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今日は漢検2級を、受けてきた。病院業務がほとんど電子化されると、字を書くことって自分の名前くらいしかない(汗)。ここのところ愛用のモンブランが泣いている。漢字検定を受けようと思った理由は、それだけではない。子どもたちは学校で定期的に漢字テストを受けてくる。それがまた、非常に厳しくて、1年生の時は9割以上できるまで再テスト。2年生になった今ではさらに厳しくて、30点満点を取らないと、再テスト(再々テストくらいまでで受からないと、その回は不合格)。再テスト、と言っても授業時間を割けないので、受かった子以外は休み時間に教室居残りで再テストなのだ。担任の先生が採点するが、先生によっては非常に辛(から)い。ハネはもちろんだが、微妙なハライとトメの違い(公園の公、ハの右がはらっていないと×)、横棒2本のどちらかを長く書くべきところを、ほぼ同じ長さで書いただけで×。採点基準は漢検より厳しいのではないかと思う。他で間違ってどうせ不合格だと、字全体のバランスが悪いものもすべて直させられる。再テストを食らってくると、親の方が必死。書き順やハネハライ、並べた時の線の長さ...簡単な漢字でも、すべて楷書で自信を持って書ける、という大人は少ないのではないか。特別難しい字は知らなくても、学生時代、漢字は得意な方だった。小学校の時、指定された部首の漢字を1分以内で、いくつ書けるかという競争を国語でやったが、いつも一番だった。「歩く漢字字典だから」と、周囲の人によく字を尋ねられた。そんな私なのに、最近明らかに漢字を書けなくなってきていることに気づく。知っているはずの字が、ふと、出てこない。同音異義語も、書いてみて「あれ?」と思う。子どもの書いた漢字をチェックするのに、自分が自信ないのでは、まずい。字なんて、読めさえすればどうでもいい、というのも確かだが、漢字というのはそれ自体意味を持つ字だし、書き順が正しいと字全体の骨格が整って、それだけできれいに書ける。で、今日の結果は...標準解答で確認したけれど、190点はありそうだから、大丈夫。TOEICを受けた後から細々と勉強したのだが、常用漢字までの範囲なら、部首と四字熟語さえ押さえればいいだろうという印象だった。勉強していて、部首は新しい発見の連続。「繭」の部首は「くさかんむり」じゃなくて「糸」だし、「亜」の部首は「二」、「衡」の部首は「行(真ん中空き)」、「褒」や「衷」の部首は「衣」、「缶」なんてまるごと部首だし、「勲」の部首は「れんが」じゃなくて「力」。部首って漢字の形だけじゃなくて、意味から決まってるのねーと感心し通し。2級に受かったら、準1級と行きたいところだけど、そこからは一気に難しくなってしまう。出題もかなりマニアックな漢字ばかりで、問題を見てもちんぷんかんぷん。分からないものがほとんどだ。2級で満足しておくべきなのか、その先に足を踏み込むのか、で今迷っております。
2007年10月28日
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新しい病院に赴任して、1ヶ月。システムや、細かい病棟ルールの相違点など、戸惑うことも多く、気疲れもあった。前の病院よりも、PCを利用することが増えたのも、最初は訳が分からなくて、疲れた(一度慣れてしまえば、速いことは分かる。いずれ紙には戻れなくなるだろう)。PCとにらめっこして止まっていると、長い付き合いの外来患者さんたちに「じゅびあ先生、頑張ってください」と励まされた(笑)。前の病院の外来に残ることを選択した患者さんのうち、何人かから「やはりじゅびあ先生にかかりたいのだが、どうしたらいいか」と問い合わせもあった。秋から冬にかけて毎年調子を崩す患者さんが、私を探し訪ねて来てくださったりもした(前の病院の受付嬢が、こっそり教えてくれたそうである)。新天地は、残念ながらちょっとばかり、病棟が古い。クリニックからの入院依頼を引き受けた初発の統合失調症の患者さんを、本人の同意のもとに入院させたのだが、「主治医の説明が不十分だった。本人は納得などしていなかったはずだ」と遠方から来た両親に連れ帰られたのは、さすがに凹んだ。入院して3日め、私が出勤していない日に突然、私とただの一度も面談することも電話で話をすることもなく、である。代わりに対応してくださった先生には大変迷惑をかけたのだが、翌日こう言っていた。「もともとは今日主治医が来るから面談してからという話だったのですが、両親がどうしても今すぐ退院させるって。先生、一昨日も診察しているでしょう?なのに、入院後一度も診察がないとか言うんです。長い記事がありますから診察しているはずですよ、って言ったのですが、両親は『あなたたちが言っているのははず、でしょう。本人が診察がないと言っているんだから、そっちが正しいに決まっている』って。実家近くの○●大学を受診させると言うんです。個室に中から鍵がかからない、他の患者が入ってきたらどうするんだ、何かあってからでは遅い、主治医から病室の安全装置に関する説明がなかったとか、無茶苦茶言うんですよ。主治医の意思に反する退院だから、家族ですべての責任を持つよう、当院では一切責任がとれないと説明しました。ああいう人には、二度とうちにはかかってもらわないほうがいいです。」病棟の看護師たちも、「夫もはなから病室の鍵が中からかからないと何度も言ってきて、おかしかった。やってきた両親も、いかにもハイソな感じで気取っていた」と口々に言った。家族が無茶を言ったのは確かだが、私はショックだったのだ。患者さん本人は、間違いなく治療の必要な人だった。初発の統合失調症をきちんと診断できる精神科医は少なくなっているし、処方の腕も落差が大きい。実際入院して2日めで、症状はグッとコントロールされ、本人はとても落ち着いていた。ずっと眠れなかった人をぐっすり眠らせることに成功し、異常体験もぴたりと止まっていた。さあ、ここから本格的に処方調整に入ろう、うまくすれば数週間から1ヶ月で退院させられるぞ、と思っていたところだった。ハイソな感じで気取っていた、というが、それだけハイソでブルジョアな家庭なら、入院費の滞納もなかろうし、退院を決めればすぐに本人を連れて帰ってくれるだろう。民間病院にとっては、見ようによっては上顧客のはず。他の患者さんと差をつけるようなVIP待遇は不要だが、顧客として大事にしなければならない(私がハイソな患者さんを生理的に好きか、というとまた別の問題...)。「病室に内側から鍵がかからないのでは安心して妻を預けられない」と言ってきた夫のことを、職員がおかしいと決め付けたのも、一般的な感覚から外れていると言わざるを得ない。前日まで、普通に鍵のかかる自宅で生活してきた人たちなのだ。落ち着いてきているとはいえ病棟の中を硬い表情で歩いている他の患者さんたちと、前日まで自分と暮らしていた妻(実際には治療を開始していない分、彼女の方が病状は重いのだが)とは次元が違うように夫が思ったとしても、無理はない。病棟の中を歩いている得体のしれない精神病の患者さんたちが、一般常識を理解して、あるいは職員の注意を守って他の患者さんの部屋に入らないなどという保証がどこにあるのか、と御主人は感じたに違いない。負け惜しみではないが、「主治医の説明が不十分」と言われたのも、こんなところに一日たりとも置いておけないという家族の思いから勢いで出たものだろう。ここを読んでいる人たちならわかるだろうが、平均的な精神科医の患者説明に比べれば私の説明はかなり強迫的にくどくて長い(笑)。このケースでも、入院期間の見通し、診断の見通し、入院して当面の治療内容とその後の展望について、かなり詳しくご本人と御主人に説明し、質問事項にすべて答えている。本人に入院後一度も診察がないと言われてしまったが、薬でしっかり鎮静をかけていたから、ぼーっとして時間感覚もなく、前日に診察を受けた、という記憶が曖昧だったとしても不思議はない。看護記録によれば、退院してしまう日の朝も「ここへ来てからぐっすり眠れ、ずいぶん気分も落ち着きました」と看護師にちゃんと話していたのだから。自信があるので、いないところでけちょんけちょんに言われたことに、腹も立たなかった。ただただ、残念。自意識過剰かもしれないが、あの患者さんは、どうしても私が治療しなければならない人だった。前の病院だったら、医療の内容はともかく、病棟が新しいというだけでそういうことは言われなかっただろう。そういうアメニティ面で、治療内容まで判断されてしまうことを実感して辛い。病院そのものから、治療そのものから患者さんが逃げてしまうとすれば、初発の統合失調症はまず何がなんでも外来で踏ん張る、というやり方に方針変更しなければならない。服薬に抵抗が大きいことも多いので、まず最初の治療導入は入院で、というのが理想ではあるのだが。普段は自分がどこの大学を出ているかなどということも意識しないが(この間も、入院患者さんに卒業大学を尋ねられたので「大馬鹿大学」と答えておいた)、ぱっと出の患者さんの家族が「どうして○●大学でなくてこんなところへ」などとブランド志向なことを言い出すと「あの...私も一応☆★大学を出てそこから来ているんですけど、それではご不満でしょうか?」と言いたくなる。結局言わないんだけどね。前の病院からついてきてくれた患者さんたちは、よく分かっている。治療は器ではなく、主治医の行う中身が大事だって。...だから安心して診療を行える。新天地で初めてとった新規の入院患者さんにそういう形で逃げられてしまって、やり方を大きく変更しなければならないとすると...今後がちょっと不安になってきた。
2007年10月27日
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わざわざ映画館へ行って劇場版の「HERO」を観た。木村拓哉が特別好きなわけではない(かといって、アンチキムタクでもない)。「テレビドラマを映画で観ても」と辛口の批評があることも知っている。単純娯楽映画であろうと、ミーハーと言われようと、観たいものは観たい。2001年のテレビシリーズから、「HERO」は好きで、欠かさず観ていた。実在しえないほど正義感の強い主人公。そんな偶然はないだろ?というできすぎた話。いくら足を使ったとしても、通常見つけられるはずのない物証が出てきてしまう(全く知らない人のために説明すると、HEROは木村拓哉演じる、型破りで正義感の強い検事と、同じ支部の検事や事務官たちのストーリーである)。だけど、そんなことはいいのである。ドラマなんだから。フィクションなんだから。「HERO」のシリーズを観ていつも思う。「仕事は大変でも楽しくやりたい」「仕事は信頼しあえるメンバーでやりたい」「仕事は信念とプロ意識を持ってやりたい」「小さな仕事でも、ひとつひとつきちんとやりたい」「どうせ同じ仕事をやるなら、カッコよくありたい」「ついでに、ユーモアの精神も忘れなければ、もっといい」木村拓哉演じる久利生検事に憧れるのではなくて、「仕事は、ああいう風にやりたい」とあの職場環境に憧れてしまうのだ。...で、明日から気持ちよく仕事ができるように錯覚して帰るのである(笑)。そういう意味では映画も期待通りだった。韓国へ行く必然性には無理があったが、イ・ビョンホンを出すためと、ストーリー上日本語と英語以外の2ヶ国語が必要だったからということで、まあ目をつぶっておこう。
2007年10月23日
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退職した病院の看護師からメールが来た。「じゅびあ先生、××先生の送別会あります。他に医者で来るのは○○先生だけです。みんな、先生に会いたがってます。無理でなかったらぜひ来てくださーい」...ええっ、あたし?いくの?××先生と○○先生、というのはお互いに信頼して仕事をしてきた先生たち。例えば自分の患者さんが自分の不在時に調子を崩したとしても、その先生たちであればまず問題なく対応しておいてくれるという信頼関係で結ばれていた、ということ。これは本当に気持ち的なことだが、○○先生や××先生が主治医の患者さんに何かあって自分が対応しなければならない事態が生じれば、私は常にベストを尽くそうという気持ちになったし、実際、してきた。他の先生の患者さんの場合、精神科医として常識的な対応をしておいても、礼を言われるどころか後から文句だけ(それも本人に直接でなく、忘れた頃に会議などで欠席裁判)を言われることもあって、「実際こういう対応は患者さん自身の治療のためにはならないな...」と思いながらも、正直「ベストと思えない」対応をせざるをえないことも多かった。しまいには、「こちらの先生と私とでは、普段からあまりにも治療方針が異なりますので...」と触ることができず、病棟対応を断って聞かなかったことにしなければならないこともあった。そんなことも重なって、退職を決めたのだが。××先生と○○先生は、私の有志ヤミ送別会にも出席してくださったが、いよいよ××先生も、退職を決めたのだった。どうしても出席を、と請われて少し遅れてさりげなく加わるつもりが、なぜか拍手で迎えられてしまった私。「じゅびあ先生が辞められても、××先生がいるからいいや、って思ってたのに、××先生もこんなに早く辞めちゃうなんて」と口々に言う看護師たち。「▲△病院はどうですか?」...どうですかって言われても、なんと答えたらよいのだろう。でもって、☆☆先生は....だの、■■先生は....だの。みんな、愚痴をこぼしたかったみたい。○○先生と久しぶりに話をしたが、口ぶりでは彼ももはや転勤先が決まっているようだった。これだけ次々に医者が退職しようとしているにもかかわらず、院長はまだ強気の姿勢を崩しておらず、私の退職前まではお気に入りだった☆☆先生にまで、「当直対応が気に入らない」と同じような圧力をかけ始めていると言う。★★先生は医者の数が減ったことで、院長には今まで以上に強気の交渉をする気でいるらしいが、いくら何でも通せる★★先生とはいえ、そんなことが通るだろうか。久しぶりに加わったのに、まるで退職していないかのように溶け込んで楽しめてしまった。つくづくあの現場を捨ててしまったのは、惜しかった、と今でも思っている。私が辞めてもなお、経営者の狂気は続いている。帰りがけにも、みんなに言われた。「じゅびあ医院を開業してください。事務でも客寄せでも(笑)何でもやります!」「先生、患者さんに人気あるんだから、場所さえ選べば、絶対流行りますって。」「いやいやどうせなら、病床のある病院を...先生が病院始めたら、絶対そっちへ行きます!」...あたしゃまだ自宅のローンも残っているんだよ。
2007年10月21日
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...早期発見、早期治療。どんな病気だって、同じ。精神科の病気だって、同じだ。自分の行動にいちいち干渉して命令や禁止をする声が聞こえるその場にいないはずの人に監視されているように感じてしまうテレビが自分のことを喋っている時計が急に読めなくなった尖ったものを見ると目に刺さるような気がして目を開けていられない自分が電車の中でお腹が空いたと思うと電車の中の人全員が「あの人、お腹が空いているんだ」と思うように感じる誰かに話しかけられただけで触られているように感じる自分の「オナラ」がマンションの上の階の人に聞かれているように思う服を着ているのに周囲の人が自分の肛門に注目していると感じてお尻を押さえてしまう職場の書類を自分の服に挟んで帰宅しているような気がして干した洗濯物まで確認する幻覚とか、妄想とか言うと、「私はそんなことない」と言う人が多いが、こういう症状を何年も我慢している人は、実は沢山いる。何年も聞いていれば、「聞こえないはずの声」は「聞こえるはずの声」になってしまう。確信されてしまってから病院に連れてこられる患者さんが多いが、一番最初はそうでなかったと思う。「あれっ?おかしいな。そんなはずないのに」と思ったはずなのだ。そんなことを言うと周りがおかしいよ、そんなことないよ、と言うから、隠し通そうとする。そして自分の中で、「忙しすぎたかな」「ちょっと寝ていないせいかな」と言い訳するうちに、確実に病気は進行してしまう。実在するものと確信しているのだから、当然病気という意識はなくなる。本当にテレビが自分の噂をしているのだから仕方ないし、みんながその人のお尻に注目しているんだから家から出られなくなるのももっともだ。「そんなことないよ」と言われれば言われるほど、誰も分かってくれない、とますます孤立感を強める。そんなものを薬で治療するなんて言い出す精神科医を信じろって言っても無理だ。患者さんを取り巻く家族も、自分の身内がよもや精神病なんて、という気持ちが強い。信じられない、否定したい気持ちが強いから、言ってることがおかしいな、と思っても「ちょっと疲れているんじゃないの」と片付ける。上に挙げた例の中に、近い症状のある人、勇気を出して、早く受診をしてください。今は薬も進歩しました。治療が遅れるほど、精神病は以後のあなたの人生に、爪痕を残していきます。何年も放置していたという大物クラスは別にして、せめてもう1年早く私のところへ来てくれればだいぶ違ったのに、と思う患者さんがどれだけ多いか。早く治療を始めれば、隔離なんてしなくてよかったり、沢山の薬で鎮静をかけなくてよかったり、社会生活を失わなくて済んだりするのに。
2007年10月15日
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初診の患者さんを前にして、治療が必要かどうかという判断、治療を始めるなら、まず何から...という決定を下すのに、五感と脳を働かせる。診察の前に、まずワーカーさんや、研修医の先生が「インテーク」といって予診をとってくれる。生活歴、家族歴、これまでの経過や治療歴なんかをザラッと聞いてきてくれるもの。ただしこのインテーク、とる人の力量によって、情報量がかなり違う!有用性のある情報が多いインテークで、典型的な患者さんであれば、患者さんに会う前にほとんどの判断がつくことも。医者より診断の確かなワーカーさんもいるのだ(笑)。診察室では、判断が違っていないか確認するような形で問診が進み、効率的。患者さんを前にして、治療方法を選ぶとき、いろんなことを同時に考えながら、質問し、話を聞く。たとえば、自分で「私はうつ病だと思うんです」とおっしゃる患者さんと、「自分はうつ病になんてなるはずがない。これは怠けているだけだと思う。でもどうにもならない...」とおっしゃる患者さんでは、治療の選択が違う。「何もやる気がなくて、できません(実際しない)」という人と「次々仕事をしているけれど、うまくいかない。本当はもっとできるはずなのに、おかしい!(よく私は、空回り系、と呼んでいる)」という人とも、処方を変えている。同じように幻聴や妄想があっても、「怖いから自分の部屋にこもりっぱなし」なのを家族が引きずり出して連れてきたのと、「隣近所に仕返しして回っている」人を警察が保護して連れてきたのとでも、薬剤の組み方が違ってくる。高齢者で抑うつ気分、または被害妄想や徘徊のある方だと、認知症が入っているかどうか、でも治療パターンが変わる。確認強迫や不潔恐怖のある患者さんでは、その思考パターンに「ゆるみ」や「解体」がないか、つまりそれらの症状が思考障害によって出てきたものではないか、ということを注意して診察する。診断はもちろんだけど、その患者さんの思考や行動を止める方向に薬を使うのか、動かす方向に使うのか、一度はまず止めておいてから動かす必要があるのか。動かした時に予想外の行動に出るタイプの人か、動かしても良識ある行動範囲が保てるタイプの人か。ある大学の精神科で教育を受けた精神科医の多くは、精神病圏といえばまずR、うつ病圏だと思えばまずPという薬から使う。ずっとどうしてかな、と思っていたが、ある時そちらからいらしている若い先生に「じゅびあ先生は、患者さんによって最初に使う薬を変えているんですか!?」とびっくりされた。診断がついたら、こういう順番で薬を使うのが良い、と教えているんだろう。製薬会社さんの頑張りの結果か!?で、新しい薬が販売開始になると、みなやたらにそれを2番目あたりの選択に持ってくる。確かに新薬なら、薬価は高い。私は決して最新の薬を優先選択しない。新しい薬が、従前の薬よりも、全ての面において優れているということはないと思うから。最新の薬というのは、作用も副作用も、その薬の「効きグセ」も分からないことが多い。自分のよく知っている薬で改善できるのなら、何も慌てて使ってみる必要はないと思い、他の先生たちが試しに使っているのをそっと眺め、どんな効き方をするのか、様子見をしてしまう(ずるいかな?)。
2007年10月14日
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転勤に伴って、多くの患者さんが「じゅびあ先生に続けてかかりたい」と転医したことは、ここまでブログを読んでくださっている皆さんなら、よくご存知のこと。概ね、予想通りの患者さんがついて来ることを選択したし、予想通りの人たちがそのまま残ることを選んだ。残ることを選んだ人たちの理由は、自転車で通院しているので遠くなって通えない、私の転勤先が自宅から近すぎるために近所の目が気になる(!?)、自分は移りたいが送迎する家族が反対した、前の病院のデイケアに毎日通っている、などが主。近すぎる(笑)、送迎家族が反対、以外は予想できたので、私も最初からそういう患者さんたちにははなから残すことを前提に説明してしまっている。他に予想通り、と思うのは一見優良顧客だけれども、診察中の会話がいつも表面的で、私が内心「心の底では何を考えているのかわからないなー」と思っていたような人たち。必ずしも治療期間(お付き合い)の長短によらない。治療を開始して1ヶ月という患者さんでも、ついて来る人は、ついて来るもの。私の方がそう思っているくらいだから、きっと向こうも同じように感じていたんだろう。転勤を伝え、転医するか、残留するか、他の医療機関を紹介するかを尋ねた患者さんのうち、何人かが同じようなことを言った。患者さん:「△■◎病院(私の転勤先)は、評判が悪いでしょう」私:「えー?どうして?」患者さん:「あそこは、重い人が多いって」私:「ここは、軽い人限定の病院だと思っていたの?」...不思議だ。世の中、高度医療設備を備えた都市部の大きな総合病院に患者さんが殺到している。「あそこなら、重い患者さんでも診られるのだから、間違いない。」と思って。がんセンターの場合などを除き、「肺炎だけど、あの病院は肺がんの患者が多いらしいから嫌だ」「十二指腸潰瘍で手術するけど、大腸がんの手術か多いから嫌だ」とはあんまり考えない。伝染性疾患でもない限り、他の患者さんが何の疾患だろうと、どの程度の病状だろうと関係ない。むしろ、プライマリで診療すべき軽い疾患でも、総合病院や大学病院に来てしまう患者さんが多くて、困っている状態。話はそれるが、そこの医者はどうか、というと医局人事で、数年ごとにあちこちを転々としているわけで、「◎◎病院の先生だから優秀なはず、とか思ってしまう患者さんは騙されている!」といつも声を大にして言いたいと思っている。私:「あのさ、重い患者さんを診られるっていうことはスタッフにそれだけの力量があるっていうこと。軽い人はなおさら余裕で診られるってことなのよ。どこへ行ったって、治療するのはこの私よ。場所が変わって、あなたの治療が変わるはずないでしょ。治療内容なんて、器じゃないのよ。他の患者さんがどうかってのも、全然関係ないのよ。治療方針、治療内容は主治医で変わっちゃうんだよ。」この説明で、皆さん納得して転医を決められた。後から思ったけれど、入院患者さんに重い人が多い病院ってことは、軽い人を外来でよく維持している病院、とも考えられるわけ。外来でかかる分には、他の患者さんが重かろうと軽かろうと、自分は自分で全く関係ない。たとえ入院したとしても、本当はあまり関係ない。早く治療を進めて、早く退院することが一番大事。軽い患者さんを、やたらにすぐ入院させたり、だらだら長く入院させて貯めたりしてる病院ってその方が問題じゃないんだろうか。前の病院に入院したことのある私の患者さんたちは、肌で感じたはず。自分は後から入院したのに、先に退院するグループに入れた。周りの人たちの中には同じような疾患でも、半年、年単位で入院している人がいた。「ここに残れば、どうなるか。もし悪化した時に入院させられた場合、主治医によっては違う方のグループに入ってしまうかも」ということは私の患者さんにとって大変な恐怖だと思う。たとえば、見掛け上の器がこぎれいだから、という理由でも医療機関を選んではいけない。何のために入院するか、ということをもう一度考えてほしい。病棟に、長く住み続けるつもりなら別だが。これがまた大学病院とかだと病棟がどんなにぼろくて暗くても、患者さんも家族も、「やっぱり歴史と伝統があるのねえ」ってことで納得してしまうから、不思議なんだよね。入院した時の担当医は、ほとんど精神科経験1年目、2年目という先生たちになるはずなのに、私なんかよりずっと有り難く見えるらしいね(若い先生たちを育てることはとても大事なので、患者さんがガンガン大学病院にかかって下さることは、むしろ医者の側からして有難いことなのだ)、愚痴だけど。
2007年10月13日
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今日は野暮用で、名古屋へ行った。子どもの好きな「赤福」が、Kioskからも、松坂屋からも、姿を消していた。空のショーケースの上の立札の向こう側で、売るものもなく所在なさげに立ち尽くしているねーさんが、哀れだった。せめて休憩室で昼寝くらいさせてやればいい。仕方ないのでその前を通り過ぎて大口屋の「餡麩三喜羅」を買った。なかなか手に入らない朔日餅を買うために、赤福へ行ったこともある。2月の立春大吉餅、3月のよもぎ餅、4月の桜餅、5月の柏餅、7月の竹流し(水羊羹)、9月の萩餅、10月の栗餅、11月のゑびす餅(つまり、6月と8月と12月はあまり好きでなかったのだ)。そういえば、何年も赤福氷食べてないっけ...。札幌へ行った日は、白い恋人が姿を消した日だった。カシオペアから降りた札幌駅で、テレビカメラにマイクを向けられたが、何もコメントすることはなかった(私はこの手の商品なら、昔から旭川の「き花」のほうが好きなのだ。だが、このところ、白い恋人のあおりを受けて、ますます少量生産の「き花」を手に入れることが難しくなってしまった。)。赤福の前にテレビカメラはいなかったけど、赤福についてコメントを求められたら、語れたのに(笑)。偶然だけど、「赤」と「白」。次、私の行く先では何の名物が姿を消すんだろう...。
2007年10月12日
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職場が変わると、当然のことながら様々なシステムや流儀、人間関係が変わる。私は精神科医師だから、患者さんを診療する、という業務の本筋は変わらないけれど、その手順とか順番とかが変わったりする。転勤した先が天国ではないことは、分かっていた。どこへ行っても、合う人と合わない人があるし、私のことを嫌う人もいるだろう。何もかもうまく行くことを期待して、転勤したわけではない。だが、表題のとおり、システムとか、院内ルールとか、そういうものへの適応が、前の病院へ赴任した4年前より、悪く(遅く)なっていることに気づかされるのだ(笑)。順応性が、明らかに落ちている。30代前半の頃は、少なくとも頭脳労働に関して、20代の頃との違いを感じていなかった。ところが、今、歴然と感じる!びびった。ゾーッとした。これって、40代で転勤することになったら、どうなるのよ!?って思う。私の転勤に伴って転医(受診先医療機関を変えること)してきた患者さんでも、同年代の人は多い。うつ病などの発症をきっかけに、持ち場を変わった人も多くいて、そんな患者さんを相手に、訊いてみる。「ねえねえ、やっぱり30代後半になると、仕事の内容が変わったり、場所が変わったりしたとき、すぐに適応できない?私、ご存知のように、病院代わったでしょう?で、ほら、いろいろ細かいところ、システムが違うでしょ。前の病院に赴任した時は、30代前半だったんだけど、その時と明らかに、違うの。すっと入れないのよ。なんか倍くらい時間かかってさ。」患者さんたちは、みんな親近感をもって「うんうん」と頷いてくださる。「僕も40近くなってきて、今までと違うのを感じるよ」なんて慰めてもくださる。もちろん、ここでは当分踏ん張ってやっていくから、患者さんたちには安心してもらってていいんだけど。なんかまだまだ、あちこちで余計な気を回しては、気疲れする。余分なことまで言っちゃったり、逆に、何も言えなくなっちゃったり。自然体でやっていけるのは、少し先になりそう。今は患者さんの前に出ている時が、一番自然体になれてる気がする。
2007年10月12日
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ノートも、デスクトップも、3年保証を付けて使っている。ノートには粗相で紅茶を飲ませてしまったこともあるし、デスクトップとノートのハードディスクが、ほぼ時期を同じくして故障したこともある。私の勧めで3年保証を付けて買ったほかのDrからは、何とバックアップ直後(同じ日!)にハードディスクが故障したそうで、「じゅびあ先生のオススメに従ってよかった~」とお礼の言葉をいただいた。PCでテレビを見ようと思わないし、動画もいじらないし、メールのやりとりとレポートなんかを作るときに使うのがメインだから、それほどハイスペックなものは必要ない。だが、OSとセキュリティソフトだけでも、「場所を取る」ので、キャッシュメモリだけはケチらず、CPUもそこそこのものを載せるようにしている。そんなわけでここ何代かのPCは専らメーカーのダイレクト通販。必要なスペックだけを確保して、あとは簡単にして購入。だいたい、3年少し超えたあたり~3年半くらいで、ある日突然、ワードを起動するだけで時間がかかったり、ブログを書いていても変換に一瞬の間が空くようになり、世代交代。今回も、3年半でその日がやってきた。9月下旬に症状が出始め、2日で買い替えを決意。一通りクリーンナップなんかもやってみるが、ノートンを2回もバージョンアップするとアップアップするに決まっている。ノートンの更新期限が残り1ヶ月、3年保証期間は少し前に切れている。9月末に新しいPCが届いたが、転勤がらみで忙しく、すぐにデータの移し替えができなかった。やっと今日、やれた。満足!古いPCの買い替えサービスを申し込んで、終了。3年保証を使わずに通ったPCって、よく考えると、これだけだったな。そんなわけで、ブログもちょっと書きにくくって。また新しい職場の話なんか、少しずつ書いていくね。
2007年10月07日
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9月に入ってから、いくつか私書箱にメッセージをいただいた。というかそれまで私書箱の存在に気づいていなくて、下のほうまでスクロールして、今日初めて気づいた(笑)。無反応、と思われていた皆様、ごめんなさい。むかーし、私がうさぎのホームページを持っていた頃に、訪れたことがある、とおっしゃる方。あのホームページは、作成ソフトを使わず、自分でHTMLタグを秀termか何かで、書いていたんですよ。私もとても懐かしく、メッセージを拝見しました。あの頃は私も若かったし、離婚してなかったわ(爆)。それにもちろん、うさぎ関係のお付き合いをしていた方々は里親さんたちを除いて、私の本業をご存じない方々がほとんど。多分、精神科医と聞いて、意外だったんじゃないかと思います。あと、ちょっと(かなり?)難しいご相談を書いてくださった方。難しすぎて、すぐに回答できない状態です。児童思春期の精神科、というのは別に専門があるくらい、独立した領域なので、私の経験からなかなか直接お答えできなくて。ただ、質問を下さった方のためだけを考えてお話しをさせて頂くなら、相手の方とは可能な限り距離を置くことが一番だと思います。事態はますます複雑になっていくし、巻き込まれてしまうよ...。
2007年10月03日
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