多い。もともと、「いかにも香水」という香りは好きではない。むしろ苦手なほうだ。患者さんで、バリバリに香水をつけている方が診察室に入ってこられることがあるが、密室なので酔ってしまうほど。事務系のオネエサンでは結構香水が主張している女性もいる。エレベータに乗るとさっき誰が乗っていたか分かるくらいだ。病院も医療機関だから当たり前だが、職員が強い香りをつけていれば注意される。だが実際は香水に限らず、看護師さんでファンデーション臭い人、体臭の強い人、いろいろいる。男性医師では無茶苦茶整髪料の匂う方がいらっしゃる。今愛用している香りは、エルメスが出している、エルメッセンスというシリーズの、オスマンサス・ユンナンというトワレ。もともとトワレだから、それほど香料含有率は高くない(その割りに値段が高いのは気に入らない。革ケース入はとても買えないのでリフィルだけ購入)。私は桂花茶が好きだがまさに、その香り。「キンモクセイ」プラス「お茶」の香りなのだ。フランスで作られているのに、どこか東洋的。さらに私が気に入っているのは、香りの拡散性が低いことだ。上へは立ち上る香りだが、横へ広がりにくい。ある程度以上至近距離に近づいた人しか気づかない香り。それくらいだから、事務系のオネエサンの香りや、男性医師の整髪料の匂いには到底敵わない。かき消されて分からないから、混じった匂いに気持ち悪くなることもない。キンモクセイというと、トイレの芳香剤ちっくな甘い匂いがしそうだが、このトワレの優しい香りは、まさにどこからともなく漂ってくるキンモクセイ。甘すぎず、優しさの中に少し鋭角的、都会的な印象もある。お茶の香りも含まれるので、患者さんと私自身のリラックス効果も実は狙っている。この香り、近くに寄った職員には気づかれる。「あれ?先生、いい香りですね。つけてらっしゃいます?何ていうのですか?」香りをムンムンさせていたら、こういうことは訊かれないもの。エルメスでも限られた店舗でしか扱っていないので、ありふれた香りでないのもよい。特に、香水は苦手、という職員から評判がよい。つける位置にも気をつけている。高い位置には決してつけない。私が香りをつけるのは決まって膝の後ろ。パンツスタイルだと裾を回った分しか香らないし、スカートでも動いた時にフワッと香る。興味のない人だと全くご存じないので、一応説明を...。香水はつけてから時間が経過すると香りが変化する。オスマンサス・ユンナンなら最初はお茶が強くて、暫くしてからキンモクセイが出てくる。つけたてだとアルコールが立ってしまうから、つけてから出勤までに少し時間が空くようにもしている。体温の高い人、低い人、元々の体臭とも混じるので、つけている人によっても変化してしまう。ムエットでテストしていいと思っても、肌につけると違うイメージになってしまう香りも多い。ちなみに香水の匂いをボトルから直接嗅ぐのはアルコールを嗅いでいるようなものだから、ダメ。統合失調症で人格水準が既に下がってしまい、普段無為無関心な患者さんが診察室で「いい香りがするねえ」と言ってくれたことがあった。そういうのも、嬉しい。もしあなたがどこかで精神科を受診するようなことがあって、担当が女性医師で、キンモクセイの香りがしたら、それはひょっとして私かもしれませんよ(笑)。
2007年01月12日
コメント(0)
卒後ローテート研修が義務化され、どこの大学を卒業しても、どこの医局に入っても、一通りの勉強をするようになった。精神科への研修も義務化されたので、閉鎖病棟での研修、という意味で近隣の総合病院の研修医クンたちが交代交代で私の勤務先へもやってくる。私が卒業した時代は、まだまだストレートでの入局が主流だったが、別の話題の記事で触れたように、私は全科ローテートを経験している。当時の「研修医会」が、それを義務付けていた。私ともう一人の医師は大学の方針でローテートを経験しているが、管理職を含む他の医師はストレートで入局した世代。どうも研修医クンたちの扱いが分かっていないようで、完全なお客様扱い。研修医クンたちも、日頃忙しい総合病院に比べて、ヒマ、と思っているのか半ば休憩しにやってくる。やる気の欠片もないのが、見てとれる。1週間ないし2週間を過ごすことになるが(1週間では何をしに来たのか分からない!)、いかにその間にレポートまで作成してしまうか、という感じ。後半になるとほとんど1日医局でPCに向かっている。ローテート研修、というのは無茶苦茶体育会系のノリだ(笑)。上級医の処方を、技を盗むある意味職人の修行みたいな世界。研修医であっても、どんどん主治医をやらせる。初診も診させる。自分でやらせなければ、人間考えるということはしないから。他の医者のカルテを病棟で見るだけでは、学生の実習と同じ。上級医は常に見守る。チェックしている。だがあくまで研修医の主体性を大事にし、彼らが困っていない限り決して自ら表には出ない。もちろん患者さんへのインフォームドコンセントは必要だ。そして何か起きたときの責任は全て上級医がとる。私たちのところへやってくるのは卒後2年目の研修医クンたち。基本的な診療手技はもう身につけ、最先端の総合病院で一人当直だってこなしているはずなのだ。1日おきにデイケアで遊ばせておいても仕方がないし、「この患者さんを診ておいてください」と診断も処方も決まっているカルテをくくらせたって何の役にも立たない。やたらに医局で提出用のレポートばかり作成しているが、教科書を写したようなレポートなんぞ、学生の試験勉強と変わりない。私はとにかくなにかあると片っ端から研修医クンを呼ぶ。研修医ってそういうものだ。病棟で暴れる人を拘束しなければならない時(彼らは今後一生見ることがないだろう)。身体合併症で訴えも満足に出来ない患者さんの診察、検査や点滴をしなければならない時。大きい総合病院ならオーダーすれば結果が返ってくるが、ここでは自分でレントゲンだって機械を動かして撮影し、暗室で現像までしなくてはならない。外来初診患者さんだろうと、入院目的の紹介患者さんだろうと、新しい患者さんが来たら、呼ぶ。もちろん、ほうってやらせて楽をしているわけではない。実際は、自分で診たほうが早いし楽。研修医クンたちに診察をさせると平均して3倍の手間と時間がかかる。まず必ず患者さんには彼らの身分を知らせ、自分が一緒に診ていること、責任は私が負うことを知らせる。そして研修医クンと患者さんを残して部屋を出るが、自分は診察室のバックヤードで、ずっと診察内容を聞いている。自分でやれば、診断の見当をつけながら話題を運んで判断材料を集めるが、当然精神科経験のほとんどない研修医クンたちは、問診内容がまとまらないので、時間ばかりかかる。あまりに研修医クンが困っている様子だと、そっとピッチを鳴らして、緊急で呼ばれたフリをさせて、一瞬退室させる。もしくは、いくつか心理検査をします、と説明させて患者さんを一旦外へ出させ、その間に、診断を彼らがどう考えているかなど質問し、どんな検査をすべきか、今後の継続的な治療が必要かどうか、(一方的に教えるのではなく)まず彼ら自身に考えさせる。大体、精神科なんて休憩のつもりできているから、ほとんどまともには答えられない。彼らの在籍する研修病院なら、上級医にこってり絞られるだろう。さらに上がってきた心理検査の結果も見て、どんな処方を組み立てますか?とこちらから教えるのではなく、彼らの意見を聞く。ちょっとそれはマズイ、という部分があれば、根拠を示して説明し、こうしたほうがいいよ、とアドバイス。その上で彼らをもう一度診察室に戻し、患者さんを入れて、説明をさせ、次に私の再来へ入れさせるまでが一仕事(2回目からは、自分でフォローすればいいだけだ)。最先端の総合病院ではそういうことは少ないが、入院希望で紹介されてきたはずの患者さんが、いざとなると「こんなところへの入院はイヤだ」とごね出すこともある。彼らが普段相手にしている患者さんは、その病院での診療を心底希望し、長い待ち時間に耐え、入院を勧めれば「それは大変だ。先生にお任せしますので何とか助けてください」とありがたく受け入れる人たちばかり。だから、入院のはずで来た患者さんが「しない」と言い出すと相当対応に困るようだが、それこそが勉強だと思う。長時間汗だくになって研修医クンたちが説得しているのが分かるが、黙って辛抱強く聞いている。結果的に説得に失敗したとしても、それで文句を言ったりはしない。どうしても入院しない、という人はいくらこっちが頑張ってもしないものだから。入院になった場合も主治医権(入院決定権・処方権・退院決定権)を基本的に持たせる。もちろん蔭でフォローはする。毎日カルテも、オーダーもこっそり確認しているが、表に立たせるのは、研修医クンたちだ。一見彼らが主体になって診療を行なっているように見せるから、カルテ上に何か書き込んだりはしない。アドバイスを与えられ、考えた結果を、自分で書かせるように仕向ける。自分で診たのだ、という達成感も必要。彼らをいつも寄りかからせるのではなく、いざと言うときには頼れるよ、という立場を取る。結果的に研修医クンたちに診療させて、患者さんとトラブルになったことはないが、突然上のほうの会議で、「研修医に主治医をさせている常勤医がいる」と一方的に槍玉に挙げられた。自分は出席していない会議での欠席裁判。どういうやり方でやらせているか、という確認も受けていない。そして会議での決定事項として医局に通達が下った。「研修医単独で診察を行うことがないようにする。研修医に処方をさせない。確実な指導を行う」...何だそれは。彼らは学生でなくて、医者だ。失礼極まりない。総合病院で当直していて、精神科疾患の患者さんが来る事だってあるのだぞ。何も分からないところから、初対面の患者さんに緊張しながら、問診し、観察し、検査をし、診断と治療を組み立てる、という過程を経験させなくて何が研修だ。こっちが診察している横に座らせて見せるのか。カルテで診断と治療内容を見せるだけなのか。そんなものは学生のポリクリ(臨床実習)以下だ。学生にだって1対1で問診を取らせるのに。実際今まで主治医をやらせた研修医クンたちは、「勉強になりました」とお世辞でも感謝して帰ったぞ。要するに、臨床研修を受け入れている同じ大学の常勤管理職は、自分を差し置いて私が研修医クンと仲良くするのを、いろいろ教えたりアドバイスを求められたりしているのを気に入らなかった、というだけらしい。最後の研修医クンが来てから何ヶ月も経って、寝ぼけた頃に議題にされたくらいだから、何かどこかから苦情があったとも考えにくい。それなら管理職の個室でずっと研修医クンを囲い込んでおけばよい。ヒマそうに医局でうだうだされると、こっちはほっておけないのだ。こんな研修をさせるから、また一人、精神科を舐めた身体科の医者が出来上がるじゃないか。「自分たちは忙しいんだから、こんなウダウダした話聞いてられるか。困ったちゃんはヒマな精神科に送ってやれ」、「精神科患者の身体合併症なんて診る必要ない、断ってやれ」なんて考える、医者が。私が研修医クンたちに知って欲しいのは、教科書丸写しのレポート課題でもカルテ見学でもない。彼らが精神科医になると思っていないから、精神科的な知識を身につけて帰れとも思わない。例えば、総合病院から身体疾患を除外しないで患者さんを送られてしまうと、出来る検査も限られている病院でどれほど困るか。あとの話は精神科でゆっくり聞いてもらえ、というような紹介も多いが、精神科的にどうにもできない患者さんを「精神科で治してもらえ」と送られると、どれほど困るか。身体疾患を依頼した時にいかに総合病院が冷たいかということ。総合病院に依頼しているような患者さんたちは、そこでもやれると思うから依頼しているわけで、レベルが下がって喋らなかったり動かなかったりするけれど、決して暴れたり興奮するような患者さんたちではないということ。精神科の医者はやみくもに依頼しているわけではなく、身体のことも自分たちで、精一杯やれるところまでは診ているということ。訴えがまともにできない患者さんを、自分の診察だけで判断しなくてはならない場合があること。逆に安易に精神科知識のない内科医が精神科疾患に手を出して、こじれている症例も多いということ。恵まれた総合病院にいると分からない、精神科特有の患者さんやそのご家族相手の苦労があること。どういう患者さんを精神科に送るべきで、精神科から依頼される患者さんはどういう人たちなのか、そして何よりも、精神科疾患を持っている患者さんたちが自分たちと同じように痛みや苦しみを感じる一人の人間であるということを知るのが、精神科ローテートで一番大切なこと。私は、救急で頭部外傷を縫合もしないでパカッと開いたまま「精神科の患者だから」と送ってくるような外科医とか、絞扼性イレウスを起こしているのに「うちでは精神科の患者はお断り」と処置を拒む内科医とか、そういう医者を将来一人でも減らしたい。今、一人ずつ精神科に偏見を持たない若い先生たちを育てることは、大切な仕事のひとつだ。私は信念を持って研修医を指導してきたつもりなのだが、病院で公表する機会は与えられない。今となっては新しい研修医クンが来ても、どこから何と言う名前の先生が来たのか、管理職から紹介もされない。それでも私は医局で研修医クンがヒマそうにしていると、自分から声をかける。「先生は、●●先生っていうんだね。どこの病院で研修しているの?2年目?何科を考えてるの?」「精神科は全く経験ない?じゃあ何かあったらガンガン呼ぶからね♪」抜け道はある。「指導医」ってカルテに後からサインしておけばいいだけだから。
2007年01月11日
コメント(0)
毎年この時期になると、病院を襲うのが退職ラッシュ。12月に賞与をもらっておいて、年明けに話を切り出すのだ。実践が身につくと、医師の指示で働く病院よりも自分たち主体で働ける支援施設へ行って力を試してみたくなる、PSW(精神保健福祉士)さんたち。安月給と激務、無理なローテに嫌気がさして密かに次の職場の面接を受ける、看護師さんたち。産休はとるものの、産休明けに復帰しようという気持ちになるほどの職場でもない、という女性職員。みな、精神科医療とはどんなものか、ということを理解しかけた頃に、辞めてしまう。大体辞めたい人の噂、というのはその職種内ではおおかた広まっていて、医師、さらに管理職の耳に入るのは慰留したってどうにもならないところに来てから、ということになる。新しく入職する人もないわけではないが、精神科医療の特殊性を理解するまでには時間がかかる。ある意味、胆が据わっていることが必要だが、その域に達している人材は決して多くない。自分の職場を見ていて不満なのは、そういう人と人とを繋ぐ絆があまりにも薄いこと。話が出れば、直属の上司、あるいは同じ職種のトップは慰留に努めるが、実際の人事あるいは勤務条件、給与を決められるのはオーナーただ一人。そのオーナー自身に人を繋ぎ止める力がなくては、退職ラッシュは免れない。表向きはオーナーの言うことを「はい」と二つ返事で聞いている職員が、初めて翻す反旗がもういきなり退職願、なのだ。そのことに気づかないのか、××看護師が退職したのは、●●医師の言動に原因がある、などと平気で言う一部管理職。たかがヒラの医者の一言で、いきなり退職するのなら、退職したほうが大人気ない。ヒラの医者にそんな力があるわけないではないか。慢性的人間不信のオーナーは、何でも二つ返事で自分の言うことを聞く新しい人材は可愛がっても、その人材がある程度の期間内部にいて自発的に仕事をし始めると、どうも誰でも信用できなくなってしまうらしい。長い職員でも数年。短い職員なら数ヶ月。ある種の病気みたいなものだから、仕方ない。元々の能力の高い人材ほど、仕事が分かってくると自分の判断で自発的に動き始めるから、オーナーの思うとおりにならなくなる。多少オーナーにとって耳の痛い正論も言うようになる。本当に病院の将来を考えて、こうしないとこの病院はダメです、と苦言も呈するようになる。イエスマンだけで職員を固めようとするのなら、この病院は終わりだ。一時、やたらに器だけを広げるような形で業務を拡大してきた私の職場。患者さんを診きれていない医者が何人もいる。間もなくその反動がやってくるはずだ。もしそのまま本格的な業務縮小傾向に陥ったら、あっという間に10年前の病院の姿に戻るだろう、と私はいささか冷ややかに見ている。今、ひとつの区切りを迎えて何となく職場には退廃的なムードが漂っている。区切りの前も後も、同じスタンスでやっている私には、それがよく見える。ここをどう乗り切るかが医療機関の運命を決める。ここを踏みとどまらないとダメだ、ここで残ったものだけが、この病院の本当の姿なのだ、と私は思っているのだが、それが周囲に伝わらないのが、もどかしい。間違ったことには黙っていられない私も、どこまでもつだろう。自分が辞めると言い出すのが先か、クビにされるのが、先か。辞めるのは簡単だが、残された患者さんを誰に任せるのかと思うと、まだ辞めるわけにいかない。
2007年01月09日
コメント(0)
香港の冬のセールも、ほぼ日本と同じ。クリスマス以降というのが一般的だが、私が出かけている間も、子ども服のセール1/3~、とか、某ブランドのプレタ1/4~、などあった。DFSサンプラザ店で子ども服のセールはどこでやってるかしら、と尋ねたら向かいのオーシャンターミナルへ行ってみろと勧められた。日本のセールだと3割引あたりが中心だが、香港では半額以下が当たり前。私も現地の人に混じって、ZARAのセールでちょっと日本にないようなデザインのブラウスなどを(1000円~2000円)何枚かゲット。看板に従ってさらにショッピングモールの裏階段を上がると、ディープなセール会場が。そこではもはや英語が通じないような雰囲気。値段も「3折」(値段が3割。つまり7割引)あたりが中心。一部は「1折」なんてのまである。ディズニーキャラクターのTシャツやトレーナーがワゴンに山積みでHKD50均一、などなど。子ども二人の手を引いて紛れ込んだが、香港のおかあちゃんたちの熱気に押される。どこから見ていいかも分からないような膨大な量の商品。試着させるようなところもない。一通り見たがさすがに勇気がなくて(あまりの人に、防犯上お財布を出すのもためらわれた)、ここでは断念。ペニンシュラアーケードの子ども服の店も、3割引くらいにはなっていたが、元の値段が高すぎ。そこまで出すなら国内でラルフローレンのセールに行ったほうがよさそう。帰りにシルバーコートの滿記甜品へ。息子と私はマンゴーミルクで一休み。娘はやはりここでもスイカジュースだった。果物系のジュース、香港はどこでもハズレないので嬉しい。
2007年01月08日
コメント(0)
香港まで出かけてわざわざディズニーランドに行くかどうか、というと賛否両論分かれるところだが、子どもたちが行きたがったのでとりあえず行ってみた。日本では正月休みだが、香港の正月は2月の旧正月。ど平日扱いで、10時パーク開園。しかも前夜に香港版モノポリーで盛り上がりすぎて朝寝をした私たちは、のらりくらりと地下鉄を乗り継いで11時頃到着。手際の悪い荷物チェックに少々並んだ以外はすんなり入園。ファストパスのあるアトラクションもあるから、走るべきなのか、と思ったけれど、ハニーハントもスペースマウンテンもジャングルクルーズもスタンバイ5~10分で乗れる状況。ショーも、他と時間が重ならない設定になっている上、直前駆け込みOK。パレードも、5分前にパレードルートに行けば最前列で見られる。何の計画も立てずに行ったが、無問題。午後になると若干人出が増えたから、東京のように開園前から待つという感覚もなさそう。3時半のパレードを見終わって、4時頃からお土産を探して帰り支度。正味5時間ほどだったが、アトラクション6つにショー2つ、パレードを楽しんだ。同じ日に東京へ行ったら、寒風の中、何時間並んだことか。子どもはディズニーといえば「激しく並ぶ」というイメージを持っているので、香港のほうがよかった、と言う。ジェットコースター系にこだわりがなく、小学校中学年くらいまでの子どもを連れて、なら日本より楽でオススメかもしれない。パレードが東京に比べて少々垢抜けないことと、スーベニアショップに平気でハロウィンの売れ残りがあったりするのはどうかと思うが、10年前のTDLもこんなものだったのかもしれない。
2007年01月07日
コメント(0)
年末に当直をしておいて、年が明けてから香港に行ってきた。海外旅行は、子どもを産む前に行ったきり。香港は好きで過去3回ほど出かけたことがあるが、最後に出かけたのはもう10年ほど前になる。当時香港はイギリスで、街中の空港にビルの間をすり抜けての着陸がスリリングだった頃だ。香港なら、大半英語で何とかなるし、英語の通じない店でも漢字を見れば見当がつくからいいや(それで、予想したのと全然違う料理が運ばれてきたりするのも、オツなもの)、と思い切ってツアーでなく、初めて個人旅行で出かけた。過去の香港行きは、フリープランのものだがすべてツアー。子ども二人を私一人で連れて、というとかなり周りの人に驚かれたが、たまにはおかんが多少英語を話せるところを見せて、株を上げるのもいいだろうと思って(笑)。事実、子どもは私が英語でコミュニケーションをとっているのを見て目を丸くしていた。そして、この次海外に出るときには、少しでも英語が話せるようになりたい、と言い出した。目論見成功↑↑↑。実際、日本のツアーはこの時期お正月料金の設定で、高い。特に年を海外で越そうとすると高くつくので、私は元日以降の旅行というのをかつて選んでした。元日の朝出発だと、みんな家で雑煮とおせちを楽しんでいる時間帯なので、空港までの渋滞に巻き込まれる率も低い。年末は通常通り掃除をしたり、仕事をして出かけるが、正月の支度はまるっきり不要。正月の支度というのも意外にお金がかかるので、その分を旅行料金の一部に充てる。今はEメールがあるので通信費もかからず、英語での宿泊予約やレストラン予約も簡単。エアもかなり早い時期から押さえたので、直行便で3人で、20万を切った。直行便にこだわるのは、経由便を使って他の乗客がロストバゲッジを食らった瞬間を見たことがあるから。荷物がその乗客の手元に届くまで、4日かかった。また、旅行の話は少しずつ書くけれど、帰国するなり娘が入浴しながら「おうちが香港にあればよかったのに」と言う。理由は、スイカが一年中あるからだそうだ。
2007年01月06日
コメント(0)
全13件 (13件中 1-13件目)
1


