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「ふわふわになっている真綿」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。夜のほうがいいもの。 濃い紅の掻練(かいねり)の艶。むしってふわふわになっている真綿。女は、額が出ていて髪がきれいなのがよい。琴(きん)の音色。顔は悪いが感じがいい。郭公(ほととぎす)。滝の音。灯に照らされると見劣りするもの 。紫の織物。藤の花。すべて、紫色の類の色は見劣りする。紅(くれない)は、月の夜に見劣りがする。聞いていて不愉快なもの。声の悪い人が、しゃべったり、笑ったりして、うちとけている様子。眠りながら陀羅尼(だらに)を読んでいるの。お歯黒をつけながらしゃべる声。どうということもない人は、物を食べながらでも話をする。篳篥(ひちりき)を練習している時。
2021.09.30
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「胸が酷くどきどきした」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。都合の悪い所で、男に逢っていたところ、胸が酷くどきどきしたのを、どうして、そんなになるのと言った男に、逢坂は 胸のみつねに 走り井の 見つくる人や あらむと思へば逢坂では走り井の水のような胸が騒ぎ、見つける人がいるのではないかと思って。逢坂の関の走り井。「走り井」は清水がこんこんと涌き出る泉。本当ですか、まもなく下向するというのはと言った人に、思ひだに かからぬ山の させもぐさ 誰かいぶきの さとはつげしぞ思ってもいなかったのに 誰が伊吹の里と告げたのですか ある本に、きよしと見ゆるものの次に書かれてある段を振り返り調べてみた。
2021.09.29
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「女と密かにつき合っている」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。ある女房で、遠江(とおとうみ)の守(かみ)の息子である人と、深い仲になっているのが、同じ宮に仕えている女と密かにつき合っていると聞いて恨んだものだが違っていた。親の名にかけて誓わせてください。とんでもない嘘だ。夢の中だって逢ったことはないと言うのですが、どう言ったらいいのでしょうと言う。ちかへ君 とほたあふみの かみかけて むげに浜名の 橋見ざりきや誓え君、遠江の神・守にかけて、むやみやたら浜名の橋は見なかったか誓え子の君、十多合う身の下身にかけて、やたら、端間と名のつく身の端、見なかったか
2021.09.28
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「勤めも感心すると人々も思う」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。清涼殿の殿上間に昇ること(昇殿)を許された者である殿上人としての勤めも感心すると、人々も思い、帝もお気に入りで、いつもお呼びになって、管弦の遊びのよい相手だと思っていらっしゃる。なのに、男はやはりいつも何となくため息をつきがちで、世の中が自分と合わない気がして、風雅を愛でる心が、異常なまでにあるようだ。上達部で、この上ないほど大切にされている妹が一人いるが、男はその女にだけは、思っていることを話して、慰めにしている。
2021.09.27
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「里に下がればどんなに怒るだろう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。あの歌を人に見せたのだろうか。里に下がってからどんなに怒るだろうと、御前に参上して乳母が申し上げると、また皆が笑い騒ぐ。中宮様も、何故そんな大騒ぎをしているのか、どうかしてるとお笑いになる。男は、女親が亡くなって父親が一人いて、父親は息子を大変可愛がるが、父親に面倒な北の方ができてからは、自分の部屋にも入れさせないで、息子の装束は、乳母とか、亡くなった北の方付きの女房たちに世話をさせる。男は、西や東の対のあたりに、風情のある客間など、屏風や襖障子の絵も見応えがあるようにして住んでいる。殿上人としての勤めも、感心する。
2021.09.26
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「女房たちは笑い騒いでいる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。これを渡してやってくださいと言って、投げたら、女房たちは笑い騒いで、ここにおられる方が、あなたの家が焼けたので、気の毒に思い下さると言って男に渡したところ、広げて見て、これは何の短冊なのと聞いてくる。そして物はどのくらい頂けますと言うので、とにかく読みなさいと言う。どうして読めるのでしょう。片目も開かないのですからと言うので、女房たちは、人に見てもらいなさいと言ってると、中宮様から呼ばれる。直ぐにとお呼びなので、急いで御前に参上したら、そんなに素晴らしいものを手に入れたのに、心配することないと言って、みなで笑い騒いで参上した。
2021.09.25
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「人の家に尻を差し入れて暮らす」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。近寄って来た男は泣きそうな様子なので、どうしたのと尋ねると、少しよそへ出かけていた間に、わたしの住んでいる所が焼けてしまいましたので、やどかりのように、人の家に尻を差し入れて暮らすしかありません。馬寮(うまづかさ)の肥料を積んでいた家から火が出て延焼したのだった。ただ男の家は垣根を隔てた隣だったので、夜殿(よどの/寝室)に寝ていた妻も危うく焼け死ぬところで、少しも家財道具を運び出せなかったと言っている。御匣殿もお聞きになって、ひどくお笑いになる。 わたしが、みまくさを もやすばかりの 春のひに よどのさへなど 残らざるらむまぐさ(肥料)を燃やすばかりの春の日に、どうして夜殿「淀野」までがすっかり焼けてしまったのでしょうと書いて投げてやった。
2021.09.24
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「直衣がとても白く見える」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。大納言がおっしゃるので、裳や唐衣(からぎぬ)は屏風に引っ掛けて行くと月がたいへん明るく輝き、大納言殿の直衣がとても白く見えるのに指貫(さしぬき)を長く踏みつけて、わたしの袖を引いて、転ぶなと言う。連れて行かれる途中、遊子(ゆうし)なほ残りの月に行くと吟誦しているのは、また、たいへん素晴らしい。これ位の事で褒めるのですかと大納言殿はお笑いになるが、どうして、やはり素晴らしいから、褒めずにはいられない。僧都(そうず)の君の乳母などが、御匣殿(みくしげどの/定子の妹)の局に座っていたところ、近くにいる男が、縁側の板敷の近くに寄って来て酷い目に遭いましたが、誰に訴えたらよいのでしょうかと言って来た。
2021.09.23
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「鶏人が朝を知らせる時」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。まさにぴったりの朗詠(ろうえい)だなと帝も中宮様もおもしろがられる。やはり、こういう詩歌を声高く歌い上げることは素晴らしい。声明王のねぶりをおどろかすとは、鶏人(時刻を知らせる人)が朝を知らせる時に、その声で明王(立派な君主)が眠りを覚まし、時刻を知らせる鐘が夜鳴る時、その響きは暗い中に響き渡って臣下の怠りを戒める。(和漢朗詠集・禁中 都良香)次の夜は、中宮様は夜の御殿に参上なさった。夜中頃に、廊に出て人を呼ぶと、部屋にもどるのか。さあ、送って行こうと大納言がおっしゃる。
2021.09.22
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「一体どうしたのだろう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。明日になったら里へ持って行こうと言って隠して置いたのを、一体どうしたのだろう、犬が見つけて追いかけたので、回廊の間木(まぎ)に逃げ込んで、恐ろしい声で鳴き騒ぐので、誰もみな起きてしまったようだ。間木(まぎ)とは襖の長押の上などに作った棚のようなもの。帝もお目覚めになって、どうしてこんな所に鶏がなどとお尋ねになる。大納言殿が、声明王のねぶりをおどろかすという詩を、高らかに朗詠していらっしゃるのは、素晴らしくおもしろいので、凡人のわたしの眠たかった目もぱっちり大きく開いた。
2021.09.21
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「何であんな事を言ったのだろう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。夜も明けましたよと、何であんなことを言ったのだろうと思うが、ほかにも人がいれば人に紛れて寝ることができると思う。帝が柱に寄りかかって、少しお眠りになっていらっしゃるのを、大納言殿が、あれをご覧ください。もう夜は明けたのに、こんなにおやすみになってよいのでしょうかと中宮様に申し上げる。ほんとうになどと、中宮様がお笑いになるのも帝はご存じでない時に、長女(おさめ/下級の女官)が使っている童が、鶏をつかまえて持って来た。
2021.09.20
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「女房たちは姿を消してしまった」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。大納言殿(藤原伊周)が参上なさって、漢詩文のことなどを帝に奏上なさるのに、例によって、夜がひどく更けてしまったので、御前にいる女房たちは、一人、二人ずつ姿を消していってしまった。屏風や几帳の後ろなどにみな隠れて寝てしまったので、わたしはただ一人眠たいのを我慢して控えていると、丑(うし)四つと時刻を奏するようだ。夜も明けたようですと独り言を言うと、大納言殿は、今さらおやすみなさるなと言って、わたしが寝るとは思っていないようである。
2021.09.19
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「女房たちの細殿に入って寝ている」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。左右の衛門の尉(じょう)を、大変恐ろしく立派な判官(ほうがん)と名づけて夜回りして女房たちのいる細殿に入って寝ているのは、実に見苦しい。布の白袴を几帳にちょっと掛け、袍の長くてかさばったのを丸めて掛けてあるのは、まったく場にふさわしくない。袍の長い裾を太刀の後ろに引っ掛けて、局のあたりをうろうろしているのはそれはそれでもまあよい。ただ決まりの麹塵(きくじん)麹カビ のようなくすんだ黄緑色の青い袍をいつも着ていたら、どんなにしゃれた姿だろう。
2021.09.18
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「その歌を気軽に口ずさんだ」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。おもしろいと思う歌を帳面に書いておいたのに、どうしようもなく身分の低い女が、その歌を気軽に口ずさんだのは、はなはだ不愉快だ。相当な身分の男を、身分の低い女などが褒めて、とても優しい方ですねなどと言うと、すぐに男を軽蔑して見くびってしまうだろう。逆に悪口を言われるのは、かえってよい。身分の低い者に褒められるのは女でさえあまりよくない。身分の低い者は褒めているうちに言い過ぎてかえって不利にしてしまう。
2021.09.17
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「ゆっくりくつろぎましょう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。薪こる ことは昨日に 尽きにしを いざ斧の柄は ここに朽たさむ薪を切って法華八講は昨日で終わったから この不要な 斧の柄はここに腐らせて、ゆっくりくつろぎましょうと詠んだ事は、とても素晴らしい。在原業平の中将のところに、母の皇女(伊登内親王)が、いよいよ見まくと詠んでいらっしゃるのは、とても心に染みておもしろい。それを引き開けて見た時の業平の気持ちが、自然と思いやられる。老いぬれば さらぬ別れも ありといえば いよいよ見まく ほしき君かな年をとると避けられない死に別れがあるので よりいっそう会いたいあなたです。 古今集・雑上
2021.09.16
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「七月十五日盆の供養をする」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。人々が呆れているうちに、七月十五日、盆の供養をすると、その男が準備するのをご覧になって、道命阿闍梨(どうめいあじゃり)が、わたつ海に 親おし入れて このぬしの 盆する見るぞ あはれなりける海に親を落として死なせておいて この人が盆の供養をするのを見ると しみじみて身に染みるとお詠みになったというのは、おもしろい。傅の殿(道綱)の母上と聞いているが、そのお方が、普門という寺で法華八講をしたのを、人々が聴聞して、次の日、小野殿に人々が沢山集まり管弦の遊びをし、漢詩を作った時に歌を詠んだ。
2021.09.15
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「海女が海面にあがろうとすると」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。男は舟に乗って、歌などを歌ったりして、海女の栲縄(たくなわ/命綱)を海に浮かべて漕ぎまわる。危険で、心配にはならないのだろうか。海女が海面にあがろうとすると、その縄を引くのだという。男が慌てて縄をたぐり入れる様子は、もっともな事だが、浮かび上がった海女が、舟のへりを押さえて吐き出した息などは、本当にかわいそうで、ただ見ている人でさえ涙をさそうのに、海女を海に潜らせ照る男は、海の上を漕ぎまわる男は、驚くほど酷くあきれるほど嫌な感じだ。右衛門(みもん)の尉(じょう)であった者が、つまらない父親を持っていて、人に見られたら不名誉だと、心苦しく思っていたが、伊予の国から都に上る時、その親を海の波の中へ落とし、人の心ほど驚く事はないと呆れる。
2021.09.14
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「あとの白波はすぐに消えてしまう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。はし舟と名づけて、とても小さい舟に乗って漕ぎ回り、その早朝の様子など、とてもしみじみとした感じがする。あとの白波は、歌にあるように本当にすぐに消えてしまう。世の中を 何にたとへむ 朝ぼらけ 漕ぎ行く舟の あとの白波(拾遺集・満誓)ある程度の身分の人は、舟に乗ってあちこちに移動すべきではないと思う。陸地の旅もまた恐ろしいらしいが、それは、いずれにしても地に足がついているのだから、ずっと安心だ。海はやはりとても恐ろしいと思うのに、まして海女(あま)が獲物を捕りに潜るのは、ひどく辛いことだ。腰についている綱が切れたとしたらどうしようというのだろう。せめて男がするなら、よいだろうが女はやはり並大抵の気持ちではないだろう。
2021.09.13
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「目がくらむような気がする」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。舟の端に立っている者は、目がくらむような気がする。だが、奥にいる者は、安心だ。早緒(はやお/綱)と名づけて櫓に結んだ弱そうな事といったら、それが切れてしまったら、何にもならない。すぐに海に落ちてしまうだろうが、その命綱でさえ太くなどない。私が乗った舟は、綺麗に作ってあり、妻戸(つまど)を開けたり格子を上げたり水と同じ高さにいるような感じはしないから、まるで小さな家の中にいるようだ。ほかの小舟を眺めるのは、ひどく恐ろしい。遠いのは、本当に笹の葉で舟を作って浮かせたのに、とてもよく似ている。停泊している所で、舟ごとにともしてある火は、またとてもおもしろく見える。
2021.09.12
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「あんなに頼りないもの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。思うに、船に乗って移動する人ほど、あきれるほど恐ろしいものはない。ある程度の深さであっても、あんなに頼りないものに乗って、まして底もわからず、漕ぎ出して行けるものではない。千尋(ちひろ/1尋1.5mの千倍)もある深さだというのに、荷物をたくさん積みこんでいるので、水際はほんの一尺ぐらいしかないのに、舟人足は少しも恐ろしいとも思わないで走りまわっている。少しでも荒々しいことをすると沈むのではないかと思うのに、大きな松の木などの二、三尺ある丸太を、五つ六つぽんぽんと舟に投げ込み置いたりするのは恐ろしい。屋形というものの方で櫓を漕いでいる。
2021.09.11
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「気の許せないもの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。見て真似してしまうものは、欠伸(あくび)。幼児たち。気の許せないもの。 身分卑しい者。そのくせ、善い人と人に言われている人よりも、裏がないように見える。船の旅。 日がとてもうららかで、海面はとてものどかで、浅緑色の艶打ちし布を引き渡したようで、少しも恐ろしい様子もなく、若い女などの袙(あこめ/表着と単の間に着る中着)や袴などを着ているのや、侍の者で若々しいのが、櫓(ろ)を漕ぎながら、歌を歌っているのは、おもしろい。高貴な方などにもお見せしたいと思いながら行くと、風がひどく吹いて海面がただもう荒れに荒れてくるので、正気を失って、停泊する所に漕ぎ着ける間に舟に波がかかる様子は、一瞬のうちに、あれほど穏やかだった海とも思えない。
2021.09.10
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「一つの部屋に集まってきて」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。家が広く、綺麗にしていて、自分の親族は言うまでもなく、語り合って仲の良い人なども、宮仕えしている人を、それぞれの部屋に住まわせ何かの折には、一つの部屋に集まってきて、会話をする。人の詠んだ歌などを、何くれ(あれこれ)と語り合い、人の手紙など持って来た時には、一緒に見て、返事を書き、また、親しく訪れて来る男もある時には、こざっぱりとしつらい(身支度)をしていてすがすがしく思える。雨など降って帰れないという時には、風情ある形でもてなし、女房たちが参上する時、その世話を焼いて、立派な感じにして出仕させたいものである。高貴な方が来られる様子が知りたくなるのは、けしからぬ心であろうか。
2021.09.09
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「氷柱は水晶の滝が掛け渡して」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。屋根は白銀を葺いたようで、氷柱は水晶の滝などと言いたいような、長いのや短いのが、わざわざ掛け渡しているように見えて、とても言葉では言い尽くせないほど素晴らしく感じた。下簾(すだれ)も掛けない車が、簾をとても高く上げてあるので、車の奥まで差し込んでいる月の光に、薄紫、白いもの、紅梅など、七、八枚ばかり着ている上に、濃い紫の表着の鮮やかな光沢が、月に映えて美しく見える。そのかたわらに、葡萄染の固紋の指貫に、白い単衣をたくさん重ね、山吹色や紅の衣などを外にこぼれるように着て、直衣のとても白い紐を解いており直衣がはだけて下に垂れ、その裾が車からひどくこぼれ出ている。
2021.09.08
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「暮らしかねけると言う言い方は」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。宮中で過ごしかねている春の日を わたしは場所が場所だからと物思いにふけっていますと書いて、夜明け前に参上したら、昨日の返事に書いてあった暮らしかねけると言う言い方はあまり良くない。本当に生意気な言い方であるのでと返事に対して書いて送った。十二月二十四日、中宮様の御仏名(みぶつみょう)の半夜(はんや)の導師の読経を聞いて退出する人は、真夜中も過ぎてしまったことだろう。何日も降っていた雪が、今日はやんで、風などがひどく吹いていた。氷柱(つらら)が長く垂れ下がり、地面などは、まだらに白い所が多いが屋根の上はただ一面に白く、みすぼらしい民家も雪でみな隠していて有明の月が明るく照らして、たいへんおもしろい。
2021.09.07
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「暮らしかねけると言う言い方は」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。宮中で過ごしかねている春の日を わたしは場所が場所だからと物思いにふけっていますと書いて、夜明け前に参上したら、昨日の返事に書いてあった暮らしかねけると言う言い方はあまり良くない。本当に生意気な言い方であるのでと返事に対して書いて送った。十二月二十四日、中宮様の御仏名(みぶつみょう)の半夜(はんや)の導師の読経を聞いて退出する人は、真夜中も過ぎてしまったことだろう。何日も降っていた雪が、今日はやんで、風などがひどく吹いていた。氷柱(つらら)が長く垂れ下がり、地面などは、まだらに白い所が多いが屋根の上はただ一面に白く、みすぼらしい民家も雪でみな隠していて有明の月が明るく照らして、たいへんおもしろい。
2021.09.06
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「どうしようもなく退屈で」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。同じ物忌をする為に、同じようような他人の家へ退出した所、二日目の日の昼頃、どうしようもなく退屈で仕方なく直ぐにも中宮様の所へ参上したい気がしていたら、中宮様からお手紙があった。手紙が届いたので、とても嬉しくて見る。浅緑色の紙に、宰相の君がとてもきれいな筆跡で書いていらっしゃる。いかにして 過ぎにし方を 過ぐしけむ 暮らしわづらふ 昨日今日かなどのようにして おまえと会う前は過ごしていたのかしら おまえがいなければ過ごしがたい昨日今日だと中宮様は書いておられる。わたしだって今日で千年も経った気がするので、夜明け前にとある。この宰相の君のおっしゃることさえおもしろいのに、まして中宮様の歌の趣は、おろそかにできない気持ちがするので、雲の上も 暮らしかねける 春の日を 所からとも ながめつるかな雲の上には長く暮らしかねますと少納言は詠んだ。
2021.09.05
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「その子はさっと走って行き」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。陰陽師(おんみょうじ)の所にいる小さな子供は、とてもよく物を知っている。祓(はら)へなどをしに出かけると、主人の陰陽師が祭文(さいもん)などを読むのを、人はただ聞いているだけだが、その子はさっと走って行く。陰陽師が、酒、水を注ぎかけなさいとも言わないまえに、やってのける様子が手順通りで、少しも主人に余計なことを言わせないのが羨ましい。あんな子がいれば、使いたいとまで思われる。三月頃、物忌(ものいみ)のためにというので、仮住まいとして人の家に行ったところ、木々のこれといって目立つほどではない中に、柳といっても普通のように優雅ではなく、葉が広く見えて可愛いげがない。柳ではないでしょうと言うが、こういう柳もあるなどと言うので、さかしらに 柳のまゆの ひろごりて 春のおもてを 伏する宿かな生意気に柳の眉が広がって 春の面目丸つぶれの家だと思われたと詠んだ。
2021.09.04
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「ほかの人がやって来て炭を入れる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。話に夢中になり、火が消えそうなのも気がつかないで座っているとほかの人がやって来て、炭を入れておこすのはとても憎らしい。でも、炭をまわりに置いて、中の火を囲っているのはよい。火をみな外の方にかきのけて、中に炭を重ねて置いた上に火を置いたのは、ひどく不愉快だ。雪がとても高く降り積もっているのを、いつもと違って格子を下ろしたままで、炭櫃(すびつ/火鉢)に火を起こして、わたしたち女房が集まって控えていると、中宮様が、少納言、香爐峯(こうろほう)の雪はどうなのかしらと言われるので、女官に格子を上げさせて、御簾を高く上げると、中宮様はお笑いになる。 ほかの人たちも、その詩句は知っていて、歌ったりもするのに、御簾を上げろとのお言葉とは、思いもしませんでした。やはり、この宮にお仕えする人としては、そうあるべきなのでしょうと言う。香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看みるは白居易の詩の一節。日は高く上がり、睡眠は十分とったが、まだ起きるのは億劫。小さな家でふとんを重ねて、寒さは気にならない。香爐峰の雪は簾を上げて眺める。枕草子で、雪の朝、中宮定子の問いかけに、清少納言が黙って簾を巻き上げた話は有名である。
2021.09.03
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「雷の陣はたいへん恐ろしい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。雷がひどく鳴る時に、雷の陣は、たいへん恐ろしい。左右の近衛の大将、中将、少将などが、清涼殿の御格子のそばに控えていらっしゃるのが、とてもお気の毒である。雷が鳴り終わった時に、大将がお命じになって、下りろとおっしゃる。坤元録(こんげんろく)の屏風(びょうぶ)は、おもしろく 思われる。漢書(かんじょ)の屏風は、歴史が感じられると聞いている。月次(つきなみ)の屏風も、おもしろい。漢書の屏風とは漢書に見える事跡を描いた唐絵の屏風のこと。月次(つきなみ)の屏風とは正月から十二月までの年中行事を描いた屏風。青少納言の平安時代に、宮仕えする程の女房たちは、和歌や漢詩の他に絵画や音楽、経典や故事にも詳しくなくてはならず、大変なことだった。節分の方違えなどをして夜更けにわが家に帰るのは、どうしようもなく寒くてあごなども落ちてしまいそうなのを、やっとのことで家に帰り着いて火桶を引き寄せた時、火が大きくて、少しも黒い所がなく見事に燃えているのを細かい灰の中から掘り出したのは、たいへんおもしろい。
2021.09.02
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「孔雀明王の功徳などを説いたもの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。堂々として威厳があるものは近衛の大将が帝の先払いをしているとき。孔雀経の御読経。孔雀明王の神呪・修法、その功徳などを説いたもの。 孔雀経は真言宗で用い、仏母大金耀(ぶつもだいこんよう)孔雀明王経。御修法(みずほう)は、平安時代に宮中で毎年正月八日から七日間行なわれ真言祈祷の法五大尊(ごだいそん)の御修法。御斎会(ごさいえ)は宮中で行われた法会のことで、正月8日から14日までの7日間行われた。国家安寧(あんねい)、五穀豊穰を祈って大極殿(だいごくでん)で僧に斎食(さいしょく)を供養(くよう)し、蔵人の式部の丞が、白馬(あおうま)の節会の日に、大庭(建礼門または春花門の南庭)を練り歩いているとき。その日には、靭負(ゆげい)の佐(すけ)が、禁制の摺衣(すりぎぬ)を破らせる。摺衣とは、山藍(やまあい)や鴨跖草(つきくさ)などの染め草の汁ですりつけ草木・花鳥など種々の模様を染め出した衣のこと。尊勝王(そんしょうおう)の御修法。季の御読経。熾盛光(しじょうこう)の御読経。
2021.09.01
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