FLESH&BLOOD 二次創作小説:Rewrite The Stars 6
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月 芸能界転生パラレル二次創作小説:愛の華、咲く頃 2
火宵の月 ハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁 0
火宵の月 帝国オメガバースパラレル二次創作小説:炎の后 0
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:幸せの魔法をあなたに 3
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 0
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 昼ドラ大奥風パラレル二次創作小説:茨の海に咲く華 2
火宵の月 転生航空風パラレル二次創作小説:青い龍の背に乗って 2
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
火宵の月×薔薇王の葬列 クロスオーバー二次創作小説:薔薇と月 0
金カム×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:優しい炎 0
火宵の月×魔道祖師 クロスオーバー二次創作小説:椿と白木蓮 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:それを愛と呼ぶなら 1
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黄金の楽園 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:蒼き竜の花嫁 0
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
火宵の月 転生昼ドラパラレル二次創作小説:それは、ワルツのように 1
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 現代ファンタジーパラレル二次創作小説:朧月の祈り~progress~ 1
火宵の月 現代転生パラレル二次創作小説:ガラスの靴なんて、いらない 2
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 吸血鬼オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:黎明を告げる巫女 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:光の皇子闇の娘 0
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 昼ドラファンタジー転生パラレル二次創作小説:Ti Amo~愛の軌跡~ 0
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:花びらの轍 0
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
火宵の月 千と千尋の神隠し風パラレル二次創作小説:われてもすえに・・ 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
火宵の月×天愛クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月×ハリー・ポッタークロスオーバーパラレル二次創作小説:闇を照らす光 0
火宵の月 現代転生フィギュアスケートパラレル二次創作小説:もう一度、始めよう 1
火宵の月 異世界ハーレクインファンタジーパラレル二次創作小説:愛の螺旋の果て 0
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風パラレル二次創作小説:愛の名の下に 0
火宵の月 和風転生シンデレラファンタジーパラレル二次創作小説:炎の月に抱かれて 1
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
火宵の月 異世界ファンタジーハーレクイン風昼ドラパラレル二次創作小説:砂塵の彼方 0
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新選組副長と、一番隊組長、そして小姓であった荻野千が忽然と姿を消してから二月余り。「山崎君、トシの消息はまだ掴めんのか?」「申し訳ございません、局長。手を尽くしましたが、依然副長たちの消息は掴めませんでした。」「そうか・・」 局長室で山崎からの報告を受けた近藤は、そう呟くと低く唸った。 このまま歳三達の消息が判らないままだと、新選組の運営に大きな支障が出てしまう。何とかしなくては―そんな事を思いながら近藤が腕を組んでいると、局長室に何やら慌てた様子で三番隊組長・斎藤一が入って来た。「局長、失礼いたします!」「そんなに慌ててどうした、斎藤君?」「申し訳ございません、局長。実は先ほど、副長と千達を八坂神社で発見致しました。」「何だと、それは本当なのか?」「はい。」斎藤はそう言うと、自分の背後に立っている歳三達の方を振り返った。「近藤さん、心配させちまって済まねぇな。」「トシ・・」「ご迷惑をおかけしてしまってごめんなさい、近藤さん。」「総司、無事だったんだな!」近藤は歳三と総司の姿を見ると、勢いよく二人に抱きついた。「二人とも無事で良かった!今まで何処に行っていたんだ?」「ちょっと旅に出ていたんです。ねぇ土方さん?」「あ、あぁ・・」 まさか現代にタイムスリップしたとは近藤には言えなかったので、歳三は総司が吐いた嘘に同意した。「そうか。それならば文くらい寄越してくれていればよかったのに。だが、二人とも無事に帰って来たから良いか。」近藤はそう言うと、朗らかな声で笑った。 その日の夜、近藤は歳三達の無事を祝う為に酒宴を開いた。「なぁトシ、総司、二人とも勝手に居なくならないでくれよ?お前達二人が突然居なくなったせいで、俺がどれほど心配した事か・・」「近藤さん、二度とあんたにはそんな思いをさせねぇから、安心してくれ。」「あぁ、解ったよ。さぁトシ、今夜は飲み明かそうじゃないか!」「そうだな、近藤さん。」そう言うと歳三は近藤に微笑み、彼と酒を酌み交わした。 翌朝、歳三が布団の中で二日酔いからくる頭痛と戦っていると、副長室の襖がすっと開いて千尋が入って来た。「副長、お水です。」「有難う。荻野、お前ぇにも迷惑を掛けたな。」「いいえ。では、わたくしはこれで失礼いたします。」 千尋はそう言って歳三に微笑むと、副長室から出て行った。「荻野君、こちらに居たのだね。」「わたくしに何かご用ですか、伊東先生?」千尋はそう言うと、蒼い瞳を冷たく光らせながら伊東を見た。「そんなに怖い顔をすることないじゃないか。わたしは君と少し話をしたいだけなのだから。」伊東は千尋の手を掴み、彼に向かって笑みを浮かべた。だが千尋は、伊東の手を邪険に振り払うと、足早に彼に背を向けてその場から立ち去った。「可愛げのないところは飼い主に似たんだね・・」 伊東は小声でそう呟くと、開いていた扇子で口元を覆った。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年01月09日
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千が歳三達と共に八坂神社へと向かうと、そこに晋作の姿はなかった。「居ませんね、高杉さん。」「ああ。」千が晋作のスマホの番号に掛けてみると、近くの茂みから軽快なメロディーが鳴り響いた。「これがあいつのスマホか?」「はい。高杉さんがここに居ないという事は、彼はもう・・」「恐らく、そうだろうな。」歳三は晋作のスマホを握り締めながら、社の奥の方を見た。「戻るぞ、千。」「はい。」千が歳三と共に八坂神社を後にしようとした時、冷たい風が吹いて千の頬を撫でた。「千、どうした?」「いえ、何でもありません。」(今のは、何だったんだろう?) 千達が去った後、社の奥の神棚に祀られていた鏡が蒼い光を放っていた。 二週間後、千達は京都で大晦日の朝を迎えた。「千、準備は出来たか?」「はい、出来ています。」 千はそう言うと、必需品が詰まったリュックを背負い、歳三と共にホテルをチェックアウトした。 早朝を迎えた京の町は静まり返り、いつも観光客達で賑わっている祇園界隈は閑散としていた。「千、あれを見ろ!」「あれは・・」 歳三が指した方を見た千は、あの日と同じように八坂神社が蒼い光に包まれている事に気づいた。「行くぞ。」「はい。」「千君、向こうへ戻る前に一つ約束してくれますか?」「約束、ですか?」「ええ。わたし達の元へと戻った事を、絶対に後悔しない事。約束してくれますね?」「はい、約束いたします。」総司は千の言葉を聞くと、彼に優しく微笑んだ。「それじゃぁ、行きましょうか?」「ええ。」 千が総司の方を見ると、彼の全身が蒼い光に包まれている事に気づいた。歳三と総司、そして千は、ゆっくりと蒼い光の中へと包まれ、“時空の扉”の向こう側へと旅立った。 “扉”の中は、まるで穏やかな海のようにゆらゆらと揺れており、千達はその中を静かに流れていった。 余りの心地良さに、千はいつの間にか眠ってしまった。「千、起きろ。」「ん・・」歳三に揺さぶられ、千がゆっくりと目を開けると、彼は八坂神社の社の床に寝転がっていた。「土方さん、僕達は・・」「この時代でお前のそのなりは目立つ。これに着替えろ。」歳三はそう言うと、着物と袴が入った風呂敷包みを千に手渡した。「有難うございます。」洋服から着物と袴に着替えた千は、背負っていたリュックを風呂敷に包むと、歳三達と共に八坂神社から新選組の屯所がある西本願寺へと向かった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2017年01月02日
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「高杉、お前こんな所で何をしている?」「そういうお前ぇこそ、俺を殴った癖にどうしてこんな所で寛いでいるんだ?」 ホテルから出て散歩をしていた晋作は、祇園へ向かう途中で三条大橋近くの大手コーヒーチェーン店で、コーヒーを飲んでいる桂の姿を見かけ、彼に声を掛けた。「それは何だ、美味いのか?」「まぁな。お前も飲んでみるか?」「いい。それよりも桂、俺の命はもう永くないかもしれん。」晋作の言葉を聞いた桂は、飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。「そんなに驚くことはねえだろう。」「高杉、お前何処か悪いのか?」「ああ。俺は肺を病んでいる・・恐らく、新選組の沖田と同じ病に罹っていると思う。」晋作はそう言うと、桂の前に置いてある椅子の上に腰を下ろした。「だが彼は、この時代の医療でその病を治したと聞いているぞ?だったらお前も・・」「それは無理だ。たとえこの時代の医療を受けて病が治ったとしても、俺の寿命は変わらねぇんだよ。人の生き死には、神の領域。俺がどう足掻いたところで、俺が病で死ぬ運命は変わらねぇのさ。」「高杉・・」「おいおい、いつも俺に憎まれ口ばかり叩く奴が、そんな顔をすんなよ。調子が狂う。」晋作は今にも泣きだしそうな顔をしている桂の方を見ると、彼に懐紙を差し出した。「俺は大晦日に幕末へ戻ったら、長州へ帰るつもりだ。京へは二度と戻らないつもりだ。」「そうか。」「俺の身体の事は心配するな。俺は誰よりもしぶといんだ。」じゃぁな、と晋作は桂にそう言って彼に向かって手を振りながらコーヒーショップを後にした。 桂は晋作が去った後、すっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ。「苦いな・・」 祇園の花見小路に入った晋作は、目の前に広がっている風景が幕末の頃と全く変わっていない事に安堵した。 目を閉じて耳をすませば、自分が贔屓(ひいき)にしていた芸舞妓達が笑いさざめく声が聞こえてきそうだ。晋作はフッと口元を歪めて笑うと、そのまま花見小路を出て八坂神社へと向かった。 観光客で賑わう祇園界隈だが、何故か晋作が八坂神社に向かった時は誰もおらず、境内は不気味なほどに静まり返っていた。(何だか気味が悪いな・・)晋作がそう思いながら奥へと進んでいくと、一陣の風が彼の頬を撫ぜた。彼がゆっくりと社の方を見ると、そこは蒼い光に包まれていた。(どうやら、俺はあいつらよりも早く向こうへ戻れるみたいだな。)そう思いながら晋作は、自分が社と同じ蒼い光に包まれている事に気づいた。(千、これでお別れだ。きっと俺は、お前に会う事はもうねぇだろう。)脳裏に千の笑顔を浮かべながら、晋作は蒼い光の中へと―“時空の扉”の向こう側へと旅立った。「千君、どうしました?」「いえ・・高杉さんのスマホが全く繋がらないんです。何かあったのかな・・」 千は何度も晋作のスマホの番号に掛けたが、繋がらなかった。(もしかして、高杉さんはもう・・)「千君?」「沖田さん、僕八坂神社の方へ行ってみます。もしかしたらそこに高杉さんが居るのかもしれません。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月30日
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桂に拳で殴られた晋作は血が滲む唇を紙ナプキンで乱暴に拭うと、桂を睨みつけた。「俺を殴って満足したか?」桂は晋作の質問には答えずに、彼に背を向けてレストランから出て行った。「一体何があったんですか?」「ああ、ちょっとした痴話喧嘩さ、気にすることはねぇ。」晋作はそう言って千に微笑むと、皿に載った料理を食べ始めた。「美味いな。千、お前も食ってみろ。」「は、はい・・」晋作から勧められ、千は味噌ラーメンを一口食べた。「どうだ、美味いだろう?」「はい。あの高杉さん、これから僕達をどうするつもりなのですか?」「さっき言っただろう、俺は大晦日にデカい花火を打ち上げる気だって。」「はい、それは聞きました。ですがその言葉の意味がわかりません。」「俺は桂を揶揄(からか)う為に英国公使館の焼き討ちと同じような事をするつもりだと言ったが、そんな過激な事をするつもりはさらさらねぇよ。まぁ、それとは別にやりたいことがある。」「やりたいこと、ですか?」「ああ。俺は今までこの時代の様々な技術を身につけてきた。全ては、幕末(むこう)に戻る時に役に立つと思ってな。だが最近、俺はこの時代に居た方が良いんじゃないかと思うようになってきた。まぁ、この時代だと労咳で死ぬことはねぇ。」晋作はそう言って味噌ラーメンのスープを啜ると、総司の方を見た。「あんたは、俺と同じ病に罹っていたが、この時代の医療技術によって命を救われた、違うか?」「はい、そうですけれど、それと貴方とどういう関係があるのですか?」「俺はまだまだ生きたいんだ。生きて、この時代の事をもっと知りたい。だが、俺はこの時代の人間じゃねぇ。だから、本来元居た場所に戻る事に決めたのさ。」晋作は窓の外に広がる京の街並みを見つめると、そう言って溜息を吐いた。「千、お前は俺達と一緒にあっちへ・・幕末へ戻りてぇか?」「はい、戻ることが出来るのなら、戻りたいです。だってあっちには、僕の居場所があるから。」「そうか。でもな、お前が今自分で決めた事をいつか必ず後悔する時が来るかもしれねぇ。それでも、戻りたいか?」 晋作の言葉を聞いた千は、一瞬脳裏に愛する家族の笑顔が浮かんだ。今彼らと幕末に戻れば、家族とは二度と会えないかもしれない。だが、それでも千は総司達と幕末で新選組の一員として生きていきたいと思った。「はい。僕は土方さん達と、新選組と共に生きます。」「そうか・・その言葉、覚えておくぜ。」 昼食を終えた千達は、レストランの前で晋作と別れた。「次会った時は敵同士だな、千。その時は俺を躊躇いなく斬れ。」「はい。あの高杉さん、どちらへ行かれるのですか?」「ちょっと出かけて来る。」 晋作は千に笑顔で手を振ると、彼に背を向けて歩き始めた。四条河原町の繁華街の中を歩きながら、晋作は突然胸が苦しくなり、激しく咳込んだ。 口元を覆った右の掌は、真紅の血で濡れていた。「人の生き死には、神の領域・・運命は、変えられねぇのか。」そう呟いた晋作は自嘲めいた笑みを浮かべながら、再び雑踏の中を歩き始めた。彼の脳裏に、レストランで会った沖田総司の顔が浮かんだ。彼も自分と同じように、死から逃れられない運命にあるのだろうか。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月29日
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※BGMと共にお楽しみください。桂の姿が見えた途端、歳三は座っていた椅子から立ち上がって彼を睨みつけた。「高杉、これは一体どういうことだ?」「落ち着けよ、桂。今日お前を呼んだのは、これから大事な話をするためだとさっき言っただろう?」晋作はそう言うと桂の肩を軽く叩き、彼に座るように目配せした。「それで、大事な話とは何だ?」「次に“時空の扉”が開くのは二週間後の大晦日だと言う事は、確かだな?」「ああ。それがどうかしたのか?」「実はその日に、俺は大きな花火を打ち上げようと思うんだ。」「大きな花火だと?お前、まさか江戸で英国公使館を焼き討ちしたような事と同じ事をしようとしているのか?」「ご名答。」晋作はグラスに注がれた水を一気に飲み干すと、そう言って桂に向かって笑った。「てめぇ、誰かと思ったら大樹公が御上洛した際に野次を飛ばした奴だな?何処かで会ったことがあると思ったぜ。」歳三はそう言うと、晋作を睨んだ。「野次を飛ばすも何も、俺は当たり前のことを言っただけさ。」「この野郎・・」歳三が拳を固めて晋作を殴りつけようとした時、総司が彼の手を掴んで制した。「土方さん、暴力はいけません。」「だが総司、こいつは国賊だぞ!」「おいおい、国賊とは聞き捨てならねぇな。俺達はこの国の為に俺達のやり方で幕府の腰抜け外交に対して抗議しているだけの事だ。」「抗議、ねぇ・・京で要人を闇討ちしてその首を三条河原に晒したり、横浜で異人を斬り殺したりするのがお前達のやり方か?そんな事だから、禁門の変でお前達の仲間は天王山で無様な死に方をしたんだったな。」 歳三の挑発に晋作は乗らなかったが、彼は気分を害したようで晋作の眉間には深い皺が寄っていた。「まぁ、その話はおいといて、まずは飯にするか。ここの飯屋は自分で飯を取りに行く形式なんだとさ。」晋作はさっと椅子から立ち上がると、料理が並んでいるテーブルの方へと向かった。「千君、貴方はあの人と一体どういう関係なんですか?」「話せば長くなりますが、高杉さんは根っからの悪人ではないと思います。ちょっと傲慢で無鉄砲なところがありますけど。」「あいつは昔からそうだ。松下村塾に居た頃、あいつにどれだけ迷惑を掛けられたか・・」桂はそう言って溜息を吐くと、グラスの中の水を一口飲んだ。「俺ぁ、あいつみたいな奴は大嫌いだ。桂、お前ぇもな。」「そうかい、それは残念だね。」「総司、千、俺達も飯を取りに行くか。」歳三達が晋作と入れ違いに料理を取りに行くと、そこには色とりどりの料理が並んでいた。「何だかどれを食べたらいいのか、迷っちゃいますね。」「ああ。総司、腹の子の為にしっかり食べろよ?」「はい。」「腹の子って・・沖田さん、まさか妊娠していらっしゃるんですか?」「はい。一度目はあんな事があってもう妊娠はできないと思ったんですけれど、神様がわたしの為に贈り物を授けてくださったのですね、きっと。」「沖田さん、お腹を触ってもいいですか?」「いいですよ。」千がそっと総司の下腹に触れると、そこには小さな命が宿っている温かさを感じた。「元気な赤ちゃんを産んでくださいね。」「有難う、千君。さてと、そろそろ戻りましょうか?」「ええ。」 総司達が料理を載せた皿を持って自分達の席へと戻ろうとした時、突然グラスが割れる甲高い音が店内に響いた。「ふざけるな!」桂は怒りで頬を赤く染めながら旧友に向かってそう怒鳴ると、彼の顔を拳で殴った。「落ち着けよ、桂。話はまだ終わってねぇぞ。」「お前とこれ以上話す事などない!」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月28日
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病院から出てホテルの部屋へと戻った歳三と総司は、今後の事を話し合った。「土方さん、もし幕末(むこう)へ戻ったら、わたしはこの子を無事に産むことが出来るでしょうか?」総司はそう言って不安げな表情を浮かべながら、まだ膨らんでいない下腹を擦った。「大丈夫だ、俺が産婆を手配してやる。出産は俺の休息所ですればいいし、近藤さんには俺が事情を全部話す。」「そうですか・・」総司は歳三の言葉を聞くと、彼に微笑んだ。「どうした?」「いえ、こうして土方さんと二人きりでいられる時間が、後どのくらい残っているのかなぁって・・」「馬鹿野郎、俺よりも先に逝くんじゃねぇよ。」歳三は総司を抱き締めると、今まで必死に堪えてきた涙を流した。「鬼の目にも涙、ですね。」「こんな時に、揶揄(からか)うんじゃねぇ・・」自分を抱き締めたまま泣く歳三の背を、まるで赤子をあやすかのように総司は優しく掌でぽんぽんと叩いた。 クリスマスシーズンとあってか、千年王城と呼ばれている京の街中は、色とりどりのイルミネーションで美しく飾られていた。 西洋の習慣が日本に根付き、やがてそれが一般的なものとなった事を、尊皇攘夷を叫んでいた連中が見たらどう思うのだろうかと、晋作は一人でそんな事を考えながら歳三達が泊まっているホテルへとタクシーで向かった。 チェックインをする外国人観光客達でホテルのロビーは混雑しており、晋作は自分の順番が来るまで外の喫煙スペースで煙草を吸っていた。「高杉、ロビーに居ないと思ったらこんな所に居たのか?」背後から半ば怒りを含んだ声が聞こえて晋作が振り向くと、そこにはまるで苦虫を噛み潰したかのような顔をしている桂が立っていた。「桂、そんな顔をするな。美男子が台無しだぞ?」「黙れ。お前、わたしと彼らをここに呼び出して、一体何を考えているつもりだ?」「それは役者が揃ってから話すよ。」「役者だと?」「ああ。」晋作がそう言ってちらりとホテルの入り口の方を見ると、向こうから駆け足で自分達の方へとやって来る千の姿が見えた。「すいません、遅くなりました!」「漸く役者が揃ったところだし、寒い外で話すのも何だから、中で昼飯でも食いながら話そう。」 晋作は自分を睨みつけている桂を気にせず飄々とした口調でそう言うと、千と共にホテルの中へと入った。 同じ頃、歳三達はフロントから電話を受け、エレベーターで17階のカフェレストランへと向かっていた。「誰なんでしょうね、わたし達を呼び出したのは?」「さぁな。着いたぞ。」 17階のカフェレストランの中へと入ろうとした歳三と総司は、窓際の席で自分達に向かって手を振っている男の姿に気づいた。「お~い、こっちだ!」「千君、どうして貴方がここに居るんです?」「話せば長くなります。沖田さん、土方さん、どうぞこちらへお掛け下さい。」晋作の隣に座っている千の姿を見た総司は戸惑いを隠せない様子で、歳三と共に椅子に座った。「あの、貴方はどなたなのですか?随分千君と親しいようですが?」「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は高杉晋作。もう一人、客人が来るぜ。」「客人だと?」歳三がそう言って眉間に皺を寄せながら晋作を睨みつけていると、桂が彼らのテーブルの方へとやって来た。「済まない、待たせてしまったな。」「桂・・」「君は・・」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月27日
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シャワーを浴びた歳三がドライヤーで髪を乾かしていると、部屋のドアチャイムが鳴った。「ルームサービスです。」「こちらです、どうぞ。」 歳三が浴室から出ると、部屋に食事を載せたワゴンをひいたホテルの客室係が入ってくるところだった。「総司、勝手にルームサービスを頼んだのか?」「だって、お腹が空いて仕方がないんですもん。」「お前ぇ、さっきパンを食ったばかりだろうが?」歳三が呆れた顔でそう言って総司の方を見ると、彼は既にルームサービスの支払いを済ませ、オムライスを食べていた。「最近、何だか食欲が湧き過ぎるんですよねぇ。」「何かの病じゃねぇのか?一度医者に診て貰ったらどうだ?」「そうですね。」総司はそう言うと、またオムライスを一口頬張った。 一時間後、総司は京都市内の病院で内科を受診したのだが、内科医からの言葉に彼は衝撃を受けた。「どうやら妊娠なさっておられるようですね。産婦人科を受診してください。」「え・・?」 かつて自分の身に起きた事件の所為で、自分が妊娠できない事を歳三から聞かされていた総司は、また自分が妊娠している事が信じられなかった。「有難うございました・・」 総司が内科から産婦人科の待合室へと移動すると、そこにはお腹が大きい妊婦や幼児連れの女性が沢山居て、一人で診察の順番を待っている総司は、何だか居た堪れなくなった。「沖田さん、沖田総司さん。」「はい。」 診察室に入ると、薄紅色の診察台がカーテンの向こうに置かれていた。「下は全部脱いでくださいね。」「は、はい・・」一度は経験した事なのに、何故かこの診察台に乗るときは身体が緊張で強張ってしまう。 暫くすると、女性医師の声がカーテンの向こうから聞こえて来た。「沖田総司さん、ですね?」「はい・・内科に妊娠していると言われたので、来たのですが・・」「おめでとうございます、現在7週目に入っていますよ。」「先生、わたし一度妊娠したことがあるのですが、不慮の事故に遭って、もう二度と妊娠できない身体になったと、以前病院で言われたことがあるんです。」「沖田さん、今回の妊娠は奇跡ですよ。次回の健診には、ご主人と一緒に来てくださいね。」「はい・・」 病院の外で煙草を吸いながら総司を待っていた歳三は、晴れやかな笑顔を浮かべながら総司が病院から出て来るのを見て彼の元へと駆け寄った。「どうした、総司?」「土方さん、さっき産婦人科で診て貰ったら、またわたし身籠っているそうです。」「それは、本当か?」「はい。変に食欲が湧いているのも妊娠の兆候だって、先生がおっしゃっていました。土方さん、どうして泣いているんですか?」「いや・・またお前が俺の子を身籠った事が嬉しくてな・・」歳三はそう言うと、乱暴に手の甲で頬を伝う涙を拭った。「総司、元気な子を産めよ。」「はい。土方さん、今日から煙草を吸うのは止めてください。」「わかっているよ。」歳三は煙草の箱を近くのゴミ箱へと放り投げた。「お前ぇに似た娘だったらいいなぁ。」「嫌だなぁ、土方さんに似た息子が生まれますよ、きっと。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月26日
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京に着いた途端、何者かに命を狙われている事を知った歳三は、その日の夜は一睡も出来ずに朝を迎えた。「おはようございます、土方さん。」「おはよう・・」目の下に隈を作っている歳三の姿を見た総司は、彼に電気ポットで淹れた白湯が入った湯呑を差し出した。「これでも飲んで落ち着いてください。」「有難う、総司。それにしても、一体誰が俺の命を狙っているんだろうな?」「さぁ・・それよりも土方さん、早く着替えて朝餉を食べに行きましょうよ。」「わかった。」 浴衣から私服に着替えた歳三は、総司と共に部屋を出てホテル内のレストランで朝食を取った。「総司、そんなに甘味ばかり食ったら太るぞ?」「大丈夫ですよ、わたしあんまり太らない体質なので。」そう言いながら総司は皿に載ったジャムパンやシナモンロールを平気で平らげていく。「お前なぁ・・」歳三が呆れた顔をしながら食パンにジャムを塗りたくっている総司の横顔を見ていると、彼は再び背後に強烈な視線を感じて振り向いた。 レストランから少し離れた場所に、灰色の上下のスウェット姿の青年が、虚ろな目で歳三の事を睨んでいた。「総司、少しここで待ってろ。」「はぁ~い、わかりました。」歳三が席を立ち、レストランから出て青年の方へと近寄ろうとしている事に気づいたのか、彼は歳三に背を向けて突然走り出した。「待て!」青年は歳三を肩越しに睨みつけながらも、走るスピードを緩めようとしなかった。 彼は丁度エレベーターホールに到着したエレベーターに乗り込もうとしたが、非情にもそのドアは彼の目の前で閉まってしまった。「クソ!」そう吐き捨てるような口調で悪態をついた青年は、その場で地団駄を踏んだ。「てめぇか、さっき横断歩道の前で俺の背中を押したのは?」「俺はあの人に頼まれただけだ!」「あの人だと?そいつはぁ一体誰の事だ?俺が怒らねぇ内に全てを吐け。」歳三がそう言って青年の胸倉を掴むと、彼は乱暴に歳三の手を振り払い、そのまま下りのエレベーターに乗り込んでしまった。「ったく、逃げ足が早い野郎だ・・」歳三が舌打ちしながら総司が居るレストランへと戻ると、彼は五個目のシナモンモールを平らげているところだった。「総司、そろそろ部屋に戻るぞ。」「わかりました。ねぇ土方さん、部屋に戻る前にシナモンロールを買ってください。」「わかったよ、買ってやるよ・・」「さっきの子、何だか訳ありみたいでしたね。」 ホテル内のベーカリーショップで総司はそう言いながらトレイの上に次々と商品を載せると、歳三の方を見た。「ああ。あいつ、逃げる前に誰かに俺を殺そうとするのを頼まれたとか言っていたな。」「土方さん、知らなうちに恨みを買っていますからね・・女の人絡みで。」「総司、最後の一言は余計だろうが。」歳三がそう言って総司の方を睨むと、彼は自分が持っていたトレイを歳三に手渡した。「おい総司、まさかとは思うが・・これ全部食う気じゃねぇだろうな?」「食べますよ?」「腹壊しても知らねぇぞ。」 レジで歳三はそう言いながら会計を済ませた後、溜息を吐いた。部屋に戻った総司が早速買ったパンを食べている姿を横目で見ながら、歳三は浴室に入ってシャワーを浴びた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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桂が二人の為に用意してくれたホテルは、四条河原町の繁華街の中にあった。「桂の野郎、こんな所に銅像なんか建てやがって・・」「偶然ここに建っているだけですって。土方さん、そんな事でイライラしないでくださいよ。」ホテルの正面玄関前にある桂の銅像を睨みつけた歳三を総司はそう言って宥めながら、ホテルの中へと入った。「なぁ、この宿屋、まさかあいつが経営しているっていうんじゃねぇだろうな?」「それはないですよ。」 フロントでチェックインを済ませた歳三は、総司と共に部屋に入ると、ベッドの端に腰掛けて溜息を吐いた。「どうしたんですか、土方さん?溜息なんて吐いて?」「桂の野郎が一体何を企んでいやがるのかが解らねぇ・・わざわざ俺達に宿を手配するなんて・・」「疑り深いですね、土方さんは。こんな宿屋に泊まる機会はめったにないんですから、楽しみましょうよ。」「ああ、そうだな。それよりも総司、昼飯の時間にはまだ早いから、近くを散歩してみるか?」「そうですね。」 ホテルの部屋から出た歳三と総司は、昼食の時間までホテルの周辺を散策することにした。「現代(こちら)の京の街は、何だか異国のようですね。」「そうだな。総司、何か欲しい物はあるか?」「そうですねぇ。何だか歩いているとお腹が空いてきちゃったので、お菓子が欲しいです。」「ったく、てめぇはガキか。」 歳三は溜息を吐くと、総司と共に百貨店の中へと入った。「熊さんのお菓子が欲しいです。」「わかったよ。」歳三は子供のようにはしゃぐ恋人の姿を呆れた顔で見ながら、熊のイラストが描かれている洋菓子店で菓子を何個か購入した。「何だかこうして土方さんと並んで歩いていると、でぇとみたいですねぇ。」「みたい、じゃなくて俺達がしているのはデートだろうが。」三条大橋を渡りながら歳三が総司をそんな話をしていると、突然歳三は背後から強烈な視線を感じて振り向いた。 だが、そこには誰も居なかった。「土方さん、どうしましたか?」「いや、何でもねぇよ。」(何だ、さっき誰かが俺の事を見ていたような気がしたが・・気の所為か。) 歳三はそう思いながら再び総司と共に三条大橋を渡り、祇園へと向かった。「何だかこの通りを歩いていると、わたし達が居た頃と街並みが余り変わっていませんね。」「そうだな。総司、そろそろ宿屋に戻るか?」「ええ、そうですね。」 二人がホテルへと戻る為に横断歩道の前で信号待ちをしていると、歳三は突然誰かに背中を押された。「土方さん、大丈夫ですか?」「ああ。」歳三は自分を見つめる野次馬の中に自分の背中を押した犯人を捜そうとしたが、犯人は何処にも居なかった。「少し部屋で休みましょう。」「わかった。」(一体誰が、俺の事を狙っているんだ?)この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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歳三が桂に呼び出され、彼が待ち合わせ場所であるホテル内にあるレストランへと向かうと、桂は窓際の席で総司と談笑していた。「桂、俺に何の用だ?」「土方さん、そんなに桂さんを目の敵にすることはないでしょう?」「総司、こいつと一体何を話していたんだ?」「ああ、それはこれから話すよ。」桂はそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。「これを、君達に渡しに来たんだ。」「これは何だ?」「京都行の特急列車の切符だ。向こうの宿もこちらで手配してある。」「てめぇが俺達に気を遣ってこんな物を贈ってくれるなんざ、どういう風のふきまわしだ?」「別にわたしは何も企んでいないよ。ただ、君達が居ない新選組の様子が今どうなっているのか、気になって仕方がなくてね。」「ふん、どうだか。」歳三は乱暴に桂から特急列車の切符を受け取ると、彼を睨んだ。「それじゃぁわたしはこれで失礼するよ。」桂はそう言って椅子から立ち上がると、そのままレストランから出て行った。「桂さん、行っちゃいましたね。」「総司、お前あいつに気があるのか?」「まさか。それよりも土方さん、さっき女将さんが土方さんの事を探していましたよ。」「そうか。」 総司と朝食を取った後、歳三は女将の居る事務所へと向かった。「女将さん、おはようございます。」「土方さん、やっと来てくれたわね。あのね、今後の事なんだけれど・・大変申し訳ないのだけれど、貴方には仲居の仕事を辞めて貰えないかしら?」「わかりました。あんな騒ぎを起こした後ですし、俺みたいな人間が居たら、客商売に響きますからね。」「本当にごめんなさいね。これ、今まで働いてくれた分のお給料。」「有難うございます。」女将から給料が入った封筒を受け取った歳三は事務所を後にし、総司が居るレストランへと戻った。「土方さん、その封筒・・」「ここでの仕事を辞めることになった。俺は社員寮の部屋に戻って荷物を纏めるから、お前ぇは先に駅へ行ってろ。」 歳三はそう言ってコーヒーを飲むと、ホテルから出て行って社員寮の部屋へと戻った。 元々荷物が少なかったので、私物はスーツケースに簡単に纏められた。こたつなどの家電類は、社員寮の備え付けのものなので、処分には困らなかった。「土方さん。」「総司、先に駅へ行ってろって言っただろうが?」「一人で行くのは寂しいので、一緒に行きましょう。」「ったく、仕方がねえな。」歳三は総司とバスで金沢駅へと向かい、そこで特急列車に乗って京都を目指した。「桂の野郎、一体何を企んでいやがる?」「そんなにカリカリすることはないでしょう、土方さん。京都に着くまでまだ時間があるんですから、ゆっくりと休みましょうよ。」「ああ、そうだな。」 歳三はそう言って窓の外の雪景色を眺めていると、いつの間にか眠ってしまった。「土方さん、もう京都に着きましたよ、起きてください。」「あぁ、そうか・・」歳三は眠い目をこすりながら、総司と共に特急列車から降りて京都駅からタクシーで宿泊先のホテルへと向かった。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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「本当に貴方は、被害者とは顔見知りではないんですね?」「ああ。この男の事は何も知らないよ。さっきからそう言っているだろうが。」歳三はイライラした様子でそう言うと、自分と向かい合わせに座っている年配の刑事を睨んだ。「済まねぇが、煙草を一本くれねぇか?昨夜から一睡もしてねぇんだ。」「ここは禁煙だが、まぁ別に誰も見てないからいいか。」年配の刑事はそう呟いてスーツのポケットに入っている煙草の箱から一本煙草を取り出すと、それを歳三に手渡した。「悪ぃな。」 歳三は煙草を咥えると、年配の刑事からライターを受け取りそれに火をつけた。「この男が死んだのは、失火による事故死なんだろう?それなのに何で、こいつと面識がない俺が疑われているんだ?」「実はねぇ・・現場が火事になる前、あんたの姿をそこで見たっていう目撃者が現れたんだよ。」「目撃者?」歳三は年配の刑事の言葉を聞き、眦を上げた。「ああ。その人が言うには、あんたが被害者宅から急いで出て来るところを見たってさ。」「その目撃者って言うのは、一体何処のどいつなんだ?」「それは捜査情報だから、言えないね。だが、被害者の服からあんたの指紋が検出されたっていうのが、どうも腑に落ちないねぇ・・」「俺は殺してねぇって言っているだろうが!?」「まぁまぁ、落ち着きなって。」歳三がテーブルで拳を叩くと、年配の刑事は慌てて彼を宥めた。「俺の疑いはいつ晴れるんだ?もうこんな所には居たくねぇよ。」彼がそう言って刑事を見た時、取調室に若い刑事が飛び込んできた。「警部、大変です!容疑者が自首してきました!」「何だと!?」 容疑者が自首した為、殺人の疑いが晴れた歳三は漸く警察から解放された。「あ~、疲れた。」「土方さん、疑いが晴れたんですね。」「総司、わざわざ迎えに来てくれたのか。」 歳三が警察署から出てくると、駐車場で傘を持った総司が彼の元へと駆け寄って来た。「雪が降る前に、土方さんと一緒に帰ろうと思って来ちゃいました。はい、これどうぞ。」「有難う。」総司から傘を受け取った歳三は、彼と共に警察署を後にした。 社員寮の自分の部屋に入った歳三は、玄関で靴を脱ぐと余りの寒さに身を震わせ、電気こたつのスイッチを入れてそれに潜り込んだ。「土方さん、これからどうします?」「まだ考えちゃいねえよ。それよりも総司、お前ぇ宿に戻らなくてもいいのか?」「明日の朝、チェックアウトするので、今夜はもう遅いですし、ここに泊まってもいいですか?」「好きにしろ。総司、飯はもう食べたのか?」「ええ。土方さん、今日はお疲れのようですから、ゆっくりと休んでください。」「ああ、わかったよ。お休み、総司。」「お休みなさい、土方さん。」 翌朝、歳三が目を覚ますと、隣で寝ていた筈の総司の姿はなく、こたつの上に一枚のメモが置かれていた。“宿に戻ります、総司” 歳三が欠伸を噛み殺しながら布団を畳んでいると、バッグに入れてあったスマホが鳴った。「もしもし?」『その様子だと、君の疑いは晴れたようだな?』「桂、こんな朝早くから俺に何の用だ?」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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何だろうと思いながら千が背後を振り向くと、車から一人の男が降りて来た。「お前が、桂が言っていた子か。」「あの、貴方はどなたなのですか?」「自己紹介が遅れたな。俺は高杉晋作。少しお前と話したいことがある、俺と暫く付き合ってくれないか?」「はい・・」 男―晋作と共に千が向かったのは、24時間営業のファミレスだった。「親には連絡したのか?」「それが、スマホのバッテリーが切れてしまって・・連絡しようにも、スマホの電源が入りません。」「それじゃぁ、俺のスマホを貸してやるから、今親に連絡しておけ。」「有難うございます。」 晋作からスマホを借りた千は、両親に帰りが遅くなることを伝えた。『そう・・高杉さんにご迷惑を掛けないようにしなさいね。』「わかっているよ、母さん。それじゃぁ、お休み。」千は千佳との通話を終え、晋作にスマホを返すと、彼は千に微笑んだ。「あの、どうかされましたか?」「いや・・君は親にとても愛されて育っているのだなと思ってな。さてと、何か食え。俺の奢りだから金の心配はするな。」「有難うございます。」 千はメニューを暫く見た後、チーズハンバーグを食べることに決めた。「食う物は決まったか?」「はい。」 店員に料理を注文した後、晋作はグラスの水を一口飲んだ。「千、お前は新選組の土方の小姓をしていると、桂から聞いた。その土方が、今何処に居るのか知っているか?」「はい。土方さんは沖田さんと金沢に居ます。それが、高杉さんと一体何の関係があるんですか?」「まぁ、色々とあってな。それよりも、今年の大晦日に俺はデカい花火を打ち上げるつもりだ。」「デカい花火、ですか?」「ああ。天地がひっくり返るくらいの、デカい花火を俺は打ち上げようと思っている。千、お前も俺と共に来い。」「それはどういう意味ですか?貴方は僕に、倒幕運動に加われとおっしゃるのですか?」「どうやら、鬼の副長の小姓は顔だけで採用されてねぇってことか。まぁ、お前ぇみてぇな頭の良いガキは、嫌いじゃねぇよ。」晋作はそう言うと、運ばれて来たトマトソースのパスタを箸で器用にくるりと巻いて一口食べた。「お誉めに預かり光栄です。」「別に誉めた訳じゃねぇんだけどなぁ。」晋作は苦笑しながら千の方を見ると、彼は運ばれてきたチーズハンバーグをフォークとナイフで一口大に切っていた。「そろそろ行くか。」レジで会計を済ませた後、晋作は千と共にファミレスから出ると、彼に車に乗るよう言った。「あの、どちらへ行くんですか?」「俺の部屋だ。このまま師走の寒空の中、外で野宿をしたくねぇだろう?」「はい・・」「安心しろ、俺には男色の趣味はねぇよ。そんなに警戒するな。」千の気持ちを見透かしたような言葉を掛けた晋作は、動揺して頬を赤く染める千の姿を見て笑った。 晋作が住んでいる所は、タワーマンションの最上階だった。「夜寝る前に、窓から夜景を眺めながら西洋の酒を飲むのが俺の楽しみでね。朝は窓から朝日に照らされた街を眺めて茶を飲むのが好きだ。」「そうなんですか。お風呂、お借りしますね。」「着替えは脱衣所に置いてあるから、遠慮なく入れ。」「はい。」(何だかあの人と居ると、調子が狂うなぁ・・) 千はそんな事を思いながら溜息を吐くと、静かに目を閉じた。 一方、金沢では歳三が警察の事情聴取を受けていた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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晋作が最上階にある社長室からエレベーターで地上へと降りている時、彼の背広の内ポケットに入れてあったスマートフォンが鳴った。「もしもし?」『晋作、わたしだ。時間があったら会わないか?』「わかった。いつもの場所で待っていろ。」晋作はそう言ってスマートフォンを内ポケットにしまうと、そのまま会社の正面玄関に待たせていたリムジンへと乗り込んだ。「いつもの場所へ行くから、頼む。」「かしこまりました。」晋作の言葉を聞いた運転手は、リムジンを六本木方面へと走らせた。「遅かったな、何かあったのか?」「わたしの小姓が死んだ。千君の話によると、何者かに狙撃されたらしい。」「そうか。」 六本木にある高級ホテルのロビーラウンジで、自分より数分遅れてやって来た桂の話を聞きながら、晋作は溜息を吐いた。「飯はまだか?この宿屋には美味い肉が食べられる店があるそうだ。俺の奢(おご)りだから、心配するな。」「ああ、行こう。」 桂は晋作と共に、ホテル内にあるステーキハウスで夕食を取った。「小藤の事は残念だったな。」「ああ。それよりも晋作、わざわざこんな場所にわたしを呼び出して、話したい事とは何だ?」「相変わらず、勘が鋭い奴だな、お前は。」晋作はそう言うと、口端を上げて笑った。「お前がこの前、幕末(むこう)へ戻る時期が解ったとか言っていただろう?」「ああ、それがどうかしたのか?」「大晦日に、俺はこちらの武器や弾薬を持って幕末へ戻ろうと思っている。俺達が持っているものよりも遥に高性能な弾薬や武器があれば、徳川幕府を倒すのは容易いことだ。」「晋作、はやまった行動をするな。そんな事をすれば、取り返しがつかなくなるぞ。」「全く、お前はいつも慎重派だな、桂。まぁ、お前はいつも大事な問題が起きると逃げてばかりいるから、仕方がないか。」「わたしは逃げてなどいない!」 桂がそう叫んでテーブルを拳で叩くと、周囲に居た客達が彼らの方を見た。「そう興奮するな。お前の想い人には手を出さないよ。それと、お前がさっき話していた千君にもな。」「晋作、お前まさかよからぬことを企んでいるんじゃないだろうな?」「さぁ、どうだか?」晋作はそう言って桂に笑うと、熟成肉のステーキを頬張った。「牛の肉なんざ、最初見た時は何で異人はこんなおっかねぇもんを平気で食うんだと思ったが、口にしてみりゃぁ、案外と美味い物だな。」「話をはぐらかすな、晋作。ちゃんとわたしの質問に答えろ。」「なぁ、この時代は俺達が幕末で築き上げたものなんだそうだ。ということは、徳川幕府が滅びるのは時間の問題だ。」「どういう意味だ、それは?」「言葉通りの意味さ。俺は早く徳川幕府を滅ぼし、新しい時代を築きたい、ただそれだけさ。」 晋作はそう言うと、窓の外から見える六本木の街を眺めた。「うわ、寒っ!」 桂の小姓・小藤がファストフード店で何者かに狙撃され殺害された後、千は警察に事情を聴かれ、漸く彼が解放されたのは午前0時を回った頃だった。 最寄りの警察署から一歩千が外に出ると、12月の冷たい寒気が彼の頬を打った。両親に迎えに来て貰おうと千は上着のポケットからスマートフォンを取り出したが、充電をせずに自宅から出て来たので、バッテリーが切れていた。 ツイていないな―そう思いながら千がとぼとぼと自宅マンションの方へと歩き出した時、突然彼の背後で車のクラクションが鳴った。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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「・・はい、解りました。計画通りに。」小藤はそう言ってスマートフォンの通話ボタンを切ると、溜息を吐いて千が待つ店内へと戻った。「お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。」「いえ・・あの、電話はどなたからだったのですか?」「それは、貴方にもお教えすることは出来ません。」小藤が先程見せた、スマートフォンの液晶画面を見つめた時に険しい表情を浮かべた時の事を思い出した千は、これ以上彼に詮索するのは不味いと思い、口を閉ざした。「話を変えましょう。桂先生が土方に想いを寄せるようになったのは、先生が江戸の道場に居た頃からだと聞いております。」「江戸の道場・・」小藤の言葉を聞いた千は、桂が江戸にあった練兵館の門下生であった事を思い出した。 千が読んだ本では、その頃歳三は薬の行商をしながら道場破りをしていたと書かれていた。「ある日、先生が道場で稽古をしていたら、薬箱を抱えた青年が道場破りに来て、先生がその青年と手合わせしたら、彼は自分と互角、それ以上の剣の腕前だったとわたしに以前話してくださいました。手合わせが終わり、青年が面を外した時、青年の絹糸のような艶やかな黒髪が流れ落ち、紫の瞳が輝くさまを見た門下生達が思わず彼の美しさに息を呑んだそうです。」 小藤の話を聞きながら、千はその時の情景を頭に浮かべた。「先生も、例外ではありませんでした。その青年の素性を先生はすぐさま調べ、彼が試衛館という田舎道場の食客という事を知り、先生はある日彼を自分の道場の門下生にならないかと誘いました。ですが、彼は先生の誘いを断りました。自分には、叶えたい夢があると言って。」 小藤は一旦言葉を切ると、少し冷めたコーヒーを飲んだ。「貴方になら、その青年が誰なのかが解るでしょう?」「ええ。桂さんが、土方さんに知らない内に惹かれてしまった事は、僕でも解ります。土方さんと初めて会った時、その美しさに一瞬見惚れてしまいましたもの。」「そうでしょうね。先生は京へ行き、土方と再会しました。皮肉なことに、彼はわたし達の不倶戴天の敵である薩摩藩と手を結んだ会津藩御預かりの新選組の副長として、その名を知られていました。ですが先生は、土方を敵でありながらも密かに想いを寄せていらっしゃるのです。わたしは、先生の心を一瞬で奪った土方の事が憎くて堪らないのです。」 小藤はそう呟くと、左手の爪を噛んだ。「小藤さん、貴方は桂さんの事が好きなんですね?」「ええ。けれど先生は、永遠にわたしのものにはならない。先生の心はあの土方に囚われているのです。だからわたしは・・」 小藤が狂気に満ちた目で千を見つめた時、突然店内の静謐(せいひつ)な空気を切り裂くかのような銃声が響き、店の窓ガラスが粉々に割れた。 銃声を聞いた千は咄嗟にテーブルの下に伏せた。「小藤さん?」恐る恐る千が小藤に声を掛けると、彼は椅子に座ったまま微動だにしなかった。「小藤さん、大丈夫ですか?」千がそう言って小藤の肩を叩こうとすると、彼の身体がぐらりと揺れた。その時、千は小藤のこめかみに穴が開いている事に気づき、悲鳴を上げた。「そうか、あいつが死んだか・・」「これからどうなさいますか、高杉社長?」「それは、まだ考えちゃいねぇさ。」 摩天楼のビルの窓の外から階下を流れる人工の銀河を眺めながら、男―高杉新作は三味線を弾いていた。「桂が妙な行動を起こす前に、俺が止めないとな。」「社長、もしかして、貴方が彼を・・」「おっと、それを言わない方がお前の為だぜ?さてと、もうこんな時間から帰るとするか。」 晋作はそう言って秘書の肩を軽く叩くと、社長室を後にした。(こっちの世界も、悪くはねぇな。)この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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「桂さん、お言葉ですが、貴方と新選組は敵同士ですよね?それなのに何故そんな事を僕に打ち明けるのですか?」「君しか打ち明けられない事だからだよ、千君。」「桂さん・・」千がじっと桂を見つめていると、彼はそっと千の髪を撫でた。「君は、新選組が迎える結末を知っているのだろう?彼らがこの先、どのような運命を辿るのかを?」 桂の問いに、千は静かに頷いた。 現代(こちら)に戻って来てから、彼は学校の図書室で新選組の本を読み漁り、彼らがこの先どのような道を辿るのかを知った。 それでも、千は彼らと共に行動することを決意した。何故なら、新選組は自分が初めて見つけた居場所だからだ。「桂さん、僕は貴方に何を言われても、僕は新選組と共に行きます。」「それが、君が出した答えなのか?」「はい。たとえ新選組が滅びの道を行くとしても、僕は新選組に助けられましたし、彼らに対してまだ恩返しをしていません。」そう言った千の真っすぐな瞳を見た桂は、一瞬たじろいだ。「君は強い子だね。何故わたしは、君と早く会えなかったのだろうね。」「桂さん?」千が訝し気な視線を桂に送ると、彼はフッと口端を歪めて笑った。「ただの独り言だ、気にしないでくれ。わざわざこんな遅い時間に呼び出してしまって済まなかったね。」「いいえ。ではこれで失礼いたします。」 千が桂に頭を下げて彼の部屋から出ると、入り口の近くに控えていた桂の秘書・小藤が千に声を掛けて来た。「すいません、少しお時間宜しいでしょうか?」「はい、構いませんが。」「それでは、こちらへ。」千は彼と共にタワーマンションの近くにある24時間営業のファストフード店の中へと入った。「いらっしゃいませ、ご注文はいかがなさいますか?」「ホットコーヒーを2つ、お願いいたします。」「かしこまりました。こちらで召し上がられますか?それともお持ち帰りでしょうか?」「ここで飲みます。」「かしこまりました、少々お待ちくださいませ。」 レジカウンターで店員とやり取りをしている小藤の姿を横目で見ながら、千は彼が何故自分をここへ連れ出したのかが解らなかった。「あの・・小藤さんとおっしゃいましたよね?何故、僕をここへ連れ出したのですか?」「それは、桂先生に聞かれたくないお話を、今からわたしがするからです。」「桂さんに聞かれたくない話、ですか?」「わたしは桂先生の小姓を務めておりますので、先生が何を考えていらっしゃるのかが自然と解ります。ですが、先生が新選組の土方に想いを寄せていた事は初耳でした。」 そう言った小藤は、眉間に皺を寄せた。「千さん、貴方は土方の小姓を務めていると先生から聞きました。そこで勝手なお願いなのですが、土方を先生に近づけさせないで頂けませんか?」「そのような事を言われても、僕は土方さんを24時間監視できないので、困ります。」千の言葉を聞いた小藤は溜息を吐くと、店員が持って来たホットコーヒーを受け取った。「人の気持ちを管理することは、誰にも出来ません。」「解りました。無理なお願いを貴方にしてしまって、申し訳ありませんでした。」「そんな、謝らなくても・・」千がそう言って自分に向かって頭を下げている小藤の姿に慌てていると、テーブルの上に置かれていた小藤のスマートフォンが振動した。「少し失礼致します。」 スマートフォンを持って席を立った小藤は、何処か険しい表情を浮かべていた。(小藤さん、一体誰と話しているんだろう?)この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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「ねぇ千尋、貴方はお祖母ちゃんを施設に入れてもいいと思っているの?」「うん。母さん、介護って想像以上に大変だし、お祖母ちゃんの介護はプロの人に任せた方がいいと思う。」「そう・・じゃぁそうすることにするわ。」千佳は千の意見を聞いた後、そう言って溜息を吐くと、隆の方を見た。「これでいいのよね、貴方?」「ああ。千佳、君に黙って母さんを施設に入れてしまった事は申し訳ないと思っている。自分の親だから自分の勝手にしてもいいと思ってしまったのは間違いだった。こうしてちゃんと君達に話し合いの場を設けておくべきだった。」「隆さん、わたしの方こそ感情的になって貴方を責めてしまってごめんなさい。」 両親が和解するのを見た千は、安堵の表情を浮かべた。だが、二人の会話を聞いていた優之(まさゆき)が突然テーブルを拳で叩いた。「冗談じゃないぞ、他人にお祖母ちゃんの介護を任せるなんて!千佳さん、貴方はただ楽をしたいだけで、父さんの意見に賛成しているだけだろう?」「違うわ、わたしは冷静に今後の事を考えたら、お義母様を施設に入れた方がいいと思ったのよ。」「そんなの嘘だ!」「優之、落ち着け!」 いつも冷静沈着な性格の優之が、こんな風に取り乱す姿を初めて見た千は、ただ黙って彼の怒りが静まるのを待つことしか出来なかった。「今日はもう遅いから、また日を改めて話し合う事にしよう。」「そうね、貴方。」隆が寝室へと向かったのを確認した後、千はキッチンで洗い物をしている千佳の隣に立った。「ねぇ母さん、さっきはどうして義兄さんがあんなに怒っていたの?」「あの人は、お義母様が大好きだったから・・わたしと隆さんが再婚するまで、隆さんは優之さんの世話をお義母様に頼んでいたの。だから、わたしよりもお義母様の方に懐いたのは当然でしょうね。」千佳はそう言うと、寂しげな笑みを口元に浮かべた。「それよりも千尋、土方さん達はどうしているの?」「二人なら、金沢に居るよ。」千がそう言って千佳の方を見た時、寝間着のポケットに入れていたスマホが鳴った。「もしもし?」『君が、千君だね?初めまして、わたしは桂小五郎だ。今50階の部屋に居るんだが、会えないかい?』「わかりました、すぐ行きます。母さん、僕ちょっと出かけてくるね。」「すぐに帰って来てね。」「うん、わかった。」 自宅を出た千は、エレベーターで50階へと向かった。薄井が住んでいる筈の部屋のドアには、「桂」というプレートがはめ込まれていた。「千様ですね?どうぞ、桂さんが中でお待ちです。」 千がドアをノックしようとすると、中から20代前半位の青年が出て来た。「初めまして、千君。桂小五郎です。君に会えて嬉しいよ。」「そうですか。あの桂さん、何処で僕のスマホの番号を知ったのですか?」「小藤に君の事を調べさせたのさ。勿論、君と土方君達との繋がりも、全てね。」桂はそう言って千を見た。「桂さん、どうして僕をここへ呼び出したのですか?」「君はわたし達と、幕末へ戻りたいのかい?それとも、現代に残りたい?」「僕は、土方さん達と共に生きていたい。だから、幕末へ戻ります。」「そうか。君といい、土方君といい、一筋縄ではいかない者に惚れてしまうと、大変だね。」「は?」桂の言葉を聞いて千が首を傾げると、彼はクスリと笑いながらゆっくりとソファから立ち上がった。「鈍い子だね、わたしは土方君に惚れていると言っているんだよ。」「桂さん・・」「わかっているさ、こんな想いが叶わないことくらい。だが、わたしは彼を諦めることが出来ないんだ。」この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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突然マスコミに取り囲まれた歳三は、無言で家の鍵をドアノブに挿し込み、そのまま内側から鍵を掛けて部屋に入った。 暫く歳三が外の様子をカーテンの隙間から見ていると、バッグに入れてあったスマホが着信を告げた。(こんな時間に誰だ?) 歳三がそう思いながら通話ボタンを押してスマホを耳元に当てると、桂の声が聞こえて来た。『今頃、君の家は凄い騒ぎになっているだろうね?』「てめぇか、あいつらに俺の事をあることないこと吹き込んだのは?」『人聞きの悪いことを言わないでくれ。わたしは君を江戸に呼び寄せたいからそうしたまでだ。』「あんたは信用できねぇ。」歳三はそう言うと、スマホの通話ボタンを切った。「つれないな。」「社長、どうかされましたか?」「いや、何でもない。それよりも小藤、例の準備は出来たか?」「はい。」「そうか。明朝、ここを発つぞ。江戸に戻るのは早い方がいい。」 桂はそう言って秘書の方を見ると、彼は口端を歪めて笑った。 歳三が浴室でシャワーを浴びようと脱衣所で服を脱いでいると、スマホがまたけたたましく鳴った。 また桂か―そう思いながら歳三がスマホの通話ボタンをスライドさせ、スピーカーボタンを押すと、そこから総司の声が聞こえて来た。『土方さん、聞こえてますか?』「ああ。どうした、こんな夜遅くに?」『実は、少しお話ししたいことがあるんですけれど、今大丈夫ですか?』「ああ。わかった、旅館のロビーで22時に会おう。」 歳三はそう言うと、脱いでいた服をそのまま着て、旅館のロビーへと向かった。「総司、待ったか?」「ごめんなさい土方さん、今大変な時に呼び出してしまって・・」「いや、いいんだ。それよりも総司、話したいことってなんだ?」「実は、さっきわたし達の部屋に警察の人が来たんです。江戸で起きた殺人事件の事で、話を聞きたいって言われました。」「江戸で起きた殺人事件?」「はい。その方達の話だと、殺人事件の現場に、貴方の指紋が残っていたというんです。土方さん、この人の事、知っていますか?」 総司はそう言うと、バッグから一枚の写真を取り出した。そこには、一人の老人が笑顔で写っていた。「知らねぇ顔だな。そいつがどうかしたのか?」「何でも、この人は自宅で火事に遭って亡くなってしまったみたいなんですが、この人が着ていた服から土方さんの指紋が出て来て・・」「妙だな。総司、俺はこいつを殺してねぇ。誰かが俺を嵌めようとして仕組んだんだ。」「わたしもそう思います。土方さんが理由もなく人殺しをするなんて思っていませんし、わたしは土方さんの事を信じていますから。」総司はそう言うと、歳三の手を握った。「千はどうしている?」「千君なら、先に江戸へ帰りました。千君のお祖母様の事で家族会議を開くので、先程千君のご両親がこちらに迎えに来られました。」「そうか。あいつも色々と大変なんだな。」「土方さん、これからどうするつもりなのですか?いつまでも千君に頼ってばかりではいけませんし・・」「そうだな。」 歳三はそう言うと、溜息を吐いた。 一方東京の自宅に戻った千は、家族会議に参加していた。この作品の目次はコチラです。にほんブログ村
2016年12月05日
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「それで、君はどうしてこんな所に居るんだい?てっきり恋人と一緒に江戸に居るものだと思っていたけれど。」「俺の私生活をあんたに話す義理なんてねぇだろう。」「それはそうだね。ではまた会えることを願っているよ、土方君。」「寝言は寝て言いやがれ。」 歳三は桂を睨みつけ、彼に背を向けて部屋から出て行った。「相変わらず御し難い人だ・・まぁ、そこが彼の良い所なのだけれどね。」桂は溜息を吐くと、冷蔵庫からウィスキーを取り出し、それをグラスに注いだ。「おはようございます。」「土方さん、昨夜桂さんのお部屋に居たでしょう?桂さんとお知り合いなの?」「ねぇ、桂さんと昨夜何をしていたの?」 翌朝、歳三が出勤すると、同僚の仲居達が好奇心を剥き出しにしながら彼の元へと駆け寄って来た。(壁に耳あり障子に目あり、か・・)「あの、桂様って、有名な方なのですか?」「あらぁ土方さん、知らないの!桂さんって言ったら、今を時めく若手企業家よぉ!」「“一番結婚したい男”ナンバーワンに選ばれた事があるイケメンよ!」「でも桂さんが人妻に興味があるなんて初耳だわぁ~!」歳三を放っておいて、勝手に盛り上がる仲居達の姿を横目で見ながら、歳三が溜息を吐いた時、板場からの内線電話が鳴った。「はい、土方です。」『ちょっと、そろそろ朝食の時間だけど、まだ来ないの?』「解りました、すぐ行きます!」 歳三は内線電話を切り、同僚達に朝食の時間が迫っている事を伝えた。 旅館の朝はいつも慌ただしい。「あ~、もう忙しくて目が回りそうだわ!」「何で修学旅行生が来るのかしら!」宴会場で修学旅行生達の膳の用意をしながら同僚達が文句を言い合っていると、そこへ女将がやって来た。「土方さん、ちょっと来てくれないかしら?」「はい。」 宴会場から出た歳三は、女将に連れられて事務室へと入った。「女将さん、お話とは何でしょうか?」「土方さん、貴方わたし達に何か隠している事はない?」「いきなりなんですか、女将さん?」もしかして、東京で歳三が西城にした復讐がばれたのか―そう思いながら彼が女将の顔を見ると、彼女は一冊の週刊誌を歳三に見せた。「今朝、こんな物がうちに届いたのよ。」女将からその週刊誌を受け取った歳三は、そこに桂と自分がキスをしている写真と共に、『K社長、人妻仲居と熱愛発覚!?』という記事が載っている事に気づいた。「女将さん、これは誤解です。」「桂様の方も、この記事は出鱈目だとおっしゃっていたわ。でもさっき、マスコミがうちの旅館の前に殺到していて、事務所の電話もひっきりなしにかかって来て仕事にならないのよ。悪いんだけれど、土方さん暫く休んでくれないかしら?」「解りました。」歳三はそう言うと、女将に頭を下げて事務所から出て行った。「土方さん、今日は終わるのが早いわね?」「ええ。皆さんにはご迷惑をお掛けすることになりますが、暫くお休みさせて頂くことになりました。」「あの週刊誌の所為でしょう?あんまり気にする事ないわよ。」「では、わたしはこれで失礼いたします。」 歳三が支度部屋から出て旅館の裏口から社員寮の部屋に入ろうとした時、突然カメラの眩いフラッシュが彼を襲った。「貴方が桂社長の恋人ですか!?」「結婚されていると聞きましたが?」にほんブログ村
2016年11月30日
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歳三が露天風呂の岩陰に身を潜めながら大浴場の様子を窺っていると、そこへ東京から金沢観光に来ていた男子大学生数人が入って来た。「なぁ、さっき宴会場で見かけた仲居さん、今度デートに誘ってみようかな?」「雪絵さん?やめとけよ、彼女人妻だぜ?」「いいじゃん、そんなの関係ないって。不倫万歳!」彼らはそんな事を話しながら、やがて大浴場から出て行った。 歳三が安堵の表情を浮かべながら露天風呂から出ようとした時、露天風呂の入り口のガラス扉が開き、一人の男性客が入って来た。「奇遇だな、こんな所で君と会えるなんて。」「てめぇ・・」 歳三が男性客―桂小五郎を睨みつけると、彼はクスリと笑いながら歳三の濡れた黒髪を優しく梳いた。「新選組の鬼の副長が突然失踪したという噂は、本当だったようだ。まぁ、我々には関係のない事だけれど、わたしの仲間達にとっては色々とやりやすくなるだろう。」「へぇ、そうかい。あんたのお仲間は、あんたが消えて慌ててねぇのか?」「暫く旅に出ると言ったら、みんな納得してくれたよ。まぁ、みんなわたしの放浪癖を知っているから、何も言わないのは助かる。」 桂はそう言うと、榛色の瞳で歳三を見た。「何故わたしがここに居るのかという顔をしているね?まぁ、丁度いい機会だからそのことについてこれからわたしの部屋に来てくれ給え。」「わかった。」 風呂から上がった歳三は、社員寮には戻らずに桂と共に彼が宿泊している部屋へと向かった。「どうぞ、掛けてくれ。」 桂が泊まっている部屋は、この旅館の中で一番高価なスタンダードスイートだった。「こんな部屋に泊まれる金、あんたはどうやって手に入れたんだ?」「それを君が知る必要はないよ。だが、わたしがどうやって幕末(むこう)から現代(こちら)へ来たのかは知りたいだろう?」「ああ、是非知りたいね。いずれ俺と総司は幕末へ戻るつもりでいるからな。」歳三はソファの上に腰を下ろすと、そう言って桂を睨んだ。「時間はたっぷりある。わたしが二つの世界を行き来できるのは、暦と自然現象が関係しているからだ。確か君達が現代へタイムスリップしてきたのは、京の上空にオーロラが現れたからだろう?」「ああ、そうだが・・それがどうした?」「二つの条件が揃えば、“時空の扉”は必ず開く。これを見てくれ。」桂はそう言うと、持っていた鞄から一冊の大学ノートを取り出した。歳三が大学ノートを開くと、そこには“時空の扉”の開き方が図解つきで詳しく書かれていた。「わたしが計算したところによると、次に“時空の扉”が開くのは、大晦日だ。その日は、日本上空で流星群が見られる。」「それじゃぁ、大晦日に俺と総司は幕末へ帰れるってわけか?」「まぁ、そういう事になるな。但し、わたしを見逃してくれるのならね。」「てめぇ、一体何を企んでいやがる?」「それは言えないな。言ったら、君達が全力でわたし達の企みを阻止するだろう?池田屋の時のように。」「相変わらずムカつく野郎だな、あんたは。」「それは褒め言葉として受け取っておくよ。」桂は徐(おもむろ)に窓際から離れると、突然歳三を抱きしめて彼の唇を塞いだ。「てめぇ、何しやがる!?」「怒った顔も美しいね、君は。」 眉間に皺を寄せて自分を睨みつけている歳三を見ながら、桂は飄々(ひょうひょう)とした口調でそう言うと笑った。にほんブログ村
2016年11月30日
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周囲に居た客達が、歳三に抱きついている総司の姿を指しながらひそひそと噂話を始めている事に気づいた千は、慌てて総司の肩を叩いて彼に注意を促した。「沖田さん、土方さんは今仕事中ですから・・」「ああ、ごめんなさい。お仕事の邪魔をしてしまって・・」「いいえ、お気になさらず。お部屋の方へご案内いたします。」歳三はそう言って千と総司を部屋まで案内した。「さっきは取り乱してしまって、ごめんなさい。お仕事中だったのに邪魔をしてしまいました。」「いや、気にするな。それよりもどうして、俺がここに居る事が解った?」「ネットの探し人専門サイトで、土方さんの事を書き込んだら、この旅館で仲居として働いている事を、親切な人が教えてくれたんです。」「そうか・・お前ぇの時代の情報網は、うちの監察方よりも優秀だな。」歳三は乾いた笑みを浮かべながらそう言うと、溜息を吐いた。「土方さん、わたしをレイプした男が自殺したと、千君から聞きました。もしかして・・」「ああ、俺があいつを殺した。お前ぇの復讐をしてやったのさ。あいつの人生の晴れの舞台に、あいつの本性をばらしてやった。あいつの幸せそうな顔がみるみる蒼褪めていく様子を見るのは、嬉しかったぜ。」歳三はそう言いながら、一本の煙草を咥えるとそれに火をつけた。「土方さん、わたしの為に罪人になることはなかったのに、どうして・・」「あいつがお前の心身を壊しておきながら、のうのうと幸せな結婚をするのが許せなかったし、あいつが何喰わぬ顔をして父親になるのも許しておけなかった。俺は密かにあいつが贔屓にしている店を調べ、そこで素性を偽って“ほすてす”として働いた。あいつが尻尾を出すまで時間がかかった。俺は仲間を募り、あいつを廃工場に拉致してお前と同じ目に遭わせた。」「それで、土方さんは満足なのですか?だったら何故、わたし達の前から姿を消したのです?」「警察は、いずれ俺があいつを殺した事に気づくだろう。その前に、お前達に迷惑が掛からねえよう、姿を消すつもりだった・・」歳三の言葉を聞いた総司は突然立ち上がると、彼の頬を平手で打った。「どうして貴方はいつも一人で問題を背負い込んでしまうんですか!わたしは貴方と生涯を共にすると誓い合ったんです!貴方が地獄に行くのなら、わたしも一緒に貴方と地獄に落ちます!」「総司、済まなかった。」自分の胸に顔を埋めて泣く総司の髪を、歳三は優しく撫でた。「随分短くなっちまったな・・」「大丈夫です、時間が経てばまた伸びてきますよ。それよりも土方さん、いつ江戸に戻るつもりなのですか?」「ここで暫く金を稼いでから、お前達の元に帰るさ。それまで離れ離れになるが、辛抱してくれねぇか?」「解りました。土方さん、女装が板につくようになりましたね?あの時はあんなに嫌がっていたのに・・」「馬鹿野郎、仕事だから仕方なくやっているんだ、勘違いするんじゃねぇ!」 総司が歳三の仲居姿を褒めると、彼は顔を真っ赤にしながら怒った。「土方さんが元気そうで良かった。」歳三が部屋から出て行った後、総司はそう呟いて饅頭(まんじゅう)の袋を一個手に取ると、それを美味しそうに頬張った。 一方、歳三はロビーでの出来事について同僚達から質問責めに遭っていた。「ねぇ、貴方に抱きついた人とはどういう関係なの?」「あの人とは、ただの幼馴染でして・・」「でも貴方が嵌めている指輪、あの人とお揃いのものじゃないの?本当に、あの人とはただの幼馴染の関係なの?」(女ってのは、つくづく噂が好きな生き物だな・・) 面倒な事になったとそう思いながら、歳三は宴会の配膳を手伝う為支度部屋から出て宴会場へと向かった。 この日は、東京のある会社が社員旅行でこの旅館に宿泊しており、歳三が宴会場に入ると、酒が入った社員達の何人かが大声で騒いでいた。「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、少しお静かに願えませんでしょうか?」 歳三がカラオケ機の前でがなり立てるかのように演歌を歌う男にやんわりと注意すると、彼は酒で赤らんだ顔を歳三に向け、突然歳三を自分の方へと抱き寄せた。「梓ちゃん、久しぶりぃ~!どうしてこんな所で働いているの?」 歳三が自分に抱きついて来た社員の顔を見ると、彼は以前働いていた店によく来ていた客だった。「あれぇ、課長この人とお知り合いなんですか?」「知り合いも何も、この子は俺が行きつけのクラブで働いていた梓ちゃんだよ!こんな所で梓ちゃんにまた会えるなんて、奇跡だなぁ~!ねぇ、何か一緒に歌おうよ。」「ええ、喜んで。」 自分を知っている社員を無碍にするわけにもいかず、歳三は仕方なく彼とカラオケでデュエットを歌った。 宴会場の掃除を歳三がしていると、そこへ同僚の仲居がやって来た。「貴方、歌が上手いのねぇ。」「ええ、まぁ・・前に働いていたお店で、良くお客様とカラオケをしていましたから・・」「ふぅ~ん、そうなの。何だかミステリアスな人ねぇ、貴方って。でも、それが魅力的だからお客様からモテるのねぇ。」(うるせぇババア、俺に構うんじゃねぇ!)何かと自分に絡んでくる同僚に対してそう心の中で毒づきながら、歳三は彼女に愛想笑いを浮かべた。「あ~、疲れた。」 誰も居ない男性用の露天風呂に浸かりながら歳三がそう呟くと、誰かが大浴場に入ってくる気配がした。(誰だ、こんな夜遅くに・・)にほんブログ村
2016年11月28日
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総司が意識を取り戻したことを知った千は、学校の帰りに彼が入院している病院へと向かった。「沖田さん、お身体の具合はいかがですか?」「もう大丈夫です。でも、赤子は駄目になってしまいました。」そう言って下腹を擦った総司は、悲しそうな顔をしていた。「先生から、流産した時に出血が酷くて、子宮ごと赤子を摘出するほかなかったと言われました。」「沖田さん・・」「わたしがあの時、もっと注意していれば、こんな事にはならなかったのに・・」「自分を責めないでください、沖田さん。悪いのは、自殺したレイプ犯です!」千の言葉に、俯いていた総司が彼の方を見た。「わたしを犯した男は、自殺したのですか?」「ええ。何でも、結婚が破談となって、失意のあまり焼身自殺を図ったそうです。」「卑怯ですね、そんな事で命を自ら絶つなんて・・」総司は悔しそうに唇を噛むと、左手薬指に嵌められた指輪を擦った。「千君、さっき土方さんに会ったんですよ。」「それ、本当ですか?」「ええ。“お前の仇は討った”とあの人は言って、何処かへ行ってしまいました。千君、土方さんが今何処に居るのか知りませんか?」「いいえ、知らないです。でも、土方さんをバイト先の近くで見かけた事があります。その時土方さんは女装をしていました。」「あの人が女装を?千君、その話、詳しく聞かせてください。」 千は総司に、バイト先のコンビニで女装をしている歳三を見かけ、彼が一軒のクラブに入っていくところを見た事を話した。「そのお店に行けば、土方さんの消息が判るかもしれませんね。」「そうですね。沖田さん、僕達で手分けして土方さんを探しましょう。」 こうして、千と総司は歳三を探すことになった。「でも探すにしても、どうやってすればいいのでしょう?」「そうですね。確か探し人専門のサイトがあった筈・・」 翌日、病室に自分のノートパソコンを持って来た千は、インターネットに接続すると検索エンジンで探し人専門のサイトを検索した。「こんなもので、土方さんが探せるのですか?」「ええ。ビラを配るよりも、お金も労力もかかりませんし、すぐに情報が入ってきます。」 千は総司にそう話しながら、『新規作成』のページに歳三の身長と容姿を書き込んでいった。「後は情報が入ってくるのを待つだけですね。」「ええ。」総司はそう言うと、窓の外を見つめた。(土方さん、貴方は何処に居るんです?) 総司と千が東京で歳三を探している頃、当の本人は金沢の温泉旅館で仲居として働いていた。 クラブで働いていた時に貰っていた給料が底をつき、一週間前にこの旅館で働き始めたのだが、女将や他の従業員たちは戸籍のない彼を最初不審がっていたが、客あしらいが上手いことや臨機応変な仕事ぶりに女将達は感心し、何も詮索してこなくなった。「土方さん、お客様がいらっしゃったわよ。」「解りました。」スキーやスノーボードといったウィンタースポーツのシーズンが到来し、旅館は連日ウィンタースポーツを楽しむ観光客達や修学旅行生達で賑わっていた。 歳三が鏡の前で身だしなみを整え、支度部屋を出てロビーへ向かうと、そこには一組のカップルの姿があった。 そのカップルは、千と総司だった。「いらっしゃいませ。」「土方さん、探しましたよ!一緒に江戸へ帰りましょう!」総司はそう叫ぶと、歳三に抱きついた。にほんブログ村
2016年11月28日
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残酷描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。「おい、起きろ。」 顔に冷水を浴びせられ、西城が目覚めると、何故か自分は全裸で鉄板の上に両手足を鎖で縛り付けられていた。「何だ、これ?おい、さっさとこの鎖を解けよ!」「てめぇ、誰に向かって舐めた口利いてんだ?」鉄板の上で西城がそう叫ぶと、彼の傍に居た右腕に龍の入れ墨を入れた男が彼を睨みつけ、鉄板を蹴った。「お前さぁ、自分が置かれている状況が解ってねぇようだなぁ?」「な、何だよあんたら・・俺が一体何をしたっていうんだよ?」「“何をした”だ?そりゃぁこっちの台詞だよ、この糞野郎。」ドスのきいた声が廃工場内に響いたかと思うと、梓が恐ろしい形相を浮かべながら西城を睨んでいた。「あ、梓ちゃん・・お願いだから、これ解いてくれないかな?」「この動画、撮ったのはてめぇだよな?」梓はクラッチバッグから西城のデジカメを取り出すと、あの時の動画を彼に見せた。「そ、それは・・」「どうだ、てめぇがここに居る理由が少しは解ったろ?」梓は口端を歪めて笑うと、西城の前に“梨”を翳して見せた。「てめぇはこの玩具で遊ぶのが大好きなんだよなぁ?だったらてめぇも、これで遊んでみるか?」「な、何をする気だ!?」「てめぇと同じように遊ぶって言っただろうが!」梓はそう叫ぶと、西城の肛門に容赦なく“梨”を奥まで突っ込んだ。「ひぃ!」「こんなのはまだ序の口だ、漏らしてんじゃねぇよ。」梓はそう言って笑いながら、“梨”のねじをゆっくりと回し始めた。「うぐぁぁ!」“梨”の棘と刃で内側をゆっくりと引き裂かれる激痛に襲われた西城が苦痛のあまり呻くと、入れ墨男がすかさず彼の顔に黒い袋を被せて袋の口を縛った。「これで静かになったな。」入れ墨男がそう言って梓に目配せすると、梓は再び“梨”のねじを回し始めた。「なぁ、こいつどうするよ?」「てめぇらの好きにしていいぜ。こいつの女には手を出すな。」「解った。」梓―歳三が廃工場から出ると、彼は朝日の眩しさに思わず目を細めた。「ねぇ梓、本当に西城さんの結婚式に行くつもりなの?」「ええ。彼に是非来てくれって言われたので・・」「ふぅん、あんた変に律儀なところがあるのね。」桜子はそう言うと、煙草を吸った。「西城さんには素敵なプレゼントを用意しているんです。彼、喜んでくれるといいんですけれど。」西城の結婚式は、東京都内にあるホテルで行われた。“不慮の事故”に遭って下半身不随となった新郎の西城が車椅子で新婦と手を繋ぎながら披露宴会場に現れると、招待客達は祝福の拍手を彼らに送った。『それでは、新郎友人からのビデオメッセージです。』披露宴が滞りなく終わろうとした時、司会者の挨拶と共に高砂席の後ろに設置されたスクリーンに突然ある映像が映し出された。「何、これ・・」「信じられない・・」「キモ~!」招待客達の顔がスクリーンに釘付けになっている事に気づいた西城がスクリーンの方を見ると、そこには自分が総司を残酷にレイプしている映像が流れていた。 その映像には、『この男はこの世に存在してはならない屑野郎です。新婦様、この度はご愁傷様でございます。』という字幕がつけられていた。「違うんだ、これは・・」「あたしに触るな、この変態屑野郎!」鬼のような形相を浮かべた新婦は、そう吐き捨てるように叫ぶと西城の手を邪険に振り払い、披露宴会場を後にした。 彼の結婚は破談となり、数日後西城は失意のあまり自宅で焼身自殺した。「ねぇ聞いた?あんたを気に入っていた西城さん、レイプ犯だって事がバレて結婚が駄目になって、自殺したってさ。」「可哀想に。でも、あいつみたいな屑野郎がこの世から居なくなって安心しますね。」 歳三はそう桜子に言いながら、数日前の出来事を思い出していた。「西城さん、結婚破談になってしまったんですってね、可哀想に。」歳三が西城と新婦が結婚後に住むはずだった新居を訪れると、西城は恐怖に顔を引き攣らせて叫んだ。「来るな、来るなぁ~!」「そんなに怯えなくてもいいでしょう?慰めに来たのに。」歳三はそう言って西城の顔を覗き込むと、彼に微笑んだ。「てめぇを楽に死なせねぇよ。総司が味わった苦しみを思い知りやがれ、この糞野郎。」「ひぃい~!」西城は灯油を頭から掛けられ、新居ごと炎に包まれた。「それよりも、あんたお店辞めるんだってねぇ?客あしらいが上手くてママにも気に入られていたのに、残念ね。」「わたしも、皆さんともう少し一緒に居たかったのですけれど、家庭の事情で辞めざるおえなくなりまして。」「そう。まぁ、あんただったら何処に行っても元気でやれるよ。」「桜子さん、短い間でしたがお世話になりました。」歳三は桜子と握手を交わした。 彼の送別会がクラブで開かれ、社員寮の部屋に戻った歳三は、がらんとした室内を見て笑みを浮かべると、キャリーケースを引いて夜の街を後にした。 タクシーで彼が向かった先は、総司が入院している病院だった。「ここで待っていてくれ。」運転手にそう告げた歳三は、ICU(集中治療室)へと向かった。「総司、お前ぇの仇は討ったぜ。」 ガラス越しにそう総司に呟いた歳三は、そのまま病院を後にした。「土方・・さん?」歳三が病院から去った後、総司の翡翠色の瞳がゆっくりと開いた。にほんブログ村
2016年11月27日
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「いいえ、今来たところです。」歳三がそう言って西城に愛想笑いを浮かべると、彼は安堵の表情を浮かべた。「良かったぁ、梓ちゃんがなかなか来ないから、俺梓ちゃんに嫌われたのかと思ったよぉ。」「そんな事、する訳ないじゃないですか。わたし、西城さんがお店に来るの、楽しみにしているんですから。」歳三が西城にしなだれかかりながら彼の耳元で偽りの愛の言葉を囁くと、彼は上機嫌になり、ドンペリのボトルを三本注文した。「いい飲みっぷりですね、何か良い事ありました?」「うん。実は、近々結婚することになってね、その前祝いで来たんだ。」「まぁ、それはおめでとうございます。」西城が結婚すると聞いて、歳三は憎しみの炎で胸が焼け焦げそうだった。だが激しい怒りの感情を彼はすぐさま押し殺すと、西城の結婚を祝福した。「有難う、そう言ってくれるのは梓ちゃんだけだよ。俺と彼女の両親は、結婚に猛反対でさぁ・・だらしがないだの、計画性が無いだのなんだのと色々と彼女の親父さんから結婚の挨拶に彼女の家に行った時に散々詰られたよ。」「まさか、西城さん・・」「でき婚だよ、でき婚。まぁ、避妊せずにいつも中で出していた俺が完全に悪いんだけどね。だから、このお店に来るのは今夜で最後かなぁ。」「え~、そんなに寂しい事を言わないでくださいよぉ。これから忙しくなるんですから、息抜きの為に毎日お店に来てくださらないと、梓困っちゃうなぁ~。」 西城に対して甘えた声を出した歳三は、そっと彼の股間に触れた。「あ、梓ちゃん・・今夜はやけに積極的だねぇ?」「そうですかぁ?西城さんが結婚するって聞いたから、梓少し自棄酒しちゃったかも。」「そ、そう。じゃぁ今夜はもう帰ったら?俺が家まで送るよ。」「本当ですかぁ?」「ママ、梓ちゃん酔っているようだから、俺が梓ちゃんを家まで送っていくよ。」「まぁ西城さん、申し訳ありませんねぇ。梓ちゃん、西城さんに失礼のないようにするのよ?」「はぁ~い!」タクシーで西城にクラブの社員寮であるマンションの一室まで送って貰った歳三は、彼を部屋に上げた。「梓ちゃん、大丈夫?」「はい。西城さん、何か飲みますか?」「じゃぁ、コーヒーをお願いしようかな?」「解りました。」西城の分のコーヒーカップに砕いた睡眠薬を入れた歳三は、それを笑顔で西城に手渡した。「有難う。」「ねぇ西城さん、この前湾岸地域のタワーマンションで起こったレイプ事件、憶えていますか?あれ、まだ犯人が捕まらないんですって。」「そうみたいだね。俺の彼女にも、最近戸締りに気を付けるように言ってるよ。最近物騒でいつ何時事件や事故に巻き込まれるのか解らないからね。」「ええ、そうですね。わたしも一人暮らしだから、気を付けないと。」「梓ちゃん、コーヒー飲まないの?」「後で飲みます。そうだ、冷蔵庫にお客様から頂いたシュークリームがあるんです。一緒に食べましょうよ。」「うわぁ、梓ちゃんって気が利くなあ。俺の彼女にも梓ちゃんの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ。あいつ気が利かないし、家事も出来ないし・・正直、身体だけの関係だったのにさぁ、貧乏くじひいちゃったかなぁ。」「そんな事言われている彼女さんが可哀想になってきましたけれど、西城さんが一番可哀想ですねぇ。」「だろ~、だから梓ちゃん、今夜は朝まで俺を慰めてくれよ~」コーヒーを飲んだ西城がそう言って歳三に抱きつこうとした時、彼は突然視界がぼやけ、そのまま意識を失った。「梓、居るか?」「ああ。こいつを例の場所に運べ。誰にも見られるんじゃねぇぞ。」薄れゆく意識の中で西城が聞いた梓の声は、紛れもなく男のものだった。にほんブログ村
2016年11月27日
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歳三が荻野家から突然姿を消して、一週間が経った。 千は歳三が総司をレイプした犯人を殺す前に一刻も早く歳三を見つけ出そうとしていたが、歳三の行方は杳(よう)として知れなかった。歳三のスマホに何度も掛けてみたが、既に彼はスマホを解約した後で、繋がらなかった。幕末に生きていた彼が、現代の都会の中で身を潜めるのは至難の業だ。戸籍もない彼は住むところも働くところも見つけられない。仮に犯人への復讐を歳三が果たしたとしても、その先に待っているものは無限に広がる闇だけだ。(どうしたらいい?どうすれば、土方さんを捜し出せる?)「おい荻野、何ボーっとしているんだ!」背後から教師に丸めた教科書で軽く頭を叩かれ、千は我に返った。「すいません、少し考え事をしていて・・」「ちゃんと授業を受けろよ。」教師はそれだけ言うと、教壇へと戻っていった。教室に同級生達の忍び笑いが聞こえる中、チャイムが昼休みの開始を告げた。 同級生達がグループでそれぞれ固まりながら昼食を取っている中で、千は一人自分の席で弁当を食べながらスマホで歳三の写真を見ていた。(土方さん、今何処に居るんです?) 放課後、千は学校を出てその足でバイト先のコンビニへと向かった。「あらぁ、久しぶりね。体調の方はどう?」「もう大丈夫です。店長、ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした。」「いいのよ。それにしても今日は冷えるわねぇ。」レジカウンターの中で千が店長とそんな話をしていると、店の自動ドアが開き、一人の女性客が入って来た。 繁華街近くにあるコンビニとあってか、この店には夕方や深夜に夜食やつまみなどを買いに来るスナックのホステスやホストといった水商売を生業としている客が多かった。 その女性客も近くのスナックかクラブで働いているホステスらしく、目の覚めるようなロイヤルブルーのドレスの上に高価な毛皮のケープを纏っていた。「ヴァージン・スリムひとつ。」レジカウンターでそうぶっきらぼうな口調で店長に言った彼女の声に、千は聞き覚えがあった。 思わず彼が商品の陳列棚からレジカウンターの方を覗くと、丁度彼女は会計を終えて店から出ようとしているところだった。 彼女の横顔を見た千は、そのホステスが紛れもなく歳三だという事に気づき、慌てて店から飛び出した。「土方さん!」千からそう呼ばれ、ホステスは一瞬華奢な背中を震わせて立ち止まったが、再びヒールの音を高らかに鳴らしながら歩き始めた。「待ってください、土方さん!」「俺に何の用だ?俺にもう構うんじゃねぇ。」そう言って千を睨みつけた歳三の紫色の双眸は、昏い光が宿っていた。「一体何処へ行っていたんですか、心配していたんですよ!?それにその格好・・」「俺の事はもう心配するな。坊やは早く家に帰ってクソして寝な。」「土方さ・・」歳三は軽く自分の腕を掴んでいる千の手を振り払うと、ネオンの光の中へと消えていった。「あら梓ちゃん、お帰りなさい。遅かったわね?」「すいません、ママ。お気に入りの煙草を切らしちゃって、出勤する前にコンビニに寄っていたんです。」「あらぁ、そう。今夜は冷えるから、あんまりお客さん来ないわね。」「そうでもないみたいですよ。」歳三がそう言って入り口の方を見ると、丁度スーツ姿の一人の男性が店に入って来るところだった。「ごめんママ、まだお店開いてなかったかな?」「丁度お店を開けるところだったのよ。佐伯さん、いらっしゃい。」ママがそう言ってスーツ姿の男性に微笑むと、彼は照れ臭そうな笑みを浮かべた後ボックス席に座った。「それじゃぁママ、ロッカーに荷物入れてきます。」「そう。」 歳三がフロアを通り抜け、ロッカールームに入ると、そこには同僚のホステス達が煙草を吸いながら鏡の前で化粧をしていた。「梓、あんたもう来てたの?」「新入りですから、皆さんが来られる前にここを掃除しようと思って。」「ふぅん、そう。」このクラブのナンバーワンホステスの桜子は、そう言うと歳三を見た。「ねぇ、今夜はあの人来るかなぁ?」「ああ、西城さん?梓ちゃんが出勤する日は必ず来てるよね?」「案外ママよりも梓狙いなんじゃないの、あいつ。まぁ、あたしはあんなの、お断りだけどね。」 桜子がそう言うと、彼女の周りに居たホステス達が彼女のご機嫌を取るかのように笑った。(どの世界にも派閥はつきものか・・)歳三は内心そう思いながらも、桜子と共にロッカールームから出てフロアへと向かった。「梓ちゃん、西城さんがいらっしゃったわよ。」「今行きます。」歳三は笑顔の仮面を貼り付け、自分目当ての客が座っている奥のボックス席へと向かった。そこには、総司をレイプした憎き犯人の姿があった。「梓ちゃん、待った?」にほんブログ村
2016年11月26日
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一部残酷描写ありです。苦手な方はご注意ください。 その動画は、総司が部屋のドアを開けて撮影者の男を招き入れるところから始まった。『何をするの、やめて!』 総司はリビングに入った途端男に突然髪を掴まれ、それをキッチン鋏で散切りにされた。『大人しくしろ、さもなければ殺す。』男は包丁立てから包丁を一本抜くと、それを総司の喉元に突き付けた。恐怖に怯える総司を前に男は笑い声を上げると、容赦なく総司が着ていたワンピースを乱暴に引き裂き、その裾を捲り上げて総司の下半身をカメラの前に晒した。『やめて、お腹に赤ちゃんが居るの!』男の目的が解った総司は男に必死に助けを乞うたが、彼は容赦なく総司に暴力を振るってレイプした後、作業服のズボンのポケットからある物を取り出した。 それは、鋼鉄製の洋梨のようなものだった。(※注)『ぎゃぁぁ~!』男が総司の膣内に“梨”を挿し込んだ瞬間、彼は苦痛のあまり絶叫した。それと同時に、彼が着ているワンピースと、彼の白い肌が徐々に赤黒い血によって染まっていった。 意識を失い、抵抗を止めた総司の膣から男が“梨”を引き抜くと、大量の血がどっとそこから溢れ出し、フローリングの床を血に染めた。男はカメラの方を自分に向けて床に倒れた総司と並んで記念撮影をすると、口笛を吹きながら惨劇の舞台を後にした。 三分間の動画は、醜悪で残酷、そして悍(おぞ)ましいものだった。 警察署でその動画を観た歳三は、観終わった後トイレの個室に駆け込むと、今朝食べた物を便器の中に戻した。 身体を何度も痙攣させ、漸く便器から顔を上げて個室から出た歳三は、怒りの余りトイレの鏡を拳で叩き割った。「畜生、糞っ垂れがぁ!」歳三の怒声と鏡が割れる甲高い音を聞きつけてやって来た警察官は、両手を血に染めながら何度も鏡を殴っている歳三の姿を見て慌てて彼を止めた。「畜生、許さねぇ・・あいつを八つ裂きにしてやる・・」医務室で怪我の手当てを受けている間、歳三はブツブツとそう呟いていた。その目は、何も映していなかった。「土方さん、お帰りなさい。両手、どうされたんですか?」「あぁ、ちょっとな・・」 荻野家へ帰宅した歳三の両手に巻かれている包帯を見た千がそう言って彼の方を見ると、歳三は虚ろな目を千に向けた。「お休みなさい。」「あぁ、お休み。」 ベッドの上で千が寝息を立てているのを確認した歳三は、彼を起こさぬようそっと部屋から出て行きリビングへと向かうと、便箋の上に筆ペンで千宛の手紙を認(したた)め始めた。『千へ、世話になった。俺の事を探さないでくれ。 土方歳三』 翌朝、千が起きると、布団で寝ていた筈の歳三の姿はなく、そこには畳まれた布団が積まれているだけだった。「土方さん?」 嫌な予感がした千がリビングへと向かうと、ダイニングテーブルの上に一枚の便箋が置かれている事に気づいた。「そんな・・」 千は歳三の手紙を読んだ後、暫く途方に暮れてその場に立ち竦んでいた。 部屋に戻った彼は、クローゼットに仕舞われてあった歳三の愛刀と脇差が消えている事に気づいた。(土方さんは沖田さんをレイプした犯人を殺そうとしている・・)※注釈:鋼鉄製の梨:「苦悩の梨」という、一種の拷問具です。詳しくはコチラをどうぞ(閲覧注意)にほんブログ村
2016年11月26日
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総司が何者かにレイプされた事件が起きてから、数日が経った。警察は未だに犯人を見つけられずにいた。「てめぇらはまだ犯人を捕まえられねぇのか!?」「そうは申しましても、我々も必死に犯人を捜してはいるのですが、手掛かりがなくてですね・・」「だったら早く犯人を捕まえろ、それがてめぇらの仕事だろうが!」 警察署の受付でそう怒鳴る歳三の姿を、周囲に居た警官達が何事かと彼の方を見た。「土方さん、落ち着いてください。」「うるせぇ、落ち着いていられるか!」激昂した歳三を必死に千は宥めながら、彼を警察署から連れ出した。「お前ぇの時代の与力は、ちゃんと仕事をしているのか?」「ええ。でも沖田さんの事件の場合、現場が密室だし、犯人の手掛かりが何もないので、捜査はなかなか進んでいないようです。」「そうか。じゃぁ俺があいつらより先に犯人を見つけねぇとな。」そう言って自分の方を見た歳三は、鬼のような形相をしていた。「土方さん、お腹空きません?お昼僕が奢りますから、何か食べに行きましょう。」「あぁ、わかった。」 千は歳三を連れて、駅前の大型ショッピングモール内にあるファストフード店で昼食を取った。「面妖な食い物だな。お前ぇはこんなものを普段食べるのか?」 初めて目にするハンバーガーを珍しそうに見ながら、歳三はそれを一口頬張った。「どうですか?」「美味ぇな。牛の肉を食べたのは初めてだが、こんなに美味ぇもんだとは知らなかったぜ。それに、芋の揚げ物も酒の肴としていけるんじゃねぇのか?」「そうですね。ポテトは油で揚げるだけで簡単に作れるので、今度作り方をお教えしましょうか?」「あぁ、頼む。」平日の昼間とあってか、店内は制服姿の高校生達で混雑していた。「もうそろそろ、出ましょうか?」「そうだな。」歳三と千がトレイを持ってそれを捨てようと席を立ってゴミ箱へと向かおうとした時、何処からともなくスマホのシャッター音がした。歳三が自分の写真を撮った数人の女子高生達を睨みつけると、彼女達は悲鳴を上げながら何処かへ行ってしまった。「うるせぇ女達だったな。それにあいつら、さっきから俺の顔を見ていやがった。」「土方さんがイケメン過ぎるから、見惚れていたんですって。」「そうか?まぁ、否定はしねぇがな。」「土方さん・・」 ファストフード店を出た歳三達は、夕飯の食材を買いに大型スーパーへと向かった。「おい、これが全部買えるのか!?」「そうですよ。」「へぇ、お前ぇの時代は便利になったもんだな。」歳三がスーパーの商品棚に陳列された商品を、カートを押しながら興味深そうに見ていると、彼は女性を連れた薄井の姿を見かけた。「どうしたんですか、土方さん?」「あれを見ろ、千。」歳三は薄井と女性の姿を指すと、千は二人の姿を見て顔を顰めた。「どうします、話しかけますか?」「いや、やめておこう。」やがて薄井と女性は、カートにアイスクリームを入れた後何処かへと行ってしまった。「連れの女は一体誰だ?」「さぁ、解りませんね。」 歳三と千がスーパーの広い店内を歩いている頃、都内にあるネットカフェの一室では、一人の男がある動画を動画サイトにアップロードしようとしていた。「何度観ても抜けるな、これ。」男がそう呟きながらパソコンの画面を見ると、そこには恐怖で泣き叫ぶ総司の姿が映っていた。にほんブログ村
2016年11月26日
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歳三が千からの電話を受け、総司が入院している病院へと駆けつけると、そこには集中治療室のベッドに横たわっている総司の姿があった。 美しかった彼の顔は何者かに酷く殴られ、目蓋や唇は切れて腫れ上がり、腰下まであった艶やかな黒髪は無残にも散切りにされていた。「千、総司は大丈夫なのか?」「はい。沖田さんは一命を取り留めたのですが、下半身からの出血が酷くて、僕が沖田さんの発見が数分遅れていたら、命はなかっただろうって、お医者様がおっしゃっていました。」「そうか・・」歳三が安堵の表情を浮かべながら千の方を見ると、彼は何処か気まずそうな顔をしていた。 それは何か自分に知られたくない事を、隠しているかのような顔だった。「千、それだけか?」「え?」「俺に何か隠しているだろう、違うか?」千が歳三に何かを言おうと口を開いた時、向こうから総司の担当医・芦田(あしだ)がやって来た。「貴方が、沖田総司さんのご主人ですか?」「はい、そうですが・・」「少しご主人にお話ししたいことがあるので、わたしの部屋に来てください。」「わかりました。」 数分後、芦田の部屋で、歳三は総司が腹の子を流産した事、そして二度と彼が妊娠できない事を彼から告げられた。「先生、総司はもう、妊娠できないんですか?」「男性妊娠は、奇跡の賜物なのです。本来女性にしか出来ない妊娠を、男性である総司さんが出来たという事自体が奇跡そのものです。しかし女性とは違い、男性妊娠の場合出産までの過程や経過は流産や切迫早産といったトラブルがつきものです。」 芦田は一旦言葉を切ると、コーヒーを一口飲んだ。「先生、総司は一度妊娠できたのだから、流産しても妊娠は可能ではないのですか?」「それは無理です。何故なら彼が流産した時、胎児が宿っていた子宮ごと何者かに内側から酷く破壊された痕跡がありました。こちらへ運ばれた時、総司さんの命を助ける為には、子宮を摘出する以外ありませんでした。」芦田医師の話を聞いた後、歳三はこみ上げてくる吐き気を必死に堪えた。「土方さん、大丈夫ですか?」芦田医師の部屋から出て来た歳三が蒼褪めた顔をしていることに気づいた千が彼の方へと駆け寄ると、歳三は邪険に千の手を振り払った。「お前ぇ、どうして総司が流産していた事を隠していたんだ?」「それは・・」「あいつは知っているのか?子を失った上に、もう二度と妊娠できない身体になった事を?」「いいえ、まだ沖田さんはその事を知りません。」「そうか。なぁ千、お前が総司を見つけた時、お前の他に誰か居たか?」「いいえ。でも、部屋のドアの鍵は開いていました。まるで僕が来る前に誰かが慌てて出て行ったように。土方さん?」 千が歳三の方を見ると、彼は眉間に皺を寄せながら何かを考えていた。「千、もし俺の前に総司をあんな目に遭わせた奴が現れたら・・その時は、あいつと同じような目に・・いいや、それ以上の苦しみを味あわせてやりてぇ。」「そんな事を考えてはいけません、土方さん。復讐しても、何も得られるものはありません。」「綺麗事を抜かすんじゃねぇよ。お前ぇだって自分を苛めていた栗田の野郎に復讐してぇと一度は思った事があったんじゃねぇのか?」「ええ。でもあいつは死んでもう居ない。僕があいつの存在を忘れることが、あいつに対する最大の復讐だと思っています。」「そうか。だが俺はお前ぇみてぇにそんなに簡単に割り切れねぇよ。“目には目を、歯には歯を”っていう西洋の言葉があるだろう?総司の為にも、俺の為にも、何としてでもあいつを酷い目に遭わせた犯人を見つけ出してやる!」 そう叫んだ歳三の紫紺の瞳は、怒りと復讐の炎に燃えていた。 その姿はまるで鬼のようだった。にほんブログ村
2016年11月26日
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一部性描写あり、苦手な方はご注意ください。「総司、これから何をする気だ?」 浴室に入った歳三は、そこにビニール製の枕のようなものと、その傍らには異国語で書かれた瓶が置かれていた。「土方さん、そこに横になって下さい。」浴室に入って服を脱ぎ、枕の上に横たわった歳三に、総司が自分の胸から股間に掛けて瓶の中に入っている液体を塗り始めた。「それは何だ?」「媚薬オイルです。薄井さんの会社で開発しているもので、これを塗ると夫婦生活が円満になるそうです。」「そうか・・」「土方さんだけが気持ちよくなってばかりじゃ、狡いですものね。」総司はそう言って笑うと、自分の身体にも媚薬オイルを塗りこんだ。 媚薬オイルを塗られた後、歳三は激しい快感が全身に襲って来て、頭がぼうっとなってしまった。「土方さん、これから朝まで楽しみましょう?」総司は歳三の上に跨り、彼のものを自分の蕾に宛がうと、ゆっくりと腰を下ろしていった。 浴室で総司と歳三が甘美で淫らな時間を過ごしていると、不意に浴室のドアが開いた。「誰?」総司が振り返ると、そこには誰も居なかった。「どうした?」「いえ、さっき誰かに覗かれている気がして・・」「気のせいじゃないか?」「そうですね。」総司はそう言うと、歳三の上で再び腰を振り始めた。「また来てくださいね。」「総司、ここには暫く来ることはやめる。」「どうして?」「お前ぇには、薄井が居るだろう?」「あの人とは形だけの夫婦です。本当に愛しているのは貴方だけです。」総司はそう言うと、歳三に抱きついた。「解っているさ、そんな事は。暫く我慢してくれねぇか?」「土方さん・・」 総司の部屋から出て荻野家へと戻った歳三は、溜息を吐いてそのままこたつの中で眠った。 一方、総司は帰宅した薄井を笑顔で出迎えたが、何処か彼の様子がおかしい事に気づいた。「貴方、どうなさったの、そんな怖い顔をして?」「わたしが、君達がここで何をしているのか、気づかないとでも思ったのか?」「何を言っているんですか?」「うるさい、黙れ!」薄井は総司を床に押し倒すと、彼が着ていたワンピースを引き裂き、彼の上に馬乗りになった。「やめて、やめてください!」「偉そうにわたしに口答えするな!」薄井は拳で何度も総司の美しい顔を殴った。 翌朝、千がベビーシャワーの打ち合わせの為に総司の部屋を訪れ、何度もインターホンを鳴らしたが中から返事がなかった。「沖田さん、お留守ですか?」千がドアノブに手を掛けると、それは難なく開いた。彼がリビングに入ると、フローリングの床に、顔を殴られ、下半身が血塗れになっている総司が倒れていた。「沖田さん、大丈夫ですか?」千が慌てて総司の元へと駆け寄ると、彼は低く呻いて千を見た。「たすけて・・」「しっかりしてください、今救急車を呼びましたからね!」 総司は病院に運ばれたが、彼は腹の子を流産してしまった。にほんブログ村
2016年11月23日
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「千、どうした?」「いえ、ちょっとボーっとしちゃって・・すいません。」キッチンで食器を洗っていた千は、突然歳三に話しかけられて我に返った。「あの西田っていう女、いつの間にかマンションから引っ越していったんだな。」「ええ。でも僕、西田さんに散々意地悪されたのに、彼女が居なくなったことを知っても何も感じないんですよね。ざまぁみろとかいい気味とか、面と向かって彼女に言いたかったのに・・」「いいんじゃねぇか、何も感じない方が。あの女の性格を考えれば、何処に行ってもあの女はお山の大将で威張っているだろうよ。」「まぁ、そうですね。居なくなった人の事は忘れます。」千が歳三に茶が入った湯呑をリビングのテーブルに置くと、彼は読んでいた雑誌から顔を上げた。「済まねえな。」「あの、さっきから何を読んでいらっしゃるのですか?」「ああ、これか?ちょっと今後の参考になるかと思って、近くの本屋で買って来たんだ。」 歳三がそう言って置いた雑誌は、育児雑誌だった。千がよく雑誌を見ると、雑誌には付箋(ふせん)が貼られてあった。付箋が貼られたページを千が開くと、そこには『性生活―夫婦の永遠のテーマ―』というタイトルと共に、『互いの愛を深める為の体位』がイラスト付きで紹介されてあった。「土方さん、これ・・」「あぁ、これか?昨夜総司とここでして以来、あいつよく誘って来て、困っているんだよ。」「そうですか。土方さん、沖田さんと仲がいいのは良いですが、ほどほどにしてくださいね。」「あぁ、言われなくてもわかっているよ。」千は溜息を吐きながら雑誌を閉じると、リビングテーブルに置いていた歳三のスマホが鳴った。「済まねぇ。」歳三はそう言ってスマホを掴むと、ベランダへと出て行った。「総司、どうした?何かあったのか?」『ねぇ土方さん、わたしが今何をしているのか知りたくないですか?』「一体どうした、急にそんな事を聞いて?」『今ベランダで、土方さんの声を聞きながら、一人でしているんです。ねぇ土方さん、早く部屋に来てわたしを抱いてくださいよ。』「わかった、直ぐに行く。」 歳三はスマホを無造作にスウェットのポケットに突っ込むと、ベランダからリビングに戻った。「千、少し出掛けて来る。」「また沖田さんの所ですか?」「ああ。」 少し呆れたような顔をしている千に見送られながら、歳三は部屋から出て総司が居る五十階の部屋へとエレベーターで向かった。 今頃総司がベランダで自分のものを慰めながら自分を待っている姿を想像していると、歳三は自分のものが硬くなっていることに気づいた。「総司、来たぞ。」 はやる気持ちを抑えながら歳三がインターホンを押すと、施錠されたドアが開いた。「土方さん・・」荒い息を吐きながら歳三を出迎えた総司が着ているマキシ丈のワンピースに白い染みを見つけた歳三は、そのまま床に彼を押し倒してワンピースの裾を捲り上げた。「本当に一人でしていたのか?」女物のパンティーにも、白い染みが広がっていた。「土方さん、今日はお風呂でしましょう。服が汚れたら、貴方も嫌でしょう?」総司はそう言って歳三にしなだれかかりながら、彼の股間をスウェットのズボンの上からそっと撫でた。「総司、悪ぃが今日はあれ、持って来てねぇんだ。」「あんなもの、必要ないでしょう?早くわたしを抱いてくださいよ。」にほんブログ村
2016年11月23日
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一部性描写あり。苦手な方はご注意ください。「ここが、千君の家なのですね?」「はい。屯所とは随分雰囲気が違うでしょう?」 四十五階の荻野家にお邪魔した総司は、驚きで目を丸くしながらベランダから見える外の風景を眺めた。「こんな高い所に人が住めるなんて信じられません。」「まぁ、俺も最初はそう思ったさ。だが、住めば都だ。総司、喉乾いてねぇか?」「では、泡のお水を頂けますか?あれを飲むと、吐き気が治まるんです。」「泡のお水?」「炭酸水の事ですね。今お入れしますから、沖田さんはそちらにお掛けになってお座りください。」総司がソファに座ると、歳三が彼の隣に座り、総司のまだ膨らんでいない下腹にそっと手を置いた。「総司、この子が生まれるのはいつぐらいになるんだ?」「お医者様によると、来年の六月位になるそうです。産まれてくるのは土方さんに似た女の子ですよ。」「そんなの、まだ解らねぇだろう?お前ぇに似た男の子が産まれるかもしれねぇし。」「いいえ、この子は女の子です。何だか勘で解るんです。」「そうか。」 総司はそう言うと、歳三にしなだれかかった。「沖田さん、炭酸水です。」「有難う、千君。」「ここには、出産までいらっしゃるつもりなのですか?」「ええ。ここだとかかりつけの病院が近いので、ここに決めました。」「そうですか。それよりも、今頃新選組の皆さんはどうされているんでしょう?」「わたしと土方さんが居なくなって、近藤さん達は酷く慌てているでしょうね。出来る事なら出産を終えてから、近藤さん達の元へ土方さんと一緒に帰れる事が出来ればいいのですが・・」「そうですね。新選組の皆さんの元に帰れる方法が判ればいいんですが。」千がそう言って溜息を吐くと、リビングの電話がけたたましく鳴った。「もしもし、荻野です。」『千尋、今夜はわたしとお父さん、九州へ一泊するから、留守番お願いね。』「圭太も一緒に居るの?」『ええ。今後の事をお父さんと二人で話し合ってみるわ。明日帰るから。』「解った。」 受話器を置いた千は、歳三と総司の方を見ると、二人は激しく互いの唇を貪り合っていた。 二人の邪魔をしないよう、千はそっと自分の部屋に入った。「千君に気を遣わせちゃって、悪いことをしてしまいましたね・・」「何を言っていやがる。こんなに濡らしやがって。」歳三はそう言うと、総司が着ていたワンピースの裾を捲り、蜜で濡れた彼のパンティーを素早く足から引き抜いた。 総司の蕾は既に蜜が溢れ出て、歳三がそこに指を這わせるといやらしい水音がした。「俺に抱いて欲しいのか、総司?」「抱いて欲しいです。土方さんの大きなマラで激しく奥まで突いてください!」「おめぇ、そんな言葉を何処で覚えたんだ?」歳三はズボンの前を寛がせ、自分のものを取り出した。総司は熱で潤んだ瞳で歳三のものを見つめると、その裏筋に舌を這わせた。「お前、何処でそんな事を覚えたんだ?薄井の野郎にでも仕込まれたのか?」「土方さんが、わたしに仕込んだんじゃないですか・・」 総司が空いた方の手で歳三の双球を愛撫すると、歳三は快感のあまり呻いた。自分の下半身が総司の愛撫によって急激に熱を帯びてきているのがわかった。「総司、もうやめろ・・」歳三は総司を止めようと彼の頭を自分の股間から退かそうとしたが、彼は自分のものを躊躇いなく奥まで咥えこみ、激しい音を立てながら彼は歳三のものを愛撫した。 限界に達した歳三は、ぶるりと身を震わせながら総司の口内に欲望を迸らせた。荒い呼吸をしながら歳三が総司の方を見ると、彼は喉を鳴らして自分の体液を飲み、口端にはその白い残滓がこびりついていた。「馬鹿野郎、飲むものじゃねぇだろうが。」「土方さん・・」総司は歳三の膝上に乗ると、ゆっくりと自分の蕾に彼のものを宛がった。「お前ぇ、いつの間に嫌らしくなったんだ?」「ねぇ土方さん、早く動いてくださいよ。」「腹の中に子が居るってのに、お前ぇってやつは・・」歳三はそう言って溜息を吐くと、総司の細い腰を掴んで激しく下から彼の身体を突き上げた。「土方さんのマラ、奥まで届いて気持ちいい!」「そんなに腰を振るんじゃねぇよ、出ちまうだろうが。」「お願い、出してください!」 歳三は総司の身体を抱き締めると、欲望を彼の中に迸らせた。「悪阻、大丈夫か?」「ええ。こんなに土方さんと激しくしたのは初めてです。」「そうか。」荒い息を吐きながら、歳三はゆっくりと自分のものを総司の中から引き抜いた。「ねぇ土方さん、お願いがあるんです。」「何だ?」「これから出産まで、わたしの事を抱いてくれませんか?」「あぁ、解った。」数日後、総司は薄井と共にタワーマンションの最上階に引っ越してきた。「千君、これから宜しくお願いしますね。」「はい、こちらこそ宜しくお願いしますね、沖田さん。」 引っ越しの挨拶に来た総司に、千はそう言って彼に微笑んだ。「ねぇ千尋君、さっきの方達とはお知り合いなの?」「はい。沖田さんには前にお世話になったんです。」「そうなの。ねぇ、今度ベビーシャワーを開かない?沖田さん、もう少ししたら安定期だし。」「いいですね、それ。それよりも弥生さん、西田さん達はどうしたんですか?最近姿を見かけませんが・・」「あぁ、佳奈子さん達だったら夜逃げしたみたいよ。何でも旦那さんの会社が倒産しちゃって、ここのマンションに住めなくなっちゃったみたいなの。」「そうですか。」 自分と母を馬鹿にし、散々貶(けな)してきた佳奈子が居なくなったというのに、千は何も感じなかった。にほんブログ村
2016年11月19日
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「てめぇ、何でここにいやがるんだ?」「愚問だね。わたし達は近々ここの住人になる予定だから、マンションの下見に来たんだ。」「何だと?」殺意に満ちた目で薄井を睨んだ歳三は、彼の言葉を聞いて眉間に皺を寄せた。「どういうことですか、薄井さん?」「言葉通りだよ。最上階の部屋が空いたから、そこでわたしと沖田さんは、夫婦として一緒に暮らすことになるんだ。」「てめぇ、ふざけるな!」 エレベーターの扉が閉まると同時に、歳三はそう叫ぶと薄井の胸倉を掴んで彼の身体を壁に叩きつけた。「総司と夫婦として暮らすだと?総司はお前ぇのもんじゃねぇ!」「土方さん、落ち着いてください。」総司は激昂する歳三を慌てて止めたが、彼の怒りは収まらない。「総司、何でこいつと夫婦として暮らすことにしたんだ?」「それには、深い事情があって・・」「ここで言い争うのは得策ではないから、何処か静かな場所で話そうか?」 そう言って薄井と共に歳三達が向かったのは、マンションの二十五階にあるライブラリーだった。「それで?総司、てめぇが言う深い事情ってのは何だ?」「実は、社長が今回極秘で進めていたプロジェクトを勝手にマスコミに公表してしまってね、社長から世間の目を誤魔化すために、僕と沖田さんは夫婦としてこれから暮らすことになったんだ。土方さん、沖田さんを貴方から略奪する気など全くないので、安心してください。」「どうかな、てめぇの言う事は信用できねぇ。」「そんな怖い顔をしては、折角のイケメンが台無しですよ?」 両手で拳を象っている歳三の姿を前に、薄井は飄々(ひょうひょう)とした口調でそう言うとホットレモンティーを一口飲んだ。「薄井さん、貴方が言っている事は百パーセント真実なのですか?今のお話を僕が若竹社長に電話して確認しますが・・」「その必要はないよ。まったく土方さんといい、君といい、何処までも疑り深い人達なんだ。」薄井は歳三と千の顔を交互に見た後、薄笑いを浮かべた。「まぁ、これから君達とは“ご近所さん”になる訳だし、こんな風に互いにいがみ合っていてもメリットはない。この際、仲良くしようじゃないか?」 薄井はそう言うと、手袋を外した右手を歳三に差し出した。「何だそりゃぁ?」握手といった西洋の風習などが浸透していない時代の人間である歳三にとって、それは奇妙なものにしか映らなかった。 暫く薄井は歳三が自分の手を握り返してくれるのを待っていたが、やがて大袈裟な溜息を吐くと右手を引っ込めた。「まぁ、君がわたしを信用してくれない事はわかったよ。」「そうかい。」歳三と薄井が睨み合っていると、薄井の隣に座っていた総司が苦しそうに顔を歪めて口元をハンカチで覆った。「総司、どうした?」「心配するな、ただの悪阻さ。沖田さん、今日は土方さんの所で一泊して来るといい。」「いいのですか?」「勿論さ。わたし達は夫婦の振りをするだけで、君の夫は土方さんだけだからね。ゆっくりとしてくるといい。」 薄井は総司に向かって優しく微笑むと、そっと彼の髪を梳いてライブラリーから出て行った。「やっぱりあいつは信用できねぇ。」歳三は薄井の背中を睨みつけてそう呟いた後、総司の肩を抱いて千と共にエレベーターへと乗り込んだ。「総司、大丈夫か?」「ええ。それよりも土方さん、わたしと離れている間浮気していませんでした?」「馬鹿野郎、そんな事する訳ねぇだろうが。」「そうですか。ならよかった。」 総司はそう言って歳三に微笑むと、彼の頬に軽く口づけた。にほんブログ村
2016年11月19日
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「みんな何処に行っちまったんだ?」「さぁ。それよりも着替えましょう。」「ああ。」 ドレスから寝間着に着替えた歳三と千は、部屋から出て大浴場へと向かった。「こんな夜遅くまで開いている風呂屋は便利でいいな。」「二十四時間営業ですからね、ここ。」 大浴場から上がった千と歳三がドライヤーで髪を乾かしていると、そこへ優之が入って来た。「千尋、先に帰っていたのか。」「うん。さっき家に帰ったら誰も居なかったんだけれど、兄さん何か知ってる?」「ああ、そういえばお祖母ちゃんが倒れて病院に運ばれたから、父さんと千佳さんが病院へ向かったって、さっき父さんから連絡があったよ。」「え?どうしてそんな大切な事僕に連絡してくれなかったの?」「連絡しても仕方がないだろう?千尋とお祖母ちゃんは仲が悪かったんだから。」「そんな・・」千は何処か自分を冷たく突き放すかのような優之の言葉に傷ついた。「あんた、いくら何でもあんまりじゃねぇか?」「家族の問題に、赤の他人が口を挟まないでいただきたい。」 優之はそう言って歳三を睨みつけると、大浴場の中へと入っていった。「あいつの言う事なんか気にするんじゃねぇぞ。」「はい・・」 歳三が千を励ましながら彼と共に部屋に入ると、リビングの方から怒鳴り声が聞こえて来た。「あなた、一体どういうこと!?」「母さんが望んでいる事なんだ、仕方がないだろう!」「だからって、わたし達に何の相談もなくお義母さんを施設に入れるなんて、あんまりだわ!」「じゃぁ他にどうしろって言うんだ、君が母さんの介護をしてくれるって言うのか!?」「一体どうしたの、二人とも?」「千尋、貴方は歳三さんと部屋に行っていなさい。」「母さん・・」「母さんの言う事を聞いて!」千佳から睨まれた千は、リビングから出て歳三と共に自分の部屋へと入った。部屋に入っても、両親の怒鳴り声はまだリビングから聞こえて来た。「なぁ千、お前の祖母さんがどうなっているのかは知らねえが、何でお前ぇの両親はあんなに声を荒げて喧嘩してんだ?」「そんなの、僕にも解りません。それよりも土方さん、もう寝ましょう。」「ああ。」 翌朝、歳三と千が起きてリビングに入ると、そこでは千佳が溜息を吐きながら割れた皿を片付けていた。「母さん、それどうしたの?」「昨夜お父さんとお祖母ちゃんの事で喧嘩しちゃってね。あの人、わたし達に何の相談もなく、お義母さんを施設に入れちゃったのよ。」「そう。お祖母ちゃんはどうして施設に入れられたの?兄さんからは、倒れて病院に運ばれたって事しか聞いていないけれど・・」「詳しい事はわたしにもよく判らないんだけれど、どうやらお義母さん、認知症で近所を徘徊しているところを、車に撥(は)ねられたみたいなの。」「認知症?あのお祖母ちゃんが!?」千佳の言葉を、千は信じられなかった。あんなに溌剌としていた義祖母が認知症に罹っている事は、彼にとって受け入れ難い現実だった。「ええ。詳しく検査をしてみないと判らないみたいだけれど、隆さんはうちで介護をするよりも、お義母さんを専門の施設に入れた方がいいって勝手に決めたみたいで・・それでわたしが怒って、隆さんと怒鳴り合いの喧嘩になってしまったのよ。」「それで、これからどうするの?」「まだわからないわ。千尋、昨夜は貴方に怒鳴ってしまってごめんなさい。」「いいよ、もう。それよりも父さんは何処?」「さっき会社に行ったわ。夕方まで帰って来ないって。」「そう・・」千が母の言葉を聞いて溜息を吐くと、リビングの電話がけたたましく鳴った。「僕が出るよ。」「わかったわ、お願い。」「もしもし?」『ああ、誰かと思ったら君か。僕の事を憶えているかい?』「若竹さん、うちに何のご用でしょうか?」『少し君と話がしたいんだ、今すぐカフェに来てくれないか?』「わかりました。」受話器を置いた千は、部屋に戻って幸一と会う為に着替えた。「俺も行こうか?」「はい。」 歳三と千がマンション内のカフェへと向かうと、窓際の席に座っていた幸一が二人に向かって手を振っていた。「そちらの方は?」「僕の命の恩人です。あの若竹さん、僕に話したい事とは何でしょうか?」「君、瑠璃に何か変な事を吹き込んでいないかい?」「いいえ。何かあったのですか?」「実はね、さっき瑠璃ちゃんから電話が来て、僕と別れようって言って来たんだ。だから、君が何か知っていないかなと思って、ここに来たんだ。」「存じ上げません。瑠璃さんとの婚約が破談になる、ならないは若竹さん個人の問題でしょう?今うちは貴方の身の上相談を聞いているほど暇ではないんです。」「そうか。ではこれで失礼するよ。」幸一は伝票を掴んでそのままカフェから出て行った。「あの野郎、何で千に自分の婚約者の事を聞くんだ?自分で婚約者が浮気していないか確かめりゃぁいいじゃねぇか。」歳三はそう言うと、少し冷めてしまった日本茶を一口飲んだ。「多分あの人は瑠璃さんの浮気を知って居る筈です。だから、それを確認する為に僕の元に来たんでしょう。」「めんどくせぇ野郎だな。」 歳三と千がカフェから出て部屋に戻る為にエレベーターに乗ると、そこには薄井と総司の姿があった。にほんブログ村
2016年11月19日
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「その指輪、どうしたんだい?」「土方さんが、さっきここまでわたしを連れて来てくれたんです。変な人に絡まれていた所を助けて貰って・・」「変な女?」「ええ。わたしの事を泥棒猫と罵って来ました。」「そうか・・君に絡んできた女は、わたしの恋人だった女だ。一体何処から潜り込んできたのかは知らないが、彼女は君の事をわたしの新しい恋人だと勘違いしたようだね。」薄井はそう言うと、溜息を吐いた。「わたしはパーティーに戻るよ。何かあったらわたしのスマホに電話してくれ、いいね?」「解りました。」「良い夢を。」 薄井は総司の額に唇を落とすと、そのまま部屋から出てパーティー会場へと戻った。「土方さん、何処に行っていたんですか?」「総司に会って、指輪を渡してきた。」「そうですか。薄井さんと鉢合わせしませんでしたか?」「ああ。それよりも千、さっき甲板で社長とその連れに会ったんだって?」「はい。でも社長の婚約者の方から、余り自分達の事を詮索しないで欲しいと言われました。」千はそう言って料理を皿に載せながら溜息を吐いた。「その婚約者って、さっき俺が会った振袖姿の女か?」「ええ、そうですけれど・・それがどうかしたのですか?」「その女、さっき俺が会った時には別の男とイチャついていたぞ?」「そうですか。まぁ、僕達には関係のない事なので、放っておきましょう。」「そうだな。」 千と歳三がそんな事を話しながらパーティーを楽しんでいると、突然会場内が暗くなった。「なに!?」「停電か!?」周囲の客達がざわめき始めた時、突然舞台の上にスポットライトが当たった。「皆様、本日は我が社のクリスマスパーティーにお越しくださり、誠に有難うございます。これから、わたくし共の方で皆さんに重大な発表がございます。」若竹幸一はマイクを握ると、そう言った後深呼吸した。「大変私事ではありますが、わたし若竹幸一は、三条瑠璃さんと婚約したことを発表いたします!」 幸一の言葉と共に、瑠璃にスポットライトが当てられ、彼女は羞恥に顔を赤く染めながら、舞台に上がった。「おめでとうございます、社長!」「末永くお幸せに!」 舞台の上で社長の婚約を祝う彼らの部下達は一斉にそう言うと、完全にしらけている観客達に向かって拍手をするよう目配せした。「何だこの茶番。早く港に着かねぇかな。」「あと少しの辛抱ですよ、土方さん。」 歳三達を乗せた豪華客船は、クリスマスパーティー終了後に港に着いた。「あ~、やっと終わったな。」「道が混まない内に帰りましょう。」「ああ、そうだな。」 千と歳三がそう言いながら船から降りた時、突然彼らの背後で薄井の怒声が聞こえた。「しつこい女だな、君とはもう終わりだと言っただろう!?」「何よ、それ!」 歳三が振り向くと、そこには薄井と対峙している例の女が立っていた。「あの女、薄井の女だったのか。」「土方さん、どうかしたんですか?」「いや、何でもねぇよ。」 千と歳三は、港の入り口でタクシーに乗ってそのまま帰宅した。「ただいま。」 二人がリビングに入ると、そこには誰もおらず真っ暗だった。にほんブログ村
2016年11月19日
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「確かに、僕と瑠璃ちゃん・・三条瑠璃さんとは単なる幼馴染ではないよ。まだ正式には発表されていないが、僕と瑠璃ちゃんは近々婚約する事になっている。」「それは、おめでとうございます。」「有難う、そう言って素直に僕達の婚約を祝福してくれるのは君だけだ。」「それは、どういう意味ですか?」「若竹さん、部外者にわたし達の事を詳しく話さなくてもいいじゃないの。」若竹の隣に立っていた振袖姿の女性―三条瑠璃はそう言うと、彼の腕を掴んだ。「千尋さんとおっしゃったわね?これ以上、わたし達に深入りしないでくださる?行きましょう、若竹さん。」「ああ。」 若竹と瑠璃が甲板から消えた後、千は総司と歳三の姿を探しに船内へと戻った。 一方、総司は自分の部屋で歳三から傷の手当てを受けていた。「あの女とは知り合いか?」「いいえ。でも彼女の方はわたしの事を知っているようでした。恐らく、薄井さんの恋人かと。」「薄井の野郎、何だってあの女をこの船に乗せたんだ?あと少しで俺が助けなかったら、お前ぇあの女に海に投げ込まれていたぜ。」歳三はそう言いながら、総司の顔に残った傷を見た。「跡が残らなきゃいいんだが・・」「大丈夫です。消毒すればすぐに治ります。それよりも土方さん、わたし・・」「お前ぇが妊娠している事は、薄井から聞いた。総司、お前の腹の子は、俺の子なんだな?」「ええ。今八週目なんですけれど、まだ実感が湧かなくて。悪阻と貧血が酷くて、一日の大半は寝てばかりいます。」「そうか。なぁ、少し触ってもいいか?」「構いませんよ。」歳三がそっと総司のまだ膨らんでいない下腹の上に手を置くと、そこは何故か温かった。「総司、労咳の方はどうだ?もう治ったのか?」「ええ。薄井さんから抗生物質の点滴を打って貰ったら、急に良くなりました。千君の時代の医学は凄く進歩していますね。」「なぁ総司、今から俺と逃げねぇか?この機会を逃したら、俺は永遠にお前ぇを失っちまうかもしれねぇ・・そんな事は、したくねぇんだ。」「ごめんなさい、土方さん。貴方のお気持ちは解りますが、それは出来ません。わたしは、貴方の子を産むという仕事がまだ残っているんです。」「そうか。」「ここで別れても、すぐに会えますよ。だからそんなに落ち込まないでください、土方さん。」 自分の前で項垂れている歳三の頭を、総司はそう言って優しく撫でた。「お前ぇに、渡したい物があるんだ。」「何ですか?」「西洋の慣習で、夫婦は同じ指輪を嵌めるんだそうだ。」歳三はスーツの内ポケットからベルベッドの箱を取り出すと、それを総司の前で開けた。 そこには、一組のプラチナの指輪が入っていた。「よく似合っている。やっぱり千と一緒に選んだだけの事はあるな。」「有難うございます、土方さん。大事にしますね。」歳三から左手薬指に指輪を嵌められた総司は、感激のあまり泣き出した。「必ず、お前達を迎えに来る。その日まで、待っていてくれ。」「解りました。この子と一緒に貴方が迎えに来るのを待っています。」総司の涙を歳三が優しくハンカチで拭っていると、通路に誰かの靴音が響いた。「総司さん、居るのか?」「じゃぁな、総司。」「さようなら、土方さん。」 歳三が総司の部屋から出て行った後、入れ違いに薄井が中に入って来た。「総司さん、泣いていたのかい?」「ええ。妊娠してから、ちょっと精神的に不安定になってしまいました。」「ゆっくりと休んでくれ。」「解りました。」 総司をベッドに寝かせた薄井は、彼の左手薬指に見慣れない指輪が嵌められていることに気づいた。にほんブログ村
2016年11月16日
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(二人とも、何処に行ったんだろう?) 慣れないロングドレスの裾を捌きながら、総司は広い船内で歳三と千の姿を探しまわっていたが、二人の姿は何処にも居なかった。もう二人は船から降りてしまったのだろうか―総司がそんな事を思い溜息を吐きながら自分の部屋へと向かおうとした時、彼は誰かに肩を叩かれた。「あんたが、健介の女?」「あなたは、どなたですか?」 総司が振り向くと、そこには胸元を大きく開いた膝丈のドレスを着た女が立っていた。「とぼけるんじゃないわよ、この泥棒猫!」女は総司の言葉を聞いた途端激昂し、美しくネイルアートを施された両手で総司の顔を引っ掻いた。 頬に激痛が走り、総司が悲鳴を上げて女から一歩後ずさると、女は尚も総司に攻撃を加えようとして彼に向かって腕を大きく振り上げた。「総司、大丈夫か?」見知らぬ女に殴られそうになっている総司の姿を目にした歳三は、女を突き飛ばした。「はい、大丈夫です。」「あんた、あたしの邪魔をしないでよ!こいつはあたしの健介を奪った泥棒猫なのよ!」女はヒステリックにキーキーと喚きながら、歳三を睨みつけた。「こいつは俺の女だ。またこいつを傷つけようとするなら、てめぇを海に放り込んでやる。」 歳三の殺気に満ちた目を見た女は、意味不明な言葉を喚き散らしながらその場から逃げていった。「ごめんなさい、土方さんにご迷惑を・・」「謝るんじゃねぇよ、総司。それよりも傷の手当てをしねぇと。」「部屋に案内します。」 総司が歳三を自分の部屋へと案内している頃、千は船内のダイニングルームで豪華な料理に舌鼓を打っていた。(こんな豪華な料理、何処から頼んだんだろう?)そんな事を思いながら千が有名洋菓子店のケーキを食べていると、隅の方で若竹と薄井が何かを話している姿を彼は見た。 千はそっと彼らの方に忍び寄ろうとした時、若竹が突然薄井の胸倉を掴んで何かを彼に言うと、足早にダイニングルームから出て行った。 二人の様子が気になった千は、若竹の後を追ってダイニングルームから出て、人気のない甲板へと向かった。 若竹は甲板に一人佇み、夜の海を眺めていた。「若竹さん。」声を掛けようかどうか千が迷っていた時、一人の振袖姿の女性が若竹に話しかけて来た。「何だ、誰かと思ったら瑠璃ちゃんか。」そう言って女性の方に振り返った若竹は、彼女に柔らかな笑みを向けた。どうやら、彼と女性は親しい間柄らしい。千が暫く物陰で二人の様子を見ていると、彼は若竹と目が合ってしまった。「僕達の逢瀬を覗き見とは、悪趣味だね。」「すいません、貴方に声を掛けようとしたら、そちらの方が先に・・」「そうか。君は確か、さっき甲板で薄井と揉めていた男の連れだったね?」「は、はい・・あの、僕はこれで失礼します。」「待ち給え、僕はまだ君の名前を聞いていない。」「では、そちらから名乗って頂けませんか?そちらのお嬢さんも。」千の言葉を聞いた若竹は、口端を歪めて笑った。「そうだね。僕は若竹幸一、こちらは僕の幼馴染の、三条瑠璃さんだ。」「僕は荻野千尋と申します。先ほどお二人の様子を拝見した限りだと、お二人は親しい間柄のようですが?」千がそう言って二人を見ると、若竹は突然大声で笑い出した。「僕、何かおかしい事でもお聞きしましたか?」「いや・・君は案外鋭い所を突くなと思ってね。」にほんブログ村
2016年11月16日
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「母さん、そのドレスは誰の?」「貴方のドレスに決まっているじゃないの?」「ねぇ、どうして僕だけが女装しないといけないの?」「貴方男の子にしては華奢だし、女顔だから女装しても大丈夫かなと思って。それよりもドレスを試着してみて。」「わかったよ。」千は渋々と、千佳が作ったドレスを試着した。「ピッタリね。このドレスに合う靴とバッグはもう用意してあるわ。」「有難う、母さん。」千がそう言って歳三の方を見ると、彼は肩を震わせて笑っていた。「何がおかしいんです、土方さん?」「いや、お前ぇの女装姿が似合っていると思ってな。」「そうですか。土方さんの女装姿、母さんにも見せたかったです。」「まぁ、何の話?」「ううん、こっちの話。母さん、ドレス作ってくれて有難う。」「どういたしまして。パーティー、楽しんできてね。」 石田製薬主催のクリスマスパーティーは、豪華客船を貸し切った華やかなものだった。「土方さん、何処もおかしくはありませんか?」「ああ。それよりも足元、滑りやすいから気を付けろよ。」 歳三にエスコートされ、彼と共にパーティー会場である豪華客船へと乗り込んだ千は、一組のカップルが甲板へと向かって行くのを見た。 そのカップルは、薄井と総司だった。「沖田さん!」千は総司を呼び止めようとしたが、薄井と総司は人混みの中へと消えてしまった。「どうした、千?」「薄井と沖田さんが、さっき甲板の方へ・・」「俺達も行くぞ!」「はい!」歳三と千が甲板へと向かうと、丁度そこでは石田製薬社長の若竹と、薄井が談笑していた。二人の隣には、サファイアブルーのドレスを着た総司が立っていた。「総司!」「土方さん、どうしてここに?」「やっと見つけた。一緒に帰ろう。」歳三がそう言って総司に向かって手を差し伸べると、薄井が二人の間に割って入った。「久しぶりですね、土方さん。それに、千君も。」「てめぇ、総司を俺に返しやがれ!」「それは出来ません。彼は我々にとって貴重な存在なのですから。」「そりゃぁどういう意味だ?」「おや、ご存知ないのですか?彼は今、貴方の子を宿しているのですよ。」薄井の言葉を聞いた歳三は、驚愕の表情を浮かべながら総司の下腹を見た。「その様子だと、ご存知なかったようですね?」薄井はそう言って薄笑いを口元に浮かべ、総司を自分の方へと抱き寄せた。「てめぇ、総司から手を放しやがれ!」「申し訳ありませんが、貴方に彼を戻すことは出来ません。ここは諦めてお帰り下さい。」 歳三は悔しそうに唇を噛みながら薄井を暫くの間睨みつけていたが、千の手を乱暴に取って彼に背を向けて甲板を後にした。「いいんですか、土方さん?沖田さんがすぐ目の前に居るのに・・」「ここであいつと争っても、俺に勝ち目はねぇ。だが、総司を諦めた訳じゃねぇさ。あいつとは必ず決着を着けてやる!」(総司、俺は必ずお前ぇを薄井の野郎から取り戻す!)「やれやれ、折角のパーティーだというのに嫌な奴に会ってしまったよ。」「薄井さん、わたしもう失礼しても宜しいでしょうか?ここは寒くて、少し気分が悪いので・・」「解ったよ、部屋に戻ってもいい。」「有難うございます。」 甲板から船内へと降りた総司は、歳三と千の姿を探し始めた。にほんブログ村
2016年11月12日
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「千尋、お帰りなさい。今日は圭ちゃんの社会科見学に付き合ってくれて有難う。」「ただいま、母さん。今日はカルチャースクールでのお仕事、早く終わったの?」「ええ。今日は余り忙しくなかったから、早く終わったの。圭ちゃんは?」「圭太なら、塾の友達と遊びに行ったよ。それよりも母さん、弥生さんからクリスマスパーティーに誘われたんだけれど、行ってもいいかな?」「クリスマスパーティー?」「うん。弥生さんの旦那さんの会社で、今週末にあるんだって。」千はそう言うと、千佳にパーティーの招待状を見せた。「石田製薬さんだったら、優之さんの職場ね。わたしも行きたいところだけど、この時期は色々と忙しいのよ。」「じゃぁ、行ってもいいんだね?」「勿論よ。でも弥生さん達にはご迷惑をおかけしないようにしなさいね。」「解った。母さん、今日は夕飯僕が作るね。」「有難う、助かるわ。」「母さんは仕事で疲れているんだから、たまにはゆっくりと休んでいて。」千佳がリビングのソファに座るのを見た千は、冷蔵庫からハンバーグ用の挽肉(ひきにく)を取り出した。「只今帰りました。」「あら土方さん、お帰りなさい。貴方も圭ちゃんに付き合ってくれて有難う。」「こっちで世話になっているから、当然の事をしているまでだよ。それよりも千、何を作っているんだ?」「ハンバーグです。宜しかったら土方さんも一緒に作りませんか?」「ああ。」 千がキッチンで歳三にハンバーグの作り方を教えていると、リビングに優之が入って来た。「ただいま。千佳さん、父さんから連絡はあった?」「ええ、さっきあったわ。向こうでトラブルが起きたから、こっちに帰るのが遅くなるって言っていたわ。」「そう。そういえば今週末にうちの会社でクリスマスパーティーがあるんだけれど、千佳さんも来ない?」「行きたいのはやまやまだけれど、仕事が忙しくて行けそうにないわ、ごめんんなさい。あぁ、そういえば土方さんと千尋がそのパーティーに誘われたんですって。」「そうか。じゃぁ俺もそのパーティーに出るから、そのついでに千尋達を会場に連れて行くよ。」「有難う。」「それじゃぁ、俺はもう行くから。」「夕飯は食べて行かないの?」「これから大学時代の友人達と会うんだ。」「そう、気を付けてね。」 優之がリビングから出て行こうとした時、彼は歳三と目が合った。「余り俺に迷惑を掛けないでくれよ。」「解ってるよ。あんたの手を煩わせるような事はしねぇ。総司が見つかり次第、ここから出て行くさ。」「そうしてくれると助かるよ。」 歳三と優之との間に、見えない火花が散った。「なぁ千佳さん、あいつはどうしてあんたの事を名前で呼ぶんだ?血が繋がらないとしても、普通はあんたの事を母さんって呼ぶはずだが・・」「優之さんは、小さい頃に実の母親と死別したのよ・・その人は、若くしてガンで亡くなったの。わたしとあの子の父親が再婚して、わたしは懸命にあの子の母親になろうと努力したんだけれど、あの子はわたしの事を未だに母親とは認めていないんだと思うの。」「済まねぇな、立ち入った事を聞いちまって。」「いいのよ。それよりも後で千尋と土方さんに、見せたい物があるの。」「見せたい物?」「今週末のクリスマスパーティーで貴方達が着る物を、急ぎで作ってみたのよ。」 夕食後、歳三と千尋が千佳の部屋に入ると、アクアグリーンのドレスと、タキシードがクローゼットのハンガーに掛けられた状態でベッドの上に広げられていた。にほんブログ村
2016年11月12日
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マンションの七階にあるカフェレストランのソファ席で、弥生と歳三達は向かい合う様な形で座った。「あの、話したい事とは何でしょうか?」「実はね、西田さんの所の大地君の事なんだけれど・・あの子、今このマンションには居ないのよ。」「え?」「詳しい事はわたしも知らないんだけれど、西田さんのご主人、株取引で失敗して色々と大変みたいよ。近々ここから引っ越すんじゃないかって噂よ。」「そうですか・・西田さんも大変ですね、最上階に住んでいらっしゃるのに・・」弥生には佳奈子を心配する素振りを見せながらも、千は何処か嬉しそうな顔をしていた。 彼が抱える黒い感情を、歳三は少し垣間見たような気がした。「ああそうだわ、今週末主人の会社でクリスマスパーティーがあるのよ。千尋君と土方さんも是非いらして。」弥生はそう言うと、ブランド物のクラッチバッグの中から二通の招待状を取り出し、千と歳三にそれを手渡した。「これは・・俺の家紋だ!」「え?」歳三の言葉を聞いた千が招待状を見ると、そこには『石田製薬』という社名と共に、土方家の家紋である左三つ巴が印刷されていた。「あら土方さん、主人の会社をご存知なの?」「ええ、まぁ・・」「弥生さん、石田製薬ってどんな会社なのですか?」「そうねぇ・・明治初期に創設されて、最初は自家製の丸薬を作って行商をしていたそうよ。そういえば最近、不妊治療の特効薬を開発中だとかこの前主人が言っていたわね。」「そうですか・・」「ごめんなさい、これ以上は企業秘密にかかわる事だから余り喋るなって言われているのよ。」「弥生さん、パーティーに誘ってくださって有難うございました。それじゃぁこれで失礼いたします。」「ええ、またね。」カフェレストランの前で弥生と別れた歳三と千は、エレベーターで四十五階の自宅に戻った。「千、石田製薬の事を調べられるか?」「ええ、今調べます。」千が自分の部屋からノートパソコンを持ってくると、歳三は目を丸くしてそれを見つめた。「何だ、そりゃぁ?」「これはパソコンといって、解らない事がすぐに調べられる道具なんですよ。」「そうか・・お前ぇの時代には、あのすまほとかいう小せぇ箱といい、便利な道具があるんだな。」「ええ。」 千がインターネットで石田製薬の事を調べると、石田製薬の公式サイトが検索結果のトップに表示された。「間違いねぇ、やっぱりこれは俺の家紋だ!」パソコンの画面に映し出された左三つ巴の家紋を凝視した歳三は、そう叫ぶと首を傾げた。「石田製薬っていう名前も、もとは俺の実家で作っていた石田散薬から来たもんだろう?」「そうでしょうね。会社の歴史を紹介しているページにもそう書いています。え~と、石田製薬創設者の名前は・・え、嘘!」「どうした、千?」 千が突然ノートパソコンの画面を見て叫んだので、歳三がそう言って彼の肩越しに画面を覗き込むと、石田製薬創設者のページに、自分の名前と顔写真が載っていた。「どうして、ここに俺の名前と顔写真が載っているんだ?」「それは解りません。でも、この会社と土方さんとは何らかの繋がりがあると思います。」「そうだな・・社章といい、会社名といい、偶然とは思えねぇよ。」歳三がそう呟いた時、リビングのドアが開いて圭太が入って来た。「二人とも、何見てるの?」「圭太、お帰り。ちょっと調べ物をしていたんだ。」「ふぅん・・」圭太はこたつに入って千が見ている画面を覗き込んだ。「あ、この会社知ってるよ!明日社会科見学でこの会社の研究施設に行くんだ。」「圭太、それ本当!?」「うん。でも保護者同伴が必須なんだよね。パパは出張中だし、ママはカルチャースクールでのお仕事が忙しいし・・」「じゃぁ、僕と土方さんが一緒に行ってあげようか?」「え、いいの?」「いいよ、暇だし。土方さんも、いいですよね?」「ああ、構わねぇよ。」 翌日、千と歳三は、圭太と共に石田製薬の研究施設を訪れた。「かなりデカいな・・」「土方さん、逸れないようにしてくださいね。」「ああ、解ってるさ。」圭太達と共に施設内に入った歳三達は、ガイドと共に施設内を見て回った。「これで社会科見学は終わりだそうです。土方さん、どうしました?」「いや・・あの向こうの部屋がどうなっているのか、気になってな。」歳三はそう言うと、ガラス扉で仕切られた部屋を指した。「あそこは、社員以外は立ち入り禁止区域になっているそうです。入るには、社員証が必要なんですって。」「そうか・・何かにおうな。千、これは俺の勘なんだが・・あそこに、総司が居るような気がしてならねぇんだ。」「何とかして、あそこに入る方法を考えないといけませんね。」 歳三と千がそんな会話を交わしながら来た道を戻っていると、丁度ガラス扉の向こうに総司が立っていた。「土方さん、千君!」二人の姿に気づいた総司がガラス扉を叩いたが、彼らは総司の姿に気づかないままエレベーターの中へと消えていった。「どうしてこんなに近くに居るのに、気づいてくれないの?」そう呟いた総司は、涙を流しながら扉の前に蹲(うずくま)った。にほんブログ村
2016年11月09日
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「なぁ千、聞きてぇことがあるんだが・・」「何ですか、土方さん?」「お前ぇの家族は、いつも飯の時間はあんなに静かなのか?」 夕食後、歳三が洗濯物を畳みながらそう千に尋ねると、彼はアイロンがけをしていた手を止めた。「土方さんにはおかしいと思われるかもしれませんが、うちではあれが普通なんです。元々、うちは仲がいい家族ではなかったし、生活パターンがそれぞれ違いますから、共通の話題がないんです。」「そうか。何だか悪い事を聞いちまったな。」「いいえ。それよりも、僕達が居なくなった後斎藤さん達はどうしているんでしょうか?僕はともかく、土方さんが突然失踪してしまったとなれば、色々と大変なのではないかなぁと思って・・」「斎藤の奴が上手くやってくれると思うが、副長の俺が新選組を長い間留守にしていたら、色々と問題が起こりそうだな。早く総司を見つけて、新選組に戻らねぇと・・」歳三がそう言ってタオルを畳もうとした時、玄関のチャイムが鳴った。「俺が出る。」ドアを開けた歳三の前には、昼間エレベーターホールの前で会った主婦・西田佳奈子が立っていた。「こんばんは。貴方、荻野さんのところでお世話になっていらっしゃる方よね?」「ああ、そうだが・・俺に何か用か?」「明日、貴方の歓迎会をこちらで開こうと思っているので、是非いらしてくださいね。」佳奈子はそう言うと、一通の招待状を歳三に手渡した。「それでは、ごきげんよう。」リビングへと戻った歳三の手に招待状が握られている事に気づいた千は、それを見て溜息を吐いた。「もしかして、歓迎会に来てくれって西田さんから言われたんですか?」「ああ。俺一人じゃ不安だから、お前ぇも一緒に来てくれねぇか?」「解りました。あの人は苦手ですけれど、土方さんの為だと思えば少し我慢します。」「そうか、有難う。」 翌日、マンションの十五階にあるパーティールームへと歳三と千が向かうと、そこには美味しそうな料理がビュッフェ台に並んでいた。「あら、いらしてくださったのね。」ママ友とシャンパングラスを片手に談笑していた佳奈子は、そう言って歳三に微笑んだが、彼の隣に立っている千の方を見てその笑みを消した。「千尋君、わたしは土方さんだけをお呼びしたのよ。」「土方さんは一人では不安だから一緒に行ってくれと頼まれたので、来ただけです。それよりも西田さん、大地君はお元気ですか?最近こちらでは見かけないので、どうしていらっしゃるのかと思って心配なんですよ。」「そんな事、貴方には関係ないでしょう!」佳奈子がそうヒステリックに叫ぶと、何事かと周囲の女性達が彼女の方を見た。「まぁ、折角いらしたのだから、ゆっくりとしていってちょうだいね。お母様にも宜しくとお伝えしてね、千尋君。」「ええ、必ず伝えますよ。そちらこそ、大地君に宜しくとお伝えくださいね。」歳三は二人の会話を聞きながら、二人の間の空気が二度下がったように感じた。「なぁ千、さっきお前ぇが言っていた大地君って誰だ?」「西田さんの息子さんで、僕と同い年なんですけれど、通っている高校が違うんです。まぁ、通学路が同じだから毎朝会うんですけれど、最近彼の姿を見かけないんです。西田さんのあの反応を見る限り、彼女にとって都合の悪い事があるんでしょうね、きっと。」そう言った千は、何処か嬉しそうな顔をしていた。 二時間後、歳三の歓迎会が終わった後、パーティールームから出ようとしていた千と歳三を佳奈子のママ友の一人である弥生が呼び止めた。「ねぇ千尋君、少し話がしたいのだけれど、いいかしら?」「ええ、構いませんよ。」「じゃぁカフェに来てくれないかしら?丁度空いている時間帯だから、誰にもわたし達が一緒に居るところを見られないわ。」「解りました。すぐに伺いますね。」にほんブログ村
2016年11月09日
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「ここ、男湯ですよ。女湯は隣です。」「は?」歳三がそう言って振り向くと、そこには一人の男が立っていた。どうやら彼は、歳三を女性と勘違いしているらしい。「聞こえてますか?」「うるせぇな、耳元で怒鳴るなよ。あんた、俺が女だと勘違いしているようだが、俺もお前ぇと同じモンついてんだよ。」歳三は男を黙らせる為、腰に巻いていたタオルを乱暴に取った。「あ、すいません・・」男は自分の非を認め、そそくさと歳三の前から去った。 歳三が洗い場の前に座ると、鏡の前に瓢箪(ひょうたん)のような形をした変な容器が置いてあった。「おい千、こりゃ何だ?」「ああ、これはシャンプーとリンスです。髪を洗う時はシャンプーを使ってください。」「しゃんぷー・・あぁ、これか?」歳三がそう言ってシャンプーのノズルを勢いよく押すと、中の液体が飛び出て彼の右目を直撃した。「畜生、目が!」激痛にのたうち回る歳三に慌てて駆け寄った千は、シャワーで慌てて彼の右目に入ったシャンプーを洗い流した。「大丈夫ですか?」「ああ。まさかこんな物に目潰しを喰らわされるとはな・・油断大敵だぜ。」「土方さん、よかったら僕が髪を洗いましょうか?」「ああ、済まねぇな。」 髪と身体を洗い、湯船に浸かった歳三は、千と共に窓の外から見える東京の街を眺めた。「あれが江戸の町か・・信じられねぇな。」「土方さんの時代とは全然町並みが違っていますから、驚くのは当然ですよ。もう上がりましょうか?」「ああ。」 大浴場を後にして脱衣場へと戻った二人が濡れた身体をタオルで拭き、髪を乾かすためにドライヤーが置かれている洗面所へと向かうと、そこには三歳から五歳くらいの男児数人が追いかけっこをしていた。「あいつらの親は何処だ?」「さぁ。それよりも早く髪を乾かしましょう。」歳三がドライヤーで髪を乾かそうとした時、追いかけっこをしている男児の一人が勢いよく彼にぶつかって来た。「危ねぇだろ、気をつけろ!」歳三がそう言って男児を睨みつけると、彼は歳三の怒声に怯えて泣き出した。「うちの子に何をするんですか!?」洗面所へその男児の父親と思しき男性がやって来た。彼は泣いている我が子を抱き上げると、そのままその場から立ち去ろうとした。「おいあんた、自分の子が他人にぶつかってきたのに謝らずに帰る気か?」「うちの子はちょっと騒いでいただけですよ。それなのにあんなに怒鳴らなくてもいいでしょう!」「公衆の場で子供を騒がせておいて放置するのが親の仕事か?他人の迷惑になることはするなって躾をするのがあんたの仕事だろうが!」 歳三の言葉に父親は怒りで顔を赤く染めながら、そのまま男児を抱いて脱衣場から出て行った。「ったく、ああいう奴が人の親になるなんて、世も末だな。」「さっきの事、明日マンション中に広まっちゃいますね。ここって狭いからいいことも悪い事も広まるスピードが速いんですよ。」「それがどうした?俺は間違った事は言ってねぇぞ?」「そうですね・・」 二人が大浴場から四十五階の自宅に戻ると、千佳がキッチンで慌ただしく夕飯の支度をしていた。「母さん、手伝うよ。」「いいのよ、貴方は座っていなさい。」「でも母さん一人だと大変でしょう?」 千はそう言うと、ダイニングの椅子に掛けられていたエプロンを手に取った。「今日あの人達は?」「隆さんは出張で九州へ行ったわ。優之さんは残業するから夕飯要らないってさっき連絡があったわ。お義母様は箱根でお友達と旅行に行くんですって。」「そうなの。あんまりあの人達と顔を合わせたくないから良かった。」「千尋、そんな事を言っては駄目よ。貴方にとってはお父さんとお兄ちゃん、お祖母ちゃんじゃないの。」「血は繋がっていないけれどね。圭太はもう塾に行ったの?」「ええ。圭太は最近、わたしと話をしたくないみたい。学校で何かあったのかしら?」「何かあったとしたら、学校から連絡が来る筈でしょう?それがないんだったら、大丈夫なんじゃないの?」 歳三は千佳と千の会話を聞きながら、違和感を抱いていた。二人とも家族の事を話しているというのに、何故か他人事のように話しているのだ。 この家族には、何か問題があるのだろうか―そんな事を歳三が思っていると、玄関のドアが開き、塾帰りの圭太がリビングに入って来た。「あら圭ちゃん、お帰りなさい。塾が早く終わったの?」「うん。ママ、その人誰?」圭太の視線が、千佳から歳三へと移った。「圭ちゃん、この人は千尋のお知り合いの方で、土方さんというのよ。暫く家でお世話になることになったから、ご挨拶なさい。」「はじめまして。」圭太はそう言って歳三の顔を見た後、鞄から携帯ゲーム機を取り出し、それで遊び始めた。「土方さん、ご飯が出来ましたよ。」「おう、今行く。」 夕食の間、千佳と千、そして圭太が一度も目を合わせて会話をしていなかったことに歳三は気づいた。にほんブログ村
2016年11月06日
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「お前ぇを気に入らない奴ら?あの気取った女達がどうしてお前ぇを気に入らねぇんだ?」「話せば長くなるのですが、僕の母は余り近所づきあいが上手くないんです。このタワーマンションに引っ越してきて三年になるんですけれど、母はマンション内に親しい友人が一人も居ません。最初は最上階の五十階に住む西田さん達と仲良くしていたのですが、ちょっと彼女達と揉めてしまって・・」「西田って、さっきお前に話しかけてきた女か?」「ええ。西田さんがこのタワーマンションのボス的存在で、このマンションの全てを取り仕切っていると言ってもおかしくはありません。母は、手芸教室をマンション内で開いていて、そこで西田さん達と親しくなったのですが、やがて母を西田さん達がパシリに使うようになって・・」「パシリ?」「使い走りの事です。西田さん達は、まるで自分の使用人のように母をこき使うようになって、その所為で母は一時期精神が参ってしまって、入院してしまった事がありました。」「お前ぇの親父は、自分の女房がそんな事になっているのを気づかずに放っておいたのか?」「父は家庭の事は全て母と、祖母に任せていますから。近所づきあいも主婦の仕事、外で働く男の仕事ではないと思っているんです。社交家で多趣味の祖母とは違って、母は静かに一人で楽しむ趣味を持つ人ですから、退院した後は西田さん達との付き合いをやめました。それからです、西田さん達が母と僕を敵視するようになったのは。」「解らねぇなぁ、女同士の付き合いってのは。わざわざ嫌な相手と付き合わなきゃいいのに、どうして無理に付き合おうとするかねぇ?」歳三はそう言うと、溜息を吐いてリビングのソファに腰を下ろした。「こういう狭い世界に居ると、いつも他人の目を気にしてしまうんです。西田さんには僕と同い年の息子が居て、僕がその息子さんよりも優秀である事が西田さんにとって癇に障るようで・・顔を合わせれば嫌味ばかり言ってきます。」千はそう言葉を切ると、歳三の方を見た。「何かお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」「茶をくれ。」「かしこまりました。」 キッチンで千が歳三の茶を淹れていると、玄関のドアが開いてリビングに買い物を終えて帰宅した千の母・千佳が入って来た。 彼女は千の姿を見ると、手に持っていたバッグとスーパーのレジ袋を床に落とした。「千尋、貴方帰って来たのね?」「母さん、今まで心配を掛けてしまってごめんなさい。」「謝らないで、貴方が無事に帰って来て本当に良かった!」千佳はそう叫ぶと、愛しい息子の身体を抱き締めた。その光景を見た歳三は、総司の事を想って少し胸が痛んだ。「千尋、そちらの方はどなたなの?」千から離れた千佳は、ソファに座っている歳三を見た。「母さん、こちらの方は土方歳三さんといって、僕の命の恩人なんだ。土方さん、僕の母です。」「初めまして。息子さんには色々とお世話になっております。事情があってこちらに世話になることになりました。これから宜しくお願い致します。」「まぁ、こちらこそ宜しくお願い致します。そうだ千尋、家のお風呂が壊れちゃって、一週間使えないの。その間大浴場へ行ってくれない?」「解った。じゃぁ土方さんと大浴場に行ってくるね。土方さん、お茶は後で宜しいでしょうか?」「ああ、構わねぇよ。」自室で着替えと入浴道具が入ったバッグを持った千は、歳三と共に四十五階の自宅から三十階にある大浴場へと向かった。 その日は休日の夕方とあってか、脱衣場には沢山の住民達でひしめき合っていた。 空いているロッカーに荷物と服を入れた千と歳三が服を脱いで大浴場に入ると、先に入っていた住民達が歳三に好奇の視線を向けた。(何だ?)歳三が首を傾げながら洗い場の椅子に座ろうとした時、誰かが彼の肩を叩いた。にほんブログ村
2016年11月06日
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※BGMと共にお楽しみください。「それは、本当なのですか?」「ああ。血液検査の結果、あんたの血液中のホルモンバランスが崩れている事が判った。それに、これはエコー写真だ。」薄井はそう言うと、総司にエコー写真を見せた。「そこに白い影があるだろう?それが胎児だ。あんたは今妊娠九週目、妊娠三ヶ月目だ。俺が嘘を吐いているというのなら、これで検査するといい。」総司が薄井から受け取ったのは、薄紅色の変な棒切れのようなものだった。「あの、これは?」「これは妊娠検査薬だ。この小さな所に、自分の尿を垂らして一分待てば結果が出る。」「解りました。」 総司は妊娠検査薬を手に、トイレへと入った。薄井から言われた通りに尿を検査薬に垂らして一分待つと、丸い小窓に赤い線が二本、浮き出て来た。「あの、赤い線が二本、浮き出て来たんですけれど・・」「それは陽性だってことだ。単刀直入に聞くが、あんたの腹の子の父親は、土方なんだろう?」 薄井の言葉に、総司は静かに頷いた。「わたし、この子を産めますか?」「それは解らないな。男性が妊娠した例はこれまでに一度もない。あんたが出産の日を迎えるまで、こちらが全てを管理する。」「わたしを、ここから出しては頂けないんですね?」「ああ、残念だが。」 薄井はそう言うと、そのまま病室から出て行った。「薄井さん、彼にはあの事を伝えましたか?」「いや、まだだ。時が来たら、俺が直々にあの人に話す。それまであの人には何も言うなよ、わかったな?」「はい。」 ホテルで一泊した後、千達はホテルをチェックアウトし、タクシーで自宅へと向かった。「あれが、お前ぇの家か?」「はい、そうです。」「あんな高い所に人が住んでるのか、信じられねぇ!」タクシーの窓から身を乗り出しながら、歳三はそう叫んで千の自宅を指した。 千の自宅は、東京湾から夜景を一望できるタワーマンションの四十五階にあった。 タクシーがタワーマンションの前に停まり、千達がタクシーから降りてマンションのエントランスに入ろうとした時、丁度エレベーターホールから数人の主婦達が出て来た。「あら、荻野さんじゃありませんか?息子さん、無事に保護されたそうですわね?」「ええ。そのことでは皆さんにご心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。」 主婦の中からリーダー格と思しき一人の女性が隆の前に立ち、彼女はそう言うと隆から千の方へと視線を移した。「千君、これからはご両親を心配させては駄目よ。親孝行しないと。」「はい、解りました。」千はそう言って女性に愛想笑いを浮かべたが、リュックを握り締めた彼の両手が微かに震えている事に歳三は気づいた。(何だ?)主婦達が去った後、千はエレベーターで四十五階の自宅に着くまで無言だった。「千、あいつら一体誰だ?」「さっきエレベーターホールで会った人達の事ですか?あの人達は、僕達の事を、正確に言えば僕と母さんの事を気に入らない人達です。」にほんブログ村
2016年11月06日
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「見て、あの人凄いイケメン!」「今わたしの方を見たわ!」(何だ、こいつら?) 歳三が女性客達の歓声を聞いて首を傾げていると、千が慌てて彼の手を引っ張った。「なぁ千、あいつらは一体何を騒いでんだ?」「土方さんが余りにもイケメンだから騒いでいるんです。」歳三が千と共に窓際のテーブル席に着くと、丁度料理を取りに行っていた隆と優之が戻って来た。「土方さん、料理を取りに行きましょう。」「ああ、わかった。」 千と歳三がビュッフェの料理を取っていると、歳三は沢庵が置かれているテーブルの前に立ち、それを山盛りにして皿に載せた。「ここは沢庵が沢山置いてあるな、ありがてぇ。」「土方さん、そんなに食べたらお腹を壊しますよ?」千の注意など完全に無視して、歳三は次々と料理を山盛りにして皿に載せていった。 そして案の定、彼は昼食を食べ過ぎてしまい、体調を崩してしまった。「気持ち悪ぃ・・」「だから食べ過ぎたら駄目だと言ったのに。土方さん、はいお水。」「済まねぇなぁ。それにしても、あんなに沢山の料理が並んでいるのを見たのは生まれて初めてだ。それに、総司が見たら喜びそうな甘味が沢山あったな。」「そうですね。沖田さんだったら、ケーキを全種類制覇しそうですね。」「あいつにも、食べさせてやりたかったな。」歳三はそう言うと、枕に顔を埋めた。「土方さん、必ず沖田さんを見つけましょう。そうしたら、三人で沢山スイーツを食べましょうね。」「ああ。」千にそう励まされた歳三がふと窓の外を見ると、空には満月が浮かんでいた。(総司、今何処に居るんだ?)歳三が満月を眺めながら総司の事を想っていると、彼もまた病室の窓から満月を眺め、歳三の事を想っていた。「土方さん、貴方に会いたい・・」総司はそう呟くと、涙を流した。「お食事ですよ。」病室のドアが開き、トレーに夕飯を運んできた看護師が中に入って来た。「ここからわたしを出してください。」「それは出来ません。」看護師はそう言って総司の前に夕飯を運ぶと、そのまま病室から出て行ってしまった。 総司が溜息を吐きながら箸でご飯を食べようとした時、突然激しい吐き気に襲われ、彼は慌てて口元を両手で覆った。「げほっ、げほっ・・」いつも食事の時間になると頬張る白米の匂いを嗅ぐだけでも気持ちが悪くなった。一口だけでも食べようとした総司だったが、食欲よりも吐き気が勝ってしまい、その日の夕飯には全く手をつけなかった。 一晩中吐き気と戦いながら総司が一睡もせずに朝を迎えると、病室に薄井がやって来た。「夕食、全く食べていないじゃないか?」「昨夜から突然吐き気に襲われて・・」「まあ、今の時期はつわりがきついと聞いた事がある。女でもきついのに、男のあんたの身体だと女の倍以上きついだろう。」「一体何の話をているんです、薄井さん?」「おや、気づいていなかったのかい?あんたは今妊娠しているんだよ。」薄井の言葉を聞いた総司は思わず自分の下腹に手を当てた。にほんブログ村
2016年11月06日
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「今まで我々は新薬の開発と研究を進めてきたが、男性の自然妊娠は初めてだ!」 薄井は自分の隣に立つ教授がそう言って興奮した様子で話すのを横目で見ながら、白衣の胸ポケットにしまってあるスマートフォンを取り出した。「では教授、わたしは急用があるのでこれで失礼致します。」「後はわたしに任せておけ。薄井君、これから色々と忙しくなるぞ?」「ええ、そうですね。」 (こいつにはまだ、利用価値がある・・) 京都市内の病院に千と歳三が搬送されて一週間が経った。「もう退院しても結構ですよ。脳に異常は見られませんでしたから。」「先生、ご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした。」 病室で東京から駆けつけて来た隆と、千の義兄である優之(まさゆき)がそう言って高橋医師に頭を下げた。「いいえ。息子さんが無事に戻って来てくれてよかったですね。」「はい。妻は千尋が行方不明になって以来、体調を崩してしまいましたから、きっと千尋の無事を知ったら喜ぶことでしょう。」「先生、土方さんはどうなりますか?」「彼ももう退院していいんだが、彼は身元引受人が居ないからね・・親族と連絡がつけばいいんだが・・」 こちらの時代には、歳三の親族は全員鬼籍に入ってしまっている。このままだと彼は、病院を追い出されてしまうかもしれない―そう思った千は、高橋医師にこう言った。「土方さんは、僕の所で引き取ります。」「そうか。それなら安心して彼を退院させられるよ。彼は君に対しては唯一心を開いているようだし。」「千尋、勝手にそんな事を決めるな!お前の所為でどれだけ俺達が苦しんだと思っているんだ!?」高橋医師と千との会話を隣で聞いていた優之が、そう千に怒鳴ると彼を睨んだ。「土方さんは僕の命の恩人です。その恩を返さずに、貴方達と東京に帰る事なんて出来ません!」「お前、よくも生意気に俺に口答えするようになったな?」 銀縁眼鏡の奥で、優之が怒りに滾った目で千を睨みつけ、彼を殴ろうと腕を振り上げた時、彼の喉元に白銀の刃が煌めいた。「こいつを殴ったら、あんたの首が飛ぶぜ?」「土方さん、やめてください!」「ほう、貴様俺を脅すつもりか?」「俺ぁただこいつを守ろうとしているだけだ。」歳三と優之は暫く睨み合いを続けていたが、歳三は刀を鞘に納めた。「千、暫く世話になる、宜しくな。」 数分後、千達は病院を出てタクシーで京都駅へと向かった。「これから大坂へ行って船で江戸に帰るのか?」「いいえ、新幹線で東京に・・江戸に帰るんです。」「新幹線?聞いた事がねぇ船だな。」 幕末に於ける移動手段は船や徒歩、馬での移動だけだったので、歳三は新幹線の事を船の名前だと思い込んでいた。 だが、新幹線乗り場に停まっている東海道新幹線を見た瞬間、歳三は度肝を抜かれ、暫くその場から動けなかった。「千、これが、“しんかんせん”か?」「はい、そうですけど・・土方さん、どうしたんですか?」「こんな物に乗って本当に江戸まで行けるのか?」歳三は千の言葉が信じられないらしく、発車時間が迫っているというのに乗り場から一歩も動こうとしない。「大丈夫です。」「途中で沈むなんてことはねぇよなぁ?」「船じゃないので、沈みませんよ。」恐怖と驚きで固まっている歳三を千は何とか宥め、彼を新幹線に乗せるまで五分かかった。『只今9時18分発のぞみ号東京行き発車いたします。』車内アナウンスととともに自分達が立っている前の扉が閉まり、歳三は驚きのあまり情けない悲鳴を上げてしまった。「土方さん、落ち着いてください。」「おい千、こいつ動いてやがるぞ!」「大丈夫ですから、行きましょう。」自分の腰にしがみついたまま離れようとしない歳三と共に、千は隆達が居る座席と向かうと、丁度彼らは車内販売のワゴンでサンドイッチを買っているところだった。「遅かったじゃないか、千尋。お前も何か食べるか?」「はい。土方さんも何か食べますか?」「俺は何もいらねぇ・・」「すいません、おにぎりとサンドイッチをひとつ下さい。」千はそう言うと、自分の腰にしがみついている歳三を宥めて空いている座席に座らせた。「土方さん、どうぞ。」「あぁ、済まねぇな・・」千からおにぎりを受け取った歳三は、震える手でそれを頬張り始めた。「顔色が悪いな、体調がまだ優れないんじゃないか?」「土方さんはカルチャーショックを受けているだけです。」「そうか・・」 やがて彼らを乗せた新幹線は東京駅に到着し、千達は近くのホテルに泊まることになった。「これが“べっど”ってやつか。布団と違って寝心地が良さそうだな。」部屋に入った歳三は、そう言うなりベッドに飛び乗った。「土方さん、その格好では目立つので、着替えてください。」千はそう言うと、用意した洋服を歳三に手渡し、彼の着替えを手伝った。「ここが飯屋か?」「ええ。」 数分後、千は歳三と共にホテル内のレストランへと入った。 歳三がレストランに入った瞬間、彼の姿を見た周囲の女性客達から黄色い悲鳴が上がった。にほんブログ村
2016年11月06日
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「てめぇ、離しやがれ!」「落ち着いてください!」 千が歳三の病室に入ると、室内は割れた窓ガラスが散乱し、歳三が点滴針を腕に刺したままスタンドを振り回して暴れていた。「誰か、先生を呼んで来て!」「土方さん、落ち着いてください!」「うるせぇ、こんな所に居られるか!総司の奴を探さねぇと・・」歳三はそう言うと、激しく咳込んだ。「まだ本調子ではないんですから、無理をしないでください。」「俺を止めるな、千!」歳三は自分の肩に触れようとした千の手を邪険に払いのけると、そのまま病室から出て行こうとした。 しかし、病室に入って来た男性医師によって鎮静剤を打たれた歳三は、そのまま床に倒れた。「君、少し話したいことがあるんだが、いいかい?」「はい・・」 数分後、千は男性医師―高橋に連れられて病院内のレストランへと入った。「好きな物を頼むといい。」「では、コーヒーをお願いいたします。」「解った。」 高橋医師はウェイトレスに二人分のコーヒーを注文すると、千の方へと向き直った。「さっきの患者・・土方さんと君は、一体どういう関係なんだい?」「土方さんは、僕の命の恩人です。僕は行き倒れになったところを、土方さんに助けて貰いました。」「そうか。さっき彼が暴れている時、何度も彼は“総司を探さねぇと”と言っていた。その総司という人物に心当たりはない?」「総司は、土方さんの奥さんの名前です。沖田さんは今、行方が判らないんです。だから、土方さんはあんなに暴れていたんだと思います。」 千はそう言うと、タイムスリップした時に伊東から取り戻したスマートフォンに保存されている総司と歳三のツーショット写真を高橋医師に見せた。「ウェディングドレスを着ている人が、沖田さんです。」「本当に、彼の行方は判らないかい?」「はい。ただ、沖田さんを拉致した男は知っています。薄井という男です。」「薄井・・」薄井の名を聞いた高橋医師の眦が少しつり上がった。「先生は、薄井さんをご存知なのですか?」「ああ。彼はわたしと大学の同期生でね、東京都内にある研究施設で働いている。」「研究施設?」「詳しくは言えないが、政府と大手製薬会社の協力を得て、薄井はある薬を開発しているらしい。」「ある薬とは、何ですか?」「不老不死の薬、ありとあらゆる病を治す薬だ。そして、本来女性にしか出来ない事を男性にも可能にする事が出来る薬を薄井は開発している。噂ではその施設では、密かに人体実験を行っているらしい。」「人体実験?」「ああ。まぁただの噂だし、信じない方がいいがね。」 高橋医師はそう言って千を安心させるかのように微笑むと、運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。 同じ頃、東京都内にある研究施設の一角にある病室のベッドの上で、鎮静剤を打たれた総司が眠っていた。 彼の様子を廊下に面した窓から、白衣を纏った薄井と一人の男が観察していた。「何か変わった事はないか?」「はい。ですが教授、ただ一つ、気になった事があります。」「それは何だね?」「検査の結果、彼は男性でありながら妊娠しています。恐らく自然妊娠でしょう。」「何だと!?」にほんブログ村
2016年11月04日
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※BGMと共にお楽しみください。「邪魔だ、退け!」歳三が野次馬に向かってそう怒鳴ると、彼らは一斉に悲鳴を上げて逃げ惑った。「土方さん、これから一体どうするつもりなんですか?」「それは後で考える。それよりも、今は総司を探さねえと・・」歳三がそう言いながら周囲を見渡すと、雑踏の中から薄井と手を握って歩いている総司の姿を見つけた。「総司!」歳三は雑踏の中から総司を呼んだが、距離が遠すぎる所為で彼は全く歳三達に気づかない。「どうかしたか?」「いいえ・・」総司は誰かに呼ばれたような気がして背後を振り向いたが、そこには誰も居なかった。「ねぇ薄井さん、本当に貴方と一緒に行けば労咳が治るんですよね?」「ああ。移動に時間がかかるから、少しあんたには眠って貰う。」「え?」薄井の態度に違和感を抱いた総司が彼から逃げ出す隙を与えず、薄井は薬品を染み込ませたハンカチで総司の口元を覆った。 気絶した彼の華奢な身体を横抱きにした薄井は、そのまま八坂神社を後にし、三条大橋を渡り始めた。「てめぇ、待ちやがれ!」 千と共に八坂神社から出た歳三は、総司を抱きながら三条大橋を渡っている薄井の姿に気づき、薄井を殺そうと彼の頭上に刃を振り翳した。だが、その刃が薄井の頭上に届く前に、歳三は警察官によって胸を撃たれ、地面に蹲った。「土方さん!」「くそったれ・・総司を、返せ!」歳三は苦痛に顔を歪ませながら、その場から立ち去ろうとする薄井の足を掴んだ。「残念だったね。彼はもう俺のものだ。いや、正確にいえば、俺達のものかな?」「それは一体、どういう意味ですか?」「それはお前達が知らなくていい事だ。」薄井はそう言って己の足を掴んでいる歳三の右肩を空いている方の足で体重をかけて踏みつけると、歳三の口から悲鳴が上がった。「無様だな、鬼の副長さんは銃の前にはかたなしってか。」薄井は歳三達に背を向け、雑踏の中へと消えていった。「土方さん・・」「可哀想に、あんたは二度と恋人には会えないよ。今の内に、いい夢を見るんだな。」 薄井は寝言で恋人の名を呼ぶ総司の黒髪を、そっと優しく梳いた。 薄井が総司を連れ去った後、千と歳三は京都市内の病院に搬送された。千の怪我は軽傷で済んだが、脳の検査などをしなくてはならない為、一週間入院することになった。「あの、土方さんはどちらに?」「ああ、貴方と一緒に居た人なら、まだ意識が戻っていないわよ。胸と右肩からの出血が酷かったからね。」 千が病室を巡回している看護師に歳三の容態を聞くと、彼女はそう言って千の方を見た。「貴方、彼とは一体どういう関係なの?見た所、兄弟ではないようだけれど。」「土方さんは、僕の命の恩人です。あの、彼には会えますか?」「まだ無理ね。彼が意識を取り戻したら、教えてあげるわ。」「有難うございます。」 翌朝、千は歳三の怒声と看護師の悲鳴、そしてガラスが割れる音で目を覚ました。にほんブログ村
2016年11月04日
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2014年12月1日、京都上空に突如オーロラが現れた。「只今京都市内を覆い隠すかのように、空にオーロラが現れています!」半ば興奮気味に現場の様子を報告するテレビ局のリポーターは、八坂神社が蒼い光に包まれている事に気づいた。「カメラさん、八坂神社の方を撮ってください!現在八坂神社が謎の蒼い光に包まれています!」「オーロラといい、八坂神社の蒼い光といい、何かの天変地異の前触れではないでしょうか?」「どうでしょう、最近世界中で異常気象が頻発していることと、何らかの関係があるのではないかと思いますがね・・」 京都から遠く離れた東京のテレビ局のスタジオでは、この現象に対して番組のリポーターと気象学者がそんな事を話していた。 その八坂神社の社の中で、歳三と千は目覚めた。「う・・」「土方さん、大丈夫ですか!?」「その声、千か。」 歳三は低く呻いた後、ゆっくりと起き上がった。彼が羽織っている浅葱色の隊服には、赤黒い血の染みがついていた。「肩の傷は大丈夫ですか?」「ああ。血は止まったから、大丈夫だ。それよりも総司を探さねぇと・・」歳三が少し覚束ない足取りで社から出ると、突然彼は沢山の眩い光に囲まれた。「人だ、人が出て来たぞ!」「今八坂神社の社から人が出てきました!」「何だ、てめぇら!」マスコミと野次馬のカメラに取り囲まれ、怒りと混乱が綯い交ぜになった表情を浮かべた歳三は、苛立った声でそう彼らに怒鳴りながら、愛刀の鯉口を切った。正体不明の男が突然抜刀し、周囲は騒然となった。「そこを退け、俺はてめぇらに構っている暇はねえんだ!」「武器を捨てろ、さもなければ撃つ!」 野次馬からの通報を受けた二人組の警察官がそう歳三に怒鳴ると、腰に提げているホルスターから拳銃を抜き、銃口を歳三に向けた。「土方さん、落ち着いてください!」「うるせぇ、てめぇは黙ってろ!」 千は興奮する歳三を何とか宥めようとして彼の腕を掴んだが、彼は益々激昂して千の頬を拳で殴った。「俺の邪魔をする奴は、たとえお前ぇでもあろうと斬る!」そう自分に怒鳴った歳三の紫の瞳は、怒りで血走っていた。千は彼から殴られた頬が痛みで疼くのを感じながら、そっと歳三の腕から手を放した。「千、殴って済まなかったな。」「いいえ。差し出がましい事をしてしまって、申し訳ありませんでした。」「立てるか?」「はい。」歳三に助け起こされた千が社から出ると、野次馬が持っているスマートフォンのカメラのフラッシュが光った。「あれ、この前行方不明になった子じゃない?」「え、嘘!?」野次馬の中からそんな声が聞こえて来て、千の顔が恐怖で強張った。「千、ここから逃げるぞ。」「はい。」「いいか、一度しか言わねぇ。俺の手を決して離すんじゃねぇぞ。」 歳三はそう言うと、千の手を握って野次馬の中へと突っ込んだ。にほんブログ村
2016年11月04日
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「な、何だあいつら!?」「妖だ!」 歳三と千の全身を包み込む蒼い光を見た男達は、悲鳴を上げながら闇の中へと消えていった。「千、一体これはどうなってる?」「そんな事、僕に聞かれてもわかりませんよ!それよりも沖田さんを・・」千がそう言って沖田と薄井が居る方を見ると、二人も自分達と同様、全身を蒼い光に包まれていた。「心の準備はいいか?」「はい。」 薄井の手を握り締めた総司は、そう言って彼に微笑みながら“時空の扉”の中へと入っていこうとした。「総司、待て!」「土方・・さん?」自分の肩を掴んだ歳三に総司が振り向くと、彼は宝石のように美しい紫紺の双眸から涙を流していた。「俺を置いて行くな!お前が居ない世の中なんて、意味がねぇ!」「許してください土方さん、わたしは・・」「言い訳は聞きたくねぇ!」歳三は総司に向かってそう叫ぶと、彼を抱き締めた。「邪魔をするな!」薄井が怒りで顔を歪ませながらそう叫ぶと、彼は隠し持っていたバタフライナイフで歳三の右肩を刺した。 右肩から鮮血が噴き出し、歳三が痛みに呻いている隙に、薄井は総司を自分の方へと引き寄せ、“扉”の向こう側へと行ってしまった。「千、あいつらを追うぞ!」「待ってください、土方さん!」千は慌てて二人の後を追おうとする歳三を止めようとしたが、間に合わなかった。「副長、何処に居られるのですか!居られるのなら返事をしてください!」 斎藤が八坂神社へとたどり着くと、そこはしんと静まり返っていた。歳三の姿を探した斎藤だったが、先に着いた筈の彼の姿は何処にもなかった。 彼が諦めて屯所へと戻ろうとした時、鳥居の前から社の奥まで誰かの血痕が続いていることに斎藤は気づき、それを辿った。 社も、入り口と同様、不気味なほどに静まり返っていた。「副長、そちらにいらっしゃるのですか?」斎藤がそう言って社に向かって歳三に呼び掛けると、中から呻き声が聞こえて来た。「副長!」「斎藤君か・・良い所に来てくれたね。少し手を貸して貰えないだろうか?」 斎藤が社に入ると、そこには血で汚れた脇腹を押さえて蹲っている伊東の姿があった。「伊東さん、一体何があったのですか?副長はどちらに?」「解らない・・わたしが気づいた時はもう、彼らの姿は何処かへ消えてしまった。」 伊東はそう言うと、社に祀られている神棚に飾られている鏡を見た。「知っているかい、斎藤君?鏡はわたし達が居る世界と、違う世界を繋ぐものだと古くから言われている。恐らく、彼らはあの鏡の中の世界に吸い込まれてしまったのかもしれないね。」「まさか、そのような事が起こるなど、あり得ません。」「人の世には、往々にして常識では説明できない出来事が起こるものだ。」「伊東さん、早く傷の手当てをいたしましょう。」「ああ・・」 八坂神社全体が蒼い光に包まれた後、京の上空に浮かんでいたオーロラはいつの間にか消えていた。にほんブログ村
2016年11月02日
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「よく来たね。」 総司と千が八坂神社の鳥居をくぐると、そこには伊東と薄井の姿があった。「沖田君、あれを御覧なさい。」そう言って伊東が指した上空には、オーロラの隙間から一筋の光が自分達の元に射していた。「もうすぐ“時空の扉”が開く。沖田君、これから君は薄井さんと未来に行くんだよ。」「嫌です、わたしは土方さんとは離れたくありません!」「君の病はここでは治せない。君は、土方君の足手まといになってでも、彼の傍に居たいと思うのかい?」「それは・・」伊東の言葉を聞いた総司の瞳が、大きく揺らいだ。「土方君だって、ここで薄井さんと共に君が未来へと行くことに心の中では賛成している筈だよ?」「そうだよ沖田さん、迷っている時間はないぜ?」 伊東と薄井の言葉に、総司は薄井と共に未来へ行くべきかどうか迷っていた。未来に行けば、労咳が治って歳三と共に居られる。彼がその生涯を終えるその時まで、彼の傍に居られるのだ。「・・解りました。」「沖田さん!?」「薄井さん、わたしを未来に連れて行ってください。」「その言葉を聞きたかったよ、沖田君。薄井さん、後は宜しくお願いしますね。」「ああ、任せとけ。それよりも伊東さん、この餓鬼はどうする?こいつが後であいつらに面倒な事を色々と話したら、あんたもまずいんじゃないか?」「そうだねぇ・・千君、残念だが君にはここで消えて貰う事にした。」 伊東の言葉を合図に、千の周囲を数人の男達が取り囲んだ。 千は首に提げていた呼子を吹いた。「斎藤、今の音は何だ!?」「きっと千が呼子を吹いたのでしょう。副長、急ぎませんと!」「おう!」 歳三と斎藤が八坂神社へと急いでいる頃、千は刀を抜いた男達に向かって砂を投げた。「畜生、目が!」「逃がすか、餓鬼!」千が男達から必死に逃げていると、総司が薄井と共に社の奥へと進んでいくのが見えた。「沖田さん、行っては駄目だ!」「やっちまえ、相手は一人だ!」千は二人を追いかけようとしたが、男達が彼の前に立ち塞がった。「そこを退いてください!」「うるせぇ!」男達の一人はそう言うと、刃を千の頭上に振り翳した。だがそれは千に届く前に、男の手から甲高い音を立てながら地面に落ちた。「千、大丈夫か!?」「土方さん・・ごめんなさい、僕・・」「総司は何処だ?」「沖田さんなら、あそこに・・」 千がそう言って社の奥を指すと、そこは眩いばかりの蒼い光に包まれていた。「あれは、何だ?」「恐らく、あの光が“時空の扉”だと思います。」「総司、行くんじゃねぇ!」自分の仲間を殺された男達を一人ずつ斬り伏せながら、歳三が光の中に向かって叫んだ時、彼の全身が突然蒼い光に包まれた。(何だ、こりゃぁ・・) 自分の身に起きた異変に気づいた歳三がふと千の方を見ると、彼も蒼い光に包まれていた。にほんブログ村
2016年11月02日
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※BGMと共にお楽しみください。 オーロラを見た時、千は何故か胸騒ぎがした。「うわぁ、綺麗ですね土方さん!」総司は子供のようにはしゃぐと、上空を指した。「ったく、あんなものどこが綺麗なんだ?薄気味悪くて仕方ねぇ。」「土方さんは、綺麗な物を薄気味悪いって言うんですね?何だかそんなの、わたしには解らないなぁ。」「解らなくていいさ、お前はガキなんだから。」歳三と総司の会話を聞きながら、千はこの機会を逃すまいと、伊東の企みを歳三に伝えようとした。「あの、土方さん・・」「副長、少し宜しいでしょうか?」「斎藤、どうかしたか?」 歳三に伊東の企みを伝えようとした時、斎藤が切迫した表情を浮かべながら広間に入って来た。「それが・・」斎藤で何かを耳元で囁かれた歳三は、眉間に皺を寄せると夕餉の最中だというのに立ち上がった。「土方さん、どうしたんですか?」「烏丸通(からすまどおり)で斬り合いがあった。何でも、長州の浪士達が不審な動きをしているところを、会津藩士が咎めて斬り合いになったらしい。悪ぃが、今から行ってくる。」「じゃぁ、わたしも行きます!」「駄目だ。お前ぇはここに居ろ。屯所を守るのが、お前ぇの役目だ。」「はい・・」「じゃぁ、行ってくる。」 歳三はそう言って総司に微笑むと、彼の唇を塞いだ。 歳三が斎藤と共に屯所から出て行った後、千は総司の部屋へと向かった。「沖田さん、少しよろしいでしょうか?」「千君、どうしたんですか?」「あの、オーロラを見に行きませんか?よく見れるところ、僕知っているんです。」「何処ですか、そこ?一緒に行きたいです。」「僕が案内します。」 屯所から出た総司と千の姿を、山崎が見ていた。 一方、烏丸通にやって来た歳三と斎藤は、斬り合いが終わっている事に気づいた。「斎藤、ここで本当に斬り合いがあったのか?」「はい。確かに斬り合いがあったと・・」斎藤の言葉を聞きながら、歳三の中で何かがおかしいと感じた。これは、何者かが自分をここへおびき出す為の罠なのか―そう思いながら歳三が周囲を見渡していると、山崎が彼らの元へとやって来た。「副長、斎藤さん、こちらに居られましたか!」「山崎、どうした?」「千と沖田さんが、屯所から居なくなりました!」「何だと、それは確かか!?」「はい。二人は恐らく、八坂神社へ向かっていると思われます。」「そうか、行くぞ、斎藤!」(畜生、嵌められた!) こんな狡猾な罠を仕掛けて自分を騙す人物は、一人しかいない。にほんブログ村
2016年10月31日
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