2009年01月18日
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カテゴリ: シリーズ幕末史


高杉晋作の辞世の句として、よく知られた歌です。


晋作は、第2次征長戦の小倉攻めのさなか、
体調の不良を訴え、やがて喀血し、床に臥せるようになっていました。
当時では、不治の病と言われていた肺結核にかかっていたのです。

晋作は、下関郊外の桜山というところに
「東行庵」(とうぎょうあん)と称した小屋を建てて、
愛妾の、おうの とともにここへ移り、療養生活を送りました。

「面白きこともなき世を面白く・・・」
の歌は、この頃に、詠んだものです。

晋作が書いた、この上の句に続けて
「すみなすものは心なりけり」
と、下の句を続けたのが、
福岡の女性勤王家、野村望東尼(のむらもとに)でありました。


晋作が九州に亡命している時に、彼女にかくまってもらったことがあり、
逆に、望東尼が、福岡藩から弾圧を受けていると聞いた晋作が、
奇兵隊士を送って望東尼を奪還。
下関に亡命してきていた望東尼は、
度々、晋作を見舞いに訪れていたのでした。


面白きこともなき世を面白く
      すみなすものは心なりけり


面白きこともない世だが、
出来るだけ思いを通そうと思って生きてきた(晋作)
・・・そう、それは心掛け次第なのですよ (望東尼)
(gundayuu 意訳)

死が迫っていることを自覚していた晋作には、
決して思い通りに生きられなかったという悔いがあったのかもしれません。
でも、それをどう感じるかは、きっと、心の持ち方次第なのでしょう。



慶応3年(1867年)3月。
高杉晋作、没。
29才という、あまりにも若い死でありました。


高杉晋作は、幕末動乱の世の中を駆け抜けた風雲児でありました。
電光石火のひらめきを見せた天才であり、
また、優れた変革者であったといえますが、
反面、彼は、集団の枠の中には決して収まりきらず、
孤独な一生であったのかもしれません。


晋作の遺骸は、その遺言により、
下関市吉田清水山に葬られました。

晋作の死後、彼の墓を守り続けたのは、愛妾のおうのです。
晋作の墓の近くには、
妻の雅、長男の東一の墓とともに
おうのの墓が、今もひっそりと建っているそうです。





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最終更新日  2009年01月18日 08時20分24秒
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