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釈円融さんの掲示板の書き込みに、ちょっとショックを受けた(笑)。私は釈円融さん主催の「お笑いダイエット屋」の名誉ある会員番号「1」なのです。あ~、それなのに、情けなや。今年の3月1日に密かに20キロの減量を誓ったが、3キロ落ちていたのが、同窓会で飲み明かしたあたりからあやしくなり、また元に戻ってしまった(笑)。しかし、これでは会員番号「1」の名が泣きますね。「お笑いダイエット屋」の会員のママさんたちも、見事に、そして元気に?(失礼?)元に戻っているようなので、会員番号「1」の私が見本を見せないといけません(笑)。本当のことを言うと、ママさんたちは痩せる必要がないくらいなのだが、女性は、どうしても痩せたいという願望が強いようだ。私の場合は、正真正銘の肥満なのです。10キロ減量した後のリバウンドも数回経験しているので、いよいよ痩せない体質になってしまったような?。欧米では、自分の身体のコントロールが出来ない人は、信用してもらえないとか。だからではないが、『講演をやる』と宣言したくらいですから、『やればできる』ことをお見せしないといけませんね。よ~~し、今年の12月末までに10キロ減量????・・甘いっ?。やはり今年の12月末までに20キロ減量、これで!いきましょう。『講演をやります』宣言に続いて第二弾!『20キロ減量宣言!』です。今年の年末をお楽しみに!。【追記】ダイエット日記ではないので、経過報告は時々しか書きませんよ(笑)。
2004/04/30
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夕方、近くの運動公園で6キロ歩いた。以前は、とにかく速く歩くことが腰痛に良いと思って、速く歩くことだけを考えていたが、それではどうも効果があまりない。そこで、骨盤の上にそのまま頭を乗せるように意識をして、背筋を伸ばして「デューク更家」のように?歩いてみた(笑)。これがやってみると中々長続きしない。今までが、猫背でバタバタと歩いていたのは、悪くても楽な姿勢だったようで、背筋を伸ばして颯爽と歩こうとすると、これが意外ときついのだ。腹筋と背筋が弱くなっているのは間違いないようだ。仕事、人生と復活と吼えているが、その前に、肉体の復活?をしないと身体が付いて来ないと何もならない。以前は、スポーツジムに行っていた時期もあったが、椎間板ヘルニアを言い訳にして、さぼっていた。最近、近くにもスポーツジムが出来たので、再挑戦といきますか?。その時は、また日記で報告します(笑)。ところで、29日の日記を30日に書いていますが、連休前で、ちょっと『バタ貧』状態。世間は、もう連休に入っているのかな?・・・・。明日まではバタバタしていますが、それが過ぎれば、少しゆっくりと出来そうです。
2004/04/29
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閣僚の国民年金保険料の未納が問題になっているが、これに腹が立つ前に、今までこんなざるで水をすくうような自己申告の支払制度を続けてきたことに、まず腹が立つ。まさに正直者がバカを見るのだ。私のことで言えば、勤めていた会社を辞めて、独立した時に、直ぐに国民健康保険の申請をして、その時一緒に国民年金も申請した。これは、はっきりしていることだが、横浜に住んでいた5年間は、厚生年金の未納期間があるはずで、その間、国民年金に切り替えた記憶がない。数年前、過去の年金の見直しの手続きの案内が来ていたので、社会保険事務所に出向いたが、その時、驚いたのは、過去のデータは、こちらの申告のものだけ調べるのであって、社会に出てからの流れが全く分からないのだ。私のように、横浜時代は、会社が倒産したり、その後バイト、訪問販売の会社は、保険はどうだったか?など、曖昧な点があっても、全て私の記憶が頼りなのだ。こんな制度で、国民年金の未納が3分の1と言うのも、呆れるやら、バカらしいやら。殆どの人が、将来年金を支給されるか不安なわけで、自己申告の支払など、やりたくはないだろう。よく言われることだが、借金が多い人は、支払を優先するのは、取り立てが厳しいところだ。要は、支払わないと怖い?ところ(笑)。不動産の家賃なども民営だと追い出されるので払うが、県営住宅などの公営となると、数年未納どころか、中には10年を超えるような剛の者もいるらしい。取り立てが優しければ、或いは、自己申告だとどうしてもこうなるのでは、と思う。国民年金が義務というなら、正直者がバカを見るような支払制度は、直ぐ改善すべきだ。今まで、ほったらかしていた罪は大きいぞ!。【追記】閣僚の未納の問題にしても、彼らの殆どは生まれながらの政治家(二世議員)で、年金のことなど意識する必要はなかったのではないか。その意識する必要がなかったことの方が、問題だと思う。それに、国民年金などよりはるかに多い議員年金があるのだ。私の友人が、30代前半の若い頃、ある政党から推されて、市議会議員に立候補し当選した。彼は、議員リコールの運動を手伝っていたような人物で、二期(8年)で辞めると言っていた。何故なら、市議会議員でも、三期務めれば、将来議員年金が貰えるからだ。彼は、なんと、そんなものは貰えないと言っていたのだ。ここまでは、正義感溢れる友人を素晴らしいと思ったが、ところがどっこい・・・、彼は三期目も立候補した(笑)。そして、この頃になると、将来の年金の話までしていたのだ(笑)。もう彼は、議員が生業になってしまって、四期目も立候補しようとしたが、公認していた政党から別な有力候補が出て、公認も取り消されて、立候補も断念した。最後には、その政党ともケンカ別れのようになってしまった。市議会議員でも、いつの間にかこうなってしまうのだから、国会議員なんて、長くやっていたら、『正直者がバカを見る』ことなど、全く感覚として分からないのではと思う。偽装牛肉、産地を誤魔化した食品、欠陥を隠していた自動車会社等等・・・・。正直者がバカを見るような社会になってしまったようで、本当に怖い。これは、一人でも多くの人が立ち上がらないと、この国は、沈没してしまいそうです。まずは、『自分から』ですね!。
2004/04/28
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先週書いた東京の知人から写真を貼った額縁が送られてきた。佃島の夜景とアジサイの写真で、両方ともB4程の大きさがある。早速、事務所に飾ったが、ただ買って来たものではないので、見ていて、送っていただいた方を思い出して、不思議と安らぐ感じだ。今や60代後半になられていると思うが、悠悠自適で過ごされているようだ。20数年前、たった1年足らず一緒に仕事をしただけなのに、いまだにお付き合いが続いているのも、その会社が、同業者の合併話に騙され、潰れてしまったという体験があるからだと思う(笑)。不思議な連帯感がある。ところで、話は全く違うが、今日、独立する前から数えると、20年近い付き合いがある客先の社長と色々と話してきた。電機設備業界はあまり良い話を聞かないが、この会社は、今でも、しっかりと経営されている。利益率は確かに良くないかもしれないが、健全経営のようだ。私は、この社長が自宅の隅に小さな作業場を建てて、仕事をされている時から知っているが、従業員が5人程になり、いよいよ狭くなって、郊外に土地を購入し工場を建てられた時に、驚いたことがあった。土地は狭いし、工場は小さい。はっきり言って、ちゃちな工場だった。今から伸ばしていこうとする会社にしては、余りにも寂しいような気さえした。どの業種でも一緒だと思うが、苦労して土台を作った後、新たな社屋や工場を作る時、必ずと言っていいほど、分不相応な建物を建てるか、或いは買う場合が多い。当然、殆どが借金なので、少しでも売上が予定通り上がらないと、たちまち経営が不安定になる。そうなると、借金を払うためにまた借金を繰り返すという底なし沼に入ってしまって、立ち直るのは難しいようだ。今日話した社長は、自分が『小心者』だったから、見栄も張らず過剰設備もしなかったことで、生き延びていると言われていた。小心者というより慎重だったということだと思うが、これは、よびりんさんの半分の法則がそのまま当てはまるようだ。従業員も一時期10人近くまで増えていたが、現在は、また5人になっているので、今の工場で十分な広さになっている(笑)。もちろん、商売には冒険も必要だが、その冒険が失敗した時の着地点を考えるのも、経営者の仕事ということだろう。これは、自営業でも大企業でも、共通している。【追記】今日は、夕方から来客があり、話が長くなってしまいましたので、メルマガは休みます。明日は、間違いなく発行しますので、よろしくお願いします。
2004/04/27
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先程、福岡でレストランの店長をされている方の日記を見て、驚いた。彼は、集客のために、看板を持って、商店街を歩いて、通常50人くらいの客を、その日は、150人にしたと言うのだ。いわゆるサンドイッチマンのやり方を実践している。町興しのイベントなどで、プラカードを持ったり、大手のスーパーや娯楽施設が新規オープンの時もよく見かける。しかし、自分のお店のために、自らここまでやっている人は殆どいないのではないか。今日のメルマガに書いたが、私は以前は訪問販売の経験もあるし、大手スーパーでの店頭販売も経験している。大手スーパーでは、階段の踊り場で、商品を売ったこともあった。販売する物が健康機器なので、呼び込みはできない。ひたすら並べている椅子に座ってもらうのを待つのだ。夕方などで、人が多い時に、じろじろ見られながら、誰も座ってもらえない惨めさは、今でも覚えている(笑)。そんな時は、スーパーの店員を無理矢理『さくら』にして、客を引き込んだりしていたが、そんな恥も外聞も捨ててやったことを、現在の課題にも、ここまで取り組んでいるかと聞かれれば、『はい』とは答えられない。それなのに、今堂々とサンドイッチマンをやって売上を上げている人がいる。この精神には、脱帽です。私も、以前やっていた恥も外聞も捨てた行動を、今やる必要があります。良い刺激になりました!。
2004/04/26
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夕方、近くの運動公園を歩いていたら、若者4人で楽器の演奏の練習をしていた。バンドではなく、クラシック系か?、音楽音痴の私にはさっぱり分からないが、田舎でも住宅での練習は、いくらなんでも、音が大きすぎるので、広い公園に来て、4人で演奏しているのだろう。このメンバーは時々見かけるが、他にもトランペットを一人で練習している者、中には三味線を練習している者もいる。私は、子供の頃、音痴と言われてから、さっぱり音楽には興味を失ってしまった。もっぱら聴く専門。トラウマ?と言うほど大袈裟ではないが、子供の頃言われたことは、頭に残っている。だからと言って、言われたことに傷ついているのではなく、早めに自覚できて感謝している(笑)。それにしても、若者に限らず、自分の趣味を或いは仕事を、自然体で楽しんでいる姿には、羨ましいし、こちらにまで、その雰囲気が伝わってきて、清々しい。人目を意識して、やっている人は、不思議とそれが分かるので、楽しそうに見えない。この楽しむという言葉で思い出すのが、水泳のオリンピック代表。8年前のアトランタオリンピックの時に、オリンピックの日本代表選手の中に、『楽しみたい』という言葉を連発する選手が目立っていた。特に、水泳の選手が際立っていたようだが、スタートラインに並ぶ時に、かつらを着けて出て行ったり、選手村でもかなり羽目を外していたことが報道されたりもした。それは、どう見ても『楽しむ』と言うより、『ふざけている』ようにしか見えなかった。結果、当然のように殆どの選手が、自己新も出せずに惨敗している。別に結果そのもより、『楽しむ』という言葉が、頭に残っていた。それに比べて、今日まで開催されていた水泳のオリンピック代表選考会の選手のコメントは、明らかに競技を精一杯楽しんでいることが伝わってきた。一発勝負で、標準記録を突破できなければ、どんな実績がある選手でも、落とされる緊張感がそうさせたのかもしれないが、ふざけている選手などいなかったようだ。私のようなおっさんになっても、本当の意味の楽しむという姿を見ていると、心から応援したいし、今の若者に見習いたいと思う。意識するのではなく、自然に楽しむことができれば、結果も付いてくるようですね。
2004/04/25
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昨日は、よびりん学校へ行ってきました。主催のsfpさん。パワールックMIWAKOさんきなこkkさん大分から、毎回参加の大分のオグさんそして、岡山から初参加の平成竜馬さんそれに私鍛冶屋の息子というメンバーでした。よびりんさんの『愛の心の経営』は、良心に恥じない愛の心を持つということが基本。どんな戦術・戦略のテクニックを学んでも旨くいかないことが多いのは、この基本を忘れているか知らない場合が多いようだ。この基本に沿って、自分に合った理論の勉強をすれば、今までになかったような変化が起きる可能性が高い。『愛の心』と言うと、ちょっと宗教がかったものと誤解される人もいるようだが、全く違うので念のため(笑)。そして、昨日の『全社一丸で作る儲かる経営計画書』の講義。通常、経営計画書は、数字目標が中心に置かれて、絵に書いた餅になっている場合が多い。例えば、10年後に売上100億と設定して、それを逆算して、数字を入れていけば、100億企業には誰でもなれる(笑)。これは、極端な例だが、これに近いような数字合わせが、今までの経営計画書には多い。私も、この手法で、今まで10数ページの経営計画書を2回程作ったことがあるが、絵に書いた餅になってしまった苦い経験があります。今回、どのような内容なのか、非常に興味を持っていたが、単純明快で、こんなにシンプルで良いのか?と思うぐらいだった。具体的な内容は?・・・・・・・皆さん、よびりん学校で学びましょう(笑)。以前から、関心があったので、この講義は、私にとっては大変有意義なものでした。2次会も、皆さんと楽しく話すことができましたので、さわやか気分で、帰宅できました。来月のよびりん学校が、今から楽しみです。【追記】今日は、2週間前に受けた目のレーザー手術の術後検診です。掲示板のお返事は遅れると思いますので、ご了承ください。先日の日記『御人好しには、ハゲタカが飛んでくる?』で、騙された私が勤務していた会社のことを書きましたが、その時、お世話になった女性マネージャーが、写真をメールで送ってくれました。偶然とは言え、タイミングが良いですね(笑)。たった1年だったのに、あれから20年以上経っても、お付き合いが続いています。今や悠悠自適で、アマチュアカメラマンとして、仲間と個展も開いておられるようです。都会のビル群を撮った写真をパネルにして発想したと連絡がありました。本当に有り難いことです。メールで送って頂いたのは、チューリップの写真ですが、なんの色気もない私の日記ですから、たまには、花でもどうぞ。さ~さ、みなさん、お茶でも飲みながらどうぞ(笑)。と、思ったら、画像が大きすぎて入らないようです。悔しい、ここまで書いて、なんと情けない・・・(泣き)。もう時間がありません。それではまた。やっぱり、私の日記には色気は似合わない(笑)。
2004/04/24
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鈴木あみが、3年振りに芸能界に復帰するらしい。所属事務所とのトラブルで、3年間芸能界から追放状態だったが、今度文芸春秋から書店ルートで、CDを販売するとか。断わっておきますが、私は鈴木あみを殆ど知りません(笑)。ただ、デビューのきっかけとなったテレビ東京のオーディション番組「アサヤン」?だったか、それは熱心に見ていた。何故かと言うと、最終審査に残った数人の中に、地元の子が残っていたのです。私は会ったことはないが、母がパートに行っていた会社で、その地元の子の母親と一緒に働いていたようで、母は、小さい頃をよく知っているようでした。だから、かなり注目して見ておりました(笑)。歌は、鈴木あみなんかより、はるかに旨かった。最終審査に残った中でも、群を抜いてた?と思う。しかし、どう見ても、野暮ったい。華がないのだ。おまけに家庭訪問の時に、母親が、差し歯の前歯を話しながら、吹っ飛ばしたりして、どちらかというと、華がある鈴木あみの引き立て役になっていた(笑)。2回目の家庭訪問の時は、放送局の人から、何か面白いことをやってくれと頼まれる始末(笑)。後で、母が、その母親から直接聞いていたので、間違いないようだ。結果は、当然のように歌は下手だが、中で一番華があった鈴木あみがデビューすることになった。その後、その地元の子は、他のオーディション番組に出ても、最後は、可哀相なことに、落とされていたようだ。最近まで、地元の歌姫として、花火大会などで歌ったりしていたようだが、今はどうしているのか?。しかし、今は華がなくても、10年後、20年後は、その子が鈴木あみを逆転しているかもしれない。鈴木あみでも、この先、どれくらい売れるのか、ちょっと難しいのでは。フジ子・へミング は、60歳近くなって漸く花が咲いている。60歳では可哀相だが、10年後は、本当に分かりませんよ!。亀は、必ずウサギを追い越すのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今日は、よびりん学校に参加します。今から出発です。その模様は、明日書きます。
2004/04/23
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よく人格者は経営に失敗するという話を聞く。人格者という言葉は、理解し難い面があるが、『好い人』と言ったら、分かり易いかもしれない。私は、あの人は悪く言う人がいないという人が、悲惨な目に合っているのを数回見ている。20年以上前の話になるが、横浜に住んでいた時に、東京の小さな会社に勤めていたことがある。社長も奥さんも、本当にいわゆる好い人で、短気ではみ出し者の私が、客先でトラブルを起こしても、叱りはしても、愛情溢れる叱り方で、私を許してくれた。そんな社長に、同業者から降って湧いたような合併話が持ち上がった。その経緯は、若かった私は詳しくは知らないが、結果的に対等合併ということで、社長は会長になり、実質的な経営は、同業者だった人たちがやるようになった。その時の社員を前にしての営業部長の演説?に、若かった私は聞き惚れてしまった。フランチャイズ構想、全国展開、九州では、あの当時の量販店の走りだったベスト電器にも、商品を供給したいとまで言っていた。20代前半の私は、その営業本部長の演説?に酔いしれて、『なんと凄い男だ』なんて思ったりした(笑)。ところがどっこいである。合併して3ヶ月でその会社は破綻した。蓋を開けて見たら、合併話を持ち込んだ会社は、多額の負債があり、結果的に私を可愛がってくれた社長は、たった3ヶ月で全財産を失うことになってしまった。当時、北部とは言え、山の手線の内側に土地と家を持っていたが、それも処分して、埼玉の友人を頼って、引っ越されたのを覚えている。責任を全て自分で引き受けて、誰にも迷惑を掛けなかったことは立派だったが、余りにも寂しい結末となってしまった。本当に尊敬できる人格者だったが、『好い人』というより『御人好し』だったかもしれない。そこを見事に付け込まれてしまったのだろう。概して、『好い人』と言われる人たちは、断わることが苦手だ。いや、どちらかと言うと、断わる自分が許せないような正義感すらある。万人に好かれることなど不可能だ。お釈迦様でもキリスト様でも、信者以外は、手を合わせることはないのだ。こんな偉そうなことを書いている私も、実は『御人好し』なところがあり、断わりきれず安請け合いして、失敗したことが何回もあります(笑)。もちろん、小さなケガで済むようなことだったが、安請け合いは、後から周りにも迷惑を掛けることを思い知らされました。余談ですが、合併した会社が倒産した後、合併話を持ち込んだ会社の社員が、自分で商売をやりだしたので、数日手伝ったことがあります。社長でも、あの本部長でもないので、大丈夫だろうと思っていました。数日手伝った後、一緒に飲んでいる時に、彼の仲間がやってきました。その男をよく見ると、何故か小指がない?・・・(笑)。そして、私にこう言ったのです。「20歳を過ぎているのか?。・・・・だったら、新聞に載るな。」・・・?当然、それから会うこともなかったですが、類は類を呼ぶで、ある意味、演説が巧かった本部長よりも、こちらの方が悪党だったかもしれません。瀕死の状態になったのを見計らって寄って来る、ハイエナやハゲタカがいるということでしょうね。【追記】先ほど、メルマガの発行も終わり、ほっと一息です。今日は、試しに日記を早い時間に書いてみました。これからも、色々とやってみます。先日、郵便局に寄付の振込みに行ったのですが、千円札がなく1万円札しか財布の中に入っていませんでした。私は、当然太っ腹?です。そのまま振込用紙に1万とは書けずに?、○千円と書いてしまいました(笑)。窓口でお釣りをもらって、ただむやみに出っ張った腹をさすりながら、太っ腹の意味を考えていました(笑)。寄付をすると、残念ながら、その時の経済状態が分かりますね。
2004/04/22
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最近、日記を夜遅く書いて、書き逃げのようにして帰っている(笑)。どうしてもメルマガが優先になって、ちょっと手抜き気味。もう一誌メルマガを増やしたらどうなるのか?。せっかくこの日記で、新たな人脈も出来て、これからまだまだ発展出来そうなので、メルマガ同様の位置付けで書ければと思っています。あまり肩に力が入ってもいけないが、新たな人との出会いのきっかけになるように、もっとしたたかに日記を利用して、もっと楽しまないといけませんね。そのためにも、今後早く帰ることを心掛けます。それでは、今日は帰ります。また明日!。
2004/04/21
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検討段階だが、メルマガをもう一誌発行しようかと思っている。講演をやります!と言っても、具体的にもっとまとめないといけない。それをメルマガにしていきたい。そうすれば、『引き出し』は幾らでも出来ると思う。メルマガ『鍛冶屋の息子の敗者復活戦』は、今日で180号となった。何回かやめようかと思ったが、その都度、読んで頂いている方たちに励まされ、何とか続けてこれた。これを利用しない手はない。最近は、『解説と教訓』は、土曜日だけになっているが、それをもっと内容を充実して、いや、ヒントにして全く違った形で書いていけば、少なくても180号は出来そうだ(笑)。今度は、物語ではなく、講演で話すことを意識して書いていけば、その都度、考える必要もない。今までのメルマガを無駄にせず、種本にして『講演で話す内容を意識したメルマガ』を書きたい。どのようにするか?。焦らず、じっくりと考えますが、この日記を読んでいただいている方で、ご意見、アドバイスがありましたら、是非とも、よろしくお願いします。
2004/04/20
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一昨日の同窓会で、今年の6月の総会の幹事役になって動いてくれている友人が手術をした話を聞いた。いつもは、来ているのにと思って聞いてみたら、網膜剥離の手術を数日前にしたとのこと。完全に見えなくなったわけではないが、視界の一部が影になっているのに気付いて、初めて分かったようだ。私の裂孔などは、早期発見で軽く済んでよかったのだろう。そして、昨日の夜は、私が首の手術した時、同じ病室の戦友?だった人から電話があった。偶然にも同じ年なのだが、現在の症状は手術する前より悪いくらいで、手の痺れが痛いくらいな時もあり、今週検査して悪いようだったら、また手術する覚悟のようだ。これには、ちょっと唸るしかないような気持ちになりましたね。手術もそうだが、後の3ヶ月、首に前後から固定するようなカラーを、寝てる時も風呂に入る時も、外すことができない。あれを、またやるというのは、余程今が辛いのだろう。第一、私もそうだが、そんな思いをしても治る保証がないというのに。いやはや、楽天日記には、相応しくない話になってしまいましたが、40代というのは、身体も心も転換期のような気がします。厄年と昔の人は言っていますが、あれは当たっていますね(笑)。たとえ病気にならなくても、私生活、仕事に於いて大きな変化があるようです。変化と言うのは、残念ながら悪いことの方が、多いですね。しかし、この変化を乗り切るのは自分しかありません。楽天で知り合い、今や盟友のような存在になった釈円融さん。彼は、娘さんの予防接種からポリオに2次感染し、車いすの生活を送っていますが、今や超人気職となった地方公務員を辞めて、新たな世界に旅立とうとしています。【追記】彼のこの日の日記を見てください。http://plaza.rakuten.co.jp/syakuenyu/diary/#2004-04-16障害負って良かった??・・・こんなタイトルをつけています(笑)。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー良かった点としては、 ・人生の目的を見据えることができた ・ 価値観のとらえ方が大きく変わった ・ 自分という存在を知ることができた・・・など、いろいろ10項目以上出てきました。悪かった点としては、 ・ 車いすで不便になった ・ ・・・あれっほかに、見あたらないんです(笑)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー失礼ながら、一部をそのまま書かせて頂いたが、こんなことを自然に言えるのですから、驚くと言うより、畏怖の念さへ抱いてしまいます。どんな高名な人の言葉より、体験者の言葉は本当に重みがあります。今後の釈円融さんの動向から目が離せませんよ(笑)。今日の日記のタイトル『心と身体の変化(転換期)を乗り切る! 』これに、これ以上当てはまる人はいないでしょう。細かいことにこだわっている自分が恥ずかしいくらいです。それと楽天内で私が知っている人で、釈さんとは好対照なれど、今日のタイトルに相応しい、いや、吹き飛ばしている女性がいる(笑)。ヨガ歴20年の、ウエスト55センチのスーパーレディのみなさんご存知kako☆ヨガクラブさん。数回お会いしたことがあるが、そのプロポーションと豪快な黄門笑いは、夢にまで出てくるようなパワーがあります(笑)。『心と身体の変化(転換期)を乗り切る! 』ことを考えながら日記を書いていたら、自然と二人を思い出し、失礼ながら勝手に書かせていただいた。余りにも違うようですが、心の有り様は、共通するところが多いと思います。身近なところに、お二人のような手本がありますので、『心と身体の変化(転換期)を乗り切る! 』ではなく、吹き飛ばして行きましょう!。
2004/04/19
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昨日の同窓会は、3時から始まり本会は2時間で終わったが、それから二次会、三次会、四次会、最後は友人の家に泊まり、寝たのが夜中の3時。友人と尽きることがない話に花が咲き、最後はのどがかれていた(笑)。高校の時から宴会部長は、そのまま今も宴会部長だし、三次会でピンレディのUFOを歌った女性は、振り付けを最初から最後まで覚えていて、踊り続けていた(笑)。みんな見た目は変わってしまったが、気持ちは高校時代に戻って、仕事も忘れて、バカ騒ぎできたのは、本当に楽しかった。しかし、以前に比べたら、酒量はかなり減ってしまった。以前は、無茶苦茶な飲み方をしていたので、飲む時は酔いつぶれるのが当たり前だったのが、今は、飲んで酔い、そして醒め、また飲み酔ったと思ったら、ペースを落として醒める。いつのまにか、こんな情けない飲み方をしている(笑)。まあ~、考えてみれば、これもこの年になって、漸く真っ当な生活が出来るようになったということでしょう(笑)。さあ~、明日から頑張りましょう。
2004/04/18
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今日は、高校の同窓会。同窓会と言っても、各年代が合同で集まるもの。本番は、6月に母校で千数百人が集まり開催されるが、今日は、福岡地区の同窓会。6月にあるのだから、やらなくてもと思うのだが、いつからかやるようになっていて、地区同窓会と言っても500人程集まる予定。田舎で明治時代からの高校なので、元気な?先輩方には、なかなか逆らえないのです(笑)。今までは、合同同窓会に出席することなどなかったのだが、6月の本校同窓会の幹事が我々の学年の番となってしまった。こうなったら、我々の年代で終らせることなど絶対できないという団結が生まれ、昨年から準備に掛かっている。中心は、母校がある地区の同級生がやってくれているから助かるが、時間がある時は手伝わないと、何と言われることか(笑)。昨年集まった時に、20数年振りに会う友人も多かったが、高校時代と変わっていないのもいれば、『こんな先生いたか?』という奴もいた(笑)。中でも、高校時代、今風に言えば、かなりのイケ面でもてていた奴が、見事に禿げ上がり、往年の面影が全くなかったのには笑ってしまった。私も、頭は陸のカッパ状態?なので、人に挨拶する時は、テッペンを見せないようにしているくらいだから、人は笑えないのだが、それは、幾つになっても同級生、お互い頭を指差して笑えます(笑)。そういうわけで、お昼頃から出かけます。午後3時からですが、今日は何時まで飲むことになるのか?。ちょっと怖いですね(笑)。
2004/04/17
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先日、私が以前勤めていた会社の社員のクーデターの話を書いたが、これは何が一番の原因かと考えていた。私が勤務していた頃、同じような規模で、同じような売上を上げている会社があった。我々が夜中まで、売上達成のため働いているのに、その会社は、午後7時には、営業マンもさっさと帰ってしまっていた(笑)。こちらが、当時としては、かなり豪華?なコンピューターを導入した時も、そうだった。在庫管理、販売管理、財務管理を一体化して効率化を図っているのに、むしろ逆に、飼主を無視して引き摺るように散歩している犬と同じように、社員がコンピューターに引き摺られ、振り回されていた。ところが、ライバル会社は、つい数年前まで、財務管理以外は、古いリース落ちのパソコンを使って、どう見ても好い加減な在庫管理をやっていた。これで売上が変わらいのだから、遅くまで仕事をしていた私たちは、いつも『分からない?なぜだ?』の連発だった(笑)。きちんとした管理のもと、営業と業務と立場を分けて効率的?に仕事をして、戦略を立てて頑張っているのに、あんな好い加減な会社と何故一緒なのか?。今、考えると、メーカーや大阪の大手代理店の影響を受けて、同じような管理、戦略を立てていたのが失敗だったと思う。特に、管理の面は、零細企業には余りにも豪華?なコンピューターを利用しても、専任もいないのだから、使いこなすどころか、コンピューターにこき使われる始末(笑)。こういうことが重なったのが原因かなと考えていた。しかし、どうもそれだけでは、今回のクーデターに繋がることはない?。クーデターが起こる前も、以前のような会社の勢いは、全くなくなっていた。一体何故なのか?。よびりんさんの著書の中に『商いは笑から、笑う角には福来たる!』と書いてあるが、一番の原因は、この笑がなかったことではないか。みんな夜中まで働いて売上は上げても、殺伐とした雰囲気で、飲む時は、会社への不満が肴になっていた。わがままな私は、よく上司とぶつかりケンカばかりしていた。そんな私でも、辞める前は、営業から会社に戻り、扉を開けるときは深呼吸が必要なくらいだった(笑)。リンク先のシャルドネさんが、数日前企業内のコミュニケーションのことを書いておられたが、まさにコミュニケーションが全くと言っていいほどなかった。明るく楽しい会社とか言っても、ただの御題目になりかねないが、実は、高尚な戦術・戦略論より重要なことかもしれません。ライバルだった会社は、確かに好い加減だったかもしれないが、明るく楽しい会社に見えましたね。『明るく楽しく元気に!』ただのお題目ではなく大事なことですね。もちろん、人生にも『明るく楽しく元気に!』が本当に大事です。ちょっと大袈裟ではありますが(笑)。【追記】先ほど、漸くメルマガを発行できました。昨日は休みましたので、今日はちょっと力が入りました。気楽に書くと昨日は言っていたのに、言うこととやることが違うと、突っ込みが入りそうですね(笑)。それと、最近掲示板の返事が出来ないことも多くなっています。申し訳ありませんが、その時は、お許しを!。
2004/04/16
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今日は、仕事の段取りが悪くメルマガも発行できませんでした。読んでいただいている皆さん、すみませんでした。(15日の日記を16日に書いています)夜遅く自宅に帰ったら、イラクの拉致された三人の解放のニュース。先ずは、目出度し目出度し!しかし、やはり気になったことがあった。テレビの街頭インタビューで、『私は、撤退して欲しかったから、これで小泉さんが生き残った感じで、複雑な気持ち』こう本音を言っていた。今回、拉致された三人や家族を撤退のシンボルとしようとした一部マスコミや、撤退支持派の責任は大きいような気がする。そもそも自衛隊の派兵反対と犯人の言う通り撤退するのでは、意味が全く違う。家族も、自分の子供や兄弟は尊いことをやっているという意識が強く、感情的に日頃の思想、信条を、そのまま言ってしまっていた。外国人特派員協会の記者会見では、日本のマスコミと違って、『メディア戦略を考えたのか?』『18歳の子供を何故危険な場所に行かせたのか』と厳しい質問があったようだ。そもそも『自己責任』とは先ず家族が言うべきで、第三者が言うべきものではないような気がする。そうでなければ、危険な場所に行かせたりしてはいけないと思う。だからと言って、ネット上の匿名での誹謗中傷や家族に対する嫌がらせや脅しは問題外のこと。ここまで汚い卑怯者がいるのか、と考えてしまう。いずれにしても、家族をシンボル、いや、どちらかと言うと悲劇のヒーローにしようとした、一部の人の責任は大きいのではないだろうか。しかし、今回の解放は、北朝鮮から拉致された人たち、その家族のことを考えてしまった。20年以上見捨てられ、やっと帰って来ても、子供とは会うこともできない。それでも、帰って来た人はまだ幸せで、100人とも言われている人たちの安否も分からずじまい。子供には責任はないとは言え、赤軍派の子供たちが日本に帰国していることと比較しても、余りにも哀れで可哀想だ。日本中が注目した事件の裏には、長年無視されてきた、もっと悲惨な拉致事件があるのだ。北朝鮮の拉致事件も、これくらい注目されれば、もっと早く解決していたのに、というのが実感です。日記に、こんなことを書くのも、平和ボケかもしれませんね。
2004/04/15
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昨日、以前勤めていた会社にクーデターが起こり、超ワンマンだったかつての上司が、社長の座を追われた話を書いたが、ついでにもう一人の上司のことも。メルマガにも書いたことがあるので、一部重複しているかもしれませんが、それは、目を瞑ってください(笑)。私が、その会社に入社したのは、20代半ばだったが、3ヶ月の内勤での研修期間が終わり、やっと営業に出れることになった。私は、いきなりメーカーの新人と新規回りをやらされたりしたが、その後、一人で回りだしても、新規客開拓のために飛び込み営業は続けていた。飛び込みと言っても、電機業界であるので、かつて、会社の先輩達も回った会社も含まれていた。そういう時に、一人の先輩であり上司だった人が、私が訪問した会社と面会した人の名を、しつこく聞いてきた。私は、その上司が新人のフォローをしてくれるものだと思い込んで、素直に教えた。その後、なんの進展もなかったが、以前訪問した客に行ってみると、その上司が来て、な、な、なんと『私が担当する』と言ったと言うのだ(笑)。遂この間、担当者の名前を聞いてその会社に来て、入社したばかりの新人が、新規の客を開拓しているその会社に来て、『私が担当する』と言えますか?(笑)。この時のショックたるや、テニスのダブルスの試合で、相手チームを睨んでいる前衛の無防備な後頭部に向って、味方の弾丸サーブが直撃したようなものです(笑)。ちょっと、たとえがおかしいか?。私は、完全歩合制の訪問販売の経験があって、その時は、こんなことは、まだ序の口と言えるほど、色々なことがあったが、それはそれで、それに耐えられる個性的と言うか、奇人変人が集まっていた。しかし、この場合は、せっかく真っ当な会社に入れたと思っていただけに、腹が立つやら情けないやら。この先輩、この後も、色々と事件?を起こしていたが、必ず『笑って誤魔化し、最後は握手を求める』手法で、な、なんと今日まで生き延びている(笑)。そ、そうなんです。昨日書いたクーデターを起こした社員の中に、この先輩は含まれているのです(笑)。これをどう理解したら良いのか?。私には理解できません。あれ以来、笑顔で握手を求める人を見ると、あの先輩を思い出す私であります(笑)。
2004/04/14
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今日取り引き先の人と話していたら、10数年前私が勤めていた会社の内紛が話題になった。噂では聞いていたが、経緯を聞いて、なぜか虚しくなってきた。私が勤務していた頃、ことごとくぶつかっていた上司がいた。ワンマンで、理不尽で、・・・今考えると私と似た者同士だったような気がする(笑)。メーカーや仕入先に対する対応は、余りにも乱暴な面があり、目を覆いたくなるようなことがよくあった。それだけが原因ではないが、その後、会社が嫌になり独立した。独立したのはいいが、それまで気付いていなかったことが分かって、我ながら気落ちしたことを覚えている。実は、その上司のことを言う資格などなく、私も同じようなことをやっていたことを初めて気付いたのだ。そんな奴が、会社の看板の力がなくなったら、世間の反応は余りにも冷たかった。もちろん助けてくれた人がいたので、生き延びたわけだが、この経験は非常に後々役に立った。その後、その上司は社長に次ぐナンバー2になり、まさに日の出の勢いの時期があった。数年前、不幸なことに本社が倒産したのだが、元々独立採算でやっていた出先を、地元の企業の支援を受けて独立させて、事業を継続させていた。私は、その手腕に脱帽し、あの人には敵わないと思いました。しかし、結果的には、出先も潰して、別な形で再出発の方が良かったのですが?。地元の企業の支援があったとは言え、業績は回復しなかったようで、その企業も手を引き、別の会社が名乗りを上げたが、今度は乗っ取りに近いようなことになったようだ。そして、何より驚いたのは、社員のクーデターにあって、社長の座を降ろされたということ。残っている社員の顔ぶれと、あの超ワンマンだった上司との関係を考えると、どうしても想像できない。新しい支援先の横槍が入ったのか?。よくケンカしたとは言え、ある意味目標だった人が、社員のクーデターで会社を追われるとは、話していてショックでした。かつての上司は、もう50代半ばだと思うが、あの人だったら、必ずや再起できると信じている。私も復活を目指す身です。二人とも原因があって結果があるようです。○○さん、お互い、もう一暴れしましょうぞ!。【追記】今日は、【ビジネス・起業に関すること】というテーマに投稿してみました。テーマを使ったのは、過去に1回しかなかったので、なんでも試してみましょう。本当は、数日前自分で登録したテーマがあったのだが、その時日記を書かなかったので、どこを探しても出てこない(笑)。楽天も、まだまだ使いこなせていませんね。
2004/04/13
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土曜日に網膜のレーザー手術をしたので、昨日はおとなしくしておりましたが、また元気に復活です。リンク先のシャルドネさんの日記で、経済評論家で早稲田大学大学院教授の植草一秀氏が、女子高生のスカート内を手鏡でのぞこうとして逮捕されたことを知った。私からすれば雲の上のような存在の彼が、何でこんなことを?。彼は東大でのエリートで、野村総合研究所の主席エコノミストだったと思うが、テレビのニュース番組で日本経済の将来を、冷静にスマートに分析して、余りにカッコが良かった。それだけに、この落差の大きさに、ショックを受けた。原因は、病的なものかもしれないが、言葉がでない・・・。しかし、こんなエリートでも一瞬の油断で、取り返しのつかないミスを犯す。私のような凡人が失敗を繰り返すのは当たり前ではないか。余りにこじつけかもしれないが、これぐらい開き直って考えるしかない。先日、東大出のエリートと話す機会があったが、若くして公務員の世界では管理職になり、知識、教養、まさに非の打ち所がなかった。おまけにビジネス書も多く読んでいて、その知識もまた豊富なこと。私は、自分のバカさ加減が恥ずかしいくらいだった。ところが、そのエリートが、行政の改革や今までの官僚の失態のことになると、守りと言い訳に終始して、先程までの他を圧倒するような弁舌は影を潜めてしまった。僻み根性のかたまり?のような私は、『この人、ただの評論家じゃないか。ビジネス書を始め、あらゆる知識で負けても、実践でも実戦でも俺が勝っている』こんな子供じみたことを考えていました(笑)。私の唯一の取り柄は、たとえ失敗であろうと実践してきたこと。『過去を売り物にするのか』という人がいたけど、それは全く違う。『明日を考えるために、過去を見据えているのだ!』どんなエリートでも、何があるかわからい。一寸先は闇だ。増してや、凡人の私が恥も外聞もかなぐり捨てて、バカ丸出しで行けば、どんなエリートにでも臆する必要はない。『実践バカはエリートに勝つ!』これぐらい吼えないと気合いが入りません(笑)。
2004/04/12
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昨日は、眼科に網膜の定期診断に行ったら、裂孔が見つかり、直ぐにレーザー手術をした。後日やるよりも、やれるならその日にやらないと、また検査に行かなければいけないので、何日もかかってしまう。ただ、手術といっても10分程で終わる簡単なもので、もちろん日帰り。むしろ、瞳孔を開く目薬をさしたりして、検査などで時間がかかる。しかし、2年近く前にも受けたことがあるのに、体質なのか、何が悪いか分からない。椎間板ヘルニアで懲りているので、早期発見早期治療でやらないと、今度ばかりは目ですからね。そういうわけで、昨日の夜はおとなしくして、早めに寝て、久しぶりに10時間以上寝ました(笑)。・・・続きは後で。(モバイルで書いていますので、掲示板の返事は明日にさせて頂きます)
2004/04/11
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『ボロは着てても心は錦!』とメルマガの「独り言」に書いたら、ある方からメールを頂いた。ある方と言っても、リンク先の人ではあるのだが(笑)。自分の現在の状況を考えて、自分に言い聞かせるためにも書いたのだが、如何なる時でも誇りだけは持ち続けたいと思う。しかし、誇りと独り善がりは、表と裏の関係で、気が付けば独り善がりになってきていることが多い。『講演をやります』と宣言してから、話をどうまとめるかで、試行錯誤しているが、どうも独り善がりになっていると思い、今まで読まなかったメルマガなども読んでいる。読者を多く集まるメルマガは、一体どこが違うのか?。特に苦手?な自己啓発系のものも読んだりしている。確かに、面白くためにはなるのだが、どこかで読んだことがあるな、と思わせるものも多い。これだったら、私の経験談の方が、ためになるのでは、と傲慢になったりもする。しかし、これが独り善がりそのもので、誰かが書いておられたが、書きたいものより人が知りたいもの、人を惹きつける魅力があるものは、人が見たい知りたいという欲求を満たしてくれるのだろう。素直になり謙虚になり、人の言うことに耳を傾けて、独り善がりにならによう書いてある。こういう人たちより、はるかに才能がない私が独り善がりになっていては、人から喜ばれるようなことは書けないし、話もできないですね。今まで、好き嫌いで判断して、嫌いなものの中の『良いもの』にも目を背けていたようです。独り善がりにならずに誇りを忘れず、『ボロは着てても心は錦!』と言いたいものです(笑)。【追記】今日は、網膜の定期検診がありますので、これにて帰ります。
2004/04/10
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昨日、イラクで日本人が3人拉致されて、拘束されている。カタールの衛星放送局アルジャジーラが、テロリストから送られてきたビデオを流して分かったようだ。テロリストの要求は、自衛隊を3日以内に撤退させないと日本人を焼き殺すという、余りにも卑劣なもの。元々自衛隊がアメリカの要求で、進駐したのが原因だろうが、もし進駐していなくても、同じようなことが起こった可能性はある。既に外交官も二人殺されている。自衛隊が撤退すればいいのだろうが、その前にやることはあるのでは。カタールの衛星放送局アルジャジーラは、アルカーイダのボスのオサマ・ビン・ラディンのメッセージを流したことで有名になったが、テロリストたちは、この放送局を見事に利用している。確か自衛隊がイラクへ行く前に、小泉首相も一度だけ人道支援のために行くとメッセージを流している。これだけテロリストの情報戦に振り回されているのなら、日本もアルジャジーラを利用して、無辜の民間人を拘束する卑劣さを訴えるべきではないか。いっそのことアルジャジーラを乗っ取るぐらいの勢いでやってほしい。そして、裏では速やかにテロリストと交渉してほしい。これぐらいのしたたかさは、必要ではないか。いずれにしても、3人が無事に解放されるのを祈るのみです。【追記】今日は、昼間熱くなって日記を書いたが、冷静になろうとしても、やはり無性に腹が立つ。私のような単細胞は、どうしても、あんな姿を見せられると、悲しいと言うより、この野郎となってしまう。一度掛け間違えたボタンは、簡単には戻せないということなのか。普段は、あまりこういう内容の日記は書きませんが、今日は書かせてもらいました。
2004/04/09
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昼間、楽天日記を見ていない間に、何か一人の少女を助けようとする輪が広がっているようだ。拘束型心筋症という心臓移植が唯一の治療法でしかない難病にかかり、米国で手術を受けるためには、手術費用だけでも6千万円必要のようです。福田ひかるちゃんを助ける会のページです。akanaぱぱさんや派遣屋きよみさんが輪を広げられたようです。お二人の日記にも詳しく書いてあります。共感して頂いた方は、ご協力お願いします。楽天日記の凄さを改めて感じました!。
2004/04/08
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昨日は、夕方から夜桜見物に行ったのだが、集まったメンバーは、なんとおっさんが六人(笑)。六人のうち四人は、8年程前倒産したある会社で同僚だった人たちで、二人は共同経営、残り二人も各々独立している。私ともう一人も自営業なので、小さいとは言え、みんな独立独歩の道を歩んでいる人たち。話している途中で、倒産した会社の話になり、表に出ないような話が聞けて面白かったし、参考にもなった。当時、地元では将来有望なベンチャー企業として持て囃されていたが、内実はかなり経営者の暴走があったようだ。売上は横ばいなのに、とにかく営業所を増やし人を増やし、借入は膨れ上がり、それに諌言したのが、夜桜見物に来ていた中の一人。彼だけが、家族以外の取締役で、日頃、社長の耳が痛くなるようなことを言っていたらしいのだが、体調が悪くなり入院し、回復して退院しての初めての取締役会議で、いきなり『解任』が決定(笑)。追われるように退職して、二人の社員を連れて独立したようだ。イエスマンしか側近にしない社長の会社は危ないという話はよく聞くが、イエスマンどころか家族だけで固めてしまっては、誰も諌める者はいないのですから、もはや倒産は時間の問題。それから約1年後に倒産するまで、地元のマスコミは、持て囃すことはあっても、内容を聞き出すことはなかったようです。表面上の売上やマスコミに出る回数では、分からないのが経営の怖さと言うことでしょうか。先日の勉強会で、自然に任せていると、自分の好みで話が合う、同じようなタイプばかり雇ったり付き合ったりすることになるので、無理してでも違うタイプの人と付き合うことの大事さを学んだが、まさにその例題のような話でした。追われるようにして独立したこの会社は、当初資金難で苦労したようだが、ある会社に外注になってくれるように依頼に行った時、その会社の社長に事業の内容を説明し、その場で500万円の出資をしてもらうという『マネーの虎』のようなことをして、難を逃れている(笑)。テレビ番組のようなことが、実際にあったというのですから、世の中捨てたものじゃないですね。黙って悩むより、当たって砕けろで、とにかく言ってみるものですね(笑)。まさに『人生迫力勝ち!』です。【追記】今日、ある保険会社の60代の人が来たのですが、その人は95キロあった体重を数年かけて68キロまで落とした経験があるそうです。1日1万歩以上歩くことを心掛けて、腹筋とかの筋力運動をしながらやると、急にやせた人が、たるんだ皮がスダレのように下がることがあるそうですが、それもないそうです。私が休みの日は6キロ歩いていると話したら、それより、毎日か一日おきか、4キロ歩いたほうがいいと言われてしまいました。なんでも、こつこつやらないといけないのは同じですね(笑)。
2004/04/07
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昨日、久しく会っていない知人から電話があり、今日は夜桜見物に行ってきます。車で行くので飲めないし、会費も千円なので、久しぶりに会って話すことができれば十分です。それでも少しは飲みたい気分ですが、ガマン我慢(笑)。最近、夜遅いことが多いので、息抜きには丁度いいかな?。えっ、ちょっと待った、先週の土曜日は、楽天のオフ会で息抜きして、また今日とは?(笑)。ま~、たまにはこういうのもいいでしょう。久しぶりに会う知人なので、今から楽しみです。それでは行ってきます!。
2004/04/06
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まだ未定だが、リンク先の方から、講演をやってみるかと言っていただいた。そのためにも、これからの営業活動のためにも、講演の概要(レジメと言うことが多いのか?)を考えているが、なかなか巧くいかない。無名の私を売り込むためには、少しでもインパクトがあるものをと考えてると難しいですね。メルマガの内容を話すだけでは面白くないと思い、よびりんさんの理論やほかのものに、結び付けて話せないか考えているが、ほんと難しいですね。あまり考えすぎないで、ありのままが一番かなと思うのですが。先ずは、考えすぎないように、早く作らないと。結果は、どうなるにしても、『オオカミ少年』とは言われたくないですからね(笑)。
2004/04/05
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昨日は、楽天日記内で有名な四日市市助役の藤島さんが福岡に来られていたので、みらいXさんが人を集めてくれて、20人近い人たちが集まりました。よびりんさんの事務所に四時ごろ着いて、藤島さんに挨拶した後、もう一人初めての人がいて挨拶したら、なんと三重県から来られていたついてる田中さん。その時は7~8人だったが、懇親会の会場では、最後は20人近くになり、かなり盛り上がりました。私は、その後の2次会まで行って話をしたのですが、日頃聞けないような話が聞けて、勉強になることが多かったですね。行ってよかったという感じですか(笑)。今日は、親戚の法事に今から出かけるところです。昨日のお祭り?から今日は法事。気持ちの切り換えが大変です(笑)。続きは後で。(今日は、モバイルで書いていますので、掲示板の返事は明日にさせていただきます)
2004/04/04
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昨日は、よびりんさんこと市川善彦さんの講演ビデオを見ました。またもや見始めたのが午前0時を過ぎており、寝たのが2時過ぎになってしまいました(笑)。よびりんさんが言われる『人生迫力勝ち!』そのもののビデオで、自分の弱点でも欠点でも、過去の失敗でも、むしろ武器にするくらいでないと駄目だと言うことでしょう。別に卑屈になることはないのです。勉強になりました。ところで、昨日久しぶりに事務所の近くのクリーニング店に行ったのですが、持ち込んだ時に、まず驚いたのが、革靴がビニールに包まれて、部屋の壁際に並べてあったんですね。「なんですか、これは?」と尋ねたら、「靴のクリーニングです」という返事。殆んどが女性用の靴ではありましたが、こんなことまで始めているとは、全く知りませんでした。この店は個人店で、Yシャツ100円とかそんな値段にはできないのです。だから生き残るためにやっているんでしょうね。手間暇掛かる仕事とは思いますが、執念というか情熱を感じましたね。夕方、引き取りに行った時は、それ以上に驚くことがありました。伝票に『品質保証』の印鑑を押してあるのです。期限は1週間。それに別に、折りたたみ式の丁度往復葉書大の『品質保証』のパンフレットも作ってあり、1部もらってきました。表紙には、『品質保証』『全品仕上がり品質保証付』衣類の仕上がりを”もっともっと”安心していただくために。 ○仕上直し、洗い直しが期間中であれば何度でもOK! お客様が納得のいくまでやり直します。 ○クリーニング後のほつれや破れはリフォームにてお直しさせていただきます。 ○ボタンの破損、紛失は類似の代替ボタン及び全取替えさせていただきます。いや~、凄いですね、この情熱とそれに自信。個人店で価格で対抗できなくても、堂々と正面から戦いを臨んでるんですね。私は、同じ自営業なので、何か恥ずかしくなってしまいました。こういうことをしている店は、私が知らないだけであると思いますが、『小が大に勝つ』やり方を教えて頂いた感じです。【追記】今日は楽天仲間と今から会いに行きます。続きは、明日になるかも?。
2004/04/03
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今日のよびりんさんの日記は、必ず読んでください。小学校2年生の女の子が、病気になったお母さんの代わりに、父親が経営するラーメン店を手伝う話です。まさに『商売の原点!』と言える話です。商売に限らず、人間の原点を教えられました。昨日、(株)インタークロスの栢野さんのビデオ『小さな会社・儲けのルール 入門編』を見たのですが、相変わらずパワフルで面白かったですね。午前0時頃から見始めて、少しだけ見て寝るつもりだったのだが、最後まで見て寝たのが2時過ぎになってしまった。本を出した経緯から始まって、ランチェスター戦略の説明に入っていくのだが、途中何回もF総研やK田氏への批判?が出て来て、十分笑わせてもらいました。戦略の話も、実際事例を多く知っているだけに、分かり易かったですね。私が講演をやると宣言しても、とても栢野さんの真似はできない。ただ、見習うべきは、自信のない話方は絶対してはいけないということ。迫力のある話し方をすれば、聞いている人たちも、納得するということですね。まだまだ未知数ですが、一歩ずつ進んで行きましょう。【追記】首の手術をした病院で同僚?だった人から、1年振りに電話があった。その人は、新聞社に勤務している人で、1年間新聞を取ってくれとのこと。販売店でもないのに、新聞社勤務の人が自ら電話してくるのも珍しいが、それほど競争が厳しいということなのか?。しかし、今まで付き合いがある田舎の販売店は、地元紙だけあって、ダイエーのカレンダーを買ったりして、日頃から親しくしている。首の同僚?とは言え、今までの付き合いをやめることは出来ないので断わってしまった。田舎ということもあるが、やはり日頃のお付き合いが大事ですからね。2誌取る余裕は全くありませんから(笑)。これとは全く逆で、以前は、町内の一つ上の先輩が代理店をしている自動車保険を、事務所の火災保険を契約した代理店と替えてしまったことがある。非常に親切丁寧な代理店であることと、先輩が私が車を買い換えた時に、保険の車種変更を3回言っても替えなかったので、もし事故でも起こしたら大変と思い、その代理店に替えてしまった。その先輩は怒っていたが、田舎の付き合いとは言え、これは新聞の勧誘とは全く逆の結果となりました。一本の電話で、日頃の付き合い方を、改めて考えさせられましたね。
2004/04/02
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以前紹介したメルマガの読者で、現役の鍛冶屋の方から、熱いメッセージを頂きました。『驚きも,笑いもしません。慎重に,大胆に,全国の苦しい思いをしている人々に,感動と勇気を与え続け てください。』心温まるメッセージで、これこそ私の目標だと思い、日記のトップページにも載せてしまった(笑)。もちろん、極一部の人であることは分かっている。ただ、自分の進む方向が見えてきた。楽天内の有名な人たちのように、メルマガで多くの読者を集め、そして本を出し講演する、こんなやり方が出来ればいいが、私には到底出来そうもない。真似しようと思ったがダメだった(笑)。それに、私の目指す方向は違っている。華やかさはなくても、地味にこつこつと、皆さんが『元気』になるように、恥も外聞もかなぐり捨てて、勇気を与え続けられたら、こんな幸せなことはない。そして、将来は、よびりんさんの『心の経営』の推進役を果たすのが目標です。【追記】久しぶりにADSLがブチッと音がしたように繋がらなかった。なんと1時間半くらい(泣)。メルマガも発行せずに帰ろうとしたら、やっと繋がりました。基地局から遠いので仕方がない面はあるのだが、インターネットが仕事や生活の一部になっているので、どうしようもないですね。早く光ファイバーが通るのを期待するばかりです。
2004/04/01
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