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「獅子や狛犬に扮した舞人が舞った」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。帝がお帰りになる御輿の先に、獅子や狛犬に扮した舞人が舞ったのでちょうどほととぎすが鳴き、季節からして比べるものがなかっただろう行幸は素晴らしいものの、貴族の息子の車などが、楽しそうに若い貴公子をあふれるほど乗せて、都大路を北や南に走らせたりするのがないのが残念だそういう車が、人の牛車を押し分けて停めるのは、一体どんな人が乗っているのだろうと心ときめいたことを思い出した。賀茂祭の帰りの行列は、とてもおもしろい。昨日は全てがきちんと整っていて一条の大路の広くきれいなところに、日の光も暑く、車に射し込んでいるのもまぶしいので、扇で顔を隠し、座り直して、長い間待つのも苦しく汗もにじみ出たが、今日はとても早く急いでやって来て、雲林院や知足院の辺りに立っている何台かの車につけた葵や桂なども風になびいて見える。
2021.05.31
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「ほかの誰よりも格別に素晴らしい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。近衛の大将は、ほかの誰よりも格別に素晴らしい。近衛府の人々はやはりとてもおもしろい。五月の行幸は、ほかに比べるものがないほど優雅であったらしい。でも今ではすっかれ絶えたようだから、とても残念だ昔話に人が話すのを聞いて、色々想像してみるが実際はどうだったのだろうともかくその日は菖蒲を葺きそれだけでも素晴らしいのに、会場の武徳殿の様子は、あちこちの桟敷に菖蒲を葺きわたして、参列の人はみな菖蒲鬘(かづら)をさして、あやめの女蔵人で顔形が美しいのを選んで御前に出され、帝が薬玉をお与えになると頂いた人は拝舞して腰につけたりしたのは、どんなに素晴らしかったことだろう菖蒲は端午の節句に用い、根茎は漢方で健胃薬し、あやめ。あやめ草のこと
2021.05.30
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「挿頭とは髪や冠に挿した草花のこと」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。もう少し多くの行列を通らせたいのに、祭の奉弊使(使い)は必ずしも身分の高い人ではなく、受領などの場合は、見る気もしなく憎らしいが挿頭(かざし)の藤の花に顔が隠れているところは、おもしろい。挿頭(かざし)とは上古の日本人が神事に際し髪や冠に挿した草花のことそれでもやはり行列の過ぎて行った方を見ると、陪従(べいじゅう/楽人)の気品がないのは、柳襲(やなぎがさね)に挿頭(かざし)の山吹が、つり合わないそのように見えるが、泥障(あおり/泥よけ)をとても高く打ち鳴らして神の社(やしろ)のゆふだすきと歌っているのは、とてもおもしろい。ちはやぶる 賀茂の社の ゆふだすき ひと日も君を かけぬ日はなし行幸に匹敵するものは何があるだろう。帝が御輿に乗っているのを拝見すると朝も夜も御前でお仕えしているお方とは思えないほど神々しく尊くご立派でいつもは何とも思わない何々の司とか、姫大夫(ひめもうちぎみ/行幸の時に馬で供をする内侍所の女官)までが、高貴で珍しく感じるから不思議。
2021.05.29
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「賀茂の祭りの翌日、斎王が斎院に帰る行列」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。見物(みもの)は、臨時の祭。行幸(ぎょうこう)。祭の帰さ(賀茂の祭りの翌日、斎王が斎院に帰る行列)。賀茂詣で(賀茂の祭の前日に摂政・関白が賀茂神社に参詣する行事)。賀茂の臨時の祭の日は、空が曇り寒そうなのに、雪が少し舞い挿頭(かざし)の花や青摺(あおずり)の袍に雪がかかるのは、何とも言えないほど趣がある。舞人の太刀の鞘(さや)がくっきりと黒く、尻鞘はまだらの模様があって末広に見えているのに、半臂(はんぴ)の緒が、磨いて艶を出したように掛かっているのや、地摺(じずり)の袴の中から氷かとびっくりするほどの紅の下袴の、砧で打ち出した模様など、すべてがとても素晴らしい。
2021.05.28
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「男が笛を取りにくるため人をよこした」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。笛は自分の知っている調子で吹いているのは、とても素晴らしい。夜明け前に、趣のある笛を男が忘れて行って、枕元にあるのを見つけたのもやはりおもしろい。男が笛を取りにくるため人をよこしたのを紙に包んで渡すのも、立文のように見える。笙(しょう)の笛は月の明るい時に、牛車の中などで聞くことができたのがとても素敵だった。この笛は大きくて置場所がないほど扱い辛く見える。それに、これを吹く時の顔はどうだろう、あまり見た目はよくない。でも、それは横笛も同じで吹き方しだいのようだ。篳篥(ひちりき/雅楽)は、ひどくうるさくて秋の虫でいえば、くつわ虫のような感じがして、不愉快で近くで聞きたくない。まして下手に吹いているのは、とても憎らしいのに、臨時の祭の日にまだみなが帝の御前には出ないで、物影で横笛を素晴らしく吹き立てているのをああ、おもしろいと聞いているうちに、途中あたりから篳篥が加わって吹き立てたのは、それはひどいもので、とてもきちんとした髪をしている人でもみな髪が逆立ってしまうようなぞっとした気になる。しだいに琴と笛に合わせて楽人が歩いて出て来たのは、とてもおもしろい。
2021.05.27
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「弾くものは琵琶その調子は風香調」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。弾くものは、琵琶。その調子は風香調ふこうじょう)。黄鐘調(おうしきじょう)蘇合(そごう)の急。鶯(うぐいす)のさえずりという調子。筝(そう)の琴もとても素晴らしい。その調子としては、想夫恋(そうふれん)。笛は、横笛がとてもおもしろい。遠くから聞こえて来る音が、だんだん近くなってくるのもおもしろい。近かった音が、はるか遠くになってとてもかすかに聞こえるのも、とてもおもしろい。牛車の中でも、徒歩でも、馬上でも、どこでも懐に差し入れて持っていてもまったく目立たないから、これほどおもしろいものはない。
2021.05.26
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「舞は駿河舞。求子。太平楽」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。舞は、駿河舞(するがまい)。求子(もとめご)はとてもおもしろい。太平楽(たいへいらく)は、太刀などが嫌だけれど、とてもおもしろい。唐土(もろこし)で、敵同士で舞ったなどということを聞いたことがある。鳥の舞。抜頭(ばとう)は、髪を振り上げたの。目つきなどは気味が悪いが楽の音もやはりとてもおもしろい。落蹲(らくそん)は、二人で膝をついて舞っているの。こまがたもおもしろい。「こまがた」とは高麗楽の狛竜(こまりょう)の俗称だろうと言われる。
2021.05.25
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「物語は、住吉。宇津保。殿うつり」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。物語は、住吉。宇津保。殿うつり。国譲りは憎らしい。埋れ木。月待つ女梅壺の大将。道心すすむる。松が枝。こまの物語は、古い蝙蝠扇(かわほりおうぎ)を探し出して持って行ったのがおもしろい。ものうらやみの中将。これは宰相に子供を産ませて、形見の着物を頼んだのが憎らしい。交野(かたの)の少将。陀羅尼(だらに)は、夜明け前に聞くのがよい。経を読むのは、夕暮れ奏楽は、夜。人の顔の見えない頃。遊戯は、小弓。碁。かっこうは悪いけれど、鞠もおもしろい。
2021.05.24
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「寺は、壺坂。笠置。法輪」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。寺は、壺坂(つぼさか)。笠置(かさぎ)。法輪(ほうりん)。霊山(りょうぜん)は、釈迦仏(しゃかぶつ)の住みかであるのがしみじみと心に染みる。石山。粉河(こかわ)。志賀。経は、法華経は言うまでもない。普賢十願(ふげんじゅうがん)。千手経(せんじゅきょう)。随求経(ずいぐきょう)。金剛般若(こんごうはんにゃ)薬師経。仁王経(にんのうきょう)の下巻。仏は、如意輪(にょいりん)観音。千手(せんじゅ)観音。そのほか六観音全て薬師仏。釈迦仏。弥勒(みろく)。地蔵。文殊(もんじゅ)。不動尊。普賢(ふげん)漢文の書は、白氏文集(はくしもんじゅう)。文選(もんぜん)。新賦(しんぷ)史記、特にその中の五帝本紀(ごていほんぎ)。願文(がんもん)。表(ひょう)博士の書いた申文(もうしぶみ)。
2021.05.23
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「島は八十島。浮島。たわれ島」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。島は八十島(やそしま)。浮島(うきしま)。たわれ島。絵島。松が浦島。豊浦(とよら)の島。籬(まがき)の島。浜は有度浜(うどはま)。長浜。吹上(ふきあげ)の浜。打出(うちいで)の浜。もろよせの浜。千里(ちさと)の浜は、広いだろうなぁと思われる。浦は、おおの浦。塩釜の浦。こりずまの浦。名高(なだか)の浦。森は、うえ木の森。石田(いわた)の森。木枯しの森。うたた寝の森。岩瀬の森。大荒木(おおあらき)の森。たれその森。くるべきの森。立聞(たちぎ)きの森。ようたての森というのが妙に気になる。森などと言えるものではなくただ木が一本あるだけなのに、どうして森と言ったのだろう。
2021.05.22
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「脱いだ着物を几帳の片側に掛けて」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。夏でも冬でも、脱いだ着物を几帳の片側に掛けて女の人が寝ているのを奥の方からそっと覗いたのも、とても趣がある。薫物の香りは、とても奥ゆかしい。五月の長雨の頃、上の御局にある小さい戸の簾に斉信の中将が寄りかかった時の香りは、本当に素晴らしかった。なんの薫物の香りか分わからない。だいたい雨の湿り気で、艶かしい雰囲気は珍しくない事だがどうして言わないでいられよう。翌日までその香りが御簾に染みて匂っていたのを、若い女房たちがまたとなく素晴らしいと思っていたのは、当然である。格別目立つこともない従者の背の高いのや低いのを大勢引き連れているよりも、少し乗り慣らした牛車のとても艶々したのに、牛飼童(うしかいわらわ)が、とてもふさわしい身なりで牛の勢いがあるのを、童は牛に遅れるように綱に引っ張られて車を進める。ほっそりとした従者で、末濃染(すそごぞめ)のような袴の、二藍色を穿いて上にはいずれにしても掻練(かいねり)や山吹色などを着たのが、沓のとても艶々したのを履き、牛車の胴のあたり近く走っているのは、かえって奥ゆかしく見える。掻練とは表裏ともに紅。冬から春まで用いた。
2021.05.21
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「気安く話して来る男がいるので」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。宮中の局に、気安く話して来る男がいるので、こちらの火は消してあるが脇の火の光が、隔てた物の上から差し込んでいるので、物の形がほのかに見える。低い几帳を引き寄せて、昼間はそんなに向かい合わない人だから几帳の所で横になってうつむいているが、その傾いた髪の形の良し悪しは男にわかるだろうし、直衣や指貫などは几帳に掛けてある。六位の蔵人の青色の袍は差し支えないだろう。でも、緑衫(ろうそう)となると部屋の後ろの方にくるくる丸めて、夜明け前になっても探し出せないようにして男をまごつかせたい。「緑衫」六位の役人が着る緑色の袍。六位の蔵人は特別に天皇が着る麹塵(きくじん)の袍を着ることができるのに対し、緑衫が几帳に掛けてあると、位が低いことがすぐに分かって無風流だから、くるくると丸めて男をまごつかせたくなるのである。
2021.05.20
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「気が引ける人たちが参上した時」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。中宮(定子様)が起きて来られ、女房が控えている時に、帝付きの女房や典侍(ないしのすけ)など、気が引ける人たちが参上した時、御前近くで話をなさる間は、灯りも消してあるが、長炭櫃の火で、物の細かい所までよく見える。若殿たちには奥ゆかしく感じられる新参の女房で、特に目をかける身分ではないのが、夜が更けて参上している。さやさやと鳴る衣ずれの音もやさしく、膝で進んで前に控えると、中宮様はなにか小声でおっしゃり、新参の女房は子供っぽく遠慮がちで、返事の声も聞こえそうもないくらいで、あたりはとても静かだ。女房があちこちにかたまって座って話をしていて、御前を下がったり参上したりする衣ずれの音などは大きくはないけれど、あの人のようだと分かり、とても心ひかれる。
2021.05.19
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「内側に描いてある絵が見えている」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。注文通り作られた火桶の、灰の縁がきれいにしてあり、起こしてある炭火で内側に描いてある絵が見えているのは、趣がる。火箸がとても際立って艶やかに斜めに立ててあるのも、とてもおもしろい。夜がたいそう更けて中宮様もおやすみになり、女房たちも皆寝た後で、外の方では、殿上人に話をして、碁石を碁笥(け)に入れる音が何度も聞こえるのは、奥ゆかしい。火箸を灰に突きさすのを、まだ起きていると聞くのも、とてもおもしろい。やはり寝ないでいる人は、奥ゆかしい。人が寝ているのを、物を隔てて聞く時に、夜中などにふと目を覚まして聞くと、起きているようだと分かるが、話していることは分からなく、男もこっそり笑ったりするのをなにを話しているのだろうと知りたくなる。
2021.05.18
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「奥ゆかしいもの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。奥ゆかしいもの。 物を隔てて聞いていると、女房とは思えない手の音が静かに品よく聞こえたのに、返事は若々しくて、衣ずれの音がさやさやと参上する気配。物の後ろや、襖障子などを隔てて聞いていると、お食事を召し上がるころだろうか、箸や匙(さじ)がまぜあわせて鳴っているのは趣があり、ひさげ(湯や酒を入れる容器)のつるが倒れる音も、耳にとまる。艶(いろ)打ちした着物の上に、髪がかかっているのは長さを知りたくなる。見事に調度類が飾りつけてある部屋で、灯りはつけないで、炭櫃(すびつ)にたくさん起こした火の光だけが照り輝いているところに、御帳台の紐が艶々光って見えているのは、とても素晴らしい。御簾の帽額(もこう/御簾の上部に横に長くつけた布)や、総角(あげまき)に巻き上げて掛けてある鈎(かぎ)が、際立って光っていて、はっきり見える。
2021.05.17
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「とても清々しい感じがして趣がある」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。野分(台風)の翌日は、とても清々しい感じがして趣がある。立蔀(たてじとみ)や透垣(すいがい)などが強風で乱れているうえに庭の植え込みの草木などもひどく痛々しい。大きな木が何本も倒れて枝が吹き折れ、萩や女郎花(おみなえし)の上に横たわり倒れているのは意外であり、格子の升目に、わざと木の葉を、置いたかのように入念に吹き入れているのは、荒かった風のしわざとは思えない。濃い紫色の衣で、光沢がなくなっているのに、黄朽葉(きくちば)色の織物や薄い織物の小袿(こうちぎ)を着て、実直で美しい女が、夜は風が騒がしく寝られなかったので、ずいぶん寝坊して起きると、そのまま母屋から少しにじり出ているが、髪は風に吹き乱されて、少しふくらんでいるのが肩にかかっている様子は、本当に素晴らしく情緒がある。十七、八ぐらいだろうか、小さくはないけれど、特に大人とは見えないのが生絹の単衣がほころびていて、花色(薄藍色)も褪せてしっとりしている上に薄色の夜着を着て、髪は艶があって、手入れもよく立派で、髪の裾も尾花(薄)のようにふっさりして背丈ほどの長さなので、着物の裾に隠れて袴のひだから見える人が、女童や若い女房たちが、根ごと吹き倒された草木をあちこちで拾い集めて植え直ししているのを、羨ましそうに簾を押して張り出して、簾にくっついている後ろ姿もとても趣きがある。
2021.05.16
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「雨にまじって吹いている風」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。風は、嵐。三月頃の夕暮れに、ゆるく吹いている雨風。八月か九月頃に、雨にまじって吹いている風は、しんみりとした感じだ。雨脚が横向きに、騒がしく吹いているので、夏の間掛けたままの綿入れを生絹(すずし)の単衣に重ねて着ているのも、とてもおもしろい。この生絹でさえ窮屈で暑苦しく、脱ぎ捨てたかったのに、いつの間にこんなに涼しくなったのだろうと思うのもおもしろい。夜明け前に、格子や妻戸をあけると、嵐の風が冷たく顔にしみてくるのは大変おもしろい。九月の末、十月の頃、空が曇って、風がひどく騒がしく吹いて、たくさんの黄色の木の葉が、ほろほろとこぼれ落ちるのはとてもしみじみとする。桜の葉や椋(むく)の葉はとても早くから落ちる。十月頃に、木立の多い所の庭は、とても素晴らしい。
2021.05.15
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「宮仕えしている女房の局に来る男」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。宮仕えしている女房の局に来る男が、そこで食事をするのは酷く見苦しい。食べさせる女房もとても憎らしい。自分を思ってくれる女が、どうぞと情愛を込めてすすめるのを嫌がっているように、口をふさいで、顔をそむけるわけにはいかないから、食べているのだろう。ひどく酔って、どうしようもなく夜が更けて泊まったとしても絶対に私は湯漬けだって食べさせない。気がきかない女だと思って以後来ないなら、それはそれでいい。里などで、北面から食事を出したのは、しかたがない。それでさえ、やはりみっともない。「北面」とは、寝殿造りでは、家人、女房などの居室の事。
2021.05.14
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「急に幻滅とかするものは」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。急に幻滅とかするものは、男でも女でも会話で下品な言葉遣いが何より一番みっともない。ただ言葉一つで、不思議な事に上品にも下品にもなりどういう訳なのか。だからといって、こう思う私が言葉遣いが特に優れているわけでもない。何を基準に良い悪いを判断するのだろう。でも人の事はどうでもいい、ただ自分の気持ちで、よい、悪いと思うのだ。下品な言葉もみっともない言葉も、そうと知っていながら、わざと言うのは悪くはない。自分が使い慣れている言葉を、遠慮なく言うのは、呆れた事だ。そういう言葉を言うべきでない老人や男が、わざとそれらしく見せて田舎びた言葉遣いをするのは憎らしい。よくない言葉も、下品な言葉も年輩の人が平気で言っているのを、若い人はとても恥ずかしがってもじもじしている。何を言うにしても、その事をさせようと思うとか、言おうと思う「と」の文字をなくして、ただ、言おう思うと言うと、それだけでひどくみっともない。まして、手紙に書いたのでは、言うまでない。物語で下手な言葉遣いをするとみっともなく、作者までが気の毒になる。一(ひて)つ車にと言っていた人もいた。「求む」ということを、「みとむ」などとはみな言うらしい。
2021.05.13
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「遊子なほ残りの月に行くという漢詩」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。大路に近い家で聞いていると、牛車に乗っている人が、有明の月の美しいのに車の簾を上げて、遊子なほ残りの月に行くという漢詩を素晴らしい声で吟誦しているのもおもしろい。馬に乗ったのでもそのような情趣のある人が通るのはおもしろい。そういう所で聞いている時に、泥障(あおり)の音が聞こえるのでどんな人なのだろうと、やっていたことも中断して覗いて見てつまらない者を見つけた時には、ひどくしゃくにさわる。泥障とは馬具の名で泥はねを防ぐ為、馬の腹の両脇に覆い垂らす。
2021.05.12
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「柱と柱との間二つぐらい離れて」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。柱と柱との間二つぐらい離れて、燈籠に火が灯してあり、簾を高く上げて女房が二人と童女が、下長押に寄りかかっていたり下ろしてある簾に寄り添って横になっているのもいる。火取香炉に火を深く埋めてほんの微かに香をたてているのも、のどかな感じで奥ゆかしい。宵を少し過ぎた頃、密かに門を叩く音がすると、いつもの事情を知っている女房が来て、意味深に男を自分の体で隠し、人目を避けて導き入れたのは、それはまたそれでおもしろい。二人の傍に音色のいいしゃれた作りの琵琶が置いてあり、話の合間合間に音も立てないで、爪弾きでかき鳴らしているのはおもしろい。
2021.05.11
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「氷水に手を浸して騒いでいる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。大変暑い昼の最中に、どうすればいいのだろうと、扇の風もなまぬるいし氷水に手を浸して、騒いでいると、真っ赤な薄様を唐撫子が沢山咲いて結びつけたのを、取次が受け取り持って来たのは、手紙を書いている時の暑さや、こちらへの思いやりが浅からず思われて、氷に手をひたしながらもう一方の手で使っていた扇も思わず手から離してしまう。南でなければ東の廂の間の、板敷に影が映る所に、真新しい畳を敷いて三尺の几帳の帷子が涼しそうに見えるのを向こうに押しやると、板敷の上をすべって思った所より行き過ぎて立った所で、白い生絹の単衣を着て紅の袴をはき、寝具には濃い色の衣でそれほど糊が落ちていないのを少し上にかけて女が横になっている。
2021.05.10
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「色好みで多くの女と関係のある人」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。色好みで多くの女と関係のある人が、夜はどこにいたのだろうか夜明け前に帰って、そのまま起きていて、眠たそうな様子だが硯を引き寄せて、墨を丁寧にすって、何気なく筆に任せたのではなく心を込めて後、朝の手紙を書くしどけない姿も、趣深く見える。何枚も重ねた白い着物の上に、山吹、紅の衣(きね)などを着ている。白い単衣の、しっかりしわがよっているのをじっと見つめながら書き終え前にいる女房にも渡さないで、立ち上がり小舎人童やふさわしい随身を近くに呼び寄せさ小さな声で手紙を渡し使いが去った後も長い間物思いにふけって、経などの適当な所々を密かに口ずさんで読んで座っていると、奥の方で、御粥、手水の用意をすすめる。文机に寄りかかって書物(漢詩文)を見て、おもしろい箇所は、高く朗詠してとても趣がある。手を洗って、直衣だけを着て、法華経の六の巻を暗誦して誠に尊いのに、女の家は近いのだろう、先ほどの使いが帰って来て合図をするので、ふと読むのをやめて、女の返事に気を奪われるのは仏の罰をこうむるだろうと思うだけでも、おもしろい。
2021.05.09
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「顔は愛嬌があって美人な人」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。病気は、胸。物の怪。脚気。食欲がわかない。十八、九歳ぐらいの人で、髪が美しく、背丈ほどの長さがあり、裾のほうがふさふさしていて、よく太って、色が白く、顔は愛嬌があって、美人な人が歯をひどく患って、額髪も涙で濡らして乱れているのも気づかないで顔も赤くなって、痛い所を押さえて座っているのは、とても魅力的だ。八月頃に、白い単衣(ひとえ)のしなやかなのに、袴(はかま)を合わせて紫苑(しおん)の表着(うわぎ)の、上品なのを羽織っている女が、胸を病んで友達の女房などが、何人も見舞いに来て、外の方にも若い君達が大勢来てお気の毒ですね。いつもこんなにお苦しみになるのですかと、通り一遍に言う人もいるが、その女に想いを寄せている男は、本当にかわいそうだ。男が女を思ってため息をついているのは興味深い。きちんと長い髪を結びつけて、吐きそうと言って、起き上がった様子も、可愛らしい。帝もお聞きになって、御読経の僧で声のよいのを、お遣わしになったので几帳を隔てて座らせている。いくらもない家の狭さなので、見舞いの人も大勢来て、経を聞いているのも丸見えなので、あちこちを見ながら経を読んで座っているのは、仏罰をこうむるのではないかと思われる。
2021.05.08
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「たいしたものといえば」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。たいしたものといえば、乳母(めのと)の夫だ。帝や親王たちの乳母の夫は言うまでもないので、申し上げない。その次々の身分の方、受領の家でも身分に応じて周囲が一歩譲って敬遠するので、得意な顔で自分の気持ちとしてとても期待があり、乳母の妻が育てている子をも、まるで自分の子のように女の子はそうでもないが、男の子はぴったり付き添って世話をする。ほんの少しでもその子のお気持ちに逆らう者は厳しく責めて、悪口を言いたちが悪いが、この男のすることを素直に忠告する人もいないので得意になって、偉そうな顔つきで、指図などする。子供が小さい時は多少みっともない。乳母は子供の母親のそばで寝るので、夫は一人局で寝る。だからといって他へ行けば、浮気をしていると言って妻に騒がれるだろう。乳母を無理に局に下がらせて寝ていると、子供の親から、早く早くと呼ばれ冬の夜などは、乳母は脱いだ着物を慌てて探して着て行ってしまうので男としては実に情けない。それは身分の高いところでも同様で、もっと面倒なことばかりがたくさんある。
2021.05.07
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「位はやはり素晴らしいものである」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。位(くらい)はやはり素晴らしいものである。同じ人でも、大夫の君侍従の君と申し上げる時は、遠慮なくつき合えるが、中納言、大納言や大臣になると、すべて思い通りで、立派に見えるのは、格段の差である。身分相応に、受領もみなそうだろう。たくさんの国を歴任し、大弐や四位三位になると、上達部なども大切に扱われるようである。女はやはり劣っている。宮中で、帝の乳母は、典侍や三位になると重々しいが、かといって年を取り過ぎて、どれほどのことがあるだろう。誰だって成れるわけでもない。受領の北の方で任国へ下るのを普通の身分の人の最高の幸せと思って誉めて羨むようだ。普通の家柄の女が、上達部の北の方になったり、上達部の娘が后になるほうが、素晴らしいことだろう。男はやはり、若い時に出世するのが、とても素晴らしい。法師が、肩書きを言い歩き回っても、なんとも思われない。お経を立派に読み、容貌がけがれなく美しくても、位が低いと、女房に軽く見られ、外見でちやほや騒がれるだけだ。僧都や僧正になると、仏様がこの世に出現なさったかのように恐れうろたえ恐縮する様子は、何に似ているのだろう。
2021.05.06
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「得意顔なもの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。得意顔なもの。 正月一日に最初にくしゃみをした人。まあまあの身分の人はそういうことはしない。するのは身分の低い者だ。競争の激しい時の蔵人に、自分の子を任官させた人の様子。また、除目で、その年の一番よい年貢国の受領になれた人。誰かが、随分立派になられましたとお祝いなど言う返事に、なぁ~にあの国は異様なほど廃れているそうですからと言うのも、得意顔である。また、求婚者が多く、張り合っている中で、選ばれて婿になったのも自分は選ばれたと得意顔に。受領が、宰相に昇進したのは、貴族の息子が昇進したよりも得意顔で、気品高く、素晴らしいと思っているようだ。
2021.05.05
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「クシャミをした人をいまいましく思う」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。いかにして いかに知らまし いつはりを 空にただすの 神なかりせばどうすれば どうやってわかるの 嘘を 空に糺(ただ)す神がいらっしゃらなかったらというような、ご様子ですとある。手紙は素晴らしいと思うが、まだ疑っているのが悔しく心が乱れるばかりでやはり昨夜鼻がむず痒くクシャミをした人をいまいましく憎みたくなる。薄さ濃さ それにもよらぬ はなゆゑに 憂き身の程を 見るぞわびしき薄い濃い花とは関係ない花(鼻)のせいで嘘だと思われて こんな目に遭うのが辛くてなりません。やはりこれだけはよろしく申し上げてください。式の神も自然と見てくれているでしょう。嘘をつくなど畏れ多いことと書いて中宮様にさし上げた後でも、よりによって何故あのような時にどうしてクシャミなんかしたのかと、とても嘆かわしい。
2021.05.04
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「誰かが随分大きなクシャミをした」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。台盤所の方で、誰かが随分大きなクシャミをしたので、良からぬ前兆と中宮様は、まあ嫌なこと。嘘を言ったのね。もういいわと言われて奧へ入って行かれた。どうして嘘なものか。中宮様への思いは普通ではないのに呆れてしまう。それにしても誰が、こんな憎らしいことをしたのだろう。大体クシャミは不愉快と思うから、クシャミの出そうな時も我慢して鼻を押さえつけているのに、こんな大事な時にクシャミをなおさら憎らしい。まだ宮仕えの始めで慣れないので、中宮様に弁解をすることができなくて夜が明けてしまったので、局に下がるとすぐに、薄緑色の薄様の紙でおしゃれな手紙を、使いのものが、これをと言って持ってきた。
2021.05.03
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「私に答えさせようとしている」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。中宮様は、誰かが草仮名(そうがな/草書)を書いた本などを取り出して誰の筆跡だろう。あれに見せて下さい。あの人なら今の世にいる人の筆跡はみな知っているでしょうと、なんとか私に答えさせようとしているようだ。大納言様でさえこうなのに、また先払いの声をかけさせて、同じ直衣姿の人が参上なさったが、このお方は大納言様よりも少し陽気で、冗談を話すのを女房たちは笑っておもしろがり、女房からも殿上人の噂などを申し上げる。やはり変化(へんげ)のものか、天人などが降りて来たのかと思ったが宮仕えに慣れて、日数が経つと、それほど大したことでもなかった。このように見ている女房たちも、みな初めて自分の家から出た来た頃はこんなふうに感じただろうと、分かって行くにつれ、自然と慣れて平気になったようだとお話され、私を愛しく思うと中宮様がお尋ねになる。
2021.05.02
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「私のうろたえた様子が見えてしまう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。後は髪で顔を隠すしかないが、その髪だってみっともないだろうと思うと私のうろたえた様子が見えてしまう、早く立って行ってほしいと思うが扇を手でもてあそんで、この絵は、誰が描かせたのとおっしゃってすぐには返して下さらないので、顔に袖を押し当て俯いて座っているから唐衣におしろいがついて、顔もまだらになっているだろう。大納言様が長く座ってるのを、思い遣りがなく辛いと思っているだろうと中宮様は察したのか、大納言様に、これをご覧、これは誰の筆跡かしらとお話しになるのを、こちらに頂いて拝見しましょうと言われるが、中宮様はやはりこちらへと言われる。私をつかまえて立たせないと言われるのも現代風で、私の身分や年には合わないので、いたたまれない。
2021.05.01
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