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朝夕ぐぐっと温度が下がるようになった。耳やあごの様など尖った部分がチャリに乗ってると痛くて適わない。冬の到来だ。義理の甥が遊びに来た。彼はクォーター日本人で三歳半。むちゃむちゃかわいい。とにかく次から次へと興味が湧いてエネルギーの尽きる事が無い。毎日じゃ身が持たないが、たまにならとっても楽しい。ただのうるせぇガキにならない理由は彼が恐ろしく知的でもあるからかもしれない。恐竜に非常に興味のある彼はその名前と時代を覚えた末に、ビッグ・バンの前にまた世界があり、宇宙は果てしの無い伸び縮みを実は繰り返しているだけだ、という科学者が未だ難しく考え込んでしまうような想定をいとも簡単に思いついたりする。最初、多動症かなとも思ったが少し自閉症気味なのかもしれない。非常に社交的で素直な性格の自閉症児。実際パートナーの家系は軽い自閉の気が少し入っていると思う。男三人兄弟それぞれ集中能力が半端じゃなく、みんな自分の好きを生かしてとてもエライことをしている。一人がアイルランドに居るので三人揃う時は滅多に無いが、集まったら見ものだ。話のスピードとトピックの際限の無さ、何時間でもぶっ通しで話せるエナジーはもう躁病者のそれだ。私はもう話しに付いていこうなんてムダな努力はしない。ただ眺めてステップ・シスター達とお菓子をぼりぼりかじりながら、ゴシップに高じたり子どもの話をしたりするのだ。そして実はうちらが彼らをひそかに尻に敷いていることを満足げに確認し合うのだった。いつの時代も女は強くなくちゃ、と思う。
2004年11月29日
今年のニュー・イヤー・レゾルーションは楽器を弾きながら歌えること。残りわずかになった今年の目標を達成すべく、この頃毎日練習。カラオケもやらないし下手くそなので家族の居ない時におもいっきり歌いたいのに、みんなしょっ中家に居る。しょうがないから開き直っている。今やってるのは「ハウス・カーペンター」で、ジョニ・ミッチェルも歌ってた有名なバラッドだ。曲はある日突然現れた昔の恋人の話。彼は水兵さんで、帰ってきたら元彼女が結婚して子どもまでいた。「おれなんか、王様の娘とだって結婚できたのにしなかった。全て君の為だったのに」と愚痴り始める。説き伏せられて元かのは泣く泣くベイビーと大工の旦那(当時不在)を残し彼との船旅へ出るが、最後には船が沈んでしまう。いかにもアメリカ民謡らしい結末。誰かが死ぬ。暗い曲でも淡々と歌うのがコツだ。とてもシンプルなメロディーだが弾きながら歌うのは難しい。でもちびっとは形にはなってきたと思うんだ。来年の目標は公共マーケットでの路上演奏にしようかな。
2004年11月27日
この頃病院づいているのだ。昨日は義父の入院見舞い。彼はタバコをやめてもう一年になるけど、それまでの殆どの人生をタバコ吸いに費やしてきた。当然肺の機能はめちゃくちゃ低下していて、使い物にならない所を切ったのだ。カナダでタバコを吸うというのは金持ちの娯楽であるはずだ。タバコ一箱500円以上する。なのに実際吸っている人の多くは労働クラスから下。このクラスを形成する人種、それと繋がる文化や教育に喫煙は強く根付いている。それに金持ちの様に他に沢山の娯楽がある訳でもないしねぇ。私も人生の5/1位の間、吸ったろうか。そのうちの2年ちょいくらいはチェイン・スモーカーだった。今は全く吸わないが、ふとした瞬間、例えば友達と居酒屋に飲みに行ったり、キャンプ場で仲間とジャムしてる時とかにあの臭いと感覚が恋しくなる。実際、5年程前に一度誘惑に負けて吸った事があったが、もう口が受け付けなかった。シンプリー、「不味い」と思った。感覚だけ、大切に思い出としてとっといた方が良いのですね。例えるならKFCから放たれる香ばしい臭いだけをエンジョイして、実際食べない方が良い様に。
2004年11月26日
チャリ友で仕事仲間のEのお見舞いに病院へ行く。先日仕事帰りに交通事故に巻き込まれた彼女だが少しづつ回復に向かっている。ほっとした。入院中退屈だろうと思って本を買っていく事にした。笑える本にしようと思い買ったのが「ダーウィン・アワーズ3」(ウェンディ・ノースカット著)。帰る途中まで忘れてた。この本、「アホな死をもって自らを人類の総遺伝子から取り除き、よってより良い遺伝子だけを後世に残す事に貢献した個人に贈る」みたいなサブタイトルが付いてる。要は実際に恥ずかしい死に方をした人を「ばかだね~」と言って笑おう、と言う趣旨の本だな。そんなもんつい先日死ぬ目に遭った人にあげるなよ、自分~!と思ったらこっ恥ずかしくて穴があったら入りたくなった。ま、Eという人柄「がはは~」と笑い飛ばしてくれるとは思うんだけど。タイミングが悪かった。でもこの本、ほんと大笑いできるのね。もし私がホーマー・シンプソン並のすっとぼけた事をして死んでしまったら、この本に載せて欲しいと思う。
2004年11月25日
頭にほけっと穴が開いた様な状態になっていたこの三、四日。がんばって9月の終わりから毎日書いてたんだけどな。ま、この先またぼちぼち書いていくとしよう。それにしても最近の肩の凝りようは半端じゃない。ストレッチは毎日するようにしているが、最近は本格的にヨガを習おうかなと思っている。出不精の上、せっかく家族と過ごせる休日に習い事したく無いんだけど。肩こりの原因となるのがバイオリンを弾いているという事。三年前弾き過ぎで肩を壊して以来、弾き方を変えてみた。顎を使わず、うんと下で腕で抱え込む様にして弾く。特に最近は歌いながら弾ける一人芸を習得中で、顎が自由になるこの新しい持ち方は上手く行っていた。それがこの頃はどうやっても身体がぎしぎし言う。自覚が無くても身体は年をとってるのね。特に運動しないとなまりは加速する。ちょっとアグレッシヴになって体のあちこちに刺激与えてあげよう。
2004年11月24日
明日は娘の学校が休みなので、今夜はすでに週末の様だ。早く寝ないで良い日、彼女(もうすぐ11歳)は本を持って私達のベッドに潜り込む。多分今日はこのまま寝てしまうつもりだろう。大して大きくないサイズのベッドの上にパートナー、私、そして娘(たまに猫も)が勝手な方向を向いてトドの様に寝そべりながらそれぞれの事をする。そしてふと、足をベトッと付けて来たり思い思いにボソッとしゃべったりする。時々誰かのおならが静寂をくずす。うち流の「ファミリー・タイム」。私の好きな時間だ。
2004年11月19日
映画「コントロール・ルーム」見る。アラブ語系報道局を通して見るイラク戦争と、その報道のあり方についてのドキュメンタリーだ。物凄くパワフルで見た後ショックを覚える。この手の、平穏な生活の最も反対側にあるもの(戦争や飢え等)を目の当たりにするといつもの事だが絶望的になる。起こっている事の規模があまりにでかくて、途方に暮れてしまうのだ。でもこの映画のメッセージは何も出来ないと思う自分を貶める事でも、だからといって見なかった事にしましょう、と言うのでもない。物事にはいろいろな視点があるべきで、大切なのはそれらを知る事、そして自分で考える事だ、と教えてくれる。その「いろいろ」を提供するのがミディアであるが、現在アメリカ国内で偏りがあるのは周知の事実だ。カナダは、特に国営放送はアメリカの放送局と比べると多少人道的だが、全体的にはやはりお隣の強いお兄ちゃんを怒らせない程度の情報をさらっとドライに流す、といった感じだ。知り、そして考える、か。わかっちゃいるけど情報量は膨大だし難しい。「考えずに人からの指示を待つ方が楽だし、責任を問われなくて安全だ」という事をずっと学んできたからね。ま、少しづつやってみるか。
2004年11月18日
パートナーの誕生日が終わり、今度はあと半月で娘の誕生日だ。今年は娘とバースデーが同じという友人と一緒に祝う。プレゼントは娘がこの間話していたジル・ソブーレというアーティストのCDにしようか、と考えていた時娘が「誕生日にピアスをしたい」と言い出した。彼女は4歳ぐらいの頃からピアスしたいといっていたが、今回は本気っぽい。友達も開けてる子多いし、私が一緒に開けてくれるなら是非、という話。既に5つ開いてるしな、別にそれ以上でも大した問題じゃない。承諾した。私が最初のピアスをしたのは18の時だ。高校時代既にピアスしていた友達はいつも学校では髪で隠してた。開けてみれば別になんでもない。ただのイヤリングなんだけど、あの当時は大人になる、しかも何かワルな大人になるみたいでビッグ・ディールだったのだ。ヘビメタやパンクは卒業してたのにピアス一つで突然ワルになる自分。今考えるとかわいい。娘も今から大騒ぎしている。
2004年11月17日
ぎっくり腰二日目。痛みはそうたいした事無くなったが、大事を取って明日まで仕事の休みを取った。身体が資本だしね。ここで無理して腰を壊して、一生この仕事が出来なくなったらあほらしい。もともと仕事前に友達と会う約束をしていたのが、休みを取ったおかげでゆったり過ごせる事になった。少し身体を動かしがてら、近くのカフェにお昼を食べに行く。ナース学校時代からの友達V。早いもので学校を卒業してから2年経つ。学校が始まって間もない頃、私は慣れないクラスと大量の宿題で毎日半べそをかいていた。その上バンド活動や家事が重なって、今となってはよく発狂しなかったなと感心。やっと慣れて学校に行くのが楽しくなったのは半年過ぎた辺り、VやJと席が近くなってからだ。いつもそうだが、私は物事や人に慣れるのにえらい時間がかかる。でも最近もう一歩進んで「時間を掛けさえすれば後はいつも何とかなっている」という事実に気づいた。焦らなければ、自分にあったペース、やり方、気の合う人、みんな見つかるのだ。実は今とても気長に探しているものがある。いつか見つかるといいな。
2004年11月16日
3つの願いが叶う、という夢を今朝起き掛けに見た。2つまで思いついた所で起きてしまった。ただの夢であろうとも残念。1つ目の願いは「ウィッティーな人になりたい」だった。私は短気で大雑把の上機転が遅く、ウィットに富んだ人に憧れる。だがウィットはヒューモアや想像力と同じで、勉強して身につく代物では無い。それなりにハウ・トゥ本なんかも出ているが、それって何かセルフ・コントラディクティングしてると思う。もう一つは「カンフーのマスターになりたい」だった。願いの直後、悪者をコテンパンにやっつけたのは爽快だった。この願いなら努力次第では何とかなるかもと後で思ったが、昔合気道が1ヶ月位しか続かなかったのを思い出した。情けない。しかも今日はぎっくり腰で仕事行けなかったし。子どもは空が飛べるようになりたい、と何とも夢のある事を言う。そのうち思春期を迎える頃には「痩せたい」とかつまらない願い事をするんだろうか。
2004年11月15日
娘が最近好きだという歌手を教えてくれた。今まで私のかける音楽を黙って聞くか、私のCDから聴いていたのが、最近は自分で探してくる。あぁ、大人になったな、と感慨深くなる。で、この歌手ジル・ソブレというんだが・・・何だか変だぞ(プロフィールを参照)。個人的にこういうテイストを持った人は物凄く好きだが。歌はというとポップである。「あたし女の子にキスしちゃった~」みたいな歌詞で。・・・娘がこれからどんな音を好んでいくか楽しみだ。ところで今日はパートナーの誕生祝いをやった。家族と友人を呼んでの集まり。大きなパーティが年々嫌いになるのと反比例して、「家族」と呼べる人達の寄り集まりが好きになる。私、昔は家族行事なんて必死で逃げたけどね。これも年を取るという事なんだろうか。
2004年11月14日
日記をいろいろな目的で使っている人がいるだろうが、私は自分を理解する為の1つのツールとして使っている。普段ぼんやりとでも自分が好きな事、嫌いな事、その日起こった事に対し感じることがある。その色々な感情をリファインして行くと私という人間のエッセンスが残る。だから日々心に沸き起こる感情は小さくてもやり過ごさず、書き留めておきたい。オーディエンスがいる、というのは支離滅裂になりやすい私の文章に良い歯止めをかけてくれるのでありがたい。昔の自分の日記は書きなぐりだったので、自分が書いたにもかかわらず後になって全くちんぷんかんぷんな事もあったのだ。私のパートナーが日記を書く私をたまにひやかすので、(彼は時々エキサイトで翻訳して変になっちゃった私の日記を読んでる。かわいい。)ハニー、駄文にもそれなりの背景はあるのよ。
2004年11月13日
マイ・コンピューターが壊れたかもしれない。今日のバンクーバー、朝からスカーッと晴れた。あぁ、なんて良い日だ。外に出たら行き交う人みんなうきうきした感じで、思わず「こんにちは」以上に会話が弾む。さて夕方、外が暗く寒くなってきたので、家に入ってちびっとお酒でも飲もうと思った。今日も一日良く働いたしなぁ、と誰に向けるわけでもない言い訳をする(東海林さだお風)。そして注ぐ時勢いあまって、カップの外に数的漏れた。運が悪い事にカップはキーボードの真横にあったのだ。ワードの調子がおかしいので再起動を試みたが立ち上がらない。買った当時は飲み物等気をつけていた。でもそれは3、4年前の話だ。「あぁ、このアル中めが!」 と、一通り自責した後、「ボケた事をしてしまった時は、隠すより公にするに限る」と思い、気を取り直して人のコンピューターを借りて日記を書くことにする。とりあえず明日まで待ってみよう。乾いたらまた動くようになるかもね。:) 今日はこれ以上考えないようにしよ。
2004年11月12日
バンクーバーでオーロラが見れるかもしれない、とパートナーが言っていた。何でもソーラー・ストームというオーロラの発祥原因になる電気の嵐が1週間半程前に大発生したらしい。昨晩はミネアポリス(ミネソタ州)で見えたらしい。でもなんでミネアポリスみたいな北極から離れた大都会でオーロラが見えるよ?大体、オーロラって何よ?普段ものすごくいい加減な私だが、こういう事はきちんと知りたい。ググってみた所、宇宙でできた「太陽風」なる電気の嵐は地球にも降り注ぐ。その電気が地球の大気と摩擦してエネルギーを放出するとオーロラになるらしい(雷みたいなもんか?)。電気は磁力線という地球の帯に沿って流れるのでカーテンの様に見える。必ずしも北極に近い所でしかオーロラが見えない訳ではなく、緯度「60-70」辺りの帯で一番見え易い。「オーロラ 50のなぜ」:http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/ste-www1/naze/aurora/aurora02.html ほほ~。バンクーバーは緯度49.5。緯度45のミネアポリスで見れるならバンクーバーでも見える筈なんだ。見たいなぁ。今日は天気がいいので夜になったら空を観察してみよう。
2004年11月11日
オフ初日。朝起きぬけに溜まりきった洗濯物を見た時、がっくりすると共に鳥肌がたったが、「とにかく始めなきゃ終わらん」をキーワードに黙々とランドリーを行き来する。その間掃除をして、それが終わったら買出しね。週一回の買出し。私はアンチ巨大スーパー(セーフウェイやコスコ)派なので、家族経営の小さなお店や小型スーパーを何軒か歩き回って必要なものを買いそろえていく。割高になろうとも、この方が断然質のいいものが手に入るし、利益が店の株主ではなくオーナーに直接反映される。私はドリトスを食べるクセに妙にこういう些細な所でポリティカルなのだ。この矛盾は映画「ボウリン・フォー・コロンバイン」でマイケル・ムーアがコーポレーションを叩きながらウィンディーズだかマクドナルドのハンバーガーを食べるのに似ている。(似てないか)買い物から帰るとハッピー・アワーの始まり。色んな種類のチーズや焼きたてのパン、色とりどりの新鮮な野菜は見ているだけで楽しい。それをちびちびっとやりながら料理するのが私のオフ初日の通過儀礼となっている。
2004年11月10日
私のパートナーは楽器職人だ。バイオリンやベース等の弦楽器を手がけたり修理したりする。自然とうちにはいろいろな楽器が出入りをする。バイオリンは作られて100年以上経ってるものも珍しく無く、今まで私が見たうちでは300年前位の物もある。ただ、古いから良いという訳でもないらしく、多くのミュージシャン達は19世紀に作られた楽器を好むらしい。私はそれぞれの楽器にまつわる歴史や物語を持ち主本人から聞くのが大好きだが、それを何代も遡って知っている人は殆どいない。かくいう私も自分の楽器について殆ど何も知らないのだ。二本持っているうち、一本は70年代にホフナーというドイツのメーカーが作ったもので、一代目のオーナーは私のバイオリンの先生だったと思う。もう一本はパートナーが業者から譲り受けたもので19世紀のベニス物という以外は知らない。どんな人がどんな風な音楽を弾いたのか、想像は膨らむ。「レッド・バイオリン」というカナダ製の映画があったんだが、あんな風なドラマがあったのかも知れない。私自身このバイオリンのドラマに加担している訳なんだけど、冗談で時々「パープル・ヘイズ」や「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を弾くふとどき者として物語から除外される、なんてこと無きゃいいがなぁ。
2004年11月09日
海外暮らしが長くてもホームシックは突然やってくる。ぼんやりとしか覚えてないが多分夢のせいだろう。朝起きたら強烈に日本が恋しかった。経験から言うと、私は美味いものを食べると幸せになって悲しかった事を忘れてしまう傾向がある。で、美味いものを食べる事になるのだが、ホームシックの時はしっかり日本食を食べる。凝った日本食を作る必要は全く無い。逆にシンプルな方がささっと作れて良い。と、言う訳でおにぎりを作る。うちのレシピーは梅干、のり、あら塩と炒りゴマだ。ご飯をたいてからゴマを大量に入れるので口中で弾けて絶妙だ。娘もにぎりを手伝う。作業しながら、私は80や90になってもきっと時々こうして自分の為にしゃかりきにおにぎりを握ってんだろうな、とぼんやり思ったらほほえましくなった。
2004年11月08日
何も目新しい事ではないけれど、この季節バンクーバーは呆れるほど雨が降る。今朝どしゃ降りだった雨は、夜11時に仕事を終えて帰ってくる時もまだガンガン降っていて、帰り道の所々に川や滝ができていた。こういう天気が冬は連日だったりする。こうなるとチャリ漕ぎは「風呂に入る」とか「泳ぐ」等とも表現されたりする。そこでライダー達は重層な雨具を装備する事になる。私も去年思い切って靴カバーやパンツのいい物を揃えた。さすが高いだけあって水一滴通さないのに通気がいい。うわ、うれしい~。乗りながらべしょべしょの顔と比べて足や手などがすべすべな事を確認する。中身は割りと快適だが外見は無残なんだろう、きっと。時々車が道を譲ってくれたりする。暗く、冷たい大雨の中の通勤だけど、暖かく乾いた家が待ってると思うと大坂を登るペダルの力も湧いてくるのだ(BGM:灯 BY YMO)。冬はまだこれからだ。
2004年11月07日
クレイグズ・リストというブレティンがあるんだが、この所アメリカンによるカナディアンとの結婚を求む、という個人アドの数が急上昇している。もちろん向こう四年のブッシュ政権に懸念を抱いた人達が載せているんだけど、実際これで結婚する人がどのくらい出るのかは定かじゃない。おそらく殆どはひやかしだろうし、実際会うところまで行っても事の大きさに怖気づく人もいるだろう。地続きで同じ言葉を話し、宗教背景も同じ、人種だってミックスのカナダとはいえ、アメリカ人にとって「外国に住む」ということに変わりは無い。バンクーバーは彼らの夢の新居として人気が高いらしいのだが、流れてくるハードコア・デモクラッツ達が、やはり金の亡者で独裁主義のキャンベル州知事を見て「なんだ、ここも似たようなもんじゃねぇか」とがっくりしないといいけどなぁ、と思う。
2004年11月06日
仕事のオフ日はたいがい寝る前、子どもに本を読むようせがまれる。もうすぐ11歳になるんだがなぁ、と思いつつ声色を駆使する(といってもせいぜい高、中、低の3種類)。彼女が選ぶ本は全般的に魔法使い、冒険物が多い。今は「イラゴン」というドラゴン使いの冒険小説を読んでいる。この本、著者が15歳で高校を卒業した時に書き始めたとカバーには書いてある。すごい想像力だな~。それにおもしろい。映画でも本でも途中「何で?!」と沸き起こる疑問に自然な形で答えられてないと感情移入できないんで、ハリーポッターシリーズなんてのはその辺つらかった。今までの中ではアース・シー・トリロジー、指輪物語、ナルニア共和国なんてのがヒットかな。私のパートナーは彼でSF物を中心に読み聞かしている。本を読み続けるのは何時まで彼女に読んであげられるか分からない、というのもあるが正直自分の為でもある。ちびっとは文学的なインスピレーションがないと罵倒ばっかになっちゃうのだ。自分の母国語の様に。
2004年11月05日
ブッシュ再当選。国再建とデモクラシーの名の下にこのままイラクでは死者が増え続ける訳だ。妄信的クリスチャン達が選んだ結果。キリスト教徒と言うと慈愛的という印象だけどアメリカ人の多くにとって「ゲイが正式に結婚できない」、「女性がレイプの結果できた子どもを墜胎できない」事の方が遠くで起こってる戦争より、自由や自国の福祉より大切なのね。残念だわ。さて、ブッシュ政権のカナダへの影響はというと周りでは「No Surpriseだが Same Old Bullshit」という見方だ。BC州に限ってもエコノミーのトップ1,2のツアーリズムと木材輸出はCADがここの所高いことで対アメリカでは引き続き落ち込む、と経済学者が言っていた。アメリカにとってカナダは問題外だと思う。よく用いられる例えだが、どんなにがんばってお兄ちゃんと対等に付き合おうと思っても影響力は無く、弟はサイコの兄ちゃんに振り回され、挙句に「俺には幾らだって子分がいるんだぜ」ってな態度を取られる。私のパートナーはカリフォルニアで高校時代を過ごしたカナダ人だが、地理でも北のボーダーの上、アラスカ以外には「雲がかかってた」らしい。笑い話である。
2004年11月04日
日本酒が好きだ。強くはないが720ml入りを二回に分けて飲むから、一回で二合の割りか。それ以上は普段飲まない。バンクーバーで日本酒好きだとつらいものがある。カナダの酒屋は普通州営で、日本の様な販売機などカナダ人には想像しがたいだろう。でも営業時間外で血液中のアルコール・コンテントを上げたければパブ等で割高のビール、ワイン等が買える。普通に手に入るのは月桂冠、月桂冠ドラフト、そして白鶴の三種。大きな所へ行けばセコいサイズの純米なんかが17CAD(1500円位?)買える。ぼったくり。三種の中じゃ比較的辛口の白鶴は約10ドルちょい(900円)。グラスに沢山氷を入れて、ライムの皮を入れて飲むのが私流。よほどでない限り熱燗にはしない。ところで昔チャイナタウンに住んでた時(昨日書いたRの家)、近くのボロいコーナーショップにむちゃくちゃ安い中国産ライス・ワイン(イリーガル)が売ってた。料理用なんだろうがやたらアルコール量が多く、味も何もあったもんじゃない。酔い目的の酒としか思えなかった。あんなもんをSAKE(サキ)とごっちゃにされては憤慨である。今夜は大統領選挙の集計をCBCのキャスター、愛するピーター・マンズブリッジ氏を肴に飲むとするか。
2004年11月03日
知り合いが死んだ。ジャンキーで前の大家だったRはいつも金に困ってて(実家は大金持ちらしかったが)、家賃を割引する見返りに月末より前払いのキャッシュを好んだ。彼の持ち家から引っ越して以来会うことは少なかったが、会う度に奈落に落ちていくのだけはわかった。どうしようもない人間だったとは思うけど、どこか憎めない人だった。そんなことを考えていたら友達が偶然、ずっと前に送ったメールの話を書いて寄こした。中島らもが死んだ時に私が友達に宛てた物だ。「中島らも死んじゃったね~。寂し~!私、3月に帰ったときだって2冊くらい買ってきてたんだよ。彼のエッセイってちょっと寺山修二を思わせるっつーかね、世間から「ろくでもない」と思われてる人達を毒づきながらどこかやさしかった気がするよ。自分がろくでもないって前提があったかな。べつに賞賛してる訳じゃないけど、否定は絶対しないの。なんか「ま、しょうがないよね。そうなんだから」みたいな感じになるんだ。読んでて。結局、自分がその境地に入れる人って強いよな。私の好きな作家やミュージシャンは、そういう人ばっかだな。チャーミングなろくでなしっつーの?私ら別に人生のうちですんごいことする必要ないんだよね。特に私なんか不器用だし。でも自分を肯定するっつー、シンプルなことがとっても難しいのよ。だって自分って誰よ~?!ってみんな思うじゃんね。でもまー、年取るっつーのはこういうことな訳で。ちびっとづつでも分かっていければそれで充分なんじゃないかね。」ほんと、そうだと思う。R,RIP。
2004年11月02日
クライアント達の心臓を気遣ってマントととんがり帽子だけの「プチ・ウィッチ」で仕事場へ。それでもみんな気に入ってくれてた。今夜私が仕事だったので、うちでは昨夜近所のパレードに参加した。Rのドラムバンドに合流するつもりだったが、約束時間に遅れた上、あまりの人手で諦める。でもうろうろするだけでも楽しめた。娘の額縁コスチュームは金曜に何とか完成。額縁の中の絵は「スペインの商人」という設定(プロフィール参照)。ダンボールで作ったものを針金やベルトを使って彼女の身体に固定する。シンプルに見えるが構造がやや複雑。パレードでも人気があり、写真も撮られたし特に日本の若いオネェちゃん達から「かわいー!」と声がかかってた。これから向こう一ヶ月分位の菓子をもらって来た娘。コーヒークリスプは全部私のね。
2004年11月01日
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