FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 昼ドラファンタジー転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍 0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光 0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう 1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て 0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に 0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて 1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
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「沖田さんをこっそりと屯所から連れ出して欲しい?」「ええ。薄井さんやわたしなら、土方君や沖田君は警戒するでしょうが、貴方は土方君や沖田君からの信頼が厚いでしょうし、少し貴方が嘘を吐いても疑わないでしょう。」 伊東はそう言うと、千の顔を覗き込んだ。「何をするつもりなんですか、伊東さん?」「わたしはただ、君が居る世界の事が知りたいだけですよ。そこへ行くには是非とも、沖田君と貴方が行かなくてはいけないのです。」「どういう意味ですか?」「ったく、鈍い坊やだな。伊東先生の最初の話を聞いていなかったのかよ?」薄井が伊東の背後でそう言うと、千に薄笑いを浮かべた。「僕が貴方の言う通りにしたら、どんな得があるというのですか?」「まったく、土方君の小姓は主に似て一筋縄ではいかないな。まぁ、君は案外馬鹿ではないようだから安心したよ。」急に伊東の口調が砕けたものとなり、彼は懐から千のスマートフォンを取り出した。「君が持っているこの箱は、大変便利なものだね。この箱ひとつで何でも解る。わざわざ間者を敵地に放たなくても、この箱で調べ物をすれば一発で向こうの情報が得られる優れものだ。これを長州や土佐の者に売れば、幕府を倒せるのは時間の問題かもしれない。」 伊東が尊皇攘夷派であり、最近長州の志士達と密会しているという噂が隊内に流れていたが、彼の言葉でそれが事実だと判り、千は恐怖で顔を強張らせた。「さぁ千、君の答えを聞かせておくれ。わたしと協力するか、それとも土方君の元に仕えるか・・君の返答次第で、沖田君の命がかかっている。」(表向きは伊東さんに従うふりをして、上手く彼を騙せばいい。問題なのは、土方さんに伊東さんの企みをどう伝えるかだ。) 頭の中で必死にこの状況をどう切り抜けようかと考えた後、千は伊東に向かってこう言った。「わかりました、貴方に協力致します。」「よろしい。では今夜子の刻までに、沖田君と共に八坂神社まで来なさい。薄井さん、それでよろしいですね?」「ああ、いいぜ。」「千君、もしこの事を誰かに言ったら、貴方の首が飛びますよ?」「いいえ、誰にも口外致しません。」千の言葉に満足したのか、伊東は彼を疑いもせずに薄井と共に蔵から出て行った。 蔵から出た千が溜息を吐きながら廊下を歩いていると、そこへ山崎がやって来た。「千君、さっき伊東さんと例の男が蔵から出て来たんだが・・何かあったのか?」「山崎さん、実は・・」 千は山崎に、伊東の企みを話した。「そうか。この事を副長にご報告しないと・・」「それはやめてください。土方さんに知られたら、伊東さんの思うつぼになってしまいます。伊東さんは、沖田さんを人質にして、僕に仲間になるよう脅しているんです。」「わかった。では、何かあったらわたしに言え。それと、これを持っていろ。」山崎がそう言って千に渡したのは、呼子だった。「これを使う時は、自分の身が危ない時に使え。伊東とその薄井とかいう男が何を企んでいるのかはわからないが、奴らの思い通りにはさせない。」「有難うございます、山崎さん。」 千は山崎に礼を言うと、彼から呼子を受け取った。 千が広間で夕餉を食べていると、突然周りの隊士達が空を指しながら騒ぎ始めた。「何だありゃぁ!」「気味が悪いぜ!」 京の街を覆うかのように、オーロラが上空に現れた。にほんブログ村
2016年10月31日
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※このイラストはMARRISA様から頂きました。無断転載はおやめください。🎃双つの鏡 ハロウィン小説🎃 1865年10月28日。 千は、いつもこの季節になると楽しくも憂鬱なイベント―ハロウィンの事を思い出してしまう。 だがこの時代、ハロウィンを祝うという風習が日本では広まっていないので、千は頭の中からハロウィンの事を締め出して家事や副長小姓の仕事に勤しんだ。そんな中、会津藩から一通の文が届いた。 その文には、近々黒谷本陣で西洋の祭りを祝うので、四日後に宴を開くので来るようにという旨が書かれてあった。「何でも西洋には、皆好きな格好をして楽しむ祭りがあるとか。千君は、ご存知ですか?」「ハロウィンの事ですか?元々は古代ケルト人が秋の収穫を祝うと共に、悪霊を追い出す一種の儀式だったのですが、いつしか扮装してお菓子を貰うお祭りになっちゃいましたね。」「へぇ、そうなんですか。じゃぁ、黒谷へは皆好きな格好をして行った方がいいかもしれませんね。」総司はそう言うと、翡翠の瞳をキラキラと輝かせた。「千君も勿論行くでしょう?」「はい・・」 幹部からお誘いに断れず、千は仕方なく黒谷本陣で行われるハロウィンパーティーに行くことになってしまった。「土方さん・・じゃなかった副長、お茶をお持ちしました。」「い~や~だ~!」 千が副長室の襖の前に立ってそう言うと、中から部屋の主である歳三の悲鳴が聞こえた。「トシ、お願いだから聞き分けてくれ。」「そうですよ、会津藩直々のお願いなんですよ?断ったら角が立つでしょう?」「だからって、俺にこんなヒラヒラしたもんを着れっていうのかよ!?」 千が副長室に入ると、歳三は手に持っていたドレスを片手にそう近藤と総司に向かって怒鳴っていた。「土方さん、一体どうされたんですか?」「どうされたもこうされたもねぇよ!さっき会津藩の使いが来て、俺にこれを着て黒谷本陣に来いだとよ!」歳三が持っていたのは、紫のバッスルドレスだった。「後、髪にこれを飾れだとよ、俺を莫迦にしてんのか!?」歳三は美しい顔を怒りで歪ませながら、乱れ箱の中に入っている星形の髪飾りを指した。「副長、ハロウィンではそれぞれ好きな扮装をして楽しむというのが宴の主旨なのです。」「だそうですよ、土方さん。わたし達は会津藩御預かりの身なのですから、会津藩のご機嫌を損ねては新選組の将来が危うくなるかもしれませんよ?」「畜生、解ったよ!着ればいいんだろ、着れば!」総司から弱い所を突かれた歳三は、半ば自棄になってそう怒鳴った。「武士に二言はありませんよね、土方さん?」「ああ。」 四日後、黒谷本陣に於いて会津藩主催の「波浪院派得(はろいんぱーてぇ)」が開かれ、客達はそれぞれ好きな扮装をして宴を楽しんだ。「沖田さん、良くお似合いですよ。」「千君、衣装作ってくれて有難うございます。千君も結構似合っていますよ。」 白雪姫の扮装をした総司と、アリスの扮装をした千がそんな話をしていると、仏頂面を浮かべた歳三が二人の元にやって来た。「てめえら、何をジロジロ見ていやがる、見世物じゃねぇぞ!」「よくお似合いですよ、土方さ・・ブフォ!」「ええ、良く似合ってます。」 紫のバッスルドレスを纏い、黒髪にダイヤの星飾りを挿したエリザベートの扮装をした歳三は、宴で誰よりも目立っていた。あとがき ハロウィン話を書いてみました。総司や千の衣装は、全て千が作りました。幕末にはコスチューム売ってる店なんてないと思うので、全て手作りが基本です。まぁ、幕末にハロウィンを祝う風習はありませんが、そこは広い心で許していただけると嬉しいです(^o^)にほんブログ村
2016年10月31日
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「薄井さん、とおっしゃいましたよね?貴方の居る時代に行けば、必ず労咳は治るんですか?」「ああ。貴方が、沖田総司さんだね?」薄井は少し興奮冷めやらぬ口調で言うと、総司の手を握った。「はい、そうです。薄井さん、わたしを貴方が居る時代に連れて行ってください。」「総司、何を言っていやがる!?」歳三がそう言って身を乗り出すと、総司は彼に優しく微笑んだ。「労咳が治れば、貴方の傍にずっと居られるでしょう?このまま貴方の傍に居ても、わたしは死を待つだけの日々を送るのは嫌なんです。」「総司・・」「土方さん、病を向こうで治したら、必ず貴方の元に戻ります。だから・・」「解った。お前が病を治して俺の元に帰る日まで、待ってる。」歳三は総司の涙を優しく拭うと、彼の唇を塞いだ。「そうと決まれば、話が早い。君は、確か千君といったね?君も、俺と一緒に未来へ帰らないか?」「僕は、未来へ帰るつもりはありません。まだここで、やり残したい事があるんです。」千が薄井の誘いを断ると、彼は溜息を吐いた。「やはり君ならそう言うと思ったよ。」「それは、一体どういう意味ですか?」「京都を修学旅行中に失踪した高校生は、君の事だね?悪いが、君の事を色々と調べさせて貰ったよ。君が学校でいじめに遭っていたことや、家庭で義理の兄と弟との仲が余り良くない事も、全てね。」 薄井の言葉を聞いた千の顔が強張った。「それが貴方と何の関係があるんですか?」「君と俺のように、未来から“こちら側”へタイムスリップした人間の共通点は、何処にも居場所がない事だ。あの鈴江という芸妓も、未来の世界では男でありながら歌舞伎町で有名なホステスだったが、家族とは縁が薄かった。そういう俺も、家庭でも職場でも居場所がない寂しいおっさんさ。君がここへ来て新選組で自分の居場所を見つけ、精神的に成長していったのは解る。俺も、ある人の下で世話になって、色々と学んだからね。」「あの人とは、誰の事ですか?」「それは言えない。」薄井の態度を不審に思った歳三は、総司を自分の方へと引き寄せた。「総司、こいつと薄井の居る時代に行くんじゃねぇ。こいつは信用ならねぇ。」「土方さん・・」「どうして恋人の邪魔をするんです、土方さん?彼は病気を治して、貴方の傍にずっと居たいと思っているのに・・」 薄井はそう言って口元に冷笑を浮かべた。「てめぇ、一体何者だ?」歳三は愛刀の鯉口を切ると、総司を抱きながら薄井と距離を取った。「あ~あ、あと少しで上手くいく筈だったのになぁ。」態度を豹変させた薄井は、そう言って笑いながら蔵の入り口に立っている人物の方を見た。「まったく、土方君は全てがお見通しのようだね。」「伊東さん・・」 涼やかな声と共に蔵へと入って来た伊東を、歳三は睨みつけた。「あんた、一体何が目的でこんなことを・・」「薄井さんの話は大変興味深い。だから是非沖田君には彼の時代に行って、全てのものを見て来て欲しいんだ。」伊東の冷たい鳶色の瞳が、総司を射るように見た。「悪ぃが、あんたの思い通りにはさせねぇ。総司、行くぞ。」「はい。」 歳三と総司が蔵から出た後、蔵の中には千と伊東、そして薄井の三人だけとなった。「では伊東さん、僕もこれで失礼します。」「待ちなさい、荻野君。貴方に折り入って頼みたいことがあるのです。」「頼みたいこと、ですか?」 伊東はそっと千に近づくと、彼の耳元で何かを囁いた。にほんブログ村
2016年10月28日
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千が蔵の中に入ると、そこには歳三と半裸の男の姿があった。「千、こいつは薄井と言って、お前と同じように未来から来た人間だそうだ。」「え・・」千が歳三の言葉に動揺しながら薄井の方を見ると、彼は口端を上げて笑った。「その反応からすると、信じられないといったような気持ちだろう?だが、現に俺以外にも未来から来た人間がこの幕末の京に居る。たとえば、今祇園で絶大な人気を誇っている芸妓・鈴江。」「何だと!?」「その口ぶりだと、鈴江を知っているようだな?」「ああ。俺の小姓にあいつの素性を探るよう、潜入捜査を命じてある。まさか、あの芸妓が未来から来た人間だとは・・」「薄井さん、とおっしゃいましたよね?貴方は何の目的で新選組の屯所に忍び込んだのですか?」千はそう言うと、薄井を見た。「俺は沖田総司の命を救いに来た。そう言えば納得してくれるか?」「それはつまり、沖田さんを現代に、21世紀の日本に連れて行くという事ですよね?その方法はあるんですか?」「ああ。俺の予想だと今夜オーロラが京の上空に現れる。その時、未来と過去を繋ぐ“時空の扉”が開く。俺は沖田総司を連れて現代に行き、彼の病気を完治させた後幕末に送り届けるつもりだ。」 薄井の話を聞いた後、千は何かを考え込んだような顔をして溜息を吐いた。「貴方の言いたいことは解りました。ですが、問題は沖田さんが貴方の話を聞いて納得するかどうかです。」「それは考えていなかったな。でも不治の病が治ると聞いたら、あの人は喜んで俺と現代に・・」「そんなに単純な事ではありませんよ。今の沖田さんは、精神状態が不安定なんです。病気で弱っている所為かもしれませんが、土方さんと離れることを知ったら、恐らく沖田さんは自害すると思います。」 薄井は千の話を聞いて驚きのあまり絶句した。「え・・まさか、土方歳三と沖田総司は恋人同士だと君は言いたいのか?」「その通りです。正確に言えば、お二人は夫婦です。薄井さん、貴方が現代へ沖田さんを連れて行くという事は、沖田さんを土方さんから引き離すという事ですよ。」「・・畜生、上手くいくと思ったんだがな・・」薄井はそう言うと苛立ったかのように頭を掻いた。「薄井、総司はお前の時代に行けば・・未来に行けば、労咳で死ぬことはないんだな?」「ああ。」「そうか・・なら、総司を未来に連れて行ってくれ。あいつの病が治るんだったら、俺はあいつと離れていても大丈夫だ。」「土方さん・・」「あいつが未来に行っても、労咳が治ればまたこっちに戻って来るんだろう?その日がいつになるのかはわからねぇが、俺はあいつが帰って来るのを待つだけだ。」 歳三がそう言って笑った時、蔵の中に誰かが入って来た。「その話は本当なんですか?」「総司・・」 歳三達が振り向くと、そこには彼らを驚愕の表情を浮かべながら立っている総司の姿があった。「総司、お前何処まで話を聞いてたんだ?」「最初から聞いていました。」 総司はそう言うと、視線を歳三から薄井へと移した。にほんブログ村
2016年10月28日
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「副長、斎藤です。」「どうした、何かあったか?」「蔵の中で例の男を尋問していますが、一向に吐きません。奴は、土方さんを呼べと言っております。土方さんに話したいことがあると・・」「そうか・・」 蔵で謎の男を尋問していた斎藤からの報告を受けた歳三は、彼と共に蔵へと向かった。「漸く来たな、土方。」 蔵に歳三が入って来ると、謎の男は口元に不敵な笑みを浮かべて彼を見た。「お前ぇは何者だ?何故新選組の屯所に忍び込んだ?」「それは出来ない・・」男の目が、歳三から斎藤へと移った。「斎藤、お前は席を外してくれ。」「しかし副長・・」「こいつは逆さ吊りで何もできねぇよ。こいつが妙な真似をしたら俺が斬る。」「解りました。」斎藤はそう言うと、隊士達を引き連れて蔵から出て行った。「さてと、邪魔者は居なくなったし、これでお互いに腹を割って話せるな?」「ああ。自己紹介が遅れたな、俺は薄井亮。俺が新選組の屯所に忍び込んだのは、あんたに話したいことがあったからだ、土方さん。」「俺に話してぇ事とは何だ、薄井?」「あんたの恋人・・沖田総司の事だ。あの人は末期の肺結核に罹っている。このままだとあと数年経ったらあの人は死ぬしかない。」「そんなの、知っているさ。だが、俺は総司の傍に居てやりてぇんだ。あいつの命がある限り、あいつの傍に寄り添ってやりてぇんだ。」そう言った歳三の紫紺の瞳から涙が流れた。「俺なら、沖田総司を救ってやる事が出来る。あんたの恋人を、不治の病から救ってやれるんだ。」「どういう意味だ?」「こんな事を話せばあんたは信じて貰えないかもしれないが、俺は未来から来た人間だ。俺が居る時代では、肺結核は薬で治るんだ。」「お前ぇが未来から来た人間・・だと?」歳三は疑惑に満ちた目で薄井を見た。 彼の言葉は信じがたいものだったが、薄井と同じように未来から来た千の存在を、歳三は思い出した。 千と同級生だった栗田という少年も、彼と同じ未来から幕末へと来た人間だった。二人以外にも、未来から幕末に来た人間が居るという可能性は高い。「単刀直入に言おう。薄井、総司を救える方法はあるのか?」「ああ。あんたの恋人を俺が未来に・・俺が居る時代へと連れて行く。」「そんな夢物語みてぇな事が出来る訳がねぇだろうが。そんな嘘を吐いて俺を騙そうたぁ・・」歳三が腰に帯びている和泉守兼定に手をかけようとすると、薄井が慌てて口を開いた。「今夜オーロラが京の上空に現れる。その時、時空の扉が開く。」「今の話、詳しく聞かせろ。」「わかった。でもその前に、俺を下ろしてくれ。」歳三は舌打ちし、愛刀の鯉口を切ると薄井の足首を拘束している荒縄を切り落とした。「お前ぇが言う、“時空の扉”ってのは何だ?」「俺が幕末に飛ばされたのは、京都でオーロラを観察していた時の事だ。普通オーロラは北米や北欧のような寒い所でしか現れないから、珍しいと思ってカメラで撮影しようとした時、地震に遭った。そして、平成から幕末へと飛ばされた。」「土方さん、千です。入っても宜しいでしょうか?」歳三が薄井の話を半信半疑で聴いていると、外から千の声が聞こえた。「俺の他にも、タイムスリップした人間が居るんだな?」「薄井、お前ぇの話を俺は完全に信じた訳じゃねぇ。だが、お前ぇがもし倒幕派の人間なら、こんな手の込んだ嘘は吐かねぇ。暫くお前の身柄は俺が預かっておく、いいな。」 歳三はそう言うと薄井に背を向け、千を蔵の中へと招き入れた。にほんブログ村
2016年10月28日
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「何をするんですか!?」 突然斎藤から抱き締められ、彼の腕の中で身を捩った千だったが、彼の身体はビクともしなかった。「暫くこうしていろ。」斎藤はそう言うと、千に茂みの傍を見るよう目配せしてきた。千が茂みの方を見ると、そこには誰かがじっと副長室の様子を窺っている男の姿があった。「これからどうするんですか?」「相手が茂みから出た時、俺が合図をするからお前は相手の退路を断て。」「はい。」 やがて茂みの中に居た男は、注意深く周囲を観察しながら茂みの中から出て来た。「貴様、何処へ行く?」 眼前に刃を突きつけられ、男は舌打ちして裏口から外へと逃げようとしたが、千がすかさず彼の退路を断った。「逃がしませんよ!」「女、そこを退け!」苛立った男はそう千に怒鳴ると、懐から隠し持っていた匕首(あいくち)を取り出した。千は咄嗟に戸に立てかけられてあった箒(ほうき)を掴むと、男が匕首を振り翳した時に出来た隙を狙い、箒の先で男の手首を打った。「くそっ!」「新選組の屯所に忍び込んで無事に逃げられると思うなよ?」斎藤はそう言って男を睨みつけると、騒ぎを聞きつけて中庭にやって来た数人の隊士達に彼を捕縛するよう命じた。「どうした、一体何があった?」「先ほど中庭で不審者を捕えました。尋問は俺がしますので、副長はお部屋にお戻りください。」「わかった、後は任せたぞ、斎藤。」斎藤は副長室の襖が閉まる前、慌てて寝間着を着ようとしている総司の姿を見た。 斎藤達が捕えた男は、尋問部屋として使っている蔵で逆さ吊りにされた。「貴様の名を聞こうか?何故お前が屯所に忍び込んだのかは、後で聞こう。」「俺は、何も言わぬ。お前のような奴に名乗る名などない!」「そうか・・では、少し痛い目に遭えば吐く気になるだろうな?」普段は冷静沈着な斎藤の琥珀色の瞳に怒りの光が宿った。蔵から手負いの獣のような叫び声が聞こえ、千は恐怖で身を震わせた。「千、お前さっき斎藤と不審者を捕まえたんだってな!」「そんな・・僕は咄嗟に男の動きを封じただけです。」「この前は朝稽古を受けて吐いていたお前が、箒一本で大の男を倒しちまうなんて、お前も立派に成長したんだな!」「有難うございます・・」 原田と平助に今朝の事を褒められ、千はそう言って照れ笑いを浮かべた。 一方蔵では、斎藤の厳しい尋問に対して、男は頑なに口を閉ざしたままだった。「土方を呼べ・・あいつに用があって、俺はここに来た・・」「副長はお忙しい、お前のような男の相手をしている暇などない。」「そう言って俺を馬鹿にしているのも、今の内だぞ。」男は俯いていた顔を上げ、爛々と光る黒い双眸で斎藤を睨んだ。「ここはお前達に任せる。あいつが逃げぬよう、見張っておけ。」「はい。」嫌な予感がする―そう思いながら斎藤は蔵を出て、副長室へと向かった。にほんブログ村
2016年10月28日
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1879(明治12)年5月5日、フランス・パリ。 函館で新政府軍に敗れ、ブリュネから懇願されて彼と共にフランスという異国へ渡ってから早十年もの歳月が過ぎようとしている。 はじめは生活習慣の違いから慣れなかったパリでの生活も、一月ほどしたら慣れるようになり、たどたどしかったフランス語も、今や流暢に喋れるようになった。 日々の忙しさに追われ、歳三はこの日が自分の誕生日だという事を忘れそうになっていた―海を隔てた島国・英国から自分宛の贈り物が届くまでは。 小包の封を解いた歳三が中から取り出したのは、濃紺のベルベットの箱に入れられていたエメラルドのネックレスだった。 小包には、一枚の手紙が添えられていた。―土方さん、お誕生日おめでとうございます。エメラルドのネックレスは、職人さんに注文して作って頂きました。貴方の誕生日に間に合って良かったです。エメラルドの宝石言葉は、“幸運・幸福・夫婦愛”だそうです。沖田さんの魂が、貴方の傍で寄り添ってくださいますように。 千― 千からの手紙を読み終えた後、歳三はそっとエメラルドのネックレスを手に取った。 初夏の陽光を受けて美しい輝きを放っているエメラルドは、歳三が愛した彼の人―総司の瞳を思い出させた。 いつも自分の傍に居てくれた総司。 だが、その総司はもうこの世には居ない。―土方さん ふと目を閉じれば、総司が自分に向かって微笑んでいる。 総司は白無垢姿で、高島田に結われている黒髪に鼈甲の簪と櫛が映えていた。 その姿は、まるで天女のような美しさだった。だが、一番美しかったのは、彼の美しい翡翠の瞳だった。「総司!」 総司を抱き締めようと歳三が手を伸ばすと、彼はまるで煙のように歳三の前から消えてしまった。呆然とする歳三の足元には、エメラルドのネックレスが転がっていた。(会いに・・来てくれたんだな)歳三はエメラルドのネックレスを拾い上げるとそれを首に提げ、指先でそれにそっと触れた。総司は―総司の魂は自分がこの命を終えるその瞬間まで自分と共にあるのだ。(あいつも、粋な事をしやがる・・)歳三の脳裏に、いつも自分に怯えている癖に、自分に構う口煩い小姓だった少年の姿が浮かんだ。 彼の誕生日はもう過ぎてしまったが、彼の誕生石であるアメジストのネックレスを贈ろう―そんな事を思いながら、歳三は住んでいるアパルトマンから外へと飛び出した。 初夏の風が、歳三の頬を優しく撫でた。 ツィッターに載せていた小説を纏めてみました。140字で小説を書くのは難しいし、細かい描写を書こうとしても制限がかかって書けないので、わたしには向かないかな。にほんブログ村
2016年10月18日
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※BGMと共にお楽しみください。「今夜は少し飲み過ぎちゃいましたね?」「あぁ、そうだな。」 祝宴が終わり、初夜を過ごす為副長室へと向かった歳三と総司は、そんな事を話しながら廊下を歩いていた。 自分の隣を歩く総司が、いつもよりも美しく見えて歳三は思わず生唾を呑み込んだ。「どうしたんですか、土方さん?」「いや、何でもねぇよ。」「あ、もしかして今わたしに見惚れていました?」「う、うるせぇ!」「ふふ、照れ屋さんなところは昔から変わっていませんね。」そう言って笑った総司の顔は、何処か輝いて見えた。「お前ぇ、綺麗だな。」「そうですか?」「あぁ、とても綺麗だ。今からお前ぇを抱くのが待ちきれねぇよ。」 歳三は総司を抱き寄せると、彼の唇を塞いだ。始めは小鳥同士が啄(ついば)むような口づけは、互いの唇を貪り合う激しいものとなってゆく。「土方さん・・」「今夜は寝かさねぇよ。」総司に微笑んだ歳三は、彼を横抱きにするとそのまま副長室に入った。「土方さん、愛しています。」「あぁ、俺もだ。」 美しい刺繍が施されたウェディングドレスに縫い付けられた真珠のボタンを一つずつ外しながら、歳三は総司の首筋を強く吸った。「どうして男として生まれちまったんだろうな、俺も、お前も。」せめて総司が女として生まれていたら、普通に夫婦になって、子供を作って、平穏な家庭を築けたかもしれないというのに。 神様は、何故自分達に残酷な事をするのだろう。「わたしは、男として生まれて良かったと思いますよ。だってもしわたしが女として生まれていたら、こうして貴方と肩を並べて京に行くことなんてなくて、ずっと江戸で貴方の帰りを待つだけの日々を送っているだけでしたもの。そんなの、絶対に嫌です。」「総司・・」 総司の自分を見つめる翡翠の双眸が涙で潤んでいることに歳三は気づいた。「貴方と出会わなければ、こんなに広い世界を見ることはなかった。だから土方さん、わたしを愛したことを後悔しないでください。」「総司・・」総司は、自分の頬を濡らす涙に気づいた。歳三を見ると、彼は紫紺の瞳から大粒の涙を流していた。「どうして、俺は泣いているんだろうな?」「泣いてもいいんですよ。誰も笑いませんから。」「そうか・・」「土方さん、わたしも貴方を愛したことを後悔していません。今も、これから先もずっと。」 総司は歳三の黒髪を優しく梳くと、彼からの口づけを受けた。 恋人たちの夜が、静かに更けていった。 翌朝、千が副長室の前に行くと、中から総司と歳三が睦み合う声が聞こえた。「おはようございます、土方さん。朝餉の支度が出来ました。」「わかった。後で総司と広間に行くとみんなに伝えろ。」「はい、解りました。」 千が広間に行くと、斎藤が彼の前に立った。「千、ちょっと俺と来てくれ。」「は、はい・・」斎藤に連れられ、千は人気のない中庭へと向かうと、彼はいきなり千を抱き締めた。にほんブログ村
2016年10月16日
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※BGMと共にお楽しみください。 千尋が握り締めている鋏で、彼がこれから何をしようとしている事など千は解っていた。だが、聞かずにはいられなかった。「貴方は、残酷な方ですね。何故わたしにそんな事を聞くのですか?」「だって・・」千尋は鋏を握り締め、それを自分の喉元に突き付けた。「やめろ、荻野君!」「斎藤先生、ここで死なせてくださいませ!」「馬鹿な事をするな!」 副長室に入って来た斎藤は、そう叫ぶと千尋の頬を平手で打った。その拍子に、千尋の手から鋏が落ちた。「ずっと土方さんの事を想っていたのだろう?」「斎藤先生・・」千尋が俯いていた顔を上げると、斎藤は苦痛に満ちた目で自分を見つめていた。「叶わない恋をするお前の辛さは解る。俺もお前と同じだからだ。」そう言った斎藤が千尋に向ける瞳は、何処か優しかった。「お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありませんでした。」千尋は手の甲で乱暴に涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。「おかあはん、うちこれからお座敷があるので失礼してもよろしおすか?」「そうか。夜道に気をつけてな。」「へぇ。」 広間に戻った千尋は菊枝に断り屯所から出ようとした時、斎藤が彼の後を追って来た。「一人で夜道を歩くのは危ないだろう、俺が一緒に行く。」「斎藤先生は、副長たちの元へお戻りください。」「鈍いな。俺もお前と同じ叶わない恋をしている身だ。お前をお座敷まで送り届けるまで、ちょっと話をしないか?」「解りました。」 斎藤と千尋が屯所から出ると、広間の方から歓声が聞こえて来た。 しんしんと降り続く雪の中を千尋が斎藤と並んで歩くと、彼は溜息を吐いてこう言った。「俺はあの人の事が・・総司の事が好きだった。だがあいつは、昔から土方さんの事しか見ていない。それは土方さんも同じだ。二人の間には誰も入る隙間はない。だからこそ、お前と俺は辛い思いをしている、そうだろう?」「斎藤先生は、全てを解っていらっしゃるのですね。」千尋は溜息を吐くと、斎藤を見た。「もうあの方の事は諦めます。あの方にはもう、大切な伴侶がいらっしゃいますから。」「そうか。」「斎藤先生、送ってくださって有難うございました。」「いや・・じゃぁ俺はこれで失礼する。」 斎藤が千尋をお座敷まで送り届け、屯所へと戻っている頃、屯所の広間では純白のウェディングドレスに身を包んだ総司が近藤達から祝福を受けていた。「綺麗だぞ、総司・・」「もう、近藤さんったらまた泣いて・・」「仕方ないだろう、あんな小さかった宗次郎がこんなに立派になって・・」「ったく、それさっきも聞いたぜ近藤さん。」 三人の会話を聞きながら、千は副長室で見た千尋の蒼褪めた顔を思い出していた。 “貴方は、残酷な方ですね。”そう言った千尋の頬を濡らす涙の意味を、千はまだ知らない。「どうした、千?あんまり食べていないようだけど、何かあったのか?」「いいえ、何でもありません。それよりも沖田さんのウェディングドレス姿、綺麗ですね・・頑張って作った甲斐がありました。」 千は総司の笑顔を見ながら、ウェディングドレスを作って良かったと思った。にほんブログ村
2016年10月16日
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※BGMと共にお楽しみください。 1866(慶応二)年元旦。 この日、新選組が屯所を構える西本願寺に近い神社にて、総司と歳三の“祝言”が行われた。「沖田先生、お似合いです。」「沖田さん、凄く綺麗・・」「二人とも、有難うございます。」 美しい白無垢に身を包み、文金高島田に結い上げた艶やかな黒髪に鼈甲の簪と櫛を挿した総司は、まるで天から舞い降りて来た天女のように美しかった。 彼の右隣に居る千尋は、黒紋付の振袖とだらり帯という舞妓の正装姿で、左隣に立っている千は何故か真紅の振袖姿だった。「あの、荻野さんはいいとして、どうして僕も女装しないといけないんですか?」「そりゃぁ、華があるからに決まっているでしょう?」「そうですか・・」「さてと、それじゃぁ行きましょうか?」「はい。」 元旦の参拝客でごった返す社の中に突如現れた花嫁と花婿の姿に、彼らは一瞬どよめいた。 白無垢姿の花嫁は天女のように美しく、黒羽二重の紋付羽織姿の花婿は凛々しく涼やかな美しさがあった。 神主の祝詞と共に、花嫁と花婿が三々九度の誓いを交わすと、参拝客達の中から溜息が零れた。「見てみぃ、花嫁さんの綺麗なこと。正月からええものを見たわ。」「ほんまやなぁ。花婿さんもえらい凛々しゅうて惚れてまいそうやわ。」「それよりもあの子らも美しいなぁ。」 祝言が終わり、総司達が神社から屯所に戻ると、『いちい』の女将である菊枝が彼らを出迎えた。「本日はお二人ともおめでとうさんどす。」「有難うございます、女将さん。」「土方さん、そんなところに突っ立ってないで中に入って来いよ!」「うるせぇなあ、わかったよ!」 歳三が総司の手を引きながら広間に入ると、隊士達が二人を見てどよめいた。「トシ、総司、今日はおめでとう。」「近藤さん、何も泣くこたぁねぇだろう。」「済まん。だが総司の事を実の兄代わりに見てきた俺にとっては、こんな日が来るとは思わなくて・・もう嬉しくて泣き足りん!」 二人の元に酌をしに来た近藤はそう叫ぶと、大きな声で泣いた。「ったく、仕方ねぇなぁ、勝っちゃんは・・」歳三は半ば呆れ顔で親友を見ながらも、口元には笑みを浮かべていた。「今夜は無礼講だ、沢山飲め!」「お~!」 千は婚礼の宴の最中、厠へ立つ為にこっそりと宴から抜け出した。喧騒に満ちた広間から一歩廊下へと出ると、そこは不気味なほど静まり返っていた。(お二人とも、幸せそうだったなぁ・・) そんな事を思いながら厠から出て広間へと戻ろうとした千は、副長室の方から何か物音が聞こえてくることに気づいた。 慣れない振袖の裾を捌きながら千が副長室へと向かうと、そこには舞妓姿の千尋が鋏を握り締めながらウェディングドレスの前に立っていた。「荻野さん、何をしているんですか!?」 千の声に気づいて振り向いた千尋の顔は、月光を受けて蒼褪めていた。にほんブログ村
2016年10月16日
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(今何か物音が聞こえたような気がしたけれど、気のせいかな。) 千がそんな事を思いながら廊下を歩いていると、再び庭の方から物音が聞こえて来た。「誰か居るんですか?居るんだったら返事をしてください!」 千が庭に向かってそう声を掛けると、ガサガサという物音と共に一匹の猫が茂みから出て来た。 猫はゆっくりと千の方へと近づいてくると、おもむろに廊下にジャンプして千の足元に自分の身体を擦り付けて来た。 野良猫にしては随分と人に懐いているな―千がそんな事を思っていると、副長室から歳三が出て来た。「千、そんなところで何をしていやがるんだ?」「いえ、急に茂みから飛び出してきて・・」「何だ、またこいつか。」 歳三はそう言うと、呆れたような表情を浮かべながら猫を見つめた。「土方さん、この猫の事を知っているんですか?」「知っているも何も、こいつは毎日厨に入って来ては数少ないおかずを盗みやがる。誰が餌をやっているのかは知らねぇが、よっぽどここが気に入ったみてぇで、何度追い払ってもちゃっかりと居座っていやがるんだ。」「そうなんですか。でもこの猫、土方さんに凄く懐いているように見えますけど?」千は歳三の足元に身体を擦り付け、甘えた声を出している猫を見ながらそう言うと、歳三は軽く咳払いして猫を自分の足元から退かそうとした。 だが猫の方が一枚上手で、猫は爪を歳三の袴に食い込ませ、何かを催促するかのように鳴き出した。「ったく、しょうがねぇなぁ・・」歳三は舌打ちすると、懐から菓子を取り出し、それを猫に与えた。猫は直接歳三の口から菓子を食べ終えると、満足そうな様子で鳴いて副長室へと入っていった。「千、この事はみんなには内緒だぞ?俺が猫なんざ飼ってるなんて知られたら、鬼副長の威厳も何もねぇからな。」「解りました、誰にも言いません。」「最近寒いから、こいつを膝の上に載せて仕事をしていると、ちょっとした火鉢代わりになるんだよ。」 文机に座って書類仕事をしていた歳三は、そう言うと猫の白い毛皮を優しく撫でた。「それじゃぁ、僕は先に広間の方へ行ってますね。」「ああ。」 千が近藤達の居る広間へと向かうと、そこには近藤達と一緒に楽しく夕餉を食べる総司の姿があった。「沖田さん、こちらにいらっしゃったんですね。」「ええ。一人でご飯を食べるのも何だか味気なくて、来ちゃいました。土方さんは?」「土方さんなら、片付けたい仕事があるとか言って、まだお部屋に・・」「そうですか。ということは、またあの猫が土方さんの所へ遊びに来たんですね。」「え、沖田さんあの猫の事を知っていたんですか?」「知っているも何も、あの猫を土方さんが飼っている事はみんな知っているって。」「土方さんは必死にその事を隠そうとしているけれど、バレバレなんだよなぁ。」「そうだったのですか・・」 広間で千が夕餉を食べている頃、副長室では歳三が大きなくしゃみをしていた。(さてと、そろそろ夕餉を食いに行くか。) 仕事を終えた歳三が副長室から出て広間へと入った時、近藤達が自分の背後を指差しながら笑っていることに気づいた。「何だ、どうした?」「土方さんは本当に、その猫と仲が良いんですね。」 歳三が振り向くと、そこにはあの白猫が自分の袴に身体を擦りつけていた。にほんブログ村
2016年10月16日
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「おかあさん、只今戻りました。」「お帰りやす。」 屯所で仕事を終えた千尋が『いちい』に戻ると、お座敷から帰って来た鈴江が彼に絡んできた。「随分と遅かったね、何処へ行っていたの?」「それは、貴方には関係のない事です。」「ふぅん、そう。そういえば昼間、西本願寺に呉服屋が来たそうだよ。噂だとあの土方が祝言を挙げるってさ。相手は誰なのだろうねぇ?」「さぁ、存じ上げません。あの土方の所に嫁入りする女子は、大層肝が据わっている方なのでしょうね。」 千尋は総司と歳三の祝言の事を聞きつけた鈴江から話を振られ、淡々とした口調で答えると、彼は舌打ちして二階の自室へと消えていった。(壁に耳あり、障子に目あり・・油断できませんね。) 一方、西本願寺にある新選組の屯所では、呉服屋が長崎から取り寄せたウェディングドレスの生地を歳三達に見せていた。「こちらはエゲレスで最高級のものを取り寄せたものどす。」「見事なものだな。生地もいいし、刺繍の模様も気に入った。これなら総司に似合いそうだ。」「おおきに。」「これは生地の代金とは別に俺からの礼金だ。」歳三はそう言うと、呉服屋に懐紙で包まれた小判を手渡した。「うわぁ、綺麗。まさかこんなに早く来るとは思ってもいませんでした。」 副長室に入った千は、畳の上に広げられた純白の生地を見て歓声を上げた。「これから色々と教えてくれよ、千?」「はい、喜んで!」 千が歳三と共にウェディングドレスを縫い始めた時、副長室に近藤がやって来た。「トシ、頑張っているな。」「あぁ。これを着て総司が喜ぶ顔を早く見てぇんだ。」「そうか。それにしても千君はどうして縫物が得意なんだ?」「母がウェディングドレスの職人さんをしていて、昔何度か母の仕事場に行っては母が仕事をする姿を見ていたので、独学で覚えました。それに、裁縫が好きなので、将来は母と同じような仕事に就きたいと思っています。」「志が高いのはいいことだ。トシ、俺はもう行くぞ。」「あぁ、気を付けて行けよ、近藤さん。」会津藩の会合へと向かう近藤を見送った歳三は、再び千とウェディングドレス作りに精を出した。「西洋の着物は縫う所が多くて大変だな。」「そうですね。まぁ、僕は和裁の方が洋裁とは勝手が違うので未だに慣れませんね。」 千と歳三がそんな話をしていると、副長室に総司が入って来た。「綺麗ですね。本当にわたしが着てもいいのですか?」「いいに決まってんだろう。お前ぇの為に特別にこの生地を取り寄せたんだぜ。」「何だか夢みたいです、わたしが土方さんのお嫁さんになるなんて。」総司は嬉しそうにウェディングドレスの生地を撫でると、そう言って笑った。 その横顔を見ながら、千は新選組がこれからどんな運命を辿るのかを知っているので少し居た堪れない気持ちになった。「どうした、千?」「いえ、何でもありません。」(余計な事は考えるな。目の前の事に集中しろ。)そう自分に言い聞かせ、千は作業を再開した。 その日の夜、千が夕餉の支度を終えて厨から出ようとした時、庭の方から何か物音がした。にほんブログ村
2016年10月13日
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「沖田先生、大丈夫ですか?」「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、千尋君。」「でも、意識を取り戻したばかりで本調子ではないし・・」「二人とも、心配し過ぎですよ。」 総司はそう言うと、瓜二つの顔をした少年達に微笑んだ。「それにしても千尋君、女子姿がさまになっていますね。舞妓の仕事は順調ですか?」「はい。忙しくて沖田先生の所にお顔をお見せすることが出来ず、申し訳ありませんでした。」「謝らなくてもいいんですよ。君には大切な仕事があるのですから。」 総司達が副長室の前に立つと、中から近藤と歳三が話し合う声が聞こえた。「トシ、お前はいつも無茶な事ばかりして・・水垢離をして倒れたと平助から聞いた時、俺はお前に何かあったらと思うと・・」「風邪くらいどうってことねぇよ、近藤さん。俺ぁいつでも総司の代わりに何度でも死んでやるよ。あいつが生きてくれていたらそれでいいんだ。その為なら、何だって俺はやるぜ。」「トシ・・」 歳三の言葉を聞いた近藤が彼を見つめていると、突然背後の襖がすっと開き、千と千尋に両脇を支えられた総司が現れた。「土方さん、貴方がわたしを助けてくれたのですね。」「総司・・」 歳三は驚愕の表情を浮かべたかと思うと、総司を抱き締めた。「良かった、お前ぇを失わずに済んで良かった!」 いつもの冷徹な鬼副長の顔は消え、歳三は一人の人間を愛する生身の男の顔をしていた。「ご心配をおかけしてしまって、申し訳ありません。」「お茶、いれてきますね。」千がそう言って副長室を後にしようとした時、歳三が千の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。「千、お前もここにいろ。これからお前達に大切な話をしなくちゃなんねぇからな。」「大切な話、ですか?」「ああ。今はまだみんなには内緒だが、近々俺は総司と祝言を挙げようと思っている。」「祝言、ですか?」「男同士で祝言を挙げることがそんなにおかしいか?」「いえ・・」「男同士が祝言を挙げるなんざ、無理に決まってる。そこで、近藤さんには色々と根回しして貰いてぇんだが・・」「そんな事を言って、もう会津藩への根回しは済んでいるんだろう、トシ?」近藤の言葉に、歳三は口元に笑みを浮かべた。「・・あんたには全てがお見通しだな。」「当たり前だろう、お前と何年一緒に居たと思ってるんだ。」「あの、僕達はどうすれば・・」「お前ぇ縫物が得意だろう?総司の花嫁支度を手伝ってやってくれねぇか?」「はい。」「荻野、お前ぇも色々と忙しいかと思うが、千を手伝ってやっちゃくれねぇか?」「解りました。」「総司の白無垢くらいはこちらで用意しといてやる。千、お前ぇが居た所では花嫁は白無垢を着るのか?」「ええ。でも大抵の方はウェディングドレスを着て祝言を挙げます。」21世紀ならばウェディングドレスを簡単にインターネットや専門店などで購入したり、レンタルしたり出来るが、千が居る幕末では船便でその材料となる高価な布を取り寄せるだけでも難しい。「そうか。異国の布を取り寄せるには金も時間もかかるか・・俺がその“どれす”とやらを仕立ててやってもいいな。」「仕立てるって、土方さんが沖田さんのドレスを作るのですか?」「他に誰がやるんだ、馬鹿野郎。こう見えても俺ぁ呉服屋に奉公していたことがあるから、縫物は一通り出来るんだ。」「洋裁は和裁とはやり方が違いますから、僕が作り方を教えます。」「宜しく頼む。」 こうして、総司と歳三の祝言に向けての準備が、密かに始まったのだった。にほんブログ村
2016年10月13日
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「土方さんを副長室に運ぶぞ!」「は、はい!」 井戸の前で倒れている歳三の身体を斎藤と千は支えながら、彼を副長室へと連れて行くと、騒ぎを聞きつけた平助達がやって来た。「平助、山崎君を呼んで来てくれ。」「わかった。」歳三を布団の上に寝かせると、千は押し入れの中からリュックを取り出した。(確か、ここにあった筈・・) チャックのジッパーを開け、千はその中に手を突っ込むと、ある物を取り出した。「千、そこで何をしている?」「薬を探していました。」そう言った千が握っていたのは、現代から持って来た風邪薬とペットボトルの水だった。「それは何だ?」「風邪薬です。これを飲むと風邪がすぐに治ります。土方さんに効けばいいんですが・・」 千は風邪薬のカプセルを掌に載せ、もう片方の手でペットボトルのキャップを開けた。「土方さん、聞こえていますか?」 枕元の歳三に千がそう呼びかけると、彼は静かに頷いた。「薬を持って来たので、飲んでください。」「要らねぇ・・」歳三は身体を反転させ、千にそっぽを向いた。激しく咳込む彼の様子がとても苦しそうで、千は歳三の肩を掴んで自分の方へと引き寄せた。「何すんだ!?」「薬をお飲みにならないのなら、僕が飲ませます。」「要らねぇって言ってんだろうが・・」カプセルを口に含み、その中に水を流し込んだ千は、自分を睨みつけている歳三の唇を塞いだ。「ぐぅっ!」歳三は一瞬苦しそうな顔をしたが、水と薬を飲んだ。千のあまりにも大胆な行動に、斎藤は唖然としていた。「副長、お待たせいたしました!」副長室の襖が勢いよく開き、中に入ろうとした山崎は歳三と千が口吸いをしている姿を見て固まってしまった。「・・お邪魔でしたか。」「ち、違います!これは仕方なく・・」「山崎、誤解すんじゃねえぞ!」歳三は頬を赤く染めながらそう言うと、千を思い切り突き飛ばした。「てめぇ、いつまで俺とひっついていやがる、さっさと離れろ!」「はいはい、解りましたよ!山崎さん、後はお願いしますね。」副長室の襖を閉めて廊下に出た千は、元気を取り戻した歳三の姿を思い出し、口元に笑みを浮かべた。「千、土方さんは大丈夫なのか?」「はい。ちょっと斎藤さんと山崎さんにやばい所を見られてしまいましたけど。」「やばい所?」「いえ、こっちの話なので、気にしないでください。」「あ、そうだ、さっき荻野が戻って来たんだよ。今あいつは総司の部屋に居るぜ。」 平助はそう言うと、歳三の様子を見に副長室へと駆けていった。「荻野さん、居ますか?」「千君、お入りなさい。」 襖越しに総司の声が聞こえ、千が襖を開けると、そこには女子姿の千尋と意識を取り戻した総司の姿があった。「沖田さん、意識が戻られたのですね!?」「ええ。皆さんにはご心配をおかけしました。千君、土方さんはどうしていますか?」「土方さんなら、風邪をひいてしまって、副長室で休まれています。」「そうですか。では土方さんのお見舞いに行かないと。」にほんブログ村
2016年10月10日
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総司が風呂場で意識を失ってから三日が経った日の朝。 千が副長室へ朝餉を持って行った時、部屋の主はそこには居なかった。(土方さん、一体何処に行ったんだろう?)歳三の姿を探し、千が屯所内を歩いていると、井戸の方から水音がした。 何だろうかと思いながら千が井戸へと向かうと、そこには白装束姿の歳三が水垢離を行っていた。 歳三は千が近くに居る事も気づかず、ただひたすらに冷水を頭から浴びていた。いつも高い位置で結んでいる彼の艶やかな黒髪は下ろされ、水に濡れたそれは朝日の光を浴びて緑色に美しく輝いていた。「土方さん、何をしているんですか?」「総司の意識は戻ったのか?」「いいえ。」 千がそう言って歳三の方を見ると、冷水を浴びた彼の均整の取れた美しい肉体が白装束の上から透けて見えた。「俺に用がねぇなら、さっさとここから立ち去れ。」「朝餉はどうしますか?着替えを持ってきましょうか?」「俺に構うな!」歳三は千に向かってそう怒鳴ると、触れようとした彼の手を邪険に払った。「土方さ・・」千が歳三の顔を見ると、彼の顔は何処か蒼褪めているように見えた。それに一瞬だが、歳三の手が燃えるように熱かった事に気づいた。「土方さん、もうやめてください!これ以上すれば身体を壊してしまいます!」「俺はどうなったっていいんだ、総司が俺の代わりに助かるくらいなら、俺は死んだって構わねぇ!」 そう言った歳三の声は、何処か震えていた。「もし土方さんが死んだら、沖田さんは悲しみます。自分の所為で土方さんが死んだら、沖田さんは一生その苦しみを背負っていかなければならないんですよ!?」「餓鬼が口を挟むな!」歳三から頬を平手打ちされ、じわりと痛みが走るのを感じた千は、歳三に背を向けて井戸から立ち去った。厨に千が駆け込むと、そこには朝餉の配膳を終えた平助が膳を片付けていた。彼は千の左頬が赤く腫れている事に気づいた。「どうしたんだ、千?何かあったのか?」「と、藤堂さん・・」「それ、土方さんにやられたのか?」平助からそう尋ねられた千は静かに頷くと、堪えていた涙を流した。「酷ぇ事しやがるなぁ、土方さん。総司の事で気が立っているのもわかるけどよぉ、何も千に八つ当たりする事ねぇだろう。」「僕が悪いんです。土方さんに余計な事を言ったから・・」「おい平助、一体何があったんだ?」 原田がそう言いながら厨に入ると、そこには泣いている千を前に困惑している平助の姿があった。「何千を泣かしてんだ?おい千、平助に何かされたのか?」「左之さん、千を泣かしたのは俺じゃなくて土方さんだって。土方さん、こんなに寒いのに水垢離をしていて千が止めようとしたら、殴られたってさ。」「土方さんの事は放っておいた方がいい。あの人は今色々と思いつめているからな。千も災難だったな。ほら、これで顔を拭けよ。」「す、すいません・・」原田から手渡された手拭いで涙と鼻水で汚れた顔を千が拭いていると、そこへ斎藤がやって来た。「千、副長はどちらに?」「土方さんなら井戸で水垢離をしています。今は行かれない方がよろしいかと・・」「何だと?千、今すぐ副長の所へ俺を案内しろ。」千の言葉を聞いた斎藤の柳眉がつり上がり、彼はそう言うと千の手を掴んで厨から飛び出していった。 千と斎藤が井戸へと向かった時、歳三が苦しそうに喘ぎながら地面に倒れていた。「土方さん、しっかりしてください!」千が歳三の身体を揺さ振り、彼の額に手を当てると、そこは燃えるように熱かった。にほんブログ村
2016年10月10日
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※BGMと共にお楽しみください。 屯所に戻り、千が風呂に入っていると、そこへ総司が入って来た。「千君、お邪魔しますよ。」「あ、はい・・」 同じ男であるというのに、総司の肌は自分よりもきめ細かく、長い黒髪は艶やかで美しい。 何処か儚げな美しさを持つ総司の首筋から腹に太腿に掛けて、鬱血の痕があることに千は気づいた。「沖田さん、それは・・」「ああ、これですか?虫刺され、何て下手な嘘では誤魔化されないですよね?」総司はそう言うと、千に微笑んだ。「土方さんに抱かれていたんです、さっきまで。」「え・・」 原田達から歳三と総司が恋人同士である事を知った千だが、まさか二人が肉体関係にあるとは思わなかった彼は、総司の言葉に驚く余り手に持っていた桶を落としてしまった。「あ、すいません!お怪我はありませんでしたか?」「大丈夫です。その様子だと、千君は初心なのですね。」総司はそう言ってクスクス笑うと、慈愛に満ちた母親のような目で千を見た。「ええ・・今まで一度も誰かと付き合った事がありません。沖田さんは、土方さんの何処に惹かれたのですか?」「そうですねぇ・・いつも自分が信じた道をまっすぐに進んでいくところですかね。わたしは幼い頃からあの人の背中を見続けてきました。土方さんは、わたしにとって実の兄のような存在でした。土方さんも、私の事を実の弟のように可愛がってくれました。」「そうだったんですか。いつから恋人同士になったんですか?」「上洛して、壬生浪士組だった頃からです。わたし達は周囲に関係を知られないように必死に隠していたんですが、全部無駄になっちゃいましたね。」そう言って笑った総司の顔は、何処か寂しそうに見えた。「あの、荻野さんに土方さんの事を頼んだっていう話は本当なんですか?」「ええ。もうわたしは永くは生きられないでしょう。松本良順先生からは、早いうちに療養した方がいいとまで言われました。でも、わたしはその時が来るまであの人の傍で剣を振るいたいんです。」「沖田さん・・」 千尋はこんな人から、歳三を頼むと言われたのか。“わたくしは、沖田先生には敵いません。もし副長と恋仲になったとしても、わたくしは沖田先生の代わりにはなれません。” 千の脳裏に、千尋が零した言葉が浮かんだ。あの時彼が漏らした本音の意味が、漸く解ったような気がした。「千君、どうかしましたか?」「いいえ、何でもありません。先に上がりますね。」 千が脱衣所で濡れた髪を布で拭いていると、そこへ歳三がやって来た。「千、総司は居るか?」「はい、今・・」 千がそう言って歳三の方を見た時、浴室から大きな音が聞こえて来た。「総司!」千が歳三と共に浴室に入ると、そこには意識を失った総司が倒れていた。「千、医者を呼んで来い!」「は、はい!」「死ぬんじゃねぇぞ、総司!俺を置いて逝くな!」 その日から、歳三は総司の意識が戻るまで彼の傍から離れようとしなかった。にほんブログ村
2016年10月08日
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※BGMと共にお楽しみください。 何がきっかけで、いじめが始まったのかは今でもわからない。ただ言えるのは、毎日が生き地獄のようなものだった。教室に入っても誰にも相手にされず、空気のように扱われていた。たまに栗田達から暴力を受けていたが、学校でのいじめは、家庭内のそれよりもましだった。家に帰っても、優秀な異父兄と可愛い異父弟の間に挟まれ、千はいつも気まずい思いをしていた。 何処にも、居場所がなかった。「自分が帰って来る場所があるって感じられることが、初めてなんですよね。新選組の皆さんと知り合って、こうして一緒に暮らせることが、何だか嬉しくて・・」「辛かっただろう、千。これからは俺達が居るからな!」千の話を聞いた永倉は、そう叫ぶと彼に抱きついた。「おうよ、俺達がお前の事を守ってやる!」「何があっても、お前を見捨てたりはしねぇから、安心しろよ!」「原田さん、永倉さん、藤堂さん・・」 千は涙で潤む瞳で、原田達を見つめた。 今まで、こんな温かい涙を流したことはなかった。 ひたすら感情を押し殺し、一人で居た。 その方が、楽だったから。 心の痛みに鈍感な振りをした方が、傷つかずに済んだから。 だが、新選組に出会えて、自分を必要としてくれる場所を見つけた。 自分の為に泣いて、怒ってくれる人達が居る。だからもう、何も怖くない。「皆さん、ありがとうございます。こんな事言って頂けたの、皆さんが初めてです。」「泣くことねぇだろう。」「そろそろ屯所に帰らないと土方さんの雷が落ちるぜ。」「ああ、あの人門限にはうるさいからな。」 原田達と千が小料理屋から出て、西本願寺にある屯所へと戻ると、案の定門前では歳三が仁王立ちして彼らの帰りを待っていた。「てめぇら、今まで何処をほっつき歩いていた!?」「いやぁ、千を労う会を開いていたんだよな?」「え、ええ・・」「そうか。千、今日は疲れただろうから、部屋でゆっくりと休め。」「はい。では失礼します。」「原田、てめぇらは後で副長室に来い!」 背後で歳三が原田達に雷を落としているのを聞きながら、千が屯所の中に入ると、総司が笑顔で千を出迎えた。「お帰りなさい、千君。」「ただいま戻りました、沖田さん。」 もう自分は一人じゃない。 ここが―新選組が自分の居場所で、自分の帰りを待ってくれる人が居るから。にほんブログ村
2016年10月08日
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秋祭りの後、本宮を後にした千達は、夕食を取りに近くの小料理屋へと入った。「まぁ、江戸に居た頃の俺達なら二人の関係はもう解っているけれど、新参者のお前には解らねえのは当然だよな。」「す、すいません・・」「別に謝らなくてもいいって。」 平助はそう言うと、千の肩を叩いた。「いつから、お二人は恋人同士となったのですか?」「それは俺らにも解らねぇな。まぁ、自然のなりゆきだろうよ。」「何せあの二人は、江戸に居た頃からいつも一緒だったからなぁ。」「そうですか・・」「他人の色恋に口出しは無用だが、ここだけの話、荻野は土方さんに惚れてんだ。」「え!?」原田から衝撃的な事実を知らされ、千は思わず大声で叫んでしまった。「馬鹿、大きな声を出すんじゃねぇ!」周囲の客達から怪訝な視線を送られ、慌てた平助はそう言うと平手で千の頭を叩(はた)いた。「荻野が新選組に入隊したのは、池田屋事件が起こる前の年だったな。剣の腕が一流だから、本人は一番隊に入隊したいって近藤さん達に希望したんだが、あの美貌だろう?その頃男色が体内で流行ったりして、土方さんは荻野をあいつの事を邪な目で見る奴らから守る為に自分付きの小姓にしたんだよ。」「へぇ、そんな事があったんですか。」「荻野はかなり機転が利くし、いいとこのお坊ちゃんなのに家事全般完璧だしよ。その上あの美貌だろ?あいつが入隊してからたちまち隊士達から恋文を貰ったりしてそりゃもう大変だったんだぜ。」 平助は当時の事を思いながら溜息を吐くと、少し温くなった茶を飲んだ。「土方さんは、そんな事が起きるのを予想して、荻野さんを自分の小姓にしたんですね?でも、どうして荻野さんは土方さんに片想いしているんですか?」「荻野が入隊してから七日位経った時、あいつが告白を断られた隊士から無理矢理犯されそうになって、寸前のところで土方さんがあいつを助けたんだ。その日からかな、あいつが土方さんを見る目が変わったのは。」「でも、土方さんには沖田さんが・・」「土方さんには総司が居る。でも土方さんには惚れずにはいられない。そこで総司からあんな事言われて、土方さんの事を諦められずにいる。報われなくて可哀想だな、荻野は。」「報われない片想いをしているのは、荻野だけじゃねぇよ。斎藤だって江戸に居た頃からずっと総司に惚れてる。でも総司は土方さんだけしか見ていない。」「お二人とも報われない片想いをなさっているのですね、荻野さんも、斎藤さんも。」「そういう千は、誰か好きな奴でも居るのか?」「今のところ居ないです。でももし好きな人が出来たらすぐに告白しようと思っています。」「千は純粋でいいよなぁ、何だか俺急に若返ったような気がするぜ!」「馬鹿な事言うなよ平助、てめぇは俺よりも年下だろうが!」原田はそう言うと、平助の頭を両腕で抱え込んだ。「苦しいって、さのさん!」「うるせぇ、俺を怒らせたおめぇが悪い!」「お二人とも、仲が良いんですね。僕、あんまり友達居なかったから、何だか羨ましいなぁ。」「友達が居ねぇって嘘だろう?お前ぇみてぇな良い奴を放っておく奴が居るのかよ?」「友達が居る、居ないの問題以前に、僕いじめられていましたから。」 千がそう言って原田達の方を見ると、彼らは何処か居心地が悪そうな顔をしていた。「皆さん、どうしました?僕、変な事言っちゃいましたか?」「無理に辛いことを話さなくてもいいんだぜ?誰だって辛い過去のひとつやふたつくらいある。」「今、話しておきたいんです。こうして原田さん達と一緒にお食事をする機会があるかどうかわからないので・・」 千はそう言うと、軽く咳払いして自分の辛い過去を原田達に話し始めた。にほんブログ村
2016年10月08日
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歳三の苛烈な拷問により、黙秘を貫いていた古高は、京の街に火をつけ、その混乱に乗じて帝を萩まで拉致するという計画を自白した。「今夜は祇園祭の宵山だ。人でごった返している京の街に火なんざつけられたら、俺達ばかりじゃねぇ、京の人達が犠牲になる。そんな事をさせて堪るか!」 かくして新選組は、長州の浪士達を捕縛する為、近藤隊と土方隊と二手に分かれ、彼らを探索した。「その時、荻野さんはどちらに?」「荻野は俺達と一緒に近藤隊で浪士達の探索に加わったんだ。監察の山崎が、浪士達が会合を開く旅籠は池田屋か四国屋のどちらかだろうと俺達に報告してきて、俺達は池田屋へ向かったんだ。」 池田屋へと向かった近藤は、鎖帷子(くさりかたびら)で身を固めた自分に怯える旅籠の主の反応を見て、こう声を張り上げた。「御用改めである、神妙にいたせ!」「二階のお客様、新選組が・・」主が二階の客に向かって新選組が来た事を知らせようとした時、彼を押し退けて近藤と総司、そして千尋は二階へと向かった。 そこには、抜刀している二十人余りの長州の浪士達が居た。「御用改めである、手向かいいたすと容赦なく斬り捨てる!」「相手は三人だ、やっちまえ!」 誰かが蝋燭の火を消し、二階は闇に包まれ、辺りは剣戟と怒声が響いた。近藤達は次々と敵を斬り伏せていたが、一階に居た平助は敵に眉間を斬られ、血が目に入り戦闘不能な状態となってしまった。「これがその時出来た傷さ。」平助はそう言うと、前髪を掻き上げ、薄くなった眉間の傷を千に見せた。「痛そうですね・・」「こんなの、どうってことねぇよ。俺よりも総司の方が辛かっただろうよ。何せ敵と斬り合っている最中に血を吐いちまったんだから。」 二階で敵を次々と斬り伏せていた総司だったが、斬り合いの最中喀血してしまった。「沖田先生!」突然動かなくなった総司を敵が襲おうとした時、千尋の刃が敵の喉元に閃いた。「荻野君、貴方だけでも逃げなさい。」「嫌です!」千尋は総司を守る為、浪士達を次々と斬り伏せた。 その頃裏庭では、池田屋から脱出する浪士達の刃にかかった奥沢達隊士が犠牲となった。 圧倒的に不利な状況の中、土方隊が到着し、九名の浪士達を討ち取り、四名の浪士達を捕縛した。 新選組の歴史を語るうえで欠かせない、幕末史上最大の事件である池田屋事件に千尋が加わっていた事を知り、平助の話を聞いた千はひたすら溜息を吐いていた。「荻野さんは、やっぱり僕とは全然違うなぁ。藤堂さんのお話を聞いたらますますへこんじゃいそう。」「そんな事言うなって。千はよく働いてくれているって、土方さんが褒めてたぜ。それにお前は、気配りが出来て偉いって土方さんがこの前言ってたぜ。」「土方さんが?いつも僕に対しては怒鳴りつけてばかりいるのに・・」「あの人はまぁ、お前をえこひいきしたら周りから反感を買うと思って、敢えてお前に厳しく接しているんだよ。」「そうなのですか・・」「まぁ、そんな土方さんが一番敵わない相手は、総司だけだけどな。」「でもよぉ、最近土方さん総司に対して冷たくねぇか?幾ら総司の身体を心配しているからって、あいつを隊務から外さなくてもいいのによう。」「そんな事を言うなよ、新八。土方さんにとって、総司は自分の命の次よりも大事な存在なんだ。土方さん、今の総司を見て自分が代わってやりたいって思っているだろうなぁ。」「そんなに、土方さんと沖田さんは仲が良いのですか?」「仲が良い悪いというより、あの二人は恋人同士だぜ。もしかして千、今まで二人と一緒に居て気づいていなかったのか?」 平助からそう言われた千は、頬を赤く染めながら静かに頷いた。にほんブログ村
2016年10月08日
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千尋が千と共に扇の舞を舞っていると、突然前方から強い視線を感じた。観客達から少し離れた所で、桂が小姓の少年を連れて自分達の舞を見ていた。 ここには彼らの敵である歳三と沖田、そして姿は見えないが永倉達が居る。彼らと鉢合わせする危険がありながら、桂は何故ここに居るのだろう。 桂から視線を外し、千尋は舞に神経を集中させた。「あ~、やっと終わったぁ。」 秋祭りのメインイベントである巫女舞を無事終え、千尋と共に本宮内にある控室に戻った千はそう呟くと巫女装束を纏ったまま板敷の床に寝転んだ。「はしたないですよ、早く着替えなさい。」「はいはい、わかりました。」「返事は一回!」(同い年なのに、どうしてこうも荻野さんはしっかりしているのかなぁ・・) 千がそんな事を思いながら巫女装束から普段着へと着替えていると、廊下から慌ただしい足音が聞こえて部屋に永倉達がやって来た。「お前達、疲れただろう?これ、俺達からの差し入れだ。」「有難うございます。」 永倉からみたらし団子を貰った千が手を伸ばそうとすると、その手を千尋が容赦なく叩いた。「千、団子を頂くのは着替えが終わってからになさい。」「すいません・・」「荻野はまるで千の母ちゃんみてぇだな!」「そういや、そうだなぁ。年も顔も同じなのに、性格は真逆だもんなぁ。」「ちょっとそれ、どういう意味ですか!?」「年の割には幼いってことだよ。」原田から気にしている事を言われ、千はへこんでしまった。「確かに、僕は荻野さんと違って何もできないし、一人で自分のみを守る事すら出来ませんよ!」「そうやけになるなって。出来ねぇ事があるなら、出来るようになればいいだけの事だろう?」原田からそう励まされ、千は静かに頷いた。「原田先生、永倉先生、藤堂先生、わたくしは祇園へ戻ります。」既に着替えを終えた千尋は、そう言うと永倉達に頭を下げ、本宮を後にした。「なんつーか、荻野は男の癖に妙な色気があるよなぁ。」「確かに。入隊試験の時、道場に居た奴らが全員あいつに一目惚れしていたなぁ。」「でもあんな可愛い顔をして、池田屋で剣を振るっていた時は夜叉のようだったぜ。」「皆さん、荻野さんの事をいつからご存知なのですか?」 三人の話についていけない千がそう彼らに尋ねると、永倉が溜息を吐いた。「そうか、お前はまだ新選組に来て日が浅いから、荻野の事を何も知らないのも無理はねぇな。それじゃぁ、池田屋の時の話をしてやるか。」 池田屋事件といえば、必ず幕末史に登場する事件で、この事件の所為で明治維新が一年遅れたと言われている。その池田屋事件の渦中に居た千尋がどんな剣を振るったのか、千は興味があった。「聞かせてください、お願いします!」「事の発端は、桝屋喜右衛門って商人が武器や弾薬を隠し持っているという監察方の報告を受けて、近藤さん達と一緒に桝屋へ行った時から始まったんだ。」 永倉はそう言って軽く咳払いすると、静かに池田屋事件の時に何が起きたのかを千に語り始めた。 桝屋喜右衛門こと、長州派維新志士・古高俊太郎は新選組に捕縛され、当時屯所であった前川邸の土蔵に逆さ吊りにされ尋問を受けたが、彼は黙秘を貫いた。「このままじゃ埒が明かねぇ、俺がやつを尋問する。」 頑として口を割ろうとしない古高に業を煮やした歳三は、古高の足の甲に五寸釘を打ち込み、貫通した足裏の上に百目蝋燭を立てそれに火を灯すという苛烈な拷問を加えた。にほんブログ村
2016年10月01日
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※BGMと共にお楽しみください。「ほんまに瓜二つの顔をしてるな。」「同姓同名やけど、赤の他人やて。」 観客達の囁きを聞きながら、歳三は鈴を持って舞っている千尋と千の姿を遠くから眺めていた。薄化粧を施された二人は、まるで天から舞い降りて来た天女のように美しかった。「土方さん、何二人に見惚れているんですか?」「馬鹿野郎、見惚れてなんかねぇよ。」「ふぅん、そうですか。」総司は何処か拗ねた口調でそう言うと、歳三にそっぽを向いた。「自分よりも年下の坊主たちに嫉妬するなよ、総司。俺が愛しているのはお前ぇだけ・・」歳三が総司の方を見ると、彼は両手で口を覆って華奢な背を震わせて咳込んでいた。「おい総司、大丈夫か?」「大丈夫です・・人混みに少し酔っただけです。」「向こうで休もう。」歳三は総司の肩を抱くと、人気のない所へと移動した。「どうだ、落ち着いたか?」「はい。すいません土方さん、折角のお祭りなのに、迷惑を掛けてしまって・・」「謝るな。」総司の口元に血が滲んでいる事に気づいた歳三は慌てて懐紙でそれを拭うと、総司は弱々しく歳三に微笑んだ。「何だかこうしていると、昔の事を思い出してしまいました。ほら、昔貴方と一緒に夏祭りに行った日の事を、憶えていませんか?」「あぁ、そう言えばあったな、そんな事・・」総司の言葉を聞いた歳三は、彼と一緒に行った夏祭りの事を思い出した。 あの頃―まだ総司は宗次郎と呼ばれていて、彼は試衛館の内弟子として近藤達と暮らしていた。歳三は毎日のように試衛館に入り浸り、女子のような総司の事をいつもからかっていたのだが、彼の事を実の弟のように可愛がっていた。 そんなある日の事、歳三は宗次郎から祭りに連れて行って欲しいとねだられ、近くの神社へと向かったのだった。「あ、美味しそうなお団子!」「食いてぇのなら買ってやるよ。親父、幾らだ?」「可愛いお嬢ちゃんだねぇ、特別に白餡(しろあん)をお嬢ちゃんの分の団子にはつけておいてやるよ。」団子屋を後にした時、宗次郎が何処か浮かない顔をしていた事に歳三は気づいた。「ねぇ土方さん、僕ってそんなに女子に見えますか?」「そんな事で拗ねるなよ。俺はお前ぇの事を可愛いって思ってるぜ?」「本当にそんな事、思っているんですか?」「ああ。」「じゃぁ、大きくなったら僕をお嫁さんにしてくれますか?」「おいおい、いくら可愛くてもお前ぇは男だから嫁には貰えねぇよ。まぁ、来世でお前ぇが女子になっていたら、嫁に貰ってやるかな。」「本当ですか?」「あぁ、約束だ。」その時宗次郎と交わした約束は、冗談程度のものだった。だが互いに成長した今、歳三はあの日に交わした約束に何故か縋りつきたいと思うようになっている己の姿に気づいた。「土方さん?」「何でもない。何か食いたい物、あるか?」「お団子が食べたいです。白餡がたっぷりついたやつ!」「あぁ、解った。」にほんブログ村
2016年10月01日
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「見てみぃ、噂通りの美しさや。」「そうやな。百年に一度の名妓になりそうな子や。」 千尋が歩いていると、通行人が自分の事を噂していることに気づいた。「千尋ちゃん、えらい人気やなぁ。」「おおきに、華千代姐さん。」「これからが気張り時や。」「へぇ。」 自分の隣を歩く姉芸妓・華千代の言葉に励まされ、千尋は花街の住人として生きていく覚悟を決めた。 一方、『いちい』の近くにある待合茶屋の一室では、鈴江が気怠そうな様子で煙管を咥えながら窓の外を眺めていた。「どうした、そんな浮かない顔をして?」「今日はあいつの店だしの日さ。全く女将は、何だって男のあいつを店だしさせたんだか。」「お前が言うな。」信が呆れた顔をして鈴江の方を見てそう言うと、彼は苦笑した。「でもあいつは長くこの町には居ないよ。狼は懐かないからね。」鈴江が吐き出した煙は、秋の空の中へと消えた。「千尋、朝からご苦労やったなぁ。」「おおきに、おかあさん。」「秋祭りにはまだ時間があるさかい、昼餉食べてきよし。」「へぇ。おかあさん、鈴江姐さんは?」「あの子の事やさかい、いつもの待合茶屋で信としけ込んでいるのやろ。あの子は芸妓の癖に、男衆と懇ろになって・・あんたはあの子みたいにならんときや。」「へぇ。鈴江姐さんは、加賀の出やそうですけれど、いつから京に?」「あの子もあんたと同じ武家の出やったけれど、お家騒動に巻き込まれてこっちへ流れてきたて言うてたな。」「そうどすか。」 鈴江の事を調べるにはまだ時間がある―そう思った千尋は、これ以上菊枝に鈴江の事を聞かないことにした。(うわ、凄い人!) 巫女装束に着替えた千が、巫女舞が行われている本宮の方を見ると、そこには黒山の人だかりが出来ていた。「千君、ここに居ましたね。」「沖田さん。」 背後で優しい声がして千が振り向くと、そこには総司が立っていた。「なかなか似合っていますね、巫女装束。巫女舞、頑張ってくださいね。」「あの、副長は?」「土方さんなら、さっき舞妓達に捕まっていましたよ。昔から何故か女の人にモテるんですよねぇ、あの人。」総司はそう言って溜息を吐くと、華やかな着物と簪で着飾った舞妓達に囲まれている歳三の方に目をやった。 千はその時の彼の横顔が少し寂しそうに見えた。「沖田先生、いらしていたのですか。」二人の背後から凛とした声が聞こえてきたかと思うと、巫女装束を纏った千尋が二人の前に現れた。「荻野君も似合うね、巫女装束。」「お褒め頂き、有難うございます。千、行きますよ。」「は、はい!」千は総司に向かって頭を下げ、慌てて千尋の後を追った。 本宮に二人が上がると、観客から歓声が上がった。「稽古通りにおやりなさい。」「はい・・」 千尋と千が巫女舞を舞い始めると、周囲が水を打ったように静まり返った。にほんブログ村
2016年09月24日
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店だしを二月後に控え、千尋の生活は多忙を極めていた。同じ頃、千は歳三の小姓として千尋同様、忙しい毎日を送っていた。「荻野、副長が呼んでいるぞ。」「はい、今行きます!」 千が庭で洗濯物を干していると、楠田に呼ばれて彼は慌てて副長室へと向かった。「副長、お呼びでしょうか?」「千、来たな。」 副長室に千が入ると、そこには歳三と勇、そして総司の姿があった。「皆さん、お揃いでどうかなさったのですか?」「千、お前千尋とは連絡を取り合っているか?」「いいえ。それがどうかしましたか?」「実はな、千尋は近々舞妓として店だしすることが決まった。そこで店だし前のお披露目といっちゃなんだが、あいつの店だしの日にあわせて近くの神社で秋祭りが行われる。そこで、お前は千尋と巫女舞を舞って欲しいと思う。」「え。」青天の霹靂(へきれき)とはまさにこの事だった。「あの、どうして僕が?他に相応しい方がいらっしゃるのではありませんか?」「最近噂になっているんだよ、洛中で君達のことが。」 近藤はそう言って渋面を浮かべると、茶を一口飲んだ。「“壬生浪に祇園の舞妓と瓜二つの隊士が居る”って噂が七日前に洛中に流れて以来、京雀達はお前達の事を飽きずに話していやがる。これ以上噂が大きくなる前に、正式にお前達のお披露目をしてやろうと思ってな。」「それで、僕に荻野さんと巫女舞を舞えと?」「まぁ、そういうことだ。まだ二月もあるから、大丈夫だろう?」「は、はい・・」今更無理だとは言えず、結局千は小姓の仕事にくわえ、巫女舞の稽古もする事になってしまった。「そこ、手の動きが違う!」「す、すいません!」「こないな調子で、二月後の本番を迎えられるのやろうか。」そう言って溜息を吐いた神社の巫女の言葉が、千の胸に深く突き刺さった。 いきなり巫女舞を舞えと言われて、すぐに出来るものではないというのに。(いや、ここで諦めちゃ駄目だ。) 今頃千尋も、店だしに向けて厳しい稽古に励んでいる筈だ。自分も頑張らなくてはーそんな思いを抱きながら、千は必死に巫女舞の稽古に励んだ。 はじめは苦痛だった巫女舞の稽古も、一月経てば慣れて来た。「いよいよやねぇ、千尋の店だし。」「そうやなぁ。」「そういやぁ、神社の秋祭りであの子と瓜二つの子が巫女舞をするらしいで。」「何や、楽しみが二つ増えたなぁ。」 千が巫女舞の稽古を受けてから二月が経ち、千尋が『いちい』の舞妓として店だしを迎える日が来た。「千尋、おめでとうさん。」「おおきに、おかあさん。」 黒紋付きの振袖を纏い、だらりの帯を締めた千尋は、おこぼを履いてゆっくりと置屋の外から出た。「今日から店だしさせて貰います、千尋どす。宜しゅうお頼申します。」 華やかな千尋の舞妓姿を、雑踏に紛れて桂は遠くから眺めていた。(千尋、必ず君をわたしのものにしてみせる。)にほんブログ村
2016年09月24日
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「女将さん、お忙しい中わざわざ来てくださり、ありがとうございます。」「いいえ。こちらこそお忙しい中会ってくださっておおきに。」菊枝はそう言うと、歳三と勇に対して頭を下げた。「女将さん、話というのは何でしょうか?」「実は、千尋を正式に舞妓として店だししたいと思うてます。千尋の養い親である土方様と近藤様にその事をご相談したくてこちらへ参りました。」「女将さん・・いや、菊枝殿、お言葉ですが千尋は没落したとはいえ武家の娘です。彼女はいずれ実家を再興する為に・・」「そないな見え透いた嘘など吐いても無駄どす、近藤様。うちは千尋の正体を知ってますえ。」「何と・・」勇は菊枝の言葉を聞くと、驚愕の表情を浮かべた。「菊枝殿はどうやら話が解る方のようですね。」歳三は菊枝に微笑むと、彼女は頬を赤く染めた。「うちかて長年置屋の女将を務めてますさかい、ちょっとやそっとの事では動じたりはしまへん。」「そうですか。ならば話が早い。千尋が舞妓として店だし出来ないのは、千尋が男だからです。それに、千尋は・・」「そちらはんの隊士どすやろ?その事を踏まえてうちは千尋を店だししたいと言うてるんどす。」菊枝は一旦言葉を切り、歳三を見た。「そうですか、では仕方がありませんね。千尋を暫くそちらで預かって頂きましょう。」「おおきに。」「トシ、そんな事をしてもいいのか?」「いいに決まっているだろう、近藤さん。」そう言って自分に微笑む歳三の姿を見た勇は、彼が何かを企んでいる事に気づいた。「ほな、うちはこれで失礼します。」「駕籠を用意いたしますので、暫くお待ちください。」「結構どす。」 西本願寺の屯所を出て、『いちい』へと戻った菊枝は、千尋に二月後正式に舞妓として店だしする事を伝えた。「女将さん、うちは女将さんに話したいことが・・」「さっき、あんたの養い親に会うてきた。向こうもあんたが店だしすることを承知してはったわ。」「そうどすか。そしたら店だしの日を迎えるまで、精進させて貰います。」「これからお気張りやす。」「へえ。」 千尋と菊枝の話を立ち聞きしていた鈴江は、不快そうに鼻を鳴らしてそのまま自室へと戻った。「どうした、そんな顔をして?」「どうもこうもないよ。あの新入りが正式に店だしする事に決まったよ。」 鈴江はそう言うと畳の上で胡坐(あぐら)をかいた。「全く、お前の今の姿をお前のご贔屓筋の客が見たら失神するぞ?」「そんな客、勝手に失神しとけばいいんだよ。それよりも、これから面白くなりそうだね。」鈴江は口端を上げて笑うと、信にしなだれかかった。「何が面白くなるんだ?」「元は武家の娘だったか何だか知らないけれど、これから千尋は花街の住人となる訳だから、花街の厳しい掟をわたしが叩き込んでやらないとね。」「お前が何を企んでいるのかは解る。余りやり過ぎないようにしろよ?」「あぁ、わかったよ。」(まぁ俺がこんな事を言っても、こいつは俺の言う事を聞かないだろうからな・・) 信は心の中でそう呟くと、咥えていた煙管の中に溜まっていた灰を火鉢の中に落とした。にほんブログ村
2016年09月10日
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「お話とは何どすやろうか、おかあさん?」「実はな、千尋を近々店だししようと思うてるんや。」「店だし、どすか?」菊枝の言葉を聞いた鈴江は、眦(まなじり)をつり上げた。「お言葉どすけどおかあさん、まだあの子はここに入って日が浅いさかい、店だしはまだ早いのと違いますか?」「千尋はお武家の出やったからか、芸事の呑み込みも早いし、礼儀作法もちゃんとしとる。祇園のしきたりには背くことになるやろうけれど、組合会の皆様も承知してくれはったのや。」「そうどすか。誰が千尋と姉妹の杯を酌(く)み交わはるんどす?」「華千代(はなちよ)に決めた。あの子なら千尋の事をよう指導してくれることやろ。」菊枝はそう言葉を切ると、煙管を咥えた。「お話はそれだけどすか、おかあさん?」「そうや。あんたはこれからお座敷やろ?千尋から店だしの事はうちから言うとくさかい、今日も励みや。」「へぇ、ほな失礼します。」菊枝の部屋から出た鈴江は、廊下で千尋と擦れ違った。鈴江は千尋を睨みつけ、彼の肩にわざとぶつかった後、そのままお座敷へと向かった。「おかあさん、千尋どす。」「お入りやす。」「へぇ。」「実はなぁ、さっき鈴江にも話をしたのやけど、あんたを近々店だしすることに決めたえ。」「は?」 菊枝の言葉に驚き、千尋は一瞬声が裏返ってしまった。男の身で舞妓として店だしするなど、前代未聞の事だ。「おかあさん、それはもう決まった事どすか?」「そうや。すぐに店だしする訳やない、二月後や。」「二月後どすか。おかあさん、すいませんけどうちに考える時間をおくれやす。」「わかったわ。急な事であんたも驚いたやろうし、少し休んだ方がええかもしれん。」 自室に戻った千尋は、すぐさま歳三宛ての文を認めた。「三味線の稽古に行ってきます。」「気を付けて行くのやで。」「へぇ。」 三味線の稽古へと向かった千尋は、途中で擦れ違った男に歳三宛ての文を手渡した。「副長、荻野から文が届いております。」「そうか。」 監察方の隊士から千尋の文を受け取った歳三の表情が、徐々に険しくなっていくのを見ていた総司が副長室に入って来た。「どうしたんですか、土方さん?付き合っている女にややこが出来たんですか?」「そんな事じゃねぇよ、馬鹿。千尋が舞妓として二月後に店だしをすることになったそうだ。」「え、それは本当ですか?」「俺が嘘を吐く訳がねぇだろうが!」歳三がそう怒鳴って総司を睨みつけると、彼は歳三の手から千尋の文を奪った。「これからどうするんでしょうね、千尋君。男だから店だしは出来ないって、向こうの女将さんに断る事も出来なさそうですし・・」「あいつなら、上手い言い訳を考えて断るだろうよ。」 しかし、事態は二人が考えているほど甘くはなかった。「副長、『いちい』の女将が副長に会いたいとおおせです。」「わかった、今行く。」にほんブログ村
2016年09月10日
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鈴江の正体を探る為、彼女が籍を置いている置屋『いちい』に仕込みとして潜入した千尋だったが、仕込みの仕事は彼が思っていたよりも多かった。 仕込みは、舞や三味線などの鳴り物の稽古をしながら、先輩格に当たる舞妓(まいこ)や芸妓(げいこ)達の着付けを手伝ったり、彼女達の身の回りの世話をしたりする。当然、炊事や洗濯などの家事もせねばならず、千尋は『いちい』に来てから働きづめの日々を送っていた。「千尋ちゃん、襦袢出しといておくれやす。」「へぇ、姐さん。」 鈴江の妹舞妓で、今月に店だししたばかりの鈴華は、千尋と歳が近いこともあってか、色々と千尋に『いちい』に籍を置いている舞妓や芸妓達のことや、花街のしきたりや人間関係などを教えてくれた。「鈴江姐さんは、何処の生まれなんどすか?」「さぁ、うちもよう知らへんけれど、確か加賀の生まれやと聞いたことはあるえ。」(加賀か・・)「千尋ちゃん、鈴江姐さんが呼んでるえ。」「解りました、すぐ行きます。」「そないな事を言うたらあきまへんえ。」「すいまへんでした、姐さん。」京言葉を使うよう他の舞妓から指摘され、千尋はそう言って彼女に頭を下げた。「鈴江姐さん、千尋どす。」「お入りやす。」「失礼します。」 千尋が鈴江の部屋に入ると、鈴江は鏡台の前で化粧をしていた。白粉を塗り、口と目元に紅をさした鈴江は、初めて顔を合わせた時の姿とは別人のように美しかった。「うちに何か用どすやろうか?」「別に。ただ武家のお嬢様がどうして仕込みとして働いているのか、気になっただけさ。」 化粧を終えた鈴江は、鏡台の前に紅筆を置くと、そう言って千尋を見た。「京言葉をお使いにならないのですね?」「まどろっこしい言い回しが嫌だし、話すとイライラして来るからお座敷の時以外は使わないんだよ。」そうはきはきとした口調で話す鈴江の喉に、自分と同じ物があることに千尋は気づいた。「では、こちらからも質問させてもらっても宜しいでしょうか?」「どうぞ。」「あなたは何故、男でありながら芸妓をしていらっしゃるのです?」「それは秘密。君だって、男なのに女ばかりの置屋に居る理由を、わたしに知られたくはないだろう?」 鈴江は両手を千尋の薔薇色の頬へと伸ばし、金色の瞳を光らせながら少し恐怖に怯えている彼の顔を覗き込んだ。「鈴江、何処におるんや?」「今行きますえ、おかあさん。」 階下で自分を呼ぶ菊枝の声を聞いた鈴江は、千尋からさっと離れると部屋から出て行った。にほんブログ村
2016年09月03日
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「土方君、一体どういうつもりだね?」「伊東さん、何をそんなに怒っているのです?」「とぼけないでくれたまえ! 栗田君の処分をわたしに相談もなく、独断で決めて・・」「そうだったな。」今まで伊東の怒声を背に受けながら仕事をしていた歳三だったが、漸く硯を置いて彼の方を振り向いた。「栗田の処分を独断で決めた事には、お詫び致します。ですが、隊の風紀を乱したのは貴殿の麾下(きか)の者では?」歳三にそう言い返され、伊東は怒りで頬を赤くしながら黙り込んだ。「だが、一言言ってもいいのではないか?」「もう済んだことです。伊東さん、こんな所で油を売っている暇がおありですか?」「これで、失礼する!」 副長室から伊東が出てきたのを見た千尋は、副長室の前に座り、中に居る歳三に声を掛けた。「副長、千尋です。」「入れ。」「失礼いたします。お茶をここに置いておきます。」「ああ、後で飲む。」 歳三はそう言って千尋をちらりと見ると、再び仕事を始めた。「お前、祇園の鈴江という芸妓を知っているか?」「いいえ。その芸妓がどうかされたのですか?」「栗田を俺の元に連れてきたのは、そいつなんだが・・その鈴江とかいう女の素性を、探って貰えねぇか?」「承知いたしました。局長にはこの事はどうお話いたしましょうか?」「近藤さんには俺が話す。くれぐれも無理はするなよ。」「わかりました。」 祇園の置屋『いちい』に千尋は潜入捜査することになり、最低限の荷物を纏めた後、彼は女物の着物に着替えて西本願寺の屯所から出て行った。「すいません、どなたか居りませんか?」「何どすやろうか?」「こちらで、働かせていただきたいのですが。」「そうどすか。」『いちい』の女将・菊枝は、そう言うと千尋を見た。「見たところ、あんたお武家のお嬢様のようどすなぁ。まぁ、ここやと人目がつくさかい、部屋でぶぶでも飲みましょか。」「有難うございます。」 こうして、千尋は置屋『いちい』の仕込みとして働くことになった。「おかあさん、この子は?」「初めまして、千尋と申します。今日からこちらで仕込みとしてお世話になります。」「武家のお嬢様がこないな所に来るやなんて、よほど訳ありなんやろうなぁ。」 鈴江はそう言って千尋を見ながら、茶を飲んだ。「おい、聞いたか。うちに新しい仕込みが入ってきたこと。」「知っているよ。今朝会ったけれど、言葉遣いといい、立ち居振る舞いといい、何処かの武家のお嬢様のようだね。」「鋭いな。まさか、お前もそうだったのか?」「まぁね。」 鈴江は信の背中に爪を立て、クスリと笑った。にほんブログ村
2016年09月03日
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1865年(慶応元年)、夏。「ったく、毎日暑くて堪んねぇぜ!」永倉はそうぼやくと、手にしていた団扇(うちわ)で顔を扇(あお)いだ。「新八っぁん、京に来てからいつもそう言うよね。」藤堂平助は、暑い暑いとぼやく永倉を横目で見ながら、井戸の水で顔を洗っていた。「沖田さん、お昼お持ちいたしました。」「有難う、千君。」「沖田さん、この前は取り乱してしまってすいませんでした。」「いえ、いいんですよ。おや、今日の昼餉はお素麺(そうめん)ですか。」「ええ。夏なので冷たい物を作ろうと思って。」「毎日お粥ばかりで飽きていたところなのです、頂きますね。」総司は嬉しそうに箸を持ち、素麺を一口啜った。「美味しいですか?」「ええ、とっても。また作ってくださいね。」「はい!」 千が総司の食器を厨房で洗っていると、そこへ伊東がやって来た。「おや、荻野君。その食器は沖田君のものかい?」「はい、そうですが・・伊東さん、僕に何か用でしょうか?」「君、祇園のいちいという置屋を知らないかい?」「いいえ。」「そうか。では、僕はこれで失礼するよ。」(何か怪しいな、あの人・・)「千、お使いに行って来てくれ。」「はい!」 原田たちの酒を買った千は、屯所に戻る途中喉が渇いたので、近くにある茶店に入った。「お越しやす。」「すいません、冷たいお茶をください。」「へぇ。」 千が手拭で額に滲む汗を拭いていると、店に黒紋付の正装姿の舞妓と芸妓が入って来た。「お姉さん、ほんまにお先にお昼頂いて宜しおすか?」「いいに決まっているやろう。うちはお腹空いてへんさかい、好きな物を頼み。」「おおきに。」千が少し身を乗り出して彼女達の方を見ると、鈴江が自分の妹分と思しき舞妓に優しく声を掛けているところだった。「あら、千さん。こんな所でお会いできるなんて、奇遇ですね。」「ええ。鈴江さん、そちらの方は?」「今日店だしすることになった、鈴華(すずはな)と申します。」舞妓はそう言うと、千に向かって頭を下げた。「鈴華さん、こちらこそ宜しくお願いします。」「折角こうしてお会いできたのですから、一緒にお食事でも如何です?」「はい、お言葉に甘えてご一緒させていただきます。」 千が屯所に戻ると、廊下の方で人の怒声が聞こえた。「只今戻りました。藤堂さん、何かあったのですか?」「千、お帰り。今ちょっと、土方さんと伊東さんがやり合っているところなんだ。」「やり合っているって、どうしてですか?」「栗田の処分をこっちが勝手に決めちまって、そのことを伊東さんがさっき抗議に来たんだ。今は副長室には近寄らないほうがいいぜ。」「解りました。」にほんブログ村
2016年08月27日
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「実は、栗田さんが逃亡してあなた方の元へ戻る間、ここに匿っていました。」「ここに?」「ええ。人が沢山いる場所では話せない内容なので、こうしてあなたを置屋にお呼びしたのです。」「そうですか。鈴江さん、何故栗田をここに匿ったのですか?」「あなたが洛中で彼と言い争いをした後、わたしは雨に濡れている彼を哀れに思い、置屋に匿いました。はじめは彼に幇間(ほうかん)の真似事をさせてみましたが、上手くいかず、置屋の下働きをさせました。」 鈴江はそう言った後、千を見た。「千さん、ここで今話した事は決して口外しないでいただきたいのです。」「わかりました。」「さてと、難しい話が終わったところですし、今夜はわたしの舞を見て楽しんでください。」鈴江は千に笑みを浮かべ、手を打ち鳴らした。すると部屋の襖が開き、中に三味線を持った女が入って来た。「千さん、紹介いたします。わたしのお母さんです。」「“お母さん”?」「置屋の女将の事を、わたし達芸舞妓は、“お母さん”と呼ぶのですよ。先輩格の芸舞妓達のことは、“お姉さん”と呼ぶのです。」「まるで、家族のようですね。」「ええ。置屋の人達は皆、わたしにとっては大事な家族です。千さんだって、屯所の方達は家族のようなものでしょう?」「ええ、まぁ言われてみればそうですね・・」少し言葉を濁した千の横顔を見ながら、鈴江は彼が秘密を抱えていることに気づいた。 その日の夜、千は鈴江と宴を楽しんだ。「ご馳走様でした。お幾らですか?」そう言って財布を出そうとした千の手を、そっと鈴江は押さえた。「花代は頂きません。このお座敷は、わたしが千さんの為に入れたものですから。」「そんな・・」「千さん、鈴江は一度決めたことはどうしても曲げまへん。どうか、この子の言う通りにしてやっておくれやす。」「わかりました。」 玄関先まで見送りに来てくれた置屋の女将に頭を下げた千は、そのまま祇園から屯所へと戻った。「只今戻りました。」「千、大変だ! 総司が・・」 永倉とともに総司の部屋へ千が向かうと、中から総司が激しく咳込む声が聞こえた。「沖田さん!」「千君、入ってはいけません!」 部屋の襖に手を掛けようとした千を、厳しい声で総司が制した。「あなたにまで、この病に罹って欲しくないのです。だから、今は放っておいてください。」「ですが・・」「永倉さん、千君を頼みます。」 千は総司の部屋に入ろうとしたが、永倉に首根っこを掴まれた。「やめてください、離して!」「千、少しはあいつの気持ちを解ってやれ。総司は、お前の事を心配しているから、あんなに厳しい事を言ったんだ。」「永倉さん・・」 先ほどまで苦しそうに呼吸をしていた総司が安らかな寝息を立てているのを見た歳三は、安堵の表情を浮かべた。「松本先生、総司はあとどれくらい生きられるのでしょうか?」「長くても数年・・短くても一年か半年だな。」にほんブログ村
2016年08月27日
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栗田の最期は、あっけないものだった。 切腹の作法を全く知らない彼は、用意された小刀に手を伸ばしたとき、介錯役を務めた斎藤に首を落とされた。 千はその様子に目を背けることなく、彼の最期を見守った。「こいつのようになりたくなきゃぁ、脱走なんざ考えるなよ、わかったな!」歳三がそう叫んで隊士達を睥睨(へいげい)すると、彼らは一様に頷いた。「これで、他の隊士達に示しがついたろう。」「トシ、余りにも厳しいと、今後も隊士が脱走するかもしれんぞ?」「そん時は、そん時に考えりゃぁいい。会津藩の手を煩わせることはねぇさ。」さらりとそう言ってのける歳三の横顔をちらりと千は見ながら、新選組で最も死者を出したのは戦闘ではなく、規律違反による内部粛清であったということを思い出した。 巨大な組織をまとめ上げるには、厳しい規律が必要である。局長である近藤を陰から支え、副長として新選組を纏める歳三がいかにも考えそうなことである。 今回の栗田の脱走と、彼の切腹は、一種の見せしめだった。 違反者が出れば、即ちそれは死に直結するーそれが、狼の巣の絶対遵守の掟だ。「千、どうした?」「いえ、何でもありません。」「暫く俺は副長室に籠っている。客が来たら、俺は今手が放せないと伝えておけ。」「わかりました。」 千が厨房で昼餉の用意をしていると、原田がやって来た。「千、お前に女の客だぞ。」「女のお客様、ですか?」「ああ、偉い別嬪(べっぴん)さんだ。早く行って来いよ。」 千が厨房から門へと向かうと、そこには鈴江が立っていた。「鈴江さん、どうしてここがわかったのですか?」「道場の門下生の方にあなたのことをお聞きしたら、あなたがここにいらっしゃることを知ったので、伺いました。」「そうですか・・申し訳ありませんが、今手が放せないのです。」「わかりました。では、今夜うちにおいでくださいな。お待ちしております。」鈴江はそう言って千に微笑むと、そのまま彼に背を向けて門から外へと出て行った。 その日の夜、千が鈴江の居る置屋へと向かうと、玄関先には柄杓を持って打ち水をしている中年の女性が立っていた。「すいません、鈴江さんに会いに来たのですが・・こちらにご在宅でしょうか?」「ああ、鈴江はんなら、今お座敷に出てはります。」「そうですか・・」 女性に置屋の中へと通され、千が鈴江の帰りを暫く待っていると、そこへ黒紋付の正装姿の鈴江が部屋に入って来た。「お待たせしてしまって、申し訳ありませんでした。」「いいえ。」 千ははじめて鈴江の芸妓姿を見て、その美しさに暫し見惚れてしまった。「初めて鈴江さんの芸妓姿を拝見いたしましたが、綺麗ですね。」「有難うございます。この世界に長い事身を置いてきておりますが、お世辞ではない褒め言葉を初めて聞きました。」鈴江はそう言うと、鈴を振るような声で笑った。「千さんをこちらにお呼びしたのは、話したいことがあるからです。」「話したいこと、ですか?」にほんブログ村
2015年05月08日
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鈴江とともに千が入ったのは、前に彼が千代と行った茶店だった。「鈴江さんは、千代さんとはお知り合いなのですか?」「ええ。わたくしもあそこの道場の門下生です。」「芸妓さんが薙刀を嗜むなど、初耳です。」 千の言葉を受け、鈴江は袖口で口元を隠しながら笑った。「いつ何時、情勢が変わるかわからないご時世ですからね。自分の身は、自分で守らないといけないと思い、道場に通い始めたのですよ。」「鈴江さんは、芸妓さんなのに京言葉を使いませんね? 失礼ですが、出身はどちらなのですか?」「加賀です。仕事上、お座敷では京言葉を使いますが、まどろっこしいのが嫌で普段は使いません。それよりも千さん、あなたのところに居る隊士の方、近々切腹させるのですってね?」「何故、鈴江さんがそれをご存知なのですか?」「お座敷で、お客様が色々な愚痴を吐かれるので、自然とわたしはその愚痴に耳を傾けてしまうのですよ。少し動揺させてしまってしまいましたね。」「いいえ。切腹を命じられた隊士の方とは、余り親しくなかったので、詳しい事情は知りません。それよりも、千代さんとは最近会っていないので、道場の方がどうなっているのかわからないのです。もし、鈴江さんが何かご存知であれば・・」「ああ、道場のことですか。娘の千代さんが、胸を病まれたようです。」「それは、本当ですか。」「ええ、千代さんからわたし宛に暫く山科にある君江さんのご実家で療養すると文が届きましたから。」「教えてくださって、有難うございます。僕はこれで失礼いたします。」「いいえ。お会いできてよかったです。今度はお座敷でいつかお会い致しましょうね。」 鈴江は茶店での食事代の勘定を済ませると、そう言って千の肩を優しく叩いて茶店から出て行った。(千代さんが胸を病まれていただなんて、知らなかった。) 千代が自分には病で療養することを黙っていたことを鈴江から知った千は、自分がのけ者にされたような気がした。「只今戻りました。」 千が厨房で夕餉の支度をしようとしていると、そこへ歳三がやって来た。「荻野、栗田の切腹が明日に決まった。」「そうですか。彼は今どこに?」「あいつなら、逃亡しねぇように蔵に閉じ込めている。そのことを言いに来ただけだ、夕餉の支度にかかれ。」「はい。」歳三が厨房から出て行くと、千は夕餉の支度にとりかかった。「今日の飯はいつになく美味そうだな!」「そうですか?ちょっと張り切っちゃいました。」「お前にしては、良くできたな。後で総司の部屋に持って行け。」「解りました。」 夕餉を食べ終えた後、千が総司の部屋に夕餉を持っていくと、中から何かが倒れる音が聞こえた。「沖田先生、どうしました?」「ごめんなさい、心配をかけてしまって。少し、転んでしまっただけですから。」「そうですか。夕餉をお持ちいたしました。」「有難う、そこに置いておいてください。」「わかりました、失礼いたします。」 翌朝、蔵から出された栗田は、蒼褪めた顔をして歳三達の前に座った。「最期に何か言い残すことはねぇか?」 歳三の問いに、彼は首を横に振った。にほんブログ村
2015年05月07日
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昨夜歳三が栗田を連れて屯所に帰宅したことは、瞬く間に隊士達の間で広がった。「これからどうするのかねぇ、副長は?」「切腹させるに決まっているだろう。あいつがもし良いところのお坊ちゃんでも、例外はねぇ。」「気の毒なこった。」 隊士達が朝稽古の後に井戸で身体を洗いながらそんな事を言い合っているのを聞いていた千は、副長室へと向かった。「副長、お茶が入りました。」「入れ。」「失礼いたします。」 千が副長室に入ると、その部屋の主は眉間に皺を寄せながら文机の前に座っていた。「栗田の事を、聞いているな?」「はい。彼をどうなさるおつもりなのですか?」「何故、そのような事を聞く? あいつの命乞いでもするつもりなのか?」「いいえ。ただ気になっただけです。」「他人の心配をするよりも、自分の心配をしていろ。お前はあいつよりも賢いが、いつ何時厄介事に巻き込まれるのかわからねぇからな。」「はい、肝に銘じます。」 千が厨房で朝餉の用意をしていると、そこへ千尋が入って来た。「どうやらあの者、数日後に切腹させられるそうですよ。」「そうですか。」「淡白な反応ですね。彼とは知り合いだったのではないのですか?」「ええ。彼とは知り合いですが、余り親しくありませんでした。むしろ、彼は僕に対して悪感情を抱いていました。」「そうですか。」千尋は自分と同じ顔をした少年を見ると、厨房から出て行った。「千、栗田の事を聞いたか?」「はい。さっき荻野さんから、栗田さんが切腹させられるそうだと聞きました。」「あいつが七日もの間、何処に隠れていたのか誰も知らなかったが、噂によるとどうやら祇園のいちいっていう置屋に匿われていたらしいぜ。」「その置屋さんは、有名なのですか?」「千はまだ京に来て日が浅いもんな。」原田はそう言って白い歯を覗かせて笑うと、千を見た。「あそこの置屋に居る鈴江って芸妓は、舞妓時代から今や飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっ子よ。踊りや鳴り物はもちろんの事、香道や茶道、華道も嗜んでいるって噂だぜ。」「綺麗な方なのでしょうね、一度お会いしてみたいです。」「鈴江に会いたきゃぁ、それなりの金子が必要だ。お前ぇみてぇなガキには無理だな。」 原田と藤堂からそうからかわれ、千は少しムッとした。 朝餉を食べた後、千が薙刀の道場へと向かうと、門の前には『暫く休みます』という貼り紙が貼られてあった。(千代さんに何かあったのかなぁ?)千がそう思いながら道場から立ち去ろうとしたとき、道場の門が開いて中から一人の女性が出てきた。「あら、あなたは確か門下生の荻野さんでいらっしゃいましたよね?」「はい、そうですが・・あなた様は?」「申し遅れました、わたくし鈴江と申します。以後お見知りおきを。」「鈴江さんとおっしゃると・・あの鈴江さん?」 千の言葉を聞いた鈴江はにっこりと千に微笑んだ後、彼の手を握った。「ここでお会いできたのも何かのご縁ですし、一緒にお茶でも如何ですか?」「はい、喜んで。」にほんブログ村
2015年05月06日
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鈴江がこの得体のしれない少年を置屋に連れてきたのは、数日前の事だった。彼の世話を信に押し付けて、鈴江はそのまま座敷へと向かってしまった。握り飯を貪り食う少年の顔を見ながら、信は厄介事を抱え込んでしまったことについ舌打ちしてしまった。「てめえ、今舌打ちしただろう?」「ああ、したさ。お前ぇみたいなガキのお守りをするなんざ、うんざりだと思ったんだ。」「何だと!」少年はそう叫んで立ち上がり、握った拳を信の顔面に叩きこもうとした。だがその前に、信が少年の身体を土間に組み敷いた。「ここで世話になりたきゃぁ、下手な真似をするな。」「畜生、偉そうにしやがって!」「うるさいね、一体何の騒ぎだい?」 茶の稽古から戻った鈴江は、土間で睨み合っている二人の男達を見た。「別に。こいつが生意気な口を利いたから、自分の立場を思い知らせてやっただけのことだ。」「そう。」 鈴江はそう言うと、一度も栗田に目もくれずに自分の部屋に戻った。「いつまで俺に、あの坊やのお守りをさせるつもりだ?」「わたしの気が済むまで、と言ったら怒るかい?」 鏡台の前に座った鈴江は、眉間に皺を寄せる男衆を見ながらそう言って笑った。「あの坊やをいつまでもここに置いておくつもりはないよ。どのみち、彼が元居る場所に戻っても、処分は免れないだろうね。」「だったら何故あいつを匿った?」「自分がもう助からないと知った時に、坊やが絶望する顔が見たいからに決まっているだろう。」「とことん残忍な奴だな・・」「褒め言葉として受け取っておくよ。」 信が嫌味を言っても、鈴江は少しも揺るぎはしなかった。 夜になり、化粧を終えた鈴江は部屋に信を呼んだ。「凄ぇ、これ本物の絹だ。」「汚い手で着物に触らないでくれる?」 衣桁に掛けられた着物に触れようとした栗田に鈴江がそう言うと、彼は舌打ちして部屋から出て行った。「躾のなっていない子供は、厄介だね。親の顔が見てみたいものだ。」「そのままそっくりの台詞を、お前に返す。お前がそこまで残忍で意地悪くなったのは、親の愛情が足りなかったせいだな。」「親の顔なんて知らずに育ったから、今の嫌味はわたしには効かないよ。」 信は舌打ちしながら、鈴江の帯をきつく締め付けた。「さてと、あの坊やをこれから追い出す算段をしようかね。」 鈴江はそう言うと、信の耳元で何かを囁いた。「本当に、あんたのお座敷について行っていいのか?」「いいに決まっているじゃないか。」 鈴江とともに座敷へと上がった栗田は、そこに歳三の姿があることに気づいて逃げ出そうとしたが、その前に鈴江が襖を静かに閉めた。「お前、一体何のつもりだ!」「いつまでもわたしが素性のわからない者を匿うとでも思ったの?」鈴江の言葉を聞いた栗田は、蒼褪めた顔で歳三を見た。「それじゃぁ、後はお二人でごゆっくりとどうぞ。」 鈴江が去った後、歳三は栗田を睨みつけた。「暫く行方を眩ましたかと思ったら、祇園の芸妓に匿われていたとは・・新入りの癖に良い御身分じゃねぇか、栗田?」「これには、深い事情があって・・」「言い訳は聞かねぇ。屯所に戻ったら、覚悟しろよ。」 鈴江は隣の座敷から歳三とともに栗田が出て来るのを見て、口端を上げて笑った。「可哀想な坊や。」にほんブログ村
2015年05月05日
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舞妓だった鈴江に拾われた信は、男衆(おとこし)として彼が世話になっている置屋で一緒に暮らし始めた。舞妓と男衆との恋愛は厳禁だが、鈴江はそれを無視して信と関係を持った。初めて鈴江を抱いた時、信は華奢な舞妓が自分と同じ男であったことに驚いた。「何を考えているの?」 不意に頬を撫でられ、信は我に返って自分が組み敷いている相手を見つめた。「お前を初めて抱いた日の事を思い出していた。」「そう。それよりも信、いい加減窓を閉めておいてくれない? 雨の音が鬱陶しくて寝られない。」「わかった。」信は半裸のまま窓際に歩み寄ると窓を閉めた。「自分の部屋に男を連れ込むような真似を、よく置屋の女将が許せたな?」「おかあさんは、わたしが男であることも、祇園に来た経緯(いきさつ)も知っているよ。」「経緯?」「いずれ暇になったらお前にも話すさ。」 鈴江は少し乱れた髪を整えると、再び目を閉じて寝た。「申し訳ありません、副長。風邪をひくなんて・・」「今は休んでおけ、千尋。最近お前は忙しく働き過ぎだ。」「はい。」 風邪をひいた千尋は、暫く隊務から外れることになった。彼の代わりに、千が千尋の仕事をすることになった。(荻野さんみたいに上手くできるかなぁ。) 厨房で溜息を吐きながら千が朝食を作っていると、そこへ斎藤がやって来た。「荻野、お前が朝餉当番か?」「はい。今、味噌汁を作っていたところです。」「貸してみろ。」 斎藤はそう言うと、千の手から味噌汁が入ったお玉を取り、それを味見した。「少し薄味だが、良い味をしている。一人で作るのは大変だろうから、手伝おう。」「有難うございます。」 大広間で千が歳三達と朝餉を食べていると、そこへ伊東がやって来た。「土方君、栗田君を見なかったかい?」「ああ。言っておくが、あいつが脱走しようがどうしようが、その責任はあんたに取って貰うことになる。」歳三はそう言うと、伊東を睨んだ。「俺達はあいつの捜索をする暇はねぇ。あいつを捜すんならてめぇでやるこった。」「ではわたしはこれで失礼するよ。」 伊東はちらりと千を見た後、大広間から出て行った。「栗田の野郎、何処に行っちまったんだ?」「さぁな。まぁここに戻って来ても、命はねぇさ。」 原田と永倉の会話を聞きながら、千は栗田の命が風前の灯火であることに気づいた。 新選組の“鉄の掟”である局中法度には、入隊後の脱走を禁じている。いかなる事情があれ、隊士となった栗田には例外は認められない。「楠田達のいびりに耐えかねて脱走したんじゃねぇの?」「まぁ、俺達には関係のねえことだ。放っておこうぜ。」 同じ頃、新選組から脱走した栗田は、信に匿(かくま)われていた。「飯だ。」「有難う。」「こんな所に居ないで、元の場所に戻った方がいいんじゃねぇのか?」「あんなところ、戻りたくもねぇよ。」(鈴江の奴、相変わらず人使いが荒いな。俺にガキのお守りをさせやがって・・)にほんブログ村
2015年05月04日
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千尋が副長室から出て廊下を歩いていると、総司の部屋の前で彼が激しく咳込む音が聞こえた。「沖田先生、大丈夫ですか?」「ええ、暫く経ったら収まりますから・・」そう言って千尋に笑みを浮かべた総司だったが、その笑みはすぐに歪んだ。彼の白い両の掌は、血で赤く染まった。「すぐに副長を呼んでまいります。」「やめてください。土方さんには知らせないで。」「ですが・・」「あの人には、知らせたくないのです。」「沖田先生・・」「もう、あの人が苦しむ顔は見たくないのです。どうか、わたしの病状はあの人には伏せておいてください。」「わかりました。」「有難う、荻野君。」「これをどうぞ。」千尋は総司に懐紙を手渡すと、そのまま彼の部屋から出た。(沖田先生は、もうご自分が長くないことをご存知だ・・) 西本願寺の屯所を出た千尋は、ある場所へと向かった。 そこは、新選組総長・山南敬助が眠る光縁寺(こうえんじ)だった。 千尋は彼の墓の前に立つと、静かに山南に向かって語りかけた。「こんな時間に訪ねに来てしまって、申し訳ありません。あなたにお願いがあって参りました、山南先生。」千尋は山南の前に線香を手向け、手を合わせた。「沖田先生を、どうかお守りください。まだあの方を、あなたの元へ行かせるのは惜しいのです。」千尋の言葉に返事をするかのように、一陣の風が吹いた。「随分と煩いと思ったら、雨が降っていたのか。」鈴江はそう言うと、窓を開けて古都を濡らす雨音に耳を澄ませた。「雨は嫌いじゃなかったのか?」「そんなことは一度も言った覚えはないね。こんな雨の夜は、お前と初めて会った時のことを思い出すよ。」「ふん。あの頃のお前は、まだ可愛げがあったな。」 信は煙管を咥えると、それに火をつけた。 鈴江はクスクスと笑いながら、信の無精ひげを撫でた。「今夜は抱いてくれないの?」「気が向かないんだ、勘弁してくれ。」「つまらないな。」そう言いながらも鈴江は、信の着流しを脱がしにかかった。ほつれた彼の髪が、信の頬にかかった。こうなると、鈴江の欲情が収まらないことを信は知っていた。信は鈴江の細い腰を掴んで彼を四つん這いにさせた。「祇園一の芸妓がこんな淫らな姿をしていると知ったら、お前の得意客は憤死するだろうよ。」「わたしは客に身体は売らないよ。芸は売るけどね。」口端を薄くつり上げて笑う鈴江を憎々しげに睨みつけながら、信は彼の上に覆い被さった。信が彼と知り合ったのは、土砂降りの雨が降る夜だった。博徒だった信は、賭場で諍いを起こし、博徒たちから袋叩きに遭った後、人気のない路地裏で雨に打たれて蹲っていた。 そこを通りかかったのは、舞妓として店だししたばかりの鈴江だった。 鈴江との出会いは、信が果てのない地獄の入り口に立った日だった。にほんブログ村
2015年05月01日
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夜目に慣れている歳三は、暗闇の中でも敵の動きがよく読めた。一人、二人と敵を倒した後、彼は首筋に刺すような痛みを感じた。(何だ?) 指先で首筋に刺さった物を抜くと、それは吹き矢だった。歳三が吹き矢を放った者を探そうとしたとき、彼は気を失った。「まさか、こんな獲物が出て来るなんて、今夜はついているね。」そう言って地面に倒れた歳三の顔を覗き込んだのは、料亭の座敷で彼が見かけた芸妓だった。芸妓の名は鈴江といって、祇園で一番の売れっ子の芸妓として知られていた。「鈴江、そいつをどうするつもりだ?」「そんな事、お前には関係がないだろう?」鈴江はそう言うと、自分の背後に立っている大男を睨んだ。月光に照らされ、鈴江の金褐色の髪と、髪に挿している簪が光った。「男の癖に随分と綺麗な顔をしているね。これが鬼の副長なんて、誰が信じるものかね?」鈴江はクスクスと笑いながら、気絶している歳三の頬を指先で優しく撫でた。大男は、そんな鈴江の様子を見ながら溜息を吐いた。「まったくお前という奴は、自分以外の男に興味津々なんだな?」鈴江はそっと歳三の頬を撫でるのを止め、大男の方に振り向いた。「色男が目覚めるのを待っていたら、夜が明けてしまう。帰りが遅くなったら置屋の女将に叱られる。」鈴江の気紛れに慣れている大男は、一度歳三の方を振り向くと、慌てて鈴江の後を追った。「ただいま帰りました、おかあさん。」「鈴江、お帰り。信さん、いつも鈴江のお供してくれておおきに。信さん、向こうにお握り用意してあるさかい、おあがりやす。」「有難うございます。」 鈴江とともに置屋に入った大男・信は、置屋の女将から労いの言葉を受けて彼女に笑顔で礼を言うと、夜食が用意されている奥の部屋へと向かった。 鈴江は顔に塗っていた白粉を落とし、髪に挿していた簪を抜いて鏡台の前に並べた。鮮やかな群青色の留袖を衣桁に掛けた鈴江が鏡を覗くと、浴衣の合わせ目から痩せた男の胸が見えた。 鈴江は男でありながら、祇園で芸妓として生きているのだった。「着替えは済んだのか?」「ああ。酔客相手の酌は疲れて仕方がないよ。まぁ、今夜の座敷は長州の残党狩りを逃れた浪士達だったから、少し面白い話を聞けた。」「長州の浪士どもが、まだ京に居るとはな。」信が猪口に酒を注ごうとすると、鈴江が慣れた手つきで彼の猪口に酒を注いだ。「長州は禁門の変で薩摩藩に煮え湯を飲まされて、いつかその報復をしようと兵力を蓄えているところらしい。長崎では、エゲレスやアメリカの武器商人が最新式の火薬や銃をメリケンから仕入れているから、奴らがそれを手に入れるのも時間の問題だろう。」「お前は俺にそんなことを話して何をしたいんだ?」「別に。ただこれから、面白い事が起きるだろうね、きっと。」そう言った鈴江は、蝋燭の仄かな灯りの下で金褐色の瞳を輝かせた。「副長、気が付かれましたか?」「千尋か。俺は一体・・」「なかなか祇園の料亭から帰って来なかったので様子を見に行きましたら、副長が路上で倒れているのをわたくしが見つけ、副長室に運んだ次第です。」「そうか。千尋、俺の傍に吹き矢が落ちてなかったか?」「いいえ。吹き矢がどうかされましたか?」にほんブログ村
2015年04月30日
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その日の夜、歳三は桐生に呼び出され、祇園の料亭に来ていた。「桐生殿、お待たせいたしました。少し用事が立て込んでいて、来るのが遅くなってしまい、申し訳ありません。」「いいえ、わたしも今来たところです、お気になさらず。」 桐生はそう言うと、歳三に微笑んだ。「伊東さんが怪しい動きをしているとは、一体どういうことなのでしょうか?」「実は、伊東殿は密かに薩摩と繋がっているとの噂を聞きました。」「薩摩と、ですか?」「ええ。」 薩摩と会津藩は、禁門の変に於いて共に長州藩を京から退けたが、薩摩藩の動きが少しずつ倒幕に傾いていると、桐生は歳三に話した。「薩摩が、倒幕に傾いているとなれば、やがて薩摩を敵対視している長州とも繋がる虞(おそれ)がありますね。」「ええ。薩摩藩は我が藩よりも兵力がありますし、薩摩と戦となれば会津が敗れるのは目に見えております。ただでさえ幕府の屋台骨が不安定だというのに、これからどうすればよいのか・・」「容保公は、薩摩藩に対してどのようなお考えをお持ちなのですか?」「殿は、暫く様子を見ると仰っておりました。」 桐生がそう言って酒を飲んでいると、襖の外から衣擦れの音がした。「今晩わぁ。」「おお、来たか、入れ!」 隣の座敷が呼んだ芸妓が、どうやら置屋から来たようだった。「芸妓を呼んで座敷遊びをするなど、随分と余裕がある方なのですね、隣の座敷の客は。」「恐らく裕福な商人でしょう。」桐生はそう言うと、座布団から立ち上がった。「では、某はこれにて。」「お気をつけてお帰り下さい。」 歳三は部屋から出て行く桐生を見送った後、膳の上に残っていた料理に箸をつけた。(伊東が薩摩と繋がっているとわかれば、監察方を使ってあいつの動きを探ってみるか・・) 歳三が窓を開けると、空には月が銀色の光を放ちながら浮かんでいた。 彼が月を眺めながら酒を飲んでいると、襖が開いて誰かが入って来た。 歳三が襖の方を振り向くと、そこには群青色の留袖姿の芸妓が立っていた。「貴様、何者だ?」「新選組副長・土方歳三様でございますね?」芸妓はそう言って歳三の元に来ると、彼の手に文を握らせた。「この文は?」「恋文でございます。では、わたくしはこれにて。」謎めいた芸妓は歳三に笑みを浮かべた後、座敷から去っていった。(何だったんだ、さっきの女は。妖の類か?) 料亭から屯所への帰り道に、歳三がそんなことを思いながら歩いていると、向こうの路地から数人の男達が飛び出してきた。「新選組副長・土方歳三だな?」「そうだが、お前ら何者だ?」「池田屋で死んだ仲間の仇、ここで討たせて貰おう!」「長州の残党がまだいやがるとは、面白ぇ・・」 歳三は口端を歪めて笑うと、素早く愛刀の鯉口を切った。にほんブログ村
2015年04月29日
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千は、修学旅行に行く前から、栗田達から虐められていた。 だが上位カーストに属する彼らを止める者など誰も居なかった。 自分の身は、自分で守るしかなかった。「離せよ。」「あぁ、今なんつった?」「汚い手で、俺に触るな!」「野郎、ふざけやがって!」 栗田が自分に向けて繰り出した拳を千はかわすと、間髪入れずに彼の鳩尾に己の拳を叩きこんだ。「荻野はん、大丈夫どすか?」「千代さんは先に道場へ帰ってください。」「へぇ・・」 千代が立ち去った後、千は道端で咳込んでいる栗田の前髪を乱暴に掴んだ。「立てよ、栗田。俺が相手になってやるよ。」「てめぇ如き雑魚が、俺を殴るなんて生意気だ!」「雑魚なのはてめぇの方だろうが。」自分に向かって唾を吐こうとする栗田の股間に膝蹴りを喰らわすと、千は彼の手から酒瓶を奪い取り、その場から去った。「畜生、許さねぇ・・」 遠ざかる千の背中を睨みつけながら栗田がそう呟くと、彼の眼前に突然白魚のような手が差し伸べられた。「立てますか?」「あんた、誰?」「わたくしは、ただの通りすがりの者です、お気になさらず。」 栗田の前に現れた謎の女は、彼に優しく微笑んだ。「先ほどの方、あなた様のお知り合いですか?」「知り合いってほどでもねぇよ。むしろあいつとはまともに話をしたこともねぇ。」「そうですか。」 女は懐から懐紙を取り出すと、それを栗田に手渡した。「またお会い致しましょう、素敵な方。」 女は栗田に背を向け、雑踏の中に消えた。「只今戻りました。」「千、栗田はまだ戻ってないのか?」「ええ。先ほど簪屋の前で見かけましたが、戻っていないのですか?」「ああ。副長がお前の事を呼んでいたぞ。」 千が副長室の前へと向かうと、中から歳三が誰かと話す声がした。「副長、千です。」「千か、入れ。」「失礼いたします。」 千が副長室に入ると、歳三の前には一人の青年が座っていた。「その方は?」「桐生正也と申します。あなたが、土方殿の小姓ですか?」「はい・・荻野千と申します。」会津藩士・桐生正也は、千の顔をじっと見た後、こう彼に言った。「美しい、まるで西洋の天使画から抜け出てきたようですね。」「お茶を淹れて参ります。」 副長室から出た千が厨房で茶を淹れていると、そこへ斎藤がやって来た。「千、副長はどちらへ?」「副長なら、会津藩の桐生様と副長室で話されております。」「そうか。千、後でこの文を副長に渡してくれるか?」「はい、わかりました。お預かりいたします。」 千は斎藤から文を受け取ると、それを懐にしまった。「桐生殿、お話とは何でしょうか?」「実は、伊東殿に少し怪しい動きがありまして、そのことを貴殿に報告に来た次第です。」「怪しい動き、と申しますと?」「それは今この場では言えません。今夜、この場所に来てください。」「解りました。」にほんブログ村
2015年04月28日
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「おい、そこの新入り!」 千と栗田が睨み合っていると、そこへ一人の隊士がやって来た。「楠田(くすだ)さん、何か僕にご用ですか?」「千、薙刀の稽古は順調か?」千から名を呼ばれた楠田という隊士は、彼にそう言って笑みを浮かべた。「ええ。」「そうか。お前は小せぇから、怪我をするなよ。」楠田は千から栗田へと視線を移した。「新入り、厠の掃除をしておけ。糞が詰まったら使えねぇからな。」「俺がやるのかよ!」「てめぇ、目上の者に対する口の利き方がなってぇな? 油を売ってねぇで、さっさとやりやがれ!」栗田は楠田を睨んで舌打ちすると、廊下から去っていった。「楠田さん、助けてくださって有難うございます。」「あんな奴の事は気にするな。お前は薙刀の稽古に励めよ。」楠田は千の肩を叩くと、自分の部屋へと向かった。「クソ、何であいつだけちやほやされてんだよ、ムカつくな!」 屯所の隅にある厠では、栗田が鼻を突く悪臭に顔を顰(しか)めながら柄杓(ひしゃく)を使って隊士達の排泄物を桶に入れていた。 今まで、彼は学校ではクラスの人気者で、階級(カースト)の最高位に居た。サッカー部の主将で、教師からも生徒達からも慕われてきた。そんな自分とは対照的に、千はクラスの中で存在感が薄い生徒だった。 それなのに、ここに来てから自分の立場が逆転し、人気者の地位を得た千は幹部連中からちやほやされ、自分はこうして厠掃除をしている。こんな理不尽があって堪るかーそんな事を思いながら栗田が痛む腰を擦っていると、向こうの木からぼうっと白い人影のようなものが見えた。(まさか、幽霊?) 栗田が目を擦りながらもう一度木の方を見ると、それは消えていた。「新入り、厠掃除は終わったのか?」「は、はい・・」「さっさと風呂に入りな。そんな臭ぇ身体で大広間に来てみろ、俺が承知しねぇからな。」「わかりました・・」 自分と同じ背丈の楠田にそう言われ、栗田は歯噛みしながらそう言うしかなかった。彼の焦燥と苛立ち、鬱屈した感情は、日に日に溜まっていった。そんなある日の事、栗田が楠田の言いつけで酒を買いに行っていると、千と千代が簪屋の前で仲よく話しているのを見かけた。「あれぇ、お前こんな所で何をしてんの?」「荻野はん、こちらの方はどなたはんどす?」「こいつは栗田。僕と最近新選組に入って来たんだ。」「そうどすか。うちは千代と申します。」「どうも。お前は気楽でいいよな、女と楽しく話せる暇があってさ。」 栗田はそう言うと、千に絡んできた。「栗田、今仕事サボっていいの?」「うるせぇな、お前には関係ねぇだろう!」「じゃぁ話しかけるなよ。」 千がそう言って栗田に背を向けようとした時、肩に衝撃が走った。「偉そうに俺に命令するんじゃねぇ、ムカつくんだよ!」 栗田の顔は怒りで醜く歪んでいた。 彼の顔を見た瞬間、千の脳裏に学校での忌まわしい記憶が浮かんできた。 “ほら、這いつくばって俺の靴舐めろよ。” 男子トイレで栗田は取巻き達を背後に従え、嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを口元に浮かべながら千にそう命令した。にほんブログ村
2015年04月27日
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「沖田先生、失礼します。」千がそう言って総司の部屋に入ると、一ヶ月前より少し痩せた総司が彼を迎えた。「先生、これ・・」「どうしたんですか、このお団子?」「茶店で賊を追い払ったお礼に、女将さんから頂きました。」「わぁ、嬉しい。わたし、団子大好きなんですよ。」総司はそう言うと、団子を美味そうに頬張った。「わたしね、甘党なんです。江戸に居た頃から色々と甘い物ばかり食べて、土方さんから甘い物ばかり食べるなって叱られちゃったことがあるんですよ。」「へぇ、そうなんですか・・」“新選組最強”と謳われた沖田総司の意外な一面を知った千は、そう言うと笑った。「千君、最近薙刀の道場に通っているそうですね?」「ええ。木屋町から少し離れたところにある道場に通っています。」「あそこの道場のお嬢さんと仲が良いそうじゃないですか?」「いいえ。お千代さんとはそんな関係じゃありません。」「君って、嘘を吐くとき耳を掻く癖があるんですねぇ。」「そうですか?」自分でも気づかない癖を総司に指摘され、千は苦笑した。「最近疑問に思うことがあるんですが、副長は何故いつもピリピリしているんでしょう?」「土方さんは、わざと悪役を演じているんですよ。隊士が増えて、色々と忙しくなってきましたからね。近藤さんの代わりに、土方さんが鬼になるしかないんですよ。」「色々と大変なんですね、中間管理職って。」「え?」「何でもありません。ただの独り言ですから気にしないでください。」千がそう言って総司の方を見ると、彼は激しく咳込んで苦しそうにしていた。「沖田先生、大丈夫ですか?」「少しお茶で噎(む)せてしまっただけです、気にしないでください。」「ですが・・」「千、何処にいる?」「ほら、土方さんが呼んでいますよ、早く行っておあげなさい。」「はい・・」総司の部屋から出た千が副長室に向かうと、歳三が仏頂面で彼を待っていた。「遅いぞ、何をしていた?」「沖田先生がお茶で噎せてしまって・・あの、何か僕にご用ですか?」「薙刀の稽古はどうだ?」「はじめは辛かったのですが、今は慣れてきました。お千代さんの丁寧な指導のお蔭です。」「そのお千代の事なんだが、最近お前とのことで妙な噂が立っていることを知っているか?」「噂、ですか?」「何でも、お前はお千代に許婚があるのを知っていながら、彼女に懸想しているとか・・」「それはありません。」「そうか、ならいい。仕事に戻れ。」「わかりました。」歳三から自分と千代との仲を疑われ、少し歳三に対して怒りを覚えていた千だったが、それは夜になるとすっかり忘れてしまった。 風呂に入った後、千が中庭で濡れた髪を拭いていると、そこへ栗田がやって来た。「お前さぁ、強盗倒して最近調子に乗ってねぇ?」「別に調子なんて乗っていませんよ。」「何だよその言い方、ムカつくな。上から目線で・・」突然自分に絡んできた栗田の態度を不審に思いながらも、千は彼をどう上手くあしらおうかと考えていた。にほんブログ村
2014年11月26日
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毎日道場に通ううちに、はじめは苦痛だった薙刀の稽古に身体が慣れてきて、千は普通に素振りを千回できるほどになった。「毎日素振り千回をすると、身体が慣れてきます。何事も基礎が大事どすえ。」「はい、わかりました。」「千代がこれから稽古をつけますさかい、お気張りやす。」 素振りを終えた後、千は千代に稽古をつけて貰い、足の運びや打ち方などを身に着けた。「千さんは、頑張り屋さんどすなぁ。」「そうですか?はじめはもう止めたいと何度思ったことか・・」「うちもそうどす。お母様は厳しい人やさかい、娘のうちにも門下生の方と同じように厳しく接しました。」稽古が終わり、千が千代と道場の近くの茶店でそんな話をしていると、店に少し風体の悪い男が数人入って来た。「ようこそおこしやす。」「女将、少しばかり金を貸してくれんか?」「急にそないな事を言われてましても、困ります。」「我らは尽忠報国の志士であるぞ!」女将と彼らの会話を聞いていると、彼らはどうやら軍資金をこの店に集(たか)りに来たようである。「尽忠報国の志士とは呆れますね。恫喝して金を集ろうなど、賊のようではないですか。」「何だと、貴様!」千の言葉を聞いて憤怒の表情を浮かべた男が、刀の鯉口を切ろうとした。その時自然と千の身体が動き、彼は薙刀用の木刀で男の脛を打ち据えていた。「これ以上痛い目に遭いたくなければ、さっさとここから出て行ってください。他の客の迷惑になるでしょう?」「覚えておれ!」男達が去った後、女将が千の前にみたらし団子を山ほど盛った皿を置いた。「あの、これは頼んでいませんが・・」「さっき助けてくれはったお礼どす。」「すいません、一人では食べきれないので、包んでいただけないでしょうか?」「へぇ。」「千代さん、では僕はこれで失礼します。」「ほな、明日また道場でお待ちしてます。」 茶店の前で千代と別れ、千が団子を土産に屯所へ戻ると、永倉と原田がニヤニヤしながら彼に近づいてきた。「千、お前昼間道場のお嬢さんと茶店でいちゃついていたんだって?」「しかも、店に金を集りに来た賊を追い払ったっていうじゃねぇか。お前もやるときはやるんだな。」「お二人とも、どうしてそれをご存じなのですか?」「そんなの、お前が知らなくてもいいこった。」「それよりも美味そうな団子だな。」「茶店の女将さんからお礼として頂きました。一人では食べきれないので、皆さんでどうぞ。」「おお、有難う!」「じゃぁ遠慮せずにいただくぜ!」「てめぇら、こんな所で油を売っていやがったな?」みたらし団子を前にしてはしゃぐ原田と永倉の背後で、地の底から轟くかのような声が響いた。「ひ、土方さん・・」「団子を食っている暇があったら、仕事をしろ!」にほんブログ村
2014年11月26日
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※参考動画です。 道場で稽古の見学をした後、千が師範から言い渡されたのは、素振り千回だった。薙刀用の木刀は長く、素振りをするたびにその重みが全身に伝わってくるので、百を越えたあたりで千は激しく体力を消耗していた。「どうぞ。」「有難うございます。」「余り無理せんと、ゆっくりした方が身体に身につきますえ。」師範の娘・千代は、そう言うと千に茶が入った湯呑を手渡した。「ここは、女性の門下生の方が多いですね。」「へぇ。薙刀は女子の護身術やさかい、ここの道場にはお武家の奥方様やお嬢様方が通われています。」「町人の方はいらっしゃらないのですか?」「へぇ。それよりも、荻野はんはお幾つどすか?」「今年で15になります。お千代さんは?」「うちは、今年で17になります。」「え、余りにも落ち着いているから、年上かと思いました。」「よう言われます。」「千代さんは、ゆくゆくはこの道場を継がれるのですか?」「さぁ、それはわかりまへん。」千と千代は初対面でありながらも意気投合した。「千代、そろそろ琴のお稽古の時間え。」「へぇ。」師範の君江に呼ばれ、千代は名残惜しそうに道場から出て行った。「荻野はん、千代には許婚が居ります。余り娘にちょっかいを出さんといてくださいね。」「はい・・」「荻野はん、お昼はうちで食べて行っておくれやす。」「有難うございます、頂きます。」 昼過ぎになると、門下生達は道場から出て行き、千は道場に隣接している君江の自宅で彼女と昼食を取ることになった。「さぁ、どうぞ。」「いただきます。」京野菜を使った昼食を食べた千は、不意に母親の事を思い出してしまった。「どないしはりました?」「すいません、故郷に居る母の事を思い出してしまって・・」「荻野はんは、国はどちらで?」「江戸です。母とは数年位、話をしていなくて・・」「そうどすか。」「君江さんは、いつからこの道場を経営していらっしゃるのですか?」「千代がまだ赤子の時から道場を営んでいました。」君江はそう言うと、茶を一口飲んだ。「荻野はんは、結婚のご予定は?」「ありませんが・・それが何か?」「ただ聞いてみただけどす。」 昼食後、千が道場を出て屯所に戻ろうとしていると、彼は一人の侍と道場の前ですれ違った。にほんブログ村
2014年11月24日
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「土方君、栗田君の素性がわからないからといって、蔵に監禁していては、彼の方も精神的におかしくなるとは思わないかい?」「だったらどうしたらいいんだ?」「他の隊士と同じように、栗田君に仕事を与えてみたらどうかね?素性がわからないのは、君の小姓となったあの少年も同じじゃないか。」「千はよく働いてくれているから、使い道はある。だが、栗田の野郎は何かと俺達に歯向かうから気に入らねぇ。そんなにあいつの面倒を見たけりゃぁ、伊東さんが見ればいい。」「そうさせて貰うよ。」「ただし、俺達に迷惑がかからない程度にやってくれ。あいつが勝手な真似をして俺達が迷惑を被るようなことになれば、俺は容赦なくあいつを斬る。」「承知した。」 伊東が歳三との話を終え、副長室から出て行くと、廊下には栗田の姿があった。「伊東先生・・」「わたしとともに来なさい、栗田君。」「はい!」「なぁ、蔵の中に閉じ込められていた奴、伊東先生が引き取ったんだってさ。」「伊東先生も物好きだよな。」 夕餉を食べていた千は、栗田が蔵から出され、伊東の元に預けられたことを知った。「副長、お茶をお持ちいたしました。」千が副長室に入ると、歳三は文机の前に座っていた。「あの・・」「栗田の事だったら、お前は何も気にするな。」「それは、どういう意味でしょうか?」「あいつは伊東が預かった。身分上は新選組の隊士だが、あいつが何か事をしでかしたら、その責任を取るのは伊東だ、俺達じゃねぇ。」「そうですか・・」「千、ここでの生活にはもう慣れたか?」「はい。ただ、僕は荻野さんと比べて何もできませんけれど・・」「出来なかったら、出来るようになればいいだけの話だ。」「そうですね。」「まぁ、お前は気が利くし、器用だから何とでもなるさ。問題は、お前にやる気があるかどうかだな。」歳三はそう言うと、一枚の紙を千に手渡した。「これは?」「荻野が薙刀の稽古をつけに貰っている道場だ。見学だけでもしてみればいい。」「わかりました。」「お前がやりたいと思うことをやれ。ただし、一度やったことは必ずやり通せ。」 翌朝、千は千尋が薙刀の稽古をつけに貰っている道場へと向かった。「ごめんください。」「へぇ、どうぞ。」「失礼いたします。」 千尋が道場の中に入ると、そこには道着姿の女性達が薙刀の稽古をしていた。(何だか、迫力あるなぁ・・)「あの、先生はどちらに?」「先生やったら、あちらどす。」門下生が指した方に、中年の女性が薙刀を構えていた。「先生、お客様どす。」「そうか。」道着姿の門下生たちとは違い、師範の女性は藤色の小袖姿だった。「初めまして、荻野千と申します。稽古を見学しに来たのですが・・」「そうどすか。」にほんブログ村
2014年11月24日
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「それじゃぁ、まずは俺が撃ってみるから、後で撃ってみるべ。」「はい・・」射撃場で山本覚馬がミニエー銃を撃つのを見た千尋は、彼に銃の撃ち方を教えて貰った後、初めて西洋式の銃を手にした。「見事だけんど、撃った時に目をつぶっちゃなんねぇ。」「はい、わかりました。」「ぬしは呑み込みがはやい。毎日練習したら、目をつぶらずに撃てるようになる。」 こうして千尋は、山本覚馬の塾に毎日通うようになった。「荻野、お前最近山本覚馬の塾に毎日行っているそうだな?」「はい。山本先生から西洋式の銃の撃ち方を習っております。」「西洋式の銃か・・そういえば、禁門の変で薩摩藩が西洋式の銃を持っていたな。」「山本先生によると、メリケンでの内戦が終わり、日本にその内戦で使われた銃が大量に出回るとか・・」「その銃を、倒幕派の連中が手に入れる可能性は高いな。」「西洋式の銃を使いこなすのには、時間がかかります。今の内に、隊士達に西洋式の銃の訓練を・・」「お前がそう言う前から、近々山本覚馬をここに呼んで、隊士達に銃の訓練を受けさせるつもりだ。」「そうですか。」「荻野、怪我の具合はどうだ?」「少しよくなりました。」千尋はそう言うと、銃撃を受けた右肩の傷を歳三に見せた。そこは少し皮膚が引き攣っていたが、傷口は塞がっていた。「余り無理をするなよ。」「はい。」 その日の夜、千尋が寝ていると、突然外から物音が聞こえた。眠い目を擦りながら彼が部屋から出て外を見ると、中庭に置かれている灯篭の近くに、人影があった。「何者だ!」「ひぃ!」千尋に刀を突きつけられ、蔵に監禁されていた筈の栗田が灯篭の陰から出てきた。「あなた、何故ここに居るのですか?」「ちょっと腹が減って、厨房の余り物を食いに・・」「食事は蔵で与えた筈です。それに、何故あなたが蔵から出てそんなところに居るのです?」「わたしが彼を蔵の中から出したのだよ、荻野君。」「伊東先生・・」千尋が伊東を見ると、彼は怯えている栗田の肩を優しく叩いた。「何も怯えることはないよ、栗田君。」「伊東先生・・」「伊東先生、局長や副長の許可なく勝手にその者を蔵から出すなど、おやめ下さい。このことは副長にご報告申し上げますが、宜しいですね?」「ああ、構わないよ。」「では、失礼いたします。」千尋が伊東と栗田に背を向けて部屋に戻ると、中庭に残った伊東は、栗田の方へと向き直り、彼にこう言った。「君は何も心配することはない。全てわたしに任せていればいいんだ。」「はい、先生・・」 翌朝、歳三は伊東と副長室で対峙していた。「蔵で監禁している栗田を外から出すなんて、一体どういうつもりだ?」「栗田君は君たちが思っているような危険な人物ではないよ。」「何の根拠があってそんなことが言える?」にほんブログ村
2014年11月22日
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「気が付いたかい?」「桂・・」千尋が目を覚めると、自分の前には桂が立っていた。「わたくしを、どうするつもりですか?」「君に危害を加えたりはしない。ただ、君を介抱してやっただけだ。」「介抱したと見せかけて、わたくしを人質に取ろうとしたのはありませんか?」「疑り深いな、君は。」桂は溜息を吐きながら、千尋を見た。「君が肌身離さず身に着けていたカメオの首飾り、あれは君のお母上のものだそうだね?」「ええ。」「君のお母上のご実家は、軍人の家系だそうだね?」「それがどうかなさいましたか?」「君は、何故新選組に居るんだ?君は何故江戸には戻らない?」「江戸の実家には、わたくしの居場所はないからです。それは、エゲレスでも同じです。」「そうか・・」桂はそう言うと、溜息を吐いて部屋から出て行った。「先生、あいつは?」「荻野君は、新選組に戻す。」「それでいいんですか?」「ああ。あの子は、わたし達の仲間にはなれない。」 千尋が失踪して数週間が経った頃、桂小五郎から歳三の元に文が届いた。「桂の文には何が書いてあったのですか?」「荻野を俺達の元に戻すとさ。」「それだけですか?」「ああ。」歳三は桂の文を読み終わった後、それを丸めて屑籠の中に放り込んだ。「副長、このたびはご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。」「お前が無事に帰ってきてよかったぜ。お前は今まで通り、隊務に戻れ。」「わかりました。」千尋が副長室から出ると、廊下で彼を待っていた総司が彼の方に駆け寄って来た。「荻野君、お帰りなさい。」「ただいま戻りました、沖田先生。沖田先生にもご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。」「君が無事に戻って来てくれてよかった。」総司はそう言うと、そっと千尋の肩を優しく叩いた。 その日の夜、千が厨房で夕餉の支度をしていると、そこへ一人の少年が入って来た。「荻野千尋様はご在宅でいらっしゃいますか?」「荻野千尋はわたくしですが、どちら様ですか?」「わたくしは萩田と申します。山本覚馬先生から荻野様に、文を預かって参りました。」「有難うございます。」 山本覚馬からの文を受け取った千尋は、翌日彼が経営している塾へと向かった。「ごめんくださいませ。」「おお、来たか。」千尋が来たことに気づいた山本覚馬は、彼をある場所へと連れて行った。「これは、西洋式の鉄砲ですか?」「ああ。これはミニエーといって、アメリカやエゲレスで使われている銃だ。」「そうですか。」「撃ってみるか?」「遠慮いたします。」にほんブログ村
2014年11月22日
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英国人の母は、自分を産んだ後すぐに亡くなり、江戸に居る父の元へ千尋は引き取られた。そこには父の本妻と、二人の息子が居た。上の兄は何かと千尋の事を気に掛けてくれていたが、本妻と二番目の兄、使用人達は千尋の事を邪険にした。―何と薄気味の悪い目をしていること・・―まるで化け猫のようだわ。―いつかこの家に災いを呼ぶかも・・千尋はいつも孤独だった。唯一の味方であった上の兄は結婚し、子が産まれ、千尋よりも自分の家庭を守る義務があった。父は仕事で忙しく、千尋や正妻達と顔を合わせることは数えるほどしかなかった。そんな中、ある事件が起きた。千尋が寝ている時、父の正妻が彼を絞め殺そうとしたのだ。“お前さえいなければ!”自分に向けられた激しい呪詛の言葉に、千尋は涙を流すしかなかった。何故自分は生まれたのだろうか。自分さえ生まれなければ、彼女があんなに狂うことはなかったかもしれないのに。「気が付いたようだな。」千尋が目を開けると、そこには桂の小姓が自分の顔を覗き込んでいた。「ここは何処だ?」「伏見のすず屋という旅籠だ。」千尋が布団から起き上がろうとしたとき、右肩に激痛が走った。「まだ傷口が塞がっていないから、動くな。」「何故わたしをここに連れてきた?」「それは桂先生に聞け。」桂の小姓・瑠璃はそう言うと、部屋から出て行った。「瑠璃、荻野君の様子はどうだった?」「先ほど目を覚ましました。」「そうか。」「先生、あいつをどうするつもりなのですか?」「それはお前が知らなくてもいいことだ。」「先生・・」「瑠璃、頼みたいことがある。」桂は座布団からそっと立ち上がると、千尋が身に着けていたカメオのペンダントを瑠璃に手渡した。「この首飾りの持ち主を、調べて欲しい。」「わかりました。西洋のもののようですね。」「これは、貝殻で作った首飾りで、かめおというらしい。」瑠璃はカメオのペンダントを桂から受け取ると、さっそくそのペンダントの持ち主の調査を開始した。「桂先生、ただいま戻りました。」「どうだった、何かわかったかい?」「はい・・」 桂が千尋の部屋に入ると、熱に魘されている彼は布団の中で苦しそうに呻いていた。彼はそっと千尋の額を撫でると、彼の手にカメオのペンダントを握らせ、そのまま部屋から出て行った。にほんブログ村
2014年11月19日
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「副長、お呼びですか?」「千、この文を黒谷まで届けて欲しい。」「わかりました。」「大事な文だから、なくすなよ。」「はい・・」 翌日、千は歳三からお使いを頼まれ、千尋とともに黒谷へと向かった。「黒谷まであと少しです。文はちゃんと持っておりますか?」「うん・・」千がそう言って懐にしまっている文を取り出そうとしたとき、千尋は微かな殺気を感じて刀の鯉口を切った。「どうしたの?」「どうやら敵に尾行されていたようです。あなたは文を持って黒谷に向かいなさい。わたしはここで、敵を食い止めます。」「そんな・・」「早く行きなさい!」千は千尋に背を向け、走り出した。「頭巾を被った奴を追え!」「逃がすな!」敵の声が背後から聞こえ、千は雨でぬかるんだ道を走り、会津藩本陣がある黒谷金戒光明寺の本堂へと続く石段を駆けあがった。 千が息を切らして石段を駆けあがった後、背後から銃声が聞こえた。「ぎゃぁぁ!」敵の一人が断末魔の悲鳴を上げて倒れたのを見た千尋は、間髪入れずに背後から自分に斬りかかろうとしていた男の頸動脈を切り裂いた。鮮血が飛び散り、白い頬が赤く染まっても、千尋はまるで舞うように軽やかな動きで敵を斬った。「くそ、相手は一人だぞ、囲め!」敵は全部で七人だったが、千尋が倒した時点でまだ四人残っていた。(これでは埒が明きませんね・・)千尋がそう思いながら刀を握り締めていると、後ろの草むらで何かが光ったことに気づいた。それが銃であることに気づいた時、彼はすぐさま来た道を戻ろうとした。しかし、彼は銃弾を右肩に受け倒れた。「どうする?」「生け捕りにしろとの命令だ。」誰かが自分の身体を担ぐ感覚がした。その後、千尋は意識を失った。「助けてください!」「どうした、何があった?」「敵に襲われました。」 山本覚馬とともに千が千尋と別れた場所へと向かうと、そこには血溜まりが残されていた。「さっき、銃声がして・・もしかしたら、荻野さんは敵に・・」「ぬし、名はなんという?」「荻野千と申します。」「千、ついて来い。」「はい。」千尋が敵に拉致されたことを知った歳三は、苛立ちを文机にぶつけた。「トシ、大丈夫だ。荻野君は必ず無事に俺達の元に帰って来る。」「俺も、そう信じたいぜ・・」 一方、敵に拉致された千尋は、悪夢に魘(うな)されていた。にほんブログ村
2014年11月19日
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「沖田先生!」「荻野君、君までそんな顔をして来るなんて・・」千尋が総司の部屋に向かうと、その部屋の主は懐紙で口元を押さえながら千尋に向かって優しく微笑んだ。「血を吐かれたと聞きましたが、もう大丈夫なのですか?」「ええ。少し落ち着きました。それよりも荻野君、あなたにひとつお願いがあるんです。」「お願い、ですか?」「ええ。もしわたしがこのまま死んだら、その時は土方さんの事をお願いしますね。」「沖田先生、そんな縁起でもないことをおっしゃらないでください!」千尋がそう言って総司を見ると、彼はそっと千尋の手を握った。「わたしはもう長くないのです。土方さんは冷酷に見えますけど、本当は優しい人なんですよ。」「副長は、どちらに?」「さっき、わたしの部屋に来て、今にも泣きそうな顔をしてわたしを見ていましたよ。」「そうですか・・」「荻野君、あなたにしか頼めないことなのです。」「わかりました。」「有難う、荻野君。」総司は、再び千尋に優しく微笑んだ。「副長、失礼いたします。」「入るんじゃねぇ。」 千尋が副長室に入ると、歳三は文机に顔を伏せて座っていた。「どうかなさいましたか?」「何でもねぇよ。」千尋が歳三の顔を覗き込むと、彼は涙を流していた。「怖いんだ・・総司が、いつか俺の前からいなくなっちまうんじゃないのかと思うと、怖くて仕方がねぇんだ。」「副長・・」「総司とは、江戸の試衛館で一緒に飯を食っていた頃からの仲だった。俺は、総司の事を本当の弟のように可愛がってきたんだ。」千尋は何も言わずに、歳三の話を黙って聞いていた。「あいつが血を吐いた時、俺はあいつが死ぬんじゃないかと思って怖くて仕方がなかった。」「副長・・さっき、沖田先生にお会いしました。」「あいつはお前に何と言っていた?」「もし自分が先に死んだときは、副長の事をわたくしに頼みたいと・・そうおっしゃって・・」「あいつ、余計な事を言いやがって・・」歳三はそう呟くと、手の甲で乱暴に涙を拭った。「先生、あのままあいつを放っておくのですか?」「瑠璃、荻野君はきっとわたし達の仲間になるよ。」 桂はそう言うと、顰めっ面をしている自分の小姓を見た。「何故です?」「荻野君は、何処かわたしに似ているからね。」にほんブログ村
2014年11月17日
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桂小五郎―長州派維新志士のリーダー格で、幕府に仇なす国賊。その名は何度も新選組内で聞いていたが、どんな顔なのか千尋は知らなかった。 桂小五郎は、日本人離れした黄金色の瞳と鳶色の髪をしていた。「あなたが、桂小五郎・・」「そうだ。君は確か、荻野千尋といったね?」「何故、わたくしの名を?」「新選組に送り込んだ間者が、わたしに君の事を教えてくれたんだ。」「あなたなのですか、橘太夫に毒入りの金平糖を渡して殺したのは?」「あの女は知り過ぎてしまった。嘉乃が晋作の子を産んだことも、その子をわたしが引き取ろうとしていることも・・全てを知ってしまったあの女の口を、わたしは嘉乃を使って封じたんだ。」「何ということを・・」「わたしは、目的の為ならば手段は選ばない。この国を新しく生まれ変わらせるためには、多少の犠牲は必要だ。」「それがあなた方の思想ですか・・理解できませんね。」「理解できなくて結構。今夜君をここへ呼んだのは、君を誘いに来たんだよ。」千尋が桂を見ると、彼は嬉しそうな顔をした。「君も、こちら側の人間にならないか?」「お断りいたします。人殺しの仲間になど、なりたくはありません。」「つれないね。でも壬生狼もわたし達と余り変わらないじゃないか。公方様を守るといいながら、自分達の掟を破ったものは容赦なく罰する。彼らのやり方と、わたし達のやり方と何が違うというんだい?」「それは・・」桂の言葉に、千尋は何も言い返せなかった。「さぁ、わたしの手を取って我々の仲間になってくれ。」千尋に笑顔を浮かべた桂は、優しく彼の前に手を差し出した。「ひとつだけ、お聞きしたいことがあります。」「何だい?」「もしわたくしがあなたの仲間になったのなら、不都合な事が起きたときにわたくしを殺しますか?」「それは、答えられないな。」「そうですか。」千尋はそう言うと、桂の手を邪険に振り払った。「何処へ行くつもりだい?」「お話は済みましたので、わたくしはこれで失礼させていただきます。」千尋が桂に背を向けて部屋から出ようとしたとき、彼の前に一人の少年が現れた。「そこをお退きなさい。」「瑠璃、彼に道を譲ってやりなさい。」「ですが、先生・・」「また会うことがあるだろう、荻野君。その時はきっと、わたしの手を取っておくれよ。」桂の言葉を無視した千尋は、そのまま音羽屋へと戻った。「ただいま戻りました。」「千尋、土方はんからあんたに文が届いているえ。」「有難うございます。」歳三の文を読んだ千尋は、島原での調査を終了し、屯所へと戻った。「短い間でしたが、お世話になりました。」 千尋が二週間ぶりに屯所へ戻ると、何やら屯所の中が慌ただしかった。「何かあったのですか?」「沖田先生が、血を吐かれたんだ。」にほんブログ村
2014年11月17日
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千里への土産を買った千尋は簪屋を出て、日没前に島原の大門をくぐり、音羽屋に戻った。「ただいま戻りました。」「早かったなぁ。」「千里ちゃんは今どちらに?」「千里なら、橘の部屋や。」「そうですか。」 千尋が橘太夫の部屋に入ろうとした時、部屋の前で彼は嘉乃と擦れ違った。(嘉乃さんが、何故ここに?)「橘さん、入りますよ?」部屋の中から返事がないことに気づいた千尋が橘太夫の部屋に入ると、そこには窓際に凭(もた)れかかるようにして亡くなっている橘太夫の姿があった。彼女の傍には、金平糖が入った壜が転がっていた。(まさか、嘉乃さんが橘太夫に毒入りの金平糖を?)千尋が先ほど部屋の前で擦れ違った嘉乃が橘太夫を殺したのではないかと疑い始めていた時、押し入れの中から苦しそうな呻き声が聞こえた。「そこに誰が居るのですか?」「千尋姐さん・・」 千尋が押し入れを開けると、そこには口に猿轡を噛まされ、荒縄で身体を縛られている千里の姿があった。「一体何があったのですか?」「橘姐さんが・・嘉乃姐さんの連れのお侍はんに殺されはった。」「嘉乃さんの、連れのお侍さん?それはわたくしに金平糖を渡すようあなたに頼んだ方ですか?」千尋の問いに、千里は静かに頷いた。「一体何があったのか、落ち着いてわたくしに話して。」「わかった・・」千里は時折しゃくりあげながら、橘太夫の部屋に嘉乃と連れの男が突然入って来て、橘太夫に毒入りの金平糖を食べさせ、自分を押し入れに閉じ込めたことを千尋に話した。「あなたはここに居なさい。わたくしは女将さんを呼んできますから。」 橘太夫が殺害された事件は、あっという間に京中に広まった。「厄介なことになったな・・」「ああ。島原で殺人が起きるとは・・しかも、毒入りの金平糖で太夫が殺されたとあっては、下手人の本当の狙いは荻野君だったんじゃないか?」「早く下手人を探さねぇと、大変なことになるな。」歳三はそう言うと、ぬるくなった茶を飲んだ。 その夜、千尋は殺害された橘太夫の代わりに五十鈴屋の座敷に上がることになった。「千尋と申します。」「ほう、君が島原に潜入している壬生狼か。女に化けてもわからないほど、綺麗な顔をしているな。」頭上で凛とした声が聞こえ、千尋が俯いていた顔を上げると、屏風の前には総髪の黄金色の瞳をした男が座っていた。「あなた様は?」「自己紹介が遅れたね。わたしは桂小五郎。」にほんブログ村
2014年11月17日
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