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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 中餐の集合場所に女の子達と一緒に、駆けつけた。なぜなら集合時間12時を、10分ほど過ぎていたからである。集合場所に、我々が着き、皆の座っている場所を、探した。奥のほうで4・5人が手を挙げているのを、見つけ、そちらの方へ歩いていった。画像は、伊勢えび?を焼いたものと、蟹をふんだんに使い、炒めたもの。見た目は余り良くないが、美味かった。そして、伊勢えび?を焼いたものなどは、いつまでも食べずに残っているので、皆の表情を見ながら、自分の皿に持ってきていた。私は好きで仕方ないから、何か悪い気がしたが、中国の人達は、余り好きではないようだ。人と人との間で、やはり一番大切なのは信頼関係?まず、自分が変わらなければ、自分を取り巻く環境は、変わらない事を、この中国の地でも感じる。幸せとは対象物があるものだ。しかし、本当の幸せって、やはり自分自身の心の中に存在するのでは・・・?グッチのサングラス「あなたは18歳未満ですか?」「18歳以上はクリックしてお入り下さい」ロングベストのウエスト辺りから斜めに引いた線。そして4cm幅の、切り替えが前中心から襟ぐりまで、ウエストには1cmの紐がつき、ウエストにその紐が、タタいてあるのかと思いきや、前中心切り替え布と、同じ色で切り替え仕様にし、オーバーロック始末。その中心を紐を上からステッチで押さえてあった。縫製の品質は余り良いとは言えないが、パープルのブラウスデザインが素敵である。
2006.03.31
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 「金沙島の呼び名」パタヤはバンコクから2時間半ほど離れており、タイのリゾート地として観光に訪れる人が多い。そのパタヤの海岸から2隻のボートで、パラセーリングのポイントへ行き、水上ジェットバイクに乗り、マリンスポーツを満喫した我々は、更に2隻のボートで、(ラマ島)へと向かった。水上ジェットバイクの呼び方は、何通りも有るようです。ジェットスキー・マリンジェット・・・。 金沙島の呼び名に関しては自信があるが、このラマ島の呼び方には、ちょっと自信がない。だが、その金沙島の2キロ以上続く海岸沿いに、作られた土産物屋さんの画像を更新したい。何回かに分けて更新していきたいと思うが、同じような土産物も出てくるかも知れない。店は違うので、その色々な土産物を見て、暫しの間、私と一緒にツアーしてみよう。貝の画像を沢山撮ったが、この画像は、更新せずに残されたままだった。 この売られているものは、この島民の人達の、手作り商品が殆んどで、結構細かい細工が、施してあるものも、売られていた。一番多かったのは、やはり海岸であるが故に、色々な貝殻で、細工してあるものが多かった。パタヤビーチを朝7時半に出発し、この島へ着いたのが、10時だった。昼食はこの島で、思う存分海鮮料理を食べた。その画像も、いずれ更新したい。
2006.03.31
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。 更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 水着を売っているお店を見たりしながら歩いた。多くのみやげ物売り場の中に水着の店が多くあった。 水着も肌を多く露出するものは売れ行きが悪いとの事。やはり、太っている事をあまり見られないようにとの、思いからだろうと、店の人の言葉。太らない方法は、食べ過ぎない事である。それは、十分に分かっているのではあるが、出てくる食事も、脂っこいものばかりである。勿論野菜が主流である。太る最大の原因が、脂肪である。吸収された脂肪が、既に体内に貯まっている脂肪と合成し貯まる一方である。脂肪を多く含んだ脂肪細胞が増えてくるに従って、腹がどんどん膨らんでくる。 一番良いのは、脂肪が脂肪酸として体外に排出されれば、下腹の膨らみは低くなって来るのではと思うが、太れども痩せはせず、ただじっと腹をみる。 そして、裏側の道沿いにトイレがあった。南国の雰囲気たっぷりのトイレであった。 パラセイリングポイントで楽しんだ我々は、次に2艘の船に乗り、水上ジェットバイク乗り場の、珊瑚島へ向かった。 今回のツアーの中に学生の人がおり、昨年の中国での大規模な反日デモに参加していた。 彼女曰く、私の日本人感が、少しずつ、変わりつつありますと応えてくれた。 国家間での色んなトラブルの中で、偏見の文章を、信じている多くの中国人の若者の姿を垣間見た。 私が以前に書いた靖国参拝問題についての記事である。 パタヤビーチから高速ボートで、20分離れた所に、珊瑚に囲まれた、金沙島があった。 ここの島は海の色が澄み切っている感じで、汚染された感じは見られなかった。そして、この金沙島の裏側の民家に入り、その壁に無造作に置いてあった「ひょうたん」を撮ったりしたが、表通りの画像のみ更新した。
2006.03.31
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 「パラセイリング」下から見ていると、そんなに高くは無いが、空に舞い上がり下を見ると、10階建てのビルの屋上から、身体を乗り出し、下の景色を見るような感じだった。しかし、足がすくむ感じはしなかったが、飛び立ったポイントに、上手に着地出来るかと言う不安の方が強かった。飛行している時間は、7分位だったが、私には長く感じられた。その昔、ハングライダーを少しだけ練習した事がある。その時には、よく事故が起こり、骨折や運が悪いと死亡事故にもつながった。しかし、この遊びは、飛び立ってしまえば、相手任せであり、自分ではどうする事も出来なかった。 朝早くから起きて、高速ボートに乗り、金沙島へ行った甲斐があったと思った。そして、ボートを降り、ホテルまで5分の道程の中でも、中国の皆さんからは「良かったね」「楽しかったね」の声しきりだった。そして、皆さんからも「あなたはどうでしたか?」と、聞かれたので「楽しかったし美味しかったし、こんなに満腹感を感じた事は久しくないですね」と、声高らかに話すと、「まぁ~!あなたは、食べる時と、写真撮る時だけは、子供のように無邪気になるのですね」と、医者の奥さんが話しだしたら「そんな失礼な事を、言ってはダメですよ」とご主人。皆からは笑いが絶えなかった。 ベトナム戦争中に米国が、この地域に海軍基地を設け、その事によって発展した。その前は、何でもない普通の、静かな漁村だった。そのパタヤはバンコクから2時間半ほど、離れており南東150kmの所にある。またリゾート地パタヤの海岸沿いまで、ホテルから5分ほどの道のりであった。案の定、中から商品に手を触れないで下さいと、中国語で注意をされたが、中国語が話せるのかと、聞いてみると、この地域の人の80%は、中国語が話せるとのこと。
2006.03.31
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 私は二階の売り場へ行き、石鹸や練り歯磨きを買った。中国語は通じないので、英語で話すが、中国語のように、事が上手く運ばなかった。気が付くと5人のお嬢さんたちが、私の周りに集まって、私の欲しい物が、どんなものなのか?聞いてくれた。直ぐに分かって、小さい練り歯磨が置かれている売り場へ案内してくれ、旅行に持って行くような小さい物を買った。そして、一階に下り、ビールやコーラ等の陳列してある画像を収めたが、この画像は取り残されてしまった。「ある女性」より「多分睡蓮だとおもいます」とのご連絡あり。「睡蓮」と、モネの睡蓮の絵画の事は関係が深い。また、モネが晩年を過ごしたのは、戦争の舞台となったノルマンディー地方。「青い色の睡蓮の花」は、モネが、何としてでも咲かせたいと願ったが叶わなかった。 睡蓮の「心の純潔、純情、信頼、復活」蓮の花言葉は「神聖・沈着・休養・遠くへ去った愛」花言葉って実に勇気付けられる。 微笑みの国、タイランド。人々は楽観主義。数々の素晴らしい景観。退屈を忘れさせ、雨は暖かく心地良く。あなたが探していた何かが見つかる国と紹介。バンコクからパタヤに向かう途中、「蝴蝶園」により、そして「ワニ園」に来た。ワニ園の正面にタキシードを着て、右手にシルクハットをかざしているのは?と思い、近寄ってみて、ワニを模ったモニュメントだった。
2006.03.30
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 「これは花なのか?花なら何と呼ぶ?」----40-loveさんから----この花の名を「ドラゴン・スナップ」と呼ぶ。一年草で此方では朝霜の心配がなくなる4月半ばに植え、背が高くなり成長する前に、ウサギに食べられる事が多い。鉢植えに咲いた花を長持ちさせる方法って、やはり難しいのだろうか?などと、ふと20年前の日本での生活が蘇ってきた。ワサビはボケ防止になるとのメッセージを頂きました。無理にボケ防止の努力をするのは駄目なようである。ボケ始めの頃は、皆、ボケに気づこうとしないで、寂しい事があるとボケが激しくなり、そして、悲しい事があると、もっと激しくなる。そして、外を徘徊しても自分では、徘徊している自覚が、なくなると危なく、仕事を辞めた事を忘れるようになると、かなりボケが進んでしまっており、非常に危ない。ですから、私は結構長い間、ワサビと醤油で、脂っこい「おかず」をワサビ醤油につけ食べている。もし、もう少し時間が有ったらな~?とか、こんな時、一眼レフのカメラがあったら綺麗な画像が、撮れてただろう?なんていう思いも脳裏をかすめたが、所詮は、自分自身の勉強不足だと思った。中国人が急いで下さいと迎えに来て帰る途中で、綺麗に手入れされた盆栽にも似た木を撮った。しかし、この画像も更新はせず、保管してあった。このような更新も出来なかった画像を見ると、余計に一眼レフが欲しくなる。その為に、帰国し急ぎ買って戻って来ようかな~、などと、思うようになってきた。
2006.03.30
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 「エメラルド寺院の横」「なぜエメラルド寺院と呼ぶのか?」知らなかった。今回の旅行は、何も前情報なしで出かけた。しかも、日本語の話せるガイドが同行してれば、まだ色んな事を聞いてでも理解できたが、中国語で聞いたとしても、中国語で返って来る。その人物名や地名・建物名などは辞書を引いても、載ってはいなかったので、かなり苦労はした。朝起きてから部屋に入るまで、中国語と英語だった。 「ニューハーフショー」ニューハーフショーのコーナーで、どちらを更新しようか?多分迷った末に、パソコンの隅に、置かれていた画像である。折角、画像を保存したのであるから、出来るだけこのような「画像復活コーナー」で、更新していきたい。そのニューハーフショーの更新時での記事は、春節休みで来ている中国人の観光客が、ダントツで多かったが、日本人のご婦人方も来てた。 ニューハーフショーの途中で観客席へ、下りて来て、皆に近くで見せていたとき、2列前の通路側に座っていらっしゃいました。なぜ分かるかというと彼女らが近くに来て、握手をして座りなおした後に「綺麗ね~」とか、「手も柔らかい」などと日本語を、使っていたからです。それと、やはり中国女性の地位が向上したと、言っても日本のオバサンパワーには、私の方が恥ずかしくなるほどだった。ニューハーフショーと聞けば、日本であるならば、何となくグロテスクなイメージを、受けるのであるが、バンコクでのショーは、美しさを感じるほどであった。
2006.03.30
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 「タイの蚤の市」この路上での服を販売するのは、厳密に言えば違反。しかし、警察が通っても見てみぬ振りをしている。大きな物になれば200mの路上にズラリと並ぶ。広東省広州などでは、6年前に一斉に撤去された。観光客が来ても、その場所にないので、うろうろしてると、リヤカーに一杯の商品を、観光客の前に並べては、早く選んで下さいと懇願している。警察に見つかれば、商品没収され、尚且つ、罰金だからである。これは中国の上海の街でも同じである。中国の何処の街に行っても見かける光景である。「えのきだけ」アメリカでは、「きのこ」や「まいたけ」が、ガン細胞増殖を抑え、抗ガン剤の副作用を減らすなどの、報告があり、実際にガン治療に使われていると、以前テレビで見た事がある。「えのきだけ」には何かないかと思っていたら、神経の興奮を抑え、腎臓や肝臓の働きを活発にする、働きがあり、血圧安定、精神安定に役立つそうである。「ギャバ」という初めて聞く名前が出てきたので調べた。「ギャバは、正式にはガンマアミノ酪酸と言うアミノ酸の、一種で、ぐっすり安眠すると脳内で生成されるとの事。睡眠障害などで生成が阻害されるとギャバは不足状態になる。ギャバの多い食品をとれば脳内のギャバも増えるとあった。そして、それが多く含まれているのが「えのきだけ」と、言う事だったので、早速調理場に、キノコやエノキダケを、増やすように指示したが、もう今からでは遅いような気もする。 バンコクのニューハーフショーのあと、トイレに行き、この黄金トイレを見た途端に、何故トイレに来たのか?を、忘れ去るほどに、綺麗な便器が並んでいた。私は思わずカメラを傾けた。そして、後から来る、お客さんに「まだ入ってはいけない」と静止していた。「早くして下さいよ」と中国語で言う「もう一枚だけ」と、彼らに言ってからシャッターを切った。シャッターを切ってから、私は何も用を足さずに、帰ってきてしまったので、バスに乗ってから、「すみませんトイレ!」と急ぎバスを降りて行った。
2006.03.30
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 タイのバンコクのエメラルド寺院の中にあった象。バンコクの市場や観光地で多く陳列してある象。バンコクはやはり象の置物が圧倒的に多い。 しかし、これほど大きくこれほど精巧なものは少ない。タイと言えば、タクシン首相の退陣を求めるデモ。タクシン首相は「平和的であれば問題はないし、私は関知しない」と話していたが・・・。もし、こんな時にタイ旅行が重なったらと思う。実際には不可能な事ではあるが、私のように、野次馬根性の血が流れているものは、訳も分からず、デモに参加したり、デモの人々に、カメラを向け、カメラを壊されているのかも・・?魚に鱗(ウロコ)が有るのは当然の事である。日本でなら、鱗付きの魚がテーブルに出てきたら、ご主人達は、只笑って食べるだろうか?------この魚の名前-----この魚の名前を「魚偏に時の魚」で日本語で「シギョ」と言う。太平洋に分布し、長江(揚子江)や珠江などで産卵するとの事。背部は青黒く、腹部は白い。成魚の体長は約50センチで、鱗(うろこ)が大きく脂肪に富んでいて、食用として珍重されているとの事。------ここまで------この魚の名前は忘れたが、45センチの大きさで、びっしり鱗が付いたまま料理されテーブルに置かれた。私は、この魚は何度も食べていたので、知っていた。しかし、お客様は分からなかった。ホストから、「食べて頂いて下さい」と手招きされ、お客様に、「どうぞ」と・・。だが、どう食べれば良いのか?迷っているようであったので、私がレンゲで分けた。そして、お手元の皿に載せて差し上げたが、それでも、変な笑いを浮かべてやっと「どう食べるのですか?」と、私がお客様に食べ方を披露したが、私も苦手だった。この魚の食べ方は、鱗ごと口の中に入れ、鱗と小骨を、上手に舌で取り、魚の身のみ食べるのである。初めての人には、大変難しい。そして、ホストより、この魚を上手に食べる人は、頭が良い人と言われ、「それを早く言って下さい」と、眉を顰めて食べていた。「ラーマ5世の敷地模型」このラーマ5世の家を「ウィマンメーク宮殿」と呼ぶ。タイ史上最も偉大な王はと聞くならば、当然のように、ラーマ5世(五世王wu3shi4wang2)と答える。広大な敷地は綺麗に手入れされていた。ラーマ5世の宮殿建物は、1階が煉瓦(レンガ)造りで、2階や3階はチーク材を使用してある。チーク材は、インドやミャンマーまたタイに分布しており、チーク材は堅く、伸縮性が小さく害虫に強いので、船舶や建築物などに使った。
2006.03.30
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 タイへの旅行は、上海国旅旅行社のツアーへ参加し、日本人は私一人であったが、旅行社の管理者から、電話があった。電話の内容は、中国語会話力だった。取り敢えずは合格し中国人と共に旅行する事の、許可をもらった。その時に一緒だった女子医大学生!母子二人で参加していた。色々と夢を語ってくれた。そして、何にでも挑戦し何にでも首を突っ込んでいた。久しぶりに肉が出たと言ってもレストランでの事。こちらの牛肉は、いつも感じることであるが、何故なのか分からないが、赤み掛かっている。味はそれなりに美味しい。アメリカの牛肉BSE問題で、輸入禁止の時でも、中国では問題なく牛丼が食べれた。吉野家の牛丼の味も日本と全く変わらない。危険部位混入で輸入禁止措置を取っている今でも、問題なく、上海でも牛肉が食べれる。此花はブーゲンビリアだとカキコあり。エキゾチックな雰囲気の夏の熱帯の花。花に見えるのは苞(つと)で、3個の苞が、集まって1個の花のように見えるとの事だそうだ。この時期としては冬だったが、タイでは34度ある夏の季節であり、真夏には一体何度になるのか?と、思ったりもしてガイドに聞くと、余り変わらない!などと言い、上がっても42度くらいかな~とも。
2006.03.29
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 「ラーマ5世の家」カメラやビデオ等も持ち込み禁止だった。映画「アンナと王様」の中で英国人女性の、家庭教師に教わる王子が、ラーマ5世のチュラローンコーン王である。このラーマ5世は、タイ史上で最も偉大と、される国王であり、シャムを近代化させ、教育の振興に取り組み、奴隷を解放した。「片栗粉スープ」シイタケやハム、卵、野菜等の中に、片栗粉を入れて掻き雑ぜたのであろうか?片栗粉のスープを見ると、フカひれスープを、すぐ頭に浮かべる。一人分のフカひれスープで180元する。180元と言えば日本円で2700円する。結構、フカひれスープは高いと思う。「椰子の実」と書いて思い浮かぶのは、島崎藤村の椰子の実の歌である。名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ故郷の岸をはなれて なれはそも波にいく月そして、思い出すのは「ニューハーフショー」椰子の実をブラの中に入れてたので何と大きい?と、口をポカンと開けて見ていたら、なんと椰子の実だった。
2006.03.29
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 仏塔プラ・スワンナを支えているヤックタイでは鬼が寺院の中で守りを担当しているが、その意味も回廊に描かれた壁画にヒントが、隠されている。タイのヤックは実に勇ましい。仏陀を守護する鬼神として実に大きく堂々としている(回廊の門の前に立つ)上海で小籠包の美味しい店は?と尋ねたときに、答えが返って来る店の名前は「南翔小籠」と、答える人が多いのではないだろうか?「南翔小籠」でも豫園にある店が一番美味しいと、答える人が多くなって来た。そして私も食べてみて、そう思うが、人の行列で30分は待たなくてはならない。何でもそうだが特に、小籠包は熱い内に食べよう。しかし、舌を火傷しないように注意して食べよう。裏側角の柔らかい所を少し噛み切り、ゆっくりと、スープを吸い取るように飲んでから食べると、火傷はしない。一度試してみよう。 国民に非常に人気のあるラーマ9世。国王は神様と同じく崇められ、国民の父のように、慕われている。そして絶対的な存在感がある。兄であるラーマ8世が謎の死を遂げたため、1946年にタイの国王になり現在に至っている。ラーマ4世の時の時代背景を物語にした「王様と私」そして「アンナと王様」も見たい映画の一つである。
2006.03.29
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「更新に漏れた画像たち」画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。「AAAA級観光地」中国の観光地では、国が定めた高い順から、「AAAAA級」「AAAA級」「AAA級」に分類されてる。画像の「AAAA級」は「万里の長城」「故宮」と、同じ等級で、これは万里の長城の「AAAA級」です。この時は、ツアーではなく私一人だったので、問題なく、自由行動が出来ました。上記の画像とは全く関係ないですが、中国では「割り勘」の事を「AA制」という。しかし、辞書の中には載ってない。私が「AA制」と言うと「小気」と言われてしまう。「チンゲンサイ野菜スープ??」チンゲンサイと卵とのスープですかね~?これはあっさりして美味しかった記憶が有ります。でも一人前にしては量が多すぎますね。いつも半分以上残しては捨てています。でも、何度言っても丁度の量は作れないようです。北京の中心から高速道路をひた走り、約60kmほどで、「明の十三陵」につく。15世紀初頭の明朝の3代皇帝「永楽帝」から、16代皇帝まで13人の陵墓がある。この画像はその中でも7代目の咸豊帝の定陵。その入口から入って近くにこの案内図がある。この一連のページは、フリーページに、更新していないので、時間のあるときに、更新したいと思っている。
2006.03.29
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 エメラルド寺院は壁画でも有名ですが、何故かと言うと、タイの壁画は歴史が、この回廊の壁画に描かれている。宮殿、王室守護神のエメラルド寺院が、建ち並ぶ豪華な場所のなかにあって、エメラルド寺院の黄金の仏塔チューディーは、その黄金の通り、光り輝いていました。インゲン豆の炒め物でしょうか?40-loveさんから「ソラマメ」とメッセージあり!はじめは余り好きではありませんでした。しかし、1年経ち、2年経つと不思議なものです。この豆の炒め物が出ると、嬉しくなります。栄養ってあるのでしょうかね・・・?鬼の国の王妃もシーダ姫を出産した。このシーダ姫は後に、鬼の国を滅ぼすと鉢に入れて、海に流されたが、ミティラ国の王に救われる。何故、鬼が回廊の入口に立って守っているのか?下のリンクをクリックすると、その物語に入れます。この後はフリーページに更新してあるので、そちらへ飛んで頂ければ、故事が読めます。
2006.03.29
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 エメラルド寺院の壁画. タイの壁画は歴史を、絵にしてる壁画なので、回廊に描かれている。物語のはじまりは、イスワン(神)を訪ねてくる、天人達の足を洗う仕事をするノントゥクに始まる。天人達はノントゥクに悪戯ばかりした為、神プラ・イスワンに懇願し、人差し指に魔法を与え、何でも破壊するようにしてもらった。しかし、その指を天人達を殺す為に使った為、神プラ・イスワンは、腕を4本持つ神プラ・ナーイを呼び、女性の姿になり油断させ、ノントゥクを死に追いやった。そして、臨終の際にこう言った。今度生まれる時は、頭が10個あり20本の腕を持って、生まれるだろう。そして、自分は真っ当な人間に、生まれ変わると伝え息絶えた。トッサカンの妃モントーが、鬼の国まで漂ってきた、団子の香りに、トッサカンに頼み家来がカラスの姿に、化けて団子を半分盗んできた。団子はサロート王の3人の后に与え、第一王妃はラーマ王子を出産。第二王妃からはプロット王子を第三王妃からは、ラクシュマナ王子を出産。しかし、鬼の国の王妃もシーダ姫を出産した。このシーダ姫は後に、鬼の国を滅ぼすと鉢に入れて、海に流されたが、ミティラ国の王に救われる。この後はフリーページに更新してあるので、そちらへ飛んで頂ければ、故事が読めます。
2006.03.28
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、更新してなくパソコンの、奥底に眠っていた。更新漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 川魚のフライは、幾ら魚を三枚に下ろしても、小骨を抜く事ができないようである。ピンセットや糸抜きを手渡しても、小骨を抜いて、食べ易くすると言うことが、今までの習慣で培ってなく困惑していた。そこで仕方なく「フライにする時間を長くして下さい」と、伝えたものの、ちょっと時間が長かったようで、黄金色を少し超え、焦げた色になってしまった。 タイのエメラルド寺院を撮影。タイの言葉で「ワット・プラケオ」と言い、1782年、ラーマ1世がバンコクに遷都すると、王朝の守護寺・護国寺として建設された。エメラルド寺院とは本堂にエメレルドの仏像があり、タイの王ラーマ1世が、ワット・プラケオ作った。バンコクの代表的な観光スポットである。近くのスーパーでキムチが売っていると聞いて、車で5分のスーパーへ行きキムチを買ってきた。お手伝いさんは、四川省から来ているので、辛いものは問題ないと思い、少し上げた。少しして「こんな辛いものは食べれない」と、持ってきた。私はキムチの一塊を口に運び、食べたが、どうやら四川の辛さと辛さの種類が、違うようであった。習慣の違いだろうか?
2006.03.28
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 北京紫禁城(故宮)の乾龍皇帝が住んだその、石段の中心に彫られた龍の姿。中国では、神霊視されている鱗虫(うろこのある動物)の長である。龍を竜とも書く「竜の雲を得る如し」日本でも竜顔(天子の顔)とか竜駕(天子の乗り物)などと言い、歴史上有名な人物に、独眼竜(伊達政宗の異名)で片目の英雄。後は、私の好きなドラゴンズも竜である。 タイのエメラルド寺院を撮影。私の後ろには、大勢の観光客がいる。私は、一番前に来てそのエメラルド寺院の、姿を画像に収めた。タイの言葉で「ワット・プラケオ」と言い、ラーマ1世が、ワット・プラケオ作った。 中国の市場でも色んな漬物があるのですが、相当保存の利くものばかりで、塩辛いので、塩抜きをしないと食べられない。この漬物はお手伝いさんが、何度も失敗をし、改良を重ね、今では美味しく食べれるようになった。白菜と胡瓜・生姜それと、小茄子です。今日本から茗荷(みょうが)を取り寄せてます。
2006.03.28
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 椎茸(しいたけ)がたっぷり入ったスープ。そのようなスープも比較的多く出てくる。椎茸を甘辛く煮たものが、子供の頃から好きだった。中国では、香姑(草冠を付ける)と冬姑にわける。単に冬に取れる椎茸なので、冬姑と呼んでいる。 廟の前には蝋燭の火がたくさん。蝋燭を見てイメージするのは、キャンドルサービス。結婚式の時に、キャンドルを持ち、来賓の皆様のテーブルを回って火を点ける。あとは、教会などで火をつけた蝋燭を持って祈りをささげる。学生時代に、ユースホステルを利用した。北海道などは全てユースホステルだった。その時の夜にキャンドルを灯して、自分の近況や夢を語り合った事を思い出した。 野菜炒めであるが、この青いものを何と、言ったか、忘れてしまった。結構、しゃきしゃきした歯ざわりが、食事を余計に美味しくさせてくれる。
2006.03.28
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。 審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 居庸関長城の関所跡で切り立った峰を、ぬって造営された難攻不落の関所である。ここの付近には、幅27m、高さ10mの、アーチ型の門で、門の上には、かつてチベット式の仏塔が建てられていた。 画像はマーボ豆腐のように見えるが、カニ味噌とカニの身たっぷりと入れ、豆腐と共にさっと火を通したもの。マーボ豆腐のような、多少ピリッとする辛さが豆腐の舌触りを良くしている。味は、まったりとした感じ。 タイのホテルから歩いて3分ほど、行った所にある街の廟である。日本で言えば、街の地蔵堂と言う感じ。仏教で言うならば、地蔵も閻魔も、共に本地は阿弥陀仏如来で、地蔵は慈悲を、閻魔は憤怒を示現している。この時にも、50歳ほどの女性が、線香を片手に、一生懸命拝んでいた。山ほどの果物がお供えしてあった。
2006.03.28
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 日本で言う「カツレツ」である。中国では、炸肉排(zha2rou4pai2)と言う。ポーク・カツレツを、炸猪排と呼ぶ。この「猪(zhu1)」は日本では、イノシシと言うが、中国では、ブタの意味になるから面白い。ちなみに、海猪(海豚)をイルカをいい、野猪(ye3zhu1)をイノシシとなるが、猪は豚の意味。毎日毎日脂っこい料理を食べていると、このような柑橘系のザボンなどが、さっぱりする。結構大きな果実である。私は、何もしないので、お手伝いさんが、厚い皮を剥いて下さり、皿に盛ってある。さてさてこのおかずは何だろう?肝臓なのか?何だか思いつかない。食べると意外と美味しい。玉ねぎやピーマンなどは分かるが、何だろうね・・?細かい切り目が入れてあるのは、火が通り易くするためだろうか?
2006.03.27
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 こちら「上海のおかず」では茸(きのこ)が、ふんだんに出ます。毎日のように出るため、もういい加減うんざりです。しかし、私の体の事を気遣って出して頂いてます。そんな事を言えば罰が当たりますね。この茸は何と言う名前か分かりません??北京故宮の中の階段中央に彫刻された鳳凰。古来中国で、麒麟(きりん)・亀・竜と共に、四瑞として尊ばれた想像上の瑞鳥。瑞鳥とは(ずいちょう)と読み、めでたい鳥。黄shan(魚偏に善)で「ホワンサン」と発音。日本では「タウナギ」とも呼びますが、ご存知でしょうか?見た目より、美味しいですよ!日本から来られたお客様のうち、60%の人達が、手をつけませんね。
2006.03.27
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 小さい「あわび」を蒸したもの。柔らかくてとても美味しい感じがしました。一年ほど前の画像ですが、これを更新して、その時の雰囲気がまだ残っている感じです。浦東から黄浦江越しに浦西の夜景を望んだ。殆どの観光客は、外灘から浦東を見て、次の豫園などの観光スポットへ行かれる。もし時間が有れば、夜にでもそっと、足を伸ばしてみれば、雰囲気も変わる。 よく昼食で出る「うどん」です。日本のような太いうどんが出た事はなく、画像のような、細いソーメンのような感じです。別の器に、日本からEMS便で届いた、「天つゆのたれ」を入れ薄めてから、そこにうどんを取り入れ、食べると結構美味い!
2006.03.27
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 この野菜はインゲンマメで良いのでしょうか?何となく長い豆との印象がありますが・・。そして「ジャオバイ」という中国の野菜と、ニンジンやキュウリ・豚肉の炒め物。この「ジャオバイ」は日本にも、あるのでしょうか?20センチほどの長さの野菜です。これも「ジャオバイ」を使った炒め物。ハムやピーマン、ニンジンなどを細かく切り、それを炒めたものですが、見た目より味の方は良いんですよ・・。細かく切って炒めるのは、40-loveさんも、言われてましたように、火の通りを、良くする為であろうと思います。
2006.03.27
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 このイカは新鮮なイカではなかった。何となく冷凍にしてあったものを、戻したような感じのイカだった。中国の(貸し切り室)方式の、レストランが結構多いです。しかし、当日行って無いので、予約を取っておかないとだめですね。廊下のような通路の両脇に、包房(貸し切り室)があります。
2006.03.27
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 豆腐のスープですが、豆腐がスープの中に、その結果ピントが合っていません。この豆腐のスープもはじめはなかったのですが、コックさんの方へお願いして実現しました。はじめは、5mm四方の大きさに切ってあったので、食べるというよりも飲み込むという感じでした。やっとこの大きさに切って頂けるようになった。上海料理の特徴の一つに、細かく切れば切るほど、料理の腕が言いという事を聞いた事があります。下の料理は材料は何と思いますか?出てきた時には、食べるのが勿体無いほどでした。これは茄子を半分に切り、蔕(へた)部分を、下にしておいてありました。見た目の綺麗さに比べて、味の方はと言うと、もう少し研究の必要があると思いました。今日はこれから上海中心地まで出かけ、「焼肉食べ放題」のパーティーに参加してきます。太り過ぎですので、食べ過ぎには注意が必要!
2006.03.26
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 老人がロバに乗っている彫刻である。中国にはこの種の彫刻が多い。老人とは年とった人であり、年寄りである。最近忘れる事が多くなったような気がする。元々私は小さい頃から人一倍忘れ物が多かった。しかし、老人の場合は、老人性痴呆症であり、脳の萎縮に基づく老年性精神病である。更に「痴呆」とは、一旦個人が獲得した、知的精神的能力、これが失われて、元に戻らない状態になることを言う。脳の腫瘍や炎症・また中毒や血液循環障害など、そして加齢によることが一番の原因である。何とも不安な事であるが、克服など出来ないのだろうか??
2006.03.26
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 私は魚の小骨があると、その魚を食べれない。そしてフライにして頂いたのですが、やはり、小骨が沢山あり、一口で残してしまいました。三枚卸にしても、川魚は小骨が多いですね。ですから、膿の魚なら問題ないのですが、私の大好きなサンマやサバなどはありませんね。タイのエメラルド寺院の壁画にあったもの。ラーマ王の化身かなとも思いましたが、ちょっと分からなかったので更新してませんでした。アンデルセンの童話に出てきそうな、半人半魚の物語だけど、二人で駆け落ちでもするのだろうか?中国の魚料理では、魚の上に野菜を載せる。私が始めて中国へ来た折に、注意を受けたことは、魚は日を通してあるが、この上に載ってる野菜類は、日を通してないものもあるので、注意しないと。一番良いのは、野菜類を除けて、魚のみ食べるのがいいと言われたが、未だにその野菜も食べている。
2006.03.26
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 皆さんで食事に行った折に、ホストが料理を器に分けて頂けます。この場合のホストは女性で工場の社長さんでした。昨日桃花園の方から来られた人に、桃花園の桃花の開花状況はどうでしょうか?などと聞いてみました。まじまじと私の顔をご覧になり、そんな所を見ている余裕など無いですよと、言われてしまい、言葉を失ってしまった。(画像は昨年撮影したもの)中国の料理は日本と違って始めからおかずを、一人ひとりに分けてないので、お客様や、お誘いした友人達に、失礼のないように、画像のようにホスト役の人が、器を私に下さいと、そして、入れて下さる。簡単に取れるものはターンテーブルなので、自分の欲しいものを、失礼にならないように、指で回し、自分の手前に持って来て器に取るのである。
2006.03.26
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 質問ですがこの下の画像の上海蟹は、メスでしょうか?オスでしょうか?回答は、11時のページに載せますと宣言した。と、言う事で検索をしてましたが、上海蟹の、腹を写した画像は一つしかありませんでした。イメージで探したのですが、しかし、余りにも小さい画像でした。元のページに行ってみましたが、削除されてました。仕方無しに、慌てて自分で絵を描き画像に撮り、画像を保存し登録、しかし、ネットの混雑で、2度の失敗後に成功し、更新した。よく蟹の念仏って言いますが、口の中で、ブツブツつぶやく事を「蟹の念仏」と言うが、正に今日の夜の私の事だなと思った。大体から上海蟹をひっくり返した画像なんて無い!上海へ行かれた人も、余り見かけないとは思います。質問ですがこの下の画像の上海蟹は、メスでしょうか?オスでしょうか?回答は、公(gong1)オスでした。ちなみにメスの事を、母(mu3)と言う。私の手書きの公と母で、非常に貴重な画像ですよ!(2006/3/25 PM11;13 更新)
2006.03.25
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 昨年撮影した桃花です。桃の花が咲き、その花に人の手で、雄しべと雌しべの交配をさせると、いい桃が出来るとの事でした。一つ一つ大変そうでした。蟹の身をほぐして蟹を模った容器に、入れたものであるが、蟹を10匹は使っている。今頃の上海蟹は、身が少なく美味しくないので、その身をほぐし蟹の器に入れている。今日の蟹の画像で、メスかオスか?の問題ですが、最後のページで発表致します。蛙の置物である事は一目瞭然である。中国でも蛙に纏わる諺(ことわざ)がある。「蛙の子は蛙」が日本ならば、中国では、「有其父必有其子」とか「苦瓜藤上生苦瓜」などと、言うが、何となく雰囲気だけは理解できますか?
2006.03.25
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 鍋物というより何でしょうかね。あげや竹の子など色々入ってました。熱いから気をつけないと、始めに舌を火傷したら、そのあとは何も食べれませんね。 北京ダックの発祥は南京という事を聞きました。南京ダック?なんてあまり聞きませんよね?今ではどこの地域でもこの北京ダックの飼育をして無理やり肥らせ脂っこいものにしているそうです。血圧が高いので、私はあまり食べれません。 「ミンチ肉入り焼き饅頭」見た目より、美味しいですよ。いつもお腹が一杯になった頃に、この焼き饅頭が出てきますので、40-loveさんでは有りませんが、上海では、ご飯より饅頭の方がすきなのですか?などと、質問が来るのかもしれませんね。私は、麺類が好きですね。
2006.03.25
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 上海の地下街の一角で若い人向けのバックを、画像にしたが、高校生くらいの人が買うのだろうか?上海もカラフルなデザインが多くなってきた。上海蟹の画像です。今は時期ではありません。9月から11月頃蘇州近郊の陽澄湖や無錫太湖で、採れるものを特に上海蟹と呼ぶ。よく蟹の念仏って言いますが、口の中で、ブツブツつぶやく事を「蟹の念仏」といいます。上海蟹をひっくり返した画像です。上海へ行かれた人も、このようには出てきませんので、余り見かけないとは思います。質問ですがこの下の画像の上海蟹は、メスでしょうか?オスでしょうか?回答は、次のページに載せます。(忘れなかったら)
2006.03.25
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 上海の高級住宅街の友人宅に行った時、春の嵐で川面に落ちていた葉や、川面に移った木々を撮った。(昨年の画像) ピーナッツと厚揚げ硬くしたような、食材と一緒に炒めたもの。結構見た目より美味しいですよ!中国では食事の前に出てきます。 この道は外灘に面した中山東一路。左側に上海の古い建物が並んでいる。殆ど銀行が入っている。黄浦江を境に、西側を浦西と呼び、東側を浦東と呼ぶ。浦東から黄浦江越しに、浦西の夜景も綺麗ですよ。
2006.03.25
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 万里の長城は中国政府によって保護されている。画像は居庸関で撮ったものである。始皇帝時代の兵士の像との説明だったが、実にリアルに作られていた。この時は一人で行った。1987年に「世界の文化遺産」に登録された。画像は、長城へ登る右側に建てられている家屋。屋根の瓦を見ると心癒される。 万里の長城は紀元前3世紀に、北方諸民族の、侵入を防ぐため秦の始皇帝が構築した。万里の長城は世界最大の建造物である。
2006.03.24
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 これは何と呼ぶ豆でしょうか?インゲンマメ?サヤエンドウ?そしてギンナン(銀杏)の黄色が鮮やかです。帆船とは「帆に風を受けて走る船」のこと。昔の輸送方法で、船の歴史の主役は帆船だった。この帆船は200万元(3000万円)もする。だれが買っていくのだろう?私が買っても、置く所がありません。 古代に万里の長城を建設したのは、北方の少数民族が侵入して来ないようにする為だった。万里の長城のこの作用を、人々は皆知っている事だ。もう一つの理由は余り知られてない。漢族の人民が少数民族の地区に逃亡することを、防止する為に長い長城を長年にわたって作ってきた。
2006.03.24
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 椎茸のスープですが、椎茸の中国語をなんと言うか?知ってますか?知ってる筈がないですよね~。椎茸の事を香姑(xiang1gu1)で、読み方は「シャングー」姑の漢字は姑の上に草冠を載せる。意味はキノコであり、香りあるキノコを椎茸。日本料理にピーナッツを入れることは少ない。中国では、アメリカンナッツも良く使う。始めはかなり抵抗があったが、現在では美味しいと思う。またピーナッツの事を中国語では花生(hua1sheng1)と言い、日本の落花生によく似ていると思った。 軟座寝台列車のボディーに書かれてある軟臥の文字。軟臥車の下に大文字でRUANWOCHEと書かれている。しかし、これが英語ではなく中国語ピンインである。つまり外国人が中国語を読み易いようにした記号である。日本の五十音表記の振り仮名のような感じと理解すればよい。
2006.03.24
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 上海駅の待合室の画像です。中国語で待合室の事を「等候室deng3hou4shi4」と言い、病院の待合室は「候診室hou4zhen3shi4」駅の待合室は「候車室hou4zche1shi4」と言います。上海でおでんを作ったときの画像。勿論私は作れませんので、お客様にハンドキャリーして、日本から届き、レンジで温めたものです。上海から北京へ行く時に乗った直行便です。軟座寝台列車ですので、一応特急列車の中でも、ベッドが上下に2台のみで楽でした。硬座ですと上下に3台になりますから、頭を打ちます。
2006.03.24
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「更新に漏れた画像たち」 画像の更新の為に、登録した画像たちではあるが、私の審査漏れでパソコンの、奥底に眠っていた。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 北京天壇公園へ行ったときに撮った画像。これも選考から漏れた3枚の画像です。天壇公園に備え付けられた飾りです。何となく遠くから見ると風船のように見えました。天壇公園に飾られた花たちです。10月1日の中国国慶節に汽車に飛び乗り、撮って来た画像ですが、大分前に更新し、その中で、日の目を見なかった画像です。
2006.03.24
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「更新に漏れた画像たち」 まず画像の更新の為に、登録した画像たち。私の審査漏れで残ってしまった画像たちを更新して行きたい。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 ほたて貝の身が2cmくらいと小さい。 日本では、味噌汁、 酒蒸し、和え物などにして、食べたような思い出がある。エノキタケのスープ。しゃきしゃきとした歯応えが何ともいえない。これもバター炒めが美味しいのではと思う。ほたて貝もバター焼きくらいだと美味しいのか?日本で言う料理のことを、中国では「照料zhao4liao4」と、呼び、気を配るとか世話をするなどの意味もある。しかし、料理には日本の習慣とは違う。
2006.03.23
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「審査に漏れた画像たち」 今回、ひっそりと取り残された画像を整理してみた。約180枚の画像たちが日の目を見なかった。 まず画像の更新の為に、登録した画像たち。私の審査漏れで残ってしまった画像たちを更新して行きたい。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 上海中心街で左前方に見えるのが、上海新世界と呼ぶ百貨店で、この通りを西蔵路と呼ぶ。 上海新世界の百貨店は、若い人向けのファッションや、化粧品類が多い、画像では見えないが、この向こう側に、上海第一百貨店があり、上海では老舗になる。このビルは、上海で一番高いビルで金茂大厦と呼ぶ。現在このビルの左側に世界一高いビルを建設中。名前を「上海金融大厦」と呼ぶそうである。
2006.03.23
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「審査に漏れた画像たち」 今回、ひっそりと取り残された画像を整理してみた。約180枚の画像たちが日の目を見なかった。 まず画像の更新の為に、登録した画像たち。私の審査漏れで残ってしまった画像たちを更新して行きたい。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 上海テレビ塔の「東方明珠」遠くより望む 上海テレビ塔の「東方明珠」このテレビ塔はufo見たいですねというカキコで、全景とまでいかないですが、東方明珠のその姿を、埋もれていた画像から、探し出しました。 上海テレビ塔の東方明珠に向かって左方向に、歩いてくれば、この正大広場入口に来る。ここはファッションも流行物を売っているが、2階のレストラン街には、有名店がひしめいている。
2006.03.23
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「審査に漏れた画像たち」 今回、ひっそりと取り残された画像を整理してみた。約180枚の画像たちが日の目を見なかった。 まず画像の更新の為に、登録した画像たち。私の審査漏れで残ってしまった画像たちを更新して行きたい。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。 ポピュラーな山菜「ぜんまい?」レモン汁の中の苦瓜。こうして食べれば、苦くなかった。上海テレビ塔「東方明珠」
2006.03.23
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「審査に漏れた画像たち」 今回「家族と私」とのエッセイを書いた。そのなかで、色んな事を考えた。その後で画像を整理してみた。約180枚の画像たちが日の目を見なかった。 まず画像の更新の為に、登録した画像たち。私の審査漏れで残ってしまった画像たちを更新して行きたい。審査漏れとは、構図が悪い、ピントが合ってない。色が悪い、更新枚数で漏れたなど・・・。ハムか何か?さなちゃんがいれば分かるんだけど・・・。 エビの剥き身 上海の地下街にて、ぬいぐるみ
2006.03.23
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豚肉の炒め物ですが片栗粉が入っているような感じ。そして白胡麻をまぶして、口に運ぶと口の中で胡麻が弾けふんわりと胡麻の風味が漂う感じがいいです。それと下は、棗(なつめ)中国では、貧血や胃痙攣などにも良く効き40代から50代女性に重宝がられています。中国人から強壮にも良いですよと言われはしたが、強壮になってもどうなるものでもない。精々中国語の勉強位に役立つかも。鶏肉を千切りにしたものと、硬い野菜の千切りを上手く手まり状に巻き煮たもの。箸で壊すのが勿体無い感じのする料理だった。そして上海蟹でこの1月前後はメスよりオスの方が美味しい。熱いうちに足をむしり取り、中の身を食べるのが美味しい。足を食べ終わった後は下から甲羅を取り中の味噌を食べるのも良いが。口の近くの砂袋は一緒に食べない方がいい。砂を噛むとは実にこの事。竹の子料理は結構豊富に出ます。上は食事に行った時に注文したもの。何となく硬そうな感じの画像になってますが結構軟らかくて美味しかった。下のスープは私の住まいの方で出して頂いたスープで、豚肉とトウガンであっさり。「プチトマト」久しぶりに今日昼に出してくれたトマトを、画像に収めた。プチトマトの画像からは、色の違いが分かり辛いが、肉眼では赤と橙がかった赤の、二種類があった。食事を終えた私は、何も気付かずに、3・4個を一気に食べたが、甘いプチトマトと酸っぱいトマトが、あることに気付いた。真っ赤なプチトマトは、甘く橙を帯びたプチトマトは酸っぱかった。私は真っ赤なプチトマトのみ選んで、口に運び、橙掛かったプチトマトは残した。プチトマトの「プチ」とはフランス語である。「petit」と綴り、小さいとの意味である。服飾用語で「プチ・ポワン」という呼び方があるが、これもフランス語から来ている。タペストリー(tapestry)つづれ織りで、色糸で模様や絵を織り出した豪華な織物で、壁掛けなどに用いる。それで、プチ・ポワンは、このタペストリー刺繍のステッチで小さな針目のものをいう。元々の意味は、「小さな点」の意。もうすぐ、上海でも春の便りがやってくる・・。「上海のスープ」昼と夜に出るスープ類。味噌汁やアサリ貝の澄まし汁が、食べたいと思う。いつも思うだけで、毎回このようなスープが出る。食べたい時には日本料理店に出向いて食べる。辛くて食事がのどを通らない時には、このスープをご飯に掛けて飲み込む。毎日というくらいキノコ類のスープが出る。
2006.03.22
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「家族と私」最終回40-loveさんから「バトンリレー」が、回って来ました。彼女からバトンされた、テーマは、「家族と私」でした。私のブログ「上海発!画像の更新!」は、旅行などの画像を更新するためのみ、記事を書いていますが、今回初めてお受けしました。--------18--------「家族と私」もこの章で最終回です。私の実家へもそうであるが、妻の島根県の実家へ行く事は、中国へ出てより全く実現しなかった。島根の義父は酒が好きで、私も中国へ出るまでは義父と、よく酒を飲んだ。晩年義父は葉巻の葉の栽培に追われ、お盆などに妻の実家へ着くなり、葉の乾燥作業を、手伝ったものだった。温厚ないつも笑顔の絶やさない義父であった。その娘である私の妻が自分の嫁との何かのトラブルで、一人取り残されてしまった。私というと母の元へ妻と一緒に住むことを相談に来ている。過去、15年の間に何度も、実家に入るように母より言われてきた。しかし、色んな事情で、それを妻が断ってきた。「子供と共に住みたい」その母の思いと妻の思いとが、オーバーラップして脳裏に浮かんだ。幸せに、息子とその嫁と生活をしていくというその妻の思いは、一瞬のうちに打ち砕かれて、大きな亀裂が入り、思い悩み苦しみ、以前44キロあった体重が39キロまでに痩せてしまった。我が家の問題も仕事中は忘れており、忘れられる。移動中の車の中で現れては消えまた現れては消えるが、このように我に返ると、妻のことが不憫でならなく思う。我が家の問題も、何とか解決しなければならないとは、思うが、所詮、焦ってみてもどうなるものでもない。覆水盆に帰らずというこの世間一般の慣わしは、夫婦の事に対して語った諺のようであるが、我が家の人間関係もまた、姑と嫁の人間関係である。しかし、まだ盆を傾けて水をこぼした訳でもない。まだ姑と嫁の人間関係が始まったばかりで、それにまつわる私も、心悩ます問題に直面し「家族と私」のエッセイに織り込んだ。姑の夫である私は、嫁の夫である次男が、不憫でならない。だが、その中にあり妻の心の内を察すると私も辛い。どこの家庭でも通り抜けなければならない問題でもある。これだけは、避けては通れないので、どんな方法が、この場合に適しているのかも思い悩んだりもした。そして、2年後には新たな姑と嫁人間関係が始まる。つまりは、私の母と私の妻の間に入らなければならない。全てを捨て、私の母の元に身を寄せよるよう話したが、私の一存によって、妻の一生を左右しようとしている。この世に生まれた時が、プロローグ・・・・。そして、よちよち歩き出したときが人生第1章・・・。母の、乳房を離れるときが人生第2章・・・・。言葉が話せるようになった時が第3章・・・・。人生なんて長くもあるが、振り返ってみると実に短いと、実感する。あの時は、あのようにすれば良かった。またあの時は・・・。妻は、いつも私の後から付いて来てくれた。結婚してから、妻には苦労の掛けっぱなしだった。そして、13年前には妻の反対を押し切って中国へ出てきた。その間、3人の子供を育てるために精神的に苦労を掛けた。3人の子供達も伸び伸び育ってくれた。3人の子供達も、それぞれの人生に旅たってくれた。あとは、3つの人生を見守るだけである。私自身、このように中国で子供のように伸び伸びと、人生を送れるのも、妻のお陰だ。今でも、妻の行為に甘えてしまっている私。何も文句を言わずに、ここまで有難う!今まで言葉に出して言えなかったけど、私が倒れて、のたれ死にするその、死ぬ時に、「おまえのお陰で良い人生だった」と妻に告げたい。 ↑会員でないと見れません。このフレーズは、歌にも歌われたが好きなフレーズ。別の「ソーシャル・ネットワーキングサイト」で、そのフレーズに賛同した366名の若者の名を連ねる。「○○○と私」のバトンリレーも今回で最後となった。「40-loveさん」から受け継いだバトンも確実にリレーされた。既に「○○○と私」のお題で更新されたブログです。「でお0308さん」「dadaozhixingさん」「HOROGOさん」「桃麻さん」「ピーコ1750さん」現在考慮中の人のブログを、ご紹介致します。「rafiaさん」「更年期かあちゃんさん」「ゆかりんさん」「家族と私」は、これで終わりです。あとは、画像の更新の通常の更新に戻りたいと思います。この連載は、フリーページへ更新致します。
2006.03.22
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「家族と私」その17 40-loveさんから「バトンリレー」が、回って来ました。彼女からバトンされた、テーマは、「家族と私」でした。 私のブログ「上海発!画像の更新!」は、旅行などの画像を更新するためのみ、記事を書いていますが、今回初めてお受けしました。 --------17--------私の実家で弟が話していた。その兄貴が日本に居ない間、残された兄弟で、何度喧嘩した事か、兄貴は知らへんやろ?妹の旦那も「お兄さんが、ハッキリして中国へ、行かなかったから、財産の問題でももめた。」と、俺達の間が変になったのも兄貴がハッキリしないからや。お袋が話の中へ入った。弟に「あなあたは黙ってなさい」何かと言うと、訳の分からない事を、言ってちょっとは、黙ってなさい!と・・・。母は、私の方は、いつでも良いよ。○○さんには、明日からでも、良いから早く来て下さい。って、伝えておいて下さい。妻の心配は「こんな長い間、お母さんの所へ来ないで、今更来なくても良いよって、言われたらどうしよう?」と、不安がっていた事を母に告げた。母は、「そんな事は何も考えなくて、足も弱ってきたから、来てもらうだけで、もう十分と伝えて下さい」と付け加えた。私は母と血がつながってないが、弟は母が産んだ実の子で、あり本来なら弟がこの家に入るのが自然だった。そのような弟の気持ちを思うと、何も言えなかった。弟は苦労して美容師を目指し勉強して、いくつもの店で修行し、自分の店を出し土地を購入し店舗と住宅を建てた。私といえば、プレタポルテの修行後、デザイナーを夢みた。しかし、今まで半ば軽蔑していた縫製工場を経営していた。25歳だったが、この時に長女もできた。25歳から40歳までの好景気も、1991年末に起こったバブル崩壊の2年後より段々とかげりが見えはじめ、崩壊の波が押し寄せて、来るのが肌で感じられた。工場を大幅縮小今で言うリストラを行い、妻に工場を任せ以前より話の有った中国の仕事を承諾した。その中国へ行く8ヶ月前に父を見送り、中学2年と高校1年、そして高校3年の3人の子供を残し中国へ向かった。バブル崩壊で私の友人たちも財産を失った者や、一瞬にして2億の借金を背負った者もいた。多くの悲惨な状況をも目にしたが、友人などは負債が負債を、呼び、追いやられ、悲惨な最期を迎えた者までいた。私が中国へ行く気になったのは、そのような背景もあってのこと。自分が培ってきた腕が、どこまで通用するのか、試したい気持ちもあった。しかし、そんな自分を飾り立ててもどうなるものでもない。そして私が中国へ来て5年を過ぎた頃、私が妻に託した工場の、お客様が倒産し、当然のごとく、1ヵ月半の加工費が入らず、中国にいる私は工場の閉鎖を通達した。妻は、もう少し頑張って仕事をして行きたいと懇願もしたが、これ以上の負債は命取りになると説得仕方なく応じてくれた。すべて清算した。私が思っていたより負債額は少なかった。早く決心して、工場を閉鎖したからだとも思った。25歳で工場を経営し、気付いてみたら何も残っていなかった。残ったのは思い出だけのようにも思えてならなかった。そして、妻が必死の思いで建てた家も、あと2年で私から子供の名義に替えようとしている。妻はそんなにあわててあなたから子供に名義を変えなくてもいいのではありませんか?とは言うけれど・・・。三番目の次男が結婚する前に妻から来たメールには、○○ちゃんともうまくやってるから、私は黙ってみてます。しかし、その喜びも束の間次男と嫁は結婚式を挙げた後、嫁の言いなりで外に出てしまった。やはり、名義は次男に変更し、彼らの幸せを願うのが一番、良いと思う。そして妻の幸せをも考えるとその方が得策なのではと、私が判断した事である。そして、母一人で、ほったらかしていた実家に妻を行かせて、ゆくゆくは、実家に私も入ろうとしている。私は今まで、何でも自分で判断し決定して、それを家族に、押し付けていたように思い「兄貴は勝手過ぎる」と、弟が文句を言いたいその気持ちがよく分かった。「家族と私」その18へつづく
2006.03.22
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「家族と私」その15 40-loveさんから「バトンリレー」が、回って来ました。彼女からバトンされた、テーマは、「家族と私」でした。 私のブログ「上海発!画像の更新!」は、旅行などの画像を更新するためのみ、記事を書いていますが、今回初めてお受けしました。 「バトンリレー」でブログに「普段書かない記事」を、書いて下さいとの条件付です。ですから私の心を、さらす事になってしまいますね。そして、ブログを飾る事も出来ませんね。 「家族と私」のタイトルで記事を書いて行きます。 --------15--------ここまで、いろんな事が有ったが、何とか、長女・長男・次男の結婚式も、無事終了という、運びになったのである。長男には5歳の女の子が、長女には間もなく、1歳になる女の子がいる。子供が生まれたら生まれたで、その成長振りを、写真に撮りメールで、送ってくれた。また、「ID・PASS」の掲示板に貼り付けては、私を楽ませてくれた。しかし、私には悩み事があった。私の実父は13年前に他界していたが、私の義母(実母と同じ感覚)は一人でいる。私は長男であり、この中国から日本へ帰国するならば、現在、妻が住む家は、次男が継ぐ事になっていた。そのような将来の話になると困り果てた。自分達の老後の生活にも関係してくるゆえに、慎重になるが、仕事とは別な慎重さであった。特に妻との話し合いには特に慎重さが増した。母一人で住む家に妻に行って欲しいためでもあった。命令口調も言えないし、懇願する勇気も無かった。まずは母の元へ行った。140kmの道程であった。3年ぶりに訪れる実家で、夕飯には早かったが、近くのスーパーで、買い物をした。だが、買い物などしたこと無い私にとって、その時間が楽しくも感じた。一晩泊まるのに9千円もの刺身や出来合いの、惣菜類を買ったものの、私を待っていた母は、私が、家に着くなり「こんな沢山誰が食べるの?」と、言いながら、早速お湯を沸かしていた。そして刺身類などは冷蔵庫にしまった。弟を電話で呼び、妹の旦那も呼んだが、妹が既におかずを用意しており、母の家に着くなり、少し話をして帰って行った。弟も来たが、ビールを飲むばかりで、買って来たものは減らなかった。弟は相変わらず取り留めのない事を話しては、自分で受けていた。自分で話し、自分で、面白いのか自分の言葉に笑い声を上げていた。私は重要な用事で来ているとも思いながらも、半分は弟の取り留めない言葉に耳を傾け、半分は母の行動を目で追っていた。私は3年間実家へは来なかったが、長女の結婚式で、会っていたが、親戚や多くの人の中で、注意してみなかった。今回も次男の結婚式で、母も参加してくれたが、あまり気に留めなかった。だが、実家で普段着の、母の姿や動きを見るにつけ、年老いたな~と実感した。父が他界して既に14年が過ぎた。父は血圧が高くいつも寝ていたように思う。父が倒れたのが58歳だった。それから亡くなるまでの、16年間病院を出たり入ったりし、その間、母の苦労は、いかばかりだったか?父の最期のとき、医師は延命措置を取りますか?と、母は、お願いしますと言ったが、私は、もうこれだけ、父の為に尽くしたのだから良いよと、医師に延命措置を断った。延命と言っても5時間か6時間であろう。もう既に16年間苦しんできたのである。その後、私は父の死を見届けた。母は育ての母であり、世間では継母ともいうが、その感情は全くなかった。一生懸命生きてきた母の後姿や肩をすぼめた姿に自分の家族の事だけを考え生きてきた、自分が恥ずかしかった。私の横では相変わらず弟がいろいろと話をしていた。母は私が買って来た刺身を綺麗に皿に盛ってテーブルの上において更にビールの栓を抜くべく「栓抜きをどこに置いたかな~」と言いながら、茶箪笥の引き出しの中をまさぐっていた。弟は缶ビールをそのまま口に運んでいたが、母は私が、瓶ビールの方が好きな事を覚えているようであった。栓抜きが見つかり、栓を抜くが、2回3回とビール瓶の口に持って行きカシャカシャ音がするだけで、ビールの栓は、なかなか開かなかった。「家族と私」その16へつづく 「家族と私」その16 40-loveさんから「バトンリレー」が、回って来ました。彼女からバトンされた、テーマは、「家族と私」でした。 私のブログ「上海発!画像の更新!」は、旅行などの画像を更新するためのみ、記事を書いていますが、今回初めてお受けしました。 「バトンリレー」でブログに「普段書かない記事」を、書いて下さいとの条件付です。ですから私の心を、さらす事になってしまいますね。そして、ブログを飾る事も出来ませんね。 「家族と私」のタイトルで記事を書いて行きます。 --------16--------母は、「普段は私一人だからビールの栓を、抜くこともないな~」と、言いながらやっと、「よっこいしょっと!」と言いながら椅子に座った。そして、弟の話を制止するように「今日はまた何か、大事な話ですか」と、私に切り出した。私は、「次男が結婚して、これで3人の子供達は、順調に結婚した」と語ると、母も「そうだね~」と、相槌を打って、「あなたの所が、一番順調片付いているね」と、頷きながら親戚の例を挙げ、活き活きと話し出した。弟は、母に、「そんな事どうでもええやん!」と「今兄貴に話しとるさかいに、ちょっと黙っといてんか」などと話すものだから、実家の近くに住む弟との会話に、半ば、羨む思いをも感じた。母は、弟に、「少し黙ってなさいな」と、「お兄ちゃんは、久しぶりに帰って来たんやのに、あんたの話は、もうええ!」とすこし、苛立つ思いで話した。私は、何から切り出してよいか母の元へ来る道程に、いろいろと考えてはきたのではあるが、いざとなると、何から話してよいか?一瞬考えてより話し出した。母は何かを期待するような表情で私の顔を見入った。あなた「髪の毛どうしてそんな茶色や金髪に染めているの?」と聞かれ「今流行ってるんですよ」というと、「三人目が結婚する年なのに、そんな子供より派手なのでは?」と、私は、今まで考えていた言葉を一瞬にして見失った。今日来たのは、妻の事についてでもあり母にも大きく、関わって来る事柄であったが、突然髪の毛の事を、切り出され、出端をくじかれてしまった。この頃には、弟も私が何を言い出すのかと固唾を呑んで、聞いているようであった。私は、刺身の一切れ箸で、つまんで、わさびをたっぶりつけ、口へ運んだ。突然、「弟が兄貴!何でも話したらええやん!俺が、おってあかんのやったら、出とってもええで~」と、関西訛りの口調で話す。私は、「いやっ!お前にも聞いておいて貰ったほうがいい」と、言いながら、再度話し出した。実は、次男が結婚したのは、お袋も結婚式に参列したので、分かっていることだが、私は、次男たちが、妻と一緒に、住むものばかりと思っていた。しかし、どうも妻と嫁が、しっくりこないらしく、外にアパートを借りて住むと言い出し、すでに、アパートの手続きも済んだとか。次男は嫁の言いなりで、何も話せないでいるようだ。話すのが怖いようにもみえる。私は中国で好き勝手な事をして、妻をほったらかしていて、こんな事は言いにくいのだが、気の毒でならない。それで、昨夜は次男と妻に、はっきり伝えたことがある。その内容について協力して頂きたいと思い今日来たと話した。弟は大体分かってきたが、妹を呼んで、俺達家族で話した方が良いのではないかと、私に言うが、母が口を挟んだ。すでに、旦那とともに食事をしている最中だから、あとから母さんが話しておくと、私に早くその内容を、話しなさいと、急かしているようでもあった。2年の年月で、今の家を、次男の名義に変更する。妻は、その2年の間に次男の妻や、次男と話し合い、家に戻るよう説得し、妻自身も、身の回りの整理や、自分の心の整理をするようにと伝えた。2年のその前になるのか?その後になるのか?この家に入り、お袋と一緒に住む。勿論、明け渡した「家」へは、いつでも妻が遊びに行けれる、環境を作っておく事も必要だが、まずは、お袋や皆の意見を、聞きたいと今日は来たのであると話した。その話が終わらないうちに、弟が口を挟んだ。「じゃ兄貴は、お袋の面倒を、見てくれると言う事?」俺の女房も、いつもその事を、口に出していた。「兄貴は親父が亡くなった13年前の、葬儀の中でこの家に、入るって、参列した人達に喪主の話で話しとった」と語った。「それが兄貴は家に入るどころか中国へ行ってしまった。」「家族と私」その17へつづく
2006.03.21
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「家族と私」その13 40-loveさんから「バトンリレー」が、回って来ました。彼女からバトンされた、テーマは、「家族と私」でした。 私のブログ「上海発!画像の更新!」は、旅行などの画像を更新するためのみ、記事を書いていますが、今回初めてお受けしました。 「バトンリレー」でブログに「普段書かない記事」を、書いて下さいとの条件付です。ですから私の心を、さらす事になってしまいますね。そして、ブログを飾る事も出来ませんね。 「家族と私」のタイトルで記事を書いて行きます。 --------13-------- 「娘と結婚したいのですか?」と聞くと「ハイ!」と、「いつ結婚式を挙げるんですか?」と再度聞くと、「お父さんが中国から帰ってこれる日にしようと、二人で話しているのですが・・・。」と言った。 「よし!来年の中国春節に帰ってくるから、その時で、予約を取ったほうが良いよ」と言うと「そうですね~」と、なんだか拍子抜けした様子だった。 そして、その中国春節で日本へ帰国し、バタバタの日々。いよいよ長女の結婚式の当日になってしまった。娘から「お父さん!お母さん!長い間・・・」と、言い出し困ってしまった。私は「まだいつでも会えるんだから」と、そして、まだ言っているので身の置き所に困った。妻に、「お前もこのように言ったの?」と聞くと、私は、家を飛び出して、あなたの所へ来たので、親不孝者で後悔してますなんて言われて、薮蛇だったと思ったりもした。妻は「折角覚えたのですから聞いてあげたら」などと、「そんなもの覚える必要はなかったのに」と、言ったものの、「いつでも帰って来いよ!」と、言うと、妻は「どんな事があっても我慢して、帰ってくるなよ!と言うのが普通でしょう?」と・・。私も「結婚してからでも、気兼ねなく帰って来なさい」と、そのような意味で話しているのに、どうして、話しが飛躍してしまうのかとも思った。結婚式場は仏前結婚だった。仏前結婚と聞いていたので、すぐに思った事は、正座など出来ないが困った事になったと思った。しかし、会場に着くと、テーブルや椅子が設置してあり、今は相当変わったんだな~などと思い、ホッとした。長男の時は、教会で結婚式を行った。賛美歌を歌い、アメリカ人牧師の日本語の、イントネーションが、まだ耳に残っていた。それから比べると、仏前結婚は、葬儀をしているような、感じだったが、段々と式が進むにつれ、厳粛な感じで身が引き締まった。結婚披露宴会場に車を置いていた人もあるので、大型バスで移動したり、自分の車で移動したりして、結婚披露宴会場に着いた。私は、親戚関係に来て頂いたお礼を回っていた。そして、娘婿の親戚や友人にも挨拶して回った。しかし、誰が誰だか分からず、全く関係のない、人にまで、挨拶に行っていたので、妻から、「どんと構えて座っていて下さい!」と注意を受けた。落ち着かない時間が過ぎた。長男の時には、感じなかった感覚で、何とも変な感じだった。いよいよ披露宴も始まり、披露宴も終盤に・・。父親が長女の花嫁をエスコートして、花婿に、手渡す場面になったが、リハーサルもなかったせいか、私は花嫁の手を持ち、拍手の中を歩いた。司会者から、「お父さん!おとうさん!」と、呼ぶ声がしたが、音楽に合わせて花嫁の手を引っ張り、いつまでも歩いていた。会場の進行補助の女性が小走りに来て、「お父様、花嫁の手を離されて花婿に手渡して下さい」などと、言われてから、やっと自分の置かれている状況を、把握する事ができた。司会者がマイクで「お父様が、いつまでも花嫁の手を、離したくない気持ちよく分かりますね」とフォロー。私は、呆然と立っている花婿を、手招きして、やってきた花婿に「この手を離すんじゃないぞ!」と、言って手渡すと、会場から拍手が舞い起こった。妻からは、「もう恥ずかしいですよ」と言い、更に、「あのまま黙っていれば花婿の席に座っていたのでは?」実際に「お父さん!早く早く」と、進行役の人から、いきなり「娘の手を引いていって下さい」などと、言われた時には、心が舞い上がったのも事実だった。「家族と私」その14へつづく 「家族と私」その14 40-loveさんから「バトンリレー」が、回って来ました。彼女からバトンされた、テーマは、「家族と私」でした。 私のブログ「上海発!画像の更新!」は、旅行などの画像を更新するためのみ、記事を書いていますが、今回初めてお受けしました。 「バトンリレー」でブログに「普段書かない記事」を、書いて下さいとの条件付です。ですから私の心を、さらす事になってしまいますね。そして、ブログを飾る事も出来ませんね。 「家族と私」のタイトルで記事を書いて行きます。 --------14--------妻からは、「もう恥ずかしいですよ」と言い、更に、「あのまま黙っていれば花婿の席に、座っていたのでは?」と言われてしまった。実際に「お父さん!早く早く」と、進行役の人から、いきなり「娘の手を引いていって下さい」などと、言われた時には、心が舞い上がったのも事実だった。式が終わり、長女や娘婿の友人から、「すごく楽しかったですよ」とか、「いいノリで良かったですよ」などと握手・・・。長女からも「一時は、どうなるかと思った」と、「父さんは、いつもの父さんと違ったね」などとも、言われながら、取りあえずは無事に終了した。次男から「父さん!僕っときには、あんな恥ずかしい事せんどいてよ!」と生意気。その次男から中国の私の元へ「結婚するから」と、いきなりメールが入ってきた。私は「それは良かった」と送信したら、「もっと他に適当な言葉がなかったの」と、自分のメールの事を棚に上げていた。結婚式の日取りが決まってから、次男に「先方のご両親と会って話しをしたい」と、メールを打ったが、「その当日でいいよ」と、素っ気無いメールが来たので悲しかった。そして、「結婚式の当日に、始めまして!なんて、挨拶をするなんておかしいのでは・・」と、更に「いくら非常識なお父さんでも物の良し悪しは、分かるぞ!」などとタイプしメールした。いつの間にか、「妻と長女・長男・次男、相手のご両親と長女で会食会を済ませたから、やっぱり父さんは、結婚式の当日で良いよ」などと馬鹿げたメールを送りつけて来た。しかし、どうしても納得がいかない、お父さんを、一生の笑い者にするつもりですかと日程を調整して、会う事になったが、結局、当日になり、相手の、父親が来れないとの連絡が入った。私は、一人娘を取られるようで、「私と会いたく、ないのだろうか?」とも思ってみたりした。仕方なしに母親に会った。娘とは2回ほど、既に会っていたので「元気?」と言うと、「はい!」と答えてくれた。相手の父親に会えなかったが、母親が携帯電話で、撮影した父親の写真を見せてくれた。残念な思いもしたが、また中国へ戻った。次男の結婚式は、中国の春節ではなかったが、自分の子供の晴れ舞台であるので飛んでいった。次男の結婚式は、教会で行った。長女の時と違い、結構落ち着いていた。しかし、花嫁の父ばかり気になり目で追っていた。なぜならば、一人娘で、兄弟姉妹が居ないので、その心境を思うにつけ、心が痛んだからだった。花嫁の腕を取りバージンロードを歩く父親の、姿を見ていると、私の長女の時の事が浮かんだ。花嫁のウェーディングドレスの後の丈が長く、子供が2人で持ちながら、あとを歩いていた。一番前に座っていた私と父親との目が合ったが、緊張している雰囲気が伝わってきた。披露宴も終盤になり、皆様にお礼の挨拶を申し上げたが、花嫁の父親は、花嫁の父としての挨拶をしなかった。妻や娘から、「花嫁のお父さんは男らしいですね」と、私に嫌味を言っていた。私も何を言っているのか、分かったので何も言わなかった。長女が結婚する時に、花嫁の父として、話しをさせてほしいお願いして、実際に長々と、スピーチをしてしまったからである。こうして私の長女・長男・次男の結婚式も、無事終了という運びになりました。長男には5歳の女の子が、長女には間もなく、1歳になる女の子がいる。「家族と私」その15へつづく
2006.03.21
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「家族と私」その11 40-loveさんから「バトンリレー」が、回って来ました。彼女からバトンされた、テーマは、「家族と私」でした。私のブログ「上海発!画像の更新!」は、旅行などの画像を更新するためのみ、記事を書いていますが、今回初めてお受けしました。「バトンリレー」でブログに「普段書かない記事」を、書いて下さいとの条件付です。ですから私の心を、さらす事になってしまいますね。そして、ブログを飾る事も出来ませんね。「家族と私」のタイトルで記事を書いて行きます。--------11--------3人の子供とは、私が中国へ来てから1年ほど経ち、メールのやり取りを始めた。子供3人と妻には、パソコンを購入してあったが、相当古いパソコンであった。3台を買い換え、3人の中で一番新しかった、パソコンを妻が引き継いだが未だに難しいらしい。長女からは、高校での友達関係(人間関係)に、悩みながら、それに対する質問メールが多かった。私の高校生活では、先生から言わせると、結構、悪い生徒であったそうであるが、自分では悪い生徒と思ってないので始末が悪い。友人は多かった。不良の友人から文学学生まで、幅広く付き合ったため、色んな勉強をした。他の高校の生徒と殴り合いの喧嘩をし、お互い血を流し、最後には握手をし友達になった。高校生でありながら、夜の街を徘徊したり、ある夜には、「生田春月」「太宰治」「生田葵山」の文学者の入水自殺について、夜が明けるまで、文学青年と話し合った事もある。その中での、娘とはいえ、女子高生の交友関係の相談メールには、どう答えていいか分からず、人生についてとのテーマで送信した事もあった。長男からは、私が日本へ帰る度にプレゼントした時計やゲームなどを、盗られてしまったと、嘆きのメールが届き、物を盗るより盗られた方が、どれだけ気が楽か分からない。あなたの物を盗った友達はきっと後悔しているに、違いないだろう。あなたと会う度に苦しい思いを、しているだろうから、逆の立場にならないようと、結構長いメールのやり取りをしていた。長男が高校から推薦で就職し、次男が大学へ、行くようになってからも、「父さん!元気ですか」と、始まるメールは続いたが、次男は皆に比べ少なかった。そんなメールのやり取りも時は過ぎ、1月15日のスキー場問題で大騒ぎの中で生まれた長男から、「結婚」と言う事に対してメールが来た。私と妻の時の結婚の事をメールに託した。お父さん達は、反対されていたが、父さんの、最後の「家から出て来いよ」という一言で、母さんは、島根から愛知までバッグ一つで出てきた。街の公衆電話から「私来ちゃった」と、迎えに行き、父さんがその時のお母さんを見た時は「可愛かったよ」と書き、お母さんとの出会いがなかったら、あなたは、生まれてはいなかった。とも付け加えた。その後、長男は半年もしない間に、結婚してしまった。私も当然中国から結婚式の為に参加し、披露宴の父親の、お礼の言葉で1月15日のスキー場の事も話ながら、皆に見守られ、実に幸せな人生の出発点だった。今素晴らしき伴侶を得て、彼もこれから私が羨むような、家庭を築いてくれる事でしょう。とのお礼と祝辞を、父親の挨拶の中で述べ終わり、ふと長男を見ると、一筋の涙がスポットライトに照らされ、光っていた。長男は22歳であったが大学へは行ってなかった。親戚のまだ早いという反対を押し切って、私のみ、お互いの愛を引き裂いてはいけないと賛成した。私は、長男の心の動きをメールではあるが、何度ものメールのやり取りで把握していたと、親戚の人達にも、説明したが、「たかが文章で、人の心の何が分かると言うのか」と、笑われてしまったが、長男達の心は理解していた。その長男もやはり大学の大切さを感じたのか、結婚してからも勉強をし、3度目の挑戦で合格し、会社のお金で大学へ行っていた。今は、5歳の娘がおり、家族で元気な姿を妻の所へ、連れて来て見せるようで、その報告メールを読むだけで、私は何とも言えない幸福感に浸ったものだった。我が家では、長男がいち早く結婚し、一番早めに、結婚しなければならない長女が後になってしまった。「家族と私」その12へつづく 「家族と私」その12 40-loveさんから「バトンリレー」が、回って来ました。彼女からバトンされた、テーマは、「家族と私」でした。 私のブログ「上海発!画像の更新!」は、旅行などの画像を更新するためのみ、記事を書いていますが、今回初めてお受けしました。 「バトンリレー」でブログに「普段書かない記事」を、書いて下さいとの条件付です。ですから私の心を、さらす事になってしまいますね。そして、ブログを飾る事も出来ませんね。 「家族と私」のタイトルで記事を書いて行きます。 --------12-------- 中国にいる私と、我が家の4人との連絡は、1995年よりメールでやり取りをしていた。 だが、2001年以降になると私のHPの「中国ひとりぽっち」に「IDとPASS」を設定し、その中でのやり取りになった。しかし、私も何日経っても返事をしないと、携帯から直メールで「掲示板見ました?」と。我が家では、長男がいち早く結婚し、一番早めに、結婚しなければならない長女が、後回しになってしまった。メールのやり取りでも、色んな事を書いていたが、自分の伴侶になる人の事を書き込むのが、恥ずかしいのか結婚を決意してより連絡があった。 中国より娘の婿になる人を見に帰った。娘からどんな人なのかと色々と聞いてたが、会えば分かるからと中々話さなかった。妻よりは会えば分かるけど、とにかく肥えた人だと、その肥えている表現を、いつも連れて来る前に、ご飯を炊くんだけど、どんぶりでお代わりと、そして、3杯も食べるとご飯も無くなってしまう。そんな人と結婚して、うまくやって行けれるのか?聞いたが、ご飯なんて安いものだから問題ないと言う。そして、妻に何だか文句を言っていた。また、苗字を聞いたり、家を聞いたりしているうち、偶然にもその彼の、ご両親を知っていた。楽しみに待っていると、車の音がしてホープが、吼えると同時に、長女から「お父さん!来たよ!」と、座敷の方に座って頂きますからねと妻も促す。私は彼より早く座敷に行く為、小走りに走った。廊下と座敷との3センチほどの敷居につまづき、座敷に手を突いて倒れ込むように転んだ。娘は「お父さん!何を遊んでるの!」と私を急かすが、余り慣れてない家の作りに肘を、摩りながら、結婚相手入って来る時「そこ気をつけて下さい」と、敷居を指差し注意すると「知ってますから大丈夫です」と頭を下げた。結構、毎日のように来ているようで、嫉妬心が湧いた。妻が座布団を差し出したが、その上には座らなかった。色々な質問を、私の方からしたが、結婚に関しては、中々切り出す事が、出来ずに困っていると、娘が入ってきて「何処まで話が進んだ~」と聞いていた。お父さんからは「仕事は何をしている?楽しいか?」その他は「車は何に乗ってるとかガソリン代は?」とか、「朝はすっきり起きれるか?正座して足が痺れないか」「それから・・・」と言って、「父さん・・・」と、長女は「お母さ~ん」と妻を呼びに行った。その暫しの間にも「娘と一緒にいて楽しいですか?」など、聞いていると、妻がやってきて、「今日は結婚の事で、折角来ているのですから、その話をしてほしいのです」と。私は、「一番大事な事ばかり聞いていますよ」と言うと、どうしてなのかと言うような顔で私を見た。「仕事が面白いか、車に金を掛けすぎてないか?や、朝はすっきり起きれる事は一番重要だからね」と言うと、妻から彼に「ごめんなさいね、内の人は、ちょっと、変わってますから」などと、言っているので、「私達二人にしてくれないか?」と、娘達を追い出した。私は「あなたのご両親は偶然にも知っています」と言い、続けて「娘をどうしたいと思っているの?」と聞くと、言葉を見失ったように黙ってしまった。「娘と結婚したいのですか?」と聞くと「ハイ!」と、「いつ結婚式を挙げるんですか?」と再度聞くと、「お父さんが中国から帰ってこれる日にしようと、二人で話しているのですが・・・。」と言った。「よし!来年の中国春節に帰ってくるから、その時で、予約を取ったほうが良いよ」と言うと「そうですね~」と、なんだか拍子抜けした様子だった。私が「妻と娘を呼んできて下さい」と言い、彼は立ち上がったものの、巨体で正座をしていた為、痺れが切れたらしく、這う様にして座敷を出た。中国では私も、椅子の生活なので、痺れた。彼が呼びに言っている間に、足を投げ出したり、屈伸運動をしたりしていた。 「家族と私」その13へつづく
2006.03.20
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「家族と私」その10 40-loveさんから「バトンリレー」が、回って来ました。彼女からバトンされた、テーマは、「家族と私」でした。私のブログ「上海発!画像の更新!」は、旅行などの画像を更新するためのみ、記事を書いていますが、今回初めてお受けしました。「バトンリレー」でブログに「普段書かない記事」を、書いて下さいとの条件付です。ですから私の心を、さらす事になってしまいますね。そして、ブログを飾る事も出来ませんね。「家族と私」のタイトルで記事を書いて行きます。--------10--------このままでは工場の印象まで悪くなると、妻が、長女・長男を連れて、大自然の島根県の、妻の在所へ送り届ける事を私は決断した。妻の居ない9ヶ月以上の私の生活は大変だったが、新しい生命の誕生の為には仕方ないと思った。愛知から島根までは今でこそ高速道路が、開通しているが、その頃はまだ開通してなく、京都から9号線をひた走った。島根の妻に実家に着いたが、妻のお腹の事も、考慮して休み休み車を運転してきたので、出発が夜の9時で、着いたのが、朝の6時で11時間掛かった。私と友人は仮眠を取り、昼に出発し愛知へ向けに戻った。3人目の次男が生まれたとの連絡が入ったのは、長女と同じ1月19日の午後3時ごろだった。こうして3人目も子供の出産に立ち会う事が、出来なかったので、親戚からは、大変な人と、結婚したものだねとか言われたそうだ。ある親戚は、もう3人も子供がいるんだから、離婚なんて考えたらいかんよ!などと、妻に話したというが、非常識な人も、世の中には居るもんだと思った。妻にはそんな気持ちは、さらさらなく、人は面白がって色んな事をもっともらしく、言うと思ったが、この時私は29歳だった。子供が生まれてから3ヶ月が過ぎた頃の、ゴールデンウィークを利用して、妻と3人の子供達を私一人で迎えに行った。妻のご両親に深々と頭を下げ、子供達や妻の事などもお礼を言って、帰ってきた。その夜、妻の父は、声を押し殺して泣いたと連絡が入った。9ヶ月の間、長女と長男がお世話になり、その間の出来事を、泊まった3日間の間に、酒を交わしながら色々と話してくれた。今まで毎夜、賑やかで子供達の世話に、忙しいながらも幸福感に満ち足りていた。それを、私が全て簡単に持ち去ってしまった。島根の夜は車も少なく、心悲しむには、十分すぎるほどであったようだ。その義父も8年前に他界して、その時は、中国から取る物も取りあえず駆けつけた。子供の成長と共に、工場も大きくなっていった。それに比例して妻の仕事の負担も段々と、増えて行ったように今思う。幼稚園時代、小学校時代、中学、高校、大学と成長する中、私は子供が、中学生・高校生の時に中国へ出てきてしまった。その頃には仕事が中国へ流れ、日本での仕事が、年々少なくなって行ったのである。私が中国行きを決意し、妻一人では工場の、運営は負担が多すぎると考え、外注先は全て、他の工場に分散し従業員も、妻の人脈を選ばせ、退職金を手渡し、妻がやり易いようにした。そのようにして、中国へ出て来たつもりだったが、実際にはそんな簡単ではなかったようだ。父親参観や、進路決定のときの教師との語らい等、色々と大変であったと長女は語る。最近、日本へ帰った折に、自分の人生を棒に振って、貴方のため、子供の為に頑張って来た奥さんに、感謝をしないと罰が当るよと親戚の人達に言われた。その事に関しては、難しい事であり理解し難かったが、そうですねなどと言いながら笑うしかなかった。3人の子供とは、私が中国へ来てから1年ほど経ち、メールのやり取りを始めた。3人にはパソコンを、購入してあったが、相当古いパソコンであった。2台を買い換え、3人の中で一番新しかった、パソコンを妻が引き継いだが未だに難しいらしい。「家族と私」その11へつづく
2006.03.19
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