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や~~~っぱり、納得イカン。プレーオフって、なんえ?リーグ戦を一位で終えたチームが、優勝じゃないって、どーゆーこっちゃ?な~んか、わからん。百歩譲ってパリーグがプレーオフをするにしても、リーグの最終戦の期日は、せめて一週間以内の違いくらいにとどめておくべきではないのか?もし・・・休養期間が長かったことが原因なら・・・この先も同じ制度でやってる限り、パリーグを勝ちあがってきたチームの勝ちになるンやろね。短期間だけの連勝は、リーグ戦の中でも見られる現象だけど、半年を越えるリーグの期間中、コンスタントに勝ち進んでこそ、優勝といえるんじゃないのか?実は、旦那が甲子園開幕前夜、最近藤川を乗せた、と言うタクシーに、乗った。タクシーの運転手さんのお話では、藤川が打線の心配をしていたんだそうだ。ピッチャーも同じだけど、バッターの場合、実戦で打席に立つのと、バッティング練習では、全然違うんだそうだ。このタクシーに藤川が乗ったとき、久しぶりで金本に藤川が投げたら・・当たらなかったんだそうだ。ヤッパリ、実戦が続いている状態と言うのは必要なんやね。密かにその情報を入手ていたので、実は不安だったけど、今年、最後に何とかしてくれたのは金本であり、今岡だったから・・・やっぱり、最後まで応援してたけど、どうもね・・。来年に向けて、不安材料を見たような気がするよ~~~それと、ヤッパリ岡田、もうちょっと動こうや、昨日の試合終盤、やばいか?と思った場面でバレンタインは、動く。彼の身軽さも、ロッテの元気のよさにつながったように思う。今のタイガースで、お調子モンはだれ?誰か居らんかったんかな・・言うてくれたら、ベンチ入り、したったのに・・・ってナンノ妄想か?(笑)バレンタイン監督は、打線のオーダーをフレキシブに毎日変えてきた。コレも、日本の野球界としては新しいスタイルといえる。岡田が頑固にJFKでの試合の締めくくりを続けたことも、日本の野球スタイルとしては、新しいよ。せっかくの日本シリーズ、岡田が燃えてくれたら、選手にも火がついたのではないかと、思わずにいられない。あと一歩、必死さが伝わってこない感じがしたことが、残念だったな。それにしても、ライトスタンドは面白かった。来年も行こう♪っと(^_^)v余談ながら、実両親に火曜日、球場に入る前に、電話をかけた。「これから行くぜ!ライトスタンドに注目だよん♪」その後打ちひしがれて、電話し辛く・・今日になり、父と残念やったな~って、電話で話してたら。母「あら、でも勝ったんでしょ?良かったじゃないの」って、何べん言うネン(ーー;)ホンマはわかってて、皮肉か?なぶってんのか?(笑)被害妄想に陥る、父と私であります。(ーー;)優勝した時も、テレビのニュースなどで繰り返し報道されるたびに、「え~~、今年阪神が優勝したの~、知らなかったわ、見てないし」って母は、ニュースで何度も驚いてるし、第一試合見てるし・・・ったく・・はいはい、ママさんの勝ちや。(^_^)/~
2005年10月27日
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日本シリーズが・・終ってしまった。野球シーズンが、終った。あ~~~~~あたしの阪神は・・(ーー;)なにやっとんのじゃ!悔しさ満杯ながら、ロッテは、すごかったな~ホンマ、強かった。ロッテの皆さん、日本一、おめでとうございます。アジアリーグ、この勢いで制してください。完敗に乾杯。これから自棄酒行きます。(;_;)/~~~
2005年10月26日
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あかん、撃沈や・・ロッテ、なんであんなにつおい?タイガース、なんであんなに打てん?なんか元気のない選手諸君。わからん!(/_;)応援体制はバッチリやったのに・・・あの声援は、選手に届かなかったのか・・(;_;)/~~~あかん・・・世の中真っ暗や・・・(/_;)これって、このあとの4連勝の狂喜乱舞の前兆?とりあえず、オキャダが目を覚まさなあかんな・・寝とるんちゃうかっ!こらー!試合中に寝るなー!!(-"-)今日の試合で、代打井川、デッドポールで出塁、ロッテの気を削ぐような奇策を期待してるでぇ!まぁ、まだ終ったわけやないし、気を取り直して・・直しにくいけど・・今日も応援するぞー!ふ~んだ、こんな夜には慣れてるもんね(/_;)
2005年10月26日
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今日から始まる日本シリーズ・・・ってことで(笑)千葉の霧に悩まされ寒い夜空で練習試合を?戦ってきた選手たちを迎える今日の甲子園は、快晴だ!さぁ、甲子園で日本シリーズが始まるよっ。(;一_一)そろそろ女神も出かけることにする。あ、今日はおっさんではなく、勝利の女神になる予定のわたくし(*^_^*)皆様、ライトスタンドに女神が居るからね、安心してくれたまえ。普段なかなか出会えない阪神タイガースタクシーに、なんと今日は接近遭遇したワタクシ、運が回ってきましたでぇ~~~コレで勝てなきゃ、おかしいってもんだ。←どういう論理?(笑)今日は絶対勝つぞー!お~~!た~んたかた~ん、たた、たたたたた~た、た~んたかた~ん、たた、たたたたた~た、た~んたかた~ん、た~んたかた~ん、た~たったたたたた~~~んたかたった、六甲颪にぃ、さぁっそうぉうと~、たたたたたた・・・♪応援の練習も、ばっちしだ!練習しすぎて程よくだみ声になった私。(ーー;)それでは皆様甲子園に早めに入って、甲子園勝つカレーで、勝利を祈願しながらお腹を満たし、いざ!出陣じゃ~~~!うふ~ん、日本シリーズ観戦は、生まれて初めての体験なのよぉほなっ!いってきま~~~す。
2005年10月25日
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数少ない利点として、トドが一緒に振り回される、と言うことと、決定事項はトドが下す、と言うスタイルを確立できた事かと思う。そして、トドは少し気がついたようだった。実両親の介護に苦慮し、私が苦しんでいた時(今も?)、そのことに一切耳を貸さなかった自分の存在が、私にとってナンノ意味も無い存在であったこと自分の両親の事に深夜まで付き合い、自宅に帰ってからもその話に付き合っている伴侶が今自分にはいること私の一番苦しい時に、そんな伴侶はいなかった。昨夜、あれこれと相談をしながら、途中で彼は気付いたようだった。オオトドのわからずや具合に腹を立てていた部分もあって、私に対しても喧嘩口調になったとき、しらっと、「ちょっと待て、その物言いは違う」と声を掛けたら、神妙な顔になって何か感じたようだった。(笑)だから今後の展開に・・・・だからといって私は期待はしない、トドがどんな奴か底が見えてるからな~底が浅いからな~~~~(笑)トド、自分の実家のことについては、私が自分を頼っていると、思ってるかもしれないけどそれちょっと、勘違いなんだよね。(^_^;)本来、トドがすべき事を、ふっているだけ、頼ってはいないのよぉ~
2005年10月24日
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9月から、新しい病院に変わって通院を始めている姑。コレは、姑の病気が、「骨髄小脳変性症」との診断が、その脳クリニックでのMRI検査の結果、下された事に起因する。姑の、ふらふらする、と言う申告やその他の生活状態と、医師から説明を受けたその病気の症状は、合致するところが多く、MRI検査の画像でもはっきりとその病気は指摘されるところとなったのだった。去年の春、同じように検査をした別の病院では、単なる加齢現象との診察結果を得た。私もトド(旦那)もその診察結果には納得がいかず、体に問題がないなら、気持ちから来るものではないか、と、心療内科に通院するようになったのが去年の秋。鬱病からくる可能性もある、と、心療内科に通ってはいたけれど、姑の様子には変わりなく、と言うよりむしろ、フラフラ度合いは進んで居るように見えて、特にこの夏、転倒が続いた。それを脳に異常があるに違いないと、言い出したのはオオトド(舅)。おりしも、自身が舞台での立ち居に不安に感じる事を、脳梗塞が原因と確信をした舅が、近くの「お気に入り患者迎合整形外科医」に相談をして、薦められたのが今の「脳クリニック」での脳の検査だった。具合の悪さと言う点では姑のほうが著しいものがありながら、オオトドはなぜか、自分の方が重病であるという判断の元に、そのクリニックで自身が脳の検査を受け、結局年齢相応というより、むしろ脳梗塞の跡はありながらも、現時点においてはその年齢の一般的な人より健康、と言う診断を下されたのだが「お気に入り患者迎合整形外科医」にその診察結果を伝えると、迎合医者は、この状態では舞台に立つのは無理ですね、と、舅の気に入る重病らしい発言をした。そのことから、「スーパー脳クリニック医」はヤブではないかと、実は不満な印象を持ったオオトド。私とトドは、後に難病指定の手続きでたずねた保健所で、この病気を見つけてくれる医師がまだ少ない事を知る。その点からも、今回の「スーパー脳クリニック医」は、十分に意志として信頼に値するものと、私たち夫婦はこの点では一致している。そもそも、オオトドにはすでに現状を正確に把握する事は難しくなっている。今までの自身の申告症状に対してのさまざまな病院での検査や診察も、私たちが同行していない場合のその結果については、オオトドの勝手な解釈が加味されて、私たちに報告される。その際、オオトドの医師に対する信頼ポイントは、いかに自分を丁寧に扱ってくれたかどうか、という点と、オオトドの美的感覚にその病院がマッチしたかと言う点に集約される。だから、オオトド自身の言う診断結果だけを聞いていたら、心臓は深刻な不整脈を抱えており、年代物のひびの入った茶碗のように繊細になっているので、大事に扱わなくてはならない、となり立ち居のスムーズに行かないことも、深刻な脳梗塞があったため、となり便秘は大腸癌、立ち眩みはメニエル、と言うことになるのだった。実はこの傾向は、トドにもある、トドは以前便秘を腸閉塞と自己診断して、大騒ぎを演じた事が二度、あるのだが、コレはまた、別な話。(^_^;)そして、この数日の義理家の介護ポイントは、姑が金曜日のデイサービスにお通じの不安を感じて、出かけるのを断ってしまうという事である。ご家族の介護をしておられる方には、皆さん程度の差こそあれ、ご経験がおありの事と思うが、ちょんちょん喜んでデイサービスに出かける利用者は、まれである。程度の差こそあれ、おおむね、利用者の行きたくない傾向の反応を、家族はそれでも心を痛めつつ、手を替え品を替え、送り出すのだ。オオトドには、そういう芸当は出来ない。抵抗してあれこれと画策する姑は、猛烈な抵抗姿勢だった実母の経験を持つ私から見れば、うまく言いくるめる事が出来る程度のものだと思えるけどコレまで、夫に逆らったことが無い妻と言う夫婦関係で長い時間を過ごしてきたご夫婦なので、オオトドには姑の気持ちをデイサービスに向けて・・・などという雰囲気つくりなんか出来ない。結果、行きたくなさからあれこれと、行かない理由を申し出る姑の言動に、オオトドは怒り爆発で、最後は投げ出して、イカンでエエ!である。そしてまた、先週の金曜日、デイサービスを休んだ姑は家の中で転倒したのであった。実際、かなりふらつき度合いは増している。でも、自分の脳梗塞を軽いと診断した脳クリニックのことを、信頼していないオオトドは、前回の姑の通院日にも出かける用意に手間取る姑をエスコートする事を放棄して、オオトドだけがお薬を貰いに出かけてしまった。進行してゆく病気なので、本人が風邪などで寝込んでいない限りは、医師の診察を受け続ける必要はあるはずなのに・・である。そして、かねてから便秘がちの姑の便意のコントロールを、オオトドの思い込みで薬を飲ませたり、控えたり、するのだ。薬の影響で、飲んだ翌朝が不安だというなら、出かける前日は飲まなければ良いのではないか?薬の量を減らす必要があるのではないか、と言う相談を医師とするべきではないのか?と、私は思うのだが、オオトドは思わない。昨夜、金曜日に連続してデイサービスを休んでしまう姑の今後のことを相談するために、日本シリーズでひとしきり凹んだ後、トドと義理家に行った。姑は水曜日にもデイサービスに出かけているが、その日は休むとは言わない。金曜日のデイサービスは、良くあるパターンのデイサービスで、整形外科の病院に併設されているもので、理学療法士などもおられて、ちょっとした体操や小物つくりなどのプログラムをしている。水曜日は、宅老所でお世話になっており、場所も一軒家で、お昼のお食事の用意を一緒にしたり、買い物に近くのスーパーに出かけたり、日常生活そのものをプログラムとして取り入れるスタイルになっている。朝のお迎えにも、それぞれスタイルの違いがあり、金曜日のデイサービスはマイクロバスが迎えに来て、スタッフはお玄関まで迎えに来てくれるものの、特にその場で問題なく姑が出て行けば、荷物のチェックなどもあまりしないようで、過去に数回、鞄を間違えて出かけたためにお薬が入っていないという連絡があって、私が走ったこともあった。水曜日は、軽自動車が姑1人だけを迎えに来て、スタッフは家の中に上がり、必要なものを整える事も手伝ってくださる時間の余裕もある。金曜日のお迎えは、マイクロバスで他の方のお迎えも順番に回るため、事前に到着時間を知らせる電話が入ることになっているが、水曜日は電話は入らない。ちょっとした事だが、この出かける時の違いが、姑の拒否のきっかけを生んでいる可能性もあるかとも思うのだが姑本人は、二つのデイサービスの印象について、聞いてみてももう一つ、はっきりとした印象を持っている様子はない。こちらが否定的な表現で聞けば、否定的に捉えている返事をするし、肯定的に聞くと、気に入っていると、言うのだ。そして、オオトドは、そのどちらの現状もみず、連絡ノートもろくろく読まないのに、症状の重い人が居るからそういう人と一緒になりたくないので、姑は行きたくないのだと、決めている。オオトドがどういう場所を想像しているのかわからないけれど、かなり悲惨な?状態の人の中に姑が一日ほりこまれると、イメージしているようだ。オオトドに現場を見学する事も提案してみたけど、みなくてもわかるそうで、話にならない。トドと私は、金曜日も宅老所へかわることを、とりあえず提案する方向で、昨夜は話をしに出向いたのだが・・・・オオトドとの話は、デイサービス変更の話より、自分が、姑の病院やケアマネージャとのやり取りで、疎外感を感じる、と言うポイントになってしまった。オオトドは、姑の通院にトドや私が付き添っていると、自分がメインにならないのが我慢ならないらしい。医師はおおむね、私たちがいれば私たちに対して大事な事を伝えようと話をする。オオトドは、耳が遠くなっている事もあって、医師の話がよく聞こえない事もあるようなのだが、83歳と言う年齢のワリには元気に見えるが、新しい情報を素早く把握する事は、難しいといえる。わからないことはその場で医師に尋ねればよいと、私は思うけれど、プライドの高いオオトドは、尋ねるという行為がまた、我慢ならないらしいのだ。そういうことを感じるからこそ、私たちがなるべく同行するようにしているけれど、それがまた、自分をないがしろにされると感じるきっかけになるのだという。要するに、何時も話題の中心に自分がいたい、と言うことだと私は思う。介護をするのは大変です。一番身近で姑の世話をしているつもりのオオトドは、病院でも、ケアマネージャーにも、自分の話をまず十分に聞くことを要望するのだ。その気持ちはわからなくはないが、オオトドが訴えたいと思うポイントは、「いかに僕が愛する妻を献身的に介護しているか」と言う話になってしまい、具体的な姑の症状を伝える言葉にはなりにくく、具体的なサービス利用の相談にはなりにくいのが現状でもある。前々回、診察を受けたあとの待合室で、医師が自分の話をゆっくり聞いてくれないと、ご不満だったオオトドの言葉を受けて、私は自分が実母を連れて行くときの事も参考にしながら、医師に伝えたいと思う事は、事前に書いておき、診察前に医師の目に止まるように、受付で渡したらどうだろうかとアドバイスをさせていただいた。でも、結局それもしない・・・というか、自分の話を聞き、「大変でしたね」「ご主人はほんとによくやっておられますね」と言う言葉を期待しているのだ。と、私は思う。この日記を読んでくださっている方の多くは、介護を経験しておられるのでわかってくださると思うが、介護をしている人の心のケア、と言う問題は、まだ手付かずの分野でもあり、介護の大切なポイントでもある、と言う点で、オオトドの焦燥感もわからなくはないのだ。私たちのこの行き詰った気持ちの、もって行き場所はどこにあるのだ!同じ思いを、私も感じないではない。今、オオトドは、お稽古事の師匠をまだ続けているので、お弟子さんたちに、自分が妻に対してこのように対処している、と言う話を折りに触れて話し、それに対して多くのお弟子さんたちが「先生の奥様がうらやましいですわ」ってなヨイショな反応で、労をねぎらってくださる、と言う構図の中で、わずかにストレスを解消しているといえる。今後、どうするべきかについて具体的に話を進めていくなかで、トドと私は、姑の通院に、オオトドを連れて行かない方向が良かろうと、考えるのだがそれはまた、オオトドが疎外感を感じる。姑のことは全部自分が把握したい、姑の世話は自分がしたい、誰より頼られる存在でありたいわからなくもないが、もともとそういう存在ではないオオトドが、今、どう対処すればいい?勢い、困った状態になったときに駆けつけると、自分が何とかすると言い、さらに状態を混迷させてから、にっちもさっちも行かなくなってはじめてこちらにSOSを発してくる。そのときには、待ったなし、の状態になっているのだ。少し前に、差し伸べている手を、使ってくれたら、そこまでひどい状態にはならないのに、老いは頑固である。老いだけではなく、もともとの性格もプラスだな。ケアマネージャーさんとのやり取りについても、細かい相談を私がするというのが気に入らないらしい自分が一番でないと嫌なのね。と言うわけで、ケアマネージャーさんとは水面下で連絡を取る事になったがいろんな意味で、回り道を必要とするオオトドへの対応、この先が思いやられる。
2005年10月24日
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アカンがな~~~(;_:)としちゃんのコメントじゃないが、見てられへん・・(/_;)かといって、チャンネルを替えたとたん、打線爆発?というかすかな可能性にすがりたい気持ちもあり結局最後の、バレンタイン監督のコメントまで聞いてしまった。(ーー;)内弁慶シリーズ再び?なんかな~~~あ~~~前回の悪夢が・・脳裏をよぎる。(-_-)でも、そういえば、苦節数十年、こういった試合のなんと数多かった我がタイガース。その都度、深夜のスポーツニュースで、どっかひとつっくらい勝ったって言わへんかな?と、はかない希望を持ったりした事もあった。あまりにも見てられへん試合展開に、チャンネルを替えたら、サンテレビで過去の勝利試合を再放送していて思わず現実逃避をしたあの日のこと・・・そうや!二連敗程度で、阪神ファンは凹まへんでぇ~今は猫かぶってるけど、もうすぐ虎が目を覚ますぞ~ガムと虎では、虎の方が強いんやぞ~~~!・・・・・・・虎かぶってる猫、ってこともありか?(ーー;)いずれにしても、明日は頑張る!アッシも、甲子園いくからね!!ライトスタンドから熱い声援を送ってくるぞー!!明日は勝ち!シモさん、きばって、ふんばってな~!!関西ローカルのテレビで、ダンカンが、言ってた。正義の味方は、最初から勝たない、水戸黄門も8時45分から、ウルトラマンも最後の三分、最後に勝つのだ。水戸黄門?というのはドウナンヤ?という、ポイントはありながら(^_^;)そや、最後に笑うのは・・・虎である。のはず・・・やから・・・(;_;)/~~~
2005年10月24日
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昨日の大負けに、お嘆きの紳士淑女の皆様。案外捨てたもんではない・・かもよ。今年の勝ちパターンとして、初戦井川先発で、先制点を取られ、追いついて同点になった次のマウンドあたりで、即効で打たれて、追いついたのは何のためやネン(ーー;)と中継ぎの投手に代わったところで、さらに得点を取られ・・・と言うのは、実は今年の勝ちパターンではないのか?と、思う事にシタ。(T_T)こうやって、エースと言われる井川で負ける↓他の選手に火がつくと言う試合の繰り返しをしているような気がする。赤星が初回に盗塁した試合は負け無し、と言うのと同じくらい、同一カード、初戦を落とした試合は、勝ち越していることが多いのである。と言うことは、同一カードである日本シリーズは、初戦を落としたので勝ち越し、つまり、日本一ってことやね。と、おもっとこ(/_;)しかし、ロッテは守備が良いし、何と言っても勢いに乗ってるよね。でもぉ~、阪神は何と言っても今年のペナントレースを勝ち越した底力があるんよ。ものすご~~~く心配であるのと同時に、ホンマに強くなったよね、って言う余裕も感じてるもんね(;_;)/~~~と書きながら、なんで、顔文字が泣き顔になるねん(笑)
2005年10月23日
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姑のケアマネさんから電話があり、姑は今日も下痢だという理由で、デイサービスを休んだ。連絡は舅からだったという事なので、まだ出かけていないだろう舅を捕まえたく、すぐに義理家に電話を入れた。「お通じのお薬の調節のために、脊髄小脳変性症のお医者様ではなく、近所の内科の家庭医の診察を受けに、今日のお昼にお姑さんをお連れしたい」舅、却下「必要ない」とのこと「では、私が車でデイサービスにお送りする」舅、却下「途中で車を汚すといけない」手当てをした上でお連れすると申し上げたのだが、「お母さんは行きたくないわけやから、もうええ」んだそうで取り付く島がない。さらに、姑が1人で夕方まですごすことになるので、お昼に立ち寄ると申し上げたら舅「必要ない、あんたに迷惑がかかる」んだそうで、そのとおりだけどね、ヤッパリ覗きに行ってきます。トドに連絡が取れたら、了解をとり、姑を内科のお医者様にも連れて行こうと思う。舅に話を付けてもらうのはトドに願いたい。ケアマネさんに、このことを報告し、今日はお休みだな・・・と、水曜日のデイサービスは宅老所で、そちらを姑は休むといわないから、ケアマネさんもそのことは感じておられて、この際金曜日も宅老所に変わろうかと、提案してくださる。今日にも、その話をまとめる方向で、会えないかと言うご提案だったが、私がケアマネさんと相談をして決めたのでは、舅がおさまらないだろう。来週の火曜日は姑の通院日、前回は舅がお薬だけを貰いに行ったというので、来週は私も付き合って、姑をお医者様に連れて行こうと思う。その日、時間を取って、ケアマネさんに来ていただいて、舅の了解をとりながら、デイサービスを変更してもらおう。姑が嫌がらず、なじんでいるデイサービスがあるなら、そこへ替えたいと、思っても不思議ではないのにな・・。舅の考えている事が良くわからない。っていうか、その場だけで、系統立てて考えてはいないんだよね。お医者様でも保健所でも、自分が如何に大変で、自分が以下に妻の介護をしているかを、言いタイ舅。その辺はトドそっくりといえる。(-_-)このまま結婚生活を続けるなら、何が何でも私は健康でいなくちゃならない。トドの世話になんか金輪際なるものではない。と、変な決意を固める朝である。それにしても姑はお通じの状態がうまく行かないんだな、以前の心療内科で処方していただいたお薬が体にあっていたなら、同じものを出してくださるように、お願いするほうが良いように思う。今の状態なら、変にお薬を飲んで、便秘と下痢を繰り返し、お食事の量も一定にならず、体力が落ちると思う。舅の介護は自分勝手だ。そういう私も、自分勝手だけど・・・。だから、自分勝手に、今日できることはやってこよっ♪気の乗らないお出かけには・・・・ムフフの自転車利用が望ましいんだけどな~まだ防犯登録が済んでないから、お外では乗れないよね。(^^ゞそういえば今まで持っていた自転車って、自転車屋さんで買っていたから、自動的に?防犯登録してくれていたような気がする。自分での自転車の防犯登録って・・・警察へ行けばいいのかな?(゜o゜)およよ・・聞いてみよ・・。
2005年10月21日
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強度の近視である実母の眼鏡が壊れたらしい、弦が取れちゃったんだそうで・・父談。施設近くの眼鏡屋さんで修理をしてもらおうとしたけど、出来なかったとかで、施設の器用な職員さんが、瞬間接着剤で修理してくださって、一応それを使っているらしい実母。実は眼鏡を三つ、持っているはず、なんだけど、目下のところ実母の手元には一つしかなく、それが壊れてしまったんだよね。修理が完了するまでの間、実母は眼鏡無しのはずなのに、ふと見ると眼鏡をかけているので、実父びっくり(゜o゜)?よく見ると、母のかけていた眼鏡は父の老眼鏡。実父は元来視力の良い人なので、およそ、実父の眼鏡で実母の実用に向くものはないはずなのに・・・何気にテレビを見ていたらしい(笑)実は実母の眼鏡はもはや効果を失っているのではないか疑惑が、私と父の間ではすでにささやかれているのだが・・・何でも、ええんかいな?テレビを見るのに不自由を感じている風ではなかったと、父は言う。明日土曜日に両親のところへ行くので、母を連れて眼鏡屋さんに行き、新しいものを作ってきます。さてはて、視力検査など、また母の不思議ちゃんが発動しちゃうかも(^_^)vと、それはさておき、危機に陥っているのは大叔母の骨壷。かねてから、母が触っちゃうぞー危機を孕んでいたのだが・・・実両親の施設内の自室で蝋燭や線香をつかうのは、火の始末の点で不安があり、お骨壷はご飯とお水をぐい飲みのようなものに入れてお供えをし、簡易仏壇?のような感じで置いてきたのだ。ご飯は食堂の方にお願いをしておけば、お食事の時にご飯を入れるぐい飲みを持っていったら、そこにご飯を入れてラップをかけてくださることになっている。お部屋に帰って、そのご飯をお供えする風情の母を背中に感じながら、食後ベットに横になろうと、父が車椅子からベットへと移動をしていた時母が「これ、開けて良い?」と父の背中に聞いた。父は、母の動きが見えないながらも、頂いてきたご飯のラップをはずすんだろうと思い「ええよ」やっとこさベットに移り、父が振り返るとそこには、骨壷を空けようとしている母の姿(@_@;)あかんがな~~~~~大きな声で制止するとむくれる母なので、父は気をそらすために「ご飯のラップを開けたらどうかな」とやんわり言ってみたそうだ。今回は成功。父「油断もすきもないねん、ま、退屈セえへんけどな」っておさまってる場合でもないな。明日大叔母さん、引き上げるほうが良いかな?迷うところだ。以上のことを私に知らせるのに、父は母の入浴中に電話をかけてきたのであった。父との電話の最後は「あ、ママが帰ってくる気配がする」と焦って終る。いけないことをしているような、変な気分である。(笑)
2005年10月21日
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むふふ・・・久しぶりに、日記を書くのであります。このところ仏事続きで、凹むことも多かったんだけどじつは、日本シリーズのチケット、ゲットしました。25日火曜日、甲子園での試合、現地で応援させていただきますぜ(^o^)丿阪神タイガース、頑張っていただきたい!!一昨年の日本シリーズはチケットがゲットできなくて、最終戦を甲子園球場で行われたpublic-viewingで観戦した。あの日の戦いは負けてしまったけど、今回は頑張ってチョ♪が・・・不安要素がちょっとある。実は、一緒に観戦をする予定の旦那の業界大物先輩(還暦越え)。旦那と旦那の後輩とでウチの催しの時に、日本シリーズチケットゲット作戦会議をしていたら、聞きつけた大物先輩「わしも行きたい」と言い出した。この方、人間的にすばらしい方なので、大変ご尊敬申し上げているのだが・・・「わしが見に行くと負けるネン」・・・をいをい・・・え~~~!一緒に行きたくないような・・・不安な気持ち。今おきゃ!大物先輩のジンクスを覆すのだ!頼んだぜ!!それはともかく、実はタイガース自転車をネットオークションでゲットした。昨日それが届いたんだけど、かわいいのよぉ~。あまりにもかわいい自転車なので、外にのって出るのが・・危ないような気もして、昨日は家の中で乗った。(笑)リビングから、旦那の仕事部屋までの廊下、呼ばれたので自転車に乗っていった。←豪邸か?(笑)旦那、目を剥いてビビッテタ。(笑)自転車なんだから乗らないと意味ないじゃんねぇ・・盗難を恐れず、のって出るか、オブジェとして飾っておくか、迷い中。(ーー;)ところで、対戦相手のロッテ、いいチームだよね。長い低迷期間を持つチームには、心からチームを慕うファンが育つように思う。ロッテファンはお行儀も良いし、応援スタイルも良いな~・・・今朝のニュースで、チーム一丸となって心臓移植をする少年の応援をしている映像が流れてた。ん~~、誰かのために、と言う気持ちが胸にある人は強いと思う。ちょっとタイガース諸君、あんたがたにも君たちの勝利から、元気を貰ってる家族が多く居ることを、お忘れなく。プロのスポーツが成り立つのは、こうやって人生を重ねて応援するファンが居るからだということを、肝に銘じて戦ってもらいたい。ロッテも頑張れ!タイガースも頑張れ!どちらも、ファンが見ていて恥ずかしくなるような試合は、しないでよっ!ダレとは言わないけど・・い~が~わぁ~・・・あ、言っちゃった。(;一_一)初戦の先発だと聞いたぞ。寒くなってきたから、散髪とは言わないけど、ビシッと、短めヘアーで決めていただきたいと思うのは、私だけではないはずだ。と、明日の試合に向けて、燃えるぜ(^_^)v
2005年10月21日
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またやってくれた、トド(-_-)今日は旦那の同僚の方のお葬式だった。トドと私は業界関係者の受付を請け負う事になって、早めに出かける事にしてた。昨日、トドは最初からお休みの予定にしていた日、だから、トドはマージャンに出かけ、私はお通夜に行った。トドは二日続けて同僚の所へ行くと、暇だと思われる?(-_-)から、お通夜は失礼して当日だけ手伝う、と言うのだった。トド、冷たくないか?と思ったけど・・、それはそれで、ま、そんなもんかなと思いもしたけど・・マージャンに出かけるについては、ついでにお香典の金封を彼が作ってくる事になった。私もトドも、筆文字は苦手なので、御礼や御祝いや御見舞い、ご不幸の折の金封は、仕事がらみでお願いしている結納屋さんがある。今回も結納屋さんに行こうとしていたら、出かける口実として「僕が作ってきてやる」とトドが言った。トドが出かける先は、結納屋さんとは逆方向なので、デパートかどこかで作るつもりらしかった。夜遅く、帰ってきたトドに、金封は?と聞いた。「うん作ってきたよ」とトド。中のお金入れないとね、トドと舅の連名で、包むことになっていたのだった。トドはこの数日でテレビの「24」に夢中になっていて、金封を自分の鞄から出してこなかったので、お金を入れるのは翌朝にして、寝た。で、朝になって、袋は?と聞くとなんと、出してきたのは「お供え」の袋。(+_+)あのねー!お葬式なんだから「ご仏前」「お香典」なのよっ!「お供え」は、お葬式当日には使わないのよっ!!!ったく、非常識にも程があるってもんだ。普段、この手のミスを私が使用モンなら、どんな罵詈雑言が飛んでくる事か!自分の落ち度には寛大なトド、「コンビニで買えばええヤン」誰が書くのよっ!出かける時間が迫っていて、コンビニでお香典の袋を買ってくるにシテも落ち着いて書いている時間なんかないに等しい。書くのも運転するのも結局私になるんじゃないの?ほんとに、使えない男だ。お葬式会場の駅近くにデパートがあることを思い出した私は、ぶっ飛ばして出かけ(速度超過は・・・あんまりしてない・・汗)トドを先に会場に送り届けてから、デパートの結納品コーナーでお香典の袋を作ってもらった。お葬式会場は比較的大きな市のメインの駅前だったので、駅前にデパートがあり、結納品コーナーがあったのは幸いでした。またもや滑り込みセーフ。勘違いや失敗は誰にでもある。私も、よくうっかり失敗する事はある。今回のトドの失敗を情けなく思うのは、トドが同僚の方のお父様が亡くなったことに、心をちっとも動かさなかったからだ。トドは気を使わないといけない相手のとき、細心の注意を払う。今回の同僚の方の事を、普段からトドは軽く扱っている節があって、それは私も感じてる。相手によって、気の使い方が違いすぎるんだ。お葬式の間、同僚の方のお弟子さんたちに混じって受付のお手伝いをした事は、あちらのお弟子さんたちに「お偉い先生にお手伝いいただいて」と恐縮されながら感謝されたトドである。回りのお弟子さんたちは、あなたが偉いから感謝しているだけではないよ、一緒に自分の先生のお父さんを見送る行事を手伝ってくれた事に、感激しておられるんだよ。ウチのお弟子さんも数名、お葬式にやってきた。その方たちは、お弟子さんに混じって受付で頭を下げているトドと私を見て、うちの先生は優しい、と感激してくださった。回りがそう思ってくれたのなら、ま、良いか。彼の優しさがその場限りなのを知っているのは、私だけだ。で、そんな事もあって、この後、トドは私へのお詫びに、日本シリーズチケット獲得に奔走するのであった。(笑)だから、ま、いっか・・・(^^ゞ
2005年10月19日
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さっき電話があって、旦那の同僚の方のお父様が亡くなったお知らせ。今夜仮通夜、明日お通夜、明後日告別式になりました。同僚の方のご家庭の葬儀の場合、私も一緒に参列するだけではなく、裏のお手伝いもあるので、今夜もこの後で出かけてきます。今週は自宅の用事と思ってたけど、なかなか、そうは問屋が卸さない、わけだ。(/_;)んなわけで、またもや、コメントへのお返事が・・・遅れまするm(__)mところでヴァカ旦那、第一報を知らせたら・・・旦那と今回お父様をなくされた方の場合、お通夜もお葬式も、ある程度喪主側としてお手伝いをしなくてはならない立場なのにたぶん、我が家のように家族が少ない家の場合、舅や姑が亡くなったら、全面的に助けていただくことになるお相手なのに明日のお通夜には行けるけど、明後日は仕事を休めない、と言い出した。ただ参列するだけの関係ではないだろうと、思うけど、どーよ!明後日のトドの仕事はお弟子さんのお稽古、好き勝手に休んで良い仕事ではないけど、事情を説明できない相手ではない舞台の仕事の場合、この業界では常識として親の死に目にも会えない、と言う可能性が付きまとうでも、今回は、お弟子さんに頭を下げればよい話。ただ、前回のこのお稽古を、彼は私が大叔母の葬儀で留守にしていた間に、マージャンで夜更かしをしたためだろうけど、腰痛で休んだんだよね~(ーー;)その代わりのお稽古を明後日予定していたので、また頭を下げるのがめんどくさいというか、かっこ悪いみたい。でも、亡くなったという時の対応って、ご家族にとってはとても印象深いものになる。そのときに助けてくれて人についてはもちろん感謝するし、邪険に扱われたりしたら、私なら一生覚えてると思う。感謝されるためにと言う事ではなく、トドには自分の都合がいつも一番になっちゃうのよね。つくづく、人間の小ささを感じるひと時。お父様をなくされた方に、心を込めてお力をお貸しして、トドよ、働くのだ!・・・ん?アッシも借り出される・・んだった。アッシも気合を入れなおし、ドンと来い葬式?がんばるわぁ・・って何を???(^^ゞ
2005年10月17日
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大叔母の遺骨を持って、またもや実両親の元へ、出かけてきた。トシチャンのお言葉ではないが、寝たきり状態だった大叔母は、亡くなった後でウロウロさせられて、目を回しているに違いない。っていうか・・フツーこんなに、遺骨を持ってウロウロするってことはありえないだろう。(-_-)あらためて、ごめんよオバサン、大叔母たちの時代の人にとっては、長男って偉大な存在なんだよね。大叔母は、父の傍で四十九日の法要まで過ごす事になった。施設の作り付けの家具の一部を利用して、安置場所を決め、小さなぐい飲みを利用して、仏様のご飯をお水をお供えすることにした。母よ、不用意に食べるんじゃないよっ(笑)あーだコーダと言いながら、大叔母の落ち着き場所を決めて一息ついたら、ヤッパリ母は、何年も前から遺骨をココにおいていると言い出した。ママあのね、亡くなったのは、半月前で、それまでは生きてたんだよん(^_^;)でも、ま、いっか。母にとっても、父をかわいがってくださった叔母であり、母はその最後のお世話を自分がすると、違和感なく思っていたお相手なのだ。だから、しばらくよろしくだ。弄繰り回すんじゃないぞー!(;一_一)お昼ごはんを頂いて、お部屋に戻って、一息ついたら、昼寝状態になっちゃった。私も寝た。(笑)4時ごろに父が目を覚まして、「おい、買い物に行こう、タバコないねん」タバコかよ~~~~(ーー;)安静状態が必要な父の車椅子を私が押すために、母にはキャスターつきの買い物籠を渡した。母、どこをどうもてばいいのかわかんなくなって、担いでます。キャスターが付いているので、転がすと楽だけど、担ぐと重いよぉ、でも、指図するとむくれるから、まぁいいか・・。ちょっとした加減で機嫌がくるくる変わる母は、ご機嫌の状態が歩調に出る。機嫌が悪くなるに連れて、牛歩(笑)私たちと離れて、う~~~んと離れて、付いてくる。あんまり声を掛けたり、急かしたりすると、ますます牛歩になるので、その辺のお店を覗いているような風情で、母が追いつくのを待つ事になる。5分でいけるところが、半時間くらいかかる事も、ママあるのだった。今日のご機嫌はまずますだったな。なんていうか、自分が自発的に買い物をしている姿勢を保ちたい、母です。だから、買うべきものが終っても、店内をひとしきり、ウロウロしたいわけだと思う。今日は私も時間に余裕があるし、父は私が居るので母の動向にイチイチ神経質にならないし私たちがゆったりしていると、母も落ち着いているように思う。急いで買い物をしたいときなど、必ず母は、途中で固まったり、行方不明になろうとするんだ。こちらのイライラが、伝わるのかもしれない。とはいえ、いつも母のペースにあわせるというわけにも行かず・・・だ。お約束として、ズボンを穿くときはまた、左右が逆。これまたお約束として、「ママ、もう片方の足は誰の足を入れるつもり?私がはくと二人三脚だけど、ママのもう一つの足は、おパンツ一丁だよん」と、突っ込むと、「いや~ん、早く言ってよ」って、だから今、言ってるわけで・・・(笑)相変わらず、何事も行動に移る前の手を洗う習慣は続いており、アライグマ母さんは健在だった。(^_^)v泊まっちゃおうかな~と思っていたら、宅配業者さんからお電話が入り、冷凍のおうどんが届いてます、ってことでお弟子さんが四国に旅行にいらして、旅先から送ってくださったらしい。10時まで開いているという宅配業者さんの本部に立ち寄って、おうどんを頂いてきました。そしてそして・・・実は、元気を出すために?ネットオークションで、タイガース自転車を落札しちゃったよん。(^_^)v近日公開!凹んでばかりはいられない、日本シリーズに向けて、GO!元気が出たところで、弟に今回の入院の顛末報告。骨折の事、奴が凹まないように、願いたいもんだ。
2005年10月16日
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このところ、何かと、良い人?化しているか、と思って油断していたらトド、忘れ物をした。(-_-)今日からお泊りでお仕事、といっても、帰って来れない距離ではないけど・・夜宴会が続き、朝早いのが続くこの三日間、仕事先に近いホテルに宿泊の予約を取って、着替えなどの荷物は昨日のうちに送ったんだけどな~~~ともかく、忘れ物届けに行ってきます。今日は関西は雨模様で、実両親には連絡を取り、明日朝早いうちに、両親のところへ行くことにした。明日はお昼ご飯も晩御飯も、一緒に食べる事にして、施設側に私の食事も用意してもらうように、母に頼んでみた。母にとって、こういう用事は主婦の範囲内に入るようで、「わかったわ~何が食べたいの?」まるで手料理をご馳走してくれるかのような、風情のお返事が返ってきた。(^_^;)そういえば、長く母の作ったものを食べてないわ~最後に食べたのは・・豆腐の醤油汁お出汁をとらずに、お醤油オンリーだとこういう味になるのね・・・と、目からうろこ?の逸品(^_^)v母はお出汁をとる、と言うことをしなくなって久しい、かといって粉末のお出汁は、化学調味料を使いたくない、エコ母さんの名残があり実家では、母があっち向いてホイ、をしている間に、後ろ手で粉末だしをお鍋に一服盛る私であった。介護って・・・スパイ養成講座と似ている様に、思う。(^_^;)あ!!そうそう!!聞いてくれ!昨日義理家で晩御飯を食べたんだけど・・・まず、この火曜日の雨の日の姑の通院は、雨だからと言う理由ではなく、舅だけがお薬を貰いに行ったのだった。診察はなく、姑の今の懸念であるお通じに関して、今頂いているお薬が弱くで効果がないようであるのを、キチンと知らせて調節していただくべきところが、医師に伝わっていない、から、お薬も変わらない。「あの医者は、どうせ話を聞いてはくれないから」と舅は言うけど、じゃ、何しに行ってんの?とは言わず、黙って話を承る。お通じのお薬が合わないことから、昨日、行くべきデイサービスを姑はまた休んだのだった。送迎バスの中で失敗したら大変だという事だったけど・・・・。それは、たしかに、そうだけど、・・・。実は姑は、このごろ、お通じについて聞くと、出てない、と言う。本当に出てないかどうか、実はわからない。姑に正確な答えを、期待することは難しいのです。目安として、お食事の量が少ないときは、本当に溜まってるのかな?と思ったりする。多めに食べるときは、溜まっていないのではないかと、思うのだが・・。で、舅は、姑が何日も出てない、と思っており、市販の下剤を医師の薬以外に飲ませてしまう。で、今度は下痢状態になる・・・と言うことが繰り返されているのだ。困ったな~~~~どうしたら、姑の正確な排便状態を把握する事が出来るんだろう・・・。かわいそうだと思うけど・・・姑と舅の話から、現実を把握する事は難しい。仕方ないな~便秘と下痢を、繰り返すしかない姑である。体弱ると思うけどな・・・。そしてもう一つ、二箇所のデイサービスに通っている姑は、行く先によって荷物が違う。一箇所はは、上履きが必要だが、そちらでは入浴はしない。もう一箇所は、普通の家屋を利用しているので、上履きは要らないが、入浴はする。舅は持ち物にもおしゃれで、自分が持って歩く鞄などには、そのファッションセンスに命をかける。かけすぎて変になることも、ままある。自分にはこだわるものの、姑が持って出かける鞄に対する配慮はなく、今まで、ショッピングバックのようなものに、適当に入れて、姑は出かけてた。今月始のショート利用後に姑も、各種鞄をたくさん持っているので、その中から適当な大きさの、それなりのお出かけにあう鞄を選定し、二箇所のデイサービスそれぞれ用に、舅姑と相談の上、二つ鞄を用意した。宅老所に通う鞄も、新しくし・・・その中に連絡ノートを入れていた。舅の頭の中から、姑に新しい鞄を持たせる、と言うことが消えた時点で、連絡ノートが行方不明になった。昨日義理家に行くと、舅が「忘れないうちに、言っておく、宅老所の連絡ノートがなくなった。」というその言葉を、私に投げかけている舅の足元に、宅老所に持っていこう♪、と先日決めた鞄があり・・・ノートの頭が見えていた。先々週の日曜日の夜に、私が置いた場所に、それはあった。ちょっと周囲を見渡せば、見つかったはずの場所だけど、探し物はとにかく極端に苦手な義理家の方々連絡ノートは二週間、行方不明になったのだった。「お舅さん、これ?」と指差すと「あ、鞄を変えると言ってたんだったな。お母さん、ちゃんと覚えておかないと」と姑をなじる。覚えておかなければならないのは、あんたや!と思いつつ、夕食準備をした。前回、お泊りショートステイのあと、鞄を決めたのだが、その後、大叔母のお葬式や、父の入院が続いていて、義理家にしばらく顔を出さなかったからな~デイサービスの送り出し、立ち会うほうが、いろんな意味で安全なんだけどな~~~ちょっと・・そのために毎回義理家に飛んでいくのは、きついな~~~トドは、「ほっといてエエで」と言うので、舅がなれるのを、待つしかない。トドの外出時間に重なる姑のデイサービスのお出かけ時間に、私が家を空けると言うことは、トドの想定外のようなので、黙ってよぉ、っと、思いつつ・・気が回る、分だけソンを、引っかぶる。(読み手:タンポポ)義理家が快適になるように、動かなければならないことについては考えない、考えない、考えない(;一_一)
2005年10月15日
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例によって、皆様からの、暖かいコメントにお返事できておりません。ごめんちゃい!m(__)m後日、お返事書かせていただきます。結局昨日、夕方になって、父、退院しました。骨折は骨盤にも及んでいて、しかも、最近のものではない、らしいです。恥骨部分の骨折はすでに変形した形ながら、固まっており・・・それについても、どうする事も出来ない、ということ。いずれにしても、入院しての治療、と言う必要はなく、安静にしているほかない、と言うことですので昨夜、施設に送ってきました。母は、夕食後自室に戻っており、ひとしきり父を探して廊下をウロウロしていた後、私たちが帰ったので、父が通院から帰ってきた、と思ったようでした。母との生活が安静、といっていいかどうか微妙な父ですが、ヘルパーサンたちや、施設の看護婦さんたちに、いろいろと病状の事についてもお願いをして、私も引き上げました。辛いのは、父の痛みです。父は骨密度は低くないのですが、服用しているお薬の関係で、その骨の質は相当もろくなっていると考えるべきだと、主治医は言います。骨を鍛えるためにはある程度の負荷をかけることが必要ですが、立つことにも、別の意味での負担のかかる父は、骨に負荷をかけるという姿勢は、当面無理。いっそう、骨の質がもろくなる生活、が続きます。二年前のこの時期、父は転倒しました。その直前にアキレス腱を切っており、転倒したことがきっかけになって、背骨の圧迫骨折もあり、アキレス腱をつなぐ事で、何とか歩行可能になってもらいたいと、奔走した一年半あまりの事が果たしてよかったのか・・・その間の度重なる手術の折の姿勢の無理な事から、骨盤の骨折にもつながったのかもしれない、いろんなことを考えて、常に、何とか歩けるように、と考えてきた事が、良かったのかどうか、手先が変形してしまって、指先に力のない父が、せめて足元だけでも、もう少し自由にならないものかと思ってきましたけど・・・・・もう、どうしたらいいかわからない。大叔母のように、寝たきりになるのか、動けなくなるのか、亡くなった大叔母は、体の関節が各所変形しており、亡くなった後、お布団に寝かせているときも、納棺をするときも、体は句の字に曲がったままでした。父の、将来像意その姿が重なり、胸がふさがる思いがしています。いつもに似合わず、なんだかマイナス思考・・・(-_-)と思っていたら・・・月に一度のお客さん到来でした。落ち込みがちなのはこのためかな~・・・?(笑)「遅くなっちゃって~」と母に言うと、「○子のところへ泊まってくるのかと思ってた~」だってさ、あっさり言っちゃって、本当にそうなってたら、めっちゃ怒るくせに(^_^;)お返ししますよ、愛しいパパさん。明日、改めて大叔母の遺骨をもって、父のところへ行きます。明日は旦那が泊まり仕事なので、場合によっては泊まってきます。なるべく、二人の傍にいたい気持ちはあるけど、なかなかそれが叶わない・・・な~んか、暗いわ~~~~~あ・・・今夜は義理家でご飯です。大叔母の葬儀もあって、このところほったらかしだったからな~でも・・・舅や姑が、もし変な表現をしたら、今日は泣いちゃいそうだよ~~あ~~~~ん、元気でないよぉ。でも、がんばるわ!
2005年10月14日
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今さっき、父の入院先から電話がかかってきた。入院期間が延長されるかも・・って言うんだよぉ。このところ、股関節が痛むと言っていた父、今日レントゲンを取ってもらって、昼間の診察を終えた主治医が、父の夕食後、私が帰った後で詳しく見て下さったところ、恥骨を骨折している可能性があるというのだ。明日、院内の整形外科で診察を受けることになって、その結果次第では精密検査が必要になり、入院期間は・・・延びる。何より、その診察に私も立ち会うほうが良いだろう、と言うことになって・・。実は明日、母の通院の予定を立てていた。母の場合、主治医に絶対診察を受けなくてはいけないということはなく、これまでもどうしても母の通院の時間が作れないときとか、天候の都合で連れて来れないときなどは、お薬だけをいただいたこともある。だから、通院そのものができなくなると言うのは、大きな問題ではないんだよね。問題は・・・今回は落ち着いて生活をしている母が、父の予定が延びることで、不安に陥る可能性が大きくなると言うこと。とはいっても、・・・連れてきて顔を見たところで、そのことは忘れてしまう母でもあるし、またもや迷ったものの・・・母の通院は延期の方向で考えることにした。恥骨の骨折って・・・この先どうなるんだろう・・・何で父ばっかり、痛い思いをしなくちゃならないんだろう父は悪い人じゃないよ、こんな思いをしなくちゃいけないような罰当たりなこと、してないよ、神様!何とかしてよ!助けてよ!皆さんのコメントにお返事を書かせていただいていたときは、明日、退院するはずでした。足元が崩れたような気がする。パパがいたいのも、ママが寂しいのも、あかん!嫌だ!!!いやだ!!神様のバカ!
2005年10月12日
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介護仲間のビゴチャンのお母様の、徘徊阻止に一役かったタイガースの優勝!いやぁ、ありがたく、めでたい。我が家では、まだ、実家に両親がいたころ、春先から秋までの試合の後、実家に私が電話をかけるということがこの数年の恒例行事になってた。コレは、実家に電話をかけると、コレまでの習慣でまず母が出る。父に伝えたい事があったり、母の様子を聞きたいのに、電話を父に代わってもらうことが大変難しい時期があった。まだ父が元気で、私が毎日長時間を実家で過ごさなくても何とかなっていた当時、母は(今も多少残ってるけど)父と私が話をしていると、自分の悪口を言っている、と捉えていた節があった。悪口と思わないまでも、自分のことを夫と娘がどうにかしようとしている・・と言うのだ。ったく、時代劇の悪徳商人じゃないんだからさ、いまさら女衒に売り飛ばすような年齢の母でもないのに、あれ~~~ってこともないだろうよ(ーー;)と、思いつつも、その抗議姿勢は強烈だったので、電話一つにも工夫が必要だった。第一、実家に行くに付いても、「暇でしょうがないから実家に遊びにきちゃったわ~」と言うスタイルをとり続けない限り、「忙しいんだから早く帰れ」と追い返される(笑)母を手伝いに来た、と言う雰囲気が伝わると、機嫌が悪くなり、悪態をつき大変だった。ムカついた母が勢いで家を飛び出した事も数度、慌てて追いかけようとしたら、マンションの下の郵便受け辺りで、怒っていたことを忘れるのか、郵便や新聞を持ってすまして帰ってきてスワっ徘徊開始か?と後を追おうとした私は、戻ってくる母と鉢合わせしそうになって慌ててまた家に戻る、と言うこともたびたびの事だった。実家にスムーズに侵入するに付いても、作戦が必要だった。あるときは「近くまで来たけどトイレ貸して!がまんできへん!」コレは瞬時に扉が開く。何度か続けてトライしたら、「トイレに行ってから出かけるようにしなさい」と、怒られた。(笑)そんな時期、お助けの神様は阪神タイガースだったのだ。祖父も父も、昔からファン。我が家では阪神の優勝を記念して、初代のテレビを買ったという歴史もある。そう、いつもタイガースとともに、だ。(笑)母はソンナ父と暮らしていても、自分がファンになるということはなく、夢中になっている父を見ていつも笑っていた。試合直後に電話をかける母が出る「勝った~」あるいは「負げだ~(T_T)」の一言で「仕方ないわね~~」と母は瞬時に父に電話を代わってくれる。こんなすばらしい球団があるだろうか♪あ、いや、それぞれのチームでも熱狂的ファンのご家庭には、頻繁に見られる光景?とは思うけど(笑)今も、電話を父に代わってもらうきっかけはタイガース「昨日の井川がさ~~~」と、ぶーたれた声を出すと、母は「はいはいちょっと待ってね」と父に代わってくれる。そう、井川の不調さえ、我が家には効果的な使い道があるのだ。そして、父と私がこそこそ話をしていても、それを野球の話だと一旦母が思えば、その場は平和に過ごせるようになった。「トラッキーの通院だけどさ」この場合、トラッキーは、母を意味する。「ひーさんの排便の様子は?」この場合、ヒーさんとは、母の事である。時々、父も勘違いをして、「檜山が腹を壊してるんか?」と、マジに心配したりする。だ~か~ら~っ!ちがうって!!(-_-)やや、ややこしい会話ながら、何かに付けて笑顔の元になる阪神タイガースであります。
2005年10月10日
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大叔母の遺骨を持って、父のところへ行ってきました。母が、大叔母のことをどのように捉えているか、亡くなったことがわかっているか、自分が葬儀に行かなかったことについても、わかっているか・・父の悲しみもさることながら、母が荒れる可能性を思って、足が重い。足って言っても、走るのは車だけど、(笑)弟夫婦が同じ日に、父に会いに来る事になったので、助かるな~と思ってた。案の定、父は葬儀の事を詳しく聞きたく、事務的なことで父の意向を確かめる必要のある話も、あるんだけど、話しこんでいると、母がむくれ始めた。母には、大叔母が亡くなったことは、一応インプットされたみたいなのも、不思議といえば不思議だけど、葬儀に自分が行かなかった(←普段はどこへでも行ってるってことになるのに^^)と言うことでまたもや、自分が頼られていない、と言うことに月光!じゃなくて、激昂!(^^ゞ「私はもう、役に立たないから、○○○(大叔母の住んでいた田舎の家)に、1人で暮らす」と始まりました。元気だったころ、毎月のように大叔母の元に出かけてお世話をしていた母なので、自分が葬儀にかかわらなかったという事は、我慢ならないことなんです。葬儀に母を連れて行くことは、一瞬考えはしたものの、今回は私にはその余裕はないと思えた。ヤッパリ母を交えて、複雑な話は出来ないんだな・・と、思っているところに弟夫婦登場♪何と言っても、弟効果は絶大で(笑)、母ご機嫌で、お茶を入れるといって洋服ダンスを開けちゃった。どこからコップが出てくるのか、実際にお茶は出てくるのか見ものだわい。(笑)私は母を連れて近くのスーパーへ、その間に弟夫婦と父が、葬儀あれこれについて話しをしたのでした。私と父は、火曜日からの父の入院中に、ゆっくり話をするつもりです。母は、買い物に出かけると、それなりに主婦感覚で嬉しくなっちゃうみたいなんです。ちょうどスーパーの入口近くで、ゴルフウエァのバーゲンをやっていたので、父と母、二人のポロシャツをワゴンの中をサンザン弄繰り回して、ご機嫌回復。(笑)父母、一枚づつポロシャツを購入。買うべきものは、トイレットペーパーと、ボックスティッシュ、父のタバコと、お酒。お酒については昔から父の飲酒に厳しかった母は、すぐに隠せるという理由で小瓶を購入。その買い物は正しい、ある意味、頷けたりします。(笑)タバコは、自動販売機を探し、買わなければならないと必死。とはいっても、他の商品とは別に自分のジャケットのポケットに入れて、「パパには買わなかったことにしよう」だって、意地悪~~(;一_一)あまり喫煙が過ぎないように、と言う教育的心使いの現われではある。(^_^;)タマネギやら、ニンジンやらを選んで、それなりに籠に入れる母を阻止せず、隙を見て生鮮食品類を元の棚へ走り回って戻しても、さほどそれを不思議とも思わないみたいなところが、不思議っていうか、私が思いっきり挙動不審!(/_;)急かせず、母のそこそこ満足がいくまで、店内を隈なく歩き、タイガースコーナーでもちょっと遊び(笑)部屋に帰ると、弟夫婦と父の間で一連の話は済んでいたようだった。その後で、お玄関先の喫煙コーナーへタバコをすいに行くという父を、母が連れて行き、弟夫婦と私が部屋に残り、父との話しの内容を聞いた。今日は連携が出来たので、助かった。1人では、父には正確に伝えるべき事があるのに、母がむくれて伝えきれない、と言うときが多いので今日はほんとに助かった。イングリが付いてきたのも珍しい(笑)彼女、今回の葬儀一連の中で、身内から弟が本家跡取りとして認知されている事で、何か感じてくれたかな?弟たちは、夫婦二人で了解していれば、何事もそれで良い、と言う姿勢に見えていたけど、何か感じてくれたなら、良かったなと思う。とはいえ、今後どうか?は、わかんないけどね。ま、期待せずに見守っていましょう。今週、火曜日から父が点滴治療のため入院する、水曜日に予定の点滴を受け、木曜日には退院のはずだが、このところ、入院日数が予定より伸びる事が多いので、ちょっと不安。また、木曜日は母の通院でもある。一応、木曜日、母を通院させて、その足で父の退院をして、一緒に帰るという予定を立ててみたけど・・・予定は未定、すべては明日の入院時の検査結果を待たなくてはならない。父、今の調子は悪くない・・けど・・どうやろな~~~~(-_-;)大叔母の遺骨は、父の手元において、父がお経をあげるということにしていたのだが、入院期間中は、お部屋の中が母のみになるので、ちと危険。(^_^;)父の遺骨だと思う可能性もあるし、なんだろうと思って、あけちゃうかもしれないしなにより、天才的な隠し技を持っているので、行方不明になっても困る。(-_-;)父の退院後、改めて安置することにして、今回はまた、私が持って帰ってきた。大叔母さん、ウロウロさせてごめんね。バチあたるやろか?(T_T)ココだけの話1人で運転してたから、途中で哀しくなっちゃった。葬儀の往復、機関銃のように話し続けて、休憩も取らない伯母の勢いには参ったけど、一人じゃなくて良かった。運転しながら泣けちゃうところだったよ。大叔母に会いに出かけた時のことを思い出したり、お詫びの気持ちになったり、たとえばこの先、父や母が、そういうときを迎えたら、そのときも私はこうやって運転して行くんだな、なんて思ったら、泣けちゃいました。やっぱ、情緒不安定だな~と、思えたりします。涙腺弱いな~~~(T_T)そしてそして、夜になり、帰って来たトドに、「葬儀報告に行って来た、でも入院になるからその間母の手元に置いておくのは危険なので、遺骨は退院するまでウチに置く」と報告すると「ご苦労さんヤナ、疲れたやろ」ですとー!(@_@;)なんかある、絶対なんか隠してるにちがいない(;一_一)あばいちゃるぅぅぅぅ(笑)
2005年10月09日
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トドがオカシイ、怪しいといっても良いまず、帰ってくるのが早いし、連絡がこまめになった没収効果?(笑)今回私が留守の間に、台所で何か作ったらしい台所はえらいことになってたけど(笑)今まで、お湯一つ沸かしたことはないのだ。阪神のリーグ優勝翌日、トドは仕事に出かけてからわざわざ電話をかけてきて、スポーツ新聞がすべて手に入ったかどうか、聞きで、デイリー♪を買ってきた。大叔母の葬儀を終えて帰ってきたら、大叔母の遺骨に合掌。どっか、体の具合が悪いんだろうか?(;一_一)ものすご~~く悪いことをしてるんちゃうか?(・・?なんじゃろ???
2005年10月08日
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前述の4日の日記にも書いたのだが、この4日、私は甲子園に行く予定だった。大叔母の逝去に伴い、世間様で何が起きているか、今日の試合はどうだったのか、テレビを見る暇もなく、全くわからないままの数日。4日、観戦に出かけた旦那からの知らせで、井川でまけた(;一_一)ヤッパリ見に行くべきだったか!と、悔しさがわく見に行けば勝ったのか?と、お尋ねの向きもあろうが、実は観戦に行って、負けた事は・・ほとんどないのだ。(負けるときもあるけど)5日はすっきり勝利で今年のシーズンを終えたらしい。後は日本シリーズであります。目下、人的ネットワークを駆使して、シリーズ観戦を目指して居ります。私が見に行けば勝つからさ~~~切符手に入るようにいのって~~~by勝利の女神(^_^)vところで、何が金本様かと言うと、先日、金本様御用達の、チタンネックレス、を手元に入手した。今回の葬儀一連の間、装着していた私は、普段ならもっと激しい肩凝りなどに悩まされたはずなのに、あれ?それほどでもない?と言う感じなのだ。金本様御用達店の話では、血流が良くなるので、凝りなどは一発解消!しかもスポーツ選手の方たちは、今効果を上げたく、即効性を望むのだという。なんか、エエ感じ♪よろしかったら皆様もお試しくださいませ。類似品にご用心の上、お求め下さりませ。←何者?(笑)それから、タイガース球団株?の話もし売りだされたら、買いたい、(^_^)vそして絶対手放さない、と言うファンは私だけではないだろうな~流動する事に意味があるのが株なら、それで良いの?ややこしい話はわかんないけどさ、どうなん?
2005年10月07日
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朝起きると、快晴、昨日の曇り空と昨夜の雨が嘘のような晴天。暑くなりそうな一日が始まった。食事の提供がない葬儀会館の通夜の部屋で仮眠している叔父たちの朝食も買い求めて、早々にホテルを退去。サンドイッチやおにぎりの朝食をみんなでそろって済ませて、お寺に移動する大叔母と伯母を残し、一足先に弟夫婦とお寺に向かった。葬儀会館からお寺までは歩いて15分程度の距離なので、叔父たちは散策がてら歩いて移動すると言い、私たちより先に出かけていた。お墓参りをしていなかったので、お花を求めて、お墓へ回り、掃除をしていると、叔父たち登場。「やっぱり○子がお花買ってきたんだな~」とお褒め頂き、・・当然よぉ♪ってね。(笑)お線香を分け合って、そろってお参りをし、私は心の中で亡くなっている弟に「もうすぐ迎えに来るから待っててね」と、呼びかけた。本堂に戻ると、すでにご近所の方が数名見えていた。土地問題で揉めた人も、お香典を包んで来てる(笑)丁重に後辞退申し上げて、他の親族も到着、私が初対面の人も多い、伯母がいてくれてよかった、誰がダレだか、わかんないよ・・。こんなに親戚がいたのか?と、驚いた入り、微妙に似ているので笑えたり・・。問題なく葬儀も終わり、弟が喪主代行で挨拶、快く弟の両サイドに叔父が並んでくれ、心強い構図。挨拶は・・ん~~~、65点、かろうじて及第点かな?でも、こういう場面での挨拶の苦手なのは父も同じ、父が挨拶をしても、あんなもんだったろうなと、思える。事細かな台詞まで口を出しはしなかったが、くれぐれもご近所の方のご厚情に感謝するように挨拶をしようと、事前に弟と打ち合わせはしていた。言うべきことは言った、と思う。やや声が小さく、小声で「声が小さいっ!」教育的指導を施す。出棺間際のお別れのとき、大叔母の顔を見たら、泣けた。ごめんなさい、十分なことが出来なかった、寂しい思いをさせた、オバサンごめんなさい。不甲斐なく棺に取りすがって泣いていたら、弟に首根っこを引っ張られ、骨壷を持って霊柩車に乗せられた。霊柩車の運転手さんが、慰めてくださる。お焼き場へ移動し、最後のお別れをと再度お顔を見て、お別れの言葉を皆様かけてあげて下さいなんて言われちゃった。大叔母の顔を見ながら、今まで「元気でね、また来るからね」といって別れてきた人に、なんと言えば良いのよ・・とまた泣いていると義妹がもらい泣きをし、「おねーさんが1人でお世話なさったんですもんね」って、お前が言うな(笑)悪い子じゃないんですけどね~(;一_一)お骨揚げまでの間昼食をとってもらい、広島出身の親戚はカープファン、父の弟二人はあろうことか巨人ファン、野球の話に花が咲き、優勝チーム関係者(と勝手に任じているため)としては、誇らしい限り・・・って何でやネン(笑)大叔母のお骨は、思っていたより残ってた。もっともろくなってしまっているかと、思っていたけど・・・小さなつぼに入った大叔母は、弟の胸に抱かれて、お寺に帰り、お骨になったあとのお経を上げていただいて、本日の一連の行事が終った。東海地区に住む次兄叔父夫婦はもう一泊近くの観光地を回って帰ると言い、私の実家近くに住む末弟叔父夫婦は、一緒に車で帰ることを提案したけどびびったかな?電車で帰っていきました。大叔母の妹の家の人たちは、92になっている大叔母の妹の老人ホーム先を訪ね、しばらくご自分たちの実家にお母さんをつれて帰ると、言っておられた。新宅の人たちも、今は住む人のない新宅の家に、通夜の夜から泊まっておられ、もう一泊、ご姉妹でお泊まりになる、と言うことだった。四十九日には、またココで、と、ご挨拶をし、皆様とお別れオバサン(大叔母)、一緒に帰ろう♪私が預かって、先代長女の伯母と、また休憩を取らない急ぎ旅で、帰宅した。出かける前に、遺骨を持ち帰りたい事を旦那にも申し出ていた。私が帰宅して程なく帰ってきた旦那は、大叔母に合掌してくれた。このところ、ちょっとエエとこあるんかな?(笑)皆様、ありがとうございました。
2005年10月06日
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お言葉をくださいましたみなさま、ありがとうございます。今日の朝、10時から葬儀をし、斎場での火葬も済ませ、葬儀当日の行事終了で、今夜9時前に帰宅しました。詳しい事は後日また、書かせていただく事になりますが、ともかく、無事帰宅し、いつもの日常の中にいます。(^_^)v
2005年10月06日
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昨夜現地入りが深夜だったため、ご近所周りへのご挨拶がすんでいなかったので、枕経が始まる前に、朝八時をまって、自宅回りへ出かけた。曽祖父が建てた、といわれる二階建ての自宅は、大叔母が施設で暮らすようになってから、家族は誰も住んでいない。階下をやはり高齢のお1人暮らしの方に貸している。その方が家の管理をかねて住んでくださっているようなものなのだ。父に代わって大家としての対応窓口も私になっているので、大叔母が亡くなったことを知らせ、家の状況を変える事はないので、安心してこの先も住んでいただくように、伝えたかった。急いで出かけてきたので、自宅の鍵を置いてきてしまった。声を掛けても、お返事がなく、早起きだと聞くその方も、まだ寝ている事があるのかと、いぶかしく思っているとお向かいのお家の方が、声を掛けてくださった。今その家に住んでくださっている方も、高齢のためパーキンソンになっており、歩行困難な状態なのだという。お向かいの家の方が、毎朝8時過ぎにお玄関を開け、夕方6時ごろになるとお玄関を閉めるのだという。一日数名のヘルパーサンが、お世話に通ってくださっていると聞いた。階下のお婆さんは、数ヶ月前にお目にかかったときの半分くらいに、痩せておられたのだった。田舎には、こういう独居老人が多いのだ。お身内が身近にいないかわりに、ご近所が親身になってお世話をしてくださる。大叔母も、在宅中には、このようにお世話になったことだろうと、思いを深くした。大叔母が亡くなったこと、お家については何も変化がないことをお伝えして、後でご挨拶に伺うつもりだったお迎えの家の方にも、改めてご挨拶をする。ご町内のお世話役の方にも、ご挨拶を申し上げ、お通夜、お葬式の日程と場所、お香典はご辞退させていただく事、をお伝えし、こういう場合のご近所での慣習について、教えていただく。葬儀会館に戻って、お寺さんを待ち、臨終のお経を上げていただいた後、お寺さんのご好意?で、葬儀会館で執り行う予定にしていた葬儀を、御堂でということになった。ン~~~~高くつくのではないのか?と、チョと、警戒警報発令(笑)菩提寺には住職と副住職、それに住職の息子と、後二人ほど、の僧侶が居る。当代住職は、本部での地位も高く、地元でも檀家獲得に熱心な商売上手?と聞く。おおよそそういう経済行為に疎い私の父が、警戒している住職でもある。父「ぼったくられるかもしれんでぇ~」と、私にささやいていた。ぼったくられてなるものか!と戦闘態勢に入る。この朝、本部の行事で他出していた住職に変わりやってきたのは副住職、この方は住職ほど強烈ではないとのことで、相場など、さりげなく聞き出し、なにぶんにも子供世代の私たち姉弟が取り仕切るので、何事もわからないからご指導を頂きたいと、最上級丁寧に対応しつつ、必要ないものは省く姿勢である事も、お伝えしたつもり。お通夜には住職がいらしてくださるという事にもなり、私が車でお迎えに行きつつ、お通夜の前にご挨拶もし、今後のこともご相談を申し上げたいムネ、お伝えする。負けまへんで(^_^)v副住職がお帰りになった後で、大叔母の傍には伯母についていてもらうことにして葬儀に必要なものの買出しは弟夫婦に頼み、軽く昼食を済ませ、私は銀行と市役所、病院など、手続きやら、お礼やら、先月請求ブン以降に発生している大叔母の諸費用の支払いなどに向かった。4時半に納棺、5時半には住職一行を迎えに行かなくてはならない。それまでに済ませなければ、明日の葬儀を終えてすぐに帰宅できないし、また改めて近いうちに来なければならない。いつもの事だが、この町の役所も病院も、皆さん本当に親切で融通が利くことは、私の地域とは雲泥の差だな~と、うらやましく思う。本当に、お世話になりました、とお礼を申し上げながら、心から深々と頭を下げて回った。あれこれ、大叔母がこの世から消え去る手続きをしながら、忙しさにまぎれて、泣けない自分に、救われるような思いがする。まだ介護保険がスタートするはるか以前、福祉課のヘルパーサンのお世話になって不自由な体で在宅していた大叔母だった。福祉課に立ち寄ると、当時担当してくださった方がちょうど居られて、福祉課が担当した始めての寝たきり独居老人だった大叔母の事を、覚えてくださっているとのこと、ここでも深々と頭を下げる。当時お世話になった方々も、今はご自身が高齢になられた方や、介護保険の制度の関係で、他所へ移られた方などもおありだという事身内のものからの感謝を、お伝えいただくように、お礼も申し上げてきた。病院では、主治医の先生が待っていてくださって、大叔母の最後のときの事を聞く。この夏から、誤飲をしては落ち着き、院内感染をしては落ち着き、主治医も小康状態に入ったと、ほっとした矢先のことだったという。様態は急変したとの印象を持っておられ、私が到着するまではと、手を尽くして下さった由、承り、地面に頭を埋めたいほどの感謝。大叔母は、体も動かず、耳も遠いため意思の疎通も難しい状態ではあったけれど、主治医とのやり取りの中から、大叔母の人となりを、よきものとして捉えてくださっているご様子に、本当に感謝する。人として、大叔母を最後までその尊厳を守ってくださった主治医の姿勢に、心から尊敬の念を感じる。ありがとうございました。十分なことが出来なかった自分に、寂しい思いをさせた大叔母に、すまなく、主治医を相手に、少し泣く。病院を後にして、急いで葬儀会館に戻ると、程なく納棺、小さくなった大叔母は、軽く、その軽さも、哀しい。一族では一番美人だった人、衰えたりとはいえ、鼻筋のとおった丹精なお顔を、美しいなと思う。喪服に着替えて、住職を迎えに行き、お寺で半時間ほど、お話をさせていただいた。住職にお目にかかるのは二十数年ぶりのことだ、前回は曽祖父母の50年の法要だった。まだ、祖父母も元気、もちろん父も母も若く、あれからの月日を思う。たまたま、私はその折の住職の法話を覚えていた。「目と耳は二つある、でも口は一つ、人は、話すことより見ること聞くことが大切なのだ」かいつまんでこんなお話だった。当時学生だった私は、クリスチャンのキャンプ組織に所属しており、夕食前のひと時、子供たちに少し心に残るお話をする担当が、もうすぐ回ってくる予定になっていた。この法事で住職から聞いた話を、自分なりに咀嚼し、子供たちにお話をしたのだった。その事を申し上げると、お住職様ご満足(^_^)vこっちペースに、なるか?な?(;一_一)実は、葬儀直後に納骨をしないことが恒例のこのお寺では、遺骨をお寺へ預けるという方法があるのだが、それがまた、高い!それに、私は、生前傍にいられなかった大叔母を、四十九日まで手元で拝みたい気持ちがあった。遺骨を持って帰り、父にも合わせたく、また、せめて納骨するまで、手元におきたいとの希望を申し上げさらに、両親の通院やら、入院やらで、遠方を住職に来ていただいて、毎七日ごとの法要をする事が難しい、と言う理由で拝みに着ていただくことをやんわりとお断りした。その代わり、四十九日にはお寺で忌明けの法要をして、そのまま納骨の予定。さらに、その際に、田舎のお墓に納骨されている私のすぐ下の弟の遺骨を、祖父が新しく建てた私の住まいの近くのお墓に移す事についても、了解を頂いた。これらの金額については、この先探る予定。(*^_^*)ソンナこんなで、通夜の時刻が近づき、住職とともに移動する。父の次弟夫婦、末弟夫婦も通夜には間に合い、新宅のおば様方も到着なさって、やや人数が増えたお通夜となった。新宅の方たちは通夜後、程なくお帰りになり、久しぶりの叔父たちに、父母の近況なども伝え、弟が喪主代行である事についても、了解を得る。この日は、通夜の場所に寝具が四組しかなかったことから、急遽ホテルを取り、弟夫婦と伯母と私は、ホテルに移動し大叔母の傍は、叔父たちが夜を過ごしてくれる事になった。
2005年10月05日
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その日、日曜日の催しが終わってほっとしていた私は、たまたま、翌日の水曜日に旦那が出かける時間帯が早朝から深夜に及ぶ予定だったために大叔母を尋ねるかどうか迷いながら、大叔母の病院関連の支払いを、していました。翌日に行ったときに支払えば良いんだけどな・・と思いながら、気持ちはサボりたいほうへ傾いていたのです。ちょっと休みたいモード、でした。その日、夕方から、旦那の仕事仲間の人たちと甲子園に阪神ー横浜戦を見に行く予定にして楽しみにもしていたのでその次の日は、応援での疲労を癒し最終戦を楽しみたいような・・・(笑)逝去の知らせを受けて、それどころではなくなり、旦那は1人で友人と甲子園に向かいました。翌日、翌々日と、休めない仕事の入っていた旦那を、葬儀に連れて行くことは最初から想定していませんでした。元気なころに、実家に遊びに来ていた大叔母とは、旦那も面識があり、悪い印象は持っていない様子でしたので、今回の葬儀に関して私が家をあけることに、ブーイングは出ませんでした。逝去の知らせは病院から弟にも直接入っており、たまたま、先週まで出張続きだった弟が、今週は勤務地での仕事の予定で、融通が利く状態におり、知らせを聞いた直後、弟は会社を出て、大叔母の病院へ向かいつつ、私に連絡を入れてくれました。すぐに出たとはいえ、弟の会社から、病院まで、おおよそ4時間の道のり病院到着は、午後8時過ぎの予定でした。弟が病院に向かってくれている間に、菩提寺に連絡を取り、葬儀社をきめ、葬儀の段取りや業者との交渉を始めました。当日は、親族が到着するのがすでに8時を越える事、私自身も深夜の到着になることなどから翌日の朝10時に、臨終の枕経をいただき、6時から通夜、翌々日の朝10時から葬儀、と、最短日程を組みました。二泊家を空ける。その間の旦那の仕事用品の準備もあり、あれこれ整えつつ、業者との大まかな交渉もし、親戚関係への連絡は、伯母に頼み、夕暮れを迎えるころに、家を出ました。伯母は、目の離せない従姉と暮らしているので、かねてから大叔母の葬儀にはいけないと思うと、言っていたのですが、たまたま、普段連絡の取れない従姉の元亭主が、従姉を歯医者に連れて行きたく、立ち寄っており、たまたま、7日の朝まで、従姉に付き添うことが可能、と言うことがわかりました。伯母も、葬儀に行こう!と言うことになりました。伯母は、先代本家長女。私は現本家(父)の長女。伯母が一緒に葬儀会場にいてくれることで、遠縁の方たちとの対応が頼める、と言う頼もしさがありました。私の車で、一緒に異動することにして、伯母を迎えに行き、伯母宅を出発したのは8時前でした。そのころには弟が病院に到着し、大叔母の遺体を、葬儀社の会館に移動すべく、手続きに入っていました。身内が到着しないうちに、遺体を移動する事は出来ないのだそうでした。弟も何とか仕事の段取りが付く時期、私も大きな催しを終えた直後で動きやすい時期、伯母も頼める人があって家を開けられる。普段音沙汰無しの弟嫁さんも、万障繰り合わせて駆けつける・・といっても、一番近いワリには、遅いけど・・(^^ゞ義妹二時間、弟四時間、私五時間の推定移動時間の先に、待っている大叔母です。高速道路を利用するのですが、先の大雨の被害があって、岩国から玖珂の区間の、山陽道が利用できません、大叔母の待っている町には、玖珂のインターチェンジから一般道へ入るのが最短距離なのですが、今回は岩国から、一般道へと初めての道を深夜に走ります。途中、トイレ休憩一回、ガソリン補給一回の、わずかな休憩以外取らない伯母は、ず~~~っとハイテンションで喋りっぱなし(笑)お蔭様で、心細い思いもせず、喧騒のうちに、到着する事が出来ました。私たち四人にとっては、都合の付きやすい時期でもありました。父の次弟夫妻、末弟夫妻・大叔母の妹の家の子供たち・新宅と呼んでいる私の曽祖父の弟の一族、それぞれ住まいは遠方なのに、皆さん口をそろえて、先週なら、来週の事なら、参列できる予定が組めなかったと仰る忙しさの中、大叔母との最後のお別れに、ある方は通夜から、ある方は葬儀を、お付き合いくださることになりました。最悪のときは、私と弟が二人きりで見送らなければならないかもしれないと、思っていたのに、思いがけず、大叔母が生前親しくしていたほとんどの身内が、葬儀には顔をそろえる予定が整いました。大叔母が呼んでくれた、そう思える心強さの中で、初日、大叔母の枕元に布団を並べて、やすみました。
2005年10月04日
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今日のお昼ごろから様態が急変し、呼吸が止まり、蘇生術、呼吸器などの処置もしていただいたものの二時四十分、大叔母がこの世を去りました。連絡を受けてもすぐに駆けつけられる距離でもなく、用意をしている間に、逝去の知らせが追いかけて届きました。葬儀の段取りの手配などを済ませ、先に病院に向かってくれている弟に、とりあえずの事を頼み、これから私も出かけます。父が、その最後を誠意を持ってお世話するつもりだった大叔母、でした。その父も病み、私に託されたこの最後のときまで、大叔母に対して十分な事は出来ませんでした。小さいころから、かわいがって頂いた思い出のある人なのに、ほったらかしといって良いような状態のこの一年半、ごめんなさい。申し訳なさが募る思いです。今日、私は大叔母の入院費用などを支払いながら、いつまで続くんだろうと、ため息混じりに思っていました。ちょうどそのころ、大叔母は急変したように思います。オバサン、コレで私はお1人、介護をすべき人が、減る。オバサンは、私をご自分のことから解放してくださるために、急がれたの?コレまでの愛情にこたえることも十分に出来ずに、本当にごめんなさい。ありがとうございました。皆様、これから出かけます。明日通夜、あさってお葬式、喪主は父、代行弟です。自分ですべて取り仕切るお葬式は、初めてです。せめて、天候の穏やかならんことを、また、今、現地に向かっている親族の上に、どうぞ神様のお守りをと、祈りながら、私も出かけます。安全運転で、ね(^^ゞ
2005年10月04日
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最初に、ごめん!明日催しがあって、その準備に時間が取れないので、コメントにお返事をさせていただくのは、後日ってことにしてください。とりあえず、昨日の思いがけない出来事についてご報告。ななな・・なんと!!タイガース御用達新聞、デイリーのみ、駅売り完売のため手にはいらなっかた私。旦那から電話がかかってきて「新聞全部買えタンカ?」「びぇ~~~デイリーが・・デイリーが、なかった」と号泣する私←やや誇張旦那は「ふ~~~ん」と電話を切った。今晩、姑は明日の催しのために今夜から泊まりになる私たちの都合で、ショートに入る。ショートといっても、このところなじんでいる宅老所でのお泊り。普段から、姑の着替えの世話などをこまめにするはずも無い舅のてにより、お泊り準備が整えられる事は考えにくく舅本人のお泊り準備も必要だし、本番は着物が必要でもある。そのほかもろもろ、準備にかかわる用事もあった。旦那は今日はリハーサルの後、散髪に行くといっており、私は実家両親のところへ不ぞろいのスポーツ誌を持っていき、優勝の喜びに浸ったので、旦那の散髪終わりごろに、合流し、義理家に行ったのだった。散髪を追えた旦那と合流したら、なんと旦那がデイリーを持ってる「大阪にはまだあったで~」)^o^(きゃ~~~~!愛してる!と言いそうになった。←言わなかったけど(笑)この人と結婚してよかったと思ったはじめての瞬間。ありがとう!!(^_^)vこの夜、普段にもまして、義理家の方々に優しい私であった。←ゲンキン(笑)そして、実父も実母も大喜びの優勝を報じる新聞。実父は新聞をめくるのももどかしい指の状態だけど、実母がそれくらいは助けてくれると思う。実父母の居る施設に隣接している商業施設は、やはり優勝セールをしていた。店内には六甲おろしのエンドレス「ありがとうタイガース!おめでとう優勝!」の文字が躍る売り場天国である。そして、今日になっても(当然か?)関西各局は、優勝の瞬間や優勝に至るまでの活躍ぶりを繰り返し報じている。あ~~~~~こんな嬉しい事があるやろか新聞を読み返し、こんな影のエピソードがあっタンカ、とムネを熱くし繰り返されるその瞬間の映像に、涙ぐみ、ほんとに、忙しい(笑)と、いつまでも舞い上がった私。なぜか驚喜のおかげで?体重まで減ったぞー(笑)なんでやろ?あ、とりあえず、ものすごい睡眠不足に陥っており、ヘロヘロです。ある種のハイ、になってるかとも思う。ご同輩!この週末は、歓喜の映像に酔おう!そして、次は日本一だ!!
2005年10月01日
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