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源氏物語〔5帖若紫 22〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。 若紫の着物には、源氏の衣服の香りが深く染みついていて、心地よい香りが漂っていた。しかし、その着物が古くなっていることを見て、源氏は心苦しそうに感じていた。これまで、病気がちな年老いた祖母と一緒にいるばかりで、時々は邸に行って、母親としての愛情を深めさせる方が良いと言っていたのですが、祖母が絶対にそれを許さなかったので、邸の方でも反感を抱いていた。そして、とうとう祖母が亡くなった今、若紫を引き取ることが正しいのか迷っていると源氏は少納言に話した。「そんなに急ぐ必要はございません。寂しい思いをしても、当分はこちらで過ごされるのが良いかと思います。もう少し成長されてからお連れする方がよろしいのでは」と少納言が答えた。姫君は夜も昼も尼君を恋しがり泣いてばかりで、食事も食べたくないと嘆いてばかりいた。実際、姫君は痩せてしまったが、その痩せた姿に一層上品な美しさが増したようにも見える。源氏は、なぜそんなに尼君のことばかりを思うのですか。亡くなった方は仕方がありません。お父様がいれば良いのですよと話した。日が暮れて帰ろうとする宮を見て、姫君が心細そうに泣き出すと、宮も涙を浮かべて、「そんなに悲しむことはない。近いうちにお父様の所へ行けれるようにするから」と慰めて源氏は帰った。母も祖母も失った姫君は、将来の心細さを感じることなく、ただ幼い頃から常に寄り添っていた尼君のお祖母様の死を悲しむばかりで、子供心にも、その悲しみが胸を塞ぎ、遊び相手がいても遊ぶ気になれない様子だった。それでも昼間は何とか気を紛らわせていたが、夕方になると沈んでしまう。こうした状況で、小さな体がどうなってしまうのかと、乳母も毎日泣いていた。その日、源氏からは惟光が訪れていた。源氏の宮さまが伺う予定でしたが、宮中からのお召しがあり失礼します。可哀想に拝見した姫様のことが気になってなりませんと、源氏からの挨拶を惟光が代わりに伝えた。困ったことです。将来どなたかと結婚なさるべき姫様を、このままでは源氏の君が妻に迎えるような形になってしまい、宮様がお聞きになったら、私たちが責任を問われると言い、女王様、源氏の君のことは、宮様がいらした時にうっかり口にしないように気をつけてくださいねと少納言が言っても、若紫はその理由が理解できない様子だった。
2024.08.31
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源氏物語〔5帖若紫 21〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏が若紫という幼い少女に出会い、若紫を理想の女性に育て上げることを決意する。源氏は若紫を手元に引き取り、彼女が成長するのを見守りながら、自らの理想にかなう女性に育てていこうと考えていた。源氏は若紫の純真さと美しさに惹かれ、彼女と一緒にいることで将来、良い方向に進むと信じていた。そして、この関係が進むにつれて、彼の愛もさらに深まるだろうと感じていた。若紫との出会いは、源氏の人生にとって非常に重要な出来事であり、彼女との関係が物語全体で重要になってくる。若紫と一緒にいることが将来良い方向へ向かい、源氏の愛がさらに深まると言いながら、源氏は女王様の髪を撫で、名残惜しそうに去った。深く霧がかかった空も艶やかで、大地には白い霜が降りていた。まさに、本当の恋の忍び歩きにふさわしい朝の風景だと思いながらも、源氏は少し物足りなさを感じていた。最近隠れて通っている家が途中にあることを思い出し、その門を供の者に叩かせたが、返事はなかった。しかたなく供の者の中から声のいい者を選んで歌わせた。「朝の霧が立つ空の中、迷ってしまい、あなたの門を通り過ぎることができません。」この歌を二度繰り返させた。すると、気の利いた侍女が出てきて、「立ち止まり、霧の中の垣根を越えて進んでください。草の戸が閉まるのを邪魔することはありません。」と言って、すぐに門の中へ入ってしまった。それきり誰も出てこないので、源氏は帰るのも冷たく感じたが、夜が明けてきそうで、気まずさから二条の院へ車を進めた。かわいらしかった小さな女王様のことを思い出し、源氏は独り微笑みながら再び寝た。朝遅くに起きた源氏は、手紙を書こうとしたが、普通の恋人として扱うことができないので、筆を休めつつ慎重に書き出した。そして素晴らしい絵なども一緒に手紙に添え贈った。今日は按察使大納言家へ兵部卿の宮が来ていた。以前よりもずっと邸が荒れて、広くて古い家に小人数でいる寂しさが宮の心を動かした。こんな所に例えしばらくだとしても小さい人がいられるものではない。やはり私の邸のほうへ連れて行こう。たいした難しい所ではないのだよ。乳母は部屋をもらって住んでいればいいし、女王は何人も若い子がいるからいっしょに遊んでいればいいなどと思い、傍へ呼んだ若紫の着物には源氏の衣服の匂いが深く沁み込んでいた。
2024.08.30
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源氏物語〔5帖若紫 20〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。いくらなんでも、この小さな女王様を情人にしようとは思いません。私がどれだけ誠実であるかを見ていて下さい。外はみぞれが降り、夜はひどく寒々としていた。こんな少人数で、この寂しい邸にどうやって暮らしていけるのでしょうかと、源氏はそう言いながら涙を流し、ここを去ることができない気もしていたとも思った。もう戸を閉めなさい。怖い夜だから、今夜は私が宿直担当になります。女房たちはみな、女王様の部屋に集まりなさいと、そう言って、源氏はまるで慣れたように女王様を帳台(ちょうだい)の中に抱き入れたが、誰もが予想もしなかったことに驚いていた。乳母は心配しつつも、相手が普通の人ではないため、どうすることもできず、ため息をついていた。小さな女王様は恐怖で震えており、肌に毛穴が立つほどで、源氏はその愛らしさに惹かれ、彼女を単衣にくるんでそばに寄り添っていた。この行動が自分でも正当化できないことだと思いつつも、愛情を込めていろいろと話しかけていた。源氏は、私の家にはたくさんの面白い絵があって、お雛様遊びもできるんだよ。来てみませんかと女王様に優しい声や態度で話すので女王様は恐怖から少しずつ解放されていった。それでも不安は消えず、その夜は一晩中、風が荒れ狂っていて、なかなか眠ることができなかった。女房たちは、もし源氏様が泊まってくださらなかったら、私たちはどんなに心細かったことでしょうと言い、同じことなら、女王様が本当の結婚ができる年齢であればよかったのにと女房たちはささやいていた。心配でたまらない乳母は、帳台の近くに控えていた。風が少し収まった時はまだ暗かったが、源氏が帰るころには、その姿はまるで本当の恋人と別れる姿のようにみえた。源氏は、かわいそうな女王様とこんなに親しくなってしまった以上、もうこの家に残しておくことは心配でならないので、私の住んでいる家に連れて行こうと思う。こんな寂しい生活を続けていては、女王様の神経が参ってしまうと源氏は言う。宮様もそうおっしゃいますが、あちらへ移られるのは、四十九日が済んでからのほうが良いと伝えた。源氏は、若紫を何とか引き取ろうとする場面で、父の邸とはいえ、小さい時から別の場所で育てられたので、私への親しみはそんなに違わないでしょう。今から女王様と一緒にいることが将来良い方向へ向かい、私の愛がさらに深まると言う。
2024.08.29
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源氏物語〔5帖若紫 19〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。秋の夕暮れが深まるにつれて、源氏の心には人恋しさが一層強くなっていった。源氏は、なんとかして愛する人に縁のある少女を手に入れることができれば、少しでも慰めになるのではないかと考えた。しかし、若紫という少女を引き取ったとして、彼女の幼さゆえに自分の期待通りには進まないのではないかという不安も抱いていた。源氏は、「手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺の若草(手に摘んでいつか見たいものだ。紫の根がつながっている野辺の若草のように)」という歌を詠んだ。この歌には、紫の花が根を通じて若草とつながっているように、若紫に対する源氏の愛情が表現されている。紫の根は、若紫という名前を暗示し、源氏が若紫(少女)との縁を強く望んでいることを示している。「若草」はまだ幼い若紫を象徴し、彼女が成長して自分のものとなる日を待ち望む気持ちが込められており、歌全体は、源氏の愛情が深まりつつあり、将来の結びつきを強く願っていることを表している。十月には朱雀院への行幸が予定されて、その舞楽には貴族や高官の子息たちが選ばれていた。源氏も忙しい日々を送りながらも、若紫がいる北山の寺への見舞いを思い出し、使いを送った。しかし、返事をくれたのは僧都(仏教の高位の僧侶)で、尼君(若紫の祖母)が亡くなったことを告げられた。この知らせを受けて、源氏は人間の命の儚さを痛感し、若紫が祖母を失ってどれほど悲しんでいるかを想像した。源氏自身も幼少期に母親を失った記憶が蘇り、その悲しみが共感を呼び起こした。源氏は丁寧な弔慰の品を送るが、尼君の死後、若紫の家は荒れ果てており、少人数で暮らしていることを知った。ある日、源氏はその邸宅を訪れた。少納言という乳母が泣きながら、幼い若紫の悲しみを語り、彼女がまだ非常に幼いことを源氏に伝える。少納言は、若紫がこれからどのような扱いを受けるか心配し、祖母もそれを常に気にかけていたと語った。源氏は、若紫が幼いながらも、何かしらの運命の絆を感じて彼女を愛していると伝えた。源氏が直接若紫に会おうとすると、彼女はまだ幼く、少納言が心配したが、源氏は私だけがあなたを愛する人ですよと語りかける。少納言が困りながらも、源氏が若紫への愛情を表現する場面で、源氏の思いが一層深まる様子が描かれている。源氏が若紫に対して感じている複雑な感情と、若紫を保護したいという強い思いが描かれているが、若紫の幼さゆえの危うさや、源氏の愛情がどのように進展していくのかが物語の中心になっている。
2024.08.28
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源氏物語〔5帖若紫 18〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏が、北山で病気療養をしていた按察使(あぜち/陸奥・出羽だけを任地とし、大納言・中納言の名目上の兼職)大納言の未亡人(尼君)を訪ねるところで、源氏の複雑な感情や、彼と尼君、若紫(後に紫の上となる姫君)との関係が描かれている。 源氏は物思わしさを極力おさえていたが、時々忍びがたい様子もうかがわれるのを、宮も感じて、さすがにその人にまつわる愁わしさを覚えていた。源氏が心の中で感じている深い憂鬱や悩みを必死に抑え込んでいるが、それを完全に隠すことはできず、時折、源氏の表情や態度からその苦しみが現れてしまうことがあった。この変化に気づいた周囲の人々も、源氏の心の内にある哀しみや悩みを感じ取っていた。源氏が北山の尼君を見舞いに訪れるが、尼君は病が重く、源氏の訪問を驚きつつも感謝して受け入れる。尼君は、源氏に対して自分の命が尽きようとしていることを告げるとともに、自分が死んだ後、若紫をどうかよろしくお願いしたいと託した。源氏が尼君を見舞った際、若紫が源氏の存在に気づき、祖母(尼君)にそのことを伝えていた。若紫は無邪気に「なぜ源氏の君を見ないのか」と言うが、この言葉に源氏は微笑みつつ、彼女の幼さと純粋さに心を打たれる。源氏は、若紫との出会いを運命的と感じ、その純真さに尼君は心惹かれる。源氏は若紫の将来に深い関心を持ち、彼女を立派に育てたいという思いが芽生える。この時点で、源氏の心には若紫を自分の手元で育てたいという願望が次第に強まっていく。翌日、源氏は丁寧な見舞いの手紙を尼君に送った。源氏の手紙は優美な筆跡で書かれ、尼君を思う気持ちが込められていた。尼君からも返事が届き、その中では、この世でお礼を果たせなくても、いつかまたお礼を申し上げる時があるでしょうと述べている。これは、尼君が自身の死期を悟りつつ、若紫を託したことに対する感謝の意を表している。源氏の複雑な感情や、若紫との初めての出会い、尼君の死期を前にした切実な願いが描かれた重要な場面で、源氏は若紫に対する思いを強める一方で、尼君の死が間近に迫っていることを感じ、若紫の願いを受け入れる決意を固め、源氏と若紫の関係が深まる契機となる重要な場面である。
2024.08.27
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源氏物語〔5帖若紫 17〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。夏の暑さの中で、藤壺の宮はますます体調が悪くなり、起き上がることすらできなくなった。妊娠三ヶ月を過ぎた頃には、女房たちもそのことに気付くことだが、誰も言い出せず、宮は苦しみ続けていた。宮の身の回りの世話をしていた人々は、宮の運命の恐ろしさを感じつつも、これを秘密にしていた。帝は藤壺の宮への愛情をさらに深め、頻繁に宮を訪れるようになるが、藤壺の宮にとってはそれがますます恐ろしく感じられた。源氏は藤壺の宮の妊娠を知り、若い心は興奮するが、その一方で王命婦(藤壺の宮の侍女)は、源氏が宮に近づかないように策を巡らせる。源氏は藤壺の宮から手紙をもらうこともありますが、それも次第に途絶えていった。季節が進み、秋の七月に藤壺の宮は再び御所に戻った。帝の愛情はますます藤壺の宮に注がれ、藤壺の宮の美しさは妊娠によって一層際立だった。源氏は自分の思いを抑えようと努力するが、その苦しみは消えることがなかった。源氏の心の中では藤壺の宮への想いが募るばかりで、他のことにはほとんど関心を持てない状態が続いていた。秋が深まる中で、源氏は藤壺の宮への想いにますます心を乱され、ある夜に女を訪ねようとするが、時雨に降られる。その訪れた先で源氏はかつての恋人、若紫(紫の上)の家に立ち寄った。彼はその家に住む尼が病気であることを聞き、見舞いに訪れるが、尼の病状は深刻であり、直接会うことはできなかった。源氏は藤壺の宮への激しい恋心に苦しみ、その思いは相手にとっても悲しみの原因となり、宮は妊娠し、自分の運命を嘆いた。源氏は宮のことを思い続け、心の中で葛藤を抱えながらも、それを表に出さないように努めていたが、その苦しみは続いていた。初秋の八月、藤壺の宮は御所へお入りになった。宮は最愛の方のお子を身ごもっていたので、帝の宮への愛情は増々深く注がれた。つわりの影響で、顔が少し痩せた宮だが、その美しさは以前にも増して輝いているように見えた。帝は以前と同じように、日夜藤壺の宮のもとを訪れるようになり、音楽を楽しむのにふさわしい季節となり、源氏の中将を頻繁に呼び、琴や笛を奏でるよう命じた。
2024.08.26
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源氏物語〔5帖若紫 16〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏は「見てもまた逢ふ夜稀なる夢の中にやがてまぎるるわが身ともがな」たとえ現実で一度会えたとしても、その後再び会う機会がとても少なく、その寂しさや苦しみから逃れるために、夢の中に紛れてしまいたいと、源氏の強い願望が表現された和歌。源氏と藤壺の宮の関係は禁断のものであり、源氏にとっては非常に辛いものだった。宮中での地位や名誉、そして藤壺の宮の神聖さが、この恋愛を現実に叶えることを非常に困難にしていた。彼らの愛は秘密裏に進行し、二人は会える時間が非常に限られていた。源氏はその切ない思いを抱えながら、藤壺の宮との再会を夢見ては心を痛めていた。夢の中でさえも藤壺に会えないことが、彼にとってどれほどの苦しみであるかをこの句で示しています。夢というのは、現実から逃れるための唯一の拠り所であり、それさえも源氏の思い通りにならないという絶望感が感じられた。源氏は自身の恋心と現実の間で揺れ動き、彼の苦しみが頂点に達する場面で、藤壺の宮との間にできた子供(後の冷泉帝)を思う気持ちや、恋愛の苦しさに打ちひしがれながらも、源氏は藤壺の宮への想いを諦めることができず、さらに強くその愛を求めるようになる。この部分は、源氏の内面の葛藤とその恋愛の複雑さを象徴的に描いている。源氏が藤壺の宮を想い涙にむせび泣く様子を見ると、藤壺の宮もまたその悲しみに耐えられず、心の中で自分の不幸な運命を嘆きます。「世語りに人やつたへん類ひなく憂き身をさめぬ夢になしても」と言い、源氏の悲しみがどれほど大きいかを表わしている。藤壺の宮が悩み苦しむのは当然であり、源氏にとっても宮が非常に尊く、特別な存在であると感じている。源氏は宮中に戻り、悲しみと後悔の中で泣きながら日々を過ごす。源氏は堪えられず手紙を送っても返事が得られず、増々孤独と悲しみが募るばかり。そんな中、源氏は御所にも出仕せず、数日間引きこもる生活になる。これが原因で、帝からは病気だと思われ、心配されることになった。一方、藤壺の宮は自分の運命を嘆き続け、そのために病気の回復も遅れてしまう。宮中からの使いが何度も御所へ戻るよう促されるが、藤壺の宮は宮中を離れて自分の家に帰る事を続けていた。藤壺の宮は、自分が妊娠していることに気付くが、それがどれほど悲しいことかと思い悩んでいた。
2024.08.25
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源氏物語〔5帖若紫 15〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。手紙には入念に次のようなことが述べられていた。一つずつ区切って書く姫君の字をぜひ見せて下さい。また、封じた手紙の中には次の和歌が記されていた。「浅香山 浅くも人を 思はぬに など山の井の かけ離るらん(浅香山の浅いという名のように、私を浅くしか思っていないのに、どうして私の心が遠く離れてしまうのだろうか)」この和歌に対する返事として、尼君が書いた歌は「汲み初めて くやしと聞きし 山の井の 浅きながらや 影を見すべき(山の井戸の水が浅いということを聞いて、悔しい気持ちがあったが、浅い水であっても、その水面に自分の影を映してしまうことに意味があるのではないか)」惟光が聞いてきたのも、その程度の返事だった。惟光は、尼様のご容態が少し良くなったら、京の邸へ戻りたいと考えています。その際に改めて返事を差し上げることにしますと伝えたとされている。しかし、源氏はその返事に頼りなさを感じていた。藤壺の宮が少し体調を崩し、宮中から自邸に退出された。帝が日々恋しく思われる様子を見て、源氏は同情しつつも、稀にしかない藤壺の宮の実家住まいの機会を逃すまいと夢中になった。それ以降、源氏は他の恋人のもとへ行かず、宮中の宿直所や二条院で過ごし、昼間は終日物思いにふけり、王命婦に手引きを頼む以外は何もしなかった。王命婦がどんな方法を取ったのか、わずかな逢瀬の中で源氏は、幸福が現実のものとは思えず、夢のように感じていた。源氏はそのことを残念に思い、藤壺の宮も、かつての夜の思いがけない過失を一生忘れられないものと感じており、これ以上罪を重ねまいと深く決意してたが、再び同じような事が起こった事を悲しんでいた。そのような状況でありながら、藤壺の宮の柔らかな魅力と、打ち解けない貴女の態度が美しく見えた源氏は、彼女が他のどんな女性よりも優れていると感じた。もし彼女が完璧でなければ、自分の心がこれほどまでに惹かれることはなかっただろうと、源氏は運命さえも恨めしく思った。源氏の恋の万分の一も伝える時間はなく、永遠の夜が欲しいほどだったが、会えない時よりも、別れの時がより恨めしく感じた。
2024.08.24
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源氏物語〔5帖若紫 14〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏の夫人は、他の部屋に引きこもり出てこようとしなかったが、左大臣が説得し、ようやく源氏と同席させた。彼女は美しく飾られてはいるものの、まるで絵に描いた姫君のように動くことも自由ではなく、端正な妻としての姿を見せていた。しかし、源氏はこの妻との関係に苦悩する。彼は山の二日間の話をすれば、彼女が共感してくれることを期待するが、彼女はいつも他人に対するように接し、結婚生活が長くなるにつれてその傾向が更に強まっていることに苦しんでいた。源氏は、病気で苦しんだのに、どうだったかと尋ねてもらえないことが恨めしく感じられ、妻に対して時々は普通の夫婦らしくしてほしいと訴えるが、彼女は恥ずかしそうに答えるだけで、源氏の気持ちには応えなかった。その夜、源氏は妻を動かそうとする気力がなく、ただ疲れて眠い様子を見せながらも、心の中ではいろいろな思いが渦巻いていた。源氏は、若草と祖母に歌われた兵部卿の宮の小王女が将来登場する舞台を思い浮かべ、年齢の不釣り合いから提案が受け入れられなかったことに納得しつつ、彼女を自分の邸に迎え入れて慰めたいと強く願った。翌日、源氏は北山へ手紙を送り、僧都への手紙には若紫の問題についてもほのめかしつつ、尼君への手紙には彼の強い執着心をにじませていた。この手紙に感心した老人たちは、どう返事をすれば良いか困惑していた。尼君からの返事には、まだ幼い子供であり、何とも申し上げることができませんという内容が書かれており、源氏はそれに失望した。それでも諦めず、惟光を北山へ遣わし少納言の乳母に詳しい心持ちを伝えるよう命じた。この場面は、源氏の複雑な感情や執着が描かれ、若紫に対する源氏の関心が一層強くなっていく様子が伺える。源氏の内面的な葛藤と、その行動が物語の重要な要素となっていると思った。五位の男を使いとして手紙を受け取った僧都は、恐縮していた。惟光は少納言に面会を申し込み、会うことができた。彼は源氏の望みを詳しく伝え、その後、源氏の日常生活の様子などを語った。多弁な惟光は、相手を説得しようと心を尽くして話すが、僧都、尼君、少納言は皆、幼い女王への結婚の申し出をどのように解釈すべきか困惑しているだけだった。手紙には、入念に申し入れが書かれていた。
2024.08.23
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源氏物語〔5帖若紫 13〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。すぐに帰りの供をするのは惜しいことと岩の横の青い苔の上に新しく来た公達は並んで、また酒盛りが始めた。前に流れている滝も情趣のある場所で、頭中将は懐に入れてきた笛を出して吹き出し、弁は扇で拍子を取り、催馬楽(さいばら)の「葛城の寺の前なるや、豊浦の寺の西なるや」という歌を歌った。この人たちは決して平凡な若い人ではなかったが、悩ましそうに岩へよりかかる源氏の美に比べてよい人はいなかった。いつも篳篥(ひちりき/神楽などで使う管楽器)を吹く役に当たる随身がそれを吹き、またわざわざ笙の笛を持ち込んで来た風流好きもいた。僧都が自身で琴を運んできて、これを少し弾いて頂き、山の鳥に音楽の何たるかを知らせて下さいと熱望する。私はまだ病気で疲れていますがと言いながらも、源氏が快く少し弾いたのを最後に皆帰って行った。名残惜しく思って山の僧俗は皆涙をこぼしていた。家の中では年老いた尼君主従がまだ源氏のような人に出会ったことがなく、その天才的な琴の音を現実の世のものでないと評し、僧都も、何の約束事で、この釈迦入滅後の仏法の衰えた世に生まれて、人としての煩わしい束縛や干渉を受けなければならないと思うと悲しくてならないと源氏のことを言って涙を拭っていた。兵部卿の宮の姫君は子供心に源氏の事を美しい人だと思って、宮様よりも様子が立派とほめていた。源氏が宮中で病気の報告を行い、その後、左大臣の家を訪れ、源氏は、自分が病気で痩せ細ったことを帝に報告し、帝もそれを気にかけていた。また、病中に行われた尊敬すべき祈祷についても話が及び、源氏は阿闍梨の資格があるほどの修行者であるとして敬意を受ける。左大臣も御所におり、源氏のことを気遣い私も迎えにと思ったのですが、物事の起こりそうな兆しの時にはかえって迷惑かとも思い、その言葉に源氏は心を打たれる。左大臣は源氏を自分の車に乗せ、自身も体を小さくして同乗するほどの誠意を見せた。これに対して、源氏は左大臣の娘に対する親心に感動していた。左大臣の家では、源氏が来ることを予期して準備が整えられ、源氏は久しぶりに訪れた家がさらに美しくなっていることに気づく。ところが、源氏の夫人は、他の部屋に引きこもり出てこようとしなかった。
2024.08.22
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源氏物語〔5帖若紫 12〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。巌窟の聖人は酒杯を得て、「奥山の松の戸ぼそを稀に開けてまだ見ぬ花の顔を見るかな(深い山奥の通常は閉ざされている戸ぼそ(木の枝)が、稀に開かれ、その時にまだ見たことのない美しい花の顔を垣間見ることができる」と言って泣きながら源氏を眺めていた。聖人は源氏を護る法の込められた密教法具を献上した。それを見て僧都は聖徳太子が百済から得た金剛子の数珠に宝玉の飾りのついたものを、その当時の日本らしくない箱に入れたまま薄物の袋に包んだものを五葉の木の枝につけたものと、紺瑠璃などの宝石の壺へ薬を詰め、幾つかを藤や桜の枝につけたものと、山寺の僧都の贈り物らしいものを出した。源氏は巌窟の聖人をはじめ、上の寺で経を読んだ僧への布施の品々、料理の詰め合わせを京へ取りにやっていた。密教の法具などそれらが届いた時、山の仕事をする下級労働者までが皆相当な贈り物を受け取った。なお僧都の堂で誦経をしてもらうために寄進もした。山から源氏が立ち去る前に、僧都は姉のところに行って源氏から頼まれた話を取り次いだ。今のところでは何ともお返事のしようがなく、縁があったなら、もう四、五年あとに改めて話して下さいと尼君は言っていた。源氏は前夜聞いたのと同じような返事を僧都から伝えられ、自分の気持ちが理解されないことを嘆いた。手紙を僧都の召使の小童に持たせた。「夕まぐれほのかに花の色を見て今朝は霞の立ちぞわづらふ(夕暮れ時に、ほのかに花の色を見たのが印象に残り、その翌朝、かすみが立ち込めて花がはっきり見えないことに悩まされている)」という和歌を源氏は届けた。尼君から「まことにや花のほとりは立ち憂きと霞むる空のけしきをも見ん(本当に花の周りに立つことがつらいのだろうか。そのような気配や霞んだ空の様子を見ることになるのだろうか)」という返歌だったが、貴女らしい品の良い手で飾り気なしに書かれていました。ちょうど源氏が車に乗ろうとする頃に、左大臣家から、どこへ行くともなく源氏が京を出たので、その迎えとして家司の人々や、子息たちが大勢出て来た。頭中将、左中弁またそのほかの公達も一緒に来ていた。「こうした旅行の折りにはぜひお供をしようと思っていましたのに、知らせがなくてと恨んで、美しい花の下で遊ぶ時間が許されないですぐに帰りの供をするのは惜しいことですと言った。
2024.08.21
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源氏物語〔5帖若紫 11〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。外は白みがかりもう明け方になっていた。心を集中して法華経を極めることに熱中している堂の尊い経を誦(じゅ)して過去遠々劫からの宿命を懺悔(さんげ)する法要の声が山おろしの音に混じり、滝がそれらと和する響きを作っていた。「吹き迷ふ深山おろしに夢さめて涙催す滝の音かな(深い山の中を吹き荒れる風(深山おろし)に夢から覚め、滝の音を聞くと、自然と涙がこみあげてくる)」これは源氏の作で、「さしぐみに袖濡らしける山水にすめる心は騒ぎやはする(降りしきる雨で袖を濡らしながら、山の水を眺めていると、澄んだ心が乱れる事があるだろうか、そんなことはないだろう)もう馴れ切ったものですよ」と僧都は答えた。夜明けの空は霞んで、山の鳥声が多く聞こえていた。都人には名のわかりにくい木や草の花が咲き、地に散っていた。こんな深山の錦の上へ鹿が出てくるのも珍しい眺めで、源氏は病苦から解放された。聖人は動くことも容易でない老体であったが、源氏のために僧都の坊へ来て護身の法を行なっていた。かすれた声で経を読んでいるのが身にしみ、尊くも感じられた。京から源氏の迎えの一行が山へ着いて、病気の全快を喜び、御所からも使いが来た。僧都は珍客のために良い菓子を種々作らせ、谷間へも珍しい料理の材料を求めに人を出してもてなしに尽力を注いだ。今年じゅうは山籠りの誓いがあり、お帰りの際に京まで見送りすることができないので、返って訪問が恨めしく思われるかもと言いながら僧都は源氏に酒をすすめた。山の風景に十分愛着を感じているが、陛下に心配をかけるのも勿体ないことで、またもう一度、この花の咲いている間に参りますと。「宮人に行きて語らん山ざくら風よりさきに来ても見るべく(宮中に仕える宮人に、行って伝えたい、山桜は風が吹く前に来て見ておくべきだ)」歌は源氏が詠み、僧都は、「優曇華の花まち得たるここちして深山桜に目こそ移らね(伝説の花である優曇華の花をやっと見つけたような気持ちになり、そのため深山に咲く桜には目が向かない)」と言うと源氏は微笑しながら、長い間に稀に一度咲くという花は見る事が困難で、私とは違いますと答えた。優曇華(うどんげ)の花(仏教伝説において3,000年に一度咲くと言われる希少な花)で、千載一遇の幸運をいい、めったにない喜びに出会うこと。
2024.08.20
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源氏物語〔5帖若紫 10〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。こんな取り次ぎを介しての面会は私には初めてのことで、失礼ですが、今夜こちらでお世話になったのを機に、真面目にご相談したいことがあると源氏が言う。何を間違えて聞いてるのだろう。源氏の君にものを言うような晴れがましいこと、私には何もお返事なんかできるものではありませんと尼君は答えた。それでも冷淡な扱いをすると思うでしょうからと言って、人々は尼君の出るのを勧めた。そうですね、若い人こそ困るでしょうが、私はまあ良いでしょう。丁寧に話しているのだからと尼君は言って会いに出て行った。出来心のような軽率な相談を持ちかける者と思われ、当然ですが、こんな時に申し上げるのは私にとって利益にならないのですが、誠意を持ってお話ししようと源氏は言う。更に、この事は仏様がご存じでしょうと源氏は言ったが、相当な年配の女性が静かに前にいることを思うと急に希望の件が持ち出せないでいる。思いがけない所で泊まる事になった。あなた様からご相談を承りますのを前生からの宿縁でないこととどうして思えましょうと尼君は言った。お母様を亡くされたお気の毒な女王さんを、お母様の代わりとして私にお預けいただけないでしょうかと源氏は話し、更に私も早く母や祖母に別れたので、落ち着いた気持ちもなく今日に至りました。女王さんも同じような境遇ですから、私たちが将来結婚することを今から許していただきたいと、私は前からこのことを相談したかったのです。今は悪く思うかもしれないですが、折りが悪いと思いながら申し上げますと源氏は言う。尼君は、それは非常に嬉しいお話ですが、何か話を間違えて聞いているのではないかと思いますと、どうお返事を申し上げてよいか迷います。私のような者一人を頼りにしている子供が一人おりますが、まだごく幼いもので、どんなに寛大な心でも将来の奥様に見立てる事は無理ですから、私の方で相談に乗ることもできないと答えた。源氏が、私は何もか知っています。そんな年齢の差はお考えにならずに、私がどれほど望むかという熱心さを見て下さいと源氏が言っても、尼君は女王の幼さを知らないと思い込み、源氏の希望を問題にしようとしなかった。僧都が源氏の部屋の方へ来るらしいのを機に、まあよろしいです。ご相談にもう乗ってもらってるので、私は実現を期しますと源氏は言いながら、屏風を元のように直し去った。
2024.08.19
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源氏物語〔5帖若紫 9〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。やや眠そうな読経の声が絶え絶えに聞こえてくる。こうした山の夜はどんな人にも物悲しく寂しいものだが、まして源氏はいろいろな思いに悩んでおり、眠ることができなかった。初夜だと言ったが、実際はその時刻よりも更けていた。奥の方の部屋にいる人たちも起きたままでいるのが気配でわかった。静かにしようと気を配っているようだが、数珠がひじ掛けに触れて鳴る音や、女の衣摺れの音が微かに聞こえてきた。貴族的なよい感じである。源氏は隣の部屋にいたので、屏風の合わせ目を少し引きあけて、扇を鳴らして人を呼んだ。先方は意外に思ったらしいが、無視するように思わせたくないと思って、一人の女房が膝をつき寄って来た。襖子から少し遠いところで、不思議なこと、聞き違えかしらと言うのを聞いて、源氏が、仏の導いてくださる道は暗いところも間違いなく行けるというのですからと若々しい声で言った。その品のよさに奥の女は答えることができないでいたが、何のお導きでございましょう、こちらでは何も分かっておりませんがと言った。突然話しかけて、失礼だと思うのはその通りですが、「初草の若葉の上を見つるより旅寝の袖も露ぞ乾かぬ(初草の若葉のようなかわいらしい女の子を見てからは、旅の衣の袖の乾くまもなく )」と申し上げて下さい。そのようなお言葉をどなたに伝えれば良いでしょうと伝えると、そう申し上げる分けがあるのだと思って下さいと源氏が女房に言う。女房は奥へ行き、艶やかな方らしい挨拶で、お嬢さんがもう少し大人になっているように源氏が勘違いしていると思ったが、若草にたとえた言葉がどうして源氏の耳に入ったのかと尼君は不安になった。しかし、返歌が遅くなることだけは見苦しいと思い、「枕結ふ今宵ばかりの露けさを深山の苔にくらべざらなん(旅寝の枕を結ぶ今宵一晩だけの涙を、深山の苔と比べないでください)」とても乾く間などはないのにと返事をさせた。「突然ものを言いかけ、失敬だと思われるのはもっともですが、初草の若葉に残る露が乾くよりも早く、旅人の袖は露に濡れたままで乾くことがないと申し上げて下さい」と源氏が言うので、女房は奥へ入って行った。
2024.08.18
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源氏物語〔5帖若紫 8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。僧都には、ただ一人娘がいたが、亡くなってからもう十年余りになる。大納言はその娘を非常に大事に育てていたが、彼の死後、彼女の母が一人で育てていた。しかし、ある時兵部卿の宮が通うようになり、そのことで宮の本妻が厳しく責めたため、彼女は苦労が多く、ついには物思いに沈んで亡くなった。物思いが病気を引き起こすことを、私は彼女を通じて知ったと答えた。源氏はその話を聞いて、あの少女が按察使大納言の姫君と兵部卿の宮の間に生まれた子であると理解した。また、その少女が藤壼の宮の兄君の子であるために藤壼の宮に似ていると知り、ますます彼女に心惹かれるのを感じた。身分が高く、無邪気な子供であることも源氏にとって魅力的であった。源氏は、彼女を未来の妻として自ら育てていくことを楽しみに思い、その実行を考えるようになった。気の毒な話ですね。その方には忘れ形見がなかったのですか。明確に少女のだれであるかを知ろうとして源氏は言うのである。亡くなるころに生まれた。それも女で、その子供が姉の信仰生活を静かにさせなく、姉は年を取ってから一人の孫娘の将来ばかりを心配して暮らしていたと、聞いている話に、夕方見た尼君の涙を源氏は思い合わせた。更に源氏は、妙なことを言い出すようだが、私にその小さいお嬢さんを、託していただけないかと話してください。私は妻について一つの理想があり、今結婚はしていますが、普通の夫婦生活は重荷に思えて、独身のような暮らし方ばか りをしているのです。まだ年がつり合わないと常識的に判断をして、失礼な申し出だと思いますかと源氏は話した。それは問題ないのですが、まだとても幼いので、手もとへ迎えることはできない。まあ、女性は良人の良い指導を得て一人前になるものだから、あまりに早すぎる話とも思いません。子供の祖母と相談して返事をしますと、このようにてきぱきと話す僧形の威圧的な人に、若い源氏は恥ずかしくて、望んでいることを続けて言うことができなかった。阿弥陀様がおられる堂で用事のある時刻です。初夜の勤めがまだ済んでないので、済ませてまた。そう言って僧都は御堂の方へ行った。病後の源氏は気分もすぐれず、雨が少し降り、冷ややかな山風が吹いて、滝の音も強く聞こえてきた。
2024.08.17
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源氏物語〔5帖若紫 7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏はその美しい子供を手元に迎えて、恋しい人への思慕を慰めたいと強く話した。狭い場所だったため、僧都の弟子から惟光への言葉が源氏にもよく聞こえた。僧都の挨拶として、当坊の奥の寺に来られたことを知り、ただ今承知しました。すぐにお伺いすべきですが、私がこの山にいることを知っていながら素通りされたのは、何かお気に召さないことがあったのかと遠慮しています。宿泊の設えも行き届きませんが、ぜひ当坊でお泊まり下さいと伝えた。源氏は惟光に、今月の十幾日頃から私はマラリアにかかっていましたが、たびたびの発作で耐えられなくなり、人の勧めに従って山へ来ました。もし効き目が見えなければ一人の僧の不名誉になることなので、隠れて来ていました。そちらへも後で伺いますと言わせた。その後すぐに僧都が訪問して来て、尊敬される人格者で、僧でありながら貴族出身の彼に軽装で会うことに源氏は気後れした。僧都は二年越しの山籠りの生活を語り、僧の家というものは皆寂しい貧弱なものだが、ここよりは少しきれいな水の流れなども庭で、目に出来ると言い、源氏がやって来て宿泊してくれることを強く願った。源氏はあの女たちに自分の顔が言いふらされていたことを考えると躊躇したが、心を引かれた少女のことを詳しく知りたいと思った。僧都は世の無常さと来世の希望を源氏に説いた。それを聞いた源氏は、自らの罪の重さを自覚し、来世での報いの大きさを思うと、この世の煩わしさから離れてしまいたいと感じたが、夕方に見た美しい少女のことが頭から離れず、彼女に心惹かれていた。ここにおられるのはどなたなのでしょうか。実は以前、彼女たちと自分が関わるような夢を見たことがあり、今日こちらに伺ったことでその謎が解けた気がしたと源氏が言うと、僧都は突然の夢のお話ですね。聞いたところで興が冷めるかもしれませんが、前の按察使大納言の娘が一人、今こちらにいます。大納言はすでに亡くなっており、彼女の母が私の姉です。未亡人になってから尼になり、今は病気のために私がここにこもっております。彼女が心細がっているのでこちらに来ていますと答えた。源氏は少女が大納言の遺児であると推測し、その大納言には娘がいたと聞いて、その子はどうなったのかと、私の質問は好奇心からではなく、まじめな興味からだと尋ねた。
2024.08.16
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源氏物語〔5帖若紫 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。だいぶ馴れてきて可愛らしかったのに、外へ出て山の鳥に見つかってしまったらどうなるでしょうと言いながら立って行った。尼君は子供に、あなたはいつまでも子供っぽくて困るわね。私の命が今日明日にでも終わるかもしれないのに、それは何とも思わないで雀のことばかり心配しているのね。雀を籠に入れておくことは仏様のお喜びにならないことといつも言っているのにと言う。そして、ここへと呼び寄せ、美しい子は下に座った。その顔つきは非常に可愛らしく、眉がほのかに伸びているところや、子供らしく自然に横に撫でられた額や髪の性質には優れた美しさがあった。源氏は、子供が大人になった時の美しい姿を想像し、その子が恋しい藤壺の宮に似ていることに気づいた。尼君は女の子の髪を撫でながら、梳かせるのも面倒がるけれど、良い髪ですね。あなたがこんな風にあまり子供っぽいので私は心配している。あなたの年齢ならもう少し大人びた人もいるのに、亡くなった姫様は十二歳でお父様と別れたが、その時には悲しみも何もよく分かるようになって、私が死んでしまった後、あなたはどうなるのでしょうと言っていた。その時、僧都が向こうの座敷から来て、この座敷はあまり開け広げすぎていおり、今日は端の方に座っていたのですね。山の上の聖人の所へ源氏の中将がマラリアのまじないに来られた話を今初めて聞きました。ずいぶん忍び歩きで来られたので知らないでいました。同じ山にいながら今まで伺うことができなかったと言っていた。尼君は、こんな所を御一行の誰かが覗いたかもしれないと言い、御簾を下ろした。僧都は、世間で評判の源氏の顔をこんな機会に見せてもらったらどうですか。人間生活と絶縁している私たち僧でも、源氏の君の顔を拝見すると世の中の嘆かわしいことなどすべて忘れられて、長生きできる気がするほどの美貌ですよ。私はこれからまず手紙で挨拶をすることにしょうと言い、その場を去った。その後、源氏は山上の寺へ帰り、自分が可憐な人を発見したことで、旅に出ることの意外な収穫を楽しんでいた。源氏はその美しい子供を手元に迎えて、恋しい人への思慕を慰めたいと強く思った。寺で皆が寝床に就いていると、僧都の弟子が訪れ、惟光に会いたいと申し出た。
2024.08.15
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源氏物語〔5帖若紫 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏はよく訪問に行ったりするとも言っていた。でもどうだろう。どんなに美しい娘だと評判でも、やっぱり田舎者だろう。小さい頃から片田舎の場所で育ち、頑固な親に教育されているんだからと話した。すると、ある人が、その母親は立派な方なのでしょう。京の良い家にいた若い女房や童女をたくさん呼び寄せて、娘のために素晴らしいことをしているようだから。ただの田舎娘では満足しないでしょう。だから、娘もそれなりに価値があるのではないでしょうかと話した。源氏は、なぜ彼女を后にしなければならないのだろう。そうしなければ自殺させるという凝り固まりでは、他人から見ても良い気持ちはしないだろうと言ったが、心の奥底ではその平凡でない話に興味を抱いている様子だった。もう夕方になっていますが、今日は病気が起こらないで済むでしょうか。もう京へ帰った方がよいかと従者が言う。しかし、寺の聖人は、もう一晩私が加持をしてから帰るのがよいかと言った。皆がその意見に賛成し、源氏も旅で寝ることに喜びを感じて、では帰りは明日に延ばそうと決めた。夕方になると、源氏は午前中に見た小柴垣の所まで行き、他の従者は寺へ帰し、惟光だけを伴ってその山荘を覗くと、垣根のすぐ前に西向きの座敷があり、持仏を置いて勤めをしている尼がいた。簾を少し上げて、その時に仏前に花が供えられた。部屋の中央の柱近く座り、経巻を読んでいる尼はただの尼ではないようで、四十代で、非常に色白で上品に痩せて、頬はふっくらとして目元は美しく、短く切り揃えられた髪の裾が艶やかだった。中年の女房が二人いて、その他にこの座敷を出入りして遊んでいる女の子供が何人かいた。その中に十歳くらいに見える子供がいて、白の上に淡黄の柔らかい着物を重ねていた。その子は他の子供とは異なる生まれつき綺麗な素質を備えており、肩の垂れ髪が扇を広げたようにゆらゆらとしていた。顔は泣いた後のようで、手でこすって赤くなっていた。その子が尼の横へ来て立つと、尼は、どうしたの、童女たちのことで憤っているのと尋ねた。その子は、叱られるに決まっているのに悪さばかりしているこのうっかり者のことがまったく気にくわないと答えた。そばにいた中年の女が、またいつもの粗相やさんがそんなことをしてお嬢様に叱られるんですね。困ったものです。雀はどちらへ行ったのでしょう。
2024.08.14
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源氏物語〔5帖若紫 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏はその少女のことをもっと知りたいと思い、僧都の坊へ移った。そこは優美な山荘で、南向きの室を美しく装飾して源氏の寝室が用意されていた。源氏はその夜、意外な収穫を得たことに喜びを感じ、美しい少女のことを思い続けた。二代ほど前は大臣だった家系で、もっと出世すべきはずの人なんですが、変わり者で仲間の交際なんかをも嫌って近衛の中将を捨てて自分から願って出てなった播磨守なんですが、国の者に反抗されたりして、こんな不名誉なことになっては京へ帰れないと言って、その時に入道した人で、坊様になったのなら坊様らしく、深い山の方へでも行って住めばよさそうなものですが、名所の明石の浦などに邸宅を構えており、播磨にはずいぶん坊様に似合った山なんかが多い。変わり者の能力や実績などを、言動にひけらかし、若い妻子が寂しがるだろうという思い やりなのです。そんな意味でずいぶん賛沢に住居なども作ってあり、先日父の所へまいりました節、どんなふうにしているかも見たいので寄ってみたところ、京にいる間は不遇なようでしたが、今の住居などはすばらしいもので、何といっても地方長官をしていて、そして一 方では仏弟子として感心に修行も積んでいるようで、あの人だけは入道してから真価が現われた人のように見受けますと言うと、源氏は、その娘というのはどんな娘だと尋ねた。まず無難な人で、代々の長官が特に敬意を表して求婚するのですが、入道は決して承知しないのです。自分の一生は不遇だったので、娘の未来だけはこうありたいという理想を持っている。自分が死んで実現が困難になり、自分の希望しない結婚でもしなければならなくなった時には、海へ身を投げてほしいと遺言をしているようです。源氏はこの話の播磨の海べの変わり者の入道の娘がおもしろく思えた。竜宮の王様のお后になるんだね。自尊心が強いったらないね。困り者だなどと冷評する者があって人々は笑っていた。話をした良清は現在の播磨守の息子で、さきには六位の蔵人をしていたが、位が一階上がって役から離れた男で、ほかの者は、好色な男なのだから、その入道の遺言を破る自信を持っているのだろう。それでよく訪問に行ったりするとも言っていた。
2024.08.13
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源氏物語〔5帖若紫 3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。将来の生活に困らない準備が整っており、一方では仏弟子として熱心に修行しているようだ。入道してから彼の本当の価値が現れたように見える。その娘はどんな人ですか?無難な人のようです。代々の長官が特に敬意を表して求婚するのですが、入道は決して承知しない。自分の一生は不遇だったので、娘の未来だけはこうありたいという理想があるようだ。自分が死んで娘の結婚が困難になった時には、海へ身を投げろという遺言までしているようだ。源氏はこの話に興味を持ち、竜宮の王様の后になるんだろうか。自尊心が強い娘だねと冷笑する者もあり、皆は笑った。話をしたのは現在の播磨守の息子で、元は六位の蔵人を務め、位が上がって役から離れた男だった。どんなに美しいと言われても、やはり田舎者のようなものでしょう。小さい頃からそんな所で育ち、頑固な親に育てられているのですからと源氏は思った。しかし、母親は立派で、京の良家の出身の若い女房や童女などを呼び寄せ、娘のために何かと力を尽くしているようで、それだけでただの田舎娘が育つわけがないと考える者もいた。なぜ彼女を后にしなければならないのか。自殺させるという凝り固まった考えでは、他の人から見ても良い気持ちはしないでしょうと言いつつも、源氏はその娘の存在に興味を持っているようだった。もう夕暮れが近いですが、今日は病気が起こらずに済むでしょうか。京へ帰りましょうかと従者は聞いた。寺の聖人は、もう一晩私に加持をお受けになってからお帰りになるのがいいのではと言う。皆その意見に賛成し、源氏も、では帰りは明日にしようと決めた。山の春は特に長く感じ、夕方に小柴垣の近くに行ってみた。尼が西向きの座敷で持仏を前にお勤めしており、その美しい様子が見えた。そこにいた若い女の子は、将来どんな美しい女性になるのだろうと思われるほどの麗質を備えていた。雀の子を犬君が逃がしてしまいましたのにと泣きそうな顔で話す女の子。どうしても雀の方が惜しいのだね。私はもうすぐ死ぬかもしれないのにと尼君は言いう。源氏はその美しい子供に心を奪われた。その後、僧都が訪ねてきて、源氏を自分の坊に招待した。源氏はその少女のことをもっと知りたいと思い、僧都の坊へ移った。
2024.08.12
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源氏物語〔5帖若紫 2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏は、そうか、あの立派な僧都の家だったんだ。あの人にわたしと知れてはきまりが悪いね、またこ んな体裁で来ていてなどと言った。美しい侍童などがたくさん庭へ出て来て仏の閼伽棚(あかだな/仏に供える水や花などを置く棚)に水を盛ったり 花を供えたりしているのもよく見えた。明日この家に女がいますよ。あの僧都がよもや隠し妻を置いてはいないでし ょうが、いったい何者でしょうと従者が言った。崖を少しおりて行ってのぞく人もある。美しい女の子や若い女 房やら召使の童女やらが見えると言った。源氏は寺へ帰って仏前の勤めをしながら昼になるともう発作が起こるころであるがと思うと不安だった。気を紛らして、病気のことを思わないのがいちばんですよと人が言うので、後ろの山へ出て今度は京の方を眺めた。ずっと遠くまで霞んでいて、山の近い木立ちは淡く煙って見え、まるで絵によく似ており、こんな所に住めば人間の汚い感情などは起こしようがないだろうと源氏が言う。この山などはまだ浅いもので、地方の海岸の風景や山の景色を見られたら、その自然から得ることがいろいろあって、絵が大分上達することでしょうとこんな話をする者があった。また西のほうの国々のすぐれた風景を言って、津々浦々の名をたくさん並べ立てる者もあり、皆病への関心から源氏を放そうと努めている。近い所では播磨の明石の浦が良いと言う。特別に変わった良さはないが、 ただそこから海の方を眺めた景色はどこよりもよく纏っています。前播磨守入道(明石入道)が大事 な娘を住まわせている家は立派なもの。二代ほど前には大臣の家系で、もっと出世するべき人物だったが、変わり者で仲間との交際を嫌い、近衛の中将を辞めて自ら願い出て播磨守になった人がいます。国の者に反抗されたりして不名誉なことになり、京に戻れないと言い出家した。出家したなら、深山で修行すればいいものを、名所の明石の浦に邸宅を構えて、播磨には坊様にふさわしい山も多いのに、変わり者だったのかと思ったが、実は理由あって、若い妻子が寂しがるのを思いやった結果で、そのため、邸宅はかなり贅沢に住まいを作っています。先日、父のもとを訪れた際に、その様子が見たくて寄ってみた。京にいた頃は不遇だったが、今の住まいは立派で、地方長官を務めていた時に財産を築いたため、将来の生活に困らない準備が整っている。
2024.08.11
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源氏物語〔5帖若紫 1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語5帖若紫の研鑽」を公開してます。源氏は瘧病(ぎゃくへい/奈良時代から知られる感染症でマラリアのこと)にかかっていた。いろいろと呪いもし、僧の加持も受けていたが効験がなく、この病の特徴で発作的にたびたび起こってくるのをある人が、北山の某という寺に非常に上手な修験僧がおり、去年の夏この病気が流行った時も、呪いも効果がなく困っていた人がずいぶん救われた。病気をこじらせると治り難く、早く試した方が良いと言って勧めたので、源氏はその山から修験者を自邸へ招こうとしたが、修験僧は既に老体になっており、岩窟を一歩出ることも難しいという僧の返辞だったので、源氏は、仕方がなく、親しい家司を伴い、夜明けに京を立って忍びで出かけた。郊外のやや遠い山で、三月の三十日だった。京の桜はもう散っていたが、 途中の花はまだ盛りで、山路を進んで行くに従い渓々をこめた霞にも都の霞にない美しさがあった。窮屈な境遇の源氏はこのような山歩きの経験がなく、何事も皆珍しく面白く思わ れた。修験僧の寺は身にしむような清さがあって、高い峰を負った巌窟の中に修験僧ははいっていた。源氏は自身がだれであるかを言わず、服装をはじめ思い切って簡単にして来ていたが、源氏を迎えた僧は、先日来られた方でしょうと言い、もう私はこの世界のことは考えないので、修験の術も忘れておりますのに、どうしてわざわざ来られたのでしょうと、驚きながらも笑を含んで源氏を見ていた。非常に偉い僧で、源氏を模った物を作り、源氏の瘧病を移す祈祷をした。加持祈祷をし出した時分にはもう日が高く上っていた。源氏はその寺を出て少しの散歩を試みた。寺の周りを眺めると、ここは高い所にある寺なので、多くの僧坊が見渡された。螺旋状になった路のついたこの峰のすぐ下に、それもほかの僧坊と同じ小柴垣ではあるが、目だってきれいに廻らされていて、よい座敷風の建物と廊とが優美に組み立てられ、庭の作りようもきわめて凝った一構えで、あそこにはだれが住んでいる所なのと源氏が聞くと、紫の上が源氏にさらわれた際に、世話役として二条院に連れてこられたがもう二年ほど引きこもっている僧都だと告げた。
2024.08.10
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源氏物語〔4帖夕顔 30完〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は、亡くなった夕顔を仏に託す願文を、詩文の師匠である親しい文章博士に書かせる。通常の例とは異なり、故人の名前を出さずに愛人を阿弥陀仏に託すという意味を込めて、源氏は自ら文章を下書きし、それを博士に見せた。博士はその文章に感銘を受け、手を加える必要がないと伝え、源氏は涙をこらえきれず、博士もそのような方が亡くなった話を聞いたこともないが、源氏の君がこれほど悲しむとは、彼女はとても幸運な人だったのだろうと感じた。源氏は故人の衣装を取り寄せ、袴の腰に和歌を書き、その間、源氏は般若心経を唱え、四十九日間は霊魂がこの世をさまようということを考え続けた。また、源氏は頭中将に会うと故人の子供の様子を伝えたくなるものの、恋人を失った悲しみを思い出すのが辛く、なかなか話すことができなかった。五条の家では女主人の行方がわからず、人々は源氏の君が関わっているのではないかと噂していたが、情報を得ることはできなかった。最終的に、誰かが女主人を連れて地方に行ったのではないかと想像するようになった。源氏はせめて夢にでも夕顔を見たいと願い、比叡山で法事をした後、夕顔が現れた夢を見た。これにより、美しい源氏に恋をした六条御息所が愛人を取り殺したという謎が解けた。源氏は自分自身も危険だったことを知り、恐怖を感じた。伊予介が十月初めに四国へ赴任することになり、彼の妻も同行するため、源氏は通常より多くの餞別品を贈り、秘密の贈り物もあった。さらに、空蝉に以前預けた夏の薄衣(空蝉の脱殻と呼ばれるもの)も返した。空蝉はその返礼として、小袿(こうちぎ)を小君を使いにして源氏へ送った。源氏は空蝉との別れを惜しみ、彼女の気高い態度に感嘆し、冷たい運命を感じた。その日は立冬で冬の季節に入る日、時雨が降り、空も物悲しい色をしていた。源氏は一日中物思いにふけり、秘密な恋をする者の苦しさが身にしみると感じた。このような空蝉や夕顔のような華やかでない女性との恋の話は、源氏自身が隠していた為、最初は書かれなかったが、源氏の恋が全て理想的なものであるかのように言われることを避けるため、これらのエピソードが補足された。それでも、作者は源氏に対して少し申し訳ない気持ちを感じている。----次回から5帖若紫に入ります。
2024.08.09
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源氏物語〔4帖夕顔 29〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は「ほのかにも軒ばの荻をむすばずば露のかごとを何にかけまし(かすかにでものきばに生えているおぎを結んでおかないと、露のかごとを何にかけましょうか)」と「荻(おぎ)を結ぶ」という表現は、実際には植物を結ぶというよりも、愛情を象徴的に示す行為を意味し、この和歌では、源氏が夕顔への思いを伝えようとしているのに対して、具体的な行動をしなければその思いが伝わらないことを嘆いていると解釈できる。また「露のかごと」ははかない文句や言い訳を指し、ここでは源氏が夕顔への思いを具体的な形にしなければ、その思いが儚く消えてしまうことを表している。この和歌は、源氏が夕顔との関係を儚くも美しいものとして捉えていることを表しており、源氏物語の文学的な魅力の一端を感じさせる一節。その手紙を枝の長い荻につけて、そっと見せるようにとは言ったが、源氏の内心では不注意で少将に見つかった時、妻の以前の情人の自分であることを知ったら、その人の気持ちは慰められるであろうという高ぶった考えもあった。しかし小君は少将の来ていない暇をみて手紙を括った荻の枝を女に見せた。恨めしい人ではあるが自分を思い出して情人らしい手紙を送って来た点では憎くも女は思わなかった。悪い歌でも早いのが取柄であろうと書いて小君に返事を渡した。「ほのめかす風につけても下荻の半は霜にむすぼほれつつ(ほのかに吹く風のせいで荻の下の部分は霜で冷たく凍りつきそうになっている)」下手であるのを酒落れた書き方で紛らしてある字の品の悪いものだった。灯の前にいた夜の顔も連想される。碁盤を中にして慎み深く向かい合った方の人の姿態にはどんなに悪い顔だちであるにもせよ、それによって男の恋の減じるものでないよさがあった。一方は何も情交がなく、自身の若い容貌に誇ったふうだったと源氏は思い出して、やはりそれにも心の惹かれるのを覚えた。まだ軒端の荻との情事は清算されたものではなさそうである。源氏はタ顔の四十九日の法要をそっと比叡山の法華堂で行なわせることにした。それはかなり大層なもので、上流の家の法会としてあるべきものは皆用意させた。寺へ納める故人の服も新調し寄進のものも大きかった。書写の経巻にも、新しい仏像の装飾にも費用は惜 しまれてなかった。惟光の兄の阿闍梨は人格者だといわれている僧で、その人が皆引き受けてしたのである。
2024.08.08
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源氏物語〔4帖夕顔 28〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は「ほのかにも軒ばの荻をむすばずば露のかごとを何にかけまし(かすかにでものきばに生えているおぎを結んでおかないと、露のかごとを何にかけましょうか)」と「荻(おぎ)を結ぶ」という表現は、実際には植物を結ぶというよりも、愛情を象徴的に示す行為を意味し、この和歌では、源氏が夕顔への思いを伝えようとしているのに対して、具体的な行動をしなければその思いが伝わらないことを嘆いていると解釈できる。また「露のかごと」ははかない文句や言い訳を指し、ここでは源氏が夕顔への思いを具体的な形にしなければ、その思いが儚く消えてしまうことを表している。この和歌は、源氏が夕顔との関係を儚くも美しいものとして捉えていることを表しており、源氏物語の文学的な魅力の一端を感じさせる一節。その手紙を枝の長い荻につけて、そっと見せるようにとは言ったが、源氏の内心では不注意で少将に見つかった時、妻の以前の情人の自分であることを知ったら、その人の気持ちは慰められるであろうという高ぶった考えもあった。しかし小君は少将の来ていない暇をみて手紙を括った荻の枝を女に見せた。恨めしい人ではあるが自分を思い出して情人らしい手紙を送って来た点では憎くも女は思わなかった。悪い歌でも早いのが取柄であろうと書いて小君に返事を渡した。「ほのめかす風につけても下荻の半は霜にむすぼほれつつ(ほのかに吹く風のせいで荻の下の部分は霜で冷たく凍りつきそうになっている)」下手であるのを酒落れた書き方で紛らしてある字の品の悪いものだった。灯の前にいた夜の顔も連想される。碁盤を中にして慎み深く向かい合った方の人の姿態にはどんなに悪い顔だちであるにもせよ、それによって男の恋の減じるものでないよさがあった。一方は何も情交がなく、自身の若い容貌に誇ったふうだったと源氏は思い出して、やはりそれにも心の惹かれるのを覚えた。まだ軒端の荻との情事は清算されたものではなさそうである。源氏はタ顔の四十九日の法要をそっと比叡山の法華堂で行なわせることにした。それはかなり大層なもので、上流の家の法会としてあるべきものは皆用意させた。寺へ納める故人の服も新調し寄進のものも大きかった。書写の経巻にも、新しい仏像の装飾にも費用は惜 しまれてなかった。惟光の兄の阿闍梨は人格者だといわれている僧で、その人が皆引き受けてしたのである。
2024.08.07
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源氏物語〔4帖夕顔 27〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。どうかすると人の誘惑にも負けそうな人でありながら、さすがに慎ましくて、恋人になった男に全生命を任せているような人が好きで、おとなしくそうした人を自分の思うように教えて成長させたいと源氏が言うと、そのお好みにぴったりな方が亡くなられたことが残念でと右近は言いながら泣いた。空は曇って冷ややかな風が通っていた。寂しそうに見えた源氏は、「見し人の煙を雲とながむれば夕の空もむつまじきかな」と独り言のように言ったが、返しの歌は出てこなかった。右近はこんな時に二人揃っていればと思い胸が詰まる気がした。源氏はうるさかった砧(きぬた)の音を思い出してもその夜が恋しくて、「八月九月正長夜、千声万声無止時」と歌っていた。伊予介の家の小君は時々源氏のところへ行ったが、以前のように源氏から手紙を託されて来ることはなかった。自分の冷淡さに懲りたのかと思って、空蝉は心苦しく思ったが、源氏の病気を聞いた時にはさすがに嘆いた。それに良人の任国へ伴われる日が近づいてくるのも心細くて、自分を忘れてしまったのかと試みる気で、このごろの様子を承り、案じてますが、それを私がどうしてお知らせできましょうか。「問はぬをもなどかと問はで程ふるにいかばかりかは思ひ乱るる」と手紙を書いた。思いがけないあちらからの手紙を見て源氏は珍しく嬉しく思った。この人を思う熱情も決して醒めていたのではない。生きがいがないとは誰が言いたい言葉でしょう。うつせみの世はうきものと知りにしをまた言の葉にかかる命よと、はかないことである。病後の恐怖や興奮などで身体が震える手で乱れ書きをした消息は美しかった。蝉の脱殻が忘れずに歌われてあるのを、女は気の毒にも思い、うれしくも思えた。こんなふうに手紙などでは好意を見せながらも、これより深い交渉に進もうという意思は空蝉になかった。理解のある優しい女であったという思い出だけは源氏の心に留めておきたいと願っているのである。もう一人の女は蔵人少 将と結婚したという噂を源氏は聞いた。それはおかしい、処女でない新妻を少将はどう思うだろうと、その良人に同情もされたし、またあの空蝉の継娘はどんな気持ちでいるのだろうと、 それも知りたさに小君を使いにして手紙を送った。死ぬほど煩悶している私の心はわかりますか。
2024.08.06
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源氏物語〔4帖夕顔 26〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。右近の話を聞いて、源氏は自身の想像が当たっていたことで満足し、その優しい人がますます恋しく思われた。小さい子を一人行方不明にしたと中将が憂鬱になっていたが、そんな小さい人がいたのかと尋ねた。一昨年の春に生まれたお嬢様で、とても可愛らしい方でした。その子はどこにいるのと聞くと、人には私が引き取ったと知らせないで、私にその子をくれないかと言うと、形見も何もなくて寂しく思うばかりだから、それが実現できたらいいねと、源氏はこう言って、また、頭中将にも話をするが、あの人をあのような場所で死なせてしまったのが私だから、当分は恨みを言われるのが辛い。私の従兄の中将の子である点からしても、私の恋人だった人の子である点からしても、私の養女にして育ててよいわけだから、その西の京の乳母にも何かほかのことを頼んで、お嬢さんを私のところへ連れてきてくれないかと言った。それが実現したらどんなに結構なことでしょう。あの西の京でお育ちになるのはあまりにもお気の毒です。私ども若い者ばかりでしたから、行き届いたお世話ができないということで、あちらへお預けしたのですと右近は言った。静かな夕方の空の色も身にしみる九月で、庭の植え込みの草が枯れかかり、虫の声もかすかにないているだけだった。少しずつ紅葉の色づいた景色を右近は眺めながら、思いもよらぬ貴族の家の女房になっていることを感じた。五条の寂れた家を思い出すだけでも恥ずかしい。竹の中で家鳩という鳥が調子外れに鳴くのを聞いて、源氏は某院でこの鳥が鳴いたときに夕顔が怖がった顔を今も可憐に思い出した。年はいくつだったの普通の若い人よりも若く見えたのも短命の人だったからだね。たしか十九歳になったころで、私は奥様のもう一人の乳母の忘れ形見だったので、三位様が可愛がってくださり、お嬢様と一緒に育ててくださいました。それを思うと、あの方が亡くなってからも平気で生きていることが恥ずかしくなります。弱々しいあの方をただ一人の頼りに思って右近は生きて参りました。弱々しい女が私は一番好きだ。自分が賢くないせいか、あまり聡明で人の感情に動かされない女は嫌いだ。
2024.08.05
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源氏物語〔4帖夕顔 25〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。源氏は、つまらない隠し合いをしたものだ。源氏の本心ではそんなに隠そうとは思っていなかった。あのような関係は源氏にとって経験のないことだったから、世間が怖かったのだ。御所の注意もあるし、そのほかいろんな所に遠慮があった。ちょっとした恋をしても、それを大問題のように扱われるうるさい私が、あの夕顔の花の白かった日の夕方から、むやみに心が惹かれていくようになり、無理な関係を作るようになったのもしばらくしかない二人の縁だったからだ。しかしまた恨めしくも思う。こんなに短い縁なら、あれほどにも心を惹いてくれなければよかったのにと言い、まあ今でもよいから詳しく話してくれ。何も隠す必要はないだろう。七日ごとに仏像を描かせて寺へ納めても、名前を知らないのでは意味がない。それを表に出さなくても、せめて心の中で誰の菩提のためかを知っておきたいじゃないかと源氏が言った。お隠ししようとは決して思っておりません。ただ自分の口から話さなかったことを、亡くなってから話すのは気が引けるだけです。御両親はずっと前に亡くなり、殿様は三位中将でした。非常に可愛がっていまして、それにつけてもご自身の不遇をもどかしく思われていましたが、その上寿命にも恵まれず、若くして亡くなりました。その後、頭中将がまだ少将だったころに通って来るようになり、三年間ほど関係が続いていたが、昨年の秋ごろ、あの方の奥様のお父様である右大臣のところから脅すようなことを言われ、気の弱い方でしたから、むやみに恐れて西の京の奥様の乳母が住んでいた家へ隠れて行かれましたが、その家もひどい状態でしたので、困って郊外へ移ろうと思われましたが、今年は方角が悪いので、方角避けに五条の小さい家へ行かれた。それがきっかけであなた様がおいでになるようになりました。あの家は寂しい場所で、困ったようです。普通の人とは違い、非常に内気で、物思いをしている姿を見られるだけでも恥ずかしいと思い、どんな苦しいことも寂しいことも心に納めていました。
2024.08.04
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源氏物語〔4帖夕顔 24〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。運命があの人(夕顔)に授けた短い縁から、その片割れの私ももう長くは生きられないのだろう。長い間頼りにしてきた主人に別れたお前が、さぞ心細いだろうと思うと、せめて私が命を持っている間は、あの人の代わりに世話をしたいと思ったこともあったが、私もあの人のあとを追うようだ。お前(右近)には気の毒だね。こう話して、ほかの者には聞こえない声で言いながら弱々しく泣く源氏を見た右近は、女主人(夕顔)に別れた悲しみは別として、源氏にもしまたそんなことがあれば悲しいことだろうと思った。二条の院の人々はみな、静かな心を失って主人(源氏)の病を悲しんでいた。御所からの使いは雨脚よりも頻繁に参上した。帝の御心痛が非常に大きいことを聞いた源氏は、その恩義を感じて病から脱しようと自らを励ますようになった。左大臣も徹底的に世話をし、大臣自身が二条の院を見舞わない日はなかった。そしていろいろな医療や祈祷をしたせいか、二十日ほど重体だったあとに余病も起こらず、源氏の病気は次第に回復していった。死者などの穢れに触れ、自分も穢れることの遠慮の正規の日数もこの日で終わる夜だったので、源氏は逢いたく思う帝の心中を察して、御所の宿直所まで出かけた。退出の時は左大臣が自身の車に乗せて邸に伴った。病後の人の謹慎の仕方も大臣が厳しく監督した。この世ではない所へ蘇生した人間のように、当分の間、源氏は思った。九月二十日ごろ、源氏は完全に回復し、痩せはしたが返って艶やかな趣を添えた源氏は、今も思い出すとまたよく泣いた。その様子に不審を抱く人もあり、物怪(六条御息所)が憑いているのではないかとも言われていた。源氏は右近を呼び出し、暇な静かな日の夕方に「今でもわからない。なぜあの人(夕顔)の娘であることを最後まで私に隠したのだろう。たとえどんな身分でも、私があれほどの熱情で思っていたのだから、打ち明けてくれてもよかったのに」と言ったときに右近は、「そんなに隠そうなどとお思いになることはありませんでした。そうしたお話をなさる機会がなかったのではないでしょうか。最初があのような関係でしたから、現実の関係のように思われないとおっしゃって、それでもまじめな方ならいつまでもこのように進んでいくものでもないから、自分は一時的な対象にされているにすぎないのだと寂しがっておられた」とこのように答えた。
2024.08.03
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源氏物語〔4帖夕顔 23〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。右近は、夕顔と一緒にあの世へ行きたいと思っている。惟光が源氏に、もう明け方に近いころなので、早く帰らなくてはなりませんと促すが、源氏は振り返ってばかりで、胸も悲しみに塞がったまま帰途に就いた。露の多い路に濃い朝霧が立っていて、このままこの世でない国へ行くような寂しさが感じられた。某院の閨にいたままのふうで夕顔が寝ていたこと、その夜上に掛けて寝た源氏自身の紅の単衣にまだ巻かれていたこと、などを思って、全体あの人と自分はどんな前生の因縁が あったのであろうと、こんなことを道々源氏は思いを巡らせた。心細い様子で馬を御して行けるふうでもなかったので、惟光が横に寄り添って行った。加茂川堤に来て源氏はとうとう落馬し、気を失ったようである。源氏は、家の中でもないこんな所で自分は死ぬ運命なんだろうかと思う。二条の院まではとうてい行けない気がすると惟光へ言ったので、惟光の頭も混乱状態になった。自分が確とした人間だったら、あんなことを源氏が言っても、軽率にこんな案内はしなかったはずだと思うと悲しかった。川の水で手を洗って清水の観音を拝みながらも、どんな処置をとるべきだろうと思い悩んだ。源氏もしいて自身を励まして、心の中で御仏を念じ、そして惟光たちの助けも借りて二条の院へどうにか 行き着いた。毎夜続いて不規則な時間の出入りを女房たちが、見苦しいことですね、近ごろは平生よりもよく忍び歩きをなさる中でも昨日はたいへんお加減が悪いようでした。そんな体でありながら、また出かけるのですから、困ったことですと、こんなふうに嘆いていた。源氏自身が予言したとおり、それ以来ずっと病床に伏して苦しんでいた。重い症状が二、三日続いた後には、さらに酷く衰弱していた。源氏の病気を聞いた帝も非常に心を痛め、あちらこちらで間断なく祈祷が行われた。特別な神への祭りや祓い、修法などが行われた。源氏のように特別な人は短命で終わるのではないかと言って、一天下の人々がこの病気に関心を持つようになった。病床にいながら、源氏は右近を二条の院へ連れて行き、近くの部屋を与えて、手元で使う女房の一人とした。惟光は、源氏の病が重いことにとても心配しながらも、その気持ちを抑えて、馴染みのない女房たちの中で不安そうな右近に同情してよく世話をしていた。
2024.08.02
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源氏物語〔4帖夕顔 22〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語4帖夕顔の研鑽」を公開してます。病苦が朝よりも加わったことも分かっていて源氏は、軽はずみにそうした所へ出かけて、そこでどんな危険が待ち受けているのかも分からない、やめたほうがいいのではないかとも思ったが、やはり死んだ夕顔に引かれる心が強くて、この世での顔を見ておかなければ今後夕顔は見られないという思いが心細さをおさえて、惟光と随身を従えて出た。加茂川の河原を通るころ、前駆の者の持つ松明の淡い明りに鳥辺野のほうが見えるという不気味な景色にも 源氏の恐怖心はもう麻痺してしまっていた。ただ悲しみに胸が掻き乱されたふうで目的地に着いた。凄い気のする所である。そんな所に住居の板屋があって、横に御堂が続いているのである。仏前の燈明の影がほのかに戸から透いて見えていた。部屋の中には女一人の泣き声がして、 その部屋の外と思われる所では、僧の二、三人が話しながら声を多く立てぬ念仏を唱えていた。近くにある東山の寺々の初夜の勤行も終わったころで静かだった。清水の方角にだけ灯がたくさ んに見えて多くの参詣人の気配も聞かれる。主人の尼の息子の僧が尊い声で経を読むのが聞こえてきた時に、源氏は体中の涙が流れて出る気もした。中へはい ってみると、灯をあちら向きに置いて、遺骸との間に立てた屏風のこちらに右近は横になっていた。どんなに佗しい気のすることだろうと源氏は同情して見た。遺骸はまだ恐ろしいという気のしない物であった。美しい顔をしていて、まだ生きていた時の可憐さと少しも変わってい なかった。源氏は、私にもう一度、せめて声だけでも聞かせてください。どんな前生の縁だったかわずかな間の関係だったが、私はあなたに心を寄せた。それなのに私をこの世に捨てて置いて、こんな悲しい目をあなたは見せる。もう泣き声も惜しまず、はばからぬ源氏だった。僧たちも誰とは分からないまま、死者に断ちがたい愛着を持つ男の出現を見て、皆涙をこぼした。源氏は右近に、二条の院へ来なければならないと言ったが、右近は、幼い頃からずっと仕えてきた主人の夕顔が亡くなってしまったことを非常に悲しんでいて、彼女は、主人を失った今、生きて帰る場所がないと思っている。また、夕顔がどうなったのかを他の人にどう伝えればよいのか、そして夕顔を亡くしたことで自分が周囲からどのように思われるのかも心配して、これらの思いから、右近は涙が止まらない。
2024.08.01
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