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警備員バイトの研修。警備員というのは、一号から四号まで大きく分かれていて、それぞれ施設警備、雑踏警備、輸送警備、身辺警備のこと。土木工事や建築現場なんかで立ってる警備員は二号雑踏警備で一般的なヤツ。ビルとか店舗なんかに立ってる警備員は一号施設警備で、僕はこの施設警備の研修を受けさせられたのです。正直、僕にとって警備員なんて仕事はバイトでしかないので、真剣さの欠片もない仕事ぶりなのですが……まあ、今年いっぱいくらいは、このバイトで食いつないで気楽に好きなことやって、来年になったら、そろそろ真面目に就職先を見つけようかなと思ってます。で、この研修。僕が最も苦手な雰囲気を醸し出していて、憂鬱極まりない。プチ軍隊チックな実技訓練。うぅーむ…。具体的な内容はといえば、消火器やら消火栓やら火災報知機やらの使用法。僕はこれでも甲種防火管理者の資格を持っていて、前の職場で防災計画やら防災訓練やら消防とサシで遣り取りした過去を持っているので楽勝。しかし疲れる。精神的に疲れる。「あ、俺、いまブルーカラーだ…」とつくづく思い知らされました。僕の友人で土日だけ警備員のバイトをしていて平日はヒモという人がいるのですが、彼曰く「警備員はホームレスの一つ上の階層」とのことで、すんごく納得してしまった次第。僕は民主主義者でもヒューマニストでもないので、「職業に貴賎はある」と思ってる人でなしですが……まあ、そういうことです。そんなに熱くなるなよ……ねえ?
May 26, 2005
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文芸同人誌製作中……。こんな年になってまで、「文学」とか言ってる自分に赤面しますが…。同人の一人がホームページ作ってくれました。http://www.geocities.jp/secondcoelacanth/index.htm参加者随時募集中だったりします。まあ、あれですね…。夢がないより、あった方が良いですよね……ね?夏には完成させたいです。出来たら新宿の模索舎や、中野のタコシェなんかに置かせてもらう予定。でも店舗で委託販売なんてタカがしれてるので、主にネット販売になるんだろうなぁ…。そんなわけで、変な広告代理店のおじさんと話したり、ポエトリー・リーディングを見物したり、ネットラジオやってみようしてたり、という日々です。うーむ。しかし何より原稿はやく書かないとなぁ…。
May 25, 2005
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今日は仕事が終わっても、何故だか疲れていなくて元気だったので、コインランドリ-で洗濯などして、外に出て煙草を吸いながら友達に電話などして、ふと空を見上げると月が綺麗で、涼しくて気持ちが良かったので、散歩をしてみようと思いつき、前から行ってみたいと思っていた哲学堂へ行ってみようと思いました。哲学者であり妖怪博士であった井上円了の作ったという公園。でも開園時間が5時までで、着いたら閉まってた…。仕方がないので新井薬師に行く。なかなかの雰囲気だが、ベンチとかないので落ち着けない。ので、帰り道ついでに平和の森公園に行く。中野刑務所の跡地に出来た公園。ベンチに腰掛け缶コーヒーを飲みながら煙草を吸う。何だか馬鹿らしくなってきたので、帰る途中、僕の住んでいるアパートのすぐ近くに美術館を発見。嫁菜の花美術館とかいう美術館で、「嫁菜の花」とは人知れず咲く花という意味らしい。なんか無名のそこらへんの人の作品を展示しているらしい、小さな小さな美術館。うーん、近所にこんな所があったのか。大きな銭湯や、コンビニや、蕎麦屋を見つけて、なかなか充実した散歩でした。
May 20, 2005
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暑い。太陽を呪い、日中イライラして、体力を消耗。ムルソーのように「太陽のせい」にして不条理の世界に突入したくなる…。でもしない。僕は常識ある小市民。「だからお前は駄目なんだ」とダイモンの声。銃をくれ、うつむいたひなげし。踵が痛い。汗腺から滲む汗の粒が光り輝く。夏。夏?竹林に湧く黄色い小さな虫。蚊柱。死にたくなる…。でも死なない。「だからお前は駄目なんだ」とダイモンの声。文庫のページが落丁。ビデオテープが劣化して映画が観れない。水道局から料金未払いの通知。深爪。痰のからまった咳。衣替え。無政府共産制。本日の心象風景。特に意味は無し。
May 19, 2005
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最近の警備バイトの現場は都内某所の病院。20年前にホスピス病棟を作った日本でも先駆け的な病院らしい。ホスピスというのは、いわゆる終末医療とか緩和医療ってアレですね。治療を目的としない、最期の時間を苦痛を和らげるための医療。フランネルに包まれた清潔な死…。なんだか体の内部をくすぐられているような感覚ですね。その病院はキリスト教関連の病院なので、院内に教会や修道院なんかもあって看護婦さんより、シスターの方が多いんじゃないかってくらい、いっぱいいたりします。ホスピスは当然、24時間面会OK。言い方は悪いかもしれないけれど、「いつ死んでもおかしくない人達」しか入っていないんだからね…。彼等はもはや「患者」などではないのです。そんな場所のまん前の道路を堀っくりかえして配管の工事をしているのですが、途中、看護婦さんがやって来て、「これから出棺なので通行止めにしてください」とか頼まれてしまいました……。遺族の小さな子供達が病棟に入るときははしゃいでいたのに、出てくるときは泣きじゃくっていたりするのを見て、居たたまれなくなる。職人達も、その間、作業を中断して、その後、何だか気まずい空気のまま仕事していました…。そして、そんな死がありふれた生活の一部になっている、シスターや看護婦さんや看護士さん達の姿を見てると、「世の中には本当に真摯に働いている人達がいるのだなぁ…」と少しだけ感動してしまいました。それに較べて俺って奴は・・・(自己嫌悪)。人が死ぬということは……と、哲学する警備員である僕は、(仕事が暇なので)その後、考えていました。人が死ぬということは、とてもおぞましいことだ!我が身を翻ってみて、もし自分が末期癌にでもなったとしたらホスピスに入りたいか? それもありなのかもしれない…。だがしかし……僕には本質的には医療も宗教も必要ではないのです。『ソクラテスの弁明』を読んで「死の恐怖」を克服した僕には(死後の世界があるのだとしたら死んでも怖くないし、死んだら無になるのだとしたら「死の恐怖」を感じる自分も無くなるのだから眠るのと同じようなものだというソクラテスの弁)、問題は苦痛だけ。それを和らげるために、誰かのお世話にならなくちゃいけないのなら、拳銃でも買ってこめかみ撃ちぬいた方がマシだって気がします。でも気分が暗くなるので、こんな現場は嫌だなぁ…と思ったら、あと2週間くらいは、ここに常駐みたい! ああーん!
May 16, 2005
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やっと給料が入ったので、公共料金を払い、借金を返し、『死の棘日記』を買い、映画を観る。今日観た映画は『ベルリン、僕らの革命』というドイツ映画。青春映画。ヤンとピーターの親友同士は「エデュケーターズ」と名乗り、金持ちの家に忍び込み、家具や調度品を部屋にオブジェよろしく積み上げ、「ぜいたくは終りだ」というメッセージを残すという活動を続ける。そこにピーターの恋人ユールが絡んできたから、事態は混乱。忍びこんだ豪邸の主人に現場を見つかったことから、その男を拉致し、3人と人質となった男は山小屋で共同生活をするようになる。この資産家の男は実は、かつて学生運動の闘士だった。「なぜ、ぜいたくをするの?」という問に「自分の金で何を買おうが自由だ」と答え、「資本主義社会では誰だって、そうできる」と言う資産家。「違う。資本主義独裁制」だと吐き捨てるヤン。「東南アジアの人達は、あなたと同じ時間働いてタクシー代も払えない」と呟くユール。「私は東南アジアの人間じゃない」と抗う資産家。「でも彼等を救うことはできる。援助で1000人の人を飢えから救うことができる。偽善的だが事実だ」と言うピーター。ついには資産家も「君達は間違っている。しかし君達の理想には敬意を払う」と答える。4人は次第に打ち解けていくが、ユールとヤンが惹かれ合っていくに従って、ヤンとピーターの友情に影が差し始める。うーん…。微妙だった…。というかこのユールって女にイラつきます。結局、全部お前のせいじゃんか! だがしかし、資本主義やブルジョワに対する怒りが、ふつふつと込み上げてきます。もう一度だけ革命を! 富の再分配。パンの略取。黒色インターナショナル。万歳!
May 14, 2005
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『死の棘』ブームいまだ収まらず。例の『死の棘日記』は、まだ手に入らない……。ので映画を観る。カンヌでグランプリを獲ったというアレ。文芸作品の映画化なので、端折りまくっていて、「あのシーンも、あのやりとりも、あの一言もないじゃん!」と思ったけれど、そこらへんは仕方がないでしょう。どんな映画やドラマに出ても演技が一緒な岸部一徳と、みょうにはまり役な松坂慶子の、棒読み台詞が、演出なのか素なのか、少し悩む。でもなかなか良い映画です。時間推移の経緯や、島尾敏雄とミホの過去の説明が足りなくて、原作を知らないと、ちょっと分かりづらいかもしれない。島尾敏雄が特攻隊隊長だったことはイメージとしてフラッシュバックされるけれど、特攻隊に対する一般のイメージは飛行機だと思うので、ボートが出てきても、震洋艇なんて知らない人にはちんぷんかんぷんなのでは……?カンヌのお偉方は、そこらへんちゃんと理解してたのでしょうか…?しかし、十二分に衝撃は伝わってくる。未婚の人は結婚したくなくなるでしょうし、結婚してる人は不倫なんてしたくなくなるでしょう(あくまで男視点での話ですけど…)。しかし心理学を学んだ身としては、電気ショックとか、大学病院での診察で医者が研修生をずらっと並べてるところとか、不快なシーンを映像化されると痛ましくてなりません。臨床心理学の忌むべき過去ですね…。ミホは睡眠療法とかを経てフロイト流の自由連想法による精神分析療法(サイコセラピー)を受けるのですが、どれもほとんど効果がなかったといわれています。結局、島尾一家は妻の病を抱えたまま奄美の島へ帰り、そこでゆっくりと再生していくのです。でも、その先で今度は娘のマヤが言語障害に陥ってしまうという、島尾敏雄の「家族闘争史」は続いていくのです。ちなみに島尾敏雄の息子伸三(作中では伸一)は写真家、「真帆と一緒に」なんて短篇で描かれていた孫のマホは『女子高生ゴリコ』なる作品で一躍有名になったマンガ家です。恐るべし島尾一族……!
May 12, 2005
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久しぶりで大きな本屋の文芸書コーナーを覗いたら『死の棘日記』なるものが平積みに! ええーっ…! なにそれ…? そうなのです! 日本文学史に残る不朽の名作『死の棘』執筆時の島尾敏雄の日記が出版されてしまったのです! 分かる人にしか分からないことだとは思いますが、これは凄まじい資料的価値のある出版物です。欲しい! でも今、僕は恐ろしいほどの金欠なので、次の給料が入るまで先送り……無念!しかしながら、気が気でなく、部屋に帰ってから本棚を漁り、『死の棘』の文庫本を発掘。ちょっと、ぱらぱらページを捲っていたら……あまりの面白さに、数日を『死の棘』を読むことに費やしてしまいました。この小説をはじめて読んだのは大学に入ったばかりの頃でした。高校生の頃から僕は文学少年を自認しておりましたが、入口がバーセルミだの、ジョン・バースだの、ピンチョンだの、シュペルヴィエルだの、バタイユだの、主にアメリカ文学とフランス文学しか読んでこなかったので、日本文学というものにはまったく興味がありませんでした。自然主義の暗くて、重くて、みみっちくて、やたらと人生を語りたがる雰囲気が、どうしても食指を誘わなかったのです。そんな日本文学への偏見を爽やかに打ち砕いてくれたのが夏目漱石で、その次に僕が夢中になった日本の作家は、武田泰淳と、谷崎潤一郎と、島尾敏雄だったのです。島尾敏雄。世界でも稀有な特攻隊帰りの作家である。大東亜戦争末期、奄美諸島加計呂麻島にモーターボートに爆弾を積んで敵艦に体当たりするという震洋艇部隊の隊長として着任する。その島長の娘ミホと神話的な恋愛をするが、ついに出撃待機命令が下る。8月13日だった。しかし出撃命令が下りないうちに15日に終戦。死を先送りされた島尾敏雄はミホと目出度く結婚し、上京し作家として着実に地歩を築いていく……だがしかし、島尾敏雄にとって本当の戦争あるいは、地獄は、そこから始るのである。妻子を顧みず女性遍歴を重ねていた島尾敏雄が、ある日、女のもとから家に帰り着くと、妻ミホはついに精神を病んでいた。従順だった妻が突然、反逆しだすのである。執拗な糾弾の問答が来る日も来る日も繰り返され、自殺しようとする妻を止めているうちに、妻の発作から逃れるために自ら発狂したふりをして首を吊ろうとする島尾敏雄。歪んで行く子供達の言動。とにかく、この『死の棘』という小説は、妻の発作が起こり夫を問い詰め、夫が狂気を演じて愚行を行い、子供達が泣くか、冷たい目で両親のカテイノジジョウを見つめ、最後は妻と夫が二人で泣きながら抱き合って、家族を立て直そうと結論を出し、一日が終り、また新しい一日が始ると、妻が発作を起こし、同じことを延々と、本当に延々と繰り返すという地獄のような生活を描いただけの作品なのである。だが読後感が重くならないのは、その発作の問答のあまりにも激烈な言葉のやりとりに、どこかしらユーモアすら漂っている点であったり、ふたりの子供達のあわれでありながら時に本質を突く一言を漏らすたたずまいだったりする。そして読み進めていくうちに、狂えるミホの姿が神々しいまでに美しく印象を残す。正直な話、僕はこの小説を笑いながら読んでいました。凡百のホラー小説や恋愛小説なんて、みーんな『死の棘』の前では、崩れ去るでしょう。この小説を「私小説の極北」なんて言う人もいますけど、そういう人は何にも分かってないと思います。この小説は「会話小説」なのです。世界文学史上最高の会話がふんだんに詰まった傑作なのですよ。
May 6, 2005
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一体全体、この2005年現在に詩なんてものを、まともに読んでいる人が、どれくらいいるのでしょうか…? 僕は子供の頃から詩を愛読してきました。いまだに、しんどくなると紅茶を淹れて詩を読んで心を癒しております。小学校の頃、毎日、詩を書くという宿題を課せられていて、それからなので、もう17年くらい詩の愛好家として生きてきたと言えます。………我ながら呆れるなぁ・・・。今の若い子達にとって、詩とは何を指すのでしょうか・・・? 歌詞? あいだみつを? 銀色夏生? 326? まかりまちがっても、現代詩文庫に収められた詩人達ではないでしょう。「反対」 僕は少年の頃学校に反対だった。僕は、いままた働くことに反対だ。僕は第一、健康とか正義とかが大きらいなのだ。健康で正しいほど人間を無情にするものはない。むろん、やまと魂は反対だ。義理人情にもへどが出る。いつの政府にも反対であり、文壇画壇にも尻をむけている。なにしに生まれてきたと問われるれば、躊躇なく答えよう。反対しにと。僕は、東にいるときは、西にゆきたいと思い、きものは左前、靴は右左、袴はうしろ前、馬には尻をむいて乗る。人のいやがるものこそ、僕の好物。とりわけ嫌いは、気の揃うということだ。僕は信じる。反対こそ、人生で唯一つ立派なことだと。反対こそ、生きてることだ。反対こそ、じぶんをつかむことだ。金子光晴という詩人がいた。1895年(明治28年)に生まれ、1975年(昭和50年)に80歳で死んだ。日本で本当に自分の言葉を持っていた詩人とは、宮澤賢治と金子光晴、ただこの二人だけだったのかもしれない。金子光晴は幼い頃、近所の若妻に貰われる。その家は清水組(現在の清水建設!)の名古屋支店長の家で相当の資産家だった。その若妻は十六歳で、金子光晴を着せ替え人形のように「女の子」として可愛がった。小学生の頃、総勢38人の万引き団を組織したり、級友を家に呼んでドンチャン騒ぎを行ったり、アメリカに密航しようとしたりするなどの悪名をはせた。やがて早稲田、美術学校、慶応と学校を転々とし、やがて詩を書くようになった。その処女作数篇のうちのひとつが前述の「反対」である。金子光晴の人生をまるで象徴するかのような、実に勇ましい作品だ。21歳の時、義父が死に、遺産が転がり込んでくる。その金額10万円、今の貨幣価値でいうと2億円だ! しかし、彼は狂ったように遊びまくり、鉱山に手を出し、詩集を出版し、ヨーロッパに行ったりしているうちに、わずか4年でその遺産を食い潰してしまう! ヨーロッパから帰ってきた彼は洋行中に書き溜めた詩を『こがね蟲』と名付けて一冊にして出版する。これが詩壇に大反響を及ぼす。そんな彼に憧れた東京女子高等師範学校(今のお茶の水女子大学!)の女学生、森三千代と結婚する。すぐに子供が生まれ、三千代は退学させられる。むごい! すでに生活は貧乏のどん底だった。妻はすぐに新しい恋人を作った。当時で言うところの姦通罪だ。文壇はプロレタリア文学が席巻し、金子光晴の居場所はなくなっていた。起死回生、彼はこの生活の危機を回避するためにどうしたのか…? 旅に出たのだ。谷崎潤一郎に短冊(サインみたいなものでしょう)を書いてもらって、それを売り、借金を返済した彼は、子供を妻の実家に預け、妻とともに長崎から上海に渡り、魯迅、田漢、郭沫若といった人物の世話になり、その後シンガポール、東南アジアを絵を書いて売りながら放浪する。妻を先にパリに旅立たせ、自分はマレー半島、スマトラ島など転々としながら、あらゆることをやって金を稼ぎパリへ渡る。後に『マレー蘭印紀行』という名著で語られる放浪の旅から帰ってくると、日本は大東亜戦争に向かって動いていた。帰国後、金子光晴は『鮫』という詩集を出す。天皇や軍部への批判を盛りこんだ、このすっとぼけた詩集には、こんな自序が付されている。よほど腹のたつことか、軽蔑してやりたいことか、茶化してやりたいことがあったときのほかは、今後も詩を作らないつもりです。真珠湾の奇襲の報をラジオで聞くと、「ばかやろうだ」と吐き捨てた。文学者達が文学報国会に入って、戦意高揚のための戦争賛美の作品をこぞって書き散らす中、彼は魂を売ることを拒みつづける。息子の徴兵を避けるために、息子を応接間に閉じ込めて生松葉でいぶしたり、雨の中裸で立たせたりして、気管支カタルの発作を起こさせる。そして、発表する当てのない詩を書きつづけた。大東亜戦争期における唯一の反戦詩人と呼ばれる由縁である。戦争が終った。すると今度は誰もが、民主主義万歳と唱え始めた。何しろ「反対」の詩人、金子光晴である。今度はそんな日本人を揶揄する詩をいくつも書いて、不良老人の面目躍如。こうして彼は死ぬまで血の通った言葉を、まるで「屁のやうな歌」を書きつづけたのである。そんな金子光晴の対談集『下駄ばき対談』を読んだ。野坂昭如、寺山修司、吉行淳之介、田中小三昌、稲垣足穂、岸恵子、富岡多恵子、田辺聖子、田村隆一、深沢七郎、清岡卓行、西脇順三郎といった錚々たるメンバーである。しかし、喋ってる内容はセックスだったり、オカマだったり、ウンコだったり、ストリップだったり、遊郭だったり、オナラだったりして、たまーに詩について触れるくらい、しょうもない(笑)。でも、金子光晴らしさ全開で、笑いながら読みました。金子光晴は「フォッフォッフォッフォッ」って笑ってるんです! 「もう一篇の詩」恋人よ。たうとう僕はあなたのうんこになりました。そして狭い糞壷のなかでほかのうんこといっしょに蝿がうみつけた幼虫どもにくすぐられてゐる。あなたにのこりなく消化され、あなたの滓になってあなたからおし出されたことにつゆほどの怨みもありません。うきながら、しづみながらあなたをみあげてよびかけても恋人よ。あなたは、もはやうんことなった僕に気づくよしもなくぎい、ばたんと出ていってしまった。素晴らしい! こんな詩が、忘れ去られて、下らないキャッチコピーや、広告宣伝の惹起文句に成り下がった駄文を「詩」などと…「ポエム」などと…うそぶく輩がいるのだとしたら…そんな世の中は、地獄の底で、もう一回、死んじまえばいい。と本気で思った。
May 3, 2005
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