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お、今日で楽天広場参入一ヵ月です。Lycos難民の皆さん、お元気ですか?私は正確にはLycos難民ではないのですが、この別荘が気に入っています。ただいまエイベックスとアマゾンの共同企画で、URCの復刻盤予約を受けつけています。数を確保してプレスしたいという商売で、アマゾンだけの限定販売になるそうです。このため、五つの赤い風船がURCで出したオリジナルアルバムはすべて入手不能となっています。(高田渡さんとのアレはどこでも普通に買えます。)発売が決定した場合の購入には再度予約手続が必要で、購買義務がないそうです。つまり、予約とはいいながら、人気投票のようなものです。是非是非アマゾンのサイトを訪れて、風船の「発売未定」のアルバムを「予約」してください。E-mailアドレスを入力するだけです。フリーのメールアドレスでかまいせん。東芝EMIで出していたものは予約の数が集まりにくいので、もうプレスしないかもしれません。『おとぎばなし』『巫OLK脱出計画』『五つの赤い風船 イン・コンサート』『New Sky (アルバム第5集 part1)』『Flight (アルバム第5集 part2)』また、今までにCD化されていないアルバムもこれを逃すと、エイベックスの契約が切れるまで待たなければならないことでしょう。個人的には『ゲームは終わり(解散記念実況盤)』を切望しております。中古で買ったけど、状態がいまいちなんです。レコード収録曲が完全復刻された場合は、斉藤哲夫とアーリータイムス・ストリングス・バンド、加川良、IMOバンド、岡林信康、加藤和彦の演奏もあるはずなんですが、入るのは風船の演奏だけかな?五つの赤い風船『ゲームは終わり(解散記念実況盤)』よろしくお願いいたします。他にもアマゾンにはURC復刻投票リストとも呼ぶべきアルバムがいろいろあるので、じゃんじゃん投票しましょう。【追記】おっと、楽天広場ではアマゾンへのリンクは蹴られてしまうことがわかりました。ちっ。リンク切りましたので、お手数ですがamazon.co.jpで「五つの赤い風船」を検索して、「予約」してください。花の女子高生デインジャラスりえどん(仮名♀)が、五つの赤い風船にハマった。ますますデインジャラスである。うちにある風船のCDを次々に貸したので、並みの四十代よりずっと風船に詳しくなっている。フー子さんの声がいいと、実に的確な感想である。『五つの赤い風船 イン・コンサート』など、昔のコンサートの様子が今の若者には非常に新鮮なものに聞こえるようだ。LPというものを見たことがなかったそうで、たまたま手元にあった『ゲームは終わり(解散記念実況盤)』(1972年)を見せると、その大きさと重量感に驚いていた。値段も今よりずっと高かったんだよ。考えてみると、復刻盤CDのジャケットはしょぼい。元々あの大きさのLPジャケットを想定してデザインしたものであるから、どうしてもミニチュア、おもちゃみたいな感じになってしまう。紙ジャケの復刻CDは楽しいけれど、それは例の食玩の楽しさに似ている。ここから下が、書いたまま転載しなかった日録です。今夜は本当は夜なべ仕事をしなければならないのだが、やめ。ROOTS MUSIC DVD COLLECTIONのDVDを観ることにする。Vol.1『五つの赤い風船』。よく見ると、小さな字で「再生ドキュメント」と書いてある。映像ではさらに「五つの赤い風船2000」になっている。そうだよな、そりゃそうだ。わかっちゃいるけど、そりゃそうだ。収録曲(ライブ) #1 恋は風に乗って #2 風がなにかを… #3 遠い空の彼方に #4 上野市 #5 血まみれの鳩 #6 悲しみが時を刻んでいる #7 遠い世界にこのシリーズは他の4枚は本編約1時間なのだが、これだけが90分と長い。まだ渡さんのしか見てないが、風船の方がずっとドキュメンタリーという雰囲気が強い。再結成ではなくて、「再生」というタイトルになっている。「新生」風船ですね。オフィシャルサイトがあるはずなので、新生風船に関してはgoogleしてそちらをご覧ください。新生風船が歌う「恋は風に乗って」、いい曲だ。いい曲なのだが、悲しいことに西岡のおっちゃん、昔のようには声が出ていない。残酷だなと思う。昨夜観たのは渡さんがギター一本で弾き語りをする姿だった。90年代末の映像。歳をとっているのだが、それはあのMartin D-28と同じで、実にいい味になっている。URCから出た片面ずつの不思議なLP『高田渡/五つの赤い風船』(1969年)の渡さんより、90年代末の渡さんの方がいい。風船の場合はまた別の世界だと思う。五つの赤い風船2000はいい。心が温まる。でも、五つの赤い風船は本当にもっともっと、ずっと凄かったのだ。私はナマで五つの赤い風船を観たことがない。たぶん中学3年の夏休み、友達の家に行くと大学生のお姉さんが帰省していた。さわやかな元気のいい人で、僕たちを海に連れていってくれたりした。今思えば『Flight』(1971年)なのだが、レコードをかけて一緒に大きな声で歌っていた。素敵だなあと思った。大学生ってこうなんだ!実際に大学生になってみると全然そうではなかったのだが、それは自分の責任です、ハイ。五つの赤い風船の曲は何かが変だった。人数のわりにはやたらに色々な楽器を使うこともあるが、なんといってもコーラスが不思議だった。低い女声(フー子さん)と高い男声(西岡さん)が互いの声を真似ているようで、どっちがどっちかよくわからなくなる。まさに独特なサウンドだった。ジャケットの雰囲気もペイネの絵のようだったりして、当時の「フォークソング」とはまったく違うものだった。元々西岡たかしさんはデザインが専門の人なので、その音の世界もデザインと同じようにコラージュしていったのだろう。色を重ねていっては壊す。天才西岡たかしの楽曲は、常に破壊への衝動を孕んでいた。風船は当時の他の「フォーク」に比べれば明るくて洗練されたイメージがあるのだが、同時に何かとても暗く、壊れている部分があった。風船の出発は西岡たかしさんの部屋だという。最初は中学生の有山じゅんじさんがいたなどというのは、ずっと後になって知ったことである。中川砂人(イサト)さんは途中で喧嘩別れしてしまう。西岡さんがガット弦による演奏を指定していたのに、イサトさんがスチール弦での演奏をステージで強行したのが直接の原因なんだそうな。当時のレコード制作事情からどうにも不思議なことになっているが、1st『高田渡/五つの赤い風船』の風船部分と、2nd『おとぎばなし』を一つにまとめると、とんでもない傑作アルバムができあがる。これ、明日にでも作ろう。同様に双子の第5集アルバム『New Sky』『Flight』(1971年)も一枚に収まるかな?実に悔しいことなのだが、私はこの『New Sky』を長いこと知らなかった。人生を半分損した気がする。今なら「アシッド・フォーク」などという呼び方をされてしまうのだろう。札幌の町を歩き回って拾った音がコラージュされている「時々それは」は大傑作である。1曲23分。 ♪死人の顔と 皮膚のたるみが♪ ♪紫に暗い沼に向って走っていく♪ ♪お前は死人の顔を引きずっては♪ ♪まだ明けもせぬ 町並みを歩く♪気持ち悪いっしょ。数年前、私は寝る時にこの「時々それは」をぐるぐるぐるぐる繰り返してエンドレスで聴いていたのです。 その頃いやなことが相次いで起きました。実に不吉な佳曲です。この曲の後に、最近の私の愛唱歌「私は地の果てまで」が続きます。 ♪苦しいからって 逃げないでいるのは♪ ♪あなただけ なのでしょうか♪ ♪色んな夢があなたをさそい♪ ♪そしてあなたを狂わす♪これもかなりシュールですね。教科書に載るような風船とはまったく違う世界があります。ああ、いいなあ。藤原→東秀子さんのボーカル。最後の解散は、西岡&長野は風船を続けたかったのだが、トン&フー子がもう風船を続ける気をなくしたということだそうです。
2003.09.30
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【追記】No.2本文中の書籍『虹の民におくる歌』は完売したそうです。リンクも外しておきます。【追記】No.1いただいた質問> 「虹の民」Rainbow Raceというのはどういった意味あいなのでしょう?> PeopleではなくてRaceなのでRainbowは肌の色でしょうか?「虹の民」はピート・シーガーの曲にもあります。中川五郎さんの訳詞の「虹の民」が、反核・反原発の集会やデモでよく歌われました。「虹の民」の原題も"My Rainbow Race"で、「people」ではありません。これは本人ピートさんの弁では「地球へのラブソング」なんだそうです。「one blue sky, one ocean, one earth」という詞が出てくるので、地球上の人々は「one race」であると歌っているのだと思います。質問されるまで気づきませんでしたが、確かに「rainbow」は様々な肌の色を指しているのでしょう。ちなみに、「虹の民」は1967年にピートさんが雑誌で見たヤマハの「世界歌謡コンテスト」に応募するために作ったんだそうです。優勝賞品は日本への無料旅行。あっけなく落選したそうです。12弦ギターの良い教本はないかしらと探していたら、ピート・シーガーさんが出してました。翻訳は出ていません。amazon.co.jpでは品切れ。amazon.comなら買えるようだけど、ちょっと待ってみます。ピートさんが出している、5弦バンジョーの教本は日本でも買えます。大昔ですが、「セサミストリート」にピートさんが何度かゲストで登場してました。この人のバンジョーはやけにサオが長いなあと思ったのですが、やはりあれは特注品でした。バンジョー奏者、そして12弦ギターの奏者としても有名なんですね。そんなことをしていて見つけたのが、ピート・シーガー著『虹の民におくる歌』(社会思想社 本体7500円+悪税)。だいぶ前に見かけて、ちょっと欲しいけど高いなあと手が出ませんでした。ところが、版元の社会思想社が倒産してしまいました。あ、あの本どうなったんだろ?と思ったら、高石ともや事務所でかなりの部数を買い取ってくれたようです。5000円+送料400円で買えるようになっているのを見つけました。こういうふうにして、『虹の民におくる歌』が届きました。B5の天地を4cmほど切り落したような変形版で、本文は250ページ程度。予想していたよりずっと薄い本で、定価が7500円では誰も買わないだろうという感じです。いくらなんでもこの定価はないだろうと思ったら、「日本語版への序」を読んで謎が解けました。初版のうち1000部を日本中の図書館に寄贈したのだそうです。もちろん増刷・重版などなかったはず。ああ、社会思想社よ、安らかに眠れ!ぱっと見、読みにくそうな本。ピートさんの回想が、必ず楽曲の楽譜と共に語られている。ギター片手に、あるいはバンジョー片手に読む本なのだろう。ただ、歌詞が微妙。つまり、日本語訳部分は、歌うための詞ではなくなっているからだ。意味を伝えるための翻訳で、これでは歌えない。アメリカ語を母語としていないのだからしかたがない。でも、本の内容はとても濃いです。ピート・シーガーさんはさすがに筋金入りであります。日本で脱色されて商売になった「フォーク・ソング」のうさん臭さがよくわかります。本田路津子さんの訳詞でヒットした「ひとりの手」の原詞が載っているのだが、まあ驚きました。(私がモノを知らなかっただけか。商業主義の代表みたいな言及の仕方で、本田さんには申し訳ない。)原曲"One Man’s Hand"の作詞者はアレックス・コンフォート(Alex Comfort)というアナーキストです。数学者なんだそうで、1950年代にバートランド・ラッセルが率いた核軍縮の運動に参加して、この歌を作ったそうです。 ♪Just my hands can’t tear a prison down♪ ♪Just your hands can’t tear a prison down♪tearは「涙」じゃなくて、「引き裂く」のテアですね。だから、 ♪私の手だけじゃ牢屋は壊せない♪ ♪君の手だけじゃ牢屋は壊せない♪と歌ってるんです。「何もできない」と歌うのではなくて、もっと具体的に何をしたいかはっきり主張している、戦闘的な歌です。 2番以降は 「私の声だけじゃ彼らに届かない」 「私の力だけじゃ原爆は止められない」 「私の力だけじゃ人種差別は破れない」 「私の力だけじゃ組合は作れない」 「私の足だけじゃこの国を横断できない」 「私の目だけじゃ未来をはっきり見ることはできない」朝鮮戦争、マッカーシーの赤狩りの時代に、ピートさんは公の場でこれを歌ったわけですよ。ギターとバンジョーのチューニングや、メロディや歌詞の話、自分と関わった人々の話と、いろいろ楽しいです。分冊・完訳にしてほしかったなあという気がします。この本での大きな収穫の一つは、茨木のり子さんの「わたしが一番きれいだったとき」の英訳にピートさんが曲を付けた"When I Was Most Beautiful"の楽譜が載っていること。やっと見つけたという感じです。 > わたしが一番きれいだったとき > 街はがらがら崩れていって > とんでもないところから > 青空なんかが見えたりしたこの詩が > When I was most beautiful, > Cities were falling > and from unexpected places > blue sky was seen.こんなふうに訳されてます。訳詞の場合、素直な散文ではあるけれど、詩にはなっていないような気がしますが、これは仕方ないか。私なんぞが偉そうに言えることではありませんな。ボブ・ディランの訳詞で有名な片桐ユズルさんの翻訳です。ピートさんが来日した時にユズルさんの訳詩に出会って曲を付けたという話です。さて、どうして「most beautiful」に「the」が付いていないんでしょうか。これは一人の人物の変化を比べているので、形容詞の最上級だけど「the」をつけちゃいけないんですね。残念ながらピート・シーガーが歌った音源はまだ見つけていません。
2003.09.29
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中山ラビさんのところからライブの案内をいただきました。> 10/25(土) 吉祥寺スターパインズ・カフェ> open 6:00pm start 7:30pm> 中山ラビ ゲスト:泉谷しげる> 前売り3500円 当日3800円 +ドリンク> チケットぴあ9/12 SPC9/6より> 要予約 問 ほんやら洞042-323-4400あれま、また行けないわ。どなたかライブの様子を観てきて教えてくださいませ。今では分別あるオトナなのでやりませんが、学生時代の私はハタ迷惑な習慣がありました。部屋に泊まりに来たやつに、詩を読んできかせるのです。今はなき劇団カクスコで、中村育二さんが歌本を見ながらギターを弾き語りするというおなじみの風景がありました。アレももちろんやりました。自分の好きな曲を、自分の好きなキーで、自分の好きなテンポで歌うわけです。なぜか夜中ですね。そういうことをする人は多かったと思いますが、私の場合はさらに興が乗ると、ベッドの下から詩集を引っ張り出して朗読して聞かせるのであります。実に迷惑な話です。あ、本箱持ってなかったんです。四畳半に机とベッドを入れたので、本を飾っておく場所なんかないのです。こんな場所に十人の人間が寝たこともありました。女の子もいたのにすごいですね。若さというよりバカさです。中野重治、山之口貘、三好達治、石川啄木、中原中也、草野心平、宮澤賢治……。ま、なんでもありなんですが、基本的には翻訳ものはなし。それでも魯迅の散文詩を訳したものとか、金子光晴訳ランボー「いちばん高い塔の歌」なんかは例外的に朗読いたしました。知ってそうでいて知らない詩を聞かせて、「これいいいね~」と言ってもらえるのが嬉しかったのです。ベッドの下に突っ込んである本の中からのリクエストもありまして、女の子たちには谷川俊太郎さんの「男の子のマーチ」が一番人気でした。 > おちんちんはとがってて > 月へゆくロケットそっくりだってやつね。とほほ。で、私は茨木のり子さんの詩が大好きだったんですが、これが読みにくいんです。「うまく読めた!」とならないんです。「わたしが一番きれいだったとき」という有名な詩、これがなあ。冒頭一連はすごくリズム良く行きそうなんだけど、途中で変拍子になって、ごにょごにょごにょ……竜頭蛇尾。不思議だなあと思っていたのですが、半年ほど前の毎日新聞で吉本隆明さんが書いてました。 > 茨木さんの詩のもう一つの特色は、言葉で書いているのではなくて、人格で書いているということだ。さすが腐っても吉本リュウメイ。一発で核心を突いてくれました。なるほど、ワタクシの人格修業が足りなかったんですね。敗戦直後のカラっと晴れた青空の下、元気よくブラウスの腕をまくって歩く女性の域に、私は全然達していないということです。もちろん今でもダメだべ。ところでこの「わたしが一番きれいだったとき」は、ずいぶんたくさんのソングライターたちの心を揺さぶったようで、何人もの人が曲を付けて歌っています。ちょっとラグタイムっぽい雰囲気で男の人が歌っていたのを覚えていたのですが、ずっと誰なのかわかりませんでした。それが、つい最近判明してうれしく思っています。意外におなじみのところでした。よく高田渡さんと一緒にやっている佐久間順平さんが、以前大江田信さんと一緒に「林亭」というデュオをやってまして、ソレでした。ヤフオクなんかで出るとすごい値段が付いていた自主制作アルバム『夜だから』に入っています。オリジナルのアルバムは1973年、二人の大学生が15万円ずつを出しあって作った自主制作のレコードであります。当時の15万円はかなりな金額。下手すると貧乏学生の半年分の生活費ぐらいだったかも。写真を見ると、フラットマンドリンやギターもかなり良いものをお使いだったのではなかろうか。演奏もうまいのですが、そういう意味でもすごいなあ。制作枚数200枚。高田渡さんが絶賛したりしたおかげで、すぐ売り切れたそうです。あ、これはぐゎらん堂では、なんて写真も。CDはそれからおよそ20年後の1992年に復刻されたものです。それからさらにまた十年後、こうやってまだ初回プレスが売れ残っている……のかな?CDが届いて早速聴いてみると、私が大昔にラジオで聴いた「わたしが一番きれいだったとき」は、やはり林亭が歌っていたものでした。ラジオで耳にしたのは高校生の時だったでしょうか。ずいぶん久しぶりに出会う音源で、さすがに感慨深いものがありました。他の曲なんですが、やけに名古屋にいる女の子というのが出てくるのも、ちょいときます。そう、きれいな思い出(=片思い)の女の子が、名古屋で学生生活を送っていたのであります。これでまた、少しだけ胸キュン。明日は、もうひとつの「わたしが一番きれいだったとき」について書かせていただきます。
2003.09.28
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amazonからCDが届いた。ルー・リードのベスト盤。本館掲示板でのSHIZUMU殿の書き込みから聴きたくなって注文したCDですね。ベスト盤が何種類かあったけど、カスタマーレビューで納得してこれに決めました。早速仕事をしながらぐるぐるリピートで聴く。おお、ええなあ。当たりだと思います。特に入れ込んでるわけでなければ、このぐらいのCDが、コストパフォーマンスが高くてよろしいと存じます。Walk on the Wild Side: The Best of Lou Reed [FROM US] [IMPORT]Lou ReedU.S. 定価: $17.98価格: ¥1,684+悪税1. Satellite Of Love2. Wild Child3. I Love You4. How Do You Think It Feels5. New York Telephone Conversation6. Walk On The Wild Side7. Sweet Jane8. White Light/White Heat9. Sally Can’t Dance10. Nowhere At All11. Coney Island Baby御年六十一歳のルー・リード、来日中なんだ。ちっとも知らなかったわ。数日前の報道だけど、大阪ライブの後阪神フィーバーに驚いたとか、ニューヨーカーであるルー・リードが「MATASUI(松井秀喜)のおかげで僕の周りも東洋に興味を持つようになった」は変。スポーツ報知のインタビューじゃしょうがないか。タイトルになっているのが、ルー・リードのヒット曲「ワイルドサイドを歩け」。私がこの曲をよく聴いたのは、実は80年代になってから。『タイムズ・スクエア』(1981年)という映画に使われてからです。遅れてる~。映画の方はわがまま娘がみんなに迷惑かけるといった内容なんですが、年齢がバチっと合ってしまった人には、心に残る青春の一ページとなったことでしょう。パティ・スミスやラモーンズの曲もかかります。重要なDJの役が『ロッキー・ホラー・ショー』(1975年)のティム・カリー。彼はトム・クルーズ主演の『レジェンド 光と闇の伝説』(1985年)では闇の魔王という役もやっていてなんか化け物系役者さんみたいだけど、『タイムズ・スクエア』ではちゃんと素顔出してます。映画としては『ロッキー・ホラー・ショー』なんかの方が全然おもしろいと思いますが、『タイムズ・スクエア』のサントラ盤は、実にいいんですよ。CDが見つからなかったので、LPから手製復刻盤CD-Rを作成しました。The Rocky Horror Picture Show はサントラCD買いましたよ。これは映画見てないとつまらないでしょう。でも、『タイムズ・スクエア』の方は、映画見てなくても実にいいアルバムです。つまり、音楽に依存した映画だったんだな。で、話をルー・リードに戻すと、苦手領域なので、あまり多くを語れないんですよ。Velvet Underground & Nicoの有名なアルバムありますね。でも、バナナのジャケットと言われても、私、高田渡師匠のアルバムが頭に浮かんでしまうので。どうもアンディ・ウォーホールって接点を感じないのです。「ワイルドサイドを歩け」にしても飄飄として素敵な曲なのだが、内容は性倒錯ですね。その辺がダメみたい。そういえば、その昔「YMCA」が西城秀樹さんでヒットしましたが、奇妙でしたよね。日本国中元気に♪わ~いえむし~え~!♪って踊ってたけど、どうなのよ。たとえば知り合いがゲイだとカムアウトしても、そうですかぐらいの感じしかしない。知り合いが、じつはカツラかぶってるんだとカムアウトする方がショックかもしれない。その程度には寛容だけど、でも積極的に関わりたいとは思わないという感じ。これは、性的欲望には多分に「作られた」部分があると思っているからだろう。どこまでが嗜好で、どこから病気になるのかわからない。というか、あまり興味がない。だいたいいい齢して結婚していないと、町内会では半人前だったり、あの人どこか悪いんじゃないかと言われたりする。ええ、どこか悪いんです。反社会的性格かもしれません。お姉さんキャラなので、ゲイ疑惑というのもよく受けましたわ。(嘘です、今はオバちゃんキャラです。)でも、そういうわけでもないんですよ。と、弁解で終わります。あ、しまった!またもや昨夜書いておいた分を書き込むのを忘れた。「五つの赤い風船」でした。
2003.09.27
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ROOTS MUSIC DVD COLLECTIONがやっと届く。5枚あるのだが、何はともあれVol.2、我が心の師匠高田渡大先生の巻をありがたく再生させていただく。内容はCS第一興商ch.「ザ・フォーク」で放送した番組そのまま、スタジオライブ&インタヴュー。インタヴューは一回目はまあいいけれど、二度は見たくないなあ。ヒマができたらPCに吸い出してスタジオライブだけまとめるか。ライブは観客なし。大島渚監督『絞死刑』の舞台になっているような部屋で、渡さんが淡々と弾き語り。これはいい。おお、これはマーチンD-28じゃないか。すごい色になってる。1949年生まれの渡さんと同じ齢のギターだそうだ。実に音がいい。うちのピカピカ弩級28号君ととは大違い。もちろん弾き手も大違いなのだが。インタビューで渡さんが言っているが、これはやっぱり当たりのマーチンで、中川イサトさんやなぎら健壱さんが狙っているそうな。本編56分のDVDで、ライブ収録は13曲。ベスト盤みたいな選曲なので、音声のみ取りだしてCDにするという手もあるか。 #1 仕事さがし #2 スキンシップ・ブルース #3 アイスクリーム #4 69 #5 鮪に鰯 #6 値上げ #7 コーヒーブルース #8 鎮静剤 #9 年輪・歯車 #10 夕暮れ #11 生活の柄 #12 ブラザー軒 #13 トンネルの唄渡さんは60年代末から歌っているのだが、主にアメリカのフォークソングやブルースのメロディに、現代詩をのせて歌うという不思議な手法を開発してしまいました。思えば私が山之口貘やラングストン・ヒューズの詩集を買ったのは、渡さんのおかげであります。つまり、師匠と呼んでいい人なのです。吉祥寺東急デパートの裏あたりで、酔っ払っておまわりさんにからんでいた姿も、私の師匠そのものであると言えます。加川良さんの『親愛なるQに捧ぐ』(1972年)に「下宿屋」という曲が入っています。渡さんのことを歌ったもので、そこで岩井宏さんやシバさんに出会ったことなどが出てきます。渡さんのお父さんが酔いどれ詩人であったことも出てきます。これは知識としては知っていたのですが、具体的にどのような生活だったのか私が知ったのは、最近です。二年ほど前に高田渡さんが『バーボン・ストリート・ブルース』(山と渓谷社)という本を出しました。ここに、幼少時の極貧生活や父上である詩人高田豊のことを語っています。そうだったんだ、という感想です。これだけだとなんだかわからないと思いますから、ぜひ買ってお読みください。あるいは、図書館でリクエストしてください。定価は本体1,500円+悪税です。昨年のことですが、NHK BS-2で『世界・わが心の旅「ドイツ 僕と生きてきた詩(うた)」高田渡』を見ていたら、やはりお父さんのことが出てきました。今日観たDVDのインタビューでも、高田豊『詭妄性詩集』を取りだしていました。宝物なんですね。ところで、渡さんはURCからアルバムを出していたのですが、1972年にキングから『高田渡 ファーストアルバム ごあいさつ』というアルバムを出します。バックではっぴいえんど、キャラメルママの面々が参加しているので、妙な「はっぴいえんど史観」に染まった若者が買ったりすることもあるのですが、今の復刻盤CDだと、最初に付いていた三橋一夫さんの感動的な解説が落ちているようです。若き高田渡の情熱がじわっとくるエピソードが書いてあったんですよ。あれは削らないでほしかったなあ。ああ、そういえばこの春から仙台で学生生活を送っているサユさん(仮名♀十代)がブラザー軒を見てきて、報告してくれました。結婚式場があるようなビルなんだそうです。画像はサユさんが携帯で撮ってくれた「ブラザー軒」。「ブラザー軒」は菅原克己さんの詩に曲を付けた作品です。七夕の夜、「僕」の前に亡くなった父親と妹が現われます。妹さんは幼くして亡くなったのでしょうか。一所懸命にかき氷をほおばる妹を「僕」は見守るのですが、「二人には声がない 二人には僕が見えない」のです。硝子暖簾という、郷愁を誘う描写が出てきますが、今のブラザー軒に硝子暖簾は掛っていないそうです。ちなみに、半年ほど前に不可能性に挑戦して私が作ったマイベストMD「高田渡編」は次のような選曲となっております。 #1 年輪・歯車 #2 鮪に鰯 #3 自転車にのって #4 生活の柄 #5 長屋の路地に #6 系図 #7 鎮静剤 #8 鉱夫の祈り #9 私の青空(MY BLUE HEAVEN) #10 石 #11 火吹竹 #12 フィッシング オン サンデー #13 ねこのねごと #14 酒が飲みたい夜は #15 よろん小唄(十九の春) #16 ブラザー軒 #17 ホントはみんな #18 夕暮れ #19 風
2003.09.26
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中山ラビさんのアルバムを発掘して順番に聴いていったのだが、手製復刻CD-ROMがステレオのCDデッキでも、CDラジカセでもかからないことがわかった。また作業をやりなおすのはつらいなあと思ったが、PCだと読み込めた。仕方がない、PCでWAVEファイルに吸い出して、また焼きなおそう。まだCDが入手できていないのはこの3枚。『ラビ 女です』(1975年)『ラビ・もうすぐ』(1976年)『ラビ なかのあなた』(1977年)実はラビさんをよく聴いた時期に出たアルバムだ。そんなにたいした手間でもないので、仕事をしながらちょいちょいとできる、かな。一番胸にグッと来てしまったのは、『はだ絵』(1978年)だった。聴く前に予想していた感銘度からすれば、このアルバムはせいぜいベスト3に入れるかどうかというところだったのだ。それが、一曲目のイントロを聴いたらいきなり涙が浮かんできた。忘れていた、忘れたかった思い出が急に湧き出てきたのだ。ゆったりとした曲が優しく思い出を呼んでくれた。A面1曲目「何年ぶりかで」。 ♪何年ぶりかで ふとよびとめられた♪このレコードはいつも、独りで聴いていたのではなかった。僕と似た服を着て、僕の真似をしてタバコを吸う「千秋」と一緒に聴いていた。 ♪つれづれの話をした にこやかに♪晩秋から初冬、僕たちはあてもなくただ歩いた。早稲田から神楽坂を抜けて北の丸公園へ歩いた。日比谷公園から洗足池へ歩いた。寒いので抱き合ったまま眠ってしまった僕たちを見て、千秋のお母さんは微笑んでいた。 ♪タバコをすすめ 火をつける手首には♪千秋は池上線の商店街にある小さなレコード屋でアルバイトをしていた。『はだ絵』を買ってきて聴かせてくれた。 ♪ほそい傷あとがあった みる目のうれいは海のようで♪まるで自分のことのように千秋が繰り返してその詞を口ずさんだのは、この曲ではなかった。B面1曲目、「半分だけ」。泣くような目をして千秋がその曲のことを語るのはなぜなのか僕が理解したのは、それから何年も経ってからだった。千秋はけっして語らなかったけれど。画像は、ラビさんの曲を聴いて思い出した当時の写真を少し見にくく細工したものです。ピントの合っているところに光をトバしたので何がなんだかわからないと思いますが、ちょうど思い出とはこんなものでしょう。早稲田鶴巻町の四畳半の下宿、撮影者が「千秋」で、写っているのは二十代の私です。アーミー・ジャケットを着て、寒いので丸くなっています。後ろの壁の雰囲気がわかるでしょうか。木造モルタル二階建て。この後、区画整理で周辺の建物はすべて取り壊されます。カラーボックスにはレコードが詰め込んであります。その上にONKYOのアンプとSONYのチューナー、TEACのテープデッキが載っています。壁のポスターのように見えるのは、ジャズ喫茶Funkyのカレンダーです。ソニー・ロリンズですね。森田童子の歌の世界ですなぁ。もちろんお風呂なんて付いてません。トイレも共同です。半畳のスペースに流しと台所。これが我々の時代の普通の下宿生活でした。【追記】ヤフオクで「中山ラビ CD7枚セット」が10,000円からスタート。9月26日11:00の時点で12,500円。さて、どこまで上がるのでしょうか。終了日時は9月30日22時43分。あれ?8枚あるじゃん。それでこの値段なら高くないな。中山ラビ”廃盤CD”「会えば最高」一枚を5,000円でスタートしてる強者もいるものなあ。【追記】「中山ラビ CD7枚セット」は結局【33,800円】で終了しました。買えるかなと思ったけど、ムリムリ。
2003.09.25
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本当は番組を見たすぐ後、日曜深夜に書いたのですが、楽天広場に書き込んだつもりになって放置していたものです。ぼけらった~。珍しくテレビドラマを観た。『世紀を刻んだ歌3 人生よ、ありがとう』の前にやっていた大河ドラマ『宮本武蔵』。おお、巌流島じゃん。ちょうど良かったと思いながら見ていたら……しょぼい。なんつっても決闘シーンがひどい。もう少しどうにかならなかったんだろうか。やっぱり、もうテレビドラマはダメなんじゃないだろうか。それに比べて、『世紀を刻んだ歌3 人生よ、ありがとう』は良かった。NHK BS-2『世紀を刻んだ歌3 人生よ、ありがとう』> Gracias a la Vida> que me ha dado tanto>> 人生よ ありがとう> こんなにたくさん 私にくれてこの番組シリーズで取り上げるにしては、日本では知名度の低い曲だと思います。ただ、その分番組は内容が濃かったと思います。アルゼンチン人であるメルセデス・ソーサの歌でヒットした曲です。私はジョーン・バエズの歌で知ってたのかな。在日コリアンである李政美(い・ぢょんみ)さんの「ありがとう、いのち」も同じ曲です。チリ人であるヴィオレータ・パラが作りました。といっても、ラテン・アメリカやアラブ世界における国境とは、近代国民国家の国境とまったく意味が違います。汎アラブや汎ラテンアメリカという考え方が成立するのは、実際にはイギリスのような大国の都合で国境が作られたからです。ゲバラもアルゼンチン人でしたが、キューバの革命指導者であり、ボリビアで射殺されました。最近はアフガニスタン、イラクと、アラブ世界でアメリカが勝手なことを始めて大変なことになってしまいました。ただ、アラブが目立つのは、今までアメリカが比較的この地域に無頓着であったからにすぎません。中南米に目を向ければ、ラテンアメリカの危機構造をずっと維持してきた「ならず者国家」がどの国なのか、あまりにも自明です。1973年9月11日。そう、9.11はアメリカこそが「テロ支援国家」であった歴史的日付なのです。今年は三十周年です。チリのアジェンデ政権が、ピノチェトの軍事クーデターで倒された日。選挙によって社会主義政権を成立させたアジェンデが政策を進めていくと、CIAが暗躍します。そしてクーデター、爆撃による大統領暗殺。チリだけではありません。CIAとFBIによる謀略によって、ラテンアメリカではクーデターが相次ぎます。メルセデス・ソーサは軍政のアルゼンチンから亡命しなければなりませんでした。チリでは、文字どおり本やレコードが焼かれました。アジェンデ政権を連想させるような思想は徹底的に弾圧されたのである。アジェンデが好んだ「人生よ、ありがとう」は本当に焼かれたのです。歌を歌っために、殺された時代なのであります。この時代……韓国でもパク大統領による軍政が行なわれていた時代です。その代わり、この歌は軍政への抵抗の象徴となりました。軍政が倒れるまで、ラテンアメリカではこの歌は自由を求める歌として歌われ続けたのです。80年代の女性たちの抗議行動は「la vida」(生命・人生)と名付けられ、厳寒の中で放水を浴びながらこの歌を力強く歌いました。「行方不明」となった夫や息子の写真、家族の写真を掲げて「人生よ、ありがとう」と歌うのです。このような試練の中で「ありがとう」と歌えるものなんですね。虐殺された家族に「ありがとう」と歌うのです。おそらく命がけで撮影されたその映像に、涙が出ました。チリでは軍政の17年間に、千人以上が「行方不明」になったのだという。?DONDE ESTAN?今もなお、彼女たちは家族の写真を掲げて「人生よ、ありがとう」を歌う。http://www.bzbz.org/chikako/mangetsu/0305.htmlhttp://smash-jpn.com/i/dis/dis03/dis_0303bassotti4_ken.html
2003.09.24
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中山ラビさんのところから何度かライブの御案内を頂いているのだが、ずっと行けないでいる。吉祥寺Star Pine’s Cafeって行ったことありません。どんなところなのかなあ。ラビさんは子育てのために十年ほど活動を停止していて伝説のシンガーになっていましたが、中山容さんの逝去を機にまた歌うようになりました。ビデオとCDでしか復活後のラビさんを知らないのですが、ずいぶん頑張ってるようです。ああ、これでは失礼だな。相変わらずかっこいい、でよろしいでしょうか。80年代に渋谷PARCOあたりでド派手なステージを観ましたが、場所もアレだし、ちょっと居心地悪かったです。一番よく聴いたのは2nd『ひらひら』(1974年)かな。1st『私ってこんな』(1972年)は後付けで聴いたけど、どちらも傑作だと思います。私の周りは知っている人が多いのですが、一般的には知名度が低いようですね。国分寺に住んでいたサークルの先輩はラビさんの大ファンだったので、ラビさんのお店「ほんやら洞」でバイトまでしてました。中央線沿いの坂道、いまも健在だそうだけど、どんな感じになってるのかな。今度東京サ出て行ったら、寄ってみよう。70年代のラビさんのアルバムは、今ほとんど品切れ状態らしいです。「女ボブ・ディラン」の時代。私はアナログ盤から手製復刻CDを作ったりしました。『私ってこんな』のCDは、まだ「ほんやら洞」に少し在庫がありそうです。ぜひぜひ御聴きください。地震の噂があったりすると思いだすのが、このアルバムに入っている「13円50銭」。「50銭」の部分は「コチーセン」と発音して歌っています。これは関東大震災(1923年)の際に朝鮮人が大勢虐殺されたことを歌っているのね。見慣れぬ人が通り掛かると(つまり被災者ね)、「13円50銭」と言ってみろと問い詰めて、「日本語」らしく発音できない者を朝鮮人だとして、なぶり殺しにしたのです。当時の地方出身者はいわゆる「標準語」を話すことができない者が多かったので、間違って殺された日本人も多いらしい。もちろん中国人はアウトで、紅毛碧眼ならセーフなわけだ。ひどい話でしょ、これ史実です。一応「不逞鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」というデマのために、地域社会の自警団が行なったということになっています。震災後にこのようにして殺された被害者の数は約6千人とも言われています。なんと阪神淡路大震災での死者に匹敵する殺人が行なわれたのでありますよ。もっとすごいのは、これが自然発生的なデマではないということです。震災当時の治安担当者(内務大臣・内務省警保局長・警視総監)が戒厳令を発令する口実として「朝鮮人暴動」をでっちあげ、意図的にデマを流したのです。震災の数年前、1919年の三一独立運動がその伏線としてあります。殺人は日本軍が直接手を下したケースも多かったようですが、情報操作によって踊らされた「普通の人々」もかなりの人数の朝鮮人をなぶり殺しにしています。被災者の救出よりもまず治安維持に利用することを、当時の政治家や官僚が考えたのです。中山ラビさんの「13円50銭」は、迫って来る「普通の人々」と向かい合う朝鮮人の側に視点を置いて、自分の心象風景を歌うという、不思議な歌になっています。この歌、今どきの若い衆には詳しい解説がないと何のことだかわからないだろうね。今度はわざわざ情報操作などされなくても、「2ちゃんねる」型の悪意あるデマによってかなりの犠牲者が出てしまうかもしれない。メディアが解放されたはずなのに、阪神淡路大震災の時よりも、今の方がずっとデマに弱くなっていると思うよ。おお、そういえばここのトップにその言葉が掲げてある大杉栄も、関東大震災の時に虐殺されたのであった。首相もタカ派なら、防衛庁長官もウルトラがつくほどのタカ派。首都圏に大地震が起きたら、前代未聞自衛隊の治安出動があるのかな?『私ってこんな』には、岡林信康さんの「私たちの望むものは」へのアンサーソングも入っています。「私が望むのは」で、一人称は単数、独りの私です。岡林さんの「私たちの望むものは」は、前半と後半で歌詞の内容がひっくり返してある逆説ソングです。同じはっぴいえんどの演奏でも、アコースティック音に近いバージョンと、エレキ音バージョンがあります。片方は銃声が入っていて、片方はギターで銃声を模写してます。というようなことより、当時は歌詞の内容の方が語られたものです。「私たち」という一人称に対する反発も強かったと思います。思えば岡林信康さんが失踪して、はっぴいえんどをバックに引き連れて再登場するといった行動をとった時。それはもちろんBob Dylan様の真似だったのですが、運動の象徴とされ、「みんな」を背負わされるのに疲れていたのですね。部落差別をストレートに歌った「手紙」や「チューリップのアップリケ」は、封印したというよりも、本当に歌うのがつらくなっていたのでしょう。「私たちの望むものは」の歌詞が後半逆転するのは、それは「WE」を拒否した「I」の宣言であります。ラビさんの「私が望むのは」には、岡林さんがハーモニカで参加しています。あ、しまった、今日は「人生よ、ありがとう」について書くはずだったのに。【追記】家の中をひっくりかえして、全アルバムを発掘しました。ラビさんは13枚のアルバムを出していたんですね。全部揃ってました。ただし、CDでは入手していないものがあります。そういうものは自分でアナログ→デジタル変換して手製復刻CD-Rを作りました。ジャケットも縮小コピーして作りましたが、悲しいことにちょっとだけはみでてしまいます。Q盤で見かけた時に買っておけばよかったなあ、というのは、まさに後の祭りです。せっかくだからジャケット画像を揃えてみました。時の流れというものは……わぁ、なんでもないっす。かなり小さくしたつもりですが、それでもでかいファイルですんません。
2003.09.23
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NHK BS-2で『世紀を刻んだ歌3 人生よ、ありがとう』を観たのだが、それはまた明日の日録にて。ああ、映画『サンチャゴに雨が降る』は観てないんですよ。1973年9月11日。そう、「9.11」はアメリカこそが「テロ支援国家」であった歴史的日付なのです。今年は三十周年です。数年前からURC(アングラ・レコード・クラブ)の音源や雑誌なんぞを探してぼつぼつと入手しているのだが、実際に当時買ったものは少ない。AMの深夜放送で聴いたり、立ち読みしたりといったところがせいぜい。中学生のおこずかいでは、そうそう買えるものではありませんでした。お兄さん欲しかったです。坂崎幸之助さんは、その辺を網羅して買っているお兄さんがいたんですね。同居していた従姉がモンキーズのデイビーのファンだったので、モンキーズだけは詳しかったのよ、とほほ。私がもう少し長じて高校生になると、既にURCの時代は終わろうとしていました。このぐらいの年齢での一年の差は大きい。中津川フォーク・ジャンボリーの第三回、つまり最後は1971年でした。これが最後になるんだなんて、こちらにはわからない。高校生になったら行こうと思って、一所懸命ギターの練習なんかしてるわけです。佐野史郎さんは「はっぴいえんど」を見に行ったそうで、「はいからはくち」と「春よ来い」の間に「えーど、えーど」と叫んでいる高校生佐野君の声が聞こえます。うらやましい。URC・音楽舎は雑誌も出していました。時期によって「folk report うた うた うた」だったり、「季刊フォーク・リポート」だったりします。書籍雑誌の取次は通さずに、レコード流通でレコード店に置いていたようです。田舎町の小さなレコード屋さんの片隅で、私は一所懸命立ち読みしました。当時私が唯一買ったのは「1971秋号」。第三回フォーク・ジャンボリーの詳細なタイムテーブルが載っているので、今まで捨てずに手元に生き残りました。当時は高校生だった、評論家黒沢進さんの投書なんぞ載ってたりします。ここ数年、その他の号も読みたいと思っていたのですが、ネット上に目録を出している古本屋やYahoo!オークションで、数冊買うことができました。ヤフオクの場合はとんでもない値段になることがあるのですが、あわてても仕方がない。何回か我慢したら、「わいせつ裁判」になった号までリーズナブルな価格で入手することができました。画像は左から、『folk report うた うた うた 1970年 冬の号』『季刊フォークリポート 1971年春号』『季刊フォークリポート 1971年秋号』元々自分で買った「1971年秋号」が一番汚いです。「71夏号」「71秋号」は編集長が室謙二さん。BASIC ENGLISHという人工言語なんかも研究していた早稲田の室勝先生の息子さん。その後「思想の科学」の編集長なんかもやったりしますが、「PopEye」なんかに原稿を書いたり、「朝日パソコン」なんかでも連載してましたね。今はアメリカ在住なんでしょうか。編集長に対する批判の投書がたくさん載ってまして、室編集長なかなか頑張ってますな。なぜ批判が多いのかというと、「70冬号」の編集長が中川五郎さん、そしてその号が「わいせつ」を理由に押収され、後に五郎さんが猥褻図画販売裁判の被告となるからであります。(起訴は72年)五郎さんは編集長としての責任と、掲載した小説「ふたりのラブジュース」の作者としての責任を問われ、法廷で闘うことになったのです。その直後の編集長なんか、大変だわよね。何やったって誰かに怒られるんだから。当時は野坂昭如さんが雑誌「面白半分」で、やはり猥褻でやられてます。猥褻というより、野坂さんも五郎さんも実際は権力に狙い打ちされたというのが正解ね。中川五郎さんはあの「受験生ブルース」の作詞者だったり、「腰まで泥まみれ」という反戦歌を歌っていたり、実に跳ね返っていたのです。が、どうも今ひとつ線が細くて、今で言う癒し系みたいな人なんです。「25年目のおっぱい」という実に温かい名曲も歌っています。ああ、あの曲好きだな。定期購読していた中学生・高校生のところへ警察がやってきて、雑誌を押収していったのですね。実は任意なんだけど、跳ね上がりに対する威嚇効果は抜群です。みんな恐れ入って腰が引けてしまう。「71秋号」にはその辺の生々しい投書が載っています。実は問題の小説「ふたりのラブジュース」(山寺和正=中川五郎)にはあまり興味がない。これ、いつかどこかで読んだと思う。ただ、この雑誌そのものが読みたかったのだ。表2の広告が社会新報の新報新書。『部落 ある靴職人の視点』(土方鉄)や『どきゅめんと筑豊』(上野英信)が並んでいて、ああ、日本社会党がなくなったのは痛いなと思う。ジミ・ヘンドリックス(9月)、ジャニス・ジョプリン(10月)の訃報が載っているのもすごい。二人とも「麻薬過多服用」のため。特集が「岡林と高石を裸にする」で、実は壁にブチ当たっていた第一世代の二人が詳しく語られている。三橋一夫さんの高石論、良いです。片桐ユズルさんが岡林を語っています。ダグラス・ラミスさんが室謙二、岡林と鼎談(ていだん・書けない)しています。あ、『スリーマイル島』訳者にしてユズルさん弟の中尾ハジメさんが「うんち穴ファシズム論」というわけのわからない文章を書いてます。やっぱ濃いわ。で、小説はまあわりと正直に高校生の愛と性を語ってみました、みたいな感じだったんですが。五郎さんは裁判の開始から10年後の1982年に晶文社から『裁判長殿、愛って何?』というタイトルで、この裁判の記録集&エッセイを出します。私、その本の書評(っつうか、宣伝だわな)を某雑誌に書かせていただきました。そいういうふうに関わるとは思ってなかったけど。80年当時はやっぱり吉祥寺周辺にお住まいでありましたな。
2003.09.22
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女子十二楽坊のことを「中国喜び組」と言ったら、反応が二つに分かれた。こういう冗談は人を選んで言わなければならないと痛感。もちろん十二楽坊は主体思想ではなく資本主義なので、将軍様のためではなくて貨幣のためにパフォーマンスを行なう。「9.11」に関して少し気になったことがあるので、ネットで調べてみた。私の認識はこうだった。 ● 9.11の直後に、米のネットワークがジョン・レノンの「イマジン」などを放送禁止曲に指定した。 ● 9.11被害者の追悼コンサートで、ニール・ヤングはあえてこの「イマジン」を歌った。 ● さすがニール・ヤングである。大筋では間違っていないと思うのだが、「放送禁止」は正確な表現ではなさそうなので、実際はどうだったか確認したかったのである。googleで「イマジン」「放送禁止」を検索すると、ヒットしたのがBeats 21 Archive - 近づく戦争の足音/またも「イマジン」、放送禁止歌にBeats 21 Archive - 近づく戦争の足音/史上最大のチャリティ番組と全曲放送禁止なるほど、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは全曲放送禁止、国賊バンドだったんだな。もちろん「放送禁止」ではなくて、業界の自主規制であるが、実質上の「放送禁止」と理解して良いようだ。米ポップス界などというのもあまり興味がないので知らなかったのだが、あのコンサートは> 21日に、27のテレビ局と数多くのラジオ局が一つとなり、> 多くのスターを集めてテロの犠牲者に対する慈善番組> 「America: A Tribute To Heroes」を放送だったんですな。すごい規模だ。今更寝ぼけたようなことを言っていてすみません。確認しておきたかったのです。「イマジン」という曲は本当に歌詞が「過激」です。ImagineImagineでも、宗教の否定とか国家の否定というのは、実はその過激さが日本の文化状況ではピンと来ないと思います。「宗教」「国家」を、たとえば「天皇」「天皇制」と置き換えると、保守的なクリスチャンにとってこの曲が持っているインパクトがわかりやすいかもしれません。今、生ギターを抱えて地方都市の駅前で「天皇制なんてないって想像してごらん」と歌ったら、大変なことになると思います。日本の状況って、かなりキテますよ。これもうろ覚えなのだけど、つい先日「イマジン」はヨーコさんの詩が元になっているという報道がありました。それはそうだろうなと思いました。ジョン&ヨーコの曲であったのは明らかですもの。楽天広場をうろうろしてみたら、Lycosの時と同様にファシズムの露払いが大勢いることがわかりました。あれ、自分では過激なこと言ってるつもりなんだよなあ。時流に乗っかっているだけなのに。
2003.09.21
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今更ですが、「幻泉館」の名前の由来。もちろん、つげ義春さんのマンガ「ゲンセンカン主人」から採りました。『ガロ』に載っているのを読んだはずですが、つげさんのマンガとの最初の出会いが「ゲンセンカン主人」でした。すっげえ恐かったです。今はなまくらになっちまいましたが、当時の私は痛いほど鋭い感受性を持っていたので、あれをナマで受け止めてショックを受けたのですね。1968年、私はまだオトナたちとは別世界に暮らしておりました。「源泉館」や「元泉館」は実際の温泉場によくある旅館の名前のようですが、最初に読んだ時はそれもわからず、「ゲンセンカン」がとても不気味でした。ここまでは何度か書いたことなのですが、なぜ「幻泉館」なのか当の本人 σ(^_^;) もすっかり忘れておりました。初めて「ゲンセンカン主人」を読んでから十年近く経ったころのことです。私は東京で学生生活を送っておりました。で、キャンパス内で「幻射圏」と書いたポスターを見掛けたのです。読みは明らかに「ゲンシャケン」なのですが、何だかよくわかりませんでした。これは本当は「現代社会研究会」を名乗りたかった人たちのサークルだったようです。つまり「現社研」。当時その大学は過激なんだか日和見なんだかよくわからない、□○派というセクトの拠点校だったので、なるべくトラブルを避けようとしてそんな字を当てたようです。その名前は学陽書房で活躍している方が考えたのでしょうか。「現」より「幻」の方がずっと素敵だな、と感じたのは私が夢想家だからですね。私は何になりたかったというと、ヒマな喫茶店のマスターが理想でした。実は今もなりたいのですが、とても食べていけそうにないので、なれないままでいます。もちろん「ヒマな」というところがポイントであり、同時にそれがネックとなっているわけです。忙しい喫茶店はいやじゃぁ。夢見るだけならタダなので、いろいろ考えます。ビルの一画もいいけれど、サラリーマンで混雑するのは味気ない。郊外に小さい洋館仕立て、蔦をからませたいものだ。小さなライブや、自主映画の上映もできた方がいい。いつも「幻灯」を映しているなんてのもいいなあ。そう、「幻射圏」の「幻」の字が焼きついてるのです。幻射館, 幻写館……語呂が悪いなあ。お、「幻泉館」!マスターは「幻泉館主人」じゃん!つまり、私の脳内に生まれた幻の喫茶店のマスターが「幻泉館主人」なのでございます。ずっとビンボしておりましたので、私はこういうお金のかからない妄想にフケルのが好きでした。現実からフケちゃってるんですな。会社の名前なんてのもいろいろ考えましたよ。いつか「未来工房 / Future Workshop」なんてのを作ろうと考えておりました。こちらは実現しました。今は亡き親父様が会社を起こすときに、名前をプレゼントしたのです。いい名前だと喜んでくれたので、まあ最初にして最後の親孝行ができたと思います。その会社、すぐになくなっちゃいましたけどね。幻泉館本館アマゾンに注文したCDがあっという間に届く。映画"MASKED AND ANONYMOUS"のサントラ盤。ボブ・ディランが出てる映画です。ジャケット画像、右から二人目がちょび髭生やしたディラン御大。知らねいわ、そんな映画、日本公開は未定だべ。映画自体の評判はアメリカで散々らしい。でも、このCDはかなりお買い得であります。ディランの最新の演奏と、他アーティストによるカバー集。日本代表で真心ブラザーズの歌う日本語版"My Back Pages"なんてのも入ってます。真心ブラザーズの歌、悪くないです。それにLimited Versionなので、もう一枚ディスクがおまけで付いていて、これが宣伝用サンプル。サンプルといっても、曲自体は丸ごと入ってます。昔のアルバムがremasteredで出るそうで、その宣伝です。このおまけが、実にいいのですよ、ホントお買い得です。ところで、「ゲンセンカン主人」というマンガも「masked and anonymous」なのだと気づいていただけましたでしょうか?Masked And Anonymous - O.S.T. (Ltd) [FROM US] [IMPORT]BOB DYLAN CD (2003/07/22)U.S. 定価: $21.98価格: ¥2,058DISK 11.MY BACK PAGES / Magokoro Brothers2.GOTTA SERVE SOMEBODY / Shirley Caesar3.DOWN IN THE FLOOD (new version) / Bob Dylan4.IT’S ALL OVER NOW, BABY BLUE / Grateful Dead5.MOST OF THE TIME / Sophie Zelmani6.ON A NIGHT LIKE THIS / Los Lobos7.DIAMOND JOE / Bob Dylan8.Come Una Pietra Scalciata (LIKE A ROLLING STONE) / Articolo 319.ONE MORE CUP OF COFFEE / Sertab10.NON DIRLE CHE NON E COSI (If You See Her, Say Hello) / Francesco De Gregori11.DIXIE / Bob Dylan12.SENOR (TALES OF YANKEE POWER) / Jerry Garcia13.COLD IRONS BOUND (new version) / Bob Dylan14.CITY OF GOLDDISK 21.ALL I REALLY WANT TO DO(from The Bootleg Series Vol. #6, Bob Dylan Live 1964)2.LOVE MINUS ZERO/NO LIMIT3.STUCK INSIDE OF MOBILE WITH THE MEMPHIS BLUES AGAIN4.TANGLED UP IN BLUE5.GOTTA SERVE SOMEBODY6.MOONLIGHT7.COLD IRONS BOUND
2003.09.20
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『U2 魂の叫び(U2 RATTLE AND HUM)』、やっぱりいいなあ。冒頭でボノが何と言っていたか確認するためにビデオを引っ張りだした。 > This is a song Charles Manson stole from the Beatles. > We’re stealing it back! > > これはチャールズ・マンソンがビートルズから盗んだ歌だ。 > 今オレたちが奪い返すぞ!(幻泉館主人 試訳)「俺たちが解放してやる」と言っているように記憶していたのだが、それは間違い。ちょっと入れ込み過ぎていたかな。この、冒頭「ヘルター・スケルター(HELTER SKELTER)」から「ヴァン・ディマンズ・ランド(VAN DIMEN’S LAND)」に行く流れがたまらなく痺れる。邦題で「魂の叫び」って付けちゃった人の気持ちがよくわかりますわ。今更だけど、若者はチャールズ・マンソンを知らないようなので、特殊評論家柳下毅一郎氏(=ガース柳下氏)のサイトでも覗いてみてください。シャロン・テート事件について書いてくださってます。(知り合いで「ヤギシタ」さんがいたんだけど、この人は「ヤナシタ」さんなんですな。)わ、もっとエグイところもあった。猟奇殺人専門サイト「プロファイル研究所」のCharles Manson。ロマン・ポランスキーといえば今は『戦場のピアニスト』(2002)の監督なんでしょうが、私にとっては『吸血鬼』(1967)、『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)、『マクベス』(1971)あたりの方がおなじみ。『吸血鬼』には出演もしてますが、なかなかいい役者さんでもあります。この映画のヒロインが後に奥さんになったシャロン・テートでして、ほんでもってマンソンに殺されちゃいました。ポランスキーの話をちょっとしておくと、この人はかなり不思議な人でして、自身がナチスの強制収容所を経験しているのですが、1977年にはジャック・ニコルソンの家で13歳の少女を強姦したという事件で逮捕されたりしてます。シャロン・テート殺人事件の後に撮った映画が『マクベス』なんですが、当時のメジャー映画にしてはかなり血生臭い演出でして、かなり悪魔的イメージも伴うのですよ。この『マクベス』、私わりと好きです。『吸血鬼』はコメディでして、殺人事件は吸血鬼のタタリだなんぞとも言われました。幻泉館は70年代の音楽(というよりサブカルチャーが)がテーマらしいのだが、1970年は70年安保、「よど号」ハイジャック事件、大阪万博、三島由紀夫自決、ビートルズ解散の年。シャロン・テート殺人事件はその前年の1969年、今ではわかりにくいだろうけど、当時のビートルズはもちろん懐メロではないし、ロッカーというよりも文化的前衛だったんですよ。そのビートルズの曲が、殺人のメッセージだとマンソンは主張したのです。まあ、日本での社会状況も考えると、1968年あたりからが射程って感じかな。ちなみに、どこで拾ったか出典不明になってしまった、「1969年」はこんな年。 3月 ドアーズのジム・モリソンがマイアミでのコンサートで 猥褻行為をしたとして逮捕される 3月 ジョン・レノンがヨーコと「ベッド・イン」で『平和を 我等に』とメッセージを送る 7月 ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズがバ ンドを脱退後、一月足らずで溺死? 8月 ニューヨーク郊外でウッドストック・フェスティバル開 催される 11月 ジョン・レノンがMBE勲賞を返却する 12月 オルタモンドで行われたストーンズのフリー・コンサー トで警備に当たっていたヘルズ・エンジェルズのメンバー が黒人の聴衆を刺し殺す事件が起こるそしてシャロン・テート殺人事件です。このチャールズ・マンソン、妙に人気があるんだよね。あのマリリン・マンソンも、この人から名前を採ってます。
2003.09.19
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ここで私の趣味の話。毎晩そういうことしか書いてないのだが。2003年、私にとって最大のできごとの一つは、ギターを買ったことである。そのためにこつこつ金を貯めていたというようなことではない。ほとんど衝動買いに近い、ヤクザな買い方である。伏線としてあったのは、ここ数年のレコード収集と、昨年末の新生フォーク・クルセダーズである。頭の中でマーチンの音がぐるぐる回っていた。そして、ザ・フォーク・クルセダーズの名曲「ライカはローリング・ストーン」である。ちょっと話が逸れるが、新生フォークルが「はしだのりひこ」さんではなくて坂崎幸之助さんであったことにご不満の方がおられるようだが、それは筋違い。永遠のフォーク少年幸之助氏がいたからこそ成り立った新生フォークルである。まず今年の夏、母艦Win機を買い換えるのをやめることにした。それで並行輸入のD-28を購入。確かにこれがギターというものなのだと納得しました。ズンという低音と、シャランという高音が、実にきれいに鳴ります。深夜こいつをだっこするのが、私の趣味です。夜中なので派手にストロークできないのがちょっと寂しい。それから、三十年ものの12弦ギターを買ってしまいました。D-28の12弦バージョンをネットで見つけて、これまた衝動買い。これが実に弾きにくい。D-28と見かけは同じボディなのですが、こんなに音が違うのか。高い音はシャランシャランと複雑に鳴ってくれるのですが、低音が出ないのです。カーター・ファミリー・ピッキングのような、低音を利かせた弾き方がいまひとつなんです。普通の6弦ギターで4弦から6弦に当たる低音部を、D-28と同じように単弦化すれば、ズシンと鳴ってくれそうな気もします。ただ、12弦ギターの特性は薄まりますわなあ。一人で弾き語りする時は普通のD-28の方がよろしいようです。それで今ハマっているのが、中島みゆきさんの「時は流れて」。三拍子で、ズンとベース音を弾いて、シャランシャランと高音を掻きなでる。歌い方も押さえた感じが似合う曲なので、深夜でもOK。元々7分もある長い曲を、ぐるぐると繰り返して歌います。今の中島さんは安定したヒットメーカーですが、この曲の入った『あ・り・が・と・う』(1977年)や、『愛してると云ってくれ』(1978年)、『親愛なる者へ』(1979年)、この辺りの方が、自己表現を行なうシンガー&ソングライターとしてはずっと魅力的だと思います。ちなみに、ファースト・アルバム『私の声が聞こえますか』(1976年)に入っている「歌をあなたに」という曲が、私は大好きです。でも、この曲はどうもうまく歌えないのです。
2003.09.18
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DVD『日本の悪霊』が届く。おぉ、さすがアマゾン。「ROOTS MUSIC DVD COLLECTION」はどうなってるんだ、早く送ってくれ。黒木和雄監督ATG 1970年作品三十年近く前に一度見たきりなので、よく覚えていなかった。原作の高橋和巳作品も同様。警官とヤクザがウリふたつというのは、映画の脚色だよなあ。キャッチコピーは「オトシマエには時効がねぇ」。アマゾンのレビューだと、原作の小説はこうなる。 > 特攻隊員として、国家のために死を決意しながら、 > 生き残った刑事。戦後の激動期に、革命の尖兵と > して火焔瓶闘争から殺人までも犯してきた被告。 > 執拗に被告の過去を探る刊事の胸の底に、いつし > か奇妙な共感が…ミステリアスな展開を通して、 > 罪と罰の根源を問う代表的大作。これは明らかに世界が違うわ。映画は刑事とヤクザの入れ替わりという別種のサスペンスに換骨奪胎。作家高橋和巳の思想的な問い掛けは消えてしまっている。河出文庫の高橋和巳コレクションで買ってあるはずなので、原作読みなおそう。音楽担当が早川義夫&岡林信康というのも異色。全編に岡林の曲が流れるだけでなく、岡林本人が本編に登場して歌いまくる。URCでのセカンド『見るまえに跳べ』のころ。日本の「フォークの神様」がロックに「転向」した後である。あの「はっぴいえんど」を従えてステージに立ったころ。生ギター一本で歌う「ヘライデ」は、実はこの映画でしか聴けないレアもの。皇室をおちょくった部分がないのが惜しまれる。組長の出所祝いの席で組長自身がギターを弾いて「友よ」を歌うなどという、あざとい演出もある。かなりドラマを破壊する、懐かしい時代の映画です。ところで、私は東映やくざ映画に入れこんだ世代ではない。高倉健や藤純子といったスターに、思い入れはない。そのような美学が滅んだ後の、仁義なき戦いなら、少しはわかる。だから、この映画のクライマックスは今ひとつかも。『日本の悪霊』は佐藤慶さんの一人二役がおもしろいのですが、実は岡林信康の映画のようになっております。お、黒木監督と上野昂志氏の対談映像がおまけに付いています。
2003.09.17
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9/15(月)の深夜です。世間様は国民の祝日でお休み。幻泉館主人は非国民なんでお仕事でした。中途半端で帰ってきちゃったけどね。そうか、敬老の日か。前にも書いたけど、想像する自分の老後で何がつらいって、敬老の集まりだよな。小学校の体育館みたいなところに詰め込まれて、歌謡ショーやら大正琴の合奏やら見せられちゃうのかしら。拷問だよなあ。楽天広場に登録する時に、い~かげんに自分の[特徴 プロフィール]を書き込みました。「自慢のアイテム」なんてのは限られてるけど、「好きな音楽」「好きな本」「好きな映画」なんて何書いていいかわからないよなあ。そこで映画を考えるときにふっと作品名が浮かんできたのが『ハリーとトント』。あれぇ、そうか?そんなに好きだったっけ?う~ん、やっぱり好きらしい。1974年、ポール・マザースキー監督の作品です。私が観たのはその翌年あたりに、東京のどこかの名画座だと思います。この監督の作品で、日本でヒットしたのは『結婚しない女』(1978)。私が好きなのは自伝的な『グリニッチ・ビレッジの青春』(1976)ですね。この映画のシーンを真似しました。友人と酔っ払って、深夜に井の頭公園の野外ステージで「つかこうへい」さんの劇の台詞を真似ました。おお、青春!それよりもさらに『ハリーとトント』の方が好きなんですね。ハリーという爺さんと、トントという猫のロードムービーです。ストーリー詳細はgoogleで「ハリーとトント」を検索してみてください。苛酷な現実を温かい視線で、コメディ・タッチで表現している映画です。年取ったらこういう爺さんになりたいという、ある種の理想像でありました。ただ、ハリーは半生をマジメに生きたから、自由な精神が血肉を持ちうるわけでありまして、もともといいかげんに生きてると、老後は悲惨なことになりそうです。っつうか、私はあんまり老後がないはずなんで、心配しないのよ。おお、ネタとしてはちゃんと「敬老の日」になったじゃん!
2003.09.16
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NHK BS-2 『世紀を刻んだ歌 オーバー・ザ・レインボウ「虹の彼方」に浮かぶアメリカの夢と闇』このタイトル、変だなあ。「レインボウ」と書くのなら「オウバ」とか「オウヴァ」になるべ。以下、番組メモSomewhere Over the RainbowSomewhere over the rainbowWay up high,There’s a land that I heard ofOnce in a lullaby.アメリカ人の心の歌。「9.11」の追悼コンサートでも歌われている。There is no place like home.家ほど良い場所はない。家庭を求める歌だ。メーテルリンクの「青い鳥」と同様に、おうちが一番よという内容なのだが、「オズの魔法使い」のドロシーはまず家を喪失してしまう。曲の冒頭で急に1オクターブ音が上がるのは、その喪失を表現しているのだそうな。映画撮影時にジュディ・ガーランドはもう16歳だったのか。ライザ・ミネリのお母さんね。映画会社が与えた薬でボロボロになったショービジネスの女王。おっと、私もうすぐジュディの享年に達します。第二次大戦中、ジュディ・ガーランドは慰問先で何度も歌った。自分の家に帰りたい、故郷に帰りたいという兵士たちの気持ちを歌った。「虹の彼方に」平和が訪れる、いい時代がやってくる。ただし、歌の最後は。Why can’t I?なぜできないの?前線慰問と言えば、マリリン・モンローを思い出す。モンローの葬儀ではこの「虹の彼方に」が流れたそうな。ノーマ・ジーンがついに手に入れることができなかったもの。それが幸福な家庭である。番組のクライマックスはニューヨークのセントラルパークの一画にあるストロベリーフィールズ。そう、ジョン・レノンが殺された場所。犯人マーク・チャップマン持っていた本が"The Catcher in the Rye"『ライ麦畑でつかまえて』だったことは有名だが、ホテルには聖書などと共に『オズの魔法使い』の絵葉書を残している。う~ん、番組がジョン・レノン暗殺に持っていく流れには無理があるんでないか。マーク・チャップマンは有名人・金持ちに逆恨みしているストーカー人格だろ。スティーブン・キングもつけまわされて『ミザリー』書いたんじゃなかったっけ?ところで、マーク・チャップマンは1980年の犯行当時25歳。ずっと服役していますが、何度か仮釈放を申請しているはずです。私と年齢が近いな。ところで、番組でやっぱりIZ(Israel Kamakawiwo’ole イズラエル・カマカヴィウォオレ)の歌う"Over the Rainbow "が流れます。これ、いいですよぉ!BS-2のこのシリーズ、とても好きなのですが、ドラマ仕立てになっている回はちょっとなと思います。今回もいまいち。
2003.09.15
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ジョニー・キャッシュ逝去。享年71。ボブ・ディランのマイベストMDを作ってずっと聴いていたので、驚いています。"Nashville Skyline "(1969)から’Girl From The North Country’を入れたので、ジョニー・キャッシュさんの太っい声をこの数日繰り返して聴いていたのです。私が初めて買ったディランのアルバムは、実はこの『ナッシュヴィル・スカイライン』なんです。邪道もいいところ。妙にきれいな声で歌うディランに、すごい低音のジョニー・キャッシュ。「北国の少女」のリフレイン> Remember me to one who lives there> She once was a true love of mine(幻泉館主人 試訳)> そこに暮らしている人に どうかよろしく伝えておくれ> かつて 私が本当に愛した人にこれはSimon & Garfunkelの"Scarborough Fair"とまったく同じ歌詞です。どっちがどっちをパクったのか?ディランの「北国の少女」の方が早いです。1963年のアルバム"The Freewheelin’ Bob Dylan"で、素朴な弾き語りをしています。私はこの演奏をマイベスト#1に入れて、ジョニー・キャッシュとのデュエットを#2に入れました。つまり、大好きな曲なんです。一方、サイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア」も大好きな曲です。きれいなハーモニーと、幻想的なギターアレンジですなあ。え、ディランのパクリなのに好きなの?ではなくて、元歌が同じなんですね。googleで「北国の少女」「スカボロー・フェア」を検索してみてください。詳細に解説しているサイトが見つかるはずです。だから一部の歌詞が同じだけでなく、全体の内容も似ています。元歌は『竹取物語』に出てくるような、不可能な要求を含んだナンセンスな歌詞です。ディランの方はそれをストレートなラブソングに変えています。胸が締めつけられるような歌です。
2003.09.14
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出無精なので、せっかく買ったcontaxで撮るものがない。しかたがないので困ったときの持ち物ネタ。何度か登場しているが、私の携帯電話である。[au / 東芝 A5301T]買ったのは去年の11月でしょうか。何はともあれシールを貼ります。いい歳してシール好きなんです。数色あるスマイルマークの中から携帯電話のボディーカラーに近いもの。ストラップは、根付けみたいなやつだと電話に傷が付くことがわかったので、メガネ拭きの素材で作ってあるやつ。これで画面やレンズが拭けます。壁紙はノートPCの壁紙に使っている林檎姫画像の一部を切り取って作りました。フランスW杯より前の映像が元になっているので、姫が今よりだいぶ若いですな。ついでに、☆のシールをやはり同系色の中から数色選んで、画面の周囲にあしらいます。くだらないなあ。あ、まだ続きがあります。着信メロディ。通常着信は椎名林檎の「幸福論」。E-mail着信は椎名林檎の「ここでキスして」。Cメール着信は椎名林檎の「丸ノ内サディスティック」。以上でございます。
2003.09.13
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9/10にROOTS MUSIC DVD COLLECTIONというシリーズが発売された。はずである。amazon.co.jpで予約注文しておいたのだが、まだ届かない。amazonのサイトで確認したが、まだ発送もされていない。あら、珍しいですね。2000年にSKY PerfecTV! Ch.267「ザ・フォーク」で放映した映像を収録しているのだそうです。インタビューと演奏。本当はみっちり演奏だけ詰め込んでほしいんですが。VOL.4のカルメン・マキさんは、どちらかというとせっかくだからついでに発注したという感じです。80年代のかっこいいロッカーとしてのマキさんじゃなくて、70年代前半の寺山修司ワールドの時代が中心なんだと思います。ああ、この人は映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』に出ていたなあ。監督・脚本が清水邦夫&田原総一朗という、不思議な組み合わせ。そう、朝まで仕切ってる田原さんです。この映画の主人公役を演ってる石橋蓮司さん、怪演が光ります。桃井かおりさんのデビュー作になるのかしら。脱いでますけど、当時はなんだかだぶついた感じの裸ね。カルメン・マキさんは「自閉症の女」という役どころ。出演は一瞬で、林檎を齧っているだけ。美少女でした。1971年の作品ですが、私が観たのは上京してからなので、おそらく1975年。地方都市では観ることができなかったATGの映画を観まくったころです。ROOTS MUSIC DVD COLLECTION VOL.1 五つの赤い風船VOL.2 高田渡VOL.3 中川イサトと仲間たちVOL.4 カルメン・マキVOL.5 頭脳警察(パンタ&トシ) 各2,000円+悪税
2003.09.12
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ああ、「9.11」か。ground zeroという言い方には抵抗あるなあ。まず「原水爆の爆心地」という意味が思い浮かぶから。そして十五夜。どうしても夜空を見上げます。宵の口にはぼんやり曇ってて、月が出ていない。今夜はダメなのかしら。携帯にメールが届く。「めちゃめちゃ月出てますよ!」おお、綺麗に月が出てる。知らせてくれて、ありがとう。のんびり市は夜空が明るいので、星は少ないと思う。でも、今夜の月ははっきり輝いていました。空が落ちてきたらどうしよう。amazon.co.jpからニール・ヤングの楽譜集が届く。日本の出版社から今いいのが出ていないので、しかたなくワーナー・ブラザーズの本を注文することになる。まあ、楽譜だから洋書でもあんまり関係ないね。以前買ったジャクソン・ブラウンの楽譜集と同じ、ギター・アンソロジーというシリーズ。タブ譜というのはどうも苦手だなあ。私が一所懸命楽譜を見てギターを弾いていたのは70年代前半なんで、まだタブ譜が普及していなかったのです。このシリーズはA4変形で本文は120ページ程度。Aaron Stangさんのギター・アレンジなんだな。アマゾンさんの「定価」という表記は間違っていると思うのだが、まあいい。数年前と比べると、かなり安く注文できるようになったと思います。ちなみにディラン様の楽譜はMusic Sales Corpが出している"The Definitive Dylan Songbook"というのを買ったのですが、「決定版」と名乗るだけあって、A4判を一回り大きくしてなおかつ本文が800ページほど。これは分厚すぎて使いにくいです。Neil Young (Guitar Anthology Series)Aaron Stang (著)U.S. 定価: $24.95定価: ¥2,913価格: ¥2,476OFF: ¥437 (15%)AlabamaBroken ArrowCinnamon GirlCountry GirlCowgirl in the SandHarvest MoonHeart of GoldHelplessLike a HurricaneLong May You RunThe Needle and the Damage DoneOld ManOn the Way HomeOnly Love Can Break Your HeartSouthern ManSugar MountainTell Me WhyJackson Browne (Guitar Anthology Series)Aaron Stang (著)U.S. 定価: $24.95定価: ¥2,913価格: ¥2,476BoulevardDoctor My EyesFor A RockerFountain of SorrowHere ComesThose Tears AgainI’m AliveLawyers in LoveLives in the BalanceThe Load-OutThe PretenderThe RoadRock Me on the WaterRosieRunning on EmptyStaySomebody’s BabySong for AdamTake It EasyThat Girl Could SingWorld in Motion幻泉館 本館
2003.09.11
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昼間っから昨夜の続きの趣味に走る。いい、今日は仕事しない。ボブ・ディランのマイベスト#2の作成であります。昨夜作ったのはいわゆる「フォークの神様」バージョンで、私が小学生の時。今日がいよいよリアルタイムで聴けたボブ・ディラン。ただし、私のディランは1976年の"DESIRE"『欲望』で終わっています。ここまでをなんとか1枚に詰め込みたい。悩んだ末に、ザ・バンドとのアルバム"THE BASEMENT TAPES"『地下室』と"BEFOER THE FLOOD"『偉大なる復活』をカットすることにしました。私が高校生のころのディランのイメージはザ・バンドをバックに歌っているものです。でも、今回作ったマイベスト#2ではザ・バンドの音は意外に少なくなってしまいました。ディランのファンに怒られそうな選曲ですが、いいんです、私が聴くんだから。アルバムは以下の通り。John Wesley Harding (1968)Nashville Skyline (1969)Self Portrait (1970)New Morning (1970)More Bob Dylan Greatest Hits (1972)Pat Garrett & Billy The Kid (1973)Dylan (1973)Planet Waves (1974)Blood On The Tracks (1975)Desire (1976)第何作目のアルバムか書けないのは、昨日作成した時期の"Greatest Hits"(1967)を入れるかどうか、オフィシャルなのに幻のアルバムになった1973年の"Dylan"を入れるかどうか、なんて問題があります。"Dylan"はコロンビアが本人に無断で勝手に出してしまったもので、納得のいかない演奏なのでもうプレスの許可が出ないようです。以前amazon.comからテープ版を買いましたが、なんとかヤフオクでCDを見つけて入手することができました。オーストラリアの盤でございました。このアルバム、ディランがスタンダード曲を歌ってるんです。"Can’t Help Falling In Love"「好きにならずにいられない」とか、"Mr. Bojangles"「ミスター・ボージャングル」をボブ・ディランが鼻歌みたいに歌ってて、私は大好きです。1970年の『セルフ・ポートレート』もそんな曲がたくさん入ってますね。サイモン&ガーファンクルの「ボクサー」なんかもWAVEで抽出したのですが、収まり切れずにカットしました。あ、S&Gは『水曜の朝午前三時』でディランの「時代は変わる」やってましたね。My Best Dylans #2 September, 2003 #1 All Along The Watchtower #2 Girl From The North Country #3 Lay Lady Lay #4 All The Tired Horses #5 If Not For You #6 Day Of The Locusts #7 The Man In Me #8 I Shall Be Released #9 Knockin’ On Heaven’s Door #10 Can’t Help Falling in Love #11 Mr. Bojangles #12 Forever Young #13 Forever Young(Cont) #14 Wedding Song #15 Tangled Up In Blue #16 Hurricane #17 One More Cup Of Coffee #18 Oh, Sister #19 Sara
2003.09.10
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今夜はボブ・ディランのベスト盤を作って遊んだ。これが実に難しい。1962年の"Bob Dylan"というアルバムから順に聴いていってチェックすると、あっという間にCD1枚分の容量を超えてしまう。う~ん。1967年に"Bob Dylan’s Greatest Hits"というベスト盤が出ているのだが、やはりこのあたりを目標に1枚に納めるべきか。 #1 Bob Dylan (1962) #2 The Freewheelin’ Bob Dylan (1963) #3 The Times They Are A-Changin’ (1964) #4 Another Side of Bob Dylan (1964) #5 Bringing It All Back Home (1965) #6 Highway 61 Revisited (1965) #7 Blonde On Blonde (1966) #8 Bob Dylan’s Greatest Hits (1967)日本人が持っているディランのイメージは、だいたいこの辺がメインなんだろう。さすがに私も小学生のころなので、あまりリアルタイムでは聴いてないのね。最初からざあっと聴いていくと、友部正人さんや吉田拓郎さんやあがた森魚さんといった人達がお手本にしていた曲がずらずら出てきます。"The Lonesome Death Of Hattie Carroll"はあがたさんがそのまんま訳して「ハッティ・キャロルの淋しい死」として歌ってます。おもしろいのは同じ曲を拓郎さんが「準ちゃんが吉田拓郎に与えた偉大なる影響」という題で歌ってるバージョン。幻のアルバムとなってしまった『たくろう オン・ステージ2』でしか聴けないのですが、ちゃんと"The Lonesome Death Of Hattie Carroll"の冒頭も歌ってみせたりしてます。ということで、削りに削って、こんなものか。ああ、一枚目の"Bob Dylan"からの曲がなくなってしまった。My Best Dylans #1 September, 2003 #1 Blowin’ In The Wind #2 Girl From The North Country #3 Masters Of War #4 Don’t Think Twice, It’s All Right #5 The Times They Are A-Changin’ #6 The Lonesome Death Of Hattie Carroll #7 My Back Pages #8 It Ain’t Me Babe #9 Love Minus Zero/No Limit #10 Mr. Tamborine Man #11 Like A Rolling Stone #12 Desolation Row #13 I Want You #14 Just Like A Woman #15 Sad Eyed Lady Of The Lowlands別の時に作れば、別の曲になるでしょう。たとえば"Ballad in Plain D"なんていい曲だなあと今回しみじみ思いました。明日の夜はThe Bandと一緒にやってるやつなんかで2枚目のマイベストを作るのかしらん。昨夜は(昨夜も)なかなか寝つけなかったので、インフォシークやら楽天やらをうろうろしていた。ふと、インフォシークプロフィールに貼った画像が少し横に広がっているのに気づいた。どうやら元画像のサイズに関係なく、120*120で表示してしまうらしい。元画像が極端に細いと目立つのだろうが、正方形に近いと気づかないんだろうね。携帯電話で撮った縦長画像を送っている人は、少しおでぶに表示されているはず。じゃあ縦横の長さが違う画像をどうやって貼ればいいかというと、これは正方形の画像に描き変えて送るしかないようだ。試しに三十年近く前の卒業写真を加工して揚げてみました。その旨書いておかないと嘘つきだよなあ。まあ、いいか。ところで先日購入した友部正人さんの復刻版CD『誰もぼくの絵を描けないだろう』ですが、ピアノで坂本龍一さんが参加しています。オリジナルのアルバムが発売されたのは1975年。坂本さんはまだ芸大の学生で、ライブスポットのピアノ弾きといったアルバイトに励んでいたようです。友部さんと飲み屋で知り合って録音に参加したという話です。そんなことはなんとなく知っていたのですが、今まで気づかなかったのは、ちゃんとジャケットに坂本さんが写っているのですね。長髪で髭を生やした、学生時代の坂本龍一さんです。↓ジャケット裏面:もちろん左が坂本龍一さん。
2003.09.09
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NHK BS-2『「風に吹かれて」~ 国境と時代を越えた替え歌 ~』ボブ・ディランの名曲「風に吹かれて」をめぐる歴史ドキュメント。そう、私の知らない「歴史」。おぉ、菅野ヘッケルさん、こういう人なのか。へえ、そうなんだ、PP&Mのヒットの方が、ディランのアルバムより早かったんだ。知らなんだ。敏腕プロデューサーの戦略だったそうです。東西を壁によって隔たれたベルリンでは、あのマレーネ・デートリッヒがドイツ語訳詞で歌った。ベトナム戦争時の韓国では、シンガーソングライター、スォ・ユソクがオリジナルの歌詞で歌った。冷戦時、二つの分断国家で歌われた「風に吹かれて」。濃かったですぞ。特にパク大統領政権時に歌われた「風に吹かれて」の切実さが迫る。なぜ「替え歌」でなければならなかったのか。韓国がベトナムに派兵したのは知っていた。しかし、米の金銭的な援助のことは知らなかった。アメリカが韓国に、派兵分の米軍水準の給与を支払う。韓国政府は、兵に韓国水準の給与しか支払わない。差額は国家予算に回った。「若者の血を売った」と言われる所以である。そうだ、ディランのマイベストMDを作ろう。と思いついたのでありました。幻泉館 本館
2003.09.08
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本館音楽板の方に書いたのだが、amazon.co.jpからURC復刻物の連絡が来た。エイベックスは版権買ったんだからちゃんと発売してほしいと思うのだが、amazon限定発売の復刻盤。今回私が注文したのはすべてオムニバス。私が復刻を熱烈希望しているのは、五つの赤い風船の『ゲームは終わり(解散記念実況盤)』。中古でアナログ盤を入手したのだが、いまひとつ盤の状態が良くないのです。今回注文したものも、『関西フォークの歴史』の1枚は中古で買ったが、これは面倒なのでデジタル変換していない。『うた・復権 はみだし歌番組』は学生時代にエレックが倒産してレコード店で不良在庫となっていたものを捨て値で買いました。手製復刻CDを作成しましたが、やっぱりCDで欲しいな、と。関西フォークの歴史 1966-1974 (1)2,300-ディスク: 11.のんき節 / 高石友也2.かあちゃんごらんよ / 高石友也3.ちっちゃな箱 / 高石友也4.戦争の親玉 / 高石友也5.死んだ女の子 / 高石友也6.ベトナムの空 / 高石友也7.継子 / 高田恭子8.竹田の子守唄 / 高田恭子9.プレイボーイ・プレイガール / フォークキャンパーズ10.自由について / 中川五郎11.かえうた (ぞうさん 海 お馬 チューリップ おお牧場はみどり) / 中川五郎12.受験生ブルース / 中川五郎13.あきらめ節 / 高田 渡14.自衛隊に入ろう / 高田 渡15.花はどこへいった / 阪大ニグロ16.消えない顔 / 阪大ニグロディスク: 21.今はこんなに元気でも / 西尾志真子2.前進 / 西尾志真子3.たった一つのお願いは / 豊田勇造4.イムジン河 / ミューテーション・ファクトリー5.まぼろしの翼とともに / 五つの赤い風船6.血まみれの鳩 / 五つの赤い風船7.遠い世界に / 五つの赤い風船8.九官鳥 / やまたのおろち9.町工場のブルース / 藤村直樹10.ぼくのしるし / きくちさよこ関西フォークの歴史 1966-1974 (2)2,300-ディスク: 11.俺らの空は鉄板だ / 高石友也2.橋を作ったのはこの俺だ / 高石友也3.死んだ男の残したものは / 高石友也4.どこかの星に伝えて下さい / 五つの赤い風船5.殺してしまおう / 五つの赤い風船6.夜汽車のブルース / 遠藤賢司7.教訓I / 加川 良8.プカプカ / ザ・ディランII9.日立ブルース / 永井よう10.こがねの雨 / 東野人志11.帰りたくない / 中山ラビ12.大阪へやって来た / 友部正人ディスク: 21.腰まで泥まみれ / 中川五郎2.殺し屋のブルース / 中川五郎3.恋人よベッドのそばにおいで / 中川五郎4.主婦のブルース / 中川五郎5.かっこよくはないけれど / アップルパミス6.私が一番きれいだったとき / アテンションプリーズ7.宝船 / 小林隆二郎8.万年ボッキ / 古川 豪9.トカトントン / 古川 豪うた・復権 はみだし歌番組2,300-ディスク: 11.新わからない節 / 高田 渡2.あきらめ節 / 高田 渡3.ブラブラ節 / 高田 渡4.くそくらえ節 / 岡林信康5.ガイコツの唄 / 岡林信康6.自衛隊に入ろう / 高田 渡7.四次防のうた / 小林隆一郎8.ふと……! / 小林隆一郎9.ホーチミンのバラード / 高石友也10.腰まで泥まみれ / 中川五郎11.殺し屋のブルース / 中川五郎ディスク: 21.イムジン河 / ミューテーションファクトリー2.トーキング自動車レースブルース / 友部正人3.乾杯 / 友部正人4.殺してしまおう / 西岡たかし5.悲惨な戦い / なぎらけんいち6.カラス / 三上 寛7.おど / 三上 寛8.昭和の大飢饉予告編 / 三上 寛されど私の人生 ~埋もれ火のアンソロジー~1,700-1.されど私の人生 / 斉藤哲夫2.とんでもない世の中だ / 斉藤哲夫3.築地の唄 / 野沢享司4.アルバートが唄っている / 野沢享司5.風がなにかを… / 五つの赤い風船6.えんだん / 五つの赤い風船7.ポケットの中の明日 / 加川 良8.その朝 / 加川 良9.朝のダウンタウン / 休みの国10.追放の歌 / 休みの国11.僕の街 / ザ・ディランII12.ガムをかんで / ザ・ディランII幻泉館 本館
2003.09.07
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ときどきふっと思い浮かぶ言葉がある。その一つは、たとえば「ねこに未来はない」だったりする。長田弘さんの本だったな。猫なんか飼い始めるず~っと前に読んだ。林美雄さん?違うな、小島一慶さんのパック・イン・ミュージックで紹介しているのを聴いて読んだんだ。ということは高校生のころかしら。三十年前?猫には未来を考える能力がないということが書いてあって、そこだけ強烈に憶えてる。本当かどうか知らない。ヒナに聞いてもわからない。確かに考えてなさそうではある。「ねこに未来はない」という言葉が思い浮かぶとき、それは猫のことを考えているのではない。「ぼくに未来はない」と、自分のことを考えているのだ。残念ながら、僕には未来を考える能力がある。だからキツイんだ。本当に未来がないんだから。だから、普段は考えないふりをしている。疲れているのだろう。お花畑のように見える山道を下る、少年と少女の姿が思い浮かぶ。小さな少年が、もう少し大柄な少女を背負ってゆっくり歩いていく。「のう キクチ サヨコ」「うん」「眠れや……」僕はシンデンのマサジではない。山を下りなければならないキクチサヨコに同化している。でも、下りなければならないのか?二人の姿は山の風景に融け込んでいるではないか。「眠れや……」僕の前にマサジの小さな背中はない。幻泉館 本館NEWS23「金曜深夜便」でCoccoのコンサートの様子を流していた。8/15那覇中学校、200人の子供たちと一緒に「Heaven’s Hell」。あ、1曲だけ?もう二年半も経つのか。
2003.09.06
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SHOWBOATから出ている、友部正人さんの復刻盤アルバムが届いた。両方とも紙ジャケット。紙ジャケは買ったばかりの時は嬉しいのだが、後々困るんだよなあ。CDは結局カメラの安売り店で売っている498円の箱に詰め込んで積み上げておくことになるんだけど、紙ジャケアルバムは普通のCDと並んで入らないんです。横にして入れるのもあれだし、それだけまとめるとせっかくアーティスト別になってる箱がなあ。コルトレーンとサザンとユーミンと友部正人が同じ箱というのもねえ。まあ、一緒に聴いてたんでこれが現実だといえば確かに現実なんだが。この2枚はCBSソニーから出ていたもの。差別語自主規制のためにフルアルバムの形では復刻されなかったんですね。ソニーからは2枚のダイジェストで『ベスト・セレクション』が出ました。安いんでお買い得なんですが。鈴木翁二のマンガに描かれている、吉祥寺の夜が浮かんできます。「悦子」というのは「サト」の本名だった。『また見つけたよ』(1973年)1. 反復2. 公園のD513. なんてすっぱい雨だ4. あれは忘れもの5. 早いぞ早いぞ6. 空が落ちてくる7. 道案内8. 密漁の夜9. 夕暮れ『誰もぼくの絵を描けないだろう』(1975年)1. 誰もぼくの絵を描けないだろう2. 長いうで3. お日様がおっことしたものはコールタールの黒4. バークレー散歩5. おしゃべりなカラス6. 金もないが悩みもない7. 悦子8. ひとり部屋に居て9. サキソフォン10. ぼくは海になんてなりたくない11. あいてるドアから失礼しますよ
2003.09.05
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昨日書いたポール・オースターの小説の書き出しですが、日本語訳を書けという声があるので、一応試訳。といっても、誰がやってもあまり変わらない訳になります。せっかくだから注釈付けます。> It was a wrong number that started it, これがあの強調構文。"It was"と"that"をとりはずすと、"A wrong number started it"となりますね。「ある間違い電話がそれを始めた。」強調構文なんでお約束通りに後ろから訳し上げてみます。「それを始めたのは、ある間違い電話だった。」無生物主語が気になる場合は主語を副詞的に訳してみましょう。「それが始まったのは、ある間違い電話からだった。」> the telephone ringing three times in the dead of night,これがあの独立分詞構文。日本語でも本当は適当にぶらさげておきたいところですが、一応ちゃんとS+Vが整った形に変換。「電話が三回鳴った」"in the dead night"で一旦ためらいましたか?「死」は"death"ですよ、"dead"は本来形容詞の「死んでいる」で、"the"を前に付けると「死者」の意味でもよく出てきますね。映画のタイトルになった"the quick and the dead"は「生者と死者」になります。ここでは違う意味で、「寒さ・静寂・暗闇の最たる時」です。何のことはない、"in the dead of night"で「真夜中に」。「真夜中に電話が三回鳴った。」> and the voice on the other end asking for someone he was not"on the other end"の"end"は端っこ。だから「電話の反対側で/電話の向こうで」です。おお、ここも独立分詞構文だ。"asking for"は「要求した」。"someone"の後ろには関係代名詞が省略されていて、「彼ではない誰か」。ベタベタ訳すと「そして、電話の向こう側の声は彼ではない誰かを要求した」。あんまりな日本語なので、「電話の向こう側の声は、彼ではない人物と話したがっていた」ぐらいでしょうか。---------------------------------------- It was a wrong number that started it, the telephone ringing three times in the dead of night, and the voice on the other end asking for someone he was not.それが始まったのは、ある間違い電話からだった。真夜中に電話が三回鳴った。電話の向こう側の声は、彼ではない人物と話したがっていた。「マイベストMD」2003年9月版を作成。今回のテーマは、ギターを弾きながら歌う曲。「マイベストMD」2003年9月版1. Heart of Gold (Neil Young)2. Like a Hurricane (Neil Young)3. My Back Pages (Bob Dylan)4. I Shall Be Released (Bob Dylan)5. For Adam (Jackson Browne)6. Rock Me on the Water (Jackson Browne)7. 万物流転 (頭脳警察)8. マーラーズ・パーラー’80 (PANTA&HAL)9. 冬のサナトリウム~サルビアの花 (あがた森魚)10. 私は地の果てまで (五つの赤い風船)11. 時は流れて (中島みゆき)12. 誰のせいでもない雨が (中島みゆき)13. 流星 (吉田拓郎)自分で言うのもナニですが、これは相当ヘンです。たとえばこれに友部正人、RCサクセションを付け加えたいなどと思っていたのですが、男声ボーカルがことごとく変な声。(もちろんSimon & GarfunkelやJohn Lennonだって入れてもいいのですが。)しかし、こうしてみると実にきれいきれいな声が苦手なのだとわかりました。ああ、中山ラビさんも入れたかった。ということで、早晩続編を作ることでしょう。
2003.09.04
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少し前にSHIZUMU殿の日記でオースターの名前を見かけて、ああ、読んでおこうと思ったのであった。まだイベントで忙しい最中にamazonで検索して、お得なペーパーバックを見つけた。まあ、逃避行動ではあった。ペンギンが出している"The New York Trilogy"。これは「ニューヨーク三部作」と呼ばれる"City of Glass" "Ghost" "The Locked Room"の三作品が収まっているのです。US価格が$14.95なのだが、amazonでは値引き価格で1,571となっているのも嬉しい。安いじゃん!(やっぱりオバさん体質である)いい翻訳が出ている(らしい)のに原著で読もうというのは、比較的読みやすそうな文体だからであります。ピンチョンを原著でというのは、ちょっとキビシイ。でも、オースターならイケルんではないかと。とりあえずお試し。"City of Glass"の冒頭はこうです。 It was a wrong number that started it, the telephone ringing three times in the dead of night, and the voice on the other end asking for someone he was not.ね、強調構文とか分詞構文とかいった呼び方は知らなくても、ちゃんと読める文でしょ?しかし、amazon便利です。数年前はamazon.comにヒヤヒヤ注文してました。そのまた前は、アメリカの大手ブッククラブの会員になってました。一度カードが通らなくて、そのBMCというところには発注しなくなりました。注文書にチェックを入れて郵送していた時はトラブルがなかったのに、サイトで発注したらペケだったのです。それでamazon.comに本やCDを注文するようになったのです。アメリカではブッククラブが発達していて、かなり安い価格で本が買えるのです。ただし、毎月何冊注文してねというノルマがありました。ああ、そういうことは二十年前に在籍していた零細出版社の社長が教えてくれたのだった。今ではだいぶ事情が変わってしまったのではないかしら。もちろんamazonです。既成のブッククラブがもたもたしている間に完全にシェアを食ったと思われます。よう知らんので、誰か教えてくださいませ。おかげで地方都市に暮らす私もごく普通に洋書が注文できるようになりました。そのため、本当に出無精になっちまいました。毎月何かしらコンサートに出かけて、大手書店に立ち寄る。これがなくなってしまいました。ニューヨークの本屋さんが舞台という映画があったな。言わずと知れた"You’ve Got Mail"です。この映画はあんまり評判が良くないらしい。でも、私は本屋さんが舞台なので楽しかったです。メグ・ライアンはかわいいし。そういえば、「タレントさんだと誰が好き?」みたいなことを聞かれた時は、メグ・ライアンだと答えることにしています。かわいいおばさんの名前を挙げると、その場の雰囲気を壊さずに納得してもらえるのです。
2003.09.03
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HMVから頭脳警察のビデオが届く。90年代初めに頭脳警察が最結成された時のライブ映像。以前『万物流転』というタイトルのビデオをヤフオクで入手したことがあるが、その完全版といったような映像。2時間近くたっぷり演奏が詰まっているのが嬉しい。十年以上前の映像だが、パンタもトシも、既にしっかりおっさんになってる。パンタさんはあの『イカす! バンド天国』の審査員なんてやってた時期かしら。素人バンドの演奏技術よりも、姿勢やオリジナル曲の歌詞をいつも責めてたのがパンタらしかったね。で、久しぶりにビデオ・エンコーディングを試している。ハードディスクを入れ替えたので、フリーのツールでかためたセットが消し飛んでしまった。最初から設定しなければならない。以前やっていたころは単純にMPEG1のサイズを圧縮するだけだったのだが、今時はMPEG4なのでCODEC云々ということになってる。よくわからん。まずは映像の取り込み。それからいいかげんに設定してエンコード作業。すっかり忘れていたが、交換したばかりの新品ハードディスクが耐久試験のような使い方になってしまっている。あと4時間ほどはブン回し状態。据え置き機で始めてしまったので、うるさいし、暑いし。これでしょぼい結果だったりすると、もう二度とこんなことはやるまいとか思うのです。『最終指令自爆せよ! 渋谷公会堂1991年2月21日』Sales Date:2001.91. 腐った卵2. 銃をとれ3. マラブンタバレー4. 赤軍兵士の詩5. R☆E☆D6. 戦慄のプレリュード7. 歴史からとびだせ8. 詩人の末路9. People10. 月食と日食の谷間で11. 万物流転12. Quiet Riot13. イライラ14. 嵐が待っている15. ふざけるんじゃねえよ16. Blood Blood Blood17. 最終指令自爆せよ18. 悪たれ小僧19. あばよ東京20. さようなら世界夫人よ
2003.09.02
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夢を見た。やけに広い小学校の校庭。鮮やかすぎる色の空と山が見える。戦争中なのか、かなり間隔を開けて子供たちが整然と広がっている。あるいはそれは維新派の演技だったのか。入道雲、蝉の声、陳腐なのに懐かしい。とても暑いはずなのに、僕のいるところは涼しい風が吹いている。男の子は白いランニングシャツに黒い半ズボン。女の子は白いワンピースに白い帽子。戦争中にしてはきれいなまぶしい服だなあ。僕は空から見ているのだろうか。子供の群れは斜め上から俯瞰した構図になっている。ふと、校庭の子供たちの中に自分の子供がいないことに気づいてあわてる。「……がいない!」自分の子供の名前が出てこない。男の子なのか、女の子なのか、それすら思い出せない。「……がいない!」本当は自分の子供なんか元々いないような気もしているのに、それでも自分がとんでもないことをしでかしてしまったのだと思う。バラバラのような、整然としたような、不思議な動きを続けている子供たちは、きっとみんなそのことに気づいている。蝉の声しか聞こえないのはなぜなんだろう。この子供たちは本当はもう死んでいるのかもしれない。ここだけが、日本が戦争に負けた夏休みを続けているようだ。それにしては生き生きとした子供たちなのだ。本当は僕の方が死んでいるのかもしれない。(画像は維新派『さかしま』)
2003.09.01
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