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旦那の仕事の手伝いをするのは、やだ!義両親に良かれとあれこれ考えるのは、やだ!大叔母の担当者も降りたい!父と母を離れ離れにさせたい!父も私に頼りすぎるのは、やだ!ちっともスーパーじゃない、私だって、自分の時間も欲しいもん!このところ夕食を自宅で取る日が多い旦那。せっかくの野球観戦もままならず、ムカつく!年に一度の自分の催しだから力が入るのはわかるけど、準備は前もってできたはずなのに、いつものことだけど、直前にどたばたさせられる。もうやだ!!全部放り出せたら、楽になるんだろうか?それもまた、私らしくなくてやだ!!支離滅裂、ごめんチャイ。銀行回りに出かける、資金調達。(借金ではないよ)
2005年06月29日
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姑が先週の金曜日、デイサービスを休みました。この話、舅にアルツハイマーの薬で、死亡患者が出た、という新聞記事を伝えた、厄介な一番弟子さんが、また知らせてくれた。舅は、私たちに伝わると、怒られると思ったのね。自分の話を何でも「ごもっともでございます」と聞いてくれる人にべらべらしゃべって、馬鹿みたい。さすがに旦那も呆れてるけど、いざとなると父親擁護になるなんて、なかなか親孝行で、結構ですこと(-.-)その日は、舅は仕事があり、朝から夕方まで外出した。朝、舅が出かける半時間ほど前に、姑はデイサービスに出かけることになっている。舅には何のために姑がデイサービスに出かける必要がないので、送り出すといっても、気分を行く方向へ誘導するなどということは到底望めない。朝「眩暈がするから行きたくない」という自称具合の悪い姑を、ひとり残して仕事へ出た。でも、姑のことが気になって仕方のない舅は、仕事先から頻繁に電話をかけ、それを見ているお弟子さんたちは「奥様は押し合わせ、先生がこんなにご心配してお世話なさるんですもの」もしかして、これが狙いか?(;一_一)本当に愛情をもち、介護をするなら、美談ですけどね。何度目かの電話で、姑は「ほうれん草を買いに行きたいので、ちょっと部屋の中を歩いて練習している」といったそうだ。舅は「眩暈がするから休んだんだから、寝てなさい」といったらしい。それ以降、姑が一人で外出するのではないかと、異常に気になった舅は、お稽古途中にも頻繁に電話をかけていたということだった。買い物をする場所は、私の足で徒歩五分とかからない、杖を持ち、気を配りながら、姑が出かけることは、それほど無理とも思えない。それを阻止する生活をしてきたから、姑は以前より、弱っていると思う。それも、私には舅が元凶と思える。この件について、私は舅と話をするつもりはない。ケアマネさんと相談をして、必要なら、姑のデイサービスの送り出しのヘルパーさんを頼むことにする。最低限のことしかしないと決めた。ばかばかしくて、それ以上はやってられん!旦那は、姑が良くなることを何一つしない。そのように育てた息子に、そのように扱われる姑。自業自得だ!ふんっ!徹夜明けなので、何かいてるかわからなくなってきた。あと一時間で旦那が起きるので、一時間、寝る。オヤスミなさい(-_-)zzz
2005年06月28日
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義理母、姑、先週舅と出かけかけて、自宅から数メートルのところで、「帰りたい」といったらしい理由はお手洗いに行きたくなったから出かける前に行かなかったのか?舅はその辺の喫茶店に入ったらしいが、義理家の近くにはホテルがあり、綺麗なトイレがそこにはある。案の定、舅の選んだその店のトイレは、和式。足腰の弱っている状態で、普段自宅は洋式トイレを利用している姑は、用を足すためにしゃがんだものの、立ち上がれなくなったらしい。そういうスタイルでしゃがむと言う行為は久しくしていない姑である。上記の理由から、舅は姑を外へ出すことを無理、と断定したらしい。以上のことを私は、義理家の傍に住む、舅の崇拝者であるお弟子さんからの連絡で知らされた。明日、姑の通院なのだが、また、舅が同じ午前中の時間帯で歯科医の予約を取ったと言う。高齢ですばやい行動のとりにくい姑と舅の組み合わせで、短時間にあちこち動き回ることには、本来無理がある。余裕を持って予定を立てると言うことは、ウチの旦那も苦手なことなので、この家族にはそういう感性は無いものと、改めて確認する。私が通院に付き添うと言う方法も提示していたが、舅が連れて行くというので、手出しをしないことにした。が、今日の夕方、姑の外出に伴うトイレの不安を知った。舅は、こういう配慮はしない。出かける前に声をかけ、用を足す、と言うことを促すことはないだろう、さらに、姑の使いやすそうなお手洗いに誘導すると言うことも、考えにくいと思われる。以上のことを加味して、今夜、失禁下着を薬局で購入し、届けてきた。ナプキン型の失禁パッドもそえて、「明日、長い時間のお出かけになりそうなので、使ってください」と、姑に渡してきた。舅と姑は、嫌い。だけど、すべきことはするぞ。それだけ。働き豚は電話でその経過を知らせようとしたが、出なかった。多分いつものように携帯電話をマナーモードにしていると思う。彼は太っているので、バイブレーションの振動を感じないんだろうな。そして、今日もこの時間まで帰ってこないということは、またマージャンです。明日の仕事が午後からなので、悠々とお出かけなのだろう。こんな人の手伝いを、私はしているのかと思うと、馬鹿らしい。昨夜、義理家から帰宅後に、今日のお稽古のための下準備として、ダビングしてきたビデオから音を録音すると旦那が言うので、私は先に入浴した。出てきたら、コードのつなぎ方がわからないんだそうだ。(ーー;)「自分で何とかしようと思わない?一人になったらどうするの?離婚したら一人でやらなくちゃいけないんだよ」と言っておいた。「またぁ~、そんな脅かすようなことぉ」旦那は本気に採ってないけど自立しなくちゃいけないのは働き豚のほうだろう。覚悟したほうが良いよ。
2005年06月27日
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妖怪度アップ皆様おなじみ妖怪舅、ほんとに、アップップです。老化によるものと言い切れないところに、妖怪の本質があります。先々週の金曜日、眩暈に襲われて、家庭医(内科)耳鼻科医などによるメニエルではない、と言う指摘をものともせず、自称メニエル患者になった舅。それ以前から、手足の痺れ、足首のこわばりを、気にかけて通っていた、ゆっくり話を聞いてくれると言う整形外科医のすすめにより、脳のMRIを整形外科医のおすすめ医院で取ってきた。結果、年相応、むしろ若いですよ、と言われたものの、年相応の小脳の萎縮は見られるとのことで、脳外科医からの言葉に意を強くして、すっかり気分効用の舅だったのだが舅お気に入りの整形外科医に、そのMRI写真と脳外科医の手紙を持って、診察に行くと、「舞台で舞うことは無理」と言われたらしくなぜか良くわからないのだが、その時点で、名医だとすすめられ、他の医師をすすめたにもかかわらず強行に出かけていった脳外科医は、ヤブであるということになった。そして、そのあたりの解釈が、まぁ舅らしいのだが、脳にも以上があると言う結果を導き出したので、現在、脳に異常のあるメニエル患者、さらに、重篤なる不整脈を抱えている自分、である。とっても重病なのに、まず気になるのは食べるもの、のことでかねて姑の介護サービスとしてヘルパーさんを依頼しているのだが、自身が不在のおりの姑の昼食を、ヘルパーさんが作ることを良しとしない。なぜかと言えば、ヘルパーさん来訪時に舅が在宅している折があり、その際にヘルパーさんの作ったものを頂いたのだが、味が薄かったのだという。おおむね、高齢の方のお食事は薄味に調えられる傾向にあるが、舅はいまだに、揚げ物など脂っこいものも大好き、味は濃い。ヘルパーさんにお味の事を伝えることはできなくはないが、本来、舅の食事を整えることはヘルパーさんのお仕事の埒外なのだ。普段、舅に合わせて濃い味の脂っこい食事に付き合っている姑には、薄味くらいでちょうどいい。姑は私に迎合している点を差し引いても、一緒に食事をするときなどの様子から、そろそろ舅と同じものを食べることは、疲れるように思える。だから、ヘルパーさんに薄味で昼食を用意してもらうことは姑のためでもあり、舅も薄味に慣れてくれればと思ったのだが、無理のようである。さらに、姑はいまだに、食事のたびにご飯を炊いてしまう。だから、次にご飯を炊く作業に入るまでは炊飯器の中に、その後は冷蔵庫には常に残ったご飯が存在する。冷蔵庫の中にしまいこまれたご飯は、結局使われないまま、私が処分する可能性も高い、ラップなどでキチンと密閉しないため、乾燥ご飯になってしまうのだ。ヘルパーさんが残りご飯などを作って、親子どんぶりなどを作ってくれることで、残りご飯も使えるし、それは姑の主婦感覚にもマッチしているのだ。そのことを舅におつたえすると、舅は「親子どんぶりなら、どこの鶏をつかい、どんな卵を使うかが問題だ、そんな難しいものの用意をヘルパーさんがしているとは思えない」というのだ。確かに、世の中にはすばらしく凝った親子どんぶりがテレビなどで紹介されることもある。でも、親子どんぶりを家族のために作ったことのない主婦は少ないのではないだろうか?その商品を売りにしているお店で頂くほど高級ではないまでも、お母さんの味として定番に近い家庭料理の一つに親子どんぶりというメニューがあるように思うのだが舅はそうは思わないらしい。旦那に、「お母さんが親子どんぶりを作ることってないお家だったの?」と聞いてみた。旦那は、「いや、普通に作ってたと思うよ」そうだろう、親子どんぶりと言うのはそういうものだと思う。だれもが、なじみのあるメニュー、だからいろんなお店でも食べることができるのだ。ともかく、親子どんぶりを如何に作るかが問題ではなく、それが高級店並のものであることも必要なく、姑の自宅で一人になる昼間の時間に、昼食の用意をしてもらい、歩く習慣をつけるために、散歩に連れ出してもらうことが目的のヘルパーさん。例によって、舅がブーイングを出そうが出すまいが、その仕事内容を変えるつもりもなく、このまま遂行してもらうだけだ。舅が文句をつけるので夕食の用意は頼まない。時に私が用意をすることもあり、時に旦那も同行することもあり、一緒に外食に出るときもある。でも基本は、舅が気に入ったものを取り寄せるなり、買って帰るということにしている。私の手料理は、今は珍しいのでありがたがってもらえるが、これが毎回となると、またクレームの種になるだけだ。幸い舅は出来合いの物に口が合う。自分で選び疲れたころに、時々提供するくらいの今の状態で、ちょうど良いだろうと考える。また、これは、旦那も舅と食事をすることを好まず、自分の家でゆっくり食事をしたいことから、選択を余儀なくされることでもあり、その点は旦那の人間の小ささに助けられている点でもある。食事に関しては煩い舅は、作っている最中にもあれこれ口を出してくる。私はプロの料理人ではないが、少なくとも舅よりは手馴れていると思うのだが、何でも誰よりも詳しく知っており、うまくできるはずの自信を持っている舅なのだ。だから、勝手にしなさい♪昨夜は、舅の家にあるベータのデッキからVHSにテープをダビングをするという旦那の作業のために、義理家へ行った。何のことはない、コードをどのようにつなげば良いのかを、彼も舅もわからないのだと言う。そんなに難しいこととは思えないけど、家電製品にかかわるあらゆる作業は私なのだ。ダビングをしている間に、お食事に関することと、姑の転院についての話を、旦那からしてもらった。転院と言うのは、かねて「お母さんはパーキンソンでアルツハイマーで・・・」と周囲に言い募る舅のかねてよりの希望でもある。特にこの数ヶ月、姑が就寝時に頻繁にトイレに立つということが気になって仕方なく、脳が萎縮しているに違いない、とこれまた言い募る。今の通院先までは、確かに遠いので、近いところへ変わりたいと、かねてからの舅の希望を実現する前に、そんなに心配なら、姑も脳のMRIをとってみて、さらにパーキンソンの有無も診察を仰いで見てはどうだろうかと言う話になったのだ。私としては、通院なら私単独で同行することを考えても良いのだが、検査などの場合は、旦那が同行できる状態の日を選びたい。私だけに押し付けられるのはごめんだ、と言うことなのだ。検査の結果がどのようになろうとも、舅からはクレームがつくことになるのだ。明日、義理家両親二人で、姑のいつもの主治医の診察を受けに行くと言うので、その前に、転院するなら検査の後で、転院したい病院が決まった時点で今の主治医に申し送りを願い出ることが良かろうと言うことで、昨日は落ち着いた。そこに落ち着くまで、紆余曲折ありながら、だ。紆余曲折の中には、アルツハイマーの状態と、姑の状態の違いとして、姑が周囲に気を使いながら発言している状態のことをあげてみた。舅は私を論破することが目的で、最初は、如何に姑がアルツハイマーであるかに熱心だったのだが、途中から雲行きが変わり、数日前の朝日新聞に、アルツハイマーの薬が命取りになったと言う記事を見た。という、お弟子さんからの示唆で、今、ありせぷとを飲むのをやめている、と口を滑らせた。また・・・だ。さらに、危険があれば、主治医から服用の中止の指示が出ると思われるが、主治医に問い合わせることはなく、お弟子さんの指摘に従う舅である。この点も、もうお手上げ、好きなようになさいませ。そして、舅は「アルツハイマーは、ウンコをぬりたくったりするんやで、だからお母さんは違うと思う」←おやおや?さらに「アルツハイマーは手当てが早ければ直るんやから、○子さん(私)のお母さんは手遅れやったんや」舅は地雷を踏んだのだ。あなた方のことを親身になって考える心を、私は持たない。それほど寛容ではない。一瞬私の顔色が変わったのを認めた旦那は、ちょっと慌てて話題を変えた。帰宅後、舅の言動について少し文句を言いかけたが、すごい勢いで舅を擁護してきた。正しい姿なんだろうね、親思いでけっこうですこと悔しい、あの義両親がともかくも私の手を借りて自分たちの好き勝手な生活ができるのに私が本当に心をかけて手を尽くしたい実両親は、離れたところで寂しい思いをしている。舅と姑は、ただ、憎いだけだ。この家にいる間は、それなりのことはする、それは私はやはり義務だと思うから。でも、それなりのこと以上は、しない。夫よ、私の手を借りることばかり考えず、自分で両親の相手をしなさい。
2005年06月26日
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本日めでたく、無事、実両親帰宅週間終わり。今日も暑かった~!車移動とはいえ、この暑さには参る。例によって、自宅から移動する、と言うことになると、とたんに表情が硬くなる母父に「ちょっとお聞きしたいんだけど、パパはいつまで○○(入居先)にいるつもり?」と母父が「ずっといるつもり、ただし、家にはこうやってちょくちょく帰ってくるつもり」と答えると、案の定「私がきちんとできないから、ああいうところへ入るの?そんなに信用してもらえないなら▽▽(母の母の実家)か、◇◇(父方田舎の家)に行っているから、○子(私)の世話になればいいわ!」とお怒り(-"-)適当に聞き流し、行きたいの?じゃ、今度一緒に行こうね~と楽しい話であるかのように、会話をしながら、昔田舎の家に行ったときの、弟なんかがまだかわいかったときの話をして、気分転換を図る。運転しながら後部座席の母に気を使うのは、結構疲れます。実家のマンションのエレベーターは、ドアの開閉時間が短い。開のボタンを押していないと、すぐにしまってしまうのだが、母にはそのボタンを押し続けると言うことが難しい。車椅子に乗った父と私たち二人さらにとランクを二個、一度に乗れるだけのスペースはあるのだが、ドアを開けていることが至難の業、いつも私は、片足で、エレベーターのドアを押さえ、トランク類をエレベーターの奥に並べ、父を乗せ、バレーダンサーのような、手足の動き?(笑)今日はたまたま、隣家のご主人が居合わせて、見かねて手伝ってくださった。私一人で、動けない父と、怪しい母をつれて、移動することも、だんだん困難になってきてるな・・と実感。最近の帰宅は二泊程度が多かったので、今回は長かったなもう少し、父が動ければ、母が落ち着けば、自宅で暮らすことは・・・出来ない状態であることを再認識する帰宅だった。お疲れ様、私♪ちなみに旦那は、前夜からマージャンに出かけており、この朝帰宅。実両親を送り届けて帰宅した時点で、まだ寝ていた。たたき起こして夕食、彼は元気になり、仕事に付き合う。クタクタだ!明日夕食は義理家へ行くと言う、休ませてくれ!!考えてみると、去年の夏まで、去年の今頃も、まだ、毎日こういう生活をしていたのだった。よく体が持ったものと、思う。と同時に、やはり、入居すると言う選択は、やむ終えなかったと、自分に言い訳をしたくなる。父母の自宅への愛着はまだ強い、しばしお帰り日は必要だが、いつまで帰ってこれるのかも微妙な問題。私の帰り際母が「お二人がそろってるところで、言っておきたいんだけど」ときた今度、父が入院するときには、自分は自宅へ帰りたい、だから、そのつもりで計画してくれと言うことだった。話をしている内容のとおり、ことが運べるなら、そういう選択もある。でも、帰ったら、どうなる?一人ではナニをして良いかわからなくなり、危険なことも起きる可能性があるよ、来月は祖母(母の母)の13回忌もあり、法事の予定を立てなければならない。叔母連隊長(母の次妹)はしなくて良い、と言うのだが、そろそろ母の実家のお位牌などを、お寺さんに預けようかとも思っている。無人になる自宅でおいておくのは忍びなく、古い付き合いのお寺さんには預かってくださる制度があるのだ。今回の法事にあわせて、その作業をしたく思いながら、その準備もまたもや私なのである。叔母連隊長から父母に当てて、お菓子が届いていた。感謝半分、迷惑半分、お菓子は半分もらって帰ってきた。働き豚が食べると思う。
2005年06月25日
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今日は、父の用事があり、地元郵便局へ昼食後でかけた。歩いて五分程度のところなので、私は母を置いて出かけるつもりだったのに、父が声を掛けてしまったので、母、外出準備にオオワラワ(ワンピースの下に、父のステテコを着用していることに自分で気付いた母、ステテコと同時におパンツを脱いでしまったオマヌケな自分に大笑いをして、何をするべきかを、忘れたり・・^^;)予想のとおり、郵便局のしまる直前に滑り込みセーフ父と、話したいことがあったのだ。さらに、母には、ややこしい手続きを頼むのは難しく、当選年賀状を記念切手に変えてもらうことを依頼。ややこしい作業のほうは私が進めていたが、手続きが終って名前を呼ばれたときに、先に窓口に母が出向いてしまった。郵便局の係りの方は、私ではないため、しばし通帳類を手渡すのを躊躇、とたんに母の顔色が変わり、超不機嫌状態になった。ほうほうの態で、郵便局を後にし、車椅子を押しながら、母にはなしかけようとすると、すごく離れたところからフラフラ付いてくる状態。まだ怒ってるんだよね・・。何か、面白い話題を提供しなくては・・・と思っていたら、他所のオタクの生垣に手が伸びてる!!花盗人になるか?!あわやのところで「ママーこの花なんていう名前?」目の前の花を指差し、母に質問を投げかける。質問されることが好き?な、何でも知っている母(笑)は「どれどれ・・・」と機嫌を直して、小走りにやってきた。「知らないけど、あーだ、こーだ」知らない割にはウンチクは長い。(;一_一)その後、自宅前まで一旦戻り、車で大型ショッピングセンターに出向く。父の目的は、本屋。私は、父のズボンを新調したかった。本屋は母も大好きな場所。元図書館勤務、文学少女であった母は、本には煩い、と今も自分で思っている。ちょっと上45度に顔を向け、←えらそうである(笑)、本屋内をうろうろ・・・。母の場合、本屋から出てしまうことはないので、しばし居所を確認しつつ、父の車椅子を押して、希望の書棚へ向かう。父は指の力も衰えているので、読める本は重さも重要なポイント。厚めの文庫本だと、もう無理なんだ。新書か、分厚くない文庫本、のなかから、父の気に入りそうなものを探す。まみんちゃんおすすめ?の「さお竹屋は、なぜつぶれないのか」吉村昭の新刊「大黒屋光太夫」など数冊を購入。母は「糖尿病の食事療法」と言う本を選んでいた。父の病のことをおぼろげながらわかっている母は、食事を作るのは自分の仕事と考える。だからこういう本の選択になるのだ。ただ、もう、本を読むという行為が難しくなっている。目から入る情報を、脳で整理することができなくなっているので、文章を正確に捉えることができないことと、文字を一文字づつ一行づつ読むということが難しいのだ。でも、母の選んだ本も、買う。本屋から出て、階下の紳士服売り場へ向かうべく、エレベーターの前で待っていると、私の幼馴染が出てきた。(笑)「お!○○ちゃん」父母も、知っている友達、母は「大きくなられたから、道であってもわからないわ」いや・・・大きくなってはいない(笑)旦那の催しのことを知らせるメールを数日前に送ったばかりだったので「この前のメール、アリガトね」と彼女大学で福祉の分野の教鞭をとっている彼女には、一番最初に母のことを相談し、地域の高齢者痴呆疾患センターを紹介してもらった。私の情報源第一号でもある。カウンセラーもしている彼女は、相談をすると何とか解決しようとしていろいろ考えてくれるありがたい存在だが、とりあえず、聞いてくれたらそれでいい、と思うときもあったりするけど(笑)今回の両親の帰宅には、旦那の忙しさも加味されて、ちょうど疲れもピークに達しており、私はボーっとしてた。母のほうが、元気百倍で、あれこれ話しかけてた(笑)。数分で別れたのだが、別れ際、彼女が肩を叩き、「お疲れ!」、意味ありげな目、アリガトね、心配してくれていることに、感謝です。なかなか、会う機会を持てないでいたので、直接顔をあわせるのは、3年ぶりくらい?小学校低学年からの友達、なので、いまさら、隠すこともない(笑)こういう友人に、ばったり出会うと、それだけでなんだか、ホンワカ勇気づけられる気がする。ちょっとうれしい。この後、ウエスト部分がゴムになっているズボンを二本、父購入。食材などを買い込み、帰宅。朝食 サンドイッチ+マカロニサラダ+プチトマト+ゆで卵+チーズ昼食 ラーメン(モヤシ+ピーマン+キャベツ+葱+人参+薄切りハム)二袋を三人で使用。夕食 カレーライス(自家製)+冷奴+パイナップル旦那はマージャンで徹夜すると言うので、早めに風呂に入り就寝しました。ほとんど、ぶっ倒れるように寝た。
2005年06月24日
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今朝は事故が多い、道、混んでるよ~~~いつもより、ちょっと送れて自宅到着。母をやや急がせて、用意をし、病院に電話を入れる、予約の時間をやや過ぎそうだ。病院へ向かうときには心配していた事故も処理が終わり、道路はスムーズだった。例によって、母の気に入りそうな面白話をして、大笑いの車内。母は、「お腹が痛い」と涙目になるくらい、大笑いの連続。笑いすぎて、お漏らしする可能性もあるか?と、途中から、びびったのは私。('_')いつもなら主治医にメモを事前に渡すのだが、今回は用意できなかった。だから母の前で、話をすることになり「調子いかがですか~」と言う医師の問いかけに「機嫌よく暮らしております」と愛想良く返事をしている母との会話をしばしそのままに続けてもらった後、「ちょっと大きいほうの失敗が続いてます。間に合わないのかもしれないのだけれど、手前に落ちてたり、うまく座ってないのかなと思うこともあります。」と報告。母、ちょっと険しい顔になるものの、何のことだか具体的にはわからないかも?気分を変えて、先日のネイルアートの後がまだらに残っている爪を見せて(笑)入居先でどんなことをして過ごしているのかを、母に話してもらう。果たして、若き日、バレーボールの選手だったり、ボーリングが得意だったり、日舞も経験あり?家族の知らない若き日の母である。(;一_一)しばらく機嫌よく母が吹聴した後で、医師が「ちょっと娘さんと話させてもらって良いかな?」と母に、一足先に診察室を出るように促した。そうだ「血圧計ってなかったよねぇ」で、さほど不思議がらずに、母退室。主治医から、母の場合、物の認識が苦手、と言うところから、トイレの中に入っても、便座に正確に座れないと言うこともありえるだろうと言う指摘。もちろん、その状態を治すすべはなく、提案として、便器に座っている形のぬいぐるみや、写真などを、トイレ内に飾り、その場所の使用方法を示唆するような工夫をしてみてはどうかと提案を頂く。が幼い私や弟が、おまるに座っている写真はあるのだが(笑)トイレで用を足している写真って、普通ないよね?(=^・・^=)ぬいぐるみ作戦を考えているけれど、便器は手作りするべきか?((+_+))朝食 ブドウパン+ポテトサラダ+トマト+チーズ+ゆで卵昼食 おうどん(刻みお揚げ+葱+とろろ昆布)夕食 ロールキャベツ入りボルシチ+キャベツのコールスローサラダ+ご飯160g食後の食器は、母が洗うというので、今回は毎晩そのままおいて帰ってる。でも、結局洗っていないので、翌朝洗うことになる。毎回朝食は、小皿に盛り付けたものを冷蔵庫の引き出しにセットして帰るので、食器が重複することはないので、ま、いいか。この日は大小失禁はなし、相変わらず、家具越しに、難解な方法でベランダとの出入りをする母である。前日夜半、小失禁をした模様で、私の宿泊用においてあるパジャマを着用し、汚したらしい。こらー!(笑)ま、仕方ないね。母の通院後、昼食を済ませ、私は昼寝をした。もう、ぶっ倒れそうだったんですよ~~~~(ToT)/~~~本日旦那は、お弟子さんのお稽古の後、自身の稽古をつけてもらいに師匠家へ出向き帰宅は最終になる模様。やや早めに帰れたので、先に入浴、ほっとしたところに旦那帰宅。で、それから夜食だ・・・また寝るのは2時を回ってしまった。昼寝しておいて、良かったわ。(^^ゞ
2005年06月23日
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今日も父の足の浮腫みは取れず、靴の形が足に残る。いつものことだが、父の通院に、母を同行させる。昼食後、声をかけると、「私も行かなくちゃいけないの?」と不満げな母「パパがいない間に、部屋を片付けようと思ってたのに・・・」と母「じゃ、二人で行くわね」ということに一旦はしたのだが、このまま二人で出かける用意をしていると、いつの間にか怒ってしまう母である。だから、おりおり・・「駐車場がすぐに開いていないかもしれないから、一緒にってくれないと困るんだけどな~」と、水を向ける。「え~~~、家でやることがあるのに」文句いいの母である。で、結局、父を着替えさせたりしている間に、いつの間にか自分も出かける気持ちになって、「これ着ていけばいい?」と冬服を持って立っている母。「それ似合うけど、暑いかもよ」と私。「これにしなよ~!」と簡単に着替えられるはずの、ワンピースなどを渡す。でも、やっぱり、後ろ前、逆になりました。(=^・・^=)ストッキングを穿きたがるのだけど、これまた、オマタの部分が真ん中に来ない、つまり、片足はいた状態で、残りの毛片方のストッキングが体の外側に位置することになり、またもや、くるくる回る母である。よく回る母ではある。(-"-)このため、膝上ストッキングを用意していて、それを渡すんだけど、そうすると、「これは、○▽☆#・・・」なんだか、母なりの理由があって、一度では採用してはもらえない。すすめること数度、やっと、「これを穿くつもりなんだけど・・・」と最初から自分が使うつもりだったと言うことになって、何とかストッキングも着用。これらの作業には、かなりの時間を要するので、余裕を持って準備にかからなくてはいけないのだ。診察の結果、血糖値がよくコントロールされている(100前後で安定)ため、インシュリンが8単位から6単位に減りでもステロイドの量は変わらず。足の浮腫みについては、医師はさほど問題視していない様子。浮腫むと同時に、足が冷たくなっていることも増えた。血行不良があるのではないかと思え、この点も不安。股関節の痛みについては次回入院時にMRI検査をすることになった。入院期間は今のところ予定のとおりの三日間。ただし、MRIの結果によっては、伸びる可能性ありだ。血糖値の状態が良い、と言うことは、大変希望が持てる要素で、今後、このままステロイドが手放せる状態にまでコントロールできれば、人工関節の手術なども、可能性があるかと思える。父は、手術を受けること事態に消極的だが、手足がもう少し自由に動かせることになれば、父と母の暮らしにも、父のストレスになることがかなり減るはずなのだ。今のままでは、徐々に動けなくなるのを待つだけ、なのだから・・・。朝食、サンドイッチ+ゆで卵+昨夜のサラダの残りを少量づつ(ポテトサラダ+ブロッコリー+アスパラガス+プチトマト)昼食、握り寿司八貫+お豆腐とお葱のお味噌汁夕食、おでん(ごぼう天、ひら天、こんにゃく、卵、大根、人参、結び昆布、たけのこ、ジャガイモ、豆腐)+胡瓜とじゃこと若布の酢の物ご飯は160g母、小失禁。私たちと話をしていて、間に合わなくなった模様。トイレ、水浸し・・・トイレ手前の絨毯も被害が及ぶ(ToT)本日再びトイレ周辺、ぴかぴかである。さらに・・・「パパが外にこぼした・・・」濡れ衣である。(-"-)失禁後、母は父のステテコを着用。怪しいおばあさんは、ヘンなオジさんスタイルに、変身した。腹巻をすれば、完璧だ。(^_^)v挙句、「トイレを綺麗に掃除をすると、美人になるのよ」と拭き掃除中の私に、声を掛けてくれる。この時点で、汚した犯人は、掃除をしている本人と、認知された模様。「自分でやりなさいね」と教育的指導を受ける私。←あのねー!(;一_一)はい、お蔭様で美人になります。('_')実家は、二部屋がベランダに面しており、それぞれ吐き出し窓になっている。窓の片方には背の低いチェストなどが並んでおり、そちら側からは出入りしないことになっているのに、なぜかその家具を乗り越えて、母がベランダから出たり入ったり(笑)母、艱難辛苦を好む?(;一_一)そんなこんなで、二日目終了。今回はハードだ((+_+))ふぅ~
2005年06月22日
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今週は火曜日から土曜日まで実両親帰宅。今回は実母絶好調!実父絶不調!実父のこよなく愛するタイガース、頼む、勝ってくれ!まず父のこと、昨年9月からレミケードという、免疫抑制剤の点滴投与を続けているけれど、第一回の点滴途中から浮腫んでいた足先がぺっちゃんこになって以来、浮腫むことが無かったのに、また浮腫みだしている。これは要注意信号の現われと思える。さらに、股関節に痛みがあり、今までにまして、歩きにくい状態。これまで数回の帰宅には、車椅子なしで帰ってきたのに、今回は車椅子は必須。自宅内での移動はもっぱら伝い歩きだが、歩き始めたばかりの幼児のように、不安定。毎度の事ながら、父が不安定要素を増やすと、時期入院予定が、3日間より長くなる可能性がある。父不在期間が長くなればなるほど、母が興奮する状態に置かれることが増え、結果母も病状をすすめることになるかと思われる。父の病状の安定が何よりのポイントなのだが、これは、残念ながら難しい。卵と鶏どちらが先か?と言う問題と同じように母と暮らすストレスが父を追い詰め、その結果の悪化、そしてさらに母は進化?し、父のストレスが高まると言う悪循環。父のストレスを軽減するためには、介入して暮らす私の存在が必要だが、それは、私が離婚しない限り、実現は不可能。離婚することはいいのだが←なんでやねん(笑)離婚すると、父はそのことをまた、負担に感じるかもしれないと思うと、なかなか踏み切れないものも感じる。離婚して、実家に戻り、実両親を実家に戻し・・地獄の生活に突入。その場合も、私はやはり将来のことを考えると、働かねばならず、そのためにはヘルパーさんなどの導入が必要だが、母にはやはり対応が難しいだろうと思える。母も、それなりの思考力が残っているので、「自宅に帰ったらデイサービスに毎日でも行くし、ヘルパーさんに手伝ってもらって、お家を片付ける」な~んて今は言ってるけど、こんな言葉はその時になったら忘れちゃうんだもんね(=^・・^=)と言うことを私は知っている。死が二人を分かつまで、そのスタイルでがんばるんですかね?誰かに聞きたい(-"-)今回、介護認定の更新に当たって、父は要介護3に昇進。実は要介護3になれば、入れる候補施設が実家近くにある。ただし・・・これは父のみ対象。前回から、帰宅途中にスーパーに立ち寄る、と言う習慣を改め、夕食の食材など、前もって買い物を済ませておき、実両親を迎えに行くことにしている。帰り道にスーパーに立ち寄ることは、母には楽しいことなのだが、もはや買い物に同行できず、車の中で待っている父は、同じ姿勢を長時間続けることが辛い。なるべく短い乗車時間にするべく、買い物は前もって、と言うスタイルに変えた。例によって、母は自分が買い込んだと、思ってくれるので楽と言えば楽。本日の夕食三田屋ローストビーフ80g+ポテトサラダ(ブロッコリー+アスパラガス+プチトマト添え)+お豆腐と若布のお味噌汁+空豆+ご飯160g+日本酒一合。食後に一口カットの西瓜バンコちゃん(母)は自宅に帰ってきた、と言う感覚はある。だから、とってもうれしい、だからご機嫌で陽気。早速主婦として、お部屋の引き出しから、お洋服を全部引き出す。(>_
2005年06月21日
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舅が発見して食べてました。で、美味しくなかったそうで、見つかった報告もなし、だ。ま、見つからない、となった時点で、舅の食べたい指数は急上昇し、そのため、美味しいであろう期待度も、ピークに上がったものと思われる。食べれば、即!ほっぺが落ちるはずだったのに、美味しくない、というわけ。今度から、アンパンは送らない。さらに旦那からも、「ややこしいものを送るからや」とクレーム。次からは「働き豚」がやりたまえ、だれあろう、君の親である。我が家では働き豚の意向により、義理家への贈り物が年間これだけ企画される。一 月、お年賀二 月、姑の誕生日五 月、母の日六 月、父の日七 月、お中元八 月、舅の誕生日九 月、敬老の日十二月、お歳暮と舅姑の結婚記念日これだけ、物を贈る予定物を贈るより、することがあるだろうと思うんですが、ウチの旦那は、細切れにこの習慣を止めようとしません。小物類や衣服など、もう品切れで、選ぶものが無い。選びにいく時間もないので、このところお花が多い。ちなみに、私の実家には同じようにしろとは言いません。(笑)もう慣れてるけど、ほんとに、ケツの穴の小さい男。でもハラは大きい。(-"-)このおかげで、明日から心置きなく義理家は放置状態にし、実家のことに専念できると言うものだ。物は考えようである。
2005年06月20日
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今日もうちの働き豚は、お仕事に出かけた、明日も出かける。旦那=稼ぐ人、私=使う人今月で私の仕事は終了だ。仕事といっても半分ボランティアみたいな仕事だからさしたる収入にはなっていなかったけど、いずれにしても無収入になる。収入面の問題は、私が仕事を止めようが、あまり家計に影響も出ない。ただ、○○さんの奥さんでもなく、お嫁さんでもなく、娘でもなく、ただ個人の私として存在していた仕事場という場所が、来月からは無い。この場所は私にとっては、気持ちの切り替え場所として得がたいものだった。職場が介護事務所ということもあり、実義両親の介護について、いろいろと情報を入手したり、相談したりできる場所でもあったのだ。新しく気持ちの切り替え方法を考えなくてはならないな・・・仕事があるというのは良いもんだよね。ウチの旦那は自営?のようなものだから、仕事がないと収入も無い。だから、毎日出かけてくれると、ありがたい(笑)働き豚は今日も行く~いってらっしゃぁい!!がんばって稼いでチョ♪ん?働き豚に仕事をさせて、家で待っている私は・・・女王豚?(((^▽^)))
2005年06月19日
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毎日新聞の記事のことを、ビゴビゴちゃんの日記で知った。おりしも、「明日の記憶」と言う本を入手したばかりで、読みかけて、戸惑って立ち止まっている。この小説、私が大好きな渡辺謙ちゃん主演映画になると言う、主人公は若年性アルツハイマーで苦しまれる設定。そんなことがきっかけになって、手に取った本。小説や、映像になってしまうと、生活の中の一コマしか、描かれない。私たちには、今までも、この先も、付き合って行かなくてはならないこの病気。身近にこの病気の人を持たない鑑賞者は、「私たちも気をつけなくちゃ」ってな事をいい、ちょっと言葉が出てこないと「アルツハイマーになっちゃったわ」なんて事を平気で言う。通常の物忘れの延長にある病気ではないことを、私たち介護者は身に沁みて感じているというのに。小説や映像でこの病気が取り上げられることで、社会的に認識を深めてもらえるきっかけになるなら、それは悪いことばかりではないのだろう。たとえば、阪神大震災のとき、ボランティアが大流行、猫も杓子も、とは言わないが、はやりものに乗る、程度の認識で被災地に入った人たちもいた。そのことで現地が混乱をきたした事もあったが、これがきっかけになり、ボランティアの受け入れ体制や、出かける人たちの準備など、次々と整うきっかけにもなった。ボランティアに対する意識も、よい意味で育ったと思う。だから、きっかけがあることは悪いことじゃない。と思えば・・・と思いながら、ページをめくる手が止まる。私たちの介護は、本を閉じても終らない、ドラマのように二時間でジ・エンド、では無いのだ。一口にアルツハイマーといっても、抱える症状は人それぞれ、その患者を取り巻く家族の状況も、千差万別。家族が心を合わせて介護、などといわれても、家族の事情もそれぞれ違う。皆さん同じような体験をされているようだが、よくある相談窓口では、およそ教科書のような返答しか得られない。ネットの掲示板で同じように介護に苦しむ方たちに出会って、理想的な介護をしている方ばかりではない、ということを知った。皆さん試行錯誤、日々の対処におわれている。本人たちも戸惑いの中で懸命に自分と向き合っている。それは記憶がとどまらない、と言うこの病気の特徴から、患者本人が自覚をして病気と向き合うと言うことは、私にはまれなこと、のように思える。実際はこんなもんじゃない、と、また悲しみを新たにする文章が書かれているのか、それとも・・・先を読みたいような怖いような感覚に襲われた。小説を読んだ方の感想を書いておられるブログのいくつかを拝見した。コメントの返事が遅くなったことを、ブログの主の方が、訪問者に「僕もアルツハイマーですね」と詫びておられた。こんなコメントに軽く使うような病気として、描かれているのかと思うと、この先読みすすめることが辛くなった。いずれ読み、また感想を書かせていただこう、とは思いますが、今はしばらく、積読(つんどく)。ビゴビゴちゃん、「恍惚の人」有吉佐和子女史、は読みました。当時ベストセラーになったから・・・。私はその後、今から二十年ほど前、叔母の姑がアルツハイマーで、叔母の連れ合いである叔父が大きな病気をし入院をしたときに、病院に付き添う必要のある叔母に変わって、お姑さんの一人残る家に泊り込みお世話をしたのが、アルツハイマーと向き合った最初の経験です。苦笑いをせざるをえないような、毎日の生活の中の一コマ一コマ、面白がって物忘れをしたことを、「アルツハイマーになっちゃった」と言う表現は、私にはできなかった。その人が、その人であることを忘れていく、哀しい病気。叔母の姑に当たる人は、自慢の頼りの息子が重病であることも記憶できず、何度も何度も、叔父と叔母の不在について、確認をし、何度も何度も、病気のことをはじめて聞いて驚き、夜には疲れ果ててはいるものの、なぜ自分が疲れ果てているかもわからない。「息子の重篤なことを忘れていられるから、幸せね」と言う人もいましたが、何度も病気の重いことをはじめて聞くその衝撃は、幸せとはいえないと思えた。普段ともに住んでいる人が居らず、かすかに記憶に残る嫁の姪が家事手伝いに来ている不思議。それをそのまま受け入れるほど、混乱してもいませんでしたから、叔母の姑にとっては、なぜ?と問いかけたくなる状態が続いていました。「○子チャンなの?」と、私のことを記憶のそこから引っ張り出してくれたのか、他に頼るべき人がいないから、一種の本能なのか、私の存在は数時間で認知されたものの。「いくつになったの?え~~~もう二十○才なのぉ?まだ19かと思ってたわ」正直これには、ついサービス向上(笑)「ご結婚はまだ?お相手は?えり好みしてるんじゃないのぉ?」これ、五分おきにやられたもんで、この言葉が頭に残り、魔がさしてウチの旦那と結婚したかも?(笑)「○一郎(従弟)との間に、愛は育たなかったの?」あはは・・・なんでやねん、((+_+))その家も、弟さんご夫婦は、兄の重病にもかかわらず、母親をその間だけでも引き取る、ということはしませんでした。従弟(一人息子)は、遠方で就職しており、まだ結婚前、仕事を休んでおばあさんに張り付く生活ができるはずもなく、週末ごとの叔父への見舞いが時間的にもやっとの状態。すぐに預かってくれるところもなく、まだ介護保険という制度も無い。叔母はほとほと困り果て、たまたま学生に戻り、時間に余裕があった私が泊まりこむことになりました。昼間は私の母が、夕方からは私が、その家でおばあさんと暮らした数週間。私とタッチ交代で帰宅した母が、まだ最寄の駅についてもいないであろう間に「あなたは▽子さん(母)の娘さんよね。お母様はお元気?長くお目にかかっていないから、懐かしいわ」と感慨深げな叔母の姑。いや、だから・・今帰りましたけど・・・(^^ゞ叔父の病気が持ち直し、治療と快復には時間がかかることがわかったときに、叔母は決心をし、姑をやっと見つけた施設に入れることにしました。もちろん、何度説明しても、お姑さんには施設へ行かなくてはいけないことは、理解できない。忘れてしまうというよりも、必要をご自分では感じていないから・・・。何度も何度も、「私は何も聞いていない、留守番くらいできるのに、なぜそんなところへ?第一、一人で留守番をしなくちゃならないような生活ではないでしょう?」と詰め寄り、息子が病気だということも、その都度知らされ、その都度心から心配し、その都度悲しみ、そして忘れる。施設に入る日、迎えに来た叔父の弟夫婦の姿を見て、お姑さんは私の傍からはなれず、そのご夫婦のことを「あの人たちは誰?」と不安げに見ていました。数日身近に暮らした私のことは、それでも馴染んでくださったのに、最愛のはずの末息子のことは、心からすでに消えていました。この数週間の叔母の家での泊り込みは、私には母に対する時の予備知識を与えてくれる結果になりました。なるべく冷静に母のことを捉えようと、思えるのは、この時の経験があるからだと思えます。以前、「半落ち」と言う映画を見た。これも主人公の夫人が、アルツハイマーと言う設定。息子さんを亡くしたことを、理解できない夫人の困惑を見かねて、手をかけて殺害してしまうと言う設定。映画の途中で、私は見ていられない様な気持ちになり、じっと座っていることが苦しかった。帰りの車の中で、体が震えるほど、腹立たしさが襲ってきて、路肩に車を止めて泣いた。原作の小説も、映画も、その手をかけてしまった主人公の自白の過程が問題点ではあるのだが、そのきっかけとして描かれているアルツハイマーの解釈には納得がいかなかったのだ。私にはその映画が、アルツハイマーになってしまった人は生きていても仕方ない、殺してあげることが本人のためでもあるかのような前提を、スタンスとして持っているように見えた。感想には個人差があるだろう。私は過剰反応でもある。でも、私はどのようになっても、実母には命を縮めるような選択をしたくは無い。こんな母ではなかったのに、、と思う哀しさを、まだまだこれから重ねて行くことになるだろうけれど、人として困惑の中ですら、懸命に生きていこうとする生命力を母が持っていることについて、私は人類の先輩として尊敬を感じる。いつまで続くんだろうと思うとき、母が亡くなる事を心待ちにせざるをえないような感情に襲われることもありながら、それでも人は、自らの意思や他人の思惑で命の限界を決めてはいけない。だから苦しく、だから哀しい。チクチクさんのお母様、大事な亀ちゃんが亡くなられました。最後まで懸命に命の火を燃やされた、亀ちゃんを尊敬申し上げております。お辛そうだったり、苦しそうだったり、お身内の方のお心の葛藤を思います。チクチクさんの介護は、実に正々堂々としておられたように拝見していました。必要以上の医療の手を借りることなく、亀ちゃんの命を最後まで、見届けられたご様子を、私もお手本に、させていただきたい。さらに、本音を言えば、介護が終るとき、それは大好きな父母と別れることになるのだけれど、最後まで、と思う気持ちとともに、今介護から解放される方を、うらやましく思う気持ちも、あるのです。早くその日が来ることを、けして望んではいないのに、その日が遠くなるために、奔走しているはずなのに、複雑。ただ、きっちりと取り組んだ先に来る別れは、きっと私の中に何かを残してくれるだろうと、この経験を私なりに無駄にはするまいと、そのことは、肝に銘じて。今日も、気合だー!!
2005年06月18日
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父の日に舅に、お花とアンパンのセット、を送っていた。昨日姑から届いたと、お礼の電話があったのだが、夕べ電話で話をした舅から、お礼の言葉は、聞かれなかった。お礼を言って欲しいわけではなく、もしかして?姑が伝えていない?と言う可能性が浮上。お花だけならまだ良いのだが、アンパンはどこへ?もし時間がたって傷んでしまったら・・それを食べたら・・・危険?改めて今日、確認をかねて夕食に付き合うと、果たして、アンパンは見当たらない。舅は知らないといい、姑も知らないと言う。もしかしたら、食べちゃったかも??でも、箱も見当たらない。日比谷花壇のセットものなので、お花だけが届いて、アンパンが届いていないという可能性も無い。舅には「ごめんなさい、もしこれから出てきても、傷んでいるかもしれません」とあやまり、今後こういう送り方はしないほうが良いと、私も学習したのでありました。姑、記憶錯誤が激しい、私の意図したことではないけれど、結局今日も、アンパンの所在不明を舅に責められることになった姑。ごめんね。アンパンは、舅の好物である。舅は好物が食べられないことと、私に対するかっこ悪さで、怒り狂ってる。怒りもわかるけど、納めてください。ごめんなさ~~い!今回はミスった。花だけにしておけば、よかったな~~~~反省。
2005年06月17日
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三月に骨折して入院している伯母(舅の姉)を、今日旦那と見舞いに行った。私が嫁いできたときすでに膝が悪く、杖を突いて歩行しておられた伯母だが、気力充実、好奇心旺盛。4歳違いの弟(舅)のことが気がかりでしょうがない。この伯母、頭脳も明晰で記憶力も抜群、昔の家族の話など、昨日のことのように良く記憶しておられる。今回、骨折箇所にチタン製の器具が埋め込まれているのだが、自分の体の中にナニを入れているか、自覚しておきたいというので、レントゲン写真を手元に保持している。手先の器用な伯母は、折り紙にもチャレンジ、かなり細かい動物シリーズなど、ものにし、地域の絵画コンテストに、お花の絵を出し、審査待ち。などなど・・・充実の入院生活を思わせる病室。病室には電話があるので、舅にも普段以上に電話連絡が頻繁にある入院生活中。私はこの伯母を嫌いではない。煩く干渉してくるが、この伯母は、闘いがいがあるのだ。舅からの自己申告で「大腸癌克服・メニエル発症・脳梗塞から来る手足の痺れに苦しむ弟」の話を、心配してくださる伯母に、経過を話し全否定、伯母はきちんと話せばわかってくれる人である。伯母からの執拗な電話攻撃に、いい加減な話で返答をする姑は、私の実家のこともあること無いこと、伯母に伝えていた。これはさすがに、旦那が私に対してヤバイと思ったのか、あわてて全否定。(笑)「あんたも大変やね」とねぎらってくださる伯母。話せばわかる、伯母のこういうところは、好きである。しかし・・・伯母は骨折したとき、いつもの散歩に友人と出かけており、いつものように手押し車を押していた。普段から舗装の一部がかけていたその場所は、気をつけて通るようにしていたのに、そのときは手押し車の車輪がその場所に引っかかってしまったのだという。伯母は仰向けに転倒したそうで、ナニが何だかわからなくなったというその時、路上に仰向けに倒れている自分を、少し上空から漂いながら見ていたのだと、言う。でたな!妖怪!!浮世離れ妖怪(舅)の姉は、幽体離脱妖怪、だった。(笑)怖い!!(>_
2005年06月16日
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朝からあちこちパーキンソン病のことを調べてみた。私は医者はなるべくその専門にかかるべきだろうと、思う。姑がパーキンソンの可能性があるなら、きちんと調べ、適した治療を受けるべきだろう。幸い、舅が看板を気に入り、転院を考えている近所の診療内科医もHPを出しており、鬱病もパーキンソンも見ると言う。何より、舅がその気になって探し出した病院なら、その医師の話を少しは聞くだろうと思われる。姑は昨年のはじめに、近在の大学病院で内科を窓口に精密検査を受けた。舅は先日、何があって精密検査をしたのだか、わからなくなったと言い出した。その一年前の夏、姑はまぶたが垂れ下がり、目が開けにくくなり、食事が極端に減り、体重も減少した。足元のふらつきも顕著になり、歩きにくく危なっかしい状態が続いていた。もともと、夫や息子の予定を暗記する、と言うことの無い人で、毎日違う仕事先へ出向く彼らの予定を正確に把握する、と言うことは無かったのだが、さらに混乱をきたすことが増えた。舅は、「アルツハイマー」だと決め付けたり、「甲状腺異常」だと決めてみたり、ともかく病名を次々と挙げる割には、家庭医以外の診察を受けることはせず、家庭医は「老化現象の一種」と言うばかり。それまでも、姑は自分の意思をはっきりと表現することが苦手で、周りの言動に左右され、迎合することが多い人だった。でも、それが目にあまるような気がして無気力に見えた。「鬱」ではないか?そんな風に私は思っていた。姑の言葉として、舅から聞かされた中に「お父さんは毎日、出かける先があって、生きがいがある、私には何も無い」と言う言葉。舅と夫、私の三人で、姑の心細さや寂しさを軽減するために何かできることはないかと、相談をしたが、そのときも解決策として、やはり「小鳥を飼おう」と言うことになった。でも、舅も夫も、そのことを積極的に姑にすすめることも無く、「社交ダンスに出かけてみたらどうか?」「海外旅行に連れて行こうか?」とおよそ方向違いの提案に終始し、私たちが相談したことは、どこへ消えたんだろうと、思ったものだ。姑は専門医の診察も受けないままに、私たち夫婦が時折食事に付き合うことで少し食欲は戻ったものの、状態はさほど改善されたとは言いがたかった。年末年始は、舅も仕事を休んで自宅で過ごす時間が長いため、姑の様子が、さらに気がかりになったものと思うが、あれこれと病名を断定することが頻繁になり、その都度姑を責める口調が激しさを増した。私たちには、そんなに問題?と思える内容のことでも、舅が納得できない行動は異常だということになり、姑は追い詰められることの多い生活のように思えた。このままでは、いけない、と、夫に提案し、姑の精密検査を決めたのだった。私はこのとき、実父がアキレス腱を切断、その手術後の縫合箇所が糖尿の影響からかうまく皮膚が接合せず、そのための通院や転院、再手術などに心を悩ませている真っ最中。アルツハイマーの実母には、実父のケアはできず、朝晩実家に通う生活が続いていた。そんな中で、姑の検査に付き合った。初診の日、実父も通院が必要な日だったが、こちらは介護タクシーを頼み、怪しい母と二人で出かけてもらった。途中雨が降り出したのを、姑の通院先で窓の外に認めたときは、私が泣きそうになった。姑の通院には、舅と夫も、同行した。その日が実父の通院と重なっていることは、「実家のことばかりに時間を取りやがって」と実父のことも含めて批判の言葉を吐いたばかりの夫には、いえないまま、実父には我慢をしてもらった。その検査を、何のために行ったのか、忘れたんだそうだ。お舅さん、あなたが騒ぐから、検査にいったんだ。患者本人と、夫、息子で十分なところを、車の運転ができるのは私だけだということで、私も行った。歩けるあなた方のために、歩けない父を人に頼んだ。私は、あなた方を憎んでいる。あの日、実両親にもし、事故があれば、私はココには今いないだろう。うがった見方をすれば、こんなことも考えられる。姑の倒れた前日、舅は眩暈に襲われた。でも、私たちに連絡は取らず、自分たちで何とかなると舅は思ったみたいだった。私はその情報を、舅のお弟子さんからの連絡で入手したが、聞いた以上は黙っているわけには行かず、お伺いを立てたが、「来なくて良い」そうで、姑はちょっと心細そうだった。姑は、わざと倒れたのではないだろうか?意識はしていなくても、姑からのSOSだったような気がしてならない。転倒結果の怪我が、たいした事無い、と言うことからも、つい、そんなことを考える。眩暈の不安がなくなったのか、舅はまた、元気を回復し、姑のことも家のことも、自分でするつもりになっている。今日もケアマネさんから電話があり、このところ昼食はヘルパーさんに作っていただいて、配食サービスは停止しているのに、姑が「作ってもらっていない」と言うものだから、配食業者に自分で電話をして、勝手に申し込み、ケアマネさんが慌てて電話をかけてきて下った。いろんな意味で舅にも生活管理は無理だろうと思う。舅は、もともと、ちょっと変わったこだわりの中で生きてきた人だ。ご本人は、「脳梗塞」だったり「腸閉塞」だったり、「心臓疾患」だったり、いずれも専門医の指摘は無いものの、重病を抱える身。狼少年は、狼が本当に現れたときに、助けてもらえない。狼老人は、いったい何が起これば、ほんとに慌てるべきなのか、おとなしい羊の嫁にはわからないわ(笑)なお、姑がヘルパーさんが昼食を作らない、と言う返事をするについて、私は下記のように考える。舅がこの二日ほど、配食サービスの必要性を声高に話す状態続き姑はそのことが意識にある。だから、ケアマネさんから尋ねられたときに、昼食は頂いていません、になってしまう。それも、恐る恐る・・答える。姑が一番迎合したいと思う相手は、舅なのだ。周囲の反応や思惑に、あわせようとしていると思われる。哀れな人だが、その犠牲になるつもりはない、公的サービスは有効に使いながら、少しは手伝う、そんな状態をキープしたい。私の抱える被介護者は、姑だけではないから。
2005年06月15日
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この数日、ゆっくりお返事をさせていただかないまま、コメントを頂いて、その一つ一つに心強く慰められています。ありがとうございます。線を引いて、それで決められる範囲だけ、と言うわけにはいかないですよね、介護って、実両親の場合は、何とか、二人が少しでも楽しいようにと、思うけれど、義理家の場合はそこまでは思えない。姑と散歩に行く時間を割くなら、実両親を連れて散歩に行きたい。私の体は一つしかなく、姑は私の親ではないもの・・・。でも、運動することで姑が改善されるなら、私も助かる。その打算を少し試して見ます。今、週に三回、ヘルパーさんにお散歩に付き合ってもらっていますが、私も一日、請け負うことにしようと思います。少し、大またで、背筋を伸ばし、ストレッチしながら歩くやり方を、取り入れるつもりです。これ以上悪くなるのは、私が迷惑だからね。(^_^)vこのところ、夜へろへろで、きちんとお返事できなくてすみません。いつも気にして、覗いてくださることに、心から御礼申し上げます。もうちょっと、もう少し、できるところまで、やってみます。
2005年06月14日
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朝、姑の救急病院で運ばれた先へ、改めて頭の傷のことと、転倒のことについて、診察を受けに行った。傷はすでに、小さなかさぶたともいえないような状態になっており、消毒などの必要も無いほどのもの。聞けば、救急車で運ばれたときにも、救急医の判断でレントゲンなど取っていない様子。だが、姑本人には異常も見られないので、このまま、かすり傷がなおればそれでよいのだろうと思う。転倒による異常、ということではなく、もともと姑の場合、昨日以前の出来事のことを「昨日・・・」と表現することが多いため、転倒をしたのがいつだったのか、本人の中ではあいまい。また、救急車を呼んだこと、乗ったこと、は、あいまいな記憶になっている模様。救急病院へ行くと、「私ココへきたわね」というから覚えてはいるようだが、やや記憶錯綜が見られる。外科の診察だったが、転倒の再発の防止のためという名目で、少し今までの経過を、話してみた。転倒の直接原因は足元がおぼつかない点。これについて、外科医は、パーキンソンの可能性もある、という、パーキンソンについては、説明を求めると、外科医も「僕も専門ではないので、はっきりいえないけれど、パーキンソンは加齢現象の一つ、でもある。運動をすることで進行を妨げられると、認識している」という。足元のおぼつかない理由としては、やはり「脳梗塞やパーキンソン」の心配をするべきだろうとの指摘。同じ病院内の脳神経科の受診を受けてはどうかと、助言を頂いた。その後、姑と昼食や夕食の食材を買いにスーパーに立ち寄り、義理家へ帰る。姑は財布を忘れてきていた。珍しいことではないけど。「お昼、何にしましょう?」と聞くと、姑は「食べて帰ってもいいわね」というが「おとうさん待っておられるでしょう?」というと、「パパのこと忘れてたわ」と笑う。この会話、文章に書いてしまうと、なんてこと無いんだけど、姑はその場その場で、実は適当に返事をしているだけで、心ここにあらず状態、あまり深く考えての返答ではない。義理家で昼食の用意をし、自宅へ戻る。私の勘違いで、旦那この朝は仕事は無く、自宅でまだ眠っていた。前夜、船とJRを乗り継いで帰宅した旦那は、疲れているだろうけど、私も疲れてはいる。姑の通院には、彼が付き合うという方法もあったのに、その気は無い。旦那を起して昼食をとり、私は次の病院へ行った。午後は姑の心療内科のお薬をもらいに行ったのだが、転倒の事なども話をするべきかと、思ったので、診察扱いにしてもらって、主治医に会ってきた。この心療内科の主治医と私は、最初から見解が一致しているので、話は早い、でも待ち時間が長い(;一_一)舅が神経質になっている、姑が就寝時に何度もトイレに立つ、という現象について、主治医もやはり、舅が起きていることが気になるのだ、と言う。平素の通院時に、そのことを言い募る舅に、「ご主人も一緒にお休みになったらいかがなの」と言ってくださっているらしいのだが、舅には自分の習慣を変える気持ちは無い。旦那にも再度、その話をしてみたが、「むりやな」でおわり、つまりこれからも、舅は毎晩、適当な時間まで夜更かしをし、数日その疲れが溜まると、眩暈が起きることもあるのだろう、そして姑は、毎晩、「トイレにいたことも忘れるのか、二分前に行ったばっかりじゃないか、そんなに頻繁にトイレに行くのは膀胱炎だろう・・・・」などと、散々言われ続けてから、眠りにつくのだ。そして、夜寝る前に、姑の動向が気に係り、イライラした舅は、血圧が上がる。翌朝の眩暈につながるのか・・・。昨日、舅の話をかなりの部分で私が論破したので、舅はそのとき血圧が上がったのではないかと思うが眩暈は、金曜日の朝以降、発生しない。あの二日間は、なんだったんだろう?100歳まで生きた私の祖父は、そういえば季節の変わり目に、体調を崩すことが多かった。年齢を重ねると、気候の変化に対応しにくくなるのだろう、今年は早くから、夏のような日が続くし、体調を崩すのも当然なのかもしれない。姑の主治医との話の中で、「私の実母はアルツハイマーなので、忘れている事柄が多いけれど、自分が記憶違いをしていると思っていないので、実に自信を持って、その記憶を主張する。姑は周囲の顔色を読みながら、会話をあわせようとする傾向があるように思う、覚えていないということだけではなく、相手にただ、合わせようとする傾向に思える」と言う私の話を、主治医も認めてくれる。姑の奇行として、舅が報告する中に、昨年秋からウチの旦那にバトンタッチをした遠方のお稽古先に、舅がまだ出かけるとおもい、その準備をするという出来事があった。同じ事をもし、私の実母がすれば、これは完全に記憶違いなのだと思う。姑の場合は、舅が遅くまで起きている⇒姑はそれが気になる⇒自分も何か用事をしなくてはと思う⇒お父さんの出かける用意をしなくっちゃとなるのではないかと、私は思う、のです。起きていなくてはならない状況を、自分の中で構築し、そこに記憶を当てはめる?というような構図に思える。そして旦那は、「お父さんもお母さんも、もう変わりようが無いから、仕方ない」でおわり奔騰している私は、なに?自分の親に、何の時間も労力も裂かないのは、私がすると思っているからだろうか。私がいなければ、自分でする、というのなら私たちの離婚は、彼の両親にも意義あるものになるだろうと、心を強く持ったりする。(笑)私は人間が卑しいので私の親のことに一切かかわらず、私を非難し続けた夫の、両親の介護に、これ以上かかわることは、嫌だ。家族である以上、かかわることを期待されるなら、家族でなくなればよいのだ。(^_^)v
2005年06月13日
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実母の指先が、何だかかわいい、アートマニキュアをしてもらってた。かわいいお花が、指先についてるの。でも母、「鼻くそついちゃった」(笑)と、お指をごそごそ・・・。ちがうよ~~~それはお飾りだよ、綺麗じゃないの(笑)訪問時間があまり取れなかったので、遠出はできず隣のスーパーに、父の半袖衣料品を買いに行く。着替えがしにくいため、今までのポロシャツなどが、手を通しにくいと言う。胸元が深くファスナーで開閉されるものを、二枚購入。お金と品物を持って、母が一人でレジに行く。母は機嫌よくレジのおねーサンに話しかけているのに、今日のレジの人は無愛想。母も、むっとしたお顔になって、要注意。接客業は笑顔だろ!と、私もむっ(;一_一)父にチクチクサンお手製の、ミニミニバック2号を、本日レンタル開始。「僕が持つほうが似合うと思う」←大人気ない奴だ((+_+))このあと、父の好物のソフトクリームを食べる。父=バニラ、母=抹茶、私=ミックス(バニラ+チョコ)母は食べながら、指先が気になって、やばいな~~~~と思っていたら、やっぱり・・・・アイスをお洋服にべっとり、つけちゃった(笑)慌てて洗面所へ連れて行き、手を洗い、お洋服についたアイスも取ったけど、抹茶はシミになるかな・・・色が残るかもしれないな・・。100円ショップで丸い金具を買い、それをポロシャツのファスナーの留め具にはめる。こうしておけば、父が指を引っ掛けて、着替えることができるのだ。最初から、こういう風になってるお洋服にはまだお目にかかったことが無いな・・。ミルクとジュースを買って、車椅子の後ろに引っ掛けて押して帰ったので、お部屋に帰ってから、父が、「背中の荷物、おろして」と母に言う。母、驚いて、「私、背中に荷物ないよ」とその場でぐるぐる回る。ん、たしかに、背負ってはいない。ママの勝ち(笑)忙しいときは無理に来なくて良いよ、といってくれる父、でも、この前のビデオレターで、所在無げにしている父の背中は、寂しそうに見えた。無理してるのは、お互い様、なるべく顔を見に来るから、待っててね。
2005年06月12日
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日帰りで遠方へ出かけた旦那、早朝空港へ送り、夕刻迎えに行くことになっていた。旦那から電話がかかり、飛行機に乗り遅れそうなので、次の便にするかもしれないと言う。彼の予定に合わせて、実両親と別れてきたと言うのに、もうちょっと早く電話をくれたら・・・とはいえ、今日私が実両親に会いに行く予定だったことすら知らない旦那。何時に迎えに行けばよいのか、知らせてね、といったん電話を切ったあと、待ち時間が長いのかと、思いながら空港へ向かっていると、また電話。出先空港に到着した旦那から、なんと予定の飛行機が欠航だと言う。無理して飛ばす事はない。安全第一。でも、今日中に帰れないジャン~♪とやや期待したりしたけど、航空会社負担で船とのぞみを乗り継いで帰るそうだ。別に明日帰れば良いのに(笑)あ、明日の仕事に間に合わないんだな・・・(--)義理家の様子を聞く旦那に、呆れた話をかいつまんで伝え、いつもなら受け流す舅の妄言に今日は言葉を返したことを伝えた。今日の旦那は「ごめん」珍しいこともあるもんだ。だが、言われたことは忘れない。昨日、朝から大騒ぎで、救急車を呼んだ姑の怪我は、今日はご本人はうろ覚え、無理にその個所をさわると、やや痛みを感じる程度になっている。もうガーゼで保護をする必要もなさそうだった。舅の血圧は、今朝は正常値に戻っており、今朝は絶好調。私が義理家へ洗濯物を届けると、いつもよりさわやかな顔の姑と、普段のとおりの舅。もう、復活だな、と一安心した。洗濯物をたんすなど所定の場所にしまい込んでいると、舅が次の火曜日の姑の心療内科の通院の話を、また始めた。少し前から、自分が連れて行くのは遠くて嫌だ、通い始めて半年以上経つのに、一向に良くならないのは、医者が悪いと言い出していた。義理家から姑の通院先まで、小一時間電車で移動。車なら半時間。「私は出かける当てもない、毎日ただ家の中にいるだけ、お父さんは仕事で出かける楽しみがあっていいわね」と言っていた姑の言葉から、私は通院先にこの地域では心療内科の先駆者と言われる鬱病の専門家で古株の女医さんのこの病院を選んだ。確かに遠いのだが、駅前なので、乗り物を降りれば、目の前、また、姑のよく知る繁華街にも近く、飲食店なども豊富に揃っているところなので、帰り道、夕食の買物をしながらぶらぶら、お昼の食事も近くで選べる。姑は通院と言えども、おしゃれをして一日お出かけをする。そのことを大切にしたかった。舅が連れて行くのが遠い、と言う理由の一つは、自分の家庭医や歯医者などの予約を同一時間帯で取ってしまうためだ。姑の通院は二週間ごとなのだが、忘れて連続で出かけたこともアル。舅は通院をすることが主、なお出かけにしてしまいがち、でもアル。おしゃれをして、お食事もして、お医者様にも立ち寄る、と言う風には、舅と出かけてもならないことは、予想していたことだったが私が同行する、と言っても、自分の役割だと言い張るので、舅に任せることも多い通院。舅がお医者様に一緒に会うことには意味があるので、だんだんと柔軟な変化が舅にも起こることを期待していたが、これは無理だったようだ。数週間前から医者を変えたい、と言うので、「どうぞお好きに」と申し上げた。早速近くの心療内科に出向き、「妻はアルツハイマーでパーキンソンで鬱ですが、見てもらえますか?」と聞いてきたらしい。あたりまえの反応だが、先方は、今のお医者様からの申し送りが欲しいとの事、今回の通院で、その話をするつもりだったらしい舅。眩暈が不安でいけないので、私にその話をしろという。断った。私は今のお医者様が姑に悪いと思っていない。今しばらく、様子を見るべきだろうと思うし、第一姑はアルツハイマーじゃない、パーキンソンでもない、鬱だろうという診断の元に、アルツハイマーにも使われるお薬をいただいているだけだ。何度説明しても、医者は不安を与えないために本当のことを言わない、と言い張るので、お話にならない。さらに、自分が教育指導すれば、アルツハイマーは治るのだと言う。さらに、私や実父の対応が悪いため、私の実母は、アルツハイマーが進行しているのだろうと、仰った。何をかいわんや、バカらしくて怒る気にもならない。さすが、旦那の製造元である、「君が両親の介護で忙しくしているから、僕はマージャンに行かなくてはならなくなった。不本意ながらマージャンをしていたので、負けて借金が出来た。だからおまえのせいだ」と私に詰めより「僕が稼いだお金だから、借金に払っても文句をいう筋合いはない」「そんなに自分の親が大事なら、親と心中したらいい」こういう事を、心底打ちひしがれていた私に連夜訴えかけた息子の父は、やはりこんな人だった、というだけのこと。今さらショックでも哀しくもない。アルツハイマーにしてもパーキンソンにしても、心配なら、脳の精密検査を受けましょう、とご提案申し上げ、徒歩圏内のおすすめ医をお知らせした。「今予約を取ってくれ」今日は日曜日ですので、無理です。そんなやり取りは、まだ序の口、いかに姑がおかしいか、アルツハイマーに違いないか、と言うことを、私に認めさせたいがため、言い募りだした舅。昨夜も姑がいったん寝床へ入ってから、何度もトイレに立つと言うことを訴える。このことは、今までにも、舅の口から、何度も問題点として挙げられていることだが、これは舅が遅くまで起きているので、姑が気になって寝られないための行為だと、私も思い、姑の主治医も思っており、さすがのウチのバカ旦那もそう思っている。そう思わないのは、舅本人のみだが、「僕にかまわず寝れば良いと言っている」ときた。舅は耳が遠くなってきており、テレビの音響たるや、すさまじい音量なのだ。姑は耳がよい、寝ていてもテレビの音は隣室から響き渡っていると思う。義両親が寝ている部屋は、リビングとはふすまを隔てた和室だが、そのふすまには明り取りの障子がついており、隣室で電気を煌々とつけて大きな音でテレビを見ていると、眠りにつきにくいだろうと思われる。そうでなくても、周囲に何かと気を使う姑は、永年の習慣で、舅が起きている間は、何かと気にかかるらしいことは、想像できることである。さらに、「僕は昨日は夜中の三時まで監視していたんだ」と自分の観察の正しさを主張。これには失礼だけど、怒らせていただきました。激しい眩暈で金曜日仕事を休み、月曜日の仕事も休むと言っている舅。確かに、昨日の午前中は、寝床から起き上がるのも、そろりそろりと、いかにも重病。午後から気分は良くなったようで、夕食前の血圧は、マァ正常値と言っていい範囲に落ち着いたとはいえ、夜中の三時まで起きているのは、非常識。私たちが昨日の朝から、どれだけ心配もし、気も使い、手足となってうごき、体を休めてもらうことに腐心したかなどと言うことは・・・・バカらしくて言えなかった。私たちのことはいい、子供なんだから仕方ないことだ。弱っているときはお助けしたいと、思ってきたんだから、そのことをあえて、言い募るつもりもない。「自分の体を過信しないでいただきたい。」とだけ申し上げたところ、「いつものことだから問題ない、そのことで疲れたり、ストレスを感じたことはない」んだと、じゃ、何で眩暈?というと、「僕はメニエルになってしまったから、これからも眩暈は起こる」明日の仕事は?「用心をして休む」と言う支離滅裂だと、思うけどね。姑にとって必要なのはトイレに行く回数を数えることではなく、失敗をしかることで緊張感をあえて与えることでもなく姑が心から楽しいと思えることを探すための時間をともに過ごすことだ。と私は思う。「お姑さんは、何してるときが今までの人生で楽しかったですか?」と姑に聞いている私に「この人は絵を習った時期もあるけどつづかない、だからそれほど興味がないんだ。習字がうまくなりたいと言うから僕が通信教育に申し込んだけど、やらないんだ。とめてもらうために、アルツハイマーですからと電話で言わなくてはならなかったんだ」と替わりにあれこれ話し出す舅。挙句「おかあさんは動物が好きだよ、マンションで犬や猫は飼えないから、小鳥がいい」と、また決めつける。これは今までに幾度となく、舅と旦那から指摘のアル姑元気ポイントだが、じゃぁ小鳥を選びにお店に出かけるとか、準備をする風情も見られないのはなんで?私は小鳥は遠くで見ているだけなら良いけど、実は怖い。生理的に受け付けないのだ。だから、小鳥選びに私は付き合えない。舅と姑で小鳥を選びに出かけると、おそらく舅が勝手に決めてくる。それでは駄目なのだ、と、以前にも、旦那に言ってある。「息子であるあなたが、お母さんの今のいろんな気持ちを、聞いてあげる時間を持つことですよ」昨年心療内科をうけるまえ、家庭医に相談に行ったときに、ウチの旦那は言われている。でも、彼はその時間を今まで割いてこなかった。時間がないわけではないの、マージャンに行く時間はあるんだから。舅も、旦那も、ヘルパーさんや私に、姑の話し相手になって欲しいと、考える。それは先ず、お二人が始めることだ。姑は、私と話したいのではなく、息子と話をしたいはずなんだ。姑は、舅の身勝手に振り回されてきたけど、それでも舅を頼ってる。そんな人をなぜ、攻撃するのか、あえて「アルツハイマーだと思っているなら、一切否定や教育はしてはならない、すべて受け入れて見守る生活をするように」と、思わずいつもより少し大きな声で、申し上げた。覚えちゃいないだろうね。そんなこんなで、ともかく明日の朝は、土曜の早朝、お世話になった救急の外科の診察を受け、おそらく異常なし、と言うことで無罪方面だろうと思う。それ以降のことは、相談にならないので、義理家を後に、実両親の顔を見に行くことにした。こういうことがあるおかげで、私は舅や姑の、あれこれと発生する体調不良に対し、心が動かない。アル意味冷静ともいえるが、悲しみは発生しない。明日は姑の外科通院、明後日も姑の心療内科通院、、眩暈が不安で出かけられない舅の替わりは、私になる。今日を逃すと、実両親にまたしばらく会えなくなる。今日は、私が自分の親に会いたかった。動けなくなってきていても、不穏な表情を見せていても、私の心のオアシスは、やっぱりあの二人。時間は短くなってしまったけど、会ってきた。
2005年06月12日
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今朝6時に、舅から電話がかかりました。もちろん私は寝てましたし、昨夜マージャンに出かけた旦那も、4時ごろに帰り、寝てました。「お母さん(姑)が、トイレに立とうとして転んだ、頭からドクドク血が出ているので、救急車を呼んで、病院へ連れて行ってもらったが、僕(舅)は、眩暈がひどくて動きが取れない、○○病院(このあたりの救急指定病院なので)へ連れて行ったもらった。」との事でした。「すぐに病院へ行きます」と返事をしそこまでのやり取りで、目を覚ました旦那に舅からの電話を渡し、私は身支度をしました。化粧してる場合じゃない、ということで、顔なんかちょいとぬらして拭いたまま。(笑)着替えた旦那と、車で病院に向かいました。私の中で父の転倒の時の私と、比べている私がいます。今日は心が凍っていない、やはり、私は姑に冷たいんだな、と思ったりします。病院に着くと、姑は救急処置室で横になっていました。「おかあさん」声をかけると、「心配かけてごめんね」と姑、普段の様子と変わり内容で、ほっとします。看護婦さんと、お医者様にお話を聞き、右後頭部からの出血ですが、傷は深くなく、縫う必要も無く、出血もすでに止まっており、帰宅してよい、ということで一安心。パジャマ姿の姑を連れて、帰宅しました。この病院は、今年の初め、泥酔した旦那が点滴のお世話になった、病院です。義理家のマンションの目の前に、昨年オープンしたパン屋さんがあり、7時から営業しています。朝食用のパンを買い、義理家へ。舅の眩暈は、実は昨日ひどいものが起こったのでした。昨日の朝、部屋中がぐるぐる回る、というひどい眩暈を起こした舅は、昨日のお稽古を休んでおり、その経過については、昨夜、舅の一番弟子さんからの電話連絡で私の知るところとなりました。近所の家庭医の往診も受けているということでしたので、お医者さんにもお電話をし、どうも血圧が高いためだろうと、診察の様子をお聞きし、特に激しく動かなければ心配することはない、というお話でしたので、やや安心しつつ、舅に電話で様子を聞くと、大丈夫だから来なくても良い、ということで、昨夜、義理家へは行きませんでした。今朝の電話、舅に何か起きたのかと、一瞬驚いたのですが、今朝は姑でした。病院から帰宅したのが7時半ごろ、それから義理家で旦那も一緒に朝食をとり、台所周辺を片付け、病院の支払い可能になる時間まで様子を見ていました。眩暈がする、ような気がする、と不安げな舅も、転倒した姑も、普段と変わらない食欲を示し、まずは、安心してよいのかと、思うのですが舅の血圧が、下が今朝の時点で130、上は180、下がとにかく高い。朝から驚いた二人なので、朝食後お布団に戻ってもらい、外から鍵をかけて、帰りました。病院へ向かい、支払いと今後の通院についてお話を聞き、旦那を自宅へ送り、昼食の買い物をして再び義理家に行きました。昼食もお二人、卓袱うどん完食(舅推奨の冷凍うどん)。頭の傷をネット包帯をつかってガーゼを固定していた姑ですが、寝ている間に外れてしまい、傷を確認しました。ちょっと深い擦り傷のようですが、たんこぶ、できているようです。出血は止まっており、ガーゼも絆創膏などで固定されていませんので、当てているだけ。傷そのものは、さほどのものではないようで、これも救急車を呼ぶほどのものだったのか、良くわかりません。頭部の傷は、思っているより多量に出血するため、傍にいるものは驚くといわれます。今朝の舅も、そのようなことだったのかと、思います。ここでも、私たちが身近にいれば、と思うことです。洗濯物を入れておく籠を見ると、血の付いたタオルがありました。他の洗濯物と一緒に、もって帰ってきて、今洗ってます。(洗濯機が)舅がちらし寿司(姑の好物)を夕食に御所望なので、これから作りつつ、洗濯物の乾燥を待ちます。舅の眩暈に対する不安については、私にも覚えがあります。10年ほど前のことですが、車で後ろから追突されて、軽い鞭打ち症になったことがあります。そのときに、一度だけですが、激しい眩暈に見舞われました。何の前触れも無く、突然部屋がぐるぐる回る。思わず足元の座布団にしがみついて、それでも座布団から振り落とされるのではないかという恐怖、直後に私は嘔吐しましたが、舅は嘔吐感は無いといいます。私はそのとき一度だけでしたが、しばらく、視線を動かす事にとても恐怖感を覚えたものでした。また回るのではないか、今、私は大丈夫なのか、自分に自信が無くなる、というような感覚、一つの恐怖でした。舅は、今朝も、昼食時も、寝床から起き上がるときに、そ~っと、身を起こしながら、周囲が揺れるような気がするといいます。見ているとゆれているのは舅自身。眼球は固定されており、揺れていません。もともと、重病でありたい舅は「メニエルになった」と決めていますが、家庭医はそういう診断は下していません。私自身も感じた覚えのある不安感ですので、舅の不安もわかりますが、こういうことに極端に弱い性質の人です。しばらく、要注意かと思います。この春、おなかが痛い、といっていた舅、その痛みは、大腸検査をしたことで、異常もなく、その検査の経過の中で、異物が取れたのだろう、という私たちのアバウトな説明を舅は受け入れ、それ以来、おなかが痛くなる予感がある、とは言うものの、実際に痛むことはありません。その後の経過が良い、ということで、おなかの痛みに対して、舅がそれ以降騒ぐことはなくなりました。今回の眩暈、舅の中で一段落するにはまだまだ時間がかかりそうです。来月は舞台もある。舞台前だからこそ、こういう現象が起こるともいえますが、一つ気がかりが増えました。関西は今、雨がやんでいます。明日は梅雨の晴れ間になると、聞いています。実両親に会いに行くつもりでしたが、どうなることか、わかりません。ある種の緊急事態、に思える義理家の状態を目の当たりにしていても、明日は実両親のところへ行きたい。まだ予定の変更を、告げていません。
2005年06月11日
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昨日、夕方に仕事を終えてから、実家へ立ち寄り換気をしながら、一息ついて、それから旦那を迎えに行った。そのまま義理家へ移動し、一緒に夕食をとり、その後で、夏向きの模様替え。おしゃれなお舅様は、電灯も夏仕様にお取替え、ベランダにはすだれを置き、ソファーカバーなんかも取り替えるわけです。お布団の入れ替えに伴って、押入れの中も、入れなおす。つい先日入れなおしたところなのに、このところ姑が何でも押し入れに詰め込むから、ぐちゃぐちゃだ!でも、そういった作業をすること事態は嫌じゃない。何と言っても、私は力が強い。(;一_一)自分で言うのもなんだけど、力以上に要領が良いので、モノを移動させることなんか、お茶の子なんだ。ところが、舅と姑がうろうろするのでやりにくいことこの上ない。ちょっとそこの椅子を使えば済むことなのに、所在不明の舅の美的感覚を満足させる踏み台、などを探すことに固執する。どっちみち舅がごそごそ探している間に、上部の入れ替え作業はすべて完了するのだが、その間のインターセプトが煩わしい。(-_-)重いものを担いでいるのに、私の移動を妨げるようなことばかり、やってくれる。邪魔だ!どけっ!!とはいえないので、心の中だけで怒鳴りつける。大変な作業だ!と、舅が言うそれは、一時間半ほどで終ったが大変なのは、お舅様の横槍!なんだよ!!昨日は力仕事になりそうだったし、そういう手間がかかることも予想されたので、旦那が同行できるときを選んだのに、奴は夕食時、またいつものようにバカ飲みして、食後は爆睡状態になったのだ。ま、旦那も要領が悪いので、もっぱら彼の担当は、舅があれこれ作業に必要ないものを探そうとうろうろするときに「○子にまかせとけ」と合いの手を入れてもらうことが目的。ったく、何のために存在している!!片付けたり、運んだりという作業には、手順を考える必要がある。広くない住まいに、季節に合わせた電灯を置いておかなければならないスペースの無駄を考えると、舅の美的感覚もたいしたものではないと感じる。ま、いまさら知ったことでもないけど・・・。さらに、めったにお目にかかることの無い、舅ご自慢の踏み台など、何のためのものか?笑っちゃう。姑は、「あんたがちゃんと片付けないから」と舅が何か思いつくたびに対象となるものが見つからず非難されるが、普段勝手なときは、パーキンソンで体が動かなくなっており、アルツハイマーで記憶ができなくなっていると決め付けている姑に、任せて平気?必要があるなら、舅自身が管理するべきなのである。やんわり、「お舅さんが、把握なさらないといけませんね」とは申し上げた。「そうなんだ、任せておけなくてね」とは仰るものの、自分で管理しようとはせず、もともと姑の管理下に入っていなかったものも、無いときは姑のせいである。阿呆ちゃう?そんなこんなで作業も終ったし、やれやれ・・・。「ありがとう、○子さんがやると、何でも早いな~」と舅わかるなら、邪魔はするな、っていうか、要領が悪すぎ。今日は朝から、肩と背中が痛い。(ToT)ところで・・・・私は日記の中で、舅姑に対して結構辛らつな表現をしているなと、思うことがある。自分で思っているけど、思いつつ書くことに意義がある、ので反省はしていない。(^^ゞ義妹について、私としてはそこまでこき下ろしているつもりは無くとも、その表現にクレームがつくことがあるのに、義理家に対しての過激な表現に、クレームがつくことは今まで、無いわね?どして?みんな同じことあるの?(笑)クレーム、お受けしてます。なおコメントは、管理者によって削除可能であるということもご了解ください。(^_^)v
2005年06月10日
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アボカドの種を育ててる。最初は、こんな感じ~お気づきかもしれないけど、この容器は、ペットボトル500ml.のペットボトルの上部を切って数箇所に3cmほどたてに切り込みを入れます。アボカドの種の三箇所に、上向き斜めに爪楊枝を刺しその切り込みに差し込むようにして、セットする。爪楊枝を隙間に差し込むので、水を替えるときも、種が動かないの、お水を替えるのもチョチョイノチョイ♪だよ。アボガドは生きているので全部水没させると呼吸ができないから上を少し水面から出しておくのにも便利です。で、あれから、一月以上たったかな?今こんな感じ~変化無いじゃん、と思うこと無かれ!お尻が割れてきてるんだぜ~ これ、根が育ってきてるってことだから、もうちょっと我慢なのだ。早く土におろしたい。早く根をはれアボカド君♪早く目を出せアボカド君♪
2005年06月09日
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サッカー日本、ワールドカップ出場決定、おめでとうございます!!ちなみに、ニワカサッカーファンなので、普段のリーグ戦のことは、良く知らない。(^^ゞドーハの悲劇のとき、テレビで見てた。あのときから、日本代表、の試合は、チョコチョコ見る。今日も見た。おおー!先制点!!おおー二点目!!こらー北朝鮮!ナニすんねん!!レッドカード!!!おおー!!勝利!!!と、われに返ると、サッカー観戦にはいる前に、4点リードしていたはずの、あたしの阪神が!?同点になっとるヤンケっ!と、われに返りすぎて、またおっさんに変身。負けたら承知せえへんでぇー!というわけで、念力を送る。((+_+))おかげさまで、9回表、追加点を得て、本日勝利。やればできるんや♪ところで、阪神ファンの皆さん、は、阪神という球団がなぜか好きなのよね?ちがうか?おりおり、ご贔屓の選手はいるけど、その選手が引退したり、他球団に変わっても、結局やっぱり、阪神を応援している人が多いのではないかと、自分の回り限定?でそう思う。あたしの阪神、俺の阪神、その阪神の勝利のために貢献してくれる選手は、好き。この選手阪神にあり!と思える選手を応援する。たとえ、監督といえども、スター選手といえども、不調のときや、その采配がチームを悪い結果に導きそうなときは容赦ない。あたしの阪神に、ナニすんのさ!というわけで時として(よくあるけど)オキャダはケチョンケチョンにこき下ろされることになる。監督や選手は、ファンから、球団を預かっているようなものなのだ(笑)そして、あたしの阪神を応援してくれる人は、ありがたい。だから阪神ファンは阪神ファンを好きなんだ。私のミニバックを見て、ニコニコする人がこの界隈には多い。彼女たちにとっては、彼女の阪神を応援している私は、同類?助っ人か?(笑)あたしたちの阪神を明日も頼むデ!ほなっ!(^_^)v
2005年06月08日
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実両親のいる施設から、ビデオレターが届いた。私が待っているのは、先日来父が引き受けてしまった代表云々について、家族への承諾を取るか、白紙に戻すか、という話の報告だったのだが・・・施設開設一年を迎えて、記念に入居者の家族宛に、送られたものらしい。内容は、施設側代表者の挨拶に始まり、折々、施設内での行事に参加している様子、を、映したもの。食事風景、マイクロバスでのお花見やお祭り見物、日舞のボランティアの方の舞いを拝見しているところや、手芸をしたり、ホットケーキを焼いたり、歌を歌ったりしている父母が、他の方々に混じって画面に映されている。時折二人のはにかんだアップもあり、話しかけられて答えている父母の姿もある。これを見る限り、母はずいぶんとまともに見える。そして、父は、ずいぶんと手持ち無沙汰に見える。画面から受ける印象では、ココは母の場所であり、父の場所ではないと、改めて思う。行事の中の、二人は、それなりに楽しそうで、それなりにできる母が居る。これだけを見ていれば、何の心配も無いように、見える画像。映像の嘘、ということを考えた。私は父から、母の日常がそれだけではないことを聞いており、実際に見ても居る。だから、これだけではない、ということを感じることができる。もちろん、こういう趣旨の映像で、母の不穏な状態を見せられても、それは辛いだけなのだが、施設側の裏の意図を、つい思う。疑心暗鬼になっているのか?(笑)15分ほどの映像、見終わったときに、私は泣いていた。このビデオは、弟のところにも、届いている。と思われる。義妹はまた、次の施設を探して奔走している私を、やりすぎだと、言うだろう。実像を見ているものと、見ていないものの差は、明らかである。
2005年06月07日
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なんと、先日、車の後ろにバイクが追突した。旦那が一緒に乗ってるときだった。夜、とある交差点を右折しようとした私は、横断歩道に向かって猛スピードで走ってくる無灯火二人乗りの自転車を、右方向に確認したため、横断歩道手前で、停止。と、程なくそこへ後ろから、ドン!相手は原付バイク、幸いスピードも出ておらず、体に影響は無いように思われる。車を道の端に寄せて、旦那と降りていった。運転していたお兄ちゃんに、あなたは体どうも無いですか?と確認。お互い怪我の心配はなさそうである。車の後方を確認すると、バンパーが凹んでる(ーー;)無灯火の自転車のための私の停止であることを、自身の前方不注意であることをバイクのお兄ちゃんも認め、直してくれると言う。では警察を、という話になったのだが、お兄ちゃんが示談にして欲しい、という。点数の残りが心配なのか、ま、お巡りさんのお世話になりたい人はいないと思うが・・・支払能力はどうなんだろう?ウチの旦那は運転しない。免許も持ってない。だから、今まで、こういった事故のことはすべて私が一人で片付けてきた。今回、旦那に後処理を頼むことにしてみた。旦那は、きちんと支払ってくれるなら、警察を呼ばなくてもいいですよと、お兄ちゃんの哀願を聞き入れることにしたようだった。旦那の携帯と、お兄ちゃんの携帯、お互いに電話番号を交換。昨日、車屋さんに点検に出す予定になっていたので、その旨をつげ、そこで見積もりを出してもらうことにして、その場は別れた。普段、ちょっとした事故、といえないほどのことでも、私は必ず、警察に届けるのだが、お兄ちゃん、もしかしたら、飲んでいた?今回の支払いに関することについて、旦那に任せることにした。オバハンとの交渉より、体の大きないかついおっさん相手のほうが、お兄ちゃんもビビルだろうとも思った。旦那には、「女だと馬鹿にされるといけないから~」といって、頼んでみたらなんだかはりきって、がんばるそうだ。バンパーの取替えと塗装の費用、44,037円也、よろしく頼むぜ。なお、修理は部品の関係と、私の都合で来週の月曜日になりました。お兄ちゃんは今月ボーナスが出るので、それで支払いたい、とのこと悪い人ではなさそうなので、ともかく支払いを待つことにする。もし、逃げるようなら、それからでも警察へ届けることはできる、お巡りさんには怒られるけど・・・((+_+))たまには夫を使ってみるもんだ?と、なるかどうか、ご期待ください。実はバンパーには、すでに数箇所こすった傷がついていた。塗ろうかな~と、密かに思っていたので、ありがたい?ような?気もする。((+_+))
2005年06月07日
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持つべきものはタイガースミニミニバック♪皆様お一ついかがでしょうか?今日草さんから、新作を送っていただいた!これもかわいい、ちょっと大きめでぐ~~~~っ!アッシのお買い物バックは、ミニミニバックのオンパレードで、歩く展示コーナーのようになるのだ。歩く椎名舎様、歩く銀座?←意味不明(笑) 今日のお買い物に、初代ミニミニバックをお連れした。車で行ったので、レシートを持ってサービスカウンターにいき、駐車場のサービス券を頂くのでございますが駐車券とレシートを入れて、サービスカウンターへ行ったので、お店の人の目にとまったのでした。 「あらかわいい、阪神ファンですか?手作りですか?(笑)」と、ニコニコ会話が弾む。関西では、おばちゃんは人に気軽に声をかけるという、特性があり、そのためこのところ、このバックのおかげで知り合いが増えてありがたい。(笑)と・・・・特別性なので、このバックを持っているのは私、と正体がばれるな(笑)近いうち、甲子園球場で、ミニミニバック三姉妹をタイガースリュックにセットして、応援しているオバサンがいたら・・・それは私です。がはは・・・あ、ちくちくさん、父に一つ、ひとつだけ、貸してあげることにした。あげないの、貸すだけ(笑)人間がちいせーーーー!(^^ゞ
2005年06月06日
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さて、昨日、機嫌よくUSJに出かけ、それなりに楽しんできた私たち夫婦。(ーー;)帰りに義理家へ立ち寄り、ひとまず安定した状態にいる姑の様子に安堵。食欲もなく、熱もまだあり、咳もまだ残る、水分補給は大切だよね、と思い、ポカリスエットを買いに走る。朝、届けたものは、舅が飲んだんだと!((+_+))ま、いいけど・・・。帰宅後、やはり疲れたよね~お風呂お風呂・・・と、せかす旦那の言葉に、用意をし、声をかけると、テレビなど見ながらだらだらしてる。ま、疲れてるんだろうし~と思っていたら、翌日の仕事で必要な考え事があるので、これから仕事をするという。あ?そう?で?今日遊園地へ行ったわけ??わけわからんっ!そそくさとお先に失礼をして休ませていただいた私。旦那、気配ですでに朝?と思われる時間帯にベットへもぐりこんだ様子を、なんとなく感じた。今朝、予定のとおり、起こすと、一応目を覚ましたので、朝食の用意を整えていると・・・・一向に出てくる気配がない。もう一度起こそうかな・・・と思いつつ、時間が過ぎて結局、車で送っていけば何とか間に合うか?という時間になったので、やむなく起こし、案の定、送っていく羽目になった。二度目に起こすタイミングは、難しく、必ず不機嫌。いわれのない小言の嵐になることも多いので、声を掛けそびれる。今、起きようと思ってたのに、などと、子供のような悪態をつく旦那である。朝から、悪態をつかれるより、片道50キロ近くを送っていくほうがましか?この選択をする私も、変だよね。変な組み合わせだわ。どっちも馬鹿だ!そして私は午前中の予定が消化できず、やけになって日記を書き続けている。大馬鹿者です。
2005年06月06日
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関西では阿呆、関東では馬鹿?この言葉には少し親しみを持って、使われる場面もある。が、今このとき、親しみを持って使っていない私である。母親が具合悪い、年齢的にも体力をみても、あまり安心してよい状態ではないのに・・・。確かに命にすぐかかわるという重病ではないようだけど、遊園地に行きたい?(@_@;)たまたま今月最初の数日を、雨天順延の仕事のためにスケジュールをあけていた旦那は、天候のおかげで休日が出来たので、どこかへ出かけたかった。最初、愛知の万博へ行きたい、と言い出した。へ?(@_@;)大叔母の介護のために片道400キロを走破する私だが、万博行きは・・・予想だにしていなかった提案なので、長い距離の運転は却下。日帰りバスの旅、というのが各旅行社から設定されているので、行くならこれだね、ということにし、いずれ、日を決めて行く、ということになった。では変わりに・・・USJ←銀行ではないよ(笑)はぁ?(@_@;)何歳におなりで?実はUSJは、オープン直後、すでに怪しくなっていた母と、まだ元気だった父、と三人で出かけた。叔父の一人の会社がちょっと関係していたこともあり、入場券を頂いたので、最初旦那と行こうと持ちかけたが乗らず、実両親と行ったのだった。おりしも我が家は冷戦状態だったので、実両親と出かけた報告もせずじまいの場所だ。映画が好きな私には、ちょっと面白く感じた場所だが、同じように映画は好きでも旦那がどう感じるかは、予想の限りではない。待ち時間の多いああいう会場で、うまく動ける人でもない。大体、旦那とそういう場所へ出かけても面白くない、けど、行くと言う。もぉ・・一緒に行ってくれる友達いないのかよ!・・・いないのよね。姑の熱が下がり、自分がいるから大丈夫、という舅の言葉を、本気にしたわけでもなさそうなのに、午後から、出かけた。旦那の機嫌を損ねることは、私も疲れるだけなので、それなりに楽しく過ごして着ました。でもさ、疲れたよ。まだUSJにお出かけではない皆様、案外面白いですよ。映画のお好きな方なら、ごらんになったことのある映画がテーマになっているアトラクションは、それなりに楽しめると思います。待ち時間もあるけれど、待っている場所にモニターが配備されていて、それなりに面白い演出も考えてあり、半時間くらいの待ち時間なら、退屈はしません。私たちは午後三時から終園まで、というホリデー・トワイライト・パスというものを使いました。これなら少しお安くなり、パーク内のレストランで使えるお食事割引が500円ついて、お得感があります。さらに待ち時間は絶対やだ!という方には、優先入場システム(有料)があります。と、宣伝をしている私も、あほちゃうか!((+_+))さらにその後の展開は、次の日記をどうぞ!
2005年06月05日
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いずれも、今日の時点ではおさまりつつ、あります。ご心配してくださった皆様、ありがとうございます。もともと小柄な姑ですが、昨年後半から食欲が戻ったのに体重はあまり変わらず、相変わらず35キロあたりをうろうろ、瘠せた体つきです。発熱と咳き込みは見ていても痛々しく、体力のない今、肺炎を起こしたのではないかと、心配していました。まだ治った訳ではありませんが、だんだん落ち着いていく方向に向かっているように思います。が問題は舅です。息子です。なぜ妻は母は、いつまでも元気だと思い込めるのか、良くわかりません。舅は、自分が少し不調を感じると、癌ではないか?脳梗塞ではないか?あれこれ大騒ぎをし、その割には本格的に検査の出来る病院へは行かず、的外れの整形外科などへ行き、適当に話をあわせてお薬をいただければ、一安心。とはいえ、専門外の医師の診察なので当てにならないといいながら、不安だ不安だと、次々病気を作り出しています。舅が現時点で、あまり不安な要素のある肉体ではないことは、この春大騒ぎをして大腸検査をするについて、心臓の検査もしたため、私たち夫婦はある程度把握しています。さて、そんな舅、今回の姑の発病のきっかけに自分の言動がなったとは、つゆほども思わず、私が熱でうなされている姑の寝具を整えようとしているのに、あれこれと、出かけた旅行の話やコンサートの話を仕切りと話しかける。息子も同席しているので、そういうお話はご子息に願いたい、けれど、息子は息子で、母親の不調の原因になった父親の楽しみなど、聞きたくはない。なんだか三すくみ、見たいな状態の看病の夜でした。舅の能天気な様子に、我慢しきれなかったと見える息子@ウチの旦那は、姑が少し熱が下がり始めたのを見て、帰ろうと言い出し、夜半私たちは自宅へ戻りました。旦那が自宅へ帰りたかったのは、翌朝の朝食をきちんと取りたいため、舅が私たちが自宅へ帰るのを、引き止めたい風情を見せたのも、自分の朝食の心配のため馬鹿みたい。それでも息子は、「お母さん大丈夫?」と声はかけ、それは姑にはうれしい瞬間。「心配かけてごめんね、元気になるから」と、悲劇のヒロインは涙するのでありました。お母さんはただの風邪だから、という舅の言葉を真に受けた旦那は、翌日の日曜日、遊園地へ行きたい。お子ちゃま旦那の相手は、疲れる。(-"-)病後の食事の提供など、舅には望めるはずもなく、さてはて、これで姑が元気になるなら結構なことです。以下、遊園地その後については次の日記に続く
2005年06月05日
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嫁って何だろね?ショウコさん、ちくちくさん、それぞれのお立場からお話をしてくださって、どうもありがとうございます。今夜、姑が発熱し、いまもまだ義理家に詰めてます。旦那はそれほど心配していないのですが体力も衰えている姑の発熱と咳き込みは、肺炎の可能性を感じて、不安な夜です。このように、私には嫁として、時間を割かなければならないときもある。私がネットに参入したのは、実親の介護がきっかけでした。どうすればいい、やり場のない気持ちや、焦燥感、自分の無力さに、泣きたい夜の連続に、思わず覗いたネットの世界に、同じように苦しんでおられる方のトピを見つけ私だけではないのだ、と勇気付けられたことがきっかけでした。ネットの世界の中では、いろんな立場の方が覗いておられる、その方たちに、私の背景がすべてわかっていただけるわけでもない、また、ネットの中の先輩に、それでも好きでやってるんじゃないの?ってご指摘を受けたときに、そうだな~って、思ったりしたこともあり、出来る限りのことは、と思いながら今日まで来ています。一人で踏ん張る寂しさや、苦しさを、知ってくださる方も、知らずに生意気だと思われる方も居られることでしょうね。いろんな方がいろんな意見を持っておられるというのはこの国のとてもよいところでもあります。今月1日、舅が温泉に行きたく、姑を連れて出かけました。2日に帰宅、姑は疲れたのでしょう、3日のデイサービスの折に、熱が高いので気をつけるようにいわれていました、それなのに、舅は今日、姑をかねて予定のコンサートに連れて行きました姑は行きたくないと言っていたそうですが・・・帰り道、にわか雨にあい、姑はいま高熱で寝込んでいます。この場合、私は息子の嫁なので、知らん顔をしても良い?とは思いません。今夜は看病の夜です。これから先、少子化が心配されているこの国では、親の面倒を見るのは必ずしも、実子とは限りません。縁あって連れ添った嫁が、心を配る必要もある展開というのは珍しくないことだろうと思います。私は姑を人として好きではありません。彼女の今の状態は、彼女がこれまでの人生の中で、積極的に自分を守るために戦ってこなかったことの結果です。でもいま病んでいる人を置き去りにすることは、やはり私らしくないと、思えます、私の、弟のお嫁さんには、こういう感覚はないらしい、と、書いたことから、反論を頂いたようですが、これも事実です。少し想像力があり、少し人として感じる心があれば、自発的に動いても良いのではないかと、私は思います。自らが最高学府での学問を究めようとするだけの気力があるなら、実生活でももう少し、想像力があっても良いのではないのかと思うからです。とはいえ、その気のない人をイチから教育する時間の余裕は私にはありません。ですから私は弟のお嫁さんには、介護に関して力を貸してもらえるかもしれない、という、期待を、全く持っていません。ときおり、弟とともに、彼女の気が向けば帰省する事があるお嫁さんです、そのとき細々と指図をすれば、それにしたがって出来る人です。それで十分です。でも、私は人として、そのような人を好きではありません。今夜、姑が無事に一夜を明かしてくれることを今は祈っています。誰のためでもなく、姑のため。姑もそれなりに自分を犠牲にし、夫に仕えた人生でした。そのやり方の是非はともかく、彼女なりに誠実にすごしてきた、今までです。出来ることなら、もう一度、姑の心からの笑顔を見たく思います。今夜私が姑に付き添っていることは、私の好きでしていることです。私は、今、心のそこから、姑のことを心配できる、そんな自分のことをひそかに誇りたいと思います。弟嫁さん、と名乗られた方、もうご覧になっておられないことと思いますが、私にはこのような夜もあります。あなたはそれをざまあ見ろと思われるのでしょうか?小姑がいない気楽さ、も確かにありますが、替わってくれる人のいない辛さも、あるのです。お姑さん、あなたのしてきたことは、正しいと私は思っていません。でもあなたの歩んできた道を、すっかり否定しているわけでもありません。私は今、あなたの息子を盲目的に愛しているわけでもありませんが、彼の良いところは、あなたから受けづいたものであることも感じています。その結果として、あなたのことに無関心であるという部分も含めて、あなたのこれまでの人生の、一つの結果として、あなたの息子の存在があります。そして、私はその人を伴侶と選び、今、ともに暮らしています。その意味で私たちは家族です。あなたがこのまま虚しくなってしまわれることを、私の伴侶も私も、望んではいません。お姑さん、がんばりましょうね。命がそんなに簡単に終らないことを、どうぞあなたの息子に教えてください。
2005年06月04日
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地震、多いですね。皆様、しつこいようですが、最初の一撃で怪我をしないように、お家の中のこと見直してくださいね。私も準備を整えていたわけではなく、震災のときはたまたま、怪我をせずにすんだ、と考えています。お台所にいたら、いろんなものが落ちてきて、怪我をしたと思います。旦那が自分の部屋で仕事をしていたら、本棚のガラスが割れたときに、怪我をしたと思います。寝ている場所が数センチちがえば、二人とも怪我をしていたでしょう。食器棚や本棚のガラスの扉には、ビニールシートを貼りました。ガラスが割れても飛び散らないように補強のためです。お台所の上の棚は、勝手に開かないように、ストッパーとしてリボンを結んでいます。冷蔵庫も開かないように赤ちゃん用のロックをつけています。ちょっとしたストッパーがあれば、扉が開かずに、物が散乱するのを防げます。眠る部屋には、頭の上に物が飛んでこないような配置にしました。予知は出来たとしても、そのときを回避する方法は今はありません。体だけ避難することが出来ても、大切なものが壊れてしまっては、元に戻りません。すばやく逃げるためにも、足元に物が散乱することは出来れば避けたい。どうぞそれぞれのご家庭で工夫なさってね。全国に散らばっているネットのお友達のどなたの上にも、災難が降りかかることのないように祈っています。最初の一撃で、死なない用意を、いたしましょう。
2005年06月04日
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今日は書かずに居られない!連敗ストップだ!しかも相手はロッテ!今年のロッテは本当に強い、その強いロッテに勝ったのだ!明日はロッテのガムを買おう!ロッテを噛み砕くのだ!おー!!ナニがうれしいといって、昨日デッドボールを後頭部にまともに受けた金本が、今日は元気に出場していること、その金本が敬遠された次の打席に立った今岡が、スリーランホームランをかっ飛ばしたこと、藤川の被弾も、これで帳消しだよね。続く檜山がホームランで駄目押し!パフパフパフー!そのあと、押し出しでジェフが一点献上しちゃったけど、クボタチャンがピシッと決めて試合終了!うんうん、今日のお立ち台、今岡選手の、「うれしいです」ファンもみんなうれしいです!!ありがとう今岡!!最高だ!今年は連敗しても、例年のようななが~~~い連敗にならないみたいだな~これは良い傾向です。このまま、魔の6月も乗り切ってくれ!やはり今年は違うぞ、きっと、秋には、胴上げだ!!父、喜んでいることであろうと思う。父がまだ家にいるころ、阪神が勝つと、必ず家に電話をして、その日の勝利の喜びを、父娘で分かち合ったものであった。いまは、8時で電話の取次ぎが終ってしまうので、試合終了時に電話を掛けることが出来ない。今日は父もきっと、満足しているであろうともうと、勝利の喜びも倍である。ありがとう、阪神タイガース、明日も楽しませてくれ。今日は連敗が続いたため、精進潔斎して、アルコール抜き正座で応援。よって、おっさんにはなりきれず(笑)やや心配なのは、矢野が疲れてるんじゃないかなってことなんだけど・・・どう?それから、オキャダ!勝ったんだからもっとうれしそうな顔しなさい!(笑)ほなっ!(^_^)v
2005年06月03日
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珍しく弟から電話。今月半ばに時間が取れるので、何か連携プランがあるか?との打診である。こういう電話はうれしい。奴にもやっと、事前に連絡を取る、ということの必要性がわかったのかと、ちょっとねぇちゃんはうれしかったりする。相変わらず弟嫁イングリは、どこ吹く風で、自分の勉強に忙しいらしい。この先、何者になるのであろう?ま、がんばりたまえ。来月の初めに旦那主催の舞台を控えているため、今月後半はなるべく体を開けておきたい私。弟のせっかくの申し出、私との連携で両親の帰宅の往復のどちらかを負担してもらうことは出来ないけれど、単独で会いに行ってもらうことは、やぶさかではない。アリガト、会いに行ってくれたら、それだけで両親はうれしいのだ。次の父の入院予定は7月の終わりごろ、弟に父の退院に伴う移動を頼もうかとプランを提案。先月の父の退院時、朝母を施設に迎えに行き、母を連れて退院手続きなどをし、実家に一泊した。来月のその日、同じように母を私が迎えに行き、父は弟が迎えに行ってくれれば、助かるし、その日、泊まってくれるなら、私も安心だし助かる。母も妻として、退院してくる夫を自宅で迎えたいだろう。父の退院のあれこれを、慣れない弟に頼むことは、父、ややイライラすることと思うが、私のありがたみもわかるってモンだ(^^ゞ父はなんだかんだ言っても、自分の家が好きなのだし。そのほか母方祖母の法事の話。夏の間に大叔母のいる山口県まで父を連れて行くことを密かに考えていること。先日日帰りで大叔母をたずねたことなども話す。「ねーちゃん、日帰り?・・・」と、弟絶句。姉がタフだということを、奴は知らなかったと見える。(;一_一)そう、日帰りだ。また行こうと思っているのだ。参ったか!だ。弟は山陰の小都市で仕事をしている、研究職なので勤務時間が深夜に及ぶことも多い。嫁さんは山陽のこれまた小都市で、学業に励む毎日、何と言っても電話一本掛ける余裕もないほど、勉強に没頭しているのだ(これ、皮肉です^^)弟は平日、会社の独身寮で暮らしており、週末嫁さんの住む町へ中国山脈を越えて移動する。単身赴任、のような状態が、もう何年続いていることだろうか。別居状態が長く続いていることは、それぞれが忙しい二人には、程よいことのようだが、普通の結婚生活って、そんなに自分の都合で動ける状態ではないよね。今後、嫁さんが学業を終え、同居するようになったときに、それぞれの生活パターンによって齟齬が出るのではないかと、ねーちゃんは密かに危惧している。とはいえ、もう、大人の二人、それなりにやってくれ。あんたがたの生活に干渉するつもりはないよ。といいながら、こんなことを書いているのは、姉として心配だからです。姉がこんなことを心配している、ということは、弟にだけは折に触れて話しているけど、嫁さんに直接私は言わない。弟に、先日花水木ちゃんが、求められちゃった!話をした。話を聞いた私がうろたえてあたふたした、という件が、弟はいたく気に入ったらしく、「おねーちゃんの反応がおもろい」ふん、大きなお世話だ。ま、久しぶりの電話は、和やかな兄弟の会話に終始しました。↑あ、兄ではないよ、私は姉!(笑)そういえば、旦那に初めて弟を紹介したときに、旦那が「どんなお姉さん?」と聞いた。弟は「兄のような姉です」といってたことを、ふと思い出す。フンだ!
2005年06月03日
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ココで試合開始から見てる。井川・・どうや?・・・やっぱり・・・髪を切るべきではないのか?お下げを編みたい?のか?ナニをもくろんで居るのだ?喝!である。早速ホームランを頂いてしまった・・・じゃないのさっと、などといっていたら、アワワ・・・またホームランかと思うようなファール。ん~~~これだから目が離せない私の愛する阪神タイガースではある。(;一_一)このあと、頼むよっ!今日はテレビもリレー中継なので、アッチャコッチャうろうろしながら観戦することにする。ほなっ!(^_-)-☆
2005年06月01日
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