FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 昼ドラファンタジー転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍 0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光 0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう 1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て 0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に 0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて 1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
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「はぁ~、今日も疲れたぁ。」千はそう言うと、湯船に浸かって溜息を吐いた。「体力ないぞ、千。お前俺達よりも若いだろう?」「そんな事言われても、一日中家事をしていたら筋肉痛で辛くて。」「副長付きの小姓は大変だよなぁ。隊務のほかに家事もしねぇといけねぇんだもんな。」「特に食事の支度が大変で、毎日献立を考えるのが大変で・・」「それはそうだな。俺んちは食べ盛りの兄貴や弟達抱えて、母ちゃん毎日大変だっただろうな。」 隊士達と風呂場でそんな事を話していると、そこへ歳三が風呂場に入って来た。「てめぇら、後がつかえているだろう、早くあがれ!」「は、はい!」 慌てて隊士達が風呂場から出ていくと、千も湯船からあがった。「ちゃんと髪乾かせよ、千。風邪ひいたら大変だからな!」「はい!」 千が髪を布で拭いて乾かしていると、歳三が風呂場から上がってきた。 同性の裸など今まで見ても何とも思わない千なのだが、何故か歳三の裸体は少しなめまかしく見えた。(僕、変なのかな?)「おい、何じろじろ見てんだ?」「す、すいません!」 歳三はじろりと千尋を睨みつけると、髪を布で拭いて乾かし始めた。「千君、こっちへいらっしゃい。」「沖田さん、急にどうしたんですか?」「ちょっと寒くて、人肌が少し恋しくなりました。」「沖田さん、身体の具合は大丈夫なのですか?」「この前軍医さんから頂いた薬を飲んだら、少し咳が治まりました。」総司はそう言うと、枕元に置いてある本を手に取った。「この本知っていますか、千君?何でも、エゲレスの劇作家の作品なんですって。」 総司が千に見せた本は、シェイクスピアの有名な作品『ロミオとジュリエット』だった。「知っていますよ。その本がどうかしたんですか?」「実はね・・」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月25日
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「荻野さんが考え事するやなんて珍しいですね。」「そうですかね?わたくしだって考え事する時あってありますよ。」「そうですか。それよりも火傷してなくて良かったです。」 山崎はそう言うと、念の為千尋の右腕を消毒した。「山崎さん、おられますか!?」 慌ただしい足音が廊下から聞こえて来たかと思うと、勢いよく襖が開き、中へ血塗れとなり気絶している平田を連れた天童が入ってきた。「何があったんや?」「厄介事に巻き込まれまして・・お願いします、どうか平田を助けてやってください!」 山崎が平田を診療台の上に寝かせて傷を見ると、彼は胸を何者かに袈裟斬りにされ、その傷は深かった。「天童は外へ出てくれ。荻野さん、すいませんが治療の手伝いを・・」「わかりました。」 山崎は平田の出血を何とか止めようとしたが、動脈を斬られている所為か出血はますます酷くなってゆき、それと比例して平田の顔からはどんどん血の気が失せていった。「そこにいるのは、天童か・・?」 意識が混濁し始めた平田は、そう言うと千尋に向かって手を伸ばした。「桂先生に伝えてくれ・・坂本が、薩摩の西郷と手を組もうとしている・・」 やがて平田は、そのまま息を引き取った。「平田は?」「残念ですが、先程息を引き取りました。」「そんな・・荻野さん、平田は最期に何か言っていませんでしたか?」「いいえ、何も。」 千尋が吐いた嘘に、天童は簡単に騙された。「そうか、平田がそんな事を・・」「これで、天童と平田が長州の間者だという事がわかりましたね。副長、これからいかがなさいますか?」「まだ天童を泳がせておけ。奴が長州の間者だという確固たる証拠を掴むまで、動くなよ。」「わかりました。では、わたくしはこれで失礼致します。」 千尋が副長室から出て行った後、歳三は眉間に皺を寄せ、大きな溜息を吐いた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月21日
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「おい、天童と平田はどこだ?」「さぁな。」 千尋は夕飯を食べながら、天童と平田の姿が大広間にない事に気づいた。「あ~、疲れた。」 夕飯の後、厨房で皿を洗いながらそう言って溜息を吐いた。「早く手を動かしなさい。明日は早いのですから。」「はい、わかりました。」 千達が漸く眠れたのは、子の刻(午前0時)を過ぎた頃だった。 疲れ果てた千は、その夜は珍しく悪夢を見なかった。「おはようございます、荻野さん。」「おはようございます。」 翌朝、千は眠い目を擦りながら厨房に入った。「毎日大人数分の食事を作るのは大変ですね。」「慣れればどうって事ありませんよ。それにしても天童さんと平田さんは一体何処に行ったんでしょうね?」「さぁ・・」 朝食の支度をしながら、千尋は天童達の正体を少し考えていた。 二人が桂の事を知っているという事を考えると、彼らは倒幕派の人間だろう。 それが確かなら、天童は何故嘘を吐いて新選組に入ったのか。 前から平田とは知り合いで、天童とは間者同士で連絡を取り合っていたのだろうか。「荻野さん、袖!」 千の声で我に返った千尋は、自分の着物の袖が煮え立った鍋の中に入っている事に漸く気づいた。「怪我はないか、荻野!?」「はい、申し訳ございません、斎藤先生。考え事をしていて、気がついていませんでした。」「すぐに山崎君に診て貰え。」「はい、わかりました。では、わたくしはこれで失礼致します。」 千尋はそう言って斎藤に向かって頭を下げると、山崎が居る診療室へと向かった。「山崎さん、いらっしゃいますか?荻野です。」「どないしたんですか、それ?」山崎はそう言うと、千尋の焦げた片袖を見た。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月21日
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そっと千尋が茂みの中を覗くと、そこには天童と平田という名の隊士が互いに睨み合っている。「何故お前があの方からの信頼を得ているんだ?」「それは貴方よりわたしの方が優秀だからですよ。」「何だと!?」 平田が天童の胸倉を掴むと、彼は邪険に平田の手を振り払った。「余り大きな声を出さないで下さい。わたし達の計画は外には決して洩(も)らしてはいけないと、あの方から言われた筈でしょう?」「あぁ、わかっているさ。」「それにしても、あの荻野とかいう副長付きの小姓、なかなかの切れ者だな。俺よりも年下だが、何だか肝が据わっている。」「それは貴方が精神的に幼いからそう見えるだけでしょう?」「それはそうかもしれないが、あの蒼い瞳、どこか魔性めいたものがあるな。」「魔性ねぇ・・あの桂先生が一時的に惚れこむだけの魅力を持っている、という事でしょうか?」「まぁ、そういう事だ。」「そんな下らない話はもう終わりにしましょう。」「あぁ、そうだな。」 平田は軽く咳払いすると、天童と小声で何かを話し合った。(もう少し、この二人を泳がせた方がよさそうですね。) 千尋はそう思いながら、ゆっくりとその場から去っていった。 一方、千は厨房で夕飯の支度に追われていた。 毎日隊士達の食事を作るのはかなりの重労働である事に千が気づいたのは、彼が新選組の屯所で暮らし始めてすぐの事だった。 現代だとスイッチを押せばすぐにガスが出するし、水道の蛇口を捻ると安全な水が出る便利さに慣れきってしまった千は、幕末で炊事をする事の大変さを痛感しているのだった。 ふと、母がどんな思いで今まで自分を育ててくれていたのかを想像すると、千は母に会いたくて急に泣きそうになった。「どうした、千?」「いえ、葱で少し目が痛いだけです。」「そうか。」 千は葱のみじん切りをもう終えている事に気づいていた斎藤だったが、彼を慮(おもんばか)って何も言わなかった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月19日
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歳三に会わせろと言ってきている男は、大坂の呉服問屋の主で、何でも注文していた着物の代金を歳三が踏み倒した為、その取り立てに来たのだという。「失礼ですが、貴方のお名前をお聞かせ願えませんでしょうか?」「わたしは梅澤屋の宗介と申します。」「梅澤様ですね。大変申し訳ございませんが、副長はただいま外出しておりますので、こちらにお名前とご住所をご記名頂けないでしょうか?」 千尋はそう言うと、懐紙と筆、硯を男に手渡した。「ありがとう。ほな、後で土方さんによう伝えてくれへんか。早う着物の代金払うてくれへんと、商売上がったりやとな。」 はじめは語気が荒く喧嘩腰な口調で話していた梅澤翁は、千尋に自分の氏名と住所を記した懐紙を手渡した時には、穏やかな笑みを浮かべていた。「後日副長にわたくしが伺って参りますので、数日お時間を頂けませんでしょうか?」「構わんわ。わたしは三条の白松屋という旅籠におりますよって、土方さんに連絡取れたら文を送ってくんなはれ。文を受け取り次第こちらにまた伺いますよって。」「承りました。」 梅澤翁を屯所の門前まで送った後、千尋はすぐさま副長室へと向かった。「副長、荻野です。今よろしいでしょうか?」「少し待て。」 暫くすると、歳三が副長室の襖を開け、千尋を中へと招き入れた。 千尋は歳三に梅澤翁の氏名と住所が書かれた懐紙を手渡しながら、梅澤翁が話していた事を彼に伝えた。「着物か。確か二月前に姉貴の為に注文していたのを忙しくてすっかり忘れちまってた。お前が居てくれて助かった。」「いいえ、滅相もございません。梅澤様は三条の白松屋という旅籠に滞在されております。」「後で俺が白松屋に文を使いの者に寄越しておこう。」「わかりました。ではわたくしはこれで失礼いたします。」 千尋が副長室から出ると、中庭の茂みの方で誰かが言い争う声が聞こえた。「一体どういう事だ、これは!?」「それはわたしにもわかりませんよ。それよりも平田さん、そんなに大声を出さないでください、誰かに聞こえでもしたらどうするのですか?」 そう言って男を窘(たしな)める天童は、何処か醒めた目をしていた。「誰も聞いていないさ。それにしても天童、よくあの土方の隠し子だと嘘を吐いてここへ潜入できたな?」「土方には女の噂が絶えないと知っていましたし、江戸で少し情報収集しましたからね。まぁ、子供のふりをして土方の事を父上と呼ぶのは反吐が出ましたけれど。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月19日
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千尋は部屋の中をくまなく調べたが、なくなっている物は何もなかった。「荻野、どうした?」「副長、誰かがわたしの部屋に入ったようです。幸い、盗まれたものは何もありませんでした。」「そうか。」「副長、わたしは隊務に戻らせてもらいます。」 歳三が副長室に戻ると、そこには天童の姿があった。「天童、俺に何か用か?」「先程、荻野さんのお部屋で何かあったのですか?」「何もない。」「そうですか。」 天童は一瞬残念そうな顔をした後、副長室から出て行った。 そんな彼の態度を不審に思いながらも、歳三は仕事に戻った。「今日は何もないな。」「そうですね。最近不逞浪士の姿を見かけませんし・・」「大人しくしていれば、俺達の仕事が増えないからいいよなぁ!」「本当ですね。」 そんな事を同僚と言い合いながら千尋が巡察していると、どこからか悲鳴が聞こえて来た。「何だ、今のは!?」「次の角を曲がった茶屋からです、急ぎましょう!」 千尋達が、悲鳴が聞こえた茶屋の中に入ると、そこには店員を人質に取り、一人の男が店の中で暴れていた。「新選組だ、大人しくしろ!」「うるせぇ!」男はそう叫んで店員を突き飛ばすと、短刀を持って千尋達の方へと向かってきた。「死ねぇ!」 千尋は男の手から短刀を弾き飛ばすと、男の鳩尾を殴って気絶させた。「娘さん、お怪我はありませんか?」「へぇ・・おおきに。」 男を奉行所へと連行した後、千尋達が屯所へと戻ると、誰かが門の前で門番と揉めていた。「いいから、中へ通せ!」「一体何があったのです?」「この人が、副長と会わせろと言って聞かなくて・・」「わたくしが話を聞きましょう。」 千尋はそう言うと、男を自室へと連れて行き、彼の話を聞いた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月14日
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馬車に揺られながら千達が大坂から京に戻る途中、千は再び眠りに落ちていった。 目を開けた彼は、紅蓮の炎が遠くから近づいて来ている事に気づいた。(ここは、一体!?) 上空から不気味な黒い影が蠢き、それは何かを次々と地上へと吐き出していった。(あれは、まさか・・) 千が目を凝らしながらその黒い影をよく見ると、それはアメリカのB29戦闘機だった。 B29戦闘機が吐き出しているのは、焼夷弾だった。「お前何してる、早く逃げろ!」 遠くから誰かの声が聞こえたかと思うと、千はいつの間にか炎に包まれていた。「千君、もう着きましたよ。」 総司に起こされ、千は再び悪夢から目を覚ました。「起こしてくれてありがとうございます、沖田さん。」 総司に礼を言った千は、馬車から降りた。「心配をおかけしてしまってすいません、土方さん。」「部屋でゆっくり休め。」「はい。」 総司は自室に戻った後、歳三は副長室で溜まっていた書類仕事を漸く終わらせた。「副長、失礼致します。」「荻野か、入れ。」「失礼致します。」 千尋が副長室に入ると、歳三は文机につっぷしていた。「お茶をお持ち致しました。」「あぁ、悪ぃな。」 歳三は千尋が淹れたお茶を一口飲むと、湯吞みを置いて千尋の方へと向き直った。「千尋、向こうで何かされなかったか?」「はい。ただ、初めて母方の親族と顔を合わせ、彼らから一方的に敵意を向けられた事以外は、何もありませんでした。」「そうか。お前も大変だったな。」「はい。それよりも副長、天童のことは何かわかりましたか?」「今、奴のことを監察方に探らせている。荻野、お前も自分の部屋で休め。」「わかりました。」 副長室から出て自室に戻った千尋は、部屋の中が少し変わっている事に気づいた。(誰かが、この部屋に入った?)この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月14日
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『アーノルド様、こんなに朝早くにわたしに一体何の用ですか?』『実は昨夜、わたしの妻が君に失礼な態度を取ってしまった事を、妻に代わって詫びようと思ってね。』 アーノルドはそういうと、紅茶を一口飲んだ。『昨日の貴方の態度を見て、わたくしが貴方達にどう思われているのかがわかりました。貴方達は、祖父の遺産の相続人であり、レイノルズ伯爵家の正当な後継者であるわたくしが邪魔なのでしょう?』『君は勘のいい子だ。君が邪魔だと思っているのは本当だ。出来れば君がこのまま日本に居てくれたらいいとさえ思っている。』『わたくしは、他人から憎まれて暮らす事など出来ません。』 千尋はそう言うと、アーノルドを睨んだ。『今朝、朝食のサンドイッチに砂が入れられていました。わたくしに対する嫌がらせは結構ですが、わたくしの大切な人に手を出さないでください。』『わかった。君の大切な人達には手を出さないと約束しよう。』『ありがとうございます、その言葉を聞けただけで満足です。では、わたくしはこれで失礼致します。』 千尋が船室から出て行った後、入れ違いにアーノルドの妻・イザベラが入って来た。『あの子と話は出来たの?』『あぁ。』『それで、あの子は何かを言っていたの?』『それを、君に教える義務があるのか?』 アーノルドはそう言うと、イザベラを睨みつけて船室から出て行った。『そうか、彼との交渉は決裂したか。それならば、もうこれ以上彼らをここに軟禁する必要はないだろう。』 マッケンジー大尉はそう言うと、読んでいた新聞から顔を上げた。 その一面記事には、レイノルズ伯爵家の“お家騒動”の事が書かれていた。(この騒動を一刻も早く収拾しなければ、レイノルズ伯爵家の名誉に関わる。) 英国海軍の軍艦に軟禁されてから一週間後、漸く千達は解放された。「沖田先生、足元に気を付けてください。」「ありがとう、荻野君。」 マッケンジー大尉が手配した馬車に乗り込む総司達の姿を、船室の窓からイザベラが眺めていた。『あの黒髪の女のことを調べなさい。』『はい、奥様。』この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月12日
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身体を強く揺さぶられ、千が目を開けると、そこには心配そうな顔をした千尋と総司の姿があった。「わたし達が起きた時、貴方はかなりうなされていましたよ、大丈夫ですか?」「はい・・」 そう言って総司を安心させた千だったが、先程見た夢の内容が余りにも生々し過ぎてまだ現実の世界から戻れずにいた。「その様子だと、怖い夢を見たのですね?」「はい・・」 千が夢の内容を総司に話すと、彼は低く唸った後、こう言った。「夢は、人の願望を映し出す鏡だと人から聞いたことがあります。きっと、貴方への家族への想いが、夢となってあらわれたのでしょうね。」「そうだといいですね。」 千はそう言うと、溜息を吐いた。『失礼致します、朝食をお持ち致しました。』 ノックの音と共に、メイドが、朝食が載ったワゴンを押しながら部屋に入ってきた。『朝食の後、すぐにご自分の部屋に来るようにと、アーノルド様からの伝言を預かっております、チヒロ様。』 メイドはそう言ってジロリと千尋を睨むと、船室から出て行った。「あの人、何だか感じが悪いですね。」「それは仕方のないことでしょう。彼女から見ると、わたし達は招かれざる客なのですから。」「そうですけれど、あんなに露骨な態度を取る事ないのに・・」「二人とも、嫌な話はもう終わりにして、ご飯にしましょう。」「はい、沖田先生。」 メイドが運んで来た朝食は、焼き立てのトーストにベーコンとチーズを挟んだサンドイッチだった。「いただきます。」千がそう言ってサンドイッチを吐き出すと、砂のようなものが出てきた。「なに、これ!?」「地味な嫌がらせですね。沖田先生は大丈夫ですか?」「わたしは大丈夫です。」「マッケンジー大尉と話をしてきます。」そう言った千尋の瞳は、怒りに燃えていた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月12日
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「とても良いお母さまからの教えですね。」 線の話を聞いた総司は、そう言うと彼に微笑んだ。「時々、僕は母の事を想うんです。母は僕が居なくなってしまったことで悲しんでいないか、本当に僕は家族を捨ててよかったのかと・・」「貴方はまだ若いから、色々と葛藤する事があるでしょう。そんな時は、その悩みを誰かに打ち明けるだけでも気持ちが楽になれますよ。」「ありがとうございます。」「荻野君、わたし達ももう休みましょうか?」「そうですね、沖田先生。」 千達は化粧を軽く落とすと、ドレスから夜着へと着替え、そのままベッドに横になった。 上の部屋からパーティーの喧騒が時折聞こえて来たが、やがてそれも聞こえなくなった。 千は目を開けると、そこには家族と暮らしているタワーマンションの部屋だった。 ベッドから起き、自室からリビングに出た千は、目の前に広がる光景を見て唖然とした。 そこには、家具のかわりにゴミの山が広がり、キッチンの流しには汚れた皿が溢れ出ていた。 よくテレビのニュースで出てくるゴミ屋敷そのものの光景が広がっている事に信じられずに居た千は、暫くその場に立ち尽くしてしまった。 その時、施錠されていたドアロックが解除され、誰かが中に入ってくる音がして千は慌てて自室に戻った。 部屋に入って来たのは、青い作業服姿の男達だった。 ドアの隙間から外の様子を覗いていた千は、男達が着ている作業服の胸ポケットに、“遺品整理”という文字が刺繍されている事に気づいた。「それにしても、こんなご立派な所にもゴミ屋敷があるなんて信じられないな。」「住んでいたのは認知症の婆さんだったんだと。家族は施設に入れようとしていたけど、婆さんは嫌がって嫁さんに介護させたんだと。」「でもその嫁さんは旦那と離婚して、結局婆さんは孤独死か。何だか世知辛い世の中になっちまったな。」「本当だよなぁ。」 男達の会話を聞きながら、千はその内容を信じることが出来なかった。 急に頭がクラクラして来て、千はそのまま白目を剥いて気を失ってしまった。「千君、しっかりしてください、千君!」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月07日
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「ここは寒いから、中へ戻りましょう。」「はい。」 千尋と総司が甲板から立ち去ろうとした時、総司は突然激しく咳込み、その場に蹲った。「沖田先生、大丈夫ですか?」「えぇ、大丈夫です。」「沖田さん、これを!」 千は慌てて総司の肩にショールを掛けると、彼の肩に手を回し、千尋と共に暖かい船室へと戻った。「こんなにも身体が冷え切ってしまって・・一体、荻野さんと何の話をされていたのですか?」「それは、秘密です。」「身体が温まったら、ベッドに横になってください。」「ありがとう、千君。貴方のその優しさは、貴方が親御さんから注がれた愛を、そのままわたし達に与えてくれているのですね。」「そんな、大それた事はしていませんよ。僕は母から教えられた事を守っているだけです。」「お母さまから教えられた事?」「はい。あれはまだ、僕が小学生だった頃の事でした。」 千は、総司達に母との思い出を語った。 その頃、千は金髪碧眼という日本人離れした容姿の所為で、学校の同級生から言葉の暴力を受けていた。 母は家計を支える為に仕事で忙しく、いつも家の中で一人母の帰りを待っていた千は、当時飼っていたゴールデンハムスターのチロだけに、学校で受けた暴力の苦しみや辛さを吐き出していた。 チロはそんな千に、黙って寄り添ってくれた。 そんな中、千はクラスで飼っていたゴールデンハムスターを同級生が虐待しているのを目撃し、その同級生と取っ組み合いの喧嘩をした。 喧嘩をしたのは、言葉を話せない動物を平気で虐待するその同級生に、千は激しい怒りを感じたからだった。 学校に呼び出された母は、担任教師から初めて千がその同級生から言葉の暴力を受けていた事を知ったのだった。 母は千の同級生から虐待されていたゴールデンハムスターを学校から引き取り、そのまま動物病院へと連れて行った。 待合室で、千は泣きながら母に迷惑を掛けてしまった事を謝った。「お母さん、黙っていてごめんなさい。」「貴方が謝る事は何もないわ。千、貴方がこの子を助けた時のように、困っている人や弱っている人が居たら、優しく手を差し伸べてあげなさい。そして、憎しみには愛で向き合いなさい。チロやこの子に対して与えている優しさを、周りの人達にも与えてあげなさい。優しさは人を幸せにするものだから。」「お母さん、僕の事を怒らないの?」「貴方は何も悪いことをしていないでしょう。だから、母さんが貴方を怒ることはなにもないわ。」 その後、あの同級生は家の事情でどこか遠い学校へ転校していき、千に対する言葉の暴力は次第になくなった。 チロと、学校から引き取った太郎と名付けたゴールデンハムスターがそれぞれ老衰で亡くなった後、千は母と共にプランターにその亡骸を埋葬した。「きっとチロと太郎は、貴方に愛されて幸せだったと思うわ。だから千、その優しさを周りの人に与えてあげて。」 その時の母からの教えを、千尋は今でも守っているのだった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月07日
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『何故あの子に近づいたの、アンドリュー?あの子はわたし達一族にとって疫病神でしかない!』『母上は、エミリーさんを誤解しています!彼女は騙されて日本へ連れて来られただけだ!』『あの女を“さん”づけで呼ぶのは止めなさい!あの女は一族の恥晒しよ!どこの馬の骨とも知らない東洋人の男との間に子を産んで、一族の名と血統を汚し、傷つけた!それだけでも腹立たしいというのに、あの子に財産の半分を相続させるなんて、冗談じゃないわ!』『母上、あの子はレイノルズ家の正当な後継者なのですよ。お祖父様の遺言に従わない僕達が一族から追放されるのですよ?それでもいいのですか?』『あの子に英国の土を踏ませてなるものですか!血統を汚したあの子を、どんな手を使ってでも殺すのよ!』『母上、声が大きいです!』『どうせ誰にも聞こえていないわよ。』 千はそっと船室の前から立ち去った。(あの人達、荻野さんの事を殺そうとしている・・早く荻野さんに知らせないと!) 千が甲板の方へ向かうと、そこには千尋と総司が向かい合って何かを話していた。「沖田先生、一度沖田先生にお聞きしたい事があります。」「聞きたい事とは、何ですか?」「沖田先生は、副長を・・土方さんを本当に心から愛していらっしゃるのですか?」「わたしは、あの人から沢山のものを頂きましたし、あの人には感謝をしてもしきれません。わたしは、心から土方さんを愛しています。」「そうですか・・」 千尋はそう言うと目を伏せ、涙を流すまいと必死に堪えた。「でも、わたしに残された時間はもう長くはありません。」 総司はそう言うと、千尋の手を優しく握った。「もしわたしが天に召されたら、土方さんの事は貴方にまかせます。貴方になら、土方さんを安心して頼めます。」「沖田先生・・」 千尋は、この人にはかなわないなと思った。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月05日
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「ここへ来たがは、ビジネスの為じゃき。」「ビジネス?」「今メリケンでは戦が終わっての、兵が使っていた銃が沢山余っちゅう。それをわしらが買い取るがじゃ。」「その銃を、どう使うおつもりなのですか?」「それは言えんのう。」 龍馬がそう言って笑った時、マッケンジー大尉とアーノルドが数人の女性達を引き連れてパーティー会場に現れた。『皆さん、本日はわざわざお忙しい中、お越し頂き有難うございます。それでは、皆様の健康とご健闘をお祈りして、乾杯致しましょう!』『乾杯!』 マッケンジーが乾杯の合図を取り、パーティーの出席者たちがグラスを掲げて乾杯している姿を、千達は遠巻きに眺めていた。「マッケンジーさんは、余り信用できませんね。どこか胡散臭そうですし。」「そうですね。それよりもここから脱出する方法を考えないと・・」『一体何の話をしているんだい?』 千達が今後の事を話し合っていた時、千尋は突然誰かに肩を叩かれた。 そこには、二十代後半位の青年が立っていた。『失礼ですが、貴方は?』『もしかして、君があのエミリーさんの娘さんかい?』 青年はそう言うと、じっと千尋を見た。『わたくしの母を、知っているのですか?』『知っているのも何も、エミリーさんは僕の親戚筋にあたる人だからね。』『アンドリュー、そんな所で何をしているの!?』 突然向こうで鋭い声が聞こえたかと思うと、千尋と青年の間に一人の女性が割って入って来た。『こんな子に貴方が構っている暇などありません!さっさと向こうへ戻りなさい!』『母上、僕はただ・・』『いいから、来なさい!』 女性は千尋を睨みつけると、そのまま青年の腕を掴んで向こうへと行ってしまった。「荻野君、大丈夫ですか?」「はい、沖田先生。」「ここは少し暑いから、外の風に当たりに行きましょう。」「はい。」 総司と千尋が外へと出ていくのを見た千は、慌てて二人の後を追った。 その途中、千は船室の中で誰かが言い争う声を聞いた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年02月05日
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「貴方達こそ、何故ここに居るのですか?」「僕達は薄井さんに拉致されてここに連れて来られたんです。」「薄井?聞いた事がない名ですね。」「彼の目的はわかりませんが、余り彼を信用しない方がよさそうです。」「おやおや、こうして見ると双子の姉妹のようだ。」 神経を逆撫でするような声が聞こえ、千達が背後を振り向くと、そこには燕尾服姿の薄井が立っていた。「薄井というのは、この男の事ですか?」「はい。」「どうやら、わたしは歓迎されていないようだ。」 薄井はそう言うと、両肩を竦めた。「ここでパーティーが開かれるなんて聞いていませんでした。」「それはそうだろう。わたしがわざと君達に教えなかったのだから。あぁそうだ、君達に会わせたい人がいるんだ。」「会わせたい人?」 サラサラと衣擦れの音が聞こえたかと思うと、胸元にアメジストの首飾りを煌めかせた鈴江が千達の前に現れた。「鈴江さん、どうして・・」「貴方がここに居るのかって?」 鈴江はそう言って笑うと、拳銃を千達に向けた。「お前達が憎いから、彼に協力した。それだけの事さ。」 千尋は暖炉の近くに置いてあった火掻き棒を掴むと、それで鈴江の手を打った。 鈴江の手から離れた拳銃は、空しく床に転がった。『一体何の騒ぎだね?』 扉が開き、マッケンジー大尉とアーノルドが睨み合っている千達の方を見た。『いえ、何でもありません。』『君達の間に何があったのかは知らないが、こちらを巻き込まないでくれよ。』『承知致しました。』 二人が部屋から出ていくと、薄井は軽く舌打ちして二人の後を追った。『そろそろお時間です。皆様、どうぞこちらへ。』 メイド達に案内され、パーティー会場となる部屋に入った千達は、そこに意外な人物の姿を見つけ、千は思わず大声で彼の名を叫んでしまった。「坂本さん、どうして貴方がここに!?」「おぉ、急に別嬪が現れたと思うたらおんしらか!」 そう言った龍馬は、千達に向かって屈託のない笑みを浮かべた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月31日
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『どうぞ、こちらへお入りください。』 メイドによって案内されて千尋が入った部屋には、女性が使っていたと思われる鏡台や天蓋つきの寝台などがあった。『さぁ、すぐにお召し替えをなさいませ。』『わかりました。』 寝台の上に置かれている肌着へと千尋が手を伸ばすと、彼はメイドと視線が合い、思わず俯いてしまった。『暫く外でお待ちしております。』 千尋が身につけていた着物と袴を脱ぎ、用意された肌着に着替えた後、控え目なノックの音から外から聞こえた。『もう、入ってもよろしいでしょうか?』『はい、どうぞ。』 メイドが再度部屋に入って来たかと思うと、彼女はクローゼットの中からドレスを取り出した。『コルセットを締めますので、寝台の柱に掴まってください。』『はい、わかりました。』 メイドにコルセットを締められた千尋は、苦しさの余り思わず呻いた。『我慢なさってください。』『これからどうするのですか?』『わたくしはアーノルド様から貴方の身支度を手伝うよう言われただけです。』 千尋の身支度を手伝っている間、メイドは彼に対して事務的な態度を取り、それを崩さなかった。『あの、貴方はアーノルドさんと親しいのですか?』『申し訳ありませんが、個人的な事はお教えできません。』 千尋の髪をブラッシングで梳きながら、メイドはそう言って彼の髪を梳く手を止めなかった。 一方、千と総司が居る船室にも、数人のメイドが入って来た。『失礼致します。間もなくパーティーが始まりますので、お召し替えのお手伝いをわたくし達が致します。』『パーティーですか?そのような事は一切聞いていませんが・・』『早くお支度を!』 千達は訳がわからぬまま、メイド達によってドレスに着替えさせられた。「一体何があるんでしょう?」「さぁ・・」 慣れないドレスの裾を踏まないように千は歩きながら総司とそんな事を話し合っていると、金髪碧眼の少女が二人の目の前に現れた。「荻野さん、どうして貴方がここに?」「それはこちらのセリフです。」そう言った千尋は、何処か不機嫌そうな顔をしていた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月31日
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『これに乗れ。』 大男に銃を突き付けられ、千尋は用意された馬車に彼らと共に乗り込んだ。『これから何処に行くのですか?』『それはお前には関係ねぇ。』大男はそう言うと、仲間の男に目配せした。 仲間の男は千尋に目隠しをすると、馬車を動かすように馬車の天井を長剣の柄で突いて御者に合図した。 暫く馬車は走ると、何処かの前で止まった。『気を付けて進めよ。』 大男達に連れられ、千尋はどこかの階段を降りた。『もう外してやれ。』 壁伝いに何処かの部屋に千尋が入ると、大男の仲間の一人が千尋の目隠しを外した。 するとそこには、見知らぬ男が自分の前に座っていた。『この子が、エミリーの子供か?』『はい、ボス。』『お前達は下がれ。わたしはこの子と話したいことがある。』『はい。』 大男達が部屋から出て行った後、千尋の向かいに座る男は、時折あごひげをもてあそびながら紅茶を飲んだ。『君はエミリー=レイノルズの子か?』『はい、そうですが・・貴方は一体どなたですか?』『自己紹介が遅れたね。わたしはアーノルド=ブランシェット、君の遠縁の伯父にあたる者だ。』『何故、貴方がわたくしの存在を知ったのですか?』『それは、君の母方の祖父が遺した遺言状が先月公開されてね。そこには、自分の財産の半分を君に相続させると書いてあった。』そう言ったアーノルドは、少し疎ましそうな目で千尋を見た。『わたくしを、殺すおつもりですか?』『そんな事はしない。ただ君に一目会って、話をしてみたかっただけだ。』『そうですか。』 千尋とアーノルドが互いに黙り込んでいると、外からノックの音が聞こえた。『入りたまえ。』『失礼致します。』 部屋に入ってきたのは、黒のワンピースに白いレースのエプロンをつけたメイドだった。『この子の着替えを手伝ってやってくれ。』『はい、かしこまりました。』 メイドと共にアーノルドの部屋から出た千尋は、ここが英国海軍の軍艦内である事に気づいた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月29日
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天童が竹刀を振るう姿を見た千尋は、彼が武家の出だと一目でわかった。 あの太刀筋は、一日二日で身につけられるものではない。 昨夜、天童が誰かに話していた“計画”とは、一体何なのだろうか?「おい荻野、何を呆けているんだ?」「すいません、考え事をしていました。」 千尋が我に返ると、自分の目の前には常日頃から自分を目の敵にしている隊士の姿があった。「副長に気に入られているからっていい気になるなよ、荻野。俺と勝負しろ。」「わかりました。」 彼が今日に限って妙につっかかってくる事が気になった千尋だったが、そんな事よりも彼は天童の事が気になって仕方がなかった。 面を被り千尋と隊士が互いに蹲踞の姿勢を取っていると、外が急に騒がしくなった。「大変だ、誰か来てくれ!」「佐野さん、一体何が起きたんですか?」「突然変な奴らが・・」 隊士の一人、佐野がそう言って道場に入ろうとした時、彼は眉間を何者かに撃ち抜かれ、絶命した。「佐野さん、しっかりしてください!」『狼ってのは、案外弱い生き物なのだなぁ。遊び甲斐がないぞ?』 そう言って道場に土足で入ってきたのは、巨人のような大男だった。 彼の右手に握られている拳銃が、佐野の命を奪ったものだとわかった。「貴様ら、何者だ!」 千尋の隣に居た隊士がそう言って大男をにらみつけると、お男は彼を壁まで投げ飛ばした。『お子様はここで寝てな。』大男はそう言うと、千尋の前に立った。『へぇ、お前があの嬢ちゃんの子か。母親に似て可愛いな。』 臭い息を吐きかけられ、千尋は思わず大男から顔を背けた。『おい、逃げるなよ。漸くお前の事を見つけたんだから、こっちはお前と楽しむ権利があるんだからな。』 訛りが強い英語で早口で大男にそう捲し立てられ、千尋は恐怖に怯える己の顔を彼に見せないように俯いていた。『・・貴方の望みは何です?』『俺の望み、正確に言えば俺の雇い主の望みは、お前をある場所へと連れていくことだ。大人しくしていれば悪いようにはしねぇよ。』『わかりました。』 頭に銃を突き付けられ、千尋は大男に従うしかなかった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月29日
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「その事と、母の日記とどういう関係があるのですか?」「マッケンジー大尉と、お前の母親の実家と何か繋がりがねぇとかと俺はにらんでいる。」「母が日記を遺している事など知りませんでした。菊枝さんは一度もそんな事をわたくしに話してくれませんでした。」「彼女なりに思う事があったんだろう。お前の母親の日記には、お前の事や、自分の事が色々と書いてある。」「見せてください。」 千尋は歳三から母の日記を受け取ると、そこには母国から遠い異国の地で友人も知人もいない中で暮らす心細い思いが綴られていた。 日記を読み進めるにつれ、千尋はまるで母が自分の傍に居るような気がした。「これはお前にやる。お前の母親がお前に遺した唯一の形見なんだからな。」「ありがとうございます。」 千尋は涙を流しながら歳三から日記を受け取ると、それを愛おしそうに胸に抱き締めた。(母上、お会いできましたね・・)「母は、わたしを産んで幸せだったのでしょうか?」「幸せだったに違いねぇよ。お前が今こうしてここに居るのは、お前の母親のお陰だ。」「そうでしょうか?」「俺も親が早く死んで、上の姉貴や兄貴達に可愛がられて育てられたけどな、何かが足りねぇといつも思っていた。それに、色々と荒れていた時期があった。けどな、近藤さん達と江戸で会って今はこうして俺が新選組副長として生きているのは、俺がこの時代に何か役目を持って生まれたからだと思っているんだ。」「役目、ですか・・“天から役目なしに降ろされた命はない”―以前、沖田先生にあの子がそう話しているのを聞いたことがありました。人は誰しも、この世に何らかの役目を持って生まれてくるのだと思います。わたくしがこうして副長とお会いできたのも、その役目のひとつかと。」「そうか、そうだな・・」「それよりも、あの天童とかいう少年、怪しいですね。」「あぁ、俺はあいつの母親の事を知らねぇし、一度も会ったことがねぇ。あいつが何を企んでいるのかわからねぇ以上、慎重に調べる必要がある。」 その日の夜、千尋は隣で寝ている天童が起きる気配を感じ、こっそりと彼の後をついていった。 彼が厠へ行くのかと思っていた千尋だったが、彼は人気のない裏庭へと向かい、誰かと話をしていた。 天童が話している相手は丁度茂みに隠れて見えなかったが、声の感じからして若い男のようだった。「・・ええ、これから計画通りに進めます。」「そうか、気を引き締めていけよ。」 千尋はそっと、その場から離れた。 翌朝、千尋が道場に入ると、そこには面をつけて隊士達と竹刀を打ち合う天童の姿があった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月27日
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歳三が門の前へと向かうと、そこにはまだ元服前の少年の姿があった。「父上、お会いしたかったです!」「父上!?」 少年は歳三に抱き着いてそう叫んだ後、彼の胸に顔を埋めて泣き出した。 往来の真ん中で見知らぬ少年から抱き着かれ、困惑している歳三の前に丁度巡察から帰って来た千尋が現れた。「副長、その子は一体・・」「貴方は父上のお知り合いなのですか?」「父上?副長、まさか・・」「おい荻野、誤解するな!俺はこんなガキ知らねぇぞ!」「ここは人目がありますから、中で話をしましょう。」 歳三は泣きじゃくる少年と共に副長室に入ると、彼は涙で潤んだ瞳で歳三を見た。「父上、わたしは・・」「なぁ、俺はお前と初めて会ったばかりだし、お前がどこのどいつなのかがわからねぇから、まずは名を名乗れ、話はそれからだ。」「はい、わかりました。わたしの名は天童英之助と申します。江戸から遥々父上に会いにやって参りました。」「天童、お前が俺の事を何故父上と呼ぶんだ?」「それは、母上がお前の父は新選組副長の土方歳三様だとわたしが幼い頃からわたしに話してくれたからです。」「その母上ってやつは、どこの女だ?」「それはこちらに。」 天童はそう言うと、懐の中から一枚の紙を取り出した。「見せてみろ。」 その紙には、天童の母親の名前と身分が書かれていたが、歳三は彼の母親の事を知らなかった。「荻野、天童をお前の部屋へ連れていけ。」「わかりました。」 天童を自室へと連れて行った後、千尋が副長室へと向かうと、中から話し声が聞こえて来た。「荻野の母親が居た置屋の女将が、彼女の日記を持っていました。」「そうか、お前達はもうさがっていい。」 監察方と入れ違いに、千尋が副長室に入ると、歳三は文机の前に座って何かを読んでいた。「それが、母の日記ですか?」「荻野、お前話を聞いていたのか?」「はい。」「そうか、実は・・」 歳三は千尋に、千と総司が英国海軍の軍艦に軟禁されている事を話した。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月27日
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「トシ、顔色が悪いぞ?」「あぁ、昨夜一睡もしてないからな。」そう言った歳三の両目の下には黒い隈が出来ていた。「総司の事が心配なのはわかるが、まずは自分自身の事を労わらないと駄目だぞ。」「あぁ、わかってるよ。」歳三は朝食を半分残し、副長室で溜まっていた書類仕事に取りかかった。「副長、失礼致します。」「入れ。」「伊東派に大きな動きは今のところありません。」「そうか。それよりも、例の件はどうなっている?」「鈴江の行方は依然としてわかっておりません。引き続き、鈴江の捜索を監察方に命じますか?」「あぁ、頼む。」(薄井と鈴江は恐らくどこかで繋がっている。そのうち、姿を現す筈だ。) 筆を硯の上に置いた歳三は、凝り固まった肩の筋肉を少し解すため、両腕を天に向かってあげた。「副長、荻野です。お茶をお持ち致しました。」「入れ。丁度いい、お前に話がある。」「鈴江さんの事でしたら、斎藤先生からお聞きしております。」「そうか。荻野、お前英国海軍のマッケンジー大尉の事を知っているか?」「いいえ、その方のことは全く存じ上げません。もう隊務に戻ってもよろしいでしょうか?」「あぁ、戻っていい。」 千尋は少し怪訝そうな顔をした後、歳三に一礼して副長室から出て行った。 千尋の方はマッケンジー大尉の事を知らないと言っていたが、マッケンジー大尉の方は千尋の事を知っている可能性がある。(確か、荻野の母親は英国貴族の娘だったな。) マッケンジー大尉と、千尋の亡くなった母親の実家とは何か繋がりがあるのではないだろうか。 以前、屯所を訪ねて来た千尋の親族―正確に言えば親族ではないあの者が何かを知っているのかもしれない―そう思った歳三は、監察方に千尋の母方の親族について調べるように命じた。「副長、お忙しいところを失礼いたします。」「何だ、どうかしたのか?」「あの、それが・・」 副長室に入って来た二人の平隊士達は、どこか気まずそうな様子だった。「副長、門の前にお客様が・・」「俺に客?どこのどいつだ?」「それが、副長に会わせろと言ってばかりで、何も話そうとしないのです。」「そうか、俺が行く。お前達は隊務に戻れ。」「は、はい・・」平隊士達は安堵の表情を浮かべながら、副長室から出て行った。 突然の来客は、新選組に大きな波乱をもたらすこととなった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月25日
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「総司、大丈夫なのか?」「ご心配をおかけしました。土方さん、貴方はもう屯所に戻ってください。」「こんな状態のお前をここに置いて屯所に戻ることなんて出来るか!俺が屯所に戻った途端お前がまた血を吐いたらどうする!?」「土方さん、貴方は新選組副長として、局長である近藤さんの補佐と、隊士達を纏める役目があります。わたしの事が心配なのはわかるけれど、まずは新選組副長としての役目を貴方が果たしてください。」「わかった・・」歳三はそう言って総司の額にキスをすると、船室から出て行った。 するとそこへ、薄井が現れた。「おやおや、こんな所で会えるなんて奇遇ですね、土方さん。」「薄井、てめぇ何を企んでいやがる!?」歳三はそう言って薄井を睨みつけ、彼の胸倉を掴んだ。「乱暴はいけませんよ、土方さん。貴方にはまだ殺人の容疑がかかっているのですから、おかしな真似をしない方がいい。」「ふん、言ってくれるじゃねぇか。薄井、てめぇが千と総司をここへ連れて来たことは知っているぜ。てめぇの目的はなんだ!?」「それを貴方に教えるつもりはありません。」薄井はそう言って歳三に向かって薄ら笑いを浮かべ、そのまま彼の元から去っていった。(食えねぇ奴だ・・) 馬で港から屯所へと戻った歳三は、薄井の元に総司を置いておくことに不安を覚えた。「薄井さん、僕に話って何ですか?」 総司の看病の為に軍艦に残った千は、薄井に人のいない船室へと連れて来られた。「千君、わたしが何故君達をここへ連れて来た理由は、君に荻野千尋の影武者になって貰い、わたしと共に渡英するためだ。」「僕が荻野さんの影武者になってどうしろと言うんですか?」「わたしも君も未来から来た人間で、どの戦争で誰が勝つのかを知っている。その事を占いという形で利用すれば、わたし達は莫大な金を手に入れられる、そう思わないか?」「狂っていますね。そんなに上手くいくでしょうか?大体、占いなんて軍の上層部が簡単に信じるものでしょうか?欲を出し過ぎると破滅しますよ。」「言うようになったね、君も。流石家族を捨てた人間はこの世界で生きていく覚悟がわたしとは違うようだ。」 薄井の言葉に、千は少し胸が痛んだ。彼の言う通り、自分は家族を捨てた。だが、その事に微塵の後悔もないと言えば、嘘になる。「それがどうかしましたか?貴方が何を考えているのかはわかりませんが、僕は貴方と破滅する気はありませんよ。」千はそう言うと、もうこれ以上薄井と同じ空気を吸いたくなくて、彼に背を向けて船室から出て行った。「君はまだ青いな、千君。裏切り者というのは、案外身近に居るものなんだよ。」 屯所へと戻った歳三は、監察方から信じられない事を聞かされた。「鈴江が失踪した?」「へぇ、数日前奉行所で火事があり、その混乱に乗じて鈴江が牢番を誑かしてそのまま姿を消したそうです。」「そうか、報告ご苦労だった。」監察方が副長室から出て行ったあと、歳三は何だか胸騒ぎがしてその夜は一睡も出来なかった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月23日
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総司は軍医の治療を受け、一時的に回復したものの、まだ予断を許さない状態だった。「千、あいつの病は治ったんじゃないのか?」「それは僕にもわかりません。でも沖田さんは、自分の寿命は神様がお決めになっていると言っていました。」「神様、ね。人の寿命は俺達人間ではなく天が決めるものという事か・・じゃぁ、俺達がお前の時代に行ったのは無駄という訳か・・」「そんな事を言わないでください、土方さん。貴方が希望を捨てたら、沖田さんはどうなるんです?」「じゃぁどうしろと?総司の病はもう治らねぇ。それに、総司の腹の子も無事に産まれるかどうかもわからねぇのに、俺はどんな言葉をあいつにかければいいんだ。」 歳三はそう言うと、壁際に凭れかかりながら深い溜息を吐いた。 その時、総司が居る船室からマッケンジー大尉が出てきた。『さっき、君の奥さんから話を聞いた。君がわたしの部下を手にかけたのは、自分を敵から守る為だったと彼はわたしに話してくれた。わたしは君にわたしへの殺意がないことを上へそう報告しておく。』 マッケンジーの言葉を、千は日本語で訳して歳三に話した。「それで、俺は無罪放免になるという訳か?」『正当防衛が認められれば、それはありえるだろう。その場に居たわたしの部下にも話を聞いてみることにしよう。』(こいつ、何か信用できねぇな。)『では、わたしはこれで失礼する。』 マッケンジーはそう言うと、歳三達に背を向けて去っていった。 マッケンジー大尉が自分達の前から立ち去った事を確認した歳三は、千の手を掴んで近くの空いている船室の中へと引きずり込んだ。「千、あのマッケンジーとかいう奴は信用しない方がいい。」「土方さん、いきなりどうしたんですか?」「あいつは、将軍暗殺を企て、それに乗じて日本を侵略しようとしている。」「そんな、あの人が・・信じられません。」「それにしても、何故あいつがお前と総司の存在を知ったんだ?」「土方さん、実は僕達をここに連れて来たのは、薄井さんなんです。」「薄井が?」「とにかくマッケンジーさんと薄井さんには用心して、暫く大人しくしておきましょう。」「わかった。」 敵と完全に立ち向かうには、それなりの準備が必要だ。 千と歳三が船室から出ると、軍医が二人の元へとやって来た。『君の奥さんが目を覚ましたよ。』『本当ですか!?』 二人が総司の居る船室に入ると、意識を取り戻した総司が翠の美しい瞳で二人を見つめていた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月23日
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※BGMと共にお楽しみください。 (あれか・・) 歳三は港に停泊している一隻の軍艦を見つけた。 あの中に、総司と千が居る―歳三は馬から降りると、見張りに立っている兵士の目を盗み、艦内へと侵入した。(総司、どこだ?) 焦る気持ちが敵を誘き寄せてしまったらしい。 歳三は、廊下の向こうから二人組の兵士がやって来る事に全く気づかなかった。『何だお前は?』『侵入者だ、すぐにマッケンジー大尉に・・』歳三は兵士の一人を躊躇いなく斬り伏せた。「総司、どこに居る!居るなら返事をしろ!」(あれは、土方さんの声?) 千が廊下の方から聞こえて来た歳三の声に気づき、船室の外へと飛び出した。 するとそこには、兵士達に銃口を向けられている歳三の姿があった。『大人しくしろ!』「総司はどこだ、総司に会わせろ!」 興奮した歳三は、そう怒鳴りながら兵士達を睥睨していた。「土方さん、落ち着いてください!」このままだと歳三が抜刀しかねない―そう思った千は慌てて歳三と兵士達の間に割って入った。「千、総司は何処に居る?」「沖田さんは、船室の中で軍医の治療を受けています。」「総司は大丈夫なのか?」「正直言って、厳しい状態です。沖田さんは、もし自分が明日死んでも悔いはないと言っていました。近藤さんと土方さんと会えて、一緒に武士として生きられたからって・・」「総司・・あいつが、そんなことを・・」「土方さん、沖田さんと会って、話しかけてあげてください。」「わかった。」 千と共に歳三が船室に入ると、ベッドの上には蒼褪めた総司が寝かせられていた。 その白い額には時折脂汗がうっすらと浮かび、彼の呼吸は荒かった。「総司、お願いだから俺の元へ戻ってきてくれ。まだ俺を置いて逝くな、宗次郎!」 紫の双眸を涙で潤ませながら、歳三は必死に総司にそう呼びかけると、彼の手を握った。 すると、歳三の声に応えるかのように、総司の手が微かに歳三の手を握り返した。 その時、船室の扉が乱暴に開かれ、部下襲撃の知らせを受けたマッケンジー大尉が怒りで顔を赤く染めながら入ってきた。『彼は一体何者だ?こいつがわたしの部下を襲ったのか?』『マッケンジー大尉、彼は沖田さんの夫です。どうか、彼の狼藉を許していただけないでしょうか?彼はただ・・』『それはわたし一人の一存では決められん。暫く時間をくれ。』 マッケンジー大尉はそう言って歳三を一瞥すると、船室から出て行った。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月20日
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※BGMと共にお楽しみください。 歳三は、刺客の男から渡された文の内容を思い出した。 そこには、将軍暗殺と英国海軍が将軍暗殺に乗じて日本を侵略するという恐ろしい計画が書かれていた。「さるお方とは、誰だ?」「マッケンジーというお方だ・・その方は今、大坂近くの港にいる・・」 刺客の男は歳三にマッケンジーの事を話した後、こと切れた。「副長、ご無事ですか?」 馬のいななきが闇の中から聞こえたかと思うと、白馬に跨った斎藤が歳三の前に現れた。「斎藤、馬を貸せ。総司達の居場所がわかった。俺はこれから大坂へ向かう。」「お気をつけて。」「この文を、近藤さんに渡してくれ。」「はい、必ず。」 斎藤は馬から降りると、歳三から文を受け取り屯所へと戻った。(待っていろ総司、必ず助けてやる!) 一方、英国海軍の船に軟禁されている総司と千は、宛がわれた船室の中で互いに黙り込み、暗い水面を窓から眺めていた。「ねぇ千君、わたし達はこれからどうなるんでしょうね?」「それは僕達にもわかりません。ですが、マッケンジーさんは僕達に危害を加えないと約束してくれました。」「ここに居る限り、わたし達の身の安全は保障されるという事ですね?」「ええ。」「よかった。」総司がそう言って笑おうとした時、彼は激しく咳込んだ。「沖田さん、大丈夫ですか?」そう言って千は、総司の白い掌が血で赤く染まっている事に気づいた。「沖田さん・・」総司の結核は現代で完治した筈ではなかったのか。「わたしの寿命は、神様が決めてしまっているんですね。」「そんな・・」「わたしはもし明日死んでも悔いはありません。だって、近藤さんや土方さんに会えて一緒に武士として生きられたんですもの。」「沖田さん・・」「少し横になれば治まりますから、君はもうお休みなさい。」「人を呼んできます。」 苦しむ総司を放っておけず千が船室を飛び出すと、白衣姿の兵士がたまたま彼の前を通りかかった。『お願いします、助けてください!』『どうしたのかね?』『同室の者が突然血を吐いて苦しんでいるんです。』『今すぐ船室へ案内してくれ。』 千が白衣姿の兵士とともに総司が居る船室へと戻ると、そこには床で苦しそうに息をしている総司の姿があった。「沖田さん!」「千君、土方さんの事を頼みます。」「まだ、逝かないでください!貴方には、まだこの世での役目が残されているんです!」「千君・・」 総司は震える手を千に向かって伸ばすと、千はしっかりとその手を握った。“土方さん”(総司?) 歳三は一瞬総司に呼ばれたような気がして闇の中を見つめていると、一匹の蛍が歳三の前に現れた。 歳三がその蛍の光を道標に進むと、やがて彼は潮の匂いを感じた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月20日
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闇に包まれた八木邸の前で暫く歳三が立っていると、向こうから提灯の仄かな灯りが彼の顔を照らした。「貴様が土方か?」そう歳三に尋ねた男とその数人の連れは、珍妙な形の武器で武装していた。「てめぇら、何者(なにもん)だ?」「それは今から死ぬ奴には関係ねぇだろう!」黒い頭巾のようなもので顔を半分覆っている坊主頭の男がそう叫ぶと、腰に提げている短剣を取り出し、その切っ先を歳三に向けた。 歳三は素早く和泉守兼定の鯉口を切り、短剣で自分に襲い掛かろうとしている男の頸動脈を斬った。 大量の返り血を浴びた歳三の白い頬が赤く染まったが、それを気に留めることなく歳三は残った敵と斬り結んだ。 四対一という圧倒的に不利な状況の中、歳三は息ひとつ乱すことなく三人を倒し、残ったのは提灯を持った男だけとなった。「もう一度聞く、てめぇらは何者だ?」「これを、さるお方から預かってきた。」 男はそう言うと、震える手で歳三に一通の文を渡した。 そこには、驚くべきことが書かれてあった。「総司と千の元へ案内しろ。」「わかった。」 一方、千は軍服の男達が全員寝静まったのを確認した後、そっと船室の扉を開けて廊下に誰もいないことを確認した。「沖田さん、起きてください。」「千君、どうしました?」「ここから逃げましょう。この船はまだ停留しているので、ここから逃げられたら、土方さん達がいる京へと帰れます!」「千君、わたしはここで土方さんを待ちます。」「沖田さん、どうして?ここから出なければ土方さんと近藤さんに二度と会えないんですよ、それでもいいんですか?」「それは・・」『貴様ら、一体そこで何をしている?』 背後から野太い声が聞こえたかと思うと、巨人のような男が千の着物の衿首を掴んだ。『離してください、僕は何もしていません!』『大人しくしろ!』男はそう千に怒鳴ると、彼を寝台の上へと乱暴に突き飛ばした。『お前、そこで何をしている?』『マッケンジー大尉、こいつはこの船から脱走を図ろうとしたのです!』『彼に乱暴はよしなさい。君は自分の部屋に戻れ。』『ですが・・』『彼にはわたしが事情を聞く。』男は少し納得がいかない様子でちらりと千の方を見ると、そのまま船室から出て行った。『何故、君はここから逃げ出そうとしたのかね?何もわたし達は君達を取って食おうとするわけじゃない。ちゃんと事情を話してくれればわたしは君達をここから解放する。』『それは、本当ですか?』『わたしが嘘を吐くと思うかね?』マッケンジー大尉は、そう言うと美しい琥珀のような瞳で千を見つめた。『僕達はただ、家に帰りたいだけです。何故、僕達をここへ連れてきたのですか?』『それは、今は言えない。だが、わたし達は絶対に君を傷つけないと約束しよう。』小説の目次はコチラです。にほんブログ村
2019年01月04日
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「薄井さん、どうして貴方がここに?沖田さんは何処です?」「久しぶりだね、千君。君達には我々とある場所へと来て貰おう。」 有無を言わさず、薄井は千の背中に銃を突きつけ、目隠しをされてある場所へと彼は総司と共に連れて行かれた。「もう目隠しを取ってもいいぞ。」「はい、薄井様。」 部下らしき男の声が聞こえ、目隠しを外された千は、自分が船底に居ることに気づいた。「ここは何処ですか?」「ここは英国海軍の船だ。わたしはある人物から依頼を受け、君と沖田さんをここまで連れて行くように命じられた。あぁ、もう来たようだ。」 コツン、という靴音が響き、薄井達の前に軍服姿の男が現れた。「マッケンジー大尉、二人をお連れしました。」「ご苦労。この子が、未来が見える少年なのかね?」マッケンジー大尉の金の瞳が、怯える千の姿を捉えた。「ええ。必ずや閣下のお力になれる事でしょう。」「その少年とあちらのご婦人を船室へ案内しなさい。彼らは捕虜ではない、ウスイ。客人は客人として丁重にもてなさねば。」 マッケンジー大尉によって案内された船室は、寝心地が良いベッドが二台置かれていた。「沖田さん、大丈夫ですか?」「ええ。それよりも千君、あの人達は一体何者なんでしょうね?」「さぁ・・ですが、わたし達の居場所を土方さん達に早く知らせないと・・」「そうしたいのはやまやまですが、連絡手段がありませんからね。」千はそう言うと、薄井達によって屯所から連れ出された時に隠し持っていたスマートフォンを懐から取り出した。 液晶画面には、当然ながら“圏外”と表示されていた。「これ、遠くの人に連絡できる魔法の箱ですよね?」「ええ。ですがこれを使うには電波が必要です。ここでは電気自体存在しないので使えませんね。」「そうですか、それは残念ですね。」 二人がそんな話をしていると、廊下の方から船室へと近づいて来る足音に千は気づき、素早くスマホを懐に隠し、ベッドに横になった。『食事を持って来た。』『有難うございます。そちらへ置いておいてください。』 マッケンジー大尉と同じ軍服姿の男達はジロジロと千と総司を見た後、船室から出て行った。(何とかして、ここから脱出しないと!) 一方、襲撃を受けた屯所では、山崎が負傷者の治療に当たっていた。「山崎、千と総司を見なかったか?」「いいえ。先ほど斎藤さんと一緒に二人を探しましたが、何処にも居ませんでした。」「そうか。」「副長、総司の部屋にこのような文が置かれていました。」「寄越せ、斎藤。」 斎藤から謎の文を受け取った歳三の眉間の皺が徐々に深くなっていった。『お前達の大切な宝は預かった。返して欲しくばこの場所まで来い。』「副長?」「斎藤、後はお前に任せる。近藤さんに俺は暫く留守にすると伝えろ。」「承知しました。」 夜明け前、歳三は屯所から出てある場所へと向かった。 そこはかつて、新選組が屯所として使っていた八木邸の前だった。この小説の目次はコチラです。にほんブログ村
2018年11月10日
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「土方さん、頼みとは何ですか?」「千尋に殺しの濡れ衣を着せた鈴江とかいう芸妓に会ってくれねぇか?」「鈴江さんに、ですか?」「ああ、あいつは何処か怪しい。」「わかりました、会って来ます。」「念の為、着替えて行ってくれ。」 千は女装して鈴江が居る奉行所へと向かった。「鈴江姐さんに会いにきたんどす。」「そうか、通れ。」 奉行所の門をくぐると、千は鈴江が居る牢へと役人に案内された。「鈴江が居るのは奥の牢だ。」「おおきに。」 役人が去り、千が奥の牢へと向かうと、そこには爛々と光った淡褐色の瞳を自分に向けている鈴江の姿があった。「お前、千尋ではないね?顔立ちは瓜二つだけれど、雰囲気が違う。お前は誰だい?」「千です。」「ふん、名前なんてどうでもいい。わたしをここから出してくれるんだったら、誰でもいいさ。」 鈴江はそう言うと、気怠そうに首の後ろを掻いた。「どうして、荻野さんに殺しの濡れ衣を着せたんですか?」「あいつに殺しの濡れ衣を着せたのは、嫉妬からさ。花柳界で生きていると、色々とあるからね。それで、お前はわたしをここから出してくれるの?」「申し訳ありませんが、それは出来ません。」「ふぅん、そうかい。じゃぁもうお前には用はないよ、帰りな。」 鈴江はそう言うと千に背を向けた。「わたしは貴方の秘密を知っています。貴方は、僕と同じ時代から来たんでしょう?」「・・まさか、この時代にわたしと同じ境遇の者と知り合うとは、運がいいねぇ。」 鈴江は舌なめずりしながら千を見ると、口端を歪めて笑った。「お前は、元の時代に戻りたいと思ったことはないのかい、千?」「いいえ。元の時代と比べて不便さは色々とありますけれど、自分が決めた事なので、後悔していません。」「そう。どうやらお前とわたしは価値観が違うようだ。」鈴江は再び千に背を向け、千はそのまま奉行所を後にした。「鈴江から話は聞けたか?」「いいえ。でも鈴江さんは、僕と同じ時代の人間かもしれません。」「という事は、お前と同じ、未来から来た人間だってことか、あいつは?」「ええ。それに、鈴江さんは何か隠していると思うんです。」 その日の夜、千が部屋で眠っていると、突然外の方が急に騒がしくなった。「千、起きろ!」「どうしたんですか、斎藤さん?何があったんですか?」「襲撃だ。」「襲撃?一体誰がそんな事を・・」「それはわからん、だが早く安全な場所に避難しろと副長が・・」 その時、外から天がひっくり返るほどの轟音が響いた。「何ですか、さっきのは?」「俺は局長と副長の元へ行く、総司を頼む。」「わかりました。」 千が総司の部屋へと向かうと、そこには誰も居なかった。「沖田さん、何処ですか?」「動くな。」 背中に突然拳銃を突きつけられた千が背後を見ると、そこには何故か現代に居る筈の薄井の姿があった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2018年10月28日
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「いやぁ、参ったぜよ、まさかおんしに頬を張られるとは思うてなかったぜよ。」 そう言って豪快に笑う龍馬の頬に、千尋は氷嚢を強く押し当てた。「才谷様、何故このような場所にいらっしゃられたのです?ここがどのような所か、貴方様でもおわかりでしょうに。」「いやぁ、おんしが無事に釈放されたぁ言うから、会いに来ただけやき!」「そうですか。ではそのお茶をお飲みになられたら直ぐにお帰り下さい。」「そがな冷たい事言わんで、ここに泊まらせてくれちゃ~」「いいえ、いけません。」千尋は龍馬にそう冷たく言うと、彼に背を向けて厨から出て行ってしまった。「それにしても、この世に同姓同名の、顔が瓜二つの奴が居るとはまっこと、驚いたぜよ!」「は、はぁ・・」「ああ、自己紹介が遅れたのう、わしは土佐脱藩浪士、坂本龍馬じゃ!」(坂本龍馬って、あの坂本龍馬!?) よく歴史の教科書に載っている写真の坂本龍馬の顔と、実物のそれとは全然違った。(まぁ、肖像画とか写真とか全然違うからねぇ・・)「あの、坂本さんは何処で荻野さんと知り合ったのですか?」「祇園の茶屋じゃ。」「そうですか。」「そういやぁ、殺しの下手人として鈴江が捕まったのう。」「ええ、でも鈴江さん、どうして殺しの濡れ衣を荻野さんに着せたのでしょう?」「千尋はあいつとは違って武家の出身で、その上京生まれ京育ちで何もかも自分と違うき、妬ましかったんじゃろう。」「妬み、ですか?」「鈴江ちゅう女もええ女じゃったが、何処か闇を抱えてたような気がしたのう。人には色々と言えん過去のひとつやふたつあるき、わからん気はないがのう。さてと、こうしちゃおれんき、わしゃぁこれで失礼するぜよ。」 龍馬はそう言うと湯呑を流しに置くと、そのまま裏口から外へと出て行った。(何だか変わった人だなぁ・・)「千、土方さんが呼んでる。」「わかりました。」 千が副長室の前に立つと、中から歳三が誰かと話している声が聞こえた。「土方さん、千です。」「千か、入れ。」「失礼いたします。」 千が副長室に入ると、そこには歳三と向かい合って座っている斎藤の姿があった。「斎藤さん、お久しぶりです。」「千、久しぶりだな。元気にしていたか?」「はい、お蔭様で。」「積もる話も何だから、そこへ掛けろ。」「失礼いたします。」 斎藤の隣に座った千を見た歳三は、軽く咳払いすると次の言葉を継いだ。「千、実はお前ぇに、頼みがある。」「頼み、ですか?」「ああ。」小説の目次はコチラです。にほんブログ村
2018年10月08日
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斎藤一、藤堂平助が新選組から離脱し、伊東甲子太郎と共に御陵衛士に加わってから、半年が経った。 鈴江から殺人の濡れ衣を着せられていた千尋は晴れて無罪放免となり、彼は千と共に歳三の小姓兼隊士として忙しく働いていた。「最近斎藤さんから連絡がありませんね。お元気にしていらっしゃるのでしょうか?」「斎藤先生ならばお元気にしている事でしょう。それよりも貴方は、訓練には参加しないのですか?」 新選組は数年前に起きた禁門の変以降、歳三発案の下で西洋式の砲術訓練を行っていた。「僕、銃を手にするのが苦手で・・」「そのような甘い考えでは、戦場では生き延びられませんよ。良いですか、銃も刀も己の身を守る為のものなのです。」 千尋の言う事は尤(もっと)もなのだが、戦争というものを一切知らずに生きて来た千にとって、刀や銃を手に持って戦うという事が中々想像できずにいた。 そして何より、千は今まで一度も人を斬った事がなかった。「そんな事を言われても、僕は一度も人を斬った事がありません。荻野さんは、人を斬った事があるんですか?」「愚問ですね。わたくしはこれまで己の身を守る為に人を斬ってきました。千さん、貴方がまだ人を斬る覚悟がない事をわたくしは存じております。稽古の時も貴方は手を抜いていますよね。それは貴方が、まだ人を斬る覚悟が出来ていないからでしょう?」「それはそうですけれど・・」千はそれ以上、何も千尋に言い返せなかった。暫く気まずい空気が二人の間に流れた後、千は総司の元へと向かった。「そんな事を千尋君から言われたんですか。それは困りましたね。」そう言った総司は、千が作った卵粥を一口食べながら苦笑した。「笑い事じゃありませんよ、沖田さん。そりゃぁ僕は荻野さんと違って頼りないですし・・」「そんなに自分を貶めるような事を言ってはいけませんよ。貴方には貴方の良い所がありますから、それを自分で認めてあげてください。」「沖田さん・・」夏の酷暑が過ぎ、秋の気配が少し感じられるようになった今、総司の体調は一進一退を辿っていたが、夏の酷暑の所為で彼の体力は徐々に低下していった。「千君、焦らなくてもいいんですよ。貴方はゆっくりと自分の長所を見つければいいんです。」「有難うございます、沖田さん。」 彼が完食した卵粥を載せた盆を運んでいた千は、勝手口の方から誰かが自分の名を呼んでいるような声が聞こえた。(気のせいかな?)そう思いながら千が厨で皿を洗っていると、誰かが自分の肩を叩いた。「やっと気づいてくれたぜよ!」 千が振り向くと、そこには袴姿にブーツという変な格好をした男が立っていた。「誰ですか、貴方?」「今更何を言うがか、千尋!おんしはわしのような男をすぐに忘れるとは薄情な女子じゃのう!」そう言った才谷梅太郎こと坂本龍馬は、千を抱き締めた。「何をするんですか!」 龍馬の頬には、紅い紅葉のような手形が浮かんでいた。この小説の目次はコチラです。にほんブログ村
2018年09月29日
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男性妊娠設定ありなので、苦手な方は閲覧なさらないでください。「荻野さん、入りますよ?」「お入りなさい。」 千が副長室へと入ると、彼は正座して千を待っていた。「身体の具合はどうですか?」「大丈夫です。それよりも、貴方と話したいことがあります。」「僕と、話したい事ですか?」「ええ。貴方は、未来から来た人間なのでしょう?」千尋が自分と同じ蒼い瞳で見つめてきたので、千は胸の鼓動が少しはやまった。「そうです。僕は、この先新選組に何が起こるのかを知っています。」「そうですか。」二人の間に、重苦しい空気が流れた。「荻野さん、僕は新選組の皆さんに助けられてきました。僕はまだ、新選組の皆さんに恩を返していません。だから僕は、この先どんな事があろうとも、新選組の皆さんのお傍を離れません。」「貴方の口からその言葉を聞けて良かったです。わたくしは家族を捨て、新選組に居場所を見つけました。」 千尋が居場所を見出したのは、新選組ではなく歳三の存在なのだろうと千は思ったが、口には出さなかった。「貴方に、これを差し上げます。」千尋がそう言って千に手渡したのは、いつか彼が自分に見せてくれたカメオのペンダントだった。「お母さんの形見を、僕が受け取る訳にはいきません。」「貴方に、受け取って欲しいのです。わたくしに万が一の事があったら、お守りとして持っていて欲しいのです。」「わかりました・・」 千はカメオのペンダントを千尋から受け取ると、それを懐にしまった。「失礼します。」 千が副長室から出ると、そこへ斎藤が通りかかった。「千、荻野君とは何を話していた?」「ちょっとしたお話をしました。それよりも沖田さんの様子はどうなのですか?」「一進一退、といったところだ。」「そうですか・・」総司は歳三の子を宿している上に、現代で治療した筈の肺結核が再発しており、その容態は徐々に悪化していった。「このままでは、総司は出産に耐えられんかもしれん。」「そんな・・」斎藤の言葉を聞いて千が絶句していると、二人の前に藤堂平助がやって来た。「伊東さんが呼んでる。」「わかった。千、君は昼餉の支度をしておいてくれ。」「わかりました。」 厨で千が他の隊士達と共に昼餉の支度をしていると、歳三が何やら険しい表情を浮かべながら廊下を歩いている姿に千は気づき、彼の方へと駆け寄って来た。「土方さん、何かあったんですか?」「ああ。伊東の野郎、御陵衛士となって新選組から離脱するとか抜かしやがった。」「それで、斎藤さんと藤堂さんは?」「平助は、伊東についていくそうだ。」「そうですか・・」「斎藤は、こちら側の連絡役として御陵衛士に加わって貰う。千、この事は内密にな。」「わかりました。昼餉の支度が終わり次第、沖田さんに昼餉を持って行きますね。」「わかった。お前も一段落したら、昼餉を食え。」歳三はそう言って千の肩をポンと叩くと、厨の前から去っていった。 1867(慶応3)年3月10日、伊東甲子太郎は新選組を離脱し、弟の三木三郎、藤堂平助、斎藤一は御陵衛士として伊東と行動を共にすることになった。「藤堂さん、お元気で。」「千も元気でな。」 荒れ狂う時代という嵐が、徐々に千と新選組に近づいてきた。小説の目次はコチラです。にほんブログ村
2018年09月15日
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高熱で意識を失った千尋は、奉行所からほど近い町医者の下へと運ばれた。「今夜が峠ですな。」「何だと!?」「こればかりは本人の生命力に頼るしかありまへんな。」 千尋が目を覚ますと、そこは鬱蒼と茂った森の中だった。 彼が森の奥へと進むと、森の中が突然開け、石造りの城塞のような建物が現れた。(ここは、一体・・) 千尋が扉の前に立つと、それは自然に開いた。建物の中へと奥へと進むと、そこには薄暗い神殿のようなものが現れた。「来たのか。」 闇の中から突如声が聞こえ、千尋が振り向くと、そこには黒衣を纏った仮面をつけた男が立っていた。「貴方は何者です?」「ここは冥府への入り口、そしてわたしはタナトス―死だ。」そう言った男は、優雅な手つきで被っていた仮面を外すと、そこから端正な美貌が現れた。「土方さん、何故貴方が・・」「ほう、わたしは其方の想い人に似ているのか。」男―タナトスは、そう言うと千尋の唇を荒々しく塞いだ。「何をなさいます!?」「お前は我が妻となるのだ。ここから出ることは許されぬ。」「嫌です、わたしはまだ死にたくありません!わたしはあの人のお傍に居たいのです!」「それは出来ぬ。お前の命と引き換えに、お前は我に何を与えられる?」タナトスは紫紺の双眸で千尋を見つめ、そう彼に問うた。その問いに、千尋は黙って首を振ることしか出来なかった。「其方の命を助ける代りに、其方の想い人の命を貰おうか。」「・・わたくしに、考えがあります。」千尋はタナトスの耳元に何かを囁いた。「そうか・・其方はそれほど、あの男を想っているのか・・」タナトスはそう呟くと、大声で笑った。「よかろう。だが、二度目はないぞ。」「命を助けて頂き、有難うございます。」 千尋がタナトスに一礼すると、彼は再び千尋の唇を塞いだ。「さぁ、現世へと戻るがいい。」タナトスに神殿の出口まで見送られ、千は森の中を抜けて現世へと戻っていった。「荻野、気が付いたか?」「土方さん・・ここは、一体・・」千尋が目を開けると、彼は副長室に敷かれた布団の中だった。「お前が熱を出して意識を失ったと奉行所から文が届いた。」「そうですか・・土方さん、わたしは誰も殺してはいません。」「わかっている。俺がお前ぇを屯所へと連れ帰った後、奉行所に殺しの下手人が自首してきた。」「それは、本当なのですか?」「ああ。鈴江とかいう芸妓だ。」 自分に殺しの濡れ衣を着せようとした鈴江が自首するなど、千尋には信じられない事だった。「暫く休め。」「わかりました・・土方さん、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。」「謝るな。何かあれば山崎を呼べ。」 副長室から出て行った歳三の背中を見送った後、千尋はゆっくりと目を閉じて眠った。小説の目次はコチラです。にほんブログ村
2018年09月12日
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それから、千と桂小五郎は、事件現場となった置屋の中に、真犯人に繋がる証拠を探していたのだが、何も出てこなかった。「諦めた方がいいようですね。」「そうだな。」 桂がそう言って一歩後ろに下がった時、彼は何かを踏んだ。「桂さん、大丈夫ですか?」「ああ。それよりもこれは一体何だ?」桂が千に見せたものは、櫛の欠片のようなものだった。千はそれを懐紙に包んで懐にしまった。「明日、荻野さんに櫛の欠片を見せようと思います。もしかしたら、櫛の欠片が真犯人に繋がる証拠かもしれませんし・・」「わかった。また会おう。」 桂と置屋の前で別れた千は、そのまま屯所へと戻った。 一方、牢にいる千尋は、何かが天井を這っている音が聞こえて目を覚ました。「荻野さん。」「山崎さん・・」千尋が上を見上げると、そこには忍装束姿の山崎の姿があった。「山崎さん、どうしてここへ?」「副長から荻野さんの様子を見てくるよう命じられました。奉行所では何もされませんでしたか?」「ええ。山崎さん、副長にわたしの事は心配いらないとお伝えください。」「わかりました。沖田さんですが、今のところ容態は安定しています。」「そうですか。何か精のつく物を食べさせてあげてください。」「わかりました、副長にお伝えします。」 山崎はそう言うと、闇の中へと消えていった。 屯所の離れでは、総司が苦しそうに布団の中で咳込んでいた。「総司、俺だ、入るぞ。」「土方さん、お仕事はもうよろしいのですか?」「ああ、さっき一段落ついたところだ。それよりも総司、お前また痩せたな。」そう言って歳三は、総司の少し細くなった肩を見て悲しそうな表情を浮かべた。「大丈夫ですよ。山崎さんが煎じてくれた薬湯を飲んだら少し良くなりましたから。」「そうか・・」「安心してください、土方さん。わたしはまだ、貴方を置いて逝ったりはしませんよ。」総司はそう言うと、優しい光を帯びた翠の瞳で歳三を見つめ、彼に優しく微笑んだ。「そうだな・・そうだよな・・」―神様、わたしはまだ貴方の元へは逝けません。どうか、暫くの間わたしを、愛する人の傍に居させてください、お願いします。 季節は、秋から冬へと移り変わっていった。 寒い日が続き、牢に囚われている千尋の体力は、徐々に奪われていった。 そんな中、牢番が千尋の様子を見に行くと、彼が牢の隅でぐったりしていることに牢番は気づき、慌てて牢の中へと入った。「おい、大丈夫か!?」牢番がそう言って千尋の額に手を当てると、そこは燃えるように熱かった。「誰か医者を呼べ!」小説の目次はコチラです。にほんブログ村
2018年09月05日
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斎藤は千が屯所への道を勢いよく走り去るのを見送った後、自分と対峙している刺客を睨みつけた。 刺客は長身の男で、殺気は微塵も感じられないが、彼が相当の手練れだという事に斎藤は気づいた。「貴様、何者だ?何故俺達を尾けていた?」「それは今から死ぬ奴には関係がない事だ。」男はそう呟くと、背に隠し持っていた匕首を握り締め、そのまま斎藤へと向かって来た。 斎藤は愛刀の鯉口を切り男に応戦したが、得物はこちらの方が勝るというのに、男は徐々に斎藤に押されていった。(この男、只者ではない!)「俺達の邪魔をするな、次は殺す。」 男はそう斎藤の耳元で囁くと、そのまま雑踏の中へと消えていった。「斎藤さん、お帰りなさい。右肩、どうかなさったんですか?血が・・」「刺客にやられた。相手は匕首しか持っていなかったが、力におされて反撃する間もなかった。」「傷の手当てをしますので、僕の部屋へ案内します。」 千が自室で斎藤の肩の傷を見ると、そこは少し抉れたようになっていた。「少ししみますけれど、我慢してくださいね。」 消毒薬を染み込ませたガーゼを傷口に当てると、斎藤の顔が少し苦痛に歪んだ。「これで大丈夫です。」「かたじけない。千は医術の心得があるのだな?」「いいえ、見よう見まねで山崎さんのお手伝いをしているだけです。それよりも、荻野さんの疑いがすぐに晴れればいいんですけれど・・」「鈴江とかいう芸妓の居場所が掴めれば、清を殺した真犯人が判る。監察に彼女の消息を追わせているが、中々奴の尻尾が掴めぬようだ。」(21世紀であれば、鈴江さんがスマホを持っていれば、GPSで居場所が判るんだけれど・・この時代だと、人海戦術しかないんだろうな。それに、科学捜査なんて出来ないし・・一体どうすれば、荻野さんの疑いが晴れるんだろう?) 千尋を救う為、千はある事を閃いた。 その日の夜、千は事件現場を訪れ、薄暗い灯りの中で真犯人に繋がる証拠を探していた。 しかし、それらしきものは全く見つからなかった。(やっぱり無理かな・・) 千がそう思いながら引き上げようとした時、誰かが背後から自分の口を塞ぎ、板張りの床に押し倒した。「やっと見つけた。」「貴方、誰ですか?」「おやおや、暫く会わない内にお前は愛しい男の顔を忘れてしまったのかい?」男はそう言うと、徐に顔を覆い隠していた頭巾を取った。 月明かりに、長州に居る筈の桂小五郎の端正な美貌が仄かに照らされた。「どうして、桂さんがここに?」「お前こそ、こんな所で何をしている、千尋?」「勘違いされているようですが、僕は千です。荻野さんはこの置屋で殺された娘さんの下手人として、奉行所で身柄を拘束されています。僕は、ここで真犯人に繋がる証拠を探しているところだったんです。」「何だと、それは本当なのか!?」「僕がこんな状況で、嘘を吐くと思いますか?」千が少し呆れたような顔をしながら桂を見ると、彼はそっと千の前から退いた。「何故、千尋がこの置屋の娘を殺した下手人として奉行所に捕らわれたんだ?」「それは、この現場で被害者が殺害されている姿を見た荻野さんを見かけた人が、下手人だと荻野さんの事を誤解していたようです。それに、被害者と荻野さんの関係が置屋の後継者を巡って幼少期からいがみ合っていることが奉行所の調べでわかり、荻野さんが被害者を殺害したという疑いが濃厚になってしまったのです。荻野さんは一貫して容疑を否認しているのですが、荻野さんの疑いを晴らす為には現場に何か残っていないかと・・」「そういう事ならば、わたしも協力しよう。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2018年03月24日
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斎藤と共に奉行所へと向かった千は、そこで千尋の面会を南田に求めたが、彼はそれを断固として拒否した。「申し訳ないが、今あの者とは会わせる訳にはいかん。」「何故です?明確な理由をおっしゃってください。ただ一方的に面会できないと言われるだけでは、納得できません!」 そう言って南田に抗議した千だったが、彼は千尋との面会は認めないとの一点張りで、結局千達は諦めて奉行所を後にした。「恐らく町方は、早く荻野を殺しの下手人と決めつけて事件を解決させたいのだろう。」「荻野さんは、ただ殺人現場で被害者の遺体を発見しただけですよね?遺体の第一発見者が疑われるというのはわかりますが、被害者の殺害時刻に荻野さんを目撃したという話だけで、荻野さんを犯人にするのは無理があるんじゃないんですか?被害者が死ぬ間際に荻野さんの髪を毟(むし)り取ったり、荻野さんの顔を爪で引っ掻いて、被害者の爪に皮膚片がついていたという物的証拠が殆どないのに・・」 奉行所からの帰り道、早めの昼餉を食べに蕎麦屋へと入った千は、そう言って蕎麦を一口啜ると、斎藤が何やら驚いた顔をしながら自分を見ている事に気づいた。「どうされましたか、斎藤さん?」「いや、やけに捜査について色々と知っているのだなと思っただけだ。」 母親が好きな二時間サスペンスドラマや推理小説の影響を受け、自分なりに持論を斎藤に話しただけだったのだが、千はそれを斎藤に話すのを躊躇った。「いえ、随分昔に読んだ本の中で、そういった題材の小説があったので・・荻野さんの事件が、まさしくその小説で起きた事件と同じ状況だったから、自分なりに今回の事件を推理してみただけです。」「そうか。そういえば被害者はかつて荻野が養母だった置屋の女将の実の娘だったのだが、母親とは仲が悪かった。母親が荻野ばかりを可愛がり、その上荻野は自分よりも所作や歌舞音曲も完璧で、もし荻野が女だったら自分の養女に迎えて置屋を継がせたかったと、一度母親がそう零しているのを被害者は聞いて激昂し、母親と激しく口論した事があったらしい。」「そうですか・・確か花街は置屋の女将はその置屋の娘が継ぐしきたりなんですよね?荻野さんが被害者に嫉妬されていて、その被害者が殺されてわざと荻野さんが疑われるように仕向けた人が居るのかもしれませんね。そう・・例えば、荻野さんを蹴落として荻野さんの代わりに花街の女王として君臨しようと企んでいる“誰か”です。斎藤さん、副長室で土方さんと何か内緒話をしていましたよね?もしかしてその“誰か”さんの事、知っているんじゃないんですか?」 千からそう鋭く指摘され、斎藤は思わず舌を巻いた。「鋭いな。まぁ、お前は信用できるし、話しておくか・・」斎藤はそう言うと笑った。「荻野が奉行所で今回の殺しの下手人として捕まったのと同時に、荻野が世話になっていた置屋の芸妓が一人、姿を消している。その芸妓の名は、鈴江。」「鈴江・・何処かで聞いた事があります、その名前。」「何か知っているのか?」「ええ。詳しい話は屯所に戻ってからお話しします。」千は先程から自分達の事を時折ちらちらと見ている男の姿に気づくと、そう言って斎藤と共に蕎麦屋から出た。「千、これから俺が言う事に従えるか?」「何ですか、急にそんな事を言って?」「先ほど俺達の後を尾けていた者がすぐ近くに居る。いいか千、何かあったら屯所まで俺を置いて走れ、決して後ろを振り向くな。」「そんな事、出来ません!」「敵の事を副長に報告できるのはお前だけだ。いざ敵と戦う事になったら、お前と俺が敵に倒されたらどうなると思う?」 斎藤の言葉を聞いた千は、真っ直ぐな目で彼を見た。「わかりました。」「俺はすぐにお前に追いつく。さぁ、早く行け!」 斎藤に向かって大きく頷くと、千は彼に背を向けて走り出した。 その直後、激しい剣戟の音が背後から聞こえてきたが、屯所に戻るまで千は一度も後ろを振り向くことはなかった。(斎藤さん、どうぞご無事で!)この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年12月09日
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千尋は京生れ・京育ちで、地方出身の自分とは違って京言葉も完璧で、その上置屋で一時期暮らしていた事もあり、所作には一切無駄がなかった。 歌舞音曲に於いても、千尋は完璧だった。鈴江は彼という強力な敵の登場に、焦りを覚え始めた。 どうすれば千尋を追い落とせるのか―そう考えた鈴江が出した答えは、彼を花街から追放する事だった。 殺人の濡れ衣を着せられた舞妓が、その疑いが晴れたとしても花街に居られる訳がない。 花街は伝統と体面を重んじる世界で、花柳界もまた然りだ。(これから面白くなりそうだね・・) 鈴江はそう思いながら、闇を照らす月を眺めた。 一方、殺人の濡れ衣を着せられた千尋は、奉行所へと連行された。「お前が清を殺した事はわかっておる!」「うちは誰も殺してまへんえ。お奉行様、うちがあの人を殺したいう証拠があるんどすか?」 千尋はそう言うと、蒼い瞳で奉行・南田を睨んだ。「そなたが現場から立ち去るのを見たという者がおるのだ!」「それは何処のどなたはんどすか?第一、うちが奈津江おかあさんの屋形を訪ねたんは子の刻(真夜中)を過ぎた頃どす。そないな遅い時間に、うちの姿を見た者が居るというんはおかしいのと違いますやろうか?」「ええい、黙れ!」 自分に対して強気な態度を取る千尋に苛立った南田は、彼を牢へと入れた。「何、千尋が殺しの下手人として奉行所に捕まった?」「はい、どうやら千尋の養母の娘が、何者かに殺されていたようでして・・偶然屋形を訪れた千尋に嫌疑がかかったようです。」「そうか・・面倒な事になっちまったな。」 山崎からの報告を受けた歳三は、そう言って鬱陶し気に前髪を掻き上げた。「町方はまだ、千尋が新選組(うち)の者だと気づいていないんだろう?」「はい、そのようです。そういえば副長、ひとつ気になることがわかりました。」山崎はそう言うと、歳三の耳元に何かを囁いた。「その鈴江って女を調べろ。今回の事件にそいつが絡んでいるかもしれねぇ。」「わかりました。では、俺はこれで失礼いたします。」 山崎が副長室から去った後、彼と入れ替わりに千が副長室に入って来た。「土方さん、お茶をお持ちいたしました。」「有難う、そこに置いておいてくれ。」「はい。」「千、千尋が殺しの下手人として奉行所に捕まった。」「それ、本当ですか!?」「俺が嘘を吐いているような顔に見えるか?」「いいえ・・あの、僕に何かできることはありませんか?」「千尋の着替えを奉行所に持って行ってくれ。」歳三はそう言うと、風呂敷に包まれた千尋の着替えを千に手渡した。「わかりました。」「斎藤、千の護衛を頼む。」「承知しました、副長。」 屯所から千と共に出た斎藤は、何者かに自分達が尾行されている事に気づいた。「千、次の角を曲がるぞ。」「え、でも奉行所はこっちの方が近道じゃ・・」「いいから、俺の言う通りに従え。」「はい、わかりました。」 斎藤と共に千が角を曲がった後、誰かが駆け足で通り過ぎてゆくのを感じた。「斎藤さん、今のは・・」「恐らく、俺達を尾行していた者だろう。」「どうして、そんな事を?」「俺達を尾行している者は、敵の手先かもしれん。」斎藤はそう言うと、琥珀色の瞳を眇(すが)めた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年11月02日
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「それにしてもお前は恐ろしい奴だ。何の罪もない妹分に殺人の濡れ衣を着せるとは・・」「あの子が悪いんどす、うちより目立つさかい。」鈴江はそう言うと、男の肩にしなだれかかった。「お前は昔から悪賢い奴だったな、鈴江・・いや亮輔。」「本名で呼ぶのはやめてくれない?本名で呼ばれると何だかあの女の事を思い出して虫唾が走るんだ。」 はんなりとした京言葉から急に砕けた口調でそう言った鈴江は、自分の幼馴染である男を睨んだ。「すまん、すまん。数年とはいえお前の母親と結婚した仲だから、ついお前を本名で呼んぢまった。これからは源氏名で呼ぶことにするよ。」「わかればいいんだよ。」鈴江はそう言うと、窓枠に凭れかかった。「なぁ鈴江、お前元の時代に戻りてぇと思った事はないのかい?」「ないね。ここには俺を知る者は誰も居ない。金の無心ばかりしている社会の屑みたいな従兄も、そいつを野放しにしておきながら、偉そうに俺に説教を垂れる糞婆も居ない。不便な事が多いけれど、煩わしい人間関係から解放されて快適なんだよ、この時代で生きるのは。」 鈴江―楢木亮輔はそう言って男の方を見た後、咥えていた煙管に火をつけた。 亮輔は金沢市内でスナックを経営する母親と、ある資産家の御曹司である父親の私生児として生まれた。 ロシア人のクォーターである父親の血を色濃く受け継いだ亮輔は、金褐色の髪に淡褐色の瞳という日本人離れの容姿の所為で、近所の住民達や学校の教師、そして同級生達から苛めを受けた。 母親は亮輔がいじめられていることに気づきながらも見て見ぬふりをした。それどころか、機嫌が悪い時は亮輔に暴言を吐くなどの精神的虐待を加えた。 何故、自分は生まれて来たのか―己の存在意義を見出せずに、高校生となった亮輔は、閉鎖的で陰鬱とした故郷を飛び出して上京した。 東北や九州からの出稼ぎ労働者などが集まっている東京という街は、外国人の姿も多く、故郷で常に侮蔑と好奇の眼差しを向けられてきた亮輔だったが、それらの視線よりも彼は憧憬と羨望の眼差しを周囲から向けられている事に気づいた。「亮ちゃんって、スタイル良いし足も長いよねぇ。やっぱ外人の血が入っているといいわねぇ。」年を誤魔化して働くことになったスナックのママから、初日に亮輔はそう言われて己の存在意義を漸く見出せたのだった。 自分には他人にはない物がある―それがやがて、亮輔の強みになっていった。上京して数年経ったある日、亮輔はいつものように勤務先の高級クラブから自宅へと帰る道すがら、彼は強盗に襲われ、預金通帳と印鑑が入ったハンドバッグ、首に付けていた祖母の形見の真珠のネックレスを奪われそうになって抵抗したところを、ナイフで胸を刺されて路上に蹲ったまま倒れて意識を失った。 死んだとばかり思っていたが、目が覚めたのは幕末の京都で、亮輔は祇園の置屋の部屋の中に居た。「目ぇ覚めたか?あんた、名前は?」時代劇からそのまま出て来たかのような髪型をした女性からそう名を尋ねられ、亮輔は咄嗟に源氏名である鈴江を名乗った。「鈴江か、ええ名やなぁ。鈴江、何処にも行く当てがなかったら、ここで暮らしてみぃひんか?」そう言った女将の言葉に、鈴江は静かに頷いた。 こうして、鈴江は過去の自分と決別し、祇園の芸妓として生きることになった。 日本人離れした容姿に加え、卓越したコミュニケーション能力で、鈴江はたちまち芸妓として売れっ子になった。 このまま自分の天下が続いたらいい―そう思った矢先、鈴江の前に邪魔者、自分の不動の地位を揺るがす敵が現れた。 金髪碧眼の敵の名は、千尋といった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年10月02日
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「まぁ、噂だから俺はお前と桂との間に何があったのかは知らんし、他人の色恋の事など知りたくはない。それよりも千尋、お前の髪とその瞳の色から見るに、お前は異人とのあいの子か?」「へぇ、そうどす。何でも母親はエレゲス人だったそうで、うちが小さい頃に亡くなりました。それがどないしはりました?」「いや、最近長州の奴らが英国に留学した話を耳に挟んでな。もしかしたらお前も英国に渡ったものだと俺が買ってに勘違いしてしまったよ。」「まぁ、そうどすか。大久保様は薩摩の方やのに、随分長州の事情にお詳しいこと。」「色々と探ってみると、敵の事情に詳しくなるものだ。それよりも千尋、今日はお前の姉芸妓は居ないのか?」「鈴江姐さんだったら、お座敷があると言うて出掛けていかはりました。」「お座敷ねぇ・・もしかしたら彼女、男と逢引しているんじゃないのか?」「そうかもしれまへんなぁ。鈴江姐さんは殿方に人気やし、姐さんがお客様から恋文を貰ったところをうち、何度か見たことがあります。」「そうか。」大久保は千尋の言葉を聞いた後猪口に注がれていた酒を一口飲むと、溜息を吐いた。「何かお悩み事でもあるんどすか?うちやったら何でも聞きますえ?」千尋はそう言うと、大久保にしなだれかかった。「最近お前の養母が営んでいる屋形に、おかしな連中が出入りしているという噂を聞いたんだが、何でもその屋形の娘、清と言ったかな・・その娘が賭博に嵌った挙句、方々で借金を作っていて、屋形に出入りしている連中はその借金取りらしい。」「まぁ、清さんが賭博に・・それはほんまどすか?」 大久保の口から清の名が出た事を聞いた千尋は、思わず彼に詰め寄ってしまった。「あぁ、俺の友人が数日前、清が屋形の前で男と言い争っている姿を見たらしい。お前、清と知り合いなのか?」「へぇ、うちはあの屋形の女将に子供の頃ようして貰いました。うちは清さんとは幼馴染どす。」「そうか。清という娘が屋形を継いでから、色々とその屋形について悪い噂が飛び交っていてな・・何だか嫌な予感がすると思って、お前に話してみたのだ。」「悪い噂、どすか?」「あぁ、何でも清が屋形の舞妓や芸妓を苛めては追い出しているそうで、清は金遣いが荒くて屋形の家計は火の車だそうだ。」 大久保の言葉を聞きながら、千尋は自分を訪ねて来た奈津江の顔が少しやつれていたことを思い出した。 大久保のお座敷から帰る途中、千尋は菊枝に奈津江の元を訪ねると断りを入れて料亭の前で彼女と別れた。 他の屋形からは客の笑い声や芸舞妓が奏でる三味線の音が賑やかに鳴り響いているというのに、奈津江の屋形は不気味な程に静まり返っていた。「奈津江おかあさん、千尋どす。」 千尋が戸の向こうから奈津江にそう呼びかけたが、中から返事はなかった。彼は恐る恐る戸を開けると、奥から血の臭いが漂ってきた。「奈津江おかあさん、居てはりますか?」千尋が奥の方へと進んでいき、奈津江の部屋に入ると、そこには血の海の中で倒れている清の姿があった。 奈津江の姿は何処にもなかった。(一体、ここで何が起きた?)千尋がそう思いながら清が握っている簪を見つけた瞬間、誰が彼女を殺害したのかがわかった。「例の娘は殺したか?」「へぇ。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年09月01日
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「ほなうちはこれで失礼します。」 翌朝、奈津江はそう言うと菊枝たちに向かって頭を下げると、自分の屋形へと戻って行った。「奈津江おかあさん、これから大丈夫やろか?」「人の心配をするより、自分の心配をしよし、千尋。」二階からさらりという衣擦れの音がして千尋が背後を振り向くと、そこには亜麻色の髪を結い上げ黒紋付きの豪華な留袖を纏った鈴江が降りてくるところだった。「姐さん、こんな朝早うからお座敷どすか?」「うちの馴染みのお客様がどうしてもうちに会いたいと文を寄越してきてなぁ。あんたはうちが帰って来るまでここで留守番して貰うわな。」「へぇ、わかりました。姐さん、気を付けて行っておいでやす。」「帰りは遅くなるから、おかあさんに伝えてな。」鈴江はそう言って簪を挿した頭を揺らしながら、屋形から外へと出て行った。 一方、自分の屋形へと戻った奈津江は、奥の部屋から娘の怒鳴り声が聞こえてきている事に気づいた。「清、そないに大声出してどないしたんや?」「おかあさん、聞いとくれやす、この娘が・・」清は興奮した様子で舞妓が、自分が気に入っていた茶碗を割った事を奈津江に話した。「たかが茶碗ひとつでそないに目くじら立てたらあかんえ。わざと割ったのやないんやから。」「おかあさんはこの子達に甘過ぎるさかい、うちはこの子達に嘗められてしまうのや!」 清はそう怒鳴って奈津江を睨みつけると、彼女を邪険に押し退けて何処かへ行ってしまった。「おかあさん、うちをここから追い出さんといてください。うち、ここから追い出されたら・・」「清には後でよう言い聞かせておくさかい、あんたはお部屋にお戻り。そないな顔でお客様の前に出ていかれへんえ?」泣きじゃくり、化粧が崩れてしまった舞妓を優しく宥めながら、奈津江は彼女を自室へと連れて行った。 屋形から出た清は、行きつけの茶店で団子を食べていた。「何や、誰やと思うたら清さんやないの。」「鈴江さん、昼からお座敷やなんて、えらい人気者やないの。」「それは嬉しいけどなぁ、こう忙しいと身体が幾つあっても足りへんわ。」そう言いながら清の隣に腰を下ろした鈴江は、深い溜息を吐いた。「昨日、あんたの所のお母さんがうちに来てたえ。千尋の事をあんたのお母さん、よう心配していたみたいでなぁ、昨夜一緒のお布団に寝てはったわ。」「へぇ、そうどすか・・」 鈴江の言葉を聞いた清は、少し嫉妬で胸が痛くなった。「あんたのお母さん、千尋が女やったら良かったのにって言うてたわ。まぁ、あの子やったら安心して屋形を任せられるさかい、うちかてそう思うてるわ。」鈴江は清に言いたい事だけ言うと、そのまま茶店から出て行ってしまった。 一方、屋形で留守番を鈴江から任された千尋が自室で三味線の稽古をしていると、階下から誰かがやってくる気配がした。「千尋、鈴江はどないしたんや?」「おかあさん、お帰りやす。鈴江姐さんなら、お座敷に出ていかはりました。帰りは遅なるそうです。」「そうか。丁度ええわ、早く支度してうちと一緒に出掛けようか、千尋。」「わかりました、おかあさん。」身支度を済ませた千尋が菊枝と共に向かったのは、一軒の茶屋だった。「お待たせしました。」「おお、待っておったぞ。」「失礼いたします。」襖を開けて菊枝と千尋が中に入ると、そこには厳つい顔をした男が上座に座っていた。「おかあさん、こちらのお方は?」「千尋、このお方は薩摩の大久保利通様や。」「大久保利通様、お初にお目にかかります、千尋と申します。」「お前が千尋か。噂は聞いているぞ。」そう言うと大久保利通は、千尋を見てニヤリと笑った。「噂、どすか?」「ああ。何でも桂を酷く振ったとか・・」「まぁ、そないな噂が流れているやなんて、うち知りまへんどした。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年07月03日
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「えらい遅かったやないの。何処かで油を売ってたん?」「すいまへん姐さん・・廊下で違う屋形の子に絡まれてしまいまして。」「あんたは人気者やさかい、妬まれても仕方がないなぁ。」座敷に戻るのが遅くなったことを千尋が鈴江に詫びると、彼はそう言って笑った。「まぁ千尋の様な気立ての良い子はおらんき、妬まれるのは当然じゃぁ!嫌な事は忘れてぱぁっと飲むぜよ!」龍馬は豪快に笑うと、猪口に入っていた酒を一気に飲んだ。「才谷様、余り飲み過ぎたらあきまへんえ?」「わかっちゅう、わかっちゅう!」 龍馬と過ごす賑やかな時間はあっという間に過ぎ、千尋と鈴江が『いちい』から戻ると、菊枝の部屋の方から何やら賑やかな笑い声が聞こえて来た。「おかあさん、只今帰りました。」「お帰りやす。」 二人が菊枝の部屋に入ると、そこには千尋の養母であった奈津江の姿があった。「まぁ、千尋ちゃんやないの。すっかり大きゅうなって・・」「大変ご無沙汰しております、奈津江おかあさん。」「千尋が奈津江の知り合いやったなんて、うち知らんかったわぁ。」菊枝はそう言って茶を飲むと、溜息を吐いた。「うちは千尋の事を小さい時から見てきました。幼くしてこの子は母親と死に別れて、千尋を跡継ぎに出来んでも実の子同然に千尋を育ててきました。でも、千尋の父親の使いが江戸から来てそれっきり・・こうしてうちが千尋と再び会えたんは、神様の巡り合わせやと思うてます。」 奈津江は一旦言葉を切ると、涙を袖口でそっと拭った。「奈津江おかあさん、お元気そうで何よりどす。」千尋は奈津江の手をそっと握り締めながらそう言うと、涙を流した。「千尋、舞妓姿がよう似合うてるえ。あの時うちがあんたの父親の所に引き取られる事をもっと反対しとったら、あんたに辛い思いをさせることはなかったのになぁ、堪忍え。」「もう済んだことどす、奈津江おかあさん。」「うちは部屋で休むさかい、これで失礼します、おかあさん。」「へぇ。」鈴江は少し気怠そうな様子で項を掻くと、そのまま菊枝の部屋から出て二階へと上がっていった。「奈津江おかあさん、うちの部屋へ来ておくれやす。ほなおかあさん、お休みなさい。」「お休み。」 一階にある奥の部屋に入った千尋は、奈津江にこれまでの事を話した。「そうか。あんたが京に来たんは向こうの家で邪魔者扱いされたからか・・今向こうの家とは縁を切ったんか?」「うちの方から縁を切らせていただきました。向こうの家がどうなっているのか、うちには知る必要のない事どす。」「そうか。」「奈津江おかあさんは、まだ屋形の女将をしてはりますか?」「うちはもう半年前に女将を引退して、屋形は娘の清に任せてる。でも清は要領が悪い子でなぁ、客あしらいも下手やさかい、お客様から苦情が来てなぁ・・千尋に家を継がせたかったわぁ・・」「おかあさん、そないな事を言うたらあきまへんえ。うちは男やさかい、屋形は継げまへん。」「そうやけれど、実の娘が情けなのうて、千尋がうちの子やったらどないするんやろうかと思うとなぁ、やり切れんのや。」「奈津江おかあさん・・」 奈津江と清との仲が上手くいっていない事を千尋は知っていたので、彼はそんな言葉を奈津江に掛ける事しかできなかった。「何や、こうして二人きりで寝るのは久しぶりやなぁ。」「そうどすなぁ、子供の頃以来どす。」 そう言うと千尋は、隣の布団に寝ている奈津江の手を握った。幼い頃自分を抱き締めてくれた彼女の優しい温もりは、時が経った今でも変わらなかった。 いつしか千尋は奈津江の手を握ったまま眠ってしまった。「おやすみ、千尋。」そう言いながら奈津江は千尋に微笑むと、眠った。***********更新が遅れてしまい、申し訳ありません。ブログに以前書きましたが、最近某アニメの二次創作活動をしており、その所為でこちらに掲載している小説の更新が遅れています。なるべく連載中・休止中の小説の更新と完結を目指しておりますが、色々と精神的に参ってしまったので、これからも更新が遅れると思いますが、何卒ご了承くださいませ。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年06月03日
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「美祢、お前・・」「あんな子、わたくしにとって目障りな存在でしかありません!旦那様、わたくしはあの子を女郎屋へと売り飛ばすことは諦めませんわ!」 美祢はそう夫に叫んで彼を睨みつけると、奥の自室へと消えていった。その日を境に、美祢は千尋を以前にもまして邪険に扱うようになり、彼女は些細な事で千尋を怒っては彼に対して折檻を加えるようになった。「千尋、その痣はどうした?」「これは・・少し転んだだけです。」「転んだ?脇腹や背中にも痣があるのに?」そう言って痣だらけの上半身を見つめる正義の視線に耐え切れず、千尋はそのまま道着を着込んで道場の中へと戻った。「最近、千尋の様子がおかしいとは思わないか、耀次郎?」「はい兄上。何だかあいつ、わたし達に何かを隠しているような・・」耀次郎とそんな事を正義が話していると、突然美祢の部屋から千尋の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。「どうしてお前はこんなにも愚図なのかしらね!花をまともに活けることすら出来ないなんて!」「申し訳ありません、義母上・・」「お前に母と呼ばれる筋合いなどありません!泣いている暇があったら、すぐにここを片付けなさい!」「はい・・」 美祢が怒りで顔を歪ませながら部屋から出て行くのを確認した正義と耀次郎は、部屋の中に散らばった花を黙々と片付ける千尋の姿を見た。「千尋、わたし達も手伝おう。」「兄上、この事は父上には・・」「あの痣、全て母上にやられたんだな?」異母兄の問いに、千尋は静かに頷いた。「わたしがいけないのです。わたしが、この家になんか来たから・・」「もういい、自分を責めなくてもいい。」正義は小さな千尋の身体を抱き締め、涙を流した。 彼から抱き締められた時、千尋の脳裏にまだ京で暮らしていた頃に、養母の奈津江から抱き締められた日の事が蘇った。 近所の子供から容姿の事を揶揄(からか)われ、千尋がその子供に手を上げて怪我をさせてしまったことがあった。激怒した相手の子供の親に平謝りした後、奈津江は千尋から暴力を振るった理由を聞き、正義の様に涙を流しながら抱き締めてくれた。『よう堪忍したなぁ、千尋ちゃん。よう堪忍したなぁ。』あの時感じた奈津江の優しい温もりと声を思い出し、千尋は自然と正義の胸に顔を埋めながら泣いていた。 1862(文久2)年、数えで14となった千尋は美しく成長し、その美しさ故に同性から恋文を貰う事が多くなった。「千尋、またお前に恋文を渡したいと言って来た輩が居たぞ。」「ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません、正義兄上。」「謝るな。それよりも母上はどちらへ?」「母上なら、先程義姉上様と芝居を観に行かれました。」「そうか。」 二年前に武家の妻女・美津を娶った正義は、自分の妻と母親の関係が良好である事を知り、安堵の表情を浮かべていた。 美津は千尋の事を実の弟のように可愛がり、千尋もまた年が近い義姉を慕っていた。そんな穏やかな日々は、美津が正義との子を妊娠した事から一変した。「千尋、話があります。」「何でしょうか、奥様?」「もう正義から聞いたのでしょうけれど、美津が身籠りました。そこで居候の貴方にはここから出て行って頂きます。」「わかりました。」 こうして千尋は荻野の家から出て、浪士隊に加わり彼らと共に上洛したのだった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年05月12日
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*幕末の千尋の幼少期の話です。まだ続きます*八重歯の男に気づかれぬよう、忍び足で正義と耀次郎は彼が嫌がる千尋を連れて女郎屋の女将の部屋に入るのを見た。「おやおや、今日は何の用だい?金を貸せとかいう話なら聞かないよ。」煙管の中に溜まっていた灰を火鉢の中へと捨てた老女は、そう言って八重歯の男を睨みつけていた。「女将さん、今日はそんな話をしに来たんじゃありませんや。今日は、女将さんが喜ぶ話を持って来たんでさぁ。」「あたしが喜ぶ話ねぇ・・ちょっと聞いてやろうじゃないか。」狐の様な目をした女将は、そう言うと八重歯の男の背に隠れている千尋の方を見た。「その子かい、あたしが喜ぶ話ってのは?」「へぇ。この子は異人とのあいの子ですが、まだ餓鬼でさぁ。女将さんにいっぺん見て貰いたくてこちらへ連れて来たんでぇ。」「そうかい。そこの子、こっちへ来な。なぁに、取って食いなしないから。」 猫なで声で女将がそう千尋に呼び掛けると、彼は小さな身体を震わせながら彼女の前に立った。「肌はきめ細かいし、髪の色も金色で縁起が良いし、何よりも瞳の色が綺麗だねぇ。今はまだ小さいけれど、成長したらすぐに花魁になれそうな顔をしているねぇ。」「そうでしょう?ただ、この子は男なんで、花魁にはなれやせんや。」「あらぁ、そりゃぁ残念だねぇ。でもまぁ、いい子を拾って来てくれたじゃないか。」「拾って来たんじゃありやせん、さるお武家の奥方様から頼まれたんでさぁ。うちに厄介な穀潰しが居るから、厄介払いのついでにこちらへ売ってくれないかってねえ。」「可哀想にねぇ。なぁに、心配することないさ。あんたの事は大事にしてやるよ。」女将はそう言って千尋に微笑むと、彼の頬を撫でた。 廊下で二人の話を聞いていた正義と耀次郎は、千尋を女郎屋に売ったのが自分達の母親である事を知り、驚きのあまりそこから動けなかった。「あんた達、そこで何してんだい?」「耀次郎、逃げるぞ!」 正義はそう叫ぶと乱暴に襖を開け放ち、千尋の手を掴んで耀次郎と共に女郎屋から飛び出した。「てめぇら、待ちやがれ!」「待てと言われて止まる馬鹿が居るもんか!」正義は自分達を追ってくる男と女将に向かって舌を突きだすと、そのまま千尋と耀次郎と共に自宅へと逃げ帰った。「若様、一体どうなさったのです?」「母上はどちらに?」「何ですか正義、耀次郎、そんなにたくさん汗を掻いて・・」 美祢がそう言って息子達を見ると、二人の背後に女郎屋へと売った筈の千尋の姿が見え、彼女は激しく狼狽した。「何故、お前がここに・・」「母上、何故千尋を女郎屋へと売ろうとしたのですか?そこまで、千尋の事が憎いのですか?」「お黙りなさい、大人の事情に子供が口を挟むものではありません!」「・・今の話はまことか、美祢?」 背後から夫の冷たい声が聞こえ、美祢が恐る恐る背後を振り向くと、そこには憤怒の表情を浮かべた夫が立っていた。「旦那様・・」「正義、千尋を連れて耀次郎と部屋へ行っていなさい。」「はい、わかりました。」 両親の間に流れる険悪な空気を敏感に感じ取った正義は、弟達と共に母屋の奥にある自分達の部屋へと向かった。「詳しい話を聞かせて貰おうか、美祢?何故千尋を女郎屋へと売ろうとした?」「その理由は旦那様が一番ご存知なのではなくて?」 美祢はその場で失神してしまいそうな恐怖に負けぬよう、そう声を張り上げると夫を睨みつけた。「旦那様が・・貴方が悪いのですわ、あんな女との間に出来た子供を我が家に引き取るから、わたしが惨めな思いをするのです!」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年05月05日
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*幕末の千尋の幼少期の話です。まだ続きます*八重歯の男に気づかれぬよう、忍び足で正義と耀次郎は彼が嫌がる千尋を連れて女郎屋の女将の部屋に入るのを見た。「おやおや、今日は何の用だい?金を貸せとかいう話なら聞かないよ。」煙管の中に溜まっていた灰を火鉢の中へと捨てた老女は、そう言って八重歯の男を睨みつけていた。「女将さん、今日はそんな話をしに来たんじゃありませんや。今日は、女将さんが喜ぶ話を持って来たんでさぁ。」「あたしが喜ぶ話ねぇ・・ちょっと聞いてやろうじゃないか。」狐の様な目をした女将は、そう言うと八重歯の男の背に隠れている千尋の方を見た。「その子かい、あたしが喜ぶ話ってのは?」「へぇ。この子は異人とのあいの子ですが、まだ餓鬼でさぁ。女将さんにいっぺん見て貰いたくてこちらへ連れて来たんでぇ。」「そうかい。そこの子、こっちへ来な。なぁに、取って食いなしないから。」 猫なで声で女将がそう千尋に呼び掛けると、彼は小さな身体を震わせながら彼女の前に立った。「肌はきめ細かいし、髪の色も金色で縁起が良いし、何よりも瞳の色が綺麗だねぇ。今はまだ小さいけれど、成長したらすぐに花魁になれそうな顔をしているねぇ。」「そうでしょう?ただ、この子は男なんで、花魁にはなれやせんや。」「あらぁ、そりゃぁ残念だねぇ。でもまぁ、いい子を拾って来てくれたじゃないか。」「拾って来たんじゃありやせん、さるお武家の奥方様から頼まれたんでさぁ。うちに厄介な穀潰しが居るから、厄介払いのついでにこちらへ売ってくれないかってねえ。」「可哀想にねぇ。なぁに、心配することないさ。あんたの事は大事にしてやるよ。」女将はそう言って千尋に微笑むと、彼の頬を撫でた。 廊下で二人の話を聞いていた正義と耀次郎は、千尋を女郎屋に売ったのが自分達の母親である事を知り、驚きのあまりそこから動けなかった。「あんた達、そこで何してんだい?」「耀次郎、逃げるぞ!」 正義はそう叫ぶと乱暴に襖を開け放ち、千尋の手を掴んで耀次郎と共に女郎屋から飛び出した。「てめぇら、待ちやがれ!」「待てと言われて止まる馬鹿が居るもんか!」正義は自分達を追ってくる男と女将に向かって舌を突きだすと、そのまま千尋と耀次郎と共に自宅へと逃げ帰った。「若様、一体どうなさったのです?」「母上はどちらに?」「何ですか正義、耀次郎、そんなにたくさん汗を掻いて・・」 美祢がそう言って息子達を見ると、二人の背後に女郎屋へと売った筈の千尋の姿が見え、彼女は激しく狼狽した。「何故、お前がここに・・」「母上、何故千尋を女郎屋へと売ろうとしたのですか?そこまで、千尋の事が憎いのですか?」「お黙りなさい、大人の事情に子供が口を挟むものではありません!」「・・今の話はまことか、美祢?」 背後から夫の冷たい声が聞こえ、美祢が恐る恐る背後を振り向くと、そこには憤怒の表情を浮かべた夫が立っていた。「旦那様・・」「正義、千尋を連れて耀次郎と部屋へ行っていなさい。」「はい、わかりました。」 両親の間に流れる険悪な空気を敏感に感じ取った正義は、弟達と共に母屋の奥にある自分達の部屋へと向かった。「詳しい話を聞かせて貰おうか、美祢?何故千尋を女郎屋へと売ろうとした?」「その理由は旦那様が一番ご存知なのではなくて?」 美祢はその場で失神してしまいそうな恐怖に負けぬよう、そう声を張り上げると夫を睨みつけた。「旦那様が・・貴方が悪いのですわ、あんな女との間に出来た子供を我が家に引き取るから、わたしが惨めな思いをするのです!」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年04月28日
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*幕末の千尋の幼少期の話です。まだ続きます*「ねぇ聞いた?最近ここらへんで人攫(ひとさら)いが出るんですって!」「ああ、聞いたわよ。何でも、拐(かどわ)かされる娘は美人ばっかりなんですって。」「へぇ~、じゃぁあんたは大丈夫そうね。」「何よそれ、どういう意味?」 女中達がそんな噂話を井戸端でしているのを聞いた正義は、昨夜の千尋の様子を思い出した。 もしかして千尋は、昨夜人攫いに拐かされそうになったのではないか。「正義、そこで何をしているのです?」「母上、千尋の事で話したいことがございます。」「あの子の事はわたくしに任せておきなさい。お前があの子の事を構っている暇などない筈でしょう?」美祢はそう言って正義を睨むと、そのまま自室へと入っていってしまった。「兄上、こちらにいらっしゃいましたか。」「耀次郎、わたしに何か用か?」 正義が弟の耀次郎にそう言うと、彼は少し拗ねた顔をした。「今朝兄上がわたしの剣術の稽古に付き合ってくださると約束してくださってはないですか?まさか、忘れてしまったのですか?」「ああ、そうだったな。今着替えて来るから、お前は部屋で待っていろ。」「はい!」 耀次郎が部屋に正義が来るのを待っていると、丁度廊下を千尋が歩いてくるところだった。 四日前、突然自分達の前に現れた“弟”の存在は、耀次郎にとって脅威以外の何物でもなかった。 何故なら正義が最近自分ではなく、この千尋とかいう妾の子に構ってばかりいるからだった。千尋が来る前は、正義が自分の事を可愛がってくれていた。「おい、お前。」耀次郎はそう言って千尋を睨みつけると、彼は少し怯えたような顔をして自分の部屋へと入って来た。「何でしょうか?」「妾の子の癖に、兄上に気に入られたからっていい気になるなよ!」激情と共に、耀次郎の言葉が刃となってそのまま千尋の胸を突き刺した。「も、申し訳ございません・・」「さっさとこの家から出て行け!お前はこの家の疫病神だ!」千尋は蒼い瞳を涙で潤ませ、耀次郎に背を向けてそのまま部屋から出て行った。「耀次郎。」千尋を罵って高揚した耀次郎の頭上から、怒りを含んだ兄の声が聞こえてきた。「兄上、わたしは本当の事を言っただけです。」「そうだとしても、お前は千尋を傷つけた。」正義はそう言って耀次郎を睨みつけ、そのまま彼に背を向けて部屋から出て行ってしまった。 耀次郎は慌てて兄の後を追いかけた。「千尋、何処に居るんだ、千尋!」「兄上、千尋はまだ見つかりませんか?」「ああ。最近ここらへんで人攫いが出るらしいから、もしかしたら・・」「わたしも千尋を探します、兄上。」 千尋を正義と二手に分かれて探していた耀次郎は、橋の袂で泣いている千尋の姿を見つけ、彼の方へと駆け寄ろうとした。 その時、頭に手拭いを被った八重歯の男が泣いている千尋に声を掛けたかと思うと、突然彼の小さな身体を担ぎ上げ、何処かへと消えてしまった。「兄上、千尋が変な男に拐かされました!」「何だと!男の顔は見たのか、耀次郎!」「はい。男は頭に手拭いを被っていました。」「わたしについて来い、耀次郎!」「待ってください、兄上!」 正義と耀次郎が千尋を拐かした男の行方を追うと、やがて彼らはある場所へと辿り着いた。 そこは吉原―“苦界”とも呼ばれる遊郭だった。「兄上、あの男です!」「耀次郎、音を立てるなよ。」 正義と耀次郎は、男がある女郎屋に裏口から入っていくのを見て、男の後に続いて裏口から女郎屋の中へと入っていった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年04月21日
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*幕末の千尋の幼少期の話です。まだ続きます* 千尋が荻野家に引き取られて四日が経った。 美祢(みね)は頑なに千尋を荻野家の人間である事を認めようとせず、千尋を使用人と同じ扱いをした。 京から来た時に彼が着ていた華やかな着物や簪、櫛などは女中達によって取り上げられ、何か千尋が粗相をすると彼女達は容赦なく罵詈雑言を千尋に浴びせた。「全く、旦那様はこの子のどこが良くて引き取ったのかしら?」「さぁ・・でもまぁ、女のあたし達でさえも嫉妬するような可愛い顔をしているんだから、色子としての利用価値はあるんじゃないの?」「まぁ、そうかもね!」 井戸で洗濯をしながらそんな事を女中達が話していると、そこへ義正が通りかかった。「若様、今日はお早いお帰りですね?」「千尋は何処に居る?」「ああ、千尋でしたら、奥方様にお使いを頼まれて外出しております。」「そうか・・」 義正は何だか嫌な予感がして、道着姿のまま邸から飛び出した。 一方、美祢に頼まれたお使いを終えた千尋は、茜色に染まる道を一人で歩いていた。 早く帰らなければ、美祢に厳しく叱られて食事をまた抜かれてしまう―そんな事を思いながら千尋が歩いていると、突然彼は何者かによって口を塞がれた。「暴れるな、大人しくすればいい思いをさせてやるからよ。」そう言って自分を見つめている男は、臭い息を吐いた。「へぇ、上玉じゃないか?」突然誰かに提灯で顔を照らされ、千尋がその眩しさに目を細めると、男の連れの女が、狐のような細い目で千尋を見つめていた。「異人とのあいの子なんて、江戸じゃぁ滅多に見られないし、粗末な身なりをしているけれど、何処かの女郎屋か陰間茶屋にでも売れば高値で売れるんじゃないかい?」「流石姐さん、頭がいいや。おい嬢ちゃん、お前ぇ名前ぇは何ていうんだ?」「千尋・・」「千尋ちゃんかい、いい名前だねぇ。千尋ちゃん、ちょいとあたしらに付き合っておくれ。なぁに、取って食おうって訳じゃあないんだ―」 女の手が千尋に伸びようとした時、突然夜の闇を切り裂くかのように甲高い呼子の音が鳴り響いた。「糞!」「さっさとここからずらかるよ、弥吉!」自分達の方へと徐々に迫りくる提灯の群れに悪態を吐いた男の袖を引っ張った女は、千尋をその場に置いて闇の中へと消えていった。「千尋、無事か!?」「兄上ぇ~!」千尋は涙と鼻水で顔を濡らしながら、正義に抱きついた。「怖かっただろう。でも兄上が来たから、もう怖くはないぞ。」「うん・・」 その日以来、千尋は使用人としてではなく、荻野家の一員として扱われるようになった。「千尋、稽古に遅れるぞ!」「待ってください、兄上!」 千尋は正義が通っている剣術道場に通い始め、その身体の奥底に眠っている戦士としての本能、そして剣の才能を徐々に目覚めさせていた。「千尋、最近剣の腕が上達したな。」「有難うございます、兄上。」 稽古帰りに正義と千尋がそんな話をしながら歩いていると、突然千尋は背後から強烈な視線を感じて振り向いた。 すると、柳の木の陰にあの日自分を攫おうとした女が立っていた。女は千尋の視線に気づくと、口端を上げてニヤリと笑うと、何処かへと消えていった。「千尋、どうかしたのか?」「いいえ、何でもありません、兄上。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年04月17日
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*幕末の千尋の幼少期の話です。まだ続きます* 千尋の母は英国貴族の令嬢で、妻子があった日本人の父と不倫の末、千尋を産んで直ぐに亡くなった。 身寄りが居なかった千尋は、母が生前世話になっていた祇園の置屋の女将によって育てられた。 子が居なかった女将の奈津江(なつえ)は、千尋を実の子同然に可愛がった。「千尋ちゃんはお母さんに似て綺麗やなぁ。」 毎朝、鏡台の前で奈津江が自分の髪を優しく柘植の櫛で梳いてくれる一時が、幼かった千尋にとっては大好きな時間だった。 置屋の宴席が立て込んでいる夜の時には、千尋の世話を女中の鈴がしてくれた。「やっぱり千尋ちゃんの髪には紅い櫛がよう映えるわぁ。」「千尋ちゃんが女子やったらうちを継げるのになぁ。」 置屋は代々、女が継ぐのが花街のしきたりだった。奈津江や置屋に居る芸舞妓達が、千尋が男である事を酷く残念がっていた理由が解ったのは、彼がそこから離れる時だった。「千尋ちゃん、江戸に行ってもお気張りやす。」七度目の春を迎え、京の街に桜舞う季節に、実父の使いと名乗る青年が現れた。 千尋は少なかった荷物を纏め、置屋の玄関先で奈津江と別れた。「これは大事に持っておくんやで。あんたの亡くなったお母さんの形見やさかい。」 奈津江はそう言って涙を流しながら、千尋の首にカメオのペンダントをつけてくれた。 青年と共に江戸にある荻野家に着いた時、父の正妻である義母・美祢(みね)は、冷たい目で夫の私生児を睨んだ。「その子を着替えさせなさい。男の子なのに女子の格好をさせるなど、一体何を考えているのやら・・」 奈津江が心を込めて支度してくれた着物や櫛、簪を女中達から奪われ、千尋は怒りと孤独、悲しみが自分の中に一気に押し寄せて来て、気付けば彼は泣き叫んでいた。「うるさい!」 襖が急に乱暴に開かれ、鬼の形相を浮かべた美祢が部屋に入って来ると、千尋の頬を平手で打った。「お前など要らない、この忌子の混血め!」憎悪に歪んだ顔で睨まれ、千尋は恐怖でますます泣き叫んだ。「やめないか、美祢!この子が怖がっているだろう!」「貴方が、貴方が悪いのではありませぬか!わたくしという妻が居ながら、異人の妾を囲った上、子供まで作って!」 千尋の頭上で、美祢と自分の父親が激しい口論を始め、千尋はなすすべなく襦袢姿で部屋の隅に蹲り、頭上で起きている嵐が早く鎮まるのを待つことしか出来なかった。「母上、この者を連れて行きます。」部屋に一人の少年が入って来て美祢にそう言うと、彼は千尋に向かって手を差し伸べた。「お前が今日からわたしの弟になる千尋だな?わたしは今日からお前の兄となる正義だ、宜しくな!」「あ、兄様・・」 自分に優しく微笑む義理の兄・正義(まさよし)の手を取った千尋は、ゆっくりと彼の手を取った。「可哀想に、わけもわからず京からこんな所まで連れて来られて・・女中達にお前の着替えを持ってきて貰うように頼んでくるから、ここで待っているんだぞ。」 義正の部屋で千尋が彼の帰りを待っていると、部屋に一人の女中が入って来た。その女中は、京の置屋で自分を可愛がってくれていた舞妓とさほど年が変わらぬ若い娘だった。「へぇ、あんたが異人とのあいの子ねぇ・・薄気味悪い目をしていること。」娘はそう言ってジロジロと千尋を見た後、彼が首から提げているカメオのペンダントの鎖を指先で弄り始めた。「良い物持っているじゃないの?これ、あたしに頂戴。」「嫌、触らないで!」「妾の子の癖に、何その口の利き方は!」娘は千尋を睨みつけると、力任せにカメオの鎖を引っ張った。「そこで何をしている!?」「若様・・若様のお気になさるような事ではありません。ですからどうか・・」「わたしの弟に手を出すな!」正義は乱暴に娘の手からカメオのペンダントを奪い取り、それをそっと千尋の手に握らせた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年04月14日
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*写真はイメージです。 この小説は、オメガバース設定です。そういったものが苦手な方は閲覧をご遠慮ください。オメガバースについての詳しい設定については、こちらのページをご覧ください。「うわぁ、今年も綺麗に咲きましたね。」「ああ。」 毎年、この季節になると歳三はよく昔の事を―前世の事を思い出す。幕末の動乱を駆け抜けた、あの時代に生きた自分の姿を、歳三は桜の中に見るような気がした。「歳三さん?」「いや、何でもない・・それよりも総司、体調は大丈夫か?」「ええ。僕この季節になると必ず体調を崩すので、風邪をひいたのかもしれません。」「そうか・・」 この世には三種類の第二次性―アルファ、ベータ、オメガが存在する。特権階級・エリート階級に属するアルファ、一般人であり人口の大多数を占めるベータ、そして繁殖に適しており、かつては迫害されていたオメガ。 歳三はアルファ、彼の妻である総司はこの世で希少価値が高い男性オメガだった。 アルファとオメガとの間には、稀に「運命の番」というものが存在する。オメガには発情期があり、一週間前後あるそれは、オメガにとっては苦痛以外の何物でもなかった。だが、アルファと番になれば、発情期は訪れない。 歳三と総司が出会ったのは、まだ二人が世の穢れを知らぬ無垢な少年の頃だった。 アルファであった歳三は、幼い頃から父親に連れられ、政治家や資産家、そして貴族が主催するパーティーに出席することが多かった。その場所には必ず、歳三の将来の花嫁候補であるオメガが用意されていた。 土方家の御曹司であるアルファの歳三は、優秀な自分の遺伝子を産んでくれるオメガを番う事を義務付けられていた。 だが、歳三は親がお膳立てしたオメガと番うのが嫌だった。そんな中、彼はあるパーティー会場で総司と出会ったのだった。 総司は男児であるのに、男性オメガである事を世間に隠す為、両親から女児として生きるように強いられてきた。 パーティーのメインは、総司をはじめとする音楽の才能がある子供達が主催する音楽会だった。 オメガである総司がピアノの前に現れると、周りのアルファ達の何処か蔑むような視線が自分に向けられている事に気づいた。 アルファにとってオメガは、繁殖動物以外の何物でもなく、法律によってオメガに対する差別や迫害が表向きはなくなったというものの、未だにオメガに対する差別は蔓延っていた。 現に、音楽会に出演している子供達の多くはベータであり、オメガは総司だけだった。―心のままに、奏でなさい。 挫けそうになる総司の心を奮い立たせたのは、総司に音楽を教えてくれたオメガの恩師の言葉だった。鍵盤の前に座った総司は、静かに両手の指を鍵盤の上に滑らせ、演奏を始めると、それまで談笑していたアルファ達が一斉に黙り込み、総司の演奏に耳を傾けた。 演奏が終わり、総司がピアノから立ち上がった時、突然彼は鋭い視線を感じて俯いていた顔をゆっくりと上げると、美しい紫水晶の瞳を持った少年が自分を見つめている事に気づいた。 彼が、自分の「運命の番」であるという事を、総司は本能的に感じた。年が経ち、オメガありながらプロの音楽家となった総司は、ある資産家のパーティーで歳三と再会した。 一流ブランドのスーツに身を包んだ歳三は、凛々しく美しいアルファそのものだった。「総司、総司だよな?」「土方さん、わたしの事を憶えてくださったんですか?」 パーティーの後、総司と歳三は互いの事を話し合った。「なぁ総司、俺と結婚してくれねぇか?」「土方さん・・わたしはオメガです。わたしよりも貴方に相応しい女性が居る筈です・・だから・・」「お前を諦めることなんて出来ない。」歳三はそう言うと総司をそのままベッドの上に押し倒した。「土方さん?」「お前だって気づいているんだろう?俺とお前が“運命の番”だって言う事に。」「土方さん・・」総司の翡翠の瞳が、涙で潤んだ。「今からお前を抱くよ、総司。お前に優しくする余裕はないから、覚悟しておけ。」 その夜、歳三は総司を抱いた。二人の関係が双方の両親に知られたのは、彼らが恋人として同棲生活を始めてすぐの事だった。「認めないわ、オメガが土方家の嫁になるなんて!」「歳三、お前は家を滅ぼす気か!」「総司、今の貴方は恋の熱にのぼせているだけよ、冷静になりなさい!」彼らは歳三と総司の交際と結婚に猛反対した。だが歳三が自分と総司が「運命の番」である事を彼らに告げると、彼らは渋々と二人の結婚を認めた。 結婚式は、桜舞う季節に行った。教会で誓いの口づけを交わしたとき、歳三の脳裏に前世の記憶が一斉に雪崩れ込んできた。「総司、今度こそお前を幸せにする。」歳三の言葉を聞いた総司は、涙を流しながら静かに頷いた。「さてと、もう家に帰るとするか。」「そうですね。」総司が歳三と共に駐車場へと向かおうとした時、桜の花がサァッと彼の元へと降り注いだ。 桜吹雪の中に自分と歳三に瓜二つの顔をした恋人達が自分に向かって微笑んでいる事に総司は気づいた。―幸せになってね、わたし達の分まで。「総司、どうした?」「いいえ、何でもありません。」総司はそう言って歳三に微笑むと、彼の手を握って桜並木を後にした。にほんブログ村
2017年04月14日
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※BGMと共にお楽しみください。 千尋が龍馬と出会ったのは、鈴江と共にある料亭のお座敷に呼ばれた時だった。 そのお座敷の客は長州の志士で、泥酔した彼はやがて幕府や新選組に対して怨嗟の言葉を吐き出した。「会津藩御預かりの身だかなんだか知らんが、我らを一度京から追い出しただけで得意げな顔をしやがって、所詮は田舎百姓の集まりに過ぎんだろうが!」「まぁまぁ、そぎゃんこと言わんでも、おんしもあやつらと出自はそう変わらんぜよ。」龍馬がそう言って相手を宥めようとしたが、逆効果になってしまった。「何じゃと、貴様!わしを愚弄する気かぁ!」酒と怒りで赤らんだ顔を龍馬に向けたその志士は、手に持っていた鉄扇を龍馬の顔に振り下ろそうとした。 その時、千尋は志士の手からそっと鉄扇を奪い取り、静かにその場で舞い始めた。 最初は何が起きたのか解らずに呆然としていた鈴江と他の志士達だったが、やがて鈴江は置屋から持参した三味線を千尋の舞に合せて奏で始めた。舞い終わり、千尋は恍惚とした表情を浮かべながら自分を見つめるその志士に、こう言って鉄扇を返した。「扇は人を撲(ぶ)つ為のものやおへん、美しく舞う為のものどす。」「いやぁ、大した妹分を持ったのう、鈴江!」「おおきに。」 お座敷が終わるころ、先程龍馬と志士達の間に流れていた険悪な空気は消え失せていた。 機転を利かして険悪な空気を和やかなものへと変えた千尋の美しさと賢さに、龍馬は惚れてしまったのだった。「まぁ、そんな事もありましたなぁ。」「あん時のおんしは、戦国の猛者共よりも勇敢だったぜよ。千尋、舞妓を辞めてわしの妻になっちゃくれんかえ?」「ありがたい申し出どすけれど、お断りいたします。うちにはもう、心に決めた人がおるんどす。」「かぁ~、わしの求婚を袖にするその態度、ますます惚れたぜよ!」「おおきに。」 お座敷で客から掛けられる言葉に素直に喜んではいけない―舞妓として祇園で潜入捜査をしている上で、千尋はそう学んだ。 他人との会話の駆け引き、そしていかに相手を喜ばせるのかという、人心掌握術を千尋はすっかり身に付けていた。 舞妓はただ舞を舞って、客に愛想笑いを浮かべながら酌をするだけが仕事ではない。 お座敷という夢の世界で、いかに客を満足させ、寛いで貰えるかどうかで、自分自身の評価が、しいては祇園という花街の評価が決まるのだ。 坂本龍馬という男を自分に惹きつけさせる為に、千尋は彼に何度愛の言葉を耳元で囁かされてもそれを袖にした。 案の定、龍馬はますます千尋に夢中になった。「もう酒がなくなってしもうたのぉ!」「うちが持ってきます。」 千尋はそう言うと、振袖の裾を軽く捌いて立ち上がり、座敷から出て調理場へと向かう廊下を歩き始めた。「あら、誰やと思ったら鈴江の妹舞妓やないの。」 廊下の向こうから耳障りな声が聞こえて来たので千尋がそちらの方を見ると、そこには別の置屋の芸妓と舞妓が自分の進路を妨害するかのように立ちはだかっていた。「おねえさん、こんばんは。」 千尋は彼女達に軽く会釈をすると、そのまま彼女達の脇を通り抜けようとした。「あんた、余りええ気にならん方がええで?」「そうや、新入りの癖に悪目立ちし過ぎや。」千尋のお座敷に誰が来ているのかを彼女達は知っているのか、去り際彼女達は千尋の肩にわざとぶつかりながら嫌味を吐いていった。 華やかな世界こそ、その裏には数々の陰謀と愛憎が渦巻く泥沼である―千尋はそんな事を改めて思いながらも、江戸に居た頃の事を少し思い出していた。 “お前など要らない、この忌み子の混血め!” 脳裏に浮かぶのは、幼い自分を虐げている鬼女のような顔をした義母の姿だった。*次回から、幕末の千尋の幼少期の話が始まります*この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年04月11日
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「誰です、そこに居るのは?」 千がそう言って背後を振り向いたが、そこには誰も居なかった。(おかしいな、気のせいかな?) 千が首を傾げながら再び屯所へと戻ろうとした時、誰かの足音が背後で聞こえて来た。 千は敢えて背後を振り返らずに暫く歩いていたが、路地の角を曲がり、自分を尾行する相手がそこを通りかかるのを待った。「貴方ですか、僕を尾行していたのは?」「な、なんやお前は!?」「それはこちらの台詞です。さっきから僕を尾行していましたよね?貴方、誰なのですか?」「それはお前に関係あらへんやろ!」男はそう言って千を睨みつけると、その場から走り去っていった。(変な人・・あんまり関わり合いにならないようにしよう。)「ただいま戻りました。」「お帰りなさい、千君。わざわざわたしの為にお使いに行ってくれて有難う。」「いえ、気になさらないでください。それよりも沖田さん、悪阻の方はまだ・・」「少し楽になりました。さっきお医者様に診て貰いましたが、悪阻が余りにも酷いようならば里に帰って養生した方がいいと言われました。」「そうですか・・沖田さん、これを。」千がそう言って総司に金平糖が入った包みを差し出すと、彼は嬉しそうな顔をして金平糖を一つ口の中に放り込んだ。「美味しいですね、これ。千君もおひとつどうぞ。」「え、いいんですか?」「いいに決まっているでしょう。」千が総司の部屋で彼と和気藹々とした様子で談笑していると、そこへ歳三が入って来た。「千、少し話したいことがある。」「わかりました。沖田さん、それじゃぁ失礼します。」 千が副長室の前に立つと、中から歳三の溜息が聞こえて来た。「土方さん、僕にお話って何ですか?」「最近、荻野に懸想している男が居るらしい。千、お前買い物の帰りに誰かに尾行されたか?」「はい。それがどうかしましたか?」「そいつから何か受け取ったか?」「いいえ。」「そうか。それならいい。荻野に懸想している男は、いつもあいつのお座敷に出て来ては酒をただ飲んでいるだけらしい。」「その男の特徴とかは、わかりませんか?」「その男は土佐弁を喋り、いつもブーツとかいう西洋の靴を履いているそうだ。」(その男って、もしかして・・)「千尋、またあんた目当ての客が来てるらしいえ?」「ほんまどすか、姐さん?」「ほんまや。何でもその方、あんたの事をえらい気に入ったらしいて、おかあさんがさっき言うてたわ。」 その日の夜、千尋が鈴江とお座敷がある料亭の中に入りながらそんな話をしていると、廊下の向こうから一人の男が走って来た。「千尋か、待っちょったぜよ~!」癖のある髪を左右に振りながら、その男は千尋の細い手首を掴むと、そのまま自分が居た座敷へと戻っていった。「才谷様、うちの事を放ったからしやなんて酷いわぁ。」「すまんのう鈴江、おまんの事も好きじゃ。だから機嫌直してくれちゃ!」「もう、いややわぁ、才谷様~!」鈴江はそう言うと、才谷梅太郎こと幕末の風雲児・坂本龍馬に抱きついた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年01月30日
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「では、また何かありましたらご報告に参ります。」「わかった。」 夕餉の前に、千尋は副長室で歳三に挨拶を済ませ、屯所から辞した。「荻野さん、もう置屋に帰ってしまわれたんですか?」「ああ。総司の所には挨拶を済ませたそうだが、何処かあいつはよそよしい態度を取っていたと、さっき斎藤から聞いた。」 文机の前で書類仕事をしていた歳三はそう言うと、筆を硯の上に置いて溜息を吐いた。「千、まさかお前何かあいつに余計な事を言ったんじゃねぇのか?」「いえ、何も。ただ、沖田さんの悪阻が酷いとしか・・」「馬鹿野郎、あいつにそんな事を話したのか?」千の言葉を聞いた歳三は、突然烈火の如く怒り出した。「土方さん、僕何かいけない事でもしましたか?」「もういい、出ていけ。」 歳三に副長室からつまみ出され、千が溜息を吐きながら廊下を歩いていると、そこへ近藤がやって来た。「どうした、千君?溜息なんて吐いて。もしかして、トシにまた怒られたのか?」「はい、そんなところです。ただ荻野さんに沖田さんの悪阻が酷いことを話しただけなのに、どうしてあんなに怒られないといけないのか、わからないんです。」「そうか・・千君、良かったら俺の部屋で茶でも飲まんか?さっき山崎君が団子を買って来てくれたんだ。」「有難うございます、頂きます。」千はそう言って近藤に頭を下げ、二人分の茶を淹れて局長室へと向かった。「失礼いたします。近藤さん、お忙しいのに僕の為に時間を割いてくださり、ありがとうございます。」「いや、そんなにかしこまらなくてもいい。それよりも千君、君は何故トシから怒られたのかを、まだ解らないのかい?」「はい。僕、色恋には疎いので、荻野さんが土方さんに想いを寄せている事を知っている癖に、意地悪な事を言いました。それで、土方さんが怒ったんじゃないかと・・」「トシは君にきつく当たるところがあるが、それはあいつが君に目を掛けている証拠だと思ってくれていい。鬼の副長と呼ばれている手前、君を可愛がっているところを他の隊士達に見られたら、色々と面倒な事になると思って厳しく接しているんだ。」「解っています。僕はこれからどうすればいいですか?」「暫くトシをそっとしておいてやれ。千君、そんなに落ち込むことはない。誰にだって失敗はあるさ。」 近藤はそう言うと、千を励ますかのように彼の肩を優しく叩いた。「そうだ、総司が好きな菓子を今から買って来てくれないか?店の住所はこの紙に書いてある。」「わかりました。あの、何を買って来れば・・」「最近あいつは金平糖が好きでなぁ。金平糖であれば、何でもいい。」「わかりました。では、行って参ります。」 近藤から店の住所が書かれている紙と、菓子代を受け取った千は西本願寺の屯所から出て、総司が最近気に入っている金平糖の店へと向かった。「お越しやす。」「すいません、こちらの金平糖を一袋ください。」「へぇ、かしこまりました。」店員に菓子代を千が渡していると、店に千尋と見知らぬ芸妓が入って来た。「まぁ鈴江さん、お越しやす。そちらの舞妓ちゃんは?」「ああ、女将さんにはまだ紹介してへんかったなぁ。うちの妹分の、千尋といいます。千尋、女将さんにご挨拶しよし。」「へぇ。女将さん、千尋と申します。これから宜しゅうお頼申します。」そう言って千尋が店の女将に挨拶していると、鈴江の目が千の姿を捉えた。「いやぁ、千尋と瓜二つの顔をしてはるわ、あの若侍さん。」「姐さん、もうすぐお座敷の時間どす。」千尋はゆっくりと千に近づこうとする鈴江の手を掴むと、そう言って彼を制した。「何や、つまらへんなぁ。ほな女将さん、また来るわ。」「これを、副長に。」千尋は千の耳元でそう囁くと、振袖の懐から文を取り出し、それをそっと千に握らせた後、鈴江と共に店から出て行った。 千が店から出て屯所へと戻る道すがら、彼は何者かに尾行されている事に気づいた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年01月23日
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「こんな所に居たのですか、甲子太郎(かしたろう)さん。」背後から声が聞こえ、伊東が振り向くと、そこには半ば呆れたような顔を自分に向けた内海次郎が立っていた。「内海、わたしに何か用でも?」「ありませんが、貴方は一体何をしたいのですか?」「どういう意味だ、それは?」 伊東がそう言って内海の方を見ると、内海は大きな溜息を吐いた。「貴方はいつまであの小姓の尻を追いかけるおつもりなのですか?」「何を勘違いしている、内海?わたしが追いかけているのは、荻野君の尻ではなく、土方君の尻だよ。」「伊東さん!」内海の顔が怒りで赤く染まったのを見た伊東は、慌てて笑って誤魔化した。「冗談に決まっているじゃないか。そう怒らなくてもいいだろう、内海。」「全く、貴方がおっしゃる事は何処までが本気で何処までが冗談なのか、わかりませんね。」「それがわたし自身の魅力でもあるのさ。それよりも、土方君は一体何を考えているだろうね。暫く姿を消したと思ったら、戻って来てすぐに近藤君達と酒宴を開いて二日酔いで寝込んで・・それもわたしを騙す演技なのだろうか?」「そうではないようですよ。土方さんは下戸で酒を一滴も飲めないみたいですからねぇ。」内海はそう言うと、歳三が籠っている副長室の方を見やった。「そうか。内海、わたしは少し出掛けてくるから、留守を頼む。」「はい、お気をつけて。」 昼になり、少し体調が戻った歳三が低く呻きながら布団の中から這い出ると、襖の向こうから千尋の声が聞こえた。「副長、荻野です。入っても宜しいでしょうか?」「入れ。」「失礼いたします。」千尋が襖を開けて副長室に入ると、そこには慌てて歳三が布団の中へと入ろうとしている姿があった。「何をなさっておられるのですか、副長?もう二日酔いは良くなられたのでしょう?」「そ、そうだな・・それよりも荻野、伊東は何処だ?」「伊東先生なら、先程外出されました。行き先は内海さんには知らせていませんでした。何かにおいますね。」「ああ、そうだな。荻野、お前は祇園に戻らなくても大丈夫か?」「はい。女将さんからは夜までに置屋へ戻るようにと言われておりますので、それまでに溜まった仕事を片付けようと思っております。」「そうか。花街はこれから忙しくなる時期だからな。余り身体を壊さないようにしろよ。」「副長からのお言葉、肝に銘じます。」千尋はそう言って歳三に向かって頭を下げると、昼餉の用意をする為に副長室から出て行った。「荻野さん、お久しぶりです。長い間ご心配をお掛けしてしまってすいませんでした。」「千さん、ご無事で戻ってきて何よりです。沖田先生のお加減は如何でしたか?」「顔色が少しは良くなってきましたが、余り食欲がないみたいなんです・・まぁ、悪阻が酷いから仕方がないのかもしれませんけれど。」 千の言葉を聞いた千尋は、驚きのあまり包丁で野菜ごと自分の指を切りそうになった。「大丈夫ですか?」「大丈夫です。それよりも千さん、先程のお言葉、本当なのですか?沖田先生の悪阻が酷いというのは・・」「はい、本当です。沖田さんは、土方さんの子を妊娠していて、悪阻が酷くて食欲がないみたいです。一度お医者様に診て貰った方がいいのではないかと。」「まぁ、そうですか。それはめでたいことです、局長はそのことをご存知なのですか?」「ええ。今日の夕餉は赤飯にすると、近藤さんは大変嬉しそうに話しておられました。」 総司が歳三の子を妊娠したと、千から知らされた千尋は、驚きとともに別の感情が心の奥底から湧きあがって来るのを感じた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年01月16日
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