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さらに、別のところでもこう述べています。
ハ あなたは前に、僕らが日常的に経験しているこの地上の空間と、地球を一つの対象として認識できるような宇宙空間はまったく次元が違うものだとおっしゃいました。とすると、必然的に今度は太陽系空間と銀河系空間の次元の違いや、日常空間と原子レベルのミクロ空間の違いなど、さまざまな次元的相違が想像されてきます。そのへんの本当のところはどうなのでしょう。
オ 全く、その通りです。空間はあなたがたが考えているような連続的な延長としては存在していません。実際には様々な次元構造が多重に交錯しています。あなた方の意識に物質として見えている宇宙の階層構造は、それらの交錯が原因となって生まれているものなのです。
ハ 古代の宇宙思想は、「上にあるがごとく、下にかくあり」とか、「下位は上位の反射である」とか言って、とにかく、この物質的な宇宙が天上世界の影のようなものだという言い方をしています。あなたがおっしゃっていることの真意もそれらと同じようなものだと考えてよいのでしょうか。
オ はい。あなたがたが見ている宇宙はプレアデス次元に投影された中性質構造だということです。
オ はい、シリウスの内面と外面にある力と方向のすべて、つまり、定質(良い方向に向かうエネルギーの流れ)と性質(悪い方向に向かうエネルギーの流れ)のことです。あなた方の意識においては、ミクロからマクロに向かう方向が定質の影で、マクロからミクロに向かう方向が性質の影として見えているのではないかと思います。
ハ ということは、地から天へと向かう力が定質で、天から地へと向かう方向が性質ということですね。なるほど、天なる父と、母なる大地とういわけか。マクロからミクロへと投げ掛けられた方向が性質だとすると、星の世界というのは性質に関係しているということですか?
オ はい、天体とは、シリウスの外面にある力が人間の内面に反映(反射的に反対方向に力を生み出すこと)を行うことによって、あなた方に観測されています。
ハ よく、神話なんかでは、天孫降臨などと言って、原初の人間が神として天空から舞い降りたようなことが語られていますが、これは性質のことを指すのですか。
オ プレアデス(意識の流れのひとつ)に付帯質(物質のこと)を生み出すための次元降下のことですからそうです。
ハ 「神が天から降りてくる」という内容に対して、それを宇宙から飛来した異星人のような解釈をする人たちもいますが、これは間違いですね。
オ はい、間違っています。
ハ つまり、天孫降臨のような言い回しは、霊的な世界に起こった宇宙の創造の物語を古代人たちがシンボリックに神話に託したということですか。
オ そのように考えられていいと思います。
ハ ということは、現代の科学的な宇宙観よりも古代人たちの方がより真実に近いものの見方をしていたということになりますね。
オ そうですね、シリウス(意識の流れのひとつ)の記憶が残っていたという意味ではそうです。
・・・・・中略・・・・・
ハ では、占星術で使う・・・十二星座とは何を意味したのですか。
オ 中性質における観察子(意識の織りなす次元とは何かをより詳細に理解するために考え出された基礎概念のようなもの。難しいのでとりあえず無視してください。)のことではないでしょうか・・・
ハ では、オリオン座やプレアデス星団とは何を意味しているのですか。
オ オリオン座とはすべての力の本質、プレアデス星団とはその反映(その反射として生み出されたもの)のことです(オリオン、プレアデス、シリウスは意識の流れを示す概念です。オコツトは、その意識の流れが人間の見る外宇宙に投影されていると考えているようです。)。
ハ それは、オリオン座がすべての星座の中で最も次元が高いという意味ですか。
オ 次元が高いということではなく、すべての次元を作り出している力だという意味です。
ハ では、シリウス(意識の流れのひとつ)は何の反映なのですか。
オ 付帯質(物質)に反映された力の反転作用の意味・・・すなわち精神の力です(物質世界に対して向かってきたシリウス方向からのエネルギーが、今度は逆に人間の外の世界に跳ね返って空に反映されて、我々が「あー、シリウスだ。」として空にあるシリウスという星を見ている、ということです)。
ハ ならば北斗七星やカシオペア座なんかも何か意味があるのですか。
オ もちろんです。星座とはシリウスの次元における様々な等化(中和された状態。中庸。)のカタチをあらわしています(以上、「シリウス革命」(たま出版より引用))。
簡単にご説明すると、今我々が見ている外宇宙というのは、われわれの意識が生み出した副産物のようなものが反映されたものが今我々の目に「世界として映っている」らしく、あくまで考えを進める基本・中心となるのは、人間にあります。
人間を中心に、ミクロの方向に進むのか、それともマクロの方向に進むのか、という方向性はあるにしても、それらは本質的には同質のものであるらしく(オコツトによれば、ミクロの世界もマクロの世界も同じ原理が働いていて、同じ様子を見ているというのです。)、すべてわれわれの(前の時代の、つまりアトランティス時代の)意識が投影されたものだというのです。
そして、太陽系というのは、先ほどの話にもあったように、複数の次元が多重に交差するところらしいのですが、太陽系の個々の惑星というのは、実は、人間の精神構造を表わしているらしいのです。つまり、太陽系とは、人間そのものとオコツトは考えているうみたいなのです。ですから、オコツトは、意識(宇宙)とは、太陽系しか存在していないと考えているようなのです。
最後に、半田さんは宇宙の諸相についてどう考えているのかについてご紹介したいと思います。
「さて、オコツトの情報を分析すると、恒星の世界は僕らが想像しているようなものでは全くない。ロケットでそこに赴くことなどおそらく不可能だろう。これは推進技術・・・(中略)・・・などといった、いわゆるテクニカルな問題から言っているのではない。彼の論法からすれば、太陽系の外には物理的な意味での宇宙など存在していないのだ。・・・
何度も言うようだが、オコツトの解説によれば、僕ら人間が観察している外部の物質宇宙は僕ら自身の意識構造の影だということだ。そして、ミクロからマクロへと向かう空間には全次元の意識進化の流れ、すなわち、定質が映し出されているとする。一方、マクロからミクロへと向かう空間には、定質の反映、僕ら自身を生み出してきた性質の流れが投影されている。・・・
・・・そして、オコツトは、この定質と性質が交差していった十二の次元階層こそが、物質が持つ様々な階層のルーツだというのである。つまり、宇宙に存在する物質の階層性(素粒子から始まって原子、分子、モノ、地球、太陽系~銀河、銀河団といったような物質世界の様子)とは、その本来が意識の階層性に由来するものだというのだ。」
ホログラフィックな外宇宙において、あくまで物質的宇宙であるのは、太陽系以降の場所においてもかわらないはずなのですが、太陽系を人間精神の表れであるという点で太陽系外の諸天体(銀河、恒星)とは一線を画している・・・オコツトが伝えたかったのはこういう意味だったのではないかと私は思います。太陽系の外もホログラフィックな宇宙であることには変わらないわけです。ただ、その意味するところが違う。オコツトはむしろ、この宇宙(=太陽系)を人間そのものととらえているふしがあり、そうだとするなら、太陽系外の部分、すなわち銀河系や恒星、銀河団は、人間精神の本質的な反映という観点からみれば、本質的な部分とはいえないのかもしれません。
繰り返しますが、オコツトは、半田さんに何度も、「宇宙は太陽系までしか存在しない。」と伝えてきたといいます。しかし、ここにもいわゆる教育的配慮というのがある気がします。どういうことかというと、「宇宙は太陽系までしか存在しない。」と述べることによって、われわれの考察を多角的に深める意図が存在していたのではないかと思われるのです。オコツトは、これが私の考える真実だと述べているわけではありません。現に、「銀河系が存在しないと生命は存在できない。」とも述べています。銀河系は必要であり、存在しているという前提に立った発言をしているのです。
しかし、オコツトは単にそれだけを述べただけでは、上に述べてきたような様々な奥の深い話ができないので、あえて「宇宙には太陽系しか存在しない。」という話を持ちかけたのではないか?私はそのように考えています。
繰り返しますが、オコツトは、「宇宙は太陽系しか存在していない。とか、宇宙には太陽系だけではなく、銀河系や他の銀河団も存在する、そこのところをはっきりさせたい。」ということだけを伝えたかったのではないと思います。要するに、それは話のきっかけに過ぎず、そこからさらに考察を深めていき、人間とは何なのか、意識とは何なのかについて深く考えてもらいたかったのではないかと思います。
以上、非常に長くなりましたが、ごんたさんへのご回答になっているかどうか、もしなっていれば幸いです。