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実家のことにかまけて、義理家をないがしろにしている(^_^)vのでさすがにグルメな舅も、毎日の食事の支度には閉口したらしく介護サービスをお願いした最初にまず配食サービス取り入れていたんだけど、まずいとか何とか言って断ってしまったのだった。それを最近は自ら頼んでいるらしい(^_^)vほらね、結局そこに行き着くのだ。ってことに、ご自分が行き着くまでにほぼ一年が経過している。今日の夕方、同じ地域でお稽古を同時間帯に終えるトド父子と私とで三者面談。先日のセミナーの話をトドが説明する、と言う目的。私はあんまり口を挟まないつもりでいたけどなんか・・トドの説明・・違ってるかも(ーー;)って場面も多かった。まぁ、でも、舅も話の内容を把握し切れてないみたいだしともかく一度、セミナーを担当していた専門医の診察は受けたい、ってことで一致したはずだけど、その診察を受けることと今回のセミナーの第二回が来月の下旬にあり、自宅でのリハビリについてのお話であることとが、舅の中で混乱してるみたいな反応だった。「その先生(診察を受けようと言う先生)はリハビリの先生なのか?」それは別の話で、同じ病院からリハビリについては理学療法士さんが講義に見えるのです。だから・・ちがいます(-_-;)「お母さんの飲んでいる薬は・・・」と姑がいくつか飲んでいる薬を説明し始めた舅。いくつかの病院を渡り歩いて、ある種の薬は同じ目的ながら、種類が変わっていたりする。それを、説明してくれるけどその薬は、本来は姑に必要ないのではないかと思う下剤なのだ。話、わかってんのかな?ワカッテナインダロウなぁ・・・・(;_;)土台無理だよね、もともとこういった話に疎い人が、いろんな病気のことや数値のことを聞いたって、何がなんだかチンプンカンプンなんだろうな。診察日程のことなんかも、どうやら思考停止に陥ったらしく、相談にならなかった。やれやれ・・・とりあえず義理家の食事の支度からは開放されている今を、とりあえず感謝m(__)m実父入院27日目、本人はさほど弱っていないものの昨夜は病衣上着に下着を通して染み出るほどの浸出液が認められ、夜半にガーゼ交換をしていただいた由。朝食後にも交換したとのことだったが午後のリハビリの後、清拭(私がしている)の際にまたかなりの浸出液を認めたので、ナースコール。午後3時半、看護師さんがガーゼ交換をしてくださる。昨日までは一日二回、本日より一日三回か四回のガーゼ交換体制を考えるとのことよろしくお願いします。しかし・・・どんだけ出るねん(/_;)
2006年10月30日
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それでもやっぱり少しは乾いて来たらしく 昨日抜糸しました。といっても抜糸だけ(-_-) 管はまだ…ついており つまり退院はまだできないのでありました 何とか12時にはベットに入る生活にしたく あたふたしてます。 寝る時間をちゃんと確保しないとこちらの体が持たないから コメントの返信遅れます、ごめんなさい(T_T)
2006年10月27日
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パパさんの病院につくまでの間、ママさんは車の中で爆睡状態寝ぼけ状態で病院に着くと、自分が通院したことは忘れたみたい。(^^ゞ病室に入ると、パパさんも眠ってた。「パパ寝てるね」というと「いつものことよ、せっかく○子が来たのにね」という。どちらかと言うと、毎日通っているのはママさん、と言う風情のお返事。そんな会話を聞いてか、パパさんが目を覚まし「やぁ、来たね、元気やったか?」と聞く。「やぁね~久しぶりみたいに(笑)」と言うママさんだが、久しぶりなのである。(^_^;)「喫煙所経由で、コーヒー飲みに行こうや!」というパパさんを「入院中だけでも止めたらいいのに」と、たしなめるママさんママさんのほうがまっとうだったりする?(笑)お部屋から移動する間、車椅子はママさんが押す。しばらく操作してないからなぁ・・危なっかしいけど・・・私は母の視界に入らない足で、車椅子の方向を変えたりして足、つりそう・・・(;_;)「毎日どんな風に過ごしてんの?」ってパパさんは聞くけどそういうこと聞いてもなぁ・・正確な毎日の生活をママさんから知ることは無理なわけでそれはパパさんにもわかっていながら、なぜ聞く?(ーー;)とも思いつつ、まぁ、なんだかんだと世間話?みたいな感じで会話が続く。パパさんは、機嫌の良いママさんを見ていて安心、だしママさんも、やっぱり元気そうにおしゃべりしてるパパさんを見て安心みたい。喫茶室で、隣の席の女性が同じリウマチらしく、声をかけてきた。その方も交えて、病気の話になると、ついていけなくなったママさんは怪しい表情を浮かべ始めご機嫌斜めになるか?と危険な兆候・・・先にお会計を済ませておこうと、レジに向かいながら、その女性にさりげなく母がアルツハイマーであることを知らせる。なんとなく反応が怪しいことを察知されていたようで、その方も母に気を使って話をしてくれるようになって・・・ママさんのご機嫌が傾くことはなかった。見ず知らずの方なのに、申し訳ありません、ありがとうございました。m(__)mその方のリウマチはお父様からの遺伝だそうで娘に遺伝するのよ、と言われた。(@_@;)・・・・そうなのか?(/_;)帰り道、ご機嫌のママさんは「パパは若いころから比べると本当に元気になってよかった」とまた言っている。う~~~ん、確かに病気がちの人ではあったけど今より弱ってたってことはない・・んだけどねここは仕方ないので「そうね、良かったね」と答えておく。本当は心配で泣きそうなんだよ、私。私が眠気に襲われてくたびれ、ちょっとパーキングで休憩を取った。ミスタードーナツで、小さな丸いドーナツ6ッコ入りを二人でつまみむつもりだったけどコーヒーを飲んで、一息ついたらドーナツが・・・空だ?ママさんが全部さっさと食べちゃいましたとさ・・・もぉ!一個くらい残してよ!(笑)施設の隣のスーパーに買い物に立ち寄りおしゃべりをしながら店内をうろうろ、ママさんは楽しそうだった。例によって、食料品売り場では、野菜などを物色して籠に入れるママさんと、それを返しに走る私の、攻防が続き入れたはずのお野菜が無い状態でレジを済ませても、おしゃべりに夢中で気づかないママさん。夕食も一緒にとり、お部屋に戻ってテレビを見ていても、ママさんは眠いみたいで舟をこいでる。ご飯食べながらでも、寝そう・・・寝不足なのかな・・・もう倒れそうに船を漕ぎ出したので、ベッドに入れば?と促すと、起きる。けど、ほんとに眠そうだったので、私は引き上げてきた。今夜、ゆっくり眠れて居ますように・・・楽しい夢を見てくれますように・・・一緒に居ると楽しい今なので、おいて帰るのが、つらい。
2006年10月25日
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来月の予約を入れて、ひとまず診察は終わり、ママさんに「ちょっと外で待っていて」と頼んで診察室に残った私は椅子に横を向いて座ってしまったことについて、聞いてみた。実は母は時々トイレで粗相をする。便器に正しく座れていないのではないか?座るときにお尻の位置がずれるのではないか?という疑惑が以前からあり、前の主治医にはそのことについて相談をしたことがあった。先任の主治医は、それはありえることと言い、母の場合、図形認識が極端に衰えているところから、衣服の着用が難しかったり、座る位置がずれるというのは、この先も顕著になる可能性が高いことを、話してくれた。その折に、診察室の椅子を指し、「ここでもそのうち、横向きに座ったりしちゃうと思いますよ」と言っていた。・・・・その時が来たのか・・・と言う思いとやはり父の不在が母の病気をも進めているのかと言う不安が私の中で膨らんでいた。主治医は、今の母の状態を見て、いらいらすることが減って穏やかになった分だけ、病気が進んでいるのだということそして、それは、父の不在に影響されるものでもない、と言うことを話してくれた。今までは母が困惑の局地に陥る前に、父が言葉を添えて、事なきを得ていたものが一人だと、とことんまでおかしなことになってしまう、と言うことなのではないのか、と言う。つまり、父がいることで隠されていた母の症状が、一人になった今見えてきたと言うことだから、今の状態によって進んだと言うより、これが最近の母の状態なのだと捉えるべきであるらしい。出来ない作業はさりげなく周りが、出来ることだけやってもらう、と言うやり方が良いでしょう。とのお言葉もあり、いつもそばでサポートできればと・・・やっぱり私は思ってしまう。主治医と少し話し込んだので、ママさんはちゃんと待ってるかな?と不安になったけど、診察室の外の椅子にちょこんと座ってた。お会計ではママさんが肩からかけているポーチに絡まれながら中からお財布を出し、必要金額より大目のお札を渡すことは出来た。領収書とお薬引換券をママさんに受け取ってもらいおつりは私が受け取って、お財布にしまい、ママさんのポーチに入れた。お釣りが必要だということはわかるママさんは、会計で「小さいものを用意してなくてすみません、大きいお札しかないんです」といいつつ「たくさん入ってるわけじゃないんですけど」と、自分ひとりで乗り突っ込み?をして、ころころ笑う。お会計の担当の方も、なんとなく合わせて笑ってくれるので「いつもお世話になりまして・・」挨拶を始めてしまうママさんであった。(^_^;)お薬窓口では、ママさんの一つ手前の方までのお薬は出来ており、ママさんの引き換え番号の表示が出るのを待っていた。電光掲示板?に数字が出たので、ママさんの手元の引換券を示し、「ほらね、同じ番号になってるでしょ、お薬もらえるみたいよ」と促す。ママさんは「あ、ほんとだわ」と言いながら窓口へ行き「一番のり~に取りに来ちゃって・・・」となんだか又話しかけてる(笑)お会計を済ませたことが記憶に残っていないので「お支払いはいかほど?」と聞いている。そろそろ出番だなってわけで、そばに行き「お支払いは終わってるみたいよ、ほら領収書あるし」って示すと「あらら、そうでしたか、私はまだだと思ったから、お薬はサービスで下さるのかと思ったわ」・・・・んな病院はない(^_^;)この後、病棟のおトイレに誘導するも、最近改装して最新式?の便器が入ってるので、お水を流すレバーがなく、便座の後方のタッチセンサーで水が流れるようになっている。精神科の病棟のお手洗い、こんな最新式のものにして、皆さん使いこなせているんだろうか?ママさんは・・・「お水をどこで流すのが判らない」と先月も戸惑っていた(^_^;)ママさんの場合、普通の便器でも判らなかったりするんだけど、そういう人が多く通っている待合室にあるトイレだし、これで良いのか?そこんとこ、どーなんだろう・・・もちろんママさんにはどこをどーしたらどーなるのか、わかるはずもなく、そのまま出てきたならまだしも、なかなか出てこないので、「ママ~便器の前に窓のほう向いて立ってみて」と立ち位置を決め「便器のふた、閉まってる?」と聞き「いつもお世話になってます~のご挨拶くらい前に体を傾けてみて~」と示唆し「右手で握手するみたいに手を伸ばして、その手をそのまま下に下ろしたあたりに、緑色に光ってるところがあるでしょ~~~」「其処がお水の流れるスイッチだから、ちょっと触ってみて~~~」つまり、ママさんをトイレのドアの外から操るわけで、程なく水の流れる音がした。(^_-)-☆「お昼ごはんどうする?パパの病院の食堂はまずいしさぁ・・・」と持ちかける。「ここおいしいわよ、ここで食べましょう」と言うママさんのおすすめにより、展望の良い屋上レストランに向かい「グラタンセット」(ママさん選抜)を頼んだ。・・と、お待たせしました~と注文直後にカツどんが来た(@_@;)おぉ~早いヤン、っていうか「へ?これ?なに?」とママさんと二人固まっていると、どうやら伝票がややこしくなっていたらしくレストラン側のミス。店長さんがお詫びに来てくれて、なんだかママさんは話し相手を得て?(笑)挨拶合戦になった。「いえいえトンでもございません」の応酬(笑)やっと注文のランチが来て、食べ始めたのはいいけど、ママさんは添えてあるパンのマーガリンが手についちゃってベトベトだよ~~~こんどから、ランチなどのパンの場合、先にマーガリンを塗ることにするか?いやぁ・・それも・・マーガリン部分をつかんじゃうこともあるか?お食事一つにも、あれこれ、考えなくちゃいけませんな(;_;)食後、父の病院へ向かう間、ママさんは車の中で爆睡した。「後編:ママさんお見舞いに行く」へつづく・・・(ーー;)注)後編はいつになるかわかりまへん(-_-;)
2006年10月25日
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朝、迎えに行くのにいつもと違うルートを通ったらまだ7時になったばかりだというのにすでに高速道路は混雑(;_;)予定より遅くなって、朝ごはん終わってるだろうな・・と思って到着したら・・まだ食べてた・・っていうか、食べ始めたばかりだった(@_@;)ありゃりゃ・・もうママさん以外に食べてる人は・・・まばらだ(^_^;)朝ヘルパーさんの手があくまで、着替えが出来ないからなのだろうか・・もしかして毎朝、最終なのか?と思ったりして、ちょっと不憫。これからはもう一時間早く来て、着替えも手伝うようにすべきか・・と思ったり・・・。コーヒーを入れてもらって、ママさんの食卓でおしゃべりをしながら食べてもらった。ママさんはおしゃべりに夢中になると、食べるほうがお留守になるから、時間かかっちゃう(笑)意識してかどうか判らないけど、朝食の間、ママさんのほうからパパさんについての質問はなし。こちらから「今日はママの病院へ行かなくちゃ!だから出かけるけど、ついでにちょいとパパのところへも行きたいんだけど」と持ちかける。ママさん「そうね~○子が顔を出すと喜ぶわよ」つまり、ママさんがパパさんのところへ私を連れて行ってくれる?ってか~んじぃ?そう思ってるなら、ま、良いか?(笑)で、「病院行かなくちゃ行けないしさ、お胸とんとんしないけどやっぱちょっと着替えるほうが良いよね」ってことでそれでも最後は少し急がせて、ママさんの食パンを私が半分食べたり(^_^;)して、朝食を終えた。基本的に、母を急がせるというのは難しい。食事はお行儀よく、出されたものをすべて食べる母である。朝のお薬はヘルパーさんに託してあるので、今朝の分を持ってきてくださって、袋から出しママさんに手渡すと、「いつものね」といいながら「あら、今日は三つ?」(いつも三錠)と聞く。「そう、今日はスペシャル」と答える私。「何がスペシャルなのよ~」ところころ笑う母である。薬三錠がスペシャルなのかどうか、答えてる私にもわかんないけど(笑)お部屋に帰って、それなりの外出着に着替えてもらう。すでに母は、私が着替えを手伝うことを拒むことはなく、用意したストッキングをはこうとして四苦八苦。ストッキングはもう無理だってことがわかる。足の部分をあげて、お股まで引き上げたところで、ママさんは履いたことになってしまうみたいで、ウエストまで引き上げるということをしない。なので、ストッキングの着用をあきらめ、薄めの靴下を用意しようとしたら・・・無いのよねこれが(笑)探し回ってやっと見つけて履いてもらうっていうか、もう履かせた、時間ないし・・・おしゃべりに夢中のママさんの、着ている物を剥ぎ取り(笑)、おしゃべりしながら次々着せる。ほとんど着せ替え人形状態のママさん。着用後、トイレに行っとけばってことで、ママさんは素直にお手洗いに消えた。出てくると「お医者さんに行くから、着替えようかと思う」という「お母様、本日は結構おしゃれしていらっしゃいますから、そのままでよろしいんじゃございません?」と言ってみる。「あら、そうぉ?」とうれしそうなママさん。そのまま出かけた。(^_^)v出かけてすぐにトドから電話が入った。(携帯電話、運転中はイヤホン着用です)仕事のことで、業界大物から紹介をいただいたんだそうで、うれしいらしく報告をしてきたのだった。電話のやり取りを横で聞いていたママさんは、なぜか喜んで興奮し「トドさんは、やっぱり私の思ったとおりだった」だと(笑)ひとしきりママさんがトドの仕事振りをを褒めてくれる。この話は、帰ってからトドにも話した、トドは喜びつつちょっと神妙な顔をしてた。トドよ、あなたはこんなママさんを「どっかへやってしまえ!」と私に言ったことを、覚えてますか?あなたの仕事の順調さを、こんなに喜んでくれるママさんなんだよ。あのときの暴言を覚えていて神妙な顔をしてるの?(でもなさそうだ・・・)おしゃべりしてるかと思うと、な~んか・・静か?・・と、ママさん寝てるし(笑)ETCの案内の声に時折驚いて目を覚まし、「○子が何か言ったのかと思ったら、車がおしゃべりしてる」と喜ぶ(*^_^*)「そうやねん、この車、いちいちあっち行けこっち行けってうるさいねん」と言っとく。目が覚めている間は、しゃべっており、しゃっくりもやっぱりする。しばらくするとおさまってるけど、しゃっくり多いなぁ・・ってなこともありながら、どうも渋滞に巻き込まれる日らしく、予約時間に間に合わない!予約時間が迫ってきたので病院に遅れる連絡を入れた。病院に着くと駐車場はまたもやスルスル。やっぱり水曜日は空いてるのか?先月は一階部分、今月は二階部分に駐車できた。・・・来月は三階?(^_^;)先月から、ママさんを一人で受付に向かわせることをやめており、駐車場まで伴っているので、時間が押している日に駐車場が空いているのはありがたい。受付へ行き、いつもの通りママさんに「はい、診察券」と渡し「診察券はここに出すみたいだよ」と指をさすと、ママさんが所定の位置に診察券を入れる。同じようにして保険証も診察予約券も、ママさんが入れる。受付の事務の方がそれを見守って受け取ってくださる。ママさん「いつもすみません」などと、得意の挨拶を長々とする。(笑)待合室で待つことしばし、診察の順番も程なく回ってきた。やっぱり水曜日は空いているんだ。曜日を変えてよかったかも・・・(以前は木曜日で、とても混んでた)お医者様ににこやかに丁寧意ご挨拶をして椅子に座るママさん。と思いきや、ありゃりゃ・・・背もたれのある椅子(肘掛はない)にママさんは横むいて座っちゃった。(@_@;)判ってもらえるかしら・・・お医者様には正面を向いて「こんにちは」を言ったのに座ったらママさんは壁のほうを向いている?という具合。座りなおさせようかな、と思ったけど、お医者様が目で「そのままで」と信号を送ってきたので、そのままのスタイルで診察を受けた。お医者様からの問いかけには、顔だけをそちらに向けて答えてるママさん。お膝は壁のほうを向いている・・・まぁ・・良いか?(^m^)主治医に父が今月はじめから不在であることを伝える。「お一人で寂しくないですか?」と聞いてくださる。「いつものことですから」とママさん。居ないほうがのんびり出来て良い、部屋も片付くし、食事も一人分なら簡単だしってなことを言っている。もちろん私は母の後ろで、×踊り(笑)「よく眠れていますか」との質問にも、「はい」って感じだけど実はあまり眠れていないのではないだろうか・・・車の中でもしばし、うとうとしていた。しゃっくりの件は、アルツハイマーの顕著な症状とは言いがたいけど、極論を言えば呼吸も忘れる?可能性はあるからもし、しゃっくりが止まらなくなるようなら、それなりのお薬があるにはあるけどなるべく自然にね、お水とか飲んで紛らわせるほうが良いですね。ってことで、今のところしばらくすれば自然にとまるので、あまり心配しないことにしようと思う。闇雲にお薬を進めない方針のこの病院のやり方を私は良いなと思っています。ただ・・・それは周囲の人がそれなりに工夫をして対応しなくちゃいけないことになるわけで、毎日一緒に暮らしていない私には、対応にも限度があったりする。そこが・・つらいところ。先生は先月の診察後、病院内のソーシャルワーカーに施設移転の相談に行けるようにセットしてくださっていたので、「どうでした?」とのお尋ね、「こちらでまず、心当たりを当たってから、資料をそろえて決定する前に相談に乗っていただくことにしました。手ぶらでお聞きしても、お困りのようでしたし・・」とお伝えしておいた。いずれにしても、動けるのが私ひとり、という状況なので、父の退院後、ってことになることも重ねてお話しする。いつものことだけど「いやな話してごめんね」とママさんに笑顔を向けてくださる先生。ありがとうございます。m(__)m
2006年10月25日
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先週の火曜日に、右腋の下のリンパ節を一部切除して、検査をしてるんだけど検査にも時間がかかるとは言うものの、術後の状態がよくありましぇ~~~ん(;_;)三センチくらいの切開場所を縫っているんだけど、リンパ節からの汚血とか体液とかを、出すためだってことでドレーンを入れてるのが乾いてこないの~~~乾かないと管を抜けないし、抜糸出来ない。退院しても患部を清潔に保てる保証はないし施設の内科医者はヤブだし、医者も看護婦も常駐してないし・・(;_;)だから、帰れません。とりあえず今週いっぱいはね~って言われちゃったよ~~~明日はママさんの通院なので、帰りにパパさんの病院に立ち寄ってご対面の予定です。ママさんには時間の経過が、感覚として捕らえられないとはいえこう長い不在は・・・・やっぱりよくない傾向に向かってます。やだなぁ~~~三年前のアキレス腱の切断のときの、術後を思い出すよ(;_;)入院生活はやっぱり単調だし、ただただ患部が乾くのを待ってるだけっていうのも、退屈だよね。整形外科の先生にお願いをして、リハビリを受けることにしたけど積極的に筋トレってわけにも行かないから、父はなんだかマッサージを受けてるらしい。碁の先生は今日で退院しちゃったし、パパさんは暇だから私に碁を教えてくれるって碁の入門本を買って読めって言うけどそんな余裕はねぇよ(ーー;)あたしゃ、遊んでないんだからねっ!親父!わかってんのかー!・・・・わかって言ってんのよね(;_;)そこがまた、きつい・・・(T_T)この生活で、碁の勉強までしたんじゃ、頭腫れるかもしんない(ーー;)あ~~~もう、寝ないと、明日の朝が早い~~~~うんぎゃ~~~~頼む~~~ママさん、明日ごねないでね(T_T)
2006年10月24日
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父と同じ病棟に入院している患者さんで、碁の上手な方がいて、父も相手をしていただく時間が増えた。その方は後数日で退院なのだけど、好きな読書もできない父には、うれしいお仲間とも言える。病院には喫煙コーナーがあるんだけど、そこに集まる人たちも、顔なじみの方が多い。長期で入院している方もあれば、退院して通院している方もいて父も入院時や通院時に喫煙コーナーに立ち寄る常連さんの一人になっていて皆さん声をかけてくださるし、ちょっとした世間話なんかもする。だから、病院にいるからといって、孤独ってことはないんだけど・・・金曜日はセミナーに参加するために短い時間だけだったし土曜日はトドが休みで大掃除をしちゃったことと、実は私もくたびれ果てちゃって・・結局病院はパスさせてもらった。入院生活がこうやって長期にわたると、そう毎日貼りついてもいられない・・ごめんなさい。というわけで、今日はまた、お昼から消灯まで付き合ってきた。父は木曜日の夜から金曜日にかけて、おしっことウンチが同時に出ちゃう(@_@;)状態があって、しばしの間オムツ生活になってたんだけど行きたい感覚はあるので、オムツの中にしちゃうって事は抵抗があるんだよね。普段はウエストの大き目のトランクスを着用しているので、不自由な手でもなんとかトイレで上げたりおろしたり、辛うじて出来たんだけどオムツは結構しっかりフィットなので、自分で何とかしようと思って、手を傷めたらしい・・(/_;)看護婦さんに頼めばいいのに・・・(/_;)・・と思うけどなんだかね、「○子でいいから」ときたもんだ。普段施設では、おぼつかないながらも、ママさんが手伝っている作業。入院中は、私のいるときにトイレに行こうと、がんばるってるけどトイレタイムにあわせて行けないことも多いからなぁ・・・ごめんなさい。オシモの具合は快調に戻ったみたいで一安心です。病院食が合わないというので、私が作っていることが多くって、おなか壊した?ちょっとびびったけど、そういうことでもないみたい。ほっ・・・手術の後の、体液?を出すための管、金曜日に抜いてもらうはずだったけど、まだじくじくしてるらしく火曜日になりそうだって・・・水曜に退院できたらよいな~って思ってるんだけど・・・どうなるんでしょ(;_;)昨日から日本シリーズも始まって、新庄の活躍を楽しみにテレビ観戦してる父。一勝づつで、北海道に移動だな!見ごたえのある試合を、ひとつお願いいたしますです。m(__)mなぁ・・んか、力はいらない日記になりました。(笑)だらだら書いてるだけだな(^_^;)
2006年10月22日
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時間の無い生活ながら、やっぱりこういう機会は逃しがたく、午前中父の病院に行き、お昼ご飯を済ませるのを見届けて、一服もしてもらい、ぎりぎりの時間で、旦那を途中で拾い、セミナー会場へ滑り込んだ。こういう時間配分で動いているときに、ちゃんと間に合うように到着できると神の存在を感じたりする(^_^;)神様、ありがとねm(__)mあまり詳しく書く時間が無いんだけど結論から言えば、義母の病気は間違いなく、脊髄小脳変性症。セミナーの中で、この病気の細かい症状のことなどを話されたのだが、義母がこの数年抱えてきたいろんな症状は、確かに合致するものばかりだった。たとえば、今も義母は度々トイレに立っているのだが、これもこの病気の症状の一つなのだそうだ。頻尿、もしくは残尿感があり、度々トイレに立つ、ということも、この病気ゆえなのか・・かつて義母が見ていただいた大学病院で、この病気の診断を受けた方もいて、今回のセミナーに来ておられた。義母は同じ病院で、筋力はあるのに歩けないという状態を高齢ゆえのことと診察されていた。そう診察されることが多い、とこのセミナーでも専門医は話してくれた。そう、義母は高齢ゆえの症状と最初の大学病院で診察され、かといって症状は重くなり、私は欝状態から来るものではないかと疑い、しばらく心療内科に通いその薬を義母は飲んでいた。それでも悪くなるばかりで・・・今通っている脳クリニックでやっと、この病気の診断を受けたものの今の主治医は、リハビリは意味無く、投薬治療で進行を遅らせるのみと言い確かに治る病気ではないものの、かなりリハビリで進行を遅らせることが出来るという話を、今日の専門医は力説した。近くではないけど、通えない距離の病院にいる医師ではない今回のセミナーの先生。旦那と、今の主治医を代わらないにしても、この先生に折に触れて診察を受けることを、考えてしまった。姑の病気は、難病指定されている病気なので、専門医の数も確かに少ない。高齢になって発病する人は少ないと、今の主治医からは聞かされていたが、実は高齢ゆえの症状だと診断されている方の中に、この病気である方も多くあるのだという話も聞いた。鬱病と思い、心療内科に通う方も多いのだそうだ。その経路をまさしくたどってきた義母。今の主治医が良くこの病気を見つけてくださったものだと、感謝しているがこの主治医も、この病気の専門医ではない。実母のアルツハイマーについても、父の病気についても、その病気を研究している専門医に見てもらっている。でも、義母には、町医者だった。少し・・少しだけ、お姑さんごめんなさい、と思う。好きな人ではないけど、義母のことを細かく考えてくれる人の居ない家庭の中で、やっぱり事細かに考えることが出来るのは、私なのかなと、思ったり・・・少しだけ・・ですが・・。こんなに複雑にいろんな病気があり、いろんなお薬があり、それぞれに専門家がいる。その専門家と医学界の学閥などの枠を超えて、町医者との連携を頼みたいなぁ・・・私たちが身近に通う病院のお医者さんに、こういう情報がいきわたるというのは、無理な話なのかなぁ・・・せめて、私たち患者家族が仕入れてきた情報を、気持ちよく受け入れてくれる医療体制でいて欲しいけど・・・と思わずにいられない。ね!ノクちゃん(わかる人にはわかる^^;)連携は大切だよ!ね!!
2006年10月20日
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ママさんに会いに出かけた。施設について、建物に入ろうとしたら、ガラスの扉の向こうに、ママさん登場。・・・・相変わらずウロウロして・・パパさんを探してたりするのかなぁ・・(/_;)扉の向こうに、手を上げて、「ママー!」というと「あら、そこにいたのぉ」と違和感無く受け入れてくださるのは嬉しいけど久しぶりって感じでもなく、なんかずっとそこにいたって感じの受け入れ方。お昼ごはんに間に合うように、と思って出かけたけど、お昼ご飯は12時からのはずなんだけど・・まだ時間があるのに、食堂の用意は整いつつあり、食堂に来ている人もかなり・・多い。ママさんも、お昼ご飯だと思って降りてきたんだろうか?ともかくそのまま食堂に入り、ママさんとテーブルに着く。ママさんは決まったお食事、「ココは頼めば軽い食事が出来るから、何か頼みなさい」私は軽食メニューの中から、カレーを頼んだ。ママさんはヘルパーさんに「私のお部屋につけておいてね」と食事の費用のことを言っているらしい。こういうことには気が回る人なんだけど・・・・・・・・今日はちゃんとパンツ履いてるんやろか?心配(-_-)お昼を食べながら、エンジン全開で夢中で喋るママさん、あとで疲れてなきゃ良いけど(^_^;)数名のママさんが確かに普段比較的仲良くしていただいている方に、紹介される。「あの方に一番仲良くしていただいているのよ、○子もちょっと挨拶しておいて~」はいはい・・「娘が来ましたの」とママさんが紹介してくれるけど、入居して二年が過ぎてるから初対面じゃないんけどなぁ・・・・と心配する必要はあまり無かった。先方も「あらいらっしゃい、始めまして、大きなお嬢さんがいるのね~」大きいのは横にか?(-_-)と、喧嘩売ってどうする(^_^;)ってことで、一番中の良い人が何人いるんや!ってかんじで、数名の方にご挨拶をした。(ーー;)みんな似たり寄ったりだもんなぁ~~~だからいいのかなぁ~~~~(/_;)時々思い出して「そうそう、忘れるところだったけど、パパはどうなの?」って言う。覚えてないらしいことはわかっているけど、「パパね、ほら、ヘルペスが出てたでしょ、だからお熱があったんだけど、今は下がっているからね、もうヘルペスも治ったし、心配ないと思うよ。」と答える。さらに入院期間についてはあいまいな言い方だけど「お熱があると、先生が心配して、悪い病気が無いか検査したくなるらしいね、だから、毎日検査検査で、ご機嫌悪いよ」と言っとく。この辺で「私も交代で行くからね、○子忙しいのをパパはわかってないからねぇ、悪いわねぇ」と言ってくれるママさん。ママさんにねぎらわれるのは、嬉しい。(/_;)と、ココまでは良いのだけど・・「病院まで歩いていける距離だし」というママさん。・・・・「そうね、近いもんね」としばし間をおいて迎合する私。高速かっ飛ばして(最近はかっ飛ばさないけど・・・)空いてても45分の距離だけど、歩いて歩けないかと言うと、まぁ、橋もあるし・・一日では着かないかもしれない?けどなぁ・・と、なんだか頭の中で言い訳している私。(-_-)クチは達者、話の内容だけを捉えると、それなりのつじつまは合っている。食堂に、最近入所されたご夫婦がいらしたのだけど、その後主人が、母の母方の祖父に似ていると言う。私はあったことの無い曽祖父だけど、確かに、曽祖父の写真に似ている方だ。その話から祖父母の話になる。私は父方祖母に似ていると言われ続けて大きくなった。幼稚園時代、私より五歳年上の従姉も同じ幼稚園でお世話になり、当時従姉の母親が仕事をしていたために、幼稚園では祖母が従姉の母親代わりをしていた。母親がかかわる必要の多い幼稚園の中で、祖母はボス的存在だったので、その印象はつよく、幼稚園の母体の母親組織?見たいな活動を、祖母はずっと続けてたので私が幼稚園に入ったときに、祖母を知る人が周りには沢山いたのだった。その関係からだろうけど、「おばあちゃんにそっくりね~」と言われたのだった。でも、私は当時幼稚園児で、おばあちゃんは大好きだったけど、似てるっって言われても・・なんだか、納得できねぇよ・・って感じだった。(笑)と言う話をしているとママさんが「で、おばあちゃんはお元気?」と聞いてきた。およよ・・・これは・・・同意したもんだかどうだか・・(^_^;)「やだな~おばあちゃんは花水木ちゃんが無事に生まれたのを見届けて、亡くなられたじゃあ~りませんかぁ」とおどけて話すと「あ!そうだったね!!ここにいると、みんな生きておられるかと思うのよ」と言うママさん。ママさんが自分たち夫婦のそれぞれの両親4人を看取ったのだけど、その最後の一人だった、私の父方祖父は、結構手を焼く爺さんだった。ママさんの、「みんな生きておられるかと」と言う言葉を受けて「○○○(祖父の名前)もか?(ーー;)」と言って見たら。ママさん、「思い出したわ(笑)」と爆笑。やはり、手を焼いた相手は、覚えているのか?(^_^;)ってことは、私は誰を覚えることになるのだろう・・・?・・(@_@;)クワバラクワバラ・・・そんなこんなで、やっとこさ「喋ってないで食べなよ~~~、早く食べてお部屋へ行こうよ~~」とやや急かせて、お昼ごはん終了。隣のテーブルでは、いつもおすまししているお婆さんが、きゅうりとわかめの酢の物を、丁寧な手つきで味噌汁に入れて、食べていた。手さばきは美しいけど、味は?!と心配していたけどおすましして食べてた。この方は、一番仲良しの方ではないので、挨拶はしなかったけど(笑)私たちはひそかに「おしゃまさん」とお呼びしている。で、部屋に帰ると、比較的整然としてるか?と思えたんだけど・・実は棚にも、引き出しにも本が入ってた。(@_@;)かなりの数だけど・・・ママさんは本が好きなので、本に囲まれていると安心するのかもしれないな・・と思ったのでそのままにしてきた。こりゃぁ・・退院したときに片付けるのが大変だ(@_@;)この後、ママさんが楽しそうにしてくれるので帰りそびれた私は、結局夕食も付き合って、また部屋に戻り、テレビなどを見ながら、おしゃべりを続けた。7時になって、「五つ子ちゃん」の番組が始まったのをきっかけにして、ママさんのところから帰り、パパさんの病院に立ち寄って、おタバコに連れて行ったり、お薬を入れ替えたり、ママさんの様子を報告したりして、パパさんの消灯まで一時間半ほど付き合った。と言う一日でしたのです。
2006年10月18日
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栄養学的にどうなんだって言う話じゃなく、この時期秋刀魚に助けられることが多い 我が家の夕食。 というのも旦那は秋刀魚が大好き、それも手の込んだ調理方法は必要なく、内臓もそ のままのまるっぽ塩焼きがお好みである。 ので、下処理もほとんど必要のない秋刀魚の塩焼きが我が家の食卓に上る率はきわめ て高い。 夕べも秋刀魚、金・土・日・月と夕食不要だったため、先週の木曜日も秋刀魚だったわ けで・・日にちが開いているけど、家で食べる晩御飯としては続いてるんだった。 まぁご不満ではないようなので、いっか?(笑) 秋刀魚を焼く前の一工夫(ともいえないけど)として、私は重曹を使います。 重曹の粉で秋刀魚を擦る?と、ぬめりも取れるし余分なうろこみたいなものも取れ ちゃう。 それを水洗いして水をペーパータオルなどで拭き取って、塩をして焼くだけ 簡単だよなぁ~~ これで機嫌が直るんだから、旦那の頭の中も簡単だよな~ 頭の中?に胃袋が入ってるのかもしれないな~・・・(-_-)
2006年10月18日
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自分の予定は何がなんでも最優先、私の予定なんか覚えちゃいないんだ。今日は簡単とはいえ手術だって伝えてあるのに、朝の不機嫌なこと別に寝坊したわけでもないし、いつもぎりぎりになるのは寝室で延々とテレビを見ている自分のせいでしょ?あ~~やだやだ、こういう朝に、こういう態度。最初っからそうだよね、朝の挨拶なんかしやしない。普通朝起きたら家族でおはようって、言い合うんじゃないの?私の家ではそうだったな・・・赤ちゃんの時、しゃべり始めた私が、毎朝「おはよう、いいおてんき♪」といってニコニコ、寝起きの良い子だったと、今でも両親は嬉しそうにそんな話をしてくれる。雨の日でも「いいおてんき♪」だったらしいので、能天気なのはその頃からか(ーー;)一日の始まりは気持ちよくはじめたい。不機嫌に出かけられると、やっぱり私は一日そのことを引きずる。何か私が不始末をしたか?と省みて思ったこともあったけどどうもそういうことではないらしい、単に朝は不機嫌。昨日は1時に帰ってきて、帰ってきた瞬間は何が気に入らないのかやっぱり不機嫌それから晩酌で、重い口がようやく開くこんな時間でもそれなりに晩酌用におつまみを出したら、やっとこさ上機嫌であれこれ話をし始めた。話の大半は自分が今それなりに成功といえる仕事をこなしていること、ちょっとよいしょすると、さらに上機嫌になって喋り捲り寝たのは3時半。出しているおつまみは、スティックきゅうりにいりこ味噌を塗ったもの、友人からいただいたささげを胡麻和えにし、サツマイモは甘煮にした。お野菜ばかりだけど、お腹が膨れて寝るのは寝つきが悪い、寝不足だから朝は不機嫌。私も遊んでるわけじゃないから、寝不足はこたえる。でも、そういう時間を持たないと、不機嫌が続くのは、この時期の私にも辛い彼なりにストレスが溜まるのかもしれないけど、こういう不機嫌が続いた後で、それなりに爆発して暴言を吐かれるという構図が、今まで良くあった。あの大きな声や荒い言葉を聴きたくない。今の状態の父を母を案じているこの時に、彼の不機嫌な顔を見ていると「そんなに親が大事やったら、親と心中したらエエやろ!」あの怒声が空耳みたいによみがえって、とっても怖い。だから、朝も私は機嫌よくしてるじゃないの!それでも一応ね、出かける後ろ姿に、「なんなのよ!」と捨て台詞は吐いておいたけどフツー言わないか?「手術大丈夫だといいね」とか「お父さんによろしく」みたいなこと・・・ほんとに喧嘩してるほど仲が悪いなら、一言のねぎらいもなく出かけていってもいいよ喧嘩してるわけだから、喧嘩もしてない、父の入院中でも、彼のことは優先してる今なのに、何で不機嫌なのよ!19日は木曜日なので、そろそろ姑に付き合う時間を作ったほうが良いか?と思っていた。20日は姑の病気のセミナーに、保健所からのお薦めで出かける予定になっていた。これは、少し遅れるけど旦那も参加できるので、二人で出かけることになってた。でも、まだ父は多分入院してるし、今日みたいなことが続くと、行きたくなくなる。行かんといたろか?(-_-)今晩も不機嫌で、父のことに言及しなかったら、行かんとこっと♪嫌なことたらたら書いたら、すっきりした(^_^)vさぁさっ忘れて、病院行こうっと♪♪
2006年10月17日
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昨日は夜のお仕事?にお出かけだった旦那。 駅まで車で迎えにいったら、舞台前に夕食をとったのでお腹がすいている、お蕎麦を食べたい、との事で 結構遅くまで開いている蕎麦屋へ立ち寄った。 食べ終わって、さぁ帰ろう、ってことでお会計を済ませている間にそそくさと先に旦那が出て行った。 と思ったので、私もするするお店の外へ・・ と・・駐車場に人影なし・・あれ?旦那どこ行った? ん?トイレに行ったんだったのかな? と思ってお店の前から中の様子を伺うと・・・ 旦那がお店の中を結構勢いある歩き方で、うろうろしてる、檻の中の熊みたい。 「何してんの?」入り口から顔だけ覗いて声をかけると「出口がどこかわからへん!」 って、どこから入ったんだよ!横から店員さんが「いらっしゃいませ~」ってだから、帰る客だってば!はぁ・・・・こんなん連れてやってまんねん(ーー;)
2006年10月15日
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父の右肺に溜まっていた水は、無くなって来ているらしい。その水を採取して、検査をしたのだけれど、怖いものではないらしい。夕方になると熱が上がっていたのも、治まっている。右肺の腫瘍も、大きさを変えず、安定している状態。でも、体内で炎症が起きている数値が、血液検査ではまだ見られるままだ。首とワキの下あたりのリンパ節は、相変わらず腫れている。リンパ節を一部採取して、検査をしたほうが良いと、主治医は思っている様子。簡易手術、ということになりそうなリンパ節採取。手術ということなので、パパさんは、ややビビッテる。とりあえず今週末に帰れるかと思っていたけど、来週まで居そう・・・入院中の父は、病気に関することは看護婦さんが手厚くしてくださるしそれ以外の生活面はほぼ毎日、私が居るわけだからむしろ施設より、安定した生活といえるかもしれない。ママさんには・・・パパさんの入院があまり長くなると、良くないけど・・私が顔を見せることも、良いんだか悪いんだか・・・週末に行くかどうか、考え中。今度は河童ちゃんには頼めないし、掛け持ち・・するかなぁ・・・(>_
2006年10月12日
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今日は甲子園で今年最後の試合、中日との最終戦。先夜の久保田の炎上がなければ・・ラストスパートがあと一週間早ければ、今日は決戦の日になっていたかもしれなかった。まぁ、でも、長い間、梅雨明けと同時に次年度の活躍に期待するといった暗黒時代を送っていたことを思えば秋のこの時期まで、優勝を争うチームを応援していられることは、なんと幸せなことかありがとう、今シーズンも、楽しませてもらいました。甲子園での試合は今日で最後だけど、まだ試合は残ってるよね。この後も、もちろん勝利で締めくくってください。Do The best! For The Fans!来年もよろしくだ!そして、来年はまた!優勝だ今日の甲子園では、今年で引退する片岡を送るセレモニーも行われた。日ハムから星野さんに招聘されて阪神に移ってきた片岡。残念ながら華々しく活躍したとは・・・言いがたいけど(^^ゞ今日の試合を通じて、彼の人柄と、チームメイトに慕われている存在であることを改めて知る思いがした。子供の頃から野球をしている人たちが愛してやまない甲子園で最後の舞台にふさわしい、満員の球場で、片岡は久しぶりのスタメン、対戦相手だった中日には、彼とPLでともに戦った立浪が居る。立浪も、今日は久しぶりのスタメン。代打に今岡が矢野が檜山が次々と登場して、今日は片岡の引退試合だ。落合も岡田も、エエとこある。男やね~(^_^)v今日で現役を終える片岡を見送る立浪の頬に、涙が伝い。中日の選手も飛び出してきてくれての胴上げで、片岡は宙を舞った。中日の皆さん、リーグ優勝おめでとうございます。来年は、負けへんで(^_^)/片岡が宙を舞っているころ、片岡が元居た日ハムがリーグ優勝を決めた。秋の夜に野球はまだまだ熱いね(^_^)v日ハム、おめでとう♪新庄が最後にもう一度楽しませてくれる♪いやぁ~野球ってほんとにいいですね~~(^_^)v
2006年10月12日
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阪神ファンとして名高いダンカンが書いてるコラムにこんな下りがありました。 いよいよ第2ステージ。どちらがパ・リーグの代表の座に輝くのだろうか!? “心情”的には、2年連続無念の涙をのんでいる福岡ソフトバンクを応援したい気がしないでもないが、 その一方で“新庄”的には、彼の最後のパフォーマンスを日本シリーズでもう一度だけ見たい気もするし… うーーむ……いずれにしても『シンジョウ的』と…。 わが阪神は巨人によもやの延長負け……。 もう体中の力がドーッと抜けて、オレは今、クラゲ状態なのだ。 あたしもクラゲ状態だよ(-_-;) とりあえず優勝するなら今日決めてくれ 巨人相手にてこずるんじゃないよ! 明日にしないでね!
2006年10月10日
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風もあまり無い晴天の今日は、魚釣りにはもってこいの秋晴れ。今日は、日本海に魚釣りに行く予定になってた。昨日の深夜まで、その予定のために準備もしてた。夕べ、それでもいつもなら一時ごろにならないと帰ってこない旦那が、11時過ぎに帰宅。そして、「疲れてるから魚釣り止めようかと思う」という。それはいい、私も疲労困憊の今なので、行かなくて済むなら日本海までの片道150キロを越えるドライブはご遠慮したいことだった。結局その時間からご一緒するはずだった旦那の仕事仲間の先輩に連絡を取り、本日の釣りの予定は無くなった。行くはずだった魚釣りは、イカも目当てだったので、釣りたてのイカを沖漬けにすべく、その準備をしたり、釣り道具を整えたり、衣類の用意をしたり昨日はその準備をして、父の病院にも普段より短い時間でごめんしてもらってた。今日は、病院には顔を出せないから・・・ごめんね、ってことで、翌日ブンのお薬の用意もしたり、あれこれ・・・長い入院期間の一日くらい、一人っていうのも、ごめんしてもらわなくちゃならないかと思いつつ、悪いな・・と・・父の入院が延期になったときに、魚釣り断りたいなと思ったけど、私の事情で断ると、トドが不機嫌になるもんね、だから、強行でも何でも、行くしかないかと思ってた。そのあとで車をぶつけられたけど、体もどうもなさそうだし、事故のことがあるからその後の体の様子を見るということにはならず、魚釣りは予定のとおり行くんだな、って思ってた。だから準備もして、行くなら楽しまなくちゃ行けないと思って、それなりにメンタルトレーニングもして・・・要するに気分を盛り上げて、居たのになんだかな・・です。そして、昼ごはんを食べた後でトドは寝てる。どっちみち、トドが休みで家に居るときは病院にはいけない。だからどっちみち、父の病院にはいけない。なんだかなぁ・・私は小物なので、こういうことがあると限りなくむかつく、普段、あんたの親のために私がどれだけ心身を使っているか、わかってんの?って言いたくなる。でも、どーせ逆切れされるだけだから、言わない。言って、へんに言い返されたら、彼は多分多少は後ろめたいだろうから、逆切れして言わなくていいことも言うだろう。舅からも父の死期をたずねられたばかりだし、重ねて旦那にそれに近いことを言われるのは、こたえる。なんだかなぁ・・だ。こういう生活、やっぱり変だよね?私、こんなところでいったい何やってるんだろう・・・ってこういう日は思う。なんか、くたびれちゃって、あんまり怒りも涌かない感じ・・・。
2006年10月10日
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この時期義理家の盲動は最小限に願いたいものと、関係各所も呪ってくださっているおかげでこの程度で済んでいる?と思えば思えなくもない点がいくつか・・勃発。その1、姑のデイサービスはおおむね朝の9時半までには迎えに来る。舅は大体10時ごろ出かけるのだけど、時々自分の内科医や歯医者に出かけるために、姑のデイサービスのお迎え前に出かけたくなる日があるらしい。そういう通院は、仕事に行かない日に予定すればいいのに・・と私は思うけれど舅はそうは思わないんだろう。義両親の住んでいるマンションは住んでいる方も多いタイプなので、一回のエントランス部分に、ちょっとした応接スペースがある。舅は自分が先に出かけるとき、姑にも出かける用意をさせて、一緒に家を出て、その応接スペースに姑を置いて、出かけるらしいことが、先週管理人さんからの通報で、わかった。姑は脊髄小脳変性症、という病気で、歩行困難な状態が深くなりつつある。しかも認知症も併発しているので、現状把握がしにくいという一面も持っている。姑には、自分がふらふらしているから、一人で歩くのは危険だという意識はあるようだが屋内とはいえ、自宅ではない公共スペースに一人置き去りにされて、その状況を姑がどう捉えているのかは、よくわからない。ふらふらするから一人ではどこへも移動しないと舅は言うけれどわずかな時間でも自宅へ一人置いておくことが心配で仕方がないという舅が、そういう場所に姑を一時間近く置き去りにするらしいことが、私にはどうもね・・・理解の枠を超えていると思える。舅に注意をしたけど、聞く耳を持たないのでデイサービスに相談をしたら、義理家のご近所にスタッフの方がお住まいだということがわかった。姑のデイサービスは大変家庭的なところなので、ご近所のスタッフの方が出勤するときに、連絡を取り、舅が早くに出かけるときにはその方の出勤に合わせて、連れて行ってもらうということになった。もちろん時間外手当つきだけど、それしか方法はないみたい・・・。私や場合によってはトドが、その時間を埋めることは難しいし、第一姑を連れて出かける必要は舅には本来ないわけだから、まいる。(ーー;)まぁ送迎はそんな形で落ち着きそうな今日この頃その2ようやくというか当たり前というか、やはり10月に入ってから、明らかに空気の温度が違っている。さすがに夏服ではどうなんだと言う、秋らしい気温の日も増えてきたというこのごろになっても、衣替えのために整えているこの時期に着用すべき衣服を、姑が自分で選んで着ることはなく舅もその配慮をしないため、姑はどうかするとやっぱりずっと、同じものを着ている。デイサービスから、「夏の薄い洋服だけど・・」という話がたびたびあって、その都度、数日ブンの衣類をセットして帰ったりしていたけど結局舅がそれを姑に着用するように促すということは出来ないまま、今に至る。先日はトドが姑の着替えを届けてくれたけど、そのあとで実父の入院が延期になった。金曜日のデイサービスの日、姑がどんな格好で出かけているかを、デイサービスに聞いた。場合によっては衣類を届けなくちゃいけないかと、思って・・・父の入院が延期されたことを伝えたら、デイの所長さんが、お洗濯もしてくださるという。お言葉に甘えて、しばらくお洗濯もお願いすることにした。実父が退院したら、ちょっと考えます、それまでよろしくお願いします。だ。その3「○子さんのお父さんはそろそろ亡くなりはるんかな?何時になる?」と舅に聞かれた。(苦笑)これねぇ・・・舅には悪気はなく、というか、悪気がないのにこういうせりふが出るところが、理解しにくいところなんやけど・・・我が家の今年の主催行事は、先日の秋の社中発表会で一段落してる。次は新年会まで、舅は時間に余裕がある。入院が伸びたことを伝えたら、この時期ならお葬式に付き合える、というご好意あふれる配慮から、こういう言葉が返ってきた。と理解しにくいと思うけど(笑)もう、こういうことに離れてるから、いちいち目くじらを立てていると、私が疲れる。だから、「あーそーですか・・」って感じで、やり過ごさないとね。この人は病気じゃない、性格なんだけど・・病気じゃないからといってまともでもない。年齢的なものかというと、そうでもなく、若い頃からこうやって周囲の人に顰蹙を買うことは多いのだ。内容が内容だし時期も時期だし、語彙を選んでもらいたいもんだ。舅には夢?があるのを私は知っている。それは、嫁に慕われる父親としての自分。だから以前にも「○子さんのお父さんが亡くなったら、僕だけがお父さんやナ」と言ってた。一応、役に立つ嫁として可愛がっていただいているわけ?なのか?・・・イランお世話や!っていうか、お世話してもらってないし、お世話したくもないし(ーー;)私たちの結婚式のスナップ写真にある、両親への花束贈呈の一枚。父の胸元に、コサージュのようなものをつけようとしている私と父が、視線を合わせている。舅はその写真が気になっていて、写真が出来上がった当初、よく眺めてはうらやましがってた。(笑)お舅さまとそんな風情の写真に納まることは、考えられませんわ お気の毒様♪♪まともに受け止めて凹むのもバカらしく、ただただ脱力する。
2006年10月09日
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お誕生日にメールを送って以来、音沙汰なしの河童(弟)に、 やっぱり父の入院の延長は知らせなくちゃいけないか? っていうか、 以前に10月になったらこっちへ来る時間を作ろうと思う、なんて以前に言っていたので もし、この週末に両親の施設を訪ねてくれるつもりなら、 行ってみてママさんひとりだと驚くだろうし・・と思って 連絡を入れたら、 生きてた。(ーー;) 生きてるなら返事してこんかいっ!(▽▽)! それはともかく、 三日間の入院予定で出かけてきたから、ママさんの長期単独生活の準備が出来てないまま・・だったので 私は今日はママさんのところへ出向くつもりだった。 だから、パパさんは今日は病院で一人・・の予定・・ 河童が来てくれるなら、パパさんの相手をして欲しいなと思っていたら 来てくれるって事になった。 ちょっと肌寒くなっているので、ママさんのところへ向かう前にパパさんの病院に立ち寄って、羽織るものを届けたら 河童はもう来てた。 アリガトさん♪ ママさんのところで夕食まで付き合い、10時前に自宅近くのスーパーで買い物をしていたら 河童からメールが入り、パパさんの夕食まで付き添ってくれて、帰宅した由。 感謝です。 明日も仕事だそうで、お互いそれぞれ両親の夕食まで付き合った私たち姉弟は、それからそれぞれの自宅で夕食だ(T_T) 弟は広島に住まいがあるのだけど、仕事は島根県内。 週末に自宅へ帰るという生活の中で、神戸まで来てくれることはなかなか難しい。 心配をかけたくはないけど、ほかに手がないときはやはり弟に頼むしかない。 今回もチラッと会えたし、連携取れたし、姉は満足じゃ。 お疲れ様♪ また頼むね♪♪
2006年10月08日
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え~~~事故のことで、ご心配をおかけしてすみません。おかげさまで、体はまったくなんともなく、無事です。赤信号で止まったところに後ろから・・だし、事故でオカマを掘られた車を直してくれる・・のはいいんだけど代車を手配してもらわないと日常生活に支障が出るので・・・保険屋さんやディーラーさん、との連絡やらあれこれで、今日は午前中、メールチェックしながら、電話待ち。今日はね、旦那が四国のとある町で新しいお稽古場を開講する日なんですよね。そんなこんなで、またもや早朝飛行場へ送っていったので、この時間すでに眠い(笑)帰ってくるのは最終便なので、病院へは父の晩御飯に付き合うつもりで午後から出動することにしました。家事も溜まってるし(^^ゞで、いくつか商品を買ったり宿泊をした関係で届くメルマガ(阿部内閣のメルマガも届いてる)を読んでいたら、思わず笑ったのがこれ、なのでちょっとご紹介です。このメルマガの編集長さんは某宿泊施設の支配人さん、先日の連休に映画を見にお出かけだったらしい・・のですが・・(笑)そういえばこのはしごした日は映画の日とかで、毎月1日は普段1,800円の料金が1,000円になるのです。今月は1日がたまたま日曜日で、しかもあいにくの雨だったせいもあって映画を観る人が多かったようです。ちなみに私の場合は別にこの特典を使わなくとも、夫婦で行けば2,000円(一人1,000円)なのです。これは夫婦どちらかが50歳以上で受けられる特典でして、私うれしはずかし今年からこれが受けられるようになってしまいました。ラッキーなどと思っていたのですが、まてよ、ひょっとしてこれはシルバー割引ということではないのかという疑念が。どうも「老」という文字が見え隠れするような気がしてイケない。まあこれは考えすぎで、単にこの年齢ゾーンを映画館へ呼び戻そうとする策で、別に福祉的意味はないんだろうな。あとアレだ。夫婦でどちらかが50歳以上というところがミソだ。ちょっとそこら辺が(どこら辺だ)ボカされるというか。足して90歳以上というのじゃダメか。これはこれで90歳という数字にインパクトがありすぎるな。確認めんどくさそうだし。そもそも普段の1,800円という値段はどうなんだ。ちょっと高いような気がする。特にハズした映画ではその割高感は倍増する。まあ1,000円だとそのポッキリ感も手伝い気軽に観れると思う。映画の日にこれだけ集まるのなら検討の余地アリだ。今気づいたのですが「シルバー割引」の文言以降エラそうな口調になっています。大変失礼しました。やはりどこか引っ掛かっているようです。結論ですが、映画の適正料金は1,200円でどうでしょうか。このくらいならハズしても、まあイイか、とあきらめることができるのですが…。ぜひとも新内閣で検討していただきたいものです。忙しいか。ウチも家人が来年の暮れには割引対象年齢になるので、心待ちにしているところなので思わず笑った。ちなみにウチは夫婦で映画にいくときは、おおむねレイトショー1,200円を利用しています。来週、この某ホテルに宿泊予定のトド、よろしくお願いします。m(__)mその間私は、映画でも行くか?(笑)誇れる国は、映画料金も美しい設定でお願いしたいものだ、と思わないか?(笑)
2006年10月06日
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父の入院延期になりました。二週間ほど前からヘルペスが出て、熱がたびたび出てたんだけど、ヘルペスそのものは落ち着いてきてるのに最近になっても夕方になると熱が出る・・という状態が続いてた。実はちょっと心配はしてたんだ・・ほらさ、よく、結核だと夕方から熱が出るってケースが多いって聞くから・・・半年ほど前の検査で右肺の体の側面に近いあたりに、どうやら腫瘍だろうと思うような影が、出てた。それ以来八週間ごとの入院でたびたびレントゲンやCTをとって様子を見ているけれど、腫瘍そのものに変化はなく、今回も大きくはなってない。でも、腫瘍付近の肺に水が溜まっているし、リンパ節が腫れてるんだって・・・腫瘍が癌なら、転移した可能性もあるし、結核再発の可能性もある。だから・・・もう少し細かく検査をするために入院延長です。本来は今日受けるべきだった免疫抑制剤は、ちょっと様子を見るって事になって延期になりました。主治医は、最悪のケースだったとしても・・・と言葉を濁し、父の場合体力が落ちていて抗癌治療はできないだろうという話だ。つまり、座して死を待つのね。父の体、どうなるんだろう・・・まだ、何がどうなんだかわからないけど、だから必要以上に心配するまいと思うけどなんでだろう、何でこんなことになっちゃうんだろう・・父には、何てことないやね、また入院が伸びただけのことだし、まぁ癌なら希望のとおりだし、なんてことを言いながら帰ってきたけど父の入院延長のことを母のお世話になっている施設に連絡をしたら、「先ほどお嬢さんの電話番号を知りたいといって、事務所にこられました」んだそうで一人で電話をかけることが出来ないママサンなので、電話をかけてくることも出来ずにおこってるかもしんない・・母には常に「明日退院してくる予定」ってことで通してもらうことにして、不安を与えないようにしたいけど、父の不在が続くと、ひとりで生活することが困難な母は、混乱するだろうな・・・二人一緒に何時までも居て欲しいけど、そうも行かないのかな・・・哀しいよ。今日は、叔母連隊長が父の見舞いに来るという。今年の夏に母の実家のお墓を整理するについて、すべてを取り仕切ろうとした叔母連隊長と母の名前で執り行いたかった私は対立して、私は隊長の逆鱗に触れたんだな。法事のあとで連絡を入れると、木で鼻をくくるというのはこういう感じかというつっけんどんな返答だったのでそれ以降連絡を取ってない隊長です。まぁ寝込んでいる父に嫌味なんかも言いやしないだろうし・・・父の前で隊長とやりあうことも辛いし、今日の今、叔母のあれこれの詮索に答えるのも辛く、天敵叔母に会う前に帰ってきちゃった。旦那の会社の運転手つきの車でやってくる隊長おりおり、父と母にお菓子などを送ってくれるけど、自分の用事がない限り電話もかけてはくれない。父の見舞いに来て、父からお礼を言われることで満足してるんだろうかと、つい思う。母に電話をかけても、直ぐに繋がるわけでもなく、会話は弾んでも、そのことを覚えていない母が妹の気遣いに丁寧にお礼を言うわけでもない。荒唐無稽な母の話を、面白いと思って聞かず、「こんなことを言うのはどうして?」と再三私に説明を求める隊長だ。私とは気質が似ているブン、味方になると心強く敵に回ると厄介な性格(笑)叔母は、当てにされ頼られることが、好きなんだけど、当てにしていることをしてくれないんだもん、頼りになんかできないわよ!ふんだ!父が入院しているということは母が一人で施設に残ってるってことだ!妹なら、母の相手をしてよ!義兄の見舞いに来て、お礼を言われるのが、好きなのかよ!と、心波立っている私は今日はけんかを売ってしまいそうだから・・・会わないことにした。帰り道、赤信号で止まったら、後ろの車に追突された。天敵叔母のたたりか?・・・クワバラクワバラ・・・追突はサホドのことはなく、車の後ろがへこんだだけ後ろの車は若いおにいちゃんで、直ぐに警察にも電話をしてくれて(ッ手当たり前やけど)車も治してくれるというし、まぁこちらも怪我をしているわけでもないのでこの後の手続きをよろしく!だ。トドにも留守電に「車当てられた」と入れたら、電話がかかってきて「体大丈夫か?」ってのが第一声だったので、許したる。さてと、入院期間が延びたので、気合入れなおして付き添わないとね~ママさんのところへも、覗きに行かなくちゃ行けないしさ~~~義理家が盲動しないように、ひたすら祈る気持ち、頼むからおとなしくしててくれ~~~
2006年10月04日
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ママさんの作品?というほどのものではないねんけど・・・これ、どこにでもあるいわゆる一つのティッシュペーパーの箱。ティッシュの箱からティッシュが一枚取り出せるようになっているからといってこれまた不思議とはいえない光景。なのになんだか違和感を感じる・・・のはなぜ?とおもってよ~~~~く見ると・・・箱の裏側のリサイクル用のミシン目の間から、ティッシュを取り出すようになっている?わけなのです。当然のことながら、表サイドの本来の取り出し口は、そのまま封印されています。(笑)裏側ミシン目の箱側面近くのミシン目が微妙に開きかけているところに、ママさんの当惑加減を感じてなんだか・・ほほえましいというかなんと言うかゴソゴソ触ったのであろうことを思い浮かべちゃいました。(*^▽^*)裏表逆なのは、洋服だけではないようで・・・(^_^;)
2006年10月03日
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ニュースです!今日は実父の入院日だったので、早朝自宅を出る私に変わって、姑のデイサービスでのお着替えセットを、トドが届けに行きました。相変わらずやっぱり何時までも夏服を着ている姑のことを、トドもヤット認知したのだけれど舅は相変わらずやっぱりデイサービスに行く姑の衣服の世話をする・・気持ちはあるけど結局出来ないままだから・・・この日曜日の催しのために、デイサービス先で時間延長してもらっていた姑を迎えに行くと、夏の半そでTシャツを着た姑は、デイサービス先でカーディガンを借りており、「最近ずっとこのお洋服です」とまたもや私が言われるわけよね。(-_-)箪笥に必要な下着類を区分けしてあり、季節の衣替えも進みつつあるけど、それを季節にあわせて着用する時に、傍にいるのは舅なので「お母さんは何時も同じものばかり着てるんや」・・・そう思うなら、他の物を着用するように誘導する、ということには思い至らないみたいで・・やっぱり、全部デイサービスで着替えてもらうことにしようか・・その場合、着替えを交換しに行くのは私?とまたもや悶々としていたところだったのでデイサービスの責任者さんと相談をして、今後、姑はデイサービスでお風呂に入ったときに、上から下まで全部着替えちゃうってことにした。姑のお着替え衣類をデイサービスが空いている時間に届けるということが今日明日と難しい私の予定を話して「行ってくれる?」とトドに頼んでみた。場所がわからないとか何とか(トドは超方向音痴)ブツブツ言いながら、引き受けてくれて一応きちんと届けてきたらしい報告を聞いた。トドがね、時間を割いて姑のために動いたのは・・始めてじゃないんだろうか?さらに、今月二十日に「脊髄小脳変性症の患者家族のためのセミナー」というものが開催されると保険所から連絡が来たので舅の家に直送しておいてくれるように頼んでいたら、月曜日に届いており二十日は舅はお稽古があって行けない、ってことなので、私がいく?ってことになっていたんだけどトドも時間のやりくりがつくことがわかって、行くことになりました。目に見えての進歩と、いえそう?かなぁ・・・??ま、油断大敵って言うか、なんか悪いことしてる可能性も含みながら(笑)初仕事完遂してきた模様です。
2006年10月03日
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先月以前の日記は書けない、ということなので10月1日、チェックアウトの日記にご紹介することにしました。っていうか・・・写真取った時点ですでに1日になってるし・・・(^^ゞえへへ・・ネット予約したお部屋が、ビップに変更になったというあれ♪一番奥まったところに、ツインベッド、周りのライトも落ち着いた感じで、良い感じ~ビップなお部屋は、パジャマも豪華版だった(*^_^*)ベッドコーナーの手前には大型テレビとソファがおいてあり、ちょっとしたくつろぎ空間。お部屋の入り口に近いところには、(といってもお部屋そのものにお玄関スペースが別に付いているの~)ちょっとした書き物ができるようなテーブルも・・・そしてお風呂は・・・ユニットじゃないのよぉ~普通に洗い場もあるお家のお風呂のようなもの、しかも、テレビが付いてるし、ジャグジーも付いてます。実はこの後、舞い上がった私は、バスバブルを入れて、ジャグジーのスイッチを・・・湯船に使って、クリームの泡に囲まれて、テレビを見ていたらどんどん泡が膨らんで、テレビが見えなくなってきた、というか、泡で死ぬ?(>_
2006年10月01日
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